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2006年 02月 28日

HAS (HUMAN AUDIO SPONGE)

ええ、買いましたよ、HASのバルセロナと東京でのライヴのDVD。YMO世代ですから。で、感想。何が良いのかよくわからなかった。YMOが十数年前に再結成して「テクノドン」というアルバムを出したことがありましたね。あれ、私は全然イイと思わなくて、気づいたらCDも人にあげちゃってました。

で、今回のDVDの特典映像で、細野さんが93年当時の再結成についてはとてもイヤで、失望したと発言しているのを聞いて何となく腑に落ちました。イヤイヤやってるアルバムが面白いわけないもんね。イベント性の追求じゃなくて音楽性の追求だったらよかったのに、という趣旨のことを仰っています。

細野さんは再結成の折にたしか、「YMOは浅田彰君たち(ニューアカ)の出現によって思想的任務から解放されて解散したけれど、今はそうした言説がないので再結成した」みたいなことを仰っていたような記憶があります。私にはさしたる感動はありませんでした。今にしてみれば、ああいうセリフも「イベント的意味づけ」だったのだろうかと。

YMOとニューアカは少なくとも自分にとっては同列に扱えるものではなかったです。YMOとの出会いは中学生、ニューアカとの出会いは大学生で、その残照を見て遡行的に面白がっていただけですので。

今回のDVDの特典映像での細野・高橋・坂本のトークを聞いて、なんとなくHASが分かってきた気がします。私にとってYMOのピークは「BGM」と「テクノデリック」です。それ以後のYMOは、それぞれのソロアルバムは面白いのに、三人になるとどうしてつまらなくなっちゃうんだろう(「以心伝心」とか「SEE THROUGH」は好きですけれど)と感じていました。

たぶん彼ら自身もそう思っていて、それが聴く側に伝わっただけなのかなあとも思います。ただし、自分の耳が上等だとは思っていませんから、こんないい加減なことばかりしか書けませんが。(H)
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by urag | 2006-02-28 01:44 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 26日

今週の注目新刊(第40回:06年2月26日)


永江朗監修 / プチグラパブリッシング / ¥1,575
●「あたらしい教科書」シリーズの第二弾。購入してざっと眺めたところ読みやすく見やすい入門書です。編集/デザイン/印刷と製本/流通と書店、の全4章立て。それぞれの項目が簡潔なエッセイになっていて、読み飽きることはありません。業界を目指す若い人には特にお奨めかも。
●でも「自費出版」の項目で代表的な版元に挙げられている数社のうちに「文芸館」とあったのはちょっと目が点。「文芸社」であろうことは疑いの余地なし。最大手だと思うんだけど、社名を間違えられるのってけっこうガックリくるんだよねえ。余談ですが、私が作品社に在籍していたとき、なぜか工作舎さんに間違えられることが幾度かありました。

ポスト〈東アジア〉
孫歌+白永瑞+陳光興編 / 作品社 / ¥2,100
●中国・韓国・台湾・日本の共同編集本。これは豪華な成果!

健康の神秘――人間存在の根源現象としての解釈学的考察
ハンス=ゲオルク・ガダマー著 / 法政大学出版局 / ¥2,835
●著者最晩年の書。なんと言っても長生きした哲学者(1900-2002)なので、医学的にコントロールできる健康の秘訣ではなく、健康であることそのものの不思議さに思惟を凝らしたあたりに、彼ならではの境地を垣間見ることができるのかもしれません。

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
アンドリュー・パーカー著 / 草思社 / ¥2,310
●著者は1967年生まれ。昨年より英国自然史博物館動物学研究部研究リーダー。キーワードは「光スイッチ」。

アフォーダンスの発見――ジェームズ・ギブソンとともに
エレノア・J・ギブソン著 / 岩波書店 / ¥3,150
●自らも心理学者であるギブソン夫人(1910-2002)による伝記。面白いに決まってる。

偶然とは何か――北欧神話で読む現代数学理論全6章
イーヴァル・エクランド著 / 創元社 / ¥2,520
●ダランベール賞受賞作の数学エッセイ。

鳥の飛翔
オットー・リリエンタール著 / 東海大学出版会 / ¥3,360
●1889年刊行の古典的名著『飛行術の基礎となる鳥の飛翔』の訳書です。巻末に原著第2版(1910年)に追加された記述も訳出。 リリエンタール(1848-1896)は西洋技術史におけるまぎれもない有名人ですが、これが本邦初訳となるのでしょうか。びっくり。

方法叙説
松浦寿輝著 / 講談社 / ¥1,785
●「批評空間」第II期での連載が最初でしたね。

翻訳教室
柴田元幸著 / 新書館 / ¥1,890
●村上春樹がゲスト参加したという東大文学部での翻訳演習の「完全収録」本。

バッハ『ゴルトベルク変奏曲』――世界・音楽・メディア
小沼純一著 / みすず書房 / ¥1,365

『変身』 ホロコースト予見小説
樋口大介著 / 河出書房新社 / ¥2,100
●著者は1943年県生まれで現在国学院大学教授。昨春(05年4月)には『世界戦争の予告小説家カフカ――『変身』と『判決』』を刊行されています。意欲的な読解。

ジャン・メリエ遺言書――すべての神々と宗教は虚妄なることの証明
ジャン・メリエ著 / 法政大学出版局 / ¥31,500
●著者は17世紀末から18世紀初頭を生きたフランスの田舎司祭。「啓蒙期の代表的地下文書として流布し、旧体制を根底から震撼させた」という怪著です。とても興味が湧きますが、ちょっとこの値段は手が出せません。こういう本が万引に一番狙われやすいので心配。

ジル・ドゥルーズ
クレア・コールブルック著 / 青土社 / ¥2,520

スチュアート・ホール
ジェームス・プロクター著/ 青土社 / ¥2,520
●ホールがCSにおける象徴的な人物であるためかもしれませんが、本書は立派なカルチュラル・スタディーズ入門たりえています。CSを学びなおすのにうってつけ。

記号としての文化――発達心理学と芸術心理学
ヴィゴツキイ著 / 水声社 / ¥4,200
●すばらしい叢書「二十世紀ロシア文化史再考」の最新刊。ヴィゴツキーの著書の翻訳本はほとんどが現在品切ですが、研究書は今なお数多く出版されています。

ルボーク――ロシアの民衆版画
坂内徳明著 / 東洋書店 / ¥1,680
●副題にある通りルボークというのは、17世紀以降のロシアの民衆版画のこと。類書はほとんどナシ。貴重な本です。

ADIEU A X
中平卓馬著 / 河出書房新社 / ¥6,195
●初版は1989年3月、同社から。本体価格は4800円→5900円。16年前の値段との比較で言えば、1100円の値上がりは頷けるけれども、ヴォリュームからすると、廉価なイメージではないですね。

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みすず書房の「新装版」

死と歴史 フィリップ・アリエス著 ¥3,675
はるかなる視線 1・2 クロード・レヴィ=ストロース著 ¥3,360
ピエロ・デッラ・フランチェスカの謎 カルロ・ギンズブルグ著 ¥6,510
現代物理学の自然像 W・ハイゼンベルク著 ¥2,940
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by urag | 2006-02-26 19:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 25日

『マルチチュード』以後のネグリの新刊・再刊をおさらい

「[本]のメルマガ」2月25日付241号に寄せた拙稿を転載します。5点ほど補足し、参考までに原書の画像をアップしておきます。
a0018105_2320184.jpg
※上の写真に映っている"Kairòs, Alma Venus, Multitudo"は2000年刊の初版本です。
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■「ユートピアの探求」/五月
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【メモランダム:『マルチチュード』以後のネグリ】

旧連載「現代思想の最前線」を覚えておいでの読者は、私がイタリアの哲学者アントニオ・ネグリの新刊についてその都度紹介していたのを覚えていらっしゃるかもしれない。方向性を転換したつもりの新連載では取り上げてはいなかったのだけれど、今回はごく簡単なメモとして、『マルチチュード』以後のネグリの著書を列記し、皆さんと共有できる備忘録としたいと思う。

マイケル・ハートとの共著『帝国』の大ヒット以降、ネグリの旺盛な執筆活動には目を瞠るばかりだ。出獄したことも大きな要因ではあるけれど、彼は今フランスに移っていて、昨年11月末から今年3月にかけては国際哲学学院で「マルチチュードとメトロポリス」という一連の講義を友人たちとともに行っている最中だ。

日本では昨年10月に『帝国』に続くハートとの共著第二弾『マルチチュード』がNHKブックスで翻訳刊行された。上下巻合計で税込2646円という驚異的なコストパフォーマンスだが、どれくらい売れているのだろうか。同時期に、青土社の月刊誌『現代思想』(05年11月号)がマルチチュード特集を組んだ。マルチチュードという術語が一気に巷間に浸透していった気がする。

『マルチチュード』英米語版が2004年の8月にペンギン・プレスから刊行される約半年前の2月、ネグリは1977年の旧著『戦略の工場――レーニンについての33の講義』の新版を新しい序文つきでマニフェストリブリから刊行した。新版では副題のみが書名となっている。

"Trentatre lezioni su Lenin" 2004, Manifestolibri, ISBN88-7285-337-0

『マルチチュード』が刊行されてから英米語圏ではネグリの旧著の翻訳や再刊が勢い良く続いている。日本では『帝国』(『〈帝国〉』以文社)の刊行後、翻訳がテンポよく続いたが、今は落ち着いている。翻訳が進行中のものもあるけれど、これからは多少落ち着いてネグリの本を読めるようになるだろう。

2005年3月、久しぶりにネグリは新著をローマの新興版元ノッテテンポから刊行した。『イタリア的差異』という論文一篇を収録した、30頁に満たない小さな本だ。「久しぶりに」と言っても、実際ネグリはあちこちの媒体に寄稿し、あちこちで講演していたから、彼が何かを温存していたというわけではない。

"La differenza italiana" 2005, nottetempo, ISBN88-7452-049-2

この論文が「小石」というシリーズの一冊として刊行されているところを見ると、ひょっとすると、将来的にノッテテンポからこの論文を含めた新刊が出るのかもしれない。アガンベンの『涜神』(月曜社)は実際そんな経過を経て出版されていた。

翌月(2005年4月)、ネグリは1990年の旧著『芸術とマルチチュード』の増補版をフランスのEPELから刊行した。EPELというのは1990年に設立された出版社で正式名称はLes Éditions et Publications de l'École Lacanienne という。ラカン派の出版社でネグリ。なんとも興味深い取り合わせである。*1

"Art et Multitude: Neuf lettres sur l'art", 2005, EPEL, ISBN2-908855-88-7

友人への手紙という親しみやすい形式を取っている本書は、ミラノの版元ジャンカルロ・ポリティ(現在は廃業)から刊行された初版本では、1988年12月に執筆されたとされる7通の手紙で構成されていた。その後、一通の手紙を追加して99年にスペイン語訳版が刊行された。さらに2005年にもう一通の手紙と序文を追加し、フランス語訳版が出版。日本語訳は月曜社より近刊予定である。

ネグリの著書の書名に「マルチチュード」という言葉が使われたのは本書が初めてである。二度目に使われるのは10年後、2000年にマニフェストリブリから刊行され、本年再刊された『カイロス、アルマ・ウェヌス、マルチチュード』においてである。*2

"Kairòs, Alma Venus, Multitudo: Nove lezioni impartite a me stesso", 2000/2006, Manifestolibri, ISBN88-7285-450-4

旧著の再刊はさらに続く。2005年9月にマニフェストリブリは『世紀の終わり』の新版を新たな序文とともに刊行。本書は1988年にミラノのSugarCo(現在は廃業*3、正確な読み方は未詳)から初版が刊行された。その際の副題は、「社会化された労働者のための宣言」だったが、新版では「20世紀の解明」になっている。

翌89年に英訳版がポリティ・プレス(先のポリティとは全く別の会社)から出る。書名が『転覆の政治学――21世紀へ向けての宣言』に変更され、収録論文も9篇からさらに5篇が追加され、さらにはヤン・ムーリエ(・ブータン)による解説が付されている。小倉利丸氏による日本語訳が現代企画室から2000年に刊行された。

"Fine secolo: Un'interpretazione del Novecento", 2005, Manifestolibri, ISBN88-7285-458-X

※2005年のこの新版の序文は、2000年の日本語訳版には当然のことながら含まれていないので、ご注意ください。

ちなみにSugarCoというのは、フランス亡命期(1983-1997)のネグリの著書をイタリア出版界において例外的に刊行していた注目すべき版元で、『世紀の終わり』の前後には以下の書目も刊行していた。『遅咲きのエニシダ――ジャコモ・レオパルディの存在論についての試論』(1987年)、『ヨブの労働――人間的労働の寓話としての聖書の高名なテクスト』(1990年)*4、『構成的権力――近代のオルタナティヴにかんする試論』(1992年)*5などである。ミラノに所在する出版社だったが、92年当時は、より北西のカルナーゴに移転していたようだ。

上記3点はいずれも新たな序文つきで他社から再刊されている。

"Lenta ginestra: Saggio sull'ontologia di Giacomo Leopardi", 2001, Mimesis, ISBN88-8483-030-3

"Il lavoro di Giobbe", 2002, Manifestolibri, ISBN88-7285-307-9

"Il potere costituente: Saggio sulle alternative del moderno", 2002, Manifestolibri, ISBN88-7285-263-3

さて最後に最新著である。先月(2006年1月)、ミラノの版元ラファエロ・コルティーナから、ネグリの最近の論文36本を集成した『帝国におけるムーヴメント――通路と眺望』が刊行された。コルティーナは日本語訳が出ている『〈帝国〉をめぐる五つの講義』(小原耕一+吉澤明訳、青土社、2004年)のイタリア語原書を刊行した版元でもある。

"Movimenti nell'Impero: Passaggi e paesaggi" 2006, Raffaello Cortina, ISBNISBN88-7078-995-0

また、最近の再刊では、ローマの運動系出版社デリーヴェ・アップローディが1998年11月に刊行した『スピノザ』の第二版を刊行している。これはネグリのスピノザ論を集成したもので、『野生の異例性』と『転覆的スピノザ』、そして論文「スピノザにおける民主制と永遠性」が収録されており、最後に短いあとがき「しめくくりとして:スピノザとポストモダン」が付されている。

"Spinoza", 2 ed., 2006, DeriveApprodi, ISBN88-88738-86-X

私は初版本しか持っていないので、推測に過ぎないが、版元やオンライン書店のデータを見る限り、ページが第二版では若干増えているので、ひょっとすると、新しいテクストが加わったかもしれない。

論文「スピノザにおける民主制と永遠性」については、フランス語版からの水嶋一憲氏による日本語訳が『現代思想』96年11月臨時増刊号(総特集=スピノザ)に掲載されている。『野生の異例性』についてはすでに10年前から近刊予告が水声社から出ているが、果たされていない。

ついでに書いておくと、以前から予告が出てはいるがまだ刊行されていない本には、ハートとの共作第一弾『ディオニュソスの労働』(人文書院)がある。これ以上は同業者として天に唾するようなものだから何も書くまい。

***

*1――仕掛け人は同書(『芸術とマルチチュード』)が属するシリーズ「アトリエ」の編者であるMarie-Magdeleine Lessanaである。同書で追加された新しい手紙は「マリー=マグドレーヌへ。生政治について」と題されている。彼女は精神分析家であるとともに小説家でもあるようだ。マリリン・モンローについて昨年一書を上梓していたりして、特異な書き手に見える。

*2――蛇足的情報だが、ネグリの著書の書名に「マルチチュード」という言葉が三度目に使われたのは、『〈帝国〉をめぐる五つの講義』に収録された諸論文を除いた講義部分だけを収録した異本『マルチチュードと帝国をめぐる五つの入門的講義』(ルッベッティーノ、2003年)で、四度目がハートとの共著『マルチチュード』になる。

*3――SugarCoが廃業というのは私の思い込みだったようで、グーグルを検索すると最近の出版物が出てくる。どうやらまだ存在しているらしい。

*4――書き忘れていたが、本書のフランス語訳版(Judith Revelの翻訳による"Job, la force de l'esclave", 2002, Bayard)からの日本語訳が、2004年12月に世界書院から刊行されている。仲正昌樹訳『ヨブ 奴隷の力』がそれであり、ネグリによる日本語版への序文も付されている。イタリア語原書から訳されたものでないことは若干残念だが、ネグリ氏本人は重訳だからといって気にするような人ではないようだ。ネグリにとって、書物というのは意味と趣旨が伝わればいいのであって、本来的に他国語には移しえない文体や文彩の「保存」といったことについては拘泥していないのではないかと思える。『構成的権力』(松籟社)も、フランス語訳版からの重訳だったのだ。私はそれをいい加減な態度だとは思わない。ネグリのおおらかさはむしろ美徳ですらあると思う。その美徳は、私にはネグリの「活動家」と「亡命者」としてのキャリアに由来するものなのではないか。コミュニケーションや言語の壁を乗り越えていく逞しさ。

*5――日本語訳は、『構成的権力――近代のオルタナティブ』(杉村昌昭+斉藤悦則訳、松籟社、1999年)である。本書は2002年のイタリア語新版を底本とするものではなく、著者自身の指示のもと、1997年にPUF(フランス大学出版)から刊行されたエティエンヌ・バリバールとフランソワ・マトゥロンによるフランス語訳"Le pouvoir costituant"を底本としている。したがって、2002年のイタリア語新版に収録されている新しい序文は訳されていない。ちなみに、フランス語訳版の版権がPUFではなくミネソタ大学出版に帰属している(日本語版刊行当時)のは、非常に興味深いことではあった。
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by urag | 2006-02-25 22:53 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 24日

発売1週間で10万部までの増刷を決定

難病プロジェリア(早期老化症)に罹っている14歳の少女アシュリー・ヘギちゃんが自らの人生について語った本『アシュリー』が先週扶桑社から発売されましたが、書店から追加注文が殺到、発売1週間の動向で10万部まで増刷することを決定したそうです。すごいですね。

その健気だけれども芯の強さを感じさせる生きかた(強さという言葉では単純に言い表せない何かなのですが)や彼女の素晴らしいお母さんに学ぶところが多く、私も読んでみたいなとは思いましたが、10万部という数字がいったいどんなものか、想像もつきません。

かつて某社につとめているとき倉庫で返品の山を見てとても驚いたことがありますが、山と言ったってせいぜい千部ちょっと。それでもその物量に圧倒されたくらいでしたから、10万部というと……やっぱり想像がつきません。いつかそんなベストセラーを手がけてみたいものです。

強ささという言葉では単純に言い表せない何か……タルコフスキーの映画『ストーカー』に、登場人物の一人が「弱さこそ偉大なのだ」と語る場面があったと思います。逆説めいた言葉で初めて見た当時は意味がよく理解できなかったのですが、その後、ふとした瞬間に「弱さの強さ」について、その一端を直感的に理解するような経験が何度かありました。

「強さ」にはない「弱さ」の豊かな価値について、今また思いを馳せます。そして、アシュリーちゃんの言葉を反芻します、「プロジェリアじゃなければいいのに、なんて思わないわ。わたしは、わたしという人間であることが幸せだもの」。(H)
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by urag | 2006-02-24 23:18 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 23日

どこへやったか分からない本が

たしかに蔵書にあった本がいつの間にかない、というものの中でも、巻数ものの「紛失」は余計に気落ちさせます。それがすでに今となっては絶版になってしまったものならなおさらです。そういうときはどうするか。古書店を探して買いなおします。探して買いなおせるものならばいいけれど。

自分では探しつくしたと思っていた実家から「出てきたよ」と発掘の一報。もう何年も目にしていなくて、いったいどこに置いてしまったのか、引越しを繰り返す中で、あるいは仕事で使いまわす中で紛失したのか、それともうっぱらっちまったのか、いやいやまさか売りはしまい、しかしひょっとすると、そんな本を持っていたという「夢」を見ていたのか――あれは幻だったのだ、とすら思いかけていた本たちが、ようやく「出土」。

発掘された本たちの書名を聞けば、なぜ自分でも思い出せない場所に置いてしまったのか不思議なほど。結局それは私自身がそういう場所に置いたのではなかったようですけれど。実家には実家の都合があって、邪魔なときは本をどかすさ、そりゃ当然。かくして自宅に引き揚げきれない幾つかの行方不明者たちが実家に埋もれます。

このたびのめでたい出土にもかかわらず、まだ出てこない本たちがあります。まとまった数のアート系絶版本たち。ダンボールにまとめてあったはず。きっと出てくる、時間が経てば。それまでひっそりと、すこやかに眠っていておくれ。間違っても黴やその他の「外敵」に負けずに。でもひょっとして自分で何気なく売っちまったんだろうか。どうしても思い出せないのです。

本を長く保存することの難しさについては、古典的名著『書物の敵』(ウィリアム・ブレイズ著、高橋勇訳、八坂書房、2004年)をご覧ください(ライフログに追加しておきました)。実に剣呑な、多くの敵たち!

幻の本……、「持っている」と長年勘違いしていた本もじっさいにあるようです。これは実に悔しい。入手不能になってから気づく悲劇。「持っていない」と勘違いしている本というのもあります。あやうく古書店で高額なのに買ってしまいそうになる時もあれば、重複して買ってしまうこともごくたまにあります。未読だと思っていた本に自分自身の手になる頻繁なアンダーラインや書き込みを発見するときも驚きますよね。

愛情ゆえにわざわざ同じ古書を何度も買うということもあります。私の場合、かつては、ジョルダーノ・ブルーノの『無限、宇宙と諸世界について (無限、宇宙および諸世界について)』(現代思潮社版および岩波文庫)や、ドゥルーズ=ガタリ『リゾーム』(朝日出版社)など。(H)
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by urag | 2006-02-23 23:40 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 22日

海外オンライン古書店で本を買う際の「リスク」

とある不愉快な事態があって、カナダに本拠地を置くオンライン横断検索型古書店モール「ABE」での昨年一年間の取引履歴を見直しました。赤裸々に告白します。

全23件のうち、購入できたのが19件で、それ以外の4件は以下のようなトラブルがありました。

1件→在庫がなかった。

しばしば日本のオンライン書店でもあることですが、書店側の在庫データのメンテナンスができていないせいでこういうことが起こります。「売れたばっかりなんですよ」という言い訳をよく聞きますが、私は国内のとある古書店で3回連続して在庫ナシの悲劇を味わったことがあります。メンテしてくださいよほんと。

3件→書店からの連絡がなかった。

★その1:ABEでの発注後、オランダの古書店からの連絡が4ヶ月間なく、問い合わせメールを出したところ、当該商品が倉庫内で行方不明になり連絡ができなかった、と返事がありました。見つかったので送品できるがどうですかと聞かれたけれど、「もういらんわい」と答えました。

なぜ4ヶ月間も待ったのか。ABEのシステムでは、「受注しました」、「ご注文を処理しています(近々に書店から発送される予定です)」という二種類のメールがABE側から届きます。「ご注文を処理しています」というメールと相前後して書店側からの受注確認メールなどが普通は届くはずなのですが、いいかげんな書店だと、商品を送りつけてくるだけのお店もあるのです。そのため、書店から直接メールが届かなくてもいちおうは待ちます。

★その2:一年近く連絡がありません。フランスの古書店。もはや放置です。

★その3:やはり一年近く連絡がありません。カナダの古書店。この注文だけは放置できません。なぜならば、商品が届かないのにクレジットカードから代金が引き落とされているからです。たとえ船便だったとしても、一年近く商品が届かないというのはありえません。古書店にメールで事の仔細を尋ねてみても返答ナシ。配送途中で商品が行方不明になったのか、請求だけして発送を忘れたのか。8000円強がこのまま「授業料」に消えるのか?

ABEの「ヘルプ」を読むと、書店からのレスがない場合はABEが対応する、とあるので、遠からずABEに申し入れをするつもりです。このエントリーを読んで笑いたければ笑ってください。

以上、23件中4件が事故で、実に事故率17%です。ひどいなあ。かつて別のオンライン古書店では次のようなこともありました。今はAMAZON COMに統合されたBIBLIOFINDで顧客のカード情報が流出、私のカード情報も流出して、不正請求が発生。カード会社にすぐに相談して、不正請求分は取り消してもらいましたが、B社側では流出の危惧が発表されただけで、個人客への謝罪はなし。ふざけんな!という事件でした。

ABEが今回どのような対応をするのかは気が向けばまたご報告します。(H)
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by urag | 2006-02-22 19:24 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
2006年 02月 21日

オンライン書店とリアル書店の使い分け

ホットワイアードの公開質問コーナー「ウェブ・ヴォーター」で、いとうせいこうさんが「ウェブ上で注文する習慣がついてしまって、めっきり書店に行かなくなったんだけれど、皆さんはどうですか」という趣旨の質問を提起されています。いとうさんはこれまでもたびたび本のこと、本屋のことを話題にしてくださっています。

回答は5択になっていて、それぞれに投票できます。今まで通り本屋には通っている、以前より行く機会が減った、ほとんどオンラインで買う、すべてオンライン、そもそも本は買わない、の五つ。投票受付中ですが、なかなか興味深い経過で、寄せられたコメントも非常に参考になります。例えば、オンラインで検索して、リアルで中味を確認する、といった使い分けをしている、とか。業界人は必見のアンケートですよ。

私自身は本屋さん(リアル書店)に行く機会が確かに減っており、オンライン書店を利用する機会はかなり増えています。しかしそれはリアル書店に足が向かなくなったのではなく、仕事が忙しいからで、オンライン書店を利用しているのは本を持ち運ぶ手間が省けるからです。

ですから、私の答えは「今まで通り通ってはいるが、オンライン書店を利用する機会がとても増えた」ということになります。私はリアル書店が大好きです。いつも言っていることですが、本には現物が持つオーラというものがありますし、本棚の森のざわめきの中に分け入ることによって初めて可能になる冒険があるのです。本はコンタクト=接触を待っています。

ただしこれは「新刊書店」に限って言えることです。「古書店」や「洋書店」の利用について言えば、私は「ほとんどオンラインで買う」ようになっています。北海道から九州まで、各地の古書店から購入していますし(全国規模で捜さないと欲しい書目がそもそも買えない)、洋書については新刊や古書にかかわりなく、各国のオンライン書店を利用しています。

皆さんはいかがでしょうか。(H)
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by urag | 2006-02-21 14:14 | 雑談 | Trackback(1) | Comments(4)
2006年 02月 20日

共同復刊事業「書物復権」は十周年を迎え、8社→12社に

今年(2006年)の「書物復権」は10周年記念企画で、従来の8社(岩波書店、紀伊國屋書店、勁草書房、東京大学出版会、白水社、法政大学出版局、未来社、みすず書房)に加え、新曜社、創元社、筑摩書房、平凡社が特別参加し、計12社による共同復刊事業になると発表されました。実に喜ばしいことです。今年だけにしないで、来年からもずっと12社でやればいいのに。そうなるためには、われわれ読者が盛り上げなくてはいけません。

スケジュールは、5月上旬~6月下旬がリクエスト受付期間、7月中旬に復刊書目が決定し、9月には全国の協力書店で一斉発売開始、とのことです。

これまでの復刊は、リクエストこそ読者から集めるとは言え、最終的な復刊の可否は版元の判断にゆだねられていたと思います。そうではなくて、たとえば書店主導型の復刊事業ができないのでしょうか。大書店チェーン数社が共同して買取を行うかたちで所定の書目を復刊させ、その数社が最優先でその書目を販売する権利を得る、という積極的な動きがそろそろ出てきて欲しいと思うのです。(H)
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by urag | 2006-02-20 20:26 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 19日

今週の注目新刊(第39回:06年2月19日)

紀伊國屋書店BOOKWEBに掲載される書影が二月に入ってからオビなしに変更されたようで、大変不便です。オビは貴重な情報源。他のオンライン書店ではオビなしがスタンダードなので、オビつき画像はかえって希少価値が高かったのに。オビなしにするのならば、せめて紹介文を早急にアップしてくれなければ。データ登録の部署で人員削減があったのかな? いずれにしても読者思いとは言えない悲しい退化です。

***

バカでもわかる思想入門
福田和也著 / 新潮社 / ¥1,365
■版元紹介文より:大思想家たちもみんな同じ人間だった! プラトン、孫子、世阿弥、マルクス、フロイト、ハイデッガー……世界を代表する十二の思想のサワリをらくらく知ったかぶりできる入門書の決定版。
●「バカでもわかる」だの「らくらく知ったかぶりできる」だのの宣伝文句が余計なお世話だし時代遅れな感じがして仕方ないのですが、福田さんの書いた入門書ならばきっと良質なものに仕上がっているに違いないと思います。
●[06年2月27日追記]『イデオロギーズ』のようなものを期待して本屋さんで現物を手に取り、「新潮45」の連載だったことを確認、さらに中味が対話体で読みやすそう(下世話そう)なのを予感しながら購入してさっそく読み始めたところ、なんだかテンションについていけなかった。このトーンに入り込めない(入りたくない)。同じ日に大丸の「クレー展」で「死の天使」を前にして絵と自分がすぅーっと地続きになってしまったような「入り込み方」とまるで対照的。

戦後思想の名著50
岩崎稔+上野千鶴子+成田龍一編 / 平凡社 / ¥3,570
■版元紹介文より:戦後思想を形作った50冊の「名著」を読みなおしながら、戦後啓蒙の成立、戦後啓蒙の相対化、ポストモダン・ポスト戦後の3つの時代として日本の戦後思想史を描くことを試みる。
●柳田國男『先祖の話』(1946年)から加藤典洋『敗戦後論』(1997年)まで。平凡社の「名著」シリーズはそれぞれがよく出来ていて、人文系出版人や書店人にとっても全部が必読書です。

ソクラテスの宗教
マーク・L・マックフェラン(1949-)著 / 米澤茂+脇條靖弘訳 / 法政大学出版局 / ¥6,300

自省録
マルクス・アウレリウス著 / 鈴木照雄(1918-)訳 / 講談社学術文庫 / ¥924
●新訳です。

中国性愛博物館
劉達臨(1932-)著 / 鈴木博訳 / 原書房 / ¥3,990
■版元紹介文より:中国の性文化研究の第一人者による図解「中国の性の歴史」。古代の性崇拝から日常の性、同性愛、変態性愛、そしてこれらを彩る文学芸術、女性観にいたるまで、貴重な資料と多彩なカラー図版を中心に解読してゆく決定版登場!
●著者は上海大学社会学教授です。中野美代子さんの名著『肉麻図譜――中国春画論序説』(作品社、2001年)と併売してほしい本です。

カフェイン大全――コ-ヒ-・茶・チョコレ-トの歴史から、ダイエット・ドーピング・依存症の現状まで
ベネット・アラン・ワインバーグ+ボニー・K・ビーラー著 / 別宮貞徳監訳 / 八坂書房 / ¥5,040

知の考古学
ミシェル・フーコー著 / 中村雄二郎訳 / 河出書房新社 / ¥3,675
●新装新版です。

現代形而上学論文集
デイヴィド・ルイスほか著 / 柏端達也+青山拓央+谷川卓編訳 / 勁草書房 / ¥3,570
■版元紹介文より:分析哲学は、どのように形而上学との再接続を果たしたのか。従来のイメージを裏切っていまや分野の最先端となった新しい潮流を示す。80年代以降、分析哲学のルーツである論理実証主義による形而上学批判の影響が薄れ、形而上学的な問題に積極的に分析的手法が適用されるようになってきた。本書では存在論に焦点を絞り、物体、出来事、性質といった話題に関して、現在でも言及されることの多い論争的な重要論文を集成。ブームとなりつつある新しい潮流を紹介する。
■収録論文:デイヴィド・ルイス「たくさん、だけど、ほとんど一つ」、トレントン・メリックス「耐時的存在者と永存的存在者の両立不可能性」、ピーター・ヴァン・インワーゲン「そもそもなぜ何かがあるのか」、ジェグォン・キム「性質例化としての出来事」、ドナルド・デイヴィドソン「出来事についてのクワインへの返答」、デイヴィド・ルイス「普遍者の理論のための新しい仕事」、エリザベス・W・プライア+ロバート・パーゲッター+フランク・ジャクソン「傾向性についての三つのテーゼ」、ピーター・サイモンズ「個別の衣をまとった個別者たち──実体に関する三つのトロープ説」
●1970年代までの古典を集めた「双書プロブレーマタ」の後継として、ここ二、三十年の分析哲学の新古典を紹介する翻訳シリーズ、「双書現代哲学」の第二巻です。第一巻はフレッド・ドレツキの『行動を説明する』(水本正晴訳)でした。 第三巻以降には次の書目があがっています。J・キム『物理世界の心』(太田雅子訳)、S・スティッチ『理性の断片化』(薄井尚樹訳)、岡本・金子編(ダメット、ブーロス、ライト、パーソンズ、ルフィーノ、ヘイル、スンドホルム)『フレーゲ哲学の最新像 新フレーゲ主義とその彼方』、D・ルイス『反事実的条件法』(吉満昭宏訳)、C・チャーニアク『最小合理性』(中村・村中訳)、L・ラウダン『科学と価値』(戸田山・小草訳)、N・カートライト『物理法則はどのように嘘をつくか』(杉原桂太訳)、J・エチェメンディ『論理的帰結関係の概念』(遠山茂朗訳)。
●この双書が大型書店の人文書における英米哲学棚を塗り替えていく一大事業になることは間違いないでしょう。
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by urag | 2006-02-19 10:22 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2006年 02月 18日

『ある日、』の書評が「週刊東洋経済」に

13日に発売された「週刊東洋経済」(2月18日号)に、菱田雄介写真集『ある日、』の書評「9.11以降の世界 その歴史に立ち会う」が掲載されました。カラーページでの扱いで、書評してくださったのは写真家の中川道夫さんです。「世界と日常とをトランスする新しいドキュメントフォトの試み」と評価していただきました。中川さん、ありがとうございました。(H)
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by urag | 2006-02-18 19:01 | PLACE M | Trackback | Comments(0)