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カテゴリ:近刊情報( 212 )


2017年 01月 17日

月曜社2017年2月新刊:人文書1点、写真集2点

弊社2017年2月中旬刊行予定の新刊3点をご紹介します。

【人文・哲学思想】

崇高の修辞学 アマゾン予約
星野太=著
月曜社 2017年2月 本体3,600円 A5判[タテ216mm×ヨコ147mm×ツカ21mm]上製288頁 ISBN978-4-86503-041-9

われわれが用いる言葉のうち、およそ修辞的でない言葉など存在しない。美学的崇高の背後にある修辞学的崇高の系譜を、ロンギノス『崇高論』からボワローらによる変奏を経て、ドゥギー、ラクー=ラバルト、ド・マンらによるこんにちの議論までを渉猟しつつ炙り出す。古代から現代へと通底する、言語一般に潜む根源的なパラドクスに迫る力作。シリーズ「古典転生」第13回配本、本巻第12巻。

目次:序論|第Ⅰ部 『崇高論』と古代【第一章 真理を媒介する技術――「ピュシス」と「テクネー」|第二章 情念に媒介されるイメージ――「パンタシアー」と「パトス」|第三章 瞬間と永遠を媒介するもの――「カイロス」と「アイオーン」】|第Ⅱ部 変奏される『崇高論』――近代におけるロンギノス【第四章 崇高論の「発明」――ボワロー『崇高論』翻訳と新旧論争|第五章 言葉と情念――バーク『崇高と美の観念の起源』と言語の使命|第六章 「美学的崇高」の裏箔――カント『判断力批判』における修辞学】|第Ⅲ部 崇高なるパラドクス――二〇世紀における「崇高」の脱構築【第七章 放物線状の超越――ミシェル・ドゥギーと「崇高」の詩学|第八章 光のフィギュール――フィリップ・ラクー=ラバルトと誇張の哲学|第九章 読むことの破綻――ポール・ド・マンにおける「崇高」と「アイロニー」】|結論|あとがき|参考文献|索引

星野 太(ほしの・ふとし):1983年生まれ。専攻は美学、表象文化論。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、金沢美術工芸大学講師。共編著にThe Sublime and the Uncanny(UTCP、2016年)、共著に『コンテンポラリー・アート・セオリー』(イオスアートブックス、2013年)、共訳書にカンタン・メイヤスー『有限性の後で』(千葉雅也・大橋完太郎との共訳、人文書院、2016年)などがある。『崇高の修辞学』は著者の単独著デビュー作である。

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【芸術・写真】

SLASH【スラッシュ】 アマゾン予約
佐野方美写真集
月曜社 2017年2月 本体4,000円 A4変形(タテ280mm×ヨコ210mm×ツカ155mm)、ハードカバー上製120頁(作品点数176点、オール4C印刷) ISBN:978-4-86503-039-6

コマーシャルフォト界で活躍を続ける佐野方美、初の撮り下ろし写真集。
情景やモノ、コトの断片、街角のポスター、アスファルトや路上の車など、彼女が無意識下で惹きつけられた裸形のものが淡々と映し撮られる。巨大なパズルを組み立てるように、あらゆる境界線を取り払い、目に映るものすべてをパーツとして納めた一冊。いつでも同じテンションで撮り続けること。ただシャッターを押し続けること。純粋な行為が果てしなく重なり合い、反復そのものの間隙が露出する。

佐野方美(さの・まさみ):神奈川県生まれ。2000年、東京ビジュアルアーツ専門学校写真学科卒業。2000年「写真新世紀」優秀賞。ファッション誌やブランド・カタログ、CDジャケットなどの広告撮影を中心に活動。写真集に、玉城ティナフォトブック『Tina』 (講談社、2015年)、水原希子フォトブック『KIKO』(講談社、2010年)、加藤ミリヤ写真集『MILIYAH 300 STYLES』(講談社、2010年)など。


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【芸術・写真】

Hashima【ハシマ】 アマゾン予約 復刊ドットコム予約
松江泰治写真集
月曜社 2017年2月 本体3,600円 A5変形(タテ146mm×ヨコ225mm×ツカ12mm) ソフトカバー168頁(作品点数160点、ダブルトーン印刷) ISBN:978-4-86503-040-2

廃坑-無人島となって9年後、1983年に軍艦島=端島(Hashima)の廃墟をとらえた未発表作品集。作家本人がフィルム原板から精緻にデジタルデータ化・リマスタリングした究極の廃墟作品集。

松江泰治(まつえ・たいじ):1963年東京生まれ。東京大学理学部地理学科卒業。1996年、第12回東川賞国内作家賞受賞。2002年、第27回木村伊兵衛写真賞。2012年、第28回東川賞国内作家賞受賞。写真集に、『LIM』(青幻舎、2015年)、『JP-01 SPK』(赤々舎、2014年)、『TYO-WTC』(赤々舎、2013年)、『jp0205』(青幻舎、2013年)、『世界・表層・時間』(NOHARA、2013年)、『cell』(赤々舎、2008年)、『JP-22』(大和ラヂエーター製作所、2006年)、『CC』(大和ラヂエーター製作所、2005年)、『Gazetteer』(大和ラヂエーター製作所、2005年)、『Taiji Matsue』(うげやん、2004年)、『Hysteric 松江泰治』(ヒステリックグラマー、2001年)。

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by urag | 2017-01-17 16:06 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 20日

取次搬入日確定:カッチャーリ『抑止する力――政治神学論』

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抑止する力――政治神学論
マッシモ・カッチャーリ=著 上村忠男=訳
月曜社 2016年12月 本体2,700円 46判並製272頁 ISBN978-4-86503-038-9

内容:世界の終末の手前で作動する、抑止する力としてのカテコーン。キリスト教教父からカール・シュミットにいたるその解釈の系譜に分け入り、歴史的、政治的、神学的な重要性を分析しつつ、果てしない危機をもたらすエピメーテウスの時代の到来を現代人に告げる、戦慄の書。カテコーンの謎が全幅の緊急性のもとで再提起される。

原書:Il potere che frena: Saggio di teologia politica, Adelphi, 2013.

目次:
第一章:政治神学の問題
第二章:帝国とカテコーン
第三章:エポックとアエウム
第四章:だれがカテコーンなのか
第五章:エクスクルスス――「皇帝のものは皇帝に・・・」
第六章:教会とカテコーン
第七章:敵対する者〔アンティケイメノス〕のノモス
第八章:二つの都市
第九章:大審問官
第十章:エピメーテウスの時代
原典資料(ヴィト・リモーネ編):パウロ/リヨンのエイレーナイオス/テルトゥリアヌス/ヒッポリュトス/オリゲネス/サルディスのメリトン/ペタウ〔プトゥイ〕のウィクトリヌス/アンブロシアステル/ヨハネス・クリュソストモス/ヒッポのアウグスティヌス/キュロスのテオドレトス/モプスエスティアのテオドロス/ヒエロニュムス/カッシオドルス/グロッサ・オルディナリア/モンティエ‐ラン‐デルのアドソ/カルトゥジア会の創設者ブルーノ/フライジングのオットー/ジャン・カルヴァン
訳者解題――カテコーン再考
訳者あとがき

マッシモ・カッチャーリ(Massimo Cacciari):イタリアの哲学者。専門は美学。1944年6月5日、ヴェネツィアに生まれる。ヴェネツィア建築大学で教鞭を執るかたわら、1976年から1983年まで共産党議員、1993年から2000年までヴェネツィア市長を勤め、その後はヴェネト州議会議員を最後に2003年、政界を引退。同年、聖ラファエル生命健康大学の哲学部学長に就任した。2002年春には初来日を果たしている。単独著の訳書に以下のものがある。『必要なる天使』(柱本元彦訳、人文書院、2002年;原著1986年)、『死後に生きる者たち――〈オーストリアの終焉〉前後のウィーン展望』(上村忠男訳、みすず書房、2013年;原著1980年)。『多島海』(原著1997年)は月曜社より続刊予定。

上村忠男(うえむら・ただお):思想史家。1941年生まれ。近年の著書に『ヘテロトピア通信』(みすず書房、2012年)や『回想の1960年代』(ぷねうま舎、2015年)などがある。近く刊行される訳書に、ジョルジョ・アガンベン『哲学とはなにか』(みすず書房、2017年1月25日発売予定)がある。

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取次搬入日は、トーハンが21日(水)、日販と大阪屋栗田は23日(金)です。書店さんでの店頭発売にはばらつきが出ることが予想されますが、早いお店では22日以降、その他はおおよそ27日以降かと思われます。どの書店さんに配本される予定であるかについては、地域をご指定いただければ回答可能です。当エントリーのコメント欄のほか、Eメールや電話(詳細は公式サイトに掲出しております)等で弊社営業部までお問合せ下さい。

オンライン書店での扱いですが、アマゾン(予約可能)がこちらで、honto(12月20日現在買物カゴなし)がこちら〔同リンク先で丸善およびジュンク堂書店の店頭在庫の有無もご確認いただけます〕です。帳合を考えると、セブンネットショッピングでの扱い開始が一番早くなる可能性もあるかもしれません。

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by urag | 2016-12-20 12:02 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 15日

12月上旬発売予定:荒木経惟×荒木陽子『東京は、秋』

2016年12月6日取次搬入予定新刊:芸術/写真集

東京は、秋
荒木経惟×荒木陽子【著】
月曜社 2016年12月 本体価格3,500円
A5判[天地225mm×左右152mm]並製208頁 ISBN:978-4-86503-036-5

アマゾン・ジャパンでご予約受付中
hontoでの商品頁はこちら

東京との〈情交〉を私写した名作がワイド+ダブルトーンになって20余年ぶりに復刊!妻・荒木陽子との対話がアラーキーの原点と本質を引き出す。「1972年の季節はいつだったか忘れたが、電通をやめた。コマーシャルはやらないことにしたので、とーぜん仕事なんざあるはずがない。/初めから写真をやりなおそー、とゆーことで、50ミリレンズ付きのペンタックス6×7を三脚につけて、それをかついで街を歩き出した。/それは1972年の秋のことだった」。

*本書は、1984年に三省堂、1992年に筑摩書房から刊行された同書名の作品に、判型とレイアウトを変更し、エッセイ「「東京は、秋」の頃」(初出「アサヒカメラ」1983年7月増刊号)と英語訳(抄訳)を加えたものです。装幀:菊地信義

◆荒木経惟(あらき・のぶよし)1940年東京・三ノ輪生まれ。電通在職中に妻・陽子との旅行を写した『センチメンタルな旅』(1970年)を自費出版(2016年に河出書房新社より復刊)。2016年、ギメ東洋美術館(パリ)で作品数400点を越える規模で展覧会を開き、大きな反響を呼んだ。

◆荒木陽子(あらき・ようこ)1947年東京・千住生まれ。電通入社2年目、当時電通のカメラマンだった荒木経惟と出会い、1971年7月7日に結婚。1990年1月27日、子宮肉腫のために死去。夫・荒木経惟との共著に『愛情旅行』『10年目のセンチメンタルな旅』『東京日和』などがある。

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by urag | 2016-11-15 00:52 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 12日

11月上旬発売予定:森山大道×鈴木一誌『絶対平面都市』

2016年11月11日取次搬入予定【芸術/写真】

絶対平面都市
森山大道×鈴木一誌著
月曜社 2016年11月 本体2,750円 46判[天地190mm×左右126mm]並製432頁 ISBN978-4-86503-037-2

内容:写真—書物—印刷の三角地帯に降りたち、〈写真〉の生まれる〈現在〉と〈現場〉に肉迫する高密度対話。

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

目次:
絶対平面都市――凄みのあるフラットさへ向けて
路上のモノクロームーー写すまえに世界はすでに写真で埋まっている
アノニマスへ アーカイブへ――三〇年後の『北海道』
〈現在〉ってなんだ?――雑誌の仕事
日記のように――『記録』をめぐって
『新宿』コラージュ(吉田昌平)
歴史からの光――路上・スナップ・写真集
もうひとつの国をめぐって――『カラー』を中心に
視線の海へ――多木浩二と中平卓馬に向けて
写真と自然――対話を終えて(鈴木一誌)
あとがき――森山大道
引用と参考文献のリスト
初出一覧
索引

森山大道(もりやま・だいどう):写真家。1938年生まれ。最近の作品集・著書に、『Osaka』(月曜社、2016年9月)、『NORTHERN』(普及版、図書新聞、2016年3月)、『犬と網タイツ』(月曜社、2015年10月)、写真論・エッセイ集『通過者の視線』(月曜社、2014年10月)など。

鈴木一誌(すずき・ひとし):ブックデザイナー。1950年東京都立川市生まれ。東京造形大学を中退後、杉浦康平氏のアシスタントを12年間つとめ、1985年に独立。映画や写真の批評も手がけつつ、2001年よりデザイン批評誌『d/SIGN』を戸田ツトムとともに責任編集(2011年休刊)。著書に『画面の誕生』『ページと力』『重力のデザイン』『「三里塚の夏」を観る』。共著書に『知恵蔵裁判全記録』『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』『全貌フレデリック・ワイズマン』『1969  新宿西口地下広場』『デザインの種』がある。
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by urag | 2016-10-12 23:59 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 09日

9月上旬発売予定:森山大道『Osaka』

2016年9月5日取次搬入予定 *芸術書、写真集

Osaka
森山大道=写真
月曜社 2016年9月 本体3,500円 B5判(タテ235mm×ヨコ190mm×ツカ12mm)ハードカバー204頁(モノクローム写真157点/ダブルトーン印刷) ISBN:978-4-86503-035-8

アマゾン・ジャパンにて予約受付中。

森山大道のすべての原点である大阪・・・・「大阪から上京して、すでに55年もの歳月が経ついまのぼくにとって、大阪は限りなく懐かしい場所である。たまたま聴いた歌によって視界いっぱいに当時の街のイメージが映り見えてしまうのだから」。『大阪+』(月曜社、2007年)とそれに未収録の作品を加えた作品群より写真家自身が選り抜いて編集した決定版。撮影年=1996年前後。巻末エッセイ「大阪のこと」(日本語)、「Dark Pictures」(英語)、年譜付。

森山大道(もりやま・だいどう):1938年生まれ。最近の作品集に、『記録 31号』(Akio Nagasawa Publishing、2016年4月)、『NOTHERN 普及版』(図書新聞、2016年3月)、『犬と網タイツ』(月曜社、2015年10月)、写真論・エッセイ集『通過者の視線』(月曜社、2014年10月)など。雑誌「BRUTUS」2016年3月1日号での全面特集が組まれ、パリのカルティエ財団現代美術館で2016年2月から4ヶ月にわたって2度目の個展が4ヶ月にわたって開催された。

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by urag | 2016-08-09 18:53 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 05日

ウォルターズ『統治性』/ローズ『魂を統治する』

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ウィリアム・ウォルターズ『統治性――フーコーをめぐる批判的な出会い』(阿部潔・清水知子・成実弘至・小笠原博毅訳、月曜社、2016年7月、本体2,500円、46判並製336頁、ISBN:978-4-86503-034-1;Governmentality: Critical Encounters, Routledge, 2012)の取次搬入日が決定しましたのでお知らせいたします。日販、トーハン、大阪屋栗田、いずれも7月7日(木)です。

書店の皆様へ――弊社の新刊はパターン配本いたしません。事前にご発注いただいた書店様にご指定分を配本いたします。事前のご指定がない場合、配本の有無はお約束できませんのでご了承ください。

読者の皆様へ――どの書店さんに本が置かれるのかについては、地域をご指定いただければこのブログにてお答えいたします。コメント欄やEメール(弊社ウェブサイトで公開)にてお気軽にお尋ねください。

同書の著者、ウィリアム・ウォルターズ(William Walters, 1964-)はカナダ・カールトン大学政治学・社会学教授。本書は初の邦訳書ですが、海外ではすでに5か国語に翻訳されています。目次を以下に再掲しておきます。

日本語版への序文
謝辞
イントロダクション
第一節 統治性の高まり
第二節 批判的な出会い
第三節 四つの章

第一章 フーコー、権力、統治性

第一節 統治性とはなにか
第二節 権力の微視的物理学を越えて?
第三節 国家の理論から国家の系譜学へ
第四節 統治術の歴史
 司牧的権力/国家理性/自由主義的な統治性
第五節 フーコーと統治性に関する五つの課題

第二章 統治性3・4・7

第一節 フーコー以降の統治性
 概念の展開/現代を研究する/「国家を超える政治権力」/権力の新しい領土
第二節 統治性と政治学
 マイナーな知識?/統治の特殊性/統治のテクネー/「統治」を脱中心化する
第三節 統治性の諸問題
 ヨーロッパ中心主義の諸問題/自由主義のバイアス/パッチーー統治作動中/装置とはなに(でない)か。/統治性、政治、政治的なもの

第三章 よみがえるフーコー効果? 国際統治性研究へのいくつかの覚え書き
第一節 連座配置
第二節 いくつかの予備的考察
第三節 国際統治性研究における問題と論争
 統治性のスケールアップ(Ⅰ)/統治性のスケールアップ(Ⅱ)/国際的なものの個別化/フーコーの道具箱の外への移動/異なる幾何学

第四章 統治性と系譜学をふたたびつなぐーースタイルの問題

第一節 系譜学と統治性
第二節 系譜学を多元化する
第三節 系譜学を実際にやってみるーー三つのスタイル
第四節 系統図?権力の家系図か。(系譜学Ⅰ)
第五節 対抗的記憶と再系列化(系譜学Ⅱ)
第六節 忘れられた闘争と従属化された知の再奪取としての系譜学(系譜学Ⅲ)

結論 統治性との出会い
第一節 権力の新たな地図作成としての統治性
第二節 マッピングから出会いへ
 概念を考え出せ/外へと動き出せ/視角を変えろ/系譜学を実践せよ/合理主義に用心せよ/底面を探究せよ
第三節 統治性と政治

訳者あとがき
参考文献
索引

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なお、以文社さんでも最近、「フーコー」「統治論」関連で新刊を発売されています。ニコラス・ローズ『魂を統治する――私的な自己の形成』(堀内進之介・神代健彦監訳、以文社、2016年6月、本体4,800円、四六判上製512頁、ISBN978-4-7531-0333-1;Governing the Soul: The Shaping of the Private Self, Routledge, 1989; 2nd edition, Free Association Press, 1999)です。ニコラス・ローズ(Nikolas Rose, 1947-)はロンドン大学キングス校教授で、社会学者。既訳書に『生そのものの政治学――二十一世紀の生物医学、権力、主体性』(檜垣立哉監訳、小倉拓也・佐古仁志・山崎吾郎訳、法政大学出版局、2014年、本体5,200円、四六判上製554頁、ISBN978-4-588-01017-0;The Politics of Life Itself: Biomedicine, Power, Subjectivity in the Twenty-First Century, Princeton UNiversity Press, 2006)があります。

『魂を統治する』の帯には宮台真司さんの推薦文が掲載されています。曰く「ローズは言う、本当の「魂」などないと。「魂」は造られる。我々はこれを引き受けるほかない」。目次は以下の通りです。

第二版への序文
初版への序文
はじめに

第一章 戦時下の人々
 1 戦争の心理学
 2 士気の統治
 3 心理戦の兵士たち
 4 戦時下の諸集団

第二章 生産的な主体
 1 労働の主体
 2 満足した労働者
 3 戦時下の労働者
 4 仕事場の民主主義
 5 経営管理の専門知
 6 自己の生産

第三章 子どもと家族とまわりの世界
 1 小さな市民
 2 心理学者のまなざし
 3 愛の絆の調整
 4 精神の最大化
 5 責任ある自律的な家族

第四章 私たちの自己のマネジメント
 1 自由を義務づけられた人々
 2 行動の再形成
 3 自律のテクノロジー
 4 自由の治療

あとがき 一九九九年
原注
訳者解題

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by urag | 2016-07-05 15:24 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 09日

7月新刊:G・バタイユ『マネ』

2016年7月1日取次搬入予定 *芸術・絵画論

マネ
ジョルジュ・バタイユ=著 江澤健一郎=訳
月曜社 2016年7月 本体3,600円 A5変型判並製232頁 ISBN978-4-86503-033-4

アマゾン・ジャパンで予約受付中

伝統から解放された近代絵画の誕生――「マネの名は、絵画史において特別な意味を帯びている。マネは、非常に偉大な画家であるばかりではない。つまり彼は、先人たちと断絶したのである。彼は、われわれが生きている時代を切り開き、現在のわれわれの世界とは調和している。だが、彼が暮らしてスキャンダルを引き起こした世界では、不協和を引き起こすのだ。マネの絵画がもたらしたのは突然の変化、刺激的な転覆であり、もし曖昧さが生じなければ革命の名がそれにふさわしいであろう」。バタイユの高名な絵画論(1955年)、待望の新訳。【芸術論叢書・第四回配本】

目次:
マネ
 マネの優雅さ
 非人称的な転覆
 主題の破壊
 《オランピア》のスキャンダル
 秘密
 疑念から至上の価値へ
年譜
簡略書誌
カラー図版(マネ作品50点)

訳者解説:もうひとつの近代絵画論『マネ』――表面の深奥でわれわれを見つめる不在
 一、『マネ』成立の背景
 二、聖なるものの行方
 三、『至高性』の問題圏
 四、芸術と至高な「主体(主題)」の関係
 五、近代絵画論『マネ』の特異性
 六、バタイユとマルロー
 七、供犠的操作
 八、詩的操作と横滑り
訳者あとがき

ジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille, 1897–1962):フランスの思想家、小説家。主著に「無神学大全」三部作となる『内的体験』(一九四三年)、『有罪者』(1944年)、『ニーチェについて』(1945年)や、『呪われた部分』(1945年)、『エロティシズム』(1957年)があるほか、小説では『眼球譚』(1928年)、『マダム・エドワルダ』(1941年)など、文学論では『文学と悪』(1957年)などがある。晩年には、『マネ』や『ラスコーあるいは芸術の誕生』(1955年)を上梓し、芸術論の分野でも重要な思想家として知られる。

江澤健一郎(えざわ・けんいちろう:1967-):仏文学者。立教大学ほか兼任講師。著書に『バタイユ――呪われた思想家』(河出書房新社、2013年)、『ジョルジュ・バタイユの《不定形》の美学』(水声社、2005年)があるほか、訳書にジョルジュ・バタイユ『ドキュマン』(河出文庫、2014年)、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマン『イメージの前で――美術史の目的への問い』(法政大学出版局、2012年)がある。

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by urag | 2016-06-09 15:05 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 06日

7月新刊:W・ウォルターズ『統治性――フーコーをめぐる批判的な出会い』

■ 2016年7月8日取次搬入予定 【思想/社会】

統治性――フーコーをめぐる批判的な出会い
ウィリアム・ウォルターズ著 阿部潔・清水知子・成実弘至・小笠原博毅訳
月曜社 2016年7月 本体2,500円 46判(天地190mm×左右130mm)並製336頁
ISBN:978-4-86503-034-1

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

国際関係/政治/現代社会の現在を分析するための道具としての統治性概念の探究へ。多くの国の大学院コースで採用された定評ある研究書。ミシェル・フーコーによって展開された統治性という概念は、社会学や政治学など多くの分野で基本的な研究ツールとなっている。複雑で予測困難に思われる今日の世界を、社会科学という道具を用いて理解するうえでの統治性概念の大きな可能性を本書は追究し、フーコーの政治思想、権力、統治、主体性という問いや方法について、議論の導線をかたちづくる。日本語版序文を付す。

ウィリアム・ウォルターズ(William Walters, 1964-):カールトン大学(カナダ、オタワ)政治学・社会学教授。著書にUnemployment and Government: Genealogies of the Social [CUP 2000]、Jens Henrik Haahrとの共著にGoverning Europe [Routledge 2005]がある。『統治性』は、独・仏・伊・ポーランド・フィンランドの各国語に翻訳されている。

原書 Governmentality: Critical Encounters, Routledge, 2012.

目次
日本語版への序文
謝辞
イントロダクション
第一節 統治性の高まり
第二節 批判的な出会い
第三節 四つの章

第一章 フーコー、権力、統治性

第一節 統治性とはなにか
第二節 権力の微視的物理学を越えて?
第三節 国家の理論から国家の系譜学へ
第四節 統治術の歴史
司牧的権力/国家理性/自由主義的な統治性
第五節 フーコーと統治性に関する五つの課題

第二章 統治性3・4・7

第一節 フーコー以降の統治性
概念の展開/現代を研究する/「国家を超える政治権力」/権力の新しい領土
第二節 統治性と政治学
マイナーな知識?/統治の特殊性/統治のテクネー/「統治」を脱中心化する
第三節 統治性の諸問題
ヨーロッパ中心主義の諸問題/自由主義のバイアス/パッチーー統治作動中/装置とはなに(でない)か。/統治性、政治、政治的なもの

第三章 よみがえるフーコー効果? 国際統治性研究へのいくつかの覚え書き
第一節 連座配置
第二節 いくつかの予備的考察
第三節 国際統治性研究における問題と論争
統治性のスケールアップ(Ⅰ)/統治性のスケールアップ(Ⅱ)/国際的なものの個別化/フーコーの道具箱の外への移動/異なる幾何学

第四章 統治性と系譜学をふたたびつなぐーースタイルの問題

第一節 系譜学と統治性
第二節 系譜学を多元化する
第三節 系譜学を実際にやってみるーー三つのスタイル
第四節 系統図?権力の家系図か。(系譜学Ⅰ)
第五節 対抗的記憶と再系列化(系譜学Ⅱ)
第六節 忘れられた闘争と従属化された知の再奪取としての系譜学(系譜学Ⅲ)

結論 統治性との出会い
第一節 権力の新たな地図作成としての統治性
第二節 マッピングから出会いへ
概念を考え出せ/外へと動き出せ/視角を変えろ/系譜学を実践せよ/合理主義に用心せよ/底面を探究せよ
第三節 統治性と政治

訳者あとがき
参考文献
索引

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by urag | 2016-06-06 10:03 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 02日

2016年5月下旬新刊『ユンガー政治評論選』

2016年5月25日取次搬入予定 *人文・政治哲学

ユンガー政治評論選
エルンスト・ユンガー=著 川合全弘=編訳
月曜社 2016年5月 本体2,800円 46判並製304頁 ISBN978-4-86503-032-7

アマゾンおよびhontoにて予約受付中!

内容:20世紀ドイツの文壇に屹立する作家エルンスト・ユンガーの政治評論の中から、自らの従軍経験より発した1920~30年代における特異なナショナリズム思想と、40年代の汎ヨーロッパ主義への変遷を映す、重要テクストを精選。戦没者を悼むことを通じて、戦争という破局的試練や憂国/愛国のありようを情熱的かつ怜悧に分析した諸篇とともに、ナチズムとの批判的対峙を跡づける本邦初訳の一連の論考をまとめる。孤高の作家の政治遍歴と実存的格闘を、原典の翻訳と懇切な解説でたどる、稀有な一冊。『追悼の政治』増補改訂版。

2005年刊『追悼の政治』では「忘れえぬ人々」まえがき・あとがき、「総動員」「平和」「訳者解説」を収録。今回の新しい版ではそれらを「第一部:追悼論」にまとめ、既訳と解説を改訂のうえ、「カスパール・ルネ・グレゴリー」を増補。さらに「第二部:ナチズム観」として新訳三篇と訳者解説を加えました。

目次(※=新規追加テクスト)
第一部「追悼論」
忘れえぬ人々 まえがき
カスパール・ルネ・グレゴリー ※
忘れえぬ人々 あとがき
総動員
平和
第一部解題「エルンスト・ユンガーにおける追悼論の変遷」
第二部「ナチズム観」
ナショナリズムとナチズム ※
「ナショナリズム」とナショナリズム ※
没落か新秩序か ※
第二部解題「急進ナショナリストのナチズム観」 ※
編訳者あとがき

エルンスト・ユンガー(Ernst Jünger, 1895–1998):ドイツの作家。ハイデルベルグに生まれる。第一次世界大戦に出征し、主に西部戦線の塹壕で戦う。1918年、軍功によりプール・ル・メリットを受勲。1920年に戦争日記『鋼鉄の嵐の中で』を出版して以降、日記、エッセイ、小説、往復書簡集などの分野で数多くの著作を執筆する。1982年、ゲーテ賞を受賞。近年の邦訳書に以下のものがある。『パリ日記』(山本尤訳、月曜社、2011年、品切)、『労働者』(川合全弘訳、月曜社、2013年)。

川合全弘(かわい・まさひろ:1953-):京都産業大学法学部教授。専門は(ドイツ政治思想史。著書に『再統一ドイツのナショナリズム』(ミネルヴァ書房、2003年)がある。

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by urag | 2016-05-02 15:29 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 23日

4月新刊『表象10:爆発の表象』、創刊10周年

2016年4月15日取次搬入予定 *人文・芸術

表象10――爆発の表象
表象文化論学会=発行 月曜社=発売
2016年4月 本体1,800円 A5判並製336頁 ISBN978-4-86503-031-0

いま、表象文化研究の最前線はどこにあるのか? 巻頭対談では、領域横断的なイメージ論を精力的に展開している岡田温司・田中純の両氏に訊く。続く特集1では爆発の表象をめぐる様々なアプローチを吟味。花火製造術から現代アートまで、初期映画から現代ハリウッド映画まで、至るところで表象されている「爆発」を、崇高論の枠組みを超えて論じる。さらに特集2では、演劇やダンスから儀礼・祭祀までを包括する「パフォーマンス」をめぐる言説のあり方を再検討する。

アマゾン・ジャパンにてご予約受付中

目次
◆【巻頭言】
言語と表象(佐藤良明)
◆【対談】
新たなるイメージ研究へ(岡田温司×田中純)
◆【特集1:爆発の表象】
共同討議:「爆発的メディウム」の終焉?――映画、アニメーション、ドローン(石岡良治+北村紗衣+畠山宗明+星野太+橋本一径)
電気じかけの夜(フィリップ゠アラン・ミショー/森元庸介訳)
爆発への無関心(ジェフリー・スコンス/仁井田千絵訳)
平和と原子爆弾(セルゲイ・エイゼンシュテイン/畠山宗明訳・解題)
◆【特集2:パフォーマンス論の現在】
共同討議:パフォーマンスの場はどこにあるのか(森山直人+武藤大祐+田中均+江口正登)
方法論としてのニュー・ドラマトゥルギー――共同討議の余白に(内野儀)
パフォーマンス/ミュージアム(三輪健仁)
◆【投稿論文】
パンとサイコロに賭けられるもの――聖史劇の聖別と瀆聖(杉山博昭)
洞窟という鑑賞装置――フレデリック・キースラーの《ブケパロス》(瀧上華)
歌う声を〈きく〉行為――歌う身体と聴く身体が交叉するところ(堀内彩虹)
小津安二郎『お早よう』におけるオナラの音(正清健介)
◆【書評】
スクリーン・プラクティスのふくらみ――大久保遼『映像のアルケオロジー――視覚理論・光学メディア・映像文化』書評(細馬宏通)
エクフラシスの快楽――岡田温司『映画は絵画のように――静止・運動・時間』書評(堀潤之)
ロシア・アヴァンギャルドの複雑に絡んだ糸を解きほぐす――河村彩『ロトチェンコとソヴィエト文化の建設』書評(柏木博)
過去と未来の狭間にあり続けること――田口かおり『保存修復の技法と思想――古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』書評(金井直)
薄明の映画論──中村秀之『敗者の身ぶり──ポスト占領期の日本映画』書評(松浦寿輝)
写真のパラノーマリティ――浜野志保『写真のボーダーランド――X線・心霊写真・念写』書評(前川修)
メディアアートの歴史的瞬間――馬定延『日本メディアアート史』書評(原島大輔)
映画の「自動性」と「世界への信」――三浦哲哉『映画とは何か――フランス映画思想史』書評(武田潔)
音楽と驚異――村山則子『ペローとラシーヌの「アルセスト論争」――キノー/リュリの「驚くべきものle merveilleux」の概念』書評(横山義志)
「世界認識の方法」としてのリアリズム――小林剛『アメリカン・リアリズムの系譜――トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで』書評(横山佐紀)
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by urag | 2016-03-23 22:10 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)