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2013年 09月 29日

◎注目の近刊文庫:10月創刊「文春学藝ライブラリー」、ほか

◆10月創刊、文春学藝ライブラリー

★文藝春秋の代表取締役社長、平尾隆弘さんが「創立90周年を迎えて――気兼なしに、自由な心持で」というメッセージで明かしていた文春学藝ライブラリーがいよいよ来月(2013年10月)創刊となります。「新文化」9月13日付記事「文藝春秋、「文春学藝ライブラリー」創刊へ」によれば、「10月18日、既刊書などを文庫版で復刊し、5点を揃えて創刊する。中高年や大学生など本好きに向け、長期販売を目指す。偶数月20日発売。以降3~4点のペースで刊行、定価は1200~1600円の予定」とのこと。同記事や版元サイト、ネット書店、取次会社が公開している情報を確認したところ、以下の5点で創刊されるようです。価格は税込。

江藤淳『近代以前』1491円、ISBN978-4-16-813001-4
福田恆存『保守とは何か』浜崎洋介編、400頁、1607円、ISBN978-4-16-813002-1
内藤湖南『支那論』352頁、1617円、ISBN978-4-16-813003-8
文藝春秋編『天才・菊池寛――逸話でつづる作家の素顔』224頁、1229円、ISBN978-4-16-813004-5
ジョン・メイナード・ケインズ『デフレ不況をいかに克服するか――ケインズ1930年代評論集』松川周二編訳、1239円、256頁、ISBN978-4-16-813005-2

★すでに予約を開始しているアマゾンでの発売日は10月16日となっています。そこから推測すると、16日に取次搬入で18日より店頭発売となるものと思われます。ライブラリーという名称から考えると、平凡社ライブラリーや小学館ライブラリーといった、文庫より一回り大きなサイズを想像します。文藝春秋のサイトでは「文春文庫」内に個別の書目紹介ページが置かれていますし、版型は文庫版と表示されています。また、セブンネットショッピングや楽天ブックスではサイズが「文庫」と記載されている一方、アマゾンでは書名の脇に「新書」と表示されています。結局のところ現物を見るまで正確なサイズはよく分からないのですが、値段から推測するとやはり文庫より一回り大きそうな気がします。

★なぜこうしたシリーズがあの文春から出るのか、興味深いところです。私が以前仄聞したところでは、某社で人文書を手掛けてきた辣腕編集者が確か移籍したのではなかったかと記憶しているものの、その方が担当しているのかどうかは知りません。さすがに創刊ラインナップとあって5点とも食指が動きます。気になる書目から以下に見ていきます。

★ケインズ『デフレ不況をいかに克服するか――ケインズ1930年代評論集』は立命館大学で経済学を教えておられる松川周二教授による編訳書です。版元サイトの内容文は、まず短いヴァージョンが、「ケインズなら、今日、どんな政策を? 失業対策、国債発行、保護貿易……デフレ脱却の提言を果敢に行った1930年代のケインズ。今日なお示唆に富む、諸論稿を初邦訳」。長いヴァージョンはこうです。「21世紀の今、ケインズならどうするか? デフレ不況、失業、財政赤字、国債発行、自由貿易と保護貿易、為替レート、人口減少など、1930年代のケインズは、今日にも通じる諸問題に取り組み、平明な言葉で分析と政策提言を行いました。そのうち、いずれも未邦訳の重要論稿を十数本精選・訳出したのが本書です。大部な理論的著作は敬遠したい読者にも、ケインズの資本主義観・経済理論・政策提言のエッセンスをご理解いただける評論集です」。この紹介文には文末にNTと署名されているのですが、このイニシャルはまさに、移籍したと私が聞いた編集者のイニシャルですから、やはり――。

★トーハンが運営しているe-honでの単品ページでは、「おすすめコメント」欄に以下の紹介文がアップされています。「1930年代のケインズは、直面した経済的困難に対して、問題の本質を理論的に解明し、具体的で現実的な政策手段を提案した。そして、理論的著作の執筆だけでなく、新聞や雑誌への寄稿、あるいは講演という形で、より広範な市民に向けて、みずからの考えを噛み砕いて、積極的に提示し続けたのである。その優れた著作からだけでは掴めない、ケインズのもう一つの魅力と重要性は、ここにある。/デフレ大不況、財政問題、国際通貨問題、貿易問題など、ケインズが格闘した諸問題は、いずれも、今日のわれわれが直面している問題でもある。具体的に、ケインズは、①雇用の創出効果は広範に及び、十分に大きいこと、②財政への悪影響は、一般に考えられるよりも小さいこと、③正常水準からの物価上昇は、景気回復に必ず伴うものであり、インフレではないこと、④長期金利の上昇を招いて民間投資を締め出したり、国債の借換コストを上昇させたりはしないこと、などを主張した。まさにこれは、今日の脱デフレ政策と通底するものである。/そこで、本書は、「失業の経済分析」「世界恐慌と脱却の方途」「ルーズベルト大統領への公開書簡」「財政危機と国債発行」「自由貿易に関するノート」「国家的自給」「人口減少の経済的帰結」など、1930年代のケインズの重要論稿を十数本、精選し、「世界恐慌」「財政赤字と国債発行」「自由貿易か、保護貿易か」「経済社会の国家の介入」といったテーマ別に編集した。/本書に収録された、いずれも未邦訳の諸論稿は、ケインズの時代と共通する経済的問題に直面するわれわれにとって、多くの示唆や教訓を含み、今後の指針ともなりうるだろう」。この紹介文は、アマゾンやセブンネットショッピングなどに掲載されている内容紹介と同じものです。

★ケインズはここしばらく、主著の新訳が続いたり(『雇用、利子および貨幣の一般理論』上下巻、間宮陽介訳、岩波文庫、2008年;『雇用、利子、お金の一般理論』山形浩生訳、講談社学術文庫、2012年)、関連書が多数出ており、さながら「ケインズ・リヴァイヴァル」もしくは「ケインズ・ルネサンス」と言ってよい状況です。このたび刊行される『デフレ不況をいかに克服するか』によってケインズ再評価はますます高まりそうです。

★次に福田恆存『保守とは何か』ですが、編者の浜崎洋介(1978-)さんは一昨年『福田恆存 思想の〈かたち〉――イロニー・演戯・言葉』(新曜社、2011年)を上梓されています。これは浜崎さんの博士論文「福田恆存の思想――作家論・芸術論・国語論の観点から」を元にした本で、福田恆存の著書を徹底的に読み直し辿り直すことによって「保守反動」のレッテルから救おうとするものでした(ちなみに修士論文は小林秀雄について書かれたそうです)。この本については今春、三浦展さんが浜崎さんにインタヴューされています(「これからの日本のために、福田恆存のことを考えよう」)。長篇です。このインタヴュー記事ではこんなやりとりがありました。

浜崎:実は、2013年に、文藝春秋が、新たに「文春学藝ライブラリー」という文庫シリーズを立ち上げるらしいのですが、まずは、そこから福田のアンソロジーを、たとえば、保守論、文学論、政治論、という感じで出そうという話はあります。

三浦:1冊で?

浜崎:まずは1冊で。できれば、その後、2冊、3冊と出せればと思っていますが、そのアンソロジーと解説は僕がやることになっています。

三浦:そうなの。

浜崎:あと、「保守とは何か」という感じで新書を出そうという話もあるんですが、それは、もちろん文学に寄せた形で、やれることはやりましょうという感じです。それは来年か、再来年かわかりませんが、近いうちには書きたいとは思っています。

★このインタヴューにあるアンソロジーの続編や新書がいずれ出ることを楽しみにしたいと思います。さて次に、アンゾロジーの第1弾『保守とはなにか』の内容について、版元サイトの紹介文を見てみます。「保守とは「主義」ではなく「態度」である。旧来の「保守」像と「福田恆存」像を刷新すべく、気鋭の若手論客が最重要作品を年代別に精選した究極のアンソロジー」。これが短いヴァージョン。長い方はこうです。「福田恆存が戦後の時流に抗して孤独のなかで掴んだ生き方としての「保守」。それは、時局に左右されたり、イデオロギーとして声高に叫ばれるようなものではありません。福田恆存によれば、「保守」とは、主義ではなく、態度であり、人は、本来、「保守」的にしか生きられません。「過去にたいする信頼の上に生きてゐる人間に見とほしは必要ない。自分が居るべきところに居るといふ実感、その宿命感だけが人生を支えてゐる」――本書は、気鋭の若手論客が編んだ、最良の「福田恆存入門」にして「保守思想入門」です」。この文章の署名もNTさん。

★さらに、オンライン書店用のコメントも見てみましょう。「「私の生き方ないし考へ方は保守的であるが、自分を保守主義とは考へない。保守主義などといふものはありえない。保守派はその態度によつて人を納得させるべきであつて、イデオロギーによつて承服させるべきではない。」福田恆存が戦後の時流に抗して孤独のなかで掴んだ、「主義」ではなく「態度」としての保守。/時事的な論争家、文芸評論家、脚本家、演出家、シェイクスピア翻訳者など多くの顔を持つ福田恆存は、「保守論客」と位置づけられながらも、その「保守」の内実は、必ずしも十分に理解されてきたとは言い難い。福田恆存にとって「保守」とはいかなるものだったのか――本書は、その問いに迫るべく、気鋭の若手論客が編んだアンソロジーである。/本書の構成は、以下の通り、Ⅰ~Ⅴまで、年代順であると同時にテーマ別に構成されているが、福田恆存の思索自体が、問いに対する答えを一つずつ腑に落としながら、時代ごとに形成されたものにほかならないからである。「Ⅰ 『私』の限界」〔九十九匹(政治)には回収できない一匹(個人)の孤独とその限界をみつめた論考〕。「Ⅱ 『私』を超えるもの」〔近代個人主義の限界で、エゴ(部分)を超えるもの(全体)へと開かれていった福田の論考〕。「Ⅲ 遅れてあること、見とほさないこと」〔近代=個人を超える「全体」を「伝統」として見出しながら、それを「主義」化できないものとして受容しようとした論考〕。「Ⅳ 近代化への抵抗」〔戦後を風靡した合理主義と近代主義に抵抗した論考〕。「Ⅴ 生活すること、附合ふこと、味はふこと」〔「生活感情」に基づき、主義ではない、生き方としての「保守」の在り方を示したエッセイ〕。/旧来の「保守」像と「福田恆存」像を刷新する本書は、今日、最良の「福田恆存入門」であると同時に「保守思想入門」である」。

★福田恆存さんの著書や訳書は多数文庫で読むことができますが、近年では、麗澤大學出版會から『福田恆存評論集』全20巻+別巻1(2007-2011年)が刊行されています。また、「保守思想」をめぐっては、必読の基本的テクストがあります。今月待望の増補版が刊行されたマイケル・オークショット『政治における合理主義』(嶋津格ほか訳、勁草書房、2013年9月)に収録されている高名な論文「保守的であるということ」です。この論文を読めば、だいたいの読者は「自分も保守派だな」と感じるだろうと思います。ちまたにあふれる「保守」についての凡庸なイメージはこの秀逸な論文でただちに払拭されるでしょう。福田さんの生きざまと同様に、オークショットにおいてそれは主義というよりは、人間の心の必然的傾向性を示しています。正確に言えば、人は誰しもおのれのうちに保守的な部分と革新的な部分を両方持っており、縁に触れてその都度別々の側面が前に出るようになっているのでしょう。オークショットの人間観察の卓抜さに学ぶところは多いです。

★残りの3点も版元の内容紹介文を借りながら、急ぎ足で見てみます。内藤湖南『支那論』は「「中国の民主化」は原理的に不可能なのか? 博識の漢学者にして、優れたジャーナリストであった内藤湖南。辛亥革命以後の混迷に中国の本質を見抜いた近代日本最高の中国論」と紹介されています。長いヴァージョンの紹介文は書名のリンク先をご覧ください。やはりNTさんがお書きになっています。内藤湖南(1866-1934)の中国史研究の古典的地位については改めて言うまでもありません。中公クラシックスの『東洋文化史』(2004年)もアンソロジーのひとつですし、講談社学術文庫の『日本文化史研究』(上下巻、1976年)は中国と日本の歴史的関係をひもとく上で欠かせない基本書です。

★江藤淳『近代以前』はもともとは月刊誌「文學界」の連載で、1985年に単行本が出ています。その時の版元紹介文は以下の通りでした。「古くは中国、近くは西洋の影響を受けながら日本文学に通底する独自性とはいかなるものか。その総体に“共時的”に触れる文芸評論」。今回の文庫化にあたっての紹介文はこうです。「日本文学の源を探る。日本文学の特性とは何か? 藤原惺窩、近松門左衛門、井原西鶴、上田秋成などの江戸文藝を丹念に読み、その問いに答える。初文庫化」。長いヴァージョンの紹介文は書名のリンク先をご覧ください。NTさんではなくHBさんによるものです。なお『近代以前』はかつて、福田和也編『江藤淳コレクション4 文学論II』(ちくま学芸文庫、2001年)にも収録されていましたが、現在は品切。

★文藝春秋編『天才・菊池寛――逸話でつづる作家の素顔』は署名つきの長いヴァージョンの紹介文はありません。短い方はこうでした。「この男が「文藝春秋」を作り上げた! 小林秀雄、舟橋聖一、井伏鱒二など縁の深い作家や親族が織り上げる菊池寛の様々な素顔。生誕125年を記念して「幻の書」が復刊!」。こうやって一通り眺めてみると、文春学藝ライブラリーの創刊は、経済問題、保守思想、中国研究、日本文学、という論壇におけるもっとも古典的かつアクチュアルな主題を押さえ、さらに自社の原点を振り返り顕彰するものとなっていて、実に良く練られたラインナップだと思います。発売がとても楽しみです。


◆注目の文庫近刊

★来月(2013年10月)刊行予定の文庫を見ていきます。まずは、前段とのつながりで文藝春秋。今春より創刊されている文春ジブリ文庫ですが、『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』に続くシネマ・コミック第4弾はついに『火垂るの墓』です。10日発売。近年、テレビでは再放映されてこなかっただけに、朗報です。脳内でアニメを再生しながら繰り返し読むのが楽しいシリーズ。これからもずっと続いてほしいと思います。同日発売の「ジブリの教科書」ももちろん『火垂るの墓』です。今後の刊行予定は文春ジブリ文庫の特設ページに2016年分まで列記されています。発売日が確定されているのかどうか不明ですが、文春ジブリ文庫では宮崎駿監督へのインタヴュー本『風の帰る場所――ナウシカから千尋までの軌跡』も近刊予定と聞きます。親本はロッキング・オンから2002年に刊行された単行本です。

★次に筑摩書房。9日発売のちくま文庫では、湯浅誠『なぜ「活動家」と名乗るのか――岩盤を穿つ』。会田誠『青春と変態』など、同日発売のちくま学芸文庫では、『空海コレクション3 秘密曼荼羅十住心論 上』福田亮成校訂/福田亮成訳、トゥキュディデス『歴史』上下巻/小西晴雄訳、デカルト『幾何学』原亨吉訳、など。小西訳『歴史』は、筑摩版『世界古典文学全集』第11巻(1971年)の文庫化かと思います。親本の表記では「トゥーキュディデース」でした。原訳『幾何学』は白水社版『デカルト著作集』第1巻(1973年;増補版1993年)に収録されていたものの文庫化だろうと思います。

★続いては講談社。11日発売の講談社学術文庫では、エーコ『記号論II』池上嘉彦訳、『ウィトゲンシュタインの講義――ケンブリッジ1932-1935』アリス・アンブローズ編/野矢茂樹訳、中村元『往生要集を読む』、パット・バー『イザベラ・バード――旅に生きた英国婦人』小野崎晶裕訳、などが予定されています。以前も取り上げましたが、エーコは岩波書店から、ウィトゲンシュタインは勁草書房からのスイッチです。また、同日発売の講談社文芸文庫では江藤淳『考えるよろこび』や、井伏鱒二『釣師・釣場』など。なお、11月12日発売予定の講談社学術文庫では、バルザック『役人の生理学』鹿島茂訳が予告されています。

★次に平凡社。12日発売の平凡社ライブラリーでは、木村榮一訳『ボルヘス・エッセイ集』が刊行予定です。版元サイトの紹介文によれば「フーコーの孫引きで有名な『シナの百科事典』が登場する「ジョン・ウィルキンズの分析言語」をはじめ、時間、現実、翻訳、『キホーテ』、カフカ等について博識と奇想の横溢する諸篇を新編・新訳」とのこと。平凡社ライブラリーでの木村さんによるボルヘスの新訳は『エル・アレフ』(2005年)に続く2冊目。こちらは残念ながら現在、版元品切。なお、晶文社では10月にボルヘスの名作『幻獣辞典』(柳瀬尚紀訳)の新版が発売されるようです。なんと挿絵はスズキコージさんが担当。オンライン書店にアップされている内容紹介には「1974年邦訳初版を読みやすく改版。スズキコージの新画12点を新たに収録」とありました。旧版を持っている読者もこれはもう一回買い直したくなるに違いないですね。

★次に岩波書店。16日発売の岩波文庫では、西條八十訳『訳詩集 白孔雀』、マラマッド『魔法の樽 他十二篇』阿部公彦訳、『モーゲンソー 国際政治』中巻、などが予定されています。同じく16日発売の岩波現代文庫では、伊藤正雄訳『現代語訳 学問のすすめ』や、保母武彦『日本の農山村をどう再生するか』などが見えます。文庫とは言っても大きいサイズの岩波少年文庫(同じく16日発売)ではバーバラ・レオニ・ピカード『ホメーロスのイーリアス物語』高杉一郎訳、などが予告されています。

★次に集英社。18日発売の集英社文庫では、坂口恭平『TOKYO一坪遺産』が予告されています。最近髪型の変化が著しい水道橋博士が解説を書かれているとのこと。親本は春秋社より2009年刊。なお、集英社新書では坂口さんは8月に『モバイルハウス 三万円で家をつくる』というユニークな本を上梓されています。同名のDVDは竹書房から5月に発売されています。

★最後に角川書店。25日発売の角川ソフィア文庫では、『バートン版 アラビアンナイト 千夜一夜物語拾遺』大場正史訳、鹿島茂『パリ、娼婦の館 メゾンクローズ』と『パリ、娼婦の街 シャンゼリゼ』、鎌田東二『聖地感覚』などが予告されています。また、11月の角川ソフィア文庫では、三浦逸雄訳のダンテ『神曲』が、地獄篇、煉獄篇、天国篇の三冊同時発売となるようです。各900円。これは、1970年から1972年にかけて角川文庫で刊行されていたものの再文庫化かと思います。三浦逸雄(みうら・はやお:1899-1991?)さんには数々の訳書があり、パピーニやジェンティーレなどを訳されたこともあります。ダンテの「新生」もお訳しになっており、かつて角川文庫でも出ていました。『神曲』だけでなく『新生』も再刊されると良いなあと思います。
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by urag | 2013-09-29 18:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 23日

注目新刊と近刊:ナティエ『レヴィ=ストロースと音楽』アルテス、ほか

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レヴィ=ストロースと音楽
ジャン=ジャック・ナティエ(Jean-Jaques Nattiez, 1945-)著 添田里子訳
アルテスパブリッシング 2013年9月 本体2,500円  A5判並製248頁 ISBN978-4-903951-69-0

帯文より:「音楽という謎が人文科学の進歩の鍵を握っている」(クロード・レヴィ=ストロース)。音楽をみずからの思想のモデルとし、あらゆる神話体系を音楽によって読み解く──現代最高の知性の最深部にせまる知的冒険の書!
カバー裏紹介文より:「音楽じたいが人文科学の最後の謎となり、人文科学はそれに突き当たっているので、この謎が人文科学の進歩の鍵を握っているのである」(レヴィ=ストロース『生のものと火を通したもの』より)――構造主義の始祖とされ、現代の人文諸科学に巨大な影響をあたえた人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)。彼の思想の根底には、世界と音楽の「相同性(ホモロジー)」への確信があった。音楽記号学の泰斗ナティエが、20世紀最大の知性と音楽との関係を解き明かす!

★発売済。「叢書ビブリオムジカ」最新刊。原書は、Lévi-Strauss musicien: essai sur la tentation homologique(Actes Sud, 2008)です。原題を直訳すると『音楽家レヴィ=ストロース――相同性の誘惑にかんする試論』。レヴィ=ストロースの生誕百周年を記念して公刊された本です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者のジャン=ジャック・ナティエ(Jean-Jaques Nattiez, 1945-)は現在、モントリオール大学音楽学部教授。音楽記号学の大家です。訳者の添田里子(そえだ・さとこ)さんは、昭和女子大学教授。ナティエの訳書は『音楽・研究・人生』(春秋社、2005年、現在品切)に続く2冊目。ご専門はプルーストでいらっしゃいます。

★「本書の目的は、この人類学者〔レヴィ=ストロース〕によって徐々に構築されていった理論的かつ方法論的な体系において、音楽がどのように特権的な位置を占めるようになったかを示すことである。すなわち、レヴィ=ストロースが音楽について抱いている観念と、方法を練り上げるさいに音楽に与えた役割の定義を試み、また音楽にかんする彼の態度表明と、それが与えた衝撃の理由を理解しようと試みることである」(8頁)とナティエは書きます。「音楽は、彼の知的な道程を端から端までつらぬいているのだ」(18頁)。ナティエはまた、「彼〔レヴィ=ストロース〕の発言はつねに相同性という観点につらぬかれて」(217頁)いるとも書きます。

★「わたしがぜひともレヴィ=ストロースの本質的なパラドックスと呼びたいものが存在する。つまり、彼の構想する構造人類学の目的は、普遍主義的な誌名をもっているのだが、しかし同時に、彼の美学に対するアプローチは、つねにはっきりと主観的な見解に基礎をおいているのである」(136頁)。「彼の著作は、はじめは構造主義の形式主義的な要請にもとづいていたが、晩年にはとりわけ、その方法的な厳密さよりはむしろ、等価や対称や逆転の関係の美学的特質がとりあげられるようになる」(216頁)。これは批判であるとともに称賛でもあります。本書はレヴィ=ストロースの音楽観への批判的分析を通じて、彼の人類学の方法論的核心の矛盾と魅力の源泉である「相同性や同型性への歩み」に迫った、ユニークな研究書だと思います。

◎ジャン=ジャック・ナティエ(Jean-Jaques Nattiez, 1945-)既訳書一覧
1996年07月『音楽記号学』足立美比古訳、春秋社;新装版2005年4月
2001年04月『音楽家プルースト――『失われた時を求めて』に音楽を聴く』斉木眞一訳、音楽之友社
2005年03月『音楽・研究・人生――音楽と言語をめぐる仮想対話』添田里子訳、春秋社
2013年09月『レヴィ=ストロースと音楽』添田里子訳、アルテスパブリッシング


ニューメディアの言語――デジタル時代のアート、デザイン、映画
レフ・マノヴィッチ著 堀潤之訳
みすず書房 2013年9月 本体5,400円 A5判上製488頁 ISBN978-4-622-07731-2

帯文より:メディアはまだ存在するのか?――メディア史を自在に横断しながら、デジタル転換後の視覚文化の新しい風景を提示する、ニューメディア研究の必読書。映画からゲーム、CG、メディアアートまで。

カバー紹介文より:1990年代以降、デジタル・テクノロジーの急速な普及によって、文化は未曾有の変容を遂げた。これははたして印刷術の発明に匹敵するような、文化の根本的な転換なのか? それとも、これまでのメディア史の延長線上にある現象にすぎないのか?/マノヴィッチの答えは、そのどちらでもある、というものだ。一方で、19世紀前半以来のコンピュータ計算と各種メディア・テクノロジーの二つの歴史の合流点に登場する「ニューメディア」は、原理的にはコンピュータで計算・操作可能なデジタルデータとしてのみ存在し、固有のかたちを持たない。その意味で、ニューメディアは、従来のメディアとは根本的に性質を異にし、「メディア」という概念そのものの再考を迫っている。/しかし他方で、マノヴィッチはウェブサイトやソフトウェア・アプリケーションからコンピュータゲームやメディアアートのデザインに至るまで、コンピュータ化された文化の広範囲にわたる現象を縦横無尽に取り上げながら、ニューメディアがいま実際に取っている姿が、従来のメディア、とりわけ映画の慣習にどれほど多くを負っているかを検証していく。デジタル黎明期の実際の現れとしては、ニューメディアはオールドメディアと連続しているのである。/マノヴィッチの広範で刺激的な議論は、メディア研究者のみならず、アートとデザインの実作者にとっても実りあるヒントをもたらすだろう。

★発売済。原書は、The Language of New Media(The MIT Press, 2001)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書は、1960年にモスクワに生まれ81年に渡米、博士号を取得し90年代後半から同国の大学で教鞭を執っているマノヴィッチの代表作で、彼の著書が邦訳されるのは本書が初めてになります。訳者あとがきによれば、マノヴィッチの言う「ニューメディア」というのは、「デジタル・テクノロジーの進展がもたらす変容によって新しい段階に達した既存のメディア(映画や写真などの芸術的媒体からマスメディアまで)、およびデジタル・テクノロジーのおかげで新しく登場したメディア(インターネット、コンピュータゲーム、仮想現実など)を包括的に指し示」しているとのことです(456頁)。

★引き続き訳者あとがきでの説明を借りると、本書はそうした「「ニューメディア」の美学的な諸相を、その新しさをむやみに喧伝することなく冷静に、かつ広範囲にわたって体系的・総括的に論じた」もので(453頁)、各章の内容は以下の通りです。「第1章で「デジタル媒体」の存在論とも言うべき、ニューメディアの諸原則を列挙したあと、続く各章では、デジタルデータを人間にとって了解可能なものとする「インターフェース」(第2章)、インターフェースを介在させることではじめて可能となる選択、合成などの「オペレーション」(第3章)、そうしたオペレーションを通じて出現するデジタル画像の外観という意味での「イリュージョン」(第4章)、そして「データベース」と「航行可能な空間」というデジタル・メディア特有のより高次の「フォーム」(第5章)が論じられる。最終章「映画とは何か?」では「オールドメディア」である映画に改めて目を向けて、CGをふんだんに使ったデジタル時代の映画の新しいアイデンティティが解明されるとともに〔・・・〕、来たるべき映画言語の可能性が追究されている」(455頁)。

★「本書で私がやりたいのは、ニューメディアの最初の10年間における「研究パラダイム」を、それが目に見えない状態になる前に記録するということである」(43頁)とマノヴィッチは記します。実際にその試みは称賛をもって迎えられ、本書は古典的基礎文献のひとつとして認められているようです。個人的には第5章「フォーム」の末尾にあるマノヴィッチの言葉が印象に残りました。ロシア出身者ならではの視点ではないかと思うのです。少し長くなりますが、引用してみます。

★曰く「人間の身体が連続的な軌道を描いて物理的空間を移動するのと同じように、歴史を連続的な軌道とみなすという考えは、私の見解では、一つの時代から次の時代への認識論的断絶やパラダイム・シフトを仮定する考えよりも好ましい。ミシェル・フーコーやトーマス・クーンによって1960年代に表明された後者のような考えは、エイゼンシュテインやゴダールのモダニズム的なモンタージュの美学にこそぴったり合うのであって、合成、モーフィング、航行可能な空間によって体現されるような、私たち自身の連続性の美学にはなじまないのである。/彼らのような思想家たちは、歴史の通時的な面に、自分たちの時代のトラウマ的な共時的な分割――すなわち、資本主義の西側と共産主義の東側の分裂――を投影してきたようにもみえる。だが、1990年代にこの分裂が公式に(とはいえ必ずしも実際にではなく)崩壊するとともに、私たちは歴史がどのようにして、強力かつ危険な仕方で、その連続性を再び主張したかを目の当たりにしてきた。ナショナリズムと宗教の復活や、共産主義体制と結びつくあらゆるものを消去し、過去――1917年以前のロシアと1945年以前の東欧――に戻ろうとする欲望は、そうした過程をあらわす徴候のうち特に劇的なものの一部にすぎない。過去とのラディカルな断絶には代償が伴う。歴史の軌道は、中断されたとしても、潜在的なエネルギーを蓄積し続けており、ついにある日、新たな力とともに頭をもたげ、突如、明るみに出て、その間に作り出された新しいものを何であれ押しつぶすのである」(392-393頁)。

★このマノヴィッチの言葉には、日本人もどこか最近、良かれ悪しかれ思い当たる節がなかったでしょうか――。ところで、みすず書房さんでは先週、ハンナ・アーレントの『ユダヤ論集』第1巻「反ユダヤ主義」と第2巻「アイヒマン論争」を同時発売されたばかりです。アーレントの人間観がもっとも先鋭的なかたちで表出されているのが「ユダヤ論集」だと思います。本体各6,400円、2冊で税込13,440円という出費になりますが、必読書としてやむをえません。


債務共和国の終焉――わたしたちはいつから奴隷になったのか
市田良彦+王寺賢太+小泉義之+長原豊著
河出書房新社 2013年9月 本体2,500円 46判上製232頁 ISBN978-4-309-24630-7

帯文より:資本主義はどこで何が変貌したのか。核心は人間を再び奴隷にする労働力の資本化だ。金融危機からアベノミクスまでのあらゆる経済政策の失敗と、左派の対抗理論の破産が、危機の深層を逆照する――。各分野のラディカル4人の共同執筆により、債務を軸にいままでの資本主義論を根底からくつがえす斬新なアプローチで暗黒の未来を開く衝撃の書。

目次:
第一章 経済をめぐる現在
 1 心理戦争となった経済
 2 経済的なものの〈身体〉
 3 金融-債務革命
第二章 世界共和国
 1 持続を求める共和国
 2 文化左翼から公共性左翼へ
 3 ヨーロッパ共和国の出現
 4 民主主義の病と共和主義
 5 「新しいインターナショナル」という亡霊
第三章 レント資本主義
 1 レントによる生産の侵食
 2 レント/ストックの原理論
  (1)〈共〉、レント、ストック
  (2)貨幣循環
  (3)利潤の再定義
 3 レントによる債務の拡大、あるいは投資の行方
 4 希少性をめぐる逆転と「破産管理」のソヴィエト
あとがき(市田良彦)

★発売済。裏表紙側の帯文には本書の要点が4つ紹介されています。曰く「この債務はいったい誰の責任なのだ? 借りた金はどこに消え、誰が使ったのだ? 貨幣の機能とは借財を増やすことにあったのか」。「人的資本の論理は労働者を国家の債務奴隷にする」。「債務を終わらせるプロセスはすでにはじまっている。問題は誰にそれを担わせるかのみだ」。「債務の民主的配分を図る社会民主主義とレントを守るファシズムが、一つの国のなかで共存する未来を現実的に想像するべきだ。賃金のレント化は労働者の生活をダイレクトに金融資本主義化する」。レント(rent)というのは、レンタル料、使用料、賃借料、地代、小作料、家賃、部屋代、不動産からの収益、超過利潤などを意味します。

★著者の四氏が共著を上梓するのは、『脱原発「異論」』(作品社、2011年)以来です。この本では絓秀実さんも参加されていました。あとがきを書いたのも絓さんです。今回の新刊ではあとがきは市田さんが書かれています。前著もそうでしたが、今回の本でも、守旧的左派幻想との決別が模索されています。率直に言って本書はけっして「読みやすい」本でも「理解しやすい」本でもありません。しかし、私たち現代人の錯覚やまどろみに冷水を浴びせる皮肉と論証に満ちており、その意味において、保守主義とは異なるリアリズムを読者に突きつけます。すでに時は到来しており、私たちは自らの終わりを「うすうす」ではなく、はっきりと気づかねばならず、それでもなお生きのびる意志を捨ててはならない。終末の聖書ではなく、終末以後のために現在へと差し戻された手紙。どう読むかは私たち次第です。

★河出さんでは10月15日に、千葉雅也さんのデビュー作『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(本体2,400円、46変形判368頁、ISBN978-4-309-24635-2)がいよいよ発売されるようです。「つながりすぎ、動きすぎで〈接続過剰〉になった世界で「切断の哲学」を思考する画期的ドゥルーズ論――浅田彰、東浩紀両氏が絶賛する思想界の超新星、衝撃のデビュー!」と紹介されています。


◎中央公論新社さんの注目近刊2点(25日同時発売)

読書について』小林秀雄著、中央公論新社、2013年9月、本体1,300円、B6判上製192頁、ISBN978-4-12-004540-0
ミケランジェロ』木下長宏著、中公新書、2013年9月、本体880円、280頁、ISBN978-4-12-102232-5

★2点とも25日発売。『読書について』は、新潮社版『小林秀雄全作品』を底本に、読むこと、書くこと、観察すること、文章の良し悪しや批評などをめぐって発表された16篇のエッセイと、教養をめぐる田中美知太郎との対談を収録。巻末には木田元さんによる解説が付されています。帯には「没後30年」と銘打たれています。いずれも卓抜なエッセイばかりで、大いに啓発されます。「お勉強」臭さのない生きた智慧が本書には溢れています。書籍の大量生産への警鐘を込めて「読書安全週間」と皮肉を書いているくだり(56-57頁)などは丸々引用してこのブログのトップに掲げておきたいくらいです。

★一方の『ミケランジェロ』ですが、著者があとがきで書いておられるようにミケランジェロを書名に掲げた新書は実に、1939年に岩波新書の一冊として刊行された、羽仁五郎(はに・ごろう:1901-1983)さんの『ミケルアンヂェロ』以来のことのようです。奇しくもこの『ミケルアンヂェロ』が刊行された年にお生まれになったのが木下さんです。木下さんはミケランジェロを「持続する芸術家(サステイナブルなアーティスト)」と評します。成し遂げた仕事に満足せず、常に新しい仕事、新しい表現、新しい問いへと向かった生涯だったと。

★木下さんはこう書きます。「ミケランジェロの作品は、いわば、問いを投げ続ける。その問いの波紋が作る形である。/だから、われわれは、ミケランジェロの作品の前に佇って、まず、その問いに耳を傾けなければならない。〔・・・〕作品と向かい合い作品をめぐって観ながら、その問いかけるものに耳を傾けるとき(美術作品を観ながら耳を傾けるのである)、突然目くるめくような、言葉にならない感動に包み込まれる――そんな瞬間が訪れる。/そのとき、作品が問いを発しているのか、それを観ている自分が問いかけているのか、どっちがどうなのか、一瞬はっきりしないような感動に包まれている。/おそらく、その作品を制作している作者本人も、その制作途上の作品(未生の作品、まだ形になりかけの物体)が問いを投げかけているのか、その石を削っている自分が問いを石へ投げ出しているのか、区別がつかない経験をしているにちがいない」(119頁)。

★このくだりは、『読書について』に収められている小林秀雄の「美を求める心」の一節を連想させました。「美しい絵を眺めて感動した時、その感動はとても言葉で言い現せないと思った経験は、誰にでもあるでしょう。諸君は、何んとも言えず美しいと言うでしょう。この何んとも言えないものこそ、絵かきが諸君の眼を通じて直接に諸君の心に伝え度いと願っているのだ。音楽は、諸君の耳から這入って真直ぐに諸君の心に到り、これを波立たせるものだ。美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です」(88-89頁)。『読書について』と『ミケランジェロ』は実は二冊ともOさんという編集者が企画に関わっておられます。どこまでが偶然でどこからが必然なのかは分かりませんが、この共鳴関係は黒子である編集者からのプレゼントであるように思います。


◎今月の注目文庫新刊

経済の本質――自然から学ぶ』ジェイン・ジェイコブズ著、香西泰+植木直子訳、日経ビジネス人文庫、2013年9月、本体1,000円、304頁、ISBN978-4-532-19701-8
人文学と批評の使命――デモクラシーのために』エドワード・W・サイード著、村山敏勝+三宅敦子訳、岩波現代文庫、2013年9月、本体960円、240頁、ISBN978-4-00-600298-5
存在と時間(三)』ハイデガー著、熊野純彦訳、岩波文庫、2013年9月、本体1,260円、560頁、ISBN978-4-00-336516-8

★『経済の本質』は、親本が2001年4月刊。複数の登場人物が意見を交わす小説風の体裁で書かれたユニークな本です。日経ビジネス人文庫でのジェイコブズの文庫化はこれで2冊目。2003年に『市場の倫理 統治の倫理』(香西泰訳)が文庫化されていましたが、ここしばらく品切重版未定のまま。元々は900円の本ですが、アマゾン・マーケットプレイスでは2000円以上の値段で推移しており、面倒くさい状況が続いています。せめて今回の新刊発売の際に一緒に重版してくださればよかったのですが、残念です。「復刊ドットコム」でも徐々に復刊希望の投票が集まりつつあるようです。

★『人文学と批評の使命』は、親本が2006年8月刊。サイード最晩年の、確固たる信念と経験に裏付けられた名講義です。原題は、Humanism and Democratic Criticism。ここで言うHumanismは、人文学とも人文主義とも訳されます。英語版原書とともに読むとなお読書の味わいが増すと思います。文庫化にあたって、巻末に富山太佳夫さんによる解説「二人の批評家、ド・マンとサイード」が付されています。なお、現代文庫では今月、蓮田善明訳『現代語訳 古事記』、チャルマーズ・ジョンソン『ゾルゲ事件とは何か』篠崎務訳、岡倉一雄『父 岡倉天心』なども刊行されています。来月には、伊藤正雄訳『現代語訳 学問のすすめ』も刊行されるそうです。

★『存在と時間』新訳は4月に第一巻、6月に第二巻、そして今月(9月)が第三巻の刊行。第三巻から、第二部「現存在と時間性」がスタートです。第三巻の帯に第四巻が12月刊行予定と記載されています。周知の通り、『存在と時間』はもうひとつ新訳が進んでいます。作品社より10月刊行予定の高田珠樹訳全一巻です(本体予価7,000円)。中央公論社版『世界の名著』以来の全一巻というのがミソ。幾度となく書いてきた気がしますが、原書で全一巻のものは、訳書でも全一巻の方が文献の扱いとしては便利なのです。20世紀最高峰の哲学書がまさか一年の内に、二度も新訳されるとは誰が想像できたでしょうか。

★なお、熊野純彦さんは今月、せりか書房さんより最新著『マルクス資本論の思考』を上梓されています。帯文はこうです、「日本哲学界の第一人者が、マルクスの高峰に挑む! マルクスを読むことは、世界の総体を読みとくことにほかならない。「全世界を獲得するために」マルクス『資本論』全3巻を読む。渾身の書き下ろし1500枚」。カント三批判書や、ハイデガー『存在と時間』の新訳に加えてこのような大作に挑んでおられたというのは本当に驚くべき筆力です。ひょっとすると熊野訳『資本論』を将来的に読むことができるのかもしれませんね。

★岩波書店の今月の注目単行本もついでに見ておくと、マーサ・C・ヌスバウム『経済成長がすべてか?――デモクラシーが人文学を必要とする理由』(小沢自然+小野正嗣訳)が発売済。サイード本とともに購読しておきたいところです。25日発売なのが『新訳 紅楼夢』第1冊(井波陵一訳)。全7巻予定です。岩波文庫版全12巻(松枝茂夫訳)が品切重版未定なので、文庫で出るのかなと思いきや、単行本でした。また、『物語 岩波書店百年史』全3巻にも注目です。今月27日に第1巻の紅野謙介『「教養」の誕生』が、単行本の中島岳志『岩波茂雄――リベラル・ナショナリストの肖像』とともに発売予定で、第2巻の佐藤卓己『「教育」の時代』と、第3巻の苅部直『「戦後」から離れて』は来月30日の発売予定です。社史ということもあり、全文をウェブで無料公開してくださっていたらなあ、とついつい妄想してしまいました。

★また、冊子「岩波書店の新刊(2013年10月)」(PDF)によれば、いよいよ10月9日から、半世紀ぶりの新訳全集『アリストテレス全集』(全20巻+別巻総索引)が刊行開始になります。第1回配本は第1巻『カテゴリー論 命題論』で、本体価格は5,600円。たいへん素晴らしい企画で岩波書店の面目躍如といったところです。ただ、ひとつだけ気がかりなのは、旧全集の扱いです。絶版にするのではなく、せめてオンデマンド版や電子書籍版を用意していただけると嬉しいです。旧訳本だからと言って読者にとって「無用」なわけではありませんから。

★岩波書店の10月の注目新刊単行本はほかにもあって、16日発売の巽孝之『モダニズムの惑星――英米文学思想史の修辞学』と、30日発売のエミール・バンヴェニスト『言葉と主体――一般言語学の諸問題』(阿部宏監訳、前島和也・川島浩一郎訳)です。前者は「スピヴァクが提唱した「惑星思考」を発展的に継承」、後者は「長らく待望された論集、ここに完訳。1965年から72年にかけて発表された論考、インタヴュー、講演など、20篇を収録」と宣伝されています。本体7,000円也。収録されているテクストの年代と20篇という本数から推察して、これは『一般言語学の諸問題』(河村正夫+岸本通夫+木下光一+高塚洋太郎+花輪光+矢島猷三訳、みすず書房、1983年)の続巻、つまりProblèmes de linguistique généraleの第2巻の完訳ではなかろうかと想像しています。これは本当に待ちに待った訳書で、びっくりです。みすず版の第1巻の訳書は抄訳で、7篇分が未訳なので、第1巻も新訳ないし完訳が出たらいいですね。
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by urag | 2013-09-23 00:45 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 20日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2013年10月9日(水)
ヴィレッジヴァンガードアピタ西大和:80坪(書籍40坪、雑貨・CDほか)
奈良県北葛城郡上牧町大字上牧3000-1 アピタ西大和 1F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は写真集や音楽書のメイン商品。取次の書類には最寄駅がJR和歌山線畠田駅と記載されていますが、地図で確認した限りで言えば畠田駅の隣の志都美駅の方が近いです。近い、とは言っても郊外型SC(ショッピングセンター)内なので、アクセスは車でということかと思います。近隣には上牧町立図書館があります。アピタ西大和の公式サイトで公開されている、オープン予定の専門店約60店舗の中で本の販売に関わるのは、ヴィレッジヴァンガードさんのほかは夢屋書店さんのようです。アピタも夢屋さんもユニー系列なので、既定路線かと。

ヴィレッジヴァンガードさんは、業態の性格上、ショッピングモール/ショッピングセンター内に出店されることが多く、なおかつ書籍雑誌専売の本屋さんと併存するケースがままあります。昨今話題になっているピエリ守山にもかつては未来屋書店とともに出店されていました。郊外型の巨大SCは過疎化の危険性と隣り合わせの場合があるようです。


2013年10月25日(金)
Blue books Cafe静岡店:??坪
静岡県静岡市葵区御幸町4-6 電ビル 1F
トーハン帳合。弊社へのご発注は芸術書少々。ネットで調べる限りでは、静岡県下をメインに飲食店、アパレル、雑貨小売店など20店舗を経営するタイタコーポレイションさんが運営するそうで、「電ビル」1Fに開店予定とのこと。求人サイトに以前掲出されていた情報を見ると、概要は次の通りです。「ブルーノート東京がプロデュースするニューヨークカフェ、BLUE BOOKS cafe produce by BLUE NOTE TOKYO。音楽・本そして食という要素が融合したカフェ、とにかくオシャレで美味しく楽しいカフェ。ニューヨーク・ブルックリンをイメージとしたカフェで、壁一面に2500冊もの世界の本を埋め尽くすブックカフェの魅力も。ブルーノート東京が選曲するジャズ、そして定期的に行われるライブもあります。料理は、NYをイメージした本格アメリカ料理。上質な素材を丁寧に仕上げたその日だけの1皿。デザートも全て、店内調理です」とのこと。募集していたのは、店長・料理長候補、調理・接客サービス、パティシエでしたし、タイタさんが掲出している店舗のイメージ画像から推察して、また、買切条件での仕入であることからも想像すると、本は売るのではなく、あくまでも閲覧用でお客様に読んでもらうということなのかなと思います。

+++

弊社へのご発注があるかどうかまだ分かりませんが、CCCさんの次世代型書店である「代官山蔦屋書店」タイプの店舗が年末に、函館、盛岡、幕張と3か所オープンする、という話題について。

蔦屋書店が函館と盛岡に出店する計画であることは、目録請求などが来ているでしょうから版元さんならご存知の方も多いかもしれません(日販帳合)。代官山のスタッフの皆さんが現在選書中のご様子です。函館蔦屋書店(北海道函館市石川町85-1)のオープンは12月だそうです。同店の紹介ページのトップにはこんなことが書いてあります。「ものを買う場所は、ヒトもコトもつながる場所であるべきだと思います。函館蔦屋書店がめざすのはこれからの時代のスタンダード。地域のみなさんが気持ちよく過ごせる“居場所”になります」と。募集業種を見る限りでは、蔦屋書店では「レンタル業務」「CD・DVD・GAMEの販売・買取業務」「書籍販売業務」「文具・雑貨販売業務」、併設される施設であろうスターバックスやファミリーマート、ソフトバンク携帯ショップ、レストラン、コスメショップ、フラワーショップなどのスタッフも募集されています。エントリー用のページにある店舗のイメージ画像は代官山店をさらに巨大化させた外観で、非常に美しいです。

一方、盛岡蔦屋書店は、「盛岡タイムス」2013年8月29日付記事「盛南に県内最大級の書店 今冬のオープン ツタヤが新業態で進出」ではホーマックの旧店舗の写真付で紹介されており、さらに「岩手日報」2013年8月30日付記事「盛岡・本宮にツタヤ カフェ一体、12月開店」によれば、「盛岡市本宮4丁目の旧ホーマックスーパーデポ盛南店跡に大型書店「TSUTAYA(ツタヤ)」を出店する。12月ごろオープンの見通し。/書籍販売とカフェが一体になった新業態で展開。運営は子会社の盛岡蔦屋書店(盛岡市)が行う。店舗面積は約7千平方メートル。/購入前の書籍でもコーヒーなどを飲みながら自由に閲覧できる。売り場は旅行やアートなどテーマを設ける。DVDなどのレンタル、ゲームや玩具なども扱う。/店舗向かいの商業施設内では盛岡市の老舗書店が営業している。今回の出店による周囲への影響は必至だ」とのこと。「店舗向かいの商業施設内では盛岡市の老舗書店」というのは、イオン盛岡南店の3Fに入っている東山堂さんのことかと思います。なお、同SCでは同じ3Fにヴィレッジヴァンガード、1Fにはヴィレヴァンの兄弟店「ニュースタイル」が営業しています。

最後にもうひとつ。昨日(2013年9月19日)にプレスリリースが出たばかりですが、京葉線の海浜幕張駅と新習志野駅の中間の臨海エリアに、イオンモールの旗艦店(フラッグシップモール)として「イオン幕張新都心」(千葉県千葉市美浜区豊砂1-1 ほか)が12月20日(金)にグランドオープンします。イオンの総力を結集し、敷地面積19万平方メートルに4つのモールを建設、約350の専門店を擁する巨大SCになります。4つのモールとは、グランドモール(「大人」のライフスタイルモール)、ファミリーモール(「ファミリー」のライフスタイルモール)、アクティブモール(「スポーツ&家電」のライフスタイルモール)、ペットモール(「ペット」のライフスタイルモール)です。これらに3つの書店が入ります。

グランドモール1F「大人のホビー」ゾーンには、蔦屋書店が出店。このゾーンは、「書籍や楽器、旅行など「モノ」と「コト」が融合」と銘打たれ、蔦屋書店は「ジャズやクラシック、ロック&ポップスが充実した音楽ゾーンや、名作やDVD化されていない映像作品まで揃う映画ゾーンなど、代官山で人気の蔦屋書店のコンセプトをそのままに幕張で実現。一人ひとりのライフスタイルを発見できる場所」と紹介されています。

グランドモール3F「JAPAN POP JUNGLE/ジャパン ポップ ジャングル」ゾーンにはヴィレッジヴァンガードが出店。

ファミリーモール1Fには、未来屋書店が出店。新業態「体験型キッズゾーン「みらいやのもり」」と銘打ち、「こどもの興味関心で分類した4つのこどもハウス。「めいさくえほんはくぶつかん」、「こどもサイエンス」、「こどもアトリエ」、「こどもキッチン」と、世界観がまったく違う4つのゾーンで形成」とのことです。特記されているのは次の3点です。まず「こどもセルフレジ」では「こどもが自分でレジ体験できるセルフレジを導入。はじめてのお買い物を体験できます」とのこと。次に「コンシェルジュが常駐」とあり、「おすすめの絵本や知育玩具のご提案から、ギフト選びのサポートまでサービス専門のスタッフを常駐します」と紹介されています。最後に「シンボルツリーの周りで毎週末イベントを開催」とあって、「お話し会や科学実験ワークショップ、知育玩具体験イベントや1日本屋さん体験ツアー「シンデレラキッズ」など、家族揃って楽しめるイベントを毎週末開催します」と。

いずれも一度は覗いてみたくなりますが、いかんせん「新都心」とは言っても、東京の山の手に住んでいる都民にとってはやや遠く、「こんなに巨大な施設を作ってやっていけるのだろうか」とただただ驚く次第です。
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by urag | 2013-09-20 16:18 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 19日

10月上旬発売:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』本邦初訳

2013年10月7日取次搬入予定 *人文・哲学

論理学と学知の理論について(構造と生成Ⅱ)
ジャン・カヴァイエス著 近藤和敬訳
月曜社 2013年10月 本体3,200円 A5判上製192頁 ISBN978-4-86503-007-5

アルチュセール、フーコー、デリダら、フランス現代思想の方法論的基盤として、同時代だけでなく次世代にも大きな影響を及ぼした代表作にして遺作(1947年)がついに初訳。「学知の理論をあたえるのは、意識の哲学ではなく、概念の哲学である。産出的必然性とは、活動性の必然性ではなく、弁証論の必然性なのである」。訳者による懇切な長篇解説「カヴァイエスの生涯と思想」を附す。【シリーズ「古典転生」第9回配本、本巻5】

目次:
論理学と学知の理論について
 初版に付された編者の緒言
 第2版[1960年]に付された序文
 第1部
 第2部
 第3部
 原注
 訳注
訳者解説 カヴァイエスの生涯と思想
 1 孤独な英雄の魂(カヴァイエス略伝)
 2 カヴァイエスによる数学の哲学とその広がり
 3 『 論理学と学知の理論について』の解説
 4 むすびにかえて
 解説注
 引用・参照文献一覧
 カヴァイエス著作一覧
訳者あとがき
人名索引
用語集

著者:ジャン・カヴァイエス(Jean Cavaillès) 1903年3月15日にフランスの古都サンメクサンに生まれ、1944年2月17日にアラスにおいてドイツ軍によって銃殺刑に処された。バシュラールやカンギレムらと並ぶ、20 世紀フランスを代表するエピステモローグである。数理哲学者であり、レジスタンスの闘士でもあった。その科学認識論はフランス現代思想に多大な影響を与えてきた。著書が翻訳されるのは今回が初めてである。

訳者:近藤和敬(こんどう・かずのり)1979年生まれ。鹿児島大学法文学部人文学科准教授。著書に『構造と生成Ⅰ カヴァイエス研究』(月曜社、2011年)、『数学的経験の哲学――エピステモロジーの冒険』(青土社、2013年)がある。

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月曜社近刊予定(書店発売日は取次搬入日の翌日より)

10月4日発売予定:デュフレンヌ+リクール『カール・ヤスパースと実存哲学』本体7,000円、古典転生8。
10月7日発売予定:森山大道『パリ+』本体2,600円。
10月8日発売予定:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』本体3,200円、古典転生5。
11月中旬発売予定:『間章著作集II 〈なしくずしの死〉への覚書と断片』本体5,600円。
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by urag | 2013-09-19 14:46 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 16日

注目新刊と既刊:古田一晴『名古屋とちくさ正文館』論創社、ほか

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名古屋とちくさ正文館(シリーズ出版人に聞く11)
古田一晴著
論創社 2013年9月 本体1,600円 46判並製184頁 ISBN978-4-8460-1272-4

帯文より:名古屋での定点観測と出版業の将来。学生時代から映画の自主上映にかかわった著者は、1974年、ちくさ正文館にバイトで入社、78年社員。それ以後40年にわたり、文学好きな経営者のもと、“名古屋に古田あり”と謳われた名物店長となる。名古屋モダニズムの伝統を引き継いで……ブックフェアと時代の変化を考える。

★発売済。小田光雄さんのインタビュー・シリーズ「出版人に聞く」の第11弾です。古田一晴(ふるた・かずはる:1952-)さんは、名古屋生まれ。業界で知らぬ者はいない名古屋の個性派書店「ちくさ正文館」の名物店長です。70年代半ばにアルバイトから始め、大学卒業後に社員となり、こんにちまで店頭に立ち続けてこられたベテランです。ヴィレッジヴァンガードに代表されるように、80年代半ば以降の愛知県下では、個性的な郊外型複合書店が全国に先駆けて次々に誕生していました。雑貨や喫茶コーナーを併設し、扱う本をセレクトしたいわゆる次世代型書店は90年代において愛知がもっとも進んでいたと思います。そんな中で「ちくさ正文館」は本を売ることに徹していました。他の地域ではなかなか見られなかったことですが、私が業界に入った90年代前半においてすでに名古屋では、同業他社である書店員同士の横の繋がり、濃密な交流がありました。会社の枠組みを越えた談論風発は、東京にはない風通しの良さを感じたものでした。

★古田さんのインタビューは五部に分かれており、名古屋の文化的風土を語り、時代の変遷とともに「本を売る」行為にどんな変化が見られたかが証言されています。「こういう時代だからこそ、さらに本気になって書店を真剣に考え、もう一度原点に戻ることも必要かとも思います。それに本気でやっている書店とそうでないところの差は開くばかりだろうし、中途半端なかたちのところはますますやりにくくなるでしょう。だからこれまでの蓄積を生かすこと、次の時代に向けての人材を育てることにも力を注ぎたい」(114頁)と古田さんは語ります。人文、文芸、芸術、の三分野で信頼度の高い売場作りを継続されてきた古田さんの証言に学ぶところはたくさんあります。業界人必読です。


新編 大杉栄追想
山川均・賀川豊彦・内田魯庵・有島生馬・堀保子ほか著 大杉豊解説
土曜社 2013年9月 本体952円 ペーパーバック判(172×112mm)184頁 ISBN978-4-9905587-9-6

カバー紹介文より:1923年9月――、関東大震災直後、戒厳令下の帝都東京。「主義者暴動」の流言が飛び、実行される陸軍の白色テロ。真相究明を求める大川周明ら左右両翼の思想家たち。社屋を失い、山本実彦社長宅に移した「改造」臨時編集部に、大正一級の言論人、仇討ちを胸に秘める同志らが寄せる、享年38歳の革命児・大杉栄への、胸を打つ鎮魂の書!

★発売済。今日(2013年9月16日)は、大杉栄の没後90年に当たります。土曜社さんではこれまで大杉栄のペーパーバックを3冊(『日本脱出記』『自叙伝』『獄中記』)出版されています。9月1日に関東大震災が起こり、戒厳令の布かれた東京で大杉は憲兵隊によって暗殺されます。38歳でした。その死を悼んで『改造』誌1923年11月号では16人の言論人や同志が大杉栄の思い出を書き記しました。その特集を新訂して、大杉豊(大杉栄の甥)さんによる解説を加えたのが本書です。大杉がいかに愛されていたかがよくわかる内容で、大杉の人となりがそれぞれの筆先から活き活きと描かれています。「僕は四十まで生きないね、太く短く送るかね。けれど監獄の病監では死にたくないと、つねづね言っていた。彼は病監では死ななかったが平生悪〔にく〕んでいた軍人のために殺されてしまった。〔・・・〕彼の短い一章は芝居のように変化が多く活動写真のように目まぐるしかった」(堀保子「小児のような男」79頁)。堀は大杉の先妻です。思想的な理由から軍人が、一活動家だけでなく、その伴侶(伊藤野枝)とわずか6歳の甥っ子(橘宗一)にも手をかけた凶行から、まだ百年も経っていません。

★なお、土曜社のTさんから教えていただいた情報によれば、ぱる出版さんでは現代思潮社以来の40年ぶりの『大杉栄全集』の刊行を予定しているそうです。また、土曜社さんではこれまで『新編 大杉栄追想』を含み8点を出版されてきましたが、次の新刊は「プロジェクトシンジケート叢書」第4弾、スティグリッツほか『中央銀行論』(9月下旬発売予定)とのことです。


コスモポリタニズム――自由と変革の地理学
デヴィッド・ハーヴェイ著 森田成也・中村好孝・岩崎明子訳 大屋定晴訳・解説
作品社 2013年8月 本体3,800円 46判上製620頁 ISBN978-4-86182-446-3

帯文より:地理学を欠いた“自由と解放”は、“暴力と抑圧”に転化する。グローバル資本主義に抗する“コスモポリタニズム”を再構築する〈地理学的批判理論〉の誕生。ハーヴェイの思想的集大成。

目次:
序文
[プロローグ]自由のレトリックと地理学の悪魔
第I部 普遍的価値のパラドクス
 第1章 カントの人間学と地理学
 第2章 自由主義コスモポリタニズムに対するポストコロニアル批判
 第3章 新自由主義的ユートピアニズムのフラットな世界
 第4章 新しいコスモポリタンたち
 第5章 地理学的悪の陳腐さ
第II部 地理学的知識の政治学
 第6章 地理学的理性の狡知
 第7章 時空間性の弁証法と世界
 第8章 場所、地域、領土
 第9章 環境とは何か
[エピローグ]変革の地理学理論に向けて
[日本語版解説]ハーヴェイによる地理学的批判理論の構築――グローバル資本主義に抗するコスモポリタニズムのために(大屋定晴)
訳者あとがき
参考文献一覧
事項索引/人名索引/地名・国名索引

★発売済。原書は、Cosmopolitanism and the Geographies of Freedom(Columbia University Press, 2009)です。序文によれば、本書はもともと2005年5月にカリフォルニア大学アーバイン校で行われたウェレック・ライブラリー講義で発表されたもので、三回の講義をおおむねそのままのかたちで出版するつもりが、見直しの過程で大幅に加筆し拡張することになったとのことです。この講義シリーズは、第一線の人文系研究者たちの思索のエッセンスをコンパクトなかたちで知ることができることに一番の魅力があるはずなのですが、そこはハーヴェイ先生ですから、どうしても盛って下さるわけです。定食を頼んだつもりがフルコース料理が出てくる、という。しかしそれもやむをえない理由があります。本書はハーヴェイの批判地理学もしくは地理学的批判理論を概説したものなのです。なおかつ理論の枠組みに留まない、現代世界のラディカルな政治的批判の書でもあります。巻末にハーヴェイのデビューからこんにちまでの学問的歩みを俯瞰した長文の訳者解説があるので、まずはそちらから読むのもいいかもしれません。帯文にある通り、本書は著者の思想的集大成と言えるものです。

★周知の通り、作品社さんではビジネスマンにお薦めする人文書、いわゆるビジネス人文書を多数刊行されています。今までのビジネス書や新書に飽き足らない社会人読者層、すなわちマスメディアが伝える時事問題を、より自律的で批判的な判断力のもとに分析しなければならない本格派志向のビジネスマンが、ジャック・アタリやセルジュ・ラトゥーシュ、ハーヴェイなどに学んでいるわけです。書店のビジネス書売場は、従来のビジネス書一色の品揃えから脱却して、入門的新書とともにこうした人文書を引き込んで、硬軟織り交ぜた多様性へと開かれつつあるようです。

◎ウェレック・ライブラリー講義シリーズの既訳書
J-F・リオタール『遍歴――法,形式,出来事』小野康男訳、法政大学出版局、1990年11月
E・サイード『音楽のエラボレーション』大橋洋一訳、みすず書房、1995年12月;新装版2004年10月
E・F・ケラー『機械の身体――越境する分子生物学』長野敬訳、青土社、1996年6月
F・ジェイムソン『時間の種子――ポストモダンと冷戦以後のユートピア』松浦俊輔ほか訳、青土社、1998年11月
J・ヒリス・ミラー『読むことの倫理』伊藤誓・大島由紀夫訳、法政大学出版局、2000年11月
J・バトラー『アンティゴネーの主張――問い直される親族関係』竹村和子訳、青土社、2002年12月
G・C・スピヴァク『ある学問の死――惑星思考の比較文学へ』上村忠男ほか訳、みすず書房、2004年5月
W・イーザー『解釈の射程――「空白」のダイナミクス』伊藤誓訳、法政大学出版局、2006年11月
T・アサド『自爆テロ』茢田真司訳、青土社、2008年8月
H・ハルトゥーニアン『歴史の不穏――近代、文化的実践、日常生活という問題』樹本健訳、こぶし書房、2011年3月
D・ハーヴェイ『コスモポリタニズム――自由と変革の地理学』大屋定晴ほか訳、作品社、2013年8月


明史選挙志1 明代の学校・科挙・任官制度
井上進・酒井恵子訳注
東洋文庫 2013年9月 本体2,900円 全書判上製342頁 ISBN978-4-582-80839-1

帯文より:選挙とは、しかるべき人材を選び出し挙げ用いること。中国では約1300年間、科挙制度が官僚の登用・選抜をになった。本書はその完成形を示す明代の正史に徹底した訳注を施す。(全2巻)

★発売済。書名が表す通り、『明史』のうち「選挙志」を訳して注釈を加えたのが本書です。底本は1974年の中華書局標点本『明史』。凡例によればこの中華書局本は乾隆4年の武英殿刊本に校勘し、標点を加えたものとのことです。今回の訳注本では全2巻に分け、第1巻では学校制度を説明した「選挙志一」と、科挙制度について述べた「選挙志二」の前半部分を収録し、続く第2巻では同後半部分と、「選挙志三」を収めます。「三」は銓選制度(官僚の叙任や勤務評定)について記したものとのことです。

★科挙では四書五経の趣旨を論述する試験があり、当初は趣旨を明解に説明できるかどうかが採点基準で「文采の美しさ」は問わないものだったそうですが、後代では「人とは異なる新しさを競うように」なったと言います(203頁)。「当時はちょうど新奇をもてはやし、古えの賢人が大事に守っていた法度を嫌って馬鹿にするようになっていて、若い士人の好むところが流行となり、お上の指示も聴き従われなかった。天啓・崇禎の間には、挙業〔学生による試験答案の文章〕の文体はますますおかしなものとなり、ひろく経史より諸子百家に至るまでを渉猟して自在に用いるのがよしとされ、好き勝手なことをやる者が実に多かったのである。中正にそむく奇怪な文体の禁は何度も繰り返し出されたが、形成はすでに成っていて元には戻しがたく、結局は従われないままであった」(204頁)。問題に対する回答方法にも流行があったというのは非常に興味深いことです。現代に生きる私たちも、視野の狭さのゆえに自分たちの文章について「これが普通の日本語だ」とつい考えがちですが、当然のことながら、一時代の影響と制約を受けた、いずれ消えてなくなる文体のひとつであるにすぎません。

★東洋文庫の次回配本(10月刊)は、『新訳 日本奥地紀行』と『論語集注1』とのことです。前者は完訳版全4巻(初版2巻本の翻訳)が今春完結したばかりなので何のことなのか驚いてしまいますが、おそらくは簡略本の新訳ということなのだろうと推察します。後者は朱子の主著の現代語訳かと思います。すでにアマゾンにアップされている内容紹介によれば、本書は土田健次郎さんによる翻訳で、「江戸儒学の伊藤仁斎、荻生徂徠の解釈も対比させ、論語解釈の真髄に迫る画期的な編集」とのこと。とても楽しみです。


◎今月の注目文庫新刊

饗宴』プラトン著、中澤務訳、光文社古典新訳文庫、2013年9月、本体933円、304頁、ISBN978-4-334-75276-7
記号論I』ウンベルト・エーコ著、池上嘉彦訳、講談社学術文庫、2013年9月、本体1,100円、334頁、ISBN978-4-06-292194-7
間主観性の現象学II その展開』エトムント・フッサール著、浜渦辰二/山口一郎監訳、ちくま学芸文庫、2013年9月、本体1,700円、608頁、ISBN978-4-480-09574-9
レオナルド・ダ・ヴィンチ論』ポール・ヴァレリー著、塚本昌則訳、ちくま学芸文庫、2013年9月、本体1,300円、336頁、ISBN978-4-480-09556-5
都市景観の20世紀』エドワード・レルフ著、高野岳彦/神谷浩夫/岩瀬寛之訳、ちくま学芸文庫、2013年9月、本体1,600円、448頁、ISBN978-4-480-09568-8
荘子 雑篇』荘子著、福永光司/興膳宏訳、ちくま学芸文庫、2013年9月、本体1,800円、624頁、ISBN978-4-480-09542-8

★『饗宴』は、光文社古典新訳文庫でのプラトン新訳第4弾です。帯文にある「『饗宴』はエロスを語る“飲み会”だった!」との文言が楽しいですね。さすがに歴史的に定着しているので書名まで『飲み会』とはならなかったのが、ある意味残念です。『飲み会』あるいはせめて『宴会』でもよかったのに。ちなみにエロスと言っても、カタカナ語として膾炙しているあの意味ではなく、愛のことです。異性愛や同性愛の神話的起源が出てくるのは本書で、じつに「明快」な理由づけがなされています(84頁以下)。

★光文社古典新訳文庫では、丘沢静也さん訳のヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』が、野家啓一さんの解説付きで近刊、とのことで驚いています。丘沢さんは『哲学探究』新訳を岩波書店から上梓されたばかりです。しかも、講談社学術文庫でも来月11日、『ウィトゲンシュタインの講義――ケンブリッジ1932-1935年』(アリス・アンブローズ編、野矢茂樹訳)が発売されるそうです。これは勁草書房さんの単行本の文庫化かと思いますが、いずれもう一冊の講義録「ケンブリッジ1930-1932年」も文庫化されるのでしょうか。思いがけないウィトゲンシュタイン祭り(丘沢さんはあくまでも「ヴィ」トゲンシュタインと転記されています)が到来して興奮しています。

★『記号論』は、岩波現代選書として2分冊で1980年に刊行され、その後、同社の同時代ライブラリーで文庫化されていました。今回の再文庫化はとても嬉しいですが、原書が全1巻なのですから、岩波版を踏襲せずに合本してくださればよかったのに、と思います。第I巻は序論から第二章まで、来月刊行の第II巻では第三章と四章が収録されます。

★『間主観性の現象学II その展開』は、昨春刊行された『間主観性の現象学I その方法』に続くもので、ちくま学芸文庫のこれまでのパターンから言えば「フッサール・コレクション」と名付けられてもよかったかもしれない論文集の第2弾です。第I巻と同様に原書版『フッサール全集(第13・14・15巻)間主観性の現象学』3巻本が底本。本訳書では「自他の身体」「感情移入と対比」「共同精神(共同体論)」「正常と異常」の4部構成で全28篇の論考が第14巻と第15巻から選択され、収められています。まえがきと訳者解説は山口一郎さんがお書きになっています。

★『レオナルド・ダ・ヴィンチ論』は新訳です。ヴァレリーが23歳の時のエッセイ「レオナルド・ダ・ヴィンチ方法序説」(1894/1919年)と「覚書と余談」(1919年)をはじめ、「レオナルドと哲学者たち」(1929年)、さらに「レオナルド・ダ・ヴィンチ」(1942年)、「レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿集」(1938年)を収めています。豊富な訳注と図版もさることながら、横組で組まれているのも目を惹きます。組版の理由については訳者あとがきの最後の方に書かれています。「方法序説」を始め、ヴァレリーのダ・ヴィンチ論には既訳が複数あって、入手しやすかった版では『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』(山田九朗訳、岩波文庫、1977年;「序説」「追記と余談」「レオナルドと哲学者たち」を収録)がありましたが、現在は休版中。手元の現物を見てみると91年8刷まであったことを確認できました。

★『都市景観の20世紀』は、99年に筑摩書房から刊行された単行本の文庫化です。レルフの文庫化は『場所の現象学――没場所性を越えて』(高野岳彦ほか訳、ちくま学芸文庫、1999年)以来のもので久しぶりです。原書は、The Modern Urban Landscape(Johns Hopkins University Press / Croom Helm, 1987)です。なぜこのタイミングでの文庫化なのかはよくわかりませんが、学芸文庫ではこれまでレルフだけでなく、イーフー・トゥアンやオギュスタン・ベルクといった人々の空間論や場所論を再刊してきましたから、そうした地道な保守作業の一環なのだと思います。

★『荘子 雑篇』は「内篇」「外篇」に続く第3弾にして完結篇。訳者の興膳さんは解説「文学として読む『荘子』」でアメリカの中国古典学者のヴィクター・メイヤーさんの訳注本に言及されて、『荘子』の文学的魅力を説いておられます。確かに『荘子』は文学作品としても読めます。たとえば内篇の始まりは巨大な魚が鳥になって海を渡る話ですし、終わりはのっぺらぼうの混沌に人間の顔のような穴(目・鼻・耳・口)を開けて殺してしまう話でした。そこに「教え」が説かれているとはいえ、異様なイメージ喚起力があって、文学と哲学のあわいを縫う名作になっているのだと思います。ちなみに哲学書として読む例には、スイスの中国思想研究者ジャン・フランソワ・ビルテールによるコレージュ・ド・フランス講義『荘子に学ぶ』(亀節子訳、みすず書房、2011年)があります。
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by urag | 2013-09-16 04:41 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2013年 09月 11日

本日取次搬入:松本俊夫『逸脱の映像』

弊社9月新刊、松本俊夫『逸脱の映像』は本日取次搬入です。日販、トーハン、大阪屋、栗田、太洋社の五社へ本日11日に搬入しています。パターン配本は行っておりません。事前にご発注いただいた書店さんにのみ、配本しております。書店店頭での発売開始は、都内の一部超大型書店さんでは明日以降の発売となります。全国的には早ければ今週金曜日13日、あるいは三連休明けの来週17日以降に店頭に並び始めるのではないかと思われます。某ネット書店最大手での初回の扱いは多くありませんので、書店店頭で入手される方が速いと言えそうです。どの書店さんに置いてあるかは、この記事のコメント欄などで地域を限定してお尋ねください。なお、目次詳細と、書影も公開いたします。

*芸術(映画論・映像文化論)

逸脱の映像――拡張・変容・実験精神
松本俊夫=著 金子遊=編
月曜社 2013年9月 本体3,600円 46 判(130x190mm)上製312 頁 ISBN978-4-86503-004-4

伝説的映像作家の20数年ぶりの単著。1980年代から現在にいたるまでの論考と対話を精選。
武満徹や寺山修司、湯浅譲二などと数々の実験映画/映像を世に問うてきた松本俊夫、20数年ぶりの単著! 〈逸脱〉という概念を核に、制度的なものの規範を揺さぶり、創造的カオスを誘発し続けるそのラディカリズムの現在性とは……。1980年代から現在にいたるまでの論考と対話を精選した著者6冊目の映画/映像批評集。

目次:
I 逸脱の映像
 逸脱の映像とは何か/〈わからない〉ということ/映像の詩的機能/形態的規範を疑え/期待図式と意味の支配/述語的世界としての感性/無意識・他者・欲動/狂気と沈黙の映像/ズレとはぐらかし/詩的生成性のメカニズム/統辞と範列の異化/構造化活動の前景化/物質的組成の自己指示/概念の映像と映像の概念/装置芸術としての映像
II 論考
 明日の映像/ニュー・メディアの両義性/ニュー・テクノロジーと映画芸術/映像体験における身体の生成システムについて/実質・感覚・身体性/映像と文化変容
III 対話
 映像の関係場をめぐって(松本俊夫×『季刊ヴォワイアン』編集部)/アヴァンギャルドの現在性--ルプリーズ=反復・繰り返し(松本俊夫×西嶋憲生)/映像史のパラダイム・チェンジ(松本俊夫×武邑光裕)/イメージと思考を喚起するもの(松本俊夫×武満徹)
あとがきにかえて(聞き手=金子遊)
初出一覧

著者:松本俊夫(まつもと・としお)1932年生まれ。映画監督・映像作家・映画理論家。『薔薇の葬列』『ドグラ・マグラ』などの劇映画と平行して、実験映画やビデオアートの制作、批評活動をおこなう。著書に『映像の発見』(三一書房、1963年/清流出版、2005年)、『表現の世界』(三一書房、1967年/清流出版、2006年)、『映像の変革』(三一書房、1972年)、『幻視の美学』(フィルムアート社、1976年)、『映像の探求』(三一書房、1991年)。編著書に『美術×映像』(美術出版社、2010年)。近年の美術展に『松本俊夫 映像の変革』展(川崎市市民ミュージアム、2006年)、『白昼夢 松本俊夫の世界―幻想のラディカリズム』展(久万美術館、2012年)など。

編者:金子遊(かねこ・ゆう)映画作家・批評家。編著書に『フィルムメーカーズ』(アーツアンドクラフツ、2011年)。

ブックデザイン:宇川直宏(うかわ・なおひろ) 映像作家・DOMMUNE 代表。

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by urag | 2013-09-11 11:10 | 芸術書既刊 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 10日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2013年9月5日(木)開店済
MARUZEN丸広百貨店飯能店:290坪
埼玉県飯能市栄町24-4 丸広百貨店飯能店 6F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は音楽書少々。西武池袋線およびJR八高線の「東飯能」駅至近です。ジュンク堂書店京都BAL店および京都店に在席されていた文芸書のエキスパートIさんが着任されています。Iさんは人文書にも詳しく、二宮隆洋さんの追悼フェアを実現されたのもIさんです。東飯能駅は池袋線の「飯能駅」にも近いのですが、飯能駅周辺には「いけだ書店飯能店」があり、少し駅から離れますが、宮脇書店飯能店やリブロ系列のブックセンターよむよむサビア飯能店があります。ちなみに今回のお店は漢字表記の「丸善」ではなくローマ字表記の「MARUZEN」になっています。電話は書店への直通ではなく百貨店の大代表にかかるようになっています。

2013年10月10日(木)
ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店:649坪
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス近鉄本店ウィング館 7-8F
大阪屋帳合。弊社へのご発注は人文書および芸術書の主力商品でした。選書担当は、ジュンク堂書店池袋店をメインに、丸善丸の内本店、M&J梅田店の各氏。ちなみに経営主体はビッグウィルで、屋号がジュンク堂になります。隣接する「HOOP」6Fのビッグウィル阿倍野店は10月6日で閉店。以前書きましたが、近鉄百貨店の100%子会社だったビッグウィル(近鉄ブックセンター)は昨春、ジュンク堂が86%の株式を取得しており、昨夏には上本町店がビッグウィルからジュンク堂にリニューアルしています。業界紙に当時「近鉄百貨店阿倍野新本店への出店予定もある」と報道されていた通り、今回の出店になったということかと思います。なお、あべのハルカス近鉄本店ウィング館では5Fに文具売場としてMARUZENが166坪で出店します。本屋は7Fが501坪、8Fが148坪。これを合わせると、売場総面積は815坪になります。

+++

このほか、日販帳合で、来春開校される高松市の守里会看護福祉専門学校さんの図書館用のご発注を宮脇書店さんからいただきました。硬派な哲学書のご発注を頂戴し、瞠目しております。
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by urag | 2013-09-10 17:20 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 08日

注目新刊・近刊・既刊:新しい思想誌「HAPAX」夜光社より創刊、ほか

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HAPAX VOL.1
夜光社 2013年9月 本体1,000円 四六判変形(118mm×186mm)160頁横組 ISBN978-4-906944-01-9

帯文より:もう、誰にも動員されたくないあなたのための思想誌、創刊!  世界/地球と蜂起主義アナキズムの交錯点から未来なき未来へ。いまこの世界の破滅そのものを蜂起に反転させる新しい思想/政治/文化はどこにあるか。
帯文(裏より):市民の製造こそが社会的のみならず、政治的、経済的、さらには人類学的な帝国の勝利である。

目次:
イカタ蜂起のための断章と注釈(HAPAX)
終わりなき限りなき闘争の言葉(高祖岩三郎)
アポカリプス&アナーキー・アフター・フクシマ(Apocalypse +/ Anarchy)
底なしの空間に位置づけられて:インターフェイス論に向けて(co.op/t)
それいいね、それなら……  (犯罪学発展協会)
悲惨と負債:剰余人口と剰余資本の論理と歴史について(エンドノーツ)
全てはご破算 コミュニズム万歳!(ティクーン)
暴動論のための12章(鼠研究会)
シャド伯爵夫人の秘密の晩餐(KM舎)
ハロー どこでもない場所からのあいさつ(無記名)
鋤も鍬もない農民(アンナR家族同盟)

★発売済。「ハパックス」と読むそうです(帯の背に書いてあります)。誌名の詳しい由来説明や創刊の辞はありませんが、巻末に「オックスフォード英英辞典」第二版にある「hapax」の説明が英文のまま引用されています。ギリシア語由来の言葉で「ただ一度だけ」や「特殊な」を意味する言葉です。寄稿者や本の内容、体裁から、かつて以文社から刊行されていた思想誌「VOL」を思い出します。ちなみに「VOL」のマネージング・エディターだったMさんは以文社をこの夏に去り、フリーになっています。「HAPAX」では、高祖岩三郎さん以外は皆、変名もしくはチーム名で寄稿されています。彼らの正体が誰なのかはひとまず措くとして、服従せざる者たち、抗う者たち、まつろわぬ者たちの夜会、輝ける闇が繋ぐ書斎と街頭、黎明の胎動……そうした蠢きの気配がここにあることは確かなようです。「われわれは蜂起する卵である。だが、そのすがたは見えない。すぐに孵化し、離散する」(KM舎、128頁)。これからの展開が楽しみな雑誌です。取扱書店は、版元ブログに掲載されています。取次はツバメ出版流通さんです。


人生の意味とは何か
テリー・イーグルトン著 有泉学宙+高橋公雄+清水英之+松村美佐子訳
彩流社 2013年9月 本体1,800円 四六判並製189頁 ISBN978-4-7791-7001-0

カバー裏紹介文より:「人生の意味とは何か?」と問うこと自体、哲学的に妥当なのだろうか? 本書は、オックスフォード大学出版局から出ているシリーズ“A Very Short Introduction”の一冊。アリストテレスからシェイクスピア、ウィトゲンシュタイン、そして、モンティ・パイソンなどを横断しながら、生きる意味を考えるイーグルトンの隠れた名著の本邦初訳!

★発売済。原書は、The Meaning of Life(Oxford University Press, 2007)です。目次詳細は書名のリンク先をご参照ください。カバー紹介文にある通り、かの“A Very Short Introduction”の一冊です。このシリーズの一部は岩波書店より「〈1冊でわかる〉シリーズ」として翻訳されていますが、訳されない書目もあって、他社から訳書が出ているような「例外」もあります。本書はその「例外」のひとつです。イーグルトンの著作の訳書は多数あって30冊近くありますけれども、その中でも本書はもっともコンパクトな著作と言えそうです。愛と幸福をめぐる思索への道のりを示す本書は、イーグルトンの自伝的証言集、『ゲートキーパー――イーグルトン半生を語る』(滝沢正彦+滝沢みち子訳、大月書店、2004年)や『批評とは何か――イーグルトン、すべてを語る』(マシュー・ボーモント共著、大橋洋一訳、青土社、2012年)と一緒にひもとくといっそう味わい深いかもしれません。巻末にはこのシリーズではお馴染みの「読書案内」があります。また、訳者あとがきでは、ヒルティ、アラン、ラッセル、ダライ・ラマといった思想家たちの幸福論が言及されています。同書は新しい叢書「フィギュール彩(さい)」の第一弾とのことです。


後期ラカン入門――ラカン的主体について
ブルース・フィンク(Bruce Fink)著 村上靖彦監訳 小倉拓也+塩飽耕規+渋谷亮訳
人文書院 2013年9月 本体4,500円 A5判上製316頁 ISBN978-4-409-34047-9

帯文より:これでラカンが分かる! 英語圏におけるラカン派精神分析の第一人者による、解説書の決定版。〈他者〉、主体、対象a、性的関係、四つのディスクールなど、精神分析家ジャック・ラカン(1901-1981)の後期思想における主要な概念を、一貫した展望のもとに明晰に、そして臨床からの視点を手放さず解説。巻末には「『盗まれた手紙』についてのセミネール」を詳細に読み解いた二つの補論を付す、充実の一書。「ついに、「ラカンへの回帰」を遂行する本がここに登場した」(スラヴォイ・ジジェク)。

★9月10日(火)取次搬入発売の新刊です。原書は、The Lacanian Subject: Between Language and Jouissance(Princeton University Press, 1995)です。目次詳細や序文は書名のリンク先で公開されています。フィンクの著書が翻訳されるのは本書で三冊目。これまでに『ラカン派精神分析入門――理論と技法』(中西之信ほか訳、誠信書房、2008年)と『精神分析技法の基礎――ラカン派臨床の実際』(椿田貴史ほか訳、誠信書房、2012年)が刊行されています。今回の新刊はそれらの重要な参照文献として翻訳が待たれていたもので、ラカンの明快な解説書としても評価が高い本です。近頃、若手研究者によるドゥルーズ解説書が立て続けに出ていることが新聞記事になりましたが、ラカン研究も賑わい出しています。ポール=ロラン・アスン『ラカン』(西尾彰泰訳、文庫クセジュ、2013年3月)を始め、先月には佐々木孝次+荒谷大輔+小長野航太+林行秀『ラカン『アンコール』解説』(せりか書房、2013年8月)が刊行され、今月はフィンクの新刊。なお、フィンクは周知の通り、ラカン『エクリ』の新訳で知られる学者ですが、今回翻訳された本作の原書は、新訳書の刊行前に出版されたものだったので、原注や参考文献ではフィンクによる新訳は「刊行予定」となっています。実際はその後、2006年に全1巻で刊行され、仏米財団翻訳賞を受賞しました。翌年刊行されたペーパーバックは何ともお得で2000円台後半で買えますから、フィンクの入門書を片手に英訳『エクリ』に挑戦するのもいいかもしれません。


北米インディアンの神話文化
フランツ・ボアズ(Franz Boaz, 1858-1942)著 前野佳彦編・監訳
中央公論新社 2013年9月 本体4,400円 A5判上製416頁 ISBN978-4-12-004537-0

帯文より:「記念碑的な高み」(クロード・レヴィ=ストロース)。〈アメリカ人類学の父〉であるのみならず、現代人類学の父として、その礎を築いた大知識人。晩年の主著『人種・言語・文化』より最重要論考を精選し、フィールドワークから、学の理論的射程まで、ボアズ人類学の真髄を伝える待望の邦訳。詳細な訳註とボアズの精神史的系譜を跡づけた解説を付す。

目次:

第I部 人類学の方法
 第1章 地理学の研究
 第2章 民族学の目的
 第3章 人類学における比較参照的方法の限界設定
 第4章 民族学の方法
 第5章 進化か伝播か
 第6章 人類学研究の目的
第II部 北米インディアンの神話と民話
 第7章 民話と神話のジャンル的展開
 第8章 インディアン神話の生成
 第9章 未開の文芸ジャンルにおける様式的側面
 第10章 未開の諸部族における来世観
 第11章 クワキウトル族の社会組織
 第12章 北米インディアンの神話と民話
第III部 言語文化と装飾芸術への展望
 第13章 アメリカ先住民言語の分類
 第14章 北米インディアン諸語の分類
 第15章 北米インディアンの装飾芸術
 第16章 アラスカで造られる針入れの装飾的意匠
原註
訳註
解説 フランツ・ボアズのコスモス理念――地理学から人類学へ(前野佳彦)
参考文献

★発売済。ボアズの訳書は、第47回日本翻訳出版文化賞を受賞した『プリミティヴアート』(大村敬一訳、言叢舎、2011年)に続く2冊目になります。今回の新刊は、巻末解説での紹介文を借りると「最晩年の主著『人種・言語・文化』(Race, Language and Culture, 1940; Reprint, The University of Chicago Press, 1982を底本として使用)の〈文化〉の部を中心として、言語研究、さらに地理学他の研究方法論の章を網羅的に追加し、監訳者前野の判断で新たに編集したものである。量的には原書647頁の三分の一強であり、論文の篇数では全63篇から16篇を選択した。したがって、本書は、原著の「文化研究」と「方法論」を合体させたものだと考えていただいて結構かと思う」(373頁)とのことです。原著の半分に満たないとはいえ、本文だけでもが2段組で300頁以上あり、原註・訳注・解説等が加わって400頁を越える訳書ですから、たいへん読み応えがあります。訳語の慎重な選択といい、現代における位置付けへの配慮といい、蘇るボアズの先駆的業績に瞠目するばかりです。本書はこれまでカントーロヴィチ、アドルノ、イェイツの訳書を刊行されてきた中央公論新社さんのMeditationsシリーズの最新刊であり、故・二宮隆洋さんの置き土産のひとつです。巻末の参考文献にはさりげなく、中公さんから近刊予定である前野さんの訳書が記載されています。ドイツの文献学者エルヴィン・ローデ(Erwin Rohde, 1845-1898)の『プシュケー――ギリシア人の魂祭りと不死信仰(Psyche: Seelencult und Unsterblichkeitsglaube der Griechen)』です。ニーチェの親友の著書が翻訳されるのは初めてになります。


言霊とは何か――古代日本人の信仰を読み解く
佐佐木隆(1950-)著
中公新書 2013年8月 本体820円 新書判並製244頁 ISBN978-4-12-102230-1

帯文より:古代人は何を畏れたのか。『古事記』『日本書紀』などに現れた、不思議な霊威を浮き彫りにする。
カバーソデ紹介文より:古代日本人は、ことばには不思議な霊威が宿ると信じ、それを「言霊」と呼んだ。この素朴な信仰の実像を求めて、『古事記』『日本書紀』『風土記』の神話や伝説、『万葉集』の歌など文献を丹念に渉猟。「言霊」が、どのような状況でいかなる威力を発揮するものだったのか、実例を挙げて具体的に検証していく。近世の国学者による理念的な言霊観が生み出した従来のイメージを覆し、古代日本人の信仰を描き出す。

目次:
まえがき
序章 『万葉集』の「言霊」――言と霊と神と
第一章 呪文の威力――神と人と
第二章 国見・国讃め――支配者の資格
第三章 国産み・死の起源――生と死の導入
第四章 発言のし直し――状況の転換
第五章 タブーと恥――一方的な発言
第六章 偽りの夢合わせ――妻の発言
第七章 夢へのこだわり――実体との対応
終章 古代日本人の言霊――神のことばが持つ霊力
参考文献
あとがき

※各章末のコラム一覧
コラム1:「忌詞」の風習
コラム2:行為を禁止する発言
コラム3:皇太子選びと国見
コラム4:黄泉国の境界にある千引石
コラム5:ことばのとり違え
コラム6:黄泉国神話との類同性
コラム7:古代の諺
コラム8:地名の由来を語る話
コラム9:「言霊」と「木霊」

★発売済。佐佐木さんは著書や校注本を合わせると10冊以上をこれまで上梓されていますが、新書では本書が『日本の神話・伝説を読む――声から文字へ』(岩波新書、2007年)に続く2冊目となります。巻末の「あとがき」にはこうあります。「前著『日本の神話・伝説を読む』を刊行したあと、古代日本人が信じたとされる言霊について一冊まとめなければならないと考えていた。〔・・・〕前著はおもに古代日本人のことばと豊かな連想との関係を追究したものであり、古代日本人が信じたという言霊やことばの威力を主題とする本書とは、目的や意図が異なる」(240頁)。また、「まえがき」では本書をこう紹介されています。古代日本人にとって「言霊」がどんなものだったのかを本書で検証するにあたっては「ことばの威力が現実を大きく左右したり、現実に対して何らかの影響を与えたりしたと読める材料の身を取り上げる。そして、ことばの威力はどのようなかたちで個々の例に反映しているのかを、『古事記』『日本書紀』『風土記』に載っている神話・伝説や『万葉集』に見える歌などを読みながら、一つひとつ確認していく」(iii-iv頁)。千年以上の歴史を持ち、近世において国学で扱われる一方で、国粋主義の神秘的解釈にもさらされることになった「言霊」観。現代のように言葉があまりにも軽すぎる時代に本書をひともくことは、この国の文化的古層にある神と人間との関係を思い起こすとともに、そこに表れる倫理観を真摯に見直すきっかけになると思われます。
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by urag | 2013-09-08 19:07 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 04日

9月末発売予定新刊

◆2013年9月末取次搬入予定 【人文・哲学】

カール・ヤスパースと実存哲学
M・デュフレンヌ+P・リクール著 佐藤真理人ほか訳
月曜社 2013年9月 本体7,000円 A5判(148x210mm)上製688頁 ISBN978-4-86503-009-9

フランスにおける最大最深のヤスパース研究書(1947年)。ハイデッガーともサルトルとも異なるその実存哲学の全貌を、若きリクールとデュフレンヌが渾身の力を込めて描き出す。ヤスパースの序文付き。付録として、マルセル「カール・ヤスパースにおける根本状況と限界状況」(1933年)と、リクール「カール・ヤスパースにおける哲学と宗教」(1957年)の二論文を収録。【シリーズ「古典転生」第8回配本、本巻8】

ヤスパースの序文
前書き
一般的序論
 第一章 実存哲学の課題
 第二章 根本操作――超越
第一部 哲学的世界定位
 第一章 世界は一つの全体ではないということ
 第二章 世界定位の諸限界
 第三章 科学の意味
第二部 実存開明
 第一章 実存と、実存を開明する方法
 第二章 自由
 第三章 交わり
 第四章 世界内の実存――限界状況と「歴史性」
 第五章 真理論
 第六章 倫理学の大要
第三部 超越者と形而上学
 第一章 形而上学の課題
 第二章 超越者と範疇
 第三章 超越者に直面する実存の態度
 第四章 暗号解読
第四部 批判的考察――実存哲学の可能性
 第一章 方法上の問題――例外者と類似者
 第二章 理説上の諸問題――真理と存在
 第三章 理説上の諸問題(承前)――分裂状態と宥和
補遺 『責罪論』について

付録論文1:カール・ヤスパースにおける哲学と宗教(ポール・リクール著/岡田聡訳)
付録論文2:カール・ヤスパースにおける根本状況と限界状況(ガブリエル・マルセル著/大沢啓徳訳)
訳者あとがき
人名索引

原書:Karl Japsers et la philosophie de l'existence, Seuil, 1947.

著者:ミケル・デュフレンヌ(Mikel Dufrenne, 1910-1995)フランスの哲学者(美学)。訳書に『言語と哲学』(長谷川宏訳、せりか書房、1968年)、『人間の復権をもとめて――構造主義批判』(山縣煕訳、法政大学出版局、1983年)、『眼と耳――見えるものと聞こえるものの現象学』(棧優訳、みすず書房、1995年)などがある。

著書:ポール・リクール(Paul Ricoeur, 1913-2005)フランスの哲学者(解釈学的現象学)。近年の訳書に『ポール・リクール聖書論集(別巻)死まで生き生きと――死と復活についての省察と断章』(久米博訳、新教出版社、2010年)、『イデオロギーとユートピア――社会的想像力をめぐる講義』(ジョージ・H・テイラー編、川崎惣一訳、新曜社、2011年)、『公正の探求(2)道徳から応用倫理へ』(久米博+越門勝彦訳、法政大学出版局、2013年)などがある。

訳者:佐藤真理人(さとう・まりと、1948-)早稲田大学文学部教授。日本ヤスパース協会理事。近年の監訳書にベルンハルト・ヴァルデンフェルス『フランスの現象学』(法政大学出版局、2009年)がある。
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by urag | 2013-09-04 17:12 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 01日

注目新刊:待望の初訳!ランク『出生外傷』、ほか

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出生外傷
オットー・ランク(Otto Rank, 1884-1939)著 細澤仁/安立奈歩/大塚紳一郎訳
みすず書房 2013年8月 本体4,000円 四六判上製288頁 ISBN978-4-622-07782-4

帯文より:人間がこの世に生まれることそのものが外傷の体験である――。ランクが「逸脱者」と呼ばれる発端となった、早期母子関係論のさきがけともいえる重要古典。1924年刊。

カバー裏紹介文より:精神分析の歴史において、オットー・ランクの名は精神分析から離反していった「逸脱者」として記憶されている。/精神分析の開祖フロイトにもっとも愛された弟子と言われていたランクの立場は、1924年に本書を発表したことによって一変した。ある精神分析家は本書をユングの逸脱にも一致する「不吉な発展」とまで評し、フロイトとランクの関係もまた、本書の刊行を境に緊張したものへと変わっていったのである。/本書はランクが、神経症や精神病は「出生時の外傷の再現である」という壮大な試論を描き出そうとしたものである。/精神分析の歴史のなかで十分に語られることのなかった試論、そしてランクが「出生外傷」と呼んだ不安の根源は、今日の精神分析に何を投げかけるのか。ランクの主著にして、今日の早期母子関係論の先駆けともいえる重要古典が、いま明らかになる。

★発売済。ランクのあまりにも有名な主著、Das Trauma der Geburt:und seine Bedeutung für die Psychoanalyse(Wien, 1924)の待望の初訳です。底本はPsychosozial- Verlagの1998年版で、Einleitung(緒言)やEinführung(序論)は割愛されています。ただし、ランク自身によるVorbemerkungは「序文」として訳出されています。本書は師フロイトに捧げられていますが、ほかならぬこの本をきっかけに、ランクはフロイトのもとを離れざるをえなくなります。それは、フロイトが重視するのは父子関係であるのに対して、ランクは本書で母子関係を重視している、とフロイトの取り巻きたちがみなしたからですが、彼ら取り巻きよりランクの方が才知に溢れていたことは明らかであるように思います。

★「出生外傷、すなわち至福の安寧が父によって最初に中断されたことが想起されない限りは、たとえ観察された性交であっても外傷的影響力を持ちえない〔・・・〕。したがって、後になってからの子どものエディプス・コンプレクスとは、子宮内のエディプス状況の直接の後裔、すなわちそれを心理性的に加工したものだということがわかる。さらに言えば、父による中断は、たとえ最初の「外傷」とは言えないとしても、その直接の先駆者と呼ばれるにはふさわしいものであるため、やはり子宮内のエディプス状況こそが「神経症の核となるコンプレクス」だということがわかるのである」(170頁)。フロイト自身も『夢判断』の註で、生まれるということが人間にとって初めての不安体験であり、不安感情の原型である」ことを指摘していたにもかかわらず、また、ランク自身もフロイトへの釈明の手紙で、父親を排除したのではなく「父親にふさわしい場所を与えようとしたに過ぎない」と述べていたにもかかわらず、フロイトの使徒たちはそこにユングと同様の「逸脱」を認め、フロイトをも説得したのでした。

★しかし、ユングやランク、あるいはそこにライヒやガタリも付け加えたいと思いますが、逸脱者たちの想像力は読者を惹きつけてやみません。「文化発展にとっては決定的な、失われてしまった状態を外部に置き換えずにはいられない投影の希求や、母親との同一性を再び復元することを目指す、謎めいた同一化の傾向」(171頁)をめぐるランクの考察は今なお刺激的です。訳者の一人である大塚さんは巻末の解題でこう説明されています。「本書はまさしく「誕生という悲劇」を扱った書物である。さまざまな病の経験を、そして文化や芸術作品、宗教や哲学、すなわち人間を人間たらしめているものを、本書は一貫して子宮の中の状況の、あるいは出生外傷の再体験と見なしている。そうすることによって、この出生という傷つきを抱えながら生きて行くことが、人間が人間として生きて行くということなのだということを描いているのである。〔・・・〕本書は人間の、人間としての悲しさについての考察なのである」(221頁)。本書は出産を否定するものではなく、生まれてくる本人にとっての否応ない体験としての「誕生」について深く掘り下げた書物であり、誕生とそれに続く生の意味が人間にとって謎であり続ける限り、これからも幾度となくひもとかれていくのではないかと思われます。

★オットー・ランク著作既訳書
1986年08月『英雄誕生の神話』野田倬訳、人文書院
1988年11月『分身――ドッペルゲンガー』有内嘉宏訳、人文書院
2006年03月『文学作品と伝説における近親相姦モチーフ――文学的創作活動の心理学の基本的特徴』前野光弘訳、中央大学出版部
2013年08月『出生外傷』細澤仁ほか訳、みすず書房


哲学探究
ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン著 丘沢静也訳
岩波書店 2013年8月 本体3,300円 四六判上製カバー装492頁 ISBN978-4-00-024041-3

帯文より:新校訂版テクストにもとづく待望の新訳! 解説=『哲学探究』への道案内(野家啓一)
カバーソデ紹介文より:「私たちは歩きたい。そのためには摩擦が必要だ。ざらざらした地面に戻ろう!」――自らの哲学を、日常言語の働きの理解に向かって大きく転換させたヴィトゲンシュタインの主著『哲学探究』が、清新な訳文によって格段に近づきやすいものとなった。遺稿にさかのぼって新たなテクスト整備がほどこされた新校訂のエディションにもとづく待望の新訳。

★発売済。後期ウィトゲンシュタインの代表作、Philosophische Untersuchungen(1953年)の新訳です。同書はこれまで第一部の藤本隆志さんによる抄訳が、『論理哲学論考』(法政大学出版局、1968年)に収められ、その後、同氏による全訳が『ウィトゲンシュタイン全集8』(大修館書店、1979年)として出版され、さらに黒崎宏さんによる訳解本『『哲学的探求』読解』(産業図書、1994-1995年;合本版、1997年)が刊行されてきました。今回の新訳の底本は、ヨアヒム・シュルテによる編纂でズーアカンプから2003年に刊行された版で、これは2001年に同版元から刊行されたKritische-genetische Edition(批判・生成版)を、それの編纂に関わったシュルテ自身が一般読者向きに編集した版になります。ただし、これらの版では、現在『心理学の哲学』関係の草稿と見なされている第二部が省略されているため、本訳書ではブラックウェル社の第二版三刷(1967年)から第二部を訳出しています。

★現在流通している同書の独英対訳の一番新しい版は2009年にシュルテとハッカーの編纂によって刊行された最新校訂版(ワイリー=ブラックウェル社)であり、同書のドイツ語原文はごくわずかな異同のほかは2003年のズーアカンプ版とほとんど同じだそうです。今回の新訳では第二部について、ブラックウェル社第二版とワイリー=ブラックウェル社新校訂版との異同が訳者による注記で示されています。訳者の丘沢さんによるウィトゲンシュタインの翻訳はこれが二冊目で、かつて断片集『反哲学的断章――文化と価値』(青土社、1981年;新装版、1988年;新版、1995年;改訂新版、1999年)を手掛けられておられます。今回の新訳は『反哲学的断章』以後、光文社古典新訳文庫でニーチェやカフカの新訳を上梓された経験を経ておられるためか、今までにないウィトゲンシュタインの「くだけた」翻訳に仕上がっています。

★訳者あとがきにはこうあります。「ヴィトゲンシュタインは、反哲学または脱哲学の姿勢が魅力的だ。文語体ではなく口語体で、哲学をした」(462頁)。「ヴィトゲンシュタインの文章には、大げさな芝居がない。日常的で、飾り気のない、シンプルなドイツ語だ。ヴィトゲンシュタインの文体は、シンプルであることを追求した結果なのだろう。/岩波版『哲学探究』も、できるだけ日常的で、飾り気のない、シンプルな日本語に翻訳しようとした」(464頁)。「ヴィトゲンシュタインのドイツ語は、ドイツ観念論やドイツ・ロマン派やハイデガーなどとちがって、そんなにむずかしくない。なにしろ、「言うことができることは、クリアに言うことができる。そして語ることができないことは、黙っているしかない」と書いた天才である」(465頁)。

★丘沢さんによるくだけた訳文は、学術論文においてなら引用がためらわれるほど日常的なもので、従来の専門書のイメージを凌駕しています。反感を覚える読者も出てくるのかもしれません。しかし丘沢さんが訳者あとがきに述べられていることはすべて本当のことですから、たとえばノーマン・マルコムの素晴らしい回想録『ウィトゲンシュタイン――天才哲学者の思い出』(板坂元訳、平凡社ライブラリー、1998年)を読んでこの哲学者の等身大の姿に接した読者なら、既訳よりも今回の新訳の方がよりウィトゲンシュタインその人の印象には合っていると感じるのではないかと思います。こうした「冒険」は岩波書店のブランドイメージのある部分を見事に一新した気がします。あえてないものねだりをするならば、この新訳を「岩波文庫」とまでは言わなくても「岩波現代文庫」で出してくれたら(もちろん全一巻本で)、いっそう良かったのに、と思います。

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[徹底解明]タックスヘイブン――グローバル経済の見えざる中心のメカニズムと実態
ロナン・パラン/リチャード・マーフィー/クリスチアン・シャヴァニュー著 青柳伸子訳 林尚毅解説
作品社 2013年8月 本体2,800円 46判上製448頁 ISBN978-4-86182-416-6

帯文より:“脱税”“資金洗浄”など世界経済の負の側面を担うだけの“脇役”ではない。隠蔽されてきた“グローバル経済の中心”である。構造とシステム、関連機関、歴史、世界経済への影響……。初めて全容を明らかにした世界的研究書。図表21点、コラム14点、データ満載。

帯文(裏)より:研究/実態調査を、長年続けてきた著者3名によって、初めて明らかにされる“タックスヘイブンの真実”(1)タックスヘイブンとは、グローバル経済の末端で、不適切な作用をする“脇役”ではない。隠蔽されてきた“グローバル経済の中心”である。(2)タックスヘイブンの役割とは、脱税や資金戦場といった、グローバル経済の“負のエピソード”に留まるものではない。現在、世界を支配する権力者たち(個人、企業、そして国家)の財源を不可視化し、その権力を維持するものである。(3)タックスへいぶんの問題とは、グローバル経済の負の側面(世界的な金融危機や格差拡大)を増幅させるシステムであることであり、したがって経済問題を超えて、我々の時代における最大の政治問題の一つである。

目次:
[日本語版序文]タックスヘイブンの現在
[序文]グローバル経済の中核として機能するタックスヘイブン
第I部 タックスヘイブンの機能と役割
 第1章 タックスヘイブンとは何か?
 第2章 世界経済に及ぼしている影響――その統計的実態
 第3章 タックスヘイブンのメカニズム――媒介機関とシステム
第II部 タックスヘイブンの起源と発展
 第4章 タックスヘイブンの起源
 第5章 大英帝国によるタックスヘイブンの発展
第III部 国際政治におけるタックスヘイブン
 第6章 先進国世界とタックスヘイブン
 第7章 途上国の開発とタックスヘイブン
第IV部 タックスヘイブンの規制と攻防
 第8章 タックスヘイブン規制の歴史的経緯
 第9章 国際的・組織的規制の開始
 第10章 二一世紀世界とタックスヘイブン
[おわりに]グローバル経済における富と権力を問い直す
[日本語版解説]タックスヘイブンと日本企業(林尚毅)
参考文献一覧

★発売済。原書は、Tax Havens: How Globalization Really Works(Cornell University Press, 2010)です。著者のパランはイギリスの政治学者で、マーフィーは同国の公認会計士、シャヴァニューはフランスの経済学者です。シャヴァニューとパランの共著には既訳書『タックスヘイブン――グローバル経済を動かす闇のシステム』(杉村昌昭訳、作品社、2007年;原著はフランスのラ・デクーヴェルト社より2006年に公刊)があります。今回の新刊はそれに続く第二弾です。本書は「フィナンシャル・タイムズ」紙で「初めて本書によって、タックスヘイブンという存在が、包括的に研究・解明されたといって過言ではない。長年、研究・実態調査を続けてきた著者3名によって、この見えざる経済システムと国際政治について、従来の多くの通念が打ち破られ、私たちを震撼させる」と高い評価を受けた本であり、「経済地理学ジャーナル」誌でも、初めての包括的な概説書として評価されているそうです。

★初めての包括的な概説書であることは、著者たちも序文で自認しています。「本書は、世界経済におけるタックスヘイブンの役割と機能に関する最新評価を提供する。また、19世紀終盤から共産主義後の諸国、中東、アフリカの最新のタックスヘイブンに至る、その起源と発展を考察する。さらに、現象の規模に関する最新見積もりを提供し、タックスヘイブンのさまざまな活用を説明し、タックスヘイブンが国家やビジネスに及ぼす影響を分析する。OECDならびに欧州連合(EU)によるオフショア世界への攻撃が及ぼす影響をもって本書を締めくくるとともに、次なる展開を検討する。タックスヘイブンに関する文献は飛躍的に増加してはいるものの、私たちの知る限り、本書はタックスヘイブンに関する、本質的に異なるさまざまな研究や知識を包括的にまとめた初の概説書である」(29頁)。

★序文はこう続きます。「タックスヘイブンについて受け入れられている考えは、その大半が間違いである、というのが本書の主要論点である。タックスヘイブンは、世界経済の末端で作用しているのではなく、現代のビジネス慣行に不可欠な一要素である。さらに、タックスヘイブンは、国家に対する存在ではなく、調和的に存在している。それどころか、租税回避や脱税のための導管であるばかりか、もっと広く金融の世界、組織、国、個人の財源を管理するビジネスに属しているというのが私たちの見解である。タックスヘイブンは、グローバル化した現代の金融制度において最も重要な媒介の一つ、金融不安の主因の一つとなっている」(29-30頁)。

★さらにこうも指摘します。「現代のビジネスは、その大小を問わず、タックスヘイブンに深く組み込まれているが、驚くなかれ、そのことはめったに認識されていない。タックスヘイブンとまったく関与しない国際企業あるいはビジネスは、今日、稀少な存在だ。ところが、タックスヘイブンの影響は、主に間接的にしか感じられず、1980年代以降、世界中で持続的に伸びている貧富の差を示す統計値を通してしか明らかにされていない。金融規制をかいくぐるうえでタックスヘイブンが果たしている役割が表面化したのは、ごく最近である」(35-36頁)。

★そもそもタックスヘイブン(租税回避地)とは何か。本書の訳注ではこう説明されています。「一般には次の三つのうちの少なくとも一つを満たす国とみなされる。非居住者に対する無課税、または無に近い課税。厳しい秘密保持条項と匿名性。簡単・迅速・柔軟な法人設立規則」。著者たちはタックスヘイブンの定義の難しさを指摘し、一章を割いて説明しています(第一章)。タックスヘイブンの実態解明には、関連する統計データの収集の難しさだけでなくデータの解釈の困難さも伴うのですが、著者たちはこう分析しています。「タックスヘイブンが、脱税、租税回避、マネーロンダリング、政治腐敗を促進していることは板がいないが、その額を多少なりとも正確に推計できる人間はいない。そのために、誰一人として、この市場を下支えしている腐敗に取り組むことができずにいる。〔・・・〕資産家たちが、不透明なやり方で資産を世界中に分散させ、それが、政府の深刻なタックスギャップを生んでいる。さらに、多国籍銀行や企業によるタックスヘイブンの濫用が、現代のグローバル化の不可欠な要素となっている」(140頁)。

★事実は小説より奇なり。グローバル経済のグロテスクな実態を暴く本書はまさにその好例の宝庫で、読者の大半は自分たちの預かり知らないところでどれだけの不正や悪知恵が横行しているかを垣間見て、吐き気すら覚えるかもしれません。本書の日本語版解説や、巻末の参照文献一覧では様々な関連書が紹介されていますが、ここに掲載されている日本語文献を集めるだけでもちょっとした「涼しい」書棚ができそうです。お客様にぞっとする体験を提供したいオフィス街や官公庁街の書店さんにお薦めします。なお、一昨年刊行された、ニコラス・シャクソン『タックスヘイブンの闇――世界の富は盗まれている』(藤井清美訳、朝日新聞出版、2011年)でも、パランやマーフィーらの論文が幾度となく言及されているとのことです。なお、シャクソンはイギリスのジャーナリストで、一昨年の春(2011年4月)に独立系メディア「デモクラシー・ナウ」で「オフショア金融とタックスヘイブンはグローバル経済の心臓部」と題した報告を行っています。


名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ(Michael Ondaatje, 1943-)著 田栗美奈子訳
作品社 2013年8月 本体2,600円 46判上製320頁 ISBN978-4-86182-449-4

帯文より:わたしたちみんな、おとなになるまえに、おとなになったの――11歳の少年の、故国からイギリスへの3週間の船旅。それは彼らの人生を、大きく変えるものだった。仲間たちや個性豊かな同船客との交わり、従姉への淡い恋心、そして波瀾に満ちた航海の終わりを不穏に彩る謎の事件。映画『イングリッシュ・ペイシェント』原作作家が描き出す、せつなくも美しい冒険譚。

★発売済。原書は、The Cat's Table(Knopf, 2011)です。訳者あとがきによれば、本書について「著者自身は「フィクションだ」と明言しているが、その設定には本人の生い立ちと重なる部分が多い。とはいえ、船旅という非日常の空間を主な舞台に、魅力的な人々と風景が次土にあらわれる宝石箱のような物語は、自伝という枠におさまらず、読む者の心をおどらせるスリルとサスペンスとロマンスに満ちている」(306頁)と。そのものずばりの自伝的小説は別にあって、『家族を駆け抜けて』(藤本陽子訳、彩流社、1998年;原書は1982年刊)がそれです。

★原題の「猫のテーブル」とは、上座の反対の「下座」のこと。主人公が船内の食堂で与えられた席です。オンダーチェはテレビ・インタビューでこう語ったと訳者あとがきで紹介されています。「私はセイロンで生まれてイギリスに渡り、それからカナダに移住して、いわば遊牧民のような生活を送ってきた。だから、西洋のなかに存在する東洋というものに関心を持っている。この作品ではアジアの少年たちが、イギリスについて何一つ知らないまま、いきなりそこに放りこまれようとしている。そして人生ががらりと変わってしまう。そんなふうに、誰かがある場所から別の場所へ移っていくというのが、とにかく好きなんだ」(310-311頁)。

★青いカヴァーに銀色の箔の文字という瀟洒な装丁は水崎真奈美さんによるもの。船の影が青い海に浮かぶイメージです。「その夜、彼は11歳で、世間のことなど何も知らぬまま、人生で最初にして唯一の船に乗りこんだのだった。まるで海岸に新たに都市がつくられ、どんな街や村よりも明るく照らされているような感じがした。足もとだけを見つめてタラップをのぼると――前方には何も存在しなかった――やがて暗い港と海が目の前に広がった。沖のほうにはほかの船の輪郭がいくつも浮かび、明かりを灯しはじめている。彼はひとりぽつんと立って、あたりの匂いを吸いこみ、それから人混みと喧騒のなかを抜けて、陸に面した側へ戻っていった。黄色い光が町をおおっている。自分と、あちらで起こっていることが、早くも壁に遮られた気がした」(6頁)。「海が見えなければ怖くも何ともないのに、今こうして海は薄暗がりのなかで立ち上がり、船を取り囲み、僕のまわりでとぐろを巻いている」(40頁)。

★これらは冒頭から前半の海です。物語が進むにつれ、主人公は友人知人たちとともに活き活きと動きます。「船は朝の光のなかへ漂っていった。濃い雲が点々と空に浮かんでいる。航海に出てからこのかた、目にした雲といえば、嵐のとき船の上に厚く垂れこめ、覆いかぶさってきた雲だけだった。〔・・・〕僕たちは、目を大きく見開いて、地中海に入っていった」(145頁)。そして、「事件」が到来し、「少年時代の限られた世界での、無邪気な思いでになるはずだった」(275頁)旅は終わりを告げます。
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by urag | 2013-09-01 22:53 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)