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2012年 12月 29日

ブレポルスのインタープラン

毎年年末になると当ブログの古い記事「ブレポルス社製の手帳、インタープラン」(2005年1月6日)へのアクセスが少し増えるようです。この記事から8年近く経過したのだと思うと言い知れぬ戦慄を覚えますが、久しぶりにBrepolsのInterplanについて書こうと思います。

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2000年ごろのInterplanは、私の記憶では1,800円とか、それくらいの値段でした。合皮のカバーに交換可能なリフィルとアドレス帳がついています。中身のフォーマットが現在のレイアウトに定着したのは2001年からです(6カ国語表記であることは2000年以前も変わりません)。合皮のカバーは何年かごとにリニューアルしますが、2005年からは金具が取れました。2005年までの合皮はざらっとした感触の固めのものでしたけれど、2006年から2011年まではやわらかくて光沢のある合皮に代わっています。ただ、この素材は経年劣化のリスクがあり、実際、私の手元にある2006年と2007年の合皮は一年経って使い終えてしまっておくとベタつきが出てきて、周りにあるものとくっついてしまうので、やむなく紙のカバーをかけています。

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2008年以降はこの劣化に対策がなされたのか、まだベタつきは出ていません。今年、2012年のカバーにはゴムバンドと、ペン留めがつき(写真中央)、合皮の素材は光沢のあるものから落ち着いたマットなものに代わっています(下段に書いた通り実はこれは例年とは別の銘柄でした)。Interplanは毎年値上がりし、2001年には2,000円を突破し、十年の内にいつの間にか3,000円台に突入しました。その昔は日本橋の旧丸善本店(現在は日本橋店)で買っていましたが、本店が丸の内に移転してからは、銀座の伊東屋で買っています。伊東屋は文具専門店ですから、ブレポルス以外にも色々と輸入手帳がありますし。Interplanは毎年値上がりしてついに3,000円台の後半になり、4,000円台になるのも時間の問題かと思っていました。合皮カバー付きのInterplanをやめて、ずっと廉価な本体だけのInterplan(写真左端)に変更しようかと思ったくらいでした。

合皮カバー付きのInterplanは中身(リフィル)だけを取り出すとものすごく貧弱なのですが、カバーなし本体のみのInterplanは、ハードな表紙でシンプルな良さがあり、中身は一緒ですが値段が半額くらいになります。それに、毎年ほとんど使わないアドレス帳もついていません。唯一の難点は、リフィル版はプラスチックのコイルで紙をとじているためフラットに目いっぱい開きますが、カバーなしは製本されているので、開きが硬くて指で押さえていないと閉じてしまうということです。かつて丸善本店にこのカバーなし版が売っていた記憶はありません。ひとつのものを使い続けるという、ある意味やせがまんのポリシーの結果、合皮カバー付きのInterplanを使い続けているわけです。

2013年版(写真右端)はさすがの円安で2,600円くらいまで一気に千円近く安くなりましたが、カバーからゴムバンドやペン留めがなくなりました。これはちょっと残念。しかしこの真相は、なくなったのではなくて、別商品だったのです。ブレポルスのオンラインカタログを見ると、ゴムバンドやペン留めのついている合皮カバーはLivornoという商品で今なお存在しています。仕様が変更になったわけではなく、今年は例年通り、バンドやペン留めのないGenovaのみを伊東屋が仕入れたということなのだと思われます。Interplanというのは本体の中身のフォーマットの名称であって、カバーなどの外まわりの仕様が異なるごとに商品名が違うのですが、日本では輸入されている商品が限定されているために、単純にInterplanという商品名になっていることがままあるのですね。

それと、今年は伊東屋で、合皮カバーなしの本体だけのInterplan(正確な商品名はLima)を見かけませんでした。かわりにmooseという新作が置いてありました。中身がInterplan仕様のものが店頭にあったのですけれど、使い込むうちにだんだんめくれてくる困った特性をもったリサイクルレザーを表紙に使っていて、私はあまり惹かれませんでした。このmooseより私は昨年あたりから製造元のオンラインカタログに載り始めたvintageというシリーズのほうがよっぽどいいのです。しかしこれは日本には輸入されておらず、製造元のブレポルスはオンラインショップを展開していないため、通販も適いません。文具を扱う海外のオンラインショップがないわけではないのですが、だいたい日本への発送はしていません。ブレポルスの2013年の商品ではColoriやClassic、Palermo Finesse、Rondo、Venetoなど、魅力的なものもたくさんあるので、日本の輸入代理店さんには今後いっそう期待したいです。なお、Interplanのリフィルはアマゾン・ジャパンでも購入できます。

ともあれ、問題は、合皮がいずれ劣化するということです。この難点をクリアするために、伊東屋銀座本店でほかの輸入手帳も物色した結果、一番素敵だったのは、レザースミス・オブ・ロンドン(Leathersmith)の手帳でした。似たような名前のレザー商品メーカーが日本にもあるため、「オブ・ロンドン」が付いていますが、ロンドンの方は1839年に創立された老舗です。日本ではアイハラ貿易さんが輸入されています。ブランド名から推察できる通り、レザースミス・オブ・ロンドの商品は良質な「本革」で作られています。そのため、合皮のように、数年経ってベタつきが出るなどということはありませんが、お値段が高いです。Interplanとほぼ同じサイズのスケジュール帳なら、税別で6,200円です。つまりGenovaが2冊は買えるわけです。手のひらよりずっと小さい、最小サイズ(81x58mm)のものでも、3,300円。大きめのノートサイズになると、1万円を超えます。

一年しか使わない手帳ごときに何千円も使えるか!というお声もあるかと思います。ただ、レザースミス・オブ・ロンドンの手帳は手触りもいいですし、三方金ですし、中身は青みがかったブルーフェザーペーパーで、とても美しいです。かといってスケジュール帳を何冊も買っても仕方ないので、私はスタイルストアでとりあえず一番小さいノートブック(NBB32R)を買いました。実際に使うためというよりは、造本の資料として手元に置くためです。高いのでちっちゃいものしか買えないというよりは、ちっちゃいのが好きなのです。文庫サイズよりも小さい、本当にジーンズのポケットにするっと入る本を作りたいというのが、私の願望のひとつです。流通上の諸問題でなかなか作れませんが。
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by urag | 2012-12-29 17:45 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 24日

注目の新刊、近刊:マルジェル『欺瞞について』水声社、ほか

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欺瞞について――ジャン=ジャック・ルソー、文学の嘘と政治の虚構
セルジュ・マルジェル(Serge Margel, 1962-)著 堀千晶(1981-)訳
水声社 2012年12月 本体3,000円 A5判上製218頁 ISBN978-4-89176-936-9

帯文より:権力に抵抗する戦略的無為とは? ルソーのテクストを精読し、緊密に絡み合った文学と政治の権力の構造を暴き、解体する、デリダの高弟による、新たなルソー論。文学/政治の欺瞞に抵抗する、ルソー/マルジェルの戦闘的エクリチュール。アルトー、ド・マン、ラクー=ラバルト、ナンシー、そしてデリダを越えて。

原書:De l'imposture: Jean-Jacques Rousseau, Mensonge littéraire et fiction politique, Galilée, 2007.

目次:
序文――欺瞞の舞台演出
I 嘘トハ寓話デアル、あるいは潔白を打ち明けることによって嘘をつく権利――『夢想』第四の散歩から、『告白』の銘句へ
 序
 一 『告白』の嘘――潔白と不正のあいだで
 二 潔白な嘘つき、誠実な人間、告白された証人
II 文化の虚構――ジャン=ジャック・ルソーと民主制の政治体
 序
 一 自然、文化、歴史の経済
 二 政治体と虚構の言説

訳者あとがき

★12月21日頃発売開始と版元サイトでは告知されています。「叢書 言語の政治」の第18弾です。マルジェルの翻訳は単行本としては初めてになります。本書でしばしば言及されるポール・ド・マン『読むことのアレゴリー』も同日に岩波書店から発売されたので、タイミングはばっちりですね。弊社9月刊『盲目と洞察』をご購読された方はおそらく『読むことのアレゴリー』も購入されることと思いますが、ぜひマルジェルの本書も手にとってみてください。先行者たちの研究を巧みに血肉化した、もっとも現在的なルソー読解の成果を見ることができます。訳者による丁寧なあとがきもたいへん参考になります。


芸術の作品I――内在性と超越性
ジェラール・ジュネット著 和泉涼一訳
水声社 2012年12月 本体5,000円 A5判上製384頁 ISBN978-4-89176-929-1

版元紹介文より:芸術はいかに存在し、いかに機能するのか。物語論の理論家にして、刊行される著作が〈いつでもひとつの事件である〉といわれるジェラール・ジュネット。新刊では、音楽、文学、絵画、彫刻、建築など、主要芸術の領域を横断する一般美学の基礎理論の構築を試みます。

カバー裏紹介文より:《芸術作品はふたつの存在様態、すなわち内在性と超越性を身にまとう。〈内在性〉は、作品がそこに「存する」ところのオブジェのタイプによって定義され、それゆえ二つの体制に区別される。この二つの体制は〔……〕それぞれ〈自筆的〉および〈他筆的〉と命名される。自筆的体制においては、内在的オブジェ(絵画、彫刻、パフォーマンス)は物質的であり、それはおのずから顕現する。他筆的体制においては、そのオブジェ(文学テクスト、作曲、建築物のプラン)は観念的であり、その物理的顕現(書物、楽譜、施工)から〈還元〉されることによって思い描かれる。〈超越性〉を定義するのは、作品がその内在性から溢れ出してゆくそのさまざまな仕方である。たとえば、作品がいくつもの非同一的なオブジェから構成されるとき(「ヴァージョン」を有する作品)、作品が不備のある形(断片)で、あるいは間接的な形(模写、複製、記述)で顕現するとき、あるいは作品が場所や時期や個人や文脈にしたがってさまざまに作用するとき〔……〕、作品の存在はその作用から切り離せないがゆえに、その内在的オブジェに還元されないのである。芸術作品(oeuvre d'art)はつねにすでに芸術の作品/活動(oeuvre de l'art)なのである。》(G・G)

原書:L'OEuvre de l'art: Immanence et transcendance, Seuil, 1994.

目次:
1 序文
第一部 内在性の諸体制
2 自筆的体制
3 唯一的オブジェ
4 多数的オブジェ
5 パフォーマンス
6 他筆的体制
7 還元
8 内在性と顕現
9 コンセプチュアルな状態
10 これはあれを滅ぼすだろうか?
第二部 超越性の諸様態
11 複数的内在性
12 部分的顕現
13 複数的作品
原注
訳注
参考文献
人名索引
訳者あとがき

★12月25日頃発売予定と版元サイトには告知されています。「叢書 記号学的実践」の第28弾。文学理論家として名高いジュネットですが、芸術論でまとまっている著書が翻訳されるのは初めてのはずで、まさに待望の訳書です。97年に刊行された第二部も、いずれ同訳者によって上梓されるとのことです(『芸術の作品II――美的関係』和泉涼一訳、水声社、近刊)。ちなみに原書では第一部と第二部は2010年に合本されています。ヴォリュームも内容もまさに骨太の一冊。芸術批評や美学理論を志す者にとって避けがたい大冊の登場です。

◎ジェラール・ジュネット既訳書
1985年09月『物語のディスクール――方法論の試み』花輪光・和泉涼一訳、水声社:叢書記号学的実践2
1985年12月『物語の詩学――続・物語のディスクール』和泉涼一・青柳悦子訳、水声社:叢書記号学的実践3
1986年10月『アルシテクスト序説』和泉涼一訳、水声社:叢書記号学的実践6
1987年04月『フィギュールIII』花輪光監修、水声社:叢書記号学的実践9
1989年04月『フィギュールII』花輪光監訳、水声社:叢書記号学的実践11
1991年06月『ミモロジック――言語的模倣論またはクラテュロスのもとへの旅』花輪光監訳、水声社:叢書記号学的実践14
1991年06月『フィギュールI』花輪光監訳、水声社:叢書記号学的実践15
1993年06月『フィギュール』平岡篤頼・松崎芳隆訳、未來社:ポイエーシス叢書18
1995年08月『パランプセスト――第二次の文学』和泉涼一訳、水声社:叢書記号学的実践18
2001年03月『スイユ――テクストから書物へ』和泉涼一訳、水声社:叢書記号学的実践20
2004年12月『フィクションとディクション――ジャンル・物語論・文体』和泉涼一・尾河直哉訳、水声社:叢書記号学的実践21
2012年12月『芸術の作品I――内在性と超越性』和泉涼一訳、水声社:叢書記号学的実践28

★さて、水声社さんでは今月、新シリーズ「ロックの名盤!」が2巻同時発売で12月26日頃に第1回配本が行われる予定です。

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レッド・ツェッペリン Ⅳ
エリック・デイヴィス著 石崎一樹訳
水声社 2012年12月 本体1,800円 四六判並製232頁 ISBN978-4-89176-940-6
帯文より:「ブラック・ドッグ」「天国への階段」などを収録した1971年の作品。タイトルや歌詞、ジャケットに至るまで、ちりばめられた数々の謎と秘密を解き明かしつつ、この史上最高のロックアルバムを解体する。「天国への階段」は本当に悪魔の歌なのか?

アバ・ゴールド
エリザベス・ヴィンセンテリ著 石本哲子訳
水声社 2012年12月 本体1,500円 四六判並製184頁 ISBN978-4-89176-941-3
帯文より:「チキチータ」「ダンシング・クイーン」を収録し、アバ再評価のきっかけとなったベスト盤。スウェーデンから世界を席巻した完全無欠の名曲群は、どのようにして生まれたのか? ファン待望の1冊!「アバが好き」――でも恥ずかしくない!

★この新シリーズについての版元によるプレゼンテーションは以下の通りです。「その誕生から60年。音楽の歴史を塗りかえてきた、洋楽ロックの名盤をまるまる1冊で語り尽くし、《あの興奮》をよみがえらせる話題のシリーズ、ついにデビュー! 1アーティスト1アルバムで語りつくす! 原著は、英米で高い評価を受けている『33 1/3』シリーズ。錚々たる批評家/研究者/ジャーナリストによって執筆された、本格的なロック評論です。歌詞やサウンド、ジャケットなど、そのアルバムの魅力を徹底解説。 日本語版には、アーティストを俯瞰する解説およびディスコグラフィを付して、読者への便宜を図ります」。

★また、本シリーズに対して、ミュージシャンのサエキけんぞうさんが「ロックと現地目線で触れ合う絶好の書」と題して以下の推薦文を寄せておられます。「ロックの書籍もそこそこの数が出そろってきた。日本人のコレクター欲は凄まじいので、ディスコグラフィー的な本をはじめ、解説本のたぐいは本当に充実してきた。/その中で不足してきているのは、現地の目線である。ロックの名盤のレアなデータから始まり、消費されている本国の状況や、その音楽が彼の地を震わせた雰囲気と想い。〔……〕輸入盤が届いた喜び。ビニールを切り裂いて、ジャケットの紙、インクの香りを嗅いだ時のようなワクワク感が、これらの本を開けば蘇るだろう」。

★シリーズの内容見本は全国書店で配布中。切手代を自己負担すれば版元から直送してもらうことも可能とのことです。第2回配本は3月下旬発売予定で、スティーヴ・マッテオ『レット・イット・ビー(ザ・ビートルズ)』(石崎一樹訳)とのことです。続刊には『メイン・ストリートのならず者(ザ・ローリング・ストーンズ)』『グレース(ジェフ・バックリー)』『サイン・オブ・ザ・タイムズ(プリンス)』『マーキー・ムーン(テレヴィジョン)』『追憶のハイウェイ61(ボブ・ディラン)』などが予定されています。

★この新シリーズを手掛ける剛腕編集者のSさんは今月、以下の新刊2点も担当されています。
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カフカと〈民族〉音楽
池田あいの(1977-)著
水声社 2012年12月 本体3,500円 A5判上製232頁 ISBN978-4-89176-928-4

帯文より:カフカには、音楽が見えた。そして書いた。チェコに生まれたユダヤ系ドイツ人のカフカにとって、《民族》とは何を意味していたのか。激動の19世紀末プラハを舞台に、友人ブロートや作曲家ヤナーチェクとの関係を検証しつつ、《小説》と《翻訳》、そして《音楽》のアイデンティティを問いかける新たなる視座。

目次:
序章 カフカと音楽
第1章 聴衆としての〈民族〉
第2章 マックス・ブロートと〈民族〉音楽
第3章 音楽的翻訳の可能性
第4章 雑種的世界音楽体験
第5章 カフカの〈民族〉音楽
注/参考文献/あとがき

★発売済。著者の博士論文を大幅に改稿したものとのことですが、独創的なテーマで非常に興味深い本です。本書の冒頭は次の通り。「カフカは奇妙な音楽を書いた。村医者を裸にしようとする子どもたちの歌、自分の健在を示すために歌い続ける断食芸人、セイレーンたちの沈黙、七匹の音楽犬、歌うネズミ、聞き惚れる虫――。〔…〕実際には耳にすることができないカフカの音楽を、われわれはどのようなものだと想像しているだろう。彼の作品に登場する多くの音楽は、あまりにも「非音楽的」である。〔…〕普段のカフカは、本人や友人の証言によると、たいへん「非音楽的」な人間だった。われわれはカフカのこの「非音楽的」という主張に油断して、ここに書かれている音楽を、自分の想定する「音楽ではないもの」として片づけてはいないだろうか」(15-16頁)。本書の目的は「カフカ周辺の「音楽と民俗」の関係を検証することによって、作品読解の可能性を広げること」(22頁)とのこと。著者は三原弟平さんの弟子筋でいらっしゃいます。


ヴォルフガング・パーレン――幻視する横断者
齊藤哲也(1976-)著
水声社 2012年12月 本体3,500円 四六判上製280頁+別丁図版40頁 ISBN 978-4-89176-770-9

帯文より:国境、ジャンル、時間を越境し、その激突を試みた、異能の表現者。日本初のモノグラフ――掲載図版90点以上!「当代まれに見る百科全書的知性」(アンドレ・ブルトン)。ウィーンに生を享け、パリでシュルレアリスムに身を投じ、第2次世界大戦下にはメキシコへ亡命した理知の画家、ヴォルフガング・パーレン。沸騰するインスピレーションによって、哲学、思想、物理学を吸収し、画家として、思索者としてブルトンを驚倒させながらも54歳で自裁にいたる、その明滅する生涯。

★発売済。シリーズ「シュルレアリスムの25時」の第9弾です。著者は同シリーズの第一回配本であるブローネル論や、『零度のシュルレアリスム』(水声社、2011年5月)などを上梓されている、シュルレアリスム研究の専門家です。シュルレアリスムやその代表格アンドレ・ブルトンの名を聞いたことがある読者でも、同シリーズで紹介される人々の名前は初めて知った、という方は多いかもしれません。それもそのはず、このシリーズは「いま、シュルレアリスムを考えるにあたって重要な、そしてとりわけ日本ではほとんど知られていない詩人・小説家・画家・写真家10人を選」んだものだからです。シュルレアリスム研究がご専門の、早稲田大学・鈴木雅雄教授は「私たちはシュルレアリスムについて、語るべきどれほどのテーマが眠っているか、いま、はじめて本当に見渡すことができる」と本シリーズに推薦文を寄せられています。

★本書ではパーレン(1907-1959)の制作した絵画やオブジェの図版を多数収録していますが、驚くほど新鮮な印象なのは、それを見たことがないからというより、シュルレアリストのぶっとび方が今なお新しいからだと思います。文字通りユニーク(唯一)なシリーズも、残る配本はあと一回。エナン(1914-1973)はカイロ生まれの詩人、批評家、ジャーナリストで、エジプトにおけるアヴァンギャルドとシュルレアリスムの展開に決定的な役割を果たしたと聞きます。

◎シリーズ「シュルレアリスムの25時」 *価格は本体
2009年12月『ヴィクトル・ブローネル――燐光するイメージ』齊藤哲也 3500円
2009年12月『ゲラシム・ルカ――ノン=オイディプスの戦略』鈴木雅雄 2500円
2010年02月『クロード・カーアン――鏡のなかのあなた』永井敦子 2500円
2010年07月『ロジェ・ジルベール=ルコント――虚無へ誘う風』谷昌親 3500円
2010年10月『ジャン=ピエール・デュプレー――黒い太陽』星埜守之 2500円
2011年01月『ジョゼフ・シマ――無音の光』谷口亜沙子 3200円
2011年03月『ルネ・クルヴェル――ちりぢりの生』鈴木大悟 3000円
2012年01月『マクシム・アレクサンドル――夢の可能性、回心の不可能性』鈴木雅雄 2800円
2012年12月『ヴォルフガング・パーレン――幻視する横断者』齊藤哲也 3500円
最終回配本『ジョルジュ・エナン――追放者の取り分』中田健太郎


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未来の考古学 第二部 思想の達しうる限り
フレドリック・ジェイムソン著 秦邦生・河野真太郎・大貫隆史訳
作品社 2012年12月 本体3,400円 46判上製432頁 ISBN978-4-86182-414-2

帯文より:ディストピアとしての未来が照射する現代の閉塞と混迷! 同時代が強いる抑圧と支配の構造を巧妙に開示した古今のSF小説を精細に分析しつつ、ファンタジーにないSF的想像力の存在論的意義を検証する。

原書:Archeologies of the Future: The Desire Called Utopia and Other Science Fictions, Verso, 2005.

目次:
一 フーリエ、あるいは存在論とユートピア
二 SFにおけるジャンルの不連続性――ブライアン・オールディスの『スターシップ』
三 ル=グウィンにおける世界の縮減
四 進歩対ユートピア、または、私たちは未来を想像できるか?
五 空間的ジャンルとしてのサイエンス・フィクション
六 SFの空間――ヴァン・ヴォークトにおける物語
七 階級闘争としての長寿
八 追悼 フィリップ・K・ディック
九 ハルマゲドン以降――『ドクター・ブラッドマネー』におけるキャラクター・システム
十 フィリップ・K・ディックにおける歴史と救済
十一 グローバリゼーションにおける恐怖と嫌悪
十二 「ひとつでも良い町が見つかれば、私は人間を赦そう」――キム・スタンリー・ロビンスン『火星』三部作におけるリアリズムとユートピア
訳者あとがき
解題
原注
訳注
人名解説
索引

★発売済。『未来の考古学 第一部 ユートピアという名の欲望』(秦邦生訳、作品社、2011年9月刊)の続篇です。原書では全一巻でしたが、訳書では分量の都合上二分冊になっています。というのも、第一部は現代におけるユートピアの政治的意義をめぐる長大な一本の書き下ろしですが、第二部は十二編の作家論と作品論から成るSF研究論文集となっているのです。SF批評と言ってもそこはさすがジェイムソンです、ユートピアの不可能性をめぐる重厚で感動的な論文集となっており、彼の他の理論的著作に比べるといっそう親しみやすいだけでなく、彼の卓抜な政治的思索の可能性の中心を垣間見せるものになっています。「形式としてのユートピアは、根源的な代替案〔オルタナティヴ〕の表象ではない。それはたんに、それを想像せよという命令なのだ」(321頁)。この言葉が単なるペシミズムの産物ではないことは、本書を実際に読んで感じてもらうのが一番です。


アメリカ、ヘテロトピア――自然法と公共性
宇野邦一著
以文社 2012年12月 本体2,600円 四六判上製232頁 ISBN978-4-7531-0308-9

帯文より:アメリカ文明とはなにか? 法外な生命力(D・H・ロレンス)と、独立期のめざましい政治的公共性(H・アレント)という源泉に共感して、独立戦争から〈帝国〉の時代までの文学と政治思想の神髄に迫った新しいアメリカ文明論。

目次:
序章 根源の自然法――フォークナーのほうへ
構成的アメリカについて――トクヴィルからネグリまで
隠れた生産の場所に降りて行くこと――ネグリ/ハート『〈帝国〉』
生の政治のゆくえ――アントニオ・ネグリ
政治の砂漠――ハンナ・アーレント
「正しい敵」もとむ――カール・シュミットとテロリズム
アポカリプスとアメリカ――D・H・ロレンス
白鯨の迷宮のような模様
メルヴィルあるいは〈新しい人〉
終章 あるヘテロトピア
引用文献一覧
後記

★発売済。仏文やフランス現代思想に関する研究書や訳書が多い宇野さんの著作の中では、地続きでありながら少し異質な対象へと目線が向けられています。2004年から2011年にかけて発表ないし執筆された8本の論文に書き下ろし2本を加えたものです。先にご紹介したジェイムソンが「ユートピア」を論じる一方で、宇野さんは「ヘテロトピア」を論じます。「現実化されたユートピアとでもいうべき場所があり、あらゆる場所の外にあり、現実の場所に抵抗し、それを転倒するような場所がある。フーコーはそれを「ヘテロトピア」と名づけた」(209頁)。本書はフォークナー、ロレンス、メルヴィル、ネグリ/ハート、アーレントなどの読解を通じたアメリカ論でありながら、上記のような文脈で言えば、反アメリカ論でもあるわけです。

★来月下旬刊行予定の以文社さんの新刊として、ジャン=ピエール・デュピュイ『経済の未来――世界をその幻惑から解くために』(森元庸介訳、以文社、2012年1月)が予告されています。近年、特に3・11以降、デュピュイの新刊は一気に増えてきましたね。
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by urag | 2012-12-24 23:04 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 22日

書影公開:1月下旬刊行『間章著作集(1)』

先日内容詳細を公開した、2013年1月下旬刊行予定の『間章著作集(1)時代の未明から来たるべきものへ』ですが、今日は書影を公開します。佐々木暁さんによる装幀で、カヴァーはご覧の通り真っ黒。イザラ版へのリスペクトを感じます。書籍本体も天地小口の三方をスミで塗りますので、全体として真っ黒な塊になります。函は付しません。
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by urag | 2012-12-22 09:12 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 19日

弊社出版物の著者や関係者の方々の最近の御活躍

★岡本源太さん(著書:『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』)
今週いっぱいまで東京大学駒場キャンパスにて開催する、『ムネモシュネ・アトラス』(ありな書房、2012年3月刊)の貴重な写真パネル展示の最終日に行われる以下のシンポジウムに登壇されます。

◎シンポジウム「ヴァールブルク美学・文化科学の可能性」

日時:2012年12月22日(土)14:00~18:00(開場13:30)
場所:「ムネモシュネ・アトラス」展会場 
料金:入場無料。ただし,入場者数の制限を行なう場合があります。

・セクション1「情念定型のメタモルフォーゼ──ベル・エポックのニンファ」小澤京子(埼玉大学)・加藤哲弘
・セクション2「ヴァールブルク的方法──G.ディディ=ユベルマンのイメージ論」森元庸介(東京大学)・田中純
・セクション3「イメージの哲学──ジョルダーノ・ブルーノとヴァールブルク」岡本源太(岡山大学)・伊藤博明
・総合討議


◎写真パネル展示「ムネモシュネ・アトラス──アビ・ヴァールブルクによるイメージの宇宙

会期:2012年12月15日(土)~22日(土) 16日(日)休
展示時間:10:30~19:00(会場でのイベント開催時を除く)
会場:東京大学駒場キャンパス 21KOMCEE 地下1階 MMホール
入場料:無料
問い合わせ先:e-mail warburg2012@gmail.com

内容:本展では、ロンドン大学ヴァールブルク研究所から提供を受けたデータにもとづき、ヴァールブルク逝去の年1929年に撮影された「ムネモシュネ・アトラス」全63枚の写真を、すでに失われて現存しない実物のパネルに近いサイズで展示します。
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by urag | 2012-12-19 12:59 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 18日

本日発売:ヘーゲル大論理学の新訳、作品社より

ヘーゲル 論理の学(1)存在論
ヘーゲル著 山口祐弘訳
作品社 2012年12月 本体6,400円 A5判上製520頁函入 ISBN978-4-86182-408-1

帯文より:存在と無は同じものである。カントの超越論的論理学と対決し、神のロゴス(論理)に対して理性の言葉で構築した壮大な真理の体系。限定否定の弁証法、存在と無と生成のトリアーデ、形而上学的無限と数学的無限など、現代語訳が身近にするヘーゲル哲学の神髄。全三巻・50年ぶりの新訳決定版。

底本:Wissenschaft der Logik, Erster Teil, PhB.56, Hamburg 1963.

目次:
訳者緒言
凡例
第一編 客観的論理学
第一版への序文
第二版への序文
緒論
 論理学の一般的概念
 論理学の一般的区分
第一巻 存在論
 学は何によって始められなければならないか
 存在の一般的区分
第一部 規定性(質)
 第一章 存在
  A 存在
  B 無
  C 生成
   (a)存在と無の統一
     注一 表象における存在と無の対立
     注二 存在と無の統一、同一性という表現の欠陥
     注三 これらの抽象物を孤立させること
     注四 始元の把握不可能性
   (b)生成の契機:発生と消滅
   (c)生成の止揚
     注 止揚という表現
 第二章 定在
  A 定在そのもの
   (a)定在一般
   (b)質
     注 実在性と否定
   (c)成るもの
  B 有限性
   (a)或るものと他のもの
   (b)規定、性状および限界
   (c)有限性
    (α)有限性の直接性
    (β)制限と当為
      注 当為
    (γ)有限なものの無限なものへの移行
  C 無限性
   (a)無限なもの一般
   (b)有限なものと無限なものの相互規定
   (c)肯定的無限性
  移行
   注一 無限進行
   注二 観念論
 第三章 対自存在〔自己に対してあること〕
  A 対自存在そのもの
   (a)定在と対自存在
   (b)一つのものに対してあること
     注 どのようなものかという表現
   (c)一
  B 一と多
   (a)それ自身における一
   (b)一と空虚なもの
     注 原子論
   (c)多くの一、反撥
     注 ライプニッツのモナド
  C 反撥と牽引
   (a)一の排斥作用
     注 一と多の統一の命題
   (b)牽引による一つの一
   (c)反撥と牽引の関係
     注 カントによる引力と斥力にもとづく物質の構成
第二部 大きさ(量)
 第一章 量
  A 純粋量
   注一 純粋量の表象
   注二 カントにおける時間、空間、物質の不可分性と無限分割可能性の二律背反
  B 連続量と分離量
   注 これらの量の普通に行われている分離
  C 量の制限
 第二章 定量
  A 数
   注一 算術の計算法――直観についてのカントの先天的総合命題
   注二 哲学的諸概念の表現のために数規定を用いること
  B 外延量と内包量
   (a)両者の区別
   (b)外延量と内包量の同一性
     注一 この同一性の例
     注二 カントが度の規定を魂の存在に適応したこと
   (c)定量の変化
  C 量的無限性
   (a)量的無限性の概念
   (b)量的無限進行
     注一 無限進行についての過大評価
     注二 時間、空間における世界の制限と非制限をめぐるカントの二律背反
   (c)定量の無限性
     注一 数学的無限の概念規定性
     注二 微分計算の応用と目的
     注三 質的な量的規定性と連関する他の諸形式
 第三章 量的関係〔比〕
  A 正比例
  B 反比例
  C 冪比例
   注
第三部 質量
 第一章 比率的な量
  A 比率的定量
  B 比率化する質量
   (a)規則
   (b)比率化する質量
     注
   (c)質としての両項の関係〔比〕
     注
  C 質量における対自存在
 第二章 実在的質量
  A 自立的な質量の比
   (a)二つの質量の結合
   (b)質量の比の系列としての質量
   (c)選択的親和性
     注 化学的親和性についてのベルトレの見解とそれに関するベルツェーリウスの理論
  B 諸質量比の結節線
   注 結節線の例 自然は飛躍しないということについて
 第三章 本質の生成
  A 絶対的無差別
  B 諸要素の反比例としての無差別
   注 求心力と遠心力
  C 本質への移行
訳注
索引
総目次

★17日取次搬入済とのことですので、書店さんでは早ければ今日明日から店頭に並び始めます。いわゆる『大論理学』(1832年)の新訳です。戦後の代表的な訳書には、武市健人訳全三巻四分冊(ヘーゲル全集、岩波書店、改訳版、1956/1960/1961年)や、寺沢恒信訳全三巻(以文社、1977/1983/1999年)があります。ヘーゲルの著書の中で最も難解な哲学書であるため、代表作ではあるものの最も翻訳されることが少なく、注釈書や研究書もまた浩瀚なものにならざるをえないものでした。その近づきがたい高峰がこのたび、ヘーゲルの読みやすい訳書を数多く手掛けてきた編集者Tさんによって、ついに新訳全三巻として刊行開始されました。Tさんは今年年頭にカント『純粋理性批判』の新訳も担当されており、カントに始まりヘーゲルに終わるという驚くべき縦走を果たされた一年でした。

★訳者の山口さんはこれまでヘーゲルの共訳書『理性の復権――フィヒテとシェリングの哲学体系の差異』(アンヴィエル、1982年;批評社、1985年)のほか、ホルクハイマー、ロベルト・ユンク、フィヒテなどの翻訳を手掛け、カントやヘーゲルなどドイツ観念論についての研究書を出版されています。今回の新訳の巻頭に置かれた「緒言」で山口さんはこう書かれています。

「そもそも、ヘーゲルは、人類の全精神史を眺望し、時間を超え歴史を包摂する絶対者の哲学を目指した思想家であった。『論理の学』も狭義の思考の法則の研究に限局されるのではなく、ヘーゲル自ら記しているように「世界創造以前の永遠の本質における神の叙述」、アリストレテスの第一哲学に相当する「本来的な形而上学」として企図されたのであった。その論理学の改革を志す熱意には切なるものがある。彼の永遠の哲学を目指す眼差しは、過去と彼の時代に向けられているばかりでなく、未来にも向けられていると見なければならない。その視線の先に現在はあるのである。/そうであるなたば、ヘーゲルが現在に対して何を語りかけようとしているかを問うことは、現代に生きる者の義務であろう。ヘーゲルをして現代に向かって語らせ、なお生きたものをその言葉の中に聞きとらねばならない。翻訳はそうした対話の実践であり、またそれを促すための方途である」(p. ii)。

書影:左が函、右が本体。美麗かつ堅牢な装幀は菊地信義さんによるもの。
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◎Tさんの手掛けられたヘーゲル新訳書
『哲学史講義』全三巻、長谷川宏訳、河出書房新社、1992-93年
『美学講義』全三巻、長谷川宏訳、作品社、1995-96年
『精神現象学』長谷川宏訳、作品社、1998年
『法哲学講義』長谷川宏訳、作品社、2000年
『哲学の集大成・要綱』全三巻、長谷川宏訳、作品社、2002/2005/2006年
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by urag | 2012-12-18 22:51 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 17日

近刊情報:1月下旬発売予定『間章著作集 1』

2013年1月24日取次搬入予定【ジャンル:音楽評論】

間章著作集 1(全3巻/第1回配本)
時代の未明から来たるべきものへ
月曜社 2013年1月 本体4,600円 四六判(タテ190mm×ヨコ133mm)上製480頁 ISBN978-4-901477-69-7

◆内容
まったく新しい音楽批評の文体=スタイルを編み出し、同時代に圧倒的なインパクトを与え、音楽・文学・哲学・批評の枠を超え、「制度」との闘争=アナーキズムを宣言した主著、30年ぶりの復刊。 付:須川善行「編集ノート」。装幀:佐々木暁。※イザラ書房1982年刊行の初版に付されていた高橋巌氏の解説は再録しておりません。

目次:
【フリー・ジャズ黙示録】
 解体と非連続の系譜
 フリー・ジャズ運動とその展開
【ジャズの「死滅」へ向けて】
 廃墟論
 倫理論
 否定神学論または死論――「神と死」をめぐるブルジョワ思想批判ノート
【季節の迷路から】
【ジャズの末路への考現学】
 非在へ向かう虚の穴
 排中律ピアノ論/ピアノの解体学
 異化のギター/「ジャズの崩壊」症候群
【非時と廃墟そして鏡】
 「テロルとトポス」論 ジャズの現をめぐる二・三の断片的考察
 解体と再生 反語的ロック・メディア論への素描またはロック分野における伝統と異化
 チャーリー・パーカーの呪咀と終末論
 時代の未明から来たるべきものヘ
【ジャズの・死滅・へ向けて 最終稿】

◆著者
間章(あいだ・あきら、1946年8月18日~1978年12月12日)新潟県生まれ。音楽批評家。立教大学中退。在学中より批評・コンサートプロデュース活動を開始。音楽雑誌、新聞、ライナーノートなどに、幅広い教養と独自のレトリックを駆使しての批評活動は、音楽界にとどまらず多方面に影響を与えた。72年、現代音楽祭「自由空間」開催、阿部薫、高柳昌行、土取利行、近藤等則らとの共同作業、スティーヴ・レイシー、ミルフォード・グレイヴス、デレク・ベイリーを招聘するなど、フリー・ジャズ・ミュージシャン、インプロヴァイザーとの実践的なかかわりを深めていった。1978年12月12日、脳出血により死去。享年32。没後に刊行された著書に、本書(イザラ書房版、1982年)、『非時と廃墟そして鏡』(深夜叢書社、1988年)、『この旅には終りはない』『僕はランチに出かける』(ともに柏書房、1992年)。2006年には青山真治監督による間章についての7時間余にわたるドキュメンタリー映画「AA」が上映された。

◆続刊予定
第2巻『〈なしくずしの死〉への覚書と断片』[2013年春刊行予定]
エリック・ドルフィ、ミルフォード・グレイヴス、スティーヴ・レイシー、デレク・ベイリー、アルバート・アイラー、阿部薫など、音楽批評家・間章のジャズをめぐる思索のすべて。560頁。

目次:※2巻以降、目次については予告なく変更になる場合があります
【エリック・ドルフィ】
 エリック・ドルフィー試論――不可能性と破片
 エリック・ドルフィと『カンヴァセイションズ』をめぐる10の断章
【スティーヴ・レイシー】
 スティーヴ・レイシーとの対話
 LAPIS(瑠璃)についての断想と覚書――スティーヴ・レイシーの音楽とその空をめぐって
 スティーヴ・レイシー 終りなき終りそして個――スティーヴ・レイシーの「ソロ・コンサート」をめぐって
 スティーヴ・レイシーの“ソロ”についての覚書
【ミルフォード・グレイヴス】
 ミルフォード・グレイヴス・コレクティヴ
 「メディテイション・アマング・アス」鮮烈にして開かれたラディカルな音達――ミルフォード・グレイブスへのオード
 ミルフォード・グレイヴス・ウィズ・サニー・モーガン
【デレク・ベイリー】
 デレク・ベイリーの方位へ
 デレク・ベイリーのまばゆさの中から
 新たな即興演奏の地平とその展開1~3
 未在のアナルキィア/デレク・ベイリー
 集団即興演奏の修羅――『カンパニィー』コンサート
 即興演奏の組織化、デレク・ベイリーと“COMPANY”をめぐって
【ジョン・コルトレーン】
 「至上の愛」とコルトレーンの音楽の軌跡
 『アセンション』の光と影または危機的な音楽と可能態の音楽
 コルトレーン・後期の〈試行〉と〈軌跡〉そして「クル・セ・ママ」について
 “最後”のコルトレーンと惑星空間
【アルバート・アイラー】
 アルバート・アイラー論ノート 1、2
【セシル・テイラー】
 音楽の現における、セシル・テイラーの〈位置〉とその〈予感〉
 ネフェルティティ
 現在進行と過去完了~「Into The Hot」と60年代のセシル・テイラーについて
【ロフト・ジャズ】
 十月革命・論へのエスキス――またはなしくずしと自死への戦線の所在
 反ユートピアの原像――オリヴァー・レイクとロフト・ジャズ・ムーヴメントをめぐって
 死の舞踏――夜と冬の通過客からのレポート
 「同時代」の逆説
【その他】
 ミンガスはいつだってミンガスだ
 存在と円環
 オーネット・コールマンとジャズの変革に関する諸章――O・C論へのエスキス
 聖なる沈黙の中の無限なる音楽――ジョン・マクラグリンまたは宇宙と音の体現者
 ドリームス
 POST FREE JAZZ MOVEMENTとSAM RIVERS and/or 遅れて来た新しきサックス奏者
 バール・フィリップス『マウンテンスケイプス』のためのノート
 闇のリリシズム、生理の歌――パティ・ウォーターズ小論
【日本のフリー・ジャズ】
 オリジネイションの為の覚書とその断片
 吉沢元治の未明 または〈空と破片〉へのエスキス
 〈OUTFIT〉破片の海から自己組織の海へ――吉沢元治の“ソロ”と演奏作業への覚書
 「風の遺した物語」の音楽とレコーディング・セッションについて
 EEUと開かれたフリーの地平をめぐる三章
【阿部薫】
 「解体的交感」とニュー・ディレクション
 〈なしくずしの死〉への覚書と断片
 〈なしくずしの死〉への後書――阿部薫の死に


第3巻『さらに冬へ旅立つために』[2013年夏刊行予定]
ジャズ、シャンソン、ロック、現代音楽、瞽女うた……講演、初期文集など、未発表原稿多数収載! 720頁。

目次:
【初期論文】
 シカゴ前衛派論
 前兆又はシカゴ前衛派論の未明へ
 開示又はエピグラフを含むジャズ円周率への接近
 軌跡又は日本のジャズの未知なるものと自立への弁証法
 断想=省察又はジャズ・テーゼとしての終末論への螺旋下降
 絢爛たる不在の中での底止なきカタストロフィー
【音楽とそれをめぐる環境】
 オブジェとしてのジャズ――現象学的ジャズ考察の数章
 闡明と現前――アトニー現象としての音楽共感文化の闇へ向けて
【ブリジット・フォンテーヌ】
 ジャズと季節についてのメモ
 残酷な感性
 さらに冬へ旅立つ為に
 調書
【シャンソン】
 お話――ひなげし
 お話――あざみ
 物語――半夏
 夜と雨の匂いの中で
 マルセルの枯葉
 くちなし
 お話――ヴァニラ
 青色の殺人者――典雅な毒薔薇
 放蕩児のデカダンスとロマンティシズム――ゲーンスブール小論
 暗黒のシャンソン――セリーヌの歌について
【ロック】
 ALL IS LONELINESS
 ビートルズ百科 映画編
 ローリング・ストーンズ論のための視座と反定理(ローリング・ストーンズにおけるブライアンとその影)
 なしくずしの共和国
【ヴァージン・レーベル】
 一つの始まりと創造の円環について
 「もう一つのロック・カルチュア」又は〈暗流〉について(前半)
 “白日夢”とロバート・ワイアットの世界
 不思議の国のロバート・ワイアット――どぶ鼠の夢とその変容をめぐって
 スラップ・ハッピー奇想天外三人組
 『WHITE NOISE 2』についての覚書
【プログレッシヴ・ロックと現代音楽】
 「星界のはて/STAR'S END」をめぐって
 ハッピー・エンディング
【ジャーマン・ロック】
 ロック「解体・再生」工房【ドイツにおけるロックの未分化な発現への眼差】
 ロックの異化から異化のロックへ
 タンジェリン・ドリームの非境界宇宙と体験の構図そして旅
 Voyage en "epsilon in Malaysian pale"
 転身の譜――夢の不可能性へ
 意識体験の蟻地獄そしてカタストロフ――『タイムウィンド』のエスパスに関する覚書とそのエスキス
 「ファウスト」の悪夢と反世界
 「CAN」をめぐるFRAGMENTALなLECTURE and/or ROCK MUSICにおけるMULTI-MEDIA志向とTRANSFORMATION
 もう一つのロック宇宙
【ヘヴィ・メタル/パンク・ロック】
 「ヘビィ・メタル宣言」 その生き方と関わりかた、そして現在
 ニューヨーク地下帝国の夏そして白夜
 パンク・ロック論のための覚書(ニューヨーク・アンダーグラウンドの廃墟と深い“夜”または都市ゲリラの“朝”)
 廃墟と亡びのアナーキストそして“夜”の子供達(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド試論)
 アナーキズム遊星群
 BEGGARSとHARD TREATMENTへの断片的なメモとモノローグ
【瞽女唄】
 「瞽女・姻」公演に当たって
 来たよで戸がなる 出てみりゃ風だよ
 名状しがたい明るさ 瞽女唄のレコード化に寄せて
【ディスクレヴュー】
 148枚のディスクレヴュー
【時評/エッセイ…「世界的蓄音盤」より】
 “意味”の権力とそして漂着物と排泄物のさなかで
 音楽の流れからみた“パンク・ロック”の現象と意味について
 「虚栄の市」としてのライナーノーツの仮死の身ぶりについて
 「突然フルーツサンドで終るお話」
 今から次への年への呪い
【中期原稿】
 存在の終末のための休暇[ホリデイ]
 地獄論への断片 その1(C・M・Cの個々そして未知の人へ)
 城は流れる 季節[しじま]が見える エクリプス2号への長いまえがき(抄)
 北一輝 私の気がかり
 自由空間
 半夏舎 設営の言辞
 半夏舎第二宣言
 即興演奏へのお誘い(紅石竜子名義)
 散歩・ジャズ・カザノバ
【後期原稿】
 モルグ発刊の辞
 〈即興〉ノート(1)
 死体置場のメモワール
 フィルムと死体置場
【講演会】
 間章氏 同志社大学講演会
【初期詩文集】
 愛をくぐる詩(I)
 虚構の崩壊から失語の彼方へ
 前衛ジャズの空間
 私から詩へ詩から私へ
 炎の詩編
 二重の黙示
 走る街
 封印
 刺青の午後
 殉難と廃疾 〈1〉休暇日のない詩を求めて
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by urag | 2012-12-17 16:33 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 16日

注目の新刊、近刊:渡邉大輔『イメージの進行形』人文書院、ほか

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イメージの進行形――ソーシャル時代の映画と映像文化
渡邉大輔(わたなべ・だいすけ:1982-)著
人文書院 2012年12月 本体2,300円 4-6判並製324頁 ISBN978-4-409-10031-8

帯文より:ゼロ年代批評の到達点にして、新たなる出発点。ネットを介して流れる無数の映像群と、ソーシャルネットワークによる絶え間ないコミュニケーションが変える「映画」と社会。「表層批評」(蓮實重彦)を越えて、9.11/3.11以後の映像=社会批評を更新する画期的成果、待望の書籍化。ウェルズから「踊ってみた」まで、カントから「きっかけはYOU!」まで

あとがきより(305頁):今日のグローバル資本主義とソーシャル・ネットワーキングの巨大な社会的影響を踏まえた、これまでにはない新たな「映画(的なもの)」の輪郭を、映画史および視覚文化史、あるいは批評的言説を縦横に参照しながらいかに見出すか――それが、本書全体を貫く大きな試みだったといってよい。つまり、筆者が仮に「映像圏Imagosphere」と名づける、その新たな文化的な地平での映像に対する有力な「合理化」のあり方を、主に「コミュニケーション」(冗長性)と「情動」(観客身体)というふたつの要素に着目しつつ具体的な検討を試みてきたわけである。

★20日取次搬入予定。東浩紀さんのメルマガ「波状言論」で2005年にデビューした若手による待望の単著デビュー作です。ウェブ版『早稲田文学』である「Wasebun on Web」での不定期連載「イメージの進行形――映像環境はどこに向かうか」(2010年7月~2012年2月)に大幅加筆修正を施して単行本化されたもの。著者は日芸で芸術学の博士号を得て、現在は同大学で非常勤講師を務められています。

★本書の概要は「はじめに」で明かされており、第I部「環境分析」では映画および映像文化の現況を俯瞰し、ソーシャル時代の映像美学の可能性と映像文化における身体性が論じられます。第II部「歴史」では、前段で分析された21世紀の現況を20世紀の映像文化史との繋がりの中で、その連続性と切断点を明らかにします。第III部「作品/メディア分析」はオーソン・ウェルズや岩井俊二の映像作品、Twitterなどのメディアの具体的な分析。第IV部「社会論」では映像文化の社会性や公共性をめぐる問いに映り、映像特有の公共性を対抗的公共圏と位置づけ、著者が言う「映像圏〔イマゴスフィア〕」のこれからが展望されます。

★本書は映像文化論ではあるのですが、ひとつひとつの議論は広義の「出版文化」の行く末を考える上で示唆的であり、業界人必読の本だと思います。特に人文書業界にとっては、渡邉さんが「おわりに」で論及している、スピヴァクの『ある学問の死』(みすず書房、2004年)との交差が興味深いところではないかと思います。


環境と社会
西城戸誠(にしきど・まこと:1972-)+舩戸修一(ふなと・しゅういち:1970-)編
人文書院 2012年12月 本体1,800円 4-6判並製224頁 ISBN978-4-409-00109-7

帯文より:気鋭の環境社会学者らによる画期的ガイドの誕生。自然災害、原発、リスク社会、エコロジーなど、3.11以後、われわれの生きる世界を根底から捉え直し、新たな一歩を踏み出すための刺激的な30冊。

★発売済。「ブックガイドシリーズ 基本の30冊」の最新刊。編者の一人、西城戸誠さんは『抗いの条件――社会運動の文化的アプローチ』(人文書院、2008年)の著者です。取り上げられる30冊や、その分類については、書名のリンク先に掲載されている目次詳細をご覧ください。3.11以後、多くの日本人にとっていっそう切実な課題になりつつある環境問題の幅広さとその根源を考える上で役に立つブックガイドになっています。このシリーズは本書を含めすでに9点刊行されており、今後も「マンガ・スタディーズ」「人文地理学」「沖縄論」「精神分析学」「臨床心理学」「経済学」などが続刊予定です。これらすべてを一人の編集者、Mさんが担当されていることにただただ脱帽するばかりです。

★『環境と社会』はエコロジー、公害問題、リスク社会、当事者性、公正と正義をめぐるこれまで出版されてきた国内外の名著を紹介しており、現代人がこれらの問題群にどう立ち向かってきたかを教えてくれますが、以下にご紹介する新刊3点も、それぞれの歴史を振り返ることによって私たちの「現在」を逆照射する貴重な資料となっていると思います。

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書評紙と共に歩んだ五〇年
井出彰(いで・あきら:1943-)著
論創社 2012年12月 本体1,600円 46判並製178頁 ISBN978-4-8460-1197-0

帯文より:1968年に『日本読書新聞』に入社した著者は、三交社などを経て、88年には『図書新聞』編集長となる。多くのエピソードをもって語る、書評紙の“編集と経営”の苦闘の日々。過ぎた昔も過ぎゆく今も、〈書評紙〉のなかにある。

★発売済。シリーズ「出版人に聞く」第9弾。著者は早稲田大学卒業後、日本読書新聞編集長、三交社取締役を経て、1988年より図書新聞代表を務められています。一般の読者にとってはほとんど未知であろう書評紙の内幕や、出版業界の編集者人脈、作家との交流関係を垣間見ることのできる稀有な証言です。井出さんは幾度となく「時代は変わった」と述懐されていますが、それはかつて出版文化が華やかだったころへのノスタルジーでもなく、かと言って現在への諦めでもないのが印象的。後塵を拝する私たちの方がよっぽど、時代の変化のただなかにありながら、物事に対峙することができていないのかもしれない。そう戦慄させる、襟を正したくなる本です。単なる思い出話に留まるものではない、いくつものヒントがこの「出版人に聞く」シリーズの本にはいつも隠されています。


ベルリンの壁――ドイツ分断の歴史
エトガー・ヴォルフルム(Edgar Wolfrum, 1960-)著 飯田収治+木村明夫+村上亮訳
洛北出版 2012年12月 本体2,400円 四六判並製284頁 ISBN978-4-903127-17-0

帯文より:壁が倒れたとき、あなたは何歳でした? なぜ人びとは壁に慣れてしまったのか? その壁がどうして、1989年に倒れたのか? 建設から倒壊までの、冷戦期の壁の歴史を、壁のことをよく知らない若い人にむけて、簡潔かつ明瞭に解き明かす。写真を多数掲載。

カバー裏紹介文より:1989年、ベルリンの壁は倒壊しました。今の若い人たちには、記憶のない事件でしょう。その後に生まれたのですから。/この本は、壁の構築から倒壊に至るまでの人びとの苦悩、抵抗、無関心の歴史について、壁のことをよく知らない人に向けて書かれています。今なお世界中にある「壁」にも目を向けてほしいからです。たとえば、イスラエルとパレスチナのあいだ、アメリカとメキシコのあいだ、インドとバングラデシュのあいだ、都市の富裕層と貧困層とのあいだに、「壁」が構築され続けていることに、あなたは気づくでしょう。

★発売済。東西ドイツを分断するベルリンの壁に人々が大勢よじ登り、ツルハシを打ちおろして壁を壊していく、あの当時の映像をほぼリアルタイムで見ることのできた同時代人は今では例外なくいい大人の世代ですが、なるほど、今の10代や20代の若い人にとってみると紛れもない過去の出来事で、同時代的な感覚はないのかもしれません。同じように、壁が崩壊してまもなく日本で起きたバブル崩壊やそれにともなう経済の長期停滞、出版不況などは若い世代にはもはやデフォルトの世界の基底を成しているわけで、時の移り変わりは否定すべくもありません。本書はベルリンの壁の歴史を教えるとともに、末尾では、今なお世界のあちこちに築かれている壁にも言及しています。実体的なものであれ、内面的なものであれ、人々を分断する暴力的な壁がまだまだ存続し、新たに生まれていることへの痛烈な批判が本書にはあります。異国の話のようで、実はその教訓の矢は日本に住む私たちにも返ってくるという、非常に啓発的な本です。


上野駅の幕間――本橋成一写真集
本橋成一(もとはし・せいいち:1940-)著
平凡社 2012年12月 本体4,600円 B5変型判上製208頁 ISBN978-4-582-27795-1

帯文より:旅立つ人、送る人、帰る人、迎える人、待つ人、佇む人、働く人、住む人……。物語がつむがれては幕間が訪れ、ふたたび新しいドラマが始まる。昭和の上野には、北の国と都会を結んだ〈駅〉という名の広場があった。上野駅改行130周年を機に、新装改訂して送る名作写真集。

★発売済。昨年上梓された『屠場』(平凡社)が印象的だった映像作家、写真家による名作の再刊です。親本は1983年に現代書館より刊行されました。記録映画作家の土本典昭さんが構成と解説を手掛けられています。長らく品切で入手しにくく、古書価が高いままでしたから、この機会に復刊されたのは非常に嬉しいですね。巻末に置かれた本橋さんによる「新装版によせて」によれば、「土本氏の構成案に基づきながら、伊勢功治氏の手により一部の写真を差し替え、新たに再構成し、レイアウト・造本を一新したもの」とのことです。

★昭和の上野駅は当時少年だった私のような世代にとってもすでに遠い記憶で、駅構内やホームに新聞紙をひいてどこでも座りこんでいる私たちの父母、祖父母世代、あるいは彼らに伴われた自分たちを本書の中に見る時、何ともいえない落ち着かなさや寂しい感じが胸に迫ります。本書の題名にもある「幕間」が意味する、人々の往来のあわただしさや活気に満ちためまぐるしい流動性のさなかで、見知らぬ者同士がひと時を共有するそのはかなさ、「旅の途中」というあの移ろいやすさの中でまたたく群像が、本書には空気感としてくっきり残っています。平凡な光景のように見えて、本橋さんの視線には実に目ざといものがあると分かる時、読者は衝撃を受けるでしょう。

書影は左が筒函、右が写真集本体です。
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by urag | 2012-12-16 14:08 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 10日

月曜社は2012年12月7日で創業満12周年を迎えました

弊社は4日前の、2012年12月7日で創業満12周年を迎え、13年目の営業へと突入いたしました。皆様の温かいご愛顧に深く御礼申し上げます。

毎年のことですが、創業記念日のことはまったく忘れており、先週の金曜日と言えば、弊社社員にとって強く印象的だったのは夕方の大きめの地震でした。その後も、この地震が3・11の余震ではなく来たるべき大地震の前震だったらどうしよう、という不安に捕らわれていただけで、創業記念日がとっくに過ぎていたことを今日まで忘れていました。ご挨拶が遅れまして、失礼いたしました。そういえば先日、H堂のIさんから「このご時世に12年もよく頑張ってるよ」と激励していただいたのがとても嬉しかったことを思い出しました。

お知らせです。『間章著作集』の第一回配本についての情報詳細の公開が若干遅れておりますが、いましばらくお時間を下さい。お待たせして申し訳ございません。
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by urag | 2012-12-10 12:31 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 10日

近日公開:ルソー「化学教程」ウェブ連載第5回

『化学教程』第一部 第一編 第二章 物体の混合と構成について

1 [A:26, F:35, C:81]ベッヒャーの考えに従って、私たちは物体の物質的な原質ないし物質的な要素を説明してきた。そして、今やその物質の構成compositionを検討せねばならない。すなわち、どのように諸々の原質は、自然的物体を形成するために、一定の比率と組み合わせをもって結合しているのか、ということを検討せねばならない。

2 あるペリパトス学派〔アリストテレス学派〕のひとに物体の混合に関するあなたの学説とはどのようなものか、と尋ねれば、彼はまずこう答えるだろう。物体は、その特性tempéramentおよび固有な諸性質を各物体に与える要素同士の何らかの協働の結果として生じる、と。[A:27]さらに彼を問い詰めて、例えばこう聞いてみよう。なぜ、鉛に結合する錫は銀とは結合しないのか。その理由を彼はいとも簡単に説明するだろう。錫と銀は〔互いに〕反対物質substances contrairesであり、異なる性質températureのものであるからだ、と。あるデカルト主義者は、間隙poreといった形象や粒子といった形象、そして様々な運動によってあらゆる難問を解決するだろう。さらには、未知の性質と遭遇すると、彼はそれらを新たな運動と形象によって説明するだろう。あるニュートン主義者は、ペンを片手に結合力の度合いと引力を計算するだろう。上に挙げた彼らの回答によって、私たちは物体の構成についてより明るくなるだろうか? そのようなことはまったくない。哲学者の様々な体系のあいだを一生右往左往するよりも、化学者の実験室の中でしばらく過ごすほうが、物体の構成についてあなたはより得るものが多いであろう。したがって、確固たる実験によって物体の真の構成constitutionおよびそれらの混合、組み合わせを示すことは、ただ錬金術の学science spagyrique(1)にこそ求められるのだ。この知恵とは深遠かつ興味深い研究であり、[F:36]私たちはこのような研究を哲学者たちの書物に見出すことはまずない。抽象的な体系と観念で頭がいっぱいなので、彼ら哲学者たちは言葉〔遊び〕にばかり夢中になっている。彼らが一体どれほど無学なのかを彼ら自身が知らないのは、ただただおめでたいことである。物体の生成やそれを構成する原質やその混合が形成される仕方を何も知らずに、物体の本性について哲学しようとすることは、あたかも箱の中に入っているものを知るためにその箱をあれこれとひっくり返したり戻したりすることで満足し、また箱の中身を確認する骨折りをせずに、箱の寸法を正確に測ることだけで満足するようなものである。

(1)スパジリックという語については『アカデミー・フランセーズ辞典』(1762年)の次の項目を参照。すなわち「SPAGYRIQUEないしSPAGIRIQUE。形容詞、もしくは女性名詞。金属を分析し賢者の石について探求することを専門とする化学のことを言う。金属化学ないし金属学と同じものである」(Dictionnaire de l’Académie française, art. « Spagyrique », t. II, p. 757 b)。また、spagyriqueが錬金術alchimieないし化学chimieと同義で使われている例としてはゲオルク・エルンスト・シュタールの『理論化学および演習化学の基礎Fundamenta chymiæ dogmaticæ et experimentalis』(1723年)の序言を参照(Stahl, Georg Ernst, Fundamenta chymiæ dogmaticæ et experimentalis, Norimbergæ : Sumptibus Wolfgangi Mauritii, 1723, Proemium, § 1, p. 1)。シュタールによれば、「化学chymiaあるいは錬金術alchymiaないしスパギリカspagiricaとは、混合状態、構成状態あるいは凝集状態にある物体をその原質へと分解するため、あるいはそういった物体を諸々の原質から構成するための技術である」。

3 [C:82]物体の中には、万人がまずもって目にする様々な〔視覚的〕性質がある。しかしそれらの性質は、様々な光〔知識〕lumièresに助けを求めなければ、物体の本性を発見するためにはなんの役にも立たない。たとえば、〔ワインを知らない〕あるラップ人にワインを差し出せば、彼はそれが発泡酒か否か、白か赤かを一瞬にして知るだろう、そしてそれを飲めば酔うということにもすぐに気づくだろう。しかし、[A:28]このようにワインの性質を瞬時に知ったからといって、彼がブドウやブドウ畑を一度も見たことがないならば、彼はワインの本性を知っていることに果たしてなるだろうか? また、ブドウやブドウ畑を見た彼にとって、ワインとはブドウから作られるものでしかないならば、彼は「ワインはこれこれの仕方で作られ、ブドウの育成にはこれこれの物が有効であり、反対にこれこれのものが害であると、私は思う」ということ以上の何かを同郷人に伝えることが果たしてできるであろうか? しかし、ラップ人がそう言ったからといって彼がワインの本性を知っているということにはまずならないだろう。またブドウの酸味のある果汁が、どのようにして心地良く甘い汁になるのかということを知っていることにはまずならないだろう。なぜブドウの汁は発酵するのか、どのようにしてその汁はワインの性質を獲得するのか、そしてこのワイン自体はどのようにしてブランデーの性質や酒石tartreの性質、澱の性質、ビネガーの性質を獲得するのだろうか? ブドウの樹の各部分の姿かたちを記述することは植物学者の役目である。自然学者は仮説によってブドウの樹の植生法則のいくつかを説明するように努める。そして、化学者は両学者が扱わなかったことについて語るのである。化学者の様々な研究はあまりにも不可欠であるのだが、同時にそれは残念ながらこのうえなく困難なものでもあるのだ。なぜ困難なものであるかというと、それは主として三つの理由による。[F:37]第一の理由は、あらゆる自然的混合物を知るために理解せねばならない組み合わせが無数に存在するということである。この地を覆い、その内部を充たしている並外れた数の様々な物体を見よ。確かに原質とは様々な種類の物体を構成するものであり、物体はその素材となる一次ないし二次的な原質の多様な混合物に過ぎない。しかしながら、この地を覆う物体の並外れた多様性について〔少しでも〕考えを抱こうとするのであれば、数の組み合わせを想像するのが一番よい。その組み合わせは、八つの物体だけでも四万通り以上にものぼってしまうのである(1)。第二の理由としては次のとおりである。すなわち、有名な著者〔フォントネル〕が言ったように事実に基づいて本性を把握することが、またその本性を混合物の生成段階のうちに見出すことが、不可能であるとは言わないまでも、大変難しいからである。[C:83]この困難さゆえに、私たちは錬金術の技術にまずもって助けを求めざるを得なくなるのである。というのも、その技術は私たちに混合物をその構成部分へと分解することを教えてくれるからである。ついで、この分解された構成部分を再び組み合わせ、こうすることによって類似の混合物を再び生み出そうとする際に、錬金術の技術は自然の操作を模倣し再現することに役立つ。[A:29]ちなみに金属の原質やその他、〔物体を構成するのに〕必要なものを揃えて金属の混合〔という操作〕を行ったとしても、そのような金属の混合からは、〔分解される前の金属と〕同種の金属をこの世に生み出すことはできない。というのも、金属の構成部分を知っていたとしても、その構成部分がどのように結合されているかを知らなければ、私たちは最も重要な点を知らないことになるからである。無知な人が、このような金属の混合〔という操作〕について良く理解していると厚かましくも自慢することを、かのベッヒャーはよしとしない。最後に、三番目の理由は、私たちの器官の不十分さである。私たちの器官は、凝集形式une forme agrégativeのもとでしか原質も混合物も目にすることができない。このことをあなた方に納得してもらうために、例として、半ドラクマ(2)の良質な銀を十分な量の硝酸液eau forteの中で溶かしてみよう。そして、純粋かつ新鮮な5パントないし6パント(3)の雨水の中にこの溶液を混ぜてみよう。すると、視覚を使っても味覚でも嗅覚でも、この液体が水以外のものを含んでいるということをあなた方が見破るのは不可能になるだろう。とはいえ、水の一つひとつの粒子に銀という別の粒子が付着していることは確かである。[F:38]というのも、この水〔硝酸銀溶液〕をただの一滴でも、ありきたりの澄んだ食塩水の中にたらしてみたならば、この一滴の水は乳白色になり、少量の粉末状の銀を容器の底に沈殿させるからだ。その微細な銀の粒子一つひとつは以前にはまったく知覚されえなかったものである。この先、本書において私たちは多くの似たような観察をすることもあるだろう。

(1)実際に8の階乗は40320である。この数値は、ベッヒャーの化学書『地下の自然学』でも例として用いられている。Becher, Johann Joachim, Physica Subterranea, Lipsiæ : Joh. Ludov. Gleditschium, 1703, lib. I, cap. 2, § 4, p. 187.
(2)1ドラクマは、約3.24グラムである。
(3)1パントは、約0.93リットルである。

続きは近日中にこちらで全文公開いたします。

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追記:2012年12月12日、全文公開開始いたしました。
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by urag | 2012-12-10 10:39 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 09日

注目の新刊、既刊:『新訳 ラーマーヤナ 4』平凡社、ほか

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新訳 ラーマーヤナ 4
ヴァールミーキ著 中村了昭訳
平凡社 2012年12月 本体2,800円 全書判上製304頁 ISBN978-4-582-80829-2

帯文より:ラーマは、追放中の猿王の復位を助け、シーター奪還に猿軍団の援軍を得る。インドで大人気の猿将軍ハヌマトの大活躍がついに始まる。第4巻『猿の王国キシュキンダーの巻』サンスクリット原文からの初の邦訳。

★まもなく発売。東洋文庫の第829巻です。新訳全7巻予定の第4巻。ハヌマトというのはご存知「ハヌマーン」のこと。猿王スグリーヴァに仕える文武両道の知者にして風の神の息子たるハヌマトは、同じ猿の勇士ジャーンバヴァトに慫慂され、シーター奪還のために大海を渡る決意を固めます。ジャーンバヴァトの説得には、こんなくだりがあります。「大きな森のなかで、子供のおまえは昇った太陽を見て、『果実だ』と思い、取りたいと望んで立ち上がり、空中に飛び上がった。そして、偉大な猿よ、三千ヨージャナも進んだ。おまえはその太陽の熱力に打たれても元気を失わずに、進み続けた。すると、強い猿よ、インドラ神は、お前が空中を速力をあげて突進するのを見て、インドラ神は怒りに満たされて、力強く雷電をお前に投げつけた。その時、お前は山頂の岩に落下して左あごを損傷した。そのことからそなたの異名は『(傷ついた)あご(ハヌ)を持つ者(マト)』と呼ばれた」(294頁)。猿軍団の期待に応えて立ち上がるハヌマトの勇壮な姿と口上は圧倒的であり、物語は一気に続巻へと盛り上がっていきます。

★東洋文庫の来月新刊は『シャマニズム1』とのこと。なお、平凡社さんでは現在、編集者の正社員(若干名)を募集されています。資格は「4年制大学卒業(卒業見込不可)30歳位まで、経験者も歓迎」とのこと。 履歴書、職務経歴書、作文(テーマ「平凡社のこの一冊」を400字以内で)を、指定応募用紙に記入して、同社管理部まで12月14日(金)必着で郵送します。書類選考後、詳細通知。募集の詳細や応募用紙はこちらのリンク先でご確認ください。

★このほか、最近気になった今月の新刊には以下のものがありました。

『知の逆転』ジャレド・ダイアモンド+ノーム・チョムスキー+オリバー・サックス+マービン・ミンスキー+トム・レイトン+ジェームズ・ワトソン著、吉成真由美インタビュー・編、NHK出版新書
『ニーチェ詩集――歌と箴言』太田光一訳著、郁朋社
『金太郎の謎』鳥居フミ子著、みやび出版
『批評研究 vol.1 創刊号(2012):特集=以後の思想』論創社
『5000人の白熱教室 DVDブック』マイケル・サンデル著、NHK「ハーバード白熱教室」制作チーム訳、早川書房
『夢と眠りの博物誌』立木鷹志著、青弓社
『世界の美しい欧文活字見本帳――嘉瑞工房コレクション』嘉瑞工房著、グラフィック社

新しい思想誌「批評研究」では、弊社刊『文化=政治』の著者である毛利嘉孝さんが、スガ秀実さん、大田俊寛さんとともに、座談会「3・11以後の革命と終末」(53-96頁)に参加されています。また、既刊書になりますが、感銘を受けた2点を以下にご紹介します。


心と身体に響く、アランの幸福論
合田正人著
宝島社 2012年9月 本体1,300円 四六判並製285頁 ISBN978-4-7966-9869-6

帯文より:なぜ「幸福であることは義務」(『幸福論』「幸せであることの義務について」より)なのか――NHK「100分de名著」でおなじみの合田正人先生が徹底解説! 「幸福」の根拠と構造がよくわかる。

版元紹介文より:世界三大幸福論のひとつといわれている、アランの『幸福論』が最近また見直されてきています。言葉の美しさだけでなく、プロポという文章形式の妙、構成の周到さなど、読めば読むほど奥が深い『幸福論』の世界。アランはなぜ「幸福であることは義務」と提唱したのか。その真意や、そう考えるに至った経緯など、古来の哲学者たちの考えも交えながら、NHK「100分de名著」の解説も務めた明治大学の合田正人教授がひもといていきます。

目次:
はじめに
第1講 『幸福論』へ向けて
第2講 自分と他人
第3講 自然と身体
第4講 道徳と宗教
第5講 経済と政治
第6講 美と戦争
おわりに

★発売済。アラン『絵本 アランの幸福論』(合田正人訳、田所真理子画、PHP研究所、2012年2月)や、NHK「100分de名著」ブックスの『アラン 幸福論』(NHK出版、2012年4月)の姉妹篇とも言うべき本作は、『アラン著作集』(全10巻、白水社、1980-1983年;新装復刊、1997年)、『ラニョーの思い出』(中村弘訳、筑摩書房、1980年)、『アラン経済随筆』(橋田和道訳、私家版、1979年;筑摩書房、1980年;論創社、1995年)、『プロポ』(全2巻、山崎庸一郎訳、みすず書房、2000/2003年)や、古今の哲学書を自在に引用しつつ、『幸福論』のみではなくアラン(1858-1951)の著作全体ひいては哲学史の観点から「幸福」について懇切に解説しておられます。なお、アラン『幸福論』は幾度となく邦訳されてきましたが、文庫や新書では以下のものがあります。訳の古い順から、石川湧訳(角川ソフィア文庫)、白井健三郎訳(集英社文庫)、宗左近訳(社会思想社:現代教養文庫、絶版)、串田孫一・中村雄二郎訳(白水uブックス)、神谷幹夫訳(岩波文庫)。


火によって
ターハル・ベン=ジェッルーン(1944-)著 岡真理訳
以文社 2012年11月 本体1,900円 四六判上製128頁 ISBN 978-4-7531-0305-8

帯文より:中東を革命の炎に包む「アラブの春」の発端となった一青年の焼身自殺。その瞬間を、文学は、思想は、いかに表現し、それに応答できるか。生きるなかで打ちのめされ、辱められ、否定され、ついに火花となって世界を燃え上がらせた人間の物語。

訳者解説より:2010年12月の末に始まるチュニジア市民の抗議運動によって、1987年以来、同国に君臨したベン・アリ大統領は翌2011年1月14日、国外に遁走した。……このチュニジアの革命が、30年にわたる大統領独裁のもとにあったエジプト市民を鼓舞し、1月25日の決起へとつながり、さらには同じように独裁政権や抑圧的な体制下にある中東諸国へと広がっていくことになる。これら一連の革命の発端となったのが、チュニジア中部の地方都市、シディ・ブズィドに暮らす貧しい一青年、ムハンマド・ブアズィーズィの焼身自殺という出来事だった。……この出来事を受けてターハル・ベン・ジェッルーンは独裁体制下の腐敗した社会で、貧しいが実直で聡明な青年が、なぜ、いかにして自らの肉体に火を放ったのかを、そして、その炎がなにゆえに中東の各地に燃え広がったのかを、作家の文学的想像力を駆使して描いた。それが本書『火によって』である。

★発売済。今月(12月)1日生まれのターハル・ベン=ジェッルーン(タハール・ベン・ジェルーンとも)の小説です。訳者の岡さんはフランス語小説の翻訳が初めてとのことですが、とても読みやすい訳文に仕上がっています。物語は至極明瞭で、警官たちによる恐ろしいほどの不正義が残酷に主人公をはじめとする民衆を日々襲い、簡潔な訳文はその横暴と悲惨のすべてを淡々と描写します。主人公がついに自分の身を投げ出すに至る光景は涙なしには読めません。

◎タハール・ベン・ジェルーン(Tahar Ben Jelloun, 1944-)既訳書

1993年03月『歓迎されない人々――フランスのアラブ人』高橋治男・相磯佳正訳、晶文社
1996年07月『気狂いモハ、賢人モハ』沢田直訳、現代企画室:シリーズ「越境の文学/文学の越境」
1996年07月『砂の子ども』菊地有子訳、紀伊國屋書店
1996年08月『聖なる夜』菊地有子訳、紀伊國屋書店
1998年05月『不在者の祈り』石川清子訳、国書刊行会:シリーズ「Contemporary writers」
1998年12月『娘に語る人種差別』松葉祥一訳、青土社;新装版、2007年03月
1999年05月『最初の愛はいつも最後の愛』堀内ゆかり訳、紀伊國屋書店
2000年12月『あやまちの夜』菊地有子訳、紀伊國屋書店
2002年09月『子どもたちと話す イスラームってなに?』藤田真利子訳、鵜飼哲解説、現代企画室
2009年02月『出てゆく』香川由利子訳、早川書房
2011年12月『アラブの春は終わらない』齋藤可津子訳、河出書房新社
2012年11月『火によって』岡真理訳、以文社

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by urag | 2012-12-09 13:56 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)