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2012年 11月 27日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

★木内久美子さん(共訳書:ポール・ド・マン『盲目と洞察』)
来月中旬に神戸で以下の通り講演されます。

◎レクチャー「音・イメージ・言葉──キートン×ベケット=幽霊

講師:木内久美子(比較文学研究、東京工業大学)  
日時:2012年12月15日(土)14:40(終了予定16:10)
場所:神戸映画資料館(神戸市長田区腕塚町5丁目5番1 アスタくにづか1番館北棟2F 201)

料金:1000円
※定員制、要予約。info@kobe-eiga.net 宛に、お名前、連絡先(電話)、参加希望日を書いてお送りください。追って予約受付確認のメールを差し上げます。

内容:「神戸映画資料館レクチャー:映画の内/外」では、1、2ヶ月に1回程度のペースで、さまざまな講師をお招きし、幅広いテーマで講座を開いています。第11回はベケット作品における幽霊的な知覚の問題について、キートン映画の影響から木内久美子さんがレクチャーされます。
                                    
関連上映:キートン×ベケット──『フィルム』を中心に
『フィルム』Film(アメリカ/1965/20分/DVD上映)
『キートンの空中結婚』The Balloonatic(アメリカ/1923/27分[18コマ映写]/16mm)
『幽霊トリオ』Geister Trio(ドイツ/1978/30分/DVD上映)
『……雲のように……』... nur Gewoelk ... (ドイツ/1978/15分/DVD上映)
『夜と夢』Nacht und Traeume(ドイツ/1983/10分/DVD上映)


★ジャン・ジュネさん(著書:『公然たる敵』)
生誕百周年の一昨年秋に刊行された幻の作品の翻訳が発売されました。複数の本文が二色刷で同時進行してきます。草稿の写真もカラーで収録。とても美しい本です。

判決
ジャン・ジュネ(1910-1986)著 宇野邦一(1948-)訳
みすず書房 2012年10月 本体3,800円 A5判(タテ210mm×ヨコ148mm)上製96頁 ISBN 978-4-622-07673-5

カバー裏紹介文より:本書は1970年代半ば、ジュネがひとまとまりのものとしてガリマール社に託した2種の原稿「判決」「私はいた、そして私はいなかった」からなり、生誕100周年のおりに刊行された。なぜこれまで公表されなかったかは不明だが、1974年ごろ、たしかにジュネはこんなふうに語っていた。/「私は私の人生について本を書いている。日本に行った旅の話で始まる。(…)私は複雑で入念な形式を選んだ。中央にひとつのテクストがあり、それはそれで続いていくが、余白には別のテクストがいくつもあって、中央のテクストを中断し、延長し、豊かにしていく」(ワンヌース「伝説と鏡のかなたに」鵜飼哲訳)。/まさに本書はそのように始まる。そして作家自身の指定による特殊な組版(デリダに『弔鐘』を着想させた1967年のレンブラント論の発展型)や交替する黒赤2色の文字の連なりによって、サルトルの予言をなぞるかのごとくマラルメ「イジチュール」に比すべき思考実験が展開していくのである。遺作『恋する虜』のプロトタイプでありつつも、まったく独自の高密度結晶体。「犯罪者」ジュネ総決算の書にして、パレスチナをはじめ世界の抵抗運動に同伴する「証言者」ジュネを始動させた詩的かつ思想的テクストである。装幀・菊地信義。

原書:La sentence suivi de J'etais et je n'etais pas, Gallimard, 2010.

目次:
判決
私はいた、そして私はいなかった
訳注
パガニスムについて(宇野邦一)

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by urag | 2012-11-27 12:26 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 26日

近刊情報、在庫僅少本情報、その他

★近日公開

2012年12月上旬公開予定『ルソー「化学教程」』ウェブ連載第5回

★近刊情報

2013年1月上旬刊行予定『間章著作集(1)時代の未明から来たるべきものへ』→詳細をまもなく公開いたします。

★在庫僅少情報

アガンベン『涜神』、大竹伸朗『ネオンと絵具箱』が在庫僅少です。上野俊哉『アーバン・トライバル・スタディーズ』は、美本ではありませんが数冊在庫があります。

★トップ情報更新につき削除済の旧情報

◎11年9月10日発売:エンツォ・パーチ『関係主義的現象学への道』上村忠男編訳、本体3,200円、シリーズ「古典転生」第4回配本(本巻3)。
書評1⇒山田忠彰氏書評「哲学脳を活性化させる刺激剤――独自の思想的地平を切り拓く」(「週刊読書人」2011年11月11日号)
書評2⇒谷徹氏書評「「実体」の批判と一体的であるパーチの「関係主義」――日本の読者にとって比較的疎遠だったイタリア現代思想に触れるきっかけに」(「図書新聞」2012年2月11日号)

◎重版出来:11年1月7日ドアノー『不完全なレンズで』2刷、11年2月4日アガンベン『バートルビー』3刷、11年2月8日バトラー『自分自身を説明すること』3刷、11年5月16日ボワ+クラウス『アンフォルム』2刷。

◎ウェブ限定直販商品:森山大道サイン入り『ハワイ』、大竹伸朗アートワーク「ハワイ」ポスター2種、やなぎみわサイン入り『WHITE CASKET』ナズラエリ版(海外版)。直販コーナーにて発売中。→完売しました。
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by urag | 2012-11-26 11:53 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 25日

注目新刊:ガダマー『真理と方法』全三巻ついに完結、ほか

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真理と方法――哲学的解釈学の要綱(III)
ハンス=ゲオルク・ガダマー(Hans-Georg Gadamer, 1900-2002):著 轡田收+三浦國泰+巻田悦郎:訳
法政大学出版局 2012年11月 本体3,800円 四六判上製334頁 ISBN978-4-588-00177-2

帯文より:20世紀の古典、待望の完結。西洋哲学史の伝統に根ざし、テクストの理解および世界認識の方法を独自の解釈学として深化させたガダマーの主著。歴史解釈における経験の媒体および地平をなす言語の存在に光を当てた第三部に関連論考を併録。

原書:Wahrheit und Methode: Grundzuege einer Philosophischen Hermeneutik, J.C.B.Mohr, 1960/1965/1972/1975.

★発売済。ついに完結。第III巻に併録された関連論考というのは「解釈学と歴史主義」論文および「原著第三版あとがき」。巻末に便利な全巻索引あり。第I巻(轡田収+麻生建+三島憲一+北川東子+我田広之+大石紀一郎:訳、初版1986年8月、新装版2012年11月)も新装版として同時期に復刊。86年の第I巻刊行ののち、第II巻(轡田収+巻田悦郎:訳、2008年3月)が二十数年ぶりに上梓された時は誰もが驚嘆したものでしたが、その4年後の現在、第I巻から数えればおよそ4半世紀を経ていよいよ全三巻完結と相成りました。叢書「ウニベルシタス」の最新刊はすでに980番台後半を数えていますが、『真理と方法』は3冊とも170番台です。

★轡田さんが「訳者あとがき」にこう書かれておられるのが印象的です。「追い込みにかかったのは時あたかも三月一一日の大震災の時期にあたり、「科学論」の狭隘さや偏見を指摘しかつ批判するガダマーの論述を読みながら、この国の政治家はもとより多くの科学者たちの言辞がいかに基本的な「教養」を欠いているものか痛感した。事柄にだけ目を向け、その社会的・歴史的関連を顧慮することを知らない、あるいは知ろうとしない態度には、同じく学を志している者として怒りさえおぼえた。教養の欠如は無自覚なイデオローグを生み、科学論以前の通俗科学技術論しか口に出せない。たとえば、原発をなくせば、それにかかわる研究者が育たなくなり、廃棄物はおろか原発処理もできなくなる、といった論理である。科学思想家が科学のあり方をこの程度にしか認識していないとは、なさけないどころではないであろう。ガダマーの論述の一部は具体例の点ではアウト・オブ・デイトの感なきにしもあらずだが、基本はunverjaehrt(時効にかかることはない)であるから、改めて傾聴すべきだと確信する」(982-983頁)。

★法政さんで待望の全三巻完結、と言えば先月刊行の次の新刊を忘れるわけにはいきません。
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人間本性論(3)道徳について
デイヴィッド・ヒューム著 伊勢俊彦+石川徹+中釜浩一訳
法政大学出版局 2012年10月 本体8,600円 A5判上製344頁 ISBN978-4-588-12083-1

帯文より:徳と悪徳を区別するのは理性ではなく、人間の自然な感情である。社会における人々の感情と行動との一致はいかにして作られるのか。ヒュームによる人間精神の解剖学。

★ガダマーと同じく、第1巻「知性について」(木曾好能:訳、初版1995年2月;新装版2011年5月)の出版から第2巻「情念について」(石川徹+中釜浩一+伊勢俊彦:訳、2011年12月)刊行までの間が開いているものの、第1巻の復刊以来は順調でした。時折復刊される岩波文庫の大槻春彦訳『人性論』全4巻(1948-1952年)と値段で比べると、法政版はかなり高額ではありますが、抄訳ではなく全訳を見るためには、品切の岩波文庫4巻本のほかは法政のこの新訳3巻本が頼りです。ガダマーといい、ヒュームといい、法政さんのゆるぎなき学術出版の姿勢には本当に頭が下がります。

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子供の哲学――産まれるものとしての身体
檜垣立哉(ひがき・たつや:1964-):著
講談社選書メチエ 2012年11月 本体1,500円 四六判並製219頁 ISBN978-4-06-258541-5

帯文より:西田幾多郎、レヴィナス、ドゥルーズ……その思考のあらたな可能性。子供である「私」、この地点からあたらしい哲学がはじまる!

カバー裏紹介文より:これまでの哲学が再三にわたって論じてきた「私」という問題。しかしそこには、大きな見落としがあったのではないか? 産まれる、子をはらむ、産む、死んでいく、だけど誰かが残る。こうしたことを、それ自身として真正面からとらえる。そのための哲学が、ここからはじまる。

目次:
序文  子供/妊娠の哲学のために
第1章 私と身体をめぐる伝統的議論
第2章 生命としての私へ
第3章 西田幾多郎の他者論と生殖論
第4章 レヴィナスの他者論と生殖論
第5章 私であることと「いのち」の遺伝
第6章 子供とは誰のことか――「自分の子供」概念の脱構築

あとがき

★発売済。ドゥルージアンの生殖論というと小泉義之(1954-)さんの『生殖の哲学』(河出書房新社、2003年)での議論の突き抜け方を想い出す方もいらっしゃるかもしれませんが、檜垣さんの『子供の哲学』は前作『ヴィータ・テクニカ――生命と技術の哲学』で原理的に考察された種々の主題とかかわりのある生命哲学の地平を他者論へと進展させたのものと見ていいだろうと思います。序文はフェミニズムとは異なる問題設定を平易に明かしており、男性にとっては思わず引き込まれるものとなっています。「子供の哲学」という書名は平凡なようでその内実は「生命連鎖の哲学」を見遙かしており、ロゴス中心主義やファルス中心主義といったありがちなそしりに動じることなく、西田やレヴィナスの思想を参照しながら〈自他関係と連鎖〉の諸領域を足元から慎重に測量していきます。「産む身体についての哲学を、けっして独我的でも意識的でもなく、また個別化された身体に依拠するのでもない、もっと根本的に自然や大地に連関したものとして描きたい。それがこの本の主題であった」(218頁)と「あとがき」にあります。本書は檜垣さんの次の探査がクシティガルバもしくはガイアあるいはキュベレーを照らすものになるのかもしれないと予感させます。

★来月以降の講談社メチエ、学術文庫、ブルーバックスの注目新刊を列記しておきます。

学術文庫
12月11日『大聖堂・製鉄・水車――中世ヨーロッパのテクノロジー』ジョセフ・ギース+フランシス・ギース:著/栗原泉:訳
12月11日『儀礼としての消費――財と消費の経済人類学』メアリー・ダグラス+バロン・イシャウッド:著/浅田彰+佐和隆光:訳
01月11日『荻生徂徠「政談」』荻生徂徠:著/尾藤正英:著訳

メチエ
12月11日『ピアニストのノート』ヴァレリー・アファナシエフ:著/大野英士:訳
12月11日『ソシュール超入門』ポール・ブーイサック:著/鷲尾翠:訳

ブルーバックス
12月21日『シャノンの情報理論入門』高岡詠子:著
12月21日『古代日本の超技術 改訂新版』志村史夫:著

★ギースは学術文庫では『中世ヨーロッパの城の生活』(栗原泉訳、2005年)、『中世ヨーロッパの都市の生活』(青島淑子訳、2006年)、『中世ヨーロッパの農村の生活』(青島淑子訳、2008年)に続く4冊目。ブーイサックはじつに『サーカス――アクロバットと動物芸の記号論』 (中沢新一訳、せりか書房、1977年12月;増補版1984年6月) 以来の久しぶりの新刊です。『儀礼としての消費』の親本は新曜社、1984年9月刊。共訳者である浅田さんの『構造と力』が勁草書房より1983年9月刊、ブーイサックの増補版とその訳者の中沢さんの名著『チベットのモーツァルト』はともにせりか書房より1984年6月。ニューアカの一場面。


言語が違えば、世界も違って見えるわけ
ガイ・ドイッチャー(Guy Deutscher, 1969-):著 椋田直子:訳
インターシフト:発行 合同出版:発売 2012年11月 本体2,400円 四六判上製344頁 ISBN978-4-7726-9533-6

帯文より:言語が変われば、見る空の色も変わる。古代ギリシャの色彩(……なぜホメロスの描く空は青くない?)から、未開社会の驚くべき空間感覚(……太陽が東から昇らないところ)、母語が知覚に影響する脳の仕組みまで(……脳は言語によって色を補正している)――言語が知覚や思考を変える、鮮やかな実証! 年間ベストブック、多数受賞!

原書:Through the Language Glass: How Words Colour Your World, Heinemann, 2010.

目次:
プロローグ:言語と文化、思考
第I部 言語は鏡
 第1章 虹の名前
 第2章 真っ赤なニシンを追いかけて
 第3章 異境に住む未開の人々
 第4章 われらの事どもをわれらよりまえに語った者
 第5章 プラトンとマケドニアの豚飼い
第II部 言語はレンズ
 第6章 ウォーフからヤーコブソンへ
 第7章 日が東から昇らないところ
 第8章 女性名詞の「スプーン」は女らしい?
 第9章 ロシア語の青
エピローグ:われらが無知を許し給え
謝辞
原注
参考文献
補遺
解説

★発売済。担当編集者のMさんのご紹介によれば「言語-知覚-世界観をめぐるスリリングな論考で、興味深い逸話も満載の一冊」とのことです。2010年度のエコノミスト誌、フィナンシャルタイムズ紙、スペクテイター誌、ライブラリージャーナル誌での年間ベストブック受賞作。話す言語が違えば色の見え方や定義も異なるという当たり前のようで理解しにくいことを言語学者である著者が解説してくれます。それだけでなく、母語が知覚や思考様式に影響を与えるという話も出てきます。「異なる言語の話し手は、色をわずかながら異なる形で知覚している可能性がある」(287頁)というのは興味深いですね。母語がその使い手の色感に影響を与えるということは、脳科学の観点からも検証が進んでいるとのことです。

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フングス・マギクス――精選このこ文学渉猟
飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう:1954-):著
東洋書林 2012年11月 本体2,400円 四六判上製224頁 ISBN978-4-88721-805-5

帯文より:「ある日、それが頭の中からにょきにょきとはえてきたのです」。キャロル、グラス。鏡花、賢治から、計音楽、恐怖映画をそぞろ歩く、茸〔くさびら〕愛ずるものくるおしき人々と作品をめぐる奇想のエッセイ。

版元紹介文より:不思議な魅力にひきつけられて・・・・・・。動物でも植物でもない不思議な存在は、自然科学だけではなく文学などでも独自の立ち位置を与えられ、数多くの魅力的作品が生み出された。その魅力にドップリつかり、きのこと共に[楽]節20余年。今ではすっかりきのこの世界の住人となった著者がおくる、後戻り不能の“きのこワールド”。

目次:
序章 「きのこ文学」とは何か?
第1章 アリスと魔法のきのこ
第2章 聖なるベニテングタケ
第3章 ベニテングタケの神話作用
第4章 冬虫夏草の謎
第5章 マタンゴ、恐怖の「キノコ人間」
第6章 きのこと妖精たち
第7章 きのこのエロティズシム
第8章 トリュフ豚の悲喜劇
第9章 マツタケの象徴主義(シンボリズム)
第10章 アミガサタケの秘密
第11章 毒きのこ殺人事件
第12章 二人の「きのこ文学」作家――鏡花と賢治
第13章 きのこ食の文化誌
終章 きのこ狩りの不思議な磁場
あとがき
索引

★発売済。先月新刊『【原色・原寸】世界きのこ大図鑑』に続いて今度は「きのこ文学」を紹介する本が出ました。著者の飯沢さんは言わずと知れた高名な写真評論家ですが、近年は「きのこ文学研究家」としても名を馳せ、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング、2007年)、『きのこ文学大全』(平凡社新書、2008年)、『マジカル・ミステリアス・マッシュルーム・ツアー』(東京キララ社、2010年)、『きのこのチカラ――きのこ的生き方のすすめ』(マガジンハウス、2011年)など多くの「きのこ本」を上梓されています。なかでも編書『きのこ文学名作選』(港の人、2010年11月、限定3000部)は、今昔物語集からいしいしんじまで、日本の古今の「きのこ文学」の名作を集めたアンソロジーで、コズフィッシュによる超絶的な造本デザイン(収録作品ごとに本文用紙もインクもレイアウトもすべて変えるというもの)も相まって話題を呼び、今では版元品切で、本屋さんの店頭に万が一残っていれば即購入した方がいいレアものです。

★今回の新刊『フングス・マギクス』は、月刊誌「文學界」での連載「きのこ文学の方へ」に増補加筆して一冊としたもので、クリーム色の本文用紙にモスグリーンのインクで刷られています。書名は「魔法のきのこ」の意。副題にある通り、東西のきのこ文学、音楽、映画に論及した興味深いエッセイで、これでもかというくらい飯沢さんの「きのこ愛」が溢れています。「あとがき」によれば、4年前の『きのこ文学大全』からさらに二、三倍の量のデータが集まったので、今後はまず『きのこ文学大全 日本文学編』決定版をまとめたいとのことです。

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革命の哲学――1968叛乱への胎動
長崎浩:著
作品社 2012年11月 本体2,800円 46判上製 ISBN978-4-86182-415-9

帯文より:60年安保闘争から、1968年世界革命、70年代全共闘運動まで、反抗と叛逆の時代の主題「革命」を思想として歴史に位置づける。人々の記憶の彼方に追いやられたルカーチ、サルトル、マルクス・レーニン、そして日本の思想家たち。全学連・全共闘運動のバイブル『叛乱論』の著者が描く“忘れられた”思想史。

まえがきより(3-4頁):かつて1960年代までは、マルクス・レーニン主義とともに「革命の哲学」があった。すでに歴史にすべき事柄なのだから、哲学史がソクラテスやプラトンをいまによみがえらせるように、革命の哲学の哲学史があっていい。革命論でなく革命という出来事が、世界で繰り返されることをやめていない以上、革命の哲学史を顧みておきべきであろう。かつて革命の哲学があった、と。

目次:
まえがき――「革命の哲学」があった
第I部 倫理的思考のゆくえ――ルカーチ
 はじめに
 第一章 分裂する革命
 第二章 プロレタリアートとは誰のことか
 第三章 倫理としての党
 第四章 文芸批評家ルカーチ
第II部 主体性のゆくえ――戦後日本の革命の哲学
 第五章 自覚と革命――黒田寛一・梅本克己
 第六章 『資本論』の別れ――岩田弘・吉本隆明・梅本克己
 第七章 階級闘争の哲学――藤本進治
第III部 1968へ
 第八章 循環する個人的実践――サルトル
 第九章 革命の哲学が残したもの――プロレタリアート・理論と実践・疎外論
あとがき
主要人物紹介
本書関連年表

★発売済。担当編集者のFさんのご紹介によれば本書は「60年代安保闘争時の指導者にして、70年代全共闘運動のバイブル『叛乱論』(合同出版、1969年;彩流社、1991年)の著者だからこそ書ける〈68年の思想〉」を扱っており、「時代の上っ面を撫でるのではなく、内在的にその精神を〈思想〉として未来に託す」ものとのことです。60年~70年代を駆け抜けた当事者ならではの重厚な記述です。本書の巻頭にはこう書いてあります。「革命が、若い人びとの関心に伏流しているように思われる」と。なるほど確かに、ここ20年ほど日本社会には暗い衰退の影が見え、社会変革への希望は暗雲に囲まれています。危機の時代だからこそ〈チェンジ〉が待望され、それと同時に、激動の時代だからこそ〈ゆるぎないもの〉が渇望されます。

★一見すると両極端に思えるこの二つの方向性はしかし、革命と反革命の関係以上に「現況への不満」として蓄積されるゆえに、ポピュリストの台頭や全体主義へのうねりへ一本化されうるリスクを孕んでいます。かつてナチズムにコミュニズムが対抗したように、「革命の哲学」はいかに人間の凶暴性をディスアーム(武装解除)しつつ、民主主義の真の深化のためにスタンドアップ(蜂起)するかという難題に直面しています。著者が本書で論じたルカーチ『歴史と階級意識』や、サルトル『弁証法的理性批判』のような古典を若い世代はもはや読まなくなっているのかもしれませんが、たとえ素通りできたとしても私たちは再度歴史の袋小路へと送り返されることになるのでしょう。〈68年の思想〉に決着はついていないのです。

★作品社さんの年末の新刊には、『大論理学』の50年ぶりの新訳となる山口祐弘訳『ヘーゲル 論理の学1 存在論』(全三巻予定)、的場昭弘訳『新訳 初期マルクス』、デヴィッド・ハーヴェイ『叛乱する都市』、フレドリック・ジェイムソン『未来の考古学 第二部』、ジュリア・クリステヴァ『メラニー・クライン――苦痛と創造性の母親殺し』、マリー=モニック・ロバン『モンサント』など、注目本が目白押しです。


フロイトの情熱――精神分析運動と芸術
比嘉徹徳(ひが・てつのり:1973-):著
以文社 2012年11月 本体2,600円 四六判上製264頁 ISBN978-4-7531-0307-2

帯文より:精神分析の初期衝動、芸術の〈真理〉。精神分析、そして精神分析家。100年前、フロイトの「輝かしい孤立」から生まれ、「それまで世界に存在しなかった」学問と職業。「その一身において精神分析」であったフロイトの闘い、その紆余曲折のすべて。

目次:

第一章 運動主体の構築
第二章 精神分析の制度化とその不可能性
第三章 オイディプスと夢の舞台
第四章 成功したパラノイア
第五章 「歴史小説」における真理
補遺
あとがき
参照文献

★発売済。担当編集者のMさんのご紹介によれば、著者のデビュー作となる本書は、フロイトの個人史ではなく、あくまで精神分析に埋め込まれた〈構造〉から理論的に精神分析を捉えなおし、精神分析という〈制度化に失敗し続けた運動〉を再考した野心作である、とのことです。また、「あとがき」での著者自身の説明によれば、本書はフロイトの芸術的方法論について考察しており、「フロイトの精神分析的思考の基本的な道具立てに芸術(詩、小説、彫刻、写真……)が深く関与していることを示し」ている(248頁)とのことです。本書の元になっているのは一橋大学大学院言語社会研究家に提出された著者の博士論文。審査には鵜飼哲、久保哲司、十川幸司の三氏が当たられています。

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現代思想 2012年12月号:特集「尖閣・竹島・北方領土――アジアの地図の描き方」
青土社 2012年11月 本体1,238円 A5判並製246頁 ISBN978-4-7917-1255-7

★発売済。特集冒頭は『尖閣問題とは何か』(岩波現代文庫)を今月上梓されたばかりの豊下楢彦(とよした・ならひこ:1945-)さんへのインタヴュー「「領土問題」の戦略的解決と日本――外交の「第三の道」を求めて」です。「端緒としてのサンフランシスコ講和条約」「作られた火種:アメリカの「あいまい」戦略」「北方領土・竹島問題」「中国をいかに捉えるか」「尖閣問題の互恵的解決のために」「日米同盟を問いなおす」「沖縄の立ち位置」「日本外交の「第三の道」」といった流れでまとめられた、3段組19頁にわたる長篇です。

★今回の特集号では中国や韓国の研究者たちの論考も複数読めるのが特徴的ですが、なかでも先月開催された「2012年アジア思想上海論壇」で発表された、沖縄近現代史研究家の新崎盛暉(あらさき・もりてる:1936-)さんによる「沖縄は、東アジアにおける平和の「触媒」となりうるか」とそれへの中台韓の研究者の4つの応答とセッションのまとめが掲載されているのが印象的で、非常に興味深いです。新崎さんの『沖縄現代史 新版』(岩波新書、2005年;初版は1996年)との併読をお薦めします。

★また本号では、弊社刊『カヴァイエス研究』の著者、近藤和敬さんの連載「真理の生成」最終回「過程としての「真理」」が掲載され、弊社ウェブサイト連載「ルソー『化学教程』」の共訳者、飯田賢穂さんが巻末の「研究手帖」欄に「翻訳が明らかにしたもの」という一文を寄せておられます。これはジョン・ロック『人間知性論』のピエール・コストによる仏訳について論及されたものです。

★なお、『現代思想』の次号特集は「現代思想の総展望」と題し、ガタリやメイヤスーなどの翻訳のほか、日本の第一線の研究者たちによる多数の討議や論考が掲載されるようです。この「現代思想の総展望」という特集名は、同誌の創刊号(1973年1月号)と同じ、いわば伝統的なテーマで、74年1月号、79年12月号、83年1月号などで繰り返されたものです。久しぶりの「原点回帰」に編集部の新たな意気込みを感じます。


photographers' gallery press no. 11
photographers' gallery 2012年11月 本体2,800円 B5判(W182×H257mm)並製328頁 ISBN978-4-906839-16-2

版元紹介文より:2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故以来、被災状況などを記録した数多くの写真が撮影されています。災害を記録するとはどういうことか、この度の震災は写真というメディアに多くの問いを投げかけています。本誌では、関東大震災直後の鉄道、圧倒的な規模の土砂災害、近代最大級のトンネル工事を記録した、3つの写真帖を約200頁にわたって収録し、伊藤俊治氏・平倉圭氏の書き下ろし原稿とともに、災害表象をこれまでにないかたちで捉え直します。また気鋭の執筆陣を迎え、これからの写真や美術、批評のあり方を導くような濃密な論考・対談を掲載いたします。

★発売済。新宿のギャラリー「photographers' gallery」の年1回発行の機関誌。今回の第11号では「写真とカタストロフィ」と銘打ち、約200頁を割いて史的写真資料を圧巻掲載。『大正十二年九月一日 關東地方 大震火災記念寫真帖』と伊藤俊治さんによる解題、『昭和九年七月 新潟土木出張所管内 直轄工事被害状況寫真』、『熱海線丹那隧道工事寫真帖』と平倉圭さんによる分析論考。このほか、橋本一径さんの「稲妻写真論」、倉石信乃さんの「ピクチャーへ──災厄写真考」、長谷見雄二×中谷礼仁の両氏による対談「災害の“ウラ”を読む──東日本大震災と災害記録」をはじめ、充実の誌面となっています。弊社が発売元となっているPLACE M発行『picnic』の写真家、瀬戸正人さんによる追悼文「惜別 深瀬昌久──深瀬さん、向こう岸が見えますか?」も掲載されています。
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by urag | 2012-11-25 20:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 18日

注目新刊:『捧げる――灰野敬二の世界』河出書房新社、ほか

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捧げる――灰野敬二の世界
灰野敬二(はいの・けいじ:1952-)ほか著
河出書房新社 2012年11月 本体3,000円 46判上製328頁 ISBN978-4-309-27324-2

帯文より:「ハウリングとしびれと静寂の裂け目から、「愛してる」ときこえたような気がした」(原田郁子;クラムボン)。挑みつづける不失(者)――灰野敬二の世界を開示し、そして黙示する、はじめての書。

版元紹介文より:あらゆるボーダーを超え、世界中のアーティストのリスペクトを集める、生きながらの伝説・灰野敬二のすべてを伝えるはじめての書。ロングインタビュー、完全ディスコグラフィーなど。

「はじめに」より(9頁):この本は「灰野敬二の本」か「灰野敬二についての本」なのか、と手に取ったひとは思っているかもしれない。僕はそれに対して、「灰野敬二について」であり、その中で、「灰野敬二が出ている」と答えたい。本でも映画でも、つくりながら、自分の中でどんどん、広がっていって、自分では気づけなかった、自分の他者とのかかわり合い方がうまれて、みんなと仲良くなれて、いろいろな意味をふくめて、楽しかった。僕は楽しくないとやめちゃうから。

「はじめに」より(10頁):僕は表現の場においては非日常をひっぱりだす。非日常になっちゃうのと、非日常をんでここに引きずり出すのとは違うからね。……たしかに、非日常はあるんだよ。日を浴びているのが日常だったら、夜はそのとき非日常なわけじゃない? 現前してないわけだから。僕はそれを意識して、昼間であっても、聴くひとが夜を感じられる音楽をできる自負がある。両方あるでしょう、ってやっぱりいいたいんだよ。ひとは昼を見ていると、夜があるのに昼が正義だと思ってしまう。そして、夜になると、夜が正義だと思う。ここが昼なら、地球の裏側は必ず夜なわけだよね。僕はそれを、表裏一体として、見せるのが表現の使命だと思っている。

目次:
はじめに (灰野敬二)
対談
 音楽を求めて、「音楽」から離れて (ジム・オルーク×灰野敬二)
 せめぎあう両極――言葉と即興 (佐々木敦×灰野敬二)
 生まれ、変わる細胞――生命・身体・場と意識 (後飯塚僚×灰野敬二)
愛・魔術・勇気 世界から見たKeiji Haino (ヒグチケイコ)
ディスコグラフィ (福島恵一)
活動記録
あとがきにかえて――灰野敬二インタヴュー

★まもなく発売。素晴らしい新刊が出ます。版元公式では発売日が11月21日となっていますので、河出さんの通例ではだいたいその二日前には取次搬入済のはずです。特異なミュージシャンとして世界中にファンを持つ灰野さんの単行本というのは、70年代からのその長きに渡る活躍にもかかわらず、本書が初めてのようです。思わず「初出一覧」を探しましたが、どこにもありません。なんと全編書き下ろし、語り下ろし。ディスコグラフィと、ライヴ・パフォーマンスを年代順に記した活動記録を合わせると200頁近くなるのもすごいです。編集を担当された加藤彰さんと松村正人さんにただただ頭が下がります。内容はとにかく「灰野さんは本当に素敵」の一言に尽きます。ありがちな礼讃本というのではありません。普通ならカッコ悪く見えそうなところも含めて灰野さんの発言はその音楽作品同様にすべてカッコイイのです。

★例えば帯の背にある「僕より音楽好きになってみろ」という言葉は、後飯塚僚(ごいづか・りょう:1959-)さんとの対談で出てきます。後飯塚さんは若い頃は土方巽に師事したパフォーマーで現在は東京理科大学生命医科学研究所の教授で老化研究がご専門。興味深い異色対談の中にこんなやりとりがあります(92-93頁)。

 後飯塚:たとえば、熊とパンダがいて、熊は肉食。パンダは草食じゃないですか。熊っていうのは指がものを掴みやすいようになっていて、パンダは親指がいったん退化してなくなって、そこからまだもう一回、竹を掴めるように指が生えてきたんですね。それは竹を食いたかったからなんですよ。それで指をつくったんです。

 灰野:どこまで望むかだよ。自分の話になって悪いけど、僕より音楽好きになってみろ、っていうのはそういうこと。どうしたいかをはっきりさせて、それをどこまで加速させるかだよ。もちろん、僕も六十歳で疲れたとか、そういうのは当然あるけど、年を取ったっていう感覚はまだないね。やっぱり、どうしたいかだと思うよ。アリになりたい。ライオンになりたい。何かをしようとするときって、不自由さを感じるわけじゃない? 少し前の自分とは違うものになること。それが新陳代謝だし、いま、みんなにそれがなさ過ぎるんだよ。学ぼうっていうのは、外から取り入れようとするわけで、そうではなくて、自分がなりたいっていうのは本能とか、そういうもの。アーティストが憧れるのは魔術師で、魔術師が憧れるのは自然だもん。宇宙になってしまいたいとか。それが加速して、よくいうイってしまったとき、こっち側のことを忘れないで、まださっと戻れるか。その素早さだよ。

★ちなみに、知る人ぞ知る存在だったはずの灰野さんの音楽作品が不特定多数の聴衆にさらされた事件のひとつは、90年代前半にタモリの出演するお昼のTV番組「笑っていいとも」の「タモリ・ウンナンの大発見」コーナーで起きました。今では有名な話かもしれません。視聴者から「B'zのアルバムが聞くたびに違う不気味な音楽になってる」という触れ込みで投稿があったCDから流れてきたのは灰野さんの「滲有無(にじうむ)」でした。私は大好きですけどね、「滲有無」。同番組で後日再度取り上げられた時、タモリは「これひょっとして気持ちのいい音楽じゃないの?」と言っていましたが。

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透明なる社会 
ジャンニ・ヴァッティモ(Gianni Vattimo, 1936-)著 多賀健太郎訳
平凡社 2012年11月 本体2,400円 四六判上製160頁 ISBN978-4-582-70344-3

帯文より:来たるべき情報技術社会を透徹した思考で捉え、世界の多元化、脱現実化、コミュニケーションの多チャンネル化のなかで、〈透明なる社会〉の到来という近代啓蒙思想の「強い」理想を、その形而上学的な呪縛や限界から解き放とうとする試み。今日における哲学の使命に賭ける、ヴァッティモ一流の「弱い思考」に貫かれた好著。

版元紹介文より:旗印の「弱い思考」を全面展開し、近代啓蒙思想が奉じる、情報・コミュニケーション技術の発達にともなって成立するとされる「透明なる社会」の到来などありえないことを解いた歴史的名著。

原書:La società transparente, Garzanti Libri, 1989/2000.

目次:
第三版への註記
第一章 ポストモダン――透明なる社会なのか?
第二章 人文科学とコミュニケーション社会
第三章 再発見された神話
第四章 揺らぎの芸術
第五章 ユートピアからヘテロトピアへ
第六章 脱現実化の限界
原註
訳者あとがき

★まもなく発売。シリーズ「イタリア現代思想」第3弾。ヴァッティモの単独著の翻訳としては、『哲学者の使命と責任』(上村忠男訳、法政大学出版局、2011年10月)に続く2冊目となります。共編著書には『弱い思考』(ロヴァッティ共編著、上村忠男ほか訳、法政大学出版局、2012年8月)があります。ニーチェやハイデガーとして高名なヴァッティモらしく、今回の新刊でも随所で哲学者たちに言及し、現代社会の不安定な変化を鋭く抉っています。「メディア社会は、ハイデガー呼ぶところの形而上学という名の先入観に縛られない方向に変容する可能性をもっているのか」とヴァッティモは問います(6頁)。

★ヴァッティモはみずからこう応えます。「(a)ポストモダン社会が誕生するにあたって、マス・メディアが決定的な役割を果たしている。(b)マス・メディアは、このポストモダン社会を、「透明」で、自覚的で、「啓蒙された」社会としてではなく、カオスといっていいほどいっそう複雑化した社会として特徴づけている。(c)まさしくこの相対的な「カオス」にこそ、われわれの解放への希望が宿っている」(12頁)。カオスの中に希望を見る哲学というのは、ヴァッティモならではのしなやかな「弱い思考」の真骨頂だろうと思います。本書刊行から現代のコミュニケーション技術はさらに進展し、マスであるとともにミクロな交通が次々と生まれています。それでも、いまなお本書の基本スケッチは有効であり、幾度となく立ち戻るべき参照点を提示していると思います。


完訳 日本奥地紀行(3)北海道・アイヌの世界
イザベラ・バード著 金坂清則訳注
東洋文庫(平凡社) 2012年11月 本体3,100円 全書判上製418頁 ISBN978-4-582-80828-5

帯文より:旅の目的はアイヌなのか?  函館に渡ったバードは待望の蝦夷(えぞ)=北海道の旅を開始する。アイヌの土地を訪れ、滞在しながら人々と交流を深め、くもりないまなざしで描き出す。

★発売済。全4巻のうちの第3巻。津軽海峡を越え、蝦夷の地に入った著者は本州で感じたことのない「開放的な雰囲気」に満ちた爽快で自由な大気をその土地から感じとって、「私が日本から持ち帰ったもののうち、蝦夷の思い出がある意味で最も素晴らしいものになったのは、これらの魅力のおかげである」(28頁)と、北の自然を絶賛します。しかし函館を過ぎ、アイヌの民の住む奥地へと進むとあまりの険しい道のりに馬は案内人とともに崖を転げ落ち、自らの乗る馬も胸まで泥沼に沈み、馬の首をつたって脱出するなど(75頁)、危険な目にも遭います。旅の終わりごろには青く美しい海も「何とがさつでうるさいこと。ひだすら己れの力を誇示しているかのようであり、むこうみずであり、粗野であり、意固地であり、思いやりのかけらもない!」(188頁)等々と怒りをぶつけます。『日本奥地紀行』が面白いのは、著者がどこまでも貴婦人然として振舞おうとするあまり、行間に漂う悲哀や怒りがどこか滑稽に映ることです。著者はしばしばアイヌの人々に征服者たる和人以上の好感を持ち、彼らの文化を尊重しようとするのですが、一方で和人の従者がアイヌを人並みに扱わないことをありのままに、繰り直し書いています。そのはざまにあって一人のキリスト教徒として自分の感じたままを書こうとする率直さこそ、本書の魅力です。

★東洋文庫の次回配本は12月、『新訳 ラーマーヤナ(4)』です。

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天使の食べものを求めて――拒食症へのラカン的アプローチ
GINETTE RAIMBAULT(ジネット・ランボー)+CAROLINE ELIACHEFF(キャロリーヌ・エリアシェフ)著
加藤敏監修 向井雅明監訳 佐藤鋭二訳 松本卓也解説
三輪書店 2012年11月 本体3,400円 四六判並製430頁 ISBN978-4-89590-421-6

帯文より:食べものを拒み、時には命さえ失ってしまう女性たち。彼女たちは拒食によって別の生き方を訴えているのだ。

版元紹介文より:拒食女性たちを、病的なほどに痩せなければならないという衝動に駆りたてる力とは何なのだろうか? 彼女たちの目的は何なのか? また彼女たちは、どのような星座のもとに、いや、どのような家族神話の中にこうして囚われているのだろうか?/拒食女性は、社会秩序から逃れられない症状を提示しながら、私たちに根本的な問いを投げかけている。「自分は誰? 私の場所はどこ?」と。彼女は、自分が症状を自由にするどころか、症状の中で身動きできない状態であると否応なく意識するとき、初めてこれらの問いを発することができる。/本書では、程度は異なるがいずれも伝説的な4人の人物(オーストリア皇妃シシィ、ソフォクレスが描いたアンティゴネー、哲学者シモーヌ・ヴェイユ、シエナの聖カテリーナ)について語ることによって、この拒食症とは何かの糸口を探っていく。/4女性のうち3人は、彼女たちの症状がまだ精神医学的に分類されていなかった時代の人物である。神経性食欲不振症が認知されてからまだ1世紀しかたっていないのだ。「精神的」疾患というレッテルはショックを与える。しかしさまざまな時代、国、階層を通してみると、拒食症というこの存在様式が時代や場所にかかわらずに出現していることがわかる。/彼女たち一人ひとりは自分の肉体を賭けて、懸命に自分自身の真実を述べようと試みた。ある大義のために犠牲を払うほどの彼女たちの戦闘的な態度は、現代の拒食女性たちの態度に匹敵する。

原書:Les indomptables: Figure de l'anoprexie, Odile Jacob, 1989/1996/2001.

目次:
序文
翻訳者からの提案
第1章 拒食症の神話
第2章 拒食の女帝、シシィ
第3章 アンティゴネーの選択
第4章 シモーヌ・ヴェイユ
第5章 シエナの聖カテリーナ 教会博士
エピローグ
解説 拒食症とは何か (松本卓也)
あとがき (向井雅明)

★発売済。男性よりも圧倒的に女性に多いという拒食症(神経性食欲不振症もしくは摂食障害)が病気として記述されるようになってからおよそ百年程度。数千もの厖大な論文が書かれてきたにもかかわらず、基本原則が共有されておらず総括するのが難しい研究分野だそうです。本書ではまず第一章で拒食症を概説し、続く四章では歴史的人物に見る症例をつぶさに解説します。14世紀イタリアの修道女シエナのカテリーナ(カタリナとも)、19世紀オーストリア=ハンガリー帝国の皇妃エリザベート(エリーザベトとも)、20世紀前半のフランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユのほか、物語上の人物ですが、ソフォクレスの描いたアンティゴネーが紹介されます。カテリーナの断食やエリザベートの体重制限、ヴェイユの餓死はそれぞれ歴史的に有名ではありますが、本書では彼女たちの「生きざま」と思想が活きいきと描かれ、その凄絶さは読む者を戦慄させます。ラカン派の文献というと何より難解さの印象が先立ちますけれども、本書はそうした先入観を払拭してくれそうです。原書の題名は直訳すれば「飼いならすことができない女性たち」。訳題にある「天使の食べ物」というのはカテリーナによれば「神の欲望、魂を引きつけ、魂を神と重ねあわすあの欲望」(383頁)とのこと。食べることを拒絶したその強い意志を前に絶句するほかありません。

★同書の監訳者である向井さんが代表を務めておられる東京精神分析サークルでは来月初旬に、以下のコロックを都内で行うとのことです。向井さんは「科学と精神分析」と題して、解説者の松本さんは「拒食症をどのようにみるか」と題してそれぞれ発表されます。

第2回 東京精神分析サークル主催コロック

日時:平成24年12月8日(土)13時00分~18時00分
場所:駒澤大学(世田谷区駒沢1丁目23-1)本部棟 2階 中央講堂

内容:このたび東京精神分析サークルでは、向井雅明代表の著書『考える足―─「脳の時代」の精神分析』(岩波書店、2012年10月)および、翻訳書『天使の食べものを求めて―─拒食症へのラカン的アプローチ』の2 冊の刊行を記念して、ラカン派精神分析に関する講演会を開催する運びとなりました。自閉症、「発達障害」、摂食障害、脳科学といったテーマを通して、上記の2 冊で取り上げられている昨今の科学万能主義、および主体性の不在に対する主体的なものの復権の可能性と意義を、ラカン派精神分析の立場から考えたいと思います。


現代思想 2012年12月臨時増刊号 緊急復刊 imago 総特集 いじめ――学校・社会・日本 
青土社 2012年11月 本体1,238円 A5判並製246頁 ISBN978-4-7917-1252-6

★発売済。「現代思想」臨時増刊号での「imago」緊急復刊は、斎藤環さんの責任編集で昨秋刊行された2011年9月臨時増刊号「緊急復刊 imago 東日本大震災と 〈こころ〉 のゆくえ」以来です。今回の「いじめ」特集でも斎藤さんは土井隆義さんと「若者のキャラ化といじめ」と題した討議を行っておられます。討議はもう一本、森達也+藤井誠二「いじめの「裁き方」」が掲載され、中井久夫、尾木直樹、内藤朝雄といった各先生方のインタビューも載っています。論考は樫村愛子さんによる「いじめの心理学化と集団における暴力(退行)の精神分析」をはじめとする14篇。資料として巻末に、伊藤茂樹さんによる「いじめ問題ブックガイド」があり、書店さんでのミニコーナーづくりにちょうど良いヴォリュームです。「現代思想」の次号(12月号)の特集は「尖閣・竹島・北方領土」。どんな内容になるか非常に楽しみです。今月26日発売予定。
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by urag | 2012-11-18 22:41 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 16日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

★G・C・スピヴァクさん(著書:『ポストコロニアル理性批判』)
現在、「第28回京都賞受賞」のために来日中です。11日(日)に受賞記念講演会「いくつもの声」を国立京都国際会館大会議場で行い、12日(月)には同会館での受賞記念ワークショップ「翻訳という営みと言葉のあいだ――21世紀世界における人文学の可能性」において受賞者講演「翻訳という問題をめぐる断片的思索」を発表されました。また、14日に大阪大学会館講堂(大阪大学豊中キャンパス)で行われた第28回京都賞学生フォーラムでは「グローバル化の限界を超える想像力:未来共生に向けて何を「学び」、何を「教える」のか」と題し、講演されています。本日18:30より東京・六本木の国際文化会館岩崎小彌太記念ホールでは、特別講演「ボーダーレス世界における人文学の役割」を行います。すでに予約満席とのことです。

★渡名喜庸哲さん(共訳書:サラ-モランス『ソドム』)
以下の訳書を上梓されました。

フクシマの後で――破局・技術・民主主義
ジャン=リュック・ナンシー著 渡名喜庸哲訳
以文社 2012年11月 本体2,400円 四六判上製208頁 ISBN 978-4-7531-0306-5

帯文より:人間が制御できないまでに肥大化した技術的・社会的・経済的な相互依存の複雑性を〈一般的等価性〉という原則から考察した、現代哲学界の第一人者による、画期的な文明論的布置。

原書:
L'équivalence des catastrophes (après Fukushima), Galilée, 2012.
"De la struction", Dans quels mondes vivons-nous?, Galilée, 2011.
Vérité de la démocratie, 2008, Galilée.

目次:
序にかえて――ジャン=リュック・ナンシーとの対話
I 破局の等価性――フクシマの後で
II 集積について
III 民主主義の実相
 1 六八年―〇八年
 2 合致しない民主主義
 3 さらけ出された民主主義
 4 民主主義の主体について
 5 存在することの潜勢力
 6 無限なものと共通なもの
 7 計算不能なものの分有
 8 有限なものにおける無限
 9 区別された政治
10 非等価性
11 無限なもののために形成された空間
12 プラクシス
13 実相
訳者解題

※発売済。「訳者解題」によれば、冒頭の序文は訳者が2012年7月にストラスブールのナンシー宅を訪れてインタビューしたものを再構成したもの。第一章「破局の等価性」は2011年12月17日に東洋大学国際研究センターが主宰したウェブ講演会「ポスト福島の哲学」で発表された「フクシマの後に哲学をすること」が加筆されて今年公刊されたばかりのもの。第二章「集積について」は、昨年出版されたナンシーと若手物理学者オーレリアン・バローとの共著『われわれはいかなる世界に生きているのか』の一部。第三章「民主主義の実相」は2008年の著書で「68年5月」の40周年を迎えて公刊されたものです。

※「等価性」の意味についてナンシーは次のように説明しています。「破局の「等価性」ということが言わんとしているのは、今やどのような災厄も、拡散し増殖すると、その顛末が、核の危険が凡例的にさらけ出しているものの刻印を帯びているということである。今や、諸々の技術、交換、循環は相互に関連しあい、絡みあい、さらには共生している。そのため、たとえばある洪水があった場合、それがどこで起こったとしても、一定量の技術的、社会的、経済的、政治的な錯綜と関わりをもたないということができなくなっており、このような関わりゆえに、われわれはもはや、この洪水を人が良くも悪くもその範囲を確定できるような一介の損害ないし不幸と考えることができなくなっているのである」(22頁)。

※またこうも言っています。「マルクスは貨幣を「一般的等価物」と名づけた。われわれがここで語りたいのもこの等価性についてである。ただし、これをそれ自体として考察するためではなく、一般的等価性という体制が、いまや潜在的に、貨幣や金融の領域をはるかに越えて、しかしこの領域のおかげで、またその領域をめざして、人間たちの存在領域、さらには存在するものすべての領域の全体を吸収しているということを考察するためである」(25頁)。「破局はどれも同じ重大性をもつのではないが、しかしそのすべてが一般的等価性を構成する諸々の相互依存の全体と関わりをもつということである」(26頁)。

※「破局の等価性」のしめくくりはこうです。「明日のために平等性を要請すること、それはまず、今日それを肯定することであり、同じ身振りでもって破局的な等価性を告発することである。それは共通の平等性、共に通訳不可能な平等性を肯定すること、非等価性のコミュニズムを肯定することである」(71頁)。再読、三読したい、多くの示唆に富んだ本です。

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by urag | 2012-11-16 17:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 13日

「週刊読書人」「図書新聞」にド・マン『盲目と洞察』書評

弊社9月刊行、ポール・ド・マン『盲目と洞察――現代批評の修辞学における試論』(宮崎裕助・木内久美子訳)の書評二本をご紹介します。

『週刊読書人』2012年11月9日付第2964号の4面に、山城むつみさんによる書評記事「読むことの複雑さ――耐え難く重い一撃:四十一年目の回帰」が掲載されました。

「読むことは今日、壊滅状態にある。書き手は、多少とも忠実に読めば失われる程度の独創性を発揮する為にさえ杜撰に読むことを厭わない。独創性など最初から断念し、読むことの極北へとひとり進んだド・マンが五十二歳で出したこの第一評論集が四十一年の歳月を経て今、回帰して来たことは、個人的に、耐え難く重い一撃である」と評していただきました。ド・マンとデリダの対決に焦点を絞りつつ、「ド・マンを初めて読む人は第七章〔「盲目性の修辞学」〕から読んだ方がいい」と指摘されています。たいへん読み応えのある書評です。

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『図書新聞』2012年11月17日付第3086号の3面には、土田知則さんによる書評記事「脱構築批評に向かうポール・ド・マンの斬新な議論の展開と奮闘ぶり──待望された邦訳により、日本のド・マン研究はようやく新たな端緒を迎えた」が掲載されました。

「本書の邦訳により、日本におけるド・マン研究はようやく新たな端緒を迎えたと言えるだろう。もう一つの主著『読むことのアレゴリー』も近々邦訳が刊行される。「幻の名著」などという有り難くない呼称が回避されたことにまずはほっとしている」と評していただきました。

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なお、土田さんによる訳書『読むことのアレゴリー』と著書『ポール・ド・マン』の発売予告が、「岩波書店の新刊」2012年12月号で、リリースされました。この小冊子は全国書店の店頭で配布されているほか、岩波書店のウェブサイトでPDFの閲覧が可能です。

読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語
ポール・ド・マン著 土田知則訳
岩波書店 2012年12月21日発売 本体4,700円 A5判上製カバー装432頁 ISBN978-4-00-025463-2

版元紹介文より:現代批評理論の一大金字塔、待望の邦訳。批評界に大きな衝撃を与え、文学批評ばかりか哲学・思想の領域に深い影響を与えた「イェール学派」の領袖ポール・ド・マン(1919-83)。その主著にして、現代批評理論・現代思想の領域に聳え立つ一大金字塔である本書は、長らく邦訳が待ち望まれていた一冊である。原著刊行から30年以上を経て、ついに完訳なる。

ポール・ド・マン――言語の不可能性、倫理の可能性
土田知則著
岩波書店 2012年12月21日発売 本体2,500円 四六判上製カバー装224頁 ISBN978-4-00-024782-5

版元紹介文より:文学批評・哲学・思想の領域に深い影響を与えたポール・ド・マン。主著『読むことのアレゴリー』(1979年)を中心に精緻な読解を行い、難解で知られるド・マンの理論を一貫した視点の下、明快に提示する。
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by urag | 2012-11-13 17:08 | 広告・書評 | Trackback | Comments(2)
2012年 11月 11日

注目新刊:『全訳 チャンドラキールティ 入中論』起心書房、ほか

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全訳 チャンドラキールティ 入中論
瓜生津隆真+中沢中訳
起心書房 2012年11月 本体8,800円 A5判上製428頁 ISBN978-4-907022-01-3

帯文より:空の立場から菩薩道の全容を描き出した、インド大乗仏教の不朽の名著。龍樹の諸論と、原始仏教から大乗仏教に及ぶ膨大な経論を駆使して、チャンドラキールティ(6~7世紀)が十地の菩薩道と、それによって到達する仏の世界を論じたインド大乗不朽の名著を、流麗な現代日本語で全訳。龍樹研究に生涯をかけた碩学と、近代仏教学とチベット仏教の生きた伝統を踏まえた気鋭の解説を付す。

目次:
はしがき(瓜生津隆真)
参考文献と略号
中観仏教における菩薩道の展開――『入中論』を中心として(瓜生津隆真)
入中論
 科段
 入中論(本頌)
 入中論自註
  序
  歓喜という第一発心
  離垢という第二発心
  発光という第三発心
  焔慧という第四発心
  難勝という第五発心
  現前という第六発心
  遠行という第七発心
  不動という第八発心
  善慧という第九発心
  法雲という第十発心
  菩薩地の功徳
  仏地の功徳
  結
『入中論自註』評釈――ジャータカからマンダラまで(中沢中)

★発売済。一手扱いのJRCによれば、11月7日配本とのこと。昨年(2011年)に設立された仏教書の新しい版元「株式会社起心書房(きしんしょぼう)」さんの新刊第一弾になります。新刊三点の同時発売で、上記書のほかに、シリーズ「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」の第一巻『全訳 金剛頂大秘密瑜伽タントラ』(北村太道+タントラ仏教研究会訳)と第二巻『『一切悪趣清浄儀軌』の研究―─Buddhaguhyaの註釈を中心に』(中島小乃美著)が刊行されました。ジュンク堂書店や紀伊國屋書店のウェブサイトでは書名もISBNも出版社名も検索でヒットせず、店頭在庫を確認できませんが、ジュンク堂書店池袋本店には確かに3点とも店頭に並んでいました。

★今回全訳されたチャンドラキールティもしくは月称による中観入門である『入中論』は、凡例および版元ウェブサイトでの紹介によれば「本頌と自註に加え、要所にはジャヤーナンダによる復註を註記」したもの。難解な仏教用語をなるべく使わない現代語訳となっており、哲学書として読みうるもので、別記する新刊、アンディ・クラーク『現れる存在――脳と身体と世界の再統合』と並行して読めば、西洋の「心の哲学」と東洋の「空の思想」の刺激的な交差が味わえるのではないかと思います。

★同時発売のシリーズ「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」については、版元サイトの「編集室から」の記事「愛と、喜び! ─「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」によせて─」(2012年9月29日)に次のように書かれています。「この度、『入中論』と共に2点を刊行することになった「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」は、こうした『金剛頂経』系の経典群についての学術的な和訳、または研究をご紹介するシリーズです。/その内、『全訳 金剛頂大秘密瑜伽タントラ』は不空が第二、三会の『金剛頂経』とする経典の本邦初の全訳。初会に続くその位置付けからも、『真実摂経』の理解にとっての重要性がうかがえます。『金剛頂経』系密教のみならず、密教全体の本質を知る上でも、必携の文献といえるでしょう。/また、『一切悪趣清浄儀軌の研究』は、インド・チベット密教における葬送儀礼で重視された経典についての、本邦初の本格的研究書です。そこに展開される、輪廻の苦しみにあえぐ衆生を救うための様々な方便は、まさに「金剛薩?(=密教の菩薩)として生きるとは何か」という問いへの答えにほかなりません。後半に収録された、そのブッダグヒヤによる註釈も本邦初の全訳です。/本シリーズでは、これからも、こうした『金剛頂経』系密教の基本文献の紹介に努めていく予定です」。

★起心書房さんについて。社名の由来は版元サイトにこう紹介されています。「「起心」とは、8世紀のインド密教の大家ブッダグヒヤが『大日経』の註釈で用いた言葉です。/意味するところは、菩薩が悟りの世界に留まらず、さらに世間へと「起ち上がって」人々に向かおうとする心のこと。/人類が見いだした真実を伝える古典を、現代に甦らせたい。/こうした弊社の願いを、このいにしえの言葉に託しました」。また、トップページの挨拶文は次の通りです。「めまぐるしく移り変わる時代だからこそ、時の中で磨き上げられてきた「精神の遺産」を届けたい。起心書房は、そんな想いから生まれた、仏教を中心とする人文系学術書の出版社です。わが国では未紹介のものも多いインド・チベット仏教の古典的著作の刊行に力を入れつつ、幅広い視野から人類の叡智を世に問うていきたいと思います」。会社の所在地は千葉県浦安市で、JR新浦安駅を降りて市立中央図書館のご近所のようです。

★代表取締役は、安元剛(やすもと・つよし)さんです。昨年3月に二玄社から刊行された『ほっとする空海の言葉』の著者でもいらっしゃいます。この本の著者紹介によれば、安元さんは「1966年、東京都生まれ。株式会社起心書房代表取締役。密教・密教美術研究者。上智大学文学部哲学科中退。仏教専門出版社に約17年勤務してインド仏教と密教に関する書籍を中心に企画・担当した後、独立。その間、研究を続けながら真言宗関係者との交流を深め、ゲルク派を中心とするチベット仏教僧からも教えを受ける。また、学生時代以来、西洋古代・中世のキリスト教の思想と美術にも関心を持ち続ける」とのことです。 大法輪閣にお勤めだったかたわら、密教図像学の研究者として数々の御論文も発表されておいでです。困難な時代に人文書専門版元を立ちあげられた安元さんのご決心には堅いものがあるに違いありません。要注目の出版社の誕生です。


現れる存在――脳と身体と世界の再統合
アンディ・クラーク(Andy Clark, 1957-)著 池上高志+森本元太郎監訳
NTT出版 2012年11月 本体3,800円 四六判上製468頁 ISBN978-4-7571-0267-5

カバーソデ紹介文より:心は「脳の中」にだけあるものではない。心は、脳と身体と世界(環境)の相互作用から〈創発〉するものである。ロボット、赤ちゃん、人工生命など、豊富な事例を交えながら提起する、〈心〉への斬新なアプローチ。身体性認知科学の古典的名著、待望の翻訳。

推薦文その1:円城塔「こういうことを言いたくて小説を書いている気がするし、こういうことを考えながら小説を読んできたような気がする。種明かしをされてしまったようで少し困る」。

推薦文その2:青木昌彦「本書は〈心の科学〉の革新にとどまらず、社会科学の先端にも「認知的転換」と言って良いような、新鮮な視座を提供する。行動の外部制約としてとらえられがちな制度も、人間が共同して作り出す認知能力の広がりの不可分な一部なのだ」。

訳者解説(池上高志)より:心とはなにか、知性とはなにか、そうしたことをロボット実験を中心に据えて議論する分野、人工知能(AI)の新展開としての「身体性認知科学」は、20年前にブルックスの自律ロボットの提案とともに始まった。身体性認知科学とは、それまでの古き良き人工知能(GOFAI)の考えに対抗して、身体性と心を重要視する分野である。この本はそんな時代に書かれ、世界中で読まれている熱い本である。20年を経て分野もその後衰退したり盛り返したりしながら、最近になって新しい方法論や考え方も台頭してきている。しかし基本となる考え方はほとんど変わっていない。変わっていないが、それで生命をつくりだせたわけでも、また生き物の知性にたどりついたわけでもない。そのためにいろいろな考え方が生まれ競合する、百家争鳴の時代となっている。(417頁)

原書:Being There, Putting Brain, Body, and World Together again, MIT Press, 1998.

目次:
日本語版への序文
序――ディープ・ソート、なめらかな行為と出会う
謝辞
背景
イントロダクション――ゴキブリの脳を載せたクルマ
I 外なる心
 第1章 自律的なエージェント――月面を歩く
 第2章 状況に置かれた幼児
 第3章 心と世界――移ろう境界
 第4章 集合の叡智、粘菌流
幕間――これまでの概略
II 外に広がった心を説明する
 第5章 ロボットを進化させる
 第6章 創発と説明
 第7章 神経科学的なイメージ
 第8章 存在する/計算する/表象する
III 前進
 第9章 心とマーケット
 第10章 言語――究極の人工物
 第11章 心、脳、それとマグロの話――塩水に浸かった要約
エピローグ――脳は語る

参考文献
付録 エジンバラ大学哲学教授、論理学、形而上学講座主任教授アンディ・クラーク氏による講演とディスカッション
解説 世界中で読まれている熱い本、そして身体性認知科学の現在
索引

★発売済。監訳者の池上高志さんは東京大学大学院教授で、ご専門は複雑系、システム論。『動きが生命をつくる』(青土社、2007年)などの著書で高名な研究者です。今回出た『現れる存在』の原書は約15年前の本ですが、古さを感じさせませんし、学術書でありながらテンポのいい展開で読者を飽きさせません。哲学書なのに化けそうな予感がするのは、円城さんが推薦しているから、だけではない気がします。付録に収められているのは、2011年3月8日に東京大学駒場キャンパスで行われた来日公演と質疑応答です。クラーク教授は3.11の東日本大震災を来日中の東京で体験しており、巻頭の「日本語版への序文」にはその経験が色濃く反映されています。教授は日本の学生たちとロバストネスについて語りあったそうです。本書のシンプルな装丁はセミトランスペアレント・デザインの田中良治さんによるものです。

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トリノ――夢とカタストロフィーの彼方へ
多木浩二(1928-2011)著 多木陽介(1962-)監修
ベアリン出版(発行)/新宿書房(発売) 2012年9月 本体3,500円 255mm×157.5mm/上製/96頁 ISBN978-4-88008-432-9 C0070

発売元紹介文より:イタリア、トリノ。そこに見えるのは悪魔か神か? 教会建築、大きな塔、屋上を疾走する車のテストコース。小さな都市の歴史を貫く秘められた狂気を、哲学者・多木浩二が読み解く。

目次:
序――都市について書くこと
トリノ――夢とカタストロフィーの彼方へ
 一、直交型都市にひそむもの
 二、グアリーノ・グアリーニ――都市の無意識をつかむ建築家
    サン・ロレンツォ教会
    聖骸布礼拝堂
    その他の作品
 三、巨大な空洞――モーレ・アントネッリアーナの狂気
 四、夢の原型としての都市――ニーチェとデ・キリコ
 五、二十世紀――資本がつくる新しい歴史
 六、夢とカタストロフィー
監修者あとがき(多木陽介)

★発売済。多木陽介さんによる巻頭の注記によれば、本書は多木浩二さんが2007年11月22日に神戸芸術工科大学で行った講演「形而上的都市トリノ」を書き起こしたもので、見出しや註は陽介さんによるものです。序として収録されたのは、「文藝春秋」2000年3月特別号に掲載された「トリノの魔力」です。カラー図版多数のとても美しい本で、カバーをとるとゴールドの表紙と箔が素敵です。講演の最後に多木さんは「あと一年か二年すれば、『小さな都市の物語』というような本を書くだろうと思いますが、そこでお話しすることの根本的なこと、われわれにとって根本的なことは、本日お話ししたことだと思います」と結んでおられます。いずれそれらの草稿は出版されることでしょうが、その核心は本書で読み取ることができるわけです。都市は人間が夢とカタストロフィに駆動されて動くさまをその歴史として刻んでいる、と多木さんは教えてくれます。

+++

★続いて、注目の再刊書や復刊書についてご紹介します。

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希望の原理 第一巻
エルンスト・ブロッホ著 山下肇+瀬戸鞏吉+片岡啓治+沼崎雅行+石丸昭二+保坂一夫訳
白水社 2012年11月 本体3,800円 四六判並製394頁 ISBN978-4-560-09611-6

全六巻の構成
第一巻:第一部「小さな昼の夢」、第二部「先取りする意識」前半
第二巻:第二部「先取りする意識」後半、第三部「鏡の中の願望像」
第三巻:第四部「よりよい世界の見取図」前半
第四巻:第四部「よりよい世界の見取図」後半
第五巻:第五部「満たされた瞬間の願望像」前半
第六巻:第五部「満たされた瞬間の願望像」後半

★発売済。白水iクラシックスの廉価版全六巻で、毎月刊行となるその第一弾です。全三巻の親本は本体各一万円でしたから、今回の廉価版が一冊3,800円のままで推移すると、全巻で七千円ほど安くなります。すごく安くなるな、とは感じにくいですが、やむを得ません。凡例を見る限り、改訳はされていません。巻末には柄谷行人さんによる7頁にわたる解説「二重の転倒、二重の回帰」が掲載されています。「なぜブロッホは、他のマルクス主義者と違って、「未来」について考えたのか、さらに、宗教やロマン主義的な先祖返りというような問題について考えたのか。それは1930年代半ば、ドイツでマルクス主義運動がナチスに敗北したからだと、私は思う。彼が「未来の哲学」を見いだしたのは、まさに「未来」のない状態においてであった」と柄谷行人さんは書かれています。初読か再読かを問わず、まさにいまの私たちが読むべき本ではないでしょうか。


タントラ――インドのエクスタシー礼賛
フィリップ・ローソン著 松山俊太郎訳
平凡社 2012年10月 本体1,900円 A5判並製128頁 ISBN978-4-582-28436-2

★発売済。「新版イメージの博物誌」第一回配本です。上記書と、同じくフィリップ・ローソンによる『聖なるチベット――秘境の宗教文化』(森雅秀+森喜子訳)が同時発売です。版型が旧版より二回りほどコンパクトになりましたが、書棚に置きやすいのは今回の新版のサイズの方ですね。図版多数で、見ているだけでも多くのことを学べます。次回配本はスタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ『錬金術――精神変容の秘術』(種村季弘訳)と、ジョン・シャーキー『ミステリアス・ケルト――薄明のヨーロッパ』(鶴岡真弓訳)です。

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ギリシア・ローマ神話辞典
高津春繁著
岩波書店 2012年11月28刷/1960年2月初刷 本体3,300円 B6判函入上製388頁 ISBN4-00-080013-2

★発売済。この分野の古典的基本書です。項目は2千余。版元ウェブサイトによれば本書の特色は、「固有名詞の表記は原音に忠実に写した」。「見出し語には英・独・仏の原語を添えた」。「固有名詞6千余の完全な索引」。「付録:ギリシア神話主要系譜、地図」。しばらく重版されないような予感がするので、買い替えの方も今回はぜひ。

★復刊や再刊ではありませんが、『ギリシア・ローマ神話辞典』と一緒に買っておきたいのが、以下の本です。

西欧古代神話図像大鑑――全訳『古人たちの神々の姿について』
ヴィンチェンツォ・カルターリ著 大橋喜之訳
八坂書房 2012年9月 本体6,800円 菊判上製698頁 ISBN978-4-89694-141-8 

帯文より:ルネサンスの芸術家たちに、霊感を吹き込んだ伝説の書、待望の邦訳。ルネサンス期に〈再生〉あるいは〈復活〉をみた、ギリシャ・ローマ神話をはじめとする古代異教神の全貌を、印象的な図版とともに紹介。16世紀から17世紀にかけ、圧倒的な支持をもって迎えられた神話概説書の完訳。図版については、1571年版・1647年版の両版のものを完全収録。詳細な索引を付すなど検索機能も充実。

目次:

I サトゥルヌス
II アポロン、ポイボス、太陽
III ディアーナ
IV ユピテル
V ユーノー
VI 大地母神
VII ネプトゥーヌス
VIII プルトーン
IX メルクリウス
X ミネルヴァ
XI バッカス
XII フォルトゥナ
XIII クピド
XIV ヴェヌス
XV グラティアたち
解題
訳者あとがき
索引

★発売済。"LE IMAGINI DE I DEI DE GLI ANTICHI"の驚くべき完訳本です。1571年版が底本ですが、1556年の初版と校合し、1587年版など後年の版も折に触れて参看したとのことです。図版多数。
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by urag | 2012-11-11 21:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 07日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2012年12月5日(水)リニューアルオープン
蔦屋書店宮崎高千穂通り:図書600坪、レンタル180坪、セル100坪、その他200坪
宮崎県宮崎市橘通り東4-8-1 カリーノ宮崎 1-2F
帳合はN。弊社へのご発注は芸術書の主力商品。JR宮崎駅から徒歩10分の市街地に位置する商業施設「カリーノ宮崎」の1F、2Fに展開中の既存店の増床改装です。取次Nの出品依頼書によれば「書籍部門強化のため、1F実用書・人文書・美術書、2Fコミックを大幅に在庫強化」し、500坪を600坪に増床するとのことです。経営主体は熊本のニューコ・ワン


2012年12月6日(木)オープン
宮脇書店取手店:500坪
茨城県取手市新町1-9-1 取手駅西口再開発ビル(名称未定)4F
帳合はO。弊社へのご発注は文芸書新刊。再開発されるビルというのは、8F建ての旧東急ビル(1985-2010)のことかと思います。西友がビル1Fに出店する予定との報道があります(産経ビズ2012年8月1日付「東急ストア跡 西友が出店へ 茨城・取手駅西口」)。


2012年12月8日(土)リニューアルオープン
蔦屋書店新潟万代:図書400坪、レンタル250坪(映像・音楽・コミック)、セル75坪(CD、DVD、ゲーム)、文具270坪、その他210坪
新潟県新潟市中央区幸西3-1-6
帳合はN。弊社へのご発注は芸術書の主要商品と人文書新刊。現在経営中の郊外型店舗「蔦屋書店南万代店」を大幅に改装し店名変更してリニューアルオープンされます。書籍売場を200坪から400坪に増床し、専門書も幅広く揃えるとのことです。また、文具館やカフェ(タリーズコーヒー)を併設。総売場面積約1200坪の「県下一の大型店」として「新潟県のフラグシップ店」を目指すとのことです。経営主体であるトップカルチャーの代表取締役社長・清水秀雄さんの記名による挨拶状には、この店舗を「弊社の旗艦店と位置付け」、「文化活動、生活スタイルのコミュニティの拠点」を提供すると書かれています。トップカルチャーでは「蔦屋書店を面白く出来る人100人」と銘打ってパート・アルバイト募集の説明会を11月18日に開催する旨が告知されています。
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by urag | 2012-11-07 16:28 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 06日

ブックフェア「月曜社の本」@ナディッフ、特製缶バッジ

◎ブックフェア「月曜社の本

会期:2012年11月2日(金)~12月末
会場:NADiff a/p/a/r/t (東京都渋谷区恵比寿1-18-4-1F)
※一部展開中:NADiff X10, NADiff contemporary

内容:森山大道、大竹伸朗といった、アートシーンにおけるキーパーソンの作品集、展覧会カタログを多く手掛け、また、現代思想、カルチュラル・スタディーズ系の重要文献を次々と出版する月曜社の本を特集いたします。今回は最新刊・森山大道写真集「モノクローム」と前作「カラー」を中心に、その他の月曜社注目タイトル、非流通の森山大道オリジナルポスターなどもあわせてご覧いただける機会です。

特典:ノヴェルティとして、月曜社書籍を期間中お買い上げの方に、オリジナル缶バッジをプレゼントいたします。バッジは、森山大道写真集の表紙カバーを用いた、月曜社+NADiffのオリジナルグッズです。絵柄は各種ご用意しておりますので、是非店頭にて吟味してお選び下さい。

月曜社について:今年発売となった「モノクローム」、「カラー」をはじめ、「にっぽん劇場」「何かへの旅」等、森山大道の話題作を多く手掛けるほか、大竹伸朗のロンドン時代「写真」+「画」+「貼」の断片を再構成し編み上げた作品集「UK77」、600ページを超える中平卓馬の1964–1982年のマガジンワークを集成した「都市、風景、図鑑」等、ポートフォリオのように作家のキャリアを位置づけられる側面を備えた、重厚で密度の高い作品集を多く出版しています。また、森山大道「モノクローム」、「カラー」(2012)では題字を大竹伸朗が担当し、森山大道「ハワイ」(2007)刊行時には、森山のコンタクトシートを用いた大竹のアートワーク・ポスターが製作されるなど、異才二人のコラボレーションも月曜社ならではの試みです。

以下はNADiff a/p/a/r/t の店頭風景です。「ハワイ」ポスター2種や、版元品切の「新宿」ポスター2種、「NOVEMBRE」「新宿+」「大阪+」など、NADiffならではの品揃えです。
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同じく版元品切の「表象04」「ルーツ」「ブラック・アトランティック」など。
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オリジナル缶バッジ。今回のフェアでしかもらえません!
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+++
また、NADiff gallery にて森山大道個展「記録 No.22」(2012年11月2日~12月9日)が開催中です。さらに、大竹伸朗さんのドクメンタ出展作《MON CHERI: A Self-Portrait as a Scrapped Shed》をドキュメンテーションした作品集『dOCUMENTA (13) Materials: 01-10』の発売を記念し、NADiff window galleryでは、edition.nordによる『dOCUMENTA (13) Materials: 01-10』のディスプレイ展示を11月25日まで行っています。
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by urag | 2012-11-06 12:13 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 04日

注目新刊:ラクラウ+ムフ『民主主義の革命』ちくま学芸文庫、ほか

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民主主義の革命―─ヘゲモニーとポスト・マルクス主義
エルネスト・ラクラウ(1935-)+シャンタル・ムフ(1943-)著 西永亮+千葉眞訳
ちくま学芸文庫 2012年11月 本体1,600円 文庫判並製432頁 ISBN978-4-480-09494-0

カバー紹介文より:新自由主義が台頭し、経済のグローバル化が進展するなか、政治的シニシズムが蔓延し始めている。こうした状況下で、新たな「政治的想像力」はいかにして可能か。本書はグラムシの思想のほか、ラカン、デリダといったポスト構造主義を摂取し、階級や革命的主体概念に依拠する古典的マルクス主義を脱構築、新たなヘゲモニー概念を提起したポスト・マルクス主義の記念碑的著作だ。反核運動や性的マイノリティ、フェミニズム、エコロジー運動など新しい社会運動と労働闘争との「接合」が必要と説く本書は、「ラディカルで複数的なデモクラシー」を構想するための必読書である。最新第2版の新訳。

原書:Hegemony and Socialist Strategy: Towards a Radical Democratic Politics, Verso, 2001.

目次:
第二版への序文
序論
1 ヘゲモニー――概念の系譜学
2 ヘゲモニー――新たな政治的論理の困難な出現
3 社会的なものの実体性を越えて――敵対とヘゲモニー
4 ヘゲモニーとラディカル・デモクラシー
解説
訳者あとがき

★まもなく発売(7日発売予定)。旧訳(『ポスト・マルクス主義と政治――根源的民主主義のために』山崎カヲル+石澤武訳、大村書店、1992年1月;復刻新版、2000年3月)は版元の廃業により入手しにくくなっており、古書価格が高いままだっただけに、新訳でなおかつ文庫というのは嬉しいニュースです。原著はヴァーソから1985年に刊行され、2001年に長めの新しい序文「第二版への序文」が加えられた第二版が同版元から出ています。今回の新訳はこの第二版を底本にしています。巻末には共訳者の千葉さんが書かれた簡潔な「解説」が収められ、ラクラウとムフの「ポスト・マルクス主義」の立場と、彼らの唱える「ラディカル・デモクラシー」の現在的意義を積極的に示されています。

★ラクラウ(アルゼンチン出身)とムフ(ベルギー出身)はこう書きます、「左翼にとってのオルタナティヴは、明らかに社会的分断を新たな基盤のうえに築きあげる自由-保守主義とは異なる等価性の体系を構築することにおいてのみ可能となる。〔…〕左翼にとってのオルタナティヴは、みずからを民主主義革命の領域に全面的に位置づけ、抑圧に抗するさまざまな闘争のあいだに等価性の連鎖を作り上げていくことにこそある。それゆえに左翼の課題は、自由民主主義的イデオロギーを否認することにあるのではなく、むしろ逆にラディカル(根源的)で複数主義的なデモクラシーの方向にそれらを深化させ拡充していくことにある」(382頁)。

★彼らは「第二版への序文」にこうも書いています。「一連の新しい問題や展開に照らして、マルクス主義の諸カテゴリーを再訪(再活性化)することは、必然的にマルクス主義の脱構築をもたらす。つまり、そうした試みは、それらの可能性の条件のいくつかを除去しつつ、さらに新しい可能性を育成することを意味している」(13頁)。新しい可能性とはかつてグラムシが見出したヘゲモニー論に萌すものであり、右寄りのポピュリスト的扇動家が跋扈するこんにちにおいては「左翼がヘゲモニー闘争を放棄し、中道の地歩の獲得を主張する限りにおいて、こうした状況を逆転させる希望はほとんどない」(34頁)と二人は強く警告しています。

◎ラクラウ/ムフの既訳書
1985年05月:ラクラウ『資本主義・ファシズム・ポピュリズム――マルクス主義理論における政治とイデオロギー』横越英一監訳、大阪経済法科大学法学研究所訳、柘植書房、※のち、大村書店より発売
1992年01月:ラクラウ+ムフ『ポスト・マルクス主義と政治――根源的民主主義のために』山崎カヲル+石澤武訳、大村書店、※復刻新版、2000年3月
1998年04月:ムフ『政治的なるものの再興』千葉眞+土井美徳+田中智彦+山田竜作訳、日本経済評論社
2002年04月:バトラー+ラクラウ+ジジェク『偶発性・ヘゲモニー・普遍性――新しい対抗政治への対話』竹村和子+村山敏勝訳、青土社、※ラクラウの3つの論文「アイデンティティとヘゲモニー」「構造、歴史、政治」「普遍性の構築」を収録。
2002年07月:ムフ編『脱構築とプラグマティズム――来たるべき民主主義』青木隆嘉訳、法政大学出版局、※ムフ「脱構築およびプラグマティズムと民主政治」、ラクラウ「脱構築・プラグマティズム・ヘゲモニー」を収録するほか、ローティ、クリッチリー、デリダの論考を収める。
2006年05月:ムフ編『カール・シュミットの挑戦』古賀敬太+佐野誠訳、風行社、※ムフの2篇「序 シュミットの挑戦」「カール・シュミットと「世界統一」」のほか、ジジェクなど9人の発表を収める。
2006年07月:ムフ『民主主義の逆説』葛西弘隆訳、以文社
2008年08月:ムフ『政治的なものについて――闘技的民主主義と多元主義的グローバル秩序の構築』酒井隆史監訳、篠原雅武訳、明石書店
2012年11月:ラクラウ+ムフ『民主主義の革命―─ヘゲモニーとポスト・マルクス主義』西永亮+千葉眞訳、ちくま学芸文庫

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アメリカを占拠せよ!
ノーム・チョムスキー(1928-)著 松本剛史訳
ちくま新書 2012年10月 本体820円 新書判並製208頁 ISBN978-4-480-06685-5

カバーソデ紹介文より:たった一%の富裕層が権益を独占し、政治にも隠然たる力を及ぼすアメリカ社会。迫りくる貧困に脅える残り九九%の国民がついに蜂起した。声なき人々が怒りの輪を広げ、ウォール街を占拠したことに端を発する「オキュパイ運動」。その歴史的意義とは何か。いま、アメリカはどこに向かおうとしているのか。そして、日本に与える影響は? 稀代の思想家チョムスキーが、超大国を根底から覆しつつある直接民主主義革命を熱く語る。

原書:Occupy, Penguin/Zuccotti Park Press, 2012.

★発売済。オキュパイ運動のさなかでの発言や発表をまとめた小著です。原書は今春に刊行されたものですが、訳書は秋。もっと早く発売されたら良かったですが、やむをえません。表題作「占拠せよ」は、2011年10月22日のハワード・ジン追悼記念講演。巻末には全米法律家ギルドによる「オキュパイ運動のサポートのために」が収録されていて、警察との向き合い方が簡潔にまとめられています。かのベストセラー『9.11』以降、チョムスキーの時事的発言は単行本以外にも新書で読めるようになっており、これからもぜひ新書で出続けて欲しいです。単行本より持ち運びが断然便利ですし、移動する先々で読まれることが妥当なのですから。

◎新書で読むチョムスキー
2003年04月『メディア・コントロール――正義なき民主主義と国際社会』鈴木主税訳、集英社新書
2004年09月『覇権か、生存か――アメリカの世界戦略と人類の未来』鈴木主税訳、集英社新書
2005年11月『チョムスキー、民意と人権を語る』岡崎玲子聞き手、鈴木主税訳、集英社新書
2007年09月『お節介なアメリカ』大塚まい訳、ちくま新書
2012年10月『アメリカを占拠せよ!』松本剛史訳、ちくま新書

◎文庫で読むチョムスキー
2002年09月『9・11――アメリカに報復する資格はない!』山崎淳訳、文春文庫
2011年08月『生成文法の企て』福井直樹+辻子美保子訳、岩波現代文庫

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相互扶助再論――支え合う生命・助け合う社会
ピョートル・クロポトキン(1842-1921)著 大窪一志訳
同時代社 2012年10月 本体3,000円 四六並製300頁 ISBN978-4-88683-732-5

帯文より:「君の知を、君の愛を、君の行動エネルギーを、広く、他者へ向かって拡張せよ!」(クロポトキン)。名著『相互扶助論』を、人間と社会のために、深化・発展させた関連論文「いま求められている倫理」「自然の道徳」を初訳、「進化論と相互扶助」「アナキズムの道義」を新訳し収録。

★発売済。今年6月に刊行されたクロポトキン『増補修訂版 相互扶助論』(大杉栄訳、大窪一志解説、同時代社)の続篇です。増補修訂版は「表現を現代語に置き換え、ルビを付し、格段に読みやすくなった〔…〕。「3.11」後の世界を視野に「解説」を充実」と謳われていました。もともと同時代社版『相互扶助論』は、同社が大杉栄の旧訳を現代風に読みやすくして1996年に出版したもので、その後2009年に、大窪一志さんの解説「甦れ、相互扶助」を加えた新版が刊行されます。そして今夏の増補修訂版では大窪さんの解説は「甦れ、相互扶助(増補)」となっていて、6頁にわたる新項目「大震災と相互扶助」が書き加えられています。

★今回刊行された『再論』は大杉訳ではなく大窪さんによる新訳で、凡例には「クロポトキンが『相互扶助論(Mutual Aid)』刊行(1902年)後に、その内容を補い発展させるために執筆した関連論文のうち四編を翻訳したもの」とあります。初出一覧によれば四編とも英語版が底本となっています。巻末には長篇の訳者解説「生命の秩序としての相互扶助――クロポトキンの生命観と社会観」が収められています。百年を超える時を経てもなお褪せることのないクロポトキンの情熱と人間愛は今後も長く読み継がれていくことでしょう。
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by urag | 2012-11-04 23:41 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)