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2013年 08月 27日

本日より個展&サイン本先行発売:森山大道『パリ+』、ほか

★森山大道さん(写真集:『にっぽん劇場』『何かへの旅』『オン・ザ・ロード』『カラー』『モノクローム』など)

本日より森山大道さんの個展「パリ+」が恵比寿のNADiff a/p/a/r/t店内のギャラリー「NADiff gallery」にて開催されます。これは弊社より来月上旬発売予定の新刊『パリ+』の連動企画で、『パリ+』サイン本が先行発売されています。ご予約、ご購入のお客様へは、NADiff限定の特典(B6サイズの特製ポストカード、種類は4種)をプレゼント。詳細はNADiff a/p/a/r/tまでお尋ねください。遠方で訪問できないお客様はNADiffのオンラインショップをご利用ください。なお、全国書店での『パリ+』一般発売開始は9月10日以降になります。

また、同個展の会期中には「森山大道×松江泰治 クロストーク」も開催予定です。入場無料と聞いています。

◎連続個展:森山大道「記録23号/パリ+」@NADiff gallery
第1期:「記録23号」2013年7月26日[金] — 8月25日[日] →終了済
第2期:「パリ+」2013年8月27日[火] — 9月23日[月・祝]

会場:NADiff gallery(東京都渋谷区恵比寿1丁目18-4-1F NADiff a/p/a/r/t店内)
電話:03-3446-4977
Open:12:00−20:00 / 月曜定休(月曜が祝日の場合は翌日)

内容:この夏に発売となる、二冊の写真集と一本のドキュメンタリーDVDのリリースにあわせ、NADiff galleryでは会期を2期にわけて、森山大道の連続個展を開催しております。第1期の「記録23号」展では、7月に国内で発売となる森山大道個人誌『記録23号』(Akio Nagasawa Publishing刊) をとりあげ、森山の“いま”をアクチュアルに示す個人誌として続く『記録』の誌面とともに、ロンドンで撮り下ろされたオールカラーのスナップを展覧いたします(8月25日終了)。

第2期「パリ+」展では、パリを切り取った写真群で編集・構成される『パリ+』(月曜社刊) をご紹介いたします。『新宿+』、『大阪+』に続くシリーズの最新刊として発売する本書は、パリを撮影した膨大な量のスナップから300点以上を収めた500頁の圧倒的ボリュームの写真集です。「パリの町には、ぼくの写真の故郷(ふるさと)の何分の一かがあると思う」(森山大道)。青年時代の芸術都市への憧憬、アッジェの写真への心の追走と、写真家を刺戟してやまなかったパリ──1988-1990年および2003年とで、たびたびのパリ滞在のなかで撮影された作品群の集大成となります。

街は変わってもスタイルは変わらず、森山大道のロンドン、パリを写したストリートスナップをご覧頂ける展覧会となります。どうぞご高覧下さい。

◎関連企画【ギャラリートーク】森山大道×松江泰治 クロストーク
日時:2013年9月14日[土] 18:30 - 20:00
会場:NADiff a/p/a/r/t店内
出演:森山大道×松江泰治
聞き手:タカザワケンジ
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★上村忠男さん(訳書:アガンベン『到来する共同体』など)

未來社さんより上村さんが監修された新刊『イタリア版「マルクス主義の危機」論争――ラブリオーラ、クローチェ、ジェンティーレ、ソレル』が発売されました。収録論考は書名のリンク先をご覧ください。上村さんは同書で、解説「アントニオ・ラブリオーラと「不実な」弟子たち――イタリア版「マルクス主義の危機」論争(1895―1900)を執筆されています。本書は、弊社が2012年2月に刊行した上村さんの編訳書『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学――スパヴェンタ、クローチェ、ジェンティーレ』の姉妹篇として読むこともできるかと思います。弊社本は19世紀後半から20世紀半ばにかけてのイタリアにおけるヘーゲルの受容解釈史の一端を明らかにするもので、今回の新刊は19世紀末のイタリアにおけるマルクス評価の状況を解明するものです。グラムシ以前から同時代にかけてのイタリアにおけるこれらのヘーゲル=マルクス読解史は、近年良く読まれているネグリら現代の世代以前のイタリア思想の形成における重要な基盤のひとつです。併読をお薦めします。

イタリア版「マルクス主義の危機」論争――ラブリオーラ、クローチェ、ジェンティーレ、ソレル
上村忠男監修 イタリア思想史の会編訳
未來社 2013年8月 本体3,200円 四六判並製296頁 ISBN978-4-624-93440-8

帯文より:若き日のクローチェ、ジェンティーレにフランスの革命的サンジカリスト・ソレルもくわわり、マルクス主義哲学者・ラブリオーラの諸著作をめぐる激しい論争が繰り広げられた19世紀末のイタリア。師と言うべきラブリオーラ、そしてマルクスに挑んだ「不実な」弟子たちの格闘を追うアンソロジー。
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★新刊書評

弊社今月新刊、ユンガー『労働者』の紹介記事「労働という概念が放棄されたあとの現実を、読者の目に映す」が「Book News」2013年8月24日付にて公開されました。「「今は、戦前の空気に似ている」ということが、十数年前からあちこちで囁かれています。ユンガーはまさに戦前のファシズム前夜に本書を書きました。本当に現代が戦前に近いのであれば、ユンガーを読むことは、現代を読むことに直結するはずです」とご紹介いただきました。永田さん、いつもありがとうございます!

弊社7月新刊、竹田賢一『地表に蠢く音楽ども』のレヴューが2本出ています。「アイデア」誌360号(2013年8月10日発売)の「インフォメーション&ブック」欄138頁に無記名記事と、「ミュージック・マガジン」誌2013年9月号(8月20日発売)の「ランダム・アクセス」欄の217頁に松山晋也さんの記名記事「批評軸にブレはなく、本質はシンプルなヒューマニズム」です。前者「アイデア」誌では「表層を取り除き本質だけに迫る言葉の数々は唯一無二」と評していただきました。同360号は「ファウンド・プリント:大竹伸朗の書庫より」と題した特集号でたいへん興味深い内容になっています。後者「ミュージック・マガジン」誌の松山さんには、「自分の著書でもないのに、やっと実物を手にとった時、感無量だった。きっと僕と同じように、この本の登場を待ち望んでいた人は少なくないと思う」という文章から始まり、全文に愛情が沁み渡ったレヴューを書いてくださいました。「竹田の眼は常に、人間/社会と音(楽)の関係を冷静に見つめ続ける。正確な音楽解析、明晰な論理展開を武器に、無駄なく、本質だけを深くえぐりとる。その口調は静かだが、熱い。様々な面から、左翼思想と絡めて語られることが少なくない竹田だが、その本質がシンプルなヒューマニズムにあることは、本書からも明らかだと思う」。


★品切情報

大竹伸朗エッセイ集『ネオンと絵具箱』が品切になりました。しばらく在庫僅少の状態が続いていましたが、このところ返品もないので、あとは書店さんの店頭在庫分からお買い求めいただくしかありません。なお、同書は増補版が昨年(2013年5月)にちくま文庫より刊行されています。こちらはまだ在庫ありのようです。

大里俊晴著作集『マイナー音楽のために』が品切になりました。重版検討中ですが時期は未定です。
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by urag | 2013-08-27 12:51 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 26日

ウェブ連載:ルソー『化学教程』第六回、本日公開

『化学教程』第一部
第一編 物体の諸要素とそれらの構成について
第一章 物質の原質について(続き)

7 [A:5; C:61; F:13] ここで私たちは化学的分析Analyse chimique(1)に対して何度も繰り返されてきた反論を無視してはならない。[A:6; F:14] すなわち、原質を分離するために私たちがどのような物体にも浸透してしまう外的な作用者agentに頼らざるをえないとき、この作用者がただ原質を分離することしかせず、〔別の〕原質を生み出すことはないなどといったい誰が確証しえようか、という反論である。現に私たちは、火の作用だけをとってみても、それが物体をただ変質させるだけではなく、以前には存在していなかった物体をも生み出してしまう、ということを知っているではないか。火は石を石灰化させ、エンをアルカリ化し、無数の物体の色彩とその本性を変化させる。そして、ごく弱い火であっても火にさらされることで、物質はその形状や密度の高さを失ってしまうので、いかなる方法によっても[C:62]その物質の形状や密度の高さを取り戻すことはもはやできないのである。化学を誹謗する者たちに言わせれば、化学的操作が私たちに示す原質はこのたぐいの変質の結果なのである。また、私たちの操作から得られるこれらのエン、揮発性物質、そして油が、物質のなかに一定の質と量をもって以前からあり、私たちは〔このすでにあるエンなどを〕物質から取り出すなどということをいったい誰が確証しうるのか、という反論もある。化学を誹謗する者たちは〔化学に対する〕このような反論を強調し、彼らの多くは別段疑いもせずに自分たちの反論を正しいものだと信じてさえいる。しかしながら、このように分かった気でいるというのは短絡的である。というのも、確かに火は〔すでに何らかの〕物体をなしている諸原質を〔別の原質と〕再結合させréunir、この新しい組み合わせ〔化合〕combinaisonsによって〔すでに結合状態にあった〕諸原質を分割することができるのだが、しかし火は当の原質それ自体を変えることはできないのであり、言い換えれば、〔分割と再結合によって変化してしまう〕物体は、真の原質に属するものではないということは確かであるからだ。ところで、化学を誹謗する者たちの誤謬は、混合物や化合物であるエンや油のような原質ではない物質を物体を構成する要素〔つまり原質〕とみなしてしまったことに由来する。なので、火が灰化incinérationによってアルカリ性のエン――これが取り出される植物の中には以前は存在していなかったものなのだが――を産み出したとしても、これは私たちが上に示した〔再結合、分割そして化合による〕説明とは決して対立しないのである。というのも、このアルカリはまさに同一の原質の異なる組み合わせなのであるから。植物を構成するこれらの原質は火によって分割され、以前とは別の仕方で再結合され、新しい混合物として〔私たちの〕感覚に示される。[A:7; F:15]もっとも、化学を誹謗する者たちの意見を完全に否定するためには以下のことを確かめさえすればよい。[C:63]すなわち、ある物質から引き出されたものと同一量の原質を再結合するだけで、以前と同じ状態にこの物質を再構成できる、ということを確かめさえすればよいのである。というのももしそうなれば、火は何も破壊せず、〔原質を〕変化させることもせず、火は単に〔原質同士を〕分離させることしかしないということが明白になるからだ。さてこのことは、エン、イオウ、辰砂、瀝青を分析し、これらを人為的に形成してみることによって確認できる。〔いま挙げた物質の〕原質を再結合することで、人は〔分解された物質を〕以前と同じ状態に再構成するのである。ところで物質というものは、その元のかたちpremière formeに復元できるような仕方で、原質から構成されている。しかし上に挙げた物質とは別のものの分析では、原質の混合操作mélangeによってこの物質を再び生み出すことができない、ということが起こるかもしれない。そうであるならば、実際には、これらの原質を分割することで、火はさらに〔当の物質を復元しうる原質同士の〕固有な結びつきliaison particulièreをも断ち切ったということになる。この固有な結びつきとは、原質同士の間にあり、また人間の技術ではこの結びつきをもはや再構成することができないものである。確かに私たちは、この分析によって、物体を構成していた要素を獲得することができる。しかしこの分析からは、要素〔原質〕を結びつけていた鎖chaîneを知ることはまったくできないのである。またこの分析は、各物体に固有な〔原質の〕構成と同じ種類の組み合わせによって要素〔原質〕を再結合させることを、教えてくれることもまったくないのである。そもそも化学の一般的な対象は諸物質の構成様式tissuではなく、〔その構成様式を成り立たせている個々の〕素材〔原質〕である。したがって、以上の説明に基づくと、火が原質それ自体を変質させるなどということは導き出せない。また私が先にも言及した実験から、私たちは次のような結果を常に得ることができる。すなわち火は、何らかの物質に対してそれの要素〔原質〕を分割するという仕方でしか働きかることopérerはできず、もはや復元しえない物質に対して、火はこの分割以上の効果を生み出すことはできないのである。ある一つの動因の作用actionは常に同一であり、この作用それ自体のうちにではなく、むしろこの動因が作用する対象〔物質〕sujetの各構成のうちに、〔作用の効果の〕違いの原因を探求すべきである。つまりその〔動因の〕作用が対象に生み出した様々な効果effetsのうちにある違いである。ところで、自然の様々な物質を分析してみると同一の原質が常に見出される。それゆえに次のことは明らかである。すなわち、ある分析において火が原質を変質させることができないならば、他の分析においても火は原質を変質させることは決してないのである。[F:16]そして、諸原質を以前と同じように再結合させることの難しさは、ただ原質の組み合わせと各物質に[A:8]固有な構成様式contextureの中にのみあるのである。

(1)ルソー原注:化学的分析については、器具について語る第二編の中で再び触れ、改めて取り上げられるだろう。

・・・・続きの全文は、特設サイトをご覧ください。
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by urag | 2013-08-26 09:59 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 25日

注目新刊:オブリスト『キュレーション』、ほか

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キュレーション――「現代アート」をつくったキュレーターたち
ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist, 1968-)著 村上華子訳
フィルムアート社 2013年8月 本体2,400円 四六判並製360頁 ISBN978-4-8459-1312-1

帯文より:世界的なキュレーター、H. U. オブリストが迫る、現代アートのシステムがつくられるまでの歴史。

★発売済。原書は、A Brief History of Curating(Les presses du réel, 2009)です。版元さんによる紹介によれば本書は「キュレーションという概念の黎明期に活躍したキュレーター11名に、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが行なったインタビューを収録」したもので、「1960年代から1970年代の初期インディペンデント・キュレーティングから、実験的なアートプログラムの台頭、ドクメンタや国際展の発展を通じてヨーロッパからアメリカにキュレーションが広がっていった様」が明らかにされます。キュレーターという職業が「どのように成立してきたか、展示の方法や展覧会の作り方はどのように進化してきたか、今後キュレーションはどのような方向へ向かうのか。アートとキュレーションの関係を考える上で決定的な1冊」になっているとのことです。

★11人のキュレーターというのは次の方々です。ウォルター・ホップス(Walter Hopps, 1932-2005)、ポントゥス・フルテン(Pontus Hultén, 1924-2006)、ヨハネス・クラダース(Johannes Cladders, 1924-2009)、ジャン・レーリング(Jean Leering, 1934-2005)、ハラルド・ゼーマン(Harald Szeemann, 1933-2005)、フランツ・マイヤー(Franz Meyer, 1919-2007)、セス・ジーゲローブ(Seth Siegelaub, 1942-2013)、ヴェルナー・ホフマン(Werner Hofmann, 1928-2013)、ヴァウテル・ザニーニ(Walter Zanini, 1925-)、アン・ダノンコート(Anne d'Harnoncourt, 1943-2008)、ルーシー・リパード(Lucy Lippard, 1937-)。巻頭の序文をクリストフ・シェリックス(Christophe Cherix)、巻末の「後記――来るべきものの考古学」をダニエル・バーンバウム(Daniel Birnbaum)が書いています。

★オブリスト自身もキュレーターであり、美術評論家であり、インタヴューの名手でもあります。これまで翻訳されたインタヴュー集に、『コールハースは語る』(瀧口範子訳、筑摩書房、2008年)、『ザハ・ハディッドは語る』(瀧口範子訳、筑摩書房、2010年)、『アイ・ウェイウェイは語る』(尾方邦雄訳、みすず書房、2011年)、『プロジェクト・ジャパン――メタボリズムは語る』(レム・コールハース共著、平凡社、2012年)などがあります。これらの既刊書によってこれまで日本では、オブリストの活躍は建築系の分野で認知されてきました。瀧口範子さんによる取材記『行動主義――レム・コールハース・ドキュメント』(TOTO出版、2004年)の中では「コールハースとともに走る11人」の内の一人として瀧口さんによるオブリストへのインタヴューが顔写真とともに掲載されています(308-317頁)。

★一方、美術系ではアーティストへのインタヴューが『ゲルハルト・リヒター――写真論/絵画論』(清水穣訳、淡交社、1996年;増補版、2005年)や、『ヴォルフガング・ティルマンス“インタビュー”』(清水穣ほか訳、Wako Works of Art、2010年)に掲載されています。また、この分野でのオブリストへのインタヴュー「アートとは思わぬところに立ち現れるものである」が辛美沙『アート・インダストリー――究極のコモディティーを求めて』(美学出版、2008年)に収録されています。今回の新刊はむろん美術系インタヴューに属するわけで、書店さんの芸術書売場においてオブリストの名前がいっそう浸透しそうな気がします。本書は「数多いオブリスト関連書の中で、初の「キュレーション」に関する内容」(版元案内文より)で、オブリストが自身の先達にキュレーションの開拓史を尋ねていきます。彼らの多くは美術館の館長だったり、独立系キュレーターだったりしますが、アートディーラー(ジーゲローブ)や美術評論家(リパード)としての顔も持っている人々にも話を聞いています。これまでキュレーションないしキュレーターの役割についての本は日本では新書や訳書など複数刊行されてきましたが、その道の世界的に著名なプロフェッショナルの貴重な肉声を集積したものは本書が初めてだと言って良いと思います。

★キュレーションは編集術の賜物ですから、私たち出版人や書店人にとってもその歴史や技法はたいへん興味深いものです。職業としてのキュレーターに興味をもたれた方は、本書とともに『キュレーターになる! ――アートを世に出す表現者』(住友文彦ほか編、フィルムアート社、2009年)や、長谷川祐子『キュレーション――知と感性を揺さぶる力』(集英社新書、2013年2月)を読まれると良いかと思います。書店業における近年のVMD(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)の重視は、「空間/劇場」としての書店の更なる洗練と進化を模索するものですが、わけてもキュレーション的要素は今後いっそう業界で研究され応用され検証されることになるでしょう。そうした過程における基本的なアーカイヴのひとつとしてオブリストの本は残っていくと思われます。


地震以前の私たち、地震以後の私たち――それぞれの記憶よ、語れ
エドウィージ・ダンティカ(Edwidge Danticat, 1969-)著 佐川愛子訳
作品社 2013年8月 本体2,400円 46判上製256頁 ISBN978-4-86182-450-0

帯文より:ハイチに生を享け、アメリカに暮らす気鋭の女性作家が語る、母国への思い、芸術家の仕事の意義、ディアスポラとして生きる人々、そして、ハイチ大地震のこと――。生命と魂と創造についての根源的な省察。カリブ文学OCMボーカス賞受賞作。

目次:
日本の読者のための序文
第一章 危険を冒して創作せよ――創作する移民芸術家
第二章 まっすぐ歩きなさい
第三章 私はジャーナリストではない
第四章 記憶の娘たち
第五章 私は発言する
第六章 水の向こう側
第七章 二百年祭
第八章 もう一つの国
第九章 故国への飛行
第十章 幽霊を喜び迎える
第十一章 アケイロポイエートス(人の手で作られたものに非ず)
第十二章 私たちのゲルニカ
訳者あとがき

★発売済。原書は、Create Dangerously: The Immigrant Artist at Work(Princeton University Press, 2010)です。原題の「危険を冒して創作せよ」は、カミュがウプサラ大学で1957年12月に行った講義から借りていると、ダンティカは「日本の読者のための序文」で明かしています。「今日、創造することとは、危険を冒して創造することです。出版とはひとつの行為であって、その行為は、作者を、なにものをも容赦しない時代の熱情に曝すのです」とカミュは語ったと言います。ダンティカはこう書きます。「危険を冒して創作する、危険を冒して読む人びとのために。これが、作家であることの意味だと私が常々思ってきたことだ。自分の言葉がたとえどんなに取るに足らないものに思えても、いつか、どこかで、だれかが命を賭けて読んでくれるかもしれないと頭のどこかで信じて、書くこと。〔・・・〕私はこれを、すべての作家たちを一つに結びつける行動原理だとずっと考えてきた。〔・・・〕もし今でなくとも何年も先の、これからのまだ夢見なければならぬであろう未来に、どこかでだれかが命の危険を冒して私たちの作品を読むかもしれない。たとえ今でなくとも、何年も先の将来に、私たちはどこかでまただれかの命を救うかもしれない。なぜなら、彼らが私たちに、私たちを彼らの文化の名誉市民とするパスポートを与えてくれているから」(22-23頁)。

★「危険を冒して創作するということが何を意味するかについては、多くの解釈が可能だが、アルベール・カミュは、詩人オシップ・マンデリシュタームと同じように説明している。それは、沈黙に対する反抗としての創作なのだと。創作することとそれを受け取ることの両方が、書くことと読むことの両方が、危険な行為であり、かつ命令への不服従であるときに創作することを指しているのだ」(23-24頁)。「おそらく、だれでもがとても簡単に銃撃されたり、おおっぴらに暗殺されたりするような時代には、読みも書きもしないことが、生き延びるための手段だったのだろう」(24頁)。

★東日本大震災の一年と少し前にハイチを襲った大地震をめぐっては第十二章に書かれています。死者への、そして生者への果てしない慈しみの中で書かれた本書を読む時、ダンティカの手があたかも自分の肩や背中に触れているような心地がします。


現代思想 2013年9月号 特集=婚活のリアル
青土社 2013年8月 本体1,238円 A5判並製230頁 ISBN978-4-7917-1267-0

★発売済。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。竹信三恵子さんと大内裕和さんによる討議「全身婚活」では乗り切れない」、雨宮処凛さんへのインタビュー「「あがり」は結婚?――オルタナティヴな幸せモデルを探して」を始め、海妻径子、蓑輪明子、石田光規、大橋由香子、赤石千衣子、いちむらみさこ、栗田隆子、綾屋紗月、平山洋介、村上潔、白石嘉治、栗原康、島田暁、武田里子、の14名の方々が寄稿されています。ちなみに青土社さんでは来月、雨宮処凛さんの新刊『バカだけど社会のことを考えてみた』を刊行される予定です。

★「現代思想」の次号は9月上旬刊行の10月臨時増刊号「特集=ブルース・リー(仮)」で、通常の10月号は9月27日発売で「特集=富士山と日本人(仮)」と予告されています。世界遺産登録を受けての特集かと思いますが、社会の幅広いテーマと切り結ぼうという意気込みを感じます。なお、「ユリイカ」誌の10月臨時増刊号は「特集=高橋幸宏(仮)」とのことでこちらもたいへん楽しみです。
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by urag | 2013-08-25 19:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 18日

注目新刊:ライプニッツ『形而上学叙説』新訳、ほか

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形而上学叙説/ライプニッツ-アルノー往復書簡 
G・W・ライプニッツ著 橋本由美子監訳 秋保亘/大矢宗太朗訳
平凡社ライブラリー 2013年8月 本体1,500円 HL判並製360頁 ISBN978-4-582-76794-0

帯文より:各人の個体概念は、その人物にいつか怒ることを一挙に含んでいる。個体的実体概念を展開する『形而上学叙説』の十全な理解のためには、『叙説』をめぐるアルノーとの『往復書簡』は不可欠。正確で読みやすい新訳によるライプニッツ哲学への招待。

カバー裏紹介文より:各人の個体概念は、その人物にいつか怒ることを一挙に含んでいる――個体的実体概念が展開され、ライプニッツ哲学体系がはじめてまとまった形をとった『形而上学叙説』。しかしその十全な理解には、この書の概要をめぐって始まったアルノーとの往復書簡が欠かせない。『モナドロジー』に至るこの哲学者の思考の射程をつかむために、正確かつ読みやすい新訳で、「叙説+書簡」を読む。

★発売済。1685年暮れ、もしくは1686年初頭の執筆と目されるフランス語の著作『形而上学叙説』(Discours de Métaphisique)はこれまで幾度か翻訳されています。河野与一訳(岩波書店、1925年;岩波文庫、1950年)、竹内良知訳(河出書房『世界大思想全集 第1期 哲学・文芸思想篇 第9巻』所収、1954年)、清水富雄・飯塚勝久訳(中央公論社『世界の名著 第25巻』所収、1969年;中公バックス『世界の名著 第30巻所収』、1980年;中公クラシックス『モナドロジー/形而上学叙説』所収、2005年)、西谷裕作訳(工作舎『ライプニッツ著作集 第8巻 前期哲学』所収、1990年)などがあります。このうち、フランスのジャンセニスト、アントワーヌ・アルノー(1612-1694)との往復書簡を併載しているのは、岩波文庫版と著作集版です。後者は竹田篤司訳で収録。

★今回の新訳は著作集版と同じくいわゆるアカデミー版を底本に用い、ゲルハルト版などを参照しています。ちなみに岩波文庫版はアンリ・レスティエンヌが発見した手稿の写真版(1907年)から訳出しています。39歳のライプニッツは本作の清書を終える前に知人エルンスト伯を介して74歳のアルノーに対して本作の概要を送り、意見を請います。概要というのは『叙説』全37節の内容を要約するために1節ごと付された37の節題です。ライプニッツ自身は『叙説』について「この小論では、恩寵、被造物への神の協力、奇跡の本性、罪の原因そして悪の起源、また魂の不死性や諸観念をいったテーマを扱っています」(113頁)と最初の手紙に綴っています。翌月、アルノーは返事を寄こすのですが、彼は『叙説』概要について「ぞっとさせるところがすくなからずあり」、読者のほとんどを不快にさせるだろうと意見を述べました。

★特にアルノーに違和感を抱かせたのは第13節でした。帯文にも援用されていますが第13節の概要(節題)は以下の通りです。「各人の個体概念はその人物にいつか起こることを一挙に含むので、あらゆる出来ごとの真理の、つまりなぜこの出来事であって他ではないのかについての根拠ないしアプリオリな証拠は、この概念のもとに見ることができる。ただしこのような真理は、神と被造物の自由意思に基礎づけられているのだから、確実ではあってもやはり偶然的である。神にしても被造物にしても、その選択にはつねに根拠があるのだが、この根拠は強いることなく傾けるものなのである」(31-32頁)。アルノーの疑義に対してライプニッツは自身の考え、すなわち「どの個体的実体も一定の観点から宇宙全体を表現して」いる(165頁)ことについての詳説を試みます。「ある建物の観念が、それを企図した者の目的ないし計画からしょうじるように、この世界の概念や観念も、可能なものとして考えられた神の計画の結果なのです」(同頁)。「いっさいの包摂こそが主体の完全な概念の本性」である(33頁)、と第13節にライプニッツは述べます。

★また、こうも述べます。「神は自身が宇宙についてもつ異なった見えかたに応じて、さまざまな実態を生み出す」(第14節概要より、36頁)。「個別の実体の力とは神の栄光をよく表現することにあって、〔・・・〕おのおののものは、その力ないし力能を行使するとき、つまり能動的に作用するとき、よりとく変化させるし、みずからを拡大していく」(第15節より、43頁)。ライプニッツの凝縮された書き方は一読してすぐに理解できるものではありませんが、「往復書簡」があるおかげで、読者は彼の思考の襞へと近づきやすくなるだろうと思われます。文庫で読めるライプニッツの著書は、河野与一訳『形而上学叙説』および『単子論』(ともに岩波文庫)が品切の現在、今回の新刊しかありません。そもそも岩波文庫二点が刊行されたのは1950年と1951年ですから、半世紀以上に渡って文庫新刊がなかったことになります。ちなみに日本の「ライプニッツ研究会」に所属しておられる松尾雄二さんは宮崎大学退官後の御自身のウェブサイトでライプニッツの論文「正義の共通概念についての省察」の日本語訳PDFを公開されています。また、ニュートン『プリンキピア』「一般的注解」の訳と解説のPDFも公開されています。

★なお平凡社さんでは今月、荒俣宏さんによる新訳、ダーウィン『ビーグル号航海記』下巻を刊行され、全2巻が完結しました。またフィリップ・K・ディックの25歳の処女長編作『市に虎声あらん』(阿部重夫訳、原著1952年刊)も発売済で、「衝撃作」との呼び声が高いようです。


荘子 外篇
荘子著 福永光司/興膳宏訳
ちくま学芸文庫 2013年8月 本体1,800円 文庫判並製672頁 ISBN978-4-480-09541-1

帯文より:心をときほぐす。中国賢人たちの会話の数々。
カバー裏紹介文より:「内篇」で展開された荘子思想のエッセンスを、会話形式による寓話や箴言の形にまとめた「外篇」。老子や孔子、列子など、中国の賢人たちによる精神の自由についてのハイレベルな会話も、福永・興膳両碩学によるテンポのよい訳で、楽しみながら理解することができる。「外篇」は荘子の思想が中国文化に与えた影響を知る上でも重要であり、たとえば“真の絵描き像”を論じた「田子方篇七」は美術史家によく引用され、「天運篇三」の“咸池の音楽問答”は、中国が生んだユニークな音楽論として知られる。「ひそみにならう」等、故事の由来がわかる話も多く、どこから読んでも楽しめる。

★発売済。先月刊行の「内篇」に続く「外篇」の刊行です。版元ウェブサイトでは「独立した短篇集として読んでも面白い、文学性に富んだ十五篇」と紹介されています。巻末には福永光司さんによる「外篇」と「雑篇」の分を合わせた解説と、索引(語句/人名/地名)が掲載されています。ちなみに「雑篇」は来月9月10日発売予定とのことです。

★荒んだ暗い時代には荘子の言葉が胸に刺さります。「いにしえの安らかに身を保った人は、弁舌によって知恵を飾りたてず、知恵によって天下のことを知り尽そうとせず、知恵によって徳を究めようともせず、ただ自分に与えられた境遇にどっかりと腰をすえて、その本性にたちもどるだけだった。それ以上に何のすることがあろう。道はせせこましい作為によっては達成されず、徳はちっぽけな知識によっては知られない。ちっぽけな知識は徳を損ない、せせこましい作為は道を損なうものだ。だから「自分を正しく保ってゆくしかない」といわれるのだ。〔・・・古人は〕高い地位についたからといって有頂天にもならず、貧窮にあえぐからといって世俗におもねることもなかった。順境でも逆境でも、楽しむことにおいては同じだった。したがって憂いもなかった。今の人は仮に宿っているものが去ってゆくと、ふさぎこんでしまう。そこから考えてみると、今の人がいかに楽しんでいようと、その楽しみは必ず失われてしまうはずのものだ。だから、こういうことがいわれる。「物欲に自分を見失い、世俗に本性を喪失してしまう人、それを「倒置の民」(本末転倒した人間)と呼ぶのだ」と」」(繕性篇第十六、298-299頁)。

★心に重荷を背負いがちな日々、就寝する前のひと時に本書をひもとき、適当な頁を数行ずつでも読めば、今日一日の辛かったこと、嫌だったことも融けていくような心地がします。そういえば、かつて「老子」の自由訳『タオ』(ちくま文庫、2006年)を刊行された加島祥造さんが今月、また新たに『「老子」新訳――名のない領域からの声』(地湧社)を刊行されました。老荘思想は数千年の時を越えて今なお、人間の魂に働きかけ、がんじがらめの心を解き放ってくれるように思います。

★なお、来月のちくま学芸文庫では『荘子 雑篇』をはじめ、ポール・ヴァレリー『レオナルド・ダ・ヴィンチ論』塚本昌則訳、エドワード・レルフ『都市景観の20世紀』高野岳彦ほか訳、フッサール『間主観性の現象学2――その展開』浜渦辰二/山口一郎監訳などの発売が予告されています。たいへん楽しみです。


カリブ‐世界論――植民地主義に抗う複数の場所と歴史
中村隆之著
人文書院 2013年8月 本体4,000円 4-6判上製440頁 ISBN978-4-409-04105-5

帯文より:大西洋の海底に刻まれた歴史から放つ、壮大なビジョン。注目の新鋭による本格的デビュー作。この島々を語りて、世界を戦慄せしめよ。

★まもなく発売。今週木曜日22日に取次搬入となる新刊です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書は人文書院のウェブコラムとして2012年2月16日から2013年4月1日にかけて連載された「カリブ-世界論」を加筆修正の上、一冊にまとめたものとのことです。著者の中村隆之(なかむら・たかゆき:1975-)は現在、大東文化大学外国語学部専任講師で、ご専門はフランス語圏カリブ海文学・地域研究で、エメ・セゼールやグリッサンの訳書をこれまで上梓されています。『カリブ‐世界論』は、『フランス語圏カリブ海文学小史――ネグリチュードからクレオール性まで』(風響社、2011年)に続く単独著第二弾ですが、処女作はブックレットでしたから、今回発売となる本作が実質的なデビュー作となると受け止めて良いようです。

★巻頭の「プロローグ」によれば「本書は、2009年のフランス海外県ゼネストのインパクトに端を発している」と言います。「この出来事は、フランス海外県の新たな局面を印した。その象徴性でいえば、フランスの「68年5月」と費すことができるだろうし、物価高や失業問題を背景にしている点ではチュニジアの「ジャスミン革命」との共通点も指摘できるだろう。もっとも、国際情勢に直結するアラブの出来事に比べればカリブの出来事はまだあまり知られていない。本書の第一の目的は、この知られざる社会運動の射程と拡がりを提示することである」(17頁)。また「フランス海外県の特殊な政治的・経済的状況を知る必要がある。〔・・・〕ゼネストに先行する、大小さまざまなストライキ、反体制運動や政治闘争〔・・・〕その一連の系譜のうちにゼネストを位置づける視点も重要だろう。/もちろん労働者の運動と同様に、知識人の社会参加についても多くを語らなければならない。〔・・・〕普段知られる機械の少ないフランス語圏カリブ海の歴史的展開をさまざまな角度からたどることが、本書のもうひとつのねらいである」(18頁)ともお書きになっています。

★本書はあたかも日本から縁遠い国の出来事と史的状況を描いているようでいて、現代の日本の読者の耳朶にも嵐の前触れのように響くトーンを持っています。著者は本書の最後にこう書いています。「高度消費社会に支えられた私たちの生活はいつ崩壊するかわからず、この生活のあり方に対する世界規模の「リヤンナジ」〔クレオール語で「絆・連帯・団結を意味する〕もまたいつ生じるかわからない。私たちは、予測不能を当たり前のように受け入れなければならない時代に生きている。だからこそ、降りかかる困難や絶望をも前にしても、そこから新しく始める生命力と知性を必要としている。そのとき、フランス領カリブの歴史的経験から私たちが学びとることは、決して少なくない」(401頁)。
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by urag | 2013-08-18 23:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 12日

シリーズ刊行状況:月曜社

弊社より刊行中の4つのシリーズの刊行状況についてまとめました。

◎暴力論叢書
現代における〈暴力〉の多様な位相と変容に迫る。ジャンル:哲学思想、社会
不定期刊行、版元定期可能、2005年11月刊行開始、最新刊2012年6月、既刊6点。

2005年11月、第1回配本
『破壊と拡散』サミュエル・ウェーバー著、野内聡訳、46判並製232頁、本体2,400円、ISBN4-901477-20-X

2007年11月、第2回配本
『他自律――多文化主義批判のために』ヴェルナー・ハーマッハー著、増田靖彦訳、46判並製200頁、本体2,200円、ISBN978-4-901477-37-6

2008年08月、第3回配本
『自分自身を説明すること――倫理的暴力の批判』ジュディス・バトラー著、佐藤嘉幸/清水知子訳、46判並製288頁、本体2,500円、ISBN978-4-901477-42-0

2009年05冊、第4回配本
『暴力と証し――キルケゴール的省察』ヘント・デ・ヴリース著、河合孝昭訳、46判並製312頁、本体2,500円、ISBN978-4-901477-46-8

2010年05月、第5回配本
『ソドム――法哲学への銘』ルイ・サラ-モランス著、馬場智一/柿並良佑/渡名喜庸哲訳、46判並製400頁、本体3,200円、ISBN978-4-901477-74-1

2012年06月、第6回配本
『権力の心的な生――主体化=服従化に関する諸理論』ジュディス・バトラー著、佐藤嘉幸/清水知子訳、46判並製280頁、本体2,800円、ISBN978-4-901477-95-6


◎シリーズ・古典転生
未訳の名著が詳細な解説と研究で現代に甦る。ジャンル:哲学、哲学史
不定期刊行、版元定期可能、2006年6月刊行開始、最新刊2012年3月、既刊7点。

2006年06月、第1回配本(本巻1)
『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』エミール・ブレイエ著、江川隆男訳、A5判上製240頁、本体3,400円、ISBN4-901477-25-0

2010年02月、第2回配本(別巻1)
『ミクロコスモス――初期近代精神史研究 第1集』平井浩編、A5変形判並製368頁、本体3,000円(品切重版準備中)、ISBN978-4-901477-72-7

2010年03月、第3回配本(本巻2)
『具体的なものへ――二十世紀哲学史試論』ジャン・ヴァール著、水野浩二訳、A5判上製352頁、本体3,800円、ISBN978-4-901477-73-4

2011年09月、第4回配本(本巻3)
『関係主義的現象学への道』エンツォ・パーチ著、上村忠男編訳、A5判上製208頁、本体3,200円、ISBN978-4-901477-87-1

2011年12月、第5回配本(本巻4)
『構造と生成 I カヴァイエス研究』近藤和敬著、A5判上製264頁、本体3,600円、ISBN978-4-901477-89-5

2012年02月、第6回配本(本巻6)
『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学――スパヴェンタ、クローチェ、ジェンティーレ』上村忠男編訳、A5判上製304頁、本体3,800円、ISBN978-4-901477-91-8

2012年03月、第7回配本(本巻7)
『ジョルダーノ・ブルーノの哲学――生の多様性へ』岡本源太著、A5判上製232頁、本体3,800円、ISBN978-4-901477-92-5


◎叢書・エクリチュールの冒険
ことばの力を再審する現代の古典シリーズ。ジャンル:批評、思想
不定期刊行、版元定期可能(TRC新継続)、2007年9月刊行開始、最新刊2013年8月、既刊5点(6冊)。

2007年09月、第1回配本
『書物の不在』モーリス・ブランショ著、中山元訳、46判上製88頁、本体2,500円(品切)、ISBN978-4-901477-36-9

2009年02月、(第1回配本再刊)
『書物の不在 第二版』モーリス・ブランショ著、中山元訳、46判上製88頁、本体2,500円、ISBN978-4-901477-44-4

2012年01月、第2回配本
『いまだない世界を求めて』ロドルフ・ガシェ著、吉国浩哉訳、46判並製256頁、本体3,000円、ISBN978-4-901477-90-1

2012年08月、第3回配本
『到来する共同体』ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男訳、B6変型判上製160頁、本体1,800円、ISBN978-4-901477-97-0

2012年09月、第4回配本
『盲目と明察――現代批評の修辞学における試論』ポール・ド・マン著、宮崎裕助/木内久美子訳、46判上製360頁、本体3,400円、ISBN978-4-901477-98-7

2013年08月、第5回配本
『労働者――支配と形態』エルンスト・ユンガー著、川合全弘訳、46判並製456頁、本体2,800円、ISBN978-4-86503-005-1


◎芸術論叢書
こんにちにおける芸術理論と美学の革新のために。ジャンル:芸術論、芸術批評
不定期刊行、版元定期可能、2011年1月刊行開始、最新刊2013年6月、既刊2点。

2011年01月、第1回配本
『アンフォルム――無形なものの事典』ロザリンド・クラウス/イヴ=アラン・ボワ著、加治屋健司/近藤學/高桑和巳訳、46判変形(133mm×190mm)並製328頁、本体3,200円、ISBN978-4-901477-78-9

2013年06月、第2回配本
『原子の光(影の光学)』リピット水田堯著、門林岳史/明智隼二訳、B6変型判(タテ190mm×ヨコ115mm×ツカ24mm)並製392頁、本体3,400円、ISBN978-4-86503-002-0
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by urag | 2013-08-12 17:17 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 11日

注目新刊:蘭峯舎第二弾『屋根裏の散歩者』ほか

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屋根裏の散步者
江戸川亂步著 池田満寿夫挿畫
藍峯舎 2013年7月 350部限定記番入 定価14,000円税込 A5判変型函入本文176頁(二色刷80頁、一色刷96頁) 別丁四色刷挿画10点

目次:
屋根裏の散歩者(江戸川乱歩/池田満寿夫挿画)7-80
 挿画目録
  I 放浪者
  II 犯罪嗜好癖
  III 押入れの中 
  IV 屋根裏の散歩
  V 恐ろしい考え
  VI 毒薬の入手
  VII 殺人
  VIII 死んだ男
  IX 疑惑の煙草
  X 罪の発覚
豆本因縁噺(池田満寿夫)82-91
真珠社主人 平井通(中相作)93-173

★8月1日より発売開始。購入は版元ウェブサイトより可能(送料別、前金)。親本は1959年に乱歩の実弟である平井通の主宰する「真珠社」から豆本シリーズの第一弾として200部限定で出版されたもの。本のサイズを拡大し、池田満寿夫さんの挿画がより見やすく鮮やかに蘇っています。本文は親本とは異なり、初出である雑誌「新青年」大正14年(1925)8月増刊号掲載のテクストを使用されています。附録として池田満寿夫さんの回顧エッセイ「豆本因縁噺」と、乱歩研究者の中相作(なか・しょうさく)さんによる書下ろし評伝「真珠社主人 平井通」が併録されています。

★藍峯舎さんの処女出版、エドガー・アラン・ポー『赤き死の假面』(江戸川亂步譯、オディロン・ルドン口繪、藍峯舎、2012年12月、350部限定記番入、定価税込10,000円、A5判変型122頁函入)はすでに完売。意外なことに、同書購入者に今回の新刊の案内はされていないようです。あくまでも読者側が目を光らせて同舎の「藍峯舎通信 web version」をチェックし、動向を見守らねば買いそびれます。そういう限定的な販促も戦略のひとつなのかもしれません。今回の『屋根裏の散步者』は前作より4000円も高いですが、挿画がすべてカラーですし、親本を踏襲して本文の下地の飾紋様も鮮やかな緑色で刷られていますから、この値段になるのは納得です。

★第三弾の予告はまだ出ていません。藍峯舎さんのこだわりある編集造本から想像すると新刊は年に一冊もしくは二冊といったところかと拝察します。気長に待ちましょう。なお、同舎の本は一部ネット古書店でも扱いがあります。たとえば、中さんのブログ「名張人外境ブログ」の8月7日のエントリーでは、古書きとらさんでの販売が紹介されています。早晩品切必至かと思いますので、版元さんから買われるにせよ、古書店さんで買われるにせよ、お早めに。

★ちなみに中さんの同エントリーでは神戸の老舗書店、海文堂書店さんが来月末(2013年9月末)で閉店することにも言及されています。神戸新聞8月5日付文化欄記事「神戸の海文堂書店、9月末閉店 創業100年目前 経営不振」によれば、「1996年のピーク時に比べ、現在は6割程度にまで売り上げが減少。2000年以降はインターネット書店の台頭や周辺に大型店、新古書店の出店も相次ぎ、経営不振が深刻化していた」とのこと。売上下降に10年以上耐えてきたかたちです。老舗の閉店は辛いですが、こういう状態は同店に限ったことではありません。リアル書店は全国的な危機状態にあって、残念ながら今後も廃業は続くと思います。出版界も同様です。現在あちこちの版元が人員削減の真っ最中で、それでも持たなければ数年以内に廃業せざるをえません。J-CASTニュース経済欄8月7日付記事「神戸の老舗書店も閉店 後継者不足、ネット販売に押されて経営不振」では消費税アップでますます本が売れなくなり、本屋が閉店するのでは、という見立てを書いていますが、あながち大げさではないかもしれません。

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流れとかたち――万物のデザインを決める新たな物理法則
エイドリアン・ベジャン+J・ぺダー・ゼイン著
紀伊國屋書店 2013年8月 本体2,300円 46判上製428頁 ISBN978-4-314-01109-9

帯文より:革命的理論の誕生。すべては、より良く流れるかたちに進化する――。樹木、河川、動物の身体構造、稲妻、スポーツの記録、社会の階層制、経済、グローバリゼーション、黄金比、空港施設、道路網、メディア、文化、教育――生物・無生物を問わず、すべてのかたちの進化は「コンストラクタル法則」が支配している! ダーウィン、ドーキンス、グールド、プリゴジンらに異を唱える熱力学の鬼才が放つ、衝撃の書。

目次:

第一章 流れの誕生 
第二章 デザインの誕生 
第三章 動物の移動 
第四章 進化を目撃する 
第五章 樹木や森林の背後を見通す
第六章 階層制が支配力を揮う理由 
第七章 「遠距離を高速で」と「近距離を低速で」
第八章 学究の世界のデザイン
第九章 黄金比、視覚、認識作用、文化
第一〇章 歴史のデザイン
謝辞
解説 木村繁男(金沢大学教授)
主要参考文献
原注
索引

★8月21日取次搬入予定。ポスト・プリゴジン世代の驚くべきカウンターパンチの登場です。著者エイドリアン・ベジャン(Adrian Bejan, 1948-)はルーマニア生まれで、現在デューク大学特別教授をつとめています。彼は1995年にイリヤ・プリゴジン(1916-2003)の講演を聴いていた際に閃きを得ました。プリゴジンは「河川の流域や三角州、肺の気道、稲妻など、自然界に豊富に見られる樹状構造の類似性は、アレアトワール(サイコロを振った結果)だ」と述べたと言います。偶然の一致にしてはよく似ているな、とベジャンは思ったのでしょう、多様な事象のデザインを支配する科学の原理があるに違いないと考えた彼は、帰路にこうノートに書き留めます。「有限大の流動系が時の流れの中で存続する(生きる)ためには、その系の配置は、中を通過する流れを良くするように進化しなくてはならない」。

★原書は、Design in Nature: How the Constructal Law Governs Evolution in Biology, Physics, Technology, and Social Organization(Doubleday, 2012)です。「序」で著者はこう述べています。「本書は、自然界のデザインを科学の一分野として扱う。その核を成すのが、デザインと進化の物理法則である「コンストラクタル法則(constructal law)」だ。この法則は、血管組織や移動、社会組織などを含め、生命を持たない河川から生き物のデザインまで、自然というモザイク全体に及ぶ」(8頁)。constructalというのは著者の造語です。訳注ではこう説明されています。「本書で取り上げるコンストラクタル法則の要(かなめ)は、生物と無生物が自然界のデザインを共有する点であり、そのため、本書では無生物のものについても、普通なら生物にしか使わない概念や用語が使われることがある。人間も自然界の一部であり、自然の法則に支配されているのだ。人間の手になるもののデザインも、自然界のデザインとみなされる」(同)。

★著者はさらに「序」でこう畳みかけます。「基本的にはこういうことだ。生物・無生物の別なく、動くものはすべて流動系である。流動系はみな、抵抗(たとえば摩擦)に満ちた地表を通過するこの動きを促進するために、時とともに形と構造を生み出す。自然界で目にするデザインは偶然の所産ではない。それは自然に自発的に現れる。そのデザインが、時とともに流れを良くするからだ」(11-12頁)。「コンストラクタル法則は声高にこう叫ぶ。流れるもの動くものはすべて、存在し続けるために(生きるために)進化するデザインを生み出す。これは願望でも目標でもなく、自然の傾向、つまりは物理現象なのだ」(29頁)。「応用できるもの〔分野〕があまりにも多いため、コンストラクタル法則はまだその揺籃期にある。親愛なる読者のみなさんは、この地上を、そして書物へと、流れ始めたばかりの真新しい考え方の最先端に立っているわけだ」(31頁)。

★解説を書いておられるのは著者に師事した経験をお持ちの木村繁男教授です。「ベジャンは細分化による全体像の欠如が現代科学の悲劇であるとする。すなわち自然界が示す網羅的傾向が現代の科学者には全く見えなくなっていると嘆」いている、と教授は書きます。そして本書を「かなり革命的な理論の話でありながら、熱力学のことなど知らない読者でも楽しく読み進められる、良質なポピュラーサイエンスの一冊に仕上がっている」(394頁)と評しています。ベジャンは「優れたアイデアは移動し、伝わり続ける。流れやすい配置は既存の配置に取ってかわる。それが生命だ。それが私たちの歴史だ。そして、それこそが未来なのだ」(389頁)ときっぱり言います。賛否はあるでしょうが、このコンストラクタル法則は、一般読者にとっても直観的に無理のない説明に聞こえるのではないかと思います。


おっぱいの科学
フローレンス・ウィリアムズ著 梶山あゆみ訳
東洋書林 2013年8月 本体2,800円 A5判上製330頁 ISBN978-4-88721-814-7

帯文より:「乳房は小さなアンテナのようなもので、周囲を取り巻く情報を処理してはそれをもとに反応する」。進化、環境衛生、遺伝子、授乳、がん、豊胸……現代アメリカに生きる女性が文明批評的にからだの仕組みの自然・不自然を科学する、ちょっと気になる「まじめな話」。

目次:
序章 乳房の惑星
第1章 誰がために胸はある
第2章 哺乳はこうして始まった
第3章 乳房の配管工事のやり方、教えます
第4章 豊胸の時代
第5章 おなかのなかまで届く毒
第6章 シャンプーやマカロニが少女の思春期を早める?
第7章 妊娠と乳がんの割り切れない関係
第8章 母乳vs粉ミルク、正しいのはどっち?
第9章 母乳のなかの聖なる細菌、何より大事な人間の腸
第10章 酸っぱいミルク
第11章 未踏の荒野にひしめくピルとホルモン剤
第12章 誇り高き少数の男性患者たち
第13章 あなたは高密度?老いゆく乳房と乳がん検診
第14章 乳房の未来
訳者あとがき
原注
索引

★発売済。異色の身体文化史です。書名からして男性客はレジにもっていきにくい本ですが、極めて真面目な本です。念のため申し上げておきますと、東洋書林さんは美麗なカラー図版を多数収録する本づくりで定評がありますが、本書では象徴的なモノクロ図版が各章冒頭に掲げられているのみです。諸兄におかれましては勘違いされませんように。とはいえこの本の内容は、男性とて無関係ではなく、第12章では男性の乳がん患者が取り上げられています。環境ホルモンや身の回りの化学物質、汚染物質の影響を男性も否応なく受ける、というアメリカでの症例が紹介されています。実際のところ、本書はその響きの柔らかさにも関わらず、とても恐ろしい内容が随所に含まれています。本書を読んで自分の飲料水や経口避妊薬に疑問を抱かない読者はおそらく皆無でしょう。

★原書は、Breasts: A Natural and Unnatural History(Norton, 2012)です。訳者あとがきの紹介文によれば「大きなテーマは乳がんだが、それだけではない。なぜヒトの女性がおっぱいをもつようになったのかから始まって、哺乳の進化、乳房の構造と働き、乳房の究極の不自然史ともいうべき豊胸手術、少女の思春期の早発化、母乳vs.粉ミルク、避妊薬やホルモン剤の影響、乳がん検診など、じつに多岐に渡る。男性の乳がんだけを取り上げた章もある。それらについて、現状と研究の最前線を紹介したのがこの本」です。著者はジャーナリストで、コロラド大学で教鞭を執っているほか、雑誌の編集や各媒体への科学エッセイ寄稿で知られています。

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新訳 ラーマーヤナ 7 
ヴァールミーキ著 中村了昭訳
東洋文庫(平凡社) 本体3,000円 全書判上製函入420頁 ISBN978-4-582-80838-4

帯文より:ラーマは、王として地上に真理と正義と平和を実現すると、彼を讃える物語を残し、再びヴィシュヌ神として天上へと還っていった。サンスクリット原典からの初の邦訳全7巻、ここに完結。

★発売済。2012年4月に第1巻を刊行以来、わずか1年と数カ月で全巻完結へと至ったのは驚異的です。最終巻の巻末にある「訳者あとがき」はわずか2頁足らずですが、この完訳が多くの人々の善意に助けられたことが垣間見え、感動します。本書では本編以外の様々な逸話が挿入されています。男性から一時的に女性になって豚と結婚し子供をもうけたイラ王の話など、耳目を惹く物語を読むことができます。著者のヴァールミーキも随所に登場し、物語の最後の方では二人の弟子に『ラーマーヤナ』を人々や神々の前で琵琶を弾きつつ吟唱するよう命じます。「一日に二十章節を、優美な声で吟唱せよ」(第93章、366頁)と。「この物語は長寿を与え、素晴らしい幸運をもたらし、罪障を滅する」(第111章、415頁)と謳われる『ラーマーヤナ』は胸躍る娯楽の要素と教訓をもたらす哲学的要素を兼ね備えた、得難い古典です。


踊れわれわれの夜を、そして世界に朝を迎えよ
佐々木中著
河出書房新社 2013年8月 本体2,000円 46判上製256頁 ISBN978-4-309-24627-7

カバー裏紹介文より:「読む、そして書くということには、終わりがありません。住処がありません。安住がない、安心がない、安定がない、安逸がない。そういういかなる安堵も許されていない。戻ってくる自分が無いのだから。いつまでも、遙かな消失への雪崩れゆきとして、どこまでも流されていくということなのだから。それは流謫にある。それは苦難である。では、そこに歓びはないのか。/なかったら誰も読まない。誰も書かないよ」(「母の舌に逆らって、なお」)。/新時代の思想の旗手として衆目が一致する、佐々木中。しかし彼は時代に踊らされることを拒み、一人みずからのダンスを舞おうとする。フーコー、ジョン・ケージ、イェーリング、ルジャンドル、ロベスピエール、アメノウズメ、ベンヤミン、坂口安吾、シュレーゲル、ノヴァーリス、ヘーゲル、ヘルダーリン、ルター、カフカ、樋口一葉、吉増剛造、ベルクソン、ドゥルーズ=ガタリ、スコット・フィッツジェラルド、マイケル・ジャクソン、ロラン・バルト、中井久夫、フロイト、福島、ラカン、ディディ=ユベルマン、アウシュヴィッツ、吉田健一、フランシス・ベーコン、ジャコメッティ、いとうせいこう、チェルノブイリ、近藤よう子、島田虎之介、この多様な固有名を巻き込みつつ進む、佐々木中の息を呑む雄弁と緻密な論理を一冊で知ることができる最新刊。

★発売済。2012年から2013年に至る最新論考、講演、対談を集成。目次詳細は本書の特設サイトをご覧ください。いとうせいこうさんは本書の推薦文に「ますます濃く、熱く、深く佐々木世界が浸透してくる」と評していらっしゃいますが、まさにその通りで、〈3.11〉以後、いっそう鋭さを増した「中節(あたるぶし)」に圧倒されます。特に圧巻なのは、現代における新たな「翻訳者の使命」へと手向けられた「母の舌に逆らって、なお――翻訳・ロマン主義・ヘルダーリン」(2012年11月の熊本講演と九州講演を再編集)と、写真論から出発してトラウマ論へと至る「疵のなかで疵として見よ、疵を――NAMURA ART MEETING講演の記録」(2012年10月、大阪講演)の、講演二篇です。反改憲、反戦、反原発、と要約してしまうととても陳腐に響きますが、従来の「サヨク」的言説に回収されうるような形式的な常套句が書き連ねてあるわけではありません。講演の一部を切り出してモットー的に引用するのは不当にすら思えるので、ぜひとも全文を読んでいただけたらと思います。本書の力強さはまるで大きな斧のようです。好戦論や再軍備論がもつ「自分の弱さに耐えられないという弱さ」(131頁)へと叩きつけられる一撃。佐々木さんのくっきりとした態度表明は、表題作「踊れわれわれの夜を、そして世界に朝を迎えよ」(2013年6月、インタヴュー)や巻頭の「序」にも明らかです。

★本書は「アナレクタ」シリーズ全4巻に続くものですが、シリーズには含まれないようです。しかし第3巻『砕かれた大地に、ひとつの場処を』(2011年10月)と第4巻『この熾烈なる無力を』(2012年8月)は本書と地続きの議論が展開されていますから、ぜひご参照ください。また、その空気感は佐々木さん自身の小説最新作『夜を吸って夜より昏い』(2013年3月;初出は「文學界」2012年11月号)と共有しているものがあると思います。
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by urag | 2013-08-11 22:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 09日

9月上旬刊行予定:森山大道写真集『パリ+(ぱり・ぷらす)』

2013年9月10日取次搬入予定 *写真集

パリ+(ぱり・ぷらす)
森山大道写真集
月曜社 2013年9月 本体2,600円 A6変型判(タテ149ミリ×ヨコ110ミリ×ツカ36ミリ) 上製ハードカバー504頁(写真点数311点) ISBN:978-4-86503-006-8

「パリの町には、ぼくの写真の故郷(ふるさと)の何分の一かがあると思う」(森山大道)。青年時代の芸術都市への憧憬、アッジェの写真への心の追走と、写真家を刺戟してやまなかったパリ――数年にわたるたびたびの滞在のなかで撮影されたカットから集大成! かつてないパリ写真のイメージ群! 撮影年:1988~1990年、2003年。装幀:町口覚(マッチ&カンパニー)

森山大道(もりやま・だいどう)1938年生まれ。最近の作品集・著書に、『実験室からの眺め』(河出書房新社、2013)、『Daido Moriyama 1965~』 (赤々舎、2013)、『LABYRINTH』(Akio Nagasawa Publishing、2012)、など。2012−2013年のロンドン、テート・モダンでのウィリアム・クラインとの二人展、2013年10月に開催予定のカッセル・フォトブック・フェスティバルでは、「On DAIDO Homage」として、大々的に取り上げられるなど、国内外を問わず、その名声は絶頂にある。

※これまで刊行した『新宿+』『大阪+』は並製本ソフトカバーでしたが(現在ともに品切)、今回の『パリ+』は上製本ハードカバーになります。
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by urag | 2013-08-09 10:13 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 07日

9月上旬刊行予定:松本俊夫『逸脱の映像――拡張・変容・実験精神』

2013年9月上旬発売予定 *芸術(映画論・映像文化論)

逸脱の映像――拡張・変容・実験精神
松本俊夫=著 金子遊=編
月曜社 2013年9月 本体3,600円 46 判(130x190mm)上製312 頁 ISBN978-4-86503-004-4

武満徹や寺山修司、湯浅譲二などと数々の実験映画/映像を世に問うてきた松本俊夫、20数年ぶりの単著! 〈逸脱〉という概念を核に、制度的なものの規範を揺さぶり、創造的カオスを誘発し続ける、松本俊夫のラディカリズムの現在性とは……。1980年代から現在にいたるまでの論考と対話を精選した松本俊夫6冊目の映画/映像批評集。武満徹との対談「イメージと思考を喚起するもの」(1978年)も収録。

著者=松本俊夫(まつもと・としお)1932年生まれ。映画監督・映像作家・映画理論家。『薔薇の葬列』『ドグラ・マグラ』などの劇映画と平行して、実験映画やビデオアートの制作、批評活動をおこなう。著書に『映像の発見』(三一書房、1963年/清流出版、2005年)、『表現の世界』(三一書房、1967年/清流出版、2006年)、『映像の変革』(三一書房、1972年)、『幻視の美学』(フィルムアート社、1976年)、『映像の探求』(三一書房、1991年)。編著書に『美術×映像』(美術出版社、2010年)。近年の美術展に『松本俊夫 映像の変革』展(川崎市市民ミュージアム、2006年)、『白昼夢 松本俊夫の世界―幻想のラディカリズム』展(久万美術館、2012年)など。

編者=金子遊(かねこ・ゆう)映画作家・批評家。編著書に『フィルムメーカーズ』(アーツアンドクラフツ、2011年)。

ブックデザイン=宇川直宏(うかわ・なおひろ) 映像作家・DOMMUNE 代表。
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by urag | 2013-08-07 13:20 | 近刊情報 | Trackback | Comments(2)
2013年 08月 05日

2012年に月曜社が出版した本

昨年末にまとめを出し忘れていたので、半年以上の遅まきではありますがアップします。

◎2012年に出版した本

自社発行
1月:ロドルフ・ガシェ『いまだない世界を求めて』吉国浩哉訳、叢書「エクリチュールの冒険」第2回配本【批評・アメリカ現代思想】
2月:上村忠男編訳『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学――スパヴェンタ、クローチェ、ジェンティーレ』、シリーズ「古典転生」本巻6【イタリア哲学】
3月:岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』、シリーズ「古典転生」本巻7【近世哲学】
4月:清水アリカ『昆虫の記憶による網膜貯蔵シェルター、及びアンテナ』【日本文学】
4月:森山大道『カラー』【写真】
6月:ジュディス・バトラー『権力の心的な生――主体化=服従化に関する諸理論』佐藤嘉幸・清水知子訳、「暴力論叢書」第6回配本【アメリカ現代思想】
7月:レーモン・クノー『棒・文字・数字』宮川明子訳【フランス文学】
8月:ジョルジョ・アガンベン『到来する共同体』上村忠男訳、叢書「エクリチュールの冒険」第3回配本【イタリア現代思想】
9月:ポール・ド・マン『盲目と洞察』宮崎裕助・木内久美子訳、叢書「エクリチュールの冒険」第4回配本【批評・アメリカ現代思想】
10月:森山大道『モノクローム』【写真】
11月:ショラル・ショルカル『エコ資本主義批判――持続可能社会と体制選択』森川剛光訳【社会思想】

ウェブコンテンツ
継続:ルソー『化学教程』淵田仁+飯田賢穂訳【フランス哲学】

発売元請負
4月:『表象06:ペルソナの詩学』表象文化論学会発行【人文・思想】

以上、自社本11点、ウェブコンテンツ1点、発売元請負1点でした。
なお、年内の重版実績はありませんでした。
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by urag | 2013-08-05 12:29 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 04日

注目の新刊、既刊、重版:ボルタンスキー/シャペロ『資本主義の新たな精神』ナカニシヤ出版、ほか

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資本主義の新たな精神 上
リュック・ボルタンスキー(Luc Boltanski, 1940-)+エヴ・シャペロ(Eve Chiapello, 1965-):著
三浦直希+海老塚明+川野英二+白鳥義彦+須田文明+立見淳哉:訳
ナカニシヤ出版 2013年8月 本体各5,500円 A5判上製上496頁/下444頁 ISBN978-4-7795-0786-1/978-4-7795-0787-8

帯文より(上巻):批判はなぜその力を失ったのか。雇用の不安定化、新たな貧困、社会的排除――労働をめぐる困難な状況はいかにして生じたのか。資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうための「批判」の再生を構想する、フランス社会学の泰斗ボルタンスキーの主著。
帯文より(下巻):資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうために。68年5月を発端にかつてあれほどまでに燃え上がった資本主義への批判は、なぜその力を失ったのか。資本主義の新たな精神の下での新たな形態の搾取と抑圧を分析し、「批判」の再生を構想する、現代フランス社会学の最重要文献。

版元紹介文より:ネオリベラリズムの核心に迫り、「批判」の再生を構想するボルタンスキーの主著、待望の完訳! 雇用の不安定化と新たな貧困、社会的排除に象徴される現代の困難な状況はいかにして生じたのか。かつてあれほどまでに高まった資本主義に対する批判は、なぜその力を失ってしまったのか。資本主義を支える「精神」と、それが「批判」を吸収し変容していく過程を、マネージメント文献の詳細な調査をもとに明らかにし、資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうための「批判」の再生を構想する、フランス社会学の泰斗リュック・ボルタンスキーの主著、待望の完訳。上巻では、60年代から70年代の批判を吸収した「資本主義の新たな精神」の形成過程を明らかにし、それが労働の場面でもたらす破壊的影響について論じる。下巻では、批判の陥った袋小路を明らかにし、新たな形態の搾取と抑圧、商品化を分析することで、「批判」の再生を展望する。

★まもなく発売。8月7日(水)取次搬入の新刊です。原書は、Le nouvel esprit du capitalisme(Gallimard, 1999)で、ボルタンスキーの代表作です。20世紀最後の30年間で資本主義がどのように変化したのか、また、社会批判の力がなぜ弱体化し武装解除されたのか、批判の再生はこの先可能なのか。これらの問題意識のもと詳細な分析を試みています。「すべてがたった一日で商品に変わっているような世界、人びとがつねに試練にかけられ、たえざる変化の要求に従属し、この種の組織化された不安によって、自己の永続性を保証するものを剥奪されるような世界」(下巻317頁)を分析し、それへの抵抗と「資本主義が引き起こす破壊に立ち向かう希望」(下巻318頁)へと向かう本書は、日本にひきつけて言えば痛烈な「団塊世代批判」として読むことができ、長期的な停滞にあえぐ現代日本へのメッセージとして受け止めることもできると思います。

★上下巻の大冊であり、内容的にも歯ごたえ十分なので、まず著者自身による総括である「結論 批判の力」を読んで本書の骨格を頭に入れた上で読んでいくのも一つの手かもしれません。本書では批判の力を社会的批判と芸術家的批判に分け、それぞれの効用を説明しており、社会学者ならではの視点が非常に興味深いです。ボルタンスキーはフランス社会科学高等研究院(EHESS)教授。周知の通り、社会学者ではピエール・ブルデューやアラン・トゥーレーヌ、歴史学者ではジャック・ル・ゴフやフランソワ・フュレ、文化人類学ではクロード・レヴィ=ストロースやマルク・オジェ、哲学者ではジャック・デリダやジョルジュ・ディディ=ユベルマンなどが活躍してきた、フランスの知の殿堂です。最後にボルタンスキーの既訳書を列記しておきます。

◎リュック・ボルタンスキー(Luc Boltanski, 1940-)既訳書
2007年02月『正当化の理論――偉大さのエコノミー』ローラン・テヴノー共著、三浦直希訳、新曜社
2011年05月『偉大さのエコノミーと愛』三浦直希訳、文化科学高等研究院出版局
2013年08月『資本主義の新たな精神』上下巻、エヴ・シャペロ共著、三浦直希ほか訳、ナカニシヤ出版

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《アジア》、例外としての新自由主義――経済成長は、いかに統治と人々に突然変異をもたらすのか?
アイファ・オング著 加藤敦典+新ヶ江章友+高原幸子訳
作品社 2013年8月 本体3,200円 46判上製416頁 ISBN978-4-86182-444-9

帯文より:21世紀の主役、その「活力」の光と影。グローバル華僑の出現、イスラームと資本主義などについて、刺激的なヴィジョンを提示し、ダボス会議で注目、数ヶ国語に翻訳されている「現代アジア研究」の世界的基本書。マイケル・ハート、サスキア・サッセン絶賛!

目次:
〈日本語版序文〉新自由主義vs.例外とアッサンブラージュ
 序章 例外としての新自由主義、新自由主義からの例外化
第一部 アジアの〈倫理〉をめぐる闘争――性、宗教、民族
 第一章 女たちの団結――「穏健なイスラーム」とフェミニストの徳
 第二章 グローバル華人――サイバー公共空間とディアスポラ的中国政治の落とし穴
第二部 アジアのガバナンス(統治空間)
 第三章 段階づけられた主権
 第四章 東アジアにおける特別区のテクノロジー
第三部 新たな人工空間「ラチチュード」――人的資本、専門技能はいかに展開するのか?
 第五章 水平軸(latitude)、あるいは市場はいかにして統治性の範囲を拡張するか
 第六章 グローバル空間における高等教育
 第七章 労働裁定取引――シリコンバレーにおける解雇と裏切り
第四部 新興国、その現れの影、あるいは新興都市の憂鬱
 第八章 バロックな生態系、沸騰するシンガポール
 第九章 生地図作成……メイド、新奴隷制、NGO
 第一〇章 上海の〈中国魂〉を再工学化する
原注
訳者あとがき
参考文献
本書を理解するための用語集

★発売済。原書は、Neoliberalism as Exception(Duke University Press, 2006)です。アイファ・オングさんはカリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとっている文化人類学者。著書が訳されるのは今回が初めてになります。「訳者あとがき」の言葉を借りると、本書は「昨今の新自由主義論を踏まえつつ、ネグリとハートの〈帝国〉にみられるような抽象的概念を批判的に捉えながら、文化人類学的手法を用いた具体的で微視的な観点から、フィールド上での〈アジア〉地域における実証研究と結び付けようとする試み」で、「具体的には、アジア太平洋地域のグローバル化の様相を、ネオリベラルな統治空間として分析」した本とのことです。著者自身は「日本語版序文」において、「グローバル資本主義によって形づくられた均質化した状況」として新自由主義(ネオリベラリズム)を見るのではなく、「さまざまな政治的空間を移動し、その地域の統治と経済成長の論理とが絡み合うような最適化の論理」として見ようとした、と説明しています(1頁)。

★以下、著名人の推薦コメントです。「オングの鋭利な分析は、現代のグローバルな政治経済システムの理解だけではなく、“より良い世界のために”、またグローバル資本主義と同対峙すべきかを考える上で極めて重要な視座を私たちに与えてくれる」(マイケル・ハート)。「グローバル化現象を包括する理論を武器にしながら、その理論がもつ“欠点”に鋭い嗅覚を発揮し、豊富で多様な例証と実証を用い、「統治するもの」と「統治されるもの」との関係、そしてその変容をあぶりだしている実に優れた仕事である」(サスキア・サッセン)。「開発学をリードする著者によって書かれた本書は、新しいグローバル経済のなかでいかに国家や諸制度が、開発を成功に導いたとされる“市場”よりも「決定的な役割」があるのかを教えてくれる。本書は、この分野を研究しようとする世界中の政策立案者や学生に必須の教科書になるであろう」(マニュエル・カステル)。

★本書における鍵概念の一つ「ラチチュード(水平的市民権)」について巻末の用語集の説明(403頁)を引用しておきます。――「緯度」もしくは「思想や行動の自由裁量範囲」を意味する。ネグリ=ハートの「マルチチュード」の概念がグローバルに移動・連携する群衆を意味することを念頭に、南北関係でもグローバルでもなく、東西軸によって結びつく労働力・資本・技術の相互流通を意味するためにオングが独自に設定した概念。具体的には、アジアとアメリカ西海岸とのあいだの労働力・資本・技術の移動と、それを支える経済、労働、市民権の体制を指している――。


摘便とお花見――看護の語りの現象学
村上靖彦著
医学書院 2013年8月 本体2,000円 A5判並製416頁 ISBN978-4-260-01861-6

帯文より:看護師の尋常ではない語りに耳を傾ける。「とるにたらない日常」を看護師はなぜ目に焼き付けようとするのか――。ケアという謎の営みに吸い寄せられた現象学者は、その不思議な時間構造に満ちた世界をあぶり出す。

版元紹介文より:看護という「人間の可能性の限界」を拡張する営みに吸い寄せられた気鋭の現象学者は、共感あふれるインタビューと冷徹な分析によって、不思議な時間構造に満ちたその姿をあぶり出した。巻末には圧倒的なインタビュー論「ノイズを読む、見えない流れに乗る」を付す。パトリシア・ベナーとはまた別の形で、看護行為の言語化に資する驚愕の1冊。

★26日取次搬入済。「シリーズ ケアをひらく」の最新刊です。ユニークな書名は「てきべんとおはなみ」と読みます。摘便についてはどうぞ各自お調べください。目次詳細は書名のリンク先をご覧いただけます。「はじめに」によれば本書は「四人の看護師さんにインタビューをとり、その逐語録を、現象学という方法論を用いて分析した」ものです。四人の看護師さんというのは、小児科から訪問看護に移ったFさん、透析室から訪問看護に移ったDさん、がん看護専門看護師のCさん、小児がん病棟の看護師Gさんの四名。それぞれに各2章が割かれ、結論で四人の語りがまとめられます。末尾の付章「インタビューを使った現象学の方法――ノイズを読む、見えない流れに乗る」は、本書の方法論の説明です。

★哲学書ではあるのですが臨床的なアプローチによるためか抽象的すぎることはなく、読みやすいです。「ケアをひらく」シリーズでは医学書だけでなく人文書や社会書の売場でも扱える本が数多くあります。本書もその一つです。全国的にみれば「看護の現象学」や「臨床哲学」はまだコーナーとしては確立していないと思われますが、今後ますます発展していくジャンルなので、早めにチェックしておくと良いと思います。ちょうど「現代思想」誌8月号でも「看護のチカラ――“未来”にかかわるケアのかたち」という特集が組まれ、木村敏さんや西村ユミさん、鷲田清一さん、松葉祥一さんといった方々の対談やエッセイ、論考を読めるので、本書の併売併読をお薦めします。本書の著者の村上さんも「ローカルでオルタナティブなプラットフォーム――助産師Eさんと現象学的倫理学」(152-165頁)を寄稿されており、この論考でもやはりインタビューに寄り添うかたちで考察が進められています。村上さんが師と仰ぐマルク・リシールさんの訳書『身体――内面性についての試論』(和田渡・川瀬雅也・加国尚志訳、ナカニシヤ出版、2001年)の併読もお薦めします。

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サン=ジェルマン大通り一二五番地で
バンジャマン・ペレ(Benjamin Péret, 1899-1959)著 鈴木雅雄訳・解説
風濤社 2013年7月 本体2,800円 四六判上製256頁 ISBN978-4-89219-369-9

帯文より:シュルレアリスムの重鎮、本邦初! 待望の本訳書。ペレ短篇〔コント〕集。シュルレアリスムの自動記述〔オートマティスム〕の大いなる成果──天衣無縫・奇想天外・支離滅裂、ぶっとんだストーリー! 意味など、辻褄など存在しない。ただ、ペレによって書かれたテクストがあるのみだ! 読めばよむほど中毒になる、極上の乾いたユーモア11篇。「シュルレアリスムの本棚」第二回配本!

目次:
サン=ジェルマン大通り一二五番地で
興味あふれる人生
一ドルの不幸
死刑囚最後の夜
むかしむかしあるところにひとりのブーランジェールがいました……
旅館「空飛ぶお尻」亭
取っ組み合って
第九番の病
死者か生者か
幽霊たちの楽園にて
訳者解説 私は名づける、動機なしに――バンジャマン・ペレの文学的ならざる軌跡
あとがき

★発売済。「本邦初訳の叢書」と謳った意欲的なシリーズ「シュルレアリスムの本棚」の第2回配本です。訳者解説によれば、本書はペレが残した数十篇のコント(短篇)から代表的作品を選んだもので、主に20年代から30年代に発表された作品を中心に編まれています。ペレの短篇小説はこれまでに、例えば国文社さんの「セリ・シュルレアリスム」シリーズ第2巻、アンドレ・ブルトン『夢の軌跡』(1970年)に収められた「デュリュッティ・エクロラの卵」(平井照敏訳、103-104頁)などを読むことができ、ほかでは詩作品が僅かに雑誌で抄録されたことがある程度でした(「バンジャマン・ペレ詩抄」桜井竜丸訳、『現代詩手帖』1973年8月号:特集「シュルレアリスムの現在」、123-129頁)。今回のようにまとまったかたちの単行本は初めてで、実質的なペレ再導入の記念碑的第一歩と言って良いと思います。収録された作品はいずれも興味深いですが、特に表題作の印象が強いです。

★訳者解説(174-248頁)は後段でご紹介する第一回配本のそれと同様に長いもので70頁以上あり、「ブルトンと並ぶシュルレアリスムの理念の体現者」(版元ウェブサイトより)である著者を丁寧に紹介しています。訳者の鈴木雅雄(すずき・まさお:1962-)さんは早稲田大学文学部教授で、著書に『シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性』(平凡社、2007年)、『ゲラシム・ルカ――ノン=オイディプスの戦略』(水声社、2009年)、『マクシム・アレクサンドル――夢の可能性、回心の不可能性』(水声社、2012年)などがあります。水声社さんの2冊はシリーズ「シュルレアリスムの25時」に収められているものです。

★既刊書2点のあとがきから拝察するに、シリーズ「シュルレアリスムの本棚」の担当編集者は鈴木冬根さんです。鈴木さんのお名前は未知谷さんやパロル舎さん、雑誌「Yaso」などでお見かけします。シリーズの続刊として、以下の書目が巻末に掲げられています。ジュリアン・グラック『街道日誌』永井敦子訳・解説、エルネスト・ド・ジャンジャンバック『パリのサタン』鈴木雅雄訳・解説、ルネ・クルヴェル『おまえたちは狂人か』鈴木大悟訳・解説。


大いなる酒宴
ルネ・ドーマル(René Daumal, 1908-44)著 谷口亜沙子訳・解説
風濤社 2013年6月 本体2,800円 四六判上製272頁 ISBN978-4-89219-368-2

帯文より:「シュルレアリスムの本棚」創刊! 第一回配本! 未完小説『類推の山』と対を成すドーマル唯一の完成小説! いやしがたい強烈な喉の渇き──言葉の力をめぐる破天荒で朦朧とした酩酊状態の大演説。ラブレー、ジャリの衣鉢を継ぐ、ユーモアと寓意に満ちた通過儀礼の書、現代に甦る風刺小説(サティール・メニペ)、自伝的実験小説の傑作!

目次:
序文あるいは取り扱い説明書
第一部 言葉の力と思考の弱さについての、煩雑な対話
第二部 人工天国
第三部 あたりまえの日の光
索引
訳者解説
カメレオンの法則――あとがきにかえて

★発売済。シリーズ「シュルレアリスムの本棚」の第一回配本です。原書は、La Grande Beurerie(Gallimard, 1938)です。底本には1986年版を用い、適宜英訳とスペイン語訳を参照されたとのことです。訳者解説によれば、本書は36歳で結核により夭折したドーマルが30歳の折の処女小説で、唯一の完成された小説だとか。「『類推の山』が明るく、爽快で、象徴的な登山小説であるとするならば、『大いなる酒宴』は沈鬱で、かつ滑稽で、寓意的な哲学小説であり、二つの作品はドーマルの代表作として、いわば光と影のような関係をなしている」(178-179頁)。この訳者解説(178-258頁)は80頁もの長篇で、たいへん読み応えがあります。また、訳者あとがきでは、ドーマルと中島敦の共通点を指摘されており、興味深いです。訳者の谷口亜沙子(たにぐち・あさこ:1977-)は、獨協大学外国語学部フランス語学科准教授。水声社さんの「シュルレアリスムの25時」シリーズで『ジョゼフ・シマ――無音の光』を2011年に上梓されています。

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類推の山
ルネ・ドーマル著 巖谷國士訳
河出文庫 1996年7月 本体900円 文庫判並製248頁 ISBN978-4-309-46156-4

カバー裏紹介文より:はるかに高く遠く、光の過剰ゆえに不可視のまま、世界の中心にそびえる時空の原点――類推の山。その「至高点」をめざす真の精神の旅を、寓意と象徴、神秘と不思議、美しい挿話をちりばめながら描き出したシュルレアリスム小説の傑作。“どこか爽快で、どこか微笑ましく、どこか「元気の出る」ような”心おどる物語。

版元紹介文より:これまで知られたどの山よりもはるかに高く、光の過剰ゆえに不可視のまま世界の中心にそびえている時空の原点――類推の山。真の精神の旅を、新しい希望とともに描き出したシュルレアリスム小説の傑作。

目次:
第一章 出あいの章
第二章 仮定の章
第三章 航海の章
第四章 到着の模様、そして貨幣の問題がはっきりと示される章
第五章 第一キャンプ設営の章
後記(ヴェラ・ドーマル)
覚書――ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された
初版への序(A・ロラン・ド・ルネヴィル)
解説(巖谷國士)
文庫判あとがき(巖谷國士)

★7月20日重版出来、4刷。原書はLe mont analogue(Gallimard, 1952)で著者の逝去より8年後に刊行された未完の遺稿です。訳書の親本は1978年に白水社のシリーズ「小説のシュルレアリスム」の一冊として刊行。当時の帯文はこうでした。「「未知との遭遇」を求めて、世界の至高点へと旅立つ8人の選ばれた男女。――神秘詩人ドーマルが現代への遺言として残したこの「非ユークリッド的」SF登山冒険小説は、人間の「生きる意味」を追求しようとした真摯な魂の実話でもある」。この帯文は本書の扉裏には刻まれている言葉を受けてのものかと思います。「非ユークリッド的にして、象徴的に真実を物語る、登山冒険小説」。「一種の象徴的な自伝」(解説)である本書の成立事情は、ロラン・ド・ルネヴィルによる序や、未亡人のヴェラによる後記、著者自身の覚書に詳しいです。ヴェラはロラン・ド・ルネヴィルと一緒に本書の遺稿の整理編纂にあたっています。なお、ロラン・ド・ルネヴィル(André Rolland de Renéville, 1903-1962)には2冊の訳書があります。『見者ランボー』(有田忠郎訳、国文社、1971年)と『詩的体験』(中川信吾訳、国文社、1974年)です。


カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢
マックス・エルンスト著 巖谷國士訳
河出文庫 1996年8月 本体1,200円 文庫判並製248頁 ISBN978-4-309-46157-1

カバー裏紹介文より:このコラージュ・ロマンは『百頭女』以上に冒瀆的であり、エロティックであり、しかもユーモアにみちみちている。典型的なポルノグラフィーふうの設定から、どれほど過激なエロティスムを引きだしうるものか、どれほど黒いユーモアを解きはなちうるものかという実験を、絵と言葉によって、徹底的に、しかも軽々と、やってのけてしまっている……。(巖谷國士)

版元紹介文より:厳格な女子修道院に入りたがる敬虔な(?)少女の夢という典型的なポルノグラフィーふうの設定から引き出される過激なエロティシズムと黒いユーモア!! 『百頭女』につづくコラージュロマンの幻の名作。

目次:
カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢
M.E.の青春についての若干のデータ
ウィスキー海底への潜行
コラージュ・シュルレアリスト(巖谷國士)
あとがき(巖谷國士)

★7月20日重版出来、3刷です。原書は1930年に刊行されたRêve d'une petite fille qui voulut entrer au Carmelです。訳書の親本は1977年、河出書房新社さんから刊行。その後96年に『百頭女〔ひゃくとうじょ〕』に続いて文庫化、翌年には『慈善週間または七大元素』も文庫化されました。『百頭女』や『慈善週間』に比べ『カルメル修道会』は品切期間が若干長かったのですが、2011年4月の紀伊國屋書店新宿本店ピクウィック・クラブによるブックフェア「ぶんぱく'11」に合わせ重版。小部数だったためそれも在庫がなくなって再び入手しにくくなっていたところ、今月、『百頭女』『慈善週間』『カルメル修道会』の3点が共に重版されました。お持ちでない方はこの機会にぜひ3点とも購入されることをお薦めします。「いつまでも あると思うな レア文庫 切れたらすぐに 高額になる」。なお河出文庫では、来月5日発売でバロウズ『ジャンキー』が重版されるとのことです。

★訳注に基づき、併録テクスト「M.E.の青春についての若干のデータ」「ウィスキー海底への潜行」について説明しますと、前者の原題は"Some Data on the Youth of M. E. as Told by Himself"で、ニューヨークの「View」誌第2集第1号(マックス・エルンスト特集号、1942年4月刊)で発表されたものです。後者の原題は"La mise sous whiskey marin"で、パリの「Cahiers d'Art」誌第6-7号(「絵画の彼方」特集号、1936年刊)で発表されたもので、この号には「ウィスキー海底への潜行」の前に「ある博物誌の来歴」というテクストも収録されていました。これはフロッタージュの発見をめぐるテクストだそうです。
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by urag | 2013-08-04 23:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)