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2012年 06月 29日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

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★アントニオ・ネグリさん(著書:『芸術とマルチチュード』)
今年に入ってから1月と4月に以下の著書がイタリアで刊行されました。

Inventare il comune, Roma: DeriveApprodi, 2012.
『共〔コモン〕を発明する』は今年1月にローマの版元デリヴェ・アップローディから刊行されました。フランス語版『人間の共〔コモン〕を発明する』(Inventer le commun des hommes)は2010年4月にバイヤール(Bayard)から刊行されています。1990年から2008年までにフランスの『前未来』誌や『ミュルティテュード』誌で発表された論文20本を収録。本書の掉尾を飾るのは、仏語版の書名と同じ題名の論文で、これは、2008年1月に『ミュルティテュード』誌31号で発表された、ジュディット・ルヴェルとの共著になります。巻頭には「2010年、パリにて」と明記されたルヴェルの序文「共〔コモン〕の実験室を考える」(仏語版では「共〔コモン〕の実験室としての思考」)が置かれています。20本の論文の中にはジャン-マリ・ヴァンサンとの共著が2本、マウリツィオ・ラッツァラートとの共著が1本、カルロ・ヴェルチェローネとの共著が1本含まれています。

Il comune in rivolta: Sul potere costituente delle lotte, Verona: ombre corte, 2012.
『蜂起における共〔コモン〕――闘争の構成的権力について』は今年4月、ヴェローナの版元オンブレ・コルテから刊行されました。本書もまた19本のテクストからなる論文集ですが、多くは2009年以降に発表されたもので、新聞や雑誌、アンソロジーなどに寄稿した論文や、ネット上で公開されたテクストなどです。先日訳書が刊行されたばかりのシンポジウム論文集『共産主義の理念』(水声社、2012年6月)に収録されていたネグリのテクスト「共産主義――概念と実践についての省察」が、「マルクス抜きで共産主義者たることは可能か」という題名で掲載されているほか、前述の『共を発明する』に収録されたルヴェルとの共著「人間の共を発明する」も再録されています。ルヴェルとの共著はもう一本、20011年8月にネットおよび新聞で発表された「蜂起における共」で、この本でもルヴェルとの共著が書名にもなっています。本書の巻頭にはジジ・ロッジェーロによる序文「普遍的共〔ユニヴァーサル・コモン〕」が置かれ、掉尾には、2008年12月の『ミクロメガ』誌8号に寄稿したマイケル・ハートとの共著論文「共の構成と左派の根拠」(初出の題名では「構成する力としての左派」)が収められています。また、本書は収録論文を「マルクスを再読する」「フーコーを超えるフーコー」「共〔コモン〕の生産」「マルチチュードとジャックリーの乱」の四部に分けています。


★渡名喜庸哲さん(共訳書:サラ-モランス『ソドム』)
4月より東洋大学の国際哲学研究センターで研究助手として働いておられます。同センターでは、センター長の村上勝三さんの主導で「ポスト福島の哲学」をテーマの一つとしており、今年度も以下の通りの企画を立てておられるとのことです。

◎連続講演会「ポスト福島の哲学」のお知らせ

東洋大学国際哲学研究センター(IRCP)は、昨年7月に設立されて以来、その活動の一環として、2011年3月の大震災および福島第一原発事故以降の時代にあって、どのような「哲学」が可能かという課題を立てています。そのために、昨年12月に、ジャン=リュック ・ナンシー氏およびベルンハルト・ヴァルデンフェルス氏を招き「ポスト福島の哲学」と題したWEB講演会を行ないました。2012年度も引き続き、国内外から研究者を招き、「哲学」を軸に「フクシマ以降」の問題を考える講演会や研究会を開催する所存です。本年度第一回講演会を、以下の日程で、スタンフォード大学教授で『ツナミの小形而上学』等の著書のあるジャン=ピエール・デュピュイ氏、東京大学教授で『低線量被曝のモラル』の編者一ノ瀬正樹氏をお招きして開催いたします。
多くの方のご来場・ご参加をお待ちしております。

第一回「ポスト福島の哲学」講演会
日時:2012年7月4日(水) 17:30-20:30
場所:東洋大学白山キャンパス 2号館16階「スカイホール」
講演者および題目:
ジャン=ピエール・デュピュイ(スタンフォード大学) 「破局的な状況を前にした合理的選択」
一ノ瀬正樹(東京大学)  「放射能問題の被害性――哲学は復興に向けて何を語れるか」

司会:村上勝三(東洋大学)
コメンテーター:渡名喜庸哲(東洋大学)
日本語・フランス語(通訳がつきます)
入場無料・登録不要
主催:東洋大学国際哲学研究センター
お問い合わせ: 渡名喜庸哲(東洋大学国際哲学研究センター研究助手)(tonakiあっとまーくtoyo.jp)

第二回は、9月22日(土)に、エティエンヌ・タッサン氏(パリ第七大学教授・政治哲学)を迎えて開催する予定。


★ポール・ギルロイさん(著書:『ブラック・アトランティック』)
★上野俊哉さん(共訳書:ギルロイ『ブラック・アトランティック』)
★鈴木慎一郎さん(共訳書:ギルロイ『ブラック・アトランティック』)
★鵜飼哲さん(共訳書:ジュネ『公然たる敵』)
★本橋哲也さん(共訳書:スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
2009年2月6日に開催されたシンポジウム「ディアスポラの力を結集する――ギルロイ、スピヴァク、ボヤーリン兄弟」での討議記録を中心とした書籍が刊行されました。ギルロイさんのテクスト「Could You Be Loved?」は2007年19月に和光大学で発表されたギルロイ来日講演で、『ブラック・アトランティック』の共訳者である鈴木さんが翻訳されています。上野さんは巻頭の「ディアスポラ再考」を書き下ろされているほか、鵜飼さん、本橋さんとともにシンポジウムの討議に参加されています。

ディアスポラの力を結集する――ギルロイ・ボヤーリン兄弟・スピヴァク
赤尾光春+早尾貴紀:編
松籟社 2012年6月 本体1,900円 四六判並製352頁 ISBN978-4-87984-306-7
帯文より:〈離散〉した力は、いつしか〈結集〉し、世界の自己閉塞的状況に風穴をあける。


★中平卓馬さん(写真集:『都市 風景 図鑑』)
先日も少し触れましたが、1971年のパリ青年ビエンナーレに参加した中平さんの伝説的な作品群が40年の歳月を経てついに一冊の写真集として刊行されました。販売店が限定されているレアな写真集ですので、ぜひお買い逃しなく。関連イベントとして、銀座のBLDギャラリーでは来月7月4日より写真展「Circulation: Date, Place, Events」が開催されます。

サーキュレーション――日付、場所、行為
中平卓馬写真
オシリス 2012年4月 本体5,000円 A5変型判並製320頁函入 ISBN978-4-905254-01-0 

版元紹介文より:1971年、パリ。世界各国から若い芸術家たちが参加したビエンナーレを舞台に、中平卓馬は「表現とは何か」を問う実験的なプロジェクトを敢行する。「日付」と「場所」に限定された現実を無差別に記録し、ただちに再びそれを現実へと「循環」させるその試みは、自身の写真の方法論を初めて具現化するものだった。

写真:モノクロ257点
収録テキスト(和英併記):
中平卓馬「写真、一日限りのアクチュアリティ」
〃「現代芸術の疲弊――第7回パリ青年ビエンナーレに参加して」
〃「アフリカから帰る」
八角聡仁「残滓の光学--中平卓馬1971パリ」

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by urag | 2012-06-29 23:11 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 25日

クノー『棒・数字・文字』がhontoでご予約いただけます

弊社7月上旬刊行予定の新刊、レーモン・クノー『棒・数字・文字』のご予約を、オンライン書店hontoで受付中です。どうぞご利用ください。
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by urag | 2012-06-25 18:23 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 24日

まもなく発売:『共産主義の理念』『愛の世紀』水声社より、ほか注目新刊

★明日取次搬入となる水声社さんの新刊2点『共産主義の理念』『愛の世紀』と、他社さんから発売済の新刊2点『気象を操作したいと願った人間の歴史』『吉本隆明の世界』についてご紹介します。

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共産主義の理念
コスタス・ドゥズィーナス+スラヴォイ・ジジェク編 長原豊監訳 沖公祐+比嘉徹徳+松本潤一郎訳
水声社 2012年6月 本体4,500円 四六判上製440頁 ISBN978-4-89176-912-3

帯文より:21世紀の《コミュニズム宣言》――2009年3月、現代哲学/思想を代表する知性が一堂に会し、ロンドンで開催されたシンポジウムをほぼ完全収録。グローバリズム/資本主義が蔓延するこの世界の蒙昧を撃ち、来たるべき時代への共闘を呼びかけるアクチュアルなドキュメント、ついに刊行! 《いま、ここ》から開始される新たな《宣言》。

原書:The Idea of Communism, Verso, 2010.

目次:
ドゥズィーナス+ジジェク「序 共産主義の理念」
アラン・バディウ「共産主義の〈理念〉」
ジュディス・バルソ「現在にわが身を曝す 共産主義の仮説――哲学にとっては可能な仮説で、政治にとっては不可能な名称か?」
ブルーノ・ボスティールス「左翼主義の仮説――テロルの時代の共産主義」
スーザン・バック=モース「二度目は茶番として……――歴史的実践学と反時代的現在」
コスタス・ドゥズィーナス「アディキア――共産主義と権利-正義について」
テリー・イーグルトン「共産主義――リアか、ゴンザーロか」
ピーター・ホルワード「悟性の共産主義、意志の共産主義」
マイケル・ハート「共産主義における共〔コモン〕」
ジャン=リュック・ナンシー「共産主義、語」
アントニオ・ネグリ「共産主義――概念と実践についての省察」
ジャック・ランシエール「共産主義なき共産主義者たち?」
アレッサンドロ・ルッソ「文革が共産主義を終わらせたのか?――現代における哲学と政治についての八つの所見」
アルベルト・トスカーノ「抽象の政治学――共産主義と哲学」
ジャンニ・ヴァッティモ「弱い共産主義?」
汪暉〔ワン・フイ〕「われわれの未来のために論ずる――中国における知的政治」
スラヴォイ・ジジェク「始めからやりなおすには」

長原豊「短い二十世紀」

★明日25日(月)取次搬入。底本は英語版ですが、原文が仏語のものは仏語から訳されています。また、英語版に先行して刊行された仏語版に収録されていた汪暉の発表が追加で収録されています。ただし、仏語版にあったバディウのPrésentationは版権の都合で収録されていません。本書では「共産主義 communism」という手垢にまみれた概念を16人の論者が再検討しています。まず、現存する各国の共産党の「公式文書」のたぐいではないことを肯定的に強調したいです。次に、共産主義は時代遅れでも死にたえた理想でもないことも強調しなければなりません。そして、党派的派閥的な「左翼」とも根本的に異なることを明言しなければならないと思います(ただし、だからと言って共産主義を標榜する者がいかなる時も免責されうるような超越的な存在であるわけではありません)。数千年の昔からある古くて新しい希望をいまこそリブートするための必読論文集です。賛同するにせよ批判するにせよ、本書に目を通しておくにしくはありません。多くの寄稿者は単独著の翻訳がありますから、本書の中核にしてミニフェアを企画するのも有益ではないかと思います。


愛の世紀
アラン・バディウ+ニコラ・トリュオング著 市川崇訳
水声社 2012年7月 本体2,200円 四六判上製176頁 ISBN978-4-89176-913-0

帯文より:世界は《愛》で構築される! 出会い系サイトやプラトンにはじまり、芸術、宗教、政治など、フランス現代思想の領袖が、《愛》の諸相を語り尽くす話題の書。難解なバディウ哲学を知るには最適な入門書。

原書:Éloge de l'amour, Flammarion, 2009.

目次:
第1章 脅かされる愛
第2章 哲学者と愛
第3章 愛の構築
第4章 愛の真理
第5章 愛と政治
第6章 愛と芸術
訳者解説

★明日25日取次搬入。フランス本国で20万部を記録したベストセラーの翻訳です。ロマンティックな書名ですが、内容は甘くありません。甘くないというのは難しいというより、真摯であるという意味です。聞き手のジャーナリスト、トリュオングの突っ込みが特に興味深いのは第5章「愛と政治」です。愛と政治はどこが似ていてどこが似ていないか。その議論は本訳書と同時刊行された『共産主義の理念』でのバディウの論考と響き合うところがあります。『愛の世紀』でもまた、コミュニズムが語られるのです。共産主義と愛、というのは興味深いテーマで、なるほどバディウ哲学の根幹をなす重要な構成要素と見なせるかもしれません。バディウと同様に『共産主義の理念』の発表者であるナンシーにも『恋愛について Sur l'amour』(メランベルジェ眞紀訳、新評論、2009年)という講演録があります。併読をお勧めします。

◎アラン・バディウ既訳書(単独著に限る)
2009年06月『サルコジとは誰か?――移民国家フランスの臨界』榊原達哉訳、水声社
2008年12月『ベケット――果てしなき欲望』西村和泉訳、水声社
2008年05月『世紀』長原豊・馬場智一・松本潤一郎訳、藤原書店
2004年03月『哲学宣言』黒田昭信・遠藤健太訳、藤原書店
2004年01月『倫理――〈悪〉の意識についての試論』長原豊・松本潤一郎訳、河出書房新社
1998年02月『ドゥルーズ――存在の喧騒』鈴木創士訳、河出書房新社

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気象を操作したいと願った人間の歴史
ジェイムズ・ロジャ−・フレミング著 鬼澤忍訳
紀伊國屋書店 2012年6月 本体3,200円 46判上製524頁 ISBN978-4-314-01092-4

帯文より:行きすぎ、うぬぼれ、自己欺瞞……これは科学的新発見をめぐる英雄物語ではない。自然をなんとか征服しようと格闘してきた人間の悲喜劇である。雨を降らしたい、霧を晴らしたい、台風をそらしたい……雨乞いの儀式にはじまり、ペテン師たちの暗躍、さまざまな思惑が錯綜する軍事・商用目的の人工降雨、エアコンの発明、天気予報、気象衛星まで――ままならぬ自然の支配を切望した人間の歴史をたどるとともに、地球温暖化を解決しようとSFばりのアイディアが検討される、現代の「地球工学」の政治的・倫理的問題点を衝く。

原書:Fixing the Sky: The Checkered History of Weather and Climate Control, Columbia University Press, 2010.

目次:
はしがき
序論
第一章 支配の物語
第二章 レインメイカー
第三章 レインフェイカー
第四章 霧に煙る思考
第五章 病的科学
第六章 気象戦士
第七章 気候制御をめぐる支配の恐怖、空想、可能性
第八章 気候エンジニア

★発売済。最初に断っておかねばなりませんが、本書はいわゆる陰謀論系のHAARP本ではありません。また、マッド・サイエンティストたちを告発する本でもありません。こと気候工学やら地球工学に関する限り、陰謀論系でもマッドでもない(とみなされてきたはずの)科学者たちの幾世紀にもわたる真面目な探究もまた滑稽で、時として危険ですらあるかもしれないことを、本書は豊富な歴史的例証とともに示してくれます。「気象システムに干渉する際には、どんな気象であれ重大な倫理的配慮が必要である。道徳上の落とし穴のひとつは、ある場所で気象を改変しようとすると別の場所で大災害が起こる可能性があることだ」(288頁)と著者は明言します。ノーベル化学賞を受賞したアーヴィング・ラングミュア(1881-1957)すら、彼が定義した「病的科学」の基準からすると批判されるべきであると書かれています。本書の意図は科学の否定ではなく、科学の傲慢やその軍事化、商業化を振り返ることにあります。温暖化対策やエコ生活についての本は多数ありますが、本書のような歴史研究はまだ少ないようです。堅苦しい議論の本ではなく実際かなり面白い内容なので、広く読まれてほしいと思います。


吉本隆明の世界
中央公論編集部編
中央公論新社 2012年6月 本体1,800円 A5判並製224頁 ISBN978-4-12-004396-3
版元紹介文より:吉本隆明とは何者だったのか――。単行本未収録作品、同時代書評、多彩な執筆陣による対談・エッセイなどにより、戦後思想の巨人に迫る愛蔵版アンソロジー。貴重な写真を多数収録。

★発売済。巻頭の見田宗介×加藤典洋対談「吉本隆明を未来へつなぐ」と、中沢新一インタビュー「“剣豪”思想家・吉本隆明の核心」(聞き手・大日方公男)、そして「吉本隆明という体験」として括られたエッセイ群が本書のオリジナルです。エッセイは、長谷川宏「田舎者の吉本体験」、松本健一「〈非知〉への着地のあとで」、石川九楊「けふから ぼくらは泣かない」、細見和之「高度消費社会と社会主義」、齋藤慎爾「エリアンへの挽歌」。あとは再録ですが、中でも単行本未収録発言として、吉本隆明×見田宗介対談「世紀末を解く」(初出『東京新聞』1997年1月3日~13日)、吉本隆明インタビュー「批評は現在をつらぬけるか――私の文学」(聞き手・田中和生、初出『三田文学』2002年夏季号)などが読めます。
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by urag | 2012-06-24 18:00 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 22日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2012年7月20日(金)オープン
ブックスモア秋田潟上店:図書300坪・文具50坪
秋田県潟上市飯田川飯塚字古開90-2
帳合はO。弊社へのご発注は芸術書少々。ジュンク堂書店と秋田トヨタ自動車(株)が業務提携して出来る郊外店です。「日本経済新聞」2012年5月24日付朝刊記事「地方書店の運営支援、丸善CHI、地場百貨店向け、仕入れ代行・店員派遣」によれば、「書籍チェーン大手の丸善CHIホールディングスは地方企業や百貨店の書店運営を支援する。〔…〕このほどトヨタカローラ青森(青森市)系列の書店チェーン「ブックスモア」と提携し、7月に秋田県潟上市に開業する大型書店の運営を支援する。10月と13年春にブックスモアが計画している新店の出店も支援する」とのこと。

トヨタカローラ青森(株)のウェブサイトを見ると、同社のグループ会社のひとつに秋田トヨタ自動車(株)があります。また、同グループ内には、青森市とつがる市で書店「ブックスモア」および「ブックシティモア」を運営している(株)くるま工房や、弘前市で書店「モア」を運営している(有)モアがあります。また、ご存じのようにジュンク堂書店は丸善CHIホールディングスのグループ会社です。

本件をもう一度整理すれば、要するに、トヨタカローラ青森が青森県下で展開していた書店の屋号を、グループ会社の秋田トヨタ自動車が暖簾分けしてもらって、丸善CHIホールディングス傘下のジュンク堂書店と提携のうえ、秋田でも「ブックスモア」を出店する、ということなのだろうと思います。

前掲記事によれば丸善CHIホールディングスは「これまで大都市に大型書店を出店する拡大戦略を進めてきた。地方都市は書店の減少が進み、ビジネスチャンスは大きいが、採算が合いにくい。このため地方都市では地場チェーンや百貨店と組むことで出店地域を補完する。連携する店舗が増えることで、書籍や雑誌の仕入れ価格交渉力が高まると見ている」と報道されています。提携によって丸善CHIは「仕入れを代行するほか、POS(販売時点情報管理)レジを提供するなど運営ノウハウを供与。2015年1月期をめどに大型書店10店を支援する」とのことです。

記事によれば、「支援を受ける企業の要望があれば、丸善CHI傘下の有力書店の「ジュンク堂書店」や「丸善」といった商標も提供する」そうです。また、「丸善CHIの支援ビジネスの対象は売り場面積が1000平方メートル以上で、仕入れ金額が年間5億円程度が見込める大型店舗」とも報じられていますが、今回の提携店は350坪。柔軟に対応しているということかと思います。
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by urag | 2012-06-22 15:20 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 21日

本日及び明日取次搬入:『ベルリン・アレクサンダー広場』『新釈 悪霊』

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ベルリン・アレクサンダー広場
アルフレート・デーブリーン著 早崎守俊訳
河出書房新社 2012年6月 本体4,700円 46判変形552頁 ISBN978-4-309-20594-6
帯文より:『ユリシーズ』『特性のない男』などとともに20世紀前半を代表する前衛文学の記念碑的巨編、奇跡の復活! 1920年代、刑務所から出所した男がベルリンの底辺を彷徨する――都市と人間のたたかいを実験的手法を駆使しつつ、壮大なポリフォニーとして描き出す、近年、再評価の声が高いデーブリーンの代表作。

原書:Berlin Alexanderplaz: Die Geschichte vom Franz Biberkopf, 1929.

★本日21日取次搬入。河出さんのかつてのシリーズ「モダン・クラシックス」で1971年に刊行された上下巻本を40年ぶりに合本し、同社の復刊事業「KAWADEルネサンス」の一冊として再刊したもの。奥付での表示は「復刻新版」。全9巻立ての長篇で、本文が2段組、約530頁もあります。巻末に付された訳者による「解説」によれば、「改訂にあたってはいくつかの訳のあやまりの訂正のほか若干の表現の不具合いを正しただけにとどめた」とあります。

★本書は刊行当時、ベストセラーでした。「この大規模な小説が世界恐慌の年、1929年に出版されるや、その後三年ほどのあいだに五万部も売れて、ナチスの支配に至るまでの数年間、ベストセラーの座を保持しつづけた」(「解説」540頁)とのことです。さらに「翌年の1930年にはイタリア語とデンマーク語に翻訳され、31年にはイギリスとアメリカで出版、32年にはスペイン語に翻訳、33年にはフランス語、34年にはスウェーデン語、35年にはロシア語とチェコ語に翻訳された。さらに第二次大戦後の1958年にはハンガリア語が出た」(「解説」547頁)そうで、この大冊が広くヨーロッパで読まれたことの証左かと思います。

★「これは、かつてベルリンでセメント業、運送業をしていた労働者フランツ・ビーバーコフに関する報告の書である」(9頁)というのが本書の書き出しです。愛人を殺害したかどで刑務所に入っていた主人公が出所し、大都市ベルリンの中枢であるアレクサンダー広場に向かいます。彼は「まっとうに生きよう」と決意するものの、都市の闇にたちまち捕らわれて破滅します。しかし最後は、死をかいくぐっての蘇生を予感させて終わります。本書は一人の凡庸な男性の物語ですが、蘇ろうとする彼は個人でありつつもいわば象徴的な共同存在で、都市に生き、死んでいく、幾千もの顔をもつ労働者たちを表現しているように思えます。訳者は本書を「7年前に出たジョイスの『ユリシーズ』のダブリン、4年前のドス・パソスの『マンハッタン乗換駅』のニューヨークにつづく、ベルリンが主人公である大都市小説である」(「解説」545頁)と位置づけています。

★デーブリーンは本書のなかで幾度となく「眼覚めよ」と呼びかけます。それは主人公に対してというよりは読者に向けてのようにも読めます。

「現行の社会秩序は働く国民の経済的政治的社会的奴隷化のうえになりたっているのだ。それは所有権、つまりは所有の独占と、国家、すなわち権力の独占という形をとってあらわれている。こんにちの生産の根底にあるものは人間的な自然な欲求の満足ではなくて、利益の見込みである。技術のあらゆる進歩が、臆面もなく広範な社会構成部分の悲惨を代償として持てる階級の富を無限大にふくらませる国家は、持てる階級の特権の擁護と、広範な大衆の抑圧のために奉仕する、それは奸智と暴力のありとあらゆる手段を使って、独占と階級差別の維持のために作用するものなのだ。国家の成立とともに上から下への人為的組織化の時代が始まる。いまや個人はあやつり人形になる、巨大なメカニズムのなかの死せる歯車と化す。眼覚めよ! われわれは他のすべての人たちとちがって政治権力の獲得をめざすのではなく、その徹底的な除去に努力するのだ。いわゆる合法団体に加わってやっていてはいけない、そこではうまい言葉にそそのかされて、奴隷みずからが自分の奴隷的身分に法の烙印を押す羽目に仕向けられるのだ。われわれは恣意的に引かれた政治的国家的境界線をすべてしりぞける。ナショナリズムとは近代国家の宗教なのだ。われわれはいかなる国家統一をもしりぞける。そのかげにこそ持てるものの支配権が隠れひそんでいるのだ。眼覚めよ!」(311-312頁)。

「みんながみんな死神のあとをねり歩く、歓呼が死神のあとにつづく、進むのだ、自由のなかへ、自由のなかへ、古き世界は亡びざるをえない、眼覚めよ、なんじ、暁の風よ」(523頁)。

「眼覚めていよ、眼覚めていよ、なにかが世のなかで起こっているのだ。世のなか、それは砂糖でできているのではない。ガス爆弾が投げられればおれは窒息するしかない。なぜ投げられるかはだれにもわからない。でもそんなことはたいしたことじゃない。それを気にするだけの余裕はあったのだ。
「戦争が起こっておれが召集され、しかもその理由を知らず、おれがいなくったって戦争がつづいているとしたら、それならおれの責任だ、そして当然おれにはむくいがある。眼覚めていよ、眼覚めていよ、ひとはひとりぽっちじゃないのだぞ。大気があられを降らせるなら降らせろ、雨を降らせるなら降らせろ、それに対しては防ぎようを知らぬ、だがしかし、その他の多くのことに対してなら防ぎようがある。おれはもう以前のように、運命だ、運命だと叫びはすまい、それが運命だなどとあがめてはならないのだ、それをじっと見つめて、それをつかまえ、破壊しなければなたないのだ。
「眼覚めていよ、眼をあけておれ、用心するのだ、千人が千人ともひとつのメンバーなのだ、眼覚めないものは笑いものになるか、餌食にされるだけだ」(534-535頁)。

★本書は小説ではありますが、一個の叙事詩のようです。デーブリーンはポーランド出身のユダヤ人の両親のもとに生まれ、本書を執筆後はナチス政権下のドイツを逃れてパリに亡命、カトリックに改宗します。彼の命日は6月26日。死後半世紀以上経った極東の島国で自らの代表作が都市のあちこちの書棚で再び縦覧に付されるとは思いもしなかったでしょう。

◎アルフレート・デーブリーン (Alfred Döblin, 1878-1957)既訳書
1970年『ハムレット――あるいはながき夜は終りて』早崎守俊訳、筑摩書房
1971年『ベルリン・アレクサンダー広場』上下巻、早崎守俊訳、河出書房新社;2012年、合本
1989年『二人の女と毒殺事件』小島基訳、白水社
1991年『王倫の三跳躍』小島基訳、白水社
2007年『ポーランド旅行』岸本雅之訳、鳥影社


[新釈]悪霊――神の姿をした人
三田誠広著
作品社 2012年7月 本体4,800円 46判上製988頁 ISBN978-4-86182-391-6
帯文より:帝政末期、革命前夜のロシアを背景に、神なき世界を暴走する観念の悲劇を描く壮大な思想劇。ニーチェ「超人思想」、レーニン「左翼マキャベリズム」の源流となった原作を踏襲しつつ闡明に深化させた画期的雄篇。畢生の書き下ろし大作2400枚!

目次:
第一部 白夜のペテルブルグ
 第一章 ネヴァ河の眺めから
 第二章 心の中で父を殺す
 第三章 おまえのままで
 第四章 ワルワーラ夫人の登場
 第五章 地獄の門の前で
第二部 湖に集う革命家たち
 第六章 ワルシャフスキー駅
 第七章 アメリカへの旅立ち
 第八章 花の都で女たちが競う
 第九章 アルプスの遅い春
第三部 すでに書かれた物語
 第十章 砂漠の蜃気楼
 第十一章 ステパン先生の婚約
 第十二章 日曜日の礼拝式
 第十三章 ニコライの帰還
第四部 書き換えられた物語
 第十四章 果てのない決闘
 第十五章 長い一日の終わり
 第十六章 ニコライの告白
 第十七章 新しい命の誕生
 第十八章 書き換えられた結末
あとがき

★22日(金)取次搬入。『[新釈] 罪と罰――スヴィドリガイロフの死』(2009年6月)、『[新釈] 白痴――書かれざる物語』(2010年12月)に続く、三田版新釈ドストエフスキー(小説によるドストエフスキー論)の第三弾です。1000頁近い大著。巻頭にはこう書かれています。「これから読者にお届けする作品は十九世紀後半のロシアを舞台に、悪霊に取り憑かれたかのごとく疾走する若者たちの群像を描いたものであるが、ドストエフスキーの『悪霊』を踏襲しつつ大幅に書き換えたもので、とくに前半部はまったくの創作といってよい。このことによってドストエフスキーが謎として提示したものの前史が読者の眼前に展開されることになる。神秘の扉を開き隠された謎を解明することが目的であるが、すべてが明らかになった時、神秘的なもののみがもつ魅力が色褪せることを作者(三田)は予感している。それでも扉を開かずにはいられないこの悪魔の誘惑に似た愉悦を、読者とともに共有したい」。

★前半というのは第一部と第二部のことでこれだけで本書の約半分を占める大作です。もし読者が原作を読んでいない場合は、念のため訳書(岩波文庫2巻本、新潮文庫2巻本、光文社古典新訳文庫3巻本+別巻)を手元に用意しておくほうがいいかもしれません。原作は難解をもって鳴る問題作ですが、本書は物語の前史を想像することによってその分かりにくさの闇に光を当てようとする大胆な試みと言えるでしょうか。その意味で原作を読んでいる方にこそ手にとってもらいたい本ではありますけれども、原作を気にしない方は本書を最初から読んでもいいのだと思います。それでも原作が気になる(でも暇がない)という方はイーストプレスの「まんがで読破」文庫シリーズの『悪霊』(2008年)で予習されるのもいいでしょう(アンジェイ・ワイダ監督の1987年作映画作品『悪霊』は新釈の一種なので要注意かもしれません)。あるいは本書を第三部から読んで最後まで読み、もう一度第一部から読み直す、という手もあります。

★「書き換えられた結末」というとどんな風に書き換えられたのか気になる方もいると思います。あまりに原作は有名ですが、本書の楽しみのためにネタばらしは控えます。ただ、スタヴローギンが実は生きている、とか、そういう超絶的な書き換えではないので、どうかご安心ください。一番の違いは、語り手がキリーロフになっていることです。原作の物語的ピークを成す、いわゆる「スタヴローギンの告白」については、新釈となる本書では第十六章の19頁に渡る独白となります。ドストエフスキー特有の暗い世界観に耐えきれなくなる読者もいらっしゃるかもしれません。本書の「あとがき」によれば、前史を描くというプランは前作(新釈二冊)に比べて最も困難なものに思えたものの、「実際に書き始めてみると、まるでドストエフスキーの霊が取り憑いたかのように筆が進んだ」(983頁)と回想されています。

★三田さんは続けてこう振り返ります。「「前史」を書くとはすなわち原典の主要登場人物の青春時代を描くことになるのだが、原典にも彼らの過去が断片的に叙述されているので、そこから得られたイメージをふくらませていく作業はそれほど難しいものではなかった。だが「前史」を書いただけでは物語は終わらない。「前史」と同じ文体で原典の部分をそっくり書き換えないことには、「前史」を描ききることにはならない。そのために当初の想定より長大な作品になってしまった」(983頁)。また、本作のモチーフについて「「神の姿をした人」とは、あくまでも生身の人間でありながら、神の領域に近づき、ついには神そのものになろうとする、傲慢にして瀆神的でもあるような人物を示している。ドストエフスキーは『罪と罰』のスヴィドリガイロフから、『白痴』の創作ノートに記された書かれざる主人公を経て、最後の作品として構想された『偉大な罪人の生涯』に到るまで、ただひたすら「神に近づこうとする人」を追い求め続けたといっても過言ではないだろう」(984頁)と書かれています。

★「ニコライがささやくように問いかけた。/「アリョーシャ、きみはいまでもあの考えを抱いているのですね」/「自殺することで神になるという考えですか。その考えをぼくに植え付けたのはあなたですよ」」(898頁)。稀代の使嗾家(人たらし)としてのスタヴローギンの不気味さは、歴史においてしばしば回帰するアイコンであり、ぶり返す症例のようです。『悪霊』に影響を受けた埴谷雄高が描く、『死霊』の三輪高志や、あるいは近年では、黒沢清監督の1997年映画作品『CURE』の間宮邦彦など、人たらしの持っている「静けさ」というのは心の闇の深さなのでしょう。雄弁と反復、沈黙によってふるわれるタクトが刻む底なしの下降劇。彼らはどこまでも降下し、ついには死をも通過していってしまうのですが、地上へと戻ることはついぞありません。彼らは、戻ってこないオルフェウスなのです。
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by urag | 2012-06-21 22:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 20日

「図書新聞」に『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』の書評

週刊書評紙「図書新聞」2012年06月16日付第3066号の8面に、弊社2月刊の上村忠男編訳『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』の書評「ヘーゲル論理学は、出発点で躓いているのでは――ナポリ・ヘーゲル派の日本オリジナル版アンソロジー」が掲載されました。評者は中村勝己さんです。「碩学ディター・ヘンリッヒも着目していたスパヴェンタのヘーゲル弁証法の改革。〔「生成」の新たな〕訳語「変成」の提起も併せて、日本のヘーゲル研究者たちの本書に対する反応が楽しみである」と評していただきました。

なお同号の1面には、廣瀬純さん(弊社刊:ヴィルノ『マルチチュードの文法』訳者、ネグリ『芸術とマルチチュード』共訳者、『闘争のアサンブレア』共著者)が、自著『蜂起とともに愛がはじまる――思想/政治のための32章』(河出書房新社、2012年1月)をめぐって、平井玄さんと交わした対談記事「「自由」と「正義」に引き裂かれ――「回答不可能な問い」を生産せよ:対談・廣瀬著『蜂起とともに愛がはじまる』をめぐって」が掲載されています。

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by urag | 2012-06-20 14:39 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 19日

ご静聴ありがとうございました

今月は二度ほど大学でお話しをする機会がありました。先生方、そして学生の皆さん、その節はありがとうございました。出版界を目指していらっしゃる皆さんの幸運を祈ります。

◎「人文書出版における編集の役割」
2012年6月6日(水)3時限90分12:40-14:10 研究講義棟227教室
東京外国語大学、平成24年度(2012年)総合科目VI(外国語学部)文化のおもしろさA(言語文化学部・国際社会学部)「日本の出版文化」第7回

◎「文化を職業にする」
2012年6月16日(土)第2時限目10:45~12:15 日野キャンパス26号館101教室
明星大学人文学部、平成24年度(2012年)前期共通科目「自己と社会II」第9回「文化を職業にする(2)」

なお、先月5月11日(金)に東京堂書店行われたトークイベント「編集者ライブトーク 公開編集会議2012~月曜社編~」の紹介記事が、「図書新聞」2012年6月2日付3064号の8面に掲載されました。図書新聞のMさん、Sさん、取り上げて下さってありがとうございました!

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by urag | 2012-06-19 14:54 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 18日

取次搬入日確定:バトラー『権力の心的な生』

書店様へ。『権力の心的な生』の取次搬入日が決定しましたので、お知らせします。トーハン、大阪屋、栗田、太洋社が21日(木)、日販が22日(金)です。どうぞよろしくお願いいたします。下の画像はご発注書に書き添えてくださった、書店員のTさんによるイラスト。なごみます。Tさん、いつもありがとうございます。

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by urag | 2012-06-18 21:27 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 17日

まもなく発売:『環大西洋奴隷貿易歴史地図』ほか

★まもなく発売となる『環大西洋奴隷貿易歴史地図』『アラブ・エクスプレス展』、発売済の今月新刊『建築と言葉』『吉本隆明の思想』をご紹介します。

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環大西洋奴隷貿易歴史地図
デイヴィッド・エルティス+デイヴィッド・リチャードソン著 増井志津代訳
東洋書林 2012年6月 本体9,500円 B5変型判上製306頁 ISBN978-4-88721-801-7
帯文より:大陸を行き交う冷たい数字、石のような言葉。人身売買の悲惨を静かに物語るフルカラーの刺激的資料集成! 3万数千の基礎データを可視化した交易マップを中心とする228点にも及ぶ驚異の視覚資料と、植民地時代の「体験談〔ナラティヴ〕」や「商品」報告などの稀少な文献数十を一挙に公開!!

原書:Atlas of the Transatlantic Slave Trade, Yale University Press, 2010.

目次:
序文(デイヴィッド・プライオン・デイヴィス)
本書について
序章
第1章 奴隷をアフリカから輸送した国々(1501-1867)
第2章 環大西洋奴隷貿易における航海拠点港
第3章 奴隷のアフリカ大西洋岸出発地、そしてアフリカと大西洋世界の関連
第4章 中間航路の体験
第5章 南北アメリカにおける奴隷の到着地と大西洋世界とのつながり
第6章 環大西洋奴隷貿易の廃止と鎮圧
解説(デイヴィッド・W・ブライト)
訳者あとがき
環大西洋奴隷貿易史・年表
用語解説
収載資料一覧

★統計などの膨大な一次資料を駆使して奴隷貿易の諸次元を地図上で可視化した貴重な書籍です。アフリカから北米へ、あるいは中南米へ、数百年にわたってものすごい数の「人間」がモノとして売買されていた暗い歴史の現実があぶりだされます。たとえば北米における黒人への暴力の凄惨さについては、"Without Sanctuary: Lynching Photography in America"(Twin Palms Publishers, 2000)のような写真集のほうが確かに衝撃的で伝わりやすいでしょうが、本書ではどこの地域から何人がいつ奴隷船に連れられてきたのか、性別や年齢や死亡率などがはっきりしている資料も紹介しており、写真とは違った戦慄を覚えます。


アラブ・エクスプレス展――アラブ美術の今を知る
森美術館編
平凡社 2012年6月 本体2,700円 A4変型判上製208頁 ISBN978-4-582-20670-8
版元紹介文より:森美術館「アラブ・エクスプレス」展公式カタログ。アラブの現在を映す、11か国の作家による現代美術作品を紹介する。作家解説・アラブ美術史/現代史年表・用語集も収録。

★先週土曜日から10月28日まで、六本木ヒルズの森美術館で開催されている展覧会の公式図録です。日本人が持っている「アラブ」の一般的イメージでは想像できないような多様な作品が収録されていますが、アラブ世界の政情を如実に反映した作品群もあり、色々考えさせられます。視覚的に怖かったのはハリーム・アル・カリームの「都会の目撃者」シリーズ。忘れ難いインパクトがあります。

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建築と言葉――日常を設計するまなざし
小池昌代+塚本由晴(アトリエ・ワン)著
河出ブックス 2012年6月 B6判並製232頁 ISBN978-4-309-62445-7
帯文より:建築には比喩が必要である。――風景を導く言葉とは何か。建築家と詩人、「かたち」をつくる者同士が、暮らしの源泉と行方を探し当てた対話。
カバーソデ紹介文より:
「家を失いながら人は生きている。わたしは言葉で『家』を建てておくことにした。」――小池昌代
「『居場所』をつくるのは、建築だけではない。言葉を挟んでおけば、別の『居場所』を構想することができる。」――塚本由晴
建物は、人間が生きる「ふるまい」を正直にトレースする。だから、住まいの感覚と心のあり方の感覚は、寄り添うのだ。今、確かな日常を得るために必要な視線とは何か。答えを探しに、「言葉」という豊富な資材を、「建築」という空間に解き放ってみた。

目次:
棲家――まえがきにかえて(小池昌代)
今、建築は言葉に期待する(塚本由晴)
序章 建築に言葉は必要か
第一章 建築の目的と無目的
第二章 更地から生まれる言葉
第三章 都市と家の「ふるまい」
第四章 風景を再生するために
山水主義試論――あとがきにかえて(塚本由晴)
言葉の家――あとがきにかえて(小池昌代)

★詩人・小説家の小池昌代(こいけ・まさよ:1959‐)さんと、建築家の塚本由晴(つかもと・よしはる:1965‐)さんの対話本。塚本さんは塚本さんは貝島桃代さんとの建築家ユニット「アトリエ・ワン」で活躍しておられます。近年ではナイキジャパンが命名権を得て改修した渋谷の宮下公園(現在は「みやしたこうえん」)の設計を担当したのがアトリエ・ワンです。本書の第三章ではくだんの改修問題が言及されており、塚本さんの「公共」についての考えを読み取ることができます。


現代思想 2012年7月臨時増刊号 総特集=吉本隆明の思想
青土社 2012年6月 本体1,238円 A5判並製230頁 ISBN978-4-7917-1246-5
★詳細目次はリンク先でご確認いただけます。松本昌次さんによる「「花田清輝-吉本隆明論争」の頃」など、興味深い証言も読めます。巻頭の大西巨人さんの寄稿はわずか5行のテクストながら、鮮烈な印象を残します。ここでは吉本さんは「言語の本義に基づいて、gratuationの実現を切望した」と印刷されているのですが、gratuationというのは誤植でしょうか。

★なお、吉本さん関連の新刊情報は、おそらく京都・三月書房さんの「<吉本隆明>本 新刊のお知らせ」が一番早くて網羅的かと思います。
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by urag | 2012-06-17 16:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 15日

書影公開:6月下旬発売、バトラー『権力の心的な生』

弊社近刊、ジュディス・バトラー『権力の心的な生――主体化=服従化に関する諸理論』の書影を公開します。書店様に申し上げます。弊社新刊はパターン配本を行いませんので、事前にご発注があった冊数のみ送品いたします。事前のご予約の締切は明日6月16日(土)18時です。FAXやEメールにて承ります。FAX番号やメールアドレスは弊社ウェブサイトで公開しています。締切後の受注分は配本後に注文条件で出荷することになりますので、あらかじめご了承ください。読者の皆様にお知らせいたします。同書の予約はネット書店「honto」で受付中です。発売は6月25日以降の予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

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2012年6月22日取次搬入予定 *現代思想/哲学

権力の心的な生――主体化=服従化に関する諸理論 〔暴力論叢書6〕
ジュディス・バトラー著 佐藤嘉幸・清水知子訳
46判(タテ190ミリ×ヨコ130ミリ)並製280頁、税込定価2,940円(本体価格2,800円) ISBN:978-4-901477-95-6

内容:ひとはなぜ、権力への服従を欲望するのか?私たちの主体形成の過程において、社会的統制の暴力は、外側から一方的に行使されるのではなく、良心/自己叱責といった心的なもののうちに機能する。subjectionという語の二重の意味(主体化=服従化)を徹底的に考察し、そこにおける抵抗の契機を模索する。暴力論叢書第六弾。

原書:THE PSYCHIC LIFE OF POWER: THEORIES IN SUBJECTION, Stanford University Press, 1997.

目次:
謝辞 
序論 
 情熱的な愛着
 両義性 
 主体化=服従化/従属化 
 心的なものの統制 
第一章 頑固な愛着、身体の服従化――《不幸な意識》をめぐるヘーゲルを再読する 
 ヘーゲルと自己隷属化の生産 
 ポスト・ヘーゲル的主体化=服従化 
第二章 疚しい良心の回路――ニーチェとフロイト 
 ニーチェによる疚しい良心の説明 
 フロイト、ナルシシズム、統制 
第三章 服従化、抵抗、再意味化――フロイトとフーコーの間で 
第四章 「良心は私たち皆を主体にする」――アルチュセールによる主体化=服従化 
第五章 メランコリー的ジェンダー/拒否される同一化 
 生動させ続けること――ジュディス・バトラーへのコメント(アダム・フィリップス) 
 アダム・フィリップスによるコメントに対する応答 
第六章 精神の始原――メランコリー、両価性、怒り 
訳者解説 主体化=服従化の装置としての禁止の法
    ――バトラー『権力の心的な生』とアルチュセール、フーコー (佐藤嘉幸) 
訳者あとがき

著者:ジュディス・バトラー(Judith Butler, 1956-)カリフォルニア大学バークレー校修辞学・比較文学科教授。主な著書に、『ジェンダー・トラブル』(竹村和子訳、青土社、1999年)、『アンティゴネーの主張』(竹村和子訳、青土社、2002年)、『触発する言葉』(竹村和子訳、岩波書店、2004年)、『生のあやうさ』(本橋哲也訳、以文社、2007年)、『自分自身を説明すること』(佐藤嘉幸+清水知子訳、月曜社、2008年)、『戦争の枠組』(清水晶子訳、筑摩書房、2012年)がある。また、主な共著書に、『偶発性・ヘゲモニー・普遍性』(エルネスト・ラクラウ、スラヴォイ・ジジェクとの共著、竹村和子+村山敏勝訳、青土社、2002年)、『国家を歌うのは誰か』(ガヤトリ・C・スピヴァクとの共著、竹村和子訳、岩波書店、2008年)がある。

訳者:佐藤嘉幸(さとう・よしゆき)筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師。著書に『権力と抵抗:フーコー、ドゥルーズ、デリダ、アルチュセール』(人文書院、2008 年)、『新自由主義と権力:フーコーから現在性の哲学へ』(人文書院、2009 年)。
訳者:清水知子(しみず・ともこ):筑波大学大学院人文社会科学研究科専任講師。共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』(平凡社、2008 年)、『よくわかるメディア・スタディーズ』(ミネルヴァ書房、2009 年)。
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by urag | 2012-06-15 17:28 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)