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2016年 10月 02日

注目新刊:渡辺優『ジャン=ジョゼフ・スュラン』、ほか

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ジャン=ジョゼフ・スュラン――一七世紀フランス神秘主義の光芒』渡辺優著、慶應義塾大学出版会、2016年10月、本体7,500円、A5判上製474頁、ISBN978-4-7664-2368-6
『神秘主義――超越的世界へ到る途』イーヴリン・アンダーヒル著、門脇由紀子・ 今野喜和人・鶴岡賀雄・村井文夫訳、ナチュラルスピリット、2016年9月、四六判上製595頁、ISBN978-4-86451-217-6
錬金術の世界 新装版』ヨハンネス・ファブリキウス著、大瀧啓裕訳、青土社、2016年5月、本体4,800円、2016年5月、A5判上製**頁、ISBN978-4-7917-6926-1

★『ジャン=ジョゼフ・スュラン』はまもなく発売(10月5日頃より)。「17世紀フランス最大の神秘家として近年注目を集める」(帯文より)イエズス会士ジャン=ジョゼフ・スュラン(Jean-Joseph Surin, 1600-1665)をめぐる日本で初めての単行本になるかと思います。スュラン(シュランと表記されることもあり)の名前は、20世紀における再評価の功労者となったミシェル・ド・セルトーによる『ルーダンの憑依』(みすず書房、2008年)や『歴史のエクリチュール』(法政大学出版局、1996年、品切)などをお読みになった方はご存知かもしれません。著者の渡辺優(わたなべ・ゆう:1981-)さんは天理大学人間学部宗教学科講師。本書は2014年5月に東大大学院人文社会系研究科に提出された博士論文に大幅な加筆修正を施したもので、著者にとって初の単独著となります。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。以下では「はじめに」からいくつか引用します。

★「近世神秘主義においては、神の「不在」の経験は、むしろ根源的に肯定的な意味を帯びたものとして、嘉するべきものとしてありえた」(6頁)。「幻視や脱魂などの神秘体験ではなく、「不在の他者」とのもうひとつの交わりのかたちである「神秘的信仰」をこそ主題化する本書は、本質的に個人的・直接的なものとされる体験、何か特別な「現前の体験」を神秘主義の――ひいては「宗教」そのものの――「本質」とみなしてきた従来の研究の趨勢を正面から問い直し、私たちの神秘主義理解、そして宗教理解の水準を一段押し上げようとする試みである」(7頁)。

★スュランは「15年以上にも及んだ心身の危機的状況――魂の「暗夜」――を通じて、〔・・・〕その身に数々の「超常の・常軌を逸した」体験を被」りつつ、後年の恢復ののちには「すべてのキリスト教信徒に「共通の」、そして一切の超常の体験を拭い去った「通常の」信仰の境涯にこそ、「神秘的合一」への道を見出すに至ったのである」といいます(6~7頁)。「比類なき現前の体験に恵まれたスュランだが、その晩年、彼は、あたかも神が不在であるかのように暗い「信仰の状態」にこそ根源的な平安と喜びを認め、そこに憩うことに」なったと(7頁)。本書は「この間の消息を明らかにし、スュランにおける信仰の何たるかを解明」した労作です。

★本書の補遺「スュランのテクストについて」ではスュランの諸著作(詩的テクスト/霊的指導のためのテクスト/自伝的テクスト/書簡)について簡潔に解説しておられます。スュラン自身の著作の邦訳では「愛の諸相をめぐる十五の詩篇」(村田真弓訳、『キリスト教神秘主義著作集(15)キエティスム』所収、教文館、1990年、341~436頁)があります。

★渡辺さんの新刊で参考文献に挙げられていたアンダーヒルの古典的著作『神秘主義』が、先月復刊されました。親本はジャプラン出版より1990年に出版。1911年にロンドンで刊行されたMysticismの第2部の全訳で、巻頭の「訳者解説」の末尾に付されたごく短い「追記」によれば、訳文に手を入れた改訂版であるとのことです。目次を列記しておくと、訳者解説、第1章「はじめに」、第2章「自我の覚醒」、第3章「自我の浄化」、第4章「自我の照明」、第5章「声とヴィジョン」、第6章「内面への旅(1)――潜心と静寂」、第7章「内面への旅(2)――観想」、第8章「脱我と歓喜」、第9章「魂の暗夜」、第10章「合一の生」、むすび、付録「キリスト教紀元からブレイクの没年までのヨーロッパ神秘主義の歴史的素描」、文献目録〔原書のみ記載〕、索引〔主に人名〕。長らく品切だった本なので、今回の改訂版は嬉しい限りです。なおアンダーヒルの訳書には本書のほかに、『衷なる生活』(中山昌樹訳、教文館出版所、1929年、絶版)、『霊の力』(前川真二郎訳、羊門社、1937年、絶版)、『実践する神秘主義――普通の人たちに贈る小さな本』(金子麻里訳、新教出版社、2015年) があります。

★また、久しぶりの復刊と言えば、隣接する分野では今春、ファブリキウス『錬金術の世界』(青土社、1995年)の新装版が今春刊行されたことも思い出しておきたいと思います。原書はAlchemy: The Medieval Alchemists and their Royal Art (Copenhagen: Rosenkilde and Bagger, 1976; Revised edition, Wellingborough: Aquarian Press, 1989)です。著者はヨハンネス・ファブリキウスと記載されていますが、実際のところプロフィールは不明で、訳者あとがきによれば「心理学に取り組んで無意識の研究をおこなうとともに、少なくとも30年以上の歳月を費やして精力的に錬金術の研究をつづけていることが、かろうじてうかがえるだけ」とのことです。名前はおそらくはペンネームで、近世ドイツに実在した同名の天文学者(Johannes Fabricius, 1587-1616)から採られたものと思われます。復刊にあたり、「新装版あとがき」が加えられているほかは、特に初版から変更や改訂などはないようです。帯文も特に変更はないようです。「初めて解き明かされた神秘主義の殿堂。解明された夢と象徴の体系。古代・中世を経て現代に至る、ヨーロッパ文明の地下水脈に、人類の秘められた、夢と象徴の元型をさぐる。――近代知が見失ってきた魂の救済や生命の蘇生などをめぐる、中世の壮大かつ豊饒な知の体系を、精神分析学の成果を駆使して、深層から掘り起こし平明に解き明かした、錬金術研究の決定版」。

★以下に目次を列記しておきます。

序言
第1章 中世のサブカルチャーの古代の源泉
第2章 第一質料 作業の開始
第3章 最初あるいは地上での再誕の精神外傷
第4章 最初の結合 地上での再誕
第5章 ニグレド 「黒」の死と腐敗
第6章 アルベド 清めの白色化作業
第7章 第二あるいは月の再誕の精神外傷
第8章 第二の結合 月の再誕
第9章 キトリニタス 「黄色」の死と腐敗
第10章 第三あるいは太陽の再誕外傷
第11章 第三の結合 太陽の再誕
第12章 ルベド 「赤」の死と腐敗
第13章 死の精神外傷 第四の結合
第14章 大いなる石あるいは宇宙の石の再生
第15章 サイケデリック心理学 新しい錬金術
参考文献

図版出典
付録(連作図版の研究)
訳者あとがき
索引
新装版あとがき

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

創造元年1968』笠井潔+押井守著、作品社、2016年9月、本体1,800円、46判並製256頁、ISBN978-4-86182-596-5
幸福はなぜ哲学の問題になるのか』青山拓央著、太田出版、2016年9月、本体1,600円、四六判変型272頁、ISBN978-4-77831535-1
アートの入り口 美しいもの、世界の歩き方[ヨーロッパ編]』河内タカ著、太田出版、2016年9月、本体1,800円、四六判変型368頁、ISBN978-4-7783-1520-7

★『創造元年1968』は発売済(29日取次搬入済)。押井さん(1951年東京生まれ)と笠井さん(1948年東京生まれ)との対談は、劇場アニメ『立喰師列伝』を記念して行われ、『立喰師、かく語りき。』(徳間書店、2006年、品切)に収録された「革命の火はなぜ消えたのか?」 に続くもので、話題は多岐にわたり、刺激的で濃密です。今回の対談本の巻頭にある笠井さんによる「まえがき」によれば、その最初の対談では「二人とも〈68年〉をめぐる話題に終始して、新作アニメ記念としては異例の対談だった」とのことで、「しかし、それでも語り残したことが多すぎる。今度は時間制限なしで〈68年〉論を徹底的に語ろうということになり、そして完成したのが本書」だということです。「ルーツ――68年世代の僕らがつくったもの」「リアルと表現をめぐる対話」「ルーツを生きること、創造すること」の三部構成。押井さんは対談の最後でこう述べておられます。「運動をやっていた68年から、ずっと自分には、空白の時期があり、68年の自分と今の自分がいまだに直接つながっている感じがします。〔・・・〕自分の作品は、あの当時の原風景を、その「記憶」を物語として表現してきたとも言える」(210頁)と。巻末に藤田直哉さんと編集部による40頁もの事項注釈あり。

★『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』は発売済。著者の青山拓央(あおやま・たくお:1975-)さんは山口大学時間学研究所の准教授。今回の新刊は単独著としては『タイムトラベルの哲学』(講談社SOPHIA BOOKS、2002年;新版、ちくま文庫、2011年)、『分析哲学講義』(ちくま新書、2012年)に続く3冊目。巻頭の「はじめに」によれば本書は幸福をめぐる哲学的考察についての本であり、「幸福とは何かを――なぜその問いに十全な答えがないのかを――読者とともに考えていく本」だと位置付けられています。目次や概要、言及される先人たちの諸著作については、書名のリンク先をご覧ください。「幸福」という言葉は「多義的でありながら、他方でその多義性を自ら打ち消し、私たちを均質化しようとする奇妙な力をもっている」(7頁)と著者は書きます。第5章「付録:小さな子どもたちに」は児童の読者に向けて書いたというユニークな試み。第7章は本書執筆の「一種の楽屋裏」を明かすと同時に「同時に筒井康隆氏の小説『モナドの領域』への特殊な論評」ともなっているとのことです。なお近刊予定として、博士論文に加筆した『時間と自由意思』を筑摩書房より上梓されるそうです。

★『アートの入り口――美しいもの、世界の歩き方[ヨーロッパ編]』は発売済。『アートの入り口――美しいもの、世界の歩き方 [アメリカ編]』(太田出版、2016年2月)に続く第2弾。本書の目次や取り上げられる芸術家については書名のリンク先をご覧ください。「本書には、ぼくが学生の頃から尊敬してやまない歴代の画家や彫刻家や写真家に加え、あまり知られていない、未だ過小評価されていると感じている作家たちが登場します。さらに第4章〔「変貌し続けたボウイ」〕でロンドンのミュージシャンたちのことを熱く書いたのは、美術や写真だけでなく、ぼくに大きな影響を与えてきた彼らのことも同じくらいに重要だと考えたからで、ヨーロッパにおけるアートの入り口として一章を設けました」(364頁)とあとがきにあります。俳優の井浦新さんは本書を評して「読んでいて画家たちと握手を交わせるくらいの距離感を感じた」とコメントしておられます。

★太田出版さんでは今月、大澤真幸『可能なる革命』や、大塚英志『感情化する社会』が発売されていることを申し添えます。こちらもともに注目新刊です。
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by urag | 2016-10-02 23:51 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 29日

注目新刊:デリダ×豊崎光一『翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ』

弊社出版物の著者の、最近の訳書をご紹介します。

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★ジャック・デリダさん(著書『条件なき大学』)
豊崎光一さんとの二回の対談を収録した日本オリジナル版の新刊『翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ』が今週発売されました。「誘惑としてのエクリチュール──絵葉書、翻訳、哲学」(初出:『海』1981年3月号、中央公論社)、「哲学とパフォーマティヴ」(初出:『海』1984年2月号、中央公論社)の2篇の対談に加え、監修者の守中高明さんが解説「哲学・翻訳・パフォーマティヴ──Living on borderlines」と「監修者あとがき」をお書きになっておられます。後者では本書が『デリダとの対話』という書名で、未発表の第3回対談を加えた1冊としてかつて哲学書房から刊行される計画だったことが明かされています(カプート編『デリダとの対話』〔法政大学出版局、2004年〕とは別物です)。埋もれていた企画がこうして刊行されたことに深い敬意を表する次第です。

翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ――脱構築をめぐる対話
ジャック・デリダ+豊崎光一著 豊崎光一訳 守中高明監修
法政大学出版局 2016年9月 本体2,000円 四六判上製182頁 ISBN978-4-588-01048-4

帯文より:対話が開く知の核心。デリダが最も信頼する相手と語り合い、難解で知られるその哲学について、講義や講演でも見せることがない率直な語り口でデリダ自身が明らかにし、豊崎光一が《翻訳》で応答する。アルジェリア生まれのユダヤ人としての来歴、言語との関係、自身の哲学のさまざまな概念、ハイデガー、ブランショ、レヴィナス、セール、フーコー、ドゥルーズらとの関係までを語る。世界初の書籍化。

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なお、デリダさんの訳書がこの先、未來社さんより3点発売予定であることがPR誌「季刊未来」2016年秋号で予告されています。

10月4日発売予定:『最後のユダヤ人』渡名喜庸哲訳、本体1,800円、四六判上製150頁、ISBN978-4-624-93269-5
版元紹介文より:現代哲学の最先端を疾走していた晩年のデリダがユダヤ人、ユダヤ性などをめぐって1998年と2000年になされた二つの講演を、盟友ジャン=リュック・ナンシーの緒言とともに収めた講演録。「ポイエーシス叢書」第69弾。

10月20日発行予定:『信と知――たんなる理性の限界における「宗教」の二源泉』湯浅博雄+大西雅一郎訳、本体予価1,800円、四六判上製192頁、ISBN978-4-624-93268-8
版元紹介文より:デリダの提案にもとづいておこなわれた〈宗教〉をめぐる一大コロック(1994年)での講演をもとに、その後に大幅加筆された追記(ポスト・スクリプトゥム)とあわせてまとめられた後期デリダの代表的宗教論。「ポイエーシス叢書」第68弾。

11月刊行予定:『嘘の歴史 序説(仮)』西山雄二訳、本体予価1,800円、四六判上製160頁、ISBN978-4-624-93270-1
版元紹介文より:パリ・国際哲学コレージュでの講演(1997年)。嘘をめぐるさまざまな哲学的主題が網羅され、現代の政治的な嘘の考察がアクチュアルな仕方で展開される。「ポイエーシス叢書」第70弾。

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by urag | 2016-09-29 18:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 25日

注目新刊:新海均『満州 集団自決』、ほか

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満州 集団自決
新海均著
河出書房新社 2016年9月 本体1,900円 46判上製264頁 ISBN978-4-309-22683-5

帯文より:終戦から一ヶ月、戦後最大の惨劇はなぜ起きたのか? 満州開拓史上、最も経済的に繁栄した村・瑞穂村――関東軍の逃亡と、ソ連軍の対日参戦によって追い詰められてゆく集団の軌跡を通じて、〈戦争〉の闇を峻烈に描く。

帯文(裏)より:終戦から1ヶ月が経過した、昭和20年9月17日午前2時。満州開拓史上最も経済的に繁栄した瑞穂開拓団の村民、1,150人のうち495人がいっせいに青酸カリで集団自決した。ソ連の対日参戦と関東軍の逃亡によって“棄民”となった人々は何故、集団自決を選んだのか……奇跡的に生還した者の証言を丹念に辿りながら、瑞穂村の始まりと繁栄、そして壮絶なる挫折を峻烈に描き出し、満州とは、戦争とは何であったのかをあぶり出す。

目次:
はじめに
第一章 桜の満開の下の“拓魂祭”
第二章 新天地・満州国への開拓民送出
第三章 王道楽土と敗戦
第四章 ソ連参戦で相次ぐ虐殺と集団自決
第五章 集団自決までの苦悩
第六章 絶望の彷徨と逃避行
第七章 第二の瑞穂村と“大地の子”
あとがきにかえて

★発売済。著者の新海均(しんかい・ひとし:1952-)さんは早大一文卒業後、光文社編集部を経て現在フリーライターとしてご活躍。今回の著書は、『深沢七郎外伝――淋しいって痛快なんだ』(潮出版社、2011年)、『カッパ・ブックスの時代』(河出ブックス、2013年)、『司馬遼太郎と詩歌句を歩く』(潮出版社、2015年)に続く、第4作。ズッシリと重いテーマの本で、特に第四章以降で列記されていく満州開拓団の凄惨な横死の数々にはただただ言葉を失うばかりです。開拓という名の土地収奪、反満抗日ゲリラとの心休まらぬ戦い、いっときの繁栄、ソ連軍の侵攻、終戦、関東軍の撤退、「匪賊」による容赦ない襲撃、離散する家族。引用することすら憚られる、地獄としか言いようのない現実に、教科書的な満州史の理解を解体させられる心地がします。死を選ぶよりほかないような最悪の状況のさなかに時折またたく、民族を超えた良心が垣間見えるのが、せめてもの読者の慰めでしょうか。「地球が狭くなった今、戦争とは何か、平和とは何かを根源的に問うことが一人一人に求められている」(15頁)と著者は書きます。満州のことを日本人が忘れてしまうとしたら、本当の意味で戦争も平和も語れないのだと自問するほかありません。辛い内容ですが、読みだしたら止まらない本です。


「文藝」戦後文学史
佐久間文子著
河出書房新社 2016年9月 本体2,400円 46判上製312頁 ISBN978-4-309-02497-4

帯文より:その時、文学の〈現場〉では何が起きていたのか!? 戦中から戦後、そして現代まで――奔流にのまれ数奇な運命を辿った出版社と、時代と格闘する作家・編集者たちの姿から、いま新たな「文学史」が誕生する!

目次:
はじめに
第一章 「文藝」の創刊と激化する戦争
第二章 戦後の再出発と雑誌の隆盛
第三章 文藝賞創設と「戦後派」の再検証
第四章 「内向の世代」と広がる〈戦後〉との距離
第五章 新時代の文学と「クリスタル」の衝撃
第六章 J文学の誕生と文芸誌の未来
おわりに
「文藝」略年譜

★発売済。「文藝」誌に掲載された「編集長で読むサバイバル史」前篇・中篇・後篇(2013年秋号・冬号・2014年春号)、「1933→2013『文藝』80年史」(2013年秋号)に加筆修正し、一冊にまとめたもの。昭和8年(1933年)に改造社で創刊され、太平洋戦争末期の改造社解散後に河出書房へと発行元を移し、約5年間の休刊(1957年4月~1962年2月)を挟んで現在まで刊行され続けた雑誌「文藝」のドラマな変遷をたどるユニークな書。今年5月に創業130周年を迎えた河出書房新社さんはかつて1957年3月に倒産し、5月に新社設立。さらに1968年3月には会社更生法の適用を申請。「80年以上続いてきたこの雑誌がたどった道のりは決して平坦ではなかった」(9頁)。「あるときはゴリゴリの純文学雑誌になったり、あるときはエンターテインメントの方向に大きく振れたりと、一つの雑誌が時代時代で大きく様相を変え」(8~9頁)たその過程は非常に興味深いです。文学の土壌が、国家の庇護によって保護されるような一部の伝統芸能とは異なる存在であることを改めて感じます。


オランダのモダン・デザイン――リートフェルト/ブルーナ/ADO
ライヤー・クラス/新見隆監修・著
平凡社 2016年9月 本体2,315円 B5変判並製168頁 ISBN978-4-582-20687-6

帯文より:純粋な色彩とシンプルな形――家具、建築、絵本、ポスター、玩具、ドールハウス。DUTCH MODERN DESIGN, Rietveld / Bruna / ADO.

目次:
オランダ・モダニズムの連続性 (ライヤー・クラス)
人間主義的ものづくり、オランダ讃歌 (新見隆)
ヘリット・トーマス・リートフェルト
ディック・ブルーナ
ADO&コー・フェルズー
ディック・ブルーナのデザイン (今井美樹)
ADO――オランダ・デザインの玩具 (カリン・レインダース)
略年表 リートフェルト/ブルーナ/ADO
作品リスト

★発売済。現在開催中の展覧会「オランダのモダン・デザイン――リートフェルト/ブルーナ/ADO」(2016年9月17日~11月23日@東京オペラシティ・アートギャラリー;2016年12月2日~2017年1月22日@大分県立美術館)の公式図録。ヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld, 1888-1964)はオランダの前衛芸術運動「デ・ステイル」(1917-1932)に参加していた家具デザイナーであり建築家。名作「レッド・ブルー・チェア」(1918-1923頃)をはじめとする肘掛け椅子の数々や、「シュローダー邸」の関連資料などを見ることができます。ディック・ブルーナ(Dick Bruna, 1927-)はおなじみ「ミッフィー」シリーズで知られる絵本作家であり、デザイナーであり、出版人。彼が関わった多数の出版物が紹介されています。ADO(アド:Arbeid door Onvolwaardigen:障がい者による仕事)は、1920年代から2006年までサナトリウムの患者たちによって制作された木製玩具。コー・フェルズー(Ko Verzuu, 1901-1971)は、サナトリウムの作業療法部門の責任者で、ADOの産みの親です。シンプルで温かみのある玩具の数々が公開されています。オランダ・モダニズムの色あせない新しさを満喫できる展示であり図録ではないでしょうか。


吉本隆明全集2[1948‐1950]
吉本隆明著
晶文社 2016年9月 本体7,000円 A5判変型上製842頁 ISBN978-4-7949-7102-9
帯文より:1948年から1950年までの間に書かれた詩篇、評論、ノートのすべてを収録する。「詩稿Ⅹ」「残照篇」の抹消詩47篇をはじめて収録!!「覚書Ⅰ」、「箴言Ⅰ」「箴言Ⅱ」ノートを完全復元!!! 著者の原型はすべてここにある!

★まもなく発売(10月1日発売予定)。第11回配本です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。投込の月報11は、蓮實重彦さんによる「吉本さんと「母性的」なるもの」、ハルノ宵子さんによる「蓮と骨」を掲載。吉本宅を訪ねた蓮實さんのエピソードは他愛ないようでいて強い印象を残します。この全集では帯が2枚まかれていることは周知の通りですが、1枚目の帯の下にある2枚目にはこんな紹介文が添えられています。「大学卒業、姉の死、いくつかの町工場での転職を経て、特別研究生として大学へ戻った時期に書かれた三つの詩稿群と三つのノートを中心に、重要な長篇詩「(海の風に)」、「エリアンの手記と詩」を含む発表詩と発表評論を収録」。詩篇はむろん印象的ですが、個人的には覚書や箴言に見る断片的ながら直観的な閃きが興味深いです。「奇怪な夢を見たあとは牛乳を飲めばいい」(覚書Ⅰ、367頁;箴言Ⅰ、少年と少女へのノート、417頁)。「猫のように身をこごめて、一日を暮した」(箴言Ⅰ、風の章、396頁)。「僕は倫理から下降する。そしてゆきつくところはない」(箴言Ⅱ、断想Ⅳ、467頁)。「結局はそこへゆくに決っている。だから僕はそこへゆこうとする必要はないはずだ。ここをいつも掘り下げたり切開したりすることの外に。僕に何のすることがあるというのか」(箴言Ⅰ、エリアンの感想の断片、387頁)。「僕は常に孤立した少数者を信ずる」(箴言Ⅰ、エリアンの感想の断片、385頁)。次回配本は2016年12月、第3巻の予定。
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by urag | 2016-09-25 18:47 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 18日

注目新刊:松本哉『世界マヌケ反乱の手引書』、など

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世界マヌケ反乱の手引書――ふざけた場所の作り方
松本哉著
筑摩書房 2016年9月 本体1,300円 四六判並製224頁 ISBN978-4-480-81533-0

帯文より:働きまくって金を使い果たす消費社会にはもう飽きた! マヌケな奴らが集まり、楽勝で生きのびるスペースを作り、結託して、世の中をひっくり返せ!

推薦文:「こいつらのデタラメは信頼できる!」(いとうせいこう)。
推薦文:「万国に散在するバカ共よ、地球大使館を作れ!」(中川敬)。

★発売済。『貧乏人の逆襲!――タダで生きる方法』(筑摩書房、2008年6月;ちくま文庫、2011年12月)、『貧乏人大反乱――生きにくい世の中と楽しく闘う方法』(アスペクト、2008年11月)に続く、松本哉(まつもと・はじめ:1974-)さんによる待望の単独著第三弾。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第3章「世界にはびこるバカセンター研究」と、第4章「謎の場所を渡り歩き、世界の大バカが繋がり始める!!」の一部はPR誌「ちくま」2015年7月~2016年6月に掲載されたものとのことですが、そのほかは全篇書き下ろし。巻末には「世界のとんでもないスペース一覧表」があります。

★本書をどの売場に置くかは書店さんの智慧の見せ所かと思います。分類コードは0095で、一般向けの単行本、「日本文学、評論、随筆、その他」なので、ごく普通にはノンフィクションあたりかと思われますが、コアな読者層を考えるなら社会か人文、興味本位で間違って買われるべく挑戦するなら実用書に紛れ込ませると良いかと(「手引書」ですから)。もっと確信犯的には学参やコミック、ラノベのそばに置いて、学生さんたちの将来設計に役立ててもらう、というのもあるかもしれません。

★特に本書の第2章「超簡単!大してもうからない店を開業してみよう」では、リサイクルショップ(素人の乱5号店)、イベントスペース(素人の乱12号店)、飲食店(なんとかBAR)、ゲストハウス(マヌケ宿泊所)などの開業の経緯や過程が描かれていますので、実用書やビジネス書としても読めます。松本さんの言う「マヌケ」とはただの阿呆ではなくて、金儲けを追求したギラギラした価値観から解放されている自由な状態を指していることが読んでいるうちにわかってきます。オルタナティブでしなやかなカウンターカルチャー、などと表現するといかにも恰好つけた感じになりますから、松本さんなりの反抗心と愛情といささかの自虐を込めて「マヌケ」というユルい表現を選んでおられるのだと思います。実際、松本さんは高円寺北中通り商栄会の副会長もおつとめですから、この「マヌケ」ぶりにはマジメさもちゃんと隠れています。地域振興や町おこしの本をまとめる売場がある本屋さんには特に本書をおすすめします。

★マジメなところもある、と書きましたが、それでも本書を第1章「予想外のことが始まる!――マヌケな場所作りの予行演習」から読み始めると、山手線の社内での酒宴話がいきなり出てくるので、社会常識を持っていると自認している読者はまずこの「予行演習」の章をすっとばして第2章の開業話を読み、続く章で色々な類似例やちょっとしたアクションに触れて感覚を慣らした上で第1章に戻る、ということでもいいと思います。第1章は思考回路や行動範囲を柔軟に広げるための「予行演習」なので、冗談(本気との境界が自己責任であるような)が分からない人には向いていません。

★松本さんは本書で、「金持ち中心社会の奴隷のようなライフスタイルに三行半を突きつけるような「バカセンター」」(204頁)の実践例を紹介し、「各所のバカセンターが勝手なことをやりつつも緩く繋がって人も行き来できるような」(同頁)方途を紹介しています。その中心にあるのは、SNSとは違うリアルな出会い方、つながり方の薦めです。「むしろ超ローカルな動かない奴らの方が面白い奴が多いと言っても過言じゃない。動きまくってる人なんて実はまだまだ少数なのだ」(143頁)と松本さんは書きます。つながりすぎでも引きこもりでもない生き方へと自分自身を開くこと。「開き直った瞬間にマヌケな社会はやってくる」(205頁)と書く松本さんに内心「ホントかよ」と突っ込みつつも楽しく読める本です。

★本書の刊行を記念した対談イベントが以下の通り近日行われます。本の代金よりたけえじゃねえか、と思われる方もおられるかもしれませんが、マヌケ界の巨匠であるお二人が揃う機会なので、自分の方がマヌケだ、と思う方はぜひ。

◎松本哉×栗原康「マヌケ反乱のススメ
日時:2016年9月21日(水)20:00~22:00 
会場:B&B(下北沢)
料金:1500円+ワンドリンクオーダー

★続いて、新しい出版社さんの最初の新刊をご紹介します。

生きるために大切なこと
アルフレッド・アドラー著 桜田直美訳
方丈社 2016年9月 本体1,400円 四六判並製256頁 ISBN978-4-908925-00-9

帯文より:原典で読む、アドラー! 人は誰でも劣等感を持っている。そして、そこから向上心が生まれるのだ。アドラー自身による、アドラー心理学入門。

★発売済。The Science of Living (George Allen & Unwin, 1929)の新訳です(ちなみに訳書奥付では1928年発行となっていますが、原書の著作権マークでは米国版1929年、英国版1930年と記載)。目次詳細については書名のリンク先をご覧ください。巻末の解説「アドラーとその仕事について」は作家のフィリップ・メレによるもので、原書では巻頭に置かれています。同書の既訳には、『子どものおいたちと心のなりたち』(岡田幸夫・郭麗月訳、ミネルヴァ書房、1982年)や、『個人心理学講義――生きることの科学』(岸見一郎訳、一光社、1996年;アルテ、2012年)があります。前者は絶版。後者はベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、2013年)の著者としてお馴染みの心理学者、岸見一郎さんによる翻訳で、アルテの「アドラー・セレクション」の一冊。一光社版では「Adlerian books」の一冊で、野田俊作監訳と記載されていました。

★アドラーが家族とともに米国に移住したのは1935年ですが、初の米国講演旅行は1926年で、以後米国での活動が増えていますから、そうしたさなかでの英語版の著書刊行ということになるかと思います。ヴィリ・ケーラーの翻訳によるドイツ語版『Lebenskenntnis』がFischerから出版されるのは1978年になってからです。アドラーの主著とも言うべき本書の、3度目の邦訳が成ったのは、日本における近年の著しいアドラー再評価が背景にあるにせよ、非常に印象深い出来事です。

★方丈社さんは今年年頭(2016年1月)に創業されたご様子で(国税庁法人番号公表サイトを参照)、アドラー本のISBNの書名記号が00ですから、登録上はアドラー本が最初の発行物となるのかと思われます。版元サイトでは、同時発売として安福謙二『なぜ、無実の医師が逮捕されたのか――医療事故裁判の歴史を変えた大野病院裁判』(ISBNの書名記号は01)が紹介されています。さらにオンライン書店で公開されている近刊情報では、10月下旬発売で次の2点が挙げられています。横森理香『人生を踊るように生きていこう――更年期を快適に過ごすライフスタイル読本』(ISBNの書名記号は02)と、門倉貴史『お父さんのための裏ハローワーク』(ISBNの書名記号は04)です。03はどこだ、という話ですが、すでに番号は当ててあるものの、現状ではさらにそれらの後の刊行になるということなのでしょう。

★「小さくて、深くて、豊かで、明るくて。そんな出版社を、つくりました。」と版元さんのウェブサイトに自己紹介が掲出されています。困難すぎるこの時代に新しい出版社が神保町に誕生し、精力的に活動を始められたことに敬意を表する次第です。

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★このほか、ここ最近では以下の注目新刊がありました。

海東高僧伝』覚訓著、小峯和明・金英順編訳、東洋文庫、2016年9月、本体3,100円、B6変判上製函入394頁、ISBN978-4-582-80875-9
哲学史講義Ⅰ』G・W・F・ヘーゲル著、長谷川宏訳、河出文庫、2016年9月、本体1,500円、文庫判480頁、ISBN978-4-309-46601-9
人間の由来(上)』チャールズ・ダーウィン著、長谷川眞理子訳、講談社学術文庫、2016年9月、本体1,500円、A6判536頁、ISBN978-4-06-292370-5
杜甫全詩訳注(三)』下定雅弘・松原朗編、講談社学術文庫、2016年9月、本体1,900円、A6判672頁、ISBN978-4-06-292335-4
今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』武石彰夫著、講談社学術文庫、2016年8月、本体1,950円、A6判760頁、ISBN978-4-06-292373-6
人間と実存』九鬼周造著、岩波文庫、2016年8月、本体1,070円、文庫判並製400頁、ISBN978-4-00-331465-4

★覚訓『海東高僧伝』は東洋文庫第875巻。帯文に曰く「海東とは朝鮮半島の意。13世紀高麗時代に編纂され19世紀末に発見された名僧たちの伝記集成を詳しい訳注で読む。東アジアの広がりのなかで、朝鮮への仏法伝来と流布の道のりをたどる。同書は大正新修大蔵経や国訳一切経、大日本仏教全書などに収録されていましたが、現代語訳というのは初めてではないでしょうか。訳者の小峯さんによるあとがきによれば、本書は『新羅殊異伝――散逸した朝鮮説話集』(東洋文庫809、2011年)に続く「朝鮮漢文を読む会」による第二の成果だそうです。「高僧伝は中国や日本ではジャンル化しているが、韓国では『海東高僧伝』が現存する唯一といえる述作であり、その史的意義はきわめて高い」とのことです。東洋文庫次回配本は2016年10月、『陳独秀文集2』と予告されています。

★ヘーゲル『哲学史講義Ⅰ』は92~93年刊行の全3巻本を改訳の上、全4巻で文庫化するものの第一回配本。主要目次を列記すると、単行本版訳者まえがき、文庫版訳者まえがき、はじめに、序論、ときて、第一部「ギリシャの哲学」第一篇「タレスからアリストテレスまで」第一章「タレスからアナクサゴラスまで」の最後まで収録。同じく第二章「ソフィストからソクラテスまで」から第三章「プラトンとアリストテレス」までを収録する第Ⅱ巻は10月6日発売予定。高名な長谷川宏訳ヘーゲルの嚆矢となった『哲学史講義』(底本はグロックナー版ヘーゲル全集17~19巻)の決定訳が廉価版で購読できるのはうれしいことです。

★講談社学術文庫では先月分より1点と今月分より2点を選択。先月刊の『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』は全2巻完結。巻第二十七「本朝 付霊鬼」、巻第二十八「本朝 付世俗」、巻第二十九「本朝 付悪行」、巻第三十「本朝 付雑事」、巻第三十一「本朝 付雑事」を収録。帯文に曰く「ほとばしる「生」への讃歌!「今は昔」知恵と胆力で現実を生きる貴賤聖俗老若男女の物語。900年語り継がれる日本最大の説話集」と。

★今月刊のダーウィン『人間の由来(上)』の親本は、『ダーウィン著作集』第1巻・第2巻「人間の進化と性淘汰」1・2(文一総合出版、1999~2000年)。文庫版第1巻では第I部「人間の由来または起源」第一章~第七章、第Ⅱ部「性淘汰」第八章~第一一章を収録。原書は1871年刊行のThe Descent of Man, and Selection in Relation to Sexです。帯文に曰く「『種の起源』の先に踏み出した進化論の金字塔」と。もう1冊、『杜甫全詩訳注(三)』は全4巻の第3弾で、774番から1027番までの作品を収録。カヴァー紹介文によれば「蜀中の後期から三峡の入口・夔州で病身を養う時期にかけて詠んだ」名品の数々を収録、とのことです。

★九鬼周造『人間と実存』は編集部の凡例によれば、1939年に岩波書店で刊行された親本を文庫化したもので、底本は岩波書店版『九鬼周造全集』第三巻(2011年、第3刷)とのことです。旧字旧仮名は新字新仮名に改められていますが、原文が文語文である場合には旧仮名遣いのままとした、とのことです。収録テクストは巻頭の短い「序」のほか、「人間学とは何か」「実存哲学」「人生観」「哲学私見」「偶然の諸相」「驚きの情と偶然性」「形而上学的時間」「ハイデッガーの哲学」「日本的性格」の9篇。巻末の注解と解説は藤田正勝さんによるものです。「人間とか実存とかということは、それに関連する諸問題と合わせて、哲学の最も重要な問題であると私は考えている」と九鬼は序に記しています。九鬼は1888年生まれ(1941年没)で同年生まれの実存哲学者にはジャン・ヴァールがいます。九鬼は2月、ヴァールは5月生まれ。翌1889年には、4月にチャップリンとヒトラーが、9月にハイデガーが生まれます。
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by urag | 2016-09-18 05:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 10日

注目新刊:ベルクソン、ユング、ホッブズなど

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笑い』アンリ・ベルクソン著、合田正人・平賀裕貴訳、ちくま学芸文庫、2016年9月、本体950円、文庫判240頁、ISBN978-4-480-09747-7
イメージが位置をとるとき――歴史の眼1』ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著、宮下志朗・伊藤博明訳、ありな書房、2016年9月、本体6,000円、A5判上製304頁、ISBN978-4-7566-1647-0
『法の原理――自然法と政治的な法の原理』トマス・ホッブズ著、高野清弘訳、行路社、2016年8月、本体3,600円、A5判上製349頁、ISBN978-4-87534-384-4
ユング 夢分析論』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2016年8月、本体3,400円、四六判上製296頁、ISBN978-4-622-08517-1
物質と意識――脳科学・人工知能と心の哲学(原書第3版)』ポール・チャーチランド著、信原幸弘・西堤優訳、森北出版、2016年8月、本体2,800円、四六判上製336頁、ISBN978-4-627-81753-1

★ベルクソン『笑い』は発売済。ちくま学芸文庫でのベルクソンの翻訳はこれで5点目。『笑い』は6月に光文社古典新訳文庫から増田靖彦さんによる新訳が出たばかりですし、さらに遡れば、1月に平凡社ライブラリーで原章二訳が出ています(『笑い/不気味なもの: 付:ジリボン「不気味な笑い」』)。ついこのあいだまでは文庫では岩波文庫の林達夫訳(1938年;改版1976年)しかなかったのですから、今年3点もの新訳が出ている状況というのは驚異的です。

★今月のちくま学芸文庫では、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』(林昌宏訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)や、『エジプト神話集成』(杉勇・屋形禎亮訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)なども発売されています。アタリの本は文庫オリジナルで、Peut-on prévoir l'avenir ? (Fayard, 2015)の翻訳です。訳者の林さんは本書を「これまでの彼の仕事を集大成したもの」と評価されています。『エジプト神話集成』は「筑摩世界文学大系(1)古代オリエント衆」(1978年)からエジプトの章を文庫化したもの。


★なお、来月のちくま学芸文庫は、ダニエル・C・デネット『心はどこにあるのか』土屋俊訳、ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』大浦康介訳、ダンカン・ワッツ『スモールワールド・ネットワーク――世界をつなぐ「6次」の科学〔増補改訂版〕』辻竜平・友知政樹訳、竹内信夫『空海入門――弘仁のモダニスト』が10月6日発売予定とのことです。デネットは数多くの訳書がありますが、文庫化は初めてですね。

★ディディ=ユベルマン『イメージが位置をとるとき』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ブレヒトの『作業日誌』や『戦争案内』の分析を通じたイメージ/モンタージュ論です。著者の連作「歴史の眼〔L'Œil de l'histoire〕」の第1巻で、第3巻『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』は昨年11月に 伊藤博明さんの訳で同じくありな書房から刊行されています。「歴史の眼」は原書ではすべてミニュイ〔Minuit〕から今までに第6巻まで出版されています。今回の新刊の訳者あとがきによれば、訳書の続刊は第2巻『受苦の時間の再構築』となるようです。

2009 【1】 Quand les images prennent position〔『イメージが位置をとるとき』2016年〕
2010 【2】 Remontages du temps subi〔『受苦の時間の再構築』〕
2011 【3】 Atlas ou le gai savoir inquiet〔『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』2015年〕
2012 【4】 Peuples exposés, peuples figurants〔『さらされる民衆、端役としての民衆』〕
2015 【5】 Passés cités par JLG〔『ジャン=リュック・ゴダールによって引用された過去』〕
2016 【6】 Peuples en larmes, peuples en armes〔『涙にくれる民衆、武器をとる民衆』〕

★高野清弘訳『法の原理』は発売済。岩波文庫から4月に田中浩・重森臣広・新井明訳でホッブズの同書が刊行されていたため(『法の原理――人間の本性と政治体』)、同じ年に2つの訳書が出るのは古典としては異例です(とはいえ、先述した通り、ベルクソン『笑い』の新訳が今年は3種出もているわけですが、これは「現代の」古典なので、ホッブズと一緒にするわけにはいきません)。出版の経緯について高野訳の「訳者あとがき」を確認してみると、岩波文庫版との意外な関係が。岩波文庫版のあとがきには「作業としては田中が全訳し、新井・重森が検討するという形式で進めた」とあるのですが、行路社版では高野さんが、田中さんの依頼のもと、最初の下訳を高野さんと故・藤原保信さんとの共訳で行ったと証言されています。詳しい説明は行路社版をご覧下さい。9月8日現在、アマゾンでもホントでも行路社版が購入できないままになっているのは単純に書店サイドが仕入れていないだけなのだろうと思われますが、残念なことです。リアル書店の店頭では大型店を中心にもちろん販売されています。

★『ユング 夢分析論』は発売済。夢に関するユングの主要な論文6篇を1冊にまとめたもので、「夢分析の臨床使用の可能性」Die praktische Verwendbarkeit der Traumanalyse (1931)、「夢心理学概論」Allgemeine Gesichtspunkte zur Psychologie des Traumes (1916/28/48)、 「夢の本質について」Vom Wesen der Traume (1945/48)、「夢の分析」L'analyse des reves (1909)、「数の夢に関する考察」Ein Beitrag zur Kenntnis des Zahlentraumes (1910/11)、「象徴と夢解釈」Symbols and the interpretation of dreams (1961/77)を収録。本書と同時に、『心理療法論』林道義編訳、『個性化とマンダラ』林道義訳、『転移の心理学』林道義・磯上恵子訳、の3点の新装版も発売されています。

★チャーチランド『物質と意識』は発売済。原書は、Matter and Consciousness, Third edition (MIT Press, 2013)です。目次の確認や立ち読みは書名のリンク先をご利用ください。同書は1984年に初版が刊行され、1988年に改訂版が刊行されましたが、日本語に訳されるのは第3版が初めてです。先月は本書のほか、カプラン『人間さまお断り――人工知能時代の経済と労働の手引き』三省堂、櫻井豊『人工知能が金融を支配する日』東洋経済新報社、三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』BNN出版、と人工知能を書名に冠した新刊が目白押しでしたし、スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』インターシフト、のように脳科学や神経科学の先端を倫理学的観点から批判的に考察する本も出ています。ブックフェアを開催するには良いタイミングかもしれません。
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by urag | 2016-09-10 17:48 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 03日

注目新訳:シュタイナー、ゲーテ=シラー、ソシュール

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ゲーテ的世界観の認識論要綱』ルドルフ・シュタイナー著、森章吾訳、イザラ書房、2016年8月、本体2,500円、四六判上製240頁、ISBN978-4-7565-0132-5
ゲーテ=シラー往復書簡集<上>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,500円、四六判上製476頁、ISBN978-4-267-02041-4
ゲーテ=シラー往復書簡集<下>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,900円、四六判上製549+47頁、ISBN978-4-267-02042-1
天界と地獄』スエデンボルグ著、鈴木大拙訳、講談社文芸文庫、2016年8月、本体2,200円、A6判並製576頁、ISBN978-4-06-290320-2
新訳 ソシュール一般言語学講義』フェルディナン・ド・ソシュール著、町田健訳、研究社、2016年8月、本体3,500円、A5判並製344頁、ISBN978-4-327-37822-6

★シュタイナー『ゲーテ的世界観の認識論要綱』は発売済。底本は1979年刊の第7版(原著初版は1886年、新版は1924年刊)。もともとは浅田豊訳(筑摩書房、1991年;底本は今回の新訳と同じく第7版)の再刊に森さんが解説を付す、というのが当初の予定だったそうですが、新訳+訳者解説というかたちになったとのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。シュタイナーの類似書名には『ゲーテの世界観』(溝井高志訳、晃洋書房、1995年)がありますが、こちらは『認識論要綱』のあとに刊行された(初版1897年、新版1918年)、別の本です。よく知られている通り、ゲーテ研究はシュタイナーの出発点であり、『認識論要綱』はシュタイナーが20代半ばに上梓したものです。副題「特にシラーに関連させて、同時にキュルシュナー「ドイツ国民文学」中の『ゲーテ自然科学論集』別巻として」にある『ゲーテ自然科学論集』はシュタイナーが編集し注釈・解説を付した全5巻本。

★本書の巻頭にはこうあります。「誰かが自説を、完全にオリジナルと自惚れて発表したところで、デーテやシラーがとっくに感じしていたことから一歩も出ていないというくらいに、あらゆるドイツ文化は古典期の思想家を基礎としている」(23頁)。さらに、後段ではこうも書いています。「ゲーテは通常の意味での哲学者ではなかった。しかし、彼の素晴らしい人格的調和に接したシラーの次の言葉を忘れてはならない。『この詩人こそが唯一の真の人間である』」(29頁)。「シラーほどゲーテの天賦の才の偉大さを見ていた人物はいない。シラーはゲーテに宛てた書簡の中で、ゲーテ自身の本性を鏡に映し出して見せた」(33-34頁)。「カントではなく、ゲーテやシラーに回帰し、彼らの学問の方法を深めたときにはじめて、哲学は文化生活における役割を再び果たすことができるようになるだろう」(35頁)。

★折しも『ゲーテ=シラー往復書簡集』全2巻も7月に刊行されており、『認識論要綱』を読み解くための豊かな源泉も私たちは手にしたことになります。上巻には1794年から1797年まで、下巻には1798年から1805年までの全999通+底本未収録分13通の書簡が収録されています。フォルマー編による、Briefwechsel zwischen Schiller und Goetheの第4版(1881年)が底本です。下巻巻末の解説によれば、「初の批判校訂版であるこの版を基にして、シュタイガー版以降の版をできるだけ参照するようにし、底本に収録されていないものについては、それらの版を参考にしつつ、可能な限り補充した」と。ただし「フォルマー編集の底本に添えられていた先行各版との異同表や、ゲーテのシラー夫人宛の書簡など、その「前書き」に言及されている付録の多くは、紙数の関係で訳出できなかった。同じ理由で、索引も大幅に縮小されている」とも特記されています。ゲーテとシラーの往復書簡集は、グレーフ/ライツマン編集版が、菊池榮一訳『往復書簡 ゲーテとシルレル』(上中巻、櫻井書店、1943年/1948年)として、1794年から1798年までの560通が訳されていました、残念ながら未完でした。今回の新訳は長らくの訳書の不在を埋めるもので、画期的な訳業です。

★鈴木大拙訳『天界と地獄』は発売済。岩波書店版『鈴木大拙全集』第23巻(1969年刊)を底本として使用し、新字新かな遣いに改めた、とのことです。また、「1910年刊行の単行本『天界と地獄』初版も参照し、誤字と思われる箇所は正し、適宜ふりがなと表記を調整しました」とも特記されています。附録にゼームス・スヒヤース「スエデンボルグ小伝」、解説は安藤礼二さんによる「鈴木大拙のスウェーデンボルグ」です。安藤さんはこう書いておられます。「人生のある時期、大拙は間違いなくスウェーデンボルグとともにあった。大拙のスウェーデンボルグは、大拙思想の感性にとって必要不可欠であっただけでなく、柳宗悦の民藝運動の一つの源泉、谷崎潤一郎や三島由紀夫の文学の一つの源泉、そして出口王仁三郎が『霊界物語』を書き上げる際の一つの重要な源泉になっていったと思われる」(543頁)。

★文庫で読めるスウェーデンボルグは、高橋和夫編訳『霊界日記』(角川文庫ソフィア、1998年)に次いでようやく2点目ですが(『神秘な天体』抜粋訳を含む金森誠也訳『カント「視霊者の夢」』〔講談社学術文庫、2013年〕は数えません)、今回の新刊は訳者が前面に出ている企画で、訳文は文語調なので、現代語訳で読みたい方は他の単行本を併せて読むのもいいかもしれません。なお、講談社文芸文庫では第2弾として、鈴木大拙『スエデンボルグ』を10月に発売するようです。これは大拙による概説書で、スウェーデンボルグの『新エルサレムとその教説』の大拙訳も併載するとのことです。大拙訳スウェーデンボルグはこのほかに『神智と神愛』『神慮論』があり、文庫化コンプを希望したいところではありますが、実際はそこまでは進まないのかもしれません。

★『新訳 ソシュール一般言語学講義』は発売済。1906年から1911年までジュネーブ大学でおこなわれた『一般言語学講義』(Le Cours de linguistique generale, 1916年)の新訳です。訳者の町田健(まちだ・けん:1957-)さんは名古屋大学大学院文学研究科教授。ご専門は言語学で、ソシュール関連の著書に『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社新書、2003年)、『ソシュールのすべて――言語学でいちばん大切なこと』(研究社、2004年2月)、『ソシュールと言語学――コトバはなぜ通じるのか』(講談社現代新書、2004年12月)があります。『一般言語学講義』には日本語の諸訳がありますが、バイイ/セシュエ編を底本としている翻訳には以下のものがあります。小林英夫訳『ソシュール 一般言語学講義』(岩波書店、1940年『言語学原論』;改題改版、1972年)。菅田茂昭訳『ソシュール 一般言語学講義抄』(対訳版、大学書林、2013年)。菅田訳が抄訳の対訳本であることを考慮すると、今回の町田訳は実に、小林訳以来の新たな完訳ということになります。

★巻頭の「訳者はしがき」にはこう書かれています。「〔ソシュール自身の手によるものではないとはいえ〕本書が言語学の概説書として、それ自体で人類史上最も優れたものであることにかわりはない。〔・・・〕本書は、その不備ですら、言語学の発展を促す結果をもたらしているという側面においても、その高い学問的価値を示している。〔・・・〕言語自体の本質を解明する学問としての一般言語学に寄与することができるソシュールの業績は、本書のみであり、本書を読むことによって、言語と言語学に対する正しい認識と理解がえられるのだと信ずる」(vi頁)。

★バイイ/セシュエ編以外では、以下の既訳があります。ゴデル編(山内貴美夫訳『ソシュール 言語学序説』勁草書房、1971年;新装版、1984年)。デ・マウロ校注(山内貴美夫訳『「ソシュール一般言語学講義」校注』而立書房、1976年)。コンスタンタンのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第三回講義』エディット・パルク、2003年;増補改訂版、2006年;影浦峡/田中久美子訳『ソシュール 一般言語学講義』東京大学出版会、2007年)。リードランジェのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第一回講義』エディット・パルク、2008年)、リードランジェ/パトワのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第二回講義』エディット・パルク、2006年)。さらに岩波書店から『フェルディナン・ド・ソシュール「一般言語学」著作集』全4巻の刊行が2013年に開始され、全3回の講義がそれぞれ1巻ずつで続刊予定となっていることは周知の通りです。

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★このほか最近では次の新刊との出会いがありました。

島/南の精神誌』岡谷公二著、人文書院、2016年9月、本体7,800円、A5判上製608頁、ISBN978-4-409-54083-1
叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』原口剛著、洛北出版、2016年9月、本体2,400円、四六判並製410頁、ISBN978-4-903127-25-5
〈わたし〉は脳に操られているのか――意識がアルゴリズムでは解けないわけ』エリエザー・スタンバーグ著、大田直子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年9月、本体2,300円、四六判上製336頁、ISBN978-4-7726-9552-7
第二次大戦の〈分岐点〉』大木毅著、作品社、2016年8月、本体2,800円、四六判上製416頁、ISBN978-4-86182-592-7
苦海浄土 全三部』石牟礼道子著、藤原書店、2016年8月、本体4,200円、四六上製1144頁、ISBN978-4-86578-083-3

★岡谷公二『島/南の精神誌』はまもなく発売。『島の精神誌』(思索社、1981年)、『神の森 森の神』(東京書籍、1987年)、『南の精神誌』(新潮社、2000年)、『南海漂蕩』(冨山房インターナショナル、2007年)の4著に、単行本未収録論考「引き裂かれた詩人――民族学者アルフレッド・メトローの場合」(『新潮』2004年7月号所収)を加えて1冊としたものです。あとがきに曰く「島と南方憧憬から私は出発した。最初のころは、人のあまり行かない島々を訪ねて歩く気ままな旅人であった。〔・・・〕私の島と南方への承継に火をつけたのは、あのポール・ゴーギャンである」。岡谷さんは御自身の著書や訳業を振り返りつつ、「それらがいずれも旅と不可分であったことをあらためて思う」と述懐しておられます。共訳書近刊である、レリス『ゲームの規則』(全4巻、平凡社)も予告されています。

★原口剛『叫びの都市』は発売済。著者の原口剛(はらぐち・たけし:1976-)さんは神戸大学大学院人文学研究科准教授で、ご専門は都市社会地理学および都市論。単独著としては本書が初めてになります。『人文地理』『都市文化研究』『現代思想』などに寄稿した論考4編を全面的に書き改め(第1章「戦後寄せ場の原点――大阪港と釜ヶ崎」、第2章「空間の生産」、第3章「陸の暴動、海のストライキ」、第4章「寄せ場の生成 (1) ―― 拠点性をめぐって」)、3編を書き下ろして(序 章「アスファルトを引き剥がす」、第5章「寄せ場の生成 (2)――流動性をめぐって」、終章「地下の都市、地表の都市」)、1冊としたもの。書名のリンク先で、第4章と第5章の一部を立ち読みできます。

★大木毅『第二次大戦の〈分岐点〉』は発売済。「あとがき」によれば、前著『ドイツ軍事史――その虚像と実像』(作品社、2016年3月)に収録しきれなかった記事(『コマンドマガジン』『歴史街道』『歴史群像』などに掲載)に若干の加筆修正を施し一冊にまとめたものです。第1部「太平洋の分岐点」全7章+戦史エッセイ2篇、第2部「ヨーロッパの分岐点」全9章+戦史エッセイ2篇、第3部「ユーラシア戦略戦の蹉跌」全6章+2篇+補論、という構成。帯文に曰く「ファクト=ファインディング、アナシリス、ヒューマン・インタレスト、ナラティヴ……四つの視覚から、〔・・・〕外交、戦略、作戦、戦術などなど、第二次大戦の諸相を活写」と。

★なお今月、作品社さんでは笠井潔さんと押井守さんの対談本『創造元年1968』が発売される予定で、現在「復刊ドットコム」で予約受付中です。内容紹介文に曰く「〈1968年〉とはなんだったのか? あの時代、ともに青春を生きたクリエーター 押井守と笠井潔とが、当事者として語る貴重な時代の証言と“創造”の原風景。そしてそこから逆照射される“今”の日本の姿を、数日間、数十時間“徹底的に”語り尽くす」と。また現在、作品社さんの貴重なサイン本が三省堂書店神保町本店にて多数フェア展開されています。クロード・ランズマン『SHOAH』(高橋武智訳、1995年)あたりは非常に貴重ではないでしょうか。

★エリエザー・スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』は発売済。原書は、My Brain Made Me Do It: The Rise of Neuroscience and the Threat to Moral Responsibility (Prometheus Books, 2010)です。意識、自由意志、道徳的行為主体性をめぐる議論を、脳科学や神経科学に預けっぱなしにしないという姿勢で書かれた意欲作です。目次詳細の確認や「はじめに」「解説」の立ち読みは書名のリンク先でできます。巻末の「もっと詳しく知るために」は本書が視野に収める広範な諸分野(哲学、生物学、神経科学、コンピュータ科学、心理学、政治学など)の参考文献を全18章ごとに簡潔にまとめて紹介しています。ブックフェアの企画用には非常に便利かと思われます。

★スタンバーグ(Eliezer J. Sternberg)は現在、イェール大学附属病院の神経科医。本書が初訳であり、未訳書に『Are You a Machine?: The Brain, the Mind, And What It Means to Be Human』(Humanity Books, 2007)や、『NeuroLogic: The Brain's Hidden Rationale Behind Our Irrational Behavior』(Pantheon, 2016)があります。驚くべきことに、今回訳された『〈わたし〉は脳に操られているのか』の原書が出た2010年当時、スタンバーグは若干22歳、タフツ大学の学生だったそうです(「サイエンティフィック・アメリカン」記事「'My Brain Made Me Do It': A 22-year-old author discusses the threat that brain science poses to our concept of free will」参照)。今後の活躍に注目したいです。

★石牟礼道子『苦海浄土 全三部』は発売済。全三部作を通しで読めるのは河出書房新社のシリーズ「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集」の1冊として刊行されている『苦海浄土』(2011年1月)のみでしたが、今回の藤原書店版全三部作では3種の「あとがき」(「あとがき――全集版完結に際して」2004年、「あとがき――『神々の村』刊行に際して」2006年、「あとがき」2016年)が収められ、さらに、赤坂真理・池澤夏樹・加藤登紀子・鎌田慧・中村桂子・原田正純・渡辺京二の
各氏による解説が巻末に付されています。

★やや入り組んでいますが、全三部の書誌情報を以下に整理しておきます。
第1部「苦海浄土――わが水俣病」(1969年;講談社文庫、1972年;同文庫新装版、2004年;藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月)。
第2部「神々の村」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月;藤原書店単行本版、2006年;同新版、2014年)。
第3部「天の魚」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第3巻所収、2004年4月)。

★なお同書の刊行を記念して、藤原書店さんでは『〈DVD〉海霊の宮 石牟礼道子の世界』を特価販売されています(税込19,440円→6,800円)。版元紹介文に曰く「本人による作品の朗読、インタビュー、原郷・不知火海、水俣の映像をふんだんに交え、その世界を再現した画期的映像作品」と。さらに、『苦海浄土』は今月放映となるNHK-Eテレ番組「100分de名著」にて取り上げられます。指南役が若松英輔さん、朗読が夏川結衣さんで、今月9月5日から9月26日まで、毎週月曜日午後10時25分より。同番組のNHKテキスト「100分de名著 石牟礼道子『苦海浄土』 2016年9月」(講師=若松英輔)は発売済です。

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by urag | 2016-09-03 23:05 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 27日

注目新刊:『プリズン・ブック・クラブ』紀伊國屋書店、ほか

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日本妖怪図鑑 復刻版』佐藤有文著、復刊ドットコム、本体4,600円、B6判上製208頁、ISBN978-4-8354-5391-0
フィリップ・グラス自伝――音楽のない言葉』フィリップ・グラス著、高橋智子監修、藤村奈緒美訳、2016年8月、本体4,300円、四六判上製528頁、ISBN978-4-636-93070-2
ユートピアの終焉――過剰・抑圧・暴力』マルクーゼ著、清水多吉訳、中公クラシックス、2016年7月、本体1,800円、新書判並製204頁、ISBN978-4-12-160166-7

★佐藤有文『日本妖怪図鑑 復刻版』は「ジャガーバックス」の復刊第4弾。オリジナル特典として「妖怪ポストカード」3点が付いています。1点ずつ自宅の書棚に増えていくのを見るは実に楽しいです。『フィリップ・グラス自伝』は、Words without Music: A Memoir (Liveright, 2015)の訳書。グラス自身の著書が邦訳されるのは初めてで、貴重です。ファンにとっては待望の1冊ではないでしょうか。マルクーゼ『ユートピアの終焉』の親本は合同出版より1968年に刊行。巻頭には訳者の清水多吉さんによる「化学からユートピアへ――予兆された社会主義の終焉」が掲載されています(5-26頁)。収録されたシンポジウム記録「過剰社会におけるモラルと政治」の司会がヤーコプ・タウベス(Jacob Taubes, 1923-1987;訳書『パウロの政治神学』岩波書店、2010年)であることに改めて注目しておきたいです。

+++

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』アン・ウォームズリー著、向井和美訳、紀伊國屋書店、2016年9月、本体1,900円、B6判並製445頁、ISBN978-4-314-01142-6
人工知能のための哲学塾』三宅陽一郎著、BNN新社、2016年8月、本体2,400円、A5判並製320頁、ISBN978-4-8025-1017-2
精神医学の科学と哲学』石原孝二・信原幸弘・糸川昌成編、東京大学出版会、2016年8月、本体4,800円、A5判上製240頁、ISBN978-4-13-014181-9
思想の月夜 ほか五篇』李泰俊著、熊木勉訳、平凡社、2016年8月、本体3,300円、4-6判上製438頁、ISBN978-4-582-30239-4

★ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ』は発売済。原書は、The Prison Book Club (Viking, 2015)です。カナダ在住の女性ジャーナリストが「刑務所読書会支援の会」でボランティアをした1年間の体験記がヴィヴィッドに綴られていて、強く惹かれます。

★三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』はFacebookで1,500人が参加しているというコミュニティ「人工知能のための哲学塾」で開催されてきた連続夜話の書籍化。科学、工学、哲学が交差する魅力的な知の世界に誘ってくれます。8月29日(金)には、大塚英樹さん(Speee代表取締役)と山本貴光さんをゲストに刊行記念トークセッション「人工知能×ビジネス」が行われるとのことです。

★『精神医学の科学と哲学』は「シリーズ精神医学の哲学」(全3巻)の第1巻。「精神障害への対応について、精神医学、哲学、歴史学、人類学、社会学などから多角的に考察する」という注目のシリーズです。第2巻『精神医学の歴史と人類学』は9月、第3巻『精神医学と当事者』は11月刊行予定。

★李泰俊『思想の月夜 ほか五篇』は「朝鮮近代文学選集」の第7巻(第2期全4巻の第3回配本)。表題作のほか、5篇の短篇、「鉄路〔レール〕」「故郷」「桜は植えたが」「福徳房〔ポクトクパン〕」「夕陽」を収録。訳者解説によれば、李泰俊(イ・テジュン:1904~?)は1920年代半ばに日本へ留学しており、早大や上智大に入学したものの授業にはあまり出ていなかったようです。既訳書に東方社の「現代朝鮮文学選書」の1冊として1955年に鄭人沢訳『福徳房』という短編集が刊行されています。
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by urag | 2016-08-27 23:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 21日

注目新刊:『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』、ほか

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ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト
ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一・堀千晶訳
河出書房新社 2016年8月 本体3,800円 46判上製408頁 ISBN978-4-309-24769-4

帯文より:「思考とは怪物なのです」(ドゥルーズ)。ガタリ、フーコー、クロソウスキー、そして親しい友人たちに宛てられた哲学者の素顔を伝える手紙、重要なヒューム講義、『アンチ・オイディプス』についての対話などの未刊テクスト、生前は刊行を禁じられた初期論考を集成。未来の哲学者による最後の遺産。

目次:
はじめに
謝辞
書誌の計画
書簡
 アラン・ヴァンソン宛て
 クレマン・ロセ宛て
 フランソワ・シャトレ宛て
 ジャン・ピエル宛て
 フェリックス・ガタリ宛て
 ピエール・クロソウスキー宛て
 ミシェル・フーコー宛て
 ゲラシム・ルカ宛て
 アルノー・ヴィラニ宛て
 ジョゼフ・エマニュエル・ヴフレ宛て
 エリアス・サンバール宛て
 ジャン=クレ・マルタン宛て
 アンドレ・ベルノルド宛て
デッサンと様々なテクスト
 五つのデッサン
 三つの読解――ブレイエ、ラヴェル、ル・センヌ
 フェルディナン・アルキエ『シュルレアリスムの哲学』
 フェルディナン・アルキエ『デカルト、人と作品』
 ヒューム講義(一九五七-一九五八)
 ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ
 ロベール・ジェラール『重力と自由』
 教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』
 愛をこめて語られたインディオ
 ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ――レーモン・ベルールとの
 『アンチ・オイディプス』についての討論
 音楽的時間
 『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』アメリカ版のための序文
初期テクスト
 女性の叙述――性をもつ他者の哲学のために
 キリストからブルジョアジーへ
 発言と輪郭
 マテシス、科学と哲学
 ディドロ『修道女』のための序文
後記Ⅰ(堀千晶)
後記Ⅱ(宇野邦一)
人名索引

★まもなく発売。原書は、Lettres et autres textes (Minuit, 2015)です。巻頭の「はじめに」と「謝辞」は、特に記名はありませんが、編者のダヴィッド・ラプジャード(David Lapoujade, 1964-)によるものかと思います。周知の通りラプジャードはドゥルーズの死後に刊行された論文集成『無人島』『狂人の二つの体制』(いずれも二分冊で河出書房新社より訳書が出版されています)の編者であり、卓抜なドゥルーズ論『ドゥルーズ 常軌を逸脱する運動』(堀千晶訳、河出書房新社、2015年9月)を上梓しています。

★堀さんの「後記Ⅰ」によれば本書は『無人島』『狂人の二つの体制』に続く「「三巻目にして最終巻」(原書裏表紙)となることが告知されており、ミニュイ社からのドゥルーズの著作物の刊行は、これで一段落することになるだろう」とのことです。宇野さんの「後記Ⅱ」によれば翻訳の分担は「私が担当したのは、後半部分の「ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ」以降のテクスト、対談記録であるが、そのうち「教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』」だけは堀千晶さんが担当した」とのことです。

★宇野さんによる後記をもう少し参照しますと「後半の最後のパート「初期テクスト」は、ドゥルーズが二十歳から二十二歳のあいだに雑誌に発表したテクストや、書物の序文を収録している。ドゥルーズ自身は、これらのテクストの単行本収録を認めていなかったが、研究者のあいだでコピーが流通し、〔・・・〕遺族の許可をえてここに収録されることになった。/二十歳そこそこの青年の書いた五編の哲学的エセーはすでに驚異的である」と。なお、初期テクストのうち「キリストからブルジョアジーへ」については加賀野井秀一訳注『哲学の教科書――ドゥルーズ初期』(河出文庫、2010年)でも読むことができます。

★宇野さんはこうも指摘されています。「初期テクストは、しばしば哲学のアカデミズムからまったく自由な奇抜なスタイルで書かれ、挑発的なアイロニーを生々しく露出させている。そしてすでにかなり風変わりで強力な哲学的推論もいたるところに披瀝されている」。たしかに、5篇のなかでも「発言と輪郭〔Dires et profils〕」(1946年)はとりわけ個性的で、若きドゥルーズの才覚を見る思いがします。なお、原書の目次詳細はこちらでご覧になれます。

★ドゥルーズが論じている他の哲学者の著作のうち、アルキエ『シュルレアリスムの哲学〔Philosophie du surréalisme〕』は河出さんでかつて刊行されていました(巌谷国士・内田洋訳『シュルレアリスムの哲学』河出書房新社、1975年、新装版1981年)。『黒いユーモア選集』、マックス・エルンスト、ルネ・ドーマルなどシュルレアリスム関連書が河出文庫に収録されてきた実績があるので、アルキエの本も文庫で久しぶりに読めたら素敵ですが、それ以上に『黒いユーモア選集2』の重版や、ブルトン『魔術的芸術』の文庫化が期待されているのかもしれません。

★河出書房新社さんでは今月、ガブリエル・タルドの主著『模倣の法則』の新装版を刊行されています。同書はもともと2007年9月に刊行されており、10年近く立ちますが、新装版でも本体価格は据え置きのままとなっています。総頁数も変更なしで、新たな訳者あとがき等は付されていません。古書価格が高かったので、歓迎すべき再刊ではないでしょうか。

模倣の法則[新装版]
ガブリエル・タルド著 池田祥英・村澤真保呂訳
河出書房新社 2016年8月 本体5,800円 46判上製560頁 ISBN978-4-309-24772-4

帯文より:「タルドはミクロ社会学の創始者であり、この社会学にその広がりと射程を与え、来たるべき誤解をもあらかじめ告発したのだ」(ドゥルーズ+ガタリ)。発明と模倣/差異と反復の社会学をつくりだし、近年、全世界で再評価される忘れられた大思想家・タルドの主著にして歴史的な名著。

目次:
初版への序文
第二版への序文
第一章 普遍的反復
第二章 社会的類似と模倣
第三章 社会とは何か?
第四章 考古学と統計学――歴史とは何か?
第五章 模倣の論理的法則
第六章 超論理的影響
第七章 超論理的影響(続)
第八章 考察と結論
解説 ガブリエル・タルドとその社会学(池田祥英)
社会のみる夢、社会という夢 あとがきに代えて(村澤真保呂)
人名リスト

★なお、来月9月6日発売予定の河出文庫ではついに、長谷川宏訳によるヘーゲル『哲学史講義』が文庫化開始となるようです。親本では全3巻でしたが、文庫では全4巻で「改訳決定版」と謳われています。第Ⅰ巻では東洋、古代ギリシアの哲学を収録。

+++

★続いて今月の注目文庫。いずれも発売済です。

シークレット・ドクトリン 第三巻(上)──科学、宗教、哲学の統合』H・P・ブラヴァツキー原著、アニー・ベサント編著、加藤大典訳、文芸社セレクション、2016年8月、本体1,000円、A6判並製540頁、ISBN978-4-286-17243-9
『ウォールデン 森の生活』巻ヘンリー・D・ソロー著、今泉吉晴訳、小学館文庫、2016年8月、本体各850円、文庫判448頁/440頁 ISBN978-4-09-406294-6/978-4-09-406295-3
社会学の考え方〔第2版〕』ジグムント・バウマン+ティム・メイ著、奥井智之訳、ちくま学芸文庫、2016年8月、本体1,400円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-09746-0

★『シークレット・ドクトリン』はブラヴァツキー(Helena Petrovna Blavatsky, 1831-1891)の生前には1888年に2冊本が上梓され、第1巻前半の日本語訳が昨今再刊されています(田中恵美子/ ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン――宇宙発生論《上》』宇宙パブリッシング、2013年)。今回翻訳が始まった第3巻は、著者の死後の1897年にアニー・ベサント(Annie Besant, 1847-1933)がまとめたものです。訳者の加藤大典(かとう・ひろのり:1933-)さんは翻訳家で、ブラヴァツキーの訳書は『インド幻想紀行――ヒンドスタンの石窟とジャングルから』(上下巻、ちくま学芸文庫、2003年)に続くもの。凡例にはこうあります。「シークレット・ドクトリンの第一巻において宇宙創生論を、第二巻において人類発生論を説いた著者は、第三巻で科学、宗教、哲学の統合を熱く語る。/病床の著者から原稿を託された神智学協会後継者のAnnie Besantが本第三巻を編集した(編者による「まえがき」を参照)」と。

★ベサントは「まえがき」で次のように説明しています。「HPB〔ブラヴァツキー〕から私に託された原稿はまったく未整理の状態で、はっきりした順序も決まっていなかった。そこで私は、各原稿をそれぞれ独立の章と見なして、それらを可能な限り連続した内容となるよう配列した。そして文法的な誤りの訂正や明らかに非英語的な言い回しを除いた以外、原稿は別途注記したものの他、HPBが私に残したままの状態である。二、三のケースで私が補筆した個所があるが、そうした場合は鍵カッコに入れ、テキスト本文と区別できるようにした」(19頁)。

★上巻の目次は以下の通りです。

まえがき
序言
第一章「予備的な展望」
第二章「現代の批判と古代人」
第三章「魔術の起源」
第四章「秘儀参入者の秘密厳守」
第五章「秘密厳守の理由」
第六章「実践魔術の危険」
第七章「新しい器に入れられた古いワイン」
第八章「『エノク書』――キリスト教の原点かつ基本」
第九章「ヘルメスとカバラの教義」
第一〇章「アルファベットと数に関する秘教的解釈の様々な体系」
第一一章「中央に点のある六芒星、それが第七の鍵」
第一二章「宗教に対する真のオカルティストの責務」
第一三章「キリスト後の導師たちとその教義」
第一四章「シモン・マゴスとその伝記作者ヒッポリュトス」
第一五章「聖パウロ――現行キリスト教の真の創設者」
第一六章「聖ペテロはユダヤのカバリストで、秘儀参入者ではない」
第一七章「テュアナのアポロニウス」
第一八章「導師たちの伝記の背後にある諸事実」
第一九章「アンティオキアの聖キプリアヌス」
第二〇章「東洋のグプタ・ヴィディヤーとカバラ」
第二一章「ヘブライの寓意」
第二二章「『ゾハール』に見る創造とエロヒム」
第二三章「オカルティストとカバリストの意見」
第二四章「科学と秘教天文学における現代カバリスト」
第二五章「東洋と西洋のオカルティズム」
第二六章「偶像とテラヒム」
第二七章「エジプト魔術」

★なお、続刊予定の下巻には第二八章から第五一章までが収録される予定だそうです。文芸社セレクションはなかなかリアル書店ではお目に掛からないレーベルであるような気がしますが、今回のような目玉新刊もあり、要チェックです。

★ソロー『ウォールデン』は親本が2004年4月に小学館から刊行された単行本です。幾度となく翻訳されている名作(原著は1854年刊)で、以下のように複数の版元から文庫化されました(ワイド版岩波文庫はカウントしていません)。

酒本雅之訳『ウォールデン――森で生きる』ちくま学芸文庫、2000年;品切
真崎義博訳『森の生活――ウォールデン』宝島社文庫、1998年;新装版2002年;品切
飯田実訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1995年
佐渡谷重信訳『森の生活――ウォールデン』講談社学術文庫、1991年
富田彬訳『森の生活(ウォールデン)』角川文庫、1953年、絶版
神吉三郎訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1951年;合本改版1979年;絶版

★現在も新本で入手可能なのは飯田訳岩波文庫上下巻と、佐渡谷訳講談社学術文庫上下巻ですが、それでも3種目が出るというのはやはりソローの人気を表わしていると思います。今回文庫化された今泉訳では各巻末に訳者による「あとがき」が配されていますが、文庫化にあたって書き直されたもののようです。カヴァー裏の紹介文には「文庫では、さらに注釈と豊富な写真、地図でソローの足跡を辿れます」とあります。訳者の今泉さんは周知の通り動物学者で、『シートン動物記』の翻訳などを手掛けられています。今泉訳『ウォールデン』は「ですます調」で訳されており、じんわりと心にしみる柔らかさを持っています。「もし、人がなんのために生きるかを、もう少し考えて生きるなら、誰もが本当の観察者になり、研究者にもなるでしょう。人は楽しく生きようとする本性を持ち、楽しく生きることによって成長するよう、定められているからです。ところが多くの人は、財産を自分や子孫のために貯え、子供をたくさん持って大家族を作り、国を作り、神のごとき名声を得ようと励みます。しかし、どう考えようと、人は神になれず、死すべきものに変わりはありません。ところが、人は本当のことを知ろうとするなら、不死身になり、異変や偶然を怖がらずに生きることができます」(上巻、248頁)。都会や社会のしがらみの中で疲れ果てている現代人にとって本書ほど鮮烈な古典はないのではないかと思います。出会ってよかったと思える名著です。

★バウマン+メイ『社会学の考え方〔第2版〕』の原書は、Thinking Sociologically, 2nd edition (Blackwell, 2001)です。同書の初版本(Blackwell, 1990)はバウマンのみの単独著で、第2版の訳者でいらっしゃる奥井さんによって翻訳されたことがあります(『社会学の考え方――日常生活の成り立ちを探る』HBJ出版局、1993年)。HBJ出版局はアメリカの名門Harcourt Brace Jovanovichの子会社だったようで、出版物から確認する限り、前身は「ホルト・サウンダース/CBS出版」で、HBJ出版局としては1983年から1997年まで出版活動を継続していた様子ですが、その後操業を停止し、バウマンの本は入手しにくい1冊となっていました。

★ちくま学芸文庫でのバウマンの著書は『リキッド・モダニティを読みとく――液状化した現代世界からの44通の手紙』(酒井邦秀訳、ちくま学芸文庫、2014年)に続く2冊目で、奥井さんによるバウマンの訳書としては上記の『社会学の考え方』初版や、『コミュニティ――安全と自由の戦場』(筑摩書房、2008年、品切)に続く3冊目の翻訳となります。巻頭の「ティム・メイによる第2版序文」にはこう書かれています。「わたしの役割は本書に新しい材料を付け加えることであったが、その一方で、私は、どうすれば原著のユニークさを保ちうるかに十分配慮する必要があった。/結果として生まれた第2花は、原著を全面的に改訂し、拡張したものになった。わたしたちは、当初の章を変更した上で、新たな章を追加した。同時に、テキスト全体を通じて、新たな題材を付け加えた。健康、フィットネス、親密性、時間、空間、無秩序、リスク、グローバル化、組織、ニュー・テクノロジーなどがそれである。わたしたち二人は、まったく新しい書物を生み出したと考えている。それは、第1版の最良の部分を維持しつつ、その全体的な魅力をもっと高めるように、新たな内容を付けくわえた作品である」(9頁)。

★参考までに初版本すなわち第1版訳書と今回の第2版訳書の目次をそれぞれ列記しておきます。なお、第2版の原書の目次はこちらでご確認いただけます。

第1版目次:
訳者まえがき
序章 なぜ社会学を学ぶのか?
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 よそもの
第4章 集団
第5章 贈与と交換
第6章 権力と選択
第7章 自己保存と道徳的義務
第8章 自然と文化
第9章 国家と民族
第10章 秩序と混沌
第11章 日常生活を送る
第12章 社会学の方法
索引

第2版目次:
ティム・メイによる第2版序文
序章 社会学とは何か
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 コミュニティと組織
第4章 権力と選択
第5章 贈与と交換
第6章 身体の諸相
第7章 秩序と混乱
第8章 自然と文化
第9章 テクノロジーとライフスタイル
第10章 社会学的思考
訳者あとがき
推薦図書
索引

★なお、ちくま学芸文庫では9月7日に、杉勇・屋形禎亮訳『エジプト神話集成』、アンリ・ベルクソン『笑い』合田正人・平賀祐貴訳、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』林昌宏訳、などを発売予定だそうです。『笑い』はつい先日、光文社古典新訳文庫でも新訳が刊行されたばかりです。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

本屋がなくなったら、困るじゃないか 11時間ぐびぐび会議』ブックオカ編、西日本新聞社、2016年7月、本体1,800円、A5判並製304頁、ISBN978-4-8167-0922-7
ウェストファリア史観を脱構築する――歴史記述としての国際関係論』山下範久 ・安高啓朗・芝崎厚士編、ナカニシヤ出版、2016年8月、本体3,500円、A5判上製268頁、ISBN978-4-7795-1095-3

★業界人必読の新刊が出ました。『本屋がなくなったら、困るじゃないか』は巻頭の「はじめに」によれば、「2015年に10周年を迎えた「ブックオカ」のイベントとして11月14日(土)、15日(日)の2日にわたって開催した「車座トーク ~ほんと本屋の未来を語ろう」の模様を中心に収録したもの」で、「この座談会に出席したのは、書店、出版社、そして本の物流をつかさどる取次で働く計12人のメンバー。うち6人は東京・大阪・広島から来られたゲストだ」とのことです。車座トークに参加したのは、大阪・スタンダードブックストアの中川和彦さん、福岡・ブックスキューブリックの大井実さん、東京・本屋Titleの辻山良雄さん、文化通信編集長の星野渉さん、東京・トランスビューの工藤秀之さん、広島・ウィー東城店の佐藤友則さん、トーハンの水井都志夫さん、日販の小野雄一さん、福岡・丸善博多店の徳永圭子さん、福岡・弦書房の野村亮さんで、進行は、福岡の版元「忘羊社」の藤村興晴さん、西日本新聞社の末崎光裕さんです。目次は以下の通り。

第1部 本と本屋の未来を語る車座トーク1日目。限りなく不透明に近い出版流通を打ち破るカギはどこに?
第2部 車座トーク2日目。前向きで前のめりな面々と街に本屋が生き残っていくためのヒントを探る。
第3部 本屋のある街を増やしていくためにわれわれに何ができるのか。そんな課題を胸に僕たちはほんと本屋の未来を探す旅に出た。
 トランスビュー代表・工藤秀之さんに聞きました。九州のような地方も含めこれからも本屋が生き残るための新しい出版流通ってどんなものでしょう。
 『文化通信』編集長・星野渉に聞きました。ドイツで業界の壁を越えた改革が実現できたのはなぜでしょう?
 H.A.Bookstore・松井祐輔さんに聞きました。取次、書店、出版、全てを経験した松井さんから見ていま、我々に必要なものは何でしょう?
 ツバメ出版流通代表・川人寧幸さんに聞きました。たったひとりで取次を始めた動機を教えていただけますか?
 ミシマ社代表・三島邦弘さんに聞きました。街の書店が生き残っていくために三島さんが考える未来像ってどんなものですか?
第4部 長い旅の締めくくりは、九州の若手書店主にロックオン。本と本屋の未来を地元目線で考える。
 長崎書店社長・長崎健一さんに聞きました。地方に生きる書店として長崎さんが大切にしてきたこと、そして未来に向けてのビジョンを聞かせてもらえますか?
 [寄稿]本棚の向こうの青空(大分・カモシカ書店店主・岩尾晋作)
あとがき(福岡・ブックスキューブリック・大井実[ブックオカ実行委員長])

★車座の最年長は大井さんと中川さんでお二人とも1961年生まれ。「文化通信」の星野さん(64年生まれ)を除くと、ほかの皆さんは皆、70年代生まれです。業界人の年齢が平均して20代から60代までと限定した場合、今回の車座の参加者は40代前半が多く、いわば働き盛りの中堅世代、と言っていいでしょうか。業界が改革一朝一夕では終わらないことを考えると、この本に参加された皆さんが10年後の2026年に何をおやりになっているかというのを読者としてはちゃんとフォローして見ておく必要があると思います。ブックオカの今までの10年間のエッセンスは本書に凝縮されています。業界人が互いに「「わからなさ」を率直にぶつけあってみることから始め」る(藤村興晴「はじめに」4頁)というのはまさに、「今さら」どころではなく「今こそ」やらねばならないことです。分かったふりもダメだし、分かろうとしないのもダメなのだ、という当たり前のことを本書は教えてくれます。

★本書の巻末には「九州でシンプルに本をつくり、シンプルに本を売る仕事を続けていくための構想案」として15項目が掲げられています。ここしばらく続いている取次危機を考える時、本書で議論されているような業界三者の未来や地域活性化から目をそらすことはできません。これからの10年は今まで以上に波乱と混乱と変化と新しい挑戦に満ちた時代になるはずです。これらの構想がどのように挑戦され実現されあるいは議論されていくのかは、ブックオカのウェブサイトで報告がなされていくようです。

★『ウェストファリア史観を脱構築する』は帯文に曰く「「ウェストファリアの講和」に現在の国際システムの起源をみるウェストファリア史観は、国際関係論にどのような認知バイアスをもたらしてきたのか。「神話」の限界を超え、オルタナティブな国際関係論の構築をめざす、知のインタープレイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「脱ウェストファリアへの登攀路」「脱ウェストファリア史観から見える世界」の2部構成で9篇の論考が収められ、序とあとがきがそれらを総合的に紹介し総括しています。ウェストファリア史観とは「三十年戦争(1618~48年)を集結させた講和条約の総称である、いわゆる「ウェストファリアの講和」によってヨーロッパに掲載されたとされる主権領域国家によって構成される秩序に、現在の国際システムの起源と本質を見る歴史観」(1頁)。この史観は「むしろ近年の歴史研究の成果に照らすと〔・・・〕かなり偏った歴史観といわざるをえ」ないそうで(3頁)、本書の目的は次のように宣明されています。

★「このようにディシプリンのウチとソトのあいだに大きな歴史観のギャップがあるということは、学知としての国際関係論が何かしら体系的・構造的な認知バイアスを帯びていることを示唆する。本書の目的は、(1)この構造的な認知バイアスがそのような内容をもつか、(2)それがどのような効果(知的効果と政治的効果)を発生させているかを検証し、そして(3)そのようなバイアスがどのように正されうるか(適切に再文脈かできるか)、またそうすることで現在の国際関係の捉えられ方がどのように変わるかを提示することである」(同)。また、ウェストファリア史観批判は「すでに終わった問題ではなく、既存の批判の蓄積よりも一段深いレベルで一層アクチュアルであることを示しえた」との自負があとがきで述べられています(254頁)。
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by urag | 2016-08-21 16:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 16日

本日取次搬入:『反東京オリンピック宣言』航思社、ほか注目文庫新刊

弊社出版物でお世話になっている訳者の皆さんの最近のご活躍をご紹介します。

★小笠原博毅さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★阿部潔さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
航思社さんから緊急出版された新刊『反東京オリンピック宣言』(本日8月16日取次搬入)に、小笠原博毅さんが共編者として関わっておられます。同書では、鵜飼哲さんが巻頭言「イメージとフレーム――五輪ファシズムを迎え撃つために」を寄稿され、阿部潔さんが「先取りされた未来の憂鬱――東京2020年オリンピックとレガシープラン」を、そして小笠原さんご自身は「反東京オリンピック宣言――あとがきにかえて」と題した文章を寄稿されています。

なお、同書に関連するイベント「おことわり東京オリンピック」が、今週末の8月21日(日)13時半より千駄ヶ谷区民館(原宿駅徒歩10分)1Fの会議室にて開催されるそうです。参加費500円。第一部で鵜飼哲さんが「動員イベントとナショナリズム」と題した発表をされるほか、小笠原さんも討論に参加されるとのことです。

また、小笠原さんは選集発売された「現代思想」2016年9月臨時増刊号(総特集=安丸良夫――民衆思想とは何か)にも「長脇差と葡萄――下和田村治左衛門始末の事」という論考を寄せておられます。ちなみにこの安丸良夫特集号と『反東京オリンピック宣言』の両方に寄稿されている方が小笠原さんのほかにもう一人いらっしゃいます。友常勉さんです。『反東京オリンピック宣言』には「トラックの裏側――オリンピックの生政治とレガシー・ビジネス、そして効果研究」と題した論考を、そして安丸特集号には「安丸良夫における革命と実践」を寄稿しておられます。


★中山元さん(訳書:ブランショ『書物の不在』)
ご高訳書である、アレント『責任と判断』(筑摩書房、2007年)がちくま学芸文庫の一冊として今月文庫化されました。「立ち止まって考えろ!それだけが善く生きる道だ!!思考なき世界の〈凡庸な悪〉とは何か?」という帯文が痛烈です。文庫化にあたり、巻末には「文庫版への訳者あとがき」が追加されています。そこではマルガレーテ・フォン・トロッタ監督による映画作品「ハンナ・アーレント」(2013年日本公開)が言及されていて、「『責任と判断』の中心を占める「道徳哲学のいくつかの問題」という長文の講義録」が、この映画で描かれていた「悪の凡庸さ」をめぐる問題「を軸にして展開され」ていると説明されています。「わたしたち日本人にとっても無関心ではありえない問題に焦点をあてている。/アレントはこれらの〔戦争犯罪を犯した〕人々がいかにして自己の道徳的な規範を喪失し、あるいは他者の道徳規範にすり替えてみずから道徳的な判断を行うことを停止していたかを、詳細に検討する。〔・・・「悪の凡庸さ」とは〕ふつうの人々が自分で考え、自分で道徳的な判断を下すというあたりまえのことをすることを回避したことによって、そのような巨大な犯罪が置かされたことを告発する言葉である。わたしたちもまた、自分で考える責任を回避した瞬間から、こうした凡庸な悪に手を染めるかもしれないのである」と。周知の通り、筑摩書房さんでは『責任と判断』の編者であるジェローム・コーンによるアレントの編書がもう一冊刊行されています。高橋勇夫訳『政治の約束』(2008年)です。この本もいずれ文庫化されるのかもしれません。

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by urag | 2016-08-16 00:23 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 06日

注目新刊:バーバラ・ジョンソン『批評的差異』法政大学出版局、ほか

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批評的差異――読むことの現代的修辞に関する試論集
バーバラ・ジョンソン著 土田知則訳
法政大学出版局 2016年7月 本体3,400円 四六判上製290頁 ISBN978-4-588-01046-0

★発売済。ポール・ド・マンの弟子でありイェール学派第2世代のキーパーソンであるバーバラ・ジョンソン(Barbara Johnson, 1947-2009)の代表作、The Critical Difference: Essays in the Contemporary Rhetoric of Reading (The Johns Hopkins University Press, 1980)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。ジョンソンの訳書は、『差異の世界――脱構築・ディスクール・女性』(原著1987年;大橋洋一・青山恵子・利根川真紀訳、紀伊國屋書店、1990年)、『詩的言語の脱構築――第二ボードレール革命』(原著1979年;土田知則訳、水声社、1997年)に続く3冊目。約20年ぶりの訳書であり、原著刊行から数えると36年目の翻訳となります。また訳者の土田さんにとってはジョンソンの訳書を手掛けるのはこれで2冊目です。

★ジョンソンは緒言でこう書いています。「取り扱われる主な対立は以下のとおりである。男性/女性、文学/批評(第一章)、セクシュアリティ/テクスチュアリティ(第二章)、散文/韻文、オリジナル/反復(第三章)、詩/理論、行為遂行的/事実確認的、言及/自己-言及(第四章)、明瞭/不明瞭、科学/文学、統辞論/意味論(第五章)、純真/皮肉、殺人/過失、犯罪者/犠牲者/裁定者(第六章)、そして最後は、文学/精神分析/哲学、および、これにともなうあらゆる二項および三項対立。また、差異が解釈に介入する方法にこうした数方程式を適用できるのか、という議論も含まれることになるだろう(第七章)」(xi-xii頁)。また、こうも書いています。「本書は、現代のいわゆる脱構築的批評理論によって提示された諸問題に正面から立ち向かおうとする一読者の苦闘の記録でもある」(xiii頁)。

★さらに「本書全般にわたって関心の対象になるものがもしあるとすれば、それはおそらく、文学ないしは理論の内で未知のものが立ち働いている、ということの重要性である。未知のものとは断じて否定的=消極的な要因あるいは不在の因子ではなく、往々にして、意味の展開の背後にある不可視の誘導力なのだ。無知、盲目、不確実、誤読といったものの力は、恐るべきものとして認識されていないだけに、しばしば、いっそう恐るべきものになる。文学は未知のものに最も余念のない言説だと、私には思える」(xiv頁)。土田さんは訳者あとがきで本書に対する深い愛着を述べるとともにこう印象を綴っておられます。「ジョンソンの仕事は抜きんでた知性の輝きを放っていた。中でも本書は別格だった。ポール・ド・マンの書物には読者の理解を拒むような敷居の高さがあるが、本書にはそれがほとんど感じられない」(271頁)。帯文にあるように読者は本書を通じて「イェール学派の真髄」に接することになるでしょう。まさに記念碑的な訳書です。

★なお、法政大学出版局さんではここしばらく次々と重要書を刊行されていることは周知の通りです。

市民力による防衛――軍事力に頼らない社会へ』ジーン・シャープ著、三石善吉訳、法政大学出版局、2016年7月、本体3,800円、四六判上製334頁、ISBN978-4-588-60344-0 C0331
レヴィナス著作集 2 哲学コレージュ講演集』エマニュエル・レヴィナス著、ロドルフ・カラン/カトリーヌ・シャリエ監修、藤岡俊博/渡名喜庸哲/三浦直希訳、法政大学出版局、2016年7月、本体4,800円、A5判上製424頁、ISBN978-4-588-12122-7
実在論を立て直す』ヒューバート・ドレイファス/チャールズ・テイラー著、 村田純一監訳、染谷昌義/植村玄輝/宮原克典訳、法政大学出版局、2016年6月、本体3,400円、四六判上製304頁、ISBN978-4-588-01045-3
真理と正当化――哲学論文集』ユルゲン・ハーバーマス著、三島憲一/大竹弘二/木前利秋/鈴木直訳、法政大学出版局、2016年6月、本体4,800円、四六判上製476頁、ISBN978-4-588-01044-6

★さらに来月には以下の新刊が予告されています。盟友だった二人の故人――デリダさんと豊崎さんの対話本であり、世界初の書籍化となるそうです。

翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ――脱構築をめぐる対話』ジャック・デリダ/豊崎光一著/豊崎光一訳/守中高明監修、法政大学出版局、2016年9月、本体2,000円、四六判上製182頁、ISBN978-4-588-01048-4

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★また、最近では以下の書籍との嬉しい出会いがありました。

ヘリオガバルス――あるいは戴冠せるアナーキスト』アントナン・アルトー著、鈴木創士訳、河出文庫、2016年8月、本体800円、240頁、ISBN978-4-309-46431-2
輝ける都市』ル・コルビュジエ著、白石哲雄訳、河出書房新社、2016年7月、本体10,000円、B4変形判上製352頁、ISBN978-4-309-27621-2
エリュトラー海案内記2』蔀勇造訳註、東洋文庫、2016年8月、本体3,100円、B6変型判上製函入376頁、ISBN978-4-582-80874-2
宗教現象学入門――人間学への視線から』華園聰麿著、平凡社、2016年8月、本体3,400円、4-6判上製312頁、ISBN978-4-582-70353-5
藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 上巻 大戦前のパリより』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年7月、本体8,500円、A5判上製302頁、ISBN978-4-409-10036-3
藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 下巻 大戦下の欧州より』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年8月、本体8,500円、A5判上製348頁、ISBN978-4-409-10037-0
少年少女のための文学全集があったころ』松村由利子著、人文書院、2016年7月、本体1,800円、4-6判並製192頁、ISBN978-4-409-16098-5
デザイン史――その歴史、理論、批評』藪亨著、作品社、2016年8月、本体3,000円、A5判上製297頁、ISBN978-4-86182-561-3
歴史としての社会主義――東ドイツの経験』川越修/河合信晴編著、ナカニシヤ出版、2016年7月、本体4,200円、A5判上製296頁、ISBN978-4-7795-1080-9

★アルトー『ヘリオガバルス』(仏語原著1934年刊)は、多田智満子訳(白水社、1977年;白水uブックス、1989年;『アントナン・アルトー著作集Ⅱ』1996年)以来の新訳。河出文庫でのアルトー作品は、『神の裁きと訣別するため』(宇野邦一/訳、河出文庫、2006年7月;鈴木創士訳「ヴァン・ゴッホ 社会による自殺者」を併載)以来、実に10年ぶり。カヴァー裏紹介文はこうです。「未来を震撼させる巨星アルトーのテクスト群に「比類なき仕方で君臨する」(ドゥルーズ)名著『ヘリオガバルス』を第一人者が新訳。14歳で即位して18歳で惨殺されたローマ少年皇帝の運命に究極のアナーキーを見出し、血塗られた歴史の深部に非有機的生命=「器官なき身体」の輝きを開示する稀代の奇書にして傑作が新たな訳文によってよみがえる」。目次は以下の通り。バッシアヌス一族の系図、献辞、第一章「精液の揺り籠」、第二章「諸原理の戦争」、第三章「アナーキー」、補遺1「イルシューの分裂」、補遺2「シリアにおける太陽の宗教」、補遺3「ラムの黄道十二宮」、注、訳者あとがき。補遺は原著に収録されているテクストですが、今般初めて訳されるものです。

★ヘリオガバルスがアナーキストたる所以は例えば次のように描写されています。「ヘリオガバルスがおし進める地点におけるアナーキーとは、現実化された詩なのである。/どんな詩のなかにも本質的な矛盾がある。詩とは、粉砕されてめらめらと炎をあげる多様性である。そして秩序を回復させる詩は、まず無秩序を、燃えさかる局面をもつ無秩序を蘇らせる。それらはこれらの局面を互いに衝突させ、それを唯一の地点に連れ戻す。〔・・・〕その実在そのものが秩序への挑戦である世界のなかに詩と秩序を連れ戻すことは、〔・・・〕諸事物と諸局面のアナーキーである名前なきひとつのアナーキーを取り戻すことであるが、それら事物と局面は、統一性のなかにあらためて沈み込み、融合してしまう前に覚醒するのである。だがこの危険なアナーキーを目覚めさせる者はつねにその最初の犠牲〔いけにえ〕である」(157-158頁)。

★ル・コルビュジエ『輝ける都市』は発売済。原書は1935年に刊行された、La ville radieuseです。ル・コルビュジエによる最初の都市論の待望の初訳です。類似の訳書名に坂倉準三訳『輝く都市』(SD選書、鹿島出版会、1968年)がありますが、こちらはManière de penser l'urbanisme(1947年)の翻訳で、今回の『輝ける都市』とは別物です。ちなみに『輝く都市』の旧版あとがきで坂倉さんはこう書いておられます。「この“都市計画の考え方”は、彼の“輝く都市”理論の解説であり、またようやく決定版でもある」と。他方、今回の『輝ける都市』はル・コルビュジエの都市論の原点で、原書通りの判型で訳書も作られています。大判のこのヴォリューム、さらに図版多数で1万円というのは、さすが河出さんです。内容見本によれば、豊富な図版コラージュや斬新なレイアウトはコルビュジエ自身の手によるものであり、訳書では彼の本文デザインを損なうことなく日本語に置き換えた、とのことです。これは同業者なら存外に難しい課題であるとただちに理解できるものです。漢字仮名まじり文はアルファベットの文字列のようなシンプルさを持ち合わせていないので、下手をすればたちまちバランスが崩れてしまいます。しかし訳書の装丁と組版を担当された松田行正さんと杉本聖士さんは破綻なく日本語版をまとめておられ、目を瞠るばかりです。

★主な目次は以下の通り。第1部「前提」、第2部「現代の技術」、第3部「新たな時代」、第4部「“輝ける都市”」、第5部「プレリュード」、第6部「諸計画」、第7部「農村部の再編成」、第8部「結論」、あとがき、「「輝ける都市」を読んで」(槇文彦)、「失われた精神の輝きが蘇る」(伊東豊雄)、監訳者あとがき。槇さんはこう書いておられます。「「輝ける都市」は〔・・・ル・コルビュジエの〕都市計画、すなわちアーバニズムへの世界観を、それも単なる思想だけでなく、その具体的な三次元の空間論までも含めた一つの壮大な結晶体」(348頁)だと。一方、伊藤さんはこう書かれています。「人間への愛情に満ちた目線〔・・・〕。古い習慣からの解放と新しい自由の獲得。〔・・・〕経済万能の世界に変わっても、この書はすべての建築家の中に失われた精神の輝きを蘇らせてくれる」(350頁)。そしてコルビュジエはこう書きます。「人間の本質に立ち返る道を見つけなければならない。〔・・・〕人間を目覚めさせるのだ。その心を捉え、活気づけ、鼓舞するのだ。無気力だった人間を活動的な人間へと変えるのだ。消極的だった人間を参加させるのだ。〔・・・〕彼自身の奥底に眠っている創造的な行為にだ。不毛な消費で気を紛らすのはやめるんだ」(151頁)。『輝ける都市』は今も変わらぬ情熱の熱線を放つ、新時代のためのマニフェストです。

★『エリュトラー海案内記2』はまもなく発売。東洋文庫の第874巻です。全2巻完結。「1世紀頃の紅海からインド洋にかけての交易の実態を伝える決定的史料を、最新の研究成果を盛り込んだ的確・綿密な注釈で読む。第2巻には総索引を付す」と帯文に謳われています。第2巻は第38~66節までを収録。第1巻から続く訳者解題では、エリュトラー海における航海、交易、交易に関わるその他の諸問題が解説されています。索引は人名・地名・事項を収録。訳者あとがきによれば、刊行まで20年以上を要したとのことです。東洋文庫の次回配本は9月、覚訓『海東高僧伝』(小峯和明/金英順編訳)です。

★華園聰麿『宗教現象学入門』はまもなく発売。1989年から2009年にかけて公刊された、ミュラー(Friedrich Max Müller, 1823-1900)、オットー(Rudolf Otto, 1869-1937)、ファン・デル・レーウ(Gerardus van der Leeuw, 1890-1950),
メンシング(Gustav Mensching, 1901-1978)、エリアーデ(Mircea Eliade, 1907-1986)らをめぐる論考に加筆修正を施し一冊にまとめたもの。目次を列記すると、序章「宗教現象学をめぐる動向」、第一章「宗教現象学における人間学的理解――序説」、第二章「オットーの宗教学における人間学的理解」、第三章「ファン・デル・レーウの宗教現象学の人間学的考察」、第四章「エリアーデの宗教学の人間学的理解――「ヒエロファニー」のカテゴリー的解釈の試み」、第五章「メンシングの宗教学の人間学的理解」、終章、注、参考・引用文献、あとがき、事項索引、人名索引、となっています。著者の華園さんは周知の通り、オットーの主著『聖なるもの』の新訳を創元社より2005年に刊行されています。なお、この本で取り上げられているファン・デル・レーウには、本書と同じ題名の訳書『宗教現象学入門』(田丸徳善訳、東京大学出版会、1979年)がありますが、残念ながら絶版です。

★『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916』は上巻が発売済で下巻がまもなく発売。帯文によれば「無名時代の画家・藤田が最初の妻とみへ宛てた179通の書簡を完全復刻!」(上巻)、「欧州大戦はじまる!混乱のヨーロッパから妻とみへ宛てた書簡を完全復刻!」(下巻)と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻には資料番号1~59の書簡、下巻には60~179の書簡が収められています。監修者の林さんによる「刊行にあたって」によれば、本書に収められた書簡群は1980年ごと、千葉県市原市のとある旧家の蔵から発見された柳行李に入っていたもの。80年代末に公刊準備が進められたものの頓挫し、2003~2004年に「パリ留学初期の藤田嗣治研究会」により私家版『藤田嗣治書簡――妻とみ宛』として刊行されたといいます。そして今回あらためて全文復刻出版が企図された、と。「いったん失われた文字データの再入力と校正」(下巻、林さんによる「編集後記」)の手間を取ったとのことで地道なご苦労が偲ばれます版権表記は、Fondation Foujita, ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyoとなっています。出版にあたり資生堂が助成金を捻出されています。貴重な一次資料の刊行に敬意を表する次第です。

★松村由利子『少年少女のための文学全集があったころ』は発売済。新聞記者出身の著者による「児童文学への愛にあふれる珠玉のエッセイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「食いしん坊の昼下がり」「記憶のかけら」「読むという快楽」「偏愛翻訳考」「読めば読むほど」の5部構成で、取り上げられている本は巻末の「この本に出てきた本の一覧」に纏められています。その数、百数十点。小学館、岩波文庫、講談社、学研、創元社、河出書房など各社の少年少女文学全集も含めると、300点以上になります。「古典を知り、さまざまな国々の文化を知るうえで、本という形はまだまだ有効である。子どものころに、そのエッセンスに触れることはプラスにこそなれ、マイナスにはならない。そして、グローバル化が進み、共通語としての英語がますます力をもつようになった時代だからこそ、多様な言語で書かれた名作を美しい日本語で読む意味がある。世界が複雑化し、子となる文化や歴史を抱える人たちへの理解が一層大切になってきた今、読み巧者の文学者や教育者が子どもたちのために古今東西の名作を網羅した全集を、再び編んでくれないだろうかと願っている」(181頁)とのご意見に大きな共感を覚えます。

★藪亨『デザイン史』は発売済(8月3日取次搬入済)。帯文はこうです。「十九世紀における美術工業運動、装飾芸術と美的ユートピア、近代美術工業とデザイン、デザインとメディア……。こうした一連のテーマをめぐって近代の西欧と日本に現れるデザイン運動について、その意義と成果を直接に掘り起し、デザイン史の歴史、理論、批評の可能性に迫る」。目次を列記しておくと、序章「デザインとデザイン史」、第I章「十九世紀における美術工業運動」、第II章「装飾芸術と美的ユートピア」、第III章「近代美術工業とデザイン」、第IV章「メディアとデザイン」、終章「デザイン史の課題」、あとがき、収録図版出典一覧、事項索引、人名索引です。1973年から2013年にかけて折々に発表されてきた論考に一部改稿を加えて一冊としたもの。「本書は、私がこれまで歩んできたデザイン史研究のおおまかな足跡であり道程でもある」(あとがき)とのことです。著者の藪亨(やぶ・とおる:1943-)さんは大阪芸術大学名誉教授。著書に『近代デザイン史――ヴィクトリア朝初期からバウハウスまで』(丸善、2002年)があります。

★『歴史としての社会主義』は発売済。帯文に曰く「社会主義とは何だったのか。東ドイツ社会を生きた人々の日常生活の一面を掘り起こし、社会主義社会の歴史的経験を検証する」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「いまなぜ東ドイツか」「東ドイツ社会を生きる」「歴史としての社会主義」の3部構成で11篇の論考が寄せられたアンソロジーです。巻末に参考文献、東ドイツ史略年表、索引(人名および事項)が付されています。「東ドイツの国内の政治と経済・社会を分析しつつ、意識的に日本や東ドイツをはじめとした戦後社会との類似点、相違点についても言及している」(あとがきより)。「第二次世界大戦後の東ドイツの人々の日常的な経験が戦後日本社会を生きた人々の経験と無縁ではない〔・・・〕。急激な農地改革とそれにともなう農村社会の変化、コンビナート化され巨大化する工場の内外における稠密な人間関係、家族関係の変動と急速な高齢化、大衆化する休暇旅行をめぐる労働者と企業・政府間の葛藤、伝統的な大衆音楽と外から流入する新しい音楽のぶつかりあいと融合、マイナーな集団による社会的な抵抗が独裁的政治というダムを決壊させうる可能性等々、東ドイツの人々の日常は、もちろんまったく同じだったわけではないが、私たちの日常でもあったのではないか?」(第一章、11頁)。

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by urag | 2016-08-06 20:16 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)