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2011年 08月 30日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2011年10月14日(金)
コーチャンフォー北見店:図書750坪(総売場面積1520坪)
北海道北見市並木町521-4 ほか
帳合はN。弊社へのご発注は写真集中心の芸術書主力商品でした。「釧路新聞」2011年3月24日付記事「北見店10月オープン/コーチャンフォー」によれば、「コーチャンフォー」を経営するリラィアブルの佐藤俊晴社長曰く、「オホーツク商圏を考えたとき一番良い立地条件と規模」「コーチャンフォーの道内展開はこれ(北見店出店)で一段落した」とのこと。北見店は昨秋(2010年9月)開店の旭川店(図書900坪)に続く、チェーン6店舗目。対外的な位置づけとしては、市内最大規模の複合店である「リラィアブルブックス北見店」(北見市西富町1-12-13)が「新しく生まれ変わ」る、ということのようです。所在地が違いますから、実質的に移転リニューアルオープンととらえればいいんでしょうね。

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続いて閉店情報です。

青山BC六本木ヒルズ店:2011年6月30日閉店
書原新橋店:2011年7月15日閉店

書原さんでは年頭に高幡不動店が閉店。本部はつつじヶ丘店から仙川店に移されたようですね。一昨年逝去された元代表の上村卓夫さんの名著『書店ほどたのしい商売はない』(日本エディタースクール出版部、2007年)で明かされている経営哲学を「書原イズム」と呼ぶことができるならば、新橋店はまさにその「書原イズム」を象徴する店舗でした。閉店を惜しむ声をよく耳にします。『書店ほどたのしい商売はない』は素晴らしい本なので、広くお薦めしたいです。
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by urag | 2011-08-30 12:47 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 28日

2011年8月の注目新刊

★今月発売された新刊の中からいくつかご紹介します。キーワードは「サンデル・ブーム」以後。サンデルに啓発されて「自ら考え、発言し、また人の発言に耳を傾ける」というミニマルな政治的実践の倫理から出発しえたであろう現代日本の読者にとって、東日本大震災のインパクト後のこんにち、さらなるどんな読書体験への誘いが示されているのでしょうか。各版元は知恵を絞って様々な新刊を出しています。本屋さんを覗いてみれば、今の世相やこれからの世界がかいまみえてくるかもしれません。

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3・11の未来――日本・SF・創造力
笠井潔・巽孝之監修 海老原豊・藤田直哉編
作品社 2011年9月 本体1,800円 A5判並製400頁 ISBN978-4-86182-347-3

帯文より:小松左京、最後のメッセージ。豊田有恒、瀬名秀明、新井素子、押井守ほか、SF作家ら26名が、いま、考える科学と言葉、そして物語……。

★先週木曜日25日取次搬入。つい先日亡くなられた作家の小松左京さんが本書のために書いた「序文――3.11以降の未来へ」が冒頭に掲載されています。以下、掲載順に寄稿者を列記すると、笠井潔、鼎談=笠井潔+巽孝之+山田正紀、豊田有恒、スーザン・ネイピア、瀬名秀明、座談会=谷甲州+森下一仁+小谷真理+石和義之、八代嘉美、長谷敏司、田中秀臣、仲正昌樹、海老原豊、新井素子、押井守、野尻抱介、大原まり子、クリストファー・ボルトン、桜坂洋、新城カズマ、鼎元亨、藤田直哉、巽孝之。巻末には、石和、海老原、鼎、藤田の四氏による「3・11を考えるためのブックガイド(SF作品・評論・ノンフィクション)」が添えられています。

★A5用紙5枚にわたる、編者の藤田さんによる長い挨拶文(プレスリリース)によれば、本書はSFファンのみに向けられたものではなく、一般読者に「日本SFというこの国の偉大な知的リソースの価値を提示する」ことを目指しておられるとのことです。作家の本音あり、研究者の鋭い分析あり、読みやすいエッセイから本格評論まで、このボリュームで1800円というのは版元さんとしても勝負をかけた数字だろうと推察できます。震災・原発関連の新刊は最近たくさん出ていますが、この本は異色ではないかと。藤田さんの挨拶文には「この書籍にはひょっとすると、ある人を傷つける可能性があるかもしれないと思う表現が含まれています」とも書いてあります。たしかにテーマがテーマなだけに寄稿者の意見は様々ですが、編者は「「検閲しない」で多様性のテーブルを維持することを目指し」たとのことで、それはフェアなやり方だと感じました。そのために本書全体としては異色という以上に出色の出来だと思いますし、様々なことを考えさせてくれる素晴らしい新刊です。

★本書の広告欄に作品社さんの9月新刊『未来の考古学 第一部 ユートピアという名の欲望』(フレドリック・ジェイムソン著、秦邦生訳)が出ていました。さらに同社のウェブサイトの「近刊」欄では、ハーヴェイ『〈資本論〉入門』『資本の謎』、アタリ『危機とサバイバル』、ネグリ『レーニン論』、アドルノ『ヴァーグナー試論』等々、楽しみな書目が並んでいます。そしてついに「あの」情報も解禁になっていました。すなわち、熊野純彦訳のカント『純粋理性批判』です。現時点では今年11月刊行予定で、本体予価8000円。ひょっとすると、中山元訳光文社古典新訳文庫版の完結と前後することになるのでしょうか。原書通り、一冊で読めるというのがいいですね。

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チリの地震――クライスト短篇集
ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)著 種村季弘(1933-2004)訳
河出文庫 2011年8月 本体800円 文庫判248頁 ISBN978-4-309-46358-2

帯文より:「硬く、勁〔つよ〕く、疾〔はや〕く、稠密で――水銀の銃弾の様だ。そして今なお思考を痛撃する。カフカやドゥルーズが愛した孤高の作家・劇作家、クライスト。今ここに再び。」佐々木中氏推薦。カフカ、ドゥルーズ+ガタリに巨大な影響を与えた夭折の天才文学者が3・11を経て甦る。
カバー紹介文より:十七世紀、チリの首都サンチャゴで引き裂かれたままそれぞれ最後の時をむかえようとしていた男女がいた……絶後の名品「チリの地震」他、天災/陣際を背景にした完璧な文体と構成による鏤骨の作品群、復活。

★月刊誌『現代思想』2011年7月臨時増刊号「震災以後を生きるための50冊――〈3・11〉の思想のダイアグラム」でも複数の書き手が取り上げていたのが、このクライストの短編小説「チリの地震」です。一言で言うと大震災後のモラルハザードがテーマ。悲惨な事件の渦中における人間の狂気と理性が淡々と描かれています。同じく今月発売の河出文庫には、田山花袋『東京震災記』もありますので、ともに購読をお薦めします。文庫で読めるクライストの短編集には、本書のほかに岩波文庫の『O侯爵夫人』(相良守峯訳、1951年)があります。ご参考までに、収録作品を対照させておきます。

・河出文庫版
チリの地震
聖ドミンゴ島の婚約
ロカルノの女乞食
拾い子
聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力
決闘
話をしながらだんだんに考えを仕上げてゆくこと
マリオネット芝居について

・岩波文庫版
O侯爵夫人
チリの地震
聖ドミンゴ島の婚約
ロカルノの女乞食
拾い子
聖ツェチーリエ
決闘

★河出文庫版の最後の二篇は小説ではなくエッセイです。岩波文庫版は残念ながら品切。5年前の復刊、2006年8刷が最後でしょうか。岩波文庫ではほかに、小説『ミヒャエル・コールハースの運命』や、戯曲『ペンテジレーア』『こわれがめ』『ハイルブロンの少女ケートヒェン』を刊行していましたが、いずれも品切。


法とは何か――法思想史入門
長谷部恭男(1956-)著
河出ブックス 2011年8月 本体1,200円 46判並製240頁 ISBN978-4-309-62433-4

帯文より:こんな国の法にどうして従うのか? 自らの問題として方をとらえるための手引き。くわしく学びたい人のための「文献解題」付き。
カバー紹介文より:私たちは、生きていく上で多くのことがらを自分で判断して行動する。一方で、憲法改正や税制から、交通規則や婚姻制度まで、社会全体として答えを出さなくてはならないことがらについては、法に照らして考えようとする。しかし、なぜ法に従うのか。そもそも法とは何なのか。国家の権威や法の力、立法のしくみや民主政の意義について、近代国家成立以降に先人達が唱えてきた法思想の系譜を読み解きながら、法とともにいかに生きるべきかを問う。法を自らの問題としてとらえ直すことができる、はじめの一冊として最適の書。

★エントリー冒頭に書いた、「サンデル・ブーム」以後、という新しい読書空間において、私にとってもっとも重要だと思えるのが、「法(律)」と「民主主義」にまつわる問いです。むろんそれがすべてだとは言いませんが、そこに私たち現代人が抱えている時代の不透明感の根っこがあるように感じます。震災後(いえ、実は震災のずっと前から)私たち現代人が感じてきた「空気」というのは、この国が政治的にも経済的にも外交的にもどんどん行き詰っていくような危機感の只中における、「どうして世の中はこうなっちゃうんだろう、どうしてこんなに見えにくいんだろう、どうしてもっとよくできないんだろう」という解決しがたい「モヤモヤした感じ」ではないかと思います。このモヤモヤは現在の様々な苦境がどこか手の届かない現実の中で作られ縛られているという感覚によって生まれるもので、かつてカフカは『審判』や『城』でそれを寓意的に非常にうまく描いていました。自分にはとうていすべてを理解することのできない迷宮のような、この世界を覆うバリア。その謎を解いていくためにはこの世界を「守っている」法律について知らねばなりません。そしてこの世界を変えていくためには民主主義を冠する「国」というものがどういう存在であるかを知らねばなりません。憲法学が専門の東京大学法学部教授による本書は、私たちに基礎知識を提供してくれます。法にかんする本というととっつきにくい感じがしますが、サンデルの正義論、道徳論の土俵とほとんど変わりない内容です。

★本書は、プラトン、アリストテレス、ホッブズ、ロック、ルソー、カント、ケルゼン、H・L・A・ハート、ドゥオーキンなどの「法思想の系譜を読み解き、法と共により善く生きる道を問う」(版元紹介文より)本です。ちょうど今月、サンデルのDVDブック『Justice(正義)』が宝島社から発売されましたが、サンデルの次に何を読もうか迷っておられる方は、ぜひこの『法とは何か』と、以前ご紹介した田島正樹さんの『正義の哲学』(河出書房新社、4月)を手に取ってみてください。後になって知ったことですが、担当編集者が同じ方なんですね、この二冊は。なるほどと納得しました。

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近代日本の中国認識――徳川期儒学から東亜共同体論まで
松本三之介(1926-)著
以文社 2011年8月 本体3,500円 46判上製336頁 ISBN978-4-7531-0291-4

帯文より:徳川初期の儒学から「帝国」日本の思想的帰結としての東亜協同体論まで、日中関係の精緻な思想研究の成果に立って、今なおグローバル時代の日本国民の課題である「他者理解」の問題を照射する思想史。

★松本先生と言えば、丸山真男さんのお弟子さんで、東京大学法学部卒、長年にわたり日本の近代政治思想を研究されてきた碩学です。3年前の2008年には東大出版会の「近代日本の思想家」シリーズの最終巻『吉野作造』を、シリーズ開始から半世紀後についに上梓されて、人文業界の枠を超えた大きな話題となりました。今回の新刊は、「あとがき」によれば、「二〇〇三年の九月から翌年の一月にかけて、同じ主題で川崎市の「かわさき市民アカデミー」でおこなった講義を原型として」いる書き下ろしだとのことです。「です・ます」調の柔らかい語調が心地よいです。本書が扱う日中関係史や東亜共同体論についてはこれまで世間では様々な議論が交わされてきましたけれど、よほどの専門家でない限り詳しくは知らないものです。知らないまま巷間に流布している言説を鵜呑みにしてしまいがちなのが現代人ですが、年々緊張を増しつつある日中関係を考えるためには過去の記録をひもとくのが一番です。どんな知識人がいつ、どういうことを発言していたか、本書は順を追って解説してくれます。江戸時代以降、明治大正期を中心に検証は進みます。福沢諭吉、中江兆民、勝海舟、岡倉天心、宮崎滔天、北一輝、吉野作造、石橋湛山、蝋山政道、三木清、尾崎秀美といった人物群が次々と登場します。「書き下ろしというかたちではあるいは最後の著書となるかもしれません」と著者は「あとがき」で告白しています。精読しなければなりません。


イスラームから見た「世界史」
タミム・アンサーリー著 小沢千重子訳
紀伊國屋書店 2011年9月 本体3,400円 46判上製685頁 ISBN978-4-314-01086-3

版元紹介文より:インド北部から中央アジアのステップ地帯にまで広がるミドルワールド――この広大な地域に広がるイスラーム世界とその歴史について私たちは何を知っているでしょうか。古代・中世・ルネッサンスを経て、産業革命、民主革命へ……私たちの多くが依拠する、西洋中心の「世界史」においては、主役を演じる国以外は後景へと追いやられています。9・11をきっかけに西洋世界ははじめてイスラーム世界に目を向けました。ともにメソポタミアではじまったふたつの歴史のもう一方では、いかなる物語が進行していたのでしょうか。十字軍遠征、植民地時代……そして、9・11――ムスリムは自らの歴史をどう捉え、いかに語り伝えてきたのでしょうか。アメリカにおける複数の世界史の教科書の執筆者でもある、アフガニスタン系アメリカ人の作家タミム・アンサーリーによる、もうひとつの「世界史」から、混迷を続けるイスラーム世界の成り立ちが見えてきます。

★哲学史や科学思想史を学んでいくと、遅かれ早かれイスラーム思想の豊かさに気づかされます。西欧文明に与えた影響力は測り知れません。たとえば、直近では約一年前に訳書が刊行されたマイケル・ハミルトン・モーガンの『失われた歴史――イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった』(平凡社、2010年9月)などをひもとくのもいいですし、あるいは五十嵐一(1947-1991)さんの『知の連鎖――イスラームとギリシアの饗宴』(勁草書房、1983年)を読んで、イスラーム思想が古代ギリシア思想からバトンを引き継いで発展させ、時を経てもう一度その成果が西欧文明にもたらされた経緯に思いをはせるのもいいと思います。ともあれ、その史的重要性にもかかわらず、イスラームがつい最近まで忘れ去られていた「かのように」思えてしまうのはどういうわけでしょうか。このたびの新刊書『イスラームから見た「世界史」』は、私たち日本の読者にとってその疑問を解明する糸口を与えてくれるかもしれません。古代から現代にいたる大部なイスラーム通史になるので、せっかちな読者はまず「終わりに」と「後記――日本の読者へ」を読んで、著者が考えるイスラーム世界の現在の位置付けを確認しておいたほうがいいかもしれません。そして、現代に近い直近の半世紀を扱う第17章から順番に遡っていくというのが一つの手です。

★「訳者あとがき」から引用します。「本書はムスリムが語り伝えてきた世界の歴史を血の通った人間のドラマとして描いたものである。〔…〕広く東西の文献を渉猟し、イスラームの伝承を咀嚼して生まれた得がたいイスラーム入門書である。ルーミーやラービア、バーブルら魅力的な人物が詩情たっぷりに描かれ、読者を驚嘆させること必至のアフガーニーなど日本人にはなじみの薄い人物が登場する」(660-661頁)。


無知な教師――知性の解放について
ジャック・ランシエール(1940-)著 梶田裕+堀容子訳
法政大学出版局 2011年8月 本体2,700円 四六判上製254頁 ISBN978-4-588-00959-4

版元紹介文より:人間の平等という原則に目を閉ざし、知性の優劣という虚構によって人びとを序列化してきた近代教育。他者への侮蔑にもとづく「愚鈍化」の体制から身を引き剥がし、現実の不平等に立ち向かう知性の主体となるために必要な学びの原理とはどのようなものか? 十九世紀の「無知な教師」ジョゼフ・ジャコトがめざした革命的教育の教えをモデルに、今日の「侮蔑社会」の泥沼から解放された人間を待望する。「教師」とは誰か。何を、どのように教えるべきか。教育はいつから「制度」になったのか。知性を持つ者/持たぬ者を分断するのは誰か。子どもたち・教師たちはなぜ「愚鈍化」させられるのか。社会の階層化を推し進める「他者の知性への侮蔑」と「不平等への情念」を批判し、互いの理性・知性の自立を認める教育、そして民主主義を夢見るために。

★ランシエールの面目躍如たる、ラディカルな教育(者)論です。ほとんどの日本人は「ジャコトって誰?」というところだと思いますが、イリイチやフレイレ、ポール・グッドマンなどの(反)教育論にもしもピンとくる方なら、本書に興味を持って下さるはずです。いえ、今挙げた誰の名前を知らなくても構いません。知ること、考えること、教えあうことの困難さと重要性は大人になればいっそう身にしみてくるものです。自分自身の「教育」を胸の内でもう一度、一から立て直そうと真剣に考えたいすべての方にお薦めします。ジャコトの墓碑銘にはこう書いてあったそうです、「神は人間の魂を、教師なしにひとりでに学ぶことができるようにお造りになったと私は信じる」と。
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by urag | 2011-08-28 23:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 24日

9月上旬刊行予定新刊:『関係主義的現象学への道』

a0018105_21332340.jpg2011年9月9日取次搬入予定【ジャンル:人文・哲学】

関係主義的現象学への道
エンツォ・パーチ:著 上村忠男:編訳
A5判上製208頁 本体3,200円 ISBN978-4-901477-87-1

現象学、マルクス主義、実存哲学――これらはパーチにおいて関係主義という展望のもとに合流する。20世紀イタリア思想における、時間・歴史・実存・労働をめぐる知られざる哲学の水脈を明らかにする一書。シリーズ「古典転生」第4回配本(本巻第3巻)

目次:
第1章 関係主義的展望
第2章 関係主義の歴史主義的基礎
第3章 実存の消費と関係
第4章 経験の関係論的構造
第5章 時間・実存・関係
第6章 マルクスとフッサールにおける人間の意義
編訳者あとがき

エンツォ・パーチ(Enzo Paci:1911-1976):イタリアの哲学者。著書の日本語訳に以下がある。
1963年『諸科学の機能と人間の意義』(抄訳、上村忠男監訳、村上弥生・谷徹・木前利秋訳、法政大学出版局、1991 年)

上村忠男(うえむら・ただお:1941-):思想史家。著書に以下がある。
『ヴィーコの懐疑』(みすず書房、1988年)
『歴史家と母たち』(未來社、1994年)
『ヘテロトピアの思考』(未來社、1996年)
『バロック人ヴィーコ』(みすず書房1998 年)
『歴史的理性の批判のために』(岩波書店、2002年)
『超越と横断』(未來社、2002年)
『グラムシ 獄舎の思想』(青土社、2005年)
『韓国の若い友への手紙』(岩波書店、2006年)
『無調のアンサンブル』(未來社、2007年)
『現代イタリアの思想をよむ』(平凡社ライブラリー、2009年)
『ヴィーコ』(中公新書、2009年)
『知の棘』(岩波書店、2010年)
『カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まってしまった』を読む』(平凡社ライブラリー、2010年)

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シリーズ「古典転生」既刊
第一回配本(本巻1):エミール・ブレイエ「初期ストア哲学における非物体的なものの理論」江川隆男訳・解説、06年6月刊、本体3400円
第二回配本(別巻1)平井浩編「ミクロコスモス――初期近代精神史研究 第1集」10年2月刊、現在品切(第2集刊行時に重版予定)
第三回配本(本巻2):ジャン・ヴァール「具体的なものへ――20世紀哲学史試論」水野浩二訳、10年3月刊、本体3800円

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書店の皆様へ。弊社ではパターン配本を行っておりません。新刊配本をご希望の場合は、9月2日までに弊社へご発注ください。お待ちしております。
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by urag | 2011-08-24 21:33 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 22日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2011年10月中旬開店予定
ジュンク堂書店甲府店:820坪
山梨県甲府市丸の内1-21-15 岡島百貨店 6F
帳合はO。弊社へのご発注はほぼ全点でした。この地域だけでなく山梨県下では弊社の既刊本や新刊本を必備していただいている書店さんは弊社が把握している限りではなかったので、とても嬉しいです。都道府を除く43県で弊社本の在庫がないいわゆる「ゼロ県」はほかにもあります。弊社のような零細出版社の本を在庫していただいている書店さんは全国でほんの一握りの超大型店が中心ですが、特に新規開店で全点発注されるのは、ジュンク堂さんをおいてほかはないのが現状です。

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by urag | 2011-08-22 14:49 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 15日

ウェブ連載:ルソー『化学教程』翻訳プロジェクト 第二回

ウェブ連載第二回をまもなく弊社ウェブサイトにて公開する予定です。その一部を先駆けて掲載いたします。

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『化学教程』第一部 物体の諸要素とそれらの構成について
第一章 物質の原質(1)について

1 [A:1, F:9, C:57]自然学physique(2)、とりわけ博物誌に利点があるということは、もはや無学な人たちの間でさえ自明である。私たち自身についての知識、すなわち私たちの身体〔物体〕corpsについての知識、そして私たちを取り巻いている物体についての知識は、私たちの自己保存、安楽、楽しみにとって非常に有益である(3)、ということをすべての人々が認めている。それゆえ、自然学と博物誌の一般な利点を明らかにすることはもはや問題にはならず、誰もその利点について議論することはない。

(1) 原質principesとは、物質を構成するものを意味する。
(2) physiqueは、現在では「物理学」と訳されるが、当時はより包括的な学問分野であったため、本書では「自然学」と訳す。
(3) 安楽commodité、楽しみplaisirsの二語がシャンピオン版では抜け落ちている。

2 [C:58]〔だが〕化学と呼ばれる自然学のこの一分野については、事情が全く違う。多数の偉大な哲学者たちを生んだこの偉大な時代にもかかわらず、その時代に人々がなした進歩、そしてその進歩から得られた利益――その利益が健康に関するものであったにせよ、教育〔教化〕instructionに関するものであったにせよ――にもかかわらず、そして化学が人々の財産である技術を富ませるような素晴らしき多くの発見を有しているにもかかわらず、啓蒙されたはずの人々でさえ、今日でも化学を無用で空想的な研究であるとみなしている。彼らはさらに、化学の主要な探求はありもしない〔錬金術の〕変成transmutation(4)か有害な治療(5)のみを目的としている、とみなしているのだ(6)。[A:2]しかし、物質とよばれるあらゆるものから獲得できる最も確実な知識へと私たちが到達しうると見込めるのは、唯一化学によってであると思われる。というのも、化学の目的とは物質の本質esssenceを知ること、物質の内的構造を詳述すること [F:10]、それによって化学が私たちに示す様々な様態modesや偶有性accidentsの原因を発見することだけなのである。自然学は物体をその運動、形象、その他の似たような変化〔様態〕によってのみ考察する限りにおいて、諸物体が相互に産出し合う効果〔結果〕effetsのいくつかについて判断することを私たちに教えてくれる。しかし、自然学はいわば見かけécorceと表面surfaceしか検討しないので、自然学は物質を内的にかつその固有の基体substance(7)によって認識することは少しもできないのである。そうした探求に向けられる化学は自然学のあらゆる部分の中で一番重要である。そして自然の――すなわち自然を構成する物体の――真の認識に到達するための何らかの道筋が存在するとすれば、それは物体の分析analyse(8)と物体自体を形成する要素éléments(9)に関する知識によって到達可能となるのである。それゆえ、これら二つの研究〔自然学と化学〕を分離してはならない。両者にはそれぞれ固有の探求があるのだが、この二つの研究は相互に補完しあわねばならない。かつ、それらの研究を成功させるための最良の方法は以下のとおりである。すなわち、同じ速度で両者の研究を共に押し進め、私たちの時代で最も偉大な哲学者たちにならって自然学者の諸発見を化学の操作を完成させるために使用し、そして化学の知識によって実験自然学la physique expérimentaleの謎のなかに入り込むことである。

(4) 錬金術alchimieのひとつの目的は、卑金属を貴金属(とりわけ金や銀)に変えることであった。
(5) 青年ルソーの母親の代わりでもあり、恋人でもあったヴァラン夫人は民間療法や錬金術を学んでいた。だが、ルソーは彼女が学んでいたそのような学問を悪く思っていたようである。「彼女〔ヴァラン夫人〕のうけた教育は雑然としていた。〔中略〕彼女は哲学や自然学の原理を多少は知っていたが、彼女の父が持っていた民間療法や錬金術への趣味嗜好も持っており、不老薬やチンキ剤や練香や妙薬を作ったりしていた。秘法を持っていると彼女は言っていた。こういう夫人の弱みにつけこんで、ペテン師どもは彼女をとっつかまえ、食いさがり、破産させた」(Confessions, OC, t. I, p. 50.『告白』(上)、桑原武夫訳、岩波文庫、1965年、73頁)。
(6) ルソー原注: 技術が化学から引き出した利点の詳細について私たちは以下で詳述するだろう。
(7) 本訳では、matièreとsubstanceのレベルの違いを考慮して、前者を「物質」と、後者を「基体」と訳した。Vocabulaire technique et critique de la philosophie(s. v. « substance », Lalande, André, Vocabulaire technique et critique de la philosophie (9e éd), Paris : Presses universitaires de France, 1962)では、化学の分野で使われるsubstanceをmatièreで言い換えている(むろん、アリストテレス以来の「基体」の三種類の区別を背景としている。『形而上学』1029a2-4を参照)。また、ルソーのテキストにおいても、両者はほとんど置換可能な場合が多いので、同じ訳語を当てることにした。
(8) 分析analyseとは、物体を構成物質に分解することを意味する。この「分析」概念は、『化学教程』における最重要概念であると言ってもよい。本書におけるルソーの課題を端的にまとめれば「どのようにして物体を分析することが可能であるか」である。『化学教程』の中でルソーは先人の化学者たちの分析方法の不十分さを指摘し、化学的分析の彫琢を目指している。また、「分析」概念は彼の政治思想における方法論にとっても重要である。詳しくは、以下の拙著論文をご覧頂きたい。淵田仁「なぜルソーは「分析」を批判したのか?――ルソーの『化学教程』についての試論」、『フランス哲学・思想研究』第16号所収、日仏哲学会、2011年刊行予定。
(9) 要素élémentsとは、物体を構成する素材を指す。『化学教程』では、アリストテレスの四元素説が要素élémentsとして採用されている。すなわち、火、水、空気、土である。

3 [C:59]しかしながら、私たちが知っているあらゆる物体は――それらの間にいかなる差異があろうとも――、共通の特性propriétésを持っているので、それらの物体が同様の要素で構成され、これら要素の組み合わせだけが各々の類genreと種espèceを構成していると考えることは当然である。一般に物体および物質と言う場合、……【続きは月曜社公式ウェブサイトで公開中です】
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by urag | 2011-08-15 12:06 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 14日

今週発売の注目新刊(2011年8月第3週)

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★人文書院さんのすぐれた入門書「ブックガイドシリーズ 基本の30冊」の最新刊は二点同時発売です。取次搬入が18日(木)。続刊はこの秋、松村圭一郎『文化人類学』になるそうです。このシリーズは人文書棚をどうやって構成しようかと日々研鑽されている書店員さんにとっても、基本書をどう扱うかということを考える上で非常に有益だと思います。

日本思想史
子安宣邦編
人文書院 2011年8月 本体1,800円 46判並製202頁 ISBN978-4-409-00105-9

帯文より:「日本」という枠組みを問い直し、思考を触発し続ける30冊。

目次:
まえがき
第1部 日本/古代
 網野善彦『日本論の視座――列島の社会と国家』小学館、1990年(新装版2004年)
 山尾幸久『日本国家の形成』岩波新書、1977年
 津田左右吉『神代史の新しい研究』二松堂書店、1913年
 和辻哲郎『日本古代文化』岩波書店、初版1920年(改訂1925年、改稿1939年、新稿1951年)
 三品彰英『日本神話論』平凡社『三品彰英論文集』第1巻、1970年
 西郷信綱『古事記の世界』岩波新書、1967年
第2部 中世
 高取正男『神道の成立』平凡社、1979年(平凡社ライブラリー1993年)
 黒田俊雄『寺社勢力』岩波新書、1960年
 網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社、1978年(増補版1987年、平凡社ライブラリー1996年)
 大隅和雄『信心の世界、遁世者の心』中央公論社『日本の中世』2、2002年
第3部 近世①
 阿部吉雄『日本朱子学と朝鮮』東京大学出版会、1965年
 野口武彦『江戸の歴史家』筑摩書房、1979年(ちくま学芸文庫1993年)
 子安宣邦『江戸思想史講義』岩波書店、1998年(岩波現代文庫2010年)
 ヘルマン・オームス『徳川イデオロギー』黒住真ほか訳、ぺりかん社、1990年
 丸山眞男『日本政治思想史研究』東京大学出版会、1952年
 尾藤正英『江戸時代とは何か』岩波書店、1992年(岩波現代文庫2006年)
第4部 近世②
 村岡典嗣『本居宣長』警醒社、1911年(岩波書店1928年、増補版1・2平凡社東洋文庫2006年)
 小林秀雄『本居宣長』新潮社、1977年(新潮文庫上下巻1992年)
 E・H・ノーマン『忘れられた思想家――安藤昌益のこと』上下巻、大窪愿二訳、岩波新書、1950年
 テツオ・ナジタ『懐徳堂――18世紀日本の「徳」の諸相』子安宣邦監訳、岩波書店、1992年
 伊東多三郎『草莽の国学』羽田書店、1945年(再版真砂書房1966年、増訂版名著出版1972年)
第5部 近代/現代
 大川周明『日本精神研究』文録社、1927年(明治書房1939年)
 相良亨『日本人の伝統的倫理観』理想社、1964年
 湯浅泰雄『近代日本の哲学と実存思想』創文社、1970年
 色川大吉『新編 明治精神史』黄河書房、1964年(講談社学術文庫上下巻1977年)
 安丸良夫『近代天皇像の形成』岩波書店、1992年(岩波現代文庫2007年)
 村上重良『国家神道』岩波新書、1970年
 戸坂潤『日本イデオロギー論』白揚社、1935年(岩波文庫1977年)
 竹内好『日本とアジア』筑摩書房『竹内好評論集』3、1966年(ちくま学芸文庫1993年)
 子安宣邦『近代知のアルケオロジー』岩波書店、1996年(増補→岩波現代文庫『日本近代思想批判』2003年)

★目次情報に副題と出版社名、刊行年を足して掲出しておきます。中には現時点で別の版が存在している本もありますが、基本的にガイドブック内で記載されているもののみを書き起こしました。以下の『メディア論』の目次についても同様です。

メディア論
難波功士著
人文書院 2011年8月 本体1,800円 46判並製226頁 ISBN978-4-409-00106-6

帯文より:クールでホット、神経をツイストさせる誘(いざな)いの30冊。

目次:
はじめに
第1部 メディアの生成
 ベンヤミン『複製技術時代の芸術』河村二郎ほか訳、紀伊國屋書店、1965年
 オング『声の文化と文字の文化』桜井直文ほか訳、藤原書店、1991年
 リップマン『世論』掛川トミ子訳、岩波文庫、1987年
 マーヴィン『古いメディアが新しかった時――19世紀末社会と電気テクノロジー』吉見俊哉ほか訳、新曜社、2003年
 水越伸『メディアの生成――アメリカ・ラジオの動態史』同文館、1993年
 フィッシャー『電話するアメリカ――テレフォンネットワークの社会史』吉見俊哉ほか訳、NTT出版、2000年
 フルッサー『写真の哲学のために』深川雅文訳、勁草書房、1999年
 前田愛『近代読者の成立』有精堂出版、1973年(岩波現代文庫2001年)
 北田暁大『広告の誕生――近代メディア文化の歴史的社会学』岩波書店、2000年(岩波現代文庫2008年)
 加藤秀俊『テレビ時代』中央公論社、1958年
第2部 マスメディアの世紀
 有山輝雄『近代日本のメディアと地域社会』吉川弘文館、2009年
 佐藤健二『読書空間の近代――方法としての柳田国男』弘文堂、1987年
 キャントリル『火星からの侵入――パニックの社会心理学』斎藤耕二ほか訳、川島書店、1971年
 ヴィリリオ『戦争と映画――知覚の兵站術』石井直志ほか訳、UPU、1988年(平凡社ライブラリー1999年)
 ブーアスティン『幻影の時代――マスコミが製造する事実』後藤和彦ほか訳、東京創元社、1964年
 ホガート『読み書き能力の効用』香内三郎訳、晶文社、1974年
 モラン『プロデメの変貌――フランスのコミューン』宇波彰訳、法政大学出版局、1975年
 萩元晴彦、村木良彦、今野勉『お前はただの現在にすぎない――テレビになにが可能か』田畑書店、1969年(朝日文庫、2008年)
 パットナム『孤独なボウリング――米国コミュニティの崩壊と再生』柴内康文訳、柏書房、2006年
 メイロウィッツ『場所感の喪失――電子メディアが社会的行動に及ぼす影響』上巻、安川一ほか訳、新曜社、2003年

第3部 メディアの現在進行形
 アンダーソン『増補 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』白石さやほか訳、NTT出版、1997年
 佐藤卓己『現代メディア史』岩波書店、1998年
 キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』石光泰夫ほか訳、筑摩書房、1999年(ちくま学芸文庫上下巻2006年)
 原崎惠三『海賊放送の遺産』近代文藝社、1995年
 ペンリー『NASA/トレック――女が宇宙を書きかえる』上野直子訳、筑摩書房、1998年
 とりみき『愛のさかあがり[天の巻][地の巻]』角川書店、1987年(ちくま文庫上下巻1995年)
 吉見俊哉、若林幹夫、水越伸『メディアとしての電話』弘文堂、1992年
 井手口彰典『ネットワーク・ミュージッキング』勁草書房、2009年
 ライアン『膨張する監視社会――個人識別システムの進化とリスク』田畑暁生訳、青土社、2010年
 マクルーハン『メディア論――人間拡張の諸相』栗原裕訳、みすず書房、1987年

★シリーズ以外の人文書院さんの続刊予定には、たとえばエリファス・レヴィ『大いなる神秘の鍵――エノク、アブラハム、ヘルメス・トリスメギストス、ソロモンによる』(鈴木啓司訳)や、ロビン・D・G・ケリー『フリーダム・ドリームス』(高廣凡子・篠原雅武訳)などがあります。前者は『高等魔術の教理と祭儀』(1856年)、『魔術の歴史』(1860年)に続く、魔術三部作の完結篇(1861年)です。前二作は人文書院さんから刊行されています。


儀礼と権力 天皇の明治維新 
ジョン・ブリーン(John Breen, 1956-)著
平凡社 2011年8月 本体3,000 円 四六判上製296頁 ISBN978-4-582-84231-9

帯文より:維新期、天皇は何をしていたか? 権力の新編成、その表示と定着、対外的な主権の確立、そして万世一系の神話を組み込む近代国家の統合の中核づくり……その真ん中でいそしむ天皇の儀礼的身体をとらえる!

カバー裏紹介文より:幕末・明治維新期、天皇は諸勢力に担がれる「玉」として、あるいは礼拝される御真影の図像として、スタティックにあっただけではない。たとえば五ヶ条の誓文の式典において、新しい権力編成を上演し、世界に刻み込むアクターとして、たとえば主権の確立に向け諸国の公使を謁見する勲章で飾られた万国公法的身体として、また万世一系神話を組み込み再編成される近代神道の中心として、日々自らの役割に具体的に邁進していた。〈儀礼と権力〉の支店から、日本の近代国家と天皇のありようをとらえなおす、画期的な論考!

目次:
はじめに
序章 明治天皇を読む
第一部 近代天皇と国家儀礼
 第一章 孝明政権論――将軍の上洛と国家儀礼の再編成
 第二章 天皇の権力――国家儀礼としての「五ヶ条の誓文」
 第三章 明治天皇の外交
第二部 近代神社・神道の祭祀と儀礼
 第四章 近代神道の創出――神仏判然令が目指したもの
 第五章 神道の可能性と限界――大国隆正の神道論
 第六章 神社と祭りの近代――官幣大社日吉神社の場合
付論 靖国――戦後の天皇と神社について
あとがき
索引

★著者はイギリス人の日本史家。現在は国際日本文化研究センター教授。「はじめに」によれば「本書は、明治維新を軸に近代の天皇を儀礼的な観点から語るものである。第一部では、孝明、明治両天皇に焦点をしぼり、天皇が主役の儀礼の力学を考察するが、第二部では、同じく明治維新を軸として神社に目を向け、神社の祭祀、祭礼(どちらも儀礼の範疇に入る)の近代的意味を考える」とのこと。ここ5、6年の間に著者が各所で発表してきた論考をまとめたものです。近代日本における天皇制の変遷を振り返る上で勉強になります。
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by urag | 2011-08-14 01:20 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 07日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

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★西山雄二さん(デリダ『条件なき大学』訳者、『ブランショ政治論集』共訳者)
★堀江敏幸さん(ドアノー『不完全なレンズで』訳者)

東日本大震災復興支援チャリティ書籍として明日8月8日に勁草書房さんより発売される『ろうそくの炎がささやく言葉』という新刊に寄稿されています。西山さんはミシェル・ドゥギーの詩作品「マグニチュード」を翻訳され、堀江さんは詩作品「天文台クリニック」を執筆されています。

ろうそくの炎がささやく言葉
管啓次郎・野崎歓編
勁草書房 2011年8月 本体1,800円 A5判並製204頁 ISBN978-4-326-80052-0

帯文より:朗読のよろこび、東北にささげる言葉の花束。ろうそくの炎で本を読もう。31人の書き手による詩と短編のアンソロジー。

目次:
「ろうそくがともされた」谷川俊太郎(詩人)
「赦されるために」古川日出男(作家)
「片方の靴」新井高子(詩人)
「ヨウカイだもの」中村和恵(もの書き、明治大学教授、比較文学)
「ワタナベさん」中村和恵(もの書き、明治大学教授、比較文学)
「わたしを読んでください。」関口涼子(詩人、翻訳家、在フランス)
「白い闇のほうへ」岬多可子(詩人)
「今回の震災に記憶の地層を揺さぶられて」細見和之(詩人、大阪府立大学教授、ドイツ思想)
「祈りの夜」山崎佳代子(詩人、翻訳家、在ベオグラード)
「帰りたい理由」鄭暎惠(社会学者、大妻女子大学教授、旅人または非国民)
「よき夕べ」ジャン・ポーラン/笠間直穂子(上智大学ほか非常勤講師、フランス文学)訳
「哀しみの井戸」根本美作子(明治大学教授、フランス文学)
「文字たちの輪舞〔ロンド〕」石井洋二郎(東京大学教授、フランス文学)
「マグニチュード」ミシェル・ドゥギー(詩人、在フランス)/西山雄二(首都大学東京准教授、フランス思想・文学)訳
「(ひとつの心が…)」エミリー・ディキンソン/柴田元幸(翻訳家、小説家)訳
「インフルエンザ」スチュアート・ダイベック(作家、在アメリカ)/柴田元幸(翻訳家、小説家)訳
「この まちで」ぱくきょんみ(詩人)
「箱のはなし」明川哲也(作家、詩人、道化師)
「ローエングリンのビニール傘」田内志文(文筆家、翻訳者)
「あらゆるものにまちがったラベルのついた王国」エイミー・ベンダー(作家、在アメリカ)/管啓次郎(詩人、比較文学者、明治大学教授)訳
「ピアノのそばで」林巧(作家)
「めいのレッスン」小沼純一(詩人、音楽・文芸批評、早稲田大学教授)
「語りかける、優しいことば――ペローの昔話」工藤庸子(フランス文学、東京大学名誉教授)
「しろねこ」エリザベス・マッケンジー(作家、在アメリカ)/管啓次郎(詩人、比較文学者、明治大学教授)訳
「月夜のくだもの」文月悠光(詩人)
「樹のために――カリン・ボイエの詩によせて」冨原眞弓(聖心女子大学教授、フランス思想・北欧文学)
「天文台クリニック」堀江敏幸(作家、早稲田大学教授、フランス文学)
「地震育ち」野崎歓(東京大学准教授、フランス文学)
「日本の四季」ジャン=フィリップ・トゥーサン(作家、映画監督、写真家、在ベルギー)/野崎歓(東京大学准教授、フランス文学)訳
「フルートの話」旦敬介(作家、翻訳家、明治大学教授、アフロ・ラテンアメリカ文化研究)
「川が川に戻る最初の日」管啓次郎(詩人、比較文学者、明治大学教授)
「あとがき」
「写真家、装幀家より」荒井卓(写真家)/岡澤理奈(インタフェースデザイナー)

◆著者の上記の肩書はすべて版元情報に拠っていますがもともとは著者自身によるものと拝察します。版元の新刊案内にある「内容紹介」によれば、「言葉の仕事をしてきた私たちがこれからも沈黙に陥ることなく言葉を紡いでいくという意志をこめて、収録作品はすべて新作か新訳といたしました。また人間の経験には多様な応答のしかたがあると考えることから、内容は震災と直接関わるものも関わらないものもあります。世界をつねに新鮮に見せる言葉への信頼と未来への寿ぎを込めたこの本を、手にとっていただけたら幸いです」とのことです。本書の売上の一部は「東日本大震災」復興支援のために寄付されるとのことです。本書の特設サイトはこちら。また、今月下旬に以下の通り刊行記念イベントが行われます。

ろうそくの炎で楽しむ朗読会

出演:笠間直穂子+工藤庸子+林巧+古川日出男+岬多可子
ホスト:管啓次郎

日時:2011年8月21日(日)18:00(開場17:30)
会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
定員:100名様
入場料:1,200円(税込)
参加方法:
[1] ABCオンラインストア(上記イベント名のリンク先)にて予約受付。
[2] 本店店頭にてチケット引換券を販売。
※入場チケットは、イベント当日受付にてお渡しします。
※当日の入場は、先着順・自由席となります。
※電話予約は行っておりません。
お問い合わせ:青山ブックセンター本店 03-5485-5511

内容:『ろうそくの炎がささやく言葉』に収録された作品の一部を、執筆者たちによる自作朗読のかたちでお届けします。出演者は、編者の管啓次郎さんをはじめ、笠間直穂子さん、工藤庸子さん、林巧さん、古川日出男さん、そして岬多可子さん。さらに当日サプライズゲストの可能性も? ろうそくがともる幻想的な空間で、紡ぎ出される声の響きの魅力を、ぜひゆったりと感じてください。いただいた入場料のうち200円は、東日本大震災の義援金として寄付いたします。寄付先は後日、青山ブックセンターホームページにて発表させていただきます。

◆本書とはまったく関係ありませんが、勁草書房さんでは先月、ドイツの法学者オットー・フォン・ギールケ(Otto Friedlich von Gierke: 1841-1921)の1880年の著作『ヨハネス・アルトジウス――自然法的国家論の展開及び法体系学説史研究』(笹川紀勝・本間信長・増田明彦訳)が刊行されました。現物が手元にないので比較していないのですが、これは2003年2月に国際基督教大学の「社会科学研究所モノグラフシリーズ」の一冊として刊行された抄訳版『共生と人民主権:ヨハネス・アルトジウス――自然法的国家論の展開並びに法体系学説史研究』(笹川紀勝監訳、本間信長・松原幸恵訳)の、待望の完訳版になるのかなと思います。勁草書房さんのウェブサイトに掲載された目次によれば、原注が抄訳となっているようです。なお、ギールケの訳書には以下のものがありますが、いずれも長期品切。『中世の政治理論』(阪本仁作訳、ミネルヴァ書房、1985年)、『ドイツ私法概論』(石尾賢二訳、三一書房、1990年)。


★大谷能生さん(『貧しい音楽』著者)

河出文庫の今月の新刊で、菊地成孔さんとの共著『M/D――マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究(上)』が発売されました。8日発売ですが、すでに書店店頭に週末から並び始めているようです。

M/D――マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究(上)
菊地成孔・大谷能生
河出文庫 2011年8月 本体1,400円 文庫判536頁 ISBN978-4-309-41096-8

版元内容紹介より:『憂鬱と官能』のコンビがジャズの帝王=マイルス・デイヴィスに挑む! 東京大学における伝説の講義、ついに文庫化。上巻は誕生からエレクトリック期前夜まで。文庫オリジナル座談会には中山康樹氏も参戦!

下巻は来月5日発売予定。『憂鬱と官能を教えた学校』はすでに昨春、全二巻で文庫化されています。


★大竹伸朗さん(『UK77』『権三郎月夜』『ネオンと絵具箱』著者)

本日8月7日、東京・夢の島で開催された〈WORLD HAPPINESS 2011〉の会場で販売されたYellow Magic Orchestraと大竹伸朗さんとのコラボグッズ――〈ワイエムオー テクノ ポップ〉と描かれたTシャツ(白/黒の2色)、タオル、ピンバッジ――の3種類のうち、Tシャツとタオルが8月10日から〈commmonsmart〉でも販売予定だそうです。oops!のニュース記事「YMOと大竹伸朗のコラボ・グッズ登場」よりの情報。なお、〈commmonsmart〉では、commonsと大竹さんのコラボTシャツ「音楽一筋」が昨夏より好評販売中の模様。
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by urag | 2011-08-07 22:14 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 06日

新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる予定の本屋さん

2011年10月5日(水)
MARUZEN&ジュンク堂書店新静岡店:675坪
静岡県静岡市葵区鷹匠1-1-1 新静岡セノバ 5F
取次はO。静岡鉄道「新静岡」駅直結の複合施設「新静岡セノバ」の5階に新規開店。5階は「ダイニング&カルチャー」と銘打たれ、レストラン街「セノバ・ザ・ダイニング」を併設。階上の6~8階は約560台を収容可能な駐車場、9階は10スクリーンを擁するシネコン「シネシティ・ザート」。さらに階下のキーテナントには4階に家電専門店「ノジマ」、3階に静岡初出店の「東急ハンズ」(同じく3階にはフードコート「セノバ・キッチン」もあり)が入店。1~2階はファッション、地下階(BF)は食料品売場など。

ダブルネーム「M&J」としては5店舗目の出店。周知の通り、一年前に丸善新静岡店が同区御幸町4-6から撤退。谷島屋、江崎書店、吉見書店など古参の地元勢力に対して再度挑戦するかたち。弊社への発注は人文書を中心にほぼ全点の発注。なお、10月中旬にジュンク堂書店甲府店がO帳合で開店予定だそうです。

2011年11月中旬
TSUTAYA代官山店:図書300坪、レンタル500坪、セル150坪、その他250坪
東京都渋谷区猿楽町31番・31番2・34番1
取次はN。東急東横線「代官山」駅より徒歩5分、旧山手通り沿いにカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)による「代官山プロジェクト」の一環で出店。CCCのCEOである増田宗昭(1951-)さんがプロジェクトについて綴った『代官山オトナTSUTAYA計画』という本が5月に復刊ドットコムから刊行されています。なぜ復刊ドットコムなのかというと、現在復刊ドットコムはCCCの子会社だから。本書の第一部は上記の書名リンク先にてPDFで無料公開中。3,630坪もの敷地に「代官山に緑と新しい文化生まれる空間、大人も楽しめる文化の森を創る」というのがプロジェクトのコンセプト。この場合の大人というのは、増田CEOが「プレミアムエイジ」と呼ぶ50歳以上の世代を指しています。

昨年10月には『11 ARTS――代官山プロジェクトをめぐる、11建築家の提案』という本も復刊ドットコムから刊行されています。11の建築家というのは、アーキテクトファイブ、architecture WORKSHOP、アトリエ・ワン、隈研吾建築都市設計事務所、クライン・ダイサム・アーキテクツ、窪田建築都市研究所、みかんぐみ、内藤廣建築設計事務所、ナスカ一級建築士事務所、NIIZEKI STUDIO、乾久美子建築設計事務所。最終的にはクライン・ダイサム・アーキテクツとアール・アイ・エー(RIA)との設計共同体による基本設計および実施設計となり、施工は鹿島建設が請け負うとのこと。端的に言って、11通りの可能性があった建築の相貌がこの1冊に再現されているわけです。

「真のIT時代」に必要とされるリアル店舗とは何か、という問いに対する増田CEOの答えが「代官山プロジェクト」であるとのことなので、言うまでもありませんが、かなり気合が入っています。代官山店の工事中の外観写真はこちらTSUTAYA TOKYO ROPPONGISHIBUYA TSUTAYAなどの試みで、次世代型書店を模索してきたCCCがもっとも力を注いでいるのが代官山店である、ということがそのプロモーション体制から分かる気がします。プロジェクトの概要に「「若者」に向けた新しい生活スタイルの情報を提供する拠点としてTSUTAYAを展開してきましたが、今回は、新しい文化やスタイルを築いていく「大人」たちに向けた生活提案に取り組んでいきます」と書かれてある通りです。また、遡ること一昨年の増田CEOのインタビュー記事「プレミアムエイジを成長エンジンに」もご参照ください。「代官山店につくって欲しいものを調査したところ一番多かったのがカフェでした。続いて本。そこで図書館と大人のカフェをつくろうと思っています。その図書館にはカークラブマガジンの創刊号から最新号までが全部揃う。2階は音楽のフロアで、ビートルズが使っていた本物の楽譜を飾るなんてことも考えています。アミューズの大里洋吉さんや、水野誠一さんにアドバイザーとして入ってもらっています」等と明かされています。

代官山店の所在地が三つに分かれているのは、3棟に分かれているからでしょう。店内構成はアート、建築、人文、車、料理、という5つの専門分野を強化ポイントとし、さらに雑誌(マガジン・ストリート)にも力を入れて、先述のプレミアムエイジをターゲットに品揃えをするとのことです。いずれも1階部分が書籍雑誌売場。その他250坪というのはカフェのようです。取次Nの出品依頼書ではプレミアムエイジが「55歳以上で時間的余裕のある方」と、より具体的に説明されており、さらに、代官山店について「流行やトレンドの情報発信地であり、文化へのリスペクトと次世代への継承を具体化する書物の森」を目指す、と書かれています。弊社へのご発注は写真集の主要商品と人文書が少々。

東日本大震災の影響によりオープンが夏予定だった当初より遅れていたようですが、版元に発注書が届いているということは完成も間近であると見ていいでしょう。進行状況については同プロジェクトのtwitterアカウントをフォローしておくのが便利なようです。ふたたびプロジェクト概要から引用すると、「「森の中の図書館」をイメージして作られる次世代のTSUTAYAには、本・音楽・映画を中心に、懐かしの作品やビンテージの貴重な作品をまるでライブラリーのように取り揃えるほか、商業施設内には食事や語らいを楽しめるようなカフェ、レストラン、買い物を楽しめる複数のテナントなどを展開していく予定」とのことなので、まあ率直に言うと「アンダープレミアムエイジ」な下町の貧乏人である私めにはほとんどご縁のなさそうなハイクラスなお店になるのでしょうけれど、そんな私にとっても「本のある街づくりの試み」としてはどんな仕上がりになるのか非常に楽しみです。
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by urag | 2011-08-06 13:34 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)