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2016年 07月 31日

市田良彦訳、アルチュセールの新刊2点同時刊行、ほか

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★市田良彦さんによるアルチュセールの訳書2冊が以下の通り同時刊行されました。市田さんによるアルチュセール再評価の数々のお仕事は、論考にせよ(『アルチュセール ある連結の哲学』白水社、2010年)にせよ、数々の翻訳にせよ、注目に値するものばかりです。

哲学においてマルクス主義者であること』ルイ・アルチュセール著、市田良彦訳、航思社、2016年7月、本体3,000円、四六判上製320頁、ISBN978-4-906738-18-2
終わりなき不安夢――夢話1941-1967』ルイ・アルチュセール著、市田良彦訳、2016年7月、本体3,600円、四六判上製320頁、ISBN978-4-906917-56-3

★『哲学においてマルクス主義者であること』はシリーズ「革命のアルケオロジー」の第6弾。原書は、Étre marxiste en philosophie (PUF, 2015)です。帯文はこうです。「理論における政治/階級闘争」から「政治/階級闘争における理論」へ! 革命の前衛であるはずの共産党が「革命」(プロレタリア独裁)を放棄する――1976年のこの「危機」に対抗すべく執筆されたまま生前未刊行だった革命的唯物論の〈哲学史〉、偶然性唯物論の萌芽とともに綴られる幻の〈哲学入門書〉が、今ここに明かされる。哲学者は哲学者としていかに政治に現実的に関わりうるのか」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★同書は市田さんによる巻末の「危機をまえにした哲学――あとがきにかえて」によれば、アルチュセールの生前未刊行であった「非哲学者向けに掛かれた哲学入門書」には2つの草稿群があり、ひとつが「マルクス主義の教本」プロジェクトで、もうひとつが本書『哲学においてマルクス主義者であること』とその全面改稿版『非哲学者のための哲学入門』(PUF, 2014;未訳)であるとのことです。『終わりなき不安夢』への繋がっていく視点を、市田さんは次のように記しておられます。「「闘争」が空転した果てに「真理」を明らかにするかのような出来事が、本書から数年後の1980年、確かに起きたのである(妻エレーヌ殺害事件)」(314頁)。

★『終わりなき不安夢――夢話1941-1967』の原書は、IMECより昨年(2015年)刊行された、Des rêves d'angoisse sans fin : Récits de rêves (1941-1967) suivi de Un meurtre à deux (1985)です。版元紹介文にはこうあります。「20年以上にわたるアルチュセール遺稿編集出版の最後において、妻殺害事件の核心がついに明かされる。夢の記録と夢をめぐる手紙や考察、そして1985年に書かれた主治医作を騙るアルチュセールの手記「二人で行われた一つの殺人」を集成。市田良彦による解説「エレーヌとそのライバルたち」「アルチュセールにおける精神分析の理論と実践」長編論考「夢を読む」を加えた日本語版オリジナル編集。年表および死後出版著作リストを併録」。

★同書の目次詳細は書名のリンク先にてPDFで公開されています。読者にとってアルチュセールの心の中を覗くことになる貴重なテクスト群です。ごく私的な内容であるため、随所に市田さんによる訳注や解説が配されており、原書以上に親切な一冊となったのではないかと思われます。悪夢すら(すべてではないせよ)記録し続けたアルチュセールのこだわりを感じるとともに、彼自身の数々の理論書とは異なる人物像が浮かび上がるものとなっています。

★『哲学においてマルクス主義者であること』の思想的背景を知る関連文献としては、アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』(加藤晴久訳、新評論、1979年)や、バリバール『プロレタリア独裁とはなにか』(加藤晴久訳、新評論、1978年)』などを挙げておくのが良いかもしれませんが、いずれも絶版書です。また、『終わりなき不安夢』の関連書としては『エレーヌへの手紙:1947-1980』(IMEC, 2011)がありますが、未訳です。アルチュセールの翻訳は今後もしばらく続くのではないかと思われます。再刊や文庫化、新訳にも期待したいところです。

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★このほか、以下の思想誌新刊に注目しています。近年、新しい思想誌が増えつつあるのと並行して、従来の雑誌も編集体制の若返りが見られ、大きな刺激を受けています。

ゲンロン3:脱戦後日本美術』東浩紀編、ゲンロン、2016年7月、本体2,400円、A5判並製++頁、ISBN978-4-907188-17-7
年報カルチュラル・スタディーズ vol.4 特集〈資本〉』カルチュラル・スタディーズ学会編、航思社、2016年6月、本体3,000円、A5判並製324頁、ISBN978-4-906738-19-9
現代思想2016年8月臨時増刊号 総特集=プリンス 1958-2016』青土社、2016年7月、本体1,500円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1325-7
現代思想2016年8月号 特集=〈広島〉の思想――いくつもの戦後』青土社、2016年7月、本体1,300円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1326-4

★『ゲンロン』第3号は発売済。特集は「脱戦後日本美術」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。編集後記によれば「紙を変えて厚みを抑え、50ページ増の内容をなんとか1冊に凝縮した」とのこと。第2号の束幅が約22mm、同じ斤量の本文用紙であれば50頁分は約3mmなので第3号は約25mmとなるところを17mmと約8mm減です。定価は変わらないのでヴォリュームアップは悪くはないような気がするものの、紙が薄くなった分、頁の開き具合は向上していていい感じです。3折も増えれば当然印刷製本費は上がるわけですが、定価を維持する方針かと推察できます。

★奥付頁の近刊紹介によれば、東浩紀さんによる『ゲンロン0:観光客の哲学』は鋭意執筆中とのこと。「ベストセラー『弱いつながり』を更新する東思想の新展開」と。『弱いつながり』は来月5日に幻冬舎文庫で再刊予定。『ゲンロン3.5』は友の会の会員特典非売品で8月上旬発送。友の会メールによれば「非売品の『ゲンロン3.5』が読めるのは、第6期から第7期へ更新いただく方のみ。『ゲンロン観光通信』『ゲンロンβ』から厳選収録した豪華執筆陣による原稿に、東浩紀の書き下ろし巻頭言を加えた、100頁超の『ゲンロン』別冊特別版です」とのこと。第6期の入会は先月末で締め切られているので、第7期から新規入会してももらえない冊子ということかと思います。『ゲンロン4:現代日本の批評III(仮)』は2016年11月刊行予定。現代批評史シリーズの完結篇で、浅田彰さんのお名前が見えます。

★『年報カルチュラル・スタディーズ』第4号は発売済。特集は「資本」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。編集後記によればカルチュラル・スタディーズ学会は日本学術会議の協力学術研究団体に登録され、正式に学会となったとのことです。第4号では新たな試みとして展覧会評が加えられていますが、今後は「創作や詩などの「クリエイティヴ・ライティング」、活動や運動などの現場ルポ、討論会の記録、写真や絵画などのアート作品をフィーチャーしたページの拡充など、これからやってみたい企画がたくさんあります」とのこと。たいへん楽しみです。

★『現代思想』8月臨時増刊号「プリンス」と8月号「〈広島〉の思想」は発売済。それぞれの目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。リニューアルされた青土社さんのウェブサイトはたいへん見やすくなっており、好印象です。「プリンス」の書容設計は羽良多平吉さんによるもの。「現代思想」の今後の発売予定は以下の通り。8月12日発売予定:2016年9月臨時増刊号「総特集=安丸良夫」、8月27日発売予定:2016年9月号「特集=精神医療の新風景(仮)」、9月7日発売予定:2016年10月臨時増刊号「総特集=未解決問題集(仮)」。「未解決問題集」は数学がテーマ。リーマン予想、ラングランズ予想、ABC予想、P≠NP予想、ポアンカレ予想などを扱うようです。

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★さらに最近では以下の新刊との出会いがありました。

「百学連環」を読む』山本貴光著、三省堂、2016年8月、本体3,200円、A5判並製528頁、978-4-385-36522-0
分身入門』鈴木創士著、作品社、2016年8月、本体2,800円、46判上製318頁、ISBN978-4-86182-591-0
宇宙と芸術』森美術館編、平凡社、2016年8月、本体2,778円、A4変判並製320頁、ISBN978-4-582-20685-2

★山本貴光さんの『「百学連環」を読む』はまもなく発売、明日8月1日取次搬入。あとがきによれば本書は「2011年から2013年にかけて、三省堂が運営するウェブサイト「ワードワイズ・ウェブ」で全133回にわたって連載した「「百学連環」を読む」を単行本にしたもの」で「まとめるにあたり、全篇を見直し加筆・修正を加えてい」るとのことです。目次は以下の通り。

はじめに
第1章 どんな文書か
第2章 「百学連環」とはなにか
第3章 「学」とはなにか
第4章 「術」とはなにか
第5章 学と術
第6章 観察と実践
第7章 知行
第8章 学術
第9章 文学
第10章 学術の道具と手法
第11章 論理と真理
第12章 真理を知る道
第13章 知をめぐる罠
第14章 体系と方法
第15章 学術の分類と連環
あとがき
附録
 『西周全集』(宗高書房)目次一覧
 百学連環総目次
 百学連環総論原文および現代語訳
 参考文献
 索引

★山本さんは第15章の最終節「新たなる百学連環へ向けて」でこう書かれています。「ある学術の位置や価値を知るには、学術全体の様子、他の諸学術との違いを確認してみるに越したことはない〔・・・〕。これは考えてみれば当たり前のことのようです。しかし、実際にどうかといえば、とても自明視できる状況ではないとも思うのです。そもそも私たちは、小中高あるいは大学や専門学校などでなにかを学ぶ際、学術が複数の科目に分かれていることについて、「なぜそうなっているのか」と、考える機会は存外少ないのではないでしょうか」(441頁)。「細分化が進めば進むほど、知識が増えれば増えるほど、その全体を見渡すための地図が必要なのではないだろうか。一つにはそんな関心から、「百学連環」をじっくり読んでみるということに取り組み始めました。そこには、新たな地図をつくるための手がかりがあるのではないかと思ってのことです」(442頁)。全体図の不在は教育問題にとどまらず、書店や図書館の絶えざる課題でもあります。百学連環の思想と、実際の書籍の分類を対照させてみることは非常に興味深いテーマです。『「百学連環」を読む』には未来の書店像や図書館像への示唆が必然的に含まれています。なお西周(にし・あまね:1829-1897)の『百学連環』は、宗高書房版『西周全集』第4巻(1981年)や、日本評論社版『西周全集』第1巻(1945年)に収録されています。山本さんが指摘されている通り、入手困難な一冊。文庫版が出ていてもおかしくない古典です。

★また、『「百学連環」を読む』の刊行記念を記念し、対談&サイン会が以下の通り行われるとのことです。「著者である山本貴光さんと、武蔵野人文資源研究所所長で明治賢人研究会を主宰する竹中朗さんをお迎えして、なぜ「百学連環」に着目するのか、現在の私たちにどう関わるのか、語り合っていただきます」と。

150年前の知のマップを眺望してみよう

日時:2016年8月8日(月) 午後7時〜(開場:午後6時45分)
会場:ブックファースト新宿店 地下2階 Fゾーン イベントスペース
定員:先着 50名
参加費:500円(税込)
イベント整理券販売場所:ブックファースト新宿店 地下1階 Aゾーン レジカウンター
お問い合わせ:ブックファースト新宿店 電話 03-5339-7611

★鈴木創士さんの『分身入門』は発売済(7月28日取次搬入済)。帯文に曰く「記憶のなかの自分、存在のイマージュ、時間と反時間、表層の破れとしての身体、光と闇、思考の無能性、書かれたもののクォーク、そして生と死……。「分身」をキー・ワードに、文学・美術・舞踏・映画・音楽etc...を縦横に論じる、未曾有の評論集!」と。「言葉、分身」「イマージュ、分身」の2部構成。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。2012年から2016年にかけて各媒体で発表されたテクストに一部加筆し、未発表「分身残酷劇「カリガリ博士」趣意書」や、書き下ろし「分身とは何か 序にかえて」「分身がいっぱい 結びにかえて」を加えたもの。

★鈴木さんは「序にかえて」で、アルトーから分身の着想を得たと書かれています。「私の眼前を最初によぎった分身の概念は、アルトーの言う「分身 Le double(二重のもの、写し)」から直接もたらされたはずである。それは一種の形而上学のように見えて、〔・・・〕アルトーが生涯格闘し続けた身体=物体の裏面のようでもあり、二重のものでありながら、生身の身体から出てきたのに、身体と同じ資格をもつその反対物のようでもあった」(9頁)。「本書におさめたエッセー群は分身のとりあえずの実検である。書かれたもの、描かれたもの、撮られたもの……とうとうは、そもそも分身による実践である」(16頁)。

★『宇宙と芸術』はまもなく発売(8月3日頃)。昨日(7月30日)から来年1月9日まで、六本木ヒルズ森タワー53Fの森美術館で開催されている「宇宙と芸術展――かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」の図録を兼ねた一冊です。デザインはマツダオフィスによるもの。曼荼羅から天文図・天球図、鉱物・化石から現代アート、紙上建築から宇宙工学まで、多様な表象がイマジネーションの層を成しており、非常に喚起的です。牛若丸の書籍で図像学の新たな試みを実践されてきた松田行正さんならではの造本設計を堪能しました。個人的にツボだったのは、江戸時代の奇譚、かの「虚舟」に、フランス人アーティストのローラン・グラッソ(Laurent Grasso, 1972-)による立体造形作品があるということでした。「Soleil Noir: ローラン・グラッソ展」(銀座メゾンエルメスフォーラム、2015年11月11日~2016年1月31日)以来の、再びのチャンスです。






★なお、現在開催中の展覧会では、JR東京駅丸の内北口改札前の東京ステーション・ギャラリーで9月4日(日)まで開催されている「12 Rooms 12 Artists――UBSアート・コレクションより」をお薦めします。いずれも印象的な作品ばかりですが、特に台湾の芸術家、陳界仁(チェン・ジエレン:1960-)による30分50秒の映像作品「Factory」(2003年)や、イタリアの画家ミンモ・パラディーノ(Mimmo Paladino, 1948-)の作品「三つの流れ星」などに惹かれました。「Factory」は無音の作品なのですが、会場の都合上、何分かおきに列車がホームに入ってくる音が潮騒のように響いてきます。幸運にもこの作品にとってはそれがほどよい効果音になっていました。同展の図録は同ギャラリーのショップにて販売されています。お金に余裕のある方は同ショップで「没後30年 鴨居玲展 踊り候え」(2015年)の図録もお求めになることを強くお勧めします。この画家の図録や画集は何冊持っていても良いものです。







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by urag | 2016-07-31 17:31 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 24日

注目新刊:マラブー『新たなる傷つきし者』河出書房新社、ほか

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新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える
カトリーヌ・マラブー著 平野徹訳
河出書房新社 2016年7月 本体3,400円 46判上製372頁 ISBN978-4-309-24767-0

帯文:アルツハイマー病、脳に損傷をうけた人々、戦争、テロ、いわれなき暴力の被害者たち……過去も幼児期も個人史もない、新しい人格が、脳の損傷からつくられる可能性を思考。フロイト読解をとおして、現代の精神病理学における、《性》から《脳》への交代現象の意義を問う画期的哲学書。

推薦文(千葉雅也氏):過去の痕跡が爆破され、私は別人になる。ストレスとダメージの時代に、徹底的に変身するとはどういうことか? フランス現代思想の根本テーマ「差異」「他者」をいちど爆破し、そして新たに造形する衝撃の書だ。

目次:
はしがき
序論
第一部 神経学の下位におかれる性事象
 序 因果性の「新しい地図」
 第一章 脳の自己触発
 第二章 脳損傷――神経学的小説から意識不在の劇場へ
 第三章 先行段階なき同一性
 第四章 精神分析の異議申し立て――破壊欲動なき破壊は存在しうるか
第二部 脳事象の無力化
 序 フロイトと《あらかじめ存在する亀裂の線》
 第五章 心的出来事とは何か
 第六章 「リビドー理論」そして性事象の自身に対する他性――外傷神経症と戦争神経症を問い直す
 第七章 分離、死、もの――フロイト、ラカン、出会いそこね
 第八章 神経学の異議申し立て――「出来事を修復する」
第三部 快楽原則の彼岸をめぐって――実在するものとしての
 序 治癒や緩解には最悪の事態を忘れさせるおそれがある
 第九章 修復の両義性――弾性から復元性へ
 第十章 反復強迫の可塑性へ
 第十一章 偶発事故の主体
結論
訳者あとがき
原注
文献
人名索引

★まもなく発売。原書は、Les nouveaux blessés : De Freud à la neurologie, penser les traumatismes contemporains (Bayard, 2007)です。カトリーヌ・マラブー(Catherine Malabou, 1959-)の単著の邦訳は、『わたしたちの脳をどうするか――ニューロサイエンスとグローバル資本主義』(桑田光平・増田文一朗訳、春秋社、2005年6月;Que faire de notre cerveau ?, Bayard, 2004)、『ヘーゲルの未来――可塑性・時間性・弁証法』(西山雄二訳、未來社、2005年7月;L'Avenir de Hegel : Plasticité, temporalité, dialectique, Vrin, 1994)に続く待望の3冊目。ポスト・デリダ世代の最重要哲学者の一人であり、哲学・精神分析・神経科学を横断する挑戦的な思想家であることは周知の通りですが、ここ十年近く訳書が出ていませんでした。とはいえ、フランス現代思想の日本受容において未邦訳のキーパーソンはほかにもいますから(マラブーに学び、本書に推薦文を寄せておられる千葉雅也さんが近年再評価されてきたフランソワ・ラリュエル〔François Laruelle, 1937-〕はその一人ですし、同じくLの欄には例えば人類学者のシルヴァン・ラザリュス〔Sylvain Lazarus, 1943-〕がいるでしょう)、マラブーへの関心がむしろ継続しているのは注目に値します。

★マラブーはこう書きます。「脳にはそれに固有の出来事がある」(54頁)。「脳にかかわる事象に対して、性事象はもはや特権的地位を享受できない〔・・・〕。何らかの音や外から察知できる信号を発することなく自己を触発し、事故をこうむった場合にのみあらわになる脳のありよう、すなわちその絶対的脆弱性においてのみ自身の無意識を露呈するという特異な脳のありよう、それが本書の分析の中心、フロイトなら差しむけたはずの批判を先取りしつつおこなわれることになる分析の中心となるだろう」(56頁)。「昔日の医学における悪魔憑きや狂人、精神分析における神経症者にとって代わるのは、脳損傷をうけた新たなる傷つきし者である」(42頁)。「精神分析に根底からの変化を迫る新しい事実」(317頁)に向き合おうとする本書の試みは、現代人にとって非常に示唆的です。

★「心の変容の決定因として傷に可塑的な力がそなわっているとするなら、さしあたって可塑性の第三の意味、爆発と無化という意味をあてるしかない。損傷後の同一性の想像があるなら、それは、かたちの破壊による創造ということになる。よってここで問題になっている可塑性は、破壊的な可塑性である。/このような可塑性は、逆説的ではあるが依然としてかたちの冒険である。例をあげるなら、アルツハイマー病者は、まさに傷の可塑性の典型であるといえる。この疾病のために同一性は完全に崩壊し、別の同一性が形成されるからだ。それはかつての形式を補う似姿ではなく、文字通り、破壊の形式である。破壊が形式をつくりだすということ、破壊がみずからの心の生活形式を構成しうるということの証しなのである。われわれがここで考えている、傷のもつ形成し破壊する可塑的力は、以下のように言いあらわすことができよう。あらゆる苦痛は、その苦痛を耐えるものの同一性の形成物である、と」(43頁)。

★「こうしたわけで、時間をかけて〈新たなる傷つきし者〉の相貌を描いてみせる必要があった。苦痛への同一化が、この検証作業の中核をなしている。現代の心的外傷の特徴――地政学でもあることが明らかとなった特徴――の描写は、あらゆる治療の試みに向けた準備的仕事である。/その原因が生物的要因であれ、社会・政治的要因であれ、破壊的出来事は、情動的な脳に不可逆的な転倒を、したがって、同一性の完全な変容をもたらす。それは、たえず私たちのだれをも脅かす実存的可能性としてあらわれている。私たちはいまこの瞬間にも、〈新たなる傷つきし者〉になりうるのだ。同一性の過去の形式との本質的つながりをたたれ、私たち自身の祖型と化してしまうことが、起こりうるのだ。こうした喪失をはっきり示すのは、アルツハイマー病である。この生の形式は、主体の過去のありようと訣別してしまう。/死へのこうした変容のかたち、過去を引き継がない生存は、重い脳損傷の症例にのみ見られるわけではない。それは、外傷のグローバル化した形式でもある。戦争、テロ、性的虐待、抑圧と奴隷化のあらゆる類型から帰結するものとしての形式なのだ。現代の暴力は、主体をその記憶の貯蔵庫から切り離すのである」(315~316頁)。

★「拙著『わたしたちの脳をどうするか』の結論部における議論を敷衍して、私が擁護しつづけてきた主張は、現在、哲学の唯一の方途は新たな唯物論をつくり上げることにある、というものだ。そしてこの唯物論は、脳と思考を、脳と無意識を、わずかにでも引き離すことを拒絶する。/したがって、本書で脳事象/脳の特性〔セレブラリテ〕を規定してきた唯物論は、新たな精神哲学の基礎であり、ニューロンの変形と結合の形成作用において明らかにされた価値論的原理である。〔・・・同一性や歴史が構築される、脳の自己触発の〕過程がラディカルに露呈されるのは、脳を破壊し、ひいては人格の心的連続性を切断しうる偶発事故〔アクシデント〕においてである。こうした脳の脆弱性が、現代の精神病理学の主要問題となっている。脳損傷の研究によって、新たなる傷、心的外傷の意味が明らかにされている。現在進行する心の苦痛を取り逃さないというのであれば、精神分析は、もはやこの成果を無視することはできないはずである」(314頁)。

★メイヤスー『有限性の後で』(人文書院)やシャヴィロ『モノたちの宇宙』(河出書房新社)で開示された唯物論の新次元や、ドイジ『脳はいかに治癒をもたらすか』(紀伊國屋書店)が明かす神経可塑性研究の最新成果、マラブーの師であるデリダの『精神分析のとまどい』(岩波書店)におけるフロイトとの対峙など、最近立て続けに出版された新刊は、マラブーの本書とともに読むことに喜びと深みを与えてくれるものです。同時代の知の大地に走った複数の線が交差しています。書店はいわばその交差が顕現するリアルな場です。

★なお、河出書房新社さんの今後の発売予定には以下のものがあります。

7月27日発売予定:ル・コルビュジエ『輝ける都市』白石哲雄訳、B4変形判352頁、本体10,000円、ISBN978-4-309-27621-2
8月8日発売予定・河出文庫:アントナン・アルトー『ヘリオガバルス――あるいは戴冠せるアナーキスト』鈴木創士訳、文庫判並製224頁、本体800円、ISBN978-4-309-46431-2
8月24日発売予定:ジル・ドゥルーズ『ドゥルーズ書簡その他』宇野邦一・堀千晶訳、46判400頁、本体3,500円、ISBN978-4-309-24769-4
8月29日発売予定:ガブリエル・タルド『模倣の法則 新装版』池田祥英・村澤真保呂訳、46判600頁、本体6,000円、ISBN978-4-309-24772-4

アルトー『ヘリオガバルス』の訳者の鈴木創士さんはまもなく次の新刊を上梓されます。7月28日取次搬入:鈴木創士『分身入門』作品社、2016年7月、本体2,800円、ISBN978-4-86182-591-0

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

戦争に負けないための二〇章』池田浩士文、髙谷光雄絵、共和国、2016年7月、本体1,800円、A5変型判並製128頁、ISBN978-4-907986-37-7
時代区分は本当に必要か?――連続性と不連続性を再考する』ジャック・ル=ゴフ著、菅沼潤訳、藤原書店、2016年7月、四六変上製224頁、ISBN978-4-86578-079-6
絶滅鳥ドードーを追い求めた男――空飛ぶ侯爵、蜂須賀正氏 1903-53』村上紀史郎著、藤原書店、2016年7月、本体3,600円、四六判上製352頁、ISBN978-4-86578-081-9
ビッグデータと人工知能――可能性と罠を見極める』西垣通著、中公新書、2016年7月、2016年7月、本体780円、新書判並製232頁、ISBN978-4-12-102384-1
大転換――脱成長社会へ』佐伯啓思著、中公文庫、2016年6月、本体980円、文庫判並製360頁、ISBN978-4-12-206268-9
乞食路通』正津勉著、作品社、2016年7月、本体2,000円、46判上製248頁、ISBN978-4-86182-588-0
ようこそ、映画館へ』ロバート・クーヴァー著、越川芳明訳、作品社、2016年7月、本体2,500円、46判上製263頁、ISBN978-4-86182-587-3

★『戦争に負けないための二〇章』はまもなく発売。池田浩士(いけだ・ひろし:1940-)さんはドイツ文学者で、ルカーチやブロッホの翻訳でも知られています。緊急出版と言っていい本書の表紙にはこう記されています。「さあ戦争だ。あなたはどうする? ついに「戦争する国」になった日本。とはいえ、戦争には負けられない。じゃあ、どうすれば戦争に負けない自分でいられるのか? ファシズム文化研究の第一人者と、シュルレアリスムを駆使する染色画家による、共考と行動のための20の絵物語」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。目次だけ見ているとあたかも好戦論であるかのように読めるのですが、それほど単純な本ではありません。1章ずつは見開き2頁と短いもので、論旨も明快です。やっぱり戦争肯定論ではないか、となおも感じる読者はそれなりにいるでしょう。しかしながら、痛烈な皮肉として読むこともできるのです。書名は「敗戦しないため」とも読めれば、「戦争そのものの存在に魂を打ち負かされないため」とも読めます。確信犯的なこの「問題の書」をめぐっては、おそらく今後様々なメディアが著者に真意を問おうとするかもしれませんが、細部に目を凝らせば著者の意図はおのずと了解できるのではないか、とも思えます。各章に付された参考文献や、巻末のブックガイド「戦争に負けないために読みたい20冊」とそれに付された紹介文が興味深いです。イマジネーションを掻き立てられる髙谷さんによる挿絵の数々も非常に印象的です。オールカラーでこの廉価。版元さんの気合いが窺えます。同社の『総統はヒップスター』を「楽しめた」方は本書の毒/薬にも気付くはずです。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と著者は書いています。大きな釣り針を垂らして遊ぼうというのではありません。戦い方にも色々ある、ということかと思います。

★藤原書店の7月新刊2点はいずれもまもなく発売。ル=ゴフ『時代区分は本当に必要か?』の原書は、Faut-il vraiment découper l'histoire en tranches ? (Seuil, 2014)です。帯文には「生前最後の書き下ろし作品」と。巻頭の「はじめに」で著者はこう述べています。「この試論は学位論文でも集大成でもないが、長いあいだの研究の成果である。〔・・・〕これは私が長いあいだ温めていた著作で、それを私が気になっているアイデアで膨らませた。〔・・・〕歴史も、歴史の素材である時間も、まずは連続したものとしてあらわれる。しかし歴史はまた変化からつくられてもいる。だから専門家たちは昔から、この連続のなかからいくつかの断片を切り出すことで、こうした変化をしるし、定義しようとしてきた。これらの断片はまず歴史の「年代」と呼ばれ、ついでその「時代」と呼ばれた。/「グローバル化」の日常生活への影響が日に日に感じられるようになっている2013年に書かれたこの小著は、連続、転換といった、時代区分を考える際のさまざまなアプローチについて再考する。歴史の記憶をどう考えるかという問題である。〔・・・〕ある時代から別の時代への移行という一般的な問題をあつかいながら、私は特殊事例を検討する。つまり「ルネサンス」の新しさと言われているもの、「ルネサンス」と中世との関係をどうとらえるかだ。〔・・・〕「ルネサンス」の「中心的役割」がこの試論の中心主題になっており、私が情熱を込めて研究生活を捧げた中世についての、われわれのあまりに狭い歴史観を一新することを呼び掛けているのだが、提起されている問題はおもに、「時代」に区分けできる歴史という概念そのものに関わっている。/というもの、歴史はひとつの連続なのか、あるいはいくつかのます目に区分けできるのかは、依然として決められない問題だからだ。言いかたを変えるなら、歴史を切り分けることは本当に必要なのか、ということになる」(7~10頁)。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。

★村上紀史郎『絶滅鳥ドードーを追い求めた男』はあとがきによれば、もとになった原稿は「島に憑かれた殿様」というタイトルで、年三回発行の同人誌『十三日会』に2011年4月から2012年12月まで5回にわたって連載されたもので、加筆のうえ一冊としたもの。帯文ではこう紹介されています。「謎の鳥「ドードー」の探究に生涯を捧げた数奇な貴族の実像。戦国武将・蜂須賀小六の末裔にして、最後の将軍・徳川慶喜の孫、海外では異色の鳥類学者として知られる蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ:1903-1953)。探検調査のため日本初の自家用機のオーナーパイロットにもなり、世界中で収集した膨大な標本コレクションを遺しながら、国内では奇人扱いを受け、正当に評価されてこなかったその生涯と業績を、初めて明かす」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者の村上紀史郎(むらかみ・きみお:1947-)さんはフリー・エディターでありライター。単著に『「バロン・サツマ」と呼ばれた男――薩摩治郎八とその時代』(藤原書店、2009年)や『音楽の殿様・徳川頼貞』(藤原書店、2012年)があります。

★西垣通『ビッグデータと人工知能』は発売済。カヴァーソデ紹介文は次の通り。「ビッグデータ時代の到来、第三次AI(人工知能)ブームとディープラーニングの登場、さらに進化したAIが2045年に人間の知性を凌駕するというシンギュラリティ予測……。人間とAIはこれからどこへ向かっていくのか。本書は基礎情報学にもとづいて現在の動向と論点を明快に整理し分析。技術万能主義に警鐘を鳴らし、知識増幅と集合知を駆使することによって拓かれる未来の可能性を提示する」。第一章「ビッグデータとは何か」、第二章「機械学習のブレイクスルー」、第三章「人工知能が人間を超える!?」、第四章「自由/責任/プライバシーはどうなるか?」、第五章「集合知の新展開」、の全五章立て。西垣さんは同じく中公新書より2013年に『集合知とは何か――ネット時代の「知」のゆくえ』という著書を上梓されています。『ビッグデータと人工知能』第五章で西垣さんは「ビッグデータと人工知能と集合知とは三位一体なのだ」と明言しておられます。集合知(collective intelligence)は集団的知性とも訳されます。多数の人々の参加による協力的な問題対処により生まれるもので、「多くの人の知識が蓄積したもの。また、その膨大な知識を分析したり体系化したりして、活用できる形にまとめたもの」とデジタル大辞泉では定義されています。西垣さんはこう書いています。「集合知とは、現代文明のこうした欠陥〔極度な専門化による大局的判断の困難〕を補うための手段として位置づけられるだろう。一般の人々の多用な知恵が、適切な専門知のバックアップをうけて組み合わされ、熟議を重ねて問題を解決していくのが、21世紀の知の望ましいあり方なのだ。〔・・・〕人手にあまる膨大なビッグデータを分析し、専門家にヒントとなる分析結果を提供しつつ、集合知の精度や信頼性をあげていくことこそ、その〔人工知能の〕使命」だと(188~189頁)。この議論には重要な細部があるのですが、それはぜひ本書をひもといていただければと思います。

★なお、中央公論新社さんの今月新刊には、マルクーゼ『ユートピアの終焉――過剰・抑圧・暴力』(清水多吉訳、中公クラシックス、2016年7月、本体1,800円、新書判並製204頁、ISBN978-4-12-160166-7)もあります。これの親本は1968年に合同出版から刊行された同名の書籍かと思います。

★佐伯啓思『大転換』の親本は2009年、NTT出版刊。文庫化にあたって、「文庫版のためのあとがき」と、竹谷仁宏さんによる解説「脱成長社会の構想を大胆に示した書」が付されています。カヴァー裏の紹介文は以下の通り。「「文明の破綻としての経済危機」に再々襲われる不安定な時代にあって、本書はそれをもたらした理由を明確に示す。そのうえで「豊かさ」に関する価値観に転換を求め、「脱成長社会」への道を説いていく。グローバルな大競争時代において、破局を避ける方向を見いだすために、本書が説く論点は決定的に重要である」。佐伯さんは本書を次のように結ばれています。「今回の経済危機〔リーマン・ショック〕こそは、「大転換」の準備を行うためには絶好の機会なのである。そして、そのためには、われわれの「観念の枠組み」を変えてゆかねばならない。ケインズが述べたように、長期的に社会を動かすものは、結局、われわれがどのように社会を考えるか、という「観念」そのものnほかならないからだ。「大転換」への道とは、まずは、われわれの「観念」や「価値」の転換から始めなければならないのである」(332頁)。

★このほか、中央公論新社さんの既刊書では最近、トルコでのクーデター事件を受けて、クルツィオ・マラパルテ『クーデターの技術』(手塚和彰・鈴木純訳、中公選書、2015年3月、本体2,400円、四六判並製336頁、ISBN978-4-12-110021-4)が再注目されているようです。「国家権力を奪取し、防御する方法について歴史的分析を行った」(帯文より)本書は、1971年にイザラ書房より刊行された書籍の全面改訂版です。原著は1931年にフランスで刊行されており、日本では幾度となく翻訳されてきました。ソレル『暴力論』やマルクス『フランスの内乱』『哲学の貧困』のほかレーニンやジョレスなどの翻訳を手掛けられた木下半治(きのした・はんじ:1900-1989)さんがお訳しになった『近世クーデター史論』(改造社、1932年)が一番古く、そのあとに1971年にイザラ書房版が刊行され、さらにその翌年に海原峻・真崎隆治訳『クーデターの技術』(東邦出版社、1972年)が出版されています。

★クーデター研究の関連書には色々あるのですが、ルトワック『クーデター入門――その攻防の技術』(遠藤浩訳、徳間書店、1970年、絶版)もそうした一冊です。近年、戦略学者の奥山真司(おくやま・まさし:1972-)さんが再評価されてきたのは周知の通りですが、奥山さんのブログ「地政学を英国で学んだ」の2016年7月17年付エントリー「トルコのクーデターはなぜ失敗したのか」では、「フォーリン・ポリシー」誌のルトワックによる記事「Why Turkey's Coup d'État Failed: And why Recep Tayyip Erdogan's craven excesses made it so inevitable」(2016年7月16日付)の要訳を掲載されるとともに、エントリー末尾にこう記されています。「ルトワックは最近になって英語版の「クーデター入門」の新版を出したわけですが、私もいずれ近いうちにこれを翻訳できればと考えております」。奥山さんによる新訳がいずれ読めるようになるというのは朗報です。

★正津勉『乞食路通』はまもなく発売(26日取次搬入)。帯文に曰く「乞食上がりの経歴故に同門の多くに疎まれながら、卓抜な詩境と才能で芭蕉の寵愛を格別に受けた蕉門の異端児。《肌のよき石に眠らん花の山》(路通句126点収録)。つげ義春氏推薦!」と。目次を列記すると、前書/(一)薦を着て/(二)行衛なき方を/(三)火中止め/(四)世を捨も果ずや/幕間――芭蕉路通を殺せり/(五)寒き頭陀袋/(六)ぼのくぼに/(七)随意〱/(八)遅ざくら/後書/資料1:芭蕉路通関係年表/資料2:路通句索引。正津さんはこう書かれています、「乞食路通。芭蕉が生き得なかった、風狂を生き貫きつづけた。芭蕉と、路通と。一枚の硬貨の裏表。〔・・・〕いうならばアナザー芭蕉とでもいうところか」(228頁)。

★クーヴァー『ようこそ、映画館へ』は発売済。原書は、A Night at the Movies, or, You Must Remember This (Simon & Schuster, 1987)。帯文にはこうあります。「ポストモダン文学の巨人がラブレー顔負けの過激なブラックユーモアでおくる、映画館での一夜の連続上映と、ひとりの映写技師、そして観客の少女の奇妙な体験!」。目次は「プログラム」と記されており、以下のラインナップが並びます。「予告編『名画座の怪人』/今週の連作『ラザロのあとに』/冒険西部劇『ジェントリーズ・ジャンクションの決闘』/おすすめの小品『ギルダの夢』『フレームの内部で』『ディゾルヴ』/喜劇『ルー屋敷のチャップリン』/休憩時間〔インターミッション〕/お子様向けマンガ映画/紀行作品『一九三九年のミルフォード・ジャンクション――短い出会い』/ミュージカル『シルクハット』/ロマンス『きみの瞳に乾杯』。巻末の訳者あとがきで訳者は本書の特徴を3点挙げておられます。「スクリーンの内と外の境界が曖昧になる」、「性的なグロテスク・ユーモアが横溢したドタバタ劇喜劇の中で、レジェンドの主人公や俳優がつぎつぎと失墜し、偶像が破壊される」、「伝統的な価値観や倫理観の転覆がはかられる」。これらを訳者は「小説の脱構築」と端的に表現されています。
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by urag | 2016-07-24 13:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 17日

注目新刊:マルクス『資本論 第一部草稿』光文社古典新訳文庫、ほか

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資本論 第一部草稿――直接的生産過程の諸結果』マルクス著、森田成也訳、光文社古典新訳文庫、2016年7月、本体1,240円、463頁、ISBN:978-4-334-75335-1
英米哲学史講義』一ノ瀬正樹著、ちくま学芸文庫、2016年7月、本体1,200円、384頁、ISBN978-4-480-09739-2
論理学――考える技術の初歩』エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック著、山口裕之訳、講談社学術文庫、2016年7月、本体860円、240頁、ISBN978-4-06-292369-9
杜甫全詩訳注(二)』下定雅弘・松原朗編、講談社学術文庫、2016年7月、本体2,300円、960頁、ISBN978-4-06-292334-7
利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』筒井紘一訳、講談社学術文庫、2016年7月、本体740円、192頁、ISBN978-4-06-292375-0

★マルクス『資本論 第一部草稿』は発売済。光文社古典新訳文庫でのマルクス新訳は本書で4点目。森田さんの訳では2014年の『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』に続く『資本論』入門シリーズ第2弾です。同草稿の既訳書である岡崎次郎訳『直接的生産過程の諸結果』(国民文庫、1970年)や向坂逸郎訳『資本論綱要他四篇』(岩波文庫、1953年)はすでに品切となっているため、新訳はありがたいです。カヴァー紹介文はこうです。「マルクスは当初、『資本論』を「商品」から始まり「商品」で終わらせる予定だった。資本主義的生産過程の結果としての「商品」は単なる商品ではなく、剰余価値を含み資本関係をも再生産する。ここから見えてくる資本主義の全貌。『資本論』に入らなかった幻の草稿、全訳!」。帯文は次の通り。「『資本論』第一部の全体を簡潔に要約しつつも、「生産物が生産者を支配する」という転倒した姿を克明に描き出す。『資本論』では十分に語りつくせなかった独自の論点が躍動的に展開される必読の書。『資本論』の"もうひとつの結末"がここに」。

★「本書を構成しているのはいずれも『資本論』第一部の原稿断片」(訳者まえがき)であり、三部構成のうち中核をなすのは、もっともまとまった原稿である『資本論』第一部第六章「直接的生産過程の諸結果」で、第II部として収められています。この第六章は『資本論』第一部と第二部を橋渡する章であったものの割愛された原稿です。第I部「第六章以前の諸原稿」は『資本論』第一部の印刷原稿を執筆する際に使われなかったり、第六章に統合するつもりで原稿に挟み込まれた部分などで、第III部「その他の諸断片」は「『資本論』第一部の蓄積論の印刷用原稿を執筆する過程で採用されなかったいくつかの注」(訳者まえがき)とのことです。巻末には訳者による長編解説「中期マルクスから後期マルクスへ――過渡としての第一部草稿」(340~440頁)とマルクス年譜、訳者あとがきが配されています。

★なお、光文社古典新訳文庫の続刊として、C・S・ルイス『ナルニア国物語』(土屋京子訳、全7巻)が予告されているのに驚きました。同作品は岩波少年文庫の瀬田貞二訳『ナルニア国ものがたり』全7巻がロングセラーとなっています。学術書以上に文学作品の新訳は既訳と厳しく比較されますし、岩波少年文庫の価格帯(700~800円台)と張り合わなければならないわけで、なかなか挑戦できるものではありません。新訳第1巻が『魔術師のおい』であると予告されているということは、著者がかつて読者に教えた、年代順の読み方を踏襲するのでしょう。

★一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』は発売済。奥付前の特記によれば本書は、放送大学教材『功利主義と分析哲学――経験論哲学入門』(放送大学教育振興会、2010年)に増補改訂を施したもの。文庫化にあたって加えられたのは全16章のうち第12章「プラグマティズムから現代正義論へ」で、巻頭の「まえがき」も新たに加えられたものです。章立ては書名のリンク先に掲出されています。巻末には人名と事項を一緒にした索引が付されています。まえがきに書かれているように「本書は「功利主義」と「分析哲学」という二つの哲学・倫理学の潮流について、両潮流の源流に当たる「経験論哲学」に沿いながら論じ、なおかつ「計量化への志向性」という見地から功利主義と分析哲学が融合していく様子を追跡していくことを主題として」います。一ノ瀬さんの著書が文庫化されるのは意外にも今回が初めてです。

★講談社学術文庫3点はいずれも発売済。今月も「古典へ! 創刊40周年」と大書された帯がまぶしいです。コンディヤック『論理学』は文庫オリジナルで、1780年に出版されたLa logique, ou les premiers développements de l'art de penser の初訳です。底本には、ジョルジュ・ルロワ校訂によるPUF版コンディヤック哲学全集第2巻(1948年)が使用されています。「本書は、コンディヤックがポーランド国民教育委員会の要請を受けて執筆した論理学の初等教科書」(訳者解説221頁)であり、「数世代にわたってポーランドの教育に影響を与えただけでなく、フランスでも標準的な教科書として使用されることになった」(同222頁)もの。そして「こうした教育を受けてコンディヤックの学説を受け継いだ人々は「観念学派(イデオローグ)」と呼ばれ、フランス大革命前後の学界で中心的な位置を占めることになる」(同頁)とも説明されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。二部構成のうち、第一部は「人間が持つすべての知識は感覚に由来するという経験論哲学の思想が簡潔に述べられ」ます(同223頁)。第二部では「人間が思考するためには言語が不可欠であること、それゆえ正しく思考するためには言語をよく作ることが必要である」と主張されています(同頁)。

★『杜甫全詩訳注(二)』は全4巻のうちの第2回配本。カヴァー紹介文にはこうあります。「戦禍による社会秩序の崩壊や政治の堕落は、ついには杜甫の運命をも巻き込み、生涯にわたる漂泊の旅がここに始まる。〔・・・〕本巻は、生活の場としていた大唐のまほろば洛陽、長安を去り、蜀道の難所を越えて、成都の草堂で安らかな生活を手にする時期の作品を収載する」。

★『利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』は、『すらすら読める南方録』(講談社、2003年)が親本。文庫化にあたり、新たにまえがきとあとがきが付されています。帯文に曰く「利休が大成した茶法、茶禅一味の「わびの思想」を伝える基本の書」と。「南方録」は筑前福岡藩、黒田家家老の立花実山が、大阪・堺の南宗寺の南坊宗啓による利休からの聞き書きである秘伝書を「発見した」としていたもので、実際は実山の創作ではあるのですが、広く文献を渉猟研究したものとしてこんにちでも高く評価されている古典です。全7巻のうち「利休のわび茶を理解するうえでの入門」(学術文庫版まえがき)となる巻一「覚書」を現代語訳し懇切な解説を添えたのが本書です。底本は実山自筆書写本。巻七「滅後」の解説もできればよい、と筒井さんはまえがきに書かれており、これはぜひ実現を待ちたいところです。ちなみに筒井さんは「滅後」については現代語訳を『南方録(覚書・滅後)』(淡交社、2012年)で実現されています。なお「南方録」の現代語訳には、戸田勝久訳(『南方録』教育社新書、1981年、絶版)や、熊倉功夫訳(『現代語訳 南方録』中央公論新社、2009年)などがあります。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

路上のジャズ』中上健次著、中公文庫、2016年7月、本体900円、304頁、ISBN978-4-12-206270-2
最強の社会調査入門――これから質的調査をはじめる人のために』前田拓也・秋谷直矩・朴沙羅・木下衆編、ナカニシヤ出版、2016年7月、本体2,300円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7795-10793
『家族システムの起源Ⅰ ユーラシア()』エマニュエル・トッド著、石崎晴己監訳、片桐友紀子・中野茂・東松秀雄・北垣潔訳、藤原書店、2016年6月、本体4,200円/4,800円、A5上製416頁/536頁、ISBN978-486578-072-7/ISBN978-4-86578-077-2

★中上健次『路上のジャズ』はまもなく発売。奥付前の編集付記によれば「本書は、著者のジャズと青春の日々をめぐるエッセイを独自に編集し、詩「JAZZ」、短篇小説「灰色のコカコーラ」、小野好恵によるインタビューおよび集英社文庫版『破壊せよ、とアイラーは言った』解説を合わせて収録したものである。中公文庫オリジナル」。ちなみに『破壊せよ、とアイラーは言った』(集英社文庫、1983年)はすでに絶版。中上のジャズ関連のエッセイや作品をまとめて読みたい読者には今回の新刊はうってつけの一冊かと思います。巻頭のエッセイ「野生の青春――「リラックスィン」」はマイルス・デイヴィスの1956年のアルバム「Relaxin'」をめぐる思い出。「野生の青春のすべてがここにある」(帯文より)という本書はデイヴィスやアイラーを聴きながら読みたい一冊です。18歳の時に執筆したという若さ溢れる処女小説「赤い儀式」は「アイラーの残したもの」というエッセイの中に挿入された「初出」のままのかたちで読めます。

★なお今月の中公文庫では上記新刊のほか、会田弘継『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』、水木しげる『水木しげるの戦場――従軍短篇集』、大岡昇平『ミンドロ島ふたたび』などが発売予定です。

★『最強の社会調査入門』はまもなく発売。本書のテーマは「面白くて、マネしたくなる」(まえがき)とのことで、社会調査の「極意を、失敗体験も含めて、16人の社会学者がお教え」(帯文より)するとのこと。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。社会調査のリアルな体験談が満載で、調査対象は様々でなおかつ特異ですが、それぞれに体当たりで挑んでいる様が分かります(本書に出てくる一例として、30歳前後で暴走族のパシリになるなど、なかなかできることではないように思います)。社会調査はジャーナリストや新聞記者などによる「取材」や「裏取り」に通じるものがあります。やや極端な話をすると、本書はユーチューバーになりたい人にとっても有益なはずです。ただし本書が教えるように「好きなものを研究対象にすることで、趣味の活動に差し障りが出たり、対象を嫌いになってしまうこともある」(東園子「好きなものの研究の方法」137頁)という言葉は「研究」を「仕事」に置き換えても真実であると感じます。なお、本書に関する「特設サイト」が開設されていますので、ご参照ください。

★トッド『家族システムの起源Ⅰ ユーラシア(上・下)』は発売済。L'Origine des systèmes familiaux, tome I : L'Eurasie (Gallimard, 2011)の翻訳です。上巻では中国とその周縁部/日本/インド/東南アジアを扱い、下巻ではヨーロッパ/中東(古代・近年)を扱っています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻巻頭の「日本語版への序文」で、トッドは以下のように述べています。「本書は、全く通常とは異なる、ほとんど逆の、とさえ言えそうな、人類の歴史の姿を提示するものである。ユーラシアの周縁部に位置する、現在最も先進的である国々、とりわけ西欧圏が、家族構造としては最も古代的〔アルカイック〕なものを持っているということを、示しているからである。発展の最終局面におけるヨーロッパ人の成功の一部は、そうした古代的な家族構造はかえって変化や進歩を促進し助長する体のものであり、彼らヨーロッパ人はそうした家族構造を保持してきた、ということに由来するのである。このような逆説は、日本と中国の関係の中にも見出される」(3頁)。

★そしてこうも述べています、「今後は家族システムの歴史のこうした新たな見方を踏まえた人類の社会・政治・宗教史の解釈を書くことが必要となるのだ」(同)と。また、下巻末尾の「第II巻に向けて――差し当たりの結論」にはこう書かれています。「本書第二巻は、その完成の暁には、人類の再統一〔再単一化〕を促進することになるだろう。監訳者の石崎さんは「訳者解説」で次のように評価されています。「「世界のすべての民族を単一の歴史の中に統合」しようとする試みは、発見と創見に満ちたダイナミックな知的冒険として展開しつつある。第二巻の完成が待たれるとともに、「家族システムの歴史のこうした新たな見方を踏まえた人類の社会・政治・宗教史の解釈」(序文)が掛かれることも、大いに期待したいものである」(838頁)。来たるべき第二巻は「L'Afrique, l'Amérique et l'Océanie」を扱うようです。
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by urag | 2016-07-17 00:47 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 10日

注目新刊:『考える人』第57号、ほか

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考える人 57号(2016年夏号)
新潮社 2016年7月 本体907円 B5判並製184頁 雑誌12305-08

★発売済。リニューアル第2弾となる57号のメイン特集は「谷川俊太郎」。夏季の二か月を過ごされるという北軽井沢の緑に囲まれた別荘はただただ美しく、うっとりさせます。養老孟司さんによる全国の森巡りを写真とエッセイで綴る新連載「森の残響を聴く」も素敵です。誌面からマイナスイオンが放出されているかのような山野のカラー写真の数々に郷愁をそそられます。これは仕事中に見ちゃいけないやつだ(『考える人』を鞄に入れて今すぐ旅に出たくなります)。

★前号に掲載された、山本貴光さんと吉川浩満さんによる対談「生き延びるための人文① 「知のサヴァイヴァル・キット」を更新せよ!」に続いて、今号では第2回となる「人文の「理想」と「現実」」が掲載されています(46~53頁)。見出し*と抜き書き#のみを拾っていくと次のようになります。

*「人文の危機」は、今に始まったことではない:科学偏重、実利重視――実は百年前からずっとピンチ
*社会で人文は求められているのか:「理想」の人材の中身はからっぽという、恐るべき「現実」
#姿勢は求めるけど、そのために必要なものは要らない――そもそも歴史と哲学を抜きに異文化を理解できるのか。
#事態は思ったよりねじれている。人文的なものは横領され、それがお守りとしてかえって有り難がられている。これが真の危機。
*「人文軽視」問題と取り組むために――国の違いを超えて通用する人材を育てる鍵は「知識」
*ままならない現実から出発する:汎用人工知能vs.身体――未知の状況のなかで役立つ知識を装備するために
#組織で個々人がどう生きるか、これ自体が人文的な課題。他者の立場を想像するにも、手がかりとなる経験や知識なしにはできない。

★国策や教育にとってだけでなく、出版社と書店の双方にとって重要な論点が提起されており、業界人必読かと思います。お二人の対談は今後も続いていくようで、これからもますます楽しみです。


呉越春秋――呉越興亡の歴史物語
趙曄著 佐藤武敏訳注
東洋文庫 2016年7月 本体2,900円 B6変判上製函入344頁 ISBN978-4-582-80873-5

★発売済。東洋文庫第873弾。帯文に曰く「本邦初の全訳注。中国古代、南方の呉と越の地に伝わる民間伝承を取り入れ、二国の興亡を語る著名な書物が、今ようやく日本語で読める! 呉の賢臣伍子胥(ごししょ)と、越王勾践の圧倒的な復讐譚」。中国春秋時代末の二つの国、呉と越の抗争と興亡を、後漢の趙曄が記した書で、今回の訳注書では原典上下巻を一冊にまとめています。上巻の内容は順番に、呉の太伯の伝記、呉王寿夢の伝記、王僚の伝記と公子光・伍子胥が王僚を殺した顛末、闔閭の伝記、夫差の伝記。下巻は、越王無余の伝記、勾践が呉の臣(どれい)となった伝え、勾践帰国後の決意。勾践の陰謀、勾践が呉を伐った次第と後日譚。

★有名な故事「臥薪嘗胆」の「嘗胆」についてのエピソードが、下巻第七「勾践入臣外伝」に記されています。曰く「越王が呉に復讐しようと思ったのは一朝一夕のことでなかった。身を苦しめ、心をいためることが日夜つづいた。ねむくなると、蓼〔たで〕をなめて目をさまし、足が寒いと、むしろ足を水に浸けた。冬はつねに氷をいだき、夏はまた火を握った。心に愁いをもち、志に苦しみをもった。また胆〔きも〕を戸に懸け、出入の折はこれを嘗め、口に絶やさなかった。深夜さめざめと泣き、泣いてはまた大声で叫んだ」(226頁)。嘗胆を記した前例には前漢の司馬遷『史記』巻四一があります。

★東洋文庫次回配本は8月、『エリュトラー海案内記2』とのことです。

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★このほか、ここしばらく取り上げることのできていなかった注目既刊書には以下のものがありました。

盗まれた廃墟――ポール・ド・マンのアメリカ』巽孝之著、彩流社、2016年5月、本体1,800円、四六判並製222頁、ISBN978-4-7791-7061-4
妄想と強迫――フランス世紀末短編集』エドゥアール・デュジャルダン著、萩原茂久訳、彩流社、2016年4月、本体2,000円、四六判上製184頁、ISBN978-4-7791-2227-9
エマソン詩選』ラルフ・ウォルドー・エマソン著、小田敦子・武田雅子・野田明・藤田佳子訳、未來社、2016年5月、本体2,400円、四六判並製246頁、ISBN978-4-624-93446-0
怪談おくのほそ道――現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』伊藤龍平訳・解説、国書刊行会、2016年5月、本体1,800円、四六判並製292頁、ISBN978-4-336-06011-2
カラダと生命――超時代ダンス論』笠井叡著、書肆山田、2016年2月、本体3200円、四六変判上製460頁、ISBN978-4-87995-933-1
透明迷宮』細江英公写真、笠井叡舞踏・文、平凡社、2016年2月、本体6,800円、A4変判上製筒函入80頁、ISBN978-4-582-27821-7

★巽孝之さんの『盗まれた廃墟』はシリーズ「フィギュール彩」の第58弾。日本人研究者によるド・マン論は、土田知則さんによる『ポール・ド・マン――言語の不可能性、倫理の可能性』(岩波書店、2012年)に続くもので、ド・マンの孫弟子にあたる巽さんならではの待望の一書です。「盗まれた廃墟 ――アウエルバッハ、ド・マン、パリッシュ」「水門直下の脱構築――ポー、ド・マン、ホフスタッター」「鬱蒼たる学府――アーレント、ド・マン、マッカーシー」「注釈としての三章――ワイルド、水村、ジョンソン」の四部構成。詳細目次は書名のリンク先をご覧ください。なお、法政大学出版局さんではド・マンの高弟バーバラ・ジョンソンの主著『批評的差異――読むことの現代的修辞に関する試論集』が、土田知則さんによる訳で今月(2016年7月)刊行予定だそうで、慶賀に堪えません。

★デュジャルダン(Édouard Dujardin, 1861-1949)の『妄想と強迫』は、短編集『Les Hantises』(初版1886年、第二版1897年)の翻訳。帯文に曰く「マラルメに賞賛され、ジェイムズ・ジョイスに影響を与えた、知られざる「内的独白」の原点。19世紀末フランス――妄想と強迫観念に追い詰められる精神を、怪才デュジャルダンが描く」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。宗利淳一さんによる不気味な装丁が目を惹く一冊です。デュジャルダンの訳書は、『内的独白について――その出現、起源、ジェイムズ・ジョイスの作品における位置』(鈴木幸夫・柳瀬尚紀訳、思潮社、1970年)や 『もう森へなんか行かない』(鈴木幸夫・柳瀬尚紀訳、都市出版社、1971年;原題『月桂樹は切られた』)以来絶えていたそうで、驚くばかりです。巻頭に掲げられた初版の序言が印象的です。「ただひとつ、想念だけが存在する。私たちが生きる世界は、私たちのありふれた作りものなのだ、がときおり、私たちは別の想念によって、別の世界に生きる」(3頁)。

★『エマソン詩選』はシリーズ「転換期を読む」の第26弾。エマソンほどの偉人であればその詩集もどこかの文庫でとっくの昔に当然刊行されて版を重ねているに違いない、と思いきやそうでなかったというのは意外でした。小田敦子さんによる巻末解説「エマソンの詩」によれば、「日本では大正時代にエマソンの詩の選集が出版されて以来、「吹雪」、「バッカス」など代表作が先週に収められることはあったが、今回はじめて翻訳された詩が多い」とのことです。国会図書館で調べると、『自然論――附・エマソン詩集』(中村詳一訳、越山堂、1920年)、『エマスン詩集』(中村詳一訳、聚英閣、1923年)などが目に付きますが、戦後は平凡社版『世界名詩集大成(11)アメリカ』(1959年)で『五月祭その他』の抄訳がエマソン以外の作家たちの作品とともに収録された程度です。ということはほとんど百年ぶりの訳詩選集の出版と言うべきなのかもしれません。

★なお未來社さんでは先月、「ポイエーシス叢書」第67弾として、佐々木力さんの『反原子力の自然哲学』が刊行されています。近年、一ノ瀬正樹さんの『放射能問題に立ち向かう哲学』(筑摩選書、2013年1月)や、佐藤嘉幸さんと田口卓臣さんの共著『脱原発の哲学』(人文書院、2016年2月)が出版されているのは周知の通りです。

★『怪談おくのほそ道』は、江戸後期に成立したという『芭蕉翁行脚怪談袋』の現代語訳に、鑑賞の手引きとなる各話解説を加えた一書です。底本は鶴岡市郷土資料館所蔵本とのことです。同作は芭蕉とその門人を主人公にした奇譚集で、作者は不詳。巻末解題によれば、同系統の作品である『芭蕉翁頭陀物語』や『俳諧水滸伝』などに比べても虚構性が強いとのことで、「従来の俳諧研究では取り上げられてこなかった」し「取り上げようがなかった」ろうとのこと。「史実の芭蕉は須磨明石(現・兵庫県)よりも西に足を運んでいない」けれども、本書での芭蕉は「西国諸国も訪れている」と。全二四話はいずれも興味深いですが、なかでも目に留まったのは、蕉門十哲の一人である各務支考が本を枕にして寝たところ悪夢にうなされたという第十七話「支考、門人杜支が方へいたること」です。夢からやっと解放された支考は枕にした本を見て「誰が書いたのかは知らないが、さだめし心が入っていたのだろう」(186頁)と呟きます。言霊ゆえに書霊も存在する、と言うべきでしょうか。

★笠井叡さんのエッセイ集『カラダと生命――超時代ダンス論』と笠井さんを撮った細江英公さんの写真集『透明迷宮』はいずれも二月刊行。前者は『カラダという書物』(書肆山田、2011年)に続く、シリーズ「りぶるどるしおる」からの一冊。帯文に曰く「混迷と変容の真只中に在る21世紀の人間──植物生命動物生命を摂取することで鉱物を体内に獲得する人間生命は、今や、悠久の鉱物生命の一環としてのみ在り得るのではないか」と。圧倒的な思考の奔流が、ダンス、アート、ポエトリー、ミソロジー、フィロソフィの諸領域を貫通してカラダから発出し、カラダへと還流していきます。『透明迷宮』で笠井さんは「人のカラダは音楽の結晶体だ」と書いておられます。また、「カラダの筋肉の内部は、コトバによって織られている。〔・・・〕内臓はコトバの織り物である。〔・・・〕コトバとカラダは一度も分離したことがない」とも。『カラダと生命』の最終章「単性生殖の時代」では「コトバの死滅」について論じられています。笠井さんがシュタイナー思想を掘り下げ続けておられる独自の営為というのは、日本現代史において特記すべきことです。
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by urag | 2016-07-10 17:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 02日

注目新刊:プラトン『饗宴 訳と詳解』東大出版会、ほか

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饗宴 訳と詳解
プラトン著 山本巍訳・解説
東京大学出版会 2016年6月 本体6,500円 A5判上製448頁 ISBN978-4-13-010129-5

帯文より:エロスの賛美を七人で競った物語――この作品だけが、特定個人との対話でないのはなぜか。過去の語りが二重化されているのはどうしてか。書かれなかった未知を読み解く.ギリシア語のテクストに徹底的に分け入り、正確な訳と詳細な註で、古典の新たな魅力を甦らせる。

★発売済。凡例によれば底本は、ジョン・バーネット校訂版『プラトン全集』第2巻(Oxford Classical Texts, 1964)所収のテクストであり、底本と異なる読みについては訳註で示されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。訳と詳解の二部構成で、後者の分量の方が多いです。『饗宴』(シュンポシオン)の既訳は色々ありますから、高額な訳解書を手に取る読者は限られているのかもしれませんが、本書の肝が訳者の精緻な読解にあることは明らかです。

★訳者は言います。「『饗宴』全篇は、テキスト外の著者プラトンの視点(裏脈絡)とテキスト内の語り手アポロドロスの視点(表脈絡)は違ったレベルにあって、二重化されている。同じ文や語でも異なった意味関連を担いうるのである」(175頁)。また、まえがきではこう述べておられます。「全篇に張られた裏脈絡が湛える沈黙といい、余白というテキストの外部といい、それは読者であるわれわれ自身が著者プラトンと自由の内に対話するために開けた空間である。事の真実と明瞭な理解を求めて、われわれは「テキストとともに、テキストを超えて」問わなければならない。プラトンを読むとは、なぜプラトンはそう書いているのか、書かざるを得なかったのか、と言葉の襞にも分け入り、表裏皮膜の間に絶えず問う問いの反復の道である。「プラトンよ、語れ」と問いの現場にプラトンを呼び出すことになる。対話は自他の間に適切な距離という「間」が必要だからである。そうしてこそ読者は書かれた文字を通して、書かれていない、それだけ未知のことを著者に対して自分の責任で問いかけながら読むことになる」(vi頁)。

★ソクラテスの人物像については訳者は次のように書いています。「ソクラテスは社会的地位に関心を置かなかったように、世の勝ち組・負け組がおよそ問題にならなかった。〔・・・〕人が自分の能力でどれほど偉大なことを達成し成功したか、人々に対してどれほど影響力を行使できるか、どんな威信と財力をもっているかということも、気にならなかった。〔・・・〕ソクラテスはアテネ社会では余剰であり、哲学が披く空無という余暇に生きていた。人の世の力を軽々と無視したのである。そんなことをすれば、人の世は殺す力があるぞ、と恫喝しても(『弁明』29D)、である。そういう危険をよく理解していたので、ソクラテスはロマンチックな夢想家ではなかった。むしろリアリストなのである」(366頁)。この続きも非常に印象的な解説が続きます。「正直であろう」とする生き方の徹底、「自分の持ち物に跨って思い上が」るのではない生き方、分かったふりで通り過ぎるのではなく、他者と物事への真剣なコミットメントを求める生き方というのは、時代がどんなに移り変わっても変わらない価値を有しているのではないかと感じます。それは宴席で友人たちが寝落ちするまで延々と酒を酌み交わし議論する『饗宴』でのソクラテスのタフさと表裏一体の価値です。

★『饗宴』と並んで高名な作品『弁明』も、数か月前に新訳が刊行されているのは周知の通りです。専門書が充実している大型書店でないと置かれておらず、ネット書店でもなかなか購入しづらい本ですが、ご紹介しておきます。

プラトン『ソクラテスの弁明』注解
金子佳司編著
ピナケス出版 2016年2月 本体8,200円 A5判並製276頁 ISBN978-4-903505-16-9

★本書の構成は以下の通り。はじめに/本文(希和対訳)/注釈/解説/文献表/語彙(小事典)/あとがき。『饗宴』以上の高額本ですが、それは本書が極小ロット印刷・オンデマンド印刷の専門会社である「デジタル・オンデマンド出版センター」による印刷製本であることと関係しているのかもしれません。それにしても、あとがきによれば約10年を掛けて練り上げられた成果なのですから(山本さん訳『饗宴』は3年半とのこと)、その年月から考えれば1万円以下というのは法外に安い値段だとも言えます。編著者の金子佳司(かねこ・けいじ:1955-)さんは現在、日本大学非常勤講師、明治学院大学言語文化研究所研究員、法政大学大学院兼任講師でいらっしゃいます。

+++

★このほか、次の新刊に注目しています。いずれも発売済。

カンディード』ヴォルテール著、堀茂樹訳、晶文社、2016年6月、本体1,800円、四六判上製256頁、ISBN978-4-7949-6927-9
ポケットマスターピース09 E・A・ポー』エドガー・アラン・ポー著、鴻巣友季子+桜庭一樹編、池末陽子編集協力、丸谷才一+日夏耿之介+巽孝之+中里友香訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2016年6月、本体1,300円、832頁、ISBN978-4-08-761042-0
シェイクスピアの生ける芸術』ロザリー・L・コリー著、正岡和恵訳、白水社、2016年6月、本体8,800円、4-6判上製644頁、ISBN978-4-560-08307-9
完訳 論語』井波律子訳、岩波書店、2016年6月、本体2,800円、四六判上製672頁、ISBN978-4-00-061116-9

★堀茂樹訳『カンディード』の底本は、ロラン・バルトのあとがきが付されたガリマールの「フォリオ・クラシック」1992年版『カンディードとその他のコント』所収のテクストです。バルトはこの新訳書では併載されてはいませんが、バルトのヴォルテール論をお読みになりたい方は、『批評をめぐる試み/エッセ・クリティック』の「最後の幸福な作家(Le dernier des écrivains heureux)」(みすず書房/晶文社)をご覧ください。『カンディード』の末尾でヴォルテールは主人公の恩師パングロスにこう言わせています。「この世界は、およそあり得べきすべての世界のうちで最善の世界である。ここではすべての事件がつながっておる。なんとなればそもそも、考えてみたまえ、もしきみがキュネゴンド姫に恋したがゆえに尻を蹴飛ばされて美しい城館から追い出されなかったら、もしきみが宗教裁判にかけられなかったら、もしきみがアメリカ大陸を歩きまわっていなかったら、もしきみが男爵に剣で一突きお見舞いしていなかったら、もしきみがあの美し国エルドラドでもらい受けた羊たちを全部失っていなかったら、きみは今ここで、砂糖漬けのレモンやピスタチオを食してはいないであろうよ」(233~234頁)。試練続きの人生にも意味があるのだとしたら、ヴォルテールのこの言葉ほど人を励まし、慰めるものもないでしょう。

★『ポケットマスターピース09 E・A・ポー』の収録作品は以下の通り。桜庭一樹さんによる翻案2作も収録しているところがミソ。こうした古典の翻案ものをカップリングする試みはもっと増えてもいい気がします。

詩選集
 大鴉|中里友香訳
 アナベル・リイ|日夏耿之介訳
 黄金郷|日夏耿之介訳
モルグ街の殺人|丸谷才一訳
マリー・ロジェの謎――『モルグ街の殺人』の続編|丸谷才一訳
盗まれた手紙|丸谷才一訳
黄金虫|丸谷才一訳
お前が犯人だ〔You are the woman〕――ある人のエドガーへの告白|桜庭一樹翻案
メルツェルさんのチェス人形――アドガーによる“物理的からくり〔モーダス・オペランディ〕”の考案|桜庭一樹翻案
アッシャー家の崩壊|鴻巣友季子訳
黒猫|鴻巣友季子訳
早まった埋葬|鴻巣友季子訳
ウィリアム・ウィルソン|鴻巣友季子訳
アモンティリャードの酒樽|鴻巣友季子訳
告げ口心臓|中里友香訳
影――ある寓話|池末陽子訳
鐘楼の悪魔|池末陽子訳
鋸山奇譚|池末陽子訳
燈台|鴻巣友季子訳
アーサー・ゴードン・ピムの冒険|巽孝之訳
解説|鴻巣友季子
作品解題|池末陽子
E・A・ポー著作目録|池末陽子
E・A・ポー主要文献案内|池末陽子
E・A・ポー年譜|池末陽子/森本光

★コリー『シェイクスピアの生ける芸術』は「高山宏セレクション〈異貌の人文学〉」の最新刊。シェイクスピア没後四百年記念出版で、帯には高山さんの次のようなコメントが掲載されています。「ジャンルの生成を通して文学の世界を根本から眺め直した本として、ノースロップ・フライ『批評の解剖』、ミハイル・バフチンの伝説的なラブレー論と並び称されたロザリー・コリーのシェイクスピア論の名著を江湖の読書子に贈る。批評が途方もない博識を綿密な読解と、遊び心にも富むエレガントな言葉で表現できた二十世紀人文批評黄金時代の最後を飾る一書として堪能されよ。既に本邦翻訳史に金字塔をうちたてたコリーの画期書『パラドクシア・エピデミカ』のこの姉妹篇ほど、シェイクスピア没後四百年記念の年に読者諸賢の机上にふさわしいものはないと思ってきた。夢はたせた!」。原書は、Shakespeare’s Living Art (Princeton University Press, 1974)です。訳者あとがきによれば本書翻訳のきっかけを作ったのは故・二宮隆洋(1951-2012)さんだそうです。二宮さんがお亡くなりになられてからもう何年も経ちますが、私たちは新刊のあとがきでもう何回、二宮さんのお名前を認めたことでしょう。ロザリー・L・コリー(Rosalie L. Colie, 1924-1972)は米国の比較文学者。単独著の既訳には『パラドクシア・エピデミカ』(原著1966年;高山宏訳、白水社、2011年)があります。

★「高山宏セレクション〈異貌の人文学〉」の続刊予定には、エルネスト・グラッシ『形象の力』原研二訳、アンガス・フレッチャー『アレゴリー』伊藤誓訳、ウィリアム・マガイアー『ボーリンゲン』高山宏訳、が挙がっています。必読書が今後も続きます。

★井波律子訳『完訳 論語』は、原文・訓読・語注・現代語訳・解説で構成され。巻末には人名索引・語注索引・語句索引・主要参考文献・孔子関連年表・孔子関連地図を配しています。『論語入門』(岩波新書、2012年)では1/3にあたる146条が扱われていましたが、今回の完訳で全編を味わえることになります。いずれ文庫化されるでしょうけれども、単行本はレイアウトが工夫されているので、読みやすさから言えば単行本版を購入しておいて損はないと思います。『論語』は様々な既刊が出ていますけれども、幾度となく親しむ機会が生まれているのは素晴らしいことです。年齢によって読み方や理解力が変わっていくのを感じます。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

耕す人』公文健太郎写真、平凡社、2016年7月、本体5,200円、B5横変型判上製144頁、ISBN978-4-582-27825-5
[決定版]ナチスのキッチン――「食べること」の環境史』藤原辰史著、共和国、2016年7月、本体2,700円、菊変型判並製480頁、ISBN978-4-907986-32-2
まちづくりの哲学――都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』代官山ステキなまちづくり協議会企画・編集、蓑原敬+宮台真司著、ミネルヴァ書房、2016年6月、本体2,400円、4-6判並製436頁、ISBN978-4-623-07590-4
保守主義とは何か――反フランス革命から現代日本まで』宇野重規著、中公新書、2016年6月、本体800円、232頁、ISBN978-4-12-102378-0
ぺリー来航――日本・琉球をゆるがした412日間』西川武臣著、中公文庫、2016年6月、本体760円、194頁、ISBN978-4-12-102380-3
シェイクスピア――人生劇場の達人』河合祥一郎著、中公文庫、2016年6月、本体820円、256頁、ISBN978-4-12-102382-7

★公文健太郎『耕す人』はまもなく発売。公文健太郎(くもん・けんたろう:1981-)さんはこれまでにネパールに取材した写真集や写真絵本、フォトエッセイなど5点を上梓されています。今回の新刊の題材は「日本の農」。北海道、青森、岩手、山形、秋田、福島、茨城、栃木、埼玉、千葉、静岡、長野、岐阜、福井、奈良、和歌山、広島、鳥取、島根、高知、徳島、佐賀、長崎、宮崎、鹿児島、沖縄に取材。どの写真も農村と農家の何気ない風景を切り取ったものですが、いずれも惹き込まれるような美しさを湛えており、写真家の目と技の確かさを感じます。「日本の風景」は「農業の風景」なのだと気付かされた、と公文さんはあとがきに書いています。巻末のエッセイ「旅はつづく」写真家の広川泰士さんによる特別寄稿。

★藤原辰史『[決定版]ナチスのキッチン』は発売済。2012年に水声社から刊行され、河合隼雄学芸賞第1回(2013年度)を受賞した、著者の代表作の新版です。刊行にあたり「旧版にみられた誤字や脱字、表現の一部を訂し、新たなあとがきを付した」とのことです。新たなあとがきというのは「針のむしろの記――新版のあとがきにかえて」(431~449頁)のこと。版元さんのコメントによればこれは「旧版刊行後にさまざまなメディアに掲載された本書への批評に著者みずからが応えた」もの。造本を一新し、値段(本体価格)は4000円から2700円になりました。ユニークなナチス研究として広く読まれてきた本書は旧版では4年間に5回増刷されたとのことです。

★蓑原敬+宮台真司『まちづくりの哲学』は発売済。都市計画の専門家と社会学者による濃密な対談です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書の企画編集者であり「まえがき」を寄せておられる野口浩平さん(代官山ステキなまちづくり協議会)を司会に、今月末、著者お二人の対談およびサイン会が以下の通り行われるとのことです。

◎トークイベント「代官山から発信するまちづくりの希望とは」(『まちづくりの哲学――都市計画が語らなかった「場所」と「世界」』(ミネルヴァ書房)刊行記念)

日時:2016年7月28日(木)19時~21時
場所:代官山蔦屋書店 1号館2階イベントスペース
定員:70名様

内容:従来の都市工学の枠組みを超えた幅広い知見をもつ蓑原敬先生と、社会学者の宮台真司先生が、代官山のまちづくりを中心に、「まち」と我々の幸福について語ります。

参加方法:代官山蔦屋書店にて、『まちづくりの哲学』をご予約・ご購入頂いたお客様にイベントの参加整理券をお渡しいたします。申込は店頭(2号館1階建築フロア)、電話03-3770-2525(建築フロア)、オンラインストアなどで受付。
注意事項:参加券1枚でお一人様にご参加いただけます。イベント会場はイベント開始の15分前からで入場可能です。当日の座席は、先着順でお座りいただきます。参加券の再発行・キャンセル・払い戻しはお受けできませんのでご了承くださいませ。止むを得ずイベントが中止、内容変更になる場合があります。

★中公新書の新刊3点はいずれも発売済。それぞれのカバーソデ紹介文は書名のリンク先でご確認いただけます。3点とも時宜を得た出版で目を惹きます。『保守主義とは何か』は日本の現代政治を見直す上で基本となる「保守」概念を教え、『ペリー来航』は困難のただなかにある日米関係の淵源を考えるヒントを与え、『シェイクスピア』は劇作家の没後400年にあたってなおも衰えぬその魅力を紹介してくれます。以下に、3点の主要目次を列記します。

『保守主義とは何か』はじめに/序章:変質する保守主義――進歩主義の衰退のなかで/第1章:フランス革命と闘う/第2章:社会主義と闘う/第3章:「大きな政府」と闘う/第4章:日本の保守主義/終章:21世紀の保守主義/あとがき/参考文献。
『ぺリー来航』はじめに/第1章:19世紀のアメリカと日本/第2章:ペリー艦隊、琉球へ/第3章:ペリー上陸――浦賀奉行と防衛体制/第4章:再来から日米和親条約締結へ/第5章:高まる人びとの好奇心――西洋との遭遇/第6章:広がるペリー情報――触書・黒船絵巻・瓦版/第7章:条約締結後の日本/おわりに/ペリー来航関連略年表。
『シェイクスピア』まえがき/第1章:失踪の末、詩人・劇作家として現れる/第2章:宮内大臣一座時代/第3章:国王一座時代と晩年/第4章:シェイクスピア・マジック/第5章:喜劇――道化的な矛盾の世界/第6章:悲劇――歩く影法師の世界/第7章:シェイクスピアの哲学――心の目で見る/あとがき/シェイクスピア関連年表/参考文献。

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by urag | 2016-07-02 22:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 26日

注目新刊:シャヴィロ『モノたちの宇宙』、ほか

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モノたちの宇宙――思弁的実在論とは何か
スティーブン・シャヴィロ著 上野俊哉訳
河出書房新社 2016年6月 本体2,800円 46判上製256頁 ISBN978-4-309-24765-6

帯文より:人間は特権的存在ではない。すべてのモノたちが平等な世界へ――ホワイトヘッドを甦らせながら、メイヤスー、ハーマン、ブラシエなどの思弁的実在論をあざやかに紹介・批判し、来たるべき思想を切り開く定評ある名著。

目次:
序章 ホワイトヘッドと思弁的実在論
第一章 自己享受と関心
第二章 活火山
第三章 モノたちの宇宙
第四章 汎心論と/あるいは消去主義
第五章 汎心論がもたらす諸帰結
第六章 非相関主義的思考
第七章 アイステーシス
訳者解説――なぜホワイトヘッドか?

★発売済。スティーヴン・シャヴィロ(Steven Shaviro, 1954-)は今回の新刊が本邦初訳となる、アメリカの哲学者であり批評家です。原書はThe Universe of Things: On Speculative Realism (University of Minnesota Press, 2014)。今年年頭に発売されて話題を呼んでいるメイヤスー『有限性の後で』(人文書院)に代表されるような思弁的実在論の関連書として読むことができます。序章にはこう書かれています。「ホワイトヘッドも思弁的実在論者のどちらも、長きにわたり西欧近代の合理性の核心であった人間中心主義という想定に自問を投げかけている〔・・・〕。こうした問いかけは、ぼくらが今後、生態学的な危機に見舞われそうな時代、人間の運命が他のありとあらゆる種類の存在の運命と深く絡みあっていると思わざるをえない時代には差し迫って必要とされる。科学の実験や発見の光に照らしてみても、人間中心主義はますます支持できないものになっている。今やぼくらはこの地球上のありとあらゆる生きものとどれほど僕たちが似ていて緊密に関係しているかを知っているので、自らを他に例のない独自な存在と考えることはできなくなっている。だからぼくはら、その境界をとうてい把握しえない宇宙において、コスミックな尺度で生起している様々な過程と、自分たちの利害や経済を切りはなすことはできなくなっている。/ほぼ一世紀前に、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドはこうした緊張や危険の数々についてすでに自覚していた」(5~6頁)。

★同じく序章では、著者自身による各章の要約が記されています。「第一章はホワイトヘッドの美学や倫理学に対する理性を、偉大なフランス=ユダヤ系哲学者であるレヴィナスの立場と比較する。〔・・・〕第二章はホワイトヘッドのプロセス指向の思考とグレアム・ハーマンによるオブジェクト指向存在論〔OOO:Object-oriented ontology〕をはっきり対照させて示している。第三章は〔・・・〕ホワイトヘッドによる英国のロマン主義の読解とともに、ハーマンによるハイデッガーの読みをあつかっている。第四章は、ひとたびぼくらが相関主義、また思考と存在の照応を拒絶してしまえば、ぼくらにはあからさまな消去主義(存在は根元的に思考を欠いているということを意味する)か、あるいは一般化された汎心論のどちらかをはっきり選択することが残される、という点を論じている。第五章は、汎心論をめぐる近年の哲学的議論に大まかな見取り図をあて、また心(メンタリティ)が物質の基本属性であるという議論を立てている。〔・・・〕第六章は、現存する思弁的実在論者による思考の説明における諸問題を検証している。〔・・・〕最後の第七章は、人間の判断力に限定されず、とりわけ人間の主観性に中心化されない美学を提起するために、この思考〔存在に相関的なのではなく、存在のうちに内在的に組み込まれている、一種の「自閉的」な思考〕のイメージを援用している」(21~22頁)。

★本書の末尾にはこんな言葉が見えます。「ぼくはメイヤスーによる根元的な偶然性という視角と、ハーマンによる不変の真空=空虚に封じこめられた諸対象という視角の両方に対する代替案として思弁的美学を提起する。このような思弁的美学はまだ形成の途上にある。カントやホワイトヘッド、ドゥルーズたちだけが、ぼくらにその基礎を与えてくれる。実際、あらゆる美的遭遇は特異なものなので、一般的美学のようなものは不可能である」(230頁)。シャヴィロの立場は彼自身の説明によればメイヤスーよりもハーマンにより近いもの(200頁)ですが、メイヤスー『有限性の後で』に興味を引かれた方はシャヴィロの本書も面白く読めるはずです。思弁的実在論関連の本は今後日本でも少しずつ増えていくようです。これらは哲学思想書売場の再活性化に一役買うことになるでしょう。カント、ホワイトヘッド、ドゥルーズは、大書店であれば隣りどうしに並ぶ哲学者ではありませんでした。しかし本書の視点からすれば、この三者は欠くことのできない星座を構成するわけです。


★河出さんでは7月下旬刊行予定新刊として、カトリーヌ・マラブー『新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月、本体3,400円、368頁、ISBN978-4-309-24767-0)が予告されています。版元紹介文によれば「アルツハイマー病の患者、戦争の心的外傷被害者、テロ行為の被害者……過去も幼児期も個人史もない、新しい人格が、脳の損傷からつくられる可能性を思考する画期的哲学書。千葉雅也氏絶賛!」と。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

脳はいかに治癒をもたらすか――神経可塑性研究の最前線』ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体3,000円、46判上製594頁、ISBN978-4-314-01137-2
日常を探検に変える――ナチュラル・エクスプローラーのすすめ』トリスタン・グーリー著、屋代通子訳、紀伊國屋書店、2016年6月、本体2,000円、46判並製432頁、ISBN978-4-314-01138-9
日本デジタルゲーム産業史――ファミコン以前からスマホゲームまで』小山友介著、人文書院、2016年6月、本体3,600円、4-6判並製400頁、ISBN978-4-409-24107-3
スターリン批判 1953~56年――一人の独裁者の死が、いかに20世紀世界を揺り動かしたか』和田春樹著、作品社、2016年6月、本体2,900円、46判上製480頁、ISBN978-4-86182-573-6
国家と対峙するイスラーム――マレーシアにおけるイスラーム法学の展開』塩崎悠輝著、作品社、2016年6月、本体2,700円、46判上製352頁、ISBN978-4-86182-586-6
分解する』リディア・デイヴィス著、岸本佐知子訳、作品社、2016年6月、本体1,900円、46判上製204頁、ISBN978-4-86182-582-8

★紀伊國屋書店さんの新刊2点はいずれもまもなく発売(30日頃発売)。2点ともワクワクするような素敵な内容で、広く話題を呼びそうな予感がします。まず、ドイジ『脳はいかに治癒をもたらすか』の原書は、 The Brain's Way of Healing: Remarkable Discoveries and Recoveries from the Frontiers of Neuroplasticity (Viking, 2015)。帯文に曰く「これから始まるのは軌跡でも代替療法の紹介でもない。脳と身体が本来持つ治癒力の話だ。脳卒中、自閉症、ADHD、パーキンソン病、慢性疼痛、多発性硬化症、視覚障害――これまで治療不可能と考えられていた神経に由来する機能障害の多くは、《神経可塑性》を活かした治療で劇的に改善する可能性がある。ラマチャンドラン、ヴァン・デア・コークら絶賛の全米ベストセラー!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ノーマン・ドイジ(Norman Doidge)さんはカナダの精神科医・精神分析医。米加両国で活躍しており、コロンビア大学精神分析研究センターおよびトロント大学精神医学部に所属。前作『脳は奇跡を起こす』(The Brain That Changes Itself, Viking, 2007;竹迫仁子訳、講談社インターナショナル、2008年)は19か国語に翻訳されているミリオンセラーだと言います。「はじめに」で著者はこう書いています。「神経可塑的なアプローチは、心、身体、脳のすべてを動員しながら、患者自身が積極的に治療に関わることを要請する。このアプローチは、東洋医学のみならず西洋医学の遺産でもある。〔・・・〕神経可塑的なアプローチでは、医師は、患者の欠陥に焦点を絞るだけでなく、休眠中の健康な脳領域の発見、および回復の支援に役立つ残存能力の発見を目標とする。〔・・・〕本書で紹介するのは、脳を変え、失われた機能を回復し、自分でも持っているとは考えていなかった能力を脳に発見した人々のストーリーである」(21~22頁)。


★次に『日常を探検に変える』は、『ナチュラル・ナビゲーション――道具を使わずに旅をする方法』(The Natural Navigator, Virgin Books, 2010;屋代通子訳、紀伊國屋書店、2013年11月)に続く邦訳第二弾。原著は、The Natural Explorer (Sceptre, 2012)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。トリスタン・グーリー(Tristan Gooley)さんはイギリスの作家で探検家。イギリス最大の旅行会社Trailfindersの副会長でもあり、英国王立ナビゲーション学会および王立地理学会の特別会員です。「未踏の地を求め、肉体の極限に挑戦することだけが探検ではない。何度も人が足を踏み入れた身近な自然のなかでさえ、意識を開けば、たとえささやかでも新たな発見があるはずだ。それを創造的手段を使って人々と分かちあうことで、日常が探検になる」(版元プレスリリースより)。「フィナンシャル・タイムズ」は「身近な自然を歩くための、知的かつ魅力的なガイド」と本書を評しています。本書には歴史的な探検家たちの言葉だけでなく、古今の哲学者の思索も折々に引用されており、意識変革を促す思想書のような趣きもあります。分類コードの下二桁は26で「旅行」を示していますが、ビジネス書でも人文書でも読者を獲得できる気がします。

★人文書院さんの新刊、小山友介『日本デジタルゲーム産業史』はまもなく発売。明日27日取次搬入と聞いています。著者の小山友介(こやま・ゆうすけ:1973-)さんは芝浦工業大学システム理工学部准教授。ご専門は進化経済学、コンテンツ産業論、社会情報学でいらっしゃいます。本書は初の単独著。帯文はこうです。「初めて描かれる栄光と混迷の40年。黎明期から現在まで40年におよぶ、日本におけるデジタルゲーム産業の興亡を描き出した画期的通史。アーケードやPCも含む包括的な記述で、高い資料的価値をもつとともに読み物としても成立させた、ビジネスマン・研究者必読の書」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ゲーム産業と同じくコンテンツ産業の一角である出版業界に棲む私たちにとっては、出版史と並行させて本書を読み解くこともできるかもしれません。ゲーム産業の現在が見せる課題は出版産業とも無縁というわけではありません。

★作品社さんの新刊3点はいずれも発売済。まず、和田春樹『スターリン批判 1953~56年』は、巻頭の「本書をお読みになる、21世紀のみなさんへ」に曰く「20世紀に生まれ、20世紀に消えてしまったソ連国家社会主義体制の歴史の決定的な転換点をとりあげて、その危機の五年間の歴史を描き出す試みです。世界の超大国、人類の理想を体現した国と言われた国で、神とも崇められた指導者が死んだところからどのような変化のすえに、その指導者が批判されるようになったのか。その指導者のもとでなされた驚くべき非道な行為が明るみに出て、批判が加えられ、どのように社会を変えていかねばならないか。人々が悩み、思索をはじめたところ、行き過ぎた批判は許せないと国家からブレーキをかけられてしまう五年刊の過程です」。巻末には「ソ連という国家の特殊な仕組みの解説」と題された小事典のほか、年表や登場人物解説・索引が付されています。新資料に基づく今回の大著は和田さんが約40年前に立てた仮説の検証ともなっていて、まさにライフワークであり、圧倒されます。

★塩崎悠輝『国家と対峙するイスラーム』は帯文に曰く「ファトワー(教義回答)をはじめとする豊富なイスラーム学の一次資料読解を通して、東南アジアでイスラーム法学がどのような発展を遂げ、政治的に波及したのかを描いた画期的な研究」と。あとがきによれば「基本的には筆者の博士論文を中心に筆者が2006年から2015年にかけて発表してきた著書、論文をまとめたもの」とのことです。全6章の章題を列記すると以下の通り。「東南アジアにおけるイスラーム法解釈の発展とファトワー」「中東と東南アジアをつないだウラマーのネットワーク」「東南アジアにおける近代国家の成立とイスラーム法」「ムスリム社会におけつ公共圏の形成とファトワー」「マレーシアのウラマーとファトワー管理制度」「マレーシア・イスラーム党(PAS)と近代国家マレーシアの対峙」。巻末には参考文献と人名・地名索引、事項索引が配されています。

★デイヴィス『分解する』は訳者あとがきによれば、1986年に発表された短編集『Break It Down』の翻訳。「それ以前にも小冊子形式の著作はあったものの、実質的にはこれが彼女のデビュー作となる。〔・・・〕彼女のすべての短編集がそうであるように、この本にも、長さもスタイルも雰囲気もまちまちの短篇が多数おさめられている。〔・・・〕小説、伝記、詩、寓話、回想録、エッセイ・・・と縦横無尽にスタイルを変化させ〔・・・〕どれもが無類に面白い」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお、来月7月22日(金)午後7時より、代官山蔦屋書店1号館2Fイベントスペースにて刊行記念の催事「代官山 文学ナイト:岸本佐知子さんミニトーク&サイン会「佐知子の部屋」祝10回!『分解する』刊行記念」行なわれるとのことです。ミニトークのみの参加券が税込1,000円、『分解する』ご購入+ミニトーク+サイン会への参加券が税込2,052円とのことです。

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by urag | 2016-06-26 00:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 19日

注目新刊:創刊40周年、講談社学術文庫6月新刊、ほか

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人間不平等起源論 付「戦争法原理」』ジャン=ジャック・ルソー著、坂倉裕治訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体860円、240頁、ISBN978-4-06-292367-5
ひとはなぜ戦争をするのか』アルバート・アインシュタイン+ジグムント・フロイト著、浅見昇吾訳、養老孟司・斎藤環解説、講談社学術文庫、2016年6月、本体500円、120頁、ISBN978-4-06-292368-2
中央アジア・蒙古旅行記』カルピニ+ルブルク著、護雅夫訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体1,330円、456頁、ISBN978-4-06-292374-3
杜甫全詩訳注(一)』下定雅弘・松原朗編著、講談社学術文庫、2016年6月、本体2,300円、912頁、ISBN978-4-06-292333-0
今昔物語集 本朝世俗篇(上)全現代語訳』武石彰夫訳、講談社学術文庫、2016年6月、本体1,630円、592頁、ISBN978-4-06-292372-9

★講談社学術文庫の今月(2016年6月)新刊では、すべて帯に「古典へ! 講談社学術文庫 創刊40周年」のアイキャッチが印刷されています。その謳い文句に相応しく今月新刊は古今東西の古典が目白押しです。

★ルソー『人間不平等起源論』は文庫オリジナル新訳。中山元さんによる光文社古典新訳文庫(2008年)以来の新訳です。同書の既訳で入手しやすい版には、上記の光文社古典新訳文庫版のほか、岩波文庫版(本田喜代治訳、1933年初版;本田喜代治・平岡昇訳、1957年改版;1972年改訳版)や、中公クラシックス版(小林善彦訳、2005年、井上幸治訳『社会契約論』を併載)などがあります。今回の新訳では表題作である「人間たちの間の不平等の起源と根拠に関する論文」(1755年出版)のほかに「戦争法原理」(1756年頃執筆)が収録されているのが特徴です。訳者解説によれば、前者はプレイヤード版『ルソー全集』第3巻(ガリマール、1964年)所収のテクストを底本としつつ、ルソー生誕300年記念のスラトキン版『ルソー全集』第5巻(2012年)を参照し、「専門家の目から見れば、ものたりないところが生じることは覚悟のうえで、できる限り、一般の読者の方々にも親しみやすい、平易な訳文にすることを心がけた」とのことです。後者「戦争法原理」は、「ベルナルディらによって復元されたテクスト(ヴラン、2008年)を底本として用いた。異文については日本語訳では不要と判断して、省略した。復元された『戦争法原理』の日本語訳としては、本書が初めてのものとなるかもしれない」と。

★『ひとはなぜ戦争をするのか』は『ヒトはなぜ戦争をするのか?――アインシュタインとフロイトの往復書簡』(花風社、2000年)の文庫化。奥付手前の特記によれば、「講談社学術文庫に収録するにあたり、一部を再構成しています」とのことです。親本に収録されていた養老孟司さんの解説「脳と戦争」は割愛され、新たに養老孟司さんによる解説1「ヒトと戦争」と、斎藤環による解説2「私たちの「文化」が戦争を抑止する」という2篇の書き下ろしが追加されています。短い端的な内容で活字の大きな本なので、学生さんの課題図書や読書感想文向きではないかと思います。

★なお、ちくま学芸文庫の今月新刊には、アインシュタインが「数学の進歩を扱った本としてこれまでに手に取った中で、間違いなく一番面白い」と絶賛したというトビアス・ダンツィク『数は科学の言葉』(水谷淳訳、ちくま学芸文庫、2016年6月、本体1,500円、480頁、ISBN978-4-480-09728-6)が文庫化されています。親本は日経BP社より2007年に刊行されたもの。文庫化にあたり改訳されています。版元紹介文に曰く「数感覚の芽生えから実数論・無限論の誕生まで、数万年にわたる人類と数の歴史を活写」と。また、カヴァー紹介文には「初版刊行から80年、今なお読み継がれる数学読み物の古典的名著」とあります。原著は、NUmber: The Language of Science (1930)で、ジョセフ・メイザーによる編者注・メモ・あとがき・参考文献とバリー・メイザーによるまえがきが添えられた2005年復刊版を底本としているようです。 既訳には同書第2版を底本とした『科学の言葉=数』(河野伊三郎訳、岩波書店、1945年)があります。

★『中央アジア・蒙古旅行記』は、同名の親本(桃源社、1965年;1979年新版)の文庫化。親本に収録されていた附録「ポーランド人ベネディクト修道士の口述」は割愛されています。また、訳者が故人のため、編集部が誤字誤植の訂正や表記の整理などの作業を行っておられます。帯文に曰く「13世紀東西交渉の一級史料。教皇・王に派遣された修道士たちはモンゴルをめざす」と。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。第一部が、プラノ=カルピニのジョン修道士の旅行記。 第二部が、スブルクのウィリアム修道士の旅行記です。

★『杜甫全詩訳注(一)』は全4巻予定の第1巻。帯文に曰く「全作品に訳注を添えたポケット版「杜甫全集」」と。カヴァー紹介文には「日本を代表する漢文学研究者陣による、最新の研究成果をふまえた平易な現代語訳に語釈を添える完全書き下ろし杜甫詩全訳注。本巻は、杜甫の青年期から安史の乱にかけての作品を収録する」とあります。一篇ずつ、原文、読み下し、題意、現代語訳、語釈という構成。巻末には用語説明、人物説明、杜甫関連地図、松原朗さんによる解説「杜甫とその時代」が収められています。

★『今昔物語集 本朝世俗篇(上)全現代語訳』は上下巻予定の上巻。凡例によれば、「本書は『今昔物語集』巻第二十二から巻第三十一の現代語訳である。上下巻とし、巻第二十二から巻第二十六を上巻、巻第二十七から巻三十一までを下巻に収めた。/本書の現代語訳文は『現代語訳対照 今昔物語集 本朝世俗部』(一)~(四)(旺文社刊、1984~1986年)の現代語訳を用いた」とのことです。カヴァー紹介文に曰く「全三十一巻〔うち三巻を欠き、現存は二十八巻〕、千話以上を集めた日本最大の説話集。本朝(日本)に対し、天竺(インド)・震旦(中国)という、当時知られた世界全域を仏教文化圏として視野に奥。〔・・・上巻には〕藤原氏の来歴、転換期に新しく立ち現われた武士の価値観と行動力、激動を生き抜く強さへの驚嘆と共感を語り伝える」。巻末には武石彰夫さんによる解説を収め、さらに参考付図・系図が付されています。なお、講談社学術文庫ではかつて国東文麿さんによる全訳注版『今昔物語集』全9巻(1979~1984年)が刊行されていましたが、現在は品切のようです。

★講談社学術文庫の今月新刊には上記5点のほか、あと2点あります。佐々木惣一『立憲非立憲』石川健治解説、そして、姜尚中+玄武岩『興亡の世界史 大日本・満州帝国の遺産』です。また、来月(2016年7月11日発売予定)の同文庫新刊には、『杜甫全詩訳注(二)』 、エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック『論理学 考える技術の初歩』山口裕之訳、 筒井紘一『利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』などが予告されています。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

民主主義は止まらない』SEALDs著、河出書房新社、2016年6月、本体900円、B6判並製 256頁、ISBN978-4-309-24763-2
変える』奥田愛基著、河出書房新社、2016年6月、本体1,300円、46判並製272頁、ISBN978-4-309-02471-4
人類進化の謎を解き明かす』ロビン・ダンバー著、鍛原多恵子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年6月、本体2,300円、46判上製344頁、ISBN978-4-7726-9551-0

★河出書房新社さんの新刊『民主主義は止まらない』『変える』は発売済。『民主主義は止まらない』は、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎共著、河出書房新社、2015年9月)、『SEALDs 民主主義ってこれだ!』(大月書店、2015年10月)に続くSEALDs本の3冊目。ほぼ同時に『日本×香港×台湾 若者はあきらめない』(太田出版、2016年6月)も発売されています。『民主主義は止まらない』は、SEALDsのメンバー(諏訪原建・本間信和・溝井萌子の三氏)と小熊英二さんの対談「社会は変えられる」、そしてSEALDsKANSAIのメンバー(大野至・塩田潤・寺田ともかの三氏)と内田樹さんの対談(マイナス3とマイナス5だったら、マイナス3を選ぶ)を収録し、後半1/3には三浦まりさん監修による「選挙を変える、市民が変える」と題し、SEALDsの皆さんの論説を収めています。巻頭の「はじめに」は奥田愛基さん、巻末の「この本の終わりに」は牛田悦正さんが執筆されています。初回限定で、「参院選2016ガイドブック」という20ページの小冊子が付されています。また、本書の刊行を記念して、7月6日(水)19時より東京堂書店6F東京堂ホールにて「小熊英二×SEALDs 奥田愛基・諏訪原健 トークイベント」が開催されるとのことです。参加費500円、要予約。詳しくはイベント名のリンク先をご覧ください。

★奥田愛基さんの『変える』は単独著としては初めてのもの。帯文に曰く「絶望から始めよう。「失われた20年」に生まれ、育ってしまった新世代の旗手による、怒りと祈り。いじめ、自殺未遂、震災、仲間たちとの出会い、そして――。SEALDs創設メンバー、23歳のリアル」。書き下ろしでこれまでの人生を振り返っておられるのですが、すべてを吐き出すというのは実際かなりしんどいことのはずです。「あとがきにかえて」には、「本なんて書くのは初めてだった〔・・・〕。正直、出版できないんじゃないかというぐらい、悩みながら書きました。〔・・・〕特に中学生当時の気持ちを、もう一度追体験しながら書くのはちょっとキツかったです」と。執拗に中傷され続け、命を狙われることすらあったにもかかわらず、顔出し・実名で行動し続けるのは相当の勇気が必要です。目立たずに隠れて暮らしていることも選択できたはずの彼の人生がどう変わっていったのか。その激動を活写した本書は、私たちが生きる時代を映す刃の輝きを有しています。

★ダンバー『人類進化の謎を解き明かす』は発売済。著者のロビン・ダンバー(Robin Dunber, 1947-)は、オックスフォード大学の進化心理学教授。既訳書には『科学がきらわれる理由』(松浦俊輔訳、青土社、1997年)、『ことばの起源――猿の毛づくろい、人のゴシップ』(松浦俊輔・服部清美訳、青土社、1998年;新装版、2016年7月発売予定)、『友達の数は何人?――ダンバー数とつながりの進化心理学』(藤井留美訳、インターシフト、2011年)があります。4冊目となる今回の新刊の原書は、Human Evolution (Pelican, 2014)。帯文はこうです。「私たちはいかにして「人間」になったのか、心や社会ネットワークはどのように進化したのか――謎を解く鍵は、「社会脳」と「時間収支(1日の時間のやりくり)」にある。「ダンバー数」で知られる著者が、人類進化のステージを初めて統合する!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「人類進化の社会的側面とその認知基盤」(26頁)を探究するアプローチとして本書では社会脳仮説と時間収支モデルが用いられています。最終章である第9章「第五移行期:新石器時代以降」における友情やペアボンディング(一夫一婦制)の分析は現代人にとっても興味深いもので、人間の行動原理への理解を深めることができるのではないかと思います。 

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★以下はいずれもまもなく発売となる新刊です。

吉本隆明全集1[1941‐1948]』吉本隆明著、晶文社、2016年6月、本体6,300円、A5判変型上製572頁、ISBN978-4-7949-7101-2
評伝 ウィリアム・モリス』蛭川久康著、平凡社、2016年6月、A5判上製548頁、ISBN978-4-582-83731-5
多摩川 1970-74』江成常夫著、平凡社、2016年6月、本体4,600円、B4判上製120頁、ISBN978-4-582-27824-8

★『吉本隆明全集1[1941‐1948]』は、全集第10回配本。版元情報によれば6月22日発売予定。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。帯文に曰く「著者の原型はすべてここにある。戦前の府立化学工業学校時代と米沢工業学校時代、および敗戦直後の詩と散文を収録する。『和楽路』創刊号の詩三篇「桜草」「後悔」「生きてゐる」と、長編詩「(海の風に)」の初期形「(海はかはらぬ色で)」を初収録」と。数々の詩篇や散文には、帯文が言う「原型」を確かに見る思いです。付属する「月報10」には、石川九楊さんによる「吉本さんの三冊の本」と、ハルノ宵子さんの「あの頃」が掲載されています。回想や追憶を越えた来たるべき何かのために全集が編まれ続けていることに驚異の念を覚えずにはいられません。

★平凡社さんの新刊2点『評伝 ウィリアム・モリス』『多摩川 1970-74』はまもなく発売。前者は帯文に曰く「ウィリアム・モリス、美と真実を希求した芸術家の全生涯。ケルムスコット・プレスに代表される近代デザインの父、優れた詩人にして社会主義者。生涯を通じて美と真実とその表現を真摯に求め、絶え間ない前進を続けた輝かしい「知の多面体」ウィリアム・モリスの生涯と作品とを叙述する、本邦初の全編書き下ろし評伝」と。「「楡の館」から「赤い家」(1834~58)」「「赤い家」から「ケルムスコット領主館」(1860~82)」「ケルムスコット領主館からケルムスコット・ハウス」の三部構成で、モリスの講演・演説の年代順一覧やゆかりの建築物の紹介、略年譜、ケルムスコット・プレス刊本一覧・解題なども付されています。基本書となる研究書の誕生です。

★『多摩川 1970-74』は文字通り、70年代の多摩川とそれを擁する地域の風景を白黒写真で記録した写真集。帯文はこうです。「大阪万博に浮かれ、札幌五輪に熱狂したころ、首都の川は死に瀕していた――。奥秩父に発した生命の水は、高度経済成長のもと、際限なき砂利採取と不法投棄に汚され、生活排水の泡に覆われて東京湾に注いだ。清流がよみがえった今こそ想起すべき負の記憶」。巻末のテクストで江成さんは次のように書いています。「すでに半世紀が過ぎた今、生活排水の泡が川面を埋め、魚のし甲斐が浮かぶ1970年代の首都の川を、あえて拙作品集に纏めたのは、未来は過去の罪の反省によって築かれる、と考えるからである」(115頁)。上流から下流へと写真は移り行き、清冽な源流から汚染した中流へ、そして生き物たちを死へと追いやりながら海へと流れ込む風景を写し取っています。すべての写真が陰惨というわけではありません。自然にせよ人間にせよ、美しさも醜さもそこにあります。

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by urag | 2016-06-19 23:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 13日

注目新刊:『21世紀の哲学をひらく』、ベルクソン新訳『笑い』

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★増田靖彦さん(訳書:ハーマッハー『他自律』)
★柿並良佑さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
★清水知子さん(著書:『文化と暴力』、共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』、ウォルターズ『統治性』)
ミネルヴァ書房さんから刊行されたアンソロジー集で増田さんが編著者を、柿並さんと清水さんが共著者を務めておられます。

21世紀の哲学をひらく――現代思想の最前線への招待
齋藤元紀・増田靖彦編著
ミネルヴァ書房 2016年5月 本体3,500円 A5判並製296頁 ISBN978-4-623-07582-9

帯文より:人間の思考はどこまで進んでいるか。ナンシー、ガタリ、ハーバーマス、カヴェル、バトラー…不透明さを増す哲学の論点を探る、待望の思想地図。

第Ⅰ部「現代のフランス・イタリア哲学」で、柿並良佑さんが第1章「哲学と〈政治〉の問い――ラクー=ラバルトとナンシー」(1 〈政治〉をめぐって/2 新たな哲学の位置を求めて/3 〈哲学の終焉〉の後で)を寄稿され、編者の増田靖彦さんは第2章「主観性の生産/別の仕方で思考する試み――フェリックス・ガタリを中心にして」(1 プルーストを読む/2 ガタリの思想/3 備考――ネグリとの邂逅)を執筆されています。また、第Ⅲ部「現代のイギリス・アメリカ哲学」では清水知子さんが、第11章「性/生の可能性を問う政治哲学――ジュディス・バトラーの思想」(1 欲望のエコノミー/2 異性愛のマトリクスとメランコリー/3 暴力・哀悼・可傷性/4 身体の存在論と倫理)を寄稿されています。

このほか、第Ⅰ部では川瀬雅也さんによる第3章「生の現象学――ミシェル・アンリ、そして木村敏」、信友建志さんによる第4章「「寄生者」の思想――ジャック・ラカン」、鯖江秀樹さんによる第5章「イタリアの現代哲学――ネグリ、カッチャーリ、アガンベン、エスポジト、ヴァッティモ、エーコ」が収められ、第Ⅱ部「現代のドイツ哲学」では加藤哲理さんによる第6章「「実践哲学の復権」の再考――ハーバーマス、ルーマン、ガーダマー」、編者の齋藤元紀さんによる第7章「アレゴリーとメタファー――ベンヤミンとブルーメンベルク」、入谷秀一さんによる第8章「批判理論――アドルノ、ホネット、そしてフランクフルト学派の新世代たち」を収録、第Ⅲ部では荒畑靖宏さんによる第9章「日常性への回帰と懐疑論の回帰――スタンリー・カヴェル」、三松幸雄さんによる第10章「「芸術」以後――音楽の零度より ジョン・ケージ」、河田健太郎さんによる第12章「ナンセンスとしての倫理――コーラ・ダイアモンドの『論考』解釈」、齋藤暢人さんによる第13章「分析哲学――現代の言語哲学として」が収録されています。

また、増田靖彦さんは今月発売となった光文社古典新訳文庫で、ベルクソンの名著の新訳を手掛けられています。

笑い
ベルクソン著 増田靖彦訳
光文社古典新訳文庫 2016年6月 本体980円 328頁 ISBN978-4-334-75333-7

帯文より:「おかしさ」はどこから生まれてくるのか?「笑い」のツボを哲学する。

目次:
笑い
 序
 旧序
 第一章 おかしさ一般について
 第二章 情況のおかしさと言葉のおかしさ
 第三章 性格のおかしさ
 第二十三版の付録
解説
年譜
訳者あとがき

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一方、私自身のお話しで恐縮ですが、先週土曜日は、明星大学日野キャンパスにお邪魔し、人文学部H28年度(2016年)「自己と社会 II」「文化を職業にする」第2回において発表させていただきました。今年で5回目の参加になりますが、今回はテーマを「出版界の現在と独立系出版社」とし、ここ数年間で出版業界に起きた変化や新しい波、また私の信条と体験をお話ししました。ご清聴いただきありがとうございました。担当教官の小林一岳先生に深謝申し上げます。受講された皆さんとどこかで再会できることを楽しみにしています。

2012年6月16日「文化を職業にする」
2013年6月15日「独立系出版社の仕事」
2014年6月07日「変貌する出版界と独立系出版社の仕事」
2015年6月13日「独立系出版社の挑戦」
2016年6月11日「出版界の現在と独立系出版社」

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by urag | 2016-06-13 11:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 12日

注目新刊:福嶋聡『書店と民主主義』人文書院、ほか

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書店と民主主義――言論のアリーナのために
福嶋聡著
人文書院 2016年6月 本体1,600円 4-6判並製188頁 ISBN978-4-409-24109-7

帯文より:「紙の本」の危機は「民主主義」の危機だ。氾濫するヘイト本、ブックフェア中止問題など、いま本を作り、売る者には覚悟が問われている。書店界の名物店長による現場からのレポート、緊急出版。政治的「中立」を装うのは、単なる傍観である。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「序」に曰く「本書は人文書院の公式サイトに毎月ぼくが連載しているコラム「本屋とコンピュータ」を中心に、2014年後半から2016年初頭にかけて、『現代思想』『ユリイカ』、朝日新聞社の月刊誌『Journalism』、ネットマガジン「WEBRONZA」、出版業界紙『新文化』などに寄稿した文章を収録、再構成したものである」とのこと。意見や信条というものを誰しもそれなりに持ってはいても、それをはっきりと口に出したり書いたりしうるかどうかは、特に接客業や小売業の現場ではなかなか困難なことではないでしょうか。そうした困難さと向き合いつつけっして状況から逃げずに実名で発言し続けてきた人間は、この出版業界にそう多くはいません。福嶋さんはそうした少数派の一人です。「朝日新聞」2015年12月2日付記事「報道・出版への「偏ってる」批判の背景は 識者に聞いた」で紹介された福嶋さんの明快なコメント「書店は「意見交戦の場」」(聞き手・市川美亜子)に感銘を覚えた業界人は少なくなかったろうと思います。

★「2014年末からジュンク堂書店難波店で開催していた「店長本気の一押し『NOヘイト!』」に対するクレームを、ぼく自身何件も受けたし、昨秋には、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店での「民主主義」を称揚するブックフェアに絡んだツイッターが「炎上」し、フェアの一時撤去を余儀なくされた。/波状攻撃的に押し寄せる様々な事件についてコメントを求められ、読み、考え、書く中、ぼくは、時代の大きなうねりと書店現場の日常の出来事は、強く相関していると感じた。出版が、時代状況に拠って立ちながら逆にその状況そのものにコミットしていく営為であるのだから、それは当然のことかもしれない」(18頁)。出版社や書店が時代と共にあることは必然とはいえ、特定の一方向からの風を真正面から受けることはしんどい作業です。福嶋さんはそうした風をも追い風に変えようとされています。本書第Ⅱ部末尾には「ブックフェア中止問題を考える」と題した考察が二篇掲載されており、その第1篇「クレームはチャンス」で、福嶋さんは次のように述べています。

★「クレームは、対話の、説明の絶好の機会なのである。〔・・・〕仮に同意を得られなくとも、たとえ議論にもならなくとも、異論を聞くだけで、時に表現の修正も含めて、自らの主張を鍛えることができる」(162頁)。「現代社会をめぐる様々な問題について中立の立場を堅守することは容易ではない。また、それが立派なことでもない。/中立であるためには問題そのものから距離をとらなければならない。当事者でありながら、中立に固執することは、むしろ「不誠実」というべきであろう。そして、民主主義国家の国民はすべて、その国の政治の当事者なのである」(163頁)。「かくして、書店店頭は、本と本、本と人、人と人との「交戦」の現場である」(同)。これは戦いのための戦い、論争のための論争を志向する好戦家や天邪鬼の認識ではなく、分かり合うことを諦めた絶望者の認識でもなく、民主主義を標榜し、そのありのままの手触りを手放すまいとするリアリストの認識です。

★リアリストが考える現実とは、数字だのマーケティングだのがすべてであるような乾いたものではありません。「出版に「マーケティング」があるとすれば、その意味は「市場調査」だけではない。それ以上に「市場開拓」である。出版にとって本来の「マーケティング」とは、議論の場を創成、醸成していくことなのだ」(154頁)。「コンピュータの導入によって自他のPOSデータ=販売記録が速やかに、正確に見られるようになり、便利になった分だけ、書店員はデータに縛られ操られるようになった。こぞって売れ行きの良いものを追いかけるようになり、書店の風景は、どこも変わらないものになってしまった。書店員は、「数字を見て考えている」と言うかもしれないが、売れ数のインプットに応じて注文数をアウトプットするのは、きわめて機械的な作業であり、「考えている」のではない。そのような作業が積み重なって出来ている書店は、今ある社会とその欲望、格差の増幅器になるだけで、決して社会の変換器にはなれない。新しい書物に期待されているのは、社会の閉塞状況を突破するオルタナティブである。過去のデータを追っているだけでは、そうした書物を発見することはできない」(16頁)。

★「縮小する市場とともに低下し続ける数値を元に、それに合わせた仕事をしている限り、出版業界のシュリンク傾向に歯止めをかけることは出来ないだろう。必要なのは信念であり、矜持であり、そして勇気なのである」(183頁)。これをただの精神論だと片づける人がいるとしたら気の毒です。行動する勇気、挑戦する矜持、出会いを恐れない信念が、業界人一人ひとりに問われているのだと思います。

★発売されたばかりの人文書院さんの今月新刊にはもう一冊あります。

1941 決意なき開戦――現代日本の起源
堀田江理著
人文書院 2016年6月 本体3,500円 4-6判上製424頁 ISBN978-4-409-52063-5

帯文より:なぜ挑んだのか、「勝ち目なき戦争」に? 指導者たちが「避戦」と「開戦」の間を揺れながら太平洋戦争の開戦決定に至った過程を克明に辿る、緊迫の歴史ドキュメント。NYタイムズ紙ほか絶賛。

★本書は、Japan 1941: Countdown to Infamy (Knopf, 2013)の著者自身による日本語版です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。堀田江理さんはかのイアン・ブルマさんのパートナーで、ブルマさんがアヴィシャイ・マルガリートさんとともに2004年に上梓した『Occidentalism: the West in the eyes of its enemies』を日本語にお訳しになったのはほかならぬ堀田さんです(『反西洋思想』堀田江理訳、新潮新書、2006年、品切)。『1941 決意なき開戦』は堀田さんの、日本語による初の単独著です。

★あとがきでの説明を借りると「本書は、1941年4月から12月までの日本の政策決定プロセスを追いながら、これらの根本的な疑問に迫る試みとして書かれた。つまり日本側から見た日米開戦の起源が主題」(397頁)。さらに著者はこうも述べています。「歴史に明るい人でさえも、ルーズベルトやチャーチルが、日本に攻撃を仕向けたというような共謀説や、ごく狭い戦術的視点からの論議に固執しがちで、ましてや真珠湾に至る日本の内政問題についてなどは、そのわかりにくさも手伝ってか、あまり語られることはない」(398頁)。

★「アメリカの読者に向けて、「日本側から見た真珠湾」という切り口で書かれたのが本書なのである。しかし、翻訳の機会を得た今回、日本語での出版にどのような意義があるのかも考えさせられた。その中で感じたのは、実際には開戦の経緯を把握し、一定の歴史理解に目指した意見を持っている日本人は、少数派なのではないかということだった。たとえば開戦までの四年間のうち、二年半以上にわたって、日本の首相を務めた近衛文麿のことを、その謎めいた人物像を含め、どれだけの人が知っているのだろうか。同じく、よく悪玉の筆頭にあげられる東条英機が、実は開戦直前に戦争を回避しようとしたことを、どれだけの人が把握しているだろうか」(399頁)。

★「軍部が政策決定権を乗っ取ったから、またはアメリカの対日経済制裁や禁輸政策が日本をギリギリまで追い込んだから、というような一元的で受け身の理由は、それがいくら事実を含んでいたとしても、歴史プロセスとしての開戦決意を説明するのにはまったく不十分だ。スナップ・ショット的な断片を提示することは、全体像を把握することとは異なるのだ。確かに日本は、独裁主義国家ではなかった。戦争への決断は、圧倒的決定権を持つ独裁者の下で発生したのではなく、いくつもの連絡会議や御前会議を経て下された、軍部と民間の指導者たちの間で行われた共同作業だったということを忘れてはならない。同時にそれは、指導層内に全権が存在せず、重大な政策決定責任があやふやになる傾向があった事実を明らかにしている」(399-400頁)。

★「全16章を通して訴えたかったのは、日本の始めた戦争は、ほぼ勝ち目のない戦争であり、そのことを指導者たちも概ね正しく認識していたこと、また開戦決意は、熟攻された軍部の侵略的構想に沿って描かれた直線道路ではなかったことだった。その曲がりくねった道のりで、そうとは意識せず、日本はいくつかの対米外交緊張緩和の機会をみすみす逃し、自らの外交的選択肢を狭めていった。そして、最終的な対米開戦の決意は、「万が一の勝利」の妄想によって正当化された、いわば博打打ち的政策として、この本は解釈している」(400頁)。「本書が、今日に生きる日本の読者ならではの歴史的考察を深めてもらうきっかけになれば、喜ばしいことである」(401頁)。

★なお、本書の原書について著者がインタヴューに応えた「Book TV」での動画(英語)をYouTubeで閲覧することができます。

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★このほか、ここ最近では以下の新刊との出会いがありました。

陳独秀文集――初期思想・文化言語論集 1』陳独秀著、長堀祐造・小川利康・小野寺史郎・竹元規人編訳、東洋文庫、2016年6月、本体3,100円、B6変型判上製函入384頁、ISBN978-4-582-80872-8
ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性――世界システムの思想史』植村邦彦著、平凡社、2016年6月、本体2,500円、4-6判上製232頁、ISBN978-4-582-70352-8
ボルジア家』アレクサンドル・デュマ著、田房直子訳、作品社、2016年6月、本体2,400円、46判上製296頁、ISBN978-4-86182-579-8
親鸞』三田誠広著、作品社、2016年6月、本体2,600円、46判上製400頁、ISBN978-4-86182-585-9
脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座』山本貴光・吉川浩満著、太田出版、2016年6月、本体2,400円、菊判上製320頁、ISBN978-4-7783-1519-1
『(不)可視の監獄――サミュエル・ベケットの芸術と歴史』多木陽介著、水声社、2016年6月、本体4,000円、46判上製376頁、ISBN978-4-8010-0186-2

★平凡社さんの新刊2点『陳独秀文集 1』『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』はどちらもまもなく発売。『陳独秀文集 1』は東洋文庫の第872弾。全3巻予定で、帯文に曰く「新文化運動、五・四運動の先導者、中国共産党の創立者でありながら、不等にその存在意義を貶められてきた「生涯にわたる反対派」の主要論説を編訳。第1巻は中共建党以前」。陳独秀(1879-1942)の翻訳文集は本邦初。訳者はしがきでは、毛沢東や孫文などと比して日本の中国研究における扱いが不公正であったことが指摘され、「これは中国国民革命の総括をめぐって陳独秀が中国トロツキー派指導者に転じ、自らが創立した中国共産党から除名されたことに起因する」と分析しています。第1巻は陳独秀略伝を巻頭に置き、続いて陳独秀のテクストの翻訳が「『安徽俗話報』の創刊から五・四運動まで」「五・四運動から中共建党まで」の二部構成で収められ、付録として「陳独秀旧体詩選」を併載し、巻末には編訳者の小野寺さんと小川さんによる解説が配されています。第2巻は『政治論集1:1920~1929』、第3巻は『政治論集2:1930~1942』となるそうです。なお東洋文庫の次回配本は7月、趙曄『呉越春秋』とのことです。

★『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』は帯文に曰く「ローザ・ルクセンブルクと世界システム論者「四人組」――アンドレ・グンダー・フランク、サミール・アミン、イマニュエル・ウォーラーステイン、ジョヴァンニ・アリギ――とを思想的な影響関係でつなぐ鮮やかな系譜学。近代世界のジレンマ、もつれた糸をいかに解くか」と。主要目次を列記しておくと、序章「ハンナ・アーレントとローザ・ルクセンブルク」、第一章「ルクセンブルク――資本主義の不可能性」、第二章「レーニンからロストウへ――二つの発展段階論」、第三章「フランク――「低開発の発展」」、第四章「アミン――「不等価交換」」、第五章「ウォーラーステイン――「近代世界システム」」、第六章「アリギ――「世界ヘゲモニー」」、終章「資本主義の終わりの始まり」となっています。あとがきによれば「関西大学経済学部で私が担当する「社会思想史」の講義では、「世界システムの思想史」をテーマとして、ルソー対スミスの「未開/文明」論争から始まり、マルクスとルクセンブルクを経て世界システム論へといたる世界認識の歴史をたどる試みを続けてきた。この講義の前半部分は『「近代」を支える思想――市民社会・世界史・ナショナリズム』(ナカニシヤ出版、2001年)第二章の再論である。〔・・・〕『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性』は「世界システムの思想史」後半部分の講義ノートをもとにして書き下ろしたもの」とのことです。

★作品社さんの新刊2点『ボルジア家』『親鸞』はともに発売済。『ボルジア家』は訳者あとがきによれば「デュマが1839年から1840年にかけて発表した『有名な犯罪』(Crimes célèbres)のなかの一篇で、悪名高い「ボルジア家の攻防を描いた作品」である『Les Borgia』の全訳。既訳には、吉田良子訳『ボルジア家風雲録』(上下巻、イースト・プレス、2013年)があります。また、田房さんによるデュマの訳書は『メアリー・スチュアート』(作品社、2008年)に続く第二作となります。一方、三田さんの『親鸞』は『空海』(作品社、2005年)、『日蓮』(作品社、2007年)に続く、日本仏教の傑物の生涯を描いた書き下ろし長編歴史小説の第三弾です。三田さんは前二作と本書とのあいだにドストエフスキーの新釈本4点という大作に挑まれており、変わらぬ健筆に瞠目するばかりです。

★『脳がわかれば心がわかるか』は発売済。山本さんと吉川さんのデビュー作『心脳問題』(朝日出版社、2004年)の改題増補改訂版です。帯文に曰く「脳科学と哲学にまたがる、見晴らしのよい・親切で本質的な心脳問題マップ」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。朝日出版社版では四六判の縦組でしたが、今回の新しい版では一回り大きなサイズになり、横組に変更されています。このイメチェンは本書らしさをいっそう引き立てており、心地よいです。巻頭に置かれた増補改訂版へのまえがきによれば、「今回のリニューアルえは、旧版の内容を全体的に見直すとともに、近年の動向を踏まえた増補をも行いました。とりわけ好評だった巻末の作品ガイドは、この間に刊行された関連文献に基づいて大幅にヴァージョンアップしています」とのことです。増補改訂版では終章のあとに補章として「心脳問題のその後」が追加されています。

★『(不)可視の監獄』は発売済。多木陽介さんの単独著としては『アキッレ・カスティリオーニ――自由の探求としてのデザイン』(アクシス、2007年)に続くものです。帯文はこうです。「これまで深く考察されてこなかったベケットと監獄との親密な関係を探究しながら、グローバル化した世界の様々な危機的状況を映し出す〈鏡〉としてベケットの作品を論じる。現代を生きる我々の実存を閉じ込めてきた〈(不)可視の監獄〉を浮き彫りにする、イタリア在住の演出家による渾身のベケット論」。「ベケットと監獄――平穏な客席ではよく分からない芝居」「一人目のベケット――破壊的想像力」「二人目のベケット――技術空間の中の道化」「三人目のベケット――歴史の瓦礫に舞い降りた天使たち」という四部構成。序によれば「本書は、いわゆる一作家の作品研究ではない。むしろ、サミュエル・ベケットの芸術の力を借りて、我々が生きている時代の今一つ不透明な歴史のヴェールを一枚でも剥いで見ようという試みである。〔・・・ベケットは〕誰よりも歴史の深層に流れるエネルギーを繊細に聞き取ることの出来る稀代のシャーマンに思える」と。

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by urag | 2016-06-12 21:48 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 06月 05日

注目新刊:ストラパローラ『愉しき夜』平凡社、ほか

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愉しき夜――ヨーロッパ最古の昔話集
ストラパローラ著 長野徹訳
平凡社 2016年6月 本体3,200円 4-6判上製352頁 ISBN978-4-582-83730-8

帯文より:ペロー、グリム、バジーレへと続く、民話・お伽噺・童話集の源流にして、ルネサンス文学の古典、本邦初訳!

目次:
第一夜第二話 カッサンドリーノ
第一夜第三話 スカルパチーフィコ神父
第一夜第四話 テバルド
第二夜第一話 豚王子
第二夜第四話 悪魔の災難
第三夜第一話 あほうのピエトロ
第三夜第二話 リヴォレット
第三夜第三話 ビアンカベッラ
第三夜第四話 フォルトゥーニオ
第三夜第五話 正直者の牛飼い
第四夜第一話 コスタンツァ/コスタンツォ
第四夜第三話 美しい緑の鳥
第四夜第五話 死をさがしに旅に出た男
第五夜第一話 グエッリーノと野人
第五夜第二話 人形
第五夜第三話 三人のせむし
第七夜第一話 商人の妻
第七夜第五話 三人の兄弟
第八夜第一話 三人のものぐさ
第八夜第四話 魔法使いの弟子
第十夜第二話 ロバとライオン
第十夜第三話 竜退治
第十一夜第一話 猫
第十一夜第二話 死者の恩返し
第十二夜第三話 動物の言葉
第十三話第六話 よい日
解題
参考文献
訳者あとがき

★まもなく発売。解題によれば「本書は、ルネサンス期のイタリア人作家ジョヴァン・フランチェスコ・ストラパローラ(Giovan Francesco Straparola)が著した短篇物語集『愉しき夜』(La piacevoli notti)の中から、特に昔話風の物語26篇を訳したアンソロジー」とのこと。さらに「作者のストラパローラは、1480年頃に北イタリア・ロンバルディア地方の町ベルガモ近郊のカラヴァッジョに生まれ、1557年頃に没した。名はジョヴァンニ・フランチェスコ、ジャン・フランチェスコ、姓はストラッパローラ、ストレパローラ、ストレパロッレと記されることもある。Straparolaという名前は、straparlare(「とりとめもない話をする」「放言する」)と動詞に通じるので、ペンネームではないかと考える向きもある。その生涯や経歴についてはほとんどわかっていないが、1530年から1540年の間ヴェネツィアに滞在していたらしい」(313頁)。

★『愉しき夜』の出版史については次の通り説明されています。「第一巻が1550年に、第二巻が53年にヴェネツィアで出版された。第一巻は初版の翌年に新しい版が出るほど好評を博し、作者は急ぎ二巻目の執筆に取り掛かったようである。55年には合冊版も登場し、1558年から161年の間に実に23の版が出版されるという当時のベストセラーであったが、艶笑話や聖職者を笑いものにした話なども含まれているために焚書目録に載せられたこともある。1560年に第一巻がフランス語に訳され、1572年には完訳が出版。フランスでは、16、17世紀にわたって数多く版を重ねた。スペイン(1598年)やドイツ(1791年、抄訳)にも紹介され、1897年には最初の英語の完訳が出ている。イタリアでは、19世紀末から20世紀の初めにかけてジュゼッペ・ルーアが編纂した版が刊行され、再び光が当てられた」(314頁)。

★全体では73話(後の版では全74話)で、そのうちの1/3強が訳されたかたちです。なお、第二巻(第六夜~第十三夜)に23話は、「ナポリの作家ジローラモ・モルリーニのラテン語作品『物語集』(Novelae, 1920)からの翻訳もしくは翻案である。急遽二巻目を執筆しなくてはならなくなったものの、アイデアに行き詰った作者の窮余の作だったのであろう」(315頁)とのことです。「原書では、各話のあとに韻文形式の「謎々(エニグマ)」が添えられているが、この翻訳では、各話の導入部も含め、そうした枠に当たる部分は割愛し、語り手によって語られた物語のみを訳した。また、各話のタイトルは訳者が便宜的に付けたものである」(315-316頁)。今回抄訳された昔話風の物語のほかに、「世俗的な滑稽話や艶笑話、恋愛や愚弄をテーマとした物語などが挙げられ、先行する他の作家の短篇物語から借用したモチーフを独自に脚色した話もある。昔話風の物語は第一巻のほうに多く収録されており、モルリーニから取った物語は比較的短い小話風のものが多い」(315頁)と。

★訳者は本書にボッカッチョ『デカメロン』からの影響を認めています。『デカメロン』は『愉しき夜』の後代に生まれたバジーレのお伽話集『ペンタメローネ』にも影響を与えているとのことです。文庫(少年少女向けの形態ではないもの)で読める西欧の民話集の古典としては、『デカメロン』上下巻・講談社文芸文庫/全三巻品切・ちくま文庫/全五巻品切・岩波文庫、『ペンタメローネ』上下巻品切・ちくま文庫、『グリム童話集』全五巻・岩波文庫/全七巻・ちくま文庫/全三巻品切・講談社文芸文庫、『ペロー童話集』岩波文庫/『眠れる森の美女――完訳ペロー昔話集』品切・講談社文庫/眠れる森の美女――シャルル・ペロー童話集』新潮文庫/『長靴をはいたねこ――ペロー童話集』品切・旺文社文庫 、『アンデルセン童話集』全七巻・岩波文庫/全三巻・新潮文庫/上下巻・文春文庫、などがあります。


鏡のなかのボードレール
くぼたのぞみ著
共和国 2016年6月 本体2,000円 四六変型判上製212頁 ISBN978-4-907986-20-9

★まもなく発売。新シリーズ「境界の文学」第一弾です。カリブ出身の恋人ジャンヌにボードレールが捧げた「ジャンヌ・デュヴァル詩篇」の新訳を含むボードレール論で、ジャンヌを主人公にしたアンジェラ・カーターの短篇「ブラック・ヴィーナス」も新訳で併載されています(163-203頁)。あとがきによれば本書は「ボードレールからクッツェーまで、黒い女たちの影とともにたどった旅の記録のようでもある。大学時代の記憶、翻訳という仕事へ向かった契機、今日ここにいたるまでに何度も書き直された旅の記録」とのことです。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。

★また、こうも書かれています。「女性が初めて日本語に訳すボードレール詩篇ですね、本にしましょう――という下平尾さんの一声で」まとめられたとのことです。共和国さんのプレスリリースで下平尾さんは「本書を編集しながら、『悪の華』からクッツェーの『恥辱』へと、あるいは『海潮音』以来の日本のボードレール受容へと開かれてゆく著者の思索の軌跡を追体験できたのは、なんとも心のおどる時間でした」と掛かれています。また、本書に挟み込まれている「共和国急使」第7号では、下平尾さんによる新シリーズについての説明があります。「この「境界」は単に地理的な関係だけではなく、映画、音楽、歴史、政治などへとジャンルを越境するもの、とでも言えばよいでしょうか。「ミニ世界文学全集」的な下心も」ある、と。今後の展開が楽しみです。

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★また、最近では以下の文庫新刊に注目しています。

『造形思考』巻、パウル・クレー著、土方定一・菊盛英夫・坂崎乙郎訳、ちくま学芸文庫、2016年5月、本体1,600円/1500円、480頁/352頁、ISBN978-4-480-09601-2/978-4-480-09602-9
自己言及性について』ニクラス・ルーマン著、土方透・大澤善信訳、ちくま学芸文庫、2016年5月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09677-7

★『造形思考』の親本は1973年、新潮社刊の上下本。クレーによる「かたちの哲学」の書といっていい名著がまさか文庫化されるとは思わず、感動しました。クレーの著書が文庫になるのは今回が初めて。親本の古書はそれなりに高額ですし、文庫化にあたって多少値段が上がっても合本していただいた方が嬉しかったのですが、それはないものねだりというものでしょう。原著は1956年、バーゼルの名門ベンノ・シュワーベ(シュヴァーベとも)より刊行。帯文にある通り「バウハウス時代の論文や講義草稿を集成」したもの。ユルク・シュピラーによる「編者のことば」「まえがき」に続いてクレーの本文が始まりますが、まず最初にカオスについて語られます。「計り得るものではなく、永遠に測定されえぬもの〔・・・〕無と名づけることもできれば、なにかまどろんでいる存在とも名づけられる。死、あるいは生誕と呼ぶこともできよう。〔・・・〕この「非概念」である真のカオス」(上巻57頁)。文庫版解説「「中間領域」の思索と創作」を書かれた岡田温司さんは本書を「レオナルドの数々の手稿に匹敵するといっても、おそらく誇張にはならないだろう」(下巻339頁)と評価されています。新潮社のクレーの品切本にはこのほか、南原実訳『無限の造形』(上下巻、1981年)や、同訳『クレーの日記』(1972年)があり、 特に前者が高額なので、ぜひ次に文庫化されてほしいと切望しています。

★『自己言及性について』の親本は1996年、国文社刊。「文庫化に際しては、全面的に訳文を見直し、改訂を施した」と巻末に特記されています。前述のクレーもそうですが、ルーマンの著作が文庫で読めるのは今回が初めてのことです。帯文に曰く「社会システム理論の全貌を見通す画期的著作」と。訳者あとがきにはこうあります。本書は「ルーマンの膨大な著作群のなかでも、なにより「エッセイ」というかたちをとる希有な著作である。これがエッセイであるのは、本書がルーマンの他の著作とは異なり、所収論文が「自己言及性」をめぐる論考であるということによる。〔・・・〕本書においては、ルーマンの理論のひとつの核心である「自己言及性」に読者がアプローチしていくということを可能にしている。つまり本書は、ルーマンの理論展開を追いかけるのではなく、ルーマンが自己の理論展開で用いる装置(自己言及性)にさまざまな切り口から接近していくことを可能にするものといえる」。原書はEssays on Self-Reference (Columbia University Press, 1990)で、論文「社会学の基礎概念としての意味(Meaning as Sociology's Basic Concept)」のみ、原著者からの要請により割愛されています。同論文のドイツ語版からの翻訳が佐藤嘉一訳で『批判理論と社会システム理論――ハーバーマス=ルーマン論争』(上巻、木鐸社、1984年、29-124頁)に収められています。また、ルーマンの新刊としては『社会の宗教』(土方透・森川剛光・渡曾知子・畠中茉莉子訳、法政大学出版局、2016年6月)がまもなく発売予定です。


寛容論』ヴォルテール著、斉藤悦則訳、2016年5月、本体1,060円、346頁、ISBN978-4-334-75332-0
ポケットマスターピース07 フローベール』ギュスターヴ・フローベール著、堀江敏幸編、菅谷憲興・菅野昭正・笠間直穂子・山崎敦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2016年4月、本体1,300円、848頁、ISBN978-4-08-761040-6

★『寛容論』は『カンディード』(光文社古典新訳文庫、2015年)に続く斉藤さんによるヴォルテールの新訳第2弾です。凡例によれば底本は1763年に匿名で出版された、Traité sur la toléranceとその異版で、1765年に付加された章(最終章)については、1879年のガルニエ版ヴォルテール全集第25巻に拠った、とのことです。巻末には福島清紀さんによる解説「『寛容論』からの問いかけ――多様なるものの共存はいかにして可能か?」が収められています。帯文に「シャルリー・エブド事件後、フランスで大ベストセラーに」とあります。カヴァー紹介文はこうです。「カトリックとプロテスタントの対立がつづくなか、実子殺しの容疑で父親が逮捕・処刑された「カラス事件」。狂信と差別意識の絡んだこの冤罪事件にたいし、ヴォルテールは被告の名誉回復のために奔走する。理性への信頼から寛容であることの意義、美徳を説いた最も現代的な歴史的名著」。ヴォルテールは明言しています。「われわれと意見がちがうひとびとを迫害すること、また、それによってかれらの憎しみをまねくことには、はっきり言って、何のメリットもない。〔・・・〕不寛容は愚行である」(149-150頁)と。『寛容論』の入手しやすい既訳には中川信訳(中公文庫、2011年)があります。なお、今月下旬には、堀茂樹さんによる新訳『カンディード』が晶文社より発売予定とのことです。また、まもなく発売となる光文社古典新訳文庫の6月新刊ではベルクソン『笑い』(増田靖彦訳)が予告されています。

★『ポケットマスターピース07 フローベール』は、「十一月」笠間直穂子訳、「ボヴァリー夫人(抄)」菅野昭正訳、「サランボー(抄)」笠間直穂子訳、「ブヴァールとペキュシェ(抄)」菅谷憲興訳、「書簡集」山崎敦訳を収録。解説は堀江敏幸さんによる「揺るぎない愚かさ――「フローベール集」に寄せて」。作品解題、著作目録、主要文献案内、年譜は菅谷さんが担当されています。ポケットマスターピースは全13巻で、本書でちょうど半分を折り返したことになります。続巻では、ポー、ルイス・キャロル、セルバンテスなどが気になります。


小説の技法』ミラン・クンデラ著、西永良成訳、岩波文庫、2016年5月、本体780円、256頁、ISBN978-4-00-377002-3
禅堂生活』鈴木大拙著、横川顕正訳、岩波文庫、2016年5月、本体900円、320頁、ISBN978-4-00-333233-7

★『小説の技法』は、L'art du roman (Gallimard, 1986)の新訳。同書の既訳には金井裕・浅野敏夫訳『小説の精神』(法政大学出版局、1990年、品切)があります。カヴァー紹介文に曰く「セルバンテス、カフカ、プルーストなど、誰もが知っている名著名作の作者たちとその作品に言及しながら、さらには自らの創作の源泉を語りつつ、「小説とは何か」「小説はどうあるべきか」を論じるクンデラ独自の小説論。実存の発見・実存の探求としての小説の可能性を問う、知的刺激に満ちた文学入門でもある。2011年刊行の改訂版を底本とした新訳決定版」。私は本書をとある大書店で買ったのですが、1000坪以上のお店で1冊しか在庫が残っておらず、売行良好であることを目の当たりにしました。クンデラは14歳の時にカフカの長編作『城』を読んで心奪われ「眩惑された」(161頁)と告白しています。私自身が『城』を読んだのはもっと遅く高校生の時でしたが、その茫漠たる迷宮感には『審判』以上に当惑し目眩がしたのを思い出します。

★『禅堂生活』は、鈴木大拙の英文著書The Training of the Zen Buddhist Monkの日本語訳(大蔵出版、1948年)に、随想5篇「僧堂教育論」「鹿山庵居」「洪川禅師のことども」「楞伽窟老大師の一年忌に当りて」「釈宗演師を語る」を添えて文庫化したものです。解説は横田南嶺さん、解題は小川隆さんが寄せておられます。横田さんによれば、大拙没後50年にあたり、『禅堂生活』『大乗仏教概論』『浄土系思想論』の三点が岩波文庫に入ることになった、とのことです。『大乗仏教概論』(佐々木閑訳)は今月(2016年6月)17日発売予定で、500頁を超える本のためか、本体1260円と岩波文庫にしてはややお高め。先月、今月と続く同文庫の新刊、ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』もそうですが、1000円を超える岩波文庫は着実に増えてきています。他社の学術学芸系文庫並みに高くになってきた気がするのは少し残念な気もしますが、もともと安かったわけで、仕方ないのだろうなとは思います。

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★おまけ。昨年来日本でも話題を呼んでいる、ベン・マンド著『はらぺこクトゥルフむし』(Signal Fire Studios、2015年2月、ISBN 9780989410717)が再注目されているようです。いずれ日本語訳が出るとよいですね。


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by urag | 2016-06-05 16:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)