「ほっ」と。キャンペーン

<   2010年 05月 ( 19 )   > この月の画像一覧


2010年 05月 31日

ウラゲツ☆ブログは満6周年を迎えました

毎年忘れてしまうのですが、当「ウラゲツ☆ブログ」は今月6日に開設以来満6周年を迎えました。
ご愛読いただきまことにありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


[PR]

by urag | 2010-05-31 11:28 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 30日

ゼロ年代の編集者と書店員

ゼロ年代の出版社ゼロ年代/10年代の書き手、とここまで書いてきましたが、今回はゼロ年代の編集者について書こうと思います。ゼロ/10年代の書き手がいるということは、ゼロ年代の編集者がいるということを意味してもいます。

皆さんは自分が読む本のあとがきなどで「この編集者の名前はよく見かけるな」という経験はありませんか。そういう出会いを経て「この編集者の手がけた本なら何でも読んでみよう」というふうに発展していったことはないですか。私はあります。私にとってはたとえば哲学書房の中野幹隆(1943-2007)さんはそういう存在でした。中野さんは日本読書新聞→竹内書店→青土社→朝日出版社というふうに勤められた後、哲学書房を立ち上げられ、のちにセーマ出版も同時に運営されていましたので、それぞれの版元での中野さんのお仕事を再発見していくのは非常に楽しく、知的興奮に満ちた体験でした。

以下ではここ最近の新刊や先般のエントリーで言及した本の担当編集者氏の名前をピックアップしていきます。

ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇
東浩紀(1971-)+濱野智史(1980-) 編
河出書房新社 10年5月 本体2,800円 A5判並製カバー装484頁 ISBN978-4-309-24442-6

◆帯文より:氾濫する〈情報〉についての根源的思考。人文的知性によって分析されるネットワーク・公共性・匿名性――圧倒的ヴォリュームで語られる、現在性の精髄!「新時代の情報社会のアーキテクトは、いつか必ずや現実の情報空間のただなかから立ち上がるだろう」(濱野智史「まえがき」より)。

ised 情報社会の倫理と設計 設計篇
東浩紀+濱野智史編
河出書房新社 10年5月 本体2,800円 A5判並製カバー装494頁 ISBN978-4-309-24443-3

◆アーキテクチャが想像する〈社会〉とは何か。工学的知性によって描かれる自由・多様性・民主主義――来たるべき社会を構築するためのヴィジョンがここに!「情報社会は夢の苗床である。多くのひとが情報社会に夢を託す。isedは、そんな人々のさまざまな夢が、衝突しすれ違った文学的な場でもあった」(東浩紀「あとがき」より)。

★一週間ほど前にニコニコ生放送で配信された「朝までニコニコ生激論」(テーマ「民主主義2.1(夏)~代議制の拡張可能性について~」)において、パネラーの皆さんの前に置かれていた本こそ、この2冊です。

★「ised(アイエスイーディー)」というのは「Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society(情報社会の倫理と設計についての学際的研究)」の略号で、国際大学GLOCOMではこの「ised」名義で2004年から2005年にかけて全14回の共同討議が行われました。今回の新刊2点はこの共同討議を完全収録したもので、各巻の巻末には「ポストised、変化したことは何か」と題して、東・濱野両氏のほか、鈴木健、津田大介、藤村龍至の合計5氏による座談会が新たに追加されています。

★この2巻本の編集を担当されたのは吉住唯(1977-)さんです。某書評紙、某人文系雑誌の編集部を経て現在は河出書房新社に勤務されています。お気づきの方もおられるかもしれませんが、弊社より出版した高柳昌行『汎音楽論集』や大谷能生『貧しい音楽』の編集協力者でもあります。

a0018105_23355552.jpg


貧困の放置は罪なのか―グローバルな正義とコスモポリタニズム
伊藤恭彦(1961-)著
人文書院 10年5月 本体3,200円 四六判上製カバー装300頁 ISBN978-4-409-24089-2

◆帯文より:富裕国から貧困国へ、所得の2%移転は義務である。グローバリゼーションの影で過酷さを増す世界の貧困と格差。その解消のために、富裕国に住む我々にはいかなる義務があるのか。拡がりを見せるグローバル・ジャスティスの議論から丹念に説き起こす、比類なき熱き思考。著者渾身の一作。「本書が主張してきたグローバルな正義をまとめておこう。第一原理、全ての人が貧困死から解放される状態に至るまで地球上の富を再分割すべきである。第二原理、貧困死が除去されたとしても、残る格差が暴力的な力を発揮するならば、その暴力的作用がなくなる地点まで地球上の富を再分割すべきである。第三原理、暴力が除去されても残る格差は、格差構造の底辺にいる人々の潜在的可能性が高まるように作用してくてはならない」(本書より)。

★本書の担当編集者は松岡隆浩(1977-)さんです。松岡さんは某美術系版元を経て、現在は人文書院に所属されています。今週発売予定の次の本も松岡さんが担当されたものです。クリスティアン・マラッツィ『資本と言語』(柱本元彦訳、水嶋一憲監修、人文書院、10年6月、四六判上製200頁、本体予価2,800円)。

★なお、松岡さんとは別の編集者の方が担当されていますが、人文書院ではサルトル『嘔吐』の新訳が今夏刊行予定とのことです。訳者は鈴木道彦先生。同社のtwitterによれば「訳注がすごい」とか。プルースト『失われた時を求めて』(集英社文庫)を完訳されている鈴木先生は68年5月革命におけるブランショの素顔を知る貴重な証人であると同時に、サルトルを長年研究し続けてこられた仏文学者です。

a0018105_23363248.jpg

***

★このほか、先日「「10年代の書き手」とは誰か」で取り上げた最近の本の編集者の方々を見ていきますと、まず、福嶋亮大(1981-)さんの『神話が考える――ネットワーク社会の文化論』青土社、10年4月)のもととなった月刊誌「ユリイカ」での連載を担当されたのが山本充(1973-)さんです。昨日行われた福嶋さんのトークイベントで司会を務められた講談社の編集者、太田克史(1972-)さんと年齢が近いですね。

★来月(10年6月)20日に紀伊國屋書店新宿本店で催されるトークイベント「物質(マテリアリズム)と生(バイオ)――2010年代の思想情況はどう展開するのか?」で対談される白井聡(1977-)さんと矢部史郎(1971-)さんの本について言えば、白井さんの『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社、10年5月)を手掛けられたのが福田隆雄(1975-)さんで、矢部さんの『原子力都市』(以文社、10年3月)を担当されたのが前瀬宗祐(1976-)さんです。福田さんは某社会系雑誌を経て現在作品社編集部。前瀬さんは某評論系雑誌や某人文系雑誌を経て現在は以文社編集部所属、『VOL』などを手掛けておられます。

★こうして見てみると、ゼロ年代に活躍している編集者には雑誌出身の方が多いようです。それぞれ人脈も広く、優秀な方ばかりです。雑誌ということで言えば、昨日第3号が発売されたばかりの『SITE ZERO/ZERO SITE』を手がけるメディア・デザイン研究所の飯尾次郎(1971-)さんも70年代生まれですね。

***

★続いてぜひとも書いておかねばならないことがあります。ゼロ年代の書き手がいて、ゼロ年代の編集者がいて、ゼロ年代の出版社があるということは、ゼロ年代の書店員がいて、ゼロ年代の読者がいることを必然的に意味しています。ゼロ年代の書店員はなかなか表舞台には出ていらっしゃいませんが、当然のことながら、版元営業マンは誰がキーパーソンなのかを知っています。お一人ずつ実名と生年を挙げることは今は控えますけれども、すでにネット上でも有名な方を何名か挙げたいと思います。

★まず、さきほどの福嶋さんの新刊に連動してブックフェア「批評家の《思考》」を開催されている、ジュンク堂書店新宿店人文書担当の阪根正行(1975-)さんです。同フェアの紹介ページでは阪根さんと福嶋さんとのあいだで交わされた選書についての「やりとり」が公開されています。

★阪根さんはブログ「阪根タイガース」を公開なさっていますが、このほかにもウェブ上では以下を読むことができます。西山雄二(1971-)さんの署名記事「UTCP2008年度の活動終了――人文学にとってEvent(出来事)とは何か」(「UTCP」09年3月31日)、文芸誌『界遊』編集発行人の武田俊(1986-)さんとの対談「閉塞した出版業界の中で、掟破りのインディーズ・レーベルが勃興する!」(「日刊サイゾー」09年12月15日)、STUDIOVOICE ONLINE×界遊「ジュンク堂書店のカリスマ書店員に聞いた!」(「ミニコミ2.0~「誰でもメディア」時代の雑誌」)。阪根さんは書店員になる前は建築系のお仕事をされていて、インスタレーションをお作りになったりもしました。多彩な才能をお持ちですね。そう言えば私が初めて阪根さんとお会いした時、たしかカッチャーリやタフーリと建築について雑談をした記憶があります。

★また、阪根さんはここしばらく、「書店のハブ機能」について発言を続けてこれらています。昨年末(09年12月10日)には、西山雄二さんが担当教員を務められた東京大学全学自由研究ゼミナール「いま、知の現場はどこにあるのか――大学、批評、出版」の第10回「人文書を販売することの喜びと苦しみ」で、「ハブ型書店の可能性」と題した発表を行っておられますし、「週刊読書人」10年4月16日号に「2010年リアル書店の旅」と題したエッセイを寄稿しておられます。私も大いに共感するところです。阪根さんが出席された東大ゼミ第10回では、東大生協本郷書籍部の辻谷寛太郎(1968-)さんや早稲田大学生協コーププラザブックセンターの永田淳(1973-)さんも発表されています。お二人とも人文業界では有名な書店員さんです。永田さんは『VOL』同人も務められています。

a0018105_2337926.jpg

★阪根さんが寄稿されている「週刊読書人」10年4月16日号でトップインタビューを飾っているのは、ブックディレクターの幅允孝(1976-)さんです。幅さんは今や業界内外を問わず有名人ですからあえて私が紹介するまでもありませんが、インタビュー記事「ブックディレクションと本の可能性」の冒頭に付された編集部のリードが端的に幅さんのご活躍をまとめておられるので、引用しておきます。曰く「「本屋に人が来ないなら、人のいる場所に本を届けよう」。書店員だった経歴をもつ幅允孝氏は現在、ミュージアムショップ、飛行場、予備校など方々に〈本の居場所〉をつくっている」と。幅さんは青山ブックセンター、編集プロダクションJIを経て、05年10月にBACHを設立されました。そのご活躍はTV番組「情熱大陸」(08年10月19日放送)で紹介された通りです。

★私は一昨年の秋(08年10月24日)に行われた人文会40周年記念東京合同研修会「人文書の可能性を探る」において、「本をつくることばかりが編集なのではない」ということについて話しました。そこで、本を通じて本の外を編集する選書業の仕事について言及しました。本屋ではない場所に本棚をつくる選書業のモットーは、「生活のあらゆる場所に本を」です。そうした選書業はゼロ年代に花開いたもので、キーパーソンには幅さんのほかにも、洋書部門ではメメックス/ハックネットの安岡洋一(1967-)さん、和洋両方の新刊と古書を扱うユトレヒトの江口宏志(1972-)さん、選書と芸術活動をクロスさせようとするnumabooksの内沼晋太郎(1980-)さんらがいます。

★一方では書店で、他方では書店の外で活躍しておられるゼロ年代の書店員/ブック・コーディネーターの方々は、このほかにも全国にいらっしゃいます。私は本を売ることの醍醐味は、アメリカの書店人ローバート・ヘイルが書いた次の言葉において表現されているように思います。

★「本の真の実質は、思想にある。書店が売るものは、情報であり、霊感であり、人とのかかわりあいである。本を売ることは、永久に伝わる一連の波紋を起こすことである。最初の波は本を読んだ人に伝わる。読者は本の内容を楽しんだり、利用したりする。ついで波は、真面目な議論や愉快な話として、ほかの人々に伝わっていく。本の真の実質は、読者に対する人生上の影響にあるのである。/書店は、書棚に魔法を満たすことも、嵐を吹かせることもできる。歴史小説は、読者を真実の探検に送りこみ、読書による体験をあたえる。旅行書は、実際にそこへ行く以上に場所の感覚を盛りこんでいる。詩は深いものの見方と洞察を人にあたえる。書店人は、人々を日々の抑圧から解き放し、楽しみ、希望、知識を人々に贈るのである。書店人が、特別の人間でなくてなにあろう」(ロバート・D・ヘイル「書店人とは?」、『書籍販売の手引――アメリカ書店界のバイブル』(米国書店組合連合会編、豊島宗七訳)所収、日貿出版社、1982年、xix頁)。

★ゼロ年代/10年代の出版界を語る上で、私はもうひとつ、「ゼロ年代から10年代へ:人文系小規模出版社」には書かなかった出版人について書かなければなりません。ISBNコードを取得しなくても、取次口座を開設できなくても出版活動はできるのだ、ということを証明している独立系出版社の紹介です。遠からず、書く機会があるといいのですが。

★あれこれ書いている筆者は何年生まれなのか、というお尋ねがありそうなので、書き添えます。小林浩(1968-)です。最後に今回のエントリーでご紹介した方々をもう一度まとめておきます。敬称略にて御免下さい。

◆ゼロ年代の編集者
飯尾次郎(1971-):メディア・デザイン研究所
太田克史(1972-):講談社BOX
山本充(1973-):青土社「ユリイカ」
福田隆雄(1975-):作品社
前瀬宗祐(1976-):以文社
吉住唯(1977-):河出書房新社
松岡隆浩(1977-):人文書院

◆ゼロ年代の書店員〈店売系〉
辻谷寛太郎(1968-):東京大学生協本郷書籍部
永田淳(1973-):早稲田大学生協コーププラザブックセンター
阪根正行(1975-):ジュンク堂書店新宿店

◆ゼロ年代の書店員〈選書業系〉
安岡洋一(1967-):メメックス/ハックネット
江口宏志(1972-):ユトレヒト
幅允孝(1976-):バッハ
内沼晋太郎(1980-):ヌマブックス
[PR]

by urag | 2010-05-30 23:25 | 雑談 | Trackback | Comments(4)
2010年 05月 30日

『SITE ZERO/ZERO SITE』No.3「特集=ヴァナキュラー・イメージの人類学」、ついに刊行

『SITE ZERO/ZERO SITE』No.3「特集=ヴァナキュラー・イメージの人類学」
- 責任編集:田中純(東京大学大学院総合文化研究科教授)
- 特集企画:門林岳史(関西大学文学部総合人文学科映像文化専修助教)
- 装丁・本文デザイン|秋山伸[schtucco]w/optexture
- 編集・制作・発行|メディア・デザイン研究所
- B6変形/全392頁
- 2,200円(送料・消費税込)
- ISBN 978-4-9903206-3-8 C0330

a0018105_1822339.jpg

◆目次構成

[特集主旨]
門林岳史|ヴァナキュラー・イメージの人類学
[インタヴュー]
ジェフリー・バッチェン|「ヴァナキュラー・イメージの人類学」をめぐる問い
[論考]
唄邦弘|バタイユにおける人類学的イメージ
増田展大|写真的身体鍛錬術──世紀転換期の身体表象について
浜野志保|カレンベルクの写真ダウジング
畠山宗明|アニメーションの詩学──セルゲイ・エイゼンシュテインと映画のヴァナキュラー
石谷治寛|キャラ・ウォーカーの芸術と近代文化の黒い影
長谷正人|「ヴァナキュラー・イメージ」と「メディア文化」──シミュラークルとしての「ルー大柴」をめぐって
田中純|建てる主体の無意識──建築におけるヴァナキュラー
佐藤守弘|〈転地〉としての考現学採集
[インタヴュー]
中沢新一|イメージの起源、再帰するヴァナキュラーの力
[論考]
門林岳史|イメージの2つの起源──認知考古学から出発して
[鼎談]
岡田温司×前川修×門林岳史|「ヴァナキュラー」という複数性の回路──「イメージ-身体-ディア」スキームを超えて
[翻訳]
ミリアム・ブラトゥ・ハンセン(訳|滝浪佑紀)|感覚の大量生産──ヴァナキュラー・モダニズムとしての古典的映画
マリ=ジョゼ・モンザン(訳|長友文史)|われわれ人間を誕生させるイメージ
─ ─
[投稿]
山本圭|現代民主主義理論におけるアゴニズムの隘路──シャンタル・ムフにおける敵対性なき闘技をめぐって
[連載]
南後由和|都市リテラシーの構築技法)|| コンスタントのニューバビロン×建築界(3)
榑沼範久|知覚と生(4)|| 建築の生態学(1)
田中純|セイレーンの誘惑──南イタリア、神話の呪縛圏(1)


***
◆『SITE ZERO/ZERO SITE』No.3は同誌ウェブサイトの「注文フォーム」より購入できます。
◆No.0「エステティクスの臨界」、No.1「〈病〉の思想/思想の〈病〉」、No.2「情報生態論──いきるためのメディア」はすべて完売品切。
◆『SITE ZERO/ZERO SITE』は発行部数が少なく、なおかつ発売後一年以内で売り切れてしまいますから、レア度の高い雑誌です。本屋さんで見つけたら迷わず購入されることをお勧めします。

***

追加情報10年6月21日

◎『SITE ZERO/ZERO SITE』No.3_トーク・イヴェント

イメージ人類学とヴァナキュラー文化論の交点をめぐって写真─映画─絵画─メディア─建築─考現学─人類学─認知考古学等からのアプローチを行なった「ヴァナキュラー・イメージの人類学」特集号の刊行を記念し、特集企画者の門林岳史、気鋭の写真批評家ジェフリー・バッチェンの仕事を紹介する前川修・佐藤守弘・岩城覚久の4氏が、新たな写真論による芸術理解のパースペクティヴの大きな変革をめぐって語る。

日時:2010年6月27日(日)15 : 00-17 : 00
会場:MEDIA SHOP(京都市中京区大黒町44VOXビル1F TEL: 075-255-0783)
入場料:500円

ゲスト:
門林岳史(関西大学准教授、特集企画者)、
前川修(神戸大学准教授、ジェフリー・バッチェン『写真のアルケオロジー』[青弓社より近刊]翻訳者)
佐藤守弘(京都精華大学准教授、同翻訳者)
岩城覚久(関西大学大学院、同翻訳者)

※ 約30~40名様にお入りいただける会場が満席となり次第、ご入場を打ち切りとさせていただきますことをご了承ください。
[PR]

by urag | 2010-05-30 10:35 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 29日

千駄ヶ谷ブックカフェ「ビブリオテック」6月のイベント一覧

先日、当ブログでご紹介した千駄ヶ谷のブックカフェ「ビブリオテック」のトークイベント「文明講座」ですが、来月(10年6月)には以下の三つのイベントが開催されるとのことです。

6月12日(土):黒沢清×蓮實重彦トーク(『東京から 現代アメリカ映画談議』青土社刊行記念)
6月19日(土):「皇居美術館の可能性を考える」シンポジウム。(『空想 皇居美術館』朝日新聞社刊行記念)
6月26日(土):平出隆トーク「散文へのまなざし」(『鳥を探しに』双葉社刊行記念)

6月12日のイベントはすでに予約がいっぱいだそうです。月刊誌「ユリイカ」に掲載された映画監督の黒沢清さんと評論家の蓮實重彦さんの対談に大幅な加筆修正が加えられて一冊にまとめられた『東京から 現代アメリカ映画談議』(青土社、10年5月)の刊行記念と銘打たれています。この対談本では、クリント・イーストウッド、スティーヴン・スピルバーグ、クェンティン・タランティーノの三監督の諸作品をめぐって軽妙なキャッチボールが行われていて、楽しんで読めました。蓮實先生がスピルバーグ作品の中で「マイノリティ・リポート」や「宇宙戦争」に高評価を与えていらっしゃることは、私のような俗物にとっては意外でした。ちなみに私個人はスピルバーグ作品で一番強い印象を持っているのは『未知との遭遇』です。小学生の折、初めて映画館で見た映画がこれだったもので。
a0018105_19021100.jpg

黒沢×蓮實対談に続くイベントで詳細が公開されているのは以下の第3回です。

◎第3回Bibliothèque文明講座:「皇居美術館の可能性を考える──アートであり、アートでしかなく、アートでしかなしえない提言をめぐって」

登壇者:倉方俊輔(建築史家)、辛酸なめ子(漫画家・コラムニスト)、鈴木邦男(政治活動家)、鈴木芳雄(『BRUTUS』エディトリアルコーディネーター)、彦坂尚嘉(現代美術家)、五十嵐太郎(建築評論家)、新堀学(建築家)

内容:「皇居美術館」の構想は、建築、美術、天皇制、政治……と、様々な角度からニッポンを考える、今世紀最大の提言である。今回のシンポジウムでは、建築や美術の専門家だけではなく、政治活動家の鈴木邦男や皇室ウォッチャーでもある漫画家の辛酸なめ子、雑誌『BRUTUS』で多くの美術特集を手がけてきた鈴木芳雄、建築史家の倉方俊輔など多彩なゲストを招いて、皇居美術館の可能性を徹底討論する。『空想 皇居美術館』(朝日新聞社)出版記念。

日時:2010年6月19日(土)19:00〜21:00(18:30:開場)
会場:ビブリオテック(渋谷区千駄ヶ谷3-54-2:東京メトロ副都心線「北参道」駅下車徒歩7分)
料金:1,000円(当日精算)
予約:電話または店頭にて受付 Tel.03-3408-9482 火~土12:00~20:00(祝日除く)
定員:60名

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ):1971年生まれ。建築史家。西日本工業大学デザイン学部建築学科准教授。著書に『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)、『伊東忠太を知っていますか』(共著、王国社)など。
辛酸なめ子(しんさん・なめこ):1974年生まれ。漫画家・コラムニスト。黒田清子(旧名・紀宮清子内親王)のファンで、皇室ウォッチャーでもある。著書に『Celeb Mania』(ぶんか社)、『皇室へのソボクなギモン』(共著、扶桑社)など多数。
鈴木邦男(すずき・くにお):1943年生まれ。政治活動家、新右翼「一水会」顧問。著書に『鈴木邦男の読書術──言論派「右」翼の原点』(彩流社)、『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)など。
鈴木芳雄(すずき・よしお):1958年生まれ。「ブルータス」編集部エディトリアルコーディネーター。これまで「ブルータス」(マガジンハウス)では、「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」、「若冲を見たか?」「国宝って何?」など多くの美術特集を担当。
彦坂尚嘉(ひこさか・なおよし):1946年生まれ。現代美術家・美術史評論家。立教大学大学院文学研究科・比較文明学専攻特任教授。著書に『彦坂尚嘉のエクリチュール──日本現代美術家の思考』(三和書籍)など。
五十嵐太郎(いがらし・たろう):1967年生まれ。建築史家・建築評論家。東北大学大学院工学研究科・都市・建築学専攻教授。著書に『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』(彩流社)、『映画的建築/建築的映画』(春秋社)など。
新堀学(しんぼり・まなぶ):1964年生まれ。建築家。新堀アトリエ一級建築士事務所主宰、NPO地域再創生プログラム副理事長。作品に明月院桂橋、小金井の家、金沢の家ほか。共著に『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版)、『建築再生の進め方』(市ヶ谷出版)など。
[PR]

by urag | 2010-05-29 18:56 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 28日

大竹昭子連載「森山大道のOn the Road」第十二回公開

大竹昭子さんのウェブ連載「森山大道のOn the Road」の第十二回を公開開始いたしました。
[PR]

by urag | 2010-05-28 11:19 | ウェブ限定コンテンツ | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 25日

Another YouTube

あぁ「ぴろぴと」さんがかの有名な「username666」に続いて新作「Another YouTube」を公開されていたのですね。これはまたなんという……
[PR]

by urag | 2010-05-25 23:27 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 24日

6月下旬刊行予定:尾崎大輔写真集『ポートレート』

2010年6月24日取次搬入予定【分野:写真集/芸術】

ポートレート 尾崎大輔写真集
A4判変型(タテ300ミリ×ヨコ225ミリ)、上製カバー装72頁(写真44点、オールカラー)、税込定価2,940円(本体価格2,800円) ISBN:978-4-901477-75-8
自立支援にかかわりながら出会ったさまざまな人々をポートレートした写真集。撮る過程と現場は一様ではなく、写される者/撮影者の思いが交錯する場がそこにはあった――本書は、「眼の自問」の記録である。

鷲田清一氏推薦――「〈顔〉は、見える前に、ふれてくる、刺してくる、すがってくる、質してくる。懐かしく、そして険しく。遠い遠いところから」。

尾崎大輔(おざき・だいすけ):写真家。1983年三重県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。ファッション雑誌の編集を経て、写真家として活動を開始。卒業後、渡英。2007年、2点の写真集「写真は私たちの記憶を記録できるのですか?」、「無」(ともにPLACE M発行、月曜社発売)を出版。
[PR]

by urag | 2010-05-24 13:31 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 23日

NHK教育のテレビ放送で話題沸騰、サンデルの名講義のネタ本が早川書房より刊行

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル(Michael J. Sandel:1953-)著
鬼澤忍訳 早川書房 10年5月 本体2,300円 四六判上製カバー装380頁 ISBN978-4-15-209131-4

◆原書:Justice: What's the Right Thing to Do?, Macmillan (Farrar, Straus and Giroux), 2009.

◆カバーソデ紹介文より:1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか? 金持ちに高い税金を課し、貧しい人びとに再分配するのは公正なことだろうか? 前の世代が犯した過ちについて、私たちに償いの義務はあるのだろうか――。つまるところこれらは、「正義」をめぐる哲学の問題なのだ。社会に生きるうえで私たちが直面する、正解のない――にもかかわらず決断をせまられる――問題である。哲学は、机上の空論では断じてない。金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった、現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学・倫理の問題が潜んでいる。この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、そしてノージックといった古今の哲学者たちは、これらにどう取り組んだのだろう。彼らの考えを吟味することで、見えてくるものがきっとあるはずだ。ハーバード大学史上空前の履修者数を記録しつづける、超人気講義「Justice(正義)」をもとにした全米ベストセラー、待望の邦訳。

◆宮台真司氏推薦文(帯表4):1人を殺すか5人を殺すか選ぶしかない状況に置かれた際、1人殺すのを選ぶことを正当化する立場が功利主義だ。これで話が済めば万事合理性(計算可能性)の内にあると見える。ところがどっこい、多くの人はそんな選択は許されないと現に感じる。なぜか。人が社会に埋め込まれた存在だからだ――サンデルの論理である。/彼によれば米国政治思想は「ジェファソニズム=共同体的自己決定主義=共和主義」と「ハミルトミズム=自己決定主義=自由主義」を振幅する。誤解されやすいが、米国リバタリアニズムは自由主義でなく共和主義の伝統に属する。分かりにくい理由は、共同体の空洞化ゆえに、共同体的自己決定を選ぶか否かが、自己決定に委ねられざるを得なくなっているからだ。正義は自由主義の文脈で理解されがちだが、共和主義の文脈で理解し直さねばならない。理解のし直しには、たとえパターナル(上から目線)であれ、共同体回復に向かう方策が必要になる――それこそがコミュニタリアンたるサンデルの立場である。

◆目次:
第1章 正しいことをする
第2章 最大幸福原理――功利主義
第3章 私は私のものか?――リバタリアニズム(自由至上主義)
第4章 雇われ助っ人――市場と倫理
第5章 重要なのは動機――イマヌエル・カント
第6章 平等をめぐる議論――ジョン・ロールズ
第7章 アファーマティブ・アクションをめぐる論争
第8章 誰が何に値するか?――アリストテレス
第9章 たがいに負うものは何か?――忠誠のジレンマ
第10章 正義と共通善
謝辞
原注

◆著者紹介(カバーソデ):マイケル・サンデル――1953年生まれ。ハーバード大学教授。ブランダイス大学を卒業後、オックスフォード大学にて博士号取得。専門は政治哲学。2002年から2005年にかけて大統領生命倫理評議会委員。1980年代のリベラル=コミュニタリアン論争で脚光を浴びて以来、コミュニタリアニズムの代表的論者として知られる。主要著作に『リベラリズムと正義の限界』、"Democracy's Discontent"、"Public Philosophy"など。類まれなる講義の名手としても著名で、中でもハーバード大学の学部科目「Justice(正義)」は、延べ14,000人を超す履修者数を記録。あまりの人気ぶりに、同大は建学以来初めて講義を一般公開することを決定、その模様はPBSで放送された。この番組は日本では2010年、NHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』(全12回)として放送されている。

★都内の書店員さんから聞いた話では、NHK教育テレビにて放送中の「ハーバード白熱教室」(2010年4月4日~6月20日、毎週日曜18:00~19:00、全12回)の影響で、原書『Justice』がビジネスマンに良く買われており、このたび刊行された同書の翻訳『これからの「正義」の話をしよう』は発売早々に重版決定とのことです。さらに、サンデルの唯一の既訳書だった勁草書房の『リベラリズムと正義の限界』(菊池理夫訳)も重版がかかり、某オンライン書店で相当売れているのだとか。勁草書房では来月『民主政の不満――公共哲学を求めるアメリカ(上)手続き的共和国の憲法』(金原恭子+小林正弥監訳)が発売予定とのこと。勁草書房のウェブサイト上の「読書案内」ではこの近刊の内容紹介や、勁草書房の番組関連書籍、「現代哲学の見取図」や「現代哲学 総合ブックガイド」といった各種PDFが公開されていて、英米の分析哲学のキーパーソンや訳書、研究図書を把握するうえでたいへん有益です。

★NHK教育で放映されている「正義」をめぐるハーヴァード大学でのくだんの講義風景をご覧になった方はご存じかと思いますが、サンデル教授の講義は非常にテンポがよく、議論に取り上げる実例は具体的かつ明快で、聴衆とのやりとりも活発。さすがに一流大学の名講義です。日本語字幕や吹き替えはありませんが、YouTubeのハーヴァード・チャンネルでは講義の動画が公開されていますし、ハーヴァード大学ではサンデルの正義論講義の公式サイトも開設しています。まあとにかく大きな注目を浴びている講義なのです。この講義を書籍化した『これからの「正義」の話をしよう』は講義の口調を一字一句漏らさず転写したような講義録「そのもの」ではありませんが、講義のエッセンスを満載した書き下ろしになっています。



★一言で言えば、『これからの「正義」の話をしよう』は、日本でも近い将来「2010年最大の哲学書ヒット作」と目されるようになってもおかしくない新刊です。政治状況の混迷が続けば続くほど、こうした本の需要は高まっていくでしょう。本書を真摯に読む政治家がこの国にいるといいのですが。たとえ政治家が読まなくても、ビジネスマンが本書を読んでいるというだけでマシではあります。【10年5月31日追記:「文化通信」速報版によれば『これからの~』は発売5日で10刷5万部に達したそうです。すごいことになってきました。

a0018105_23204043.jpg

★なお、書影の左手は、現在は勁草書房から刊行されているサンデルの『リベラリズムと正義の限界』(菊池理夫訳)の、以前の版『自由主義と正義の限界』 第2版(三嶺書房、99年3月/初版92年11月)です。三嶺書房さんは2003年までの刊行物が確認できますが、現在はすべての出版物が流通していないようです。

★最後に、『これからの「正義」の話をしよう』の編集担当者Tさんは先月こんな魅力的な新刊も手掛けておられます。

イマココ――渡り鳥からグーグル・アースまで、空間認知の科学
コリン・エラード(Colin Ellard:1958-)著
渡会圭子訳 早川書房 10年4月 本体1,900円 四六判上製カバー装341頁 ISBN978-4-15-209126-0

◆版元紹介文より:ヒト独自の空間認知システムは、GPSなどのナビ技術や、都市/建物/ウェブ空間設計にどう反映されているのか。またこうした人工空間は、ヒトの行動や思考にどう影響するのか。斯界の第一人者が、ウェブ時代の空間認知研究を完全ナビゲート! 補論:濱野智史「「アーキテクチャ」について」(濱野智史氏は『アーキテクチャの生態系』著者)

★エラードの空間認知研究は、これまでの空間論、空間の政治学や空間の社会学との関連性のもとに読むとさらに興味深くなると思います。空間論はこれまでは主に都市論や地理学と結びついて、たとえばデヴィッド・ハーヴェイ、マニュエル・カステル、エドワード・ソジャ、イーフー・トゥアンといった論客がいます。さらにはサスキア・サッセン、ジェーン・ジェイコブズ、マイク・デイヴィスなども含めてもいいのかもしれません。あまり一括して書棚で扱われることはないものの、非常に豊かな学際的領域です。ここ20年ほどで空間論はヴァーチャル・リアリティをも対象としており、M・クリスティーヌ・ボイヤーやウィリアム・J・ミッチェルなどの都市論は日本でも翻訳されていますね。

★さらに言えば『イマココ』はもともとジェイムズ・J・ギブソンやヤーコプ・フォン・ユクスキュルに親しんできたような読者だけでなく、ポストメディア論の系譜の線で読んでもいいと思います。デリック・ドゥ・ケルコフ、マヌエル・デ・ランダ、ニコラス・ネグロポンテ、フリードリヒ・キットラー、レジス・ドブレ、はたまたキャス・サンスティーン、ニクラス・ルーマン、ヴィレム・フルッサー、ベルナール・スティグレールを読んできた読者にとっても示唆的で面白いかもしれません。
[PR]

by urag | 2010-05-23 22:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 23日

マイク・デイヴィス『スラムの惑星』が明石書店より刊行

a0018105_2293165.jpgスラムの惑星――都市貧困のグローバル化
マイク・デイヴィス(Mike Davis:1946-)著
酒井隆史監訳、篠原雅武+丸山里美訳、明石書店、10年5月、本体2,800円 四六判347頁 ISBN978-4-7503-3190-4

◆帯文より:地球上の7人に1人、10億の民がスラムの住人――都市は貧困で爆発する。ネオリベラリズムが生み出した構造的な社会問題を、都市論の代表的論客M・デイヴィスが読み解く。

◆原書:Planet of Slums, Verso, 2006.
※2004年の春、『ニュー・レフト・レビュー』26号に掲載された同名の論文を大幅に加筆し書籍化したもの。初出論文の日本語訳は、長原豊訳で『現代思想』06年8月号(特集=ホームレス)186-210頁に「スラムの惑星――都市への内訌〔インヴォルーション〕と非正規〔インフォーマル〕なプロレタリアート」という訳題で掲載されています。

◆目次:
第一章 都市の転換期
第二章 スラムの拡大
第三章 国家の背信
第四章 自立〔セルフ・ヘルプ〕という幻想
第五章 熱帯のオースマン
第六章 スラムの生態学
第七章 第三世界を構造調整する=搾り取る
第八章 過剰人類?
エピローグ ベトナム通りを下って
謝辞
訳者解説
監訳者あとがき

◆マイク・デイヴィス(Mike Davis:1946-)既訳書
『要塞都市LA』村山敏勝+日比野啓訳、青土社、初版01年4月/増補新版08年9月
『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』柴田裕之+斉藤隆央訳、紀伊國屋書店、06年3月
『自動車爆弾の歴史』金田智之+比嘉徹徳訳、河出書房新社、07年12月

★2年半前に刊行された『自動車爆弾の歴史』の訳者あとがきで告知されていたデイヴィスの訳書2点のうち、『スラムの惑星』がついに刊行されました。総中流化社会から格差社会へと移行した現代日本に住む私たちにとって、本書は鋭い棘のように胸を刺します。現代人必読と言えるのではないでしょうか。

★告知されていたもう1点は、杉浦勉監訳『マジカル・アーバニズム』(原書00年刊、明石書店刊行予定)でした。しかし杉浦勉先生は若くしてお亡くなりになり、『スラムの惑星』と同様にこの本の担当編集者であるはずのOさんは編集から外されてしまったので、今後刊行されるのかどうか、現時点では不明です(『スラムの惑星』にも関連情報は載っていません)。明石書店で長期化している労使問題については明石書店労働組合のブログや「明石書店の出版を考える著者の会」のウェブサイトをご参照ください。

★ちなみに「訳者解説」では、今年2月に青土社より刊行されたジジェクの『大義を忘れるな』で論じられている、解放政治の担い手としてのスラム居住者というのが、デイヴィスの『スラムの惑星』を下敷きにしている、と紹介しています。興味深いですね。『大義を忘れるな』第9章「自然における不快なもの」には次のようなくだりがあります。「プロレタリアートの置かれた新しい立場が新しい巨大都市におけるスラム街住民の立場であるとしたら、どうだろうか。ここ十年におけるスラム街の爆発的な増加〔中略〕は、おそらく、今日におけるきわめて重要な地政学的出来事である」(635頁)。ここに注が付されていて、デイヴィスの「スラムの惑星」(2004年雑誌初出版)を「すばらしいレポート」として参照しています。さらにジジェクは後段では次のような書いています。「19世紀の解放の政治学の主たる仕事が、労働者階級を政治化することによって、ブルジョア自由主義者による独占を打破することであったとすれば、そして、20世紀の仕事が、アジアとアフリカの莫大な農村部住民の政治意識を目覚めさせることであったとすれば、21世紀の主たる仕事は、スラム街住民という「脱構造化された大衆」を政治化する――組織化し、鍛錬する――ことである」(639頁)。


[PR]

by urag | 2010-05-23 22:09 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 18日

近日発売:ルイ・サラ-モランス『ソドム――法哲学への銘』

まもなく発売の弊社新刊をご紹介します。シリーズ「暴力論叢書」第五弾になります。トーハン、大阪屋、栗田、太洋社には明後日木曜日20日搬入、日販は金曜日21日搬入です。書店さんの店頭で販売開始となるのは、来週明けの24日以降かと思います。一部の大型書店では21日(金)からの発売となるかもしれません。

◆2010年5月新刊*人文・フランス現代思想・哲学

ソドム 法哲学への銘 〔暴力論叢書5〕
ルイ・サラ-モランス:著 馬場智一+柿並良佑+渡名喜庸哲:訳
46判並製400頁 本体3,200円 ISBN978-4-901477-74-1

内容:法は人間を秩序のもとにおき、そこから外れる者を裁く。みずからを正当化する法の暴力に迫り、歴史を貫くその自在な支配に鋭い釘をさす、鏤骨の一撃。法の〈正体〉があばかれる。スペイン・カタルーニャ出身の異貌の哲学者の主著、本邦初訳。暴力論叢書第五弾刊行。

原書:Sodome : Exergue à la philosophie du droit, Paris: Albin Michel, 1991.

ルイ・サラ-モランス(Louis Sala-Molins):1935年スペイン・カタルーニャ地方生まれ。フランスの政治哲学者。50年代後半に渡仏し、ジャンケレヴィッチに師事、1971年に博士論文『ライムンドゥス・ルルスにおける愛の哲学』を提出。ソルボンヌ大学やトゥールーズ大学で教鞭を執った。著書に『異端審問辞典:ヴァレンシア、1494年』(1981年)、『黒人法:あるいはカナンの受難』(1987年)、『ソドム:法哲学への銘』(1991年、本書)、『啓蒙の悲惨』(1991年)、『アメリカ大陸におけるアフリカ:スペイン黒人法』(1992年)、『ヤハウェの赤い本』(2004年)などがある。邦訳論文に「国家」(浜名優美訳、『現代フランス哲学12講』所収、青土社、1986年、121-138頁)がある。

ヴラディミール・ジャンケレヴィッチはサラ-モランスの博士論文が1974 年に出版された折に、「愛について」と題された序文を寄せ、次のような賛辞を送っている。「われわれはルイ・サラ-モランスを指導したいうよりも、まさに彼の後をついていったのだった。彼は自分が受け取ったものよりもはるかに多くのものをわれわれに与えてくれた。だから、彼の仕事からわれわれが真に学んだことや、同じ闘争と同じ大義への愛着の念によって培われた長きにわたる友情を読者の方々に伝える機会を今日得ることができて、われわれとしては実に喜ばしく思う。ルイ・サラ-モランスの博士論文や彼によって翻訳され出版された数々の論考がラモン・ルル〔ライムンドゥス・ルルス〕を再発見するための大きな推進力をわれわれに与えてくれることは疑いない」(合田正人訳『最初と最後のページ』所収、みすず書房、1996 年、288 頁――編集部注: 固有名詞を本書の表記にあわせルイ・サラ-モランスとした)。

馬場智一(ばば・ともかず):1977年生。日本学術振興会特別研究員PD(一橋大学)。哲学史、混成語論専攻。訳書にアラン・バディウ『世紀』(長原豊・松本潤一郎との共訳、藤原書店、2008 年)。
柿並良佑(かきなみ・りょうすけ):1980年生。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。フランス思想、表象文化論専攻。
渡名喜庸哲(となき・ようてつ):1980年生。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)。フランス哲学、社会思想専攻。

◆目次
序文 遅かれ早かれ
第一章 全体=無
 法の地理学
 石蹴り遊び。全体化への永劫の渇望
 結び目のある縄
 全体化するアリストテレス、トマス、ヘーゲル
 全体性。法、学知、政治の概念
 法外、澄んだ水と暖かい皮膚
第二章 無=神(神即無。無即神)
第三章 神=法
 歴史という法あるいは法という歴史
 式服と外套――歴史の法服
 縄の歴史とその法
 炎の歴史とその法。ソドム
 真昼の法と月の法。王の理性と教皇の理性
 一者のさまざまな歴史、あるいは法の血
 「直立の法-人間」の悲しき垂直性
第四章 法=きみ
 フォイエルバッハとらい病人
 ヘルメス――無法者たちの法
 平等な者たちのそぞろ歩き
終章

訳者解説 『ソドム』を読み解く
 全体性、情感性、隠れたる神(渡名喜庸哲)
 神聖なる法の系列的歴史(馬場智一)
 愛と対話の哲学(柿並良佑)
訳者あとがき
ルイ・サラ-モランス 主要文献
ルイ・サラ-モランス その生涯と奇跡
a0018105_14555276.jpg

***
10年5月24日追記:書店様から『ソドム』の売り方や関連書についてご質問をいただきましたので、少し情報を追加します。『ソドム』は副題に「法哲学への銘」とありますが、法へのアプローチは非常に独特です。ここしばらく法哲学や正義論の分野では英米の哲学者が目立っており、マイケル・サンデル(『これからの「正義」の話をしよう』)への注目などはそのひとつでしょう。弊社新刊『ソドム』は西欧系なので、英米流のプラグマティズムとは異なり、西欧人の精神に根深く巣食っている神学的問題を鋭くえぐるものとなっています。

『ソドム』が刊行されたフランスでは、ジャック・デリダ(『法の力』)、ピエール・ルジャンドル(法制史、ドグマ人類学)やアレクサンドル・コジェーヴ(『法の現象学』『権威の概念』)、ジョルジュ・ギュルヴィッチ(『法社会学』)らの議論が参考になりますし、隣国のドイツではカール・シュミット(『憲法論』)やハンス・ケルゼン(『法と国家』)、ニクラス・ルーマン(『社会の法』『法と正義のパラドクス』)、グンター・トイプナー(『オートポイエーシス・システムとしての法』)がいます。英米系は英米系でまとまってしまいがちなので、議論の広がりを見せるためには、上記のような西欧系とどう混合ないし対決させるかが、商品構成や棚作りのポイントのひとつになってくるかもしれません。

さらにフランスの文化人類学における諸成果、たとえばピエール・クラストル(『国家に抗する社会』『暴力の考古学』)、モーリス・ゴドリエ(『贈与の謎』)、ジョルジュ・バランディエ(『意味と力』)なども参照すると、法と国家権力の問題へのアプローチにいっそう厚みが出てくるのではないかと思います。
[PR]

by urag | 2010-05-18 14:49 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)