カテゴリ:本のコンシェルジュ( 848 )


2016年 09月 18日

注目新刊:松本哉『世界マヌケ反乱の手引書』、など

a0018105_5192958.jpg

世界マヌケ反乱の手引書――ふざけた場所の作り方
松本哉著
筑摩書房 2016年9月 本体1,300円 四六判並製224頁 ISBN978-4-480-81533-0

帯文より:働きまくって金を使い果たす消費社会にはもう飽きた! マヌケな奴らが集まり、楽勝で生きのびるスペースを作り、結託して、世の中をひっくり返せ!

推薦文:「こいつらのデタラメは信頼できる!」(いとうせいこう)。
推薦文:「万国に散在するバカ共よ、地球大使館を作れ!」(中川敬)。

★発売済。『貧乏人の逆襲!――タダで生きる方法』(筑摩書房、2008年6月;ちくま文庫、2011年12月)、『貧乏人大反乱――生きにくい世の中と楽しく闘う方法』(アスペクト、2008年11月)に続く、松本哉(まつもと・はじめ:1974-)さんによる待望の単独著第三弾。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第3章「世界にはびこるバカセンター研究」と、第4章「謎の場所を渡り歩き、世界の大バカが繋がり始める!!」の一部はPR誌「ちくま」2015年7月~2016年6月に掲載されたものとのことですが、そのほかは全篇書き下ろし。巻末には「世界のとんでもないスペース一覧表」があります。

★本書をどの売場に置くかは書店さんの智慧の見せ所かと思います。分類コードは0095で、一般向けの単行本、「日本文学、評論、随筆、その他」なので、ごく普通にはノンフィクションあたりかと思われますが、コアな読者層を考えるなら社会か人文、興味本位で間違って買われるべく挑戦するなら実用書に紛れ込ませると良いかと(「手引書」ですから)。もっと確信犯的には学参やコミック、ラノベのそばに置いて、学生さんたちの将来設計に役立ててもらう、というのもあるかもしれません。

★特に本書の第2章「超簡単!大してもうからない店を開業してみよう」では、リサイクルショップ(素人の乱5号店)、イベントスペース(素人の乱12号店)、飲食店(なんとかBAR)、ゲストハウス(マヌケ宿泊所)などの開業の経緯や過程が描かれていますので、実用書やビジネス書としても読めます。松本さんの言う「マヌケ」とはただの阿呆ではなくて、金儲けを追求したギラギラした価値観から解放されている自由な状態を指していることが読んでいるうちにわかってきます。オルタナティブでしなやかなカウンターカルチャー、などと表現するといかにも恰好つけた感じになりますから、松本さんなりの反抗心と愛情といささかの自虐を込めて「マヌケ」というユルい表現を選んでおられるのだと思います。実際、松本さんは高円寺北中通り商栄会の副会長もおつとめですから、この「マヌケ」ぶりにはマジメさもちゃんと隠れています。地域振興や町おこしの本をまとめる売場がある本屋さんには特に本書をおすすめします。

★マジメなところもある、と書きましたが、それでも本書を第1章「予想外のことが始まる!――マヌケな場所作りの予行演習」から読み始めると、山手線の社内での酒宴話がいきなり出てくるので、社会常識を持っていると自認している読者はまずこの「予行演習」の章をすっとばして第2章の開業話を読み、続く章で色々な類似例やちょっとしたアクションに触れて感覚を慣らした上で第1章に戻る、ということでもいいと思います。第1章は思考回路や行動範囲を柔軟に広げるための「予行演習」なので、冗談(本気との境界が自己責任であるような)が分からない人には向いていません。

★松本さんは本書で、「金持ち中心社会の奴隷のようなライフスタイルに三行半を突きつけるような「バカセンター」」(204頁)の実践例を紹介し、「各所のバカセンターが勝手なことをやりつつも緩く繋がって人も行き来できるような」(同頁)方途を紹介しています。その中心にあるのは、SNSとは違うリアルな出会い方、つながり方の薦めです。「むしろ超ローカルな動かない奴らの方が面白い奴が多いと言っても過言じゃない。動きまくってる人なんて実はまだまだ少数なのだ」(143頁)と松本さんは書きます。つながりすぎでも引きこもりでもない生き方へと自分自身を開くこと。「開き直った瞬間にマヌケな社会はやってくる」(205頁)と書く松本さんに内心「ホントかよ」と突っ込みつつも楽しく読める本です。

★本書の刊行を記念した対談イベントが以下の通り近日行われます。本の代金よりたけえじゃねえか、と思われる方もおられるかもしれませんが、マヌケ界の巨匠であるお二人が揃う機会なので、自分の方がマヌケだ、と思う方はぜひ。

◎松本哉×栗原康「マヌケ反乱のススメ
日時:2016年9月21日(水)20:00~22:00 
会場:B&B(下北沢)
料金:1500円+ワンドリンクオーダー

★続いて、新しい出版社さんの最初の新刊をご紹介します。

生きるために大切なこと
アルフレッド・アドラー著 桜田直美訳
方丈社 2016年9月 本体1,400円 四六判並製256頁 ISBN978-4-908925-00-9

帯文より:原典で読む、アドラー! 人は誰でも劣等感を持っている。そして、そこから向上心が生まれるのだ。アドラー自身による、アドラー心理学入門。

★発売済。The Science of Living (George Allen & Unwin, 1929)の新訳です(ちなみに訳書奥付では1928年発行となっていますが、原書の著作権マークでは米国版1929年、英国版1930年と記載)。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。巻末の解説「アドラーとその仕事について」は作家のフィリップ・メレによるもので、原書では巻頭に置かれています。同書の既訳には、『子どものおいたちと心のなりたち』(岡田幸夫・郭麗月訳、ミネルヴァ書房、1982年)や、『個人心理学講義――生きることの科学』(岸見一郎訳、一光社、1996年;アルテ、2012年)があります。前者は絶版。後者はベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、2013年)の著者としてお馴染みの心理学者、岸見一郎さんによる翻訳で、アルテの「アドラー・セレクション」の一冊。一光社版では「Adlerian books」の一冊で、野田俊作監訳と記載されていました。

★アドラーが家族とともに米国に移住したのは1935年ですが、初の米国講演旅行は1926年で、以後米国での活動が増えていますから、そうしたさなかでの英語版の著書刊行ということになるかと思います。ヴィリ・ケーラーの翻訳によるドイツ語版『Lebenskenntnis』がFischerから出版されるのは1978年になってからです。アドラーの主著とも言うべき本書の、3度目の邦訳が成ったのは、日本における近年の著しいアドラー再評価が背景にあるにせよ、非常に印象深い出来事です。

★方丈社さんは今年年頭(2016年1月)に創業されたご様子で(国税庁法人番号公表サイトを参照)、アドラー本のISBNの書名記号が00ですから、登録上はアドラー本が最初の発行物となるのかと思われます。版元サイトでは、同時発売として安福謙二『なぜ、無実の医師が逮捕されたのか――医療事故裁判の歴史を変えた大野病院裁判』(ISBNの書名記号は01)が紹介されています。さらにオンライン書店で公開されている近刊情報では、10月下旬発売で次の2点が挙げられています。横森理香『人生を踊るように生きていこう――更年期を快適に過ごすライフスタイル読本』(ISBNの書名記号は02)と、門倉貴史『お父さんのための裏ハローワーク』(ISBNの書名記号は04)です。03はどこだ、という話ですが、すでに番号は当ててあるものの、現状ではさらにそれらの後の刊行になるということなのでしょう。

★「小さくて、深くて、豊かで、明るくて。そんな出版社を、つくりました。」と版元さんのウェブサイトに自己紹介が掲出されています。困難すぎるこの時代に新しい出版社が神保町に誕生し、精力的に活動を始められたことに敬意を表する次第です。

+++

★このほか、ここ最近では以下の注目新刊がありました。

海東高僧伝』覚訓著、小峯和明・金英順編訳、東洋文庫、2016年9月、本体3,100円、B6変判上製函入394頁、ISBN978-4-582-80875-9
哲学史講義Ⅰ』G・W・F・ヘーゲル著、長谷川宏訳、河出文庫、2016年9月、本体1,500円、文庫判480頁、ISBN978-4-309-46601-9
人間の由来(上)』チャールズ・ダーウィン著、長谷川眞理子訳、講談社学術文庫、2016年9月、本体1,500円、A6判536頁、ISBN978-4-06-292370-5
杜甫全詩訳注(三)』下定雅弘・松原朗編、講談社学術文庫、2016年9月、本体1,900円、A6判672頁、ISBN978-4-06-292335-4
今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』武石彰夫著、講談社学術文庫、2016年8月、本体1,950円、A6判760頁、ISBN978-4-06-292373-6
人間と実存』九鬼周造著、岩波文庫、2016年8月、本体1,070円、文庫判並製400頁、ISBN978-4-00-331465-4

★覚訓『海東高僧伝』は東洋文庫第875巻。帯文に曰く「海東とは朝鮮半島の意。13世紀高麗時代に編纂され19世紀末に発見された名僧たちの伝記集成を詳しい訳注で読む。東アジアの広がりのなかで、朝鮮への仏法伝来と流布の道のりをたどる。同書は大正新修大蔵経や国訳一切経、大日本仏教全書などに収録されていましたが、現代語訳というのは初めてではないでしょうか。訳者の小峯さんによるあとがきによれば、本書は『新羅殊異伝――散逸した朝鮮説話集』(東洋文庫809、2011年)に続く「朝鮮漢文を読む会」による第二の成果だそうです。「高僧伝は中国や日本ではジャンル化しているが、韓国では『海東高僧伝』が現存する唯一といえる述作であり、その史的意義はきわめて高い」とのことです。東洋文庫次回配本は2016年10月、『陳独秀文集2』と予告されています。

★ヘーゲル『哲学史講義Ⅰ』は92~93年刊行の全3巻本を改訳の上、全4巻で文庫化するものの第一回配本。主要目次を列記すると、単行本版訳者まえがき、文庫版訳者まえがき、はじめに、序論、ときて、第一部「ギリシャの哲学」第一篇「タレスからアリストテレスまで」第一章「タレスからアナクサゴラスまで」の最後まで収録。同じく第二章「ソフィストからソクラテスまで」から第三章「プラトンとアリストテレス」までを収録する第Ⅱ巻は10月6日発売予定。高名な長谷川宏訳ヘーゲルの嚆矢となった『哲学史講義』(底本はグロックナー版ヘーゲル全集17~19巻)の決定訳が廉価版で購読できるのはうれしいことです。

★講談社学術文庫では先月分より1点と今月分より2点を選択。先月刊の『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』は全2巻完結。巻第二十七「本朝 付霊鬼」、巻第二十八「本朝 付世俗」、巻第二十九「本朝 付悪行」、巻第三十「本朝 付雑事」、巻第三十一「本朝 付雑事」を収録。帯文に曰く「ほとばしる「生」への讃歌!「今は昔」知恵と胆力で現実を生きる貴賤聖俗老若男女の物語。900年語り継がれる日本最大の説話集」と。

★今月刊のダーウィン『人間の由来(上)』の親本は、『ダーウィン著作集』第1巻・第2巻「人間の進化と性淘汰」1・2(文一総合出版、1999~2000年)。文庫版第1巻では第I部「人間の由来または起源」第一章~第七章、第Ⅱ部「性淘汰」第八章~第一一章を収録。原書は1871年刊行のThe Descent of Man, and Selection in Relation to Sexです。帯文に曰く「『種の起源』の先に踏み出した進化論の金字塔」と。もう1冊、『杜甫全詩訳注(三)』は全4巻の第3弾で、774番から1027番までの作品を収録。カヴァー紹介文によれば「蜀中の後期から三峡の入口・夔州で病身を養う時期にかけて詠んだ」名品の数々を収録、とのことです。

★九鬼周造『人間と実存』は編集部の凡例によれば、1939年に岩波書店で刊行された親本を文庫化したもので、底本は岩波書店版『九鬼周造全集』第三巻(2011年、第3刷)とのことです。旧字旧仮名は新字新仮名に改められていますが、原文が文語文である場合には旧仮名遣いのままとした、とのことです。収録テクストは巻頭の短い「序」のほか、「人間学とは何か」「実存哲学」「人生観」「哲学私見」「偶然の諸相」「驚きの情と偶然性」「形而上学的時間」「ハイデッガーの哲学」「日本的性格」の9篇。巻末の注解と解説は藤田正勝さんによるものです。「人間とか実存とかということは、それに関連する諸問題と合わせて、哲学の最も重要な問題であると私は考えている」と九鬼は序に記しています。九鬼は1888年生まれ(1941年没)で同年生まれの実存哲学者にはジャン・ヴァールがいます。九鬼は2月、ヴァールは5月生まれ。翌1889年には、4月にチャップリンとヒトラーが、9月にハイデガーが生まれます。
[PR]

by urag | 2016-09-18 05:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 10日

注目新刊:ベルクソン、ユング、ホッブズなど

a0018105_181031.jpg

笑い』アンリ・ベルクソン著、合田正人・平賀裕貴訳、ちくま学芸文庫、2016年9月、本体950円、文庫判240頁、ISBN978-4-480-09747-7
イメージが位置をとるとき――歴史の眼1』ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著、宮下志朗・伊藤博明訳、ありな書房、2016年9月、本体6,000円、A5判上製304頁、ISBN978-4-7566-1647-0
『法の原理――自然法と政治的な法の原理』トマス・ホッブズ著、高野清弘訳、行路社、2016年8月、本体3,600円、A5判上製349頁、ISBN978-4-87534-384-4
ユング 夢分析論』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2016年8月、本体3,400円、四六判上製296頁、ISBN978-4-622-08517-1
物質と意識――脳科学・人工知能と心の哲学(原書第3版)』ポール・チャーチランド著、信原幸弘・西堤優訳、森北出版、2016年8月、本体2,800円、四六判上製336頁、ISBN978-4-627-81753-1

★ベルクソン『笑い』は発売済。ちくま学芸文庫でのベルクソンの翻訳はこれで5点目。『笑い』は6月に光文社古典新訳文庫から増田靖彦さんによる新訳が出たばかりですし、さらに遡れば、1月に平凡社ライブラリーで原章二訳が出ています(『笑い/不気味なもの: 付:ジリボン「不気味な笑い」』)。ついこのあいだまでは文庫では岩波文庫の林達夫訳(1938年;改版1976年)しかなかったのですから、今年3点もの新訳が出ている状況というのは驚異的です。

★今月のちくま学芸文庫では、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』(林昌宏訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)や、『エジプト神話集成』(杉勇・屋形禎亮訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)なども発売されています。アタリの本は文庫オリジナルで、Peut-on prévoir l'avenir ? (Fayard, 2015)の翻訳です。訳者の林さんは本書を「これまでの彼の仕事を集大成したもの」と評価されています。『エジプト神話集成』は「筑摩世界文学大系(1)古代オリエント衆」(1978年)からエジプトの章を文庫化したもの。


★なお、来月のちくま学芸文庫は、ダニエル・C・デネット『心はどこにあるのか』土屋俊訳、ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』大浦康介訳、ダンカン・ワッツ『スモールワールド・ネットワーク――世界をつなぐ「6次」の科学〔増補改訂版〕』辻竜平・友知政樹訳、竹内信夫『空海入門――弘仁のモダニスト』が10月6日発売予定とのことです。デネットは数多くの訳書がありますが、文庫化は初めてですね。

★ディディ=ユベルマン『イメージが位置をとるとき』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ブレヒトの『作業日誌』や『戦争案内』の分析を通じたイメージ/モンタージュ論です。著者の連作「歴史の眼〔L'Œil de l'histoire〕」の第1巻で、第3巻『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』は昨年11月に 伊藤博明さんの訳で同じくありな書房から刊行されています。「歴史の眼」は原書ではすべてミニュイ〔Minuit〕から今までに第6巻まで出版されています。今回の新刊の訳者あとがきによれば、訳書の続刊は第2巻『受苦の時間の再構築』となるようです。

2009 【1】 Quand les images prennent position〔『イメージが位置をとるとき』2016年〕
2010 【2】 Remontages du temps subi〔『受苦の時間の再構築』〕
2011 【3】 Atlas ou le gai savoir inquiet〔『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』2015年〕
2012 【4】 Peuples exposés, peuples figurants〔『さらされる民衆、端役としての民衆』〕
2015 【5】 Passés cités par JLG〔『ジャン=リュック・ゴダールによって引用された過去』〕
2016 【6】 Peuples en larmes, peuples en armes〔『涙にくれる民衆、武器をとる民衆』〕

★高野清弘訳『法の原理』は発売済。岩波文庫から4月に田中浩・重森臣広・新井明訳でホッブズの同書が刊行されていたため(『法の原理――人間の本性と政治体』)、同じ年に2つの訳書が出るのは古典としては異例です(とはいえ、先述した通り、ベルクソン『笑い』の新訳が今年は3種出もているわけですが、これは「現代の」古典なので、ホッブズと一緒にするわけにはいきません)。出版の経緯について高野訳の「訳者あとがき」を確認してみると、岩波文庫版との意外な関係が。岩波文庫版のあとがきには「作業としては田中が全訳し、新井・重森が検討するという形式で進めた」とあるのですが、行路社版では高野さんが、田中さんの依頼のもと、最初の下訳を高野さんと故・藤原保信さんとの共訳で行ったと証言されています。詳しい説明は行路社版をご覧下さい。9月8日現在、アマゾンでもホントでも行路社版が購入できないままになっているのは単純に書店サイドが仕入れていないだけなのだろうと思われますが、残念なことです。リアル書店の店頭では大型店を中心にもちろん販売されています。

★『ユング 夢分析論』は発売済。夢に関するユングの主要な論文6篇を1冊にまとめたもので、「夢分析の臨床使用の可能性」Die praktische Verwendbarkeit der Traumanalyse (1931)、「夢心理学概論」Allgemeine Gesichtspunkte zur Psychologie des Traumes (1916/28/48)、 「夢の本質について」Vom Wesen der Traume (1945/48)、「夢の分析」L'analyse des reves (1909)、「数の夢に関する考察」Ein Beitrag zur Kenntnis des Zahlentraumes (1910/11)、「象徴と夢解釈」Symbols and the interpretation of dreams (1961/77)を収録。本書と同時に、『心理療法論』林道義編訳、『個性化とマンダラ』林道義訳、『転移の心理学』林道義・磯上恵子訳、の3点の新装版も発売されています。

★チャーチランド『物質と意識』は発売済。原書は、Matter and Consciousness, Third edition (MIT Press, 2013)です。目次の確認や立ち読みは書名のリンク先をご利用ください。同書は1984年に初版が刊行され、1988年に改訂版が刊行されましたが、日本語に訳されるのは第3版が初めてです。先月は本書のほか、カプラン『人間さまお断り――人工知能時代の経済と労働の手引き』三省堂、櫻井豊『人工知能が金融を支配する日』東洋経済新報社、三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』BNN出版、と人工知能を書名に冠した新刊が目白押しでしたし、スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』インターシフト、のように脳科学や神経科学の先端を倫理学的観点から批判的に考察する本も出ています。ブックフェアを開催するには良いタイミングかもしれません。
[PR]

by urag | 2016-09-10 17:48 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 03日

注目新訳:シュタイナー、ゲーテ=シラー、ソシュール

a0018105_2351963.jpg

ゲーテ的世界観の認識論要綱』ルドルフ・シュタイナー著、森章吾訳、イザラ書房、2016年8月、本体2,500円、四六判上製240頁、ISBN978-4-7565-0132-5
ゲーテ=シラー往復書簡集<上>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,500円、四六判上製476頁、ISBN978-4-267-02041-4
ゲーテ=シラー往復書簡集<下>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,900円、四六判上製549+47頁、ISBN978-4-267-02042-1
天界と地獄』スエデンボルグ著、鈴木大拙訳、講談社文芸文庫、2016年8月、本体2,200円、A6判並製576頁、ISBN978-4-06-290320-2
新訳 ソシュール一般言語学講義』フェルディナン・ド・ソシュール著、町田健訳、研究社、2016年8月、本体3,500円、A5判並製344頁、ISBN978-4-327-37822-6

★シュタイナー『ゲーテ的世界観の認識論要綱』は発売済。底本は1979年刊の第7版(原著初版は1886年、新版は1924年刊)。もともとは浅田豊訳(筑摩書房、1991年;底本は今回の新訳と同じく第7版)の再刊に森さんが解説を付す、というのが当初の予定だったそうですが、新訳+訳者解説というかたちになったとのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。シュタイナーの類似書名には『ゲーテの世界観』(溝井高志訳、晃洋書房、1995年)がありますが、こちらは『認識論要綱』のあとに刊行された(初版1897年、新版1918年)、別の本です。よく知られている通り、ゲーテ研究はシュタイナーの出発点であり、『認識論要綱』はシュタイナーが20代半ばに上梓したものです。副題「特にシラーに関連させて、同時にキュルシュナー「ドイツ国民文学」中の『ゲーテ自然科学論集』別巻として」にある『ゲーテ自然科学論集』はシュタイナーが編集し注釈・解説を付した全5巻本。

★本書の巻頭にはこうあります。「誰かが自説を、完全にオリジナルと自惚れて発表したところで、デーテやシラーがとっくに感じしていたことから一歩も出ていないというくらいに、あらゆるドイツ文化は古典期の思想家を基礎としている」(23頁)。さらに、後段ではこうも書いています。「ゲーテは通常の意味での哲学者ではなかった。しかし、彼の素晴らしい人格的調和に接したシラーの次の言葉を忘れてはならない。『この詩人こそが唯一の真の人間である』」(29頁)。「シラーほどゲーテの天賦の才の偉大さを見ていた人物はいない。シラーはゲーテに宛てた書簡の中で、ゲーテ自身の本性を鏡に映し出して見せた」(33-34頁)。「カントではなく、ゲーテやシラーに回帰し、彼らの学問の方法を深めたときにはじめて、哲学は文化生活における役割を再び果たすことができるようになるだろう」(35頁)。

★折しも『ゲーテ=シラー往復書簡集』全2巻も7月に刊行されており、『認識論要綱』を読み解くための豊かな源泉も私たちは手にしたことになります。上巻には1794年から1797年まで、下巻には1798年から1805年までの全999通+底本未収録分13通の書簡が収録されています。フォルマー編による、Briefwechsel zwischen Schiller und Goetheの第4版(1881年)が底本です。下巻巻末の解説によれば、「初の批判校訂版であるこの版を基にして、シュタイガー版以降の版をできるだけ参照するようにし、底本に収録されていないものについては、それらの版を参考にしつつ、可能な限り補充した」と。ただし「フォルマー編集の底本に添えられていた先行各版との異同表や、ゲーテのシラー夫人宛の書簡など、その「前書き」に言及されている付録の多くは、紙数の関係で訳出できなかった。同じ理由で、索引も大幅に縮小されている」とも特記されています。ゲーテとシラーの往復書簡集は、グレーフ/ライツマン編集版が、菊池榮一訳『往復書簡 ゲーテとシルレル』(上中巻、櫻井書店、1943年/1948年)として、1794年から1798年までの560通が訳されていました、残念ながら未完でした。今回の新訳は長らくの訳書の不在を埋めるもので、画期的な訳業です。

★鈴木大拙訳『天界と地獄』は発売済。岩波書店版『鈴木大拙全集』第23巻(1969年刊)を底本として使用し、新字新かな遣いに改めた、とのことです。また、「1910年刊行の単行本『天界と地獄』初版も参照し、誤字と思われる箇所は正し、適宜ふりがなと表記を調整しました」とも特記されています。附録にゼームス・スヒヤース「スエデンボルグ小伝」、解説は安藤礼二さんによる「鈴木大拙のスウェーデンボルグ」です。安藤さんはこう書いておられます。「人生のある時期、大拙は間違いなくスウェーデンボルグとともにあった。大拙のスウェーデンボルグは、大拙思想の感性にとって必要不可欠であっただけでなく、柳宗悦の民藝運動の一つの源泉、谷崎潤一郎や三島由紀夫の文学の一つの源泉、そして出口王仁三郎が『霊界物語』を書き上げる際の一つの重要な源泉になっていったと思われる」(543頁)。

★文庫で読めるスウェーデンボルグは、高橋和夫編訳『霊界日記』(角川文庫ソフィア、1998年)に次いでようやく2点目ですが(『神秘な天体』抜粋訳を含む金森誠也訳『カント「視霊者の夢」』〔講談社学術文庫、2013年〕は数えません)、今回の新刊は訳者が前面に出ている企画で、訳文は文語調なので、現代語訳で読みたい方は他の単行本を併せて読むのもいいかもしれません。なお、講談社文芸文庫では第2弾として、鈴木大拙『スエデンボルグ』を10月に発売するようです。これは大拙による概説書で、スウェーデンボルグの『新エルサレムとその教説』の大拙訳も併載するとのことです。大拙訳スウェーデンボルグはこのほかに『神智と神愛』『神慮論』があり、文庫化コンプを希望したいところではありますが、実際はそこまでは進まないのかもしれません。

★『新訳 ソシュール一般言語学講義』は発売済。1906年から1911年までジュネーブ大学でおこなわれた『一般言語学講義』(Le Cours de linguistique generale, 1916年)の新訳です。訳者の町田健(まちだ・けん:1957-)さんは名古屋大学大学院文学研究科教授。ご専門は言語学で、ソシュール関連の著書に『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社新書、2003年)、『ソシュールのすべて――言語学でいちばん大切なこと』(研究社、2004年2月)、『ソシュールと言語学――コトバはなぜ通じるのか』(講談社現代新書、2004年12月)があります。『一般言語学講義』には日本語の諸訳がありますが、バイイ/セシュエ編を底本としている翻訳には以下のものがあります。小林英夫訳『ソシュール 一般言語学講義』(岩波書店、1940年『言語学原論』;改題改版、1972年)。菅田茂昭訳『ソシュール 一般言語学講義抄』(対訳版、大学書林、2013年)。菅田訳が抄訳の対訳本であることを考慮すると、今回の町田訳は実に、小林訳以来の新たな完訳ということになります。

★巻頭の「訳者はしがき」にはこう書かれています。「〔ソシュール自身の手によるものではないとはいえ〕本書が言語学の概説書として、それ自体で人類史上最も優れたものであることにかわりはない。〔・・・〕本書は、その不備ですら、言語学の発展を促す結果をもたらしているという側面においても、その高い学問的価値を示している。〔・・・〕言語自体の本質を解明する学問としての一般言語学に寄与することができるソシュールの業績は、本書のみであり、本書を読むことによって、言語と言語学に対する正しい認識と理解がえられるのだと信ずる」(vi頁)。

★バイイ/セシュエ編以外では、以下の既訳があります。ゴデル編(山内貴美夫訳『ソシュール 言語学序説』勁草書房、1971年;新装版、1984年)。デ・マウロ校注(山内貴美夫訳『「ソシュール一般言語学講義」校注』而立書房、1976年)。コンスタンタンのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第三回講義』エディット・パルク、2003年;増補改訂版、2006年;影浦峡/田中久美子訳『ソシュール 一般言語学講義』東京大学出版会、2007年)。リードランジェのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第一回講義』エディット・パルク、2008年)、リードランジェ/パトワのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第二回講義』エディット・パルク、2006年)。さらに岩波書店から『フェルディナン・ド・ソシュール「一般言語学」著作集』全4巻の刊行が2013年に開始され、全3回の講義がそれぞれ1巻ずつで続刊予定となっていることは周知の通りです。

+++

★このほか最近では次の新刊との出会いがありました。

島/南の精神誌』岡谷公二著、人文書院、2016年9月、本体7,800円、A5判上製608頁、ISBN978-4-409-54083-1
叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』原口剛著、洛北出版、2016年9月、本体2,400円、四六判並製410頁、ISBN978-4-903127-25-5
〈わたし〉は脳に操られているのか――意識がアルゴリズムでは解けないわけ』エリエザー・スタンバーグ著、大田直子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年9月、本体2,300円、四六判上製336頁、ISBN978-4-7726-9552-7
第二次大戦の〈分岐点〉』大木毅著、作品社、2016年8月、本体2,800円、四六判上製416頁、ISBN978-4-86182-592-7
苦海浄土 全三部』石牟礼道子著、藤原書店、2016年8月、本体4,200円、四六上製1144頁、ISBN978-4-86578-083-3

★岡谷公二『島/南の精神誌』はまもなく発売。『島の精神誌』(思索社、1981年)、『神の森 森の神』(東京書籍、1987年)、『南の精神誌』(新潮社、2000年)、『南海漂蕩』(冨山房インターナショナル、2007年)の4著に、単行本未収録論考「引き裂かれた詩人――民族学者アルフレッド・メトローの場合」(『新潮』2004年7月号所収)を加えて1冊としたものです。あとがきに曰く「島と南方憧憬から私は出発した。最初のころは、人のあまり行かない島々を訪ねて歩く気ままな旅人であった。〔・・・〕私の島と南方への承継に火をつけたのは、あのポール・ゴーギャンである」。岡谷さんは御自身の著書や訳業を振り返りつつ、「それらがいずれも旅と不可分であったことをあらためて思う」と述懐しておられます。共訳書近刊である、レリス『ゲームの規則』(全4巻、平凡社)も予告されています。

★原口剛『叫びの都市』は発売済。著者の原口剛(はらぐち・たけし:1976-)さんは神戸大学大学院人文学研究科准教授で、ご専門は都市社会地理学および都市論。単独著としては本書が初めてになります。『人文地理』『都市文化研究』『現代思想』などに寄稿した論考4編を全面的に書き改め(第1章「戦後寄せ場の原点――大阪港と釜ヶ崎」、第2章「空間の生産」、第3章「陸の暴動、海のストライキ」、第4章「寄せ場の生成 (1) ―― 拠点性をめぐって」)、3編を書き下ろして(序 章「アスファルトを引き剥がす」、第5章「寄せ場の生成 (2)――流動性をめぐって」、終章「地下の都市、地表の都市」)、1冊としたもの。書名のリンク先で、第4章と第5章の一部を立ち読みできます。

★大木毅『第二次大戦の〈分岐点〉』は発売済。「あとがき」によれば、前著『ドイツ軍事史――その虚像と実像』(作品社、2016年3月)に収録しきれなかった記事(『コマンドマガジン』『歴史街道』『歴史群像』などに掲載)に若干の加筆修正を施し一冊にまとめたものです。第1部「太平洋の分岐点」全7章+戦史エッセイ2篇、第2部「ヨーロッパの分岐点」全9章+戦史エッセイ2篇、第3部「ユーラシア戦略戦の蹉跌」全6章+2篇+補論、という構成。帯文に曰く「ファクト=ファインディング、アナシリス、ヒューマン・インタレスト、ナラティヴ……四つの視覚から、〔・・・〕外交、戦略、作戦、戦術などなど、第二次大戦の諸相を活写」と。

★なお今月、作品社さんでは笠井潔さんと押井守さんの対談本『創造元年1968』が発売される予定で、現在「復刊ドットコム」で予約受付中です。内容紹介文に曰く「〈1968年〉とはなんだったのか? あの時代、ともに青春を生きたクリエーター 押井守と笠井潔とが、当事者として語る貴重な時代の証言と“創造”の原風景。そしてそこから逆照射される“今”の日本の姿を、数日間、数十時間“徹底的に”語り尽くす」と。また現在、作品社さんの貴重なサイン本が三省堂書店神保町本店にて多数フェア展開されています。クロード・ランズマン『SHOAH』(高橋武智訳、1995年)あたりは非常に貴重ではないでしょうか。

★エリエザー・スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』は発売済。原書は、My Brain Made Me Do It: The Rise of Neuroscience and the Threat to Moral Responsibility (Prometheus Books, 2010)です。意識、自由意志、道徳的行為主体性をめぐる議論を、脳科学や神経科学に預けっぱなしにしないという姿勢で書かれた意欲作です。目次詳細の確認や「はじめに」「解説」の立ち読みは書名のリンク先でできます。巻末の「もっと詳しく知るために」は本書が視野に収める広範な諸分野(哲学、生物学、神経科学、コンピュータ科学、心理学、政治学など)の参考文献を全18章ごとに簡潔にまとめて紹介しています。ブックフェアの企画用には非常に便利かと思われます。

★スタンバーグ(Eliezer J. Sternberg)は現在、イェール大学附属病院の神経科医。本書が初訳であり、未訳書に『Are You a Machine?: The Brain, the Mind, And What It Means to Be Human』(Humanity Books, 2007)や、『NeuroLogic: The Brain's Hidden Rationale Behind Our Irrational Behavior』(Pantheon, 2016)があります。驚くべきことに、今回訳された『〈わたし〉は脳に操られているのか』の原書が出た2010年当時、スタンバーグは若干22歳、タフツ大学の学生だったそうです(「サイエンティフィック・アメリカン」記事「'My Brain Made Me Do It': A 22-year-old author discusses the threat that brain science poses to our concept of free will」参照)。今後の活躍に注目したいです。

★石牟礼道子『苦海浄土 全三部』は発売済。全三部作を通しで読めるのは河出書房新社のシリーズ「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集」の1冊として刊行されている『苦海浄土』(2011年1月)のみでしたが、今回の藤原書店版全三部作では3種の「あとがき」(「あとがき――全集版完結に際して」2004年、「あとがき――『神々の村』刊行に際して」2006年、「あとがき」2016年)が収められ、さらに、赤坂真理・池澤夏樹・加藤登紀子・鎌田慧・中村桂子・原田正純・渡辺京二の
各氏による解説が巻末に付されています。

★やや入り組んでいますが、全三部の書誌情報を以下に整理しておきます。
第1部「苦海浄土――わが水俣病」(1969年;講談社文庫、1972年;同文庫新装版、2004年;藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月)。
第2部「神々の村」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月;藤原書店単行本版、2006年;同新版、2014年)。
第3部「天の魚」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第3巻所収、2004年4月)。

★なお同書の刊行を記念して、藤原書店さんでは『〈DVD〉海霊の宮 石牟礼道子の世界』を特価販売されています(税込19,440円→6,800円)。版元紹介文に曰く「本人による作品の朗読、インタビュー、原郷・不知火海、水俣の映像をふんだんに交え、その世界を再現した画期的映像作品」と。さらに、『苦海浄土』は今月放映となるNHK-Eテレ番組「100分de名著」にて取り上げられます。指南役が若松英輔さん、朗読が夏川結衣さんで、今月9月5日から9月26日まで、毎週月曜日午後10時25分より。同番組のNHKテキスト「100分de名著 石牟礼道子『苦海浄土』 2016年9月」(講師=若松英輔)は発売済です。

a0018105_2345255.jpg

[PR]

by urag | 2016-09-03 23:05 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 27日

注目新刊:『プリズン・ブック・クラブ』紀伊國屋書店、ほか

a0018105_23121190.jpg

日本妖怪図鑑 復刻版』佐藤有文著、復刊ドットコム、本体4,600円、B6判上製208頁、ISBN978-4-8354-5391-0
フィリップ・グラス自伝――音楽のない言葉』フィリップ・グラス著、高橋智子監修、藤村奈緒美訳、2016年8月、本体4,300円、四六判上製528頁、ISBN978-4-636-93070-2
ユートピアの終焉――過剰・抑圧・暴力』マルクーゼ著、清水多吉訳、中公クラシックス、2016年7月、本体1,800円、新書判並製204頁、ISBN978-4-12-160166-7

★佐藤有文『日本妖怪図鑑 復刻版』は「ジャガーバックス」の復刊第4弾。オリジナル特典として「妖怪ポストカード」3点が付いています。1点ずつ自宅の書棚に増えていくのを見るは実に楽しいです。『フィリップ・グラス自伝』は、Words without Music: A Memoir (Liveright, 2015)の訳書。グラス自身の著書が邦訳されるのは初めてで、貴重です。ファンにとっては待望の1冊ではないでしょうか。マルクーゼ『ユートピアの終焉』の親本は合同出版より1968年に刊行。巻頭には訳者の清水多吉さんによる「化学からユートピアへ――予兆された社会主義の終焉」が掲載されています(5-26頁)。収録されたシンポジウム記録「過剰社会におけるモラルと政治」の司会がヤーコプ・タウベス(Jacob Taubes, 1923-1987;訳書『パウロの政治神学』岩波書店、2010年)であることに改めて注目しておきたいです。

+++

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』アン・ウォームズリー著、向井和美訳、紀伊國屋書店、2016年9月、本体1,900円、B6判並製445頁、ISBN978-4-314-01142-6
人工知能のための哲学塾』三宅陽一郎著、BNN新社、2016年8月、本体2,400円、A5判並製320頁、ISBN978-4-8025-1017-2
精神医学の科学と哲学』石原孝二・信原幸弘・糸川昌成編、東京大学出版会、2016年8月、本体4,800円、A5判上製240頁、ISBN978-4-13-014181-9
思想の月夜 ほか五篇』李泰俊著、熊木勉訳、平凡社、2016年8月、本体3,300円、4-6判上製438頁、ISBN978-4-582-30239-4

★ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ』は発売済。原書は、The Prison Book Club (Viking, 2015)です。カナダ在住の女性ジャーナリストが「刑務所読書会支援の会」でボランティアをした1年間の体験記がヴィヴィッドに綴られていて、強く惹かれます。

★三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』はFacebookで1,500人が参加しているというコミュニティ「人工知能のための哲学塾」で開催されてきた連続夜話の書籍化。科学、工学、哲学が交差する魅力的な知の世界に誘ってくれます。8月29日(金)には、大塚英樹さん(Speee代表取締役)と山本貴光さんをゲストに刊行記念トークセッション「人工知能×ビジネス」が行われるとのことです。

★『精神医学の科学と哲学』は「シリーズ精神医学の哲学」(全3巻)の第1巻。「精神障害への対応について、精神医学、哲学、歴史学、人類学、社会学などから多角的に考察する」という注目のシリーズです。第2巻『精神医学の歴史と人類学』は9月、第3巻『精神医学と当事者』は11月刊行予定。

★李泰俊『思想の月夜 ほか五篇』は「朝鮮近代文学選集」の第7巻(第2期全4巻の第3回配本)。表題作のほか、5篇の短篇、「鉄路〔レール〕」「故郷」「桜は植えたが」「福徳房〔ポクトクパン〕」「夕陽」を収録。訳者解説によれば、李泰俊(イ・テジュン:1904~?)は1920年代半ばに日本へ留学しており、早大や上智大に入学したものの授業にはあまり出ていなかったようです。既訳書に東方社の「現代朝鮮文学選書」の1冊として1955年に鄭人沢訳『福徳房』という短編集が刊行されています。
[PR]

by urag | 2016-08-27 23:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 21日

注目新刊:『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』、ほか

a0018105_162304.jpg

ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト
ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一・堀千晶訳
河出書房新社 2016年8月 本体3,800円 46判上製408頁 ISBN978-4-309-24769-4

帯文より:「思考とは怪物なのです」(ドゥルーズ)。ガタリ、フーコー、クロソウスキー、そして親しい友人たちに宛てられた哲学者の素顔を伝える手紙、重要なヒューム講義、『アンチ・オイディプス』についての対話などの未刊テクスト、生前は刊行を禁じられた初期論考を集成。未来の哲学者による最後の遺産。

目次:
はじめに
謝辞
書誌の計画
書簡
 アラン・ヴァンソン宛て
 クレマン・ロセ宛て
 フランソワ・シャトレ宛て
 ジャン・ピエル宛て
 フェリックス・ガタリ宛て
 ピエール・クロソウスキー宛て
 ミシェル・フーコー宛て
 ゲラシム・ルカ宛て
 アルノー・ヴィラニ宛て
 ジョゼフ・エマニュエル・ヴフレ宛て
 エリアス・サンバール宛て
 ジャン=クレ・マルタン宛て
 アンドレ・ベルノルド宛て
デッサンと様々なテクスト
 五つのデッサン
 三つの読解――ブレイエ、ラヴェル、ル・センヌ
 フェルディナン・アルキエ『シュルレアリスムの哲学』
 フェルディナン・アルキエ『デカルト、人と作品』
 ヒューム講義(一九五七-一九五八)
 ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ
 ロベール・ジェラール『重力と自由』
 教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』
 愛をこめて語られたインディオ
 ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ――レーモン・ベルールとの
 『アンチ・オイディプス』についての討論
 音楽的時間
 『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』アメリカ版のための序文
初期テクスト
 女性の叙述――性をもつ他者の哲学のために
 キリストからブルジョアジーへ
 発言と輪郭
 マテシス、科学と哲学
 ディドロ『修道女』のための序文
後記Ⅰ(堀千晶)
後記Ⅱ(宇野邦一)
人名索引

★まもなく発売。原書は、Lettres et autres textes (Minuit, 2015)です。巻頭の「はじめに」と「謝辞」は、特に記名はありませんが、編者のダヴィッド・ラプジャード(David Lapoujade, 1964-)によるものかと思います。周知の通りラプジャードはドゥルーズの死後に刊行された論文集成『無人島』『狂人の二つの体制』(いずれも二分冊で河出書房新社より訳書が出版されています)の編者であり、卓抜なドゥルーズ論『ドゥルーズ 常軌を逸脱する運動』(堀千晶訳、河出書房新社、2015年9月)を上梓しています。

★堀さんの「後記Ⅰ」によれば本書は『無人島』『狂人の二つの体制』に続く「「三巻目にして最終巻」(原書裏表紙)となることが告知されており、ミニュイ社からのドゥルーズの著作物の刊行は、これで一段落することになるだろう」とのことです。宇野さんの「後記Ⅱ」によれば翻訳の分担は「私が担当したのは、後半部分の「ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ」以降のテクスト、対談記録であるが、そのうち「教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』」だけは堀千晶さんが担当した」とのことです。

★宇野さんによる後記をもう少し参照しますと「後半の最後のパート「初期テクスト」は、ドゥルーズが二十歳から二十二歳のあいだに雑誌に発表したテクストや、書物の序文を収録している。ドゥルーズ自身は、これらのテクストの単行本収録を認めていなかったが、研究者のあいだでコピーが流通し、〔・・・〕遺族の許可をえてここに収録されることになった。/二十歳そこそこの青年の書いた五編の哲学的エセーはすでに驚異的である」と。なお、初期テクストのうち「キリストからブルジョアジーへ」については加賀野井秀一訳注『哲学の教科書――ドゥルーズ初期』(河出文庫、2010年)でも読むことができます。

★宇野さんはこうも指摘されています。「初期テクストは、しばしば哲学のアカデミズムからまったく自由な奇抜なスタイルで書かれ、挑発的なアイロニーを生々しく露出させている。そしてすでにかなり風変わりで強力な哲学的推論もいたるところに披瀝されている」。たしかに、5篇のなかでも「発言と輪郭〔Dires et profils〕」(1946年)はとりわけ個性的で、若きドゥルーズの才覚を見る思いがします。なお、原書の目次詳細はこちらでご覧になれます。

★ドゥルーズが論じている他の哲学者の著作のうち、アルキエ『シュルレアリスムの哲学〔Philosophie du surréalisme〕』は河出さんでかつて刊行されていました(巌谷国士・内田洋訳『シュルレアリスムの哲学』河出書房新社、1975年、新装版1981年)。『黒いユーモア選集』、マックス・エルンスト、ルネ・ドーマルなどシュルレアリスム関連書が河出文庫に収録されてきた実績があるので、アルキエの本も文庫で久しぶりに読めたら素敵ですが、それ以上に『黒いユーモア選集2』の重版や、ブルトン『魔術的芸術』の文庫化が期待されているのかもしれません。

★河出書房新社さんでは今月、ガブリエル・タルドの主著『模倣の法則』の新装版を刊行されています。同書はもともと2007年9月に刊行されており、10年近く立ちますが、新装版でも本体価格は据え置きのままとなっています。総頁数も変更なしで、新たな訳者あとがき等は付されていません。古書価格が高かったので、歓迎すべき再刊ではないでしょうか。

模倣の法則[新装版]
ガブリエル・タルド著 池田祥英・村澤真保呂訳
河出書房新社 2016年8月 本体5,800円 46判上製560頁 ISBN978-4-309-24772-4

帯文より:「タルドはミクロ社会学の創始者であり、この社会学にその広がりと射程を与え、来たるべき誤解をもあらかじめ告発したのだ」(ドゥルーズ+ガタリ)。発明と模倣/差異と反復の社会学をつくりだし、近年、全世界で再評価される忘れられた大思想家・タルドの主著にして歴史的な名著。

目次:
初版への序文
第二版への序文
第一章 普遍的反復
第二章 社会的類似と模倣
第三章 社会とは何か?
第四章 考古学と統計学――歴史とは何か?
第五章 模倣の論理的法則
第六章 超論理的影響
第七章 超論理的影響(続)
第八章 考察と結論
解説 ガブリエル・タルドとその社会学(池田祥英)
社会のみる夢、社会という夢 あとがきに代えて(村澤真保呂)
人名リスト

★なお、来月9月6日発売予定の河出文庫ではついに、長谷川宏訳によるヘーゲル『哲学史講義』が文庫化開始となるようです。親本では全3巻でしたが、文庫では全4巻で「改訳決定版」と謳われています。第Ⅰ巻では東洋、古代ギリシアの哲学を収録。

+++

★続いて今月の注目文庫。いずれも発売済です。

シークレット・ドクトリン 第三巻(上)──科学、宗教、哲学の統合』H・P・ブラヴァツキー原著、アニー・ベサント編著、加藤大典訳、文芸社セレクション、2016年8月、本体1,000円、A6判並製540頁、ISBN978-4-286-17243-9
『ウォールデン 森の生活』巻ヘンリー・D・ソロー著、今泉吉晴訳、小学館文庫、2016年8月、本体各850円、文庫判448頁/440頁 ISBN978-4-09-406294-6/978-4-09-406295-3
社会学の考え方〔第2版〕』ジグムント・バウマン+ティム・メイ著、奥井智之訳、ちくま学芸文庫、2016年8月、本体1,400円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-09746-0

★『シークレット・ドクトリン』はブラヴァツキー(Helena Petrovna Blavatsky, 1831-1891)の生前には1888年に2冊本が上梓され、第1巻前半の日本語訳が昨今再刊されています(田中恵美子/ ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン――宇宙発生論《上》』宇宙パブリッシング、2013年)。今回翻訳が始まった第3巻は、著者の死後の1897年にアニー・ベサント(Annie Besant, 1847-1933)がまとめたものです。訳者の加藤大典(かとう・ひろのり:1933-)さんは翻訳家で、ブラヴァツキーの訳書は『インド幻想紀行――ヒンドスタンの石窟とジャングルから』(上下巻、ちくま学芸文庫、2003年)に続くもの。凡例にはこうあります。「シークレット・ドクトリンの第一巻において宇宙創生論を、第二巻において人類発生論を説いた著者は、第三巻で科学、宗教、哲学の統合を熱く語る。/病床の著者から原稿を託された神智学協会後継者のAnnie Besantが本第三巻を編集した(編者による「まえがき」を参照)」と。

★ベサントは「まえがき」で次のように説明しています。「HPB〔ブラヴァツキー〕から私に託された原稿はまったく未整理の状態で、はっきりした順序も決まっていなかった。そこで私は、各原稿をそれぞれ独立の章と見なして、それらを可能な限り連続した内容となるよう配列した。そして文法的な誤りの訂正や明らかに非英語的な言い回しを除いた以外、原稿は別途注記したものの他、HPBが私に残したままの状態である。二、三のケースで私が補筆した個所があるが、そうした場合は鍵カッコに入れ、テキスト本文と区別できるようにした」(19頁)。

★上巻の目次は以下の通りです。

まえがき
序言
第一章「予備的な展望」
第二章「現代の批判と古代人」
第三章「魔術の起源」
第四章「秘儀参入者の秘密厳守」
第五章「秘密厳守の理由」
第六章「実践魔術の危険」
第七章「新しい器に入れられた古いワイン」
第八章「『エノク書』――キリスト教の原点かつ基本」
第九章「ヘルメスとカバラの教義」
第一〇章「アルファベットと数に関する秘教的解釈の様々な体系」
第一一章「中央に点のある六芒星、それが第七の鍵」
第一二章「宗教に対する真のオカルティストの責務」
第一三章「キリスト後の導師たちとその教義」
第一四章「シモン・マゴスとその伝記作者ヒッポリュトス」
第一五章「聖パウロ――現行キリスト教の真の創設者」
第一六章「聖ペテロはユダヤのカバリストで、秘儀参入者ではない」
第一七章「テュアナのアポロニウス」
第一八章「導師たちの伝記の背後にある諸事実」
第一九章「アンティオキアの聖キプリアヌス」
第二〇章「東洋のグプタ・ヴィディヤーとカバラ」
第二一章「ヘブライの寓意」
第二二章「『ゾハール』に見る創造とエロヒム」
第二三章「オカルティストとカバリストの意見」
第二四章「科学と秘教天文学における現代カバリスト」
第二五章「東洋と西洋のオカルティズム」
第二六章「偶像とテラヒム」
第二七章「エジプト魔術」

★なお、続刊予定の下巻には第二八章から第五一章までが収録される予定だそうです。文芸社セレクションはなかなかリアル書店ではお目に掛からないレーベルであるような気がしますが、今回のような目玉新刊もあり、要チェックです。

★ソロー『ウォールデン』は親本が2004年4月に小学館から刊行された単行本です。幾度となく翻訳されている名作(原著は1854年刊)で、以下のように複数の版元から文庫化されました(ワイド版岩波文庫はカウントしていません)。

酒本雅之訳『ウォールデン――森で生きる』ちくま学芸文庫、2000年;品切
真崎義博訳『森の生活――ウォールデン』宝島社文庫、1998年;新装版2002年;品切
飯田実訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1995年
佐渡谷重信訳『森の生活――ウォールデン』講談社学術文庫、1991年
富田彬訳『森の生活(ウォールデン)』角川文庫、1953年、絶版
神吉三郎訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1951年;合本改版1979年;絶版

★現在も新本で入手可能なのは飯田訳岩波文庫上下巻と、佐渡谷訳講談社学術文庫上下巻ですが、それでも3種目が出るというのはやはりソローの人気を表わしていると思います。今回文庫化された今泉訳では各巻末に訳者による「あとがき」が配されていますが、文庫化にあたって書き直されたもののようです。カヴァー裏の紹介文には「文庫では、さらに注釈と豊富な写真、地図でソローの足跡を辿れます」とあります。訳者の今泉さんは周知の通り動物学者で、『シートン動物記』の翻訳などを手掛けられています。今泉訳『ウォールデン』は「ですます調」で訳されており、じんわりと心にしみる柔らかさを持っています。「もし、人がなんのために生きるかを、もう少し考えて生きるなら、誰もが本当の観察者になり、研究者にもなるでしょう。人は楽しく生きようとする本性を持ち、楽しく生きることによって成長するよう、定められているからです。ところが多くの人は、財産を自分や子孫のために貯え、子供をたくさん持って大家族を作り、国を作り、神のごとき名声を得ようと励みます。しかし、どう考えようと、人は神になれず、死すべきものに変わりはありません。ところが、人は本当のことを知ろうとするなら、不死身になり、異変や偶然を怖がらずに生きることができます」(上巻、248頁)。都会や社会のしがらみの中で疲れ果てている現代人にとって本書ほど鮮烈な古典はないのではないかと思います。出会ってよかったと思える名著です。

★バウマン+メイ『社会学の考え方〔第2版〕』の原書は、Thinking Sociologically, 2nd edition (Blackwell, 2001)です。同書の初版本(Blackwell, 1990)はバウマンのみの単独著で、第2版の訳者でいらっしゃる奥井さんによって翻訳されたことがあります(『社会学の考え方――日常生活の成り立ちを探る』HBJ出版局、1993年)。HBJ出版局はアメリカの名門Harcourt Brace Jovanovichの子会社だったようで、出版物から確認する限り、前身は「ホルト・サウンダース/CBS出版」で、HBJ出版局としては1983年から1997年まで出版活動を継続していた様子ですが、その後操業を停止し、バウマンの本は入手しにくい1冊となっていました。

★ちくま学芸文庫でのバウマンの著書は『リキッド・モダニティを読みとく――液状化した現代世界からの44通の手紙』(酒井邦秀訳、ちくま学芸文庫、2014年)に続く2冊目で、奥井さんによるバウマンの訳書としては上記の『社会学の考え方』初版や、『コミュニティ――安全と自由の戦場』(筑摩書房、2008年、品切)に続く3冊目の翻訳となります。巻頭の「ティム・メイによる第2版序文」にはこう書かれています。「わたしの役割は本書に新しい材料を付け加えることであったが、その一方で、私は、どうすれば原著のユニークさを保ちうるかに十分配慮する必要があった。/結果として生まれた第2花は、原著を全面的に改訂し、拡張したものになった。わたしたちは、当初の章を変更した上で、新たな章を追加した。同時に、テキスト全体を通じて、新たな題材を付け加えた。健康、フィットネス、親密性、時間、空間、無秩序、リスク、グローバル化、組織、ニュー・テクノロジーなどがそれである。わたしたち二人は、まったく新しい書物を生み出したと考えている。それは、第1版の最良の部分を維持しつつ、その全体的な魅力をもっと高めるように、新たな内容を付けくわえた作品である」(9頁)。

★参考までに初版本すなわち第1版訳書と今回の第2版訳書の目次をそれぞれ列記しておきます。なお、第2版の原書の目次はこちらでご確認いただけます。

第1版目次:
訳者まえがき
序章 なぜ社会学を学ぶのか?
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 よそもの
第4章 集団
第5章 贈与と交換
第6章 権力と選択
第7章 自己保存と道徳的義務
第8章 自然と文化
第9章 国家と民族
第10章 秩序と混沌
第11章 日常生活を送る
第12章 社会学の方法
索引

第2版目次:
ティム・メイによる第2版序文
序章 社会学とは何か
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 コミュニティと組織
第4章 権力と選択
第5章 贈与と交換
第6章 身体の諸相
第7章 秩序と混乱
第8章 自然と文化
第9章 テクノロジーとライフスタイル
第10章 社会学的思考
訳者あとがき
推薦図書
索引

★なお、ちくま学芸文庫では9月7日に、杉勇・屋形禎亮訳『エジプト神話集成』、アンリ・ベルクソン『笑い』合田正人・平賀祐貴訳、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』林昌宏訳、などを発売予定だそうです。『笑い』はつい先日、光文社古典新訳文庫でも新訳が刊行されたばかりです。

+++

★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

本屋がなくなったら、困るじゃないか 11時間ぐびぐび会議』ブックオカ編、西日本新聞社、2016年7月、本体1,800円、A5判並製304頁、ISBN978-4-8167-0922-7
ウェストファリア史観を脱構築する――歴史記述としての国際関係論』山下範久 ・安高啓朗・芝崎厚士編、ナカニシヤ出版、2016年8月、本体3,500円、A5判上製268頁、ISBN978-4-7795-1095-3

★業界人必読の新刊が出ました。『本屋がなくなったら、困るじゃないか』は巻頭の「はじめに」によれば、「2015年に10周年を迎えた「ブックオカ」のイベントとして11月14日(土)、15日(日)の2日にわたって開催した「車座トーク ~ほんと本屋の未来を語ろう」の模様を中心に収録したもの」で、「この座談会に出席したのは、書店、出版社、そして本の物流をつかさどる取次で働く計12人のメンバー。うち6人は東京・大阪・広島から来られたゲストだ」とのことです。車座トークに参加したのは、大阪・スタンダードブックストアの中川和彦さん、福岡・ブックスキューブリックの大井実さん、東京・本屋Titleの辻山良雄さん、文化通信編集長の星野渉さん、東京・トランスビューの工藤秀之さん、広島・ウィー東城店の佐藤友則さん、トーハンの水井都志夫さん、日販の小野雄一さん、福岡・丸善博多店の徳永圭子さん、福岡・弦書房の野村亮さんで、進行は、福岡の版元「忘羊社」の藤村興晴さん、西日本新聞社の末崎光裕さんです。目次は以下の通り。

第1部 本と本屋の未来を語る車座トーク1日目。限りなく不透明に近い出版流通を打ち破るカギはどこに?
第2部 車座トーク2日目。前向きで前のめりな面々と街に本屋が生き残っていくためのヒントを探る。
第3部 本屋のある街を増やしていくためにわれわれに何ができるのか。そんな課題を胸に僕たちはほんと本屋の未来を探す旅に出た。
 トランスビュー代表・工藤秀之さんに聞きました。九州のような地方も含めこれからも本屋が生き残るための新しい出版流通ってどんなものでしょう。
 『文化通信』編集長・星野渉に聞きました。ドイツで業界の壁を越えた改革が実現できたのはなぜでしょう?
 H.A.Bookstore・松井祐輔さんに聞きました。取次、書店、出版、全てを経験した松井さんから見ていま、我々に必要なものは何でしょう?
 ツバメ出版流通代表・川人寧幸さんに聞きました。たったひとりで取次を始めた動機を教えていただけますか?
 ミシマ社代表・三島邦弘さんに聞きました。街の書店が生き残っていくために三島さんが考える未来像ってどんなものですか?
第4部 長い旅の締めくくりは、九州の若手書店主にロックオン。本と本屋の未来を地元目線で考える。
 長崎書店社長・長崎健一さんに聞きました。地方に生きる書店として長崎さんが大切にしてきたこと、そして未来に向けてのビジョンを聞かせてもらえますか?
 [寄稿]本棚の向こうの青空(大分・カモシカ書店店主・岩尾晋作)
あとがき(福岡・ブックスキューブリック・大井実[ブックオカ実行委員長])

★車座の最年長は大井さんと中川さんでお二人とも1961年生まれ。「文化通信」の星野さん(64年生まれ)を除くと、ほかの皆さんは皆、70年代生まれです。業界人の年齢が平均して20代から60代までと限定した場合、今回の車座の参加者は40代前半が多く、いわば働き盛りの中堅世代、と言っていいでしょうか。業界が改革一朝一夕では終わらないことを考えると、この本に参加された皆さんが10年後の2026年に何をおやりになっているかというのを読者としてはちゃんとフォローして見ておく必要があると思います。ブックオカの今までの10年間のエッセンスは本書に凝縮されています。業界人が互いに「「わからなさ」を率直にぶつけあってみることから始め」る(藤村興晴「はじめに」4頁)というのはまさに、「今さら」どころではなく「今こそ」やらねばならないことです。分かったふりもダメだし、分かろうとしないのもダメなのだ、という当たり前のことを本書は教えてくれます。

★本書の巻末には「九州でシンプルに本をつくり、シンプルに本を売る仕事を続けていくための構想案」として15項目が掲げられています。ここしばらく続いている取次危機を考える時、本書で議論されているような業界三者の未来や地域活性化から目をそらすことはできません。これからの10年は今まで以上に波乱と混乱と変化と新しい挑戦に満ちた時代になるはずです。これらの構想がどのように挑戦され実現されあるいは議論されていくのかは、ブックオカのウェブサイトで報告がなされていくようです。

★『ウェストファリア史観を脱構築する』は帯文に曰く「「ウェストファリアの講和」に現在の国際システムの起源をみるウェストファリア史観は、国際関係論にどのような認知バイアスをもたらしてきたのか。「神話」の限界を超え、オルタナティブな国際関係論の構築をめざす、知のインタープレイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「脱ウェストファリアへの登攀路」「脱ウェストファリア史観から見える世界」の2部構成で9篇の論考が収められ、序とあとがきがそれらを総合的に紹介し総括しています。ウェストファリア史観とは「三十年戦争(1618~48年)を集結させた講和条約の総称である、いわゆる「ウェストファリアの講和」によってヨーロッパに掲載されたとされる主権領域国家によって構成される秩序に、現在の国際システムの起源と本質を見る歴史観」(1頁)。この史観は「むしろ近年の歴史研究の成果に照らすと〔・・・〕かなり偏った歴史観といわざるをえ」ないそうで(3頁)、本書の目的は次のように宣明されています。

★「このようにディシプリンのウチとソトのあいだに大きな歴史観のギャップがあるということは、学知としての国際関係論が何かしら体系的・構造的な認知バイアスを帯びていることを示唆する。本書の目的は、(1)この構造的な認知バイアスがそのような内容をもつか、(2)それがどのような効果(知的効果と政治的効果)を発生させているかを検証し、そして(3)そのようなバイアスがどのように正されうるか(適切に再文脈かできるか)、またそうすることで現在の国際関係の捉えられ方がどのように変わるかを提示することである」(同)。また、ウェストファリア史観批判は「すでに終わった問題ではなく、既存の批判の蓄積よりも一段深いレベルで一層アクチュアルであることを示しえた」との自負があとがきで述べられています(254頁)。
[PR]

by urag | 2016-08-21 16:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 16日

本日取次搬入:『反東京オリンピック宣言』航思社、ほか注目文庫新刊

弊社出版物でお世話になっている訳者の皆さんの最近のご活躍をご紹介します。

★小笠原博毅さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★阿部潔さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
航思社さんから緊急出版された新刊『反東京オリンピック宣言』(本日8月16日取次搬入)に、小笠原博毅さんが共編者として関わっておられます。同書では、鵜飼哲さんが巻頭言「イメージとフレーム――五輪ファシズムを迎え撃つために」を寄稿され、阿部潔さんが「先取りされた未来の憂鬱――東京2020年オリンピックとレガシープラン」を、そして小笠原さんご自身は「反東京オリンピック宣言――あとがきにかえて」と題した文章を寄稿されています。

なお、同書に関連するイベント「おことわり東京オリンピック」が、今週末の8月21日(日)13時半より千駄ヶ谷区民館(原宿駅徒歩10分)1Fの会議室にて開催されるそうです。参加費500円。第一部で鵜飼哲さんが「動員イベントとナショナリズム」と題した発表をされるほか、小笠原さんも討論に参加されるとのことです。

また、小笠原さんは選集発売された「現代思想」2016年9月臨時増刊号(総特集=安丸良夫――民衆思想とは何か)にも「長脇差と葡萄――下和田村治左衛門始末の事」という論考を寄せておられます。ちなみにこの安丸良夫特集号と『反東京オリンピック宣言』の両方に寄稿されている方が小笠原さんのほかにもう一人いらっしゃいます。友常勉さんです。『反東京オリンピック宣言』には「トラックの裏側――オリンピックの生政治とレガシー・ビジネス、そして効果研究」と題した論考を、そして安丸特集号には「安丸良夫における革命と実践」を寄稿しておられます。


★中山元さん(訳書:ブランショ『書物の不在』)
ご高訳書である、アレント『責任と判断』(筑摩書房、2007年)がちくま学芸文庫の一冊として今月文庫化されました。「立ち止まって考えろ!それだけが善く生きる道だ!!思考なき世界の〈凡庸な悪〉とは何か?」という帯文が痛烈です。文庫化にあたり、巻末には「文庫版への訳者あとがき」が追加されています。そこではマルガレーテ・フォン・トロッタ監督による映画作品「ハンナ・アーレント」(2013年日本公開)が言及されていて、「『責任と判断』の中心を占める「道徳哲学のいくつかの問題」という長文の講義録」が、この映画で描かれていた「悪の凡庸さ」をめぐる問題「を軸にして展開され」ていると説明されています。「わたしたち日本人にとっても無関心ではありえない問題に焦点をあてている。/アレントはこれらの〔戦争犯罪を犯した〕人々がいかにして自己の道徳的な規範を喪失し、あるいは他者の道徳規範にすり替えてみずから道徳的な判断を行うことを停止していたかを、詳細に検討する。〔・・・「悪の凡庸さ」とは〕ふつうの人々が自分で考え、自分で道徳的な判断を下すというあたりまえのことをすることを回避したことによって、そのような巨大な犯罪が置かされたことを告発する言葉である。わたしたちもまた、自分で考える責任を回避した瞬間から、こうした凡庸な悪に手を染めるかもしれないのである」と。周知の通り、筑摩書房さんでは『責任と判断』の編者であるジェローム・コーンによるアレントの編書がもう一冊刊行されています。高橋勇夫訳『政治の約束』(2008年)です。この本もいずれ文庫化されるのかもしれません。

a0018105_0264121.jpg

[PR]

by urag | 2016-08-16 00:23 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 06日

注目新刊:バーバラ・ジョンソン『批評的差異』法政大学出版局、ほか

a0018105_20383029.jpg

批評的差異――読むことの現代的修辞に関する試論集
バーバラ・ジョンソン著 土田知則訳
法政大学出版局 2016年7月 本体3,400円 四六判上製290頁 ISBN978-4-588-01046-0

★発売済。ポール・ド・マンの弟子でありイェール学派第2世代のキーパーソンであるバーバラ・ジョンソン(Barbara Johnson, 1947-2009)の代表作、The Critical Difference: Essays in the Contemporary Rhetoric of Reading (The Johns Hopkins University Press, 1980)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。ジョンソンの訳書は、『差異の世界――脱構築・ディスクール・女性』(原著1987年;大橋洋一・青山恵子・利根川真紀訳、紀伊國屋書店、1990年)、『詩的言語の脱構築――第二ボードレール革命』(原著1979年;土田知則訳、水声社、1997年)に続く3冊目。約20年ぶりの訳書であり、原著刊行から数えると36年目の翻訳となります。また訳者の土田さんにとってはジョンソンの訳書を手掛けるのはこれで2冊目です。

★ジョンソンは緒言でこう書いています。「取り扱われる主な対立は以下のとおりである。男性/女性、文学/批評(第一章)、セクシュアリティ/テクスチュアリティ(第二章)、散文/韻文、オリジナル/反復(第三章)、詩/理論、行為遂行的/事実確認的、言及/自己-言及(第四章)、明瞭/不明瞭、科学/文学、統辞論/意味論(第五章)、純真/皮肉、殺人/過失、犯罪者/犠牲者/裁定者(第六章)、そして最後は、文学/精神分析/哲学、および、これにともなうあらゆる二項および三項対立。また、差異が解釈に介入する方法にこうした数方程式を適用できるのか、という議論も含まれることになるだろう(第七章)」(xi-xii頁)。また、こうも書いています。「本書は、現代のいわゆる脱構築的批評理論によって提示された諸問題に正面から立ち向かおうとする一読者の苦闘の記録でもある」(xiii頁)。

★さらに「本書全般にわたって関心の対象になるものがもしあるとすれば、それはおそらく、文学ないしは理論の内で未知のものが立ち働いている、ということの重要性である。未知のものとは断じて否定的=消極的な要因あるいは不在の因子ではなく、往々にして、意味の展開の背後にある不可視の誘導力なのだ。無知、盲目、不確実、誤読といったものの力は、恐るべきものとして認識されていないだけに、しばしば、いっそう恐るべきものになる。文学は未知のものに最も余念のない言説だと、私には思える」(xiv頁)。土田さんは訳者あとがきで本書に対する深い愛着を述べるとともにこう印象を綴っておられます。「ジョンソンの仕事は抜きんでた知性の輝きを放っていた。中でも本書は別格だった。ポール・ド・マンの書物には読者の理解を拒むような敷居の高さがあるが、本書にはそれがほとんど感じられない」(271頁)。帯文にあるように読者は本書を通じて「イェール学派の真髄」に接することになるでしょう。まさに記念碑的な訳書です。

★なお、法政大学出版局さんではここしばらく次々と重要書を刊行されていることは周知の通りです。

市民力による防衛――軍事力に頼らない社会へ』ジーン・シャープ著、三石善吉訳、法政大学出版局、2016年7月、本体3,800円、四六判上製334頁、ISBN978-4-588-60344-0 C0331
レヴィナス著作集 2 哲学コレージュ講演集』エマニュエル・レヴィナス著、ロドルフ・カラン/カトリーヌ・シャリエ監修、藤岡俊博/渡名喜庸哲/三浦直希訳、法政大学出版局、2016年7月、本体4,800円、A5判上製424頁、ISBN978-4-588-12122-7
実在論を立て直す』ヒューバート・ドレイファス/チャールズ・テイラー著、 村田純一監訳、染谷昌義/植村玄輝/宮原克典訳、法政大学出版局、2016年6月、本体3,400円、四六判上製304頁、ISBN978-4-588-01045-3
真理と正当化――哲学論文集』ユルゲン・ハーバーマス著、三島憲一/大竹弘二/木前利秋/鈴木直訳、法政大学出版局、2016年6月、本体4,800円、四六判上製476頁、ISBN978-4-588-01044-6

★さらに来月には以下の新刊が予告されています。盟友だった二人の故人――デリダさんと豊崎さんの対話本であり、世界初の書籍化となるそうです。

翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ――脱構築をめぐる対話』ジャック・デリダ/豊崎光一著/豊崎光一訳/守中高明監修、法政大学出版局、2016年9月、本体2,000円、四六判上製182頁、ISBN978-4-588-01048-4

+++

a0018105_2039112.jpg

★また、最近では以下の書籍との嬉しい出会いがありました。

ヘリオガバルス――あるいは戴冠せるアナーキスト』アントナン・アルトー著、鈴木創士訳、河出文庫、2016年8月、本体800円、240頁、ISBN978-4-309-46431-2
輝ける都市』ル・コルビュジエ著、白石哲雄訳、河出書房新社、2016年7月、本体10,000円、B4変形判上製352頁、ISBN978-4-309-27621-2
エリュトラー海案内記2』蔀勇造訳註、東洋文庫、2016年8月、本体3,100円、B6変型判上製函入376頁、ISBN978-4-582-80874-2
宗教現象学入門――人間学への視線から』華園聰麿著、平凡社、2016年8月、本体3,400円、4-6判上製312頁、ISBN978-4-582-70353-5
藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 上巻 大戦前のパリより』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年7月、本体8,500円、A5判上製302頁、ISBN978-4-409-10036-3
藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 下巻 大戦下の欧州より』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年8月、本体8,500円、A5判上製348頁、ISBN978-4-409-10037-0
少年少女のための文学全集があったころ』松村由利子著、人文書院、2016年7月、本体1,800円、4-6判並製192頁、ISBN978-4-409-16098-5
デザイン史――その歴史、理論、批評』藪亨著、作品社、2016年8月、本体3,000円、A5判上製297頁、ISBN978-4-86182-561-3
歴史としての社会主義――東ドイツの経験』川越修/河合信晴編著、ナカニシヤ出版、2016年7月、本体4,200円、A5判上製296頁、ISBN978-4-7795-1080-9

★アルトー『ヘリオガバルス』(仏語原著1934年刊)は、多田智満子訳(白水社、1977年;白水uブックス、1989年;『アントナン・アルトー著作集Ⅱ』1996年)以来の新訳。河出文庫でのアルトー作品は、『神の裁きと訣別するため』(宇野邦一/訳、河出文庫、2006年7月;鈴木創士訳「ヴァン・ゴッホ 社会による自殺者」を併載)以来、実に10年ぶり。カヴァー裏紹介文はこうです。「未来を震撼させる巨星アルトーのテクスト群に「比類なき仕方で君臨する」(ドゥルーズ)名著『ヘリオガバルス』を第一人者が新訳。14歳で即位して18歳で惨殺されたローマ少年皇帝の運命に究極のアナーキーを見出し、血塗られた歴史の深部に非有機的生命=「器官なき身体」の輝きを開示する稀代の奇書にして傑作が新たな訳文によってよみがえる」。目次は以下の通り。バッシアヌス一族の系図、献辞、第一章「精液の揺り籠」、第二章「諸原理の戦争」、第三章「アナーキー」、補遺1「イルシューの分裂」、補遺2「シリアにおける太陽の宗教」、補遺3「ラムの黄道十二宮」、注、訳者あとがき。補遺は原著に収録されているテクストですが、今般初めて訳されるものです。

★ヘリオガバルスがアナーキストたる所以は例えば次のように描写されています。「ヘリオガバルスがおし進める地点におけるアナーキーとは、現実化された詩なのである。/どんな詩のなかにも本質的な矛盾がある。詩とは、粉砕されてめらめらと炎をあげる多様性である。そして秩序を回復させる詩は、まず無秩序を、燃えさかる局面をもつ無秩序を蘇らせる。それらはこれらの局面を互いに衝突させ、それを唯一の地点に連れ戻す。〔・・・〕その実在そのものが秩序への挑戦である世界のなかに詩と秩序を連れ戻すことは、〔・・・〕諸事物と諸局面のアナーキーである名前なきひとつのアナーキーを取り戻すことであるが、それら事物と局面は、統一性のなかにあらためて沈み込み、融合してしまう前に覚醒するのである。だがこの危険なアナーキーを目覚めさせる者はつねにその最初の犠牲〔いけにえ〕である」(157-158頁)。

★ル・コルビュジエ『輝ける都市』は発売済。原書は1935年に刊行された、La ville radieuseです。ル・コルビュジエによる最初の都市論の待望の初訳です。類似の訳書名に坂倉準三訳『輝く都市』(SD選書、鹿島出版会、1968年)がありますが、こちらはManière de penser l'urbanisme(1947年)の翻訳で、今回の『輝ける都市』とは別物です。ちなみに『輝く都市』の旧版あとがきで坂倉さんはこう書いておられます。「この“都市計画の考え方”は、彼の“輝く都市”理論の解説であり、またようやく決定版でもある」と。他方、今回の『輝ける都市』はル・コルビュジエの都市論の原点で、原書通りの判型で訳書も作られています。大判のこのヴォリューム、さらに図版多数で1万円というのは、さすが河出さんです。内容見本によれば、豊富な図版コラージュや斬新なレイアウトはコルビュジエ自身の手によるものであり、訳書では彼の本文デザインを損なうことなく日本語に置き換えた、とのことです。これは同業者なら存外に難しい課題であるとただちに理解できるものです。漢字仮名まじり文はアルファベットの文字列のようなシンプルさを持ち合わせていないので、下手をすればたちまちバランスが崩れてしまいます。しかし訳書の装丁と組版を担当された松田行正さんと杉本聖士さんは破綻なく日本語版をまとめておられ、目を瞠るばかりです。

★主な目次は以下の通り。第1部「前提」、第2部「現代の技術」、第3部「新たな時代」、第4部「“輝ける都市”」、第5部「プレリュード」、第6部「諸計画」、第7部「農村部の再編成」、第8部「結論」、あとがき、「「輝ける都市」を読んで」(槇文彦)、「失われた精神の輝きが蘇る」(伊東豊雄)、監訳者あとがき。槇さんはこう書いておられます。「「輝ける都市」は〔・・・ル・コルビュジエの〕都市計画、すなわちアーバニズムへの世界観を、それも単なる思想だけでなく、その具体的な三次元の空間論までも含めた一つの壮大な結晶体」(348頁)だと。一方、伊藤さんはこう書かれています。「人間への愛情に満ちた目線〔・・・〕。古い習慣からの解放と新しい自由の獲得。〔・・・〕経済万能の世界に変わっても、この書はすべての建築家の中に失われた精神の輝きを蘇らせてくれる」(350頁)。そしてコルビュジエはこう書きます。「人間の本質に立ち返る道を見つけなければならない。〔・・・〕人間を目覚めさせるのだ。その心を捉え、活気づけ、鼓舞するのだ。無気力だった人間を活動的な人間へと変えるのだ。消極的だった人間を参加させるのだ。〔・・・〕彼自身の奥底に眠っている創造的な行為にだ。不毛な消費で気を紛らすのはやめるんだ」(151頁)。『輝ける都市』は今も変わらぬ情熱の熱線を放つ、新時代のためのマニフェストです。

★『エリュトラー海案内記2』はまもなく発売。東洋文庫の第874巻です。全2巻完結。「1世紀頃の紅海からインド洋にかけての交易の実態を伝える決定的史料を、最新の研究成果を盛り込んだ的確・綿密な注釈で読む。第2巻には総索引を付す」と帯文に謳われています。第2巻は第38~66節までを収録。第1巻から続く訳者解題では、エリュトラー海における航海、交易、交易に関わるその他の諸問題が解説されています。索引は人名・地名・事項を収録。訳者あとがきによれば、刊行まで20年以上を要したとのことです。東洋文庫の次回配本は9月、覚訓『海東高僧伝』(小峯和明/金英順編訳)です。

★華園聰麿『宗教現象学入門』はまもなく発売。1989年から2009年にかけて公刊された、ミュラー(Friedrich Max Müller, 1823-1900)、オットー(Rudolf Otto, 1869-1937)、ファン・デル・レーウ(Gerardus van der Leeuw, 1890-1950),
メンシング(Gustav Mensching, 1901-1978)、エリアーデ(Mircea Eliade, 1907-1986)らをめぐる論考に加筆修正を施し一冊にまとめたもの。目次を列記すると、序章「宗教現象学をめぐる動向」、第一章「宗教現象学における人間学的理解――序説」、第二章「オットーの宗教学における人間学的理解」、第三章「ファン・デル・レーウの宗教現象学の人間学的考察」、第四章「エリアーデの宗教学の人間学的理解――「ヒエロファニー」のカテゴリー的解釈の試み」、第五章「メンシングの宗教学の人間学的理解」、終章、注、参考・引用文献、あとがき、事項索引、人名索引、となっています。著者の華園さんは周知の通り、オットーの主著『聖なるもの』の新訳を創元社より2005年に刊行されています。なお、この本で取り上げられているファン・デル・レーウには、本書と同じ題名の訳書『宗教現象学入門』(田丸徳善訳、東京大学出版会、1979年)がありますが、残念ながら絶版です。

★『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916』は上巻が発売済で下巻がまもなく発売。帯文によれば「無名時代の画家・藤田が最初の妻とみへ宛てた179通の書簡を完全復刻!」(上巻)、「欧州大戦はじまる!混乱のヨーロッパから妻とみへ宛てた書簡を完全復刻!」(下巻)と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻には資料番号1~59の書簡、下巻には60~179の書簡が収められています。監修者の林さんによる「刊行にあたって」によれば、本書に収められた書簡群は1980年ごと、千葉県市原市のとある旧家の蔵から発見された柳行李に入っていたもの。80年代末に公刊準備が進められたものの頓挫し、2003~2004年に「パリ留学初期の藤田嗣治研究会」により私家版『藤田嗣治書簡――妻とみ宛』として刊行されたといいます。そして今回あらためて全文復刻出版が企図された、と。「いったん失われた文字データの再入力と校正」(下巻、林さんによる「編集後記」)の手間を取ったとのことで地道なご苦労が偲ばれます版権表記は、Fondation Foujita, ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyoとなっています。出版にあたり資生堂が助成金を捻出されています。貴重な一次資料の刊行に敬意を表する次第です。

★松村由利子『少年少女のための文学全集があったころ』は発売済。新聞記者出身の著者による「児童文学への愛にあふれる珠玉のエッセイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「食いしん坊の昼下がり」「記憶のかけら」「読むという快楽」「偏愛翻訳考」「読めば読むほど」の5部構成で、取り上げられている本は巻末の「この本に出てきた本の一覧」に纏められています。その数、百数十点。小学館、岩波文庫、講談社、学研、創元社、河出書房など各社の少年少女文学全集も含めると、300点以上になります。「古典を知り、さまざまな国々の文化を知るうえで、本という形はまだまだ有効である。子どものころに、そのエッセンスに触れることはプラスにこそなれ、マイナスにはならない。そして、グローバル化が進み、共通語としての英語がますます力をもつようになった時代だからこそ、多様な言語で書かれた名作を美しい日本語で読む意味がある。世界が複雑化し、子となる文化や歴史を抱える人たちへの理解が一層大切になってきた今、読み巧者の文学者や教育者が子どもたちのために古今東西の名作を網羅した全集を、再び編んでくれないだろうかと願っている」(181頁)とのご意見に大きな共感を覚えます。

★藪亨『デザイン史』は発売済(8月3日取次搬入済)。帯文はこうです。「十九世紀における美術工業運動、装飾芸術と美的ユートピア、近代美術工業とデザイン、デザインとメディア……。こうした一連のテーマをめぐって近代の西欧と日本に現れるデザイン運動について、その意義と成果を直接に掘り起し、デザイン史の歴史、理論、批評の可能性に迫る」。目次を列記しておくと、序章「デザインとデザイン史」、第I章「十九世紀における美術工業運動」、第II章「装飾芸術と美的ユートピア」、第III章「近代美術工業とデザイン」、第IV章「メディアとデザイン」、終章「デザイン史の課題」、あとがき、収録図版出典一覧、事項索引、人名索引です。1973年から2013年にかけて折々に発表されてきた論考に一部改稿を加えて一冊としたもの。「本書は、私がこれまで歩んできたデザイン史研究のおおまかな足跡であり道程でもある」(あとがき)とのことです。著者の藪亨(やぶ・とおる:1943-)さんは大阪芸術大学名誉教授。著書に『近代デザイン史――ヴィクトリア朝初期からバウハウスまで』(丸善、2002年)があります。

★『歴史としての社会主義』は発売済。帯文に曰く「社会主義とは何だったのか。東ドイツ社会を生きた人々の日常生活の一面を掘り起こし、社会主義社会の歴史的経験を検証する」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「いまなぜ東ドイツか」「東ドイツ社会を生きる」「歴史としての社会主義」の3部構成で11篇の論考が寄せられたアンソロジーです。巻末に参考文献、東ドイツ史略年表、索引(人名および事項)が付されています。「東ドイツの国内の政治と経済・社会を分析しつつ、意識的に日本や東ドイツをはじめとした戦後社会との類似点、相違点についても言及している」(あとがきより)。「第二次世界大戦後の東ドイツの人々の日常的な経験が戦後日本社会を生きた人々の経験と無縁ではない〔・・・〕。急激な農地改革とそれにともなう農村社会の変化、コンビナート化され巨大化する工場の内外における稠密な人間関係、家族関係の変動と急速な高齢化、大衆化する休暇旅行をめぐる労働者と企業・政府間の葛藤、伝統的な大衆音楽と外から流入する新しい音楽のぶつかりあいと融合、マイナーな集団による社会的な抵抗が独裁的政治というダムを決壊させうる可能性等々、東ドイツの人々の日常は、もちろんまったく同じだったわけではないが、私たちの日常でもあったのではないか?」(第一章、11頁)。

a0018105_20391980.jpg

[PR]

by urag | 2016-08-06 20:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 31日

市田良彦訳、アルチュセールの新刊2点同時刊行、ほか

a0018105_17404210.jpg

★市田良彦さんによるアルチュセールの訳書2冊が以下の通り同時刊行されました。市田さんによるアルチュセール再評価の数々のお仕事は、論考にせよ(『アルチュセール ある連結の哲学』白水社、2010年)にせよ、数々の翻訳にせよ、注目に値するものばかりです。

哲学においてマルクス主義者であること』ルイ・アルチュセール著、市田良彦訳、航思社、2016年7月、本体3,000円、四六判上製320頁、ISBN978-4-906738-18-2
終わりなき不安夢――夢話1941-1967』ルイ・アルチュセール著、市田良彦訳、2016年7月、本体3,600円、四六判上製320頁、ISBN978-4-906917-56-3

★『哲学においてマルクス主義者であること』はシリーズ「革命のアルケオロジー」の第6弾。原書は、Étre marxiste en philosophie (PUF, 2015)です。帯文はこうです。「理論における政治/階級闘争」から「政治/階級闘争における理論」へ! 革命の前衛であるはずの共産党が「革命」(プロレタリア独裁)を放棄する――1976年のこの「危機」に対抗すべく執筆されたまま生前未刊行だった革命的唯物論の〈哲学史〉、偶然性唯物論の萌芽とともに綴られる幻の〈哲学入門書〉が、今ここに明かされる。哲学者は哲学者としていかに政治に現実的に関わりうるのか」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★同書は市田さんによる巻末の「危機をまえにした哲学――あとがきにかえて」によれば、アルチュセールの生前未刊行であった「非哲学者向けに掛かれた哲学入門書」には2つの草稿群があり、ひとつが「マルクス主義の教本」プロジェクトで、もうひとつが本書『哲学においてマルクス主義者であること』とその全面改稿版『非哲学者のための哲学入門』(PUF, 2014;未訳)であるとのことです。『終わりなき不安夢』への繋がっていく視点を、市田さんは次のように記しておられます。「「闘争」が空転した果てに「真理」を明らかにするかのような出来事が、本書から数年後の1980年、確かに起きたのである(妻エレーヌ殺害事件)」(314頁)。

★『終わりなき不安夢――夢話1941-1967』の原書は、IMECより昨年(2015年)刊行された、Des rêves d'angoisse sans fin : Récits de rêves (1941-1967) suivi de Un meurtre à deux (1985)です。版元紹介文にはこうあります。「20年以上にわたるアルチュセール遺稿編集出版の最後において、妻殺害事件の核心がついに明かされる。夢の記録と夢をめぐる手紙や考察、そして1985年に書かれた主治医作を騙るアルチュセールの手記「二人で行われた一つの殺人」を集成。市田良彦による解説「エレーヌとそのライバルたち」「アルチュセールにおける精神分析の理論と実践」長編論考「夢を読む」を加えた日本語版オリジナル編集。年表および死後出版著作リストを併録」。

★同書の目次詳細は書名のリンク先にてPDFで公開されています。読者にとってアルチュセールの心の中を覗くことになる貴重なテクスト群です。ごく私的な内容であるため、随所に市田さんによる訳注や解説が配されており、原書以上に親切な一冊となったのではないかと思われます。悪夢すら(すべてではないせよ)記録し続けたアルチュセールのこだわりを感じるとともに、彼自身の数々の理論書とは異なる人物像が浮かび上がるものとなっています。

★『哲学においてマルクス主義者であること』の思想的背景を知る関連文献としては、アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』(加藤晴久訳、新評論、1979年)や、バリバール『プロレタリア独裁とはなにか』(加藤晴久訳、新評論、1978年)』などを挙げておくのが良いかもしれませんが、いずれも絶版書です。また、『終わりなき不安夢』の関連書としては『エレーヌへの手紙:1947-1980』(IMEC, 2011)がありますが、未訳です。アルチュセールの翻訳は今後もしばらく続くのではないかと思われます。再刊や文庫化、新訳にも期待したいところです。

+++

★このほか、以下の思想誌新刊に注目しています。近年、新しい思想誌が増えつつあるのと並行して、従来の雑誌も編集体制の若返りが見られ、大きな刺激を受けています。

ゲンロン3:脱戦後日本美術』東浩紀編、ゲンロン、2016年7月、本体2,400円、A5判並製++頁、ISBN978-4-907188-17-7
年報カルチュラル・スタディーズ vol.4 特集〈資本〉』カルチュラル・スタディーズ学会編、航思社、2016年6月、本体3,000円、A5判並製324頁、ISBN978-4-906738-19-9
現代思想2016年8月臨時増刊号 総特集=プリンス 1958-2016』青土社、2016年7月、本体1,500円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1325-7
現代思想2016年8月号 特集=〈広島〉の思想――いくつもの戦後』青土社、2016年7月、本体1,300円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1326-4

★『ゲンロン』第3号は発売済。特集は「脱戦後日本美術」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。編集後記によれば「紙を変えて厚みを抑え、50ページ増の内容をなんとか1冊に凝縮した」とのこと。第2号の束幅が約22mm、同じ斤量の本文用紙であれば50頁分は約3mmなので第3号は約25mmとなるところを17mmと約8mm減です。定価は変わらないのでヴォリュームアップは悪くはないような気がするものの、紙が薄くなった分、頁の開き具合は向上していていい感じです。3折も増えれば当然印刷製本費は上がるわけですが、定価を維持する方針かと推察できます。

★奥付頁の近刊紹介によれば、東浩紀さんによる『ゲンロン0:観光客の哲学』は鋭意執筆中とのこと。「ベストセラー『弱いつながり』を更新する東思想の新展開」と。『弱いつながり』は来月5日に幻冬舎文庫で再刊予定。『ゲンロン3.5』は友の会の会員特典非売品で8月上旬発送。友の会メールによれば「非売品の『ゲンロン3.5』が読めるのは、第6期から第7期へ更新いただく方のみ。『ゲンロン観光通信』『ゲンロンβ』から厳選収録した豪華執筆陣による原稿に、東浩紀の書き下ろし巻頭言を加えた、100頁超の『ゲンロン』別冊特別版です」とのこと。第6期の入会は先月末で締め切られているので、第7期から新規入会してももらえない冊子ということかと思います。『ゲンロン4:現代日本の批評III(仮)』は2016年11月刊行予定。現代批評史シリーズの完結篇で、浅田彰さんのお名前が見えます。

★『年報カルチュラル・スタディーズ』第4号は発売済。特集は「資本」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。編集後記によればカルチュラル・スタディーズ学会は日本学術会議の協力学術研究団体に登録され、正式に学会となったとのことです。第4号では新たな試みとして展覧会評が加えられていますが、今後は「創作や詩などの「クリエイティヴ・ライティング」、活動や運動などの現場ルポ、討論会の記録、写真や絵画などのアート作品をフィーチャーしたページの拡充など、これからやってみたい企画がたくさんあります」とのこと。たいへん楽しみです。

★『現代思想』8月臨時増刊号「プリンス」と8月号「〈広島〉の思想」は発売済。それぞれの目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。リニューアルされた青土社さんのウェブサイトはたいへん見やすくなっており、好印象です。「プリンス」の書容設計は羽良多平吉さんによるもの。「現代思想」の今後の発売予定は以下の通り。8月12日発売予定:2016年9月臨時増刊号「総特集=安丸良夫」、8月27日発売予定:2016年9月号「特集=精神医療の新風景(仮)」、9月7日発売予定:2016年10月臨時増刊号「総特集=未解決問題集(仮)」。「未解決問題集」は数学がテーマ。リーマン予想、ラングランズ予想、ABC予想、P≠NP予想、ポアンカレ予想などを扱うようです。

+++

★さらに最近では以下の新刊との出会いがありました。

「百学連環」を読む』山本貴光著、三省堂、2016年8月、本体3,200円、A5判並製528頁、978-4-385-36522-0
分身入門』鈴木創士著、作品社、2016年8月、本体2,800円、46判上製318頁、ISBN978-4-86182-591-0
宇宙と芸術』森美術館編、平凡社、2016年8月、本体2,778円、A4変判並製320頁、ISBN978-4-582-20685-2

★山本貴光さんの『「百学連環」を読む』はまもなく発売、明日8月1日取次搬入。あとがきによれば本書は「2011年から2013年にかけて、三省堂が運営するウェブサイト「ワードワイズ・ウェブ」で全133回にわたって連載した「「百学連環」を読む」を単行本にしたもの」で「まとめるにあたり、全篇を見直し加筆・修正を加えてい」るとのことです。目次は以下の通り。

はじめに
第1章 どんな文書か
第2章 「百学連環」とはなにか
第3章 「学」とはなにか
第4章 「術」とはなにか
第5章 学と術
第6章 観察と実践
第7章 知行
第8章 学術
第9章 文学
第10章 学術の道具と手法
第11章 論理と真理
第12章 真理を知る道
第13章 知をめぐる罠
第14章 体系と方法
第15章 学術の分類と連環
あとがき
附録
 『西周全集』(宗高書房)目次一覧
 百学連環総目次
 百学連環総論原文および現代語訳
 参考文献
 索引

★山本さんは第15章の最終節「新たなる百学連環へ向けて」でこう書かれています。「ある学術の位置や価値を知るには、学術全体の様子、他の諸学術との違いを確認してみるに越したことはない〔・・・〕。これは考えてみれば当たり前のことのようです。しかし、実際にどうかといえば、とても自明視できる状況ではないとも思うのです。そもそも私たちは、小中高あるいは大学や専門学校などでなにかを学ぶ際、学術が複数の科目に分かれていることについて、「なぜそうなっているのか」と、考える機会は存外少ないのではないでしょうか」(441頁)。「細分化が進めば進むほど、知識が増えれば増えるほど、その全体を見渡すための地図が必要なのではないだろうか。一つにはそんな関心から、「百学連環」をじっくり読んでみるということに取り組み始めました。そこには、新たな地図をつくるための手がかりがあるのではないかと思ってのことです」(442頁)。全体図の不在は教育問題にとどまらず、書店や図書館の絶えざる課題でもあります。百学連環の思想と、実際の書籍の分類を対照させてみることは非常に興味深いテーマです。『「百学連環」を読む』には未来の書店像や図書館像への示唆が必然的に含まれています。なお西周(にし・あまね:1829-1897)の『百学連環』は、宗高書房版『西周全集』第4巻(1981年)や、日本評論社版『西周全集』第1巻(1945年)に収録されています。山本さんが指摘されている通り、入手困難な一冊。文庫版が出ていてもおかしくない古典です。

★また、『「百学連環」を読む』の刊行記念を記念し、対談&サイン会が以下の通り行われるとのことです。「著者である山本貴光さんと、武蔵野人文資源研究所所長で明治賢人研究会を主宰する竹中朗さんをお迎えして、なぜ「百学連環」に着目するのか、現在の私たちにどう関わるのか、語り合っていただきます」と。

150年前の知のマップを眺望してみよう

日時:2016年8月8日(月) 午後7時〜(開場:午後6時45分)
会場:ブックファースト新宿店 地下2階 Fゾーン イベントスペース
定員:先着 50名
参加費:500円(税込)
イベント整理券販売場所:ブックファースト新宿店 地下1階 Aゾーン レジカウンター
お問い合わせ:ブックファースト新宿店 電話 03-5339-7611

★鈴木創士さんの『分身入門』は発売済(7月28日取次搬入済)。帯文に曰く「記憶のなかの自分、存在のイマージュ、時間と反時間、表層の破れとしての身体、光と闇、思考の無能性、書かれたもののクォーク、そして生と死……。「分身」をキー・ワードに、文学・美術・舞踏・映画・音楽etc...を縦横に論じる、未曾有の評論集!」と。「言葉、分身」「イマージュ、分身」の2部構成。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。2012年から2016年にかけて各媒体で発表されたテクストに一部加筆し、未発表「分身残酷劇「カリガリ博士」趣意書」や、書き下ろし「分身とは何か 序にかえて」「分身がいっぱい 結びにかえて」を加えたもの。

★鈴木さんは「序にかえて」で、アルトーから分身の着想を得たと書かれています。「私の眼前を最初によぎった分身の概念は、アルトーの言う「分身 Le double(二重のもの、写し)」から直接もたらされたはずである。それは一種の形而上学のように見えて、〔・・・〕アルトーが生涯格闘し続けた身体=物体の裏面のようでもあり、二重のものでありながら、生身の身体から出てきたのに、身体と同じ資格をもつその反対物のようでもあった」(9頁)。「本書におさめたエッセー群は分身のとりあえずの実検である。書かれたもの、描かれたもの、撮られたもの……とうとうは、そもそも分身による実践である」(16頁)。

★『宇宙と芸術』はまもなく発売(8月3日頃)。昨日(7月30日)から来年1月9日まで、六本木ヒルズ森タワー53Fの森美術館で開催されている「宇宙と芸術展――かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ」の図録を兼ねた一冊です。デザインはマツダオフィスによるもの。曼荼羅から天文図・天球図、鉱物・化石から現代アート、紙上建築から宇宙工学まで、多様な表象がイマジネーションの層を成しており、非常に喚起的です。牛若丸の書籍で図像学の新たな試みを実践されてきた松田行正さんならではの造本設計を堪能しました。個人的にツボだったのは、江戸時代の奇譚、かの「虚舟」に、フランス人アーティストのローラン・グラッソ(Laurent Grasso, 1972-)による立体造形作品があるということでした。「Soleil Noir: ローラン・グラッソ展」(銀座メゾンエルメスフォーラム、2015年11月11日~2016年1月31日)以来の、再びのチャンスです。






★なお、現在開催中の展覧会では、JR東京駅丸の内北口改札前の東京ステーション・ギャラリーで9月4日(日)まで開催されている「12 Rooms 12 Artists――UBSアート・コレクションより」をお薦めします。いずれも印象的な作品ばかりですが、特に台湾の芸術家、陳界仁(チェン・ジエレン:1960-)による30分50秒の映像作品「Factory」(2003年)や、イタリアの画家ミンモ・パラディーノ(Mimmo Paladino, 1948-)の作品「三つの流れ星」などに惹かれました。「Factory」は無音の作品なのですが、会場の都合上、何分かおきに列車がホームに入ってくる音が潮騒のように響いてきます。幸運にもこの作品にとってはそれがほどよい効果音になっていました。同展の図録は同ギャラリーのショップにて販売されています。お金に余裕のある方は同ショップで「没後30年 鴨居玲展 踊り候え」(2015年)の図録もお求めになることを強くお勧めします。この画家の図録や画集は何冊持っていても良いものです。







[PR]

by urag | 2016-07-31 17:31 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 24日

注目新刊:マラブー『新たなる傷つきし者』河出書房新社、ほか

a0018105_13164850.jpg

新たなる傷つきし者――フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える
カトリーヌ・マラブー著 平野徹訳
河出書房新社 2016年7月 本体3,400円 46判上製372頁 ISBN978-4-309-24767-0

帯文:アルツハイマー病、脳に損傷をうけた人々、戦争、テロ、いわれなき暴力の被害者たち……過去も幼児期も個人史もない、新しい人格が、脳の損傷からつくられる可能性を思考。フロイト読解をとおして、現代の精神病理学における、《性》から《脳》への交代現象の意義を問う画期的哲学書。

推薦文(千葉雅也氏):過去の痕跡が爆破され、私は別人になる。ストレスとダメージの時代に、徹底的に変身するとはどういうことか? フランス現代思想の根本テーマ「差異」「他者」をいちど爆破し、そして新たに造形する衝撃の書だ。

目次:
はしがき
序論
第一部 神経学の下位におかれる性事象
 序 因果性の「新しい地図」
 第一章 脳の自己触発
 第二章 脳損傷――神経学的小説から意識不在の劇場へ
 第三章 先行段階なき同一性
 第四章 精神分析の異議申し立て――破壊欲動なき破壊は存在しうるか
第二部 脳事象の無力化
 序 フロイトと《あらかじめ存在する亀裂の線》
 第五章 心的出来事とは何か
 第六章 「リビドー理論」そして性事象の自身に対する他性――外傷神経症と戦争神経症を問い直す
 第七章 分離、死、もの――フロイト、ラカン、出会いそこね
 第八章 神経学の異議申し立て――「出来事を修復する」
第三部 快楽原則の彼岸をめぐって――実在するものとしての
 序 治癒や緩解には最悪の事態を忘れさせるおそれがある
 第九章 修復の両義性――弾性から復元性へ
 第十章 反復強迫の可塑性へ
 第十一章 偶発事故の主体
結論
訳者あとがき
原注
文献
人名索引

★まもなく発売。原書は、Les nouveaux blessés : De Freud à la neurologie, penser les traumatismes contemporains (Bayard, 2007)です。カトリーヌ・マラブー(Catherine Malabou, 1959-)の単著の邦訳は、『わたしたちの脳をどうするか――ニューロサイエンスとグローバル資本主義』(桑田光平・増田文一朗訳、春秋社、2005年6月;Que faire de notre cerveau ?, Bayard, 2004)、『ヘーゲルの未来――可塑性・時間性・弁証法』(西山雄二訳、未來社、2005年7月;L'Avenir de Hegel : Plasticité, temporalité, dialectique, Vrin, 1994)に続く待望の3冊目。ポスト・デリダ世代の最重要哲学者の一人であり、哲学・精神分析・神経科学を横断する挑戦的な思想家であることは周知の通りですが、ここ十年近く訳書が出ていませんでした。とはいえ、フランス現代思想の日本受容において未邦訳のキーパーソンはほかにもいますから(マラブーに学び、本書に推薦文を寄せておられる千葉雅也さんが近年再評価されてきたフランソワ・ラリュエル〔François Laruelle, 1937-〕はその一人ですし、同じくLの欄には例えば人類学者のシルヴァン・ラザリュス〔Sylvain Lazarus, 1943-〕がいるでしょう)、マラブーへの関心がむしろ継続しているのは注目に値します。

★マラブーはこう書きます。「脳にはそれに固有の出来事がある」(54頁)。「脳にかかわる事象に対して、性事象はもはや特権的地位を享受できない〔・・・〕。何らかの音や外から察知できる信号を発することなく自己を触発し、事故をこうむった場合にのみあらわになる脳のありよう、すなわちその絶対的脆弱性においてのみ自身の無意識を露呈するという特異な脳のありよう、それが本書の分析の中心、フロイトなら差しむけたはずの批判を先取りしつつおこなわれることになる分析の中心となるだろう」(56頁)。「昔日の医学における悪魔憑きや狂人、精神分析における神経症者にとって代わるのは、脳損傷をうけた新たなる傷つきし者である」(42頁)。「精神分析に根底からの変化を迫る新しい事実」(317頁)に向き合おうとする本書の試みは、現代人にとって非常に示唆的です。

★「心の変容の決定因として傷に可塑的な力がそなわっているとするなら、さしあたって可塑性の第三の意味、爆発と無化という意味をあてるしかない。損傷後の同一性の想像があるなら、それは、かたちの破壊による創造ということになる。よってここで問題になっている可塑性は、破壊的な可塑性である。/このような可塑性は、逆説的ではあるが依然としてかたちの冒険である。例をあげるなら、アルツハイマー病者は、まさに傷の可塑性の典型であるといえる。この疾病のために同一性は完全に崩壊し、別の同一性が形成されるからだ。それはかつての形式を補う似姿ではなく、文字通り、破壊の形式である。破壊が形式をつくりだすということ、破壊がみずからの心の生活形式を構成しうるということの証しなのである。われわれがここで考えている、傷のもつ形成し破壊する可塑的力は、以下のように言いあらわすことができよう。あらゆる苦痛は、その苦痛を耐えるものの同一性の形成物である、と」(43頁)。

★「こうしたわけで、時間をかけて〈新たなる傷つきし者〉の相貌を描いてみせる必要があった。苦痛への同一化が、この検証作業の中核をなしている。現代の心的外傷の特徴――地政学でもあることが明らかとなった特徴――の描写は、あらゆる治療の試みに向けた準備的仕事である。/その原因が生物的要因であれ、社会・政治的要因であれ、破壊的出来事は、情動的な脳に不可逆的な転倒を、したがって、同一性の完全な変容をもたらす。それは、たえず私たちのだれをも脅かす実存的可能性としてあらわれている。私たちはいまこの瞬間にも、〈新たなる傷つきし者〉になりうるのだ。同一性の過去の形式との本質的つながりをたたれ、私たち自身の祖型と化してしまうことが、起こりうるのだ。こうした喪失をはっきり示すのは、アルツハイマー病である。この生の形式は、主体の過去のありようと訣別してしまう。/死へのこうした変容のかたち、過去を引き継がない生存は、重い脳損傷の症例にのみ見られるわけではない。それは、外傷のグローバル化した形式でもある。戦争、テロ、性的虐待、抑圧と奴隷化のあらゆる類型から帰結するものとしての形式なのだ。現代の暴力は、主体をその記憶の貯蔵庫から切り離すのである」(315~316頁)。

★「拙著『わたしたちの脳をどうするか』の結論部における議論を敷衍して、私が擁護しつづけてきた主張は、現在、哲学の唯一の方途は新たな唯物論をつくり上げることにある、というものだ。そしてこの唯物論は、脳と思考を、脳と無意識を、わずかにでも引き離すことを拒絶する。/したがって、本書で脳事象/脳の特性〔セレブラリテ〕を規定してきた唯物論は、新たな精神哲学の基礎であり、ニューロンの変形と結合の形成作用において明らかにされた価値論的原理である。〔・・・同一性や歴史が構築される、脳の自己触発の〕過程がラディカルに露呈されるのは、脳を破壊し、ひいては人格の心的連続性を切断しうる偶発事故〔アクシデント〕においてである。こうした脳の脆弱性が、現代の精神病理学の主要問題となっている。脳損傷の研究によって、新たなる傷、心的外傷の意味が明らかにされている。現在進行する心の苦痛を取り逃さないというのであれば、精神分析は、もはやこの成果を無視することはできないはずである」(314頁)。

★メイヤスー『有限性の後で』(人文書院)やシャヴィロ『モノたちの宇宙』(河出書房新社)で開示された唯物論の新次元や、ドイジ『脳はいかに治癒をもたらすか』(紀伊國屋書店)が明かす神経可塑性研究の最新成果、マラブーの師であるデリダの『精神分析のとまどい』(岩波書店)におけるフロイトとの対峙など、最近立て続けに出版された新刊は、マラブーの本書とともに読むことに喜びと深みを与えてくれるものです。同時代の知の大地に走った複数の線が交差しています。書店はいわばその交差が顕現するリアルな場です。

★なお、河出書房新社さんの今後の発売予定には以下のものがあります。

7月27日発売予定:ル・コルビュジエ『輝ける都市』白石哲雄訳、B4変形判352頁、本体10,000円、ISBN978-4-309-27621-2
8月8日発売予定・河出文庫:アントナン・アルトー『ヘリオガバルス――あるいは戴冠せるアナーキスト』鈴木創士訳、文庫判並製224頁、本体800円、ISBN978-4-309-46431-2
8月24日発売予定:ジル・ドゥルーズ『ドゥルーズ書簡その他』宇野邦一・堀千晶訳、46判400頁、本体3,500円、ISBN978-4-309-24769-4
8月29日発売予定:ガブリエル・タルド『模倣の法則 新装版』池田祥英・村澤真保呂訳、46判600頁、本体6,000円、ISBN978-4-309-24772-4

アルトー『ヘリオガバルス』の訳者の鈴木創士さんはまもなく次の新刊を上梓されます。7月28日取次搬入:鈴木創士『分身入門』作品社、2016年7月、本体2,800円、ISBN978-4-86182-591-0

+++

★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

戦争に負けないための二〇章』池田浩士文、髙谷光雄絵、共和国、2016年7月、本体1,800円、A5変型判並製128頁、ISBN978-4-907986-37-7
時代区分は本当に必要か?――連続性と不連続性を再考する』ジャック・ル=ゴフ著、菅沼潤訳、藤原書店、2016年7月、四六変上製224頁、ISBN978-4-86578-079-6
絶滅鳥ドードーを追い求めた男――空飛ぶ侯爵、蜂須賀正氏 1903-53』村上紀史郎著、藤原書店、2016年7月、本体3,600円、四六判上製352頁、ISBN978-4-86578-081-9
ビッグデータと人工知能――可能性と罠を見極める』西垣通著、中公新書、2016年7月、2016年7月、本体780円、新書判並製232頁、ISBN978-4-12-102384-1
大転換――脱成長社会へ』佐伯啓思著、中公文庫、2016年6月、本体980円、文庫判並製360頁、ISBN978-4-12-206268-9
乞食路通』正津勉著、作品社、2016年7月、本体2,000円、46判上製248頁、ISBN978-4-86182-588-0
ようこそ、映画館へ』ロバート・クーヴァー著、越川芳明訳、作品社、2016年7月、本体2,500円、46判上製263頁、ISBN978-4-86182-587-3

★『戦争に負けないための二〇章』はまもなく発売。池田浩士(いけだ・ひろし:1940-)さんはドイツ文学者で、ルカーチやブロッホの翻訳でも知られています。緊急出版と言っていい本書の表紙にはこう記されています。「さあ戦争だ。あなたはどうする? ついに「戦争する国」になった日本。とはいえ、戦争には負けられない。じゃあ、どうすれば戦争に負けない自分でいられるのか? ファシズム文化研究の第一人者と、シュルレアリスムを駆使する染色画家による、共考と行動のための20の絵物語」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。目次だけ見ているとあたかも好戦論であるかのように読めるのですが、それほど単純な本ではありません。1章ずつは見開き2頁と短いもので、論旨も明快です。やっぱり戦争肯定論ではないか、となおも感じる読者はそれなりにいるでしょう。しかしながら、痛烈な皮肉として読むこともできるのです。書名は「敗戦しないため」とも読めれば、「戦争そのものの存在に魂を打ち負かされないため」とも読めます。確信犯的なこの「問題の書」をめぐっては、おそらく今後様々なメディアが著者に真意を問おうとするかもしれませんが、細部に目を凝らせば著者の意図はおのずと了解できるのではないか、とも思えます。各章に付された参考文献や、巻末のブックガイド「戦争に負けないために読みたい20冊」とそれに付された紹介文が興味深いです。イマジネーションを掻き立てられる髙谷さんによる挿絵の数々も非常に印象的です。オールカラーでこの廉価。版元さんの気合いが窺えます。同社の『総統はヒップスター』を「楽しめた」方は本書の毒/薬にも気付くはずです。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と著者は書いています。大きな釣り針を垂らして遊ぼうというのではありません。戦い方にも色々ある、ということかと思います。

★藤原書店の7月新刊2点はいずれもまもなく発売。ル=ゴフ『時代区分は本当に必要か?』の原書は、Faut-il vraiment découper l'histoire en tranches ? (Seuil, 2014)です。帯文には「生前最後の書き下ろし作品」と。巻頭の「はじめに」で著者はこう述べています。「この試論は学位論文でも集大成でもないが、長いあいだの研究の成果である。〔・・・〕これは私が長いあいだ温めていた著作で、それを私が気になっているアイデアで膨らませた。〔・・・〕歴史も、歴史の素材である時間も、まずは連続したものとしてあらわれる。しかし歴史はまた変化からつくられてもいる。だから専門家たちは昔から、この連続のなかからいくつかの断片を切り出すことで、こうした変化をしるし、定義しようとしてきた。これらの断片はまず歴史の「年代」と呼ばれ、ついでその「時代」と呼ばれた。/「グローバル化」の日常生活への影響が日に日に感じられるようになっている2013年に書かれたこの小著は、連続、転換といった、時代区分を考える際のさまざまなアプローチについて再考する。歴史の記憶をどう考えるかという問題である。〔・・・〕ある時代から別の時代への移行という一般的な問題をあつかいながら、私は特殊事例を検討する。つまり「ルネサンス」の新しさと言われているもの、「ルネサンス」と中世との関係をどうとらえるかだ。〔・・・〕「ルネサンス」の「中心的役割」がこの試論の中心主題になっており、私が情熱を込めて研究生活を捧げた中世についての、われわれのあまりに狭い歴史観を一新することを呼び掛けているのだが、提起されている問題はおもに、「時代」に区分けできる歴史という概念そのものに関わっている。/というもの、歴史はひとつの連続なのか、あるいはいくつかのます目に区分けできるのかは、依然として決められない問題だからだ。言いかたを変えるなら、歴史を切り分けることは本当に必要なのか、ということになる」(7~10頁)。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。

★村上紀史郎『絶滅鳥ドードーを追い求めた男』はあとがきによれば、もとになった原稿は「島に憑かれた殿様」というタイトルで、年三回発行の同人誌『十三日会』に2011年4月から2012年12月まで5回にわたって連載されたもので、加筆のうえ一冊としたもの。帯文ではこう紹介されています。「謎の鳥「ドードー」の探究に生涯を捧げた数奇な貴族の実像。戦国武将・蜂須賀小六の末裔にして、最後の将軍・徳川慶喜の孫、海外では異色の鳥類学者として知られる蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ:1903-1953)。探検調査のため日本初の自家用機のオーナーパイロットにもなり、世界中で収集した膨大な標本コレクションを遺しながら、国内では奇人扱いを受け、正当に評価されてこなかったその生涯と業績を、初めて明かす」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者の村上紀史郎(むらかみ・きみお:1947-)さんはフリー・エディターでありライター。単著に『「バロン・サツマ」と呼ばれた男――薩摩治郎八とその時代』(藤原書店、2009年)や『音楽の殿様・徳川頼貞』(藤原書店、2012年)があります。

★西垣通『ビッグデータと人工知能』は発売済。カヴァーソデ紹介文は次の通り。「ビッグデータ時代の到来、第三次AI(人工知能)ブームとディープラーニングの登場、さらに進化したAIが2045年に人間の知性を凌駕するというシンギュラリティ予測……。人間とAIはこれからどこへ向かっていくのか。本書は基礎情報学にもとづいて現在の動向と論点を明快に整理し分析。技術万能主義に警鐘を鳴らし、知識増幅と集合知を駆使することによって拓かれる未来の可能性を提示する」。第一章「ビッグデータとは何か」、第二章「機械学習のブレイクスルー」、第三章「人工知能が人間を超える!?」、第四章「自由/責任/プライバシーはどうなるか?」、第五章「集合知の新展開」、の全五章立て。西垣さんは同じく中公新書より2013年に『集合知とは何か――ネット時代の「知」のゆくえ』という著書を上梓されています。『ビッグデータと人工知能』第五章で西垣さんは「ビッグデータと人工知能と集合知とは三位一体なのだ」と明言しておられます。集合知(collective intelligence)は集団的知性とも訳されます。多数の人々の参加による協力的な問題対処により生まれるもので、「多くの人の知識が蓄積したもの。また、その膨大な知識を分析したり体系化したりして、活用できる形にまとめたもの」とデジタル大辞泉では定義されています。西垣さんはこう書いています。「集合知とは、現代文明のこうした欠陥〔極度な専門化による大局的判断の困難〕を補うための手段として位置づけられるだろう。一般の人々の多用な知恵が、適切な専門知のバックアップをうけて組み合わされ、熟議を重ねて問題を解決していくのが、21世紀の知の望ましいあり方なのだ。〔・・・〕人手にあまる膨大なビッグデータを分析し、専門家にヒントとなる分析結果を提供しつつ、集合知の精度や信頼性をあげていくことこそ、その〔人工知能の〕使命」だと(188~189頁)。この議論には重要な細部があるのですが、それはぜひ本書をひもといていただければと思います。

★なお、中央公論新社さんの今月新刊には、マルクーゼ『ユートピアの終焉――過剰・抑圧・暴力』(清水多吉訳、中公クラシックス、2016年7月、本体1,800円、新書判並製204頁、ISBN978-4-12-160166-7)もあります。これの親本は1968年に合同出版から刊行された同名の書籍かと思います。

★佐伯啓思『大転換』の親本は2009年、NTT出版刊。文庫化にあたって、「文庫版のためのあとがき」と、竹谷仁宏さんによる解説「脱成長社会の構想を大胆に示した書」が付されています。カヴァー裏の紹介文は以下の通り。「「文明の破綻としての経済危機」に再々襲われる不安定な時代にあって、本書はそれをもたらした理由を明確に示す。そのうえで「豊かさ」に関する価値観に転換を求め、「脱成長社会」への道を説いていく。グローバルな大競争時代において、破局を避ける方向を見いだすために、本書が説く論点は決定的に重要である」。佐伯さんは本書を次のように結ばれています。「今回の経済危機〔リーマン・ショック〕こそは、「大転換」の準備を行うためには絶好の機会なのである。そして、そのためには、われわれの「観念の枠組み」を変えてゆかねばならない。ケインズが述べたように、長期的に社会を動かすものは、結局、われわれがどのように社会を考えるか、という「観念」そのものnほかならないからだ。「大転換」への道とは、まずは、われわれの「観念」や「価値」の転換から始めなければならないのである」(332頁)。

★このほか、中央公論新社さんの既刊書では最近、トルコでのクーデター事件を受けて、クルツィオ・マラパルテ『クーデターの技術』(手塚和彰・鈴木純訳、中公選書、2015年3月、本体2,400円、四六判並製336頁、ISBN978-4-12-110021-4)が再注目されているようです。「国家権力を奪取し、防御する方法について歴史的分析を行った」(帯文より)本書は、1971年にイザラ書房より刊行された書籍の全面改訂版です。原著は1931年にフランスで刊行されており、日本では幾度となく翻訳されてきました。ソレル『暴力論』やマルクス『フランスの内乱』『哲学の貧困』のほかレーニンやジョレスなどの翻訳を手掛けられた木下半治(きのした・はんじ:1900-1989)さんがお訳しになった『近世クーデター史論』(改造社、1932年)が一番古く、そのあとに1971年にイザラ書房版が刊行され、さらにその翌年に海原峻・真崎隆治訳『クーデターの技術』(東邦出版社、1972年)が出版されています。

★クーデター研究の関連書には色々あるのですが、ルトワック『クーデター入門――その攻防の技術』(遠藤浩訳、徳間書店、1970年、絶版)もそうした一冊です。近年、戦略学者の奥山真司(おくやま・まさし:1972-)さんが再評価されてきたのは周知の通りですが、奥山さんのブログ「地政学を英国で学んだ」の2016年7月17年付エントリー「トルコのクーデターはなぜ失敗したのか」では、「フォーリン・ポリシー」誌のルトワックによる記事「Why Turkey's Coup d'État Failed: And why Recep Tayyip Erdogan's craven excesses made it so inevitable」(2016年7月16日付)の要訳を掲載されるとともに、エントリー末尾にこう記されています。「ルトワックは最近になって英語版の「クーデター入門」の新版を出したわけですが、私もいずれ近いうちにこれを翻訳できればと考えております」。奥山さんによる新訳がいずれ読めるようになるというのは朗報です。

★正津勉『乞食路通』はまもなく発売(26日取次搬入)。帯文に曰く「乞食上がりの経歴故に同門の多くに疎まれながら、卓抜な詩境と才能で芭蕉の寵愛を格別に受けた蕉門の異端児。《肌のよき石に眠らん花の山》(路通句126点収録)。つげ義春氏推薦!」と。目次を列記すると、前書/(一)薦を着て/(二)行衛なき方を/(三)火中止め/(四)世を捨も果ずや/幕間――芭蕉路通を殺せり/(五)寒き頭陀袋/(六)ぼのくぼに/(七)随意〱/(八)遅ざくら/後書/資料1:芭蕉路通関係年表/資料2:路通句索引。正津さんはこう書かれています、「乞食路通。芭蕉が生き得なかった、風狂を生き貫きつづけた。芭蕉と、路通と。一枚の硬貨の裏表。〔・・・〕いうならばアナザー芭蕉とでもいうところか」(228頁)。

★クーヴァー『ようこそ、映画館へ』は発売済。原書は、A Night at the Movies, or, You Must Remember This (Simon & Schuster, 1987)。帯文にはこうあります。「ポストモダン文学の巨人がラブレー顔負けの過激なブラックユーモアでおくる、映画館での一夜の連続上映と、ひとりの映写技師、そして観客の少女の奇妙な体験!」。目次は「プログラム」と記されており、以下のラインナップが並びます。「予告編『名画座の怪人』/今週の連作『ラザロのあとに』/冒険西部劇『ジェントリーズ・ジャンクションの決闘』/おすすめの小品『ギルダの夢』『フレームの内部で』『ディゾルヴ』/喜劇『ルー屋敷のチャップリン』/休憩時間〔インターミッション〕/お子様向けマンガ映画/紀行作品『一九三九年のミルフォード・ジャンクション――短い出会い』/ミュージカル『シルクハット』/ロマンス『きみの瞳に乾杯』。巻末の訳者あとがきで訳者は本書の特徴を3点挙げておられます。「スクリーンの内と外の境界が曖昧になる」、「性的なグロテスク・ユーモアが横溢したドタバタ劇喜劇の中で、レジェンドの主人公や俳優がつぎつぎと失墜し、偶像が破壊される」、「伝統的な価値観や倫理観の転覆がはかられる」。これらを訳者は「小説の脱構築」と端的に表現されています。
[PR]

by urag | 2016-07-24 13:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 17日

注目新刊:マルクス『資本論 第一部草稿』光文社古典新訳文庫、ほか

a0018105_0472998.jpg

資本論 第一部草稿――直接的生産過程の諸結果』マルクス著、森田成也訳、光文社古典新訳文庫、2016年7月、本体1,240円、463頁、ISBN:978-4-334-75335-1
英米哲学史講義』一ノ瀬正樹著、ちくま学芸文庫、2016年7月、本体1,200円、384頁、ISBN978-4-480-09739-2
論理学――考える技術の初歩』エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック著、山口裕之訳、講談社学術文庫、2016年7月、本体860円、240頁、ISBN978-4-06-292369-9
杜甫全詩訳注(二)』下定雅弘・松原朗編、講談社学術文庫、2016年7月、本体2,300円、960頁、ISBN978-4-06-292334-7
利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』筒井紘一訳、講談社学術文庫、2016年7月、本体740円、192頁、ISBN978-4-06-292375-0

★マルクス『資本論 第一部草稿』は発売済。光文社古典新訳文庫でのマルクス新訳は本書で4点目。森田さんの訳では2014年の『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』に続く『資本論』入門シリーズ第2弾です。同草稿の既訳書である岡崎次郎訳『直接的生産過程の諸結果』(国民文庫、1970年)や向坂逸郎訳『資本論綱要他四篇』(岩波文庫、1953年)はすでに品切となっているため、新訳はありがたいです。カヴァー紹介文はこうです。「マルクスは当初、『資本論』を「商品」から始まり「商品」で終わらせる予定だった。資本主義的生産過程の結果としての「商品」は単なる商品ではなく、剰余価値を含み資本関係をも再生産する。ここから見えてくる資本主義の全貌。『資本論』に入らなかった幻の草稿、全訳!」。帯文は次の通り。「『資本論』第一部の全体を簡潔に要約しつつも、「生産物が生産者を支配する」という転倒した姿を克明に描き出す。『資本論』では十分に語りつくせなかった独自の論点が躍動的に展開される必読の書。『資本論』の"もうひとつの結末"がここに」。

★「本書を構成しているのはいずれも『資本論』第一部の原稿断片」(訳者まえがき)であり、三部構成のうち中核をなすのは、もっともまとまった原稿である『資本論』第一部第六章「直接的生産過程の諸結果」で、第II部として収められています。この第六章は『資本論』第一部と第二部を橋渡する章であったものの割愛された原稿です。第I部「第六章以前の諸原稿」は『資本論』第一部の印刷原稿を執筆する際に使われなかったり、第六章に統合するつもりで原稿に挟み込まれた部分などで、第III部「その他の諸断片」は「『資本論』第一部の蓄積論の印刷用原稿を執筆する過程で採用されなかったいくつかの注」(訳者まえがき)とのことです。巻末には訳者による長編解説「中期マルクスから後期マルクスへ――過渡としての第一部草稿」(340~440頁)とマルクス年譜、訳者あとがきが配されています。

★なお、光文社古典新訳文庫の続刊として、C・S・ルイス『ナルニア国物語』(土屋京子訳、全7巻)が予告されているのに驚きました。同作品は岩波少年文庫の瀬田貞二訳『ナルニア国ものがたり』全7巻がロングセラーとなっています。学術書以上に文学作品の新訳は既訳と厳しく比較されますし、岩波少年文庫の価格帯(700~800円台)と張り合わなければならないわけで、なかなか挑戦できるものではありません。新訳第1巻が『魔術師のおい』であると予告されているということは、著者がかつて読者に教えた、年代順の読み方を踏襲するのでしょう。

★一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』は発売済。奥付前の特記によれば本書は、放送大学教材『功利主義と分析哲学――経験論哲学入門』(放送大学教育振興会、2010年)に増補改訂を施したもの。文庫化にあたって加えられたのは全16章のうち第12章「プラグマティズムから現代正義論へ」で、巻頭の「まえがき」も新たに加えられたものです。章立ては書名のリンク先に掲出されています。巻末には人名と事項を一緒にした索引が付されています。まえがきに書かれているように「本書は「功利主義」と「分析哲学」という二つの哲学・倫理学の潮流について、両潮流の源流に当たる「経験論哲学」に沿いながら論じ、なおかつ「計量化への志向性」という見地から功利主義と分析哲学が融合していく様子を追跡していくことを主題として」います。一ノ瀬さんの著書が文庫化されるのは意外にも今回が初めてです。

★講談社学術文庫3点はいずれも発売済。今月も「古典へ! 創刊40周年」と大書された帯がまぶしいです。コンディヤック『論理学』は文庫オリジナルで、1780年に出版されたLa logique, ou les premiers développements de l'art de penser の初訳です。底本には、ジョルジュ・ルロワ校訂によるPUF版コンディヤック哲学全集第2巻(1948年)が使用されています。「本書は、コンディヤックがポーランド国民教育委員会の要請を受けて執筆した論理学の初等教科書」(訳者解説221頁)であり、「数世代にわたってポーランドの教育に影響を与えただけでなく、フランスでも標準的な教科書として使用されることになった」(同222頁)もの。そして「こうした教育を受けてコンディヤックの学説を受け継いだ人々は「観念学派(イデオローグ)」と呼ばれ、フランス大革命前後の学界で中心的な位置を占めることになる」(同頁)とも説明されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。二部構成のうち、第一部は「人間が持つすべての知識は感覚に由来するという経験論哲学の思想が簡潔に述べられ」ます(同223頁)。第二部では「人間が思考するためには言語が不可欠であること、それゆえ正しく思考するためには言語をよく作ることが必要である」と主張されています(同頁)。

★『杜甫全詩訳注(二)』は全4巻のうちの第2回配本。カヴァー紹介文にはこうあります。「戦禍による社会秩序の崩壊や政治の堕落は、ついには杜甫の運命をも巻き込み、生涯にわたる漂泊の旅がここに始まる。〔・・・〕本巻は、生活の場としていた大唐のまほろば洛陽、長安を去り、蜀道の難所を越えて、成都の草堂で安らかな生活を手にする時期の作品を収載する」。

★『利休聞き書き「南方録 覚書」全訳注』は、『すらすら読める南方録』(講談社、2003年)が親本。文庫化にあたり、新たにまえがきとあとがきが付されています。帯文に曰く「利休が大成した茶法、茶禅一味の「わびの思想」を伝える基本の書」と。「南方録」は筑前福岡藩、黒田家家老の立花実山が、大阪・堺の南宗寺の南坊宗啓による利休からの聞き書きである秘伝書を「発見した」としていたもので、実際は実山の創作ではあるのですが、広く文献を渉猟研究したものとしてこんにちでも高く評価されている古典です。全7巻のうち「利休のわび茶を理解するうえでの入門」(学術文庫版まえがき)となる巻一「覚書」を現代語訳し懇切な解説を添えたのが本書です。底本は実山自筆書写本。巻七「滅後」の解説もできればよい、と筒井さんはまえがきに書かれており、これはぜひ実現を待ちたいところです。ちなみに筒井さんは「滅後」については現代語訳を『南方録(覚書・滅後)』(淡交社、2012年)で実現されています。なお「南方録」の現代語訳には、戸田勝久訳(『南方録』教育社新書、1981年、絶版)や、熊倉功夫訳(『現代語訳 南方録』中央公論新社、2009年)などがあります。

+++

★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

路上のジャズ』中上健次著、中公文庫、2016年7月、本体900円、304頁、ISBN978-4-12-206270-2
最強の社会調査入門――これから質的調査をはじめる人のために』前田拓也・秋谷直矩・朴沙羅・木下衆編、ナカニシヤ出版、2016年7月、本体2,300円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7795-10793
『家族システムの起源Ⅰ ユーラシア()』エマニュエル・トッド著、石崎晴己監訳、片桐友紀子・中野茂・東松秀雄・北垣潔訳、藤原書店、2016年6月、本体4,200円/4,800円、A5上製416頁/536頁、ISBN978-486578-072-7/ISBN978-4-86578-077-2

★中上健次『路上のジャズ』はまもなく発売。奥付前の編集付記によれば「本書は、著者のジャズと青春の日々をめぐるエッセイを独自に編集し、詩「JAZZ」、短篇小説「灰色のコカコーラ」、小野好恵によるインタビューおよび集英社文庫版『破壊せよ、とアイラーは言った』解説を合わせて収録したものである。中公文庫オリジナル」。ちなみに『破壊せよ、とアイラーは言った』(集英社文庫、1983年)はすでに絶版。中上のジャズ関連のエッセイや作品をまとめて読みたい読者には今回の新刊はうってつけの一冊かと思います。巻頭のエッセイ「野生の青春――「リラックスィン」」はマイルス・デイヴィスの1956年のアルバム「Relaxin'」をめぐる思い出。「野生の青春のすべてがここにある」(帯文より)という本書はデイヴィスやアイラーを聴きながら読みたい一冊です。18歳の時に執筆したという若さ溢れる処女小説「赤い儀式」は「アイラーの残したもの」というエッセイの中に挿入された「初出」のままのかたちで読めます。

★なお今月の中公文庫では上記新刊のほか、会田弘継『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』、水木しげる『水木しげるの戦場――従軍短篇集』、大岡昇平『ミンドロ島ふたたび』などが発売予定です。

★『最強の社会調査入門』はまもなく発売。本書のテーマは「面白くて、マネしたくなる」(まえがき)とのことで、社会調査の「極意を、失敗体験も含めて、16人の社会学者がお教え」(帯文より)するとのこと。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。社会調査のリアルな体験談が満載で、調査対象は様々でなおかつ特異ですが、それぞれに体当たりで挑んでいる様が分かります(本書に出てくる一例として、30歳前後で暴走族のパシリになるなど、なかなかできることではないように思います)。社会調査はジャーナリストや新聞記者などによる「取材」や「裏取り」に通じるものがあります。やや極端な話をすると、本書はユーチューバーになりたい人にとっても有益なはずです。ただし本書が教えるように「好きなものを研究対象にすることで、趣味の活動に差し障りが出たり、対象を嫌いになってしまうこともある」(東園子「好きなものの研究の方法」137頁)という言葉は「研究」を「仕事」に置き換えても真実であると感じます。なお、本書に関する「特設サイト」が開設されていますので、ご参照ください。

★トッド『家族システムの起源Ⅰ ユーラシア(上・下)』は発売済。L'Origine des systèmes familiaux, tome I : L'Eurasie (Gallimard, 2011)の翻訳です。上巻では中国とその周縁部/日本/インド/東南アジアを扱い、下巻ではヨーロッパ/中東(古代・近年)を扱っています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻巻頭の「日本語版への序文」で、トッドは以下のように述べています。「本書は、全く通常とは異なる、ほとんど逆の、とさえ言えそうな、人類の歴史の姿を提示するものである。ユーラシアの周縁部に位置する、現在最も先進的である国々、とりわけ西欧圏が、家族構造としては最も古代的〔アルカイック〕なものを持っているということを、示しているからである。発展の最終局面におけるヨーロッパ人の成功の一部は、そうした古代的な家族構造はかえって変化や進歩を促進し助長する体のものであり、彼らヨーロッパ人はそうした家族構造を保持してきた、ということに由来するのである。このような逆説は、日本と中国の関係の中にも見出される」(3頁)。

★そしてこうも述べています、「今後は家族システムの歴史のこうした新たな見方を踏まえた人類の社会・政治・宗教史の解釈を書くことが必要となるのだ」(同)と。また、下巻末尾の「第II巻に向けて――差し当たりの結論」にはこう書かれています。「本書第二巻は、その完成の暁には、人類の再統一〔再単一化〕を促進することになるだろう。監訳者の石崎さんは「訳者解説」で次のように評価されています。「「世界のすべての民族を単一の歴史の中に統合」しようとする試みは、発見と創見に満ちたダイナミックな知的冒険として展開しつつある。第二巻の完成が待たれるとともに、「家族システムの歴史のこうした新たな見方を踏まえた人類の社会・政治・宗教史の解釈」(序文)が掛かれることも、大いに期待したいものである」(838頁)。来たるべき第二巻は「L'Afrique, l'Amérique et l'Océanie」を扱うようです。
[PR]

by urag | 2016-07-17 00:47 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)