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カテゴリ:本のコンシェルジュ( 882 )


2017年 04月 12日

注目新刊:日本語版オリジナル論集にして初の単行本、ホワイト『歴史の喩法』作品社

上村忠男さん(訳書:カッチャーリ『抑止する力』、アガンベン『到来する共同体』、パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
ヘイドン・ホワイト(Hayden White, 1928-)の主要論考7本を編んで1冊とした日本語版オリジナル論集の訳書をご刊行されました。編訳者あとがきによれば、本書は、『メタヒストリー――19世紀ヨーロッパの歴史的想像力』(1973年)の後に刊行された3冊の批評論集である『言述の喩法』(1978年)、『形式の内容』(1987年)、『フィギュラル・リアリズム』(1999年)のなかから、主要な論考を選んで訳出したもので、編訳を担当された上村さんが各論文の解題や、巻末解説をお書きになっておられます。『メタヒストリー』は岩崎稔監訳で作品社さんより続刊予定とのことです。なおホワイトの著書の展開場所ですが、歴史書売場でカルロ・ギンズブルグを扱っていらっしゃる書店さんはその隣に置かれると良いかもしれません。ギンズブルグとホワイトの対立については後段で言及する『アウシュヴィッツと表象の限界』をご参照ください。

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歴史の喩法――ホワイト主要論文集成
ヘイドン・ホワイト著 上村忠男編訳
作品社 2017年4月 本体3,200円 46判上製305頁 ISBN978-4-86182-635-1

帯文より:“メタヒストリー”によって歴史学に革命的転換をもたらしたヘイドン・ホワイト――その全体像を理解するための主要論文を一冊に編纂。

目次:
日本の読者のみなさんへ(ヘイドン・ホワイト)
第1章 歴史という重荷〔The Burden of History. 初出1966年、『言述の喩法』収録〕
第2章 文学的製作物としての歴史的テクスト〔The Historical Text as Literary Artifact. 初出1974年、『言述の喩法』収録〕
第3章 歴史の喩法――『新しい学』の深層構造〔The Tropics of History: The Deep Structure of the New Science. 初出1976年、『言述の喩法』所収〕
第4章 現実を表象するにあたっての物語性の価値〔The Value of Narrativity in the Representation of Reality. 初出1980年、『形式の内容』所収〕
第5章 歴史的解釈の政治――ディシプリンと脱崇高化〔The Politics of Historical Interpretation: Discipline and De-Sublimation. 初出1982年、『形式の内容』所収〕
第6章 歴史のプロット化と歴史的表象における真実の問題〔Historical Emplotment and the Problem of Truth in Historical Representation. 初出1992年、『フィギュラル・リアリズム』所収〕
第7章 アウエルバッハの文学史――比喩的因果関係とモダニズム的歴史主義〔Auerbach's Literary History: Figural Causation and Modernist Historicism. 初出1996年、『フィギュラル・リアリズム』所収〕
編訳者による解題
解説「ヘイドン・ホワイトと歴史の喩法」(上村忠男)
編訳者あとがき

なお、第4章「現実を表象するにあたっての物語性の価値」には以下の既訳があります。海老根宏・原田大介訳『物語と歴史』(《リキエスタ》の会、2001年;初出「歴史における物語性の価値」、W・T・J・ミッチェル編『物語について』所収、平凡社、1987年)。また、第6章「歴史のプロット化と歴史的表象における真実の問題」はもともと、ソール・フリードランダー編『アウシュヴィッツと表象の限界』(未來社、1994年)に上村さん自身の訳で「歴史のプロット化と真実の問題」という題名で収録されています。

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by urag | 2017-04-12 15:57 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 04月 09日

注目新刊:観光客/来たるべきバカ/混合体・・・の哲学、ほか

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ゲンロン0:観光客の哲学』東浩紀著、ゲンロン、2017年3月、本体2,300円、A5版並製320頁、ISBN978-4-907188-20-7
勉強の哲学――来たるべきバカのために』千葉雅也著、文藝春秋、2017年4月、本体1,400円、四六判並製240頁、ISBN978-4-16-390536-5
五感〈新装版〉――混合体の哲学』ミッシェル・セール著、米山親能訳、法政大学出版局、2017年3月、本体6,200円、四六判上製584頁、ISBN978-4-588-14039-6

★このところ人文書では話題の新刊が続いています。今月は東浩紀さんや千葉雅也さんの新刊が書店さんの店頭にほぼ同時期に並ぶことになり、私がよくお邪魔している某店では國分功一郎さんの先月新刊『中動態の世界』を加えて三冊の「白い本」が強烈な波動を放っています。お店によってはさらに今月新刊の、西兼志さんの『アイドル/メディア論講義』(東京大学出版会)を並べておられることでしょうし、星野太さんの『崇高の修辞学』の重版(月曜社)を一緒に展開して下さっていることもあるかと思います。偶然かもしれませんが、東さんの本も千葉さんの本も「~の哲学」という書名で、哲学的思索の再起動を垣間見る思いがします。

★「~の哲学」といえば、少し前にミシェル・セールの『五感――混合体の哲学』も再刊されました。セールはつくづく「未来の哲学者」です。東さんや千葉さんが盛り上げてくださっている売場で、若い読者がセールの柔らかで魅力溢れる知的文体に出会うことを期待したいです。本書は『Les cinq sens : philosophie des corps mêlés Tome 1』(Grasset, 1985)の翻訳で、1991年に刊行されました(その後一度カバーデザインが変わったのは2004年の復刊時だったでしょうか)。「偉大な思想ほど価値のあるものは何もない。なぜならその思想は、雑多な色の波型模様を描きつつ、壮大な風景を開くからであり、その思想をよりよく理解することの奇跡のような歓喜は、誰であれ凡庸な部屋のなかで眠っている者の住居を拡げ、宮殿としての彼の世界を突然改造するからである」(528頁)。それに続く一連の美しい論証を見るとき、私は哲学の再起動がいかに世界(の見方)を変えるか、その鮮やかさを思います。

★『ゲンロン0:観光客の哲学』は「『郵便的』から19年、集大成にして新展開」(帯文より)の新著で、「いままでの仕事をたがいに接続するように構成されている」(はじめに、7頁)のだと言います。つまり本書は、『存在論的、郵便的』(新潮社)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『一般意志2・0』(講談社)、『弱いつながり』(幻冬舎)のいずれの続編としても読めるもので、その基本的主題は「誤配こそが社会をつくり連帯をつくる。だからぼくたちは積極的に誤配に身を曝さねばならない」(はじめに、9頁)というものです。第4章「郵便的マルチチュードへ」には次のように記されており、これは帯文にも引かれています。「ネグリたちのマルチチュードは、あくまでも否定神学的なマルチチュードだった。だから彼らは、連帯しないことによる連帯を夢見るしかなかった。けれどもぼくたちは、観光客という概念のもと、その郵便化を考えたいと思う。そうすることで、たえず連帯しそこなうことで事後的に生成し、結果的にそこに連帯が存在するかのように見えてしまう。そのような錯覚の集積がつくる連帯を考えたいと思う。ひとがだれかと連帯しようとする。それはうまくいかない。あちこちでうまくいかない。けれどもあとから振り返ると、なにか連帯らしきものがあったかのような気もしてくる。そしてその錯覚がつぎの連帯の(失敗の)試みを後押しする。それが、ぼくが考える観光客=郵便的マルチチュードの連帯のすがたである」(159頁)。

★さらにこのあとこう書かれてもいます。「マルチチュードが郵便化すると観光客になる。観光客が否定神学化するとマルチチュードになる。〔・・・〕連帯の理想を掲げ、デモの場所を求め、ネットで情報を集めて世界中を旅し、本国の政治とまったく無関係な場所にも出没する21世紀の「プロ」の市民運動家たちの行動様式がいかに観光客のそれに近いか、気がついていないのだ。〔・・・〕観光客は、連帯はしないが、そのかわりたまたま出会ったひとと言葉を交わす。デモには敵がいるが、観光には敵がいない。デモ(根源的民主主義)は友敵理論の内側にあるが、観光はその外部にあるのだ」(160頁)。本書は昨年から今年にかけての冬の三ヶ月に執筆されたそうです。「本書の執筆を終え、ぼくはいま、かつてなく書くことの自由を感じている」(はじめに、7頁)という東さんの本書は、かつてない疾走感に満ちた同時代感覚を読者に届けるものです。それは誤配のユートピア、とでも言うべきものでしょうか。

★「21世紀の新たな抵抗は、帝国と国民国家の隙間から生まれる。それは、帝国を外部から批判するのでもなく、また内部から脱構築するのでもなく、いわば誤配を演じなおすことを企てる。出会うはずのないひとに出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の体制にふたたび偶然を導き入れ、集中した枝をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる。そして、そのような実践の集積によって、特定の頂点への富と権力の集中にはいかなる数学的な根拠もなく、それはいつでも解体し転覆し再起動可能なものであること、すなわちこの現実は最善の世界ではないことを人々につねに思い起こさせることを企てる。ぼくには、そのような再誤配の戦略こそが、この国民国家=帝国の二層化の時代において、現実的で持続可能なあらゆる抵抗の基礎に置かれるべき、必要不可欠な条件のように思われる。21世紀の秩序においては、誤配なきリゾーム状の動員は、結局は帝国の生権力の似姿にしかならない。/ぼくたちは、あらゆる抵抗を、誤配の再上演から始めなければならない。ぼくはここでそれを観光客の原理と名づけよう。21世紀の新たな連帯はそこから始まる」(192頁)。

★「観光客の哲学とは誤配の哲学なのだ。そして連帯〔ローティ〕と憐み〔ルソー〕の哲学なのだ。ぼくたちは、誤配がなければ、そもそも社会すらつくることができない」(198頁)。毎回インスピレーションを感じるのですが、東さんの著書はすべて出版論に読み替えることが可能だと思います。誤配は皮肉にも物流においてもっとも忌避すべき過ちだからこそ、東さんの言う「誤配」を出版人は真剣に受け止めねばならないと思うのです。なぜならば、私たちは「子として死ぬだけではなく、親としても生き」(300頁)るべきだからです。ここでは実体的な家族のことを論じられているという以上に、リレーのありようが問われているのです。

★いっぽう、千葉さんの『勉強の哲学』は、東さんにとっての『弱いつながり』のように、本来的な意味での「自己啓発」書へと踏み出された一歩ではないかというのが第一印象です。「人生の根底に革命を起こす「深い」勉強、その原理と実践」と帯文にはいたわれています。「勉強を深めることで、これまでのノリでできた「バカなこと」が、いったんできなくなります。「昔はバカやったよなー」というふうに、昔のノリが失われる。全体的に、人生の勢いがしぼんでしまう時期に入るかもしれません。しかし、その先には「来たるべきバカ」に変身する可能性が開けているのです。この本は、そこへの道のりをガイドするものです。/勉強の目的とは、これまでとは違うバカになることなのです。その前段階として、これまでのようなバカができなくなる段階がある。/まず、勉強とは獲得ではないと考えてください。勉強とは、喪失することです。これまでのやり方でバカなことができる自分を喪失する」(はじめに、13~14頁)。

★書名のリンク先では「はじめに」と第一章の最初の二ページ分の立ち読みも可能です。本書はもとより千葉さんのデビュー作『動きすぎてはいけない』(河出書房新社、2013年)に比べて親切な語り口の本ですが、さらに結論では本書の主題が端的にまとめられており、通読した方にとってはおさらいになるとともに、未読の方にとっては本書の通覧的な見通しを得るよすがとなります。こうしたネタバレを恐れない書き方は、本書に細部があるからこそできることです。第1章「勉強と言語――言語偏重の人になる」は原理編その1であり「勉強とは、これまでの自分の自己破壊である」と要約されています。第2章「アイロニー、ユーモア、ナンセンス」は原理編その2であり、「環境のノリから自由になるとは、ノリの悪い語りをすることである」。第3章「決断ではなく中断」は原理編その1であるとともに実践編その1で、「どのように勉強を開始するか。まず、自分の現状をメタに観察し、自己アイロニー〔自己ツッコミ〕と自己ユーモア〔自己ボケ〕の発想によって、現状に対する別の可能性を考える」。第4章「勉強を有限化する技術」は実践編その2であり、「勉強とは、何かの専門分野に参加することである」。

★本文では重要な語句や文章はゴシック体で組まれています。「ツイッター哲学」としての『別のしかたで』(河出書房新社、2014年)の次の、千葉さんの最新作が勉強論だということはしばらく前から知られていたことではありました。こうしてひもといてみると、千葉さんの思考と実践のエッセンスがぎゅっと凝縮された本で、なおかつそれを可能なかぎり明晰に明瞭に記述しえた魅力的な本だと感じます。結論の後にある「補論」は。「本書の学問的背景を知りたい方、専門家の方へ」と始まり、「本書は、ドゥルーズ&ガタリの哲学とラカン派精神分析学を背景として、僕自身の勉強・教育経験を反省し、ドゥルーズ&ガタリ的「生成変化」に当たるような、または精神分析過程に類似するような勉強のプロセスを、構造的に描き出したものです」(222頁)と説明されています。こうした種明かしは自画像に似て、自意識との困難な格闘が伴うものですが、千葉さんにとってこうした相対化は、ある種必然だったのではないかと思われます。というのも、『勉強の哲学』は、NHKの特番を書籍化した『哲子の部屋Ⅲ: “本当の自分”って何?』(河出書房新社、2015年)で言及されていた「変態の哲学」を出発点に、詳しく方法論を示したものだとも読めるからです。

★「僕が言いたいことはシンプルです――「最後の勉強」をやろうとしてはいけない。絶対的な根拠を求めるな、ということです。それは、究極の自分探しとしての勉強はするな、と言い換えてもいい。自分を真の姿にしてくれるベストな勉強など、ない」(136頁)。また、後段ではこのようにも書かれています。「アイロニーの批判性を生かしておくには、絶対的なものを求めず、そして、複数の他者の存在を認めなければならない。アイロニカルな批判は、むしろハンパな状態にとどめておく必要があるのです」(145頁)。そして、「複数の他者のあいだで旅しながら考えること」(146頁)の可能性が説明されます。「信頼に値する他者は、粘り強く比較を続けている人である」(148頁)という千葉さんが言う、「出来事と出会い直そうとする」(153頁)ことや「「変化しつつあるバカさ」で行為する」(170頁)ことをめぐる議論は、どこか東さんの「観光客の原理」と交差する部分があるような予感がします。

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★さらにここ最近の文庫新刊では以下のものに注目したいと思います。
点と線から面へ』ヴァシリー・カンディンスキー著、宮島久雄翻訳、ちくま学芸文庫、2017年4月、本体1,000円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-09790-3
『枕草子』巻、清少納言著、島内裕子校訂訳、ちくま学芸文庫、2017年4月、本体1,400円/本体1,500円、文庫判464頁/528頁、ISBN978-4-480-0978-6/978-4-480-09787-3

★『点と線から面へ』と『枕草子』上下巻は今月のちくま学芸文庫の新刊。このほかには納富信留『哲学の誕生』、アルフレッド・W・クロスビー『ヨーロッパの帝国主義』が発売されています。カンディンスキー『点と線から面へ』は、中央公論美術出版社の「バウハウス叢書」の第9巻として1995年に刊行されたものの文庫化。底本は原著第二版(1926年)。既訳には『カンディンスキー著作集(2)点・線・面――抽象芸術の基礎』(西田秀穂訳、美術出版社、1959年;改訂版1979年;新装版2000年)がありますが、こちらの底本は1955年の第3版(ベンテリ社版)です。巻末の文庫版あとがきによれば、再刊にあたり、訳語の修正が行われています。ちくま学芸文庫さんには今後もバウハウス叢書の品切本の文庫化を期待したいところです。

★いっぽう島内裕子校訂・訳『枕草子』上下本は文庫オリジナル。凡例によれば「現代では「三巻本」で『枕草子』を読むことが主流となっているが、昭和20年代頃までは「枕草子を読む」とは、基本的に、北村季吟『春曙抄』を読むことであった。日本文化に大きな影響を与えてきた『枕草子』の本分に触れるために、本書の底本を『春曙抄』とするゆえんである」と(下巻巻末の「解説」には『春曙抄』に対するさらなる言及あり)。構成は段ごとに本文、現代語訳、評というシンプルなもの。語釈や補注が欲しいという方は、石田穣二訳注『新版 枕草子―――付現代語訳』(上下巻、角川ソフィア文庫、1979~1980年)や、上坂信男/神作光一全訳注『枕草子』(全3巻、講談社学術文庫、1999~2003年) などが参考になるかと思います。このほか、橋本治さんによる『桃尻語訳 枕草子』(全3巻、河出文庫、1998年)や、大庭みな子さんによる『現代語訳 枕草子』(岩波現代文庫、2014年)をはじめ、様々なヴァージョンがあります。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。
もうひとつの〈夜と霧〉――ビルケンヴァルトの共時空間』ヴィクトール・E・フランクル著、諸富祥彦編、広岡義之編訳、林嵜伸二訳、ミネルヴァ書房、2017年4月、本体2,200円、4-6判上製208頁、ISBN978-4-623-07936-0
18歳で学ぶ哲学的リアル――「常識」の解剖学』大橋基著、ミネルヴァ書房、2017年4月、本体2,800円、A5判並製306頁、ISBN978-4-623-07937-7
『新しき土』の真実――戦前日本の映画輸出と狂乱の時代』瀬川裕司著、平凡社、2017年4月、本体4,500円、A5判上製376頁、ISBN978-4-582-28264-1
2100年へのパラダイム・シフト』広井良典+大井浩一編、作品社、2017年3月、本体1,800円、A5判並製217頁、ISBN 978-4-86182-597-2

★ミネルヴァ書房さんの新刊『もうひとつの〈夜と霧〉』『18歳で学ぶ哲学的リアル』はともにまもなく発売(今月20日頃)。フランクル『もうひとつの〈夜と霧〉』はドイツ語版『夜と霧』の初版に付録として併載されていた思想劇「ビルケンヴァルトの共時空間――ある哲学者会議」(Synchronisation in Birkenwald : Eine metaphysische Conference. 初出は1948年『ブレンナー峠』誌第17号)の、初の単行本化です。既訳には武田修志訳(『道標』第33号、人間学研究会、2011年6月、2~54頁)があるとのこと。この思想劇について広岡さんは巻頭の「はしがき」で「強制収容所を舞台として展開されており、『夜と霧』の内容がリアルに戯曲化されている」と紹介されています。この思想劇はまず、スピノザ、ソクラテス、カントが天国で話し合うところから始まります。「人間は地獄でも人間であり続けることができるということを証明する」とソクラテスは述べ、3人は下界のビルケンヴァルト強制収容所へ降りていきます。そこで語り合う被収容者らを観察し、さらに議論を交わします。淡々とした劇ですが、作者の血涙が行間に滲み出るような内容です。本書の後半はこの劇作の詳細な解説。

★『18歳で学ぶ哲学的リアル』の著者、大橋基さん(おおはし・もとい:1965-)は現在法政大学文学部・社会学部兼任講師。共著や共訳書がありますが、単独著は本書が初めてになります。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の序章にはこう書かれています。「本書は「哲学入門」に先立つ緩やかなエントランスである。ここから「哲学」のなかに踏み込んでも、「社会科学」や「自然科学」に立ち返ってもかまわない。学校の勉強とは無関係な「怖いものみたさ」でも大歓迎だ。/君たちが、自分に似た「哲学者」を見つけたとき、彼らは君たちを「非日常」へのいざなう「秘密の友人」になる」(8頁)。各章末には参考文献が列記され、巻末には用語集と索引が配されています。本書は「大学の社会科学系学部に在籍する学生向けの「哲学案内」として企画された。〔・・・〕内容は〔・・・〕「近代以後の規範的倫理学」を中心とするものとなっている」(あとがき)。本書執筆に至りつくまでの苦労の一端は終章の最終節「ある日の夕暮れどき、「教室」で」にリアルに描写されています。

★瀬川裕司『『新しき土』の真実』はまもなく発売(今月14日頃)。帯文に曰く「若き原節子を〈世界の恋人〉たらしめた、戦前における「最初で最後の本格的輸出映画」の真相に切り込む力作。日独共同製作の裏側で囁かれ、現在でも定説として語り継がれる数々の嘘と虚報を、ドイツ側の視点も含めて丹念に検証し、『新しき土』という怪物を生み出した時代の精神を明らかにする。「日独防共協定の産物」か、「ナチのプロパガンダ」か、果ては「国辱映画」か」。目次についても列記します。序章「世界への夢」、第一章「日本映画の海外進出」、第二章「『新しき土』の誕生」、第三章「伊丹版・ファンク版の相違点」、第四章「批評の諸相」、第五章「『新しき土』製作期以降の輸出映画」、第六章「関係者の運命」、最終章「『新しき土』を生み出したもの」、あとがき、参考文献。序章の末尾には各章が次の通り要約されています。「第一章で『新しき土』以前の日本における映画輸出の流れを確認し、第二章で『新しき土』が企画されてから完成後の海外プロモーション活動までの経過、第三章で『新しき土』における〔両監督〕伊丹〔万作〕版と〔アーノルト・〕ファンク版の相違点、第四章で『新しき土』が受けた批評の諸相、第五章で『新しき土』製作時期以後の日本映画輸出の試み、第六章で『新しき土』に関わった主要人物のその後の運命を扱い、最終章で何が同作を生み出したかについて総括をおこなう」。

★『2100年へのパラダイム・シフト』は発売済。帯文はこうです。「日本を代表する50人の知性が“21世紀の歴史”の大転換を予測する。資本主義の危機、ポピュリズムの台頭、宗教とテロ、覇権交代の国家……世界、そして日本はどうなるのか?」。「国家と紛争の行方」「脱〈成長〉への道」「〈核〉と人類」「新しい倫理」「変貌する学と美」の五部構成で、それぞれの冒頭には編者の広井さんと識者による討議が置かれ、そのあとに7~10本の寄稿が並べられています。収録作はオンライン書店「honto」に上がっています。「述」とあるのが各部冒頭の討議です。

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★さらに注目すべき新刊としては、4月5日発売となったらしいもののその値段ゆえに書店店頭ではまだ見かけていない二冊本、伊藤博明『ヨーロッパ美術における寓意と表象――チェーザレ・リーパ『イコノロジーア』研究【付属資料『イコノロジーア』一六〇三年版全訳】』(ありな書房、2017年4月、本体36,000円、B5判上製函入272頁+別冊432頁、ISBN978-4-7566-1751-4)があります。図像学のかの大古典、リーパの『イコノロジーア』の全訳が成ったということで、2017年の大ニュースのひとつになるべきところですが、版元ドットコムでの特記や雑誌広告を除くと、アマゾンでもhontoでもこの驚嘆すべき付属資料について記載がなく、もっと宣伝したらいいのに、と感じます。アマゾンでは在庫なしですが、買い物カゴが付いているので取り寄せ可能ということでしょう【4月13日現在、カゴが外れてしまいました】。hontoでは「現在お取り扱いができません」となっており、丸善、ジュンク堂、文教堂のいずれにも店頭在庫なし。まあこの値段ですから今後も書店さんが仕入れるというのは難しいかもしれません。さほど発行部数は多くないでしょうからうかうかしていると図書館に買われて品切、となる可能性もあります。ただ、ありな書房さんの前回の高額本『ヴァールブルク著作集 別巻1 ムネモシュネ・アトラス』(2012年3月刊、本体24,000円、ISBN978-4-7566-1222-9)に比してもさらに高いわけなので、なかなか手が届きにくいですね。

★最後にもうひとつ。これまで復刊ドットコムでは「ジャガーバックス」の復刊が行われてきましたが、ついに「ジュニアチャンピオンコース」の復刊も開始となりそうです。しかもその第一弾は、斎藤守弘著『なぞ怪奇 超科学ミステリー』(1974年)だというのです。子どもの頃愛読していたにもかかわらず大学生になる前に一括処分してしまい、あとあとになってそのことを悔やんだだけに、購入を決断するには一秒もかかりませんでした。身も蓋もないことを言うと、子供だった時分のインパクトは、復刊されて見直す際にはずいぶん薄れてしまっていることに気づくことが多いです。それでも、この本とともに生きたことを思い出すのは、自分の奥に埋もれて見つけがたくなってしまったものをもう一度掘り起こすきっかけになるわけで、その意味で復刊本は「特別な装置」たりうるのです。

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by urag | 2017-04-09 23:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 04月 01日

注目新刊:松田行正『デザインってなんだろ?』、ほか

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デザインってなんだろ?』松田行正著、紀伊國屋書店、2017年3月、本体1,800円、B6変形判並製328頁、ISBN978-4-314-01145-7
タウリス島のイフィゲーニエ』ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ作、市川明訳、松本工房、2017年1月、本体1,100円、新書判並製352頁、ISBN978-4-944055-87-6
ゴーストタウン』ロバート・クーヴァー著、上岡伸雄・馬籠清子訳、作品社、2017年3月、本体2,400円、四六判上製246頁、ISBN978-4-86182-623-8

★松田行正『デザインってなんだろ?』は3月29日取次搬入済の新刊。新書判よりわずかに天地左右が大きいサイズで、手のひらにしっくりくる美しい本です。帯文に曰く「ブックデザインの世界を颯爽と駆け抜けてきた著者が、長年の経験と博覧強記の知識を駆使して、デザインや美的感覚が、そもそもどのように形成されていったか、歴史の糸をときほぐしつつ解説する渾身のデザイン論。混迷する文化状況を俯瞰し、その行く末を占う読み物としても楽しめる、基礎教養が詰まったコンパクトブック」。目次は書名のリンク先をご覧ください。小口に仕掛けがあり、2種類の模様が浮かび上がるようになっています。巻頭からめくるのと巻末からめくるのでは模様が違うのです。一見、硬くて開きづらい本のように感じますが、PUR製本なので、よほど乱暴にしないかぎりはぐいっと開いてもしっかり開きます。松田さんは巻頭の「はじめに」で、現在はコンピュータで仕事をしているものの、コンピュータ以前のデザインは「コンピュータまかせではない発送の宝庫だ」と指摘されています。「本書は、歴史探偵さながらに、さまざまなデザインの背景にある意味などを探求し、まとめてみたものです」。またこうも記しておられます「効率や実利にばかり気を取られ、〔・・・〕すぐに役立つことばかりにとらわれ過ぎるのも、なにか寂しい気がします。やはり精神的で持続可能性のある豊かさは大事です」。歴史をひもとくカラー図版多数、これこそ本当の「自己啓発本」です。「さっさと仕事を終えて遊ぼう!」という帯のキャッチフレーズも素敵です。

★ゲーテ『タウリス島のイフィゲーニエ』は、大阪大学名誉教授の市川明さん(いちかわ・あきら:1948-)の個人訳によるドイツ語圏演劇翻訳シリーズ「Akira Ichikawa Collection」の第1巻として2014年10月に刊行されたものの新装版。初版は横長のB5変型判という大判な本でしたが、新装版では第2巻以降と同じ新書判となっています。本文は美しいオリーブ色で刷られ、ドイツ語原文との対訳となっています。同シリーズの既刊書には以下のものがあります。第2巻:クライスト『こわれがめ 喜劇』2015年、第3巻:レッシング『賢者ナータン 五幕の劇詩』2016年、第4巻:ブレヒト『アルトゥロ・ウイの興隆』2016年。有限会社松本工房さんは大阪市でグラフィックデザイン、組版、出版を営んでいる会社。二代目の代表者松本久木さんへの2009年のインタヴュー記事によれば同社は1977年に松本さんの父上が創業。経営難から2000年代前半に久木さんが関わるようになり、見事に危機を脱して、大阪の「ひとり出版社」として活躍されています。制作されている書籍はいずれも造本が美麗なものばかりですが、ほとんどがお手頃価格なのがすごいところ。たとえば劇作家の深津篤史さん(ふかつ・しげふみ:1967-2014)の作品集成『深津篤史コレクション』3巻本をご覧ください。その繊細な佇まいにはっとします。このほか、海外からの注文が多く来るという博士号取得論文刊行シリーズ「INITIAL」、アートブックレーベル「colophon.」、ギャラリーとヴィジュアルブックのレーベル「ondo」など、いずれも紙媒体の喜びに満ちあふれた仕事を手掛けておられます。

★クーヴァー『ゴーストタウン』は『Ghost Town』(Henry Holt/Grove Press, 1998)の翻訳。訳者あとがきによれば、本書の刊行によって「クーヴァーのパロディ物4冊が揃った」と。ほかの3冊は『老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る』『ノワール』『ようこそ、映画館へ』で、いずれも作品社より刊行。『ゴーストタウン』について訳者はこうも述べています。「いわば西部劇のテーマパークで乗り物に乗り、決められたコースを走っているかのような感じなのだ。とはいっても、ディズニーランドのような清潔なテーマパークではない。暴力的な要素、卑猥で下品な要素が思い切り誇張され、神話に隠された裏の部分を露わにする。そして、人間が作り上げた文化的構築物の中でしか生きられない我々の姿を照射して見せる」(244頁)。「ピンチョン、バース、バーセルミらと並び称される、アメリカのポストモダン文学を代表する小説家」(著者略歴より)としてのクーヴァーの面目躍如とした一作、と言ってよいかと思われます。

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★今月以降の注目新刊を列記します。

0329『カウンター・デモクラシー――不信の時代の政治』ピエール・ロザンヴァロン著、嶋崎正樹訳、岩波書店
0329『幻想としての〈私〉: アスペルガー的人間の時代』大饗広之著、勁草書房
0331『〈わたし〉と〈みんな〉の社会学』大澤真幸/見田宗介著、左右社
0331『不協和音の宇宙へ: モンテスキューの社会学』中江桂子著、新曜社
0331『人間の運命』ラインホールド・ニーバー著、髙橋義文/柳田洋夫訳、聖学院大学出版会
0331『歴史の喩法――ホワイト主要論文集成』ヘイドン・ホワイト著、上村忠男訳、作品社
0401『理念の進化』ニクラス・ルーマン著、土方透監訳、新泉社
0404『書店員の仕事』NR出版会編、新泉社
0404『流されるな、流れろ! ありのまま生きるための「荘子」の言葉』川崎昌平著、洋泉社
0405『啓蒙と神話: アドルノにおける人間性の形象』藤井俊之著、航思社
0406『デカメロン(中)』ボッカッチョ著、平川祐弘訳、河出文庫
0406『現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?』ケネス・S・ロゴフ著、村井章子訳、日経BP社
0408『ゲンロン0 観光客の哲学』東浩紀著、ゲンロン
0410『第四の革命――情報圏(インフォスフィア)が現実をつくりかえる』ルチアーノ・フロリディ著、春木良且/犬束敦史/先端社会科学技術研究所訳、新曜社
0411『実体概念と関数概念【新装版】――認識批判の基本的諸問題の研究』エルンスト・カッシーラー著、山本義隆訳、みすず書房
0411『死に至る病』セーレン・キェルケゴール著、鈴木祐丞訳、講談社学術文庫
0411『写生の物語』吉本隆明著、講談社文芸文庫
0411『ヨハネス・コメニウス 汎知学の光』相馬伸一著、講談社選書メチエ
0411『勉強の哲学――来たるべきバカのために』千葉雅也著、文藝春秋
0411『人類の未来――AI、経済、民主主義』ノーム・チョムスキー/レイ・カーツワイル/マーティン・ウルフ/ほか著、NHK出版新書
0412『アナキスト民俗学: 尊皇の官僚・柳田国男』絓秀実/木藤亮太著、筑摩選書
0414『スノーデン 日本への警告』エドワード・スノーデン/青木理/井桁大介/金昌浩 /ベン・ワイズナー/宮下紘/マリコ・ヒロセ著、集英社新書
0415『バウドリーノ』上下巻、ウンベルト・エーコ著、堤康徳訳、岩波文庫
0418『科学とモデル――シミュレーションの哲学 入門』マイケル・ワイスバーグ著、松王政浩訳、名古屋大学出版会
0418『ゾンビ学』岡本健著、人文書院
0419『辺境図書館』皆川博子著、講談社
0419『ポピュリズムとは何か』ヤン=ヴェルナー・ミュラー著、板橋拓己訳、岩波書店
0420『ラカニアン・レフト――ラカン派精神分析と政治理論』ヤニス・スタヴラカキス著、山本圭/松本卓也訳、岩波書店
0420『もうひとつの〈夜と霧〉: ビルケンヴァルトの共時空間』ヴィクトール・E・フランクル著、諸富祥彦/広岡義之編、広岡義之/林嵜伸二訳、ミネルヴァ書房
0420『戦争にチャンスを与えよ』エドワード・ルトワック著、奥山真司訳、文春新書
0422『再起動する批評――ゲンロン批評再生塾第1期全記録』東浩紀編著、朝日新聞出版
0422『老子道徳経(井筒俊彦翻訳コレクション)』井筒俊彦著、古勝隆一訳、慶應義塾大学出版会
0422『著作権の誕生――フランス著作権史』宮澤溥明著、太田出版
0425『美学講義』G. W. F. ヘーゲル著、寄川条路監修、石川伊織/小川真人/瀧本有香訳、法政大学出版局
0425『記号と再帰 新装版: 記号論の形式・プログラムの必然』田中久美子著、東京大学出版会
0425『人工知能の哲学: 生命から紐解く知能の謎』松田雄馬著、東海大学出版部
0427『臨床哲学の知』木村敏/今野哲男著、言視舎
0427『美味礼讃』ブリア=サヴァラン著、玉村豊男訳、新潮社
0429『アレゴリー:ある象徴的モードの理論』アンガス・フレッチャー著、伊藤誓訳、白水社
0430『思考の体系学: 分類と系統から見たダイアグラム論』三中信宏著、春秋社
0510『柄谷行人講演集成1985-1988 言葉と悲劇』ちくま学芸文庫
0512『ラテン語を読む――キケロ―「スキーピオーの夢」』山下太郎著、ベレ出版
0526『メルロ=ポンティ哲学者事典 第二巻:大いなる合理主義・主観性の発見』加賀野井 秀一ほか監訳、白水社
0529『トールキンのベーオウルフ物語<注釈版>』J・R・R・トールキン著、岡本千晶訳、原書房

★なんといっても今月は、東浩紀さんの『観光客の哲学』と、千葉雅也さんの『勉強の哲学』に注目。翻訳ではヘイドン・ホワイト『歴史の喩法』と、ヤニス・スタヴラカキス『ラカニアン・レフト』。古典ものでは寄川条路監修『美学講義』と、鈴木祐丞訳『死に至る病』、玉村豊男訳『美味礼讃』ですね。

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by urag | 2017-04-01 19:20 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 30日

近藤和敬さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える」

主体の論理・概念の倫理――二〇世紀フランスのエピステモロジーとスピノザ主義』(以文社、2017年2月)の共編著者でいらっしゃる近藤和敬さん(こんどう・かずのり:1979-)によるブックツリー「20世紀フランスの哲学地図を書き換える」が、オンライン書店hontoにて公開されました。「哲学読書室」の第三弾です。皆様にご高覧いただけたら幸いです。

◎「哲学読書室」@honto

第1弾「崇高が分かれば西洋が分かる」選書:星野太さん(1983-:金沢美術工芸大学講師。『崇高の修辞学』月曜社、2017年2月刊)
第2弾「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!」選書:國分功一郎さん(1974-:高崎経済大学准教授。『中動態の世界』医学書院、2017年3月刊)
第3弾「20世紀フランスの哲学地図を書き換える」選書:近藤和敬さん(1979-:鹿児島大学法文学部准教授。『主体の論理・概念の倫理』以文社、2017年2月刊)

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by urag | 2017-03-30 16:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 26日

注目新刊:國分功一郎『中動態の世界』医学書院、ほか

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中動態の世界――意志と責任の考古学
國分功一郎著
医学書院 2017年3月 A5判並製336頁 ISBN978-4-260-03157-8

帯文より:「しゃべっている言葉が違うのよね」。ある依存症当事者がふと漏らした言葉から、「する」と「される」の外側への旅がはじまった。若き哲学者は、バンヴェニスト、アレントに学び、デリダ、ハイデッガー、ドゥルーズを訪ね直し、細江逸記を発見し、アガンベンに教えられ、そして新たなスピノザと出会う。 失われた「態」を求めて。

目次:
プロローグ――ある対話
第1章 能動と受動をめぐる諸問題
第2章 中動態という古名
第3章 中動態の意味論
第4章 言語と思考
第5章 意志と選択
第6章 言語の歴史
第7章 中動態、放下、出来事――ハイデッガー、ドゥルーズ
第8章 中動態と自由の哲学――スピノザ
第9章 ビリーたちの物語

あとがき

★「シリーズ ケアをひらく」の最新刊。知の考古学者としての國分さんの才気がもっとも生きいきと示された本です。ごく図式的に言えば、國分さんのこれまでの著作には『暇と退屈の倫理学』や『ドゥルーズの哲学原理』のような哲学的著作と、『近代政治哲学』や『民主主義を直感するために』のような政治的著作があったわけですが、この二つの分岐が、文法や言葉をめぐる史的探究としての『中動態の世界』へとついに合流した、という印象があります。この流れは國分さんを、デビュー作『スピノザの方法』と同様に、再びスピノザの精読へと促す還流でもあったかもしれません(第8章)。さらに本書では、その円環は自由論として兆す問いの地平へと思考を発出し始めているように思えました。

★同書の刊行を記念して、以下のトークイベントが行われる予定です。定員40名のところ、告知開始初日である昨日25日(土)の夜ですでに20名まで予約が入ったそうなので、参加ご希望の方はお早めにご予約下さい。【3月27日18時現在予約満席となりました。まことにありがとうございました。

◎國分功一郎×星野太「中動態と/の哲学」【満席御礼

日時:2017年04月29日(土)19:30開演(19時開場)
場所:ジュンク堂書店池袋本店4F喫茶コーナー
料金:1000円(1ドリンク付、当日4F喫茶受付にて精算)
予約:ジュンク堂書店池袋本店1Fサービスコーナーもしくは電話03-5956-6111

内容:このたび國分功一郎さんが出版された『中動態の世界』(医学書院)は「中動態」という失われた文法を追い求めながら、人間の存在そのものを問い直そうとする野心作です。対話相手の星野太さんは上梓したばかりの初の単著『崇高の修辞学』(月曜社)の中で、「言葉と崇高」という言語一般を問い直す問題に挑んでいます。哲学と言語という古くて新しい論点を巡る対話。いま最も思弁的であり、最も思弁的であるが故にアクチュアルな二冊の本の著者がジュンク堂に集います!

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★國分さんの新刊『中動態の世界』の発売前後には次のような新刊も発売されています。いずれも書名のリンク先に書誌情報や目次詳細がありますので、ご参照ください。

デカルト 医学論集』ルネ・デカルト著、山田弘明/安西なつめ/澤井直/坂井建雄/香川知晶/竹田扇訳、アニー・ビトボル=エスペリエス序、法政大学出版局、2017年3月、本体4,800円、A5判上製326頁、ISBN978-4-588-15082-1
グリム兄弟言語論集――言葉の泉』ヤーコプ・グリム/ヴィルヘルム・グリム著、千石喬/高田博行編、千石喬/木村直司/福本義憲/岩井方男/重藤実/岡本順治/高田博行/荻野蔵平/佐藤恵訳、ひつじ書房、2017年2月、本体12,000円、A5判上製398頁、ISBN978-4-89476-850-5
二人称的観点の倫理学――道徳・尊敬・責任』スティーヴン・ダーウォル著、寺田俊郎監訳、会澤久仁子訳、法政大学出版局、2017年3月、本体4,600円、四六判上製462頁、ISBN978-4-588-01052-1
新版アリストテレス全集(18)弁論術/詩学』堀尾耕一/野津悌/朴一功訳、岩波書店、2017年3月、本体7,600円、A5判上製函入500頁、ISBN978-4-00-092788-8

★デカルトについては知泉書館版『全書簡集』全8巻が昨春完結しており、今回『医学論集』が成ったわけですが、この『医学論集』のあとがきによれば、続刊として、法政大学出版局では『デカルト 数学・自然学論集』が、知泉書館からは『ユトレヒト紛争書簡集』が予定されており、「これでデカルト研究の典拠とされるいわゆるアダン・タヌリ版全集全11巻のほとんどすべてが日本語で読めることになる」とのことです。

★グリム兄弟については童話以外の訳書を本屋さんで探すのがなかなか難しいのが現状なので、ご参考までに下記にまとめておきます。

ドイツ・ロマン派全集(15)グリム兄弟』小沢俊夫/谷口幸男/寺岡寿子/原研二/堅田剛訳、国書刊行会、1989年(品切)
『グリム兄弟往復書簡集――ヤーコプとヴィルヘルムの青年時代』全5巻、山田好司訳、本の風景社、2002~2007年(第1巻のみ書名は『グリム兄弟自伝・往復書簡集』。ブッキング〔現・復刊ドットコム〕よりPOD版として刊行されていたものの現在は入手できない様子。なお訳者の山田さんは同じく本の風景社より2010~11年に『わが生涯の回想――グリム兄弟の弟ルートヴィヒ・エーミール・グリム自伝』上下巻を上梓されており、こちらは入手可能なようです。)
ヤーコプ・グリム 郷土愛について――埋もれた法の探訪者の生涯』稲福日出夫編訳、編集工房東洋企画、2006年
グリム兄弟 メルヘン論集』高木昌史/高木万里子訳、法政大学出版局、2008年

★ダーウォル(Stephen Darwall, 1946-)は現在、イェール大学アンドリュー・ダウニー・オリック教授であり、ミシガン大学ジョン・デューイ卓越名誉教授。初訳となる本書は、『The Second-Person Standpoint: Morality, Respect, and Accountability』(Harvard University Press, 2006)の第一部、第二部、第四部を訳出したもの。監訳者解説によれば「原著は全四部・十二章からなるが、その第三部にあたる第七章「二人称の心理学」および第八章「間奏――正義をめぐるリードとヒューム」を、原著者と相談のうえ、割愛した」と。補助的な章であることを考慮し大部な訳書になることを避けたとのことです。

★『新版アリストテレス全集(18)弁論術/詩学』は予定より約5か月遅れの第15回配本。「弁論術」堀尾耕一訳、「アレクサンドロス宛の弁論術」野津悌訳、「詩学」朴一功訳、を収録。付属の「月報15」は新版全集の編集委員のお一人で昨秋逝去された神崎繁さんへの、中畑正志さんによる「惜別の辞」が掲載されています。「神崎さんが執筆する予定だった『政治学』の解説はどのようなものとなったのだろうか、と想像して、それが読めないことが残念でなりません」とお書きになっておられます。同月報の「編集部より」によれば第17巻「政治学」は内山勝利訳・解説から、神崎繁/相沢康隆/瀬口昌久訳、内田勝利解説となるそうです。同月報では、第16巻「大道徳学/エウデモス倫理学」、第8~9巻「動物誌」の正誤表も記載されています。次回配本は7月末刊行予定、第4巻「自然学」とのことです。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

遊戯の起源――遊びと遊戯具はどのようにして生まれたか』増川宏一著、平凡社、2017年3月、本体3,600円、4-6判上製306頁、ISBN978-4-582-46821-2
〈増補新版〉文化的再生産の社会学――ブルデュー理論からの展開』宮島喬著、藤原書店、2017年3月、本体4,200円、A5判上製368頁、ISBN978-4-86578-118-2

★増川宏一『遊戯の起源』は帯文に曰く「社会性の形成とともに生まれた人間の遊びの起源と変化、遊戯具に秘められた多彩な知恵と活動のあとを読み解く」もの。図版多数。目次を列記すると、はじめに、序章「ヒトは賢い」、第一章「遊びへの準備」、第二章「身体能力の競い」、第三章「道具を用いる遊び」、第四章「遊戯具の起源」、終章、おわりに、あとがき、参考文献、索引。あとがきによれば、本書をもって著者の一連の遊戯史研究が完結したとのことです。

2006年05月『遊戯――その歴史と研究の歩み』法政大学出版局/ものと人間の文化史
2010年10月『盤上遊戯の世界史――シルクロード 遊びの伝播』平凡社
2012年02月『日本遊戯史――古代から現代までの遊びと社会』平凡社
2014年09月『日本遊戯思想史』平凡社
2017年03月『遊戯の起源』平凡社

★宮島喬『〈増補新版〉文化的再生産の社会学』は、1994年刊の旧版とことなるのは、巻頭に「増補新版への序文」が加えられ、第Ⅱ部「ブルデュー理論からの展開」の第8章「エスニシティと文化的再生産論」に「補論」が足され、あらたに第10章「「子どもの貧困」と貧困の再生産――一ノートとして」が新設された、という3点です。

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by urag | 2017-03-26 23:18 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 20日

注目新刊:櫂歌書房版『プラトーン著作集』、ほか

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人生の短さについて 他2篇』セネカ著、中澤務訳、光文社古典新訳文庫、2017年3月、本体900円
デカメロン 上』ボッカッチョ著、平川祐弘訳、河出文庫、2017年3月、本体1,000円
北欧の神話』山室静著、ちくま学芸文庫、2017年3月、1,000円
組織の限界』ケネス・J・アロー著、村上泰亮訳、ちくま学芸文庫、2017年3月、本体1,000円
重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ著、冨原眞弓訳、岩波文庫、2017年3月、本体1,130円
口訳万葉集(上)』折口信夫著、岩波現代文庫、2017年3月、本体1,400円
『老子』――その思想を読み尽くす』池田知久訳注、講談社学術文庫、2017年3月、本体2,200円
新版 雨月物語 全訳注』上田秋成著、青木正次訳注、講談社学術文庫、2017年3月、本体1,650円
アルキビアデス クレイトポン』プラトン著、三嶋輝夫訳、講談社学術文庫、2017年3月、本体820円
『プラトーン著作集 第六巻 善・快楽・魂 第一分冊 第一アルキビアデース/ヒッパルコス/第二アルキビアデース』水崎博明訳、櫂歌全書16/櫂歌書房発行、星雲社発売、2017年2月、本体2,800円
『プラトーン著作集 第六巻 善・快楽・魂 第二分冊 プロータゴラース』水崎博明訳、櫂歌全書17/櫂歌書房発行、星雲社発売、2017年2月、本体2,200円
『プラトーン著作集 第六巻 善・快楽・魂 第三分冊 ピレーボス』水崎博明訳、櫂歌全書18/櫂歌書房、星雲社発売、2017年2月、本体2,800円
『プラトーン著作集 第七巻 自然哲学 ティーマイオス/クリティアース』水崎博明訳、櫂歌全書19/櫂歌書房、星雲社発売、2017年2月、本体3,000円
復刻版 きけ小人物よ!』ウィルヘルム・ライヒ著、片桐ユズル訳、赤瀬川源平挿画、新評論、2017年2月、本体2,000円

★まずは文庫新刊から。光文社古典新訳文庫のセネカ『人生の短さについて 他2篇』は表題作のほか、「母ヘルウィアへのなぐさめ」と「心の安定について」を収録。岩波文庫版では樋口勝彦訳(『幸福なる生活について 他一篇』1954年;「人生の短さについて」を併載)、茂手木元蔵訳(『人生の短さについて 他二篇』1980年;「心の平静について」「幸福な人生について」を併載)、大西英文訳(『生の短さについて 他二篇』2010年;「心の平静について」「幸福な人生について」を併載)という風に長く読み継がれてきた名著です。「母ヘルウィアへのなぐさめ」は文庫では初訳(単行本としては大西英文訳が岩波書店版『セネカ哲学全集(2)倫理論集Ⅱ』2006年に、茂手木元蔵訳が東海大学出版会〔現・東海大学出版部〕『セネカ道徳論集』1989年に収録)。皇帝ネロの教育係を務め、自死を命じられた哲人の言葉は二千年の時を超えて今なお読む者の胸に刺さります。ローマ帝国の爛熟期と現代社会がどこか似ているからでしょうか。

★次に河出文庫。平川訳『デカメロン』は親本が2012年刊。全3巻で文庫化。文庫での同作の既訳には、柏熊達生訳(既刊2巻、世界古典文庫、1948~49年;全10巻、新潮文庫、1954~56年;全3巻、ちくま文庫、1987~88年)、野上素一訳(全6巻、岩波文庫、1949~59年)、高橋久訳(全5巻、新潮文庫、1965~66年)、河島英昭訳(上下巻、講談社文芸文庫、1999年)などがありますが、現在も新本で入手可能なのは河島訳のみ。平川訳には長編の訳者解説が付されていて、上巻では第一章「西洋文学史上の『デカメロン』」、第二章「新訳にあたって」を収録。中巻は4月6日発売予定。

★次にちくま学芸文庫。山室静『北欧の神話』は筑摩書房版「世界の神話」シリーズで刊行された単行本(1982年)の文庫化。訳書ではなく、解説を交えた再説本。ですます調が柔らかく、若年の読者層にも訴求するのではないかと思います。アロー『組織の限界』は岩波書店の単行本(初版、1976年;岩波モダンシラシックス、1999年)からのスイッチ。文庫版オリジナルの巻末解説は慶応大学経済学部教授の坂井豊貴さん。「読者は本書『組織の限界』から、情報という厄介なもの、そして信頼という貴重な資産について、考えさせられることになるだろう」(162頁)という結語に至る前半部の論説がユニーク。

★続いて岩波文庫および岩波現代文庫。『重力と恩寵』は『自由と社会的抑圧』(2005年)、『根をもつこと』(上下巻、2010年)に続く、冨原眞弓さん訳による岩波文庫のヴェイユ新訳本。文庫の既訳には田辺保訳(講談社文庫、1974年;ちくま学芸文庫、1995年)があります。『口訳万葉集』は全三巻予定の上巻。解説「最高に純粋だった」は文芸評論家の持田叙子さんによるもの。中公文庫版「折口信夫全集」では第4巻と5巻の上下巻でした(1975~76年)。

★最後に講談社学術文庫。池田知久訳注『『老子』』は『淮南子』『荘子』に続く、同文庫での池田さんによる懇切な訳注本。『老子』の「諸思想を総合的・体系的に解明し、一般読者にその諸思想のありのままの内容を分かりやすい形で提供しよう」(凡例より)というもので、巻末には原文・読み下し、現代語訳がまとめられています。同文庫では、金谷治さんによる訳解本である『老子』が1997年に刊行されていますが、それを残しつつ新刊も出すという講談社さんの姿勢は好ましいですし正しいです。青木正次訳注『新版 雨月物語 全訳注』は同文庫の同氏による訳注本上下巻(1981年)を再構成し、一巻本としたもの、とのことです。原文(原文が漢文の場合は読み下し付き)、現代語訳、語文注、考釈という構成。プラトン『アルキビアデス クレイトポン』三嶋輝夫訳は文庫オリジナルの新訳。訳者の三嶋さんは同文庫ではプラトンの『ラケス』を1997年に、『ソクラテスの弁明・クリトン』を1998年に上梓されています。「アルキビアデス」の副題は「人間の本性について」、「クレイトポン」は「徳の勧め」です。

★続いて単行本新刊。水崎博明訳『プラトーン著作集』(全10巻27冊予定)は、福岡の出版社「櫂歌書房(とうかしょぼう)」さんより刊行中の個人全訳。第六巻第一分冊に収められたのは「第一アルキビアデース――人間の本性について」「ピッパルコス――利得の愛好者」「第二アルキビアデース――祈願について」。短期間に先述の三嶋訳とこの水崎訳の二つの新訳が上梓されたわけで、驚くべき成果です。櫂歌書房は星雲社扱いで、基本的にパターン配本はないでしょうから、大型書店でも限られた店舗でしか見かけないかもしれませんが、取り寄せは比較的に容易ですから、買い逃す手はありません(ネット書店の場合、アマゾンよりもhontoの方が便利です)。ここまで既刊15巻が上梓されていますが、2月付で4点を発行。2011年2月の第1回配本以降、27冊中19巻までたどり着いたことになります。最新巻である第七巻は「自然哲学」部門であり、「ティーマイオス」と「クリティアース」が一冊にまとめられています。次回配本は順番通りであれば第八巻「人間存在の在るところ」部門となり、三分冊の「国家」に「クレイトポーン」が含まれることになります。全巻共通の感動的な「序」の冒頭には、水崎さんの恩師の言葉が刻まれています。「しかし、プラトンは、僕は思うが、未だ誰一人にも読まれてはいないのだ」。

★ライヒ『復刻版 きけ小人物よ!』片桐ユズル訳は、太平出版社版『W・ライヒ著作集』第4巻(1970年)の復刻。旧版は刊行10年余の間に10刷を数えるロングセラーでした。復刻にあたり、巻頭には訳者による「復刻に寄せて――訳者巻頭言」が新たに付されています。赤瀬川源平さんによる挿画本であることを知っているのは中年以上の世代でしょうから、若い読者には新たな出会いとなることと思います。しかし、本書が素晴らしいのは赤瀬川さんの超現実主義的な挿画による以上にその内容です。「小人物よ、あなたがどんなであるかあなたは知りたいでしょう。あなたはラジオで便秘薬や歯みがきやデオドラントの広告を聞く。しかしあなたにはプロパガンダの音楽は聞こえない。あなたの耳をとらえようとしてつくられているこれらのものの吐き気のするような悪趣味と底知れぬおろかしさをあなたはわからないでいる。ナイトクラブの司会者たちがあなたについてしゃべっている冗談をちゃんときいたことがありますか? あなたについて、かれ自身について、あなたのみじめなちっぽけな世界のすべてについての冗談。あなたの便秘薬の広告をきいてあなたがどんなふうな、どんな人間であるかを知りなさい」(53頁;旧版では59頁;おそらくこの言葉に読者の方が見覚えがあるとしたらそれは、キィの名著『メディア・セックス』の引用だからかもしれません)。実を言えば私はこの著作をドイツ語原書からの新訳で再刊したいと念願してきましたが、今まで果たせずにきました。片桐訳は英訳からの重訳ではあるものの、充分に読み応えがある名訳です。ちなみに太平出版社のライヒ著作集は全10巻のうち半分まで刊行されて途絶しましたが、未刊の半分はすべて他社から翻訳が出ているので、既訳を利用すれば全10巻を再現できます。今こそライヒを再評価すべき時です。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

無名鬼の妻』山口弘子著、作品社、2017年3月、本体1,600円、46判上製468頁、ISBN978-4-86182-624-5
『触れることのモダニティ――ロレンス、スティグリッツ、ベンヤミン、メルロ=ポンティ』高村峰生著、以文社、2017年2月、本体3,200円、菊判上製314頁、ISBN978-4-7531-0339-3
ドゥルーズと多様体の哲学――二〇世紀のエピステモロジーにむけて』渡辺洋平著、人文書院、2017年2月、本体4,600円、4-6判上製370頁、ISBN978-4-409-03093-6
ラカン 真理のパトス――一九六〇年代フランス思想と精神分析』上尾真道著、人文書院、2017年3月、本体4,500円、4-6判上製344頁、ISBN978-4-409-34050-9
フクシマ6年後 消されゆく被害――歪められたチェルノブイリ・データ』日野行介/尾松亮著、人文書院、2017年2月、本体1,800円、4-6判並製208頁、ISBN978-4-409-24115-8
日本人のシンガポール体験――幕末明治から日本占領下・戦後まで』西原大輔著、人文書院、2017年3月、本体3,800円、4-6判上製312頁、ISBN978-4-409-51074-2
近代皇族妃のファッション』青木淳子著、中央公論新社、2017年3月、本体4,000円、A5判上製416頁、ISBN978-4-12-004957-6
ユネスコ番外地 台湾世界遺産級案内』平野久美子編著、中央公論新社、2017年3月、本体1,400円、A5判並製128頁、ISBN978-4-12-004959-0
西洋美術の歴史7 19世紀:近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ』尾関幸/陳岡めぐみ/三浦篤著、中央公論新社、2017年2月、本体3,800円、B6判上製600頁、ISBN978-4-12-403597-1

★まず作品社さんの新刊。山口弘子『無名鬼の妻』は帯文に曰く「悲劇の文人・村上一郎との波瀾の半生。海軍主計中尉との出会いから、その壮絶な自死まで。短歌と刀を愛した孤高の文人・村上一郎の悲運に寄り添い支え続けた妻、93歳の晩晴!」と。「戦後、ジャーナリスト、編集者として活躍し、思想家であり、文芸評論家で、小説も書き、日本の古典と詩歌をこよなく愛した歌人でもあった」(「プロローグ」より)村上一郎(1920-1975)さんの伴侶だった人形作家、長谷えみ子さんの半生を取材した本です。無名鬼とは村上さんが創刊した文芸誌の名前。貴重な証言から成る無類の一冊です。

★次に以文社さんの新刊。高村峰生『触れることのモダニティ』は、イリノイ大学大学院へ2011年に提出された英文の博士論文『Tactility and Modernity』を日本語に直し、大幅な改稿と増補を施したもの。序論「触覚とモダニズム」、第一章「後期D・H・ロレンスにおける触覚の意義」、第二章「スティーグリッツ・サークルにおける機械、接触、生命」、第三章「ヴァルター・ベンヤミンにおける触覚の批判的射程」、第四章「触覚的な時間と空間――モーリス・メルロ=ポンティのキアスム」、結論、あとがき、という構成。結論の末尾近くで著者はこう記しています。「本稿が検討したモダニストたちの多くは〔・・・〕接触〔contact〕のエピファニー的な性質に言及していた。彼らは触覚=接触が西洋の伝統的な時間・空間概念、ならびに主体と世界との静的な関係に挑戦すると考えたのだ」(244頁)。

★続いて人文書院さんの新刊。渡辺洋平『ドゥルーズと多様体の哲学』は博士論文を増補改訂したもの。多様体(multiplicité)とはドゥルーズにおいて「特殊な個体化のあり方をとらえるために考案された概念であり、ひとつの固定した人格や性格、性別、あるいは種や類、主体と言った概念とは全く異なる思考法のために創造された概念である」(222頁)と著者は解説します。生成変化や此性、固有名もそこに連なります上尾真道『ラカン 真理のパトス』は21日(火)取次搬入でまもなく発売。ラカンの1960年代の仕事の解明を目指したもので、2011年から2016年にかけて発表してきた成果に書き下ろし(第七章「科学の時代の享楽する身体」)を加えた一書。著者の単独著第一作です。日野行介/尾松亮『フクシマ6年後 消されゆく被害』は、福島における小児甲状腺がんの多発と原発事故の因果関係をなんとか誤魔化そうとする国、県、医師たちの卑劣さを追及した痛烈な本。「情報がいびつにシャットダウンされた社会で、民主主義はありうるのだろうか」(199頁)という言葉が胸に刺さります。西原大輔『日本人のシンガポール体験』は巻頭の「はじめに」によれば、「主に幕末から戦後に至る百年あまりの間に、日本人が旅行記に記録し、絵画に描き、文学の舞台とし、音楽や映画の題材としたシンガポールのイメージを論じたもの」で、「日本人の眼に映ったシンガポールの姿を日本文化史の中に探り、その全体像を描こうと試みた」もの。元は日本シンガポール協会の機関誌に2000年から2011年まで連載された文章とのことです。

★最後に中央公論新社さんの新刊です。青木淳子『近代皇族妃のファッション』は博士論文をもとに書籍化。「日本人の洋装化、生活文化の近代化をリードした皇族妃たち」(帯文より)を研究したもので、梨本宮伊都子妃と朝香宮允子妃の例が詳細に検討されています。カラーを含む図版多数。著者は婦人画報社の編集者を務めたご経験もおありです。細野綾子さんによる組版と装丁が美しいです。『ユネスコ番外地 台湾世界遺産級案内』は書名の「級」の字がミソ。「台湾には世界遺産が一つもない」(帯文より)ながら、素晴らしい自然と文化に恵まれており、本書ではオールカラーで18の名所が紹介されています。『西洋美術の歴史』第7巻は第5回配本。「今ここにあるものこそ美しい。革新と多様性の世紀」(帯文より)と謳う本書では19世紀が扱われ、「多様なベクトルが作用して、坩堝のような混沌」(序章、39頁より)が描出されています。

◎『西洋美術の歴史』既刊書と次回配本(すべて本体価格は3,800円)

2016年10月:第4巻「ルネサンスⅠ:百花繚乱のイタリア、新たな精神と新たな表現」小佐野重利/京谷啓徳/水野千依著、ISBN978-4-12-403594-0
2016年11月:第6巻「17~18世紀:バロックからロココへ、華麗なる展開」大野芳材/中村俊春/宮下規久朗/望月典子著、ISBN978-4-12-403596-4
2016年12月:第2巻「中世Ⅰ:キリスト教美術の誕生とビザンティン世界」加藤磨珠枝/益田朋幸著、ISBN978-4-12-403592-6
2017年01月:第1巻「古代:ギリシアとローマ、美の曙光」芳賀京子/芳賀満著
2017年02月:第7巻「19世紀:近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ」尾関幸/陳岡めぐみ/三浦篤著、ISBN978-4-12-403593-3
2017年03月:第3巻「中世Ⅱ:ロマネスクとゴシックの宇宙」木俣元一/小池寿子著、ISBN978-4-12-403593-3

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by urag | 2017-03-20 16:39 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 12日

注目新刊:森元斎『アナキズム入門』ちくま新書、ほか

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アナキズム入門
森元斎著
ちくま新書、2017年3月、本体860円、新書判272頁、ISBN978-4-480-06952-8

帯文より:「森元斎は共が飢えていたらパンをかっぱらってでも食わしてくれる。魂のアナキストだ。アニキ!!」栗原康氏推薦!

カバーソデ紹介文より:国家なんていらない。資本主義も、社会主義や共産主義だって要らない。いまある社会を、ひたすら自由に生きよう――そうしたアナキズムの施行は誰が考え、発展させてきたのか。生みの親プルードンに始まり、奇人バクーニン、聖人クロポトキンといった思想家、そして歩く人ルクリュ、暴れん坊マフノといった活動家の姿を、生き生きとしたアナーキーな文体で、しかし確かな知性で描き出す。気鋭の思想史研究者が、流動する瞬間の思考と、自由と協働の思想をとらえる異色の入門書。

目次:
はじめに
第一章 革命――プルードンの智慧
第二章 蜂起――バクーニンの闘争
第三章 理論――聖人クロポトキン
第四章 地球――歩く人ルクリュ
第五章 戦争――暴れん坊マフノ
おわりに
引用文献

★発売済。デビュー作『具体性の哲学――ホワイトヘッドの知恵・生命・社会への思考』(以文社、2015年)が胚胎していたアナキズム思想への枝分かれが、ついに開花へと転じていくさまを感じさせる、鮮烈な一冊が生まれた、というのが第一印象です。文体は盟友である栗原康さんとの共振を感じさせ、短く畳みかけていく音楽性が心地よいです。「本当は、みんなアナキストだ」(13頁)、「反国家を掲げずとも、皆アナキストでしかない。そしてコミュニストでしかない」(14頁)。生きている限りお互い助け合う関係(17頁)、「互酬性なき贈与の関係」(18頁)、それをアナキズム、コミュニズム、アナルコ・コミュニズムの基底に見るところから本書は出発します。「相互扶助を行っていた種こそが常に子孫を残し、?栄していった。虫のほとんどは、群れをなして、何千年も生きているではないか! 人間だって、そうだろう。アナルコ・コミュニズムはいたるところにあるし、それが基盤にある。私たちは虫である、動物である、人間である、自然である。ただ生きている。生そのもののあり方、それがアナルコ・コミュニズムなのではないだろうか」(20頁)。

★本書は目次にある通り、過去の様々なアナキストの活躍を活写するもので、権威権力上司先生からの抑圧に日々うんざりしている人々すべてに「暴れる力」(参照:栗原康『現代暴力論――「あばれる力」を取り戻す』角川新書、2015年)を思い出させてくれます。おそらく「暴れる力」、爆発的な生命力は、本当は誰しもが幼い頃には持ち合わせていた何かではなかったかと思います。「大人しさ」とは対極的なこの力が自分の中にもまだあることを本書は教えてくれる気がします。実に爽快な一書です。ネタバレはやめておきますが、あとがきの最後にある一言も素敵です。アナキスト人類学者であるグレーバーの『負債論――貨幣と暴力の5000年』(酒井隆史監訳、高祖岩三郎・佐々木夏子訳、以文社、2016年11月)がよく売れた書店さんなら、森さんの『アナキズム入門』も必ず売れると思います。ちょうどひと月前、森さんと栗原さんはほかならぬ『負債論』をめぐるトークイベントを某書店さんで行っています。

★なお、森さんが「現在の私たちが読むべき本だと本当に思う」と激賞されているクロポトキンの『相互扶助論』は先月、「〈新装〉増補修訂版」が同時代社から発売されています。大杉栄訳。内田樹さんはこの本に次のような推薦文を寄せておられます「定常経済・相互扶助社会は「夢想」ではなくて、歴史の必然的帰結です。意図的に創り出さなくても、自然にそうなります。この企ての合理性が理解できない人たちは「弱者を支援するために作られた組織」の方が「勝者が総取りする組織」よりも淘汰圧に強いということを知らないのでしょう。――『相互扶助論』をぜひお手に取って頂きたいと思います。クロポトキンは相互扶助する種はそうしない種よりも生き延びる確率が高いという生物学的視点からアナーキズムを基礎づけようとしました。なぜアナーキズムが弾圧されたのか、その理由が読むと分かります。国家による「天上的介入」抜きで市民社会に公正と正義を打ち立てることができるような個人の市民的成熟をアナーキズムは求めました。「公正で雅量ある国家」を建設するより前に、まずその担い手たる「公正で雅量ある市民」を建設しようとしたことに国家は嫉妬したのです」。

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★このほか最近では以下の新刊に目が留まりました。

語録 要録』エピクテトス著、鹿野治助訳、中公クラシックス、2017年3月、本体1,600円、新書判284頁、ISBN978-4-12-160172-8
不安(上)』ジャック・ラカン著、ジャック=アラン・ミレール編、小出浩之/鈴木國文/菅原誠一/古橋忠晃訳、岩波書店、2017年3月、本体4,900円、A5判上製248頁、ISBN978-4-00-061186-2
メディアの本分――雑な器のためのコンセプトノート』増田幸弘編、彩流社、2017年3月、本体2,200円、四六判並製280頁、ISBN978-4-7791-7087-4

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★エピクテトス『語録 要録』は中公バックス版『世界の名著14 キケロ エピクテトス マルクス・アウレリウス』(1980年)からのスイッチ。同じ訳者による『エピクテートス 人生談義』(上下巻、岩波文庫、1958年)との違いについてですが、底本は共に1916年のトイプナー版ではあるものの(中公クラシックス版には原典情報が記載されていないため親本である『世界の名著』版の巻頭にある鹿野治助さんによる解説「古代ローマの三人の思想家」の末尾にある「後記」を参照)、岩波文庫の方は現存する『語録』全4巻を全訳し、関連する断片と『提要』(『要録』のこと)を訳出したものであり、いっぽう、中公クラシックス版は岩波文庫より10年下った1968年に出版されたハードカバー版『世界の名著13』で実現された改訳版であり、『語録』の抄訳と『要録』の全訳を収めています。この改訳版では『語録』は各章の順番が入れ替えられるなどの工夫が為されています。さらに今回の新書化にあたって、巻頭に國方栄二さんによる解説「エピクテトス――ストイックに生きるために」が新たに加えられています。

★ジャック・ラカン『不安(上)』はラカンのセミネール(講義録)の第10巻の前半です。講義は1962年から63年にかけて行われたもので、書籍としては2004年にスイユから刊行されています。上巻では講義の第11回までを収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。リンク先では立ち読み用PDFもあり、上下巻の目次や10頁までの本文が読めます。カバーソデ紹介文に曰く「主体と欠如、欲望とその原因をめぐるトポロジカルな迷宮の果てに、ついに「対象a」をめぐる本格的考察を展開」と。ラカン自身は「不安」という主題を「極めて大きな鉱脈」(3頁)だと評価しており、第1回講義「シニフィアンの網の中の不安」では、サルトルやハイデガーら同時代の哲学者に目配せを送りつつも、実存思想から画然と隔たった「刃の上」(21頁)へと聴講生を導きます。難解な(よそよそしい)『エクリ』に比べると『セミネール』ではいくらか、より親切な(魅惑的な)ラカンに出会えます。むろんそれは単純に分かりやすいことを意味してはいないのですが、分からないなりにも受講している感覚を味わえるのが『セミネール』の魅力ではないかと思います。

★増田幸弘編『メディアの本分』は、版元紹介文に曰く「記者や編集者、カメラマン、デザイナー、コピーライター、映画監督ら25人が考えた現場からのメディア論」であり、帯には「マスコミ希望は必読!」と謳われています。日ごろ弊社もお世話になっている紀伊國屋書店新宿本店仕入課の大矢靖之(おおや・やすゆき:1980-)係長が「器と書店についての試論」と題して寄稿されており、私と同世代の「共和国」代表、下平尾直(しもひらお・なおし:1968-)さんによる「未完のページを埋めるもの」と題した実に軽妙な小説仕立ての一文を読むこともできます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。それぞれの現場からの肉声が胸に沁みます。特に編者の増田幸弘(ますだ・ゆきひろ:1963-)さんによる「幸福な出会いの哲学」の末尾にある、自分が世間に対して感じる「屈服しきれないもの」の根っこが「子どもたちに語り継ぐため」という点にあるのだ、という言葉に強い共感を覚えます。また、増田さんの「編者あとがき」での発言にも同様な思いを抱きました。曰く「いまの時代、「器」、なんでも載せられる「雑な器」が失われた」のではないか、「それが社会の閉塞感につながっているのではないか」(274頁)と書いておられます。「かつて暮らしの回りには、「雑な器」があふれていた。新聞も、雑誌も、本も、音楽も、映画も、テレビも、あらゆるものが「雑な器」であり、社会そのものが「雑な器」だった」(274~275頁)。洗練され、セレクトされたものしか「器」に盛り込むのをゆるさない社会、と。まさに私自身、同様な感覚の中で出版の仕事をしており、その一帰結はおそらく遠からず形にできると思います。

★同じく「編者あとがき」によれば増田さんは先月、『不自由な自由 自由な不自由――チェコとスロヴァキアのグラフィック・デザイン』という新刊を六耀社さんから刊行されており、「本書〔『メディアの本分』〕を編集した同時期、チェコとスロヴァキアのグラフィック・デザイナーたちを取材して回り、表現の自由が著しく制限されていた社会主義時代を浮き彫りにしようとした」と述懐されています。この本は『メディアの本分』と表裏一体のもので、いまの日本や世界を考えるうえで併読されたい、とのことです。

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by urag | 2017-03-12 21:10 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 07日

注目新刊:上野・米虫・近藤編『主体の論理・概念の倫理』以文社

弊社出版物でお世話になっている著者の方の最近のご活躍をご紹介します。

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★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
2013年度から2015年度までの3年間にわたって「フランス・エピステモロジーの伏流としてのスピノザ」という共同研究の成果をまとめた編著書を上梓されました。巻頭の「スピノザ人物相関図」は力作で、スピノザ(Baruch De Spinoza, 1632-1677)の死後からこんにちにいたるまでの影響関係がコンパクトにまとめられています。書店員さん必見かと。

主体の論理・概念の倫理――二〇世紀フランスのエピステモロジーとスピノザ主義
上野修・米虫正巳・近藤和敬編
以文社 2017年2月 本体4,600円 A5判上製476頁 ISBN978-4-7531-0338-6

目次:
スピノザ人物相関図
序(上野修)
第一部〈概念〉
 導入 カヴァイエス、エピステモロジー、スピノザ(近藤和敬)
 【コラム】ジャン・カヴァイエス(近藤和敬)
 第一章 一つの哲学的生成――ブランシュヴィックからカヴァイエスへ(中村大介)
 【コラム】レオン・ブランシュヴィック(中村大介)
 第二章 ジャン・カヴァイエス――概念の哲学 その下部構造の諸要素(ウーリヤ・ベニス=シナスール/近藤和敬訳)
 第三章 カヴァイエスとスピノザ『エチカ』のあいだに見出しうる一つの関係――カヴァイエスはなぜ『公理的方法と形式主義』の口頭試問でスピノザの加護を求めたのか(近藤和敬)
 第四章 ヴュイユマン『代数学の哲学』とスピノザ『エチカ』の幾何学的秩序(原田雅樹)
 【コラム】ジュール・ヴュイユマン(原田雅樹)
第二部〈主体〉
 導入 エピステモロジーと精神分析――ラカン、ドゥサンティ、スピノザ(上野修)
 【コラム】ルイ・アルチュセール(上尾真道)
 第一章 構造と主体の問い――『分析手帖』という「出来事」(坂本尚志)
 【コラム】ジャック=アラン・ミレール/ジャン=クロード・ミルネール/アラン・バディウ(坂本尚志)
 第二章 ラカンの「エピステモロジー」における真理の探究について(上尾真道)
 【コラム】ジャック・ラカン(信友建志)
 第三章 ラカンにおけるスピノザのプレゼンス(上野修)
 第四章 ラカンと数理論理学――フランス現代思想におけるスピノザ受容の一側面として(信友建志)
 第五章 概念の哲学・精神分析・生命の哲学の知られざる結節点――ドゥサンティとそのスピノザ主義について(米虫正巳)
 【コラム】ジャン=トゥサン・ドゥサンティ(米虫正巳)
第三部〈生〉
 導入 生命のエピステモロジーとスピノザ主義(米虫正巳)
 第一章 概念の哲学から生命の哲学へ――カンギレムによるスピノザ主義の展開(藤井千佳世)
 【コラム】ジョルジュ・カンギレム(藤井千佳世)
 第二章 カンギレムとヘーゲル――概念の哲学としての生命の哲学(坂本尚志)
 第三章 ドゥルーズにとってのスピノザ――『エチカ』の意味論的解釈をめぐって(朝倉友海)
 【コラム】ジル・ドゥルーズ(朝倉友海)
 第四章 構成主義としての哲学と内在としての生――ドゥルーズ/スピノザとゲルー/フィヒテ(米虫正巳)
 【コラム】マルシアル・ゲルー(米虫正巳)
第四部〈現在〉
 第一章 現代英語圏におけるスピノザ読解――分析形而上学を背景にした、スピノザの必然性概念をめぐる側面的考察(木島泰三)
 鼎談 総括と展望(上野修・米虫正巳・近藤和敬)
欧語文献
邦語文献
人名索引

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by urag | 2017-03-07 19:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 05日

白水社版『メルロ=ポンティ哲学者事典』(全3巻+別巻1)刊行開始、ほか

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メルロ=ポンティ哲学者事典 第三巻 歴史の発見・実存と弁証法・「外部」の哲学者たち
モーリス・メルロ=ポンティ編著 加賀野井秀一/伊藤泰雄/本郷均/加國尚志監訳
白水社 2017年2月 本体5,400円 A5判上製460頁 ISBN978-4-560-09313-9

帯文より:ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ベルクソン、ハイデガー、サルトル……おもに19~20世紀に活躍した300名超の「セレブな哲学者たち」を収録する第三巻。もれなく哲学がわかる、考える人の座右の「友」。第1回配本、全3巻+別巻1。

目次:
はじめに
本書の構成と執筆者
VI 歴史の発見(モーリス・メルロ=ポンティ)
 十八世紀
 十九世紀
 シェリング(ジュール・ヴュイユマン)
 ヘーゲル(エリック・ヴェイユ)
 コント(ポール・アルブース=バスティード)
 マルクス(ハロルド・ローゼンバーグ)
 ニーチェ(カール・レーヴィット)
VII 実存と弁証法(モーリス・メルロ=ポンティ)
 十九世紀末の形而上学
 一九〇〇年前後の科学批判
 ベルクソン(ジル・ドゥルーズ)
 ベルクソニスム
 ブロンデル(アンリ・デュメリ)
 行為の弁証法
 クローチェ(ノルベルト・ボッビオ)
 アラン(モーリス・サヴァン)
 ヘーゲル学派とマルクス主義の再興
 レアリスム
 ラッセル(アンソニー・クイントン)
 論理主義
 フッサール(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 シェーラー(アルフレッド・シュッツ)
 ハイデガー(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 サルトル(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 現象学の方向
 学派に属さない人々
 哲学史家
VIII 「外部」の哲学者たち(モーリス・メルロ=ポンティ)
 アインシュタインと物理学
 ゴールドシュタインと生物学
 ソシュールと言語学
 モースと人類学
 フロイトと精神分析
 コフカと心理学
 哲学と文学
 カール・バルトと神学
索引
訳者略歴

★原書は『Les philosophes célèbres』(Editions d'art Lucien Mazenod, 1956)で、日本語訳ではこれを三分冊に分割し、さらに日本語版オリジナルの別巻(「現代の哲学」/年表/総索引)で補完するとのことです。上記に書き出した目次にはさらに細目があり、たとえば第VI部の「十八世紀」の賞ではヴィーコ、ルソー、コンドルセ、ヴォルネーが取り上げられています(もっともルソーについては第二巻を参照せよ、と記されています)。各細目はメルロ=ポンティのほか、17名が分担執筆しており、そのなかにはバシュラールやギュスドルフ、ダミッシュ、ポンタリスらが含まれています。無記名や上記の丸括弧内の「肖像」の寄稿者を含むと20名以上が第三巻に参加しています。半世紀以上前の古い本ではありますが、もはや古典であり、取り上げられた思想家たちと錚々たる執筆陣の登場に、壮大な星座を仰ぎ見る心地がします。

★次回配本は4月46日発売の第二巻「大いなる合理主義・主観性の発見」で、「デカルト、スピノザ、ライプニッツ、パスカル、ヒューム、ルソー、カント……主に17~18世紀に活躍した哲学者たち100名超を立項解説」し、「スタロバンスキーのモンテーニュ論を収録」とのことです。

★なおMazenod社の「セレブ」シリーズには『政治家列伝』(全6巻、1969~1977年)、『探検家列伝』(1965年)、『女傑列伝』(全2巻、1960~1961年)、『建築家列伝』(全2巻、1958~1959年)、『アルピニスト列伝』(1956年)、『彫刻家列伝』(1954年)、『画家列伝』(全3巻、1948年;1953~1964年)、『作家列伝』(全3巻補巻1、1951~1971年)、『発明家列伝』(1950年)、『児童列伝』(1949年)、『医師列伝』(1947年)、『音楽家列伝』(1946年)など、多数あるようです。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『頼山陽とその時代(上・下)』中村真一郎著、ちくま学芸文庫、2017年3月、本体1,500円/1,700円、文庫判496頁/656頁、ISBN978-4-480-09778-1
『カント入門講義――超越論的観念論のロジック』冨田恭彦著、ちくま学芸文庫、3017年3月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-480-09788-0
中国のマンガ〈連環画〉の世界』武田雅哉著、平凡社、2017年2月、本体3,500円、A5判上製372頁、ISBN978-4-582-48222-5
ラカン的思考』宇波彰著、作品社、2017年2月、本体2,400円、46判上製240頁、ISBN978-4-86182-621-4
追放と抵抗のポリティクス――戦後日本の境界と非正規移民』髙谷幸著、ナカニシヤ出版、2017年2月、本体3,500円、A5判上製272頁、ISBN978-4-7795-1155-4

★ちくま学芸文庫の3月新刊はまもなく発売(8日発売予定)。中村真一郎『頼山陽とその時代』はかつて単行本全一巻(中央公論社、1971年)で刊行され、文庫化(中公文庫、全三巻、1976~1977年)を経て今回再刊されるものです。大幅にルビを増やし、人名索引を一新したとのこと。中公文庫版では解説を篠田一士さんが書かれていましたが、今回の版では揖斐高さんが「『凍泉堂詩話』から『頼山陽とその時代』へ」と題した解説を寄せておられます。編集部の巻末特記によれば揖斐さんは再刊にあたって「誤りの訂正や表記の変更」に協力されています。 頼山陽(らい・さんよう:1780-1832)の主著『日本外史』は岩波文庫(全3巻、1976~1981年)で読むことができます。

★冨田恭彦『カント入門講義』はちくま学芸文庫のための書き下ろし。章立ては以下の通りです。はじめに/第1章 カント略伝/第2章 なぜ「物自体」vs「表象」なのか?/第3章 解かなければならない問題/第4章 コペルニクス的転回/第5章 「独断のまどろみ」から醒めて/第6章 主観的演繹と図式論/第7章 アプリオリな総合判断はいかにして可能か/第8章 魅力と謎/あとがき。『純粋理性批判』に見られるカントの観念論の論理を、可能な限りわかりやすく説き明かすこと(「はじめに」より)が目指されています。なお筑摩書房さんでは石川文康訳で『純粋理性批判』全2巻が単行本で3年前に刊行されていますが、いずれ文庫化される折にはぜひ全1巻本に挑戦していただきたいです。同書はどの文庫でも分冊形式なので、一冊で通読できる文庫の需要はそれなりにあると思うのです。

★筑摩書房さんの3月新刊ではこのほか、森元斎『アナキズム入門』ちくま新書、山室静『北欧の神話』ちくま学芸文庫、ケネス・J・アロー/村上泰亮訳『組織の限界』ちくま学芸文庫、などに注目。後日取り上げる予定です。

★武田雅哉『中国のマンガ〈連環画〉の世界』は発売済。本書は「20世紀の中国で生まれ、発達し、21世紀にさしかかるころにはすでにその隆盛期を終えた、「連環画」と呼ばれる特殊な様式の読み物」(「はじめに」より)を紹介する試みとのことです。「連環画」とは「文字通りには「連続する絵(で構成される本)」といった意味」だそうで、「「マンガ」「漫画」「劇画」「コミック」のたぐいである」ものの「かならすしも、それらとぴったり一致するわけではない」と。中華民国~中華人民共和国建国初期~文化大革命~文革終息後といった時代を経て今日に至る歴史をひもとく、非常に興味深い研究書です。カラー口絵24頁を含め、図版多数。

★宇波彰『ラカン的思考』は発売済。はしがきに曰く、入門書でもラカン思想の粗述でもアカデミックな研究でもない「「まともな」ラカン解釈とは異なった見方」を提示するもので、帯文には「著者畢生のライフワーク」と謳われています。「あなたは存在しない」「心と身体」「かたちが意味を作る」「他者の欲望」「解釈とは何か」「あとから作る」「反復は創造し、破壊する」「像と言語」「コレクション」「フィルター・バブル」の全10章立て。とりわけ異色の第10章「フィルター・バブル」は、「ネットワーク、ソーシャルメディアの急激な発達」(あとがきより)が社会にもたらす変化にラカン的主題を見出したものとのことで、1933年生まれの重鎮の、いまなお立ち止まることのない思考の歩みというものを感じることができるのではないかと思われます。

★なお、まもなくラカンのセミネール第10巻(1962~1963年)である『不安〔L'angoisse〕』の訳書が岩波書店から刊行されます。まずは上巻(小出浩之/鈴木國文/菅原誠一/古橋忠晃訳)が3月9日に発売。うかうかしているといつの間にか品切になってしまうのが通例なので、新刊時に購入するのが一番です。

★髙谷幸『追放と抵抗のポリティクス』はまもなく発売。著者の髙谷幸(たかや・さち:1979-)さんは現在、大阪大学大学院人間科学研究科准教授で、ご専門は社会学、移民研究。本書が単独著第一作となります。序章にはこう書かれています。「本書は、戦後日本における非正規移民の追放と抵抗の「現場」、すなわち移住者の越境、その越境者を線引き、追放しようとする主権権力、そうした権力への抵抗運動によるポリティクスを考察することを目的とする。またそれをとおして、日本の境界が、それぞれの時代においてどのような文脈や論理にもとづいて引かれ、いかなる効果をもたらしてきたのかを明らかにすることをもめざしている」(7~8頁)。「この場に暮らすすべての人びとの空間としての社会を肯定する」(214頁)ことの難しさと向き合うためのアクチュアルな新刊ではないでしょうか。

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by urag | 2017-03-05 23:49 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 27日

注目新刊:山田俊弘『ジオコスモスの変容』(記念イベントあり)

弊社出版物でお世話になっている著者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

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★ヒロ・ヒライさん(編著書:『ミクロコスモス 第1集』)
★山田俊弘さん(論考:「ニコラウス・ステノ、その生涯の素描――新哲学、バロック宮廷、宗教的危機」、『ミクロコスモス 第1集』所収)
ヒロ・ヒライさんが編纂しておられるシリーズ「bibliotheca hermetica叢書」の最新刊『ジオコスモスの変容』が発売となりました。同書は山田俊弘(やまだ・としひろ:1955-)さんが2004年に東京大学大学院に提出した博士論文「17世紀西欧地球論の発生と展開――ニコラウス・ステノの業績を中心として」を大幅に改稿したものとのことです。詳しい書誌情報や目次については書名のリンク先をご覧ください。山田さんの訳書である、ニコラウス・ステノ『プロドロムス――固体論』(東海大学出版会〔現:東海大学出版部〕、2004年)とともにひもときたい一書です。また、『ジオコスモスの変容』の刊行を記念し、トークイベントが開催される予定とのことです。こちらのリンク先からご予約いただけます。

ジオコスモスの変容――デカルトからライプニッツまでの地球論
山田俊弘著 ヒロ・ヒライ編集
勁草書房 2017年2月 本体4,800円 A5判上製304頁 ISBN978-4-326-14829-5

帯文より:デカルト、キルヒャー、スピノザ、ライプニッツ。17世紀ヨーロッパの科学革命を生きた知識人たち、彼らによって世界をその歴史の理解が大変革をとげる。デンマーク人ステノを案内人に、この壮大な旅路を「ジオ・コスモス」観の変容として読みとき、地球惑星科学の起源に肉迫する。

◎トークイベント「デカルトからライプニッツまでの地球像――17世紀ヨーロッパの科学革命におけるジオコスモス」ヒロ・ヒライ(BH叢書・監修)×山田俊弘(東京大学研究員)

日時:2017年3月8日(水)19時~21時(開場18時30分)
場所:本屋 EDIT TOKYO  東京都中央区銀座5-3-1 ソニービル6F
料金:2,000円(ドリンク付)

内容:哲学と歴史を架橋し、テクスト成立の背景にあった「知のコスモス」に迫るインテレクチュアル・ヒストリー。その魅力を紹介する「bibliotheca hermetica(ヘルメスの図書館)」叢書の第4回配本は、『ジオコスモスの変容:デカルトからライプニッツまでの地球論』です。近代科学の創始者であるガリレオやニュートンといった学者たちが活躍した17世紀は、科学革命の時代と呼ばれています。天動説と地動説をめぐって論争が繰り広げられた時代です。地動説によって地球が世界の中心ではなく、惑星のひとつになってしまうことは、世界観そのものの大きな変容でした。この大変革期に、デカルト、キルヒャー、スピノザ、ライプニッツといった知識人たちは、化石、鉱物、火山活動、気象といったものから、地球がどのようなものだと考えていたのでしょうか。デンマーク人ステノを案内人に、「ジオ・コスモス」(大地の世界)観の変容というこの壮大な旅路へご案内します。

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by urag | 2017-02-27 12:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)