<   2006年 11月 ( 22 )   > この月の画像一覧


2006年 11月 30日

丸ビル4F丸善がクリスマスイブに閉店、年明けには青山BCに

まだ先かな、と思いきや、本日青山BCより正式なプレスリリースが出ました。青山ブックセンター丸ビル店、07年1月4日(木)、丸ビル4Fにオープンです。

え? 丸ビル4Fにはカフェ併設の丸善丸ビル店があるじゃないかって? その通りです。この丸善丸ビル店、12月24日で閉店します。で、そのわずか約10日後に青山BCが開店ですよ。普通でさえたいへんな殺人的短期決戦なのに、年末年始を挟んでいますから、もう青山BCのスタッフの方々も、取次の大阪屋の営業の皆さんも、内装業者さんも、晦日正月返上で準備されるのだと思います。

青山BC丸ビル店の店舗コンセプトは、「オアシス空間」――自分自身の“音”と響き合える書店、だそうです。オープン記念に、1月4日(木)から8日(月・祝)までの5日間、同店で商品を購入した各日先着100名に、青山ブックセンターオリジナルのブックマーク「ホシガエルLASTLINE」がプレゼントされるそうです。

さらに、オープン当日から10日(水)までの7日間は、洋書のバーゲンセールが開催されるそうです。「ペーパーバック・洋書絵本・インテリア書・写真集・アート本など店内の洋書・洋雑誌を20%オフで販売」し、「格安の洋書バーゲン品も豊富に取り揃え」るとのこと。

***

業界的な話題も少し(ごく大雑把で下世話な補足)。

東京駅周辺の大書店の取次勢力地図を見てみます。丸善丸ビル店は日販帳合。八重洲BC本店もメインは日販です。丸善丸の内本店はトーハン。来年三月にグランド・オープンの新生「日本橋店」もトーハンだと聞いています。

八重洲BC本店は実際、日販だけでなくトーハンも使っています(古参の大型店によくある、いわゆる「ダブル帳合」)から、周辺はトーハンがやや優勢と言えるかも。撤退を決めた丸善はともかく、日販としては丸ビル店の跡地を他社に譲る気持ちはなかったのでは。

そこへ青山BCの親会社である洋販と、商品調達を全面的にサポートする大阪屋のタッグが飛び込んできて、アタックチャンス状態です。ABCのカラーがビジネス街書店の従来形を刷新するかどうか、注目です。
[PR]

by urag | 2006-11-30 22:17 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 29日

日書連の懸賞論文「私の書店論」に27編の応募、札幌の書店人が特選受賞

[本]のメルマガ06年11月26日号でも取り上げた話題を拙ブログにも掲載しておきます。

日書連(日本書店商業組合連合会)主催の懸賞論文「私の書店論」は7、8月の2ヶ月間の公募期間を経て、「書店経営者、従業員、業界関係者、学生、研究者などから27編の応募」(「全国書店新聞」11月1日号記事より)があったという。27編という数字はどう評価すべきだろうか。日書連正副会長、指導教育委員会委員、広報委員会委員長、特別委員らによる審査の結果、1名の特選と3名の入選が以下の通り決定した。

特選:「街の本屋の再生をめざして」久住邦晴氏(札幌市・久住書房)
入選:「小さな本屋の大風呂敷」大江真理氏(新宮市・くまの書房)
入選:「教育環境の創造による小書店の成長」長谷川静子氏(茅ヶ崎市・長谷川書店)
入選:「やはり小さな店ほど素晴らしい」岩田徹氏(砂川市・いわた書店)

岩田氏の入選作もほどなくオンライン版「全国書店新聞」で読めるようになるだろう。ちなみに賞金は特選が20万円、入選が5万円。27編全部を読んでみたいという声も内外にあるようだ。
[PR]

by urag | 2006-11-29 23:24 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 28日

12月中旬発売、高柳昌行『汎音楽論集』

2006年12月14日取次搬入予定 *ジャンル:芸術、音楽

フリージャズのエッジに位置する孤高のミュージシャンによる音楽論をはじめて集成。
年譜、主要ディスコグラフィ、高柳夫人による「あとがき」を付す。

汎音楽論集 (はんおんがくろんしゅう)
高柳昌行=著、46判上製カバー装400頁、本体3,600円、ISBN:4-901477-29-3
ブック・デザイン:佐々木暁

内容:インプロヴゼーションの遙か地平にまで突き進んだ音楽家=ジャズ・ギタリストが、1950年代から死去する直前の1990年までに残した、同時代の音楽状況を破壊転覆させずにはいられなかった痛烈な批判意識に満ちた音楽論を年代順に集成。類をみないメッタ切りレコードレビューも必読! ここ数年、音盤も続々CD化され、またミクシィのスレッドで本書の刊行が話題となるなど、世代を超えて再評価=支持されている。大友良英、ジム・オルークなど、高柳に影響されたミュージシャンは数知れず。

著者:高柳昌行(たかやなぎ・まさゆき)1932年東京生まれ、1991年没。16歳からギターをはじめ19歳でプロとして活動をはじめる。1960年代に金井英人、菊池雅章、富樫雅彦と「ジャズ・アカデミー」を結成。また銀巴里を舞台とした「新世紀音楽研究所」の活動からは、日野皓正、山下洋輔など、多くの人材を輩出した。70年代には、阿部薫らと結成した「ニューディレクションデュオ」から「ニューディレクショントリオ」、さらにレギュラーユニット「ニューディレクションユニット」を結成。ジョン・ゾーンとの共演(86年)など、つねにジャズ界のもっとも先端的な位置にいて、死の数ケ月まえまで活動を続けた。
[PR]

by urag | 2006-11-28 22:45 | 近刊情報 | Trackback | Comments(2)
2006年 11月 27日

東京駅前の大型書店対決に青山BCが参戦

長らく八重洲BC本店がトップを独走していた東京駅周辺の書店勢力図において、八重洲BC本店とは逆サイドの「丸の内」側へ老舗の丸善が威信をかけて「丸の内本店」を出店してからはや2年が経過しました。八重洲BCと丸善の「大将戦」を前に、もはや他チェーンが入り込む余地はほとんどまったくないように思われたのですが、なんと青山BCが丸の内側へ07年年頭に出店することになり、にわかに東京駅周辺に緊張が走っています。

すでに青山BCのウェブサイトでオープニング・スタッフが募集されています。版元は新規開店分の出荷を始めていますから、新店舗の正式店名や、具体的にどの場所にどれくらいの規模でオープンするのか知っていますが、業界紙や一般紙などでまだ取り上げられていないようですので、ここでスッパ抜くわけにはいきません。けっこうビックリさせられましたよ、今回の詳細は。

しかし丸の内界隈でお仕事をされている方は勘が働くかもしれません。クリスマスイブまでにはいずれ分かることです。八重洲BCと丸善の芸術書および洋書売場にどういう影響が出てくるのか、動向が注目されます。
[PR]

by urag | 2006-11-27 19:17 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 26日

「朝日新聞」26日付読書欄に『ブラック・アトランティック』の書評

「朝日新聞」06年11月26日(日)付の読書欄に、『ブラック・アトランティック』の書評が掲載されました。評者は北大助教授の山下範久さん。「よく練られた良訳を通して、著者の議論に再び接すると、その論旨の明晰さに吸い込まれるような思いがする。文化研究の原点を再確認する好機として、気負いなく読みたい作品である」と評していただきました。山下さん、ありがとうございます。

今回の書評を読んだ複数の書店員の方からメールをいただき、「非常に良い書評でしたね、今後の売行が期待できます」との感想を聞きました。書店員さんは各種書評を毎週チェックしていらっしゃるので、書評の質について厳しく判定しておられますし、それが売上にどう貢献しているか、冷静に観察されています。そうした販売現場のヴィヴィッドな反応を書評紙誌の編集者や評者に還元していきたいし、そうするべきなのですが、なかなかそういう機会がないのが現実。ちょっともったいないですよね。
[PR]

by urag | 2006-11-26 21:38 | 人文書既刊 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 26日

NHK教育テレビで大竹伸朗特番

先日の予告と少しタイトルが違いますが、NHK教育テレビの「新日曜美術館」の大竹伸朗特集は、「果てしなき創造 大竹伸朗・アートの現場から」と題して、本日朝9:00からが本放送、夜8:00から再放送されています。NHKのBSハイビジョンでも、12月2日(土)午前11時00分~11時45分に放送されます。脳科学者の茂木健一郎さんとの対談を軸に、大竹さんの精力的な制作活動の現場が明かされます。とても魅力的な番組になっていますので、皆様どうぞご覧ください!
[PR]

by urag | 2006-11-26 20:33 | 芸術書既刊 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 26日

今週の注目新刊(第77回:06年11月26日)

a0018105_074239.jpg
カネと暴力の系譜学
萱野稔人(1970-):著
河出書房新社 06年11月刊 1,575円 B6判202頁 ISBN:4-309-24395-9
■帯文より:社会を動かす二つの力=カネと暴力への考察から、国家、資本主義、そして非合法権力が、かつてない姿で現われる。『国家とはなにか』(以文社)で注目の新鋭による、いまもっとも必要でリアルな書き下ろし。
●注目シリーズ「道徳の系譜」の最新刊。二年以上の準備期間を経て出来上がった力作。「あとがき」にはこう書かれています。「その二年のあいだに、わたしは『国家とはなにか』を上梓した。本書は、ある意味でその続編といっていいかもしれない。/ただし本書が主題にしているのは、国家そのものではない。「人びとが働いた成果をみずからのものとして吸いあげる」という運動である。国家は資本とともに、その運動の具体的なあらわれとしてここでは位置づけられている(本書はだから、国家を論じつつも、『国家とはなにか』ではあつかわれなかった問題――非公式暴力の活用や違法行為の管理など――を考察している)」。
●いっぽう書き出しはこうです、「生きていくためにはカネが必要だ。/この単純な事実をわれわれの思考の出発点にしよう」。このたった2行で私はたちまち本書の語り口に引き込まれました。そうそう、そういう話を聞きたかったんだよ、という感覚。高尚な論題を回りくどく長々と語られるより、がぜんリアルだし、ストレートです。萱野さんは時代の空気をうまくつかんでいる気がします。本書は世間のいわゆる「格差社会」論やニート論などが十分には掘り下げえなかった根本的な暴力批判、権力批判の観点から労働を論じています。重要な新刊です。

ニューヨーク烈伝――闘う世界民衆の都市空間
高祖岩三郎:著
青土社 06年12月刊 2,940円 46判524頁 ISBN:4-7917-6306-8
■帯文より:世界民衆都市の戦う主体とは誰か。他人種・移民による錯乱と混沌の21世紀の世界首都ニューヨーク。その市街で日々展開される資本と権力による熾烈な収奪に、生活しかつ文化生産と闘争で対抗する無数の無名民衆の多彩極まりない戦術とは。スクワット、ガーデニングなどの住環境運動、アートや演奏による主張と表現から、各種の権利奪還・反戦行動まで、生存のためのラディカルな闘争の現場を描ききる。誰にも書けなかったニューヨーク。
●『現代思想』での連載を再構成したものです。高祖さんは柄谷行人や磯崎新の著書の英訳者であり、先に以文社から刊行されたグレーバーの『アナーキスト人類学のための断章』の訳者でもあります。1980年以降ニューヨークに住んでいて、自転車で街の隅々を毎日ウォッチしていらっしゃるとか。萱野稔人さんらと『VOL』誌の編集委員をつとめていらっしゃいます。今後ますます活躍されるに違いない批評家です。
●ちょうど昨日から、ブックファースト渋谷店4Fレジ前で、著者自選の関連書籍30点がフェア販売されています。フェアは12月17日まで。

和解のために――教科書・慰安婦・靖国・独島
朴裕河(1957-):著 佐藤久:訳
平凡社 06年11月刊 2,310円 46判261頁 ISBN:4-582-70265-1
■版元紹介文より:日本と韓国の間に横たわる4つの歴史問題に、ナショナリズムを超えたまったく新しいアプローチで取り組む大胆な提言。日韓の歴史的な和解ははたして可能か。

日本無頼論!
坂口安吾(1906-1955):著
G.B. 06年12月刊 1,000円 B6判230頁 ISBN:4-901841-53-X
■版元紹介文より:坂口安吾生誕100周年記念出版。「憲法第九条」「愛国の精神」「欲望」「堕落」等、今の日本に必要なキーワードをすべで含む、読まずに明日を迎えられない衝撃の1冊。安吾からのメッセージをあなたはどう読み解くか。

表象の奈落――フィクションと思考の動体視力
蓮実重彦(1936-):著
青土社 06年11月刊 2,520円 46判370頁 ISBN:4-7917-6308-4
■帯文より:不可能性を超えて、事件を炸裂させる〈力〉。バルト、ドゥルーズ、デリダ、フーコー、そしてフローベール。「批評」は他者の言説の中でまどろむ記号に触れ、それを目覚めさせることから始まる。読むことで潜在的なものは顕在化し、その覚醒によって他者の言説は誰のものでもない言説へと変容する。待望の「批評」論集。
●70年代から最近までの15編のテクストが収録されています。ロラン・バルト追悼に始まり、その25年後のバルト再論に終わる、印象的な一冊。

人類再生――ヒト進化の未来像
ミッシェル・セール(1930-):著 米山親能:訳
法政大学出版局 06年11月刊 4,935円 46判447頁 ISBN:4-588-00861-7
■版元紹介文より:ゲノムの解読、遺伝子操作、クローン技術、核開発などによって、人類は創造と絶滅にかかわる全能性を手にし、コンピューター社会の出現によって未知の時空の中にいる。哲学の古い概念を再検討し、新時代にふさわしい哲学の創出をhominesence(人類再生)として提唱する。

〔新訳〕 神の場――内面生活に関するエッセイ
テイヤール・ド・シャルダン(1881-1955):著 美田稔:訳
五月書房 06年11月刊 2,940円 46判232+4頁 ISBN:4-7727-0449-3
●旧訳というのは、1968年に春秋社より刊行されていた、三雲夏生訳『宇宙のなかの神の場』のことかと思います。今回の新訳の訳者の美田さんは高名な『現象としての人間』(みすず書房)の翻訳を手がけられた方です。

無我と無私――禅の考え方に学ぶ
オイゲン・ヘリゲル:著 藤原美子:訳 藤原正彦:監訳
ランダムハウス講談社 06年11月刊 1,000円 46判140頁 ISBN:4-270-00164-X
●「新訳完成」と謳っていて、原著は"Zen in the Art of Archery"であると表記されています。旧訳というのは1950年代から80年代にかけて幾度か改版されてきた『弓と禅』(稲富栄次郎+上田武:訳、福村出版)のことかと思うのですが、こちらの底本はドイツ語版"Zen in der Kunst des Bogenschiessens"です。新訳の底本とどう違うのか、未確認です。

鉄道忌避伝説の謎――汽車が来た町、来なかった町
青木栄一(1932-):著
吉川弘文館 06年12月刊 1,785円 B6判214頁 ISBN:4-642-05622-X
■版元紹介文より:江戸時代に繁栄した町になぜ鉄道が通らなかったのか。明治の人々は鉄道建設による悪影響に不安をもち、鉄道や駅を町から遠ざけた…これが鉄道忌避伝説である。果たしてこの伝説は事実か。東海道の岡崎や甲州街道の府中など、全国各地に伝えられている実例を検証。当時の鉄道誘致運動、ルートや地形など様々な視点から実態を探り、伝説の謎に迫る。
●私の好きなシリーズ「歴史文化ライブラリー」の最新刊。そういう「忌避」習慣があったことを私はぜんぜん知りませんでした。ああ恥ずかしい。
●鉄道つながりの新刊ですが、『負け犬の遠吠え』で有名な酒井順子(1966-)さんが「小説宝石」や「ユリイカ」に寄稿したエッセイを単行本化した『女子と鉄道』(光文社)という本が出ていて、興味をそそります。
[PR]

by urag | 2006-11-26 19:49 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 25日

岩波書店不採用の零細出版人が、親世代の元社長の書いた回想録を読む

本日配信の「[本]のメルマガ」06年11月25日号に掲載した拙連載原稿を転載します。

----------------------------------------------------------------------
■「ユートピアの探求」/ 五月
----------------------------------------------------------------------
◎岩波書店不採用の零細出版人が、親世代の元社長の書いた回想録を読む

『理想の出版を求めて―― 一編集者の回想 1963-2003』
大塚信一(おおつか・のぶかず):著 トランスビュー:刊
定価2,940円 06年11月刊 46判上製カバー装381+21頁 ISBN4-901510-42-8

私は昔から本が好きで、大学を卒業したら本をつくる現場で働きたかった。第一志望は平凡社で第二志望が岩波書店。硬派な人文系出版社に憧れて、採用試験を受けたけれど、両社とも筆記試験をパスできなかった。あれから約15年。いま私は零細出版社の共同経営者だ。採用されなかったおかげで、約10年間は複数の小出版社での苦労を経験することができ、独立してから5年間の辛酸を味わった。

そんな自分からしてみると、岩波書店の元社長である大塚信一さんがこのたび上梓した回想録『理想の出版を求めて』は、別世界の出来事を書いた本のように思えなくもない。嫌味ではなく、私がすごしてきた現実とは環境的にも経済的にも違うものがそこにはある。

よく考えてみるとそれも仕方ないことなのかもしれない。大塚さんは1939年生まれ。私の両親と5歳ほど違うだけの世代で、私が生まれる5年前には岩波書店に入社している。「思想」誌や新書の編集部を経て、84年には「へるめす」誌を創刊。日本経済がバブル崩壊を迎えるまでのあいだ、岩波の新時代を牽引してきた方だ。いっぽう私はと言えば、大学を卒業した時にはすでにバブル崩壊が始まっており、どんどん悪くなる景気のなかで、80年代文化の残照を享受できたのはわずか数年というのが実感だった。

だから回想録を構成する8章のうち、私は最後の第8章(1989年~2003年)に対してしか同時代的な感覚がない。本書の圧巻は間違いなく、季刊誌「へるめす」を中心に記述される5~7章である。編集同人であった人々、すなわち、山口昌男、大江健三郎、磯崎新、武満徹、中村雄二郎、大岡信といった各氏の当時の活躍に象徴されるような、多彩な知的文化的星座のただなかにあって、大塚さんの熱い交流劇は、後進の者にはまぶしく映る。大塚さんご本人は岩波において反主流派を意識されていたそうだが、歴史を知らない息子世代の私にしてみれば、大塚さんの実績は岩波のイメージから逸脱するものではない。

それもそのはず、大塚さんは90年代にはいよいよ、「岩波書店というブランドを、この困難な時代に守り抜くか」(373頁)を考えねばならない立場にあったのであり、私が同時代的に知っている岩波はその時期にあたるからだ。

大塚さんは「あとがき」で、「本書を、次代を担う若い世代の編集者たちに捧げたい。ひとつの反面教師としてでも読んでいただけるなら、それに優る喜びはない」と述べておられる。私の自意識はさておくとして、たぶん「若い世代」には私自身も含まれるだろう。とすれば、同時代感覚に乏しく、歴史にも今ひとつ疎い私のような若輩者は、ただただ大塚さんの眩しい足跡を、まるで他人事のようにして読むしかないのだろうか。

二つの流儀がある。他人事のように読む流儀と、時代を超えて何かを受け取ろうとする流儀が。後者は陳腐かもしれないが、決して戯事ではない。

確かに若い世代にとっては、大塚さんが紹介する様々なエピソードは、当時の記憶、つまり同時代感覚がないだけに、豊かに読み解くことはなかなか難しい。400頁近いヴォリュームだけれど、大塚さんが体験してきた出来事のほんの一部分を読者は見ているに過ぎないだろう。

本書を読むだけでなく、大塚さんが手がけられた数々の本や、当時の新聞・雑誌などまでもひもとくならば、回想録の背後にある膨大な情報の起伏が仄見えるかもしれない。あくまでも遡行的ではあるけれど、大塚さんが体験してきたアクチュアリティの痕跡を探そうと試みることは不可能ではないし、あるいは大塚さんご自身が今後詳細なエピソードを明かされることを期待してもいいかもしれない。

他人事のように思えるのは見かけに過ぎないとも言える。そもそも若い世代がいま拠って立っているのは、大塚さんら先達が丹念に耕してきた大地である。大塚さんが手がけた本をたとえ一冊も読んでいなくても、私たちは先達の恩恵に与っているのだ。幸い私は大塚さんの編集した本をいくつか読んでいるが、それらから受け取った以上の影響を、社会に還元された大塚さんの「文化力」とでもいうべき何かしらのアトモスフィアから、同時代的に蒙っていることだろう。

大塚さんが生きた時代と文化を再検証することは後進のつとめである。例えば、東京大学出版会の元編集者で現在は研究者である長谷川一さんの『出版と知のメディア論』(みすず書房、2003年)は、若い世代が書いたもののなかで読まれるべきものの一つだろう。特に第4章「「人文書」空間の生成と崩壊――近代日本における知・出版・教養主義」は、60年代生まれにとっては共感できる前提を有しているように見える(しかしこの件は別稿を立てねばなるまい)。

時代を超えて大塚さんの回想録から何かを受け取ろうとするならば、まず本書の題名に帰らねばならない。『理想の出版を求めて』とあるが、大塚さんの理想とは果たして何だろうか。本書では明快にその理想が告白されているわけではないが、いくつかの言葉からそれを推察することができる。

そのうちでもっとも注目すべきは、「日本文化の水準を維持する」(374頁)という言葉だろう。私の理解では、大塚さんは岩波書店での出版活動を通じて、その「水準」を維持すべく、高い志を掲げて邁進してきた。維持するためには常に、以前より高い場所を目指して努力し続けることが重要である。「もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している」(『職業としての政治』脇圭平訳、岩波文庫)というマックス・ウェーバーの言葉は時代を超越した真理に思える。

「私の編集者としての四十年間は、“ユートピア探し”の四十年だった、と言えるかもしれない」(370頁)と大塚さんは書いている。「“ユートピア”とは、それが現実にはあり得ないからこそ、“ユートピア”なのではないだろうか。“どこにもない場所”というのが、“ユートピア”の意味なのだから。したがって、逆説的な言い方になるが、現実にはあり得ないからこそ、私は四十年間“ユートピア”を探し続けてきたのだ、ともいえると思う」(同頁)。

ユートピアの探求とは夢物語を現実の外に追いかけることではない。現実社会の瘴気の中に身を曝しながら、自らの命を燃やして時代の暗路を照らそうとすることだ。「社長業をしていた最後の七年間は、自分でもはっきり認識せざるを得なかったのだが、常時頭のテッペンから足の先まで、緊張していた」(373頁)。

「活字離れが進み、学生の学力低下が言われ」、本の売れ行きが「急カーブを描いて下って」いくのを目の当たりにしながら、大塚さんは読書が「日本人の思考力」を活性化することを信じて、国内外の識者に会い続け、本を作り続けた。大塚さんは「真のアカデミズム」という言葉を幾度か書き留めている。それは有識者の有難いご高説を妄信することではないだろう。書物が読者の生に影響を及ぼすものである以上、生半可な知識ではなく、苦労して獲得された知の裏付けをもって時代の岩盤から一冊ずつ削り出されなければならない。押し付けがましい記述は一切ないが、大塚さんが本作りに込めた情熱は、本書の様々なエピソードから汲み取れるだろう。

理想というものは往々にして陳腐に見えやすい。馬鹿にする人も大勢いるだろう。大塚さんの回想録を煌びやかな論壇交遊録として読む人はしかし、決定的に何かが欠けている。馬鹿にされようが灯台は海を照らすのである。たとえどんなに小さくとも、書物は誰かを照らす光になることができる。


◎五月(ごがつ):1968年生まれ。月曜社取締役。本誌25日号編集同人。
[PR]

by urag | 2006-11-25 20:25 | 雑談 | Trackback | Comments(1)
2006年 11月 24日

「ミュージックマガジン」06年12月号に『ブラック・アトランティック』の書評

月刊誌「ミュージックマガジン」06年12月号の「random access」欄に、『ブラック・アトランティック』の書評記事「本誌読者ならば、行間に音楽を聴く喜びを体験するだろう」が掲載されました。評者は野々村文宏さん。「音楽はよく「旅」をする・・・行間にこめられた旅の動きを感じる喜び」と評していただきました。野々村さん、ありがとうございました。
[PR]

by urag | 2006-11-24 12:58 | 人文書既刊 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 23日

「朝日新聞」23日付文化欄に「全景」展紹介記事

朝日新聞」06年11月23日付朝刊の文化欄に、「吹き荒れる大竹伸朗旋風」という大きな記事が載りました。これは東京都現代美術館の「全景」展を紹介し評価したもので、編集委員の田中三蔵さんによる記事。複数の雑誌が特集を組み、新刊書籍が立て続けに刊行されて、あちこちで再評価の機運が高まっていることを示しつつ、なぜいま大竹伸朗なのかという問いをたてて分析を試みています。

また、先週金曜日に発売された月刊誌「美術手帖」06年12月号は、「全身全景 大竹伸朗」と題した特集号です。「全景」展の完全ガイドやオリジナル特別付録「大竹伸朗〈毎貼(まいばり)〉スクラッブブック1977-2006」のほか、斉藤環さんらによる作家論や、浅田彰さんの特別寄稿「誰が大竹伸朗を語れるか」が掲載されています。

そしていよいよ今週末の11月26日(日)午前9時00分~9時45分(再放送午後8時00分~8時45分)に放映されるNHK教育の「新日曜美術館」は、「突き動かすもの 画家・大竹伸朗の世界」と題した大竹伸朗特集番組です。まさに吹き荒れる大竹旋風といった今日この頃です。
[PR]

by urag | 2006-11-23 19:07 | 芸術書既刊 | Trackback | Comments(0)