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2014年 01月 28日

注目新刊:國分功一郎さんプロデュース「現代思想」キルケゴール特集号

弊社出版物の著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

★ヘント・デ・ヴリースさん(著書:『暴力と証し』)
★河合孝昭さん(訳書:ヘント・デ・ヴリース『暴力と証し』)
★宮﨑裕助さん(共訳:ポール・ド・マン『盲目と洞察』)
★柿並良佑さん(共訳:ルイ・サラ-モランス『ソドム』)
★清水一浩さん(共訳:アレクサンダー・ガルシア・デュットマン『友愛と敵対』)

青土社さんの月刊誌「現代思想」2014年2月号「特集:キルケゴール――國分功一郎プロデュース」において論考の寄稿や翻訳を担当されています。ヘント・デ・ヴリースさんのご論文「キルケゴール的瞬間=契機――弁証法神学とその余波」を、河合孝昭さんが村上暁子さんと共訳されています。宮﨑裕助さんはご論文「「決断の瞬間はひとつの狂気である」――ジャック・デリダのキルケゴール『おそれとおののき』読解」を寄稿されています。柿並良佑さんはご論文「
有限者の試練――キルケゴールとナンシー」を寄稿されています。清水一浩さんはピーター・フェンヴズさんのご論考「啓示のイロニー――青年キルケゴールが老シェリングの講義を聴く」の翻訳を担当されました。

また、弊社発売の『表象』誌の歴代編集委員を務められてきた竹峰義和さん、星野太さん、大橋完太郎さんも同特集号に参加されています。竹峰さんはアドルノ「キルケゴールに予言されて/『存在論と弁証法』講義抜粋」の翻訳と解説を担当され、星野さんはご論文「アイロニーの概念 ヘーゲル、キルケゴール、ド・マン」を、大橋さんはご論文「操り人形の自律性――キルケゴールのイロニー概念の現代的意味をめぐって」をそれぞれ寄稿されています。

同特集では「それぞれのキルケゴール」と題したブックガイドがあり、大橋さん、柿並さん、星野さん、宮﨑さんがそれぞれ3冊ずつ推薦されています。宮﨑さんには弊社「暴力論叢書」の一冊であるデ・ヴリースさんの『暴力と証し――キルケゴール的省察』を挙げていただきました。ちなみに「暴力論叢書」の続刊ではピーター・フェンヴズさんの著作も出す予定であることをずいぶん昔から告知させていただいていますが、まだ時間がかかりそうです。

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★ショラル・ショルカルさん(著書:『エコ資本主義批判』)
ご自身のブログ「エコソーシャリスト」に1月24日、ご論考「Bhutan Is Not An Island -- The Future of Gross Domestic Happiness」を投稿されました。題が示す通り、ブータン王国から始まったGNH(国民総幸福量)の未来について論じておられます。本当の豊かさとは何かを考える上でヒントになると思います。どうぞご覧ください。
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by urag | 2014-01-28 23:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 26日

注目新刊:マクニール『戦争の世界史』が文庫化、ほか

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戦争の世界史――技術と軍隊と社会(
ウィリアム・H・マクニール(William H. McNeill, 1917-)著 高橋均訳
中公文庫 2014年1月 本体1333円/1238円 文庫判並製480頁/384頁 ISBN978-4-12-205897-2/978-4-12-205898-9 

カバー裏紹介文より(上巻):人類はいかにして軍事力の強化を追求し、技術・軍事組織・人間社会の均衡はどのように変遷してきたか。各専門分野を自在に横断し、巨大な全体像を描きだす野心的世界史。上巻は古代文明における軍事技術の発達から、仏革命と英産業革命が及ぼした影響まで。

カバー裏紹介文より(下巻):今から何百年かたったのち、われわれの子孫は、本書がおもな主題とした一千年紀(ミレニアム)を、人類史上の異常な激動期として認識するだろう――軍事技術の発展はやがて制御しきれない破壊力を生み、人類は怯えながら軍備を競う。下巻は戦争の産業化から二つの世界大戦と冷戦、現代の難局と未来を予測する結論まで。

目次:
上巻
 序言
 第一章 古代および中世初期の戦争と社会
 第二章 中国優位の時代 1000~1500年
 第三章 ヨーロッパにおける戦争というビジネス 1000~1600年
 第四章 ヨーロッパの戦争のアートの進歩 1600~1750年
 第五章 ヨーロッパにおける官僚化した暴力は試練のときをむかえる 1700~89年
 第六章 フランス政治革命とイギリス産業革命が軍事におよぼした影響 1789~1840年
 原注(典拠文献)
下巻
 第七章 戦争の産業化の始まり 1840~84年
 第八章 軍事・産業間の相互作用の強化 1884~1914年
 第九章 二十世紀の二つの世界大戦
 第十章 一九四五年以来の軍備競争と指令経済の時代
 結論
 訳者あとがき
 文庫版へのあとがき
 原注(典拠文献)
 索引

★発売済。『世界史』(上下巻、増田義郎/佐々木昭夫訳、中公文庫、2008年)や『疫病と世界史』(上下巻、佐々木昭夫訳、中公文庫、2007年)などのロングセラーが知られているアメリカの歴史家マクニールによるThe Pursuit of Power: Technology, Armed Force, and Society since A.D. 1000(Chicago University Press, 1982)の訳書『戦争の世界史――技術と軍隊と社会』(刀水書房、2002年)の文庫化です。下巻に収められた「文庫版へのあとがき」によれば、「本文の訳、原注の訳、訳注ともにだいたい親本のまま」だそうですが、「それでも、〔文庫化されるまでの〕十一年の間には典拠文献の翻訳出版も少しだがあり、電子ジャーナルやインターネットに挙がっている情報も充実し、最小限の手直しをした箇所がある。また〔・・・〕、表記の不統一や文意の曖昧な箇所などがかなり退治された」とも書かれています。

★「序言」によれば、本書は『疫病と世界史』の姉妹篇とのことです。つまり、前作では「人間の集団とそのミクロ寄生体である病原菌との間の関係を取り上げ、両者の相互作用に生じた世界市場の画期的事件を特定しようと企て」たそうですが、「今回の『戦争の世界史』で解明しようと企てるのは、人間同士の間のマクロ寄生のパターンにときどき生じる、同じく突発的な変化である」とのことです(12頁)。また、著者はこうも書いています。「本書の目的は、過去の諸時代がいかにして軍事力の強化を追求してきたかを回顧し、技術と、軍隊組織と、社会との三者間の均衡がどのように変遷してきたかを分析することである。そのことから直接に今日のディレンマ状況の解決策が出てくるわけではない。だがそれでも、そのことで奥行きのある視野が拓け、歴史意識をもつことの利点として、一刀両断の解決策とか自暴自棄の急進主義とかがあまり魅力的には感じられなくなるだろう」(16頁)。

★著者は第十章の末尾でこう述べています。「人間が互いに憎しみ、愛し、恐れ、寄り集まって集団を形成し、その集団の団結と生存能力が他の集団との敵対のかたちで表現され、同時にそのような敵対によって維持されるものであるかぎり、戦争がなくなることはない」(334頁)。また、「軍備競争を止めるには、政治の変革が必要なのである」(同)ときっぱり書いています。軍事技術史の古典として今後も読み継がれていくに違いありません。ちなみに再び「文庫版へのあとがき」によれば、「親本よりずっと多数であろう文庫版の潜在的読者へのメッセージ」として訳者はこう特記されています。「いま店頭で上下二巻ウン百ページの分量にためらっていらっしゃるのなら、まず下巻第七章の二つ目の節「新しい模範、プロイセン式の戦争」(50~79ページ)だけ読んでみてください。維新直後から昭和前期まで帝国陸海軍を呪縛しつづけた大先達の足跡が「統帥権」の起源をふくめほんの三十ページできれいにまとめられています」。

★昨年6月に創刊40周年を迎えたという中公文庫では、今年3月まで記念キャンペーンを開催中だそうです。詳しくは特設サイトをご覧ください。40周年記念の小冊子(秋号、春号)をPDFで読むことができます。なお、今月の同文庫の注目新刊として、エラスムス『痴愚神礼讃 ラテン語原典訳』(沓掛良彦訳、本体857円、368頁、ISBN978-4-12-205876-7)があります。同作品の既訳には、同社の『世界の名著』からスイッチされた『痴愚神礼讃』(渡辺一夫/二宮敬訳、宮下志朗解説、中公クラシックス、2006年9月)があるほか、古くは『愚神礼讃』(池田薫訳、白水社、1940年)、新しいところでは『痴愚礼讃――附 マルティヌス・ドルピウス宛書簡』(大出晁訳、慶應義塾大学出版会、2004年)があります。


遊動論――柳田国男と山人
柄谷行人著
文春新書 2014年1月 本体800円 新書判並製224頁 ISBN978-4-16-660953-6 

カバーソデ紹介文より:民族学者・柳田国男は「山人」を捨て、「常民」に向かったといわれるが、そうではない。「山人」を通して、国家と資本を乗り越える「来たるべき社会」を生涯にわたって追い求めていた。「遊動性」という概念を軸に、その可能性の中心に迫った画期的論考。

★発売済。帯文には「『世界史の構造』『哲学の起源』を経て、到達した思想史の核心」とあります。挙げられている二著はいずれも岩波書店から、前者が2010年、後者が2012年に刊行されたものです。新書としては、『世界共和国へ――資本=ネーション=国家を超えて』(岩波新書、2006年)に続いて本書が2冊目です。また、柳田論としては、40年前の幻の雑誌連載が書き下ろしの序文とともに『柳田国男論』(インスクリプト、2013年10月)としてついに刊行されたことに続くものです。今回の『遊動論』は月刊誌『文學界』での連載をまとめたものです。執筆のきっかけになったのは、あとがきによれば、柄谷さんは阪神淡路大震災や東日本大震災の後に、柳田の『先祖の話』(筑摩書房、1946年;石文社、2012年;角川ソフィア文庫、2013年;など)を読んで身近に感じられたことや、『世界史の構造』で充分には書き足りなかったもののひとつに遊動民の問題(ノマド)があったからだそうです。

★遊動民(ノマド)には大別すると二種類あって、遊動的狩猟採集民と遊牧民があると柄谷さんは説明します。本書には付論として、中国の中央民族大学での講演草稿「二種類の遊動性」(177-196頁)が収録されており、「読者にはむしろ、これを最初に読んでいただきたい」とのことです。「資本=ネーション=国家を越える手がかりは、やはり、遊動性にある。ただし、それは遊牧民的な遊動性ではなく、狩猟採集民的な遊動性である。定住以後に生じた遊動性、つまり、遊牧民、山地人あるいは漂泊民の遊動性は、定住以前にあった遊動性を真に回復するものではない。かえって、それは国家と資本の支配を拡張するものである。/定住以後の遊動性を高次元で回復するもの、したがって、国家と資本を越えるものを、私は交換様式Dと呼ぶ」(192-193頁)。交換様式A=互酬(贈与と返礼)、交換様式B=再配分(略取と再配分、強制と安堵)、交換様式C=商品交換(貨幣と商品)、交換様式D=X。柄谷さんの思考の道程は、このXへと向かう道のりであり続けています。


紙の本は、滅びない
福嶋聡著
ポプラ新書 2014年1月 本体780円 新書判並製262頁 ISBN978-4-591-13742-0

カバー裏紹介文より:デジタルの海に沈むことなかれ。世界最大のインターネット書店であるアマゾンが「日本上陸」して15年。キンドルやiPadは新たな読書端末を登場させた。それでも人びとは、書店にやってくる。何を求めて? インターネット空間に漂うコンテンツが膨大になればなるほど増す、書物の必要性。「世界を、宇宙を、人々の生きざまをもっと知りたいし、変えていきたい」と綴る現役書店人が今こそ世に問う「紙の本」の意義。

★発売済。前著『希望の書店論』(人文書院、2007年)から実に7年ぶりとなる新刊です。あとがきによれば、朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行する『ジャーナリズム』での連載を核に、人文書院のウェブコラム「本屋とコンピュータ」の中からいくつかの回を選んで、その他色々な媒体に寄稿した文章を集めて、加筆修正しながら繋ぎ合わせ、三章構成に編み込んだもの、だそうです。業界人必読なだけでなく、本の行く末を思うすべての読者に手にとっていただきたい本です。MARUZEN&ジュンク堂書店のウェブサイトでは、福嶋さんご本人が執筆に至る経緯や、本書に込めた思いについてコメントされた「著者からのメッセージ」を読むことができます。

★本書には重要なトピックがいくつも散りばめられているのですが、紙媒体の「モノ」としての本を売ることが収益の基盤になっている私たち書籍出版社にとって、次のような一節はたいへん共感を覚えます。「メディアを不要とするコンテンツはなく、物質性から完全に自由なメディアはない」(88頁)。「「情報/物質」に分断線を引き「情報空間」を独立した世界のように偽装して「情報」に不可欠である「物質」=メディアを不可視化することによって、新たな支配的・監視的権力が生じ、今やその支配は、環境・政治・社会そして身体に、広範かつ確実に及んでいることを、ぼくたちは知るべきなのだ」(89頁)。この議論は藤本一勇さんの『情報のマテリアリズム』(NTT出版、2013年8月)での議論と繋がっていくのですが、こうした視野の地平は未来の展望ではなく、今ここに、現実に進行していることへの気づきなのだと思います。


世界論
安倍晋三/朴槿恵/ジョージ・ソロス/ビル・ゲイツ/ほか著 プロジェクトシンジケート叢書編集部訳
土曜社 2014年1月 本体1,199円 ペーパーバック判188×112mm並製192頁 ISBN978-4-907511-05-0

版元紹介文より:世界20名の要人に聞く、今年の論点。世界屈指のエコノミスト・政策担当者・政治指導者・戦略家・知識人が2013年を総括し、来る14年に何が起こるかを予測(自身の計画を表明)する。われわれの未来を形づくるアイデアを詰め込んだ、他ではありえないプロジェクトシンジケートの最強オピニオン集!

★発売済。『混乱の本質』『世界は考える』『新アジア地政学』「プロジェクトシンジケート叢書」第4弾であり、土曜社さんの9番目の出版物になります。序文は、共同通信特別編集委員の会田弘継さんが寄せておられます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。安倍首相の「日本、賃金サプライズへ」は、今月6日に英文サイト「プロジェクトシンジケート」へ投稿されたもので、「時事通信」等で取り上げられていた当のものです。同日には年頭の記者会見でも「この春こそ景気回復の実感を収入アップという形で国民に届けたい」と話しているのはこの寄稿と呼応したアナウンスメントです。『世界は考える』では安部さんの寄稿は訳されずに終わったことを考えると、今回『世界論』に収録が叶ったのは意味があると思います。

★寄稿者の一人、ジョージ・ソロスさんは「動く世界経済」の中でこう論じています、「スタグネーションで過去25年あまり苦しんできた日本は、金融政策で異次元の量的緩和を実施し、自国経済の復活に取り組んでいる。これは危険を伴う実験である――経済成長の速度が増せば金利は上昇し、公的債務返済の負担が支えきれない規模になる恐れがある。しかし、安部晋三首相は、自国経済の緩慢な死を座して待つのではなく、リスクをとって行動することを選んだ」(77頁)。このほか、アベノミクスについては、歴史学者のニーアル・ファーガソンや世界銀行上席副総裁のカウシク・バス、IMF専務理事のクリスティアーヌ・ラガルドといった各氏が、それぞれの立場から言及しています。論調に違いはあれ、構造改革の必要性と重要性を指摘しているのが興味深いです。


涙のしずくに洗われて咲きいづるもの
若松英輔著
河出書房新社 2014年1月 本体1,800円 46判上製208頁 ISBN978-4-309-02252-9

帯文より:死者の姿は見えない。だが見えないことと存在しないことは違う。生の営みの基層に響く「死者」たちは我々に何を語りかけているのか? 気鋭の思想家による、静謐なる思考。

★まもなく発売。2011年から2013年にかけて各紙誌に発表されたエッセイを加筆修正のうえまとめたものです。収録された17本のうち、最後の1本「『想像ラジオ』を読む」は、代官山蔦屋書店での講演をもとに書き下ろされたものです。その最後にはこう記されています、「「読む」とは、書くことにけっして劣らない創造的な営みなのです」(204頁)。「憲法と死者」ではこんな風にも述べておられます。「私たちは真に「読む」ことで、言葉はそのままに意味を刷新することすらできる。古典と呼ばれる書物はそうして読みつがれてきた」(103頁)。あるいは「創造する想像」ではこう書かれています、「想像はいつも、「創造」と不可分に結びついている。だが、ここでの「創造」は無から有を創り出すことを意味しない。「創造」の瞬間、「創造」の現場に臨在することを指す。創造することが世界を作るのではない。想像するとは、毎瞬新しく想像される世界を感じる営みなのである」(129頁)。本書は死者論というよりは、死者との関わりがいかなるものであるかを探究したすぐれた関係論だと思います。その観点から、「呼びかける死者と見えざる悲しみ」では、弊社の処女出版であるアガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』が取り上げられています。


茶飯事
頴川邦子(えがわ・くにこ)著
平凡社 2014年1月 本体3,800円 A4判並製160頁 ISBN978-4-582-62307-9

版元紹介文より:日本の美しい四季や、海外の旅を舞台とした、女性料理研究家による伝統とモダンを融合させた茶事・茶会の数々。瑞々しい写真を通じて、現代の茶と食とおもてなしのあり方を提示する。

★まもなく発売。帯には養老孟司さんの推薦文があります。もともとは料理本を作りたかった著者が、70歳を迎えて、自らの茶と料理を陰翳に富んだ写真と飾り気のない文章で紹介した第一作です。菅付雅信さんが編集を担当されています。オンライン書店などの書影では表紙はただ真っ白なだけで分かりにくいかもしれませんが、実際は茶室の室内の様子が空の箔押で再現されていて、とても綺麗です。季節ごとに花や草木の色どりとともに茶会でのお茶や食事の風景が美しく気品に満ちて並んでいます。また海外での茶会の様子も収録されていて楽しいです。巻末にはそれぞれの料理の作り方もまとめられています。頴川さんはまえがきで「日本の文化も生活も食事も、繊細で緻密で、素朴で大らか。世界に誇るべきものです。格調はあるけれど、自然で気取らない、親しみやすい深いものであることを、特に日本の若い方々に知っていただけたらと思います」とお書きになっています。また、あとがきでは「日本の若い人たちが、日本の美しい風土と精神、素晴らしい日本の文化と風習を再認識し、自信を持って世界へと発信してくださればと願っています」とも書かれています。本書は英文を併記しているので、海外の方へのプレゼント用にもいいかもしれません。


水声社さん2014年1月の新刊

クレール・ド・デュラス夫人『ウーリカ――ある黒人娘の恋』湯原かの子訳、本体1,500円
アブドゥラマン・アリ・ワベリ『バルバラ』林俊訳、本体2,000円
ミシェル・マリ『ヌーヴェル・ヴァーグの全体像』矢橋透訳、本体2,800円
佐藤亨=写真・文『北アイルランドのインターフェイス』、本体2,500円

★まず『ウーリカ』はデュラス夫人(1777-1829)が1824年に公刊した作品で、フランス文学において有色人種の女性を主人公にした最初の小説として、近年再評価されているそうです。日本ではこれまでいくつかの研究論文がありましたが、単行本として訳書が出るのは初めてです。訳者による巻末の作品解説によれば、主人公ウーリカは植民地セネガルから連れてこられた黒人の少女で、舞台はフランス革命時代のパリの貴族社会。彼女の成長と悲恋を告白体で描くとともに、人種差別への問いを提起しています。本書には夫人の略年譜も添えられており、なかなかに重い人生を過ごされたことが分かります。

★次に『バルバラ』はシリーズ「フィクションの楽しみ」の最新刊で、ジブチ出身のフランスの作家アリ・ワベリの作品の初訳となるようです。1994年『影のない国』、1996年『遊牧民手帳』、そして本作すなわち1997年『バルバラ』、これらは彼の「ジブチ三部作」だそうです。『バルバラ』は四章構成でそれぞれに主人公がいて、「ジブチ共和国の日常に抵抗する四名の、恐らくは中産階級に所属していると推測し得る青年のポートレイト」(訳者あとがき)となっています。書名のバルバラとは、首都ジブチの南の郊外にある町の名前です。旧フランス植民地であるジブチ共和国のスラム街の日常とそれに抗する人びとを描いた本作は、フランス語圏のポストコロニアル文学に触れる良い機会を与えてくれます。

★『ヌーヴェル・ヴァーグの全体像』もまた本邦初訳。原著は初版が1997年に刊行され、2012年に第3版が出版されています。本書の底本はその第3版。訳者後記によれば「有名だがその内実はなかなか理解しにくい映画運動に関する、コンパクトだがその全体像が射程に入れられた、バランスのとれた概説書として定評があ」るとのことです。帯文の謳い文句を引きますと、「1950年代末のフランス、旧来の映画製作の常識を根底から覆す「新しい映画」が続々と出現した・・・。映画史上未曽有の大変動《ヌーヴェル・ヴァーグ》。〔中略〕時代背景、経済状況、撮影技術、監督、俳優・女優・・・さまざまな側面から映画革命の真相に迫る、最良の概説書」。著者のミシェル・マリ(Michel Marie)は1945年生まれ、パリ第三大学教授で、映画史の専門家です。

★最後に『北アイルランドのインターフェイス』は、多数派のプロテスタント系と少数派のカトリック系との間で対立が続いている北アイルランドを訪問した著者が壁絵「ミューラル」の研究を通じて、インターフェイスと呼ばれる異なるコミュニティの境界に出食わす中で、ベルファストの地元の人々に取材しながら対立の現在へと迫り、ありのままを記述したユニークな本です。柔らかい筆致と多数の写真によって、日本人が一般的には世界史教科書のわずかな記述やニュース報道などの少ない情報でしか知らなかったその実態へと読者を近づけてくれます。著者は1958年生まれで、現在、青山学院大学経営学部教授。ご専門はアイルランド研究です。2011年に同じく水声社さんから『北アイルランドとミューラル』という研究書を上梓されています。
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by urag | 2014-01-26 23:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 21日

イベントレポート公開開始:内沼晋太郎×仲俣暁生×小林浩「逆襲する本のために」(全5回)@DOTPLACE

2013年12月11日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われた、内沼晋太郎『本の逆襲』(朝日出版社)刊行記念イベント、内沼晋太郎×仲俣暁生×小林浩「逆襲する本のために」のレポート(全5回)が、DOTPLACE(ドットプレイス)で公開されました。DOTPLACE(ドットプレイス)は、「これからの執筆・編集・出版に携わる人のためのウェブサイト」で、内沼さんが編集長を務められています。

1/5:http://dotplace.jp/archives/7292
2/5:http://dotplace.jp/archives/7371
3/5:http://dotplace.jp/archives/7393
4/5:http://dotplace.jp/archives/7448
5/5:http://dotplace.jp/archives/7458
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by urag | 2014-01-21 10:01 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 19日

注目新刊:トリン・T・ミンハの20年ぶりの評論集『ここのなかの何処かへ』平凡社、ほか

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平凡社さんは今年(2014年)に創業100周年を迎え、三冊の本が重なった新しいシンボルマークを発表されるとともにウェブサイトをリニューアルされました。「分厚い1冊の本の上に2冊の本が載っている」かたちのシンボルマークの由来は、製作されたグラフィックデザイナーの佐藤卓さんによれば「知識の上にさらに知識が積み重なることを意味」しているとのことです。私はてっきりHEIBONSHAのアルファベットの組み合わせかと思っていました。

さらに今年から新刊の投げ込みチラシの体裁をA5判より一回り大きいタテ232mm×ヨコ175mmの四つ折から、タテ131mm×ヨコ360mmの冊子状四つ折に変更されています。リニューアルされた冊子状のものの方が、他社もよく採用している形状なのでかなり見やすくなった気がします。平凡社さんでは「100周年特設サイト」をオープンされ、書店さんでの100周年記念フェアの様子が逐次紹介されています。以下では、平凡社さんの今月(1月)新刊より注目書をご紹介します。

ここのなかの何処かへ――移住・難民・境界的出来事
トリン・T.ミンハ(Trinh T. Minh-Ha, 1952-)著 小林富久子訳
平凡社 2014年1月 本体3,600円 A5判上製272頁 ISBN978-4-582-47233-2

帯文より:内なる異郷への旅。9.11以後の恐怖と危機の時代――。ポストコロニアリズムとフェミニズムの代表的映像作家・思想家がヴェトナム系アメリカ人女性としての自らの異質性を足場とし、越境者たちの声に耳を澄ませ、内なる他者との対話に創造の源泉を探る。前作よりおよそ20年の時を経て放つ評論集、待望の邦訳。

目次:
3.11「もしもあの時に・・・」――日本語版への序文
異国性と恐怖の新たなる色
I 家――旅する源
 故国〔ホーム〕から、遠く離れて(あいだにつけられたコンマ)
 私の外なる他者、内なる他者
II 境界的出来事――屑と避難所のあいだ
 響きの旅
 Natureのr――音楽的無我の境地
 ヴォイス・オーヴァーI
 音楽で描かれた絵――複数の文化を越えるパフォーマンス
III 終わりの見えない光景
 母のお話
 白い春
 デトロイト――自由の国で収監され、行方不明者になるということ
訳者あとがき
初出一覧
原註
索引

★発売済。原書は、elsewhere, within here: immigration, refugeeism and the boundary event(Routledge, 2011)で、訳者あとがきの紹介によれば、トリン・T・ミンハの約20年ぶりの評論集第三弾の訳書になります。これまで日本語訳の既刊書としては、Woman, Native, Other: Writing Postcoloniality and Feminism (Indiana University Press, 1989)の抄訳である『女性・ネイティヴ・他者――ポストコロニアリズムとフェミニズム』(竹村和子訳、岩波書店、1995年8月;新装版、2011年11月)や、When the Moon Waxes Red: Representation, Gender and Cultural Politics (Routledge, 1991)の全訳である『月が赤く満ちる時』(小林富久子訳、みすず書房、1996年9月)があります。訳書としても実に約18年ぶりとなる久しぶりである本書には、前二作にはなかった「日本語版への序文」が付されています。トリンさんはちょうど3月11日の震災時、成田発の飛行機で米国へと戻る途中だったそうです。本書ではこの序文のほかにも日本に触れている箇所が複数あって、たとえば「Natureのr」では藤原定家や千利休、世阿弥、黒川紀章が言及され、「音楽で描かれた絵」では松尾芭蕉、加賀千代女、鈴木大拙、西田幾多郎が言及されています。「音楽で描かれた絵」の末尾においてトリンさんは次のように書きます。「複数の芸術/文化間の相互作用を可能にする場とは、すでに名付けられた諸々のもの、能力、領域が積み重なり、溶け合う場というより、単なる文化を横断するさまざまな情況が生み出す新しい多元的能力によって導かれる発見の場を指すということだ。「絵」と「書き物」、東と西の制度的/専門的区分を無効にする見方が生まれつつある」(183頁)。


「帰郷」の物語/「移動」の語り――戦後日本におけるポストコロニアルの想像力
伊豫谷登士翁/平田由美編
平凡社 2014年1月 本体3,600円 4-6判上製336頁 ISBN978-4-582-45236-5

帯文より:「移動」から「近代」を再考する。帝国の解体と再編における〈人の移動〉を、社会科学と文学の越境の彼方へ探る。

序章 移動のなかに住まう(伊豫谷登士翁)
第1章 “他者”の場所――「半チョッパリ」という移動経験(平田由美)
第2章 おきざりにされた植民地・帝国後体験――「引揚げ文学」論序論(朴裕河)
第3章 「八木秋子日記」に幻の引揚げ小説をさがして――追放と再追放の物語(西川祐子)
第4章 パラレル・ワールドとしての復員小説――八木義徳「母子鎮魂」ほか(坪井秀人)
第5章 断たれた帰鮮の望み――ある安楽死を読む(美馬達哉)
第6章 ジェンダー・空間的実践・惑星思考――森崎和江の筑豊(ブレット・ド・バリー)
第7章 越境する記憶――映画・植民地主義・冷戦(テッサ・モーリス=スズキ)
第8章 移動経験の創りだす場――東京島とトウキョウ島から「移民研究」を読み解く(伊豫谷登士翁)
あとがき(平田由美)

★まもなく発売。「移動」をめぐるいくつもの共同研究のここ十年間の成果が結実した本です。平田さんの「あとがき」によれば、本書の原型は「日本の植民地主義とその忘却がもたらしているポストコロニアル情況への批判的介入を主軸」とするもので、「人の移動をテーマに末、研究分野を越えた対話の場を創りあげることから始まった」プロジェクトだったとのことです。伊豫谷さんは第8章「移動経験の創りだす場」でこう書いておられます。日本にとって、第二次世界大戦は、女性やマイノリティをも含めた国民化と植民地の人びとの大量動員をもたらし、さらにアジア的な規模での人の移動を引き起こした。しかしながら戦後には、こうした膨大な人の移動は、正常への回帰として、「帰国事業」や「引揚げ」といった言葉で表現され、そのことが人の移動にかかわる研究、すなわち移民研究や難民研究として論じられることはなかった。日本の移民研究、あるいは多文化共生の議論において、いわゆる「在日」と呼ばれる人たちが看過されてきたのは、このことによる」(320頁)。「本来の意味での人の移動にかかわる研究が目指すのは、ナショナルな物語、ナショナルな空間を所与としてきた分析枠組みから解放された研究領域であろう」(322頁)。


絵入簡訳源氏物語(二)
小林千草/千草子著
平凡社 2014年1月 本体2,800円 4-6判上製446頁 ISBN978-4-582-35722-6

帯文より:国語学者が満を持して放つ、新解釈も多々織り交ぜたリズミカルな現代語訳。第二巻は光源氏、栄華の極みから〈雲隠〉するまでの物語。『源氏物語』ゆかりの京都を中心に“街歩き案内”を特別付録として収録。いまなお残る源氏ゆかりの名所を、本書を携えて散策してみてはいかがでしょう。

★まもなく発売。全三巻予定の第二巻です。第一巻は昨年10月に刊行されました。第三巻は今春刊行予定だそうです。今回刊行された第二巻は、第22帖「玉鬘」から第41帖「雲隠」までを収録。34歳から50歳代の最晩年までが描かれています。「雲隠」までとは言っても、周知の通り巻名のみしか残っていません。光源氏の出家と死が書かれるはずだったのか、書かれたけれども封印されたのか、昔から諸説があり、その謎ゆえに偽書とされる「雲隠六帖」を後世に生んだほどです。小林さんは簡潔に「〈雲隠〉という象徴的な巻名のみをおいて、全てを読む人に託した物語構成である」と説明されています。


世説新語2
劉義慶著 井波律子訳注
東洋文庫 2014年1月 本体3,100円 全書判上製448頁 ISBN978-4-582-80845-2

帯文より:歴史の中で読み継がれた魏晋の古典の新訳注書。条ごとに原文、読み下し(総ルビ)、語句の注釈、明快な現代語訳、詳しく懇切な解説からなり、かつてなく『世説新語』がよくわかる決定版。(全5巻)

目次:
(上巻続き)
 文学第四――学問・文学に関する言動
中巻
 方正第五――剛直で一本気な言動
 雅量第六――方正と対照的な余裕ある言動
 識鑒第七――人物の識別評論
関連略年表

★発売済。東洋文庫の第845巻です。全5巻予定の第2巻です。第1巻は昨年11月に刊行されています。今回刊行された第2巻では、上巻の残りと中巻の途中までが収められています。現代語訳を一読してただちに理解できるようなものではなく、井波先生の解説によって登場人物や歴史的背景などが明らかにされて、はじめて内容の一端に触れた心地になります。雅量第六にある一節に、竹林の七賢の一人、嵆康(けいこう)の公開処刑直前のエピソードが紹介されています。彼が演奏した「広陵散」が後世の私たちの耳に届くことはありませんが、言い知れない迫力を感じます。別の書物ではこの曲は死霊から教わったものと伝えられているようです。東洋文庫の次回配本は2月、『朝鮮開化派思想選集』です。
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by urag | 2014-01-19 22:28 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 17日

まもなく発売:デュピュイ『聖なるものの刻印』以文社より、ほか

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弊社出版物の著訳者の皆様の最近の御活躍をご紹介します。

★渡名喜庸哲さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
まもなく以下の共訳書が以文社さんより発売となります。原書は、La Marque du sacré(Carnet Nord, 2008; Flammarion, 2010)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書の議論の中核をなす第一章「アポカリプスを間近に考える――わたしの歩み」のなかでデュピュイは次のように語っています。「わたしがイリッチに多くを負っていることはすでに何度も語ってきた。ここでは破局論の問いにとって直接の貢献が大きかったひとつのテーマを挙げるにとどめておこう。それは悪の不可視性ということだ。この10年間、自然、産業、またモラルに関わる主要な破局の問題を考察しながら、わたしはイリッチと同じくユダヤ人でドイツ語を母語とする三人の思想家の考えを援用してきた。ハンナ・アレント、その最初の夫ギュンター・アンダース、そして彼らを引き合わせたハンス・ヨナスだ。イリッチと違って、彼らは専門的な哲学者で、三人ともハイデガーの弟子だった。彼ら、とりわけアンダースのうちに、わたしはイリッチととても強く、驚くほど共振するものを見出した。たぶんそのために、最近わたしはかれの思想に立ち戻っているのだ」(55-56頁)。デュピュイを中心に、イリイチ、アーレント、アンダース、ヨナス、そしてハイデガーという名の連環を見ていると、哲学と科学技術と政治と文明を横断する議論が見えてきます。まもなく丸3年を迎える〈3.11〉を再考するブックフェアを企画する上で、たいへん参考になるのではないかと思います。

聖なるものの刻印――科学的合理性はなぜ盲目か
ジャン=ピエール・デュピュイ著 西谷修/森元庸介/渡名喜庸哲訳
以文社 2014年1月 本体3,200円 四六判上製カバー装352頁 ISBN978-4-7531-0318-8

帯文より:未来のない効率信仰よりも、カタストロフィへの目覚めを! グローバルに拡張される核エネルギー、IT、バイオ・ナノ・テクノロジー、金融工学などが、発展途上国を巻き込んで資源開発・乱獲に拍車をかけ、地球上の汚染を深刻化して、文明がサタンに誘われた豚の群れのように破滅の淵に突進しようとしている。デュピュイの思考の集大成としての賢明な破局論。


+++

弊社刊行図書に対する書評についてご紹介します。「週刊読書人」2014年1月17日号(3023号)に、弊社10月発売、ミケル・デュフレンヌ/ポール・リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』の書評「実存哲学のルネサンスのために――二十世紀の古典が甦る」が掲載されました。評者は東京女子大学教授の森一郎さんです。「ヤスパースの主著は、『哲学』全三巻(1932年刊)である。ドイツ語版で千頁超のこの大作を、著者たちは懇切丁寧に解説してみせる。しかも「前書き」で宣言しているように、「フランス語に書き直す」ことに挑み、「極限まで押し進めたフランス語で語る努力」を惜しまない。「普通の母国語で言うことができないとすれば、事柄が考えられてもいないのだ」――拳拳服膺すべき戒めである。彼らは、引用をくどくどと重ねるようなことはせず、あくまで自前の言葉で、明晰に体系的解説をやってのける(邦訳に工夫が凝らされリズム感があるのも、特筆されてよい)。原典を凌ぐ勢いの流麗なフランス式翻案ぶりに、ヤスパース自身、本書に寄せた「序文」で驚きの声を上げているほどである」。「実存哲学の再生はひとえに、『哲学』に秘められた可能性を再発見することに存する。そのルネサンスのための最適な指南書が、本書なのである。『存在と時間』と並ぶ二十世紀の古典が、リクールという比類なき明晰な知性に媒介されて、ここに甦る」と評していただきました。

なお「週刊読書人」の同号の特集記事は、小林康夫、大橋完太郎、星野太の三氏による鼎談「思想と文化の銀河系――「叢書ウニベルシタス」(法政大学出版局)通算1000冊を機に」と題し、三氏がそれぞれ印象的だった既刊書を紹介されており、たいへん興味深いです。大橋さん、星野さんはこれまで『表象』誌の編集委員としても御活躍されています。

ちなみに「週刊読書人」はYouTubeに公式チャンネルをお持ちで、昨年8月9日号に掲載された、岩波書店社長の岡本厚さんへのインタビュー動画などを公開されています。



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最後に、ユンガー『パリ日記』の出版の際に、訳者の山本尤先生をご紹介いただいた毎日新聞記者、伊藤一博さんが、1月10日発売の季刊文芸誌「三田文学」NO.116(2014年冬季号)に書評を寄稿されたことをご紹介します。哲学者・俳人・僧侶と「三足のわらじ」を履く大峯顯さんの講演録『命ひとつ よく生きるヒント』(小学館101新書、2013年7月)を評したものです。「三田文学」は昨年10月、新編集長に若松英輔さんを迎え再出発されています。今回の最新号では大峯さんご自身の随筆「回想の池田晶子」や、志村ふくみさんの連載「当麻曼荼羅縁起」第1回も掲載されています。また、秋山駿さんの追悼特集や、佐々木中さんの小説「九夏後夜」など、盛りだくさんです。
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by urag | 2014-01-17 18:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 13日

注目新刊:ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』光文社古典新訳文庫、ほか

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論理哲学論考
ヴィトゲンシュタイン著 丘沢静也訳
光文社古典新訳文庫 2014年1月 本体880円 文庫判35+169頁 ISBN978-4-334-75284-2

帯文より:20世紀最大の哲学書。あのヴィトゲンシュタインが普通に読める、新しい『論考』の誕生。オリジナルに忠実で平明な革新的訳文! 20世紀を代表する哲学書であり、最も難解といわれる『論理哲学論考』は、シンプルなドイツ語で書かれた美しい作品だ。今回の新訳では、その微妙なスタンス、ニュアンスを、細やかな目配りで忠実に再現した。いつでも、どこでも、肩の力を抜いて読める、まったく新しい『論考』をここにお届けする。

カバー裏紹介文より:「語ることができないことについては、沈黙するしかない」。「私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する」。 「(倫理[学]と美[学]は、ひとつのものである)」──世紀転換期ウィーンの聖典、20世紀哲学の金字塔。

★発売済。『哲学探究』(岩波書店、2013年8月)に続く、丘沢さんによる新訳ヴィトゲンシュタインの第2弾。『反哲学的断章』(青土社、1981年;新装版1988年;新版1995年;増補新訂版1999年)を合わせると、3冊目の訳書になります。『論理哲学論考』はこれまで繰り返し訳され、注釈され、読解され続けてきた古典で、現在も入手可能な訳本が多数存在します。今回の新訳本では巻頭に、野家啓一さんによる解説「高校生のための『論考』出前講義」を収録。訳者あとがきによれば、本書の底本は、ズーアカンプ社の2003年版。ブライアン・マクギネスとヨアヒム・シュルテが編集した研究者向きの批判版(1989年)に基づいて、シュルテが一般向きに編集した本とのことです。つまり、これまでの訳書の中では、最も新しい版から訳されていることになります。

★既訳書の底本についてまとめると、以下の通りです。

0-1)『自然哲学年報 Annalen der Naturphilosophie』誌掲載版(1921)
1-1) ドイツ語原文とオグデンらによる英訳を付した対訳本(Tractatus Logico-Philosophicus, Routledge and Kegan Paul, 1922)
1-2)同書の改訂第2版(1933)
1-3)33年版のペーパーバック版(1981)の重版(1988)
1-4)ピアーズ/マクギネスによる新たな英訳を付した対訳版(Routledge and Kegan Paul, 1961)の重版(1963)
2-1)マクギネス/シュルテの編集による批判版(Suhrkamp, 1989)をシュルテが一般向きに編集した版(2003)

1968年07月:坂井秀寿訳『論理哲学論考』法政大学出版局 → 1-1?
1971年09月:山元一郎訳『論理哲学論』中央公論社『世界の名著(58)』所収、1980年01月:中公バックス『世界の名著(70)』所収、2001年6月:中公クラシックス → 1-2
1975年04月:奥雅博訳『論理哲学論考』大修館書店『ウィトゲンシュタイン全集(1)』所収 → 1-4
1976年01月:末木剛博訳『ウィトゲンシュタイン論理哲学論考の研究(I)解釈編』公論社 → 0-1 ※ただし異同については(当時の)現行版諸書に従ったとのこと。
2001年07月:黒崎宏訳『『論考』『青色本』読解』産業図書 → 1-1
2003年08月:野矢茂樹訳『論理哲学論考』岩波文庫 → 1-2
2005年05月:中平浩司訳『論理哲学論考』ちくま学芸文庫 → 1-3
2007年01月:木村洋平訳『論理哲学論考』社会評論社 → 1-2
2010年10月:木村洋平訳(改訳)『『論理哲学論考』対訳・注解書』社会評論社 → 1-2
2014年01月:丘沢静也訳『論理哲学論考』光文社古典新訳文庫 → 2-1


砂男/クレスペル顧問官
ホフマン著 大島かおり訳
光文社古典新訳文庫 2014年1月 本体880円 文庫判232頁 ISBN:978-4-334-75283-5

帯文より:サイコ・ホラーの原点。今夜もまた、あの砂男がやって来る・・・。オペラ『ホフマン物語』のもととなった傑作3篇。E・A・ポー、バルザック、ボードレール、ドストエフスキーなど後世の作家に幅広い影響を与えたホフマン。怪奇と幻想、そして諧謔に 満ちた作品群は、二百年の時を超え、いまなお読者を魅了してやまない。

カバー裏紹介文より:サイコ・ホラーの元祖と呼ばれる、恐怖と戦慄に満ちた傑作「砂男」。芸術の圧倒的な力とそれゆえの悲劇を幻想的に綴った「クレスペル顧問官」。魔的な美女に魅入られ、鏡像を失う男を描く「大晦日の夜の冒険」。ホフマンの怪奇幻想作品の中でも代表作とされる傑作3篇。

★発売済。「砂男」や「顧問官クレスペル」はこれまで文庫版では、石丸静雄訳『ホフマン物語』(新潮文庫、1952年)、石川道雄訳『ホフマン物語』(角川文庫、1952年)、池内紀訳『ホフマン短篇集』 (岩波文庫、1984年)などで読むことができ、「砂男」についてはさらに、フロイトの論考「無気味なもの」を併載した種村季弘訳『砂男/無気味なもの』(河出文庫、1995年)などもあったのですが、残念なことにすべて品切中のため、嬉しい新訳本の登場です。古典新訳文庫でのホフマン本は、『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』(2009年)に続く2冊目。こちらも大島さんによる翻訳です。


デザインのめざめ
原研哉著
河出文庫 2014年1月 本体600円 文庫判152頁 ISBN978-4-309-41267-2

帯文より:デザインの最も大きな力は目覚めさせる力である。日本を代表するグラフィックデザイナーによる覚醒力ある随筆集。

カバー裏紹介文より:日常のなかのふとした瞬間に潜む「デザインという考え方」を、ていねいに掬ったエッセイたち。マカロニ、温泉、アルパカのセーター、そして数学・・・ごくパーソナルな視点を研ぎ澄ますことで見えてくる、デザインが立ち上がる瞬間とは――。日本を代表するグラフィックデザイナーによる好著。

★発売済。『マカロニの穴のなぞ』(朝日新聞社、2001年)に5篇の新しいエッセイを増補して文庫化したものです。再刊にあたり、文庫版あとがき「めざめのあとがき」と、フリーの数学研究者森田真生さんによる「解説」が付されています。親本はもともと、2000年から2001年にかけて約半年間続いた「日本経済新聞」での週一回の連載をまとめたもの。大きな活字で1篇あたりが3頁と短いため、読みやすいです。原さんと森田さんとの出会いが、デザインと数学の出会いとなって新しい「めざめ」の予感を花開かせます。


魔女の宅急便(シネマ・コミック5)
角野栄子原作 宮崎駿プロデューサー/脚本/監督
文春ジブリ文庫 2014年1月 本体1,460円 文庫判並製448頁 ISBN978-4-16-812104-3

帯文より:13歳の満月の晩、魔女のキキは修行のために相棒の黒猫ジジを連れて旅に出る。たどり着いたコリコの街で、“空飛ぶ宅急便屋さん”をはじめるキキ。人々との出会い、交流を経て、悩みながらも少女は成長してゆく――宮崎駿監督作品ならではの飛行シーンや、美しく繊細な背景美術もじっくりと楽しめる完全編集版の文庫版コミック。

★発売済。毎回楽しみなシネマ・コミックの第5弾。一部をこちらで立ち読みできます。今回初めて気づいたのですが、自分が本当に好きなシーンは動画として記憶しているので、コマ割のコミックになると連続性を維持できずに物足りなく感じる部分があるのですね。それはもう仕方のないことです。これまでは各シーンをあらためて自分のペースで思い出すためのよすがとして眺めていただけで意識できなかったのかもしれませんが、実際にシークエンスをコマ割化するというのは難しい、たいへんな技術だなあと気づいたのでした。


エクリチュールと差異〈新訳〉
ジャック・デリダ著 合田正人/谷口博史訳
法政大学出版局 2013年12月 本体5,600円 四六判上製634頁 ISBN978-4-588-01000-2

帯文より:1960年代フランスの知的沸騰のなかで生まれ、痕跡、差延、脱構築などのデリダ的概念を展開した本書は、構造主義以後の思想界を決定づける著作となった。ルーセ、フーコー、ジャベス、レヴィナス、アルトー、フロイト、バタイユ、レヴィ=ストロースらの読解を通じて、主体と他者、言語と表象、存在と歴史についての哲学的思考を根底から書き換えた名著。叢書・ウニベルシタス1000番到達記念として新訳刊行!

★発売済。原書は言うまでもなく、L'Écriture et la différence(Seuil, 1967)、デリダの初期代表作のひとつです。旧訳版(若桑毅/野村英夫/阪上脩/川久保輝興/梶谷温子/三好郁郎訳、法政大学出版局、1977/1983年)は上下巻で合計7,300円でしたから、今回1,700円も安くなったことは非常にありがたいですし、原書通りの全一巻本なので引用や参考の際にも使いやすくなりました。版元さんでは旧訳版は今回の交代で絶版扱いになっていますので、未購読の方でもしも新刊書店さんの店頭で見かけた場合は、早めに入手されることをお薦めします。


ハーバード白熱教室 世界の人たちと正義の話をしよう+東北大特別授業
マイケル・サンデル/NHK白熱教室制作チーム著
早川書房 2013年12月 本体1,500円 46判並製222頁 ISBN978-4-15-209429-2

カバーソデ紹介文より:マイケル・サンデル教授の人気哲学講義がついに世界進出! 中国、インド、ブラジル、韓国、そして東北で、サンデル教授の問いをきっかけに、今最も重要な問題について人々が徹底討論を繰り広げる。白熱の講義録。中国:市場主義はどこまで認められるべきか? インド:性的暴行は他の暴力行為より罪深いか? ブラジル:サッカー・チケットの高値転売はOK? 政府への大規模デモはどれだけ効果があるか? 韓国:芸能人やスポーツ選手は兵役を免除されてもよいか? 東北大学:汚染土壌の仮置き場はどうやって決めるべきか? 復興に必要なのはスピードか、コンセンサスか?

★発売済。すっかり定着した教育的コンテンツの観のあるサンデル教授の「白熱教室」ですが、今回も数々の難問を聴衆に投げかけ、活き活きとした議論を会場に巻き起こしています。これまでも日本と同時に海外の聴衆を対象にした白熱教室がありましたが、今回は海外のみです(最後の一章のみ、東北大学での特別講義「これから復興の話をしよう」)。各国で様々な意見交換が行われているのを読むにつけ、文化や人種を違いを越えた次元での政治哲学や倫理学の可能性に、サンデル教授が賭けを挑んでいく様子が見られて、はっとします。弛緩した際限ないおしゃべりではなく、ざっくばらんで緊張感ある討議の継続こそが、聴衆に何か――ひょっとしたら共有しうる人間的価値というものがあるかもしれないということ――を予感させます。分断と分裂、憎しみと猜疑心の渦巻く現代社会においてはそれは稀有な体験ではないかと思います。


共通文化にむけて――文化研究 I
レイモンド・ウィリアムズ著 川端康雄編訳 大貫隆史/河野真太郎/近藤康裕/田中裕介訳
みすず書房 2013年12月 本体5,800円 A5判上製360頁 ISBN978-4-622-07814-2

帯文より:戦後イギリス最大の文化思想家の全貌を示す日本独自編集版(全2巻)。本書第I巻は「共通文化の理念」「社会主義とエコロジー」「ウェールズとイングランド」ほか、すべて本邦初訳の文化論17篇。

カバー裏紹介文より:「『オリエンタリズム』以後のわたしの仕事は、レイモンドの仕事をほんとうに大きな支えにしてきました」(E・W・サイード)。「イギリスの知の世界はそのもっとも個性的で独創的な人物を失い、左翼陣営はそのもっとも傑出した社会主義知識人を失った」(スチュアート・ホール)。カルチュラル・スタディーズの祖と目される批評家にして、1950年代末から新自由主義台頭のサッチャー政権時代まで新たなオルタナティヴを提示しつづけたニューレフト運動の論客。テリー・イーグルトンいわく「戦後イギリスが生んだもっとも優れた文化思想家」の全貌を示す日本独自編集版(全2巻)。第I巻の本書は「文化とはふつうのもの」「共通文化の理念」「社会ダーウィニズム」「マルクス主義文化理論における土台と上部構造」「社会主義とエコロジー」「ウェールズとイングランド」「距離」「映画史」ほか、すべて本邦初訳の論考16篇とリチャード・ホガートとの対話1篇、初期から晩年にいたる文化論を集成。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ウィリアムズは日本では60年代後半から単独著の訳書がありますが、再評価の機運が高まったのはカルチュラル・スタディーズの入門書や雑誌特集が増えた90年代後半以降です。その当時はほとんどの既訳書は品切ばかりで、今もその状況は残念ながらあまり変わっていません。そんな中、レイモンド・ウィリアムズ研究会が2005年に発足し、メンバーの皆さんの御尽力によって未訳の主要論文が独自編集版『文化研究』全2巻として刊行されることは、再評価への道筋としてたいへん重要ではないかと思われます。例えば今回刊行された第I巻の巻頭論文「文化とはふつうのもの」(1958年)は半世紀以上前のものですが、民主主義の困難さと可能性をめぐって、今なお現代人の皮膚に突き刺さるような問題提起と分析を呈示しています。この2巻本を機に、既刊書の再刊や文庫化、新訳が進むことを切に願いたいです。

◎レイモンド・ウィリアムズ(Raymond Williams, 1921-1988)単独著既訳書

2010年03月『モダニズムの政治学――新順応主義者たちへの対抗』加藤洋介訳、九州大学出版会
2002年08月『完訳 キーワード辞典』椎名美智/越智博美/武田ちあき/松井優子訳、平凡社;2011年06月、平凡社ライブラリー
1985年10月『田舎と都会』山本和平/増田秀男/小川雅魚訳、晶文社
1985年09月『文化とは』小池民男訳、晶文社
1983年03月『長い革命』若松繁信/妹尾剛光/長谷川光昭訳、ミネルヴァ書房
1980年03月『キイワード辞典』岡崎康一訳、晶文社
1972年07月『辺境』小野寺健訳、講談社
1969年12月『コミュニケーション』立原宏要訳、合同出版
1968年12月『文化と社会――1780‐1950』若松繁信/長谷川光昭訳、ミネルヴァ書房;2008年07月復刊


大杉栄伝――永遠のアナキズム
栗原康(くりはら・やすし:1979-)著
夜光社 2013年12月 本体2,000円 四六判並製320頁 ISBN978-4-906944-03-3

帯文より:暗い時代に乱れ咲く生の軌跡。米騒動、ストライキ、民衆芸術論・・・。破天荒な生き方というだけでは語りつくせない、その思想に光をあてた、新たな評伝の登場。自由の火の粉をまき散らせ。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『G8サミット体制とはなにか』(以文社、2008年)に続く、栗原さんの単独著第2弾であり、夜光社さんの4冊目の出版物になります。栗原さんによる伝記は登場人物に憑依されたかと思えるほど活き活きとしていて、魅力的で軽妙でリズム良く、最後まで音楽のように聞かせます。全6章で幕を引いたかと思いきや、最後の「おわりに」で、その躍動感ある文体ゆえにほとんど伝記と地続きのようにして著者本人が登場し、愛すべきダメさ弱さ加減をむき出しのままにして、自らを語ります。役者たちに拍手を送ろうというタイミングで作家が出てきて観客に挨拶をしようというのですから、客席はザワつくのが当然なのですが、まさかの弁舌で、締めっぷりに解放感があります。大杉栄の評伝は数多くありますが、若い世代の読者にとってもっとも親しみが湧くのはひょっとしたら本書じゃないだろうかと思います。そして、著者の栗原さんご自身にとっても、本書が転換点となるのではなかろうかという予感がします。


人間と動物の病気を一緒にみる――医療を変える汎動物学(ズービキティ)の発想
バーバラ・N・ホロウィッツ/キャスリン・バウアーズ著 土屋晶子訳
インターシフト発行 合同出版発売 2014年1月 本体2,300円 46判並製402頁 ISBN978-4-7726-9538-1

帯文より:ヒトの病気の治し方は、動物に聞け! がん、肥満、心臓病、うつ、依存症、性病、ストレス性疾患――動物もかかる病気の研究から、ヒトの新たな治療法が生まれる。新たな統合進化医学「汎動物学(ズービキティ)」とは? がんの新たな治療法、動物のセックスに学ぶ、明暗サイクルの乱れが肥満に、親業を進化のルーツから考えよう、医学・進化学・人類学・動物学の融合へ。その発想と取り組みを、提唱者みずからが伝える。

★まもなく発売。原書は、Zoobiquity: The Astonishing Connection Between Human and Animal Health(Vintage, 2012)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。19世紀の病理学者ウィルヒョウは「獣医学とヒトの医学を区別する境界はない。というか、そうしたものがあってはならない。対象は異なってもそこから得られる経験は、あらゆる医学の基本をなす」と言ったそうですが、本書の著者はとある経験から、医学と獣医学と進化医学を統合する「汎動物学(ズービキティ)」の提唱へとたどり着きます。「それは臨床医学の場で診断の難しいケースや治療法の混乱に対処できる視座、あらゆる生物を区別なく扱う、種の壁を越えるアプローチなのだ」(36-37頁)。動物もヒトと同じ病気にかかることがあり、動物の病いの研究が、ヒトの病いの治療に役立つこともあるということを本書は教えます。近年、人獣共通感染症のリスクが高まりつつあるだけに、「汎動物学(ズービキティ)」は今後いっそうの進展が期待されるのではないかと思われます。


『奇譚クラブ』から『裏窓』へ
飯田豊一(いいだ・とよかず:1930-2013)著
論創社 2013年11月 本体1,600円 46判並製212頁 ISBN978-4-8460-1288-5

帯文より:伝説的雑誌の舞台裏が明らかに! 三島由紀夫や澁澤龍彦が愛読した雑誌の全て。廃刊後の今なお熱狂的なファンをもつ雑誌の全貌が、一投稿作家から『裏窓』編集長になった著者によって初めて語られる。遺著として残されたアブノーマル雑誌出版史!

★発売済。「出版人に聞く」シリーズの第12弾です。昨年9月に著者が亡くなったため、最後のインタビューとなった貴重な証言集です。表と裏でペンネームが異なる作家たち、いくつものペンネームを使う人たちの活躍が明かされていて、結構な有名人も登場します。特に興味深かったのは、60年代のいわゆる「悪書追放運動」に関する証言です。正しいことをしていると信じてやまない人々が集団となって、「悪書」を書店店頭や流通から締め出し、出版社の経営者や編集者を吊るし上げにする一幕は、どうにも居心地の悪さを感じさせます。どこからが正常でどこからが異常なのか、その境界はさほど分明ではないにもかかわらず、どうして人間は時として影の方を切り捨てようとするのでしょうね。

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by urag | 2014-01-13 23:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 12日

まさかと思いましたが、まだ購入できるようです

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アンドレアス・ヴェサリウス『ファブリカ 第I巻・第II巻』(島崎三郎訳、うぶすな書院、2007年9月、A3判365頁、未製本函入、本体35,000円)は、どこのリアル書店店頭でも見かけず、大手オンライン書店でも扱いがないため、とっくに品切になっているものと思っていました。しかし、先年末の同書院の新刊、三木成夫『生命の形態学――地層・記憶・リズム』の奥付裏の広告に同書が載っていて、ひょっとしたら、と思った方もいらっしゃったかもしれません。結論から言うと、まだ購入できるようです。

地方小出版ウェブサイトの商品頁(テストヴァージョン)に記載されている書店さんのうち、買い物カゴが残っているオンライン書店は、紀伊國屋書店e-honJBOOKセブンネットショッピングブックサービスなどで購入できるはずです。アマゾン、honto、MARUZEN&ジュンク堂書店は買い物カゴがなかったり、登録がなかったりで購入できません。ちなみに私は、ブックサービスで購入しました。

上記裏広告では「上製」とも書かれていたのですが、書籍現物は未製本なので、単なる誤植かと思われます。また、上述の地方小出版ウェブサイトの商品頁(テストヴァージョン)では、発売月が2011年11月となっていますけれど、書籍現物の奥付を確認する限り、まだ重版はされていません。そもそもなぜ未製本なのか、想像しますと、これだけの大判ですと製本代がばかにならないため、価格の上昇を防ぐには未製本で提供するほかはなかったのだろうと思われます。また、この高額書を手にする客層ならば、自装もできるだろう、ということなのかもしれません。現物をはじめて手にして知りましたが、なめらかな紙に丁寧に印刷されており、図版も活字も実に美麗です。正直に言うと、なにぶん原本は非常に古いですから、図版の再現精度はあまり期待していなかったのです。実際はとても綺麗で、圧倒的な迫力があります。品切かとあきらめていた方は、ぜひお早めにご検討されることをお薦めします。古書市場でもほとんど見かけません。

同書に封入されたパンフレットの、解剖学者の萬年甫(まんねん・はじめ:1923-2011)先生による跋文「アンドレアス・ヴェサリウス『ファブリカ 第I巻、第II巻』について」によれば、第III巻および第IV巻の島崎先生による訳稿は、澤井直さんが整理されているとのことです。続刊がいつになるのか分かりませんが、じっくり待ちたいと思います。

なお、本書の奥付に記載されている版元さんの住所と電話番号はすでに古いもので使われていません。新しい情報は、日本図書コード管理センターで公開されています。
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by urag | 2014-01-12 17:36 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 10日

日本初のネグリ研究書:廣瀬純『アントニオ・ネグリ』青土社より

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弊社出版物の著訳者の方々の最近のご活躍をご紹介します。

★廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著:コレクティボ・シトゥアシオネス『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳書:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
ありそうでなかった日本初のネグリ研究書となる『アントニオ・ネグリ――革命の哲学』を青土社さんより上梓されました。序章と終章を合わせ全6章構成で、うち、第2章から第4章が「思想」誌や「現代思想」誌などで発表されたもので、残りが書き下ろしです。付録として、ネグリがバリバールの『ヨーロッパ、アメリカ、戦争』(大中一彌訳、平凡社、2006年)について書いた書評が訳出されています。

アントニオ・ネグリ――革命の哲学
廣瀬純(1971-)著
青土社 2013年12月 本体1,900円 四六判上製198頁 ISBN978-4-7917-6751-9

帯文より:マルクスとレーニンを手放すな。『〈帝国〉』『マルチチュード』『コモンウェルス』などで最重要の思想家アントニオ・ネグリの思想の核心にあるものとは何か? 真のマルクス主義政治哲学を追求するネグリの思考の展望を、レーニンやドゥルーズに導かれ、そしてバディウやバリバールら同時代人との対決をみることで、気鋭の論者が鮮やかに描き出す。

目次:
序章 アントニオ・ネグリの孤独――ランシエールからフーコーへ
第1章 「その糸で首を吊って死んでしまえ!」(存在論に踏みとどまるために)――ネグリとバディウ
第2章 レーニンなしにコミュニストであることはできない(主体性を手放さないために)――ネグリとバリバール
付録 アントニオ・ネグリ「消え去る媒介」(エチエンヌ・バリバール『ヨーロッパ、アメリカ、戦争』書評)
第3章 ここがロードスだ、ここで跳べ。――ネグリのレーニン主義における七つのモメント
第4章 怒りか、恥辱か(マルクス主義政治哲学のために)――ネグリとドゥルーズ
終章 BACK TO THE FUTURE!――ネグリとフーコー

謝辞


★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
★岡本源太さん(著書:『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』)
月刊誌「現代思想」2014年1月号「特集=現代思想の転回2014――ポスト・ポスト構造主義へ」に、近藤さんが「問題-認識論と問い-存在論――ドゥルーズからメイヤスー、デランダへ」と題されたご論考を寄稿され(58-73頁)、さらにマニュエル・デランダの論文「ドゥルーズ、数学、実在論的存在論」の翻訳も担当されています(162-178頁)。また、岡本さんは、グレアム・ハーマンの論文「代替因果について」の翻訳を担当されました(96-115頁)。なお、同特集号では、弊社発売『表象』誌で以前編集委員を務められていた千葉雅也さんと、先ごろミシェル・セール論を白水社さんより上梓された清水高志さんとの討議「ポスト・ポスト構造主義のエステティクス」を読むことができます。また、季刊誌『文藝』2014年春号では、蓮實重彦さんと千葉さんの特別対談「痛快なる切断の書を読む――『動きすぎてはいけない』をめぐって」が掲載されていて(310-317頁)、たいへん興味深い内容となっています。

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続きまして、弊社刊行図書に対する書評や言及についてご紹介しますと、まず「図書新聞」2014年1月18日号(3142号)に、弊社10月発売、ミケル・デュフレンヌ/ポール・リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』の書評「若き日のデュフレンヌとリクールが新たな思想的可能性の地平を拓く――来るべき未来へ向けて奮闘した二人の、ヤスパース研究史における屈指の力作」が掲載されました。評者は玉川大学准教授の中山剛史さんです。「ヤスパースの実存開明、真理論、倫理学、形而上学の要諦が丹念に、かつまた生き生きと論じられている点が本書の最大の特徴であろう」と評していただきました。

「本書は、ヤスパース哲学についての本格的な研究書として貴重であるだけではない。リクール、ガダマー、ハイデガー、ニーチェをはじめとする解釈学・現象学・実存思想などに関心をもつ人々にとっても大きな刺激を与える画期的な著作である。さらにいえば、3・11の大震災と原発事故、科学技術と人間の実存といったアクチュアルな問題にいかに向き合うべきかという視点も、この著作の背後には透けて見えてくるのではなかろうか」(5面)。

次に、先月刊行された五木寛之さんの最新作『新老人の思想』(幻冬舎新書)の「豊かさについて考える」と題された章では、弊社2013年1月発売の『間章著作集I』が言及されています。「体調ますます悪し。/その一端は活字にある。真黒の悪魔のような本を、徹夜で読みふけってしまったからだ。装幀からしてまさに地獄からの使者のようなその本は、『時代の未明から来たるべきものへ』(間章著作集I/月曜社刊/本体4600円)。/出版文化のたそがれを語る人は少くないが、『内村剛介著作集』を出している恵雅堂出版や、月曜社のような出版社が存在していることをどう思っているのだろうか」(188-189頁)。

「間章は難解だ、という伝説がある。たしかにそういう文章も多い。しかし、アルバート・アイラーについて本を書くためにニューヨークを訪れたときの〈ジャズ紀行〉などは、どこにも難しいところはない。むしろ彼のいうところの「ホモ・ヴィアトール」(旅する人)の抒情さえ感じさせる平明な文章だ。イースト・ヴィレッジの土取利行のアパートを訪れたときの文章など、古いラグタイムの音楽をきくような懐かしささえ感じられる」(189-190頁)。

『間章著作集』全三巻は昨年二冊刊行し、今年第III巻を刊行予定です。皆様のお手元にお届けできるよう、いっそう頑張ります。
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by urag | 2014-01-10 17:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2014年 01月 09日

書影公開&搬入日決定:アガンベン『瀆神 新装版』

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ジョルジョ・アガンベン『瀆神(とくしん/涜神)新装版』の書影を公開いたします。取次搬入日は、日販、トーハン、大阪屋、栗田、太洋社、各社様とも1月16日(木)です。書店さんでの店頭発売は20日(月)以降になるものと思います。なお、同書は2005年刊の単行本の新装版で、内容の変更や追加はなく、誤植の訂正に留めております。

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by urag | 2014-01-09 16:14 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)