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2014年 06月 30日

太洋社本社移転の影響を考える(その2)

拙稿「太洋社本社移転の影響を考える」に対していただいたご意見の中から応答すべきと感じたものについてコメントさせていただこうと思います。

これは主に、松井祐輔さん(『HAB』編集発行人/本屋「小屋BOOKS」店主)のFACEBOOKの2014年6月25日4時23分に投稿されたエントリーとそれに対する梶原治樹さん(扶桑社)と神谷康宏さん(フリー)のコメントに応答するものです。このお三方のことは、どういう経歴でどういう部署で仕事されてきた方なのか業界人ならよくご存知でしょうからいちいち注釈しません。ちなみに以下の「やりとり」はともすると字面だけ見ればヒリヒリしたものに見えるかもしれませんが、梶原さんも神谷さんも私の知人ですし、松井さんも知人の知人なので、ざっくばらんに書きます。ただし、前回よりもさらに突っ込んだ内容になるため、書くのをためらった部分があることは確かです。当ブログのトップエントリーでお断りしている通り、「日々この業界ではたくさんの出来事が起こっていて、それぞれにコメントしたい気もするし、実際言うべきこともままあるのですが、出来事に振り回されるのは嫌だし、こみいった背景をうまく説明できなかったり、しがらみのせいではっきり言えなかったりするのが現実」だからです。今回もその好例ですから、すべて書き尽くせるわけではないことをあらかじめお詫びしておきます。

まず、松井さんのご感想を引用します。整理はしますが「編集」はしたくないので、パートに分けつつ全文を引用します。まず最初はこちら。

|うーん。(もはや)いち消費者として、感じるのはむしろ、
|−以下引用−
|(ちなみに他社より1日早く太洋社に見本出しすることや、
|宅配便で見本日午前中に納品するという選択肢は、
|印刷製本の事情で弊社には現実的ではありません)
|−引用オワリ−
|かなぁ。
|〔中略〕
|いずれにしたって、お客さんと現場にとって重要なのは
|「可能な限りの発売日統一」であって、それができるなら、
|見本なんて束見本と(内容については最悪)プルーフでも
|いいんじゃないのかしら。
|間違ってたら、だれか指摘してください。

松井さんの仰る「いち消費者」というのは後段の「お客さん」すなわち、読者のことかと思います。「現場」というのは「取次」や「書店」と受け止めていいでしょうか。「可能な限りの発売日統一」が読者にとって重要だというご意見には共感を覚えます。ただ若干補足して言えば、書店や取次にとっては事情が異なるかもしれませんね。発売日統一がすでに昔からずっと困難であることは松井さんもご存知のはずではと拝察します。書籍の場合、発売日協定※を定めてある本は別として、版元が統一に貢献できるのはせいぜい取次搬入日です。そこから先、つまり書店さんに届けるまでの取次さんの領分では、輸送の都合で着店日は東京都内より地方の方が遅いですし、北海道や九州、沖縄はさらに本が届くのが遅いですね。そんなわけで、書店や読者に本が届く日数には物流上の地方格差が昔から厳然としてあるわけです。ですから松井さんのご意見は再度拙稿との交点を考慮した上で言えば、まず当面は「太洋社への見本出しが取次他社より遅れないようにしたらどうか」という論点へと集約されていくものとして仮に受け止めておきます。

※出版流通や発売日協定については、Yahoo!知恵袋の「書籍の流通について質問させていただきます。」というエントリーをご参照ください。

松井さんは「それ〔発売日統一〕ができるなら、見本なんて束見本と(内容については最悪)プルーフでもいいんじゃないのかしら」と発言されています。そういう方式は経験的に言ってずばり、取次の仕入窓口に嫌がられます(松井さんは取次ご出身なので、それを承知で提案されているのだと思いますが)。様々な「事故」を防ぐためには新刊がどういう本なのか現物で確かめる、というのが取次さんの大前提であるはずではないでしょうか。ですから、束見本と校了紙で充分だと取次さんが公言することは原則的に「ない」わけです。先物取引じゃあるまいし、というご判断でしょう。

梶原さんは松井さんの発言を受けて、

|そうそう、だったら一日早く校了すれば?
|と私なんかは思うんですけどね。

と発言されています。一日早く校了したことによって一日早く見本ができあがると仮定したとして(実際は一日早く校了したところで一日早く見本ができあがるとはまったく限らないわけですが、この一日という単位はあくまでも比喩だと理解しておきます)、一日早くできあがればやはり真っ先に持っていくのは日販でありトーハンであって太洋社ではないんです。ですから校了が一日早くなろうが、一か月早くなろうが全然関係ありません。

そこでむしろ、太洋社への搬入日を遅らせないために、その他の取次の搬入日を太洋社に合わせて遅らせることが版元にとって現実的かどうかが問われてくるわけですが、そのやり方は残念ながら「採用できません」。この点についておべんちゃらや綺麗事を言うつもりはありません。本件を太洋社さんの取次窓口の方と協議した際に私自身はっきりと認識できたのは、出版社が太洋社を取次上位他社より優先できないことは太洋社の仕入窓口の方すら承知している、という現実です。それは業界五番手であるということをよく自覚されているからではないでしょうか。とても嫌な言い方になりますが、業界の弱肉強食の実態そのものは最初からフェアではありません(むろん太洋社さんにとってみれば、弊社はよっぽどちっぽけな存在ですけれどね)。

松井さんのご発言に戻ります。

|たった「一日」でも見本→印刷/搬入の日程がずらせない
|スケジュールで、印刷/搬入が進行している事実。それで
|いて、搬入日一日遅れはやむなしとするのは、一体誰の為
|の仕組みなんだろう。

一出版人として言えば「たった一日」という感覚はまったくありません。一日早めるのが出版社や印刷製本所にとってどれだけ大変なことか。それと搬入日が一日遅れるのは、取次がどこも「基本的に新刊見本は午前中に持ってきてください」と案内されているからであって、出版社の事情ではないです。それと「午前中に持ってこい」という取次さんの事情を私は否定するつもりはまったくありません。それでずっとやってきているわけなので。

|もしかして「見本」とは名ばかりで、本印刷したもの(すで
|に全部数刷り上がっている)を取次に見本だしする為に、
|印刷会社で数日寝かせているから、コストがかかるとか?

それは違います。見本ができればすぐに取次に持っていくわけですから。わざわざ商品を寝かせる理由がありません。

|そうそう、窓口が遠くなって人間関係が希薄になるのは、
|仰る通りだとおもいます。ただ、それで希薄になるくらいの
|人間関係は、所詮その程度のものでしかないよね。実際に
|会わなくたって、重要で濃密なコミュニケーションは十分で
|きるかな。

同じことを現役の仕入窓口の方が仰るとは思えないです。窓口に顔を出してほしいというのは取次さんの昔からの変わらぬご要望だと思いますよ。行かなくたっていいなら版元は行かなくなるかもしれません。仕入窓口は出版社との取引の重要な絆であり、かなめです。顔が繋がっていてこそ、いざという時に出版社も対応できるわけです。「実際に会わなくたって、重要で濃密なコミュニケーションは十分できる」ということを私は否定はしません。しかしそれは、窓口業務とはおそらく別種のコミュニケーションだと思います。窓口も版元営業マンもどんどん担当者が変わりますから、顔を繋いでおくことは大事です。本の「現物」と受注短冊(もしくは受注一覧や指定一覧)を手に対面でやり取りするということの「確認重要性」(版元がへまを流通に持ち込まないよう監視すること)は仕入窓口の現場では当面は変わりにくいのではないかと私は見ています。

ですから、神谷さんが、

|たかだか一種類を何千個しか売らない商品のためにもう
|ちょっと流通のプロセスって合理化できないのかね?って
|門外漢としては思います。わざわざ手持ちで商品見せにいく
|のが最も合理的だった時代ってもう昔のことじゃないの笑

と仰ることについてはこう答えたいと思います。そもそも出版社サイドは合理化してほしいと思っているけれど、見本出し自体の「確認重要性」(たとえそれがとっくに形骸化しているとしても)まで否定しようとは思わないです。それにしても神谷さん、経歴上ご自身を門外漢とまで仰ってはダメじゃないですか(笑)※。

※神谷さんとは後日電話でお話しし、発言の真意について伺いました。神谷さんが考えている「見本出し」の方法があり、業界の弱点を突く非常に興味深いものでしたが、それは本エントリーとは別に立てて論じるべきことなのでここでは省きます。

神谷さんのこのコメントについては梶原さんはこう書いておられます。

|たかだか数ヶ所に見本を持ってくだけで全国に営業しなくても
|勝手に配本してくれて(時間はかかるとはいえ)おカネを払って
|くれるという…究極の効率的流通ですよね。他の産業からしたら
|なかなかありえないんじゃないかと。これを「維持」したいと
|思うなら、喜んで校了早めますよ。

効率的流通というご評価について異論はありません。ただし、大手版元と零細版元では「効率」の内実が異なるようです。ちなみに弊社の新刊は受注配本なので、「勝手に配本」されることはありません(太洋社さん以外は)。また、「維持」と「早期校了」は弊社では上述の通り結びついていません。とはいえ出版人同士のこうした現実の類似と差異は梶原さんにとっては織り込み済みかと推察します。

この梶原さんのご発言を受けて神谷さんはこう応答されています。

|メーカーの都合としてはそうなんでしょうけどね…。
|だけど問屋はそのために何人かそれなりの練度の人が
|一年中張り付きで結局返品がどっさり戻ってくるようですし…。
|難しいですね

より正確に言えばメーカー「だけ」の都合ではないし、メーカー「すべて」の都合でもないですね。すべての版元が押し紙ならぬ押し配本をしているわけではないですし。いずれにせよ、悩ましい問題であることには違いありません。

松井さんは梶原さんや神谷さんのコメントに対してこう締めくくられています。

|ぶっちゃけ、窓口に見本だしはもうなくてもいいんじゃないか
|と思いますね。いまや、もっと効率が上がりそうな代替手段が
|たくさんありますし。大きなシステムはともかく、こういう
|細かい部分で改善できるところはいっぱいあるかな、と。

「窓口に見本だしはもうなくてもいい」というのは太洋社ご出身の方のご発言としてはいささか衝撃的ではあるのですが(笑)、松井さんの仰る代替手段や神谷さんの仰る合理化というのは、色々困難があるにせよ、今後実現されないわけでもないかも、と予想できます。

・・・さてここで最初に戻り、松井さんが「いち消費者として」残念に思われていることについて、可能な範囲で弊社と太洋社の具体的な現実をお話ししたいと思います。太洋社帳合の書店しか利用することのできない読者の方は確かに今後、都内であれ地方であれ新刊の着荷が遅れることの影響を受ける可能性が高まるかもしれません(しかし、前エントリーに書いた通り、太洋社さんにだけ見本出しが遅れる事態に対しての予防策は弊社はきちんと講じますし、リスクが現実にならないよう全力を尽くします)。具体的に言えば、芳林堂、知遊堂、カルコス、友朋堂、附家書店、といった書店チェーンをご利用のお客様です(サンミュージックは少し前までは太洋社帳合でしたが、今はトーハンに帳合変更されたので、話から外します)。

ただし、弊社の新刊はこれらの書店チェーン全店のうち、ここ半年の受注実績ベースで言えば1~2店舗にしか配本されません。配本数は各1~数冊です(TRCSBや既刊SBを除くと、弊社の書店受注規模においては、軒数・冊数ともに取次全社トータルの中で太洋社さんのシェアは1%強です)。このほか、太洋社さんは余分に何冊か仕入れて、帳合書店の数店舗未満に見計らいを出されているようですが、こうした見計らい配本は弊社が取引している取次他社ではほぼまったく行われません。弊社は発売日協定を組まなければならないようなベストセラー必至の新刊は出していませんし、一日を争うような即日売り切れる本も出していません。そのぶん扱い書店は多くないですから、弊社本を入手することの難しさ(と言っても高いハードルかどうかはお客様の環境次第ですけれど)は、特に地方の場合、今までと同様にこれからもあまり変わらないと思います。つまり、「いち消費者」としての松井さんに与える影響は、弊社本のご購入に限って言えば、ほとんど以前と状況は変わらないかもしれませんし、もし変わったとしても代わりとなる入手方法は色々あると申し上げたいと思います。

最後にTRCのSBの帳合変更リスクの上昇について。どなたかがtwitterでいみじくも「バタフライ効果」と比喩されたように、太洋社の本社移転の影響は万が一悪い方に転がれば、太洋社や太洋社一手扱いの版元と書店にまで気がかりな連鎖が広がる可能性があります。TRCは太洋社より売上が大きい会社なので、力関係としては将来的にTRCが自社に有利な選択を下すことがありえないわけではないと推察できます。
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by urag | 2014-06-30 18:03 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
2014年 06月 29日

注目新刊と近刊:2014年6月~8月

◎注目新刊(2014年5月~6月)

ここ約1カ月の間に発売された新刊の中から、未言及だったものを中心に要チェックな書目をもう一度列記します。今月は特に、蓮實重彦『「ボヴァリー夫人」論』をはじめ、松浦寿輝『明治の表象空間』、大西巨人『日本人論争――大西巨人回想』といった国内著者の三冊と、デリダ『プシュケー――他なるものの発明(I)』、フォン・ノイマン+モルゲンシュテルン『ゲーム理論と経済行動 刊行60周年記念版』の海外著者の二冊というように大冊が続いたおかげで、とても充実感のある一か月でした。この五冊で45,000円以上かかるので、一般読者にとっては厳しい出費です。

もっと安くならないのかとお感じの読者もおられることと思いますが、おそらく今後、紙媒体の書籍が安くなることはないと私は予想しています。一昔前より販売数は落ちていますし、それに伴い初版部数も減っています。単価が上がらざるをえないのです。良い本を出せば絶対に売れるなどという幻想は持てません。これは幻想を否定しているのではありません。時代を駆動させる幻想があることも事実です。その上で、今は安売競争に走る戦略は経営上の根拠に乏しいというのが業界の本音だと思います。日本全体の読書熱や教養熱、そして景気が上向きになるように出版界にできることは何なのかが問われています。しかしおそらくそれは出版界が孤軍奮闘すれば解決できるような問題ではないのです。

05月22日『魂のレイヤー――社会システムから心身問題へ』西川アサキ著、青土社、3,024円
05月23日『言語起源論の系譜』互盛央著、講談社、2,484円
05月23日『好奇心の赴くままに――ドーキンス自伝(I)私が科学者になるまで』リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳、早川書房、3,024円
05月30日『明治の表象空間』松浦寿輝著、新潮社、5,400円
05月30日『「4分33秒」論──「音楽」とは何か』佐々木敦著、Pヴァイン、2,376円
05月31日『翻訳の倫理学――彼方のものを迎える文字』アントワーヌ・ベルマン著、藤田省一訳、晃洋書房、3,024円
06月06日『科学の地理学――場所が問題になるとき』デイヴィッド・リヴィングストン著、梶雅範+山田俊弘訳、法政大学出版局、4,104円
06月07日『情報汚染の時代』高田明典著、メディアファクトリー/KADOKAWA、1,512円
06月16日『琉球共和社会憲法の潜勢力――群島・アジア・越境の思想』川満信一+仲里効編、未來社、2,808円
06月19日『あなたが救える命――世界の貧困を終わらせるために今すぐできること』ピーター・シンガー著、児玉聡+石川涼子訳、勁草書房、2,700円
06月20日『アメリカ〈帝国〉の現在――イデオロギーの守護者たち』ハリー・ハルトゥーニアン著、平野克弥訳、みすず書房、3,672円
06月20日『編集者になろう!』大沢昇著、青弓社、1,728円
06月20日『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている――再生・日本製紙石巻工場』佐々涼子著、早川書房、1,620円
06月20日『背信の科学者たち――論文捏造はなぜ繰り返されるのか?』ウイリアム・ブロード+ニコラス・ウェイド著、牧野賢治訳、講談社、1,728円
06月22日『陶酔とテクノロジーの美学――ドイツ文化の諸相1900-1933』鍛治哲郎+竹峰義和編著、青弓社、4,320円
06月23日『ユングとジェイムズ――個と普遍をめぐる探求』小木曽由佳著、創元社、3,024円
06月24日『グラムシとフレイレ――対抗ヘゲモニー文化の形成と成人教育』ピーター・メイヨー著、里見実訳、太郎次郎社エディタス、4,860円
06月24日『現代思想の時代――〈歴史の読み方〉を問う』大澤真幸+成田龍一著、青土社、2,376円
06月25日『脱成長(ダウンシフト)のとき――人間らしい時間をとりもどすために』セルジュ・ラトゥーシュ+ディディエ・アルパジェス著、佐藤直樹+佐藤薫訳、未來社、1,944円
06月25日『写真講義』ルイジ・ギッリ著、萱野有美訳、みすず書房、5,940円
06月26日『華氏451度〔新訳版〕』レイ・ブラッドベリ著、伊藤典夫訳、ハヤカワ文庫SF、929円
06月27日『「ボヴァリー夫人」論』蓮實重彦著、筑摩書房、6,912円
06月27日『日本人論争――大西巨人回想』大西巨人著、左右社、8,964円
06月27日『新版 アリストテレス全集(13)問題集』岩波書店、7,992円
06月28日『プシュケー――他なるものの発明(I)』ジャック・デリダ著、藤本一勇訳、岩波書店、10,260円
06月28日『アダム・スミスとその時代』ニコラス フィリップソン著、永井大輔訳、白水社、3,024円
06月30日『ゲーム理論と経済行動 刊行60周年記念版』ジョン・フォン・ノイマン+オスカー・モルゲンシュテルン著、武藤滋夫訳、中山幹夫訳協力、勁草書房、14,040円

蓮實さんの『「ボヴァリー夫人」論』は6月の人文書新刊のベストブックと言っていいと思います。ちょうど良いこの機会に、マリオ・バルガス・リョサ『果てしなき饗宴――フロベールと『ボヴァリー夫人』』(工藤庸子訳、筑摩叢書、1988年)が文庫化されたらいいなと想像しています。

◎注目近刊(2014年7月~8月)

来月とさ来月の新刊ですでにネット書店や版元サイト等で情報公開が始まっている書目の中から注目書を挙げてみます。話題を呼ぶだろうことが予想されるのは、国内著者の近刊では柄谷行人『帝国の構造――中心・周辺・亜周辺』、海外著者の訳書ではレザー・アスラン『イエス・キリストは実在したのか』かと思います。後者は版元サイトの紹介文によれば、「全米騒然の大ベストセラー。救世主(キリスト)としてのイエスは実在しなかった。いたのは、暴力で秩序転覆を図った革命家(ゼロット)としてのイエスだった」。同社サイトで公開されている担当編集者氏の紹介文にはこうあります。「実際のイエスは、ローマ帝国に反抗した暴力も辞さない革命家(ゼロット)だった。しかし死後、切迫した歴史的事情から愛と平和を説いた救世主(キリスト)というイエス像に書き換えられた――イエスの実像とキリスト教誕生の核心に迫った本書は、全米で20万部超の大ベストセラーとなりました」。「本書の執筆にあたって」という原著者の文章も立ち読みできます。

07月02日『耳を傾ける技術』レス・バック著、有元健訳、せりか書房、3,456円
07月02日『ベンヤミンの言語哲学』柿木伸之著、平凡社、4104円
07月08日『無神論の歴史――始原から今日にいたるヨーロッパ世界の信仰を持たざる人々(上・下)』ジョルジュ・ミノワ著、石川光一訳、法政大学出版局、14,040円
07月09日『増補版 承認をめぐる闘争――社会的コンフリクトの道徳的文法』アクセル・ホネット著、山本啓+直江清隆訳、法政大学出版局、3,888円
07月09日『イラク戦争は民主主義をもたらしたのか』トビー・ドッジ著、山岡由美訳、みすず書房、3,888円
07月10日『イエス・キリストは実在したのか』レザー・アスラン著、白須英子訳、文藝春秋、1,836円
07月10日『書店不屈宣言――わたしたちはへこたれない』田口久美子著、筑摩書房、1,620円
07月10日『冤罪を生む構造――アメリカ雪冤事件の実証研究』ブランドン・L・ギャレット著、笹倉香奈ほか訳、日本評論社、5,940円
07月14日『別のしかたで――ツイッター哲学』千葉雅也著、河出書房新社、1,728円
07月14日『ドゥルーズと狂気』小泉義之著、河出ブックス、1,944円
07月14日『境界の現象学――始原の海から流体の存在論へ』河野哲也著、筑摩選書、1,620円
07月14日『幸福論』アラン著、村井章子訳、日経BP社、1,728円
07月15日『民族の創出――まつろわぬ人々、隠された多様性』岡本雅享著、岩波書店、4,536円
07月15日『戦争に隠された「震度7」――1944東南海地震・1945三河地震』木村玲欧著、吉川弘文館、2,160円
07月16日『[新世界]透明標本2』冨田伊織作、小学館、1,728円
07月18日『戦後日本公害史論』宮本憲一著、岩波書店、8,856円
07月18日『アラブ・イスラム用語辞典』松岡信宏著、成甲書房、2,484円
07月18日『ディルタイ全集(9)シュライアーマッハーの生涯(上)』法政大学出版局、29,160円
07月19日『「無」の科学』イアン・スチュアートほか著、ジェレミー・ウェッブ編、水谷淳訳、ソフトバンククリエイティブ、1,728円
07月19日『いま、幸福について語ろう――宮台真司「幸福学」対談集(仮)』宮台真司著、コアマガジン、1,620円
07月22日『靖国神社と幕末維新の祭神たち――明治国家の「英霊」創出』吉原康和著、吉川弘文館、2,484円
07月24日『プロパガンダ・ラジオ――日米電波戦争 幻の録音テープ』渡辺考著、筑摩書房、2,484円
07月24日『人間が人間でなくなるとき――フッサールの影を追え、とメルロ=ポンティは言った』岡山敬二著、亜紀書房、2,916円
07月24日『あなたのなかの宇宙』ニール・シュービン著、吉田三知世訳、早川書房、2,592円
07月25日『帝国の構造――中心・周辺・亜周辺』柄谷行人著、青土社、2,376円
07月25日『処女神――少女が神になるとき』植島啓司著、集英社、2,160円
07月25日『1968 パリに吹いた「東風」――フランス知識人と文化大革命』リチャード・ウォーリン著、福岡愛子訳、岩波書店、5,184円
07月25日『描かれた倭寇――「倭寇図巻」と「抗倭図巻」』東京大学史料編纂所編、吉川弘文館、2,700円
07月25日『工芸とナショナリズムの近代――「日本的なもの」の創出』木田拓也著、吉川弘文館、5,184円
07月25日『消されたマッカーサーの戦い――日本人に刷り込まれた〈太平洋戦争史〉』田中宏巳著、吉川弘文館、3,024円
07月25日『平和と命こそ』日野原重明+宝田明+澤地久枝著、新日本出版社、1,296円
07月28日『欲望と消費の系譜』ジョン・スタイルズ+ジョン・ブリューア+イヴ・ローゼンハフト+アヴナー・オファ著、草光俊雄+眞嶋史叙監修、NTT出版、2,592円
07月28日『世界の妖精・妖怪事典〔普及版〕』キャロル・ローズ著、松村一男監訳、原書房、3,024円
07月29日『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』神﨑亮平著、岩波科学ライブラリー、1,296円
07月30日『アベノミクス批判――四本の矢を折る』伊東光晴著、岩波書店、1,836円
07月30日『民主党政権とは何だったのか――キーパーソンたちの証言』山口二郎+中北浩爾編、岩波書店、2,592円
07月30日『集団的自衛権の何が問題か――解釈改憲批判』奥平康弘+山口二郎編、岩波書店、2,052円
07月30日『薩摩・朝鮮陶工村の四百年』久留島浩+須田努+趙景達編、岩波書店、3,888円
07月30日『創造と狂気――精神病理学的判断の歴史』フレデリック・グロ著、澤田直+黒川学訳、法政大学出版局、3,672円
07月31日『ニーズ・価値・真理――ウィギンズ倫理学論文集』デイヴィッド・ウィギンズ著、大庭健+奥田太郎監修、勁草書房、3,996円

08月12日『反逆の神話――カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか』ジョセフ・ヒース+アンドルー・ポッター著、栗原百代訳、NTT出版、3,024円
08月15日『ゴヤ――啓蒙の光の影で』ツヴェタン・トドロフ著、小野潮訳、法政大学出版局、4,104円
08月18日『粒でできた世界(ワンダー・ラボラトリ 01)』結城千代子+田中幸著、西岡千晶絵、太郎次郎社エディタス、1,620円
08月18日『空気は踊る(ワンダー・ラボラトリ 02)』結城千代子+田中幸著、西岡千晶絵、太郎次郎社エディタス、1,620円
08月22日『リスク、人間の本性、予測の未来』アラン・グリーンスパン著、日本経済新聞出版社、2,376円
08月25日『発達障害の時代(仮)』立岩真也著、みすず書房、3,888円

また、近刊文庫・新書では次の書目が目に留まりました。驚いたのは岩波文庫のモース『贈与論』新訳です。有地亨訳(勁草書房)が2008年に新装復刊され、翌年には、吉田禎吾・江川純一の両氏による新訳もちくま学芸文庫で出ました。さらには以前から予告されている通り、平凡社版『モース著作集』の第一回配本予定もやはり『贈与論』だったはずです。こんにち資本主義のオルタナティヴを考える上では「贈与」の歴史をひもとくことは避けて通れません。なにもそんなに集中しなくたって(ほかにもやるべきことがあるのでは)と思われる読者もあるいはいらっしゃるかもしれませんが、意図して便乗できるような本でもない気がします。競合を恐れず複数の新訳が出版されるのは喜ばしいことです。

07月04日『口語訳 遠野物語』柳田國男著、佐藤誠輔訳、小田富英注釈、河出文庫、691円
07月07日『日本劣化論』笠井潔+白井聡著、ちくま新書、907円
07月07日『空海の思想』竹内信夫著、ちくま新書、864円
07月07日『入門 老荘思想』湯浅邦弘著、ちくま新書、907円
07月07日『古典を読んでみましょう』橋本治著、ちくまプリマー新書、929円
07月09日『ベンヤミン・コレクション(7)〈私〉記から超〈私〉記へ』浅井健次郎編訳、ちくま学芸文庫、1,836円
07月09日『自然とギリシャ人・科学と人間性』エルヴィン・シュレーディンガー著、水谷淳訳、ちくま学芸文庫、1,080円
07月09日『増補 靖国史観』小島毅著、ちくま学芸文庫、1,080円
07月09日『十八史略』曾先之著、今西凱夫訳、ちくま学芸文庫、1,512円
07月09日『オーギュスト・コント』清水幾太郎著、ちくま学芸文庫、1,404円
07月10日『やわらかな遺伝子』マット・リドレー著、中村桂子+斉藤隆央訳、ハヤカワ文庫NF、972円
07月10日『小さな黒い箱』フィリップ・K・ディック著、ハヤカワ文庫SF、1,102円
07月11日『神曲 煉獄篇』ダンテ・アリギエリ著、原基晶訳・解説、講談社学術文庫、1,566円
07月11日『お金の改革論』ジョン・メイナード・ケインズ著、山形浩生訳、講談社学術文庫、864円
07月11日『生物学の歴史』アイザック・アシモフ著、太田次郎訳、講談社学術文庫、1,037円
07月16日『ラデツキー行進曲(上)』ヨーゼフ・ロート著、平田達治訳、岩波文庫、842円
07月16日『おんな二代の記』山川菊栄著、岩波文庫、1,166円
07月16日『江戸東京実見画録』長谷川渓石画、進士慶幹+花咲一男注解、岩波文庫、842円
07月16日『贈与論 他二篇』マルセル・モース著、森山工訳、岩波文庫、1,231円
07月16日『復活(上)』トルストイ著、藤沼貴訳、岩波文庫、1,102円
07月16日『法華経物語』渡辺照宏著、岩波現代文庫、1,469円
07月16日『現代語訳 東海道中膝栗毛(上)』伊馬春部訳、岩波現代文庫、1,058円
07月16日『「日本国憲法」を読み直す』井上ひさし+樋口陽一著、岩波現代文庫、1,123円
07月16日『デカルトの旅/デカルトの夢――『方法序説』を読む』田中仁彦著、岩波現代文庫、1,469円
07月18日『若い藝術家の肖像』ジェイムズ・ジョイス著、丸谷才一訳、集英社文庫、1,296円
07月18日『集団的自衛権と安全保障』豊下楢彦+古関彰一著、岩波新書、886円
07月18日『サッカーと人種差別』陣野俊史著、文春新書、810円
07月21日『ポール・リクール』ジャン・グロンダン著、杉村靖彦訳、文庫クセジュ、1,296円
07月23日『錬金術』吉田光邦著、中公文庫、864円
07月23日『マッカーサー大戦回顧録』ダグラス・マッカーサー著、津島一夫訳、中公文庫、1,512円
07月25日『青春論』亀井勝一郎著、角川ソフィア文庫、648円
07月25日『日本国憲法を生んだ密室の九日間』鈴木昭典著、角川ソフィア文庫、1,080円
07月25日『文学とは何か』加藤周一著、角川ソフィア文庫、778円
07月25日『呪いと日本人』小松和彦著、角川ソフィア文庫、778円

08月07日『50歳からの知的生活術』三輪裕範著、ちくま新書、842円
08月07日『汚染水との闘い』空本誠喜著、ちくま新書、799円
08月12日『神曲 天国篇』ダンテ・アリギエリ著、原基晶訳・解説、講談社学術文庫、価格未定
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by urag | 2014-06-29 23:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 25日

太洋社本社移転の影響を考える

専門的な話ですが、同様の案件をお持ちの版元さんもおられるかもしれないと思い、以下に記します。

出版取次の太洋社が本社移転の案内をついに出版社に通知し始めました。8月25日(月)から、仕窓口は地下鉄銀座線「末広町」駅至近のビルに移ります。「注文品物流」は戸田市美女木の同社戸田センターに集約するようです。物流拠点の移転はこれまで取次各社が時代の推移とともに行ってきたものですから、これについては今は脇におくとします。少しやっかいなのは、仕入窓口の移転の影響です。

弊社は日販、トーハン、大阪屋、栗田、太洋社の5社に新刊の見本出しを1人で行っています。利用する交通機関は電車とバスで、あとは徒歩(一部タクシー)です。新刊見本の際に自転車や自動車を利用する版元さん、複数の人数で見本出しする版元さん、郵送や宅配便ですべて済ませる版元さん、あるいは新刊見本を納品で済ませる版元さんなど、事情はそれぞれ異なると思うのですが、弊社と同じように、1人で5社を午前中(厳密に言えば9時半から11時半までの間)に車を使わず回る場合、売上5番手の太洋社に午前中に入るのがとても難しくなることは、版元の営業マンなら気づくと思います。

以前も少し書きましたが、現状では弊社では、地下鉄有楽町線「江戸川橋」で下車し、徒歩で9時半過ぎに太洋社に着くようにします。その次は神田川を挟んだ反対側のトーハンまで歩きます。トーハンを終えたら、タクシーで日販へ。日販の次は地下鉄丸ノ内線に乗って「後楽園」で下車、徒歩で大阪屋を回り、今度は都営三田線に「春日」から乗って「神保町」で降りて徒歩で栗田を回ります。取次窓口が混雑する〆日25日前1週間でなければ、このルートで午前中になんとか回り切れます。

取次搬入日まで中3日がここ10年のスタンダードですが、電車が止まったり、仕入窓口が混んでいたりすると、午前中は大阪屋に滑り込むのがやっとで、栗田には間に合わないことがあります。その場合は栗田のみ中2日に変更し、搬入日が取次他社とズレないようにします。どの取次を優先するかと言えば、それは売上順です。日販やトーハンは大阪屋より優先しなければならないし、大阪屋は栗田より優先されなければなりません。太洋社は5番手です。この現状で、太洋社が本社移転によりルートから外れるとどうなるか。トーハンと近いからこそ早めに回るルートに組み込めていたのが、栗田の後に回るとなれば、弊社の場合、かなりの高確率で「午前中に太洋社を回り切れず、太洋社への搬入日が取次他社より1日ズレ込む」ことになります。

そうなると一番影響が出るのが、太洋社を使ってまとまった部数の新刊を仕入れているTRC(図書館流通センター)のストックブックです。TRCにとっても太洋社にとってもストックブックの納品が取次他社の配本より1日ずれるのは面白いことではありません。納品が遅れても構わないとはまったく思っていないはずです。「午前中に太洋社を回り切れず、太洋社への搬入日が取次他社より1日ズレ込む」ことによって「太洋社からTRCSBへの納品が1日遅れる」事態を生むこの悪循環は、出版社にとっても面倒なことです。太洋社を利用する限りはSBへの納品は遅れることになりますから、最悪の場合「太洋社外し」が懸念されるのです。

(むろんこれは弊社のように、取次見本に1名しか人員を割いていない出版社がどれくらい多く存在するかによるので、単なる杞憂かもしれません。しかし私の知る限りでは、それなりの数の出版社が、1人で見本出しをしているように見受けます。地図が書き変わるためには、こうした出版社が多数派である必要はありません。たとえ1~2割の版元の搬入日が遅れるだけでも、それがずっと続くなら問題はおそらくけっして小さくはないのです。)

TRCがSBの扱いを太洋社から他社へ帳合変更してしまうと、SBの売上が大きいはずの太洋社はかなりの打撃を受けることになるでしょう。太洋社の売上が減ると困るのは、太洋社一手と取引している版元です。太洋社を介して他社取次へ仲間卸しているわけですから、太洋社が打撃を受ければ、その版元にも余波があります。これもまた最悪の場合、「太洋社および取引版元の連鎖倒産リスクの急上昇」が懸念されます。

(つまり、太洋社の本社移転の影響は、たかが見本出しの話とはいえ、太洋社への搬入日に配慮しきれない出版社の数次第では、思いがけない展開へと連鎖しかねないというのが私の印象です。おそらくそこまでの悪循環には陥らないにせよ、不測の事態に備える必要が出版社にとってもゼロではないわけです。)

弊社では太洋社仕入部さんと協議し、搬入日のズレこみを回避するごくシンプルな対策を取ることにしました。新刊見本についてはまず「搬入連絡票」を見本日当日午前中までにFAXし、現物を追って納品する、という方法です(昔からあるいわゆる「後見本」というやつですね)。むろんこうした場合でも、見本当日に日販やトーハンの窓口交渉で、搬入日が前倒しになった場合は、色々しわ寄せが起こります。万全な対策ではありませんが、ほかに方法もないようです(ちなみに他社より1日早く太洋社に見本出しすることや、宅配便で見本日午前中に納品するという選択肢は、印刷製本の事情で弊社には現実的ではありません)。

かつて栗田が文京区の仕入窓口を閉鎖して旧板橋本社(都営地下鉄「志村坂上」駅下車徒歩10分強)に窓口を移した時、書籍の窓口を訪れる版元が少なくなり、版元との人間関係が希薄になったという前例があります。太洋社の移転先は板橋ほど離れてはいませんが、それでも微妙に回りにくい場所ではあるので、直接訪問せず、郵送や宅急便で済ませようという版元が出てくるかもしれません。搬入日がズレようがそれは仕方ないという版元もその中には含まれることでしょう。ごくありふれた問題のようで、下手をすると悪循環につながりかねないこの問題について果たして太洋社さんがどう対策を取られるのか、注視したいと思っています。

+++

追記:この件がどうしてことさら「嫌な感じ」に見えるのか、同業者の方々はすでにご存じかと思います。背景にあるのは太洋社のここしばらくの経営以不振と最近の支払決済システムのトラブルです。こうした悪い空気がこれ以上続かないようにするべきところに本社移転が本決まりになり(それが以前から検討されていたことで、経営再建には必要なことだとしても)、出版社は一抹の不安感や不満を覚えているのではないでしょうか。SBの帳合変更というカードをTRCに切らせないためには、「太洋社で問題なし」という出版社の信任=後ろ盾も必要なはずです。その部分が若干危うくなりつつあるのかなと案じています。
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by urag | 2014-06-25 15:15 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
2014年 06月 23日

エウレカ・プロジェクトのウェブ雑誌「E!」が創刊、ほか

★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
物理学者の松野孝一郎さん(長岡科学技術大学名誉教授)が提唱し、理論生命科学者の郡司ペギオ幸夫さん(早稲田大学教授)が発展させた、新しい思考様式「内部観測」をハブ概念とした領域横断型のウェブ雑誌「E!」を、上浦基さん(東京電機大学理工学部助教)、澤宏司さん(日本女子大学附属高等学校教諭)、竹之内大輔さん(株式会社イーライフ、シニアコンサルタント)、水越康介(首都大学東京大学院ビジネススクール准教授)と共同で2014年6月20日に創刊されました。エウレカ・プロジェクトのウェブサイトから創刊#1号をダウンロードできます。近藤さんは同号に「あたらしさについて」という架空対談形式のテクストを寄稿されているだけでなく、組版デザインも手掛けておられます。

E! vol.1
澤宏司責任編集
エウレカ・プロジェクト 2014年6月 無料 PDF85頁 ISSN2188-756X

版組デザイン=近藤和敬
WEBプランニング(Eureka Project)=園原譲(フリーランス)
表紙・グラフィックデザイン=高村舞(東京大学大学院修士課程、建築学)
企画協力=高際俊介

目次:
エウレカ宣言Ⅰ 巻頭言 【6-7】
内部観測 The Origin|松野孝一郎×上浦基【8-31】    
松野×上浦対談解題〈内部観測〉が居酒屋で使われる、そのときまでに、世界は。|上浦基【32-33】 
機械と人間のオチのない物語をめぐって――将棋電王戦から考える|久保明教【34-41】
天才と凡人とそのあいだくらい|水越康介【42-49】 
わたしと世界が触れるとき|齋藤帆奈【50-55】
あたらしさについて|近藤和敬【56-73】
論理の時間、論理と時間(Ⅰ)ラッセルの形式、ヒルベルトの計画|澤宏司【74-83】
執筆者プロフィール一覧 【84】
エウレカ宣言Ⅱ 巻末言 【85】


★川合全弘さん(訳書:ユンガー『追悼の政治』『労働者』)
ロシア政治思想史の研究者、京都大学名誉教授の勝田吉太郎さん(かつだ・きちたろう:1928-)さんが1968年に潮新書(潮出版社)の一冊として上梓された『ドストエフスキー』が、加筆訂正されて再刊されました。勝田さんは川合さんの恩師であり、川合さんは今回の再刊に際し編集協力に当たられています。

ドストエフスキー
勝田吉太郎(かつだ・きちたろう:1928-)著
第三文明社 2014年4月 本体3,500円 四六判上製函入360頁 ISBN978-4-476-03326-7
帯文より:人間とは何か――この根源的な問いに、ドストエフスキーは巨大な精神力を注いだ。近代文明に翻弄された現代人が新たな文明を模索する一書。

目次:
第一章 近代小説とドストエフスキーの手法
第二章 人間学――社会主義社会の蟻塚と人間的自由
第三章 自由の悲劇的弁証法
第四章 全体主義権力の論理と心理構造
第五章 ヒューマニズムの危機
第六章 宗教と倫理――弁神論の問題
第七章 悪の共同体
第八章 ナショナリズムと神
むすび
あとがき
ドストエフスキー略年表
著作目録


★ジャック・デリダさん(著書:『条件なき大学』)
井筒俊彦さんに宛てられた1983年7月10日付の書簡「〈解体構築〉DÉCONSTRUCTIONとは何か」丸山圭三郎訳、初出=「思想」1984年4月号に掲載、原文「Lettre à un ami japonais (1985) 」は増補新版『プシュケー』第Ⅱ巻、ガリレ、2003年収録)が、河出書房新社さんの「道の手帖」シリーズの最新刊「井筒俊彦」に再掲載されています。2014年は井筒俊彦さんの生誕百年に当たります。内容詳細は以下の通りです。

井筒俊彦――言語の根源と哲学の発生
安藤礼二+若松英輔責任編集
河出書房新社 2014年6月 本体1,600円 A5判並製224頁 ISBN978-4-309-74053-9
版元紹介文より:東西の叡智を一身に体現する世界的思想家・井筒俊彦の可能性に迫る。

目次:(既出テクストの再掲載には★印を付します)
【特別対談】安藤礼二×若松英輔「コトバの形而上学――井筒俊彦の生涯と思想」
【インタビュー】高橋巖「エラノスで会った〈非〉学問の人」 (聞き手=安藤礼二・若松英輔)
【井筒俊彦を読む】
 大江健三郎「井筒宇宙の周縁で――『超越のことば』井筒俊彦を読む」★
 田口ランディ「『意識の形而上学――「大乗起信論」の哲学』を読む」
 吉村萬壱「下から」
 池田晶子「『意識と本質』を読む」★
 日野啓三「言い難く豊かな砂漠の人」★
 ジャン・コーネル・ホフ「井筒哲学を翻訳する」(野口良次訳)
【特別収録】ジャック・デリダ「[書簡]〈解体構築〉DÉCONSTRUCTIONとは何か」 (丸山圭三郎訳)★
【井筒哲学の可能性】
 中沢新一「創造の出発点」★
 安藤礼二「呪術と神秘――井筒俊彦の言語論素描」
 若松英輔「光と意識の形而上学――井筒俊彦とベルクソン」
 中島岳志「「東洋の理想」の行方――大川周明と井筒俊彦」
 山城むつみ「井筒俊彦とロシアと文字と戦争と」
 上野俊哉「スピリチュアル・アナキズムに向かって」
【井筒哲学の基層】
 河合俊雄「井筒俊彦とエラノス精神」
 末木文美士「禅から井筒哲学を考える」
 頼住光子「井筒俊彦と道元」
 池内恵「井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解」★
 納富信留「井筒俊彦とプロティノス」
 澤井義次「井筒俊彦とインド哲学」
【井筒俊彦と東洋哲学】
 鎌田東二「詩と宗教と哲学の間――言語と身心変容技法」
 野平宗弘「地球社会化時代の東洋哲学――井筒俊彦とファム・コン・ティエン」
 松枝到「「読む」ことの教え――井筒俊彦から受け取ったこと」
 永井晋「〈精神的東洋を索めて〉――光の現象学」
井筒俊彦 略年譜

※なお、河出書房新社さんでは「道の手帖」シリーズのほかにも、大西巨人さんをめぐるアンソロジーを発売されたばかりです。また、今月の講談社文芸文庫の新刊では大西さんの『地獄変相奏鳴曲――第一楽章 白日の序曲/第二楽章 伝説の黄昏/第三楽章 犠牲の座標」が発売されています。

大西巨人――抒情と革命
河出書房新社編集部編
河出書房新社 2014年6月 本体2,300円 A5判並製256頁 ISBN978-4-309-02300-7

目次:(既出テクストの再掲載は★印)
【エッセイ】
 いとうせいこう「リアリズムへの神聖喜劇」
 小沢信男「汚い原稿の美しさ」
【大西巨人 単行本未収録エッセイ選解題(山口直孝編)】
 「ヒューマニズムの陥穽――「ネオ・ユマニスム」の旗手としての荒正人について」★
 「K少尉的なもの」★
 「二つの書物――「あられ酒」と「追憶」と」★
 「対馬の上島・下島」★
 「古い記憶の水鏡――短歌一種、詩二編について」★
【対談】
 大西巨人×武井昭夫「21世紀の革命と非暴力――新訳『縮図・インコ道理教』をめぐって」★
 大西巨人×柄谷行人「畏怖あるいは倫理の普遍性」★
 大西巨人×吉本隆明「“大小説”の条件――『神聖喜劇』をめぐって」★
 大西巨人×大岡昇平「変貌する「戦後」を問う」★
【大西巨人 初出で読む「俗情との結託」解題(山口直孝編)】 
 「俗情との結託――『三木清に於ける人間の研究』と『真空地帯』」★
 「雉子も鳴かずば打たれまい――民科芸術部会のこと、『真空地帯』批判(「俗情との結託」)の二つの反批判(?)のこと、シャーロック・ホームズ的推理のこと、その他」★
 「『真空地帯』問題――会本来の使命発展のために・Ⅳ」★
【論考】
 山口直孝「疾走する「たわぶれ心」――大西巨人におけるフモールの展開」
 絓秀実「さらに踏み越えられたエロティシズムの倫理――—大西巨人の場合」★
 井口時男「「正名と自然」再び」
 倉数茂「大西巨人の聖史劇(ミステリー・プレイズ)」
 友常勉「〈党〉と部落問題」
 千野帽子「大西巨人を読んでめんくらうこと」
【『神聖喜劇』論】
 石橋正孝「大西巨人における暴力の問題」
 田島正樹「革命的主体について――『神聖喜劇』論」★
 宮野由梨香「神聖喜劇』の彼方へ」
 橋本あゆみ「「別の長い物語り」のための覚書――『精神の氷点』から『神聖喜劇』へ」
【作品ガイド】
 「精神の氷点」(堀川労)
 「神聖喜劇」(橋本あゆみ)
 「天路の奈落」(生住昌大)
 「地獄変相奏鳴曲」(坂口博)
 「三位一体の神話」(楠田剛士)
 「五里霧」(堀川労)
 「迷宮」(内田友子)
 「二十一世紀前夜祭」(堀川労)
 「深淵」(内田友子)
 「縮図・インコ道理教」(坂口博)
 「地獄篇三部作」(坂口博)
大西巨人略年譜(齋藤秀昭)

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by urag | 2014-06-23 16:10 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 22日

注目新刊:晶文社版吉本隆明全集第2回配本第7巻、ほか

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吉本隆明全集7 [1962‐1964]
吉本隆明著
晶文社 2014年6月 本体6,300円 A5判変型上製636頁 ISBN978-4-7949-7107-4

帯文より:長く深い時間の射程で考えつづけた思想家の全貌と軌跡。重厚な評論「丸山真男論」と「日本のナショナリズム」を中心とする、1962年1月から1964年12月の間に発表された論考と詩を収める。第2回配本。

★まもなく発売。第1回配本(2014年3月)に続く第2回配本は第7巻。目次詳細は書名のリンク先か、吉本隆明全集特設サイトをご覧ください。単行本未収録原稿は二篇(「宍戸恭一『現代史の視点』」「中村卓美『最初の機械屋』」二段組でともに590頁に収録)で、月報には加藤典洋「うつむき加減で、言葉少なの」と、ハルノ宵子「じゃあな」が収録されています。ハルノさんのエッセイは隆明さんが臨終を迎える時の家族の絆についてかかれたもので、あっさりした書き方ですが胸に迫るものがあります。第1回配本の際は大型書店で吉本隆明全集刊行記念フェア「吉本隆明のDNAをどう受け継ぐか」が開催されました。内田樹さん、中沢新一さん、茂木健一郎さん、宇野常寛さんが選書されたリストや、フェアの店頭風景を特設サイトでご覧いただくことができます。吉本さんの読者層は幅広いですから、前回開催できなかった書店さんでは今回の第二回配本にあわせてたとえば「丸山真男と吉本隆明」フェアを展開されるのも良いかもしれません。次回配本は9月、第4巻(1952-1957)とのことです。


視覚文化「超」講義
石岡良治(いしおか・よしはる:1972-)著
フィルムアート社 2014年6月 本体2,100円 四六判並製336頁 ISBN978-4-8459-1430-2

帯文より:映画、ゲーム、アニメ、PV、アート、CG、マンガ・・・ハイカルチャー/ポップカルチャーの枠組みを超えて視覚文化を語る! 動画以降の世紀を生きるための、ポピュラー文化のタイム・トラベル。

推薦文(國分功一郎、巻末特別対談より):「文化の民主化」が徹底されつつある今、まさに必読の書が現れた。
推薦文(宇野常寛):伝説の男が、「日本最強の自宅警備員」と呼ばれるあの男がついにその重い腰を上げた……! 本書をもって世界は知ることになるだろう、本物の知性と本物の情熱の存在を。そして、石岡良治氏だけが両者をあわせもつことを。

★まもなく発売。國分功一郎(1974-)、宇野常寛(1978-)、千葉雅也(1978-)といった同世代の第一線で思考する若手各氏から、その鋭い分析力が常に高く評価されてきた批評家の待望のデビュー作です。視覚文化(特にポピュラー文化)をテーマに2014年2月から4月、フィルムアート社で行われた講義を全5回にまとめたもの。巻末には國分功一郎さんとの特別対談「新しい時代のための、視覚文化をめぐる哲学」が収録されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「超」講義と題されたのは、本書が視覚文化を論じる際に「時代と対象領域の広がりを重視」(4頁)し、「分野の横断性を強く意識」(同)しつつ、「複数の速度、複数の歴史を「ギアチェンジ」していくモデル」(10頁)を追求する、その姿勢ゆえではないかと思います。芸術批評の分野で2014年におそらくもっとも注目される新刊として話題を呼びそうです。書店員さんは巻末の参考文献にぜひ目を通してみてください。本書が扱っている議論の広がりに触発されることだろうと思います。


キリストの顔――イメージ人類学序説
水野千依著
筑摩叢書 2014年6月 本体2,000円 四六判並製400頁 ISBN978-4-480-01601-0

帯文より:究極の禁忌と欲望。その不可能なる肖像を彼らはいかにして描きえたのか。西洋思想の根幹に触れるイメージ生成の謎に迫る。

目次:
はじめに
第一章 失われた顔を求めて――キリストの肖像前史
第二章 マンディリオン伝説の構築――東方正教会における「真の顔」
第三章 マンディリオンの表象――東方における聖像論
第四章 複製される神聖空間
第五章 ラテラーノ宮殿の救世主の肖像――ローマのアケイロポイエトス
第六章 ヴェロニカ伝説の構築――西方世界における「普遍的教会の象徴」
第七章 ヴェロニカの表象――信仰と芸術のはざまで
第八章 キリストのプロフィール肖像――構築される「真正性」と「古代性」
おわりに――イメージ人類学に向けて

あとがき
参考文献
掲載図版一覧
人名索引

★発売済。第一作『イメージの地層――ルネサンスの図像文化における奇跡・分身・予言』(名古屋大学出版会、2011年)で第34回(2012年度)サントリー学芸賞を受賞した著者による待望の第二作です。まえがきによれば本書は「西洋キリスト教という文化圏にフィールドを限定し、歴史的にもっとも覆われ隠されつつも特権化され格別の崇敬を受けてきたイメージ、すなわり「キリストの顔」を対象に、「見るなの禁」のメカニズムを一考するとともに、キリスト教における表象の論理を堀り下げ」るもので(15頁)、「到達不可能なキリストの顔に接近する長い歴史を追うことで、キリスト教文化におけるイメージの論理を歴史人類学的視座から捉え直すことを試み」ています(18頁)。マンディリオンというのはイエスが自身の顔を拭いた布がそのままイエスの肖像となった聖顔布のことで、「人の手によらざる(アケイロポイエトス)」イメージ、キリスト自身の奇蹟の力によって生みだされた真正なる肖像という権威が備わっていました。「キリスト自らが想像したのならば偶像ではない」(52頁)というわけです。ローマのラテラーノ宮殿の救世主像や、聖ヴェロニカがイエスの血と汗を拭った聖顔布も、アケイロポイエトスの例です。見てはならないものを見えるものにするという聖なるイメージのパラドクスの歴史に迫り、イメージ人類学への道のりを示す力作です。


思想史の名脇役たち――知られざる知識人群像
合田正人著
河出ブックス 2014年6月 本体1,700円 B6判並製288頁 ISBN978-4-309-62472-3

帯文より:カミュに「作家になること」を決意させた人とは? アランが敬愛した先生とは? ベルクソン、ヴェイユ、ドゥルーズ、ガタリ、ラカン、デリダ、コント、バシュラール・・・彼らが愛した人物たちに光を当て、新たな思考の場へ――。

目次:
ランナバウト
ジャン・グルニエ
シャルル・ルヌヴィエ
ジュール・ラニョー
ジャン・ポーラン
ユージェーヌ・ミンコウスキー
ガブリエル・マルセル
ジャン・ヴァール
レオン・ブランシュヴィック

★発売済。フランス19-20世紀哲学史のある意味での「陰の部分」を扱う非常に啓発的な入門書です。「これから取り上げる思想家たちは決してマイナーな思想家ではない。けれども、ベルクソンという巨星の陰に彼らが多少なりとも隠されてきたことは間違いない。隠されつつも、彼ら自身、不連続性、言語、非人間的なもの、オリエント、媒介、空間、知性などの諸点についてベルクソンと対決した。ベルクソンはベルクソンで、シャルル・ルヌヴィエと対決した。しかし、その対決の意義が探られることはほとんどなかった。のみならず、例えばジャン・グルニエは、グルニエであるよりもむしろ「カミュの先生」である。ジュール・ラニョーも「アランの先生」である。いや、「アランの先生」としてさえ認知されていないかもしれない。ガブリエル・マルセルはサルトルによって乗り越えられた宗教哲学者にとどまっている。レオン・ブランシュヴィックはソルボンヌの「番犬たち」のひとりにすぎず、ジャン・ヴァールも実存主義の紹介者でしかない。精神医学の分野でこの数十年ユージェーヌ・ミンコウスキーのことが語られたことはほとんどない。大物編集者ジャン・ポーランの言語論を支えるマダガスカル経験を本質的なものとみなす論者もほとんどいない。ドゥルーズやリオタールやアラン・バデュの訳堂には、フランソワ・シャトレという存在が不可欠だったのではないか」(7頁)。「錆びた金属が旋盤にかけるとぴかぴか輝きだすように、彼らの著作は、私たちが未だ答えを見出していない最先端の、そして最も日常的な数々の問いの探求へと私たちを巻き込む力をいささかも失っていない。「来るべき書物」であり、「明日の哲学」への序曲なのだ」(7-8頁)。哲学史の細部への目配りを絶えず怠らなかった合田さんならではのたいへん魅力的な「星座の書」です。


黄泉の河にて
ピーター・マシーセン著 東江一紀訳
作品社 2014年6月 本体2,600円 46判上製272頁 ISBN978-4-86182-491-3

帯文より:「マシーセンの十の面が光る、十の周密な短編」――青山南氏推薦! 「われらが最高の書き手による名人芸の逸品」――ドン・デリーロ氏激賞! 半世紀余にわたりアメリカ文学を牽引した作家/ナチュラリストによる、唯一の自選ベスト作品集。

★発売済。今年4月に逝去したアメリカの作家の自選短篇集です。収録作品と執筆年は以下の通りです。「黄泉の河にて」1985年、「流れ人」1957年、「五日目」1951年、「セイディー」1950年、「センターピース」1951年、「季節はずれ」1953年、「アギラの狼」1958年、「馬捨ての緯度」1959年、「薄墨色の夜明け」1963年、「ルムンバは生きている」1988年。1998年に書かれた著者あとがきによれば、「作家として駆け出しの1950年代に、30篇近く書いて以来、わたしはめったに短篇を書かなくなっていた」とのことで、60年代以後は20年にわたって短篇が書かれていなかったものの、「最近、〔・・・〕初期のものよりかなり長く、かつ野心的な短篇を二篇仕上げた」と述べています。本書にはデリーロだけでなく、ウィリアム・スタイロンやジム・ハリソンも熱烈な賛辞を捧げていますマシーセンの新刊は『インディアン・カントリー』(上下巻、中央アート出版社、2003年)以来約10年ぶり、小説に限って言えば、早川書房より1992年に刊行された『ワトソン氏を殺す』『神の庭に遊びて』から約20年ぶりの新刊になります。


論語集注2
朱熹著 土田健次郎訳注
東洋文庫 2014年6月 本体2,900円 全書判上製函入396頁 ISBN978-4-582-80841-4

帯文より:宋学の『論語』解釈の精髄を集約した朱熹『集注』に、反朱子学の仁斎、さたに仁斎も批判する徂徠が果敢に挑む。『論語』解釈をめぐる中国と日本の儒学思想史上の白熱した議論を再現。

★まもなく発売。全4巻のうちの第2回配本第2巻。巻三の「公冶長第五」「雍也第六」、巻四の「述而第七」「泰伯題八」が収録されています。仁斎や徂徠の議論は集注への補説として随所で紹介されています。会員制の東洋文庫読者倶楽部では今般会報「東洋文庫通信」第2号を発行されました。『論語集注』の訳者、土田先生による「経学の世界」というエッセイが2頁にわたって掲載されているほか、森まゆみさんによる「私のオススメの一冊」として、モース『日本その日その日』が紹介されています。また会員が投票に参加できる東洋文庫のリクエスト復刊の案内も会報に同封されていました。『論語集注2』で通算850巻を数える東洋文庫の約半数が品切とのことで、書店さんでの復刊フェアも予定されているそうです。出来上がったばかりの解説目録2014年版と会員に配布された「品切書目一覧」を交互に見ながら、あらためて東洋文庫の半世紀にわたる長い道のりに思いを馳せたいと思います。

★平凡社さんの6月の新刊ではこのほか、森美術館をはじめ来年半ばまで名古屋、沖縄、高知を巡回する美術展のカタログ『ゴー・ビトゥイーンズ展――こどもを通して見る世界』(森美術館編、本体2,500円、A4変型判並製192頁、ISBN978-4-582-20674-6)や、フランスの絵本作家による『不思議の国のシロウサギかあさん』(ジル・バシュレ著、いせひでこ訳、本体A4変型判上製32頁、ISBN978-4-582-83653-0)がまもなく一般発売開始となります。
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by urag | 2014-06-22 23:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 20日

3刷出来:ドアノー『不完全なレンズで』堀江敏幸訳

ここしばらく版元品切だったロベール・ドアノー『不完全なレンズで――回想と肖像』(堀江敏幸訳、月曜社、2010年9月)を重版いたしました(3刷出来)ので、皆様にご報告いたします。

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ちなみに1年前の月曜社はこんな本を出していました。

◎2013年6月4日発売:リピット水田堯『原子の光(影の光学)』本体3,400円。
書評1⇒北野圭介氏書評「観ることの倫理性」(「思想」2014年第5号:1081号)

◎2013年5月10日発売:清水知子『文化と暴力――揺曳するユニオンジャック』本体2,800円。
書評1⇒浜井祐三子氏書評「サッチャー時代の功罪」(「北海道新聞」2013年7月14日(日)付朝刊12面)

◎2013年5月2日発売:廣瀬純『絶望論――革命的になることについて』本体1,600円。
書評1⇒ナガタ氏書評「革命の不可能性から逃げるために。」(「Book News」2013年5月15日付)
書評2⇒無記名氏書評(「神戸新聞」2013年6月16日付11面読書欄「ひょうご選書」;「信濃毎日新聞」6月23日付朝刊読書欄)
書評3⇒結城秀勇氏書評「《始まりから始める》ための強さと柔軟さとを」(『nobody』39号、2013年夏季)
書評4⇒綿野恵太氏書評「バートルビーが振り返る」(『映画芸術』444号、2013年夏季)

◎2013年4月11日発売:『表象07:アニメーションのマルチ・ユニヴァース』本体1,800円。
書評1⇒ナガタ氏書評「アニメ論の最先端を切り開く」(「Book News」2013年4月24日付)
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by urag | 2014-06-20 17:20 | 重版情報 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 19日

本日取次搬入:江川隆男『アンチ・モラリア』河出書房新社

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★江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
とてつもない密度の新刊が出ました。『存在と差異――ドゥルーズの超越論的経験論』(知泉書館、2003年)、『死の哲学』(河出書房新社、2005年)、『超人の倫理――〈哲学すること〉入門』(河出書房新社、2013年)に続く第四作にしておそらくいずれ江川さんの主著と目されることになるだろう一冊です。版元ウェブサイトに掲載されている発売日は2014年6月23日ですが、同社営業部さんに確認したところ、本日取次搬入とのことです。最速で明日以降、書店さんの店頭に順次並び始めることになるかと思います。

アンチ・モラリア――〈器官なき身体〉の哲学
江川隆男著
河出書房新社 2014年6月 本体3,500円 46判上製368頁 ISBN978-4-309-24662-8

帯文より:ドゥルーズ=ガタリを哲学的に再構成し、スピノザ的実体にかわって器官なき身体を基底にした〈分裂的〉総合の思考を創出する新たなるエチカ。

推薦文(宇野邦一氏):スピノザからアルトー、D-Gにわたる「器官なき身体」という概念の深海を精緻に探索する大いなる冒険の書。
推薦文(合田正人氏):人間をやめよ、愛はそこにしかない。新エチカの衝撃。
推薦分(佐々木中氏):見よ、スピノザとD-Gが闘争する。江川隆男というこの妥協なき哲学の戦場!

目次:
第一平面 唯一の器官なき身体
 Ⅰ〈分裂的-逆行的〉総合
  第一章 器官なき身体の哲学
  第二章 出来事の諸総合――〈離接的-分裂的〉総合の実現
 Ⅱ 実在的区別の組成
  第三章〈実体=属性〉の位相――スピノザ的思考の超越的行使
  第四章 存在を分裂症化すること――欲望の第二の課題
 Ⅲ 脱地層化の原理――新たな〈エチカ〉の思考へ
  第五章 器官なき身体=脱地層化する〈自然〉
  第六章 器官なき身体の地層化
  第七章 大気層――器官なき身体の気息
第二平面〈情動-強度〉論――多数多様な器官なき身体
 Ⅳ-1 変様――脱領土性並行論
  第八章 身体の変様について
  第九章 脱記号過程――身体の非記号的変様について
 Ⅳ-2 情動――〈強度=0〉における強度
  第一〇章 プラグマティック-実践哲学
  結論 器官なき身体の諸相
あとがき 

かつてドゥルーズは宇野邦一さんへの私信の中でこう語ったことがあります。「フェリックスからの衝撃によって、私は奇妙な概念たちが住む未知の領土にやってきたという印象をもった」(宇野邦一訳「いかに複数で書いたか」、『現代思想』1984年9月臨時増刊号「総特集:ドゥルーズ=ガタリ」所収、青土社、11頁)。私たちもまさに、ドゥルーズ=ガタリ=スピノザ」のポテンシャルを継ぐ江川さんの本書からの衝撃によって、哲学的思惟の新たな領野へと拉致されます。たとえば、「道徳の気象学」や「気象哲学」(第七章「大気層」)。これらはいわゆる「エコ」や従来の「気候変動」をめぐる思想と運動と異なるものであり、図書館や書店の書架に衝撃と亀裂を与えるものとなるでしょう。

巻頭におかれた次の言葉は本書の性格を良く表しているように思います。「本書は、読者が一般的に期待するような存在や出来事についての装飾的な考察は一切ない。あるのは身体の骨と血だけである。つまり、本書は慰めの書ではない。本書は、21世紀の〈エチカ〉を目標とする書物である。本書は、哲学をめぐる思考に久しく欠けていた無仮説の原理についての書物である。したがって、本書は、まったくの総合の書物である。というのも、哲学は、人間の総合の力能のうちにしか成立しえないからである。それゆえ、総合の書物は、つねに読み難いものになる。本書は、現実のさまざまな事例的問題に応用可能な、したがって経験的な哲学的議論や経験主義的適用の方法などについては、まったく無関心である。本書の目標は、もっとも批判的で創造的な原理を探求し、その原理からの多様なものの産出を概念化し、その総合的原理を構成することにある。本書は、哲学に蔓延する経験論的発想、言語と記号への形而上学的な経験的欲求、個々の人間や社会の日常過程のすべてを支配する経験主義、実践という名のすべての意見や見解、こういった事柄に対する配慮を欠いている。欠いていないのは、無仮説の原理と、人間の思考と身体であり、また哲学活動そのものをなす総合的思考である。欠いていないのは、多様な宗教や民族を超えた統一ではなく、自然が本性上もつ無神論的総合である」(12頁)。

あとがきにはこう書かれています。「本書は、「結論」部分から読むことができる。というのも、それは、真の結論だからである。つまり、それは、「本論」の真の結論となっているからである。「本論」のすべてを書き上げたうえで、はじめて明確に得られたパースペクティヴがそこにあるからだ。この一冊の哲学書が〈書かれることしかできないもの〉からなるような、そんな書物であることを願って、私は、この著作を読者の皆さんのもとに届けたい」(363頁)。本書の結論部分はわずか7頁です。たったの7頁ですが、江川さんがそこに達するまでに8年間の歳月がかかっており、「寝起きを共にして」格闘していた諸問題の果てに見出した結論ですから、読む方も簡単に伴走できたり到達できたりするものではありません。書かれえないものへ到達することではなく、〈書かれることしかできないもの〉に留まること。なんという困難、なんという苦痛と喜びでしょうか。

あとがきにはこうも書かれています。「〈反道徳的に〉という副詞は、私にとって〈思考すること〉という動詞につねにともなう「超越論的副詞性」のようなものである」(363頁)。アンチ・モラリア=反道徳というのは犯罪の称揚ではありませんし、悪への憧憬でもありません。それは心と体、人間と自然をもういちど根本的に捉えなおす思考の態度、エチカなのです。第八章「身体の変様について」から引用します。「〈革命〉は、人間的変革ではなく、人間本性の変形である。この変形は、人間の形相が変化すること(人間が馬に、鳥に、神に、等々になること)ではなく、人間の非物体的なもの(価値、意味、意識、無意識、構造、幻想、諸能力、欲望、等々)の変形のことである。道徳は、とりわけ精神の問題であった。また、道徳ほど、身体について敏感であり、それについて意識してきた思考はないであろう。それは、つねに精神の卓越性を保持するために、身体をいかに無視するのかという思考である。道徳的思考は、身体を恐れているのだ。というのも、身体は、思考に劣らず計算をするからであり、道徳的計算よりもはるかに最小の時間のうちで決定をくだすからである。道徳的思考は、身体と精神との間の差異を喜ぶような思想を形成することなどけっしてできない」(290-291頁)。

「人間の頭上に第一に存在するのは、青く輝く晴天や規則正しく運行する星座ではないし、また人間のうちで第一に考えられるのは、感情を抑制する理性やあらゆる人間活動を一つの目的のもとにおくような最高善ではない。そうではなく、人間の頭部の上には、むしろ生命力を増大も減少もさせるような気象的諸現象、あるいはむしろ〈大気-乱流〉が存在し、人間の皮膚の下には、内部の自然――現働的本質〔コナトゥス〕の状態、強度的部分――を直接的に表示するような感情あるいは触発が存在するのだ。したがって、われわれにとって一方の問題は、星が輝く天空よりも、むしろわれわれ人間を含めたあらゆる表面を包含する大気の平面、すなわち気象現象と気候変動である。〔・・・〕また、われわれにとって他方の問題は、道徳法則よりも、むしろ情動、パトスであ〔る。・・・〕。気象とパトス」(253頁)。

+++

なお、河出書房新社さんのドゥルーズ関連続刊では、来月14日発売予定で、次の二点が予告されています。たいへん楽しみですね。

ドゥルーズと狂気
小泉義之著
河出ブックス 2014年7月 本体1,800円 B6判並製370頁 ISBN978-4-309-62473-0
版元紹介文より:ドゥルーズの最重要主題でありながら正面から論じられてこなかった「狂気」を読みとりながら、まったく新たなドゥルーズ像を描き出すとともに、新たな生と狂気のありかたを開く衝撃の書。

別のしかたで――ツイッター哲学
千葉雅也著
河出書房新社 2014年7月 本体1,600円 46変形判208頁 ISBN978-4-309-24664-2
版元紹介文より:話題騒然のデビュー作『動きすぎてはいけない』に続いて贈る、すべてツイッター上で思考された哲学的アフォリズム集。入門的かつ実践的、「140字以内」の類例なき哲学書が誕生する!
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by urag | 2014-06-19 10:50 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 18日

有形文化財、熊本・長崎次郎書店が来月いよいよリニューアルオープン

2014年7月14日(月)リニューアルオープン
長崎次郎書店:40坪(うちギャラリー2坪)
熊本県熊本市中央区新町4-1-19
明治7年1874年創業の老舗であり、保岡勝也設計の登録有形文化財でもある歴史的店舗「長崎次郎書店」が昨年来の休業を経ていよいよ復活します。トーハン帳合で、弊社には人文書や文芸書のご発注いただきました。休業前は政府刊行物を中心に扱う書店でしたが、昭和期にのれん分けした長崎書店が経営を引き継ぎ、文芸・芸術・人文・郷土・児童書・ライフスタイルといった諸分野に力を入れるほか、雑誌やコミックも扱い、さらに木のおもちゃなども販売するそうです。選書は店主代理を務める若き書店マイスター児玉真也さんが行われているので、こじんまりした本屋ながらきっと個性的な品揃えが光る本屋になるだろうと思います。有形文化財の建物は伝統美に輝いており、路面電車や古い街並みはまるで古き良き時代にタイムスリップしたかのような懐かしさに溢れています。書店好きなら一度は訪れてみたい、業界屈指の名所です。


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by urag | 2014-06-18 22:47 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 16日

まもなく発売:共和国新刊第1弾2点同時発売!

今春創業された新しい出版社「共和国」さんからいよいよ近日、シリーズ《散文の時間》の新刊二点が発売されます(2014年6月24日頃)。装釘は、共和国の素敵な星型の社章も手掛けられた宗利淳一さんです。

本扉裏に印刷された、シリーズ《散文の時間》(欧文表記は、Soul of Prose)のコンセプトは以下の通りです。「散文、というと耳慣れない印象を抱かれるかもしれませんが、かつて、日本のある作家たちのグループは、「散文精神」をモティーフに掲げました。それは自分たちが生きる時代の現実にたいして、「どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生きぬく精神」のことです。このシリーズもまた、現在のような時代だからこそ、そうした精神を共有したいと思います。/わたしたちをとりまく社会や文化のさまざまな物事をめぐって、ジャンルを超えた多彩な著者とともに考えながら、ページを閉じたあとには自分と世界との関係が新しく違ったものにみえる――そんな同時代的な、批評的なコレクションをめざしています」。

なお、本には「共和国急使」という栞と愛読者カードが挟みこまれています。前者の栞は「第1号 2014年6月20日」と記載され、今回の新刊2点の著者の挨拶文が印刷されています。都甲さんの「僕の二重国籍宣言」と、藤原さんの「自由と共和国」です。いっぽう愛読者カードを返送すると、購入した本のPDFデータをもらうことができます。これはなかなか粋な計らいではないでしょうか。

狂喜の読み屋
都甲幸治(とこう・こうじ:1969-)著
共和国 2014年6月 本体2,400円 四六変判上製288頁 ISBN978-4-907986-00-1

帯文より:帯なんてはぎとって早く読め! ことばの海に素っ裸で飛びこめ! 都甲幸治は裸で叫んでいる。外国文学の素養、文学史の知識なんていらない。「都甲が本を読むこと」を読む、そのことがもうすでに、切実なひとりの、人間の物語をなしている。

版元紹介文より:いしいしんじさん絶賛! 町田康、伊坂幸太郎、筒井康隆から、サリンジャー、ピンチョン、それにあのベストセラーまで。古今東西の本を読みまくってきた都甲幸治がおすすめする、とびきりのブックガイド。読書の楽しさ教えます!

目次:
遅い読書――まえがきにかえて
I 本から世界が見える!
 天誅としての文学――町田康『人間小唄』
 太宰治の霊――町田康『どつぼ超然』
 サリンジャーを書き直す――円城塔『バナナ剥きには最適の日々』
 勇気の力――伊坂幸太郎『PK』
 すっぽんの教え――戌井昭人『すっぽん心中』
 波動する世界――金原ひとみ『憂鬱たち』
 ほんとうのこと――小島信夫『変幻自在の人間 小島信夫批評集成第2巻』
 リアルであること――筒井康隆『創作の極意とその掟』
II 息をするように本を読む
 Yomiuri Years 2010-2011
  イリヤ/エミリア・カバコフ『プロジェクト宮殿』
  ジョージ・M・フレドリクソン『人種主義の歴史』
  いまだ鳴り響く声――J・D・サリンジャー追悼
  オラシオ・カステジャーノ・モヤ『崩壊』
  管啓次郎『斜線の旅』
  ヘンリー・スイス・ゲイツ『シグニファイング・モンキー』
  デニス・アルトマン『ゲイ・アイデンティティ』
  村上春樹『1Q84 BOOK 3』
  マリー・ンディアイ『ロジー・カルプ』
  ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』
  トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』
  野呂邦暢『夕暮れの緑の光――野呂邦暢随筆集』
  夏の一冊――アルベール・カミュ『異邦人』
  ハリー・ハルトゥーニアン『歴史と記憶の抗争』
  ヴィクトル・ペレーヴィン『宇宙飛行士オモン・ラー』
  ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』
  チチマンダ・ンゴズィ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』
  ウラジミール・ナボコフ『賜物』
  クリスチャン・ボルタンスキー『クリスチャン・ボルタンスキーの可能な運命』
  安藤礼二『場所と産霊――近代日本思想史』
  ボフミル・フラバル『私は英国王に給仕した』
  二〇一〇年の三冊
  マリオ・バルガス=リョサ『チボの狂宴』
  平石貴樹『アメリカ文学史』
  パトリック・シャモワゾー『カリブ海偽典』
  木村榮一『ラテンアメリカ十大小説』
  大和田俊之『アメリカ音楽史』
  サルマン・ルシュディ『ムーア人の最後のため息』
  三月十一日の後で――H・D・ソロー『森の生活』
  織田作之助『俗臭――織田作之助[初出]作品集』
  エドムンド・デスノエス『低開発の記憶』
  夏の一冊――マルクス・アウレーリウス『自省録』
  アントニオ・タブッキ『他人まかせの自伝』
  ミゲル・シフーコ『イルストラード』
  波戸岡景太『ピンチョンの動物園』
  西村佳哲『いま、地方で生きるということ』
  イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』
  西成彦『ターミナルライフ――終末期の風景』
  アイ・ウェイウェイ『アイ・ウェイウェイは語る』
  ジョナサン・カラー『文学と文学理論』
  二〇一一年の三冊
 二〇一三年の読書目録   
III 文学を超える文学
 枠組みを疑うこと――スーザン・ソンタグ『隠喩としての病』
 モテない理由――エイドリアン・トミネ『欠点』
 自分の限界を他人に決めさせないこと――シャーマン・アレクシー『パートタイム・インディアンの完全に本当の日記』
 名前をめぐる冒険――コルソン・ホワイトヘッド『エイペックスは傷隠す』
 壊れる二人――ケン・カルファス『この国特有の混乱』
 双子の孤独――デビッド・マッズケリ『アステリオス・ポリプ』
 夢の本、夢の都市――ミハル・アイヴァス『もう一つの街』
 黄色いシボレーと蛇たち――オラシオ・カステジャーノス・モヤ『蛇と踊る』
 時計としての身体――ポール・ハーディング『修繕屋』
 トウェインの新しさ――マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』
 戦争の記憶――評伝J・D・サリンジャー
 死と向かい合うこと――ロベルト・ボラーニョ『鼻もちならないガウチョ』
 反乱するオタクたち――ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』
 裏切られ続ける男の呪い――ジュノ・ディアス『こうしてお前は彼女にフラれる』
あとがき


食べること考えること
藤原辰史(ふじはら・たつし:1976-)著
共和国 2014年6月 本体2,400円 四六変判上製288頁 ISBN978-4-907986-01-8

帯文より:「食べものって単なる死骸のかたまりなんですか?」ナチス・ドイツ時代や明治時代の貧民窟で食べられていたものは? 原発とTPPで揺れる日本の食の未来は? 歴史の細部から新しい物語をつむぎだし、エネルギー、生命倫理、生活文化をめぐってわたしたちに共考をうながす多彩なテクストの集成。

版元紹介文より:第1回河合隼雄学芸賞受賞後初の単行本。

目次:
I フードコードで考える
 「食べもの」という幻影
 食の空間論――フードコートで考える
 世界的展望なきTPP論争――国益という発送の歴史化を
 古くて新しい「階級」とは――ヘンリー・バーンスタイン『食と農の政治経済学』
 未来のために公衆食堂とホコテンを!
II 農をとりまく環境史
 耕す体のリズムとノイズ――労働と身体
 トラクターがつくった二十世紀の物語――マリーナ・レヴィッカ『おっぱいとトラクター』
 地球にやさしし戦車
 ナチスの有機農業
 窒素とユンガー
 複製技術時代の生きものたち――パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』によせて
 昆虫学と終末論――エドワード・O・ウィルソン『創造』
 ナチス占領下の動物と人間――ダイアン・アッカーマン『ユダヤ人を救った動物園』
 躓きの石こそ投じよ――中田英樹『トウモロコシの先住民とコーヒーの国民』
 死者の存在感に関する非科学的考察――李弥勒『鴨緑江は流れる』
 稲作と水爆――戦後秋田の『農民詩集』から
 理想郷の現実的課題――アレクサンドル・チャヤーノフ『農民ユートピア国旅行記』
III 台所の未来
 「食べること」の救出に向けて――『ナチスのキッチン』あとがきにかえて
 アイントップの日曜日
 貧民窟の食生活
 文明化の曙光と黄昏を見つめて――第一回河合隼雄学芸賞受賞のことば
 システムキッチン
 おっちゃんのキッチン
 熊本旅行記――「食に関するビブリオ・トーク」に参加して
 牛乳神話の形成――一九六〇年代の食文化
あとがき

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by urag | 2014-06-16 14:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 15日

注目新刊:『書物としての宇宙』『メディア,使者,伝達作用』ほか

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◎注目文庫新刊

プラグマティズムの帰結
リチャード・ローティ著 室井尚・吉岡洋・加藤哲弘・浜日出夫・庁茂訳
ちくま学芸文庫 2014年6月 本体1,700円 640頁 ISBN978-4-480-09613-5
帯文より:哲学『以後」の時代にいかにして哲学するか? 西洋哲学に底流する欲求から逃れ、知を未来へと引き渡す珠玉の論考集。

スピノザ『神学政治論』を読む
上野修著
ちくま学芸文庫 2014年6月 本体1,200円 320頁 ISBN978-4-480-09625-8
帯文より:この大いなる逆説によって――スピノザは、一つの謎になった。

★『プラグマティズムの帰結』は『哲学の脱構築』(御茶の水書房、1985年)の文庫化。原書は、Consequences of Pragmatism: Essays 1972-1980(University of Minnesota Press, 1982)です。親本はローティ(Richard Rorty, 1931-2007)が日本で初めて訳された単行本で、本書で議論が引き継がれている前著『哲学と自然の鏡』(原著1979年;野家啓一監訳、産業図書、1993年)よりずいぶん早く訳されています。本書の第10章「カヴェルと懐疑論」で批判の俎上にのせられているスタンリー・カヴェル(Stanley Cavell, 1926-)は、2005年以降ようやくこんにちまで3冊が訳されているのみで、批判された当の主著『理性の要求――ウィトゲンシュタイン、懐疑論、道徳性、悲劇』(1979年)に至ってはまだ未訳ですから、ローティのこの本が訳されたのがいかに先駆的な仕事だったかがよくわかります。文庫化にあたって、吉岡洋さんによる文庫版解説「ポスト〈哲学〉的文化は、到来したのだろうか?」と室井尚さんによる「文庫版への追記」が追加されています。室井さんはワープロもインターネットも普及していなかった当時を振り返り、大学院を修了して間もない50年代生まれの若手5人の訳者が「ずっしりと重い原書を手にとって分担部分を決め、全員でセミナーハウスに合宿をしてお互いの訳文を推敲した。ものすごい量の紙の原稿用紙を抱えて朝から晩まで議論をし、一緒に大浴場に入り、一緒に二段ベッドで寝た」と記しておられます。その後全員大学教授となられ、ご活躍されているのは周知の通りです。

★『スピノザ『神学政治論』を読む』は、『スピノザ――「無神論者」は宗教を肯定できるか』(NHK出版、2006年)を大幅に増補して改題文庫化したもの。あとがきによれば「がっちり分厚くなって、増補版というよりはほとんど別の著作になっている」とのことです。三部構成で、第I部「『神学政治論』のエッセンス」が親本、第II部「分析と論争的読解」全5章と第III部「『神学政治論』と現代思想」全2章は紀要や論集、学会誌、雑誌等を初出とするものです。無神論のかどで告発されユダヤ教団から破門されたスピノザが匿名で出版したにもかかわらず、著者だと特定された上に、「前代未聞の悪質かつ冒涜的な書物」としてキリスト教会から売買禁止が宣告され、オランダ法院からも禁書処分を食らった「危険」な書『神学政治論』。この本が孕む、宗教批判と信仰の肯定とが両立するという逆説的論理の内奥を本書第I部で丹念に読み解いていきます。第二部ではシュトラウス、トゼル、マトゥロンらの研究が、第三部ではアルチュセールやネグリによるスピノザ再評価が取り上げられます。ちょうど光文社古典新訳文庫から新訳が出たばかりですし、またとない副読本の登場は市場で歓迎されるのではないかと思います。

★ちくま学芸文庫の来月9日発売予定の新刊には、『ベンヤミン・コレクション(7)〈私〉記から超〈私〉記へ』(浅井健二郎監訳、656頁、本体1,700円、ISBN978-4-480-09598-5)や、シュレーディンガー『自然とギリシャ人・科学と人間性』(水谷淳訳、224頁、本体1,000円、ISBN978-4-480-09617-3)、曾先之『十八史略』(今西凱夫訳、三上英司編集、416頁、本体1,400円、ISBN978-4-480-09632-6)などが予定されています。さらに、今月25日発売予定の単行本ですが、蓮實重彦『『ボヴァリー夫人』論』(A5判850頁、本体6,400円、ISBN978-4-480-83813-1)がついに刊行されます。


神曲 地獄篇
ダンテ・アリギエリ著 原基晶訳
講談社学術文庫 2014年6月 634頁 ISBN978-4-06-292242-5
帯文より:原典に忠実かつ読みやすい新訳。最新の研究の成果に基づく丁寧な解説。これぞ決定版! 古代詩人ヴェルギリウスと巡る地獄とは?

荘子(下)全訳注
池田知久訳注
講談社学術文庫 2014年6月 本体2,200円 1106頁 ISBN978-4-06-292238-8
帯文より:森羅万象を重厚かつ軽妙に説く。一生楽しめます!【総説】【読み下し】【現代語訳】【原文】【注釈】【解説】を付した決定版!

道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」
大谷哲夫全訳注
講談社学術文庫 2014年6月 本体1,100円 344頁 ISBN978-4-06-292241-8
帯文より:詩(うた)はさとりへひらかれる。『永平広録』訳注シリーズ完結、巻十、全編収録。道元が漢詩に詠んださとりの深奥を平易に解説する。

★文庫オリジナルの新訳です。『神曲』には数々の既訳があり、現在入手できる文庫本だけでも、山川丙三郎訳(岩波文庫)、三浦逸雄訳(角川ソフィア文庫)、寿岳文章(集英社文庫ヘリテージシリーズ)、平川祐弘訳(河出文庫)と充分なほど恵まれています。そこへ参入しようと言うのですから普通は出版社も刊行をためらうと思うのですが、あえて新訳を上梓するからには、見るべきものがあってこそだろうと読者は期待してよいと思います。既訳への評価と今回の新訳の立ち位置については、巻末の「新訳刊行にあたって」に明快に書かれています。先達への敬意を表しつつ、より良いものを目指そうとする訳者の原さん(1967年生、東海大学専任講師)の姿勢は若い研究者や読者に少なからず刺激と共感をもたらすのではないかと思われます。続く「煉獄篇」は7月11日発売予定です。個人的にはダンテの『新生』『饗宴』『俗語論』『帝政論』『書簡集』等といった他の著作も原さんが手掛けられ、中山昌樹訳新生堂版以来の、日本ではおよそ百年ぶりとなるだろう個人訳「ダンテ全集」を目指されてほしいと妄想しています。

★『荘子 全訳注』上下巻は『中国の古典5・6 荘子』(上下巻、学習研究社、1983/1986年)を全面改稿し文庫化したもの。先月刊行の上巻に続き、下巻の刊行で完結です。下巻は外篇の「達生 第十九」から「知北遊 第二十二」、雑篇の「庚桑楚 第二十三」から「天下 第三十三」が収められています。親本刊行から約30年の間に発見された数々の出土資料を検証し、日本だけでなく中国においても教壇や学術出版において活躍されてきた著者の研鑽の成果が新たに盛り込まれた決定版と言えます。帯文に「一生楽しめます」と謳われているのはけっして大げさな表現ではなく、生涯の長きにわたって教訓となり戒めとなり知恵となる思想が満載されている「荘子」にこそふさわしい言葉です。「自己に対して忠実でないことを外に向かって働きかけるならば、働きかけるごとに当を得ず、また逆に新しい事物を外から取り入れても自己の血肉と化さなければ、取り入れる度ごとに過失を犯すことだろう」(「庚桑楚」より、389頁)というくだりなど、自分には痛切すぎて当ブログをただちに中断したくなるほどです。

★『道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」』は、帯文にある通り、大谷哲夫さんによる『永平広録』全十巻の訳注シリーズの完結篇です。既刊書には、巻一から巻七に収められた説法のエッセンスを扱う2005年『道元「永平広録・上堂」選』、巻八を扱う2006年『道元「小参・法語・普勧坐禅儀」全訳注』、巻九を扱う2007年『道元「永平広録・頌古」全訳注』があります。今回の新刊は巻十を扱っており、釈尊らの肖像画に寄せた「真賛」5首、自身の肖像画に寄せた「自賛」20首、在宋時代から越前時代に詠まれた「偈頌」125首の計150首の漢詩を、訓読、原文、現代語訳、語義の順で解説していきます。簡潔な漢詩の表現の中にも、仏法の深い教えが凝縮されており、ありのままに自在で解放された空(くう)の境地がうたわれています。ものごとに動じないしなやかなメンタルとはどういうものなのかを、道元は現代人に示唆している気がします。

★講談社学術文庫の今月新刊には倉嶋厚・原田稔編著『雨のことば辞典』や、中村桂子『生命誌とは何か』も刊行されています。また、講談社文庫の今月新刊で、ダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』(古屋美登里訳)がついに文庫化されたことにも注目したいと思います。来月11日発売予定の学術文庫7月新刊では、アイザック・アシモフ『生物学の歴史』太田次郎訳、ジョン・メイナード・ケインズ『お金の改革論』山形浩生訳、などが予告されています。


マルテの手記
リルケ著 松永美穂訳
光文社古典新訳文庫 2014年6月 本体1,180円 400頁 ISBN978-4-334-75262-0
帯文より:パリを放浪する若き詩人の姿が目に浮かんでくる、鮮烈な新訳。マルテは、きみだ! 解説:斎藤環(精神科医)

思考する機械 コンピュータ
ダニエル・ヒリス著 倉骨彰訳
草思社文庫 2014年6月 本体830円 272頁 ISBN978-4-7942-2058-5
帯文より:もっとも複雑な機械だが、その本質は驚くほど単純。コンピュータの「本質」をシンプルかつ見事に解説した定番・必読の入門書、待望の文庫化!


★『マルテの手記』は文庫では、 50年代から70年代前半にかけて、大山定一訳(新潮文庫)や望月市恵(岩波文庫)、芳賀檀訳(角川文庫)、星野慎一訳(旺文社文庫)、高安国世訳(講談社文庫)などが出版され、今でも新潮文庫版は入手可能ですが、たしかにそろそろ新訳が待たれていたかもしれません。原書自体は1910年に初版が刊行され、すでに100年以上たつわけですが、その内容はみずみずしく若く、あてどなく不安定で、今なお読者の心、とりわけ大都会に移り住んだ若者の心をざわつかせるに違いありません。巻末の解説「言葉の内側で成熟すること」において、斎藤環さんは精神医学(特に病跡学)から見たリルケ、という補助線を引かれています。ちなみに斎藤さんは数か月前に文庫化された岡崎乾二郎さんの『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、2014年2月)でも巻末解説「「交換可能性」のリアリティ」を寄せられたばかりです。

★光文社古典新訳文庫の近刊予定には、ブレヒト『三文オペラ』(谷川道子訳)などが予定されています。

★『思考する機械 コンピュータ』の親本は同社より2000年に刊行。原書は、The Pattern on the Stone: The Simple Ideas that Make Computers Work(Basic Books, 1998)です。アメリカのコンピュータ科学を牽引してきた一人、W・ダニエル・ヒリス(William Daniel Hillis, 1956-)の著作の訳書には、本作より前のものでは『コネクションマシン――65,536台のプロセッサから構成される超並列コンピュータ』(喜連川優訳、パーソナルメディア、1990年)があります。コンピュータの仕組み、根本原理と可能性を簡潔に説明してくれる本書では、ブール演算、ビット列、有限状態機械などの基礎知識を解説したうえで、アラン・チューリングの万能機械(ユニバーサルマシン)、アルゴリズムと発見的手法(ヒューリスティック)、並列コンピュータ、学習するコンピュータや思考機械といったトピックが文系の読者にも最大限に読みやすい形で紹介してくれます。もともと文才のある著者だと思うのですが、じつにありがたい本です。「コンピュータは、我々の思考プロセスを加速したり、拡大したりできるマシンなのである。それは、我々の想像力を高め、我々だけではとうてい到達できない世界にまで思考を広げてくれるマシンなのだ」(12頁)と説く本書は『改訂新版 コンピュータの名著・古典100冊』(インプレスジャパン、2006年)で高く評価されています。

★これから発売となる今月の注目文庫としては、17日発売の岩波文庫、尾崎翠『第七官界彷徨・瑠璃玉の耳輪 他四篇』や、同日発売の岩波現代文庫、テッサ・モーリス=スズキ『過去は死なない――メディア・記憶・歴史』などがあります。


◎注目単行本新刊

エウテュデモス/クレイトポン
プラトン著 朴一功訳
京都大学学術出版会 2014年6月 本体2,800円 四六変型判上製235頁 ISBN978-487698-485-5

帯文より:人はみな幸せであることを望む。その実現のために・・・。「哲学のすすめ」の伝統の源にして唯一完存する作品。

帯文裏より:徳の伝授を標榜する兄弟ソフィストと哲学者ソクラテスとの対決を描いた、著者プラトンの初期から中期への移行期に当たる対話篇『エウテュデモス』に加え、近代以降その真作性が疑われながらも、内容的価値は一貫して認められてきた小篇『クレイトポン』の2篇を収録。「哲学のすすめ(プロトレプティコス・ロゴス)」を共通テーマに持つ両作品を、正確で読みやすい新訳にて提供する。

★発売済。「西洋古典叢書」2014年第2回配本。岩波書店版プラトン全集では、「エウテュデモス」は山本光雄訳が第8巻に収録されており、藤沢令夫訳『プロタゴラス』が併録されていました。『プロタゴラス』は岩波文庫でも読めます。「クレイトポン」は全集では田中美知太郎訳が第11巻に収録されており、藤沢令夫訳『国家』が併録されていました。『国家』も岩波文庫で上下巻で出ています。今回の新訳を手掛けた朴一功(ぱく・いるごん:1953-さんは、これまでも西洋古典叢書でプラトンの『饗宴/パイドン』(2007年)、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(2002年)の訳書を上梓されています。今回の二篇の新訳の解説で朴さんは「これら二篇をつなぐものは「哲学のすすめ(プロトレプティコス・ロゴス)」である。『エウテュデモス』は、プラトンの著作中、ソクラテスによる「哲学のすすめ」の原型を示している唯一の作品であり、『クレイトポン』はそのような「すすめ」に対する賞賛と困惑を表明した異色の小篇である」と説明されています。

★月報では三嶋輝夫さんが「田中美知太郎氏と『クレイトポン』」と題した文章を寄せておられます。ちなみに田中美知太郎さんが戦後まもなく岩波書店より上梓されたギリシア哲学研究の名著『ロゴスとイデア』が今月、文春学藝ライブラリーで再刊されました。現在新訳全集が刊行中のアリストテレスだけでなく、プラトンの再評価もますますこんにちの知的課題として重みを増している中、西洋古典叢書で今後もプラトンの新訳が進むことを多くの読者が待ち望んでいることと思います。


書物としての宇宙
明治大学人文科学研究所編
風間書房 2014年5月 本体880円 新書判並製198頁 ISBN978-4-7599-2042-0

帯文より:紙か電子か宇宙か本か――伝説的読書名人達に聞く「書の宇宙」観。

目次:
序(杉山光信)
講演1「ブックウエアの仮説」――コンテクストの中のテクスト(松岡正剛)
講演2「コレクション」――蒐められた本の宇宙(鹿島茂)
講演3「祝祭の書物・書物の祝祭」――平田篤胤、折口信夫とポーとマラルメ(安藤礼二)

★発売済。「明治大学公開文化講座」第32巻(XXXII)。2012年11月17日に明治大学リバティタワー1F大教室にて行われた公開文化講座の講演録です。司会は高山宏さんで、講演の前後で講師の紹介や講演への応答を行われています。まず松岡さんの講演は、松岡さんのこれまでのお仕事が要約的に総覧できる内容となっています。書籍編集者としての仕事としては、工作舎時代の雑誌「遊」や伝説的な単行本『人間人形時代』や『全宇宙誌』、講談社の日本美術全集『日本の美と文化: Art japanesque』、NTT出版『情報の歴史』、編集工学を体現した書き手としての仕事として『千夜千冊』、書架空間プロデューサーの仕事として「松丸本舗」「ギャラリー册」「図書街」「ブックパーティ」など、代表的な成果が紹介されています。もしも日本出版史辞典という本を作ってその中に「松岡正剛」という項目を立てるならばこんな風に列記されるのではないか、と想像できるほどコンパクトな良いまとめでした。

★鹿島さんの講演は、生命を駆動させる三つの原理の話に始まり、そのうちの二つが働く蒐集=コレクションとは何なのかについて、フロベール『ブヴァールとペキュシェ』『紋切型辞典』、ベンヤミン『パサージュ論』に学びながら考究し、最後にコレクターとしての御自身の経験を披露されます。「コレクションの原則はクズを集めること」であり、「無価値なものを集めて、すごいコレクションにするというのが、コレクションの王道です」と語る鹿島さんはこう断言します。「本こそは、これからますます無価値になっていきます。みんな捨ててしまいます。ですから、絶好のチャンスです。タダのものを集めて、自分の思想を投影し、すごいコレクションを築く千載一遇のチャンスです」(111頁)。「これからは、本は叩き売りの状態になってくるでしょう」という鹿島さんの予言はいずれ当たるでしょう。すでにブックオフが実現している通りです。一方でこの予言の「語られざる反面」として、ある種の本は恐ろしく高額になると思われます。これもすでにある種のコレクションに自信のある古書店が実現していることです。総体的には「叩き売り」や「無料化」が進行する一方で、コレクターにとってはますます生きづらい少数精鋭化の時代ともなってくることでしょう。ちなみに高山さんはコレクター気質はまったく「ない」そうで、てっきりコレクターだと思っていた私には意外な感じがしました。おそらく鹿島さんと高山さんでは蒐集の定義が少し異なるのだと思います。

★安藤さんの講演は「編集とは批評であり、批評とは編集である」という命題と、その根底に「読む」という作業を認めることから始まります。「世界という巨大な書物を読む。それが編集であり、批評です。世界を一冊の巨大な書物、あるいは無限の書物と考える。さらには、その書物を徹底的に読み解いていく。大げさなことを言えば、そこから「近代」という時代が始まっているのではないか」(122頁)。スウェーデンボルグ、フーリエ、ボードレール、ポー、マラルメ、本居宣長、等々様々な「近代人」が召喚され、世界という書物が成立する条件とその帰結について論究されています。この三つの講演が大学という場で行われたことに私は嫉妬を感じました。同時に、書物の宇宙をめぐるこうした豊かな議論の場をリアル書店は貪欲に志向していって欲しいと痛切に感じました。反省を込めて言うのですが、これはトークイベントをやってほしいと主張したいのではなく、自分たちの歴史と未来に対しもっと冷酷なまでの自己言及的な探究心を起こすべきではないか、と言いたいのです。私たち業界人は往々にして自分自身の姿から目をそらしがちなのではないかと疑問に感じるのです。


メディア,使者,伝達作用――メディア性の「形而上学」の試み
ジュビレ・クレーマー著 宇和川雄・勝山紘子・川島隆・永畑紗織訳
晃洋書房 2014年5月 本体3,900円 菊判上製328頁 ISBN978-4-7710-2532-5

版元紹介文より:本書は、その立場が、西洋文化における「使者」のイメージを手がかりに展開されている。

目次:
プロローグ
 1 伝達および/または意志疎通?――コミュニケーションの「郵便的」または「エロス的原理について
方法論
 2 メディア性の形而上学は可能か?
メディア思想案内
 3 ヴァルター・ベンヤミン
 4 ジャン=リュック・ナンシー
 5 ミシェル・セール
 6 レジス・ドブレ
 7 ジョン・ダーラム・ピーターズ
使者モデル
 8 私たちはどこにいる?――まとめ(その一)
 9 トポスとしての使者
さまざまな伝達作用
 10 天使――ハイブリッド化によるコミュニケーション
 11 ウィルス――書き変えによる伝染
 12 貨幣――脱実態化による財貨の伝達
 13 翻訳――補完としての言語伝達
 14 精神分析――情動共鳴による治癒
 15 証人――信憑性による証言
「伝達作用」の彼方へ
 16 知覚可能化――まとめ(その二)
 17 痕跡を読む
試してみよう
 18 地図、作図、作図法
エピローグ
 19 世界像、アンビヴァレンス、接続可能性
現代メディア思想の見取り図――あとがきに代えて
参考文献

★発売済。原書は、Medium, Bote, Übertragung: Kleine Metaphysik der Medialität(Suhrkamp, 2008)です。多方面にわたる学問と実践の諸領域をメディウム(媒体)=使者(天使)というテーマで貫通させる野心的な試みです。一足飛びに感想を言えば、本書はそのまま出版論、出版の原理とその応用についての理論として、または編集論として読むことができます。それぞれの局面で出版人や編集者が出会ってきた思想家や事象がこうやって総覧的にまとめられるのはたいへん有益なことです。著者のクレーマー(Sybille Krämer, 1951-)は長年ベルリン自由大学で教鞭を執った哲学教授で、彼女の著書が訳されるのは今回が初めてになります。彼女は「メディア論的転回」を提唱し、まだ歴史の浅い「メディア哲学」を牽引する、重要な思想家の一人と目されているようです。本書の参考文献には、アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』からデュットマン『エイズとの不和』、ハーマッハー『他自律』といった弊社の既刊未刊の書が見えるだけでなく、メディウム(媒体)=使者(天使)というテーマに常々親しみを感じて90年代に書店さんに「天使論」フェアを提案したことがある私のような読者にとっては「この本も組み込まれるのか」「あの本にも接続できそうだな」とワクワクさせてくれる素晴らしい研究成果です。東京堂書店神田神保町店でMさんが丹精込めて作っておられる素晴らしい哲学書棚で面陳されている本書に出会うまでまったく刊行に気づいていなかったのは実にうかつでした。こうした出会いはリアル書店の書物の林立の中を逍遥してこそ得られるもので、ネット書店ではほとんど期待できないものではないでしょうか。
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by urag | 2014-06-15 23:36 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)