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2012年 07月 29日

2012年7月の注目新刊など:ルディネスコ『ラカン、すべてに抗って』ほか

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ラカン、すべてに抗って
エリザベート・ルディネスコ著 信友建志訳
河出書房新社 2012年7月 本体2,400円 46変形判上製208頁 ISBN978-4-309-24594-2
帯文より:文明に対するペスト、時代への美しき抵抗としての〈精神分析〉。『ジャック・ラカン伝』の著者が、新たな資料とともに描き出す精神分析家・ラカンの素顔。

原書:Lacan, envers et contre tout, Seuil, 2011.

★発売済。帯には「ジャック・ラカン小伝」とあります。同じく河出書房新社さんより11年前に刊行された大冊『ジャック・ラカン伝』を受けてのことかと思います。『ラカン伝』はA5判2段組で註を含め500頁を超える大長篇でしたが、今回の本は一回り以上小さな本で200頁未満です。全16章で一章あたりが長くはなく、エッセイ風に書かれているので、親しみやすいです。難解で知られるラカンですが、その人となりが伺えるエピソードが散りばめられており、平凡なところもある「人間ラカン」が垣間見えてくる手頃な本になっています。著者のルディネスコは国際精神医学史・精神分析史学会の会長を勤めています。訳者の信友さんによるルディネスコの訳書はこれで二冊目になります。白と黒を基調としたシンプルで美しい装丁は佐々木暁さんによるものです。

◎エリザベート・ルディネスコ (Elisabeth Roudinesco, 1944-)
2001年07月『ジャック・ラカン伝』藤野邦夫訳、河出書房新社
2008年05月『いまなぜ精神分析なのか――抑うつ社会のなかで』信友建志・笹田恭史訳、洛北出版
2102年07月『ラカン、すべてに抗って』信友建志訳、河出書房新社

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ラモー氏の原理に基づく 音楽理論と実践の基礎
ジャン・ル・ロン・ダランベール著 片山千佳子・安川智子・関本菜穂子訳
春秋社 2012年7月 本体3,800円 A5判上製260頁 ISBN978-4-393-93196-7
帯文より:ラモーの和声理論を広めた歴史的名著。『百科全書』の編纂者ダランベールがラモーの難解な理論を平易にまとめた入門書(1752年刊)。18世紀のヨーロッパで大評判となった歴史的文献を本邦初訳。

★発売済。戦後日本ではダランベール(1717-1783)の著作は「百科全書序論」(もしくは「百科全書序説」とも)が幾度か訳されていただけでした(竹内良知訳、『世界大思想全集 第2期第6巻』所収、河出書房、1959年;佐々木康之訳、『世界の名著 第29巻』所収、中央公論社、1970年;橋本峰雄訳、ディドロ+ダランベール編/桑原武夫訳編『百科全書――序論および代表項目』所収、岩波文庫、1974年)。とはいえこの「序論」は長大なものなので、哲学者としてのダランベールを知る上で充分と言えば充分だったかもしれません。しかし数学者・物理学者としてのダランベールは教科書で名前を見かける程度のもので、いわんや今回めでたくも出版された『音楽理論と実践の基礎』などの成果は、一般読者がほとんど知らない業績だったでしょう。

「序論」の翌年に刊行された『音楽理論と実践の基礎』は作曲家ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)の著書『和声の生成』(1737年)と『和声原理の証明』(1750年)を分かりやすく解説し要約したもので、出版されるとラモーその人からだけでなく、コンディヤックからも称賛されたそうです。しかしその後、『百科全書』でルソーが執筆を担当した音楽関係の項目がラモーの不興を買い、それが編纂者のダランベールまで飛び火して、ラモーとダランベールの長期にわたる論争へと発展します。『音楽理論と実践の基礎』は、1762年に増補改訂版が上梓され、ここではラモー理論への批判的な姿勢が目立つようになります。本訳書は1752年の初版本の翻訳であり、付録として1762年版の「序文」が訳出されています。本書の成立とその内容については巻末の、関本菜穂子さんによる解題「ダランベールとラモー」に詳しいです。

なお、春秋社さんでは先月、『ハイエク全集(II-2)貨幣論集』(池田幸弘・西部忠訳)が刊行されています。これで第II期本巻は全巻揃ったことになり、残るは次回配本の別巻(『ケインズとケンブリッジに対抗して』小峯敦・下平裕之訳)のみになります。今回の『貨幣論集』では、かつて『貨幣発行自由化論』(川口慎二訳、東洋経済新報社、1988年)という既訳があったDenationalization of Moneyが、『貨幣の脱国営化論』として新訳されて収録され、分量的に『貨幣論集』の中核を成しています。版元によれば「電子化が進む貨幣の未来、リーマンショック以降不安定な金融システムの今後を構想するためにも、必読の論文」とのことです。

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プラトン――理想国の現在
納富信留(のうとみ・のぶる:1965-)著
慶應義塾大学出版会 2012年7月 本体2,800円 四六判上製312頁 ISBN978-4-7664-1948-1
帯文より: 「理想」とは何か? プラトン主著に挑む。ユートピア論最大の著作『ポリテイア』は、 理想の国家建設を目指す近代日本の魂を揺さぶった。やがて、全体主義のイデオロギーに利用されてゆく運命を辿った問題作の核心に触れる、野心的な一冊。

★発売済。著者の納富さんは現在、慶應義塾大学文学部教授で、国際プラトン学会の前会長でした。本書は各種媒体や研究会で発表してきた論考9篇を全面的に書き直し、さらに書き下ろしを1篇最後に加えた全10章から成っています。本書は三部構成で、プラトンの『ポリテイア〔国家〕』をめぐって、現在、過去、未来を論じています。第I部では「プラトンの『ポリテイア』が、20世紀半ば以降、現在どのような議論を引き起こしているかを整理」し、第II部では「『ポリテイア』を私たち自身の問題として捉え返すために、この著作をめぐる日本の過去を反省」していき、第III部では「プラトンがテーマを託した「ポリテイア」という理念を明らかに」して、「「理想」という日本語に込められた哲学の未来を、プラトンを超えて探って」いる、と巻頭の序で紹介されています。

「ポリテイア」とは、「決して社会組織としての「ポリス」に尽くされるものではなく、「内なるポリテイア」として、私たちの魂と生のあり方を問うもの」(269頁)だとされます。「ポリスと魂の類比〔アナロジー〕において、むしろこの内なるポリテイアが基底的であると言える」(同)。また、納富さんはこうもお書きになっています。「言葉には、生み出すこと、つまり、「ない」ものを「ある」ものにする力がある。想像力が働き、「ある」ということそのものへと眼差しをもたらすことで、短い人生の時間を超える視野が可能となる。それが哲学の生き方であるとすると、「理想」を書くというプラトン『ポリテイア』の営みは、まさに私たちに哲学の理想を示してくれていると言える」(267頁)。「「書く」という哲学の営みは、文字において一つの世界を作り出すことである。言論における創作は、思想や生き方の制作であると共に現実の創造であり、私たちが生きるこの現状とはかけ離れているように見えて、実際にはより根源的な意義を担っている。私たち人間は、自らの「理念」や「理想」に基づいて自分自身のあり方、つまり人生や、共に生きる場、つまり社会や政治を、言葉をつうじて作り出していく生き物だからである」(266頁)。

敷衍して言えば、出版もまた理想を運ぶ一つの実践であるのかもしれません。平凡社ライブラリー版『普遍論争』のあとがきで山内志朗さんが明かしておられますが、哲学書房の故・中野幹隆さんが残した企画の中には『プラトン・プロジェクト』というものがありました。私もかつて、中野さんのもとで働く前に一度、プラトンの新訳について意見を求められたことがあります。中野さんがご存命であれば、プラトンの新訳著作集ないし全集が着手されていたかもしれません。納富さんは『ポリテイア』について「新しい翻訳が切望されている」と漏らされています。いつの日か、納富さんの新訳で『ポリテイア』が読めるようになることを期待したいです。

なお、本書の特設サイトでは、「序」の一部を立ち読みできます。また、本書の刊行を記念して、来月に以下のトークイベントが予定されています。

プラトン哲学に挑む――「理想」とは何か、哲学はいま何を語るのか

出演: 納富信留(慶應義塾大学文学部教授)× 熊野純彦(東京大学文学部教授)
日時:2012年8月16日(木)19:30~
場所:ジュンク堂書店池袋本店 4Fカフェ
定員:40名(お電話又はご来店にてお申し込み先着順)
料金:1000円(ドリンク付)
受付:お電話又はご来店(1Fサービスカウンター)にて先着順に受付。
※トークは特には整理券、ご予約のお控え等をお渡ししておりません。
※ご予約をキャンセルされる場合、ご連絡をお願いいたします。
お問い合わせ:池袋本店 電話03-5956-6111

内容:プラトン主著『ポリテイア』(『国家』)は、ユートピア論最大の著作として、近代日本に『理想国』の標題で登場し、そこから「イデア」の訳語として「理想」という言葉が生み出された。急速に変化する明治の社会状況下で、近代国家を建設する必要に迫られ、個人の生き方に苦悩する日本人に、プラトン哲学と「理想」はどんな役割を果たしたのか。そして、理想社会の実現を目指す指南書から、やがて全体主義のイデオロギーへと援用されていった背景は何であったか。このトークセッションでは、プラトン最大の問題作に挑んだ『プラトン 理想国の現在』の著者・納富信留教授に、「理想」を巡る言論やその哲学的意義について語っていただきます。さらに中盤からはゲストの熊野純彦教授と共に、ギリシア哲学と近代日本について広く語っていただきます。

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★さて、今月発売の文庫で気になった書目には次のものがありました。

丸山圭三郎『ソシュールを読む』講談社学術文庫、本体1,150円
池田知久『訳注「淮南子」』講談社学術文庫、本体1,300円
由良君美『椿説泰西浪曼派文学談義』平凡社ライブラリー、本体1,700円
カール・マルクス『共産主義者宣言』金塚貞文訳、平凡社ライブラリー、本体1,000円
J・C・F・ガウス『ガウス 数論論文集』高瀬正仁訳、ちくま学芸文庫、本体1,300円

まず講談社学術文庫。『ソシュールを読む』は同じく丸山圭三郎(1933-1993)さんの『ソシュールの思想』とともに岩波書店の言わずと知れたロングセラーで、他社で文庫化されることなどありえないと思っていました。一昨年に前田英樹さんの名作『沈黙するソシュール』(親本は書肆山田)が学術文庫に編入されていますから、ソシュール関連の名著は押さえておく方針でしょうか。学術文庫での丸山さんの著書は、『カオスモスの運動』(1991年、品切)、『言葉・狂気・エロス――無意識の深みにうごめくもの』(2007年)に続いて3点目。文庫化にあたって、末永朱胤さんの解説が付されています。

一方、『准南子』の親本は講談社より1989年に刊行された『淮南子 知の百科』。文庫化にあたり「全面的に改稿し関係論著目録も大幅に増やし」たとのことです。学術文庫ではこのほか、今月は袖井林二郎編訳『吉田茂=マッカーサー往復書簡集[1945-1951]』や、H・G・ウェルズ『世界文化小史』下田直春訳などを発売しています。また、9月11日発売予定の講談社文芸文庫には、蓮實重彦さんの『夏目漱石論』がエントリーしています。

次に平凡社ライブラリー。『椿説泰西浪曼派文学談義』はかつて青土社「ユリイカ叢書」で1972年に刊行され、1983年に増補版が出ていましたが、長らく品切で、古書市場ではやや高価な部類の本でした。ライブラリー化にあたり、高山宏さんが解説「修羅の浪漫」を書かれています。その高山さんが白水社で手掛けていらっしゃるシリーズ「異貌の人文学」の第一回配本、サイファー『文学とテクノロジー』の奥付裏に今後のシリーズ刊行予定が載っていて、そこにはホッケ『文学におけるマニエリスム』があったのですが、白水社のサイトでは予告から外されていました。それもそのはず、平凡社ライブラリーの帯に記載された来月新刊予定によれば、同書が8月に再刊されることになっています。様々な経緯があったものと思いますが、ともあれ名著の復刊は喜ばしいことです。

一方、『共産主義者宣言』は1993年に太田出版から刊行されたものの再刊。親本に収録されていた付論、柄谷行人「なぜ『共産主義者宣言』か」は今回も再録されており、短い「後記」が付されています。曰く「文意を明確にするために加筆したほかは、そのままにしておいた」とのことです。ライブラリー版の訳者あとがきは「甦る『共産主義者宣言』」と題されており、旧版で書いたことを繰り返しつつ、再刊を喜ばれています。本書の旧版をきっかけにその後マルクスの新訳や再刊が進んだことは紛れもない事実で、Das Kommunistische Manifestはその後も、筑摩書房「マルクス・コレクション」での新訳(「コミュニスト宣言」、第2巻所収、2008年)、彰考書院版の復刊(アルファベータ、2008年)、水田洋訳の再文庫化(講談社学術文庫、2008年)、村田陽一訳の再刊(大月書店、2009年)のほか、漫画化(イースト・プレス「まんがで読破」、2009年)や、初版ブルクハルト版の新訳(的場昭弘訳、作品社、2010年)などが刊行されています。

なお、来月の平凡社ライブラリー新刊は、前述のホッケの再刊のほか、ヴィーコ『自伝』や、植草甚一『コラージュ日記 東京編』が予告されています。

最後にちくま学芸文庫。本邦初訳となる『ガウス 数論論文集』は「アリトメチカの一手入りの新しい証明」「ある種の特異級数の和」「平方剰余の理論における基本定理の新しい証明と拡張」「4次剰余の理論 第一論文」「4次剰余の理論 第二論文」の計5篇が収録されています。訳者の高瀬さんは朝倉書店から1995年に刊行された『ガウス整数論』も手掛けていらっしゃいます。ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1885)の原典はこのほか、近年復刊された『誤差論』(飛田武幸・ 石川耕春訳、紀伊國屋書店、1981年)で読むことができます。

来月、8月8日発売のちくま学術文庫には以下のものがあります。増谷文雄編訳『阿含経典1 存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群』、ニッコロ・マキァヴェッリ『戦争の技術』服部文彦訳、木村陽二郎『原典による生命科学入門』、内藤湖南『先哲の学問』など。

まず、『阿含経典』は、筑摩書房で79年に全4巻で完結した後、87年に第5巻と第6巻が出たものの文庫化でしょうね。書名を見る限り、文庫第1巻は、単行本第1巻と第2巻の合本のようです。この文庫化のあと、増谷さんの解説書『「阿含経典」を読む』(全4巻、角川書店、1985年)も文庫になるのかどうか。『戦争の技術』は『マキァヴェッリ全集』第1巻(1998年)からの切り出しでしょう。いっそのこと、文庫版「マキァヴェッリ全集」を新たな巻構成で出していった方が、インパクトが強いような気がしますが、『ディスコルシ』(全集第2巻)がすでに文庫化されていますから、全集という体裁ではもはややらないのでしょう。

『原典による生命科学入門』は講談社学術文庫(1992年)だったものですね。学術文庫版「原典による~入門」はこのほかに『原典による歴史学入門』(1982年)や『原典による心理学入門』(1993年)がありましたし、それらの親本である講談社「原典による学術史」シリーズ(1974年刊、書名は「原典による~の歩み」で統一)には、文庫化された歴史学、心理学、そして「生命科学入門」がその一部に含まれる「自然科学」をはじめ、哲学、教育学、法学、社会学、経済学などがありました。こういうアンソロジーは類書が多いようで少ないですから、全部を文庫化してくれたらありがたいですね。筑摩書房さんにエールを送りたいです。『先哲の学問』は筑摩叢書(1987年)より。
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by urag | 2012-07-29 23:13 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 27日

弊社出版物の著者や関係者の方々の最近の御活躍

◎表象文化論学会さん(発行書:『表象』01~06号)

MARUZEN &ジュンク堂書店渋谷店(東急百貨店本店7階)人文書コーナーにて6月23日より好評開催中のブックフェア「表象文化論のアトラス」の会期が8月5日(日)まで延長されました。壮観な品揃えとなっておりますので、ぜひお立ち寄りください。フェアの店頭の様子は田中純さんのflickrをご覧ください。

このブックフェアは『アビ・ヴァールブルク著作集 別巻1 ムネモシュネ・アトラス』(アビ・ヴァールブルク+伊藤博明・加藤哲弘・田中純共著、ありな書房、2012年)刊行記念シンポジウム「アビ・ヴァールブルクの宇宙」(6月30日開催済)、および表象文化論学会全国大会(7月7日~8日開催済)との連動企画。田中純さんと、2012年度学会賞受賞者3名(大橋完太郎さん、鯖江秀樹さん、小澤京子さん)が、自らの著作をより深く、広く、遠くまで理解するための書籍をそれぞれ50冊前後セレクトし、書架に並んだ書物どうしの有機的な連関を通じて、「人文知のアトラス」ともいうべき見取り図を提示します。コメント付き選書パンフレットが無料でフェア会場で配布されていますが、田中純さんのブログでもそれぞれのPDFが公開されています。


◎片山廣子さん(著書『燈火節――小説・随筆集成』『野に住みて――全短歌+資料集』『新編 燈火節』)
現代短歌社さんから「全歌集」が刊行されました。また、西方猫耳教会さんから「翻訳拾遺」集が刊行される予定です。

片山廣子全歌集
秋谷美保子・編
現代短歌社 2012年4月 税込5,000円 A5判上製箱入384頁 ISBN978-4-906846-01-6

版元紹介文より:竹柏会の女流歌人として、卓越した存在であり、芥川龍之介に抒情的旋頭歌を作らせ、堀辰雄の『聖家族』『物語の女』の名作のヒロインである片山廣子。敢えて歌壇に遠く身を置き、孤高を保ったため、その存在は余り知られていない。廣子を大伯母とする秋谷美保子がライフワークとして片山廣子の歌業を集大成。『翡翠』『野に住みて』の他雑誌掲載作品、未発表作品も網羅。初句索引・年譜を附す。

・よろこびかのぞみか我にふと来たる翡翠の羽のかろきはばたき
・月の夜や何とはなしに眺むればわがたましひの羽の音する
・くしけづる此黒髪の一筋もわが身の物とあはれみにけり
・かぎりなく憎き心も知りてなほ寂しきときは思ひいづるや
・いづくにか別れむ路にいたるまで共に行かんと思ひ定めき


片山広子翻訳拾遺
西方猫耳教会 2012年10月予定 各巻限定100部 価格:1500~2500円

第1巻 訳詩集
松村みね子名義で行われた翻訳は、戯曲、小説だけではありません。雑誌掲載のまま埋もれていた訳詩を一冊にまとめます。W・B・イエイツ、グレゴリイ夫人、タゴールといった詩人たちの作品を片山の流麗な訳文で。巻末エッセイ:佐藤弓生(歌人)、解題:未谷おと

第2巻 戯曲
幻の「船長ブラスバオンドの改宗」を復刻。これに「新聞よりぬき」をあわせて一冊に。巻末エッセイ:石川美南(歌人)、解題:未谷おと

以下、続刊
第3巻 散文1
巻末エッセイ:東雅夫(文芸評論家、アンソロジスト)、解題:未谷おと

ロードダンセイニ研究誌「ペガーナロスト」の主宰者、未谷おとさんが発案され、同人の小野塚力さんが製作作業に従事されているとのことです。また、発刊を記念して、以下の通りイベントが予定されています。小野塚さんからいただいたご案内文をそのまま掲載します。

★「片山広子とアイルランド幻想」

主催:西荻盛林堂
ゲスト:東雅夫(文芸評論家/アンソロジスト、元「幻想文学」編集長、現「幽」編集長)
聞き手:未谷おと(ロードダンセイニ研究誌「PEGANALOST」主宰、同人誌「片影」編集長)

開催日時:2012年11月10日(土)18:00~19:30
会場:西荻「銀盛会館」(JR西荻窪駅南口から徒歩5分)
会費:1000円
定員:25名。要予約

趣旨:アイルランドの幻想作家、ロード・ダンセイニを我が国において、はじめて本格的な翻訳紹介を行い、大正期におけるアイルランド文学降盛の一翼を担った、歌人、片山広子。松村みね子名義の訳業には、フィオナ・マクラウド短篇集「かなしき女王」や「シング戯曲全集」「ダンセイニ戯曲全集」などが知られています。また、晩年の芥川龍之介や若き日の堀辰雄との軽井沢での交流も有名です。片山広子とその娘宗瑛への堀辰雄のロマンチックな感情は、初期作品「ルウベンスの偽画」「聖家族」に結実しています。/近年、月曜社からエッセイ集「灯火節」や歌集「翡翠」「野に住みて」が復刻刊行され、片山自身の業績は見直されつつあります。他方、松村みね子名義の訳業は、刊本の殆どを沖積舎から復刻されているものの多くが雑誌掲載のままであり、訳書「船長ブラスバオンドの改宗」に至っては最近まで存在を忘れられていたりするなど、いまだ全貌は明らかになっておりません。「片山広子翻訳拾遺」は、こうした単行本未収録の訳業および入手困難な刊本を復刻し、片山の訳業再評価へとつなげるための試みです。/「片山広子翻訳拾遺」開幕にあたり、ここにささやかな刊行記念イベントを開催することになりました。ゲストに、元「幻想文学」編集長、東雅夫さんをお迎えし、片山広子とアイルランド文学について語って頂きます。聞き手は本邦唯一のロード・ダンセイニ研究誌「PEGANALOST」発行人にして、ダンセイニ研究の鬼、未谷おとさんが務めます。
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by urag | 2012-07-27 09:12 | イベント告知 | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 22日

注目新刊:2012年7月、ベルサーニ『親密性』洛北出版、ほか

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親密性
レオ・ベルサーニ+アダム・フィリップス著 檜垣立哉+宮澤由歌訳
洛北出版 2012年7月 本体2,400円 四六判上製252頁 ISBN978-4-903127-16-3
帯文より:暴力とは異なった仕方で、ナルシシズムを肥大させるのではない仕方で、他者とむすびつくことは可能なのか? これが、本書で考察されている問いである。

原書:Intimacies, The University of chicago Press, 2008.

★発売済。ベルサーニの訳書は99年に青土社から刊行された『フロイト的身体』以来久しく出ていませんでした。洛北出版さんのウェブサイトで第2章「恥を知れ」の一部(62-72頁)を立ち読みできますが、第2章は本書の山場で非常に刺激的な議論が展開されており、脳髄にガツンと来ますよ。美しい装丁造本といい、強度をもった内容といい本当に洛北出版さんの手掛けられる本は一冊ずつ魂が籠っています。

★洛北さんのブログで弊社の今月新刊、バトラー『権力の心的な生』をご紹介いただいているのですが、そこで以下のように言及されています。「小社近刊の『親密性』(レオ・ベルサーニ & アダム・フィリップス著)とも、ふかく関係がある書物です。とりわけ本書の第5章「メランコリー的ジェンダー/拒否される同一化」は、内容もそうですが、アダム・フィリップスのコメント、それに対するバトラーの応答が収録されています」。弊社のバトラー本をお買い求めになった読者の皆様にぜひ『親密性』をお薦めしたいです。

◎レオ・ベルサーニ(Leo Bersani, 1931-)単独著既訳書
1984年01月『ボードレールとフロイト』山縣直子訳、法政大学出版局
1996年10月『ホモセクシュアルとは』船倉正憲訳、法政大学出版局
1999年09月『フロイト的身体――精神分析と美学』長原豊訳、青土社

◎アダム・フィリップス(Adam Phillips, 1954-)単独著既訳書
1998年06月『精神分析というお仕事――専門性のパラドクス』妙木浩之訳、産業図書
2006年08月『ダーウィンのミミズ、フロイトの悪夢』渡辺正隆訳、みすず書房


化学・生物兵器の歴史
エドワード・M・スピアーズ著 上原ゆうこ訳
東洋書林 2012年7月 本体3,600円 A5判上製304頁 ISBN978-4-88721-802-4
帯文より:不可視の敵!? 科学が発展するかぎり、悪用の可能性も際限なく膨らむ。テロリストやカルト教団は、大量殺戮を実行するのか?――つねに疑惑や憶測で語られる化学・生物剤の「不確実性」に注目しつつ、心理的側面を含む包括的な実像に迫る。軍縮とバイオディフェンスの議論に一石を投じる画期的考察! 解説=常石敬一

版元紹介文より:戦略論、戦争論で教鞭をとり多くの著作を持つ著者が、古代の毒矢やサソリ爆弾から地下鉄サリン事件にいたるまで、歴史の中で使用されてきた数々の化学・生物兵器の詳細について、膨大な文献や資料をひもとき、その凄惨な威力を考証。人が人に行ってきた常軌を逸する世界を概観する。

原書:A History of Chemical and Biological Weapons, Reaktion Books, 2010.

目次:
序文
序章 化学・生物兵器とは
第1章 第一次世界大戦のガス戦が残したもの
第2章 抑止と軍縮
第3章 第三世界での紛争における化学戦
第4章 化学・生物併記の拡散
第5章 イラクの化学・生物戦プログラム
第6章 化学・生物テロ
終章 進化する化学・生物戦
解説「ポスト冷戦期の生物・化学兵器の諸相」(常石敬一)

★まもなく発売。ペロポネソス戦争における硫黄の煙の使用に始まる、化学兵器、生物兵器の長い長い進化の歴史を追った研究書です。悪名高い731部隊の軍医石井四郎や、死刑囚麻原某も出てきます。陰惨な写真は一切掲載されていませんが、文字情報だけでも、人類の飽くことなき兵器開発の来歴には充分うんざりさせられることでしょう。解説をお書きになっている常石敬一さんは731部隊の研究書などを上梓されているほか、クーン『コペルニクス革命』などの訳書も手掛けておいでです。スピアーズの本書を「便利な本」と積極的に評価されています。


日本2.0 思想地図β vol.3
東浩紀編集
株式会社ゲンロン 2012年7月 本体3,200円 A5判並製516+112頁 ISBN978-4-9905243-5-7
帯文より:新しい国づくりは新しい思想を必要とする。それを日本2.0と名づけよう。憲法改正からクールジャパン、新国土計画から文学再定義まで、新世代の執筆陣が投げかける日本再生に向けた大胆な提言/実践集。これが僕たちが本当に見たかった日本だ。

★発売済。ゲンロンのウェブサイトでは消費税および送料サービスで購入できるようです。これまでの「思想地図」の中一番分厚いものになっています。別冊で「新日本国憲法ゲンロン草案」がついています。従来の左翼と異なるのは、象徴天皇の存在を認めているところです。一方で戦争については従来の第9条をほぼそのまま護持し、自衛隊の存在を認めています。また、国民と住民を立て分け、国民院と住民院の二院制を謳います。全体としては、こんにちの社会的実際を踏まえたリアルな書き換えになっており、これを評価する人と、「新鮮味に欠ける」と思う人とに反応が分かれるだろうと思います。「新鮮味に欠ける」のは、新憲法を目指さなくても現行憲法の解釈の範囲で充分ではないか、という意見や、逆に、もっとラディカルな理想形を追求すべきではないか、という意見がありうるためです。いずれにせよ、この「草案」が若い世代にとっても「国のかたち」を色々と考えさせてくれる良い機会になると思います。今回の特集は政治の混乱が深刻なこんにち、状況へのアクチュアルな介入を試みたものだと評価できるのではないでしょうか。
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by urag | 2012-07-22 22:03 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 21日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

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★上村忠男さん(編訳書:パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』/共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』、同『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
月刊誌「みすず」での連載を中核に、『無調のアンサンブル』(未來社、2007年)刊行以後の講演、論文、書評などをまとめた、以下の新刊が発売されました。目次詳細は書名のリンク先をご参照ください。

ヘテロトピア通信
上村忠男著
みすず書房 2012年7月 本体3,800円 四六判上製320頁 ISBN978-4-622-07712-1
帯文より:社会や時代に大きな動きが生じたとき、批判的懐疑のまなざしを向けることを忘れず、「権力という巨象にまとわりつく虻のような存在でありたい」。思想史家の立つ場所。


★廣瀬純さん(共著書:『闘争のアサンブレア』/訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』/共訳書:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
まもなく発売となる(版元ドットコムでは書店発売日が7月24日と記載)新刊『反-装置論』の巻末に収録された「解説にかえて」で、白石嘉治さんと対談されています。目次詳細は書名のリンク先をご参照ください。

反-装置論――新しいラッダイト的直観の到来
『来たるべき蜂起』翻訳委員会+ティクーン著
以文社 2012年7月 本体2,000円 四六判並製184頁 ISBN978-4-7531-0303-4
帯文より:新たな身振りとともに蜂起せよ!〈絆〉を断ち切り、〈砂漠〉に残された足跡を頼りに、いま開始される〈全-世界〉の蜂起。『来たるべき蜂起』を世界に放った“不可視委員会”の前身“ティクーン”の「装置論」の邦訳とともに、『来たるべき蜂起』翻訳委員会が告げる、〈覚醒〉と〈共謀〉のための時間。特別収録対談=廣瀬純+白石嘉治

◎メモ:思想集団ティクーン Tiqqun について

1)思想誌『VOL』04号(2010年、以文社)242-262頁に、Tiqqunの2001年のテクスト「どうしたらいいか? Comment faire?」の邦訳が掲載されています。特に解説等はありません。

2)不可視委員会著『来たるべき蜂起』(『来たるべき蜂起』翻訳委員会訳、彩流社、2010年5月刊、原書:L'insurrection qui vient, La Frabrique, 2007)の巻末にある「蜂起のコミュニズム――訳者あとがきにかえて」では以下の記述があります(186-187頁)。

***引用開始
不可視委員会の部分的な前身として『ティクーン』と呼ばれる雑誌がある。編集委員も同名の「ティクーン」を名乗り、そのなかにはジュリアン・クーパも含まれていた。1999年に創刊、2001年の9月11日の出来事をうけ、同年の第2号をもって休刊したという短命の雑誌である。創刊にはアガンベンによる援助もあったという。同誌はその内容や形式から「ポストシチュアシオニスト」の範疇に属すとも言われるが、思考の中心に据えられているのは共同体という形象である。アガンベンの『来たるべき共同体』が想起されるだろう。【…】なお、この『ティクーン』に掲載されていた文章の一部は書物にまとめられ、〔『来たるべき蜂起』の発行元でもある〕同じラ・ファブリック社より刊行されている。また、ティクーンから不可視委員会への移行期に書かれたものとして
『APPEL』と題された文章が存在するが、書物としては刊行されていない。
+++引用終了

なお、本書にはアガンベンのエッセイ「テロリズムあるいは悲喜劇」(リベラシオン紙2008年11月19日に掲載、原題:Terrorisme ou tragic-comedie)が収録されています。

3)『来たるべき蜂起』翻訳委員会+ティクーン『反-装置論』(以文社、2012年7月)という新刊が今週発売され、ティクーンの「批判形而上学は装置論として誕生するだろう…」(原題:Une metaphisique critique pourrait naitre comme science des dispositifs...)の翻訳が61-137頁に収録されています。巻末に、廣瀬純+白石嘉治「解説にかえて」という対談が掲載されていて、そこでもティクーンが言及されています。

+++引用開始
白井「【…】まずはティクーンについて少し説明すると、それは1990年代に生まれた、フランスの思想グループないしは思想運動の名前です。ティクーンの原義は「修復」という意味ですね。90年代後半からその名で多数のテキストが書かれ、いまではウェブ上で読めるようになっています。また、英訳にかぎらず、各国語に翻訳されて世界中で読まれてもいる。そして、このティクーンのなかから「タルナック事件」で有名になった「不可視委員会」が生まれ、ラ・ファブリック社から2007年に『来たるべき蜂起』が出版される。その日本語版も2010年に翻訳が出て(彩流社)、いまようやく一定の知名度を持ちはじめているように思えます。【…】いろいろなひとがいて、いまではアスプ〔Bernard Aspe〕のようなティクーン出身の哲学者も知られています。
+++引用終了

***********

◎「WEBRONZA」に岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』の書評

続いて、書評情報です。岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』(弊社三月刊)について、ジュンク堂書店難波店店長の福嶋聡さんが書評「天体ブームのいま、ジョルダーノ・ブルーノの哲学を再考する」(2012年7月11日付)を「WEBRONZA」に寄稿されました。一部を無料で読むことができますが、「豊饒にして絢爛、生命感と躍動感に溢れたジョルダーノ・ブルーノの哲学は、あとに続く「近代」が、むしろ歩みを反転して、人間が神の座を簒奪したに過ぎない時代だったとさえ感じさせる。その「近代」をいかに乗り越えるかという古くて新しい課題と共に幕を開けた新しい千年紀に、若き俊英の手になる本書は、ブルーノの魂を鮮やかに蘇らせた」と評していただきました。

福嶋さんはジュンク堂の月刊PR誌「書標」2012年5月号でも同書の書評を書いて下さっています。また、福嶋さんは難波店でさる5月27日に行われた、檜垣立哉×岡本源太トークセッション「ヴィータ・ノーヴァ――新しい生命哲学と人間の新生』のレポートを、「書標」7月号に寄稿されています。PDFが無料で配布されていますので、どうぞご覧ください。
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by urag | 2012-07-21 22:01 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 16日

注目の新訳と再刊書、2012年6~7月:『ゾーハル』ほか

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ゾーハル――カバラーの聖典
エルンスト・ミュラー(Ernst Müller, 1880-1954)編訳 石丸昭二訳
法政大学出版局 2012年7月 本体5,400円 四六判上製492頁 ISBN978-4-588-00976-1
帯文より:ユダヤ神秘主義の源流――一千年以上にわたる民族離散の歴史を背景に、13世紀スペインに出現した作者未詳の伝承テクスト『ゾーハル』(光輝の書)。ユダヤ神秘主義において聖書やタルムードと同列に置かれ、後世のメシアニズムに深い影響をもたらしたこの聖書解釈の聖典を、作家ミュラーによるヘブライ語(アラム語)原典からのドイツ語抄訳に基づいて初めて邦訳。その貴重な解説「ゾーハルとその教義」も併録。

★発売済。原著は1932年刊で、底本に使用されたのは1984年の第二版と2009年の第三版。抄訳かつ重訳ではありますが、モーセス・デ・レオンの手になると言われる原典『セーフェル・ハ・ゾーハル』は2400頁もの膨大な内容で、なおかつ難解であり、ヘブライ語からの日本語訳が出版される望みは低いため、当面は本書より学ぶのがよさそうです。ミュラー訳が底本としたのは1882年のヴィルナ版3巻本。原典が初めてクレモナで印刷されたのは1558年。かのゲルショム・ショーレムによるドイツ語抄訳も存在します(1935年刊)。今回の訳書ではミュラーが1920年に上梓した研究書『ゾーハルとその教義』の本論部分をごく一部省略して訳出し、付録としています。

★「ゾーハル」は1677年にクノール・フォン・ローゼンロートによるラテン語訳『カバラ・デヌダータ』2巻本が刊行されていますが、このラテン語訳を底本としつつ、「ヘブライ語とカルデア語原典を参照」(ママ)した英訳(抄訳)本もあります。1887年に刊行されたその英訳本を日本語に移したのが、S・L・マグレガー・メイザース『ヴェールを脱いだカバラ』(判田格訳、国書刊行会、2000年)です。こちらでは「ゾーハル」ではなく「ゾハール」と表記されており、「隠された神秘の書」「大聖集会」「小聖集会」の抄訳が収録されています。石丸訳の「訳者あとがき」ではこの三書はそれぞれ「シフラー・ディ=ツェニウーサ(秘匿の書)」「イドラー・ラッパー(大集会)」「イドラー・ズーター(小集会)」と表記されています。

★ミュラー訳(ドイツ語抄訳)は内容別にテキストを再構成しているため、メイザース訳(ラテン語訳からの英語抄訳)とどう対照させたらいいのか分かりにくいのが難点です。石丸訳では巻末に、ミュラー訳が底本として使用したヴィルナ版3巻本のどの部分と日本語訳が対応しているのか、ページ数の対照一覧表があるのですが、そもそもヴィルナ版3巻本で、『ゾーハル』を構成する主要書20作品がどういう配置で収録されていたのかが一般読者には分かりません。そうした不便はあるものの、今回刊行された石丸訳のお蔭で私たちはまた一歩、「光輝の書」に近づけるようになるわけで、大きな収穫であることに変わりありません。

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人間論
ホッブズ著 本田裕志訳
京都大学学術出版会 2012年7月 本体3,200円 四六判上製248頁 ISBN978-4-87698-594-4
帯文より:初めて日本語で読む名著。『哲学原本』3部作の中核をなす『人間論』をラテン語原文からの正確な翻訳で提供する。『市民論』(2008年)、本書に続き、『物体論』(近刊)で3部作完結!

★発売済。さる5月に柏書房から出版された伊藤宏之・渡部秀和訳『哲学原論/自然法および国家法の原理』がなければ確かに初訳のはずでしたし、『市民論』は2008年10月刊ですから柏書房版に先行しています。古典的名著の大作の翻訳が相前後して二種類刊行されるというのは、過去にもダニエル・パウル・シュレーバーの回想録やら、ヨハン・ヤーコプ・バッハオーフェンの『母権論』などの例があります。

1990年11月『ある神経病者の回想録』(渡辺哲夫訳、筑摩書房)
1991年01月『シュレーバー回想録――ある神経病患者の手記』(尾川浩・金関猛訳、平凡社;平凡社ライブラリー、2002年12月)

1991年09月/93年07月/95年02月『母権論――古代世界の女性支配に関する研究:その宗教的および法的本質』(全3巻、岡道男・河上倫逸 監訳、みすず書房)
1992年02月/93年04月『母権制――古代世界の女性支配:その宗教と法に関する研究』(上下巻、吉原達也ほか訳、白水社)

こと『母権論(母権制)』については、序論(序説)だけの抄訳も上記の完訳版に前後して刊行されています。

1989年10月『母権論序説』(吉原達也訳、創樹社;『母権制序説』ちくま学芸文庫、2002年05月)
1992年07月『母権論――序論 リュキア・クレタ』(佐藤信行ほか訳、三元社)

こういう場合は、だいたい先に出た方がより多く売れるので、版元の営業マンなら「かぶった」と頭を抱えるところですが、読書人にとっては(出費を別として)古典の比べ読みができるまたとない機会ではあります。今回のホッブズの場合、柏書房版は全一冊という大英断ではあるものの税込二万円を超える高額本ですから、値段の点では京大版も充分拮抗できるはずです。

★今回出版された『人間論』は京大出版会の「近代市民社会の成立を原典から読む」素晴らしいシリーズ「近代社会思想コレクション」の第8巻。これまでに、ヒューム『政治論集』(田中秀夫訳、2010年6月)、J・S・ミル『功利主義論集』(川名雄一郎・山本圭一郎訳、2010年12月)などが刊行されており、第9巻にはランゲ『市民法理論または社会の根本原理』が予告されています。さらに続刊予定にはヒュームの晩年の大著からの抄訳『イングランド史――ステュアート朝』(犬塚元・壽里竜訳)が予告されています。田中秀夫訳『政治論集』の刊行の一年後に『ヒューム 道徳・政治・文学論集[完訳版]』(田中敏弘訳、名古屋大学出版会、2011年07月)が出ていますが、京大でもホッブス三部作のようにヒューム論文集の三部構成をコンプリートする計画はあるのでしょうか。気になるところです。

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自由論
ミル著 斉藤悦則訳
光文社古典新訳文庫 2012年6月 本体1,048円 304頁 ISBN978-4-334-75250-7
カヴァー紹介文より:個人の自由への干渉はどこまでゆるされるのか。反対意見はなぜ尊重されなければならないのか。なぜ「変わった人間」になるのが望ましいのか。市民社会における個人の自由について根源的に考察し、その重要さを説いたイギリス経験論の白眉。現代人必読のもっともラディカルな書である。

★発売済。同じ原典の再訳というのは光文社古典新訳文庫では初めてになるのではないでしょうか。山岡洋一(1949-2011)さん訳の『自由論』が出版されたのが2006年12月。解説は長谷川宏さんでした。それからわずか5年足らず、2011年9月に日経BPクラシックスで山岡訳『自由論』が再刊されます。解説は佐藤光さん。再刊の経緯は版元ウェブサイトにも本の中にも書いてありません。クラシックス版『自由論』には、文庫版についていた山岡さんの「訳者あとがき」が再録されていませんし、新たなあとがきもありません。市場での在庫推移を注意して見ていたわけでもないので、文庫版の品切が先だったのか、クラシックス版での再刊の話が先だったのかも良く分かりません。あくまでも推測ですが、今回の斉藤訳『自由論』が本体1,048円、6年前の山岡訳が514円なので、光文社としては同じ値段で重版をかけるのがきつかった、ということでしょうか。それにしてもわずか6年で同じ文庫から同じ古典作品の新訳が出るというのは少し驚きではあります。クラシックス版山岡訳が文庫版よりさらに手が入っているかどうかは特記がありませんが、読み比べる限りでは手が入っています。山岡さんがお亡くなりになる前に推敲されたのでしょう。その強靭なプロ意識には心底頭が下がります。

★斉藤訳『自由論』の解説は仲正昌樹さん。「訳者あとがき」によれば、担当編集者は中町俊伸さんです。山岡訳の「訳者あとがき」には担当編集者名は挙がっていませんので、中町さんが二冊とも担当されたのかどうかは不明です。しかし、前作よりわずか6年(あるいは光文社のような大会社の経営スパンから見れば6年もの昔、とも言いうるのかもしれませんが)にもかかわらず新訳をあえて出版した文庫編集部の挑戦は、理由がどうであれなかなか肝が据わっています。なお、光文社古典新訳文庫の今後の発売予定の中には、カント『道徳形而上学の基礎づけ』(中山元訳)などが予告されています。中山さんはきっと『実践理性批判』も『判断力批判』もおやりになってくださるに違いありません。

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自殺について
ショーペンハウエル著 石井立訳
角川ソフィア文庫 2012年6月 本体667円 256頁 ISBN978-4-04-408607-7
カバー紹介文より:「すべての人間の一生は、ある精霊が見ている夢。そして、死は、ひとつの目ざめであろう」。欲望や感情など、無限に溢れ出る人間の「意志」が世界を規定し、その意志を実現できない一切の生は苦しみに満ちている、とした偉大な哲学者が、死について深く考察。そこから善人と悪人との差異、生きることの意欲、人生についての本質へと迫る。意思に翻弄される現代人へ、死という永遠の謎を解く鍵をもたらす名著。

★発売済。ずいぶんと久しぶりの再刊ではないでしょうか。やはりTV東京のニュース番組「ワールドビジネスサテライト」の人気コーナー「スミスの本棚」で、今年の4月に本谷有希子さん(劇作家・演出家)がショーペンハウアーの『幸福について――人生論』(新潮文庫)を推薦されてから売上が伸びているという前例を受けてのことなのでしょうか。『幸福について』がこの「青空」カバーになったのは、2005年6月のこと。角川文庫でも同名の文庫がありますが、こちらはまだ再刊されてはいません。今回再刊された『自殺について』は、もともと1955年に刊行されたもの。「名著コレクション」の第7番として1984年に第38版(写真)が出ていますが、それ以後重版していたのかどうかわかりません。今回の再刊では活字が大きくなったほか、編集部による修正はほとんどないようです。解説は岡田尊司さん。内容は第一部が『ノイエ・パラリポメナ(新しい補遺)』第9~13章、第二部が『パレルガ・ウント・パラリポメナ(余禄と補遺)』第10~14章です。同名の文庫が岩波文庫から斎藤信治訳で出ていますが、こちらは角川版の第一部にあたる箇所の別訳。岡田尊司さんはこのように解説しておられます。「63歳のとき、それまでほとんど無名であったショーペンハウエルは、本書第二部にエッセンスが収められている『パレルガ・ウント・パラリポメナ(余禄と補遺)』によって、にわかに脚光を浴び、哲学者としても有名になる。第一部所収の『ノイエ・パラリポメナ(新しい補遺)』は、彼の死後出版された遺作であり、もう少し若い頃の作である」(242頁)。訳者の石井さんは解説でこう書かれています。「第一部は、若い時代に書かれたものであろう。第二部は、その戦いに勝ち抜いたおちついた気分がある」(240頁)。私のようなオッサンにしてみると、角川ソフィア文庫がイラスト付きのカバーで再刊しているアラン『幸福論』や、デカルト『方法序説』、フロイト『新版 精神分析入門』などを手に取るのはいささか気恥かしいのですが、文庫のカバーというのは世の移り変わりを映す鏡なので仕方ないですし、今度品切になったらいつ再刊されるか分かったものではないですから、オッサンも買いますよ、ええ。なお、来月(2012年8月)は、スカイエマさんによるカバーイラストでマキアヴェッリの『君主論』(大岩誠訳)が再刊されるようです。私としては角川文庫ならライヒ『性の革命』(安田一郎訳)が再刊されたほうがぎょっとできて楽しいのですけれども。あるいは文学作品でもいいなら、ブレイク『無心の歌、有心の歌』(壽岳文章訳)とか、ベックフォード『呪の王――バテク王物語』(川崎竹一訳)とか、色々あるじゃないですか。

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文学とテクノロジー――疎外されたヴィジョン
ワイリー・サイファー著 野島秀勝訳
白水社 2012年6月 本体5,600円 四六判上製378頁 ISBN978-4-560-08301-7
帯文より:〈美のテクノロジー〉、作家たちの人口楽園。産業社会に反逆した芸術家たちもまた、テクノロジー思考に支配されていた。近代を蝕む〈方法の制覇〉〈視覚の専制〉をあばき、距離と疎外の問題を論じた文化史の名著。

★発売済。新シリーズ「高山宏セレクション〈異貌の人文学〉」の第一回配本です。親本(写真)は1972年に研究社出版から「研究社叢書」の一冊として刊行されています。当時定価600円でした。戻らざる美しい時代。しかし時代は変わっても高山宏さんがいらっしゃる限り、値段は違ってもこうして再刊されます。シリーズ全体を最初から新書判(uブックス)でやってもらえたらというのは行きすぎた願望でしょう。こうしたシリーズをしっかり買い支えたいものです。訳者はすでにお亡くなりになっており、再刊にあたって固有名詞等を一部修訂したとのことです。巻末を飾る高山さんの解説も、「叢書口上」(書名のリンク先で読めます)も、絶好調。パンチが効いてます。今後、同シリーズではグスタフ・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム』(種村季弘訳、親本は現代思潮社の2巻本)、エリザベス・シューエル『ノンセンスの領域』(高山宏訳、親本は河出書房新社)、エリザベス・シューエル『オルペウスの声』(高山宏訳、新訳)、M・H・ニコルソン『ピープスの日記と新科学』(新訳)と続くそうで、本当に楽しみです。担当編集者はかの藤原義也さん。国書刊行会で『バルトルシャイティス著作集』を手掛けられた方で、白水社では近年、コリー『パラドクシア・エピデミカ』を担当されています。企画されてきた本にせよ、日々情報収集されている注目の他社本にせよ、ハズレがない絶対の目利きでいらっしゃいます。
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by urag | 2012-07-16 23:35 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 12日

本日取次搬入:ソコロフ『犬と狼のはざまで』河出書房新社、ほか

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犬と狼のはざまで
サーシャ・ソコロフ著 東海晃久訳
河出書房新社 2012年7月 本体3,800円 46判上製366頁 ISBN978-4-309-20597-7
版元紹介文より:現代ロシアの最前衛ソコロフの「馬鹿たちの学校」をこえる壮絶な実験。さまざまなモノローグ、詩などによって描かれるヴォルガ川の一夜の出来事とともに究極の文学が魂を震撼させる。

目次:
訳者序文
1.ザイチーリシナ
2.狩かたり
3.酔いどれ猟師のメモ書き
4.ジィンジィレーラのザイチーリシナ
5.狩かたり、あるいは展覧会の絵
6.イリヤー・ベトリケーイチより
7.猟師のメモ書き
8.ザイチーリシナ
9.展覧会の絵
10.ジィンズィレーラ
11.メモ書き再び
12.ザイチーリシナ
13.展覧会の絵
14.イリヤー・ベトリケーイチより
15.酔いどれの日誌
16.狩かたり
17.最後に
18.別口の壜で送られたメモ
訳者解説

★本日12日取次搬入。『馬鹿たちの学校』(東海晃久訳、河出書房新社、2010年12月)に続く、ソコロフの邦訳第二弾になります。原著は1980年刊。「私たちは待ったなしに、この恐るべき言語空間と直面することになってしまった! なんという災難と至福!」(金井美恵子)、「すべてを極限までほうろうする分裂文学、狂気もたじろぐ最高傑作」(中原昌也)といった讃辞が帯に見えます。巻頭に置かれた「訳者序文」では再読三読をお薦めするとあります。三部構成で全18章、第9章を中心にシンメトリックな構成になっており、書簡、散文、詩篇といった三つのスタイルが入り混じった特異な作品で、語り手も複数です。繰り返し読むことで味わいが増すという仕組み。前衛小説がお好みの方はぜひ挑戦してみてください。


レヴィ=ストロース――まなざしの構造主義
出口顯著
河出ブックス 2012年7月 本体1,400円 B6判並製216頁 ISBN978-4-309-62446-4
版元紹介文より:人類学を創りだしただけでなく思想を根底から変革したレヴィ=スロースの核心と可能性をみずみずしく描き出す。第一人者による最良の入門書にして画期的なレヴィ=ストロース論。

目次:
はじめに
I 神話への旅―移動する普遍
 第1章 海の上の構造主義
 第2章 仮面と地震
 第3章 旅する「家」
幕間
II 他者への回帰
 第4章 遠いまなざし
 第5章 「モンテーニュ再読」
 第6章 Topsy-turvydom
III 現代のシャーマン
 第7章 パースペクティヴィズムと遠いまなざし――レヴィ=ストロースと現代の人類学
おわりに

★火曜日10日取次搬入済。河出ブックスのシリーズ内シリーズ「現代思想の現在」の最新刊で、檜垣立哉『フーコー講義』(2010年12月)、宇野邦一『ドゥルーズ――群れと結晶』(2012年2月)に続く第3弾。著者の出口顯(でぐち・あきら:1957-)さんは文化人類学がご専門で、島根大学で教鞭を執っておられます。レヴィ=ストロース関連の著書に、『レヴィ=ストロース斜め読み』(青弓社、2003年10月)、『神話論理の思想――レヴィ=ストロースとその双子たち』(みすず書房、2011年4月)、『読解レヴィ=ストロース』(編著、青弓社、2011年6月)などがあります。ちなみに第6章の章名になっているTopsy-turvydomとは「あべこべ」の意。

★河出書房新社さんの近刊予定には以下の書目が見えます。24日発売予定の単行本で、エリザベート・ルディネスコ『ラカン、すべてに抗って』(信友建志訳)というラカン小伝が出ます。河出さんでは同じ著者による大冊『ジャック・ラカン伝』(藤野邦夫訳、2001年7月)を刊行していました。また、8月7日発売の河出文庫で、ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『哲学とは何か』(財津理訳)がついに文庫化です。
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by urag | 2012-07-12 18:54 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 10日

書影公開:近日発売、クノー『棒・数字・文字』

レーモン・クノー『棒・数字・文字』(宮川明子訳)の書影を公開します。書店様にご報告します。新刊配本店頭販売分の取次搬入日は、日販、大阪屋、栗田、太洋社が7月13日(金)、トーハンが7月17日(火)になります。読者の皆様に申し上げます。書店店頭での発売開始は来週半ば以降になると思われます。どうぞよろしくお願いいたします。書店店頭への入荷の確認は、たとえばMARUZEN&ジュンク堂書店さんのウェブサイトで書名を検索し、「お店の在庫を見る」をクリックして確認していただくのが一つの目安になると思います。

中身は後半にさしかかるにつれて図版や奇妙な記号が増えていきます。言語実験「ウリポ」の一端については本書所収のテクスト「潜在文学」をご覧ください。写真はカッターマットのせいで少し緑がかって見えますが、実際の本文紙はクリーム色です。素敵な装丁はデザイナーの重実生哉さんによるもの。

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棒・数字・文字
レーモン・クノー(Raymond Queneau, 1903-1976)著  宮川明子訳
月曜社 2012年7月 本体2,800円 46判変型並製352頁 ISBN978-4-901477-96-3

内容紹介:棒ってなに? 数字で文学? クノー文学を開く鍵! 知の巨人がのこした足跡の書、待望・無謀の翻訳なる!型破りな批評的エッセイ集。

原書:Bâtons, chiffres et lettres, Éditions Gallimard, 1965.

目次:
前置きの部
 1937年の論考
 小説の技法
 ジョルジュ・リーブモン=デセーニュとの対話
 アカデミーの言語
 人はしゃべる
 チヌーク語をご存知か?
 〔無題〕
 1955年の論考
序文集
 ギュスターヴ・フロベールの『ブヴァールとペキュシェ』
 ウィリアム・フォークナーの『蚊』
 ヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』
 ジャン・クヴァルの『7月のランデヴー』
ある戦線のための読書案内
オマージュ集
 終わりなきシンフォニー
 すばらしい不意の贈り物
 ジョイス語訳の一例
 ジャック・プレヴェール 守り神
 ファントマ
 ドフォントネー
書記法さまざま
 絵文字
 活版印刷が生む妄想
 何たる人生!
 ミロあるいは先史時代の詩人
潜在文学
註記
 初出一覧
 57ページにつけ加えるスターリンに関連する註記
 179ページにつけ加えるアンドレ・ブルトンに関連する註記
 137ページにつけ加える幼形成熟に関連する註記

訳者解説
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by urag | 2012-07-10 18:46 | 近刊情報 | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 08日

注目新刊:2012年6月~7月、『海を感じなさい。』ほか

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海を感じなさい。――次の世代を生きる君たちへ
渡辺憲司著
朝日新聞出版 2012年7月 本体1,100円 四六判並製144頁 ISBN978-4-02-331102-2

帯文より:君たちはどう悩み、どう生きるべきか。全国の人々を感動の渦に巻き込んだ名物好調が、これからの時代を生きる人たちに贈る10編の「魂のメッセージ」。

版元紹介文より:昨年の震災後、学校HPに載せた卒業生へのメッセージが話題になり、一躍著名になった立教新座高校校長が、若者に向けて「○○しなさい」の強い言葉で綴るメッセージ集。写真を絡めて、写真の上に言葉を載せるなど、若い世代にも読みやすい。テーマは「海を感じよ。行動せよ」「孤独とは何か」「理想とは何か」「正義とは」「友情とは」「恋」など。文体は違うが、現代版『君たちはどう生きるか』を目指す。

目次:
はじめに
1章 めざめる人たちへ
 海を感じなさい。
 森で耳をすませなさい。
 長く続く道を信じなさい。
 石ころを手に取りなさい。
 雲を眺めてみなさい。
 山の頂きを想い浮かべなさい。
 桜の木に聴いてみなさい。
 冷たい風に頬をさらしなさい。
 空に身をゆだねなさい。
 星の瞬きに胸をときめかせなさい。
2章 ひたむきであれ
 困難のなかにいてこそ、孤独を守ることの意味
 思いを込めた言葉は、必ず心の奥深くに届く
 一所懸命さを馬鹿にする風潮への反発
 愚直な「ひたむきさ」が新たな気づきを与える
 思考はつねに「域」でなくてはならない
 「不安」を解消するために、学び続けなさい
 何十年先を見据えた理想をもつ
 せっかちな未来志向に走ってはいけない

★発売済。3・11の影響で卒業式が行えなかった立教新座高校。その卒業生に向けた渡辺憲司校長のメッセージ「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」が大きな話題を呼び、『時に海を見よ――これからの日本を生きる君に贈る』(双葉社、2011年6月)という本にもなりました。今回刊行された『海を感じなさい。』は震災一年後の朝日新聞朝刊のオピニオン面に掲載された「十八歳の君たちへ」という渡辺校長の記事がきっかけになっているとのことです。1章は数頁ずつ合計10編の簡潔で力強いメッセージが、写真とともに各頁を飾ります。2章は長めのあとがきともいうべきもので、卒業式へのメッセージが大反響を呼んだことの回想から始まり、本書に込めた思いを綴っておられます。外出先にも持っていけるコンパクトな本なので、通勤通学などのひとときにひもとけば、必ず励まされることと思います。本書の印税は全額、東日本大震災で被災された若者への義援金として寄付されるそうです。


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貸本屋、古本屋、高野書店(出版人に聞く8)
高野肇著
論創社 2012年7月 本体1,600円 46判並製200頁 ISBN978-4-8460-1161-1

帯文より:1950年代に日本全国で「貸本」文化が興隆する。60年代に「古本」文化に移行するが、その渦中を生きた著者の古本文化論。『神奈川古書組合35年史』編纂で学んだこと。貸本屋が3万店をこす時代もあっのだ。『高野書店古書目録』は目録の金字塔!

★発売済。「出版状況クロニクル」の著者でパピルスの社主である小田光雄さんによるインタビューシリーズ「出版人に聞く」の第8弾。書籍の流通史を研究する上で必読の証言録です。高野さんはこう仰っています。「私が昭和30年代の貸本屋をずっと調べていくうちにわかったのは、どうして当時の貸本屋が読者に迎えられたかといえば、ひとつに愛情があったということに尽きるのではないかということでした。安いということはあったにしても、貸本屋は書店よりもはるかに敷居が低かったのはそこにあったのではないかと。/私は貸本屋の息子として育ったので、確信をもっていえますが、貸本屋と読者は同じような貧しい境遇にあったから、相身互いな感じを共有していた。だから貸本と一緒に愛情も一緒に貸し出していたという感じがする」(143-144頁)。現役の出版人や書店人にとっても色々と考えさせてくれる本です。


完訳 日本奥地紀行2 新潟―山形―秋田―青森(東洋文庫 823)
イザベラ・バード著 金坂清則訳注
平凡社 2012年7月 本体3,200円 全書判上製442頁 ISBN978-4-582-80823-0

帯文より:イザベラ・バードの明治11年(1878)日本への旅の真実がありありとわかる決定版。正確な翻訳と緻密な研究による徹底した注で読む。第2巻は、新潟、山形、秋田、青森を旅ゆく。

★まもなく発売。1880年刊初版本からの完訳となる全4巻中の第2巻です。第1巻は3月刊、横浜―日光―会津―越後編でした。同じく1880年刊初版本が底本の、講談社学術文庫から2008年に刊行されている上下巻『イザベラ・バードの日本紀行』(時岡敬子訳)は、現在電子書籍でも販売されています。おおむね、日本人に対して好感を持っているように見える著者も、さすがに旅が進むにつれ、異文化を前にうんざりする経験が増えてきたように見えます。文化であると開き直ることができないようなひどい体験も中にはありますが、それでもなお旅を続けるイザベラの飽くなき好奇心は読者を楽しませ、また、考えさせてくれます。業界人の目を惹くのは、当時の日本の出版文化についての論評や、新潟で出会った行商の貸本屋や卸の書籍商、そして学術書も置いている本屋の主人との雑談が書いてあるくだり(第二十一報「店屋」48-50頁)でしょうか。あるいはちょうど今の季節の記述では、青森県黒石市で遭遇した七夕祭の情景(第三十四報「七夕」219-221頁)などを読むことができます。東洋文庫の次回配本は来月(8月)、『共同研究 転向』の第3巻と第4巻です。

★なお今月の平凡社さんの新刊の中には以下の書目があります。マルクス『共産主義者宣言』(柄谷行人=付論、金塚貞文=訳)は平凡社ライブラリーの新刊。親本は太田出版、93年10月刊。当時、非常に話題になりましたし、実際によく売れていた本でした。ライブラリー版は親本から50円安く、税込1,050円。柄谷行人さんの付論は「なぜ『共産主義者宣言』か」で、これは親本に収録されていたものとタイトルは同じです。ちなみにライブラリー版(HL判)の総頁数は144頁、親本(46判)では136頁でした。由良君美『椿説泰西浪曼派文学談義』も平凡社ライブラリーの新刊。親本は、青土社、83年7月刊、増補版。初版は青土社「ユリイカ叢書」、72年6月刊。著者の処女作で、古書市場では安定した高値で取引されている本です。松岡正剛『千夜千冊番外録 3・11を読む』は単行本新刊で、ウェブ連載〈千夜千冊 番外録〉から60冊の本を紹介するもののようです。「大震災と原発問題への松岡流ブックガイド」と版元紹介文では謳われています。


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時間の前で――美術史とイメージのアナクロニズム
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著 小野康男+三小田祥久訳
法政大学出版局 2012年6月 本体3,800円 四六判上製354頁 ISBN978-4-588-00975-4
帯文より:美術史は〈再開〉する。ベンヤミン、カール・アインシュタイン、アビ・ヴァールブルク……。二十世紀前半、大文字の〈歴史〉の破局のなかで閃光のように現れた知の星座が形づくる“イメージ人類学”とは何か。連続的時間を解体する歴史の弁証法がかいま見せる「徴候」「モンタージュ」「残存」を注視しつつ、プリニウスの古代からバーネット・ニューマンの現代までを往還し、アナクロニズムとしての美術史を実践する著者の理論的画期作。

原著:Devant le temps: Histoire de l'art et anachronisme des images, Minuit, 2000.

目次:
序論 開け──アナクロニズム的学問としての美術史
第一部 アナクロニズムの考古学
 第一章 原型‐イメージ 美術史、そして類似の系譜学
 第二章 悪意‐イメージ 美術史、そして時間という難問
第二部 アナクロニズムの近代性
 第三章 闘争‐イメージ 反時代性、危機的経験、近代性
 第四章 アウラ‐イメージ 〈今〉、〈むかし〉、近代について
訳者あとがき
原注
書誌情報
図版目録
人名索引

★発売済。『イメージの前で――美術史の目的への問い』(江澤健一郎訳、法政大学出版局、2012年2月)の続編『時間の前で』が前作より半年以内という良いタイミングで刊行されました。「イメージを前にするとき、われわれはつねに時間を前にしている」(3頁)というのが本書の書き出しです。「イメージを見つめること、それは欲望することであり、期待することである。それは時間を前にすることなのだ」(同頁)。訳者あとがきにはこうあります。「本書は、ベンヤミン、アインシュタインに関する研究を中核とし、歴史研究の一大学派であるアナール派を主たる論争相手に設定し、歴史における時間の複雑性を論じた問題提起の序論「開け」と、ディディ=ユベルマンが「賭」(50頁)と呼ぶ大プリニウス、バーネット・ニューマンを論じた比較的短い章で構成されている。アビ・ヴァールブルクに関しては、2002年に刊行された大著『残存するイメージ』(竹内孝宏・水野千依訳、人文書院、2005年)に結実している」。著者の言うアナクロニズムというのは否定的なものではありません。「歴史的認識は、年代学的順序とはさかさまの過程、「時間の遡行」、厳密にいえばアナクロニズムということになるだろう。「歴史の逆定義」としてのアナクロニズムは、したがってまた、出来ごとの順序を逆行する年代学的想起、時間の遡行という歴史の発見的定義をも与える。〔…〕/歴史をつくることは、アナクロニズムを犯さないことだと言う一方で、過去への遡行は、われわれの認識行為の現在なしでは行なわれえないとも言う。これはパラドクスである。したがって、歴史をつくることは――少なくとも――アナクロニズムを犯すことになる。このパラドクスを前にして、いかなる態度を取ればいいのか。沈黙を守ればよいのか。それとも、アナクロニズムの罪を犯したのは論的だけだとわめきたてながら何らかの偽装されたアナクロニズムに身をまかせればいいのだろうか。〔…〕アナクロニズムを歴史の対象と考え、それが真のタブーの対象となった諸契機を研究することもできる。/〔…〕アナクロニズムは、歴史学の知において、現実の歴史のアナクロニーを説明する唯一の方法ではないのか」(26-28頁)。

★法政大学出版局では最近、『ゾーハル』の重訳が出ました。ヘブライ語原典からのエルンスト・ミュラーによるドイツ語訳(抄訳)を日本語訳したもの。これまでには英訳からの重訳がありましたが、本書を含め、近々「最近の注目新訳本」で旧訳とあわせて取り上げる予定です。
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by urag | 2012-07-08 16:51 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2012年 07月 06日

ウェブ連載:ルソー『化学教程』翻訳プロジェクト 第四回

弊社ウェブサイトで連載中のルソー『化学教程』翻訳プロジェクトの第四回をまもなくアップいたします。

『化学教程』第一部
第二編 自然的な器具instrumentについて
第一章 自然の仕掛けmécanismeについて(続)

5 叡智的な存在Être intelligentは、あらゆる事物の能動的な原理principe actifである。このことを疑うためには、良識bon sensを放棄しなければならない。そして、これほど明白な真理の証拠を挙げるなどということは、明らかに時間の無駄である。疑いなくこの永遠の存在は、[C:100]その力と意志とを直結させ、両者の協同concoursによって宇宙を創り出し、維持することもできたであろう。だが、このことにも増して、一般的な法則を自然〔という機械〕のうちに設定したことが、むしろ永遠の存在の叡智の名に値するのだ。そしてこうした諸々の法則は、決して互いに矛盾せず、〔法則の〕効力はただそれだけで世界とその内にあるものとを維持してゆくのに十分なのである。立法者〔叡智的な存在〕などいない、と歪んだ知性をもったひとびとに言わせているのは〔当の叡智的な存在が設定した〕法則それ自体であり、またこの法則をきちんと管理しているこの存在の誠実さである、などということが果たして信じられるものであろうか。〔これらのひとびとが言うには〕物質は〔法則に〕従っている、[A:47]ゆえに誰も命令していない。この奇妙な推論を絶えずなすならば、ひとは無神論に陥ってしまうことになるだろう。

6 これらの法則のうち、どれが第一のそして最も一般的な法則であるかを決定するためには、宇宙の構造structureをいままで以上に知らなければならない。これらの法則は、もしかしたらすべて唯一の法則に還元されることもあるのかもしれない。このように考えたひとは、決して少なくない。事実、ニュートンは、引力という原理だけで、自然の現象のすべてをほとんど説明してしまった。〔このニュートンの事例が示している通り〕私たちは、宇宙の動因agentが運動mouvementであるということをよく理解している。運動が、あらゆる物事に共通して働いているということを、またそれなしでは何も生じず、それが物質に実に多くの様態を与えることができるということをよく理解している。ところでデカルトは、この唯一の原理〔運動〕から、全宇宙の生成を引き出すことができると主張した。〔こうして〕彼は、愚かにも特異な体系を構築してしまったのだ。そして彼は、期せずして、唯物論者たちに武器を提供してしまった。この唯物論者たちはといえば、〔彼らの体系にとって〕必要不可欠な運動を物質の属性にしてしまうことによって、物質を〔彼らの〕神に祭り上げたのである。この神が世界を創造し維持しているというわけだ。

7 諸々の天体は、みずから運動する。だがそれが、いったい何のうちで、またどの原理によって運動しているのかを私たちは知らない。太陽は、毎日私たちに恵み深い日光を送る。それは地上で、生命と運動とを維持するためである。そして太陽がないならば、自然のなかのあらゆるものが消滅してしまうのである。しかしながら、宇宙に存在する太陽も、その他の天体も、あらゆる火も、あらゆる運動も、全植物の内のたった一握りをも、また全昆虫の内で最も卑しいものをも創り出すことはできないのである。生成に関するこの深淵のなかで、哲学者たちは、あまりにも長く道を見失っていた。そしてこの深淵は、今日でもなお、不信の徒の悩みの種なのである。運動の法則によってのみ組織されたorganisé物体を構築することconstructionなど、幻想である。このような幻想については、言葉〔を弄ぶこと〕によって満足するひとびとにお任せするしかない。そして不変の真理として通用すべき仮説なるものがあるのならば、それは疑いもなく無限の胚germes infinisという仮説である。この無限の胚によって、[F:61]自然は〔様々な存在を〕一つひとつ派生させることなく発展させてゆき、そして少しずつ〔それらの数を〕増やしていったのである――この発展させ増やす仕組みmécanismeについては、私たちの知性でもそれなりに把握することができる。[C:101]この発展と増大という仕方で、自然は諸々の存在が住む大地を賑わうようにしたのである。創造主は、これらの存在を大地とともにすべて創造したのである。

8 [A:48]これらの観察は、私の探求がまず立つべき出発点を、十分に示してくれる。私は、天体が自らの軌道上を進む原因を見つけようと苦心することは決してしないであろう。また私は、植物や動物の形成を機械論や静水力学の原理に結びつけようともしないであろう。さらに、みずからの技術を色々と操作することによって、ひとりの人間を作ろうとした狂気の化学者(1)を真似ることもないであろう。

(1)「ひとりの人間」とは、いわゆる化学よって作ることができると思われていた人工生命体である小人〔ホムンクルス〕Homunculeを指す。このような考えに対して、ルソーは否定的であった。『エミール』の以下の記述を参照せよ。「組み合わせとか偶然とかということは、いつも組み合わされる元素と同じ性質のものをつくりだすだけだろうということ、有機体や生命が原子の結びつきから生じることはあるまいということ、合成物をつくっている化学者は、ルツボのなかでその合成物になにか感じさせたり考えさせたりすることはあるまいということを考えてみるがいい」(Émile, O. C., t. IV, p. 579. 『エミール』、中巻、141頁)。さらにこの部分にはルソーによる原注が付されている。「証拠がなければ、人間の不条理がそんなところまで推し進められると信じられようか。アマトゥス・ルシタヌス〔アマート・ルシターノAmatus Lusitanus〕は、ジュリウス・カミルス〔ジュリオ・カミッロJulius Camillus〕が、新しいプロメテウスみたいに、錬金術の知識によってつくりだした一インチくらいの背の高さの小人をたしかに試験官のなかに見たと言っていた。パラケルススは、『物の本性について』のなかで、そういう小人をつくりだす方法を教え、小人族、牧神、半獣神そしてニンフなどは、化学によって生みだされたのだと主張している。じっさい、そういう事実の可能性を確定するには、有機物質は火の熱に耐え、その分子は反射炉のなかでも生きていられる、と主張することのほかに、まだしなければならないことが残っているというのは、私〔ルソー〕にはあまりよくわからないのだ」(Émile, O.C., t. IV, pp. 579-80. 『エミール』、中巻、316-7頁)。

……続きは近日公開いたします。【7月9日追記:第四回、全文公開開始しました。】
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by urag | 2012-07-06 21:23 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 06日

クノー『棒・数字・文字』発売日がもう少し先になります

レーモン・クノー『棒・数字・文字』は当初の予定では本日が発売日でしたが、遅れておりまして、12日~17日に取次搬入となりそうです。搬入日は週明け9日に確定予定です。確定次第、またお知らせいたします。
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by urag | 2012-07-06 12:49 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)