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2011年 09月 26日

2011年10月新刊:サンドラール『パリ南西東北』

2011年10月20日取次搬入予定 *文学/思想

パリ南西東北
ブレーズ・サンドラール[著] 昼間賢[訳]
税込定価2,730円(本体価格2,600円)、46判変型(タテ188mm×ヨコ121mm)上製192頁、ISBN:978-4-901477-88-8

内容:写真家ロベール・ドアノーとの共作『パリ郊外』(1949年刊)の序文として書かれながら、独自の価値をもつルポルタージュ文学の傑作。

堀江敏幸氏推薦!―――「仏語圏スイスを飛び出し、欧米各地を渡り歩いたブレーズ・サンドラールは、フランスの首都を突き抜けて、どこでもない場所、すなわち《郊外》へと身を投げた。無個性の灰のうちに熱い熾火の生を読み、呪詛の詩法で時空を超える詩人の呼吸が、いま新しい日本語でよみがえる。」

ブレーズ・サンドラール(Blaise Cendrars):1887年9月1日−1961年1月21日。スイス生まれ。子どものころから、イタリア、ロシア、ドイツなどを転々とし、パリに落ち着く。創作活動の傍らシャガール、レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流し、1912年に発表した長篇詩『ニューヨークの復活祭』は、アポリネールにも影響を与えたとされる。第一次世界大戦ではフランスの外人部隊に従軍するが、戦闘中に重傷を負い、右腕を失う。1919年に処女詩集『全世界』を発表する。主な日本語訳は以下の通り。
『サンドラルス抄』飯島正訳、厚生閣書店、1929年;ゆまに書房、1994年
『世界の果てまで連れてって』生田耕作訳、東京創元社、1960年;竹内書店、1969年;福武文庫、1988年;白水社、1989年
『モラヴァジーヌの冒険』伊東守男訳、河出書房新社、1974年
『影ぼっこ』おのえたかこ訳、ほるぷ出版、1983年
『リュクサンブール公園の戦争』生田耕作訳、奢霸都館、1985年
『黄金――ヨハン・アウグスト・サッター将軍の不可思議な物語』生田耕作訳、白水社、1986年

昼間賢(ひるま・けん):1971年生まれ。パリ第4大学博士課程給費留学、早稲田大学大学院博士課程単位取得退学。立教大学兼任講師。専門はフランス両大戦間の文学と文化。
著書
『ローカルミュージック――音楽の現地へ』(インスクリプト、2005年)
『マルセル・モースの世界』(共著、平凡社新書、2011年)
訳書
『エリック・サティの郊外』(オルネラ・ヴォルタ著、早美出版社、2004年)
『あるかなしかの町』(エマニュエル・ボーヴ著、白水社、2007 年)
『エクスペリメンタル・ミュージック――実験音楽ディスクガイド』(フィリップ・ロベール著、共訳、NTT出版、2009年)。

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【書店様へ】弊社では新刊のパターン配本を行っておりません。事前にご予約いただいた冊数のみ、配本させていただきます。取次様によっては、見計らいがある場合もありますが、ごくまれですので、配本の有無はお約束できません。事前のご予約は2011年10月12日(水)午後6時まで承ります。FAX、電話、電子メール(番号とアドレスは弊社公式ウェブサイトにて公開)でのお問い合わせ、ご発注をお待ちしております。締切後の受注分は新刊配本後に注文出荷となります。
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by urag | 2011-09-26 12:12 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 26日

書評情報:ユンガー『パリ日記』、大里俊晴『ガセネタの荒野』

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エルンスト・ユンガー『パリ日記』(山本尤訳、6月刊)の書評が、「週刊読書人」2011年9月23日号に掲載されました。「占領軍将校としてパリに滞在した日々を描き出す」と題された記事で、書評者は初見基さんです。エッセイ「平和」(弊社刊『追悼の政治』収録)執筆時のユンガーに「真率さ」を見てとり、そこに「戦後ドイツの良質な心性につながるもの」があると評価されています。

大里俊晴『ガセネタの荒野』(7月刊)の書評が、「図書新聞」2011年10月1日号に掲載されました。「終わり続けること……:間違って配達された贈り物を自分が受け取ったと公言するための書」と題された記事で、書評者は鈴木創士さんです。「これは何かの記録なのか? いやいや、大里俊晴という人はあまりにも繊細な人であるらしく、ずいぶんと謙遜しているようだが、これは立派な小説である。勿論、書かれていることはすべて事実というか、真実である。なぜそれがわかるかって? 読めばわかるんだよ!」と評していただきました。
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by urag | 2011-09-26 11:54 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 22日

デ・ヴリースのオバマ論、サラ=モランスの奴隷貿易論

弊社「暴力論叢書」の著者の皆さんの発言をご紹介します。今回は、ヘント・デ・ヴリースさんのオバマ論「ニーバー・コネクション」と、ルイ・サラ=モランスさんによる、歴史家オリヴィエ・ペトレ=グルヌイヨの著書『奴隷貿易』への反論の動画です。オバマ論の副題はその論調からして「オバマの根深い実利主義」とでも訳せばいいのでしょうか。

"The Niebuhr connection: Obama's deep pragmatism" Hent de Vries, 2009.



弊社より刊行しているお二人の著書

ヘント・デ・ヴリース『暴力と証し』2009年5月刊
ルイ・サラ=モランス『ソドム』2010年5月

「暴力論叢書」は今後も年一回程度のスローペースになりそうですが刊行を続けて参ります。
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by urag | 2011-09-22 00:04 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 21日

バトラー+アガンベン『アイヒマン、法と正義』対話

弊社「暴力論叢書」の著者の皆さんの、海外での講演の動画をご紹介します。今回は、ジュディス・バトラーさんとジョルジョ・アガンベンさんの対話『アイヒマン、法と正義』です。全7回のうち、1回目の動画を貼っておきます。欧州大学院(European Graduate School)での講義。今回は音声が聞き取りやすいです。





弊社より刊行しているお二人の著書

ジュディス・バトラー『自分自身を説明すること』2008年8月刊、現在3刷
ジョルジョ・アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』2001年9月刊、現在6刷
ジョルジョ・アガンベン『バートルビー』2005年7月刊、現在3刷
ジョルジョ・アガンベン『涜神』2005年9月刊
ジョルジョ・アガンベン『思考の潜勢力』2009年12月刊

なお、弊社では両氏のそれぞれの著書の翻訳書を準備中です。詳細公開はまだ先になりそうです。
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by urag | 2011-09-21 00:28 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 20日

ウェーバー『経済神学』講義、ハーマッハー『リヴァイアサンと主権者』講義

弊社「暴力論叢書」の著者の皆さんの、海外での講義の動画をご紹介します。今回は、サミュエル・ウェーバーさんの『経済神学』と、ヴェルナー・ハーマッハーさんの『リヴァイアサンと主権者』です。いずれも欧州大学院(European Graduate School/スイス-ニューヨーク)での講義。音声がとても小さいのはEGSではいつものことです。

"Economic Theology", Samuel Weber, 2010.



"Leviathan and The Sovereign", Werner Hamacher, 2011.


弊社より刊行しているお二人の著書

サミュエル・ウェーバー『破壊と拡散』2005年11月
ヴェルナー・ハーマッハー『他自律』2007年11月

なお弊社では、ハーマッハーさんの著書の翻訳書を準備中です。詳細公開はまだ先になりそうです。
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by urag | 2011-09-20 11:11 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 11日

注目新刊:9月上旬の人文書3点

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私自身であろうとする衝動――関東大震災から大戦前夜における芸術運動とコミュニティ
倉数茂(くらかず・しげる:1969-)著
以文社 2011年9月 本体2,800円 A5判上製296頁 ISBN978-4-7531-0292-1

帯文より:小説『黒揚羽の夏』(ポプラ文庫ピュアフル、2011年7月)で鮮烈デビューを果たした俊英による明日を切り拓くための歴史的パースペクティヴ! 生と労働、そして生と芸術――関東大震災から大戦前夜にかけ、これらを総合すべく華開いた幾多の“夢”。彼らの思い描いた夢想は儚く歴史のなかへと埋没してしまうのか? 宮沢賢治、柳宗悦、江戸川乱歩、今和次郎、有島武郎、横光利一、保田與重郎らの思考と実践の核心を抉り、大転換期を迎えた現代にその姿を鮮やかに蘇らせる。

目次:
プロローグ 美的アナキズムとはなにか
第1章 ポスト白樺派の世代――分離派建築会、今和次郎、萩原恭次郎
第2章 閉ざされた部屋――宇野浩二、江戸川乱歩、川端康成、谷崎潤一郎
第3章 テクネーの無限運動――柳宗悦
第4章 セルロイドの中の革命――横光利一
第5章 意識の形而上学――宮沢賢治
第6章 〈血統〉の生成――保田與重郎
エピローグ 美的アナキズムの行方
あとがき

★書名にもなっている「私自身であろうとする衝動」は有島武郎の『惜みなく愛は奪う』から採られた言葉です。著者の倉数茂さんは近畿大学大学院で故・後藤明生、柄谷行人、渡部直己の各氏に学び、さらに東京大学で小森陽一、山田広昭、エリス俊子、田尻芳樹、米谷匡史、の各氏の指導のもと、本書の原形となる博士論文を提出。2005年から5年間、中国の広東省および福建省で日本文学を教えたとのことです。帯文にもある通り、先月に小説『黒揚羽の夏』を上梓。ダークファンタジーの書き手としてデビューされたばかりです。続く第二作となる本書は評論であり、担当編集者のMさんによるご紹介によれば「大正後期から昭和初期にかけて華開く、数々のコミュニティ運動に夢をはせた芸術家たちを主に取り上げ、彼らの思想と実践の核心に迫ろうとした」力作です。倉数さんはこう書いています、「美しいものは、他者と分かち合うことが可能であり、かつ分かち合われなければならないという要請を内在させており、他者への原初的信頼と結びついているのだ。/本書で取り上げてきたのも、美的なものを通してより自由で解放的な社会が可能になると信じた芸術家たちである。彼らは、自由に自己を表現〔産出〕する個人が、同時にお互いを産出しあうというヴィジョンを抱き、そのとき芸術は労働や政治とひとつになると考えた」(277‐278頁)。「人間が美的な領域なしで生きることなど不可能である以上、何らかの形での文化的創造を通して、生の感覚を回復しようとする運動が続いていくことはまちないない。それはより豊かで自律した主体のあり方を求める試行であり、やはり「私自身であろうとする衝動」の現れなのだ。自らの欲望や実存のあり方から新たな自己を形成していくことが、おそらくいつにもまして求められているのである。〔…〕偶有的な「不幸」にさらされる私たちは、文化的・政治的実践を通して、自分たちの人間関係を、美的経験を、「幸福」を創り出していかなければならない。なぜなら、額に汗して自分の手で創りあげたものだけが必然的であり、人間の本来的な能動性を回復してくれるからである」(287頁)。なお、本書の装丁は岡崎乾二郎さんによるものです。


未来の考古学 第一部 ユートピアという名の欲望
フレドリック・ジェイムソン著 秦邦生訳
作品社 2011年9月 本体3,800円 46判上製254頁 ISBN978-4-86182-331-2

帯文より:閉塞するポストモダンを打開するユートピア的想像力の再検証! トマス・モアから現代のSF小説に至る古今のユートピア、ディストピア論を精緻に比較・検証しつつ、シニカル理性を排して、ユートピア的想像力の現代的役割を提起する。

本文より:ユートピアという様式はそれ自体、徹底的な差異や他者性、社会的全体性のシステムとしての特性について表象を介して考察するものだ。それゆえに、彗星が閃光をきらめかせながら流れるように、まずユートピア的なヴィジョンをもとばしらせることなしに、私たちの社会的存在が根本的に変化すると想像することは不可能なのである。(9頁)

原書:Archaeologies of the Future: Desire Called Utopia and Other Science Fictions, Verso, 2005.

目次:
序――今日のユートピア
第一章 さまざまなユートピア性
第二章 ユートピア的エンクレーヴ
第三章 モルス――ジャンルの窓
第四章 ユートピア的科学対ユートピア的イデオロギー
第五章 大分裂
第六章 いかにして願望を充足するか
第七章 時間の壁
第八章 不可知性テーゼ
第九章 異星人の身体
第十章 ユートピアとその二律背反
第十一章 総合、アイロニー、中性化、そして真実の契機
第十二章 恐怖への旅
第十三章 攪乱としての未来
訳者あとがき
原注
訳注
人名解説
索引

★原書を二分冊にして刊行。まずは第一部の訳書が出版されました。第二部は12篇の作家論・作品論で、追って刊行される予定です。「訳者あとがき」によれば本書第一部は「三十年以上にわたる彼〔ジェイムソン〕自身のユートピア/SFに関する研究の積みかさねを2005年時点における新たな問題意識から再考し、つきつめたもの」とのことです。第一部の末尾には『ラ・ジュテ』の非常に象徴的な一節が引かれています。訳者は次のように「あとがき」に書いています、「「ユートピアの不可能性」は逆説的なことに、悲観論におちいることも、非政治的な静寂主義を勧めることもない。むしろそれは、さらなるユートピア的〈新機軸〉の創造に向けて、そして未来の喪失に徹底的に反対して、想像力を駆り立て続けるものだと判明する」(403頁)。「現在、三月の大震災以降、未来への不透明感が確実に増しているが、そのいっぽうで、共同体を再建するための努力とともに、ユートピア的衝動の再活性化のきざしが徐々に見えはじめているようにも思える。これは希望的観測だろうか。この邦訳が、来たるべきユートピア的想像力の復活、そして、未来の再獲得に少しでも寄与するところがあれば、望外の喜びである」(405頁)。

★Fredric R. Jameson (1934-)単独著既訳書一覧

1980年10月『弁証法的批評の冒険――マルクス主義と形式』フレドリック・ジェイムスン著、荒川幾男・今村仁司・飯田年穂訳、晶文社。
1988年11月『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』フレドリック・ジェイムソン著、川口喬一訳、法政大学出版局。
1989年08月『政治的無意識――社会的象徴行為としての物語』フレドリック・ジェイムソン著、大橋洋一・木村茂雄・太田耕人訳、平凡社;2010年04月、平凡社ライブラリー。
1993年05月『のちに生まれる者へ――ポストモダニズム批判への途 1971-1986』フレドリック・ジェイムソン著、鈴木聡・篠崎実・後藤和彦訳、紀伊國屋書店
1998年11月『時間の種子――ポストモダンと冷戦以後のユートピア』フレドリック・ジェイムソン著、松浦俊輔・小野木明恵訳、青土社。
1999年10月『サルトル――回帰する唯物論』フレドリック・ジェイムソン著、三宅芳夫・太田晋・谷岡健彦・ 松本徹臣・水溜真由美・近藤弘幸訳 、論創社。
2000年10月『文学=イメージの変容』フレデリック・ジェイムソン著、後藤昭次訳、世織書房。
2005年11月『近代という不思議――現在の存在論についての試論』フレドリック・ジェイムソン著、久我和巳・斉藤悦子・滝沢正彦訳、こぶし書房。
2006年09月『カルチュラル・ターン』フレドリック・ジェイムスン著、合庭惇・河野真太郎・秦邦生訳、作品社。
2011年5月『ヘーゲル変奏――『精神の現象学』をめぐる11章』フレドリック・ジェイムソン著、長原豊訳、青土社。
2011年9月『未来の考古学(I)ユートピアという名の欲望』フレドリック・ジェイムソン著、秦邦生訳、作品社。

※著者名の表記は、フレドリック/フレデリック、ジェイムソン/ジェイムスンと揺れがあるので、ご参考までに一冊ずつ記しました。


宗教概念の彼方へ 
磯前順一・山本達也編 
法蔵館 2011年9月 本体5,000円 A5判並製445頁 ISBN978-4-8318-8174-8

帯文より:天災、戦争、テロリズム、レイシズム、ポストコロニアル……。古き常識を破り、露になった新しい現実のなかで、宗教はどのように語り直されていくべきか。ジャック・デリダ、ジュディス・バトラー、ホミ・バーバなどによる現代の必読書。
 
目次:
序論 宗教研究の突破口――ポストモダニズム・ポストコロニアル批評・ポスト世俗主義(磯前順一/山本達也)
第一部 「宗教」という概念を超えて考える
 「宗教」カテゴリーをめぐる近年の議論――その批判的俯瞰(ラッセル・マッカチオン;磯前順一/リチャード・カリチマン訳)
 宗教的起源への志向性(増澤知子)
 信仰と知――理性のみの境界における「宗教」の二源泉(ジャック・デリダ;苅田真司/磯前順一訳)
第二部 「自己」のテクノロジーとしての宗教
 主体交渉術としての宗教論――縄文社会の宗教研究によせて(磯前順一)
 儀礼と身体(キャサリン・ベル;山本達也訳)
 宗教体験と日常性(ホミ・バーバ;磯前順一/ダニエル・ガリモア/山本達也訳)
第三部 「宗教」から見た植民地と暴力
 植民地主義と宗教(デイヴィッド・チデスター;高橋原訳)
 暴力と宗教――ベンヤミンの「暴力論批判」における批評、脅迫そして神聖なる生(ジュディス・バトラー;山本達也訳)
 歴史的暴力の記憶(金成禮;山本達也訳)
第四部 「ポスト世俗主義」を生きるために
 ナショナリズムと宗教(マーク・ユルゲンスマイヤー;高橋原訳)
 公共宗教を論じなおす(ホセ・カサノヴァ;藤本龍児訳)
 世俗主義を超えて(タラル・アサド;苅田真司訳)
結論 異議申し立てとしての宗教研究(ゴウリ・ヴィシュワナータン;聞き手・磯前順一;磯前順一/山本達也訳)
編訳者あとがき
訳者紹介
欧文目次

★まもなく発売予定と聞いています。デリダの「信仰と知」にはフランス語原文からの既訳「信仰と知――単なる理性の限界内における「宗教」の二源泉」(松葉祥一・榊原達也訳、『批評空間』第II期第12~15号)がありますが、今回の翻訳は、サミュエル・ウェーバーによる英訳版の前半部を訳出したものです。共訳者の苅田真司さんの「苅」の字は実際は草かんむりに「列」です。「信仰と知」は単行本としては未來社「ポイエーシス叢書」の続刊予定に湯浅博雄訳で予告されていたことがありました。ポイエーシス叢書自体は2009年11月に第59弾であるアクセル・ホネット『自由であることの苦しみ』が出てから続刊がまだ刊行されていないようです。
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by urag | 2011-09-11 23:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 10日

本日発売の「図書新聞」に『パリ日記』書評

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本日(2011年9月10日)発売の「図書新聞2011年9月17日号に、ユンガー『パリ日記』の書評「希代の作家・思想家が戦争という災厄を前にして展開する人間に関する深い洞察――レジスタンス一辺倒のフランス文学史とは一線を画す貴重な証言の宝庫」が掲載されました。評者は仏文学者の澤田直さんです。澤田さんは「この日記の読みどころは多岐にわたるが、ここでは五つのトピックスをあげよう」とお書きになっておられます。五つというのは――(1)パリでのフランス人の友人やドイツ人将校たちの交友録。(2)読書記録。(3)蒐集癖とも関連する博物学的側面。(4)夢の記録。(5)言語に関する鋭利な分析――です。そして分けても「本書の真髄はやはりこの希代の作家・思想家が戦争という災厄を前にして展開する人間に関する深い洞察であろう」と書いていただきました。的確な評価を頂戴し、感激しております。澤田先生、ありがとうございます。

「図書新聞」ではさる2011年7月23日号が「二〇一一年上半期読書アンケート」特集号となっており、その中で、仏文学者の鈴木創士さんが、ジュネ『公然たる敵』を挙げてくださっています。「ブラック・パンサーやパレスチナ関係、五月革命、ドイツ赤軍についての文章は、勿論ジュネ以外には誰ひとり書くことのできなかった政治文書であると断言してかまわない」と評していただきました。鈴木さんは3年前(2008年12月)にジュネのデビュー作『花のノートルダム』の新訳を河出文庫から刊行されています。

いっぽう、「週刊読書人」の2011年7月22日号「2011年上半期の収穫から」では、神戸大学大学院教授の長野順子さんが「美学」のジャンルでボワ+クラウス『アンフォルム』を取り上げてくださいました。「バタイユのラディカルな思想とシュルレアリスムの読み直しによる、二〇世紀芸術の総括の一つといえる」と評していただきました。

また、8月15日に発売された「レコード・コレクターズ」2011年9月号では岡村詩野さんの記事「ガセネタ――70年代末の東京アングラ・シーンを騒然とさせた良最終段の10枚組BOX」の中で、大里俊晴『ガセネタの荒野』が言及されています。「ガセネタ結成前夜を含むドキュメントは、何よりも、09年に故人となった大里の著書『ガセネタの荒野』にくわしい。そこでは田舎から大学進学のために上京してきたばかりの大里の目線から、山崎、浜野との出会いの衝撃がまるでつい昨日のことのように綴られ、いかにガセネタというバンドの誕生が奇跡であるかが書き遺されている」(97頁)。同号の書評欄では『ガセネタの荒野』の書評「即興ハードコア流で綴ったガセネタ伝が19年ぶりに復刊」が掲載されています(127頁)。評者は小山守さん。「刺し違えるかのようなヒリヒリした迫力が本書には充満していて、いかに完成された文章でも超えられないなにかが、ここには確実にある」と評していただきました。お陰様で同書は売行き良好です。
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by urag | 2011-09-10 19:24 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 09日

カントーロヴィチの大著『皇帝フリードリヒ二世』ついに刊行!

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皇帝フリードリヒ二世
エルンスト・カントーロヴィチ(1895-1963)著 小林公(1945-)訳
中央公論新社 2011年9月10日 本体7,600円 A5判上製776頁 ISBN978-4-12-004257-7

帯文より:「世界の驚異 stupor mundi」か、「反キリスト」か? 中世ヨーロッパに君臨した魁偉な神聖ローマ皇帝の生涯と思想像を圧倒的な学殖と情熱をもって描ききり、空前の熱狂と論争を巻き起こした記念碑的評伝。本邦初訳。詳細論争資料併載。「秘められたドイツ」を開示する超問題作、ついに邦訳刊行!

底本:Kaiser Friedlich der Zweite, Hauptband, Düsseldorf/München: Küpper vormals Bondi, 1963.

目次:
付図・付表

第一章 フリードリヒの幼年時代
第二章 アプーリアの子
第三章 統治者としての第一歩
第四章 十字軍遠征
第五章 シチリアの専制君主
第六章 ドイツ皇帝
第七章 カエサルとローマ
第八章 ドミヌス・ムンディ
第九章 反キリスト

訳者解説・あとがき
主要人名索引

★今日9月9日は、ドイツ(現在はポーランド)に生まれ、アメリカに亡命したユダヤ系歴史学者Ernst Hartwig Kantorowicz (1895-1963)の命日です。その記念すべき日に、カントーロヴィチの出世作である大著『皇帝フリードリヒ二世』の日本語訳が刊行されました。同書は1927年に刊行され、学界に大きな波紋を投げかけたと言います。「訳者解説・あとがき」では、中世史家アルベルト・ブラックマンの批判的書評、カントーロヴィチの反論、カントーロヴィチの友人フリードリヒ・ベートゲンの好意的書評、カントーロヴィチの反論とベートゲンの書評を受けてのブラックマンの再批判がそれぞれ長文で引用されています。ブラックマンにとってカントーロヴィチの皇帝像は「歴史学と神話を一緒くた」にするものであり、歴史家の筆というよりも詩人のそれによるものであると映ったようで、「ゲオルゲ・サークルの世界観に過ぎない」と切って捨てます。カントーロヴィチはこうした非難をきっぱりと拒否しました。彼は4年後の1931年に「豊富な資料を掲載した多くの註と付説から成る補遺」(訳者解説751頁)を刊行します。今回訳されたのは本論・本巻に当たる第一巻(Hauptband)であり、別巻としての補遺(Ergänzungsband)ではありません。「訳者解説・あとがき」ではこの補遺の公刊後に発表されたカール・ハンペによる詳細な批判的書評の要点も紹介しており、どれほど『皇帝フリードリヒ二世』が熱心に議論されたかがわかります。

★カントーロヴィチの大胆な筆致は歴史家たちを大いに憤慨させたわけですが、それによって彼の名声が失われることはありませんでした。1938年、彼はアメリカに亡命し、翌年からカリフォルニア大学バークレー校で中世史の教鞭をとり、さらに50年代にプリンストン高等研究所に移って、ほどなく主著である『王の二つの身体――中世政治神学研究』(小林公訳、平凡社、1992年、全1巻;ちくま学芸文庫、2003年、全2巻)を上梓します。日本語に訳されている著作には『王の二つの身体』のほかに論文集『祖国のために死ぬこと』(甚野尚志訳、みすず書房、1993年;新装版、2006年)があり、『皇帝フリードリヒ二世』は3冊目の日本語訳になります。

★『皇帝フリードリヒ二世』をお訳しになった小林公さんは『王の二つの身体』の訳者でもいらっしゃいます。そして、この二冊の編集を担当されたのは、平凡社で『ヒストリー・オブ・アイデアズ』や『中世思想原典集成』を手掛けられた二宮隆洋さん(現在はフリー)です。二宮さんは中央公論新社では『哲学の歴史』シリーズに関わっておられます。中公サイドのご担当者は『哲学の歴史』『皇帝フリードリヒ二世』、どちらもともに郡司典夫さんで、郡司さんは、弊社もたいへんお世話になっております上村忠男さんの『ヴィーコ――学門の起源へ』(中公新書、2009年)を始め、数多くの本を世に送り出されています。『皇帝フリードリヒ二世』は2段組で700頁を超える大冊で、束は50ミリもありますが、この分厚さで税込8,000円を切るというのはかなり良心的な価格です。中公さんのような総合出版社ではなく、人文系の専門書版元が出版したとしたら、おそらく倍くらいの値段になるのではないでしょうか。内容的にも造本的にも、本年度の人文系学術翻訳書の中で間違いなく五指に入る快挙と目されるだろうと思います。

+++

★【2011年9月11日追記】『皇帝フリードリヒ二世』を手に取られた方は、カバーやオビに中央公論新社の「中」の字を図案化した(ギリシア語のΦのように見えますね)ものの下に創業年である「1886」を刻印した、さらにその下に「MEDIATIONS」と記したロゴがあることに気付かれたろうと思います。「中1886」は以前から使用されている同社のロゴですが、さらに「MEDIATIONS」と書き加えられたものを見るのは初めてかもしれません。カバーソデには「médiation[メディアシオン]:媒介、媒介物、調停、仲裁、仲介」とのみ記載されています。おそらくシリーズ名ではないかと思い、郡司さんにお尋ねしたところ、以下の通り長文の丁寧なご回答をいただきました。

*引用開始*

【MEDIATIONS(メディアシオン)】は、シリーズ名です。どれくらい続けられるか自信がなかったので、こっそり付けました。

カバー袖に訳語を載せたように、「媒介」「媒介者」「調停」「仲裁」「仲介」などという意味のフランス語です。

マルチメディア、メディア・ミックスなどという言葉が広くかつ高らかに流通していますが、「媒介」「媒介物」として、時代や空間を超えて機能してきた、そして今も機能している本こそ、メディアの本家本元であることをまず言いたかったというのがあります。

そして、さまざまな意見や立場が拮抗・対立して、動きがとれなくなっている現代社会にとっては、そうした不寛容かつ不浸透的に林立するものの見方を「調停」「仲裁」「仲介」してくれるものこそ必要ではないかという思いがありました。

多様な意見を圧倒し、その後の思考を支配するような新しいアイデアは、それはそれで危険を孕んでいます。人はこれまでに物事を相当程度考え抜いてきており、今むしろ必要なのは、新しい思想や視点ではなく、すでに思考されてきた事柄を「調停」「仲裁」「仲介」してくれるものではないかと思うのです。

このシリーズに加えられていく書目は、主に「新古典」になると思いますが、それは、「これまでに考えられたこと」を大切にしたいという考えからです。

以上のようなことを考えて付けたのが、【MEDIATIONS】です。

そしてじつは、本家があります。私が敬愛する「ドゥノエル(Denoël)」(あるいは「ドゥノエル=ゴンティエ」)というフランスの版元に、【Bibliothèque Médiations】というシリーズがありました(ドゥノエルは、めまいがするような素晴らしいラインナップの文庫を持っていました。今はガリマール傘下)。ドゥノエルがどんな意図でこの語をシリーズ名に用いたのかは不明ですが、おそらく、「媒介」「媒介者」という意味のほうだろうと思います。ともあれ、いずれ人文書のシリーズを手掛けることがあったら、【MEDIATIONS】と命名したいと考えており、それがこのたび実現したというわけです。

このシリーズで予定されているのは、今のところ、T・W・アドルノ『自律への教育』、F・A・イエイツ『ジョン・フローリオ』です。全国には、秘かに訳され、筐底に眠っている「新古典」がたくさんあるのではないかと想像しています。そうした翻訳が世に現れてくる一つのきっかけになれば、面白いですね。

*引用終了*

シリーズ趣旨も続刊予定も非常に魅力的ですね! 読者の皆さんとともに、今後の展開に大注目していきたいです。
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by urag | 2011-09-09 16:44 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 07日

取次搬入日確定:パーチ『関係主義的現象学への道』

エンツォ・パーチ『関係主義的現象学への道』(上村忠男編訳、本体3,200円、A5判上製208頁、ISBN978-4-901477-87-1)の取次搬入日が確定しました。9月9日(金)曜日です。書店さんの店頭に並び始めるのは10日(土)以降となります。同書はシリーズ「古典転生」の第4回配本です。続刊予定には、上村忠男編訳『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学――スパヴェンタ、クローチェ、ジェンティーレ』、近藤和敬『カヴァイエス研究』などがございます。刊行時期が確定次第、告知させていただきます。
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by urag | 2011-09-07 11:35 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 04日

注目新刊:2011年下半期(9月上旬まで)

ここ最近話題になっている単行本と雑誌について少しだけ。先に雑誌について言えば、先週発売になった『思想地図beta』第2号と、先々週発売の『緊急復刊 imago』だろうと思います。前者は「震災以後」と題した特集号。本体価格の3割強にもなる635円が義援金となるそうです。いやーこの金額設定はすごい。東浩紀さんの巻頭言「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」によれば、前号と違いこの号では印税ではなく原稿買取にしているとのこと。なるほど。今回の特集では、建築家の藤村龍至さんによる「復興計画β:雲の都市」が興味深かったです。作り手の意図からはひょっとすると外れているかもしれませんが、私は『思想地図』を常にひとつの書店論ないし出版論として読んでいます。提起されている論点を業界(改革)論に応用して読むといいますか、想像力のリンケージ作用が自己言及的に働くわけです。だから『思想地図』を教材に業界でポスト出版論をテーマに色々議論すればいいと常々思っています。

『緊急復刊 imago』は、『現代思想』2011年9月臨時増刊号という位置づけ。15年ぶりの復活で、まさか終刊した雑誌に再び出会うことになるとは思いもしませんでした。オールド・ファンはつい買ってしまうのではないでしょうか。斎藤環さんによる責任編集で「東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ」という特集号。斎藤さんは井原裕さん、森川嘉一郎さんらと対談され、さらに中井久夫さんのインタビューの聞き手にもなっています。『思想地図』にも登場されていた藤村さんが「2011年の節団は建築に取ってどのような意味を持ちうるか」という一文を寄せておられ、さらには磯崎新さんの「津波と建築」と題したテクストもあります。いずれもインタビューを元に構成されているようです。

311関連の人文系アンソロジーではこれまでに、『思想としての3・11』(河出書房新社、6月)、『現代思想』2011年7月臨時増刊号「震災以後を生きるための50冊――〈3・11〉のダイアグラム」(青土社、6月)、『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房、8月)、『3・11の未来――日本・SF・創造力』(作品社、9月)という感じで次々と話題書が刊行されています。原発関連の本もたくさん出ていますし、来年3月の一周年までに様々な新刊が今後も出続けるでしょう。弊社ではそのものずばりな新刊は予定していませんが、いくつかの企画を一周年に向けて準備中です。

次に単行本について。『思想地図』2号でも広告が載っていましたが、東さん主宰のゼロアカ道場の最終関門を突破した期待の新人、村上裕一(1984-)さんのデビュー作『ゴーストの条件――クラウドを巡礼する想像力』(講談社BOX、9月)がついに発売になりました。ゼロ年代の内に出るよりかは、こうやって10年代なかんずく3・11以後に出版される方が時代を感じさせていいと思います。「『動物かするポストモダン』『美少女ゲームの臨界点』の精神は死に絶えていなかった――セカイ系コンテンツ批評の新たな逆襲!」という東さんの推薦文を見ると、東さんのデビュー作『存在論的、郵便的』(新潮社、1998年)の帯文に引かれた浅田彰さんによる「私は『構造と力』がとうとう完全に過去のものとなったことを認めた」という言葉を、つい連想してしまいますね。

さらに単行本をもう一冊。若松英輔(1968-)さんの三田文学新人賞受賞作にしてデビュー作の「越智保夫とその時代」を収録し、さらに四つの越智論を併録した『神秘の夜の旅』(トランスビュー、8月)が刊行され、『井筒俊彦 英知の哲学』(慶應義塾大学出版会、5月)に続いて話題を読んでいます。今月には以下の四つの連続公演が各書店で予定されています。

◎第1講「越知保夫と私

日時:2011年9月8日[木]18:30~20:00(開場18:00)
会場:東京堂書店神田神保町店 6階特設会場
定員:80名(先着順受付)
参加費:500円当日支払
ご予約・お問合せ:tel 03-3291-5181

◎第2講「井筒俊彦と私

日時:2011年9月13日[火]18:30~20:00(開場18:00)
会場:八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
定員:80名(先着順受付)
参加費:500円当日支払
ご予約・お問合せ:tel 03-3281-8201

◎第3講「須賀敦子と私」【予約満席御礼】

日時:9月23日[金・祝日]14:00~15:30(開場13:30)
会場:紀伊國屋書店新宿本店 9階特設会場
定員:30名(先着順受付)
参加費:500円当日支払
ご予約・お問合せ:tel 03-3354-5700

◎第4講「池田晶子と私

日時:9月28日[水]18:30~20:00(開場18:00)
会場:三省堂書店神保町本店 8階特設会場
定員:80名(先着順受付)
参加費:500円当日支払
ご予約・お問合せ:tel 03-3233-3312(代)

トランスビューさんの告知によれば、若松さんは「霊性を探究する気鋭の批評家」と紹介されています。直近の執筆では、「みすず」9月号に「協同する不可視な「隣人」」、「新潮」10月号に「震災と死者の詩学――小林秀雄からよしもとばななへ」が掲載されているそうです。若松さんは今回の新刊の「あとがき」に「この小著を今、困難にある人びとに捧げたい」と書かれています。実業家でもいらっしゃる若松さんのエネルギッシュなご活躍はますます多くの読者を魅了しつつあるようです。若松さんは60年代生まれ、そして前述した村上さんは80年代生まれです。ここにもう一人、最近の新刊とともに言及しておくとすれば、70年代生まれの宇野常寛(1978-)さんの『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎、7月)になると思います。書籍詳細のページとリンクしていないのが残念ですが、念のため正誤表はこちら。

10年代はこれからますます80年代生まれや90年代生まれの書き手が出てくるでしょうが、そうした中で若松さんのような60年代生まれの書き手も注目されるのは同世代として嬉しいことです。いっぽうで、60年代生まれを代表する書き手の一周忌を記念する新刊も出ました。『清水アリカ全集』(河出書房新社、8月)です。これは作家の清水アリカ(1963-2010)さんのエッセイ以外の小説作品を中心としたもので、未刊行作品、遺稿、創作ノートも併録されています。美しい造本は中島浩さんによるもの。解説は椹木野衣さんが書かれています。「言葉という原材料から生きた物語の躍動する世界を構築するのではない。いまある世界をもう一度、物語も生き延びられぬ言葉の高温高圧状態へと暴力的に圧縮させるのだ。そして、なおその暴発の一秒前で淡々と描こうとする。それが彼の文学への意志だった」という椹木さんの言葉が印象的です。ちなみに弊社代表取締役のKが、椹木さんや中島さんとともに編集委員に加わっています。まさに今日9月4日が一周忌にあたります。

最後に、先月(2011年8月)20日にお亡くなりになった翻訳家の山岡洋一(1949-2011)さんによるJ・S・ミルの訳書がさいきん復刊されたことについて言及しておきます。ミル『自由論』(日経BPクラシックス、9月)。同書は光文社古典新訳文庫の一冊として2006年に刊行されましたが、いつの間にか品切になっていたようです。文庫版では、味わい深い翻訳論ともなっている山岡さんの「訳者あとがき」と、長谷川宏さんによる「解説」が収録されていましたが、NBP版ではこれらは再録されず、大阪市立大学大学院教授の佐藤光さんによる「解説」が付されています。山岡さんの卓抜な翻訳論・翻訳観については「翻訳は簡単な仕事じゃないんだ」をぜひご覧ください。ちなみにミル『自由論』については、イースト・プレスのシリーズ「まんがで読破」で今年6月にマンガ化されていてびっくりです。

『自由論』が再刊されるのはたいへん嬉しいのですが、個人的に言えば日経さんには山岡さんの『国富論』(上下巻、日本経済新聞社、2007年)の廉価版をクラシックスで出してもらえたらさらに嬉しいです。なおかつ、たとえ1000頁を超える本になっても、上下巻ではなく全一冊で出していただけると実にありがたいです。

光文社古典新訳文庫ですでに品切書目があるというのは知らなかったのですが、この文庫シリーズのお蔭で、古典リバイバルの機運がますます高まりつつあることは確かです。8月にはロック『市民政府論』(角田安正訳)が出ましたし、7月には『ヒューム道徳・政治・文学論集 完訳版』(田中敏弘訳、名古屋大学出版会、7月)、6月にはホッブズ『ホッブズの弁明/異端』(未來社、6月)、5月にはヒューム『人間本性論 第1巻 知性について 新装版』(木曾好能訳、法政大学出版局、5月)が新装版で再刊されています。ヒュームの本はいずれもお高くて簡単に買えませんが、品切になれば古書価はもっと高くなるでしょう。

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by urag | 2011-09-04 04:18 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)