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2016年 12月 04日

注目新刊:コスロカヴァール『世界はなぜ過激化するのか?』、など

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世界はなぜ過激化(ラディカリザシオン)するのか?――歴史・現在・未来』ファラッド・コスロカヴァール著、藤原書店、2016年12月、本体2,800円、四六上製272頁、ISBN978-4-86578-101-4

★発売済。原書は『Radicalisation』(Les Éditions de la Maison des sciences de l'homme, 2014)です。著者のファラッド・コスロカヴァール(Farhad Khosrokhavar, 1948-)はテヘラン生まれの社会学者で、フランスとイランの国籍を有しており、現在はフランスの社会科学高等研究所(EHESS)の教授でいらっしゃいます。既訳書に『なぜ自爆攻撃なのか――イスラムの新しい殉教者たち』(早良哲夫訳、青灯社、2010年6月;著者名表記は「ファルハド・ホスロハヴァル」)があり、今回の新刊は日本語訳第二弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には〈日本語版 特別インタビュー〉として「過激ジハード主義テロの本質にあるもの」が置かれています。ここでコスロカヴァールは日本に「先進国として日本が新しい移民政策モデルをつくり上げてほしい」(31頁)として「選択的な移民政策」をごく簡潔に提言されています。本論で著者は「西欧でジハード主義者の人集めが行われていない国はない」(231頁)とさる情報筋の話を特記しています。実際のところ日本ももはや例外ではなく、ラディカリザシオン=過激化現象について深く学ぶべき時が到来していると言えます。

Farhad Khosrokhavar - Radicalisation et mal démocratique (2016, France Culture)

Farhad Khosrokhavar - Hors-champs (France Culture)

Farhad Khosrokhavar - " Les deux types de jihadismes européen "


★なお、藤原書店さんでは今月下旬、ドイツにおけるエジプト学の大御所ヤン・アスマン(Jan Assmann, 1938-)の代表作のひとつ、『エジプト人モーセ――ある記憶痕跡の解読』(安川晴基訳;原著1998年)を刊行する予定とのことです。『エジプト――初期高度文明の神学と信仰心』(吹田浩訳、関西大学出版部、1998年2月、品切)以来の訳書であり、要チェックかと思います。


私たちの“感情”と“欲望”は、いかに資本主義に偽造されているのか?――新自由主義社会における〈感情の構造〉』フレデリック・ロルドン著、杉村昌昭訳、作品社、2016年10月、本体2,400円、四六判上製284頁、ISBN978-4-86182-602-3

★発売済。原書は『La Société des affects : Pour un structuralisme des passions』(Seuil, 2013)です。著者のフレデリック・ロルドン(Frederic Lordon, 1962-)はフランスの経済学者・思想家。フランス国立科学研究センター(CNRS)および、ヨーロッパ社会学センター(CSE)の研究ディレクターで、最近ではパリの大衆抗議運動「Nuit debout(ニュイ・ドゥブ:夜、立ち上がれ)」における活躍が注目されています。既訳書『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか?──新自由主義社会における欲望と隷属』(杉村昌昭訳、作品社、2012年11月)があり、今回の新刊は日本語訳第二弾になります。巻頭には日本語版への序文として「「欲望」と「感情」を棚上げにしてきた人文・社会科学――“欲望”が制度的秩序を転覆する“力”ともなる」ではスピノザの東洋性(!)というイメージから語り起こし、スピノザ主義社会科学としての「感情の構造主義」(13頁)が示唆されています。ロルドンはネグリやバリバール以後、スピノザをもっとも先鋭的に政治哲学へと活用している一人として目が離せない存在になっています。巻末には訳者の杉村さんによる解説「ロルドンの活動と本書の思想的戦略について」に続き、付録としてロルドンによる痛烈なピケティ批判である「ピケティでもって“21世紀の資本”は安泰だ」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語電子版2015年4月号からの抜粋)が併載されています。

Lordon lance un appel à la révolte # Nuit Debout


Débat entre Frédéric Lordon et David Graeber : les Nuits debout doivent-elles rester sauvages ?


Lordon Piketty CSOJ 04/2015

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

用兵思想史入門』田村尚也著、作品社、2016年11月、本体2,800円、四六判上製352頁、ISBN978-4-86182-605-4
汚れた戦争』タルディ/ヴェルネ著、共和国、2016年12月、本体3,500円、A4変型判上製176頁、ISBN978-4-907986-13-1
沈黙の海へ』髙﨑紗弥香写真、アダチプレス、2016年11月、本体5,000円、B4変型判上製32頁、ISBN978-4-908251-05-4
引揚げ文学論序説――新たなポストコロニアルへ』朴裕河著、人文書院、2016年11月、本体2,400円、4-6han・上製210頁、ISBN978-4-409-16099-2
『加藤秀俊社会学選集()』加藤秀俊著、人文書院、2016年11月、本体各3,400円、4-6判上製314頁/330頁、ISBN978-4-409-24111-0/24112-7
うたごえの戦後史』河西秀哉著、人文書院、2016年10月、本体2,200円、4-6判上製204頁、ISBN978-4-409-52064-2

★田村尚也『用兵思想史入門』は発売済。本書の言う「用兵思想」とは「兵の用い方に関する思想」(1頁)であり、「戦争のやり方や軍隊の使い方に関するさまざまな概念の総称」と定義されています。「用兵思想の夜明け」「ローマの遺産」「封建制と絶対王政が生み出したもの」「ナポレオンと国民軍の衝撃」「産業革命とドイツ参謀本部」「海洋用兵思想の発展」「国家総力戦の現出」「諸兵科協同戦術の発展」「航空用兵思想の発展」「機甲用兵思想の発展」「ロシア・赤軍の用兵思想の発展」「アメリカ軍の原題用兵思想の発展」の全12章で、古代メソポタミアから現代アメリカの「エアランド・バトル」までを概観できます。田村さんは在野の軍事研究家で、近年ではアニメ『ガールズ&パンツァー』の軍事監修のほか、今春から陸上自衛隊幹部学校の技術高級過程の講師をお勤めだそうです。

★タルディ/ヴェルネ『汚れた戦争』はまもなく発売。先月刊行された『塹壕の戦争 1914-1918』に続く、共和国さんのタルディ第二作です。原書は『Putain de Guerre !』(Casterman, 2014)。訳者あとがきによれば、同作はまず2008年から2009年にかけて、タブロイド判6分冊で発行されたあとに2分冊のアルバムとして刊行され、その後本書の底本となる1巻本新装版が2014年に刊行された、とのことです。前半(第1部)は、ジャック・タルディが第一次大戦を描いた「汚れた戦争」で、後半(第2部)はジャン=ピエール・ヴェルネによる大戦をめぐる資料編「汚れた戦争全史 1914-1918」となっています。世界情勢があたかも大戦前夜のようにきな臭くなっているこんにち、100年前に起こった最悪の事態について何度でも学び直す必要があると思えます。共和国さんは今年、タルディの二作をはじめ、池田浩士『戦争に負けないための二〇章』や、藤原辰史編『第一次世界大戦を考える』などの新刊を刊行されており、その出版活動そのものが反戦のアクションとなっています。「この編集者を見よ」と言わずにはいられません。

★髙﨑紗弥香写真集『沈黙の海へ』は発売済。「初夏から晩秋にかけて御嶽山の山小屋で働きながら、撮影を続けている写真家」(版元紹介文より)だという髙﨑紗弥香(たかさき・さやか:1982-)さんの写真集第一作です。当ブログでの写真では小さく見えるかもしれませんが実際はB4変型判(279mm×406mm)というかなり大判な本で迫力があります。収録されているのは「2014年に行なった、日本海から太平洋を縦断する単独行において〔・・・〕新潟・親不知の海抜ゼロメートルを起点に、北アルプス→乗鞍岳→御嶽山→中央アルプス→南アルプス→最終地点の静岡・駿河湾へ至る43日間」の中で撮影されたもので、厳しい自然の表情は「日本の自然でありながら、まったく未知の場所に降り立ったかのような新鮮な印象を与えるもの」となっていると謳われています。サンプル写真は書名のリンク先をご覧ください。静けさの中に生と死が剥き出しのまま隣り合わせているような、美しさと厳しさを併せ持つ凄絶な写真群に圧倒されます。今月17日(土)まで、静岡県三島市のGALLERYエクリュの森にて写真集出版記念展「沈黙の海へ」が開催されています。

★朴裕河『引揚げ文学論序説』はまもなく発売。2008年から2016年に各誌や論集で発表されてきた「引揚げ文学」をめぐる論文を一冊にまとめたもの。「引揚げ文学」とは、前世紀における満州、朝鮮、中国から日本への帰国者の中で作家として活躍した人々のことを指しており、彼らは「帝国時代の記憶にこだわり続け〔・・・〕」多くは、引揚げ後も自らを「在日日本人」と認識し、自らの異邦人性を強く自覚していた。〔・・・〕青少年期までの時期をかの地で過ごした結果として、植民地や占領地以外には「故郷」がないと感じていたひとたち」(14頁)と著者は指摘しています。目次詳細や取り上げられている作家については書名のリンク先をご覧ください。

★「「引揚げ」関連手記や文学作品をひもといてまず気づくのは、これらの物語が、「日本」という主体の統合化に微細ながら決定的な亀裂を入れていることである。つまり、そこでは植民地の日常の記憶や、戦後日本への違和感とともに、植民地からもち帰った言葉や文化の「混交」の現場も語られていて、植民地・占領地返還後の「日本」がけっして単一の言葉・文化・血統を共有する「単一民族国家」ではありえなかったことが、そこからは見えてくる」(29頁)。「「引揚げ文学」は、「引揚げ」そのものの悲惨な記憶を忘却せんとする欲望に加えて、「帝国」政策の結果としての混血性を露わにし、新しいはずの「戦後日本」がほかならぬ「帝国後日本」でしかなかったことをつきつける存在でもあった」(30頁)というのが著者の分析です。

★また、あとがきでは次のように振り返っておられます。「『和解のために』『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』『帝国の慰安婦』と、引揚げとは関係ない本をだしてきたが、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー』にさえ、他者と出会う体験をさせる「移動」への関心が底辺にあった。ここ十余年の歳月は、まさに移動への関心とともにあったのである。特に『帝国の慰安婦』は、住み慣れた場所を離れることを余儀なくされ、「移動」させられる女性たちのことを書いたつもりである」(201~202頁)。「歴史は、ともすると観念化する」(204頁)という言葉は朴さんの研究における批判的姿勢をよく表しているように思えます。

★『加藤秀俊社会学選集(上/下)』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。版元さんの説明によれば、『加藤秀俊著作集』全12巻(中央公論社、1980~1981年)に含まれていない、「1995年以降の主要な論考を、若い世代の社会学者の意見も参考にしながらまとめた」もので、「各論考に、現在の考え、当時の思い出やこぼれ話といった「あとがき」を付」したもの、とのことです。白い紙に書家の石川九楊さんによる題字が印刷され、カバーには内容紹介文は一切記載されておらず、帯も付属しないという極めてシンプルな装丁です。人文書院さんのウェブサイトでは、竹内洋さんによる「加藤秀俊論」(『大衆の幻像』中央公論新社、2014年より転載)が掲出されており、加藤さんの立場を「非」論壇的で「非」左翼であるとする興味深い分析を読むことができます。

★河西秀哉『うたごえの戦後史』は発売済。著者の河西秀哉(かわにし・ひでや:1977-)さんは神戸女学院大学文学部准教授。これまで主にに戦後の天皇制をめぐる複数の著書を上梓しておられます。本書について「合唱は一緒に歌うことを通じて、参加者どうしの結びつきを強め、一体となる効用があると考えられた。そして、ともに歌うことで、一人ひとりが抱えていた問題が解消し、またそれぞれの生活に戻っていく。うたごえの戦後史は、それをどう思想的に位置づけ実践するのか、という模索であった」(196頁)と著者は終章で述べています。目次詳細や序章の立ち読みは書名のリンク先をご覧ください。

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by urag | 2016-12-04 21:42 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2016年 12月 02日

注目新刊:ブランショ『終わりなき対話』

弊社出版物でお世話になっている著訳者の最近の出版物をご紹介します。

◆モーリス・ブランショさん(著書:『ブランショ政治論集』『書物の不在』『謎の男トマ』)
◆郷原佳以さん(共訳:『ブランショ政治論集』)

後期の代表作評論集のひとつ『終わりなき対話』(L'entretien infini, Gallimard, 1969)の訳書が三分冊で刊行開始となりました。三部構成がそのまま一冊ずつ出版されていくかたちで、今回発売された第Ⅰ巻が「複数性の言葉(エクリチュールの言葉)」、第Ⅱ巻が「限界-経験」で2017年3月刊行予定、第Ⅲ巻が「書物の不在(中性的なもの、断片的なもの)」で2017年7月刊行予定、と告知されています。第Ⅰ巻の翻訳の分担は巻頭の対話篇「終わりなき対話」が郷原さんによるもので、そのほかは湯浅さんと上田さんの共訳です。このお二人が訳者あとがきもお書きになっておられます。

終わりなき対話 Ⅰ 複数性の言葉(エクリチュールの言葉)
モーリス・ブランショ著 湯浅博雄/上田和彦/郷原佳以訳
筑摩書房 2016年11月 本体4,500円 A5判上製248頁 ISBN978-4-480-77551-1

カヴァー表1紹介文より:不可能と対峙せよ。20世紀文学史に屹立する孤高の名著、刊行開始。

目次:
はしがき
終わりなき対話
1 思考と不連続性の要請
2 このうえなく深い問い
 1
 2
 3
3 言葉を語ることは見ることではない
4 大いなる拒否
 1
 2 暗くてわからないものをいかにしてあらわにするか
5 未知なるものを知ること
6 言葉を保ち続ける
7 第三類の関係――地平のない人間
8 中断――リーマン面のうえにいるように
9 複数性の言葉
訳注
訳者あとがき

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by urag | 2016-12-02 12:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 27日

注目新刊:レヴィ=ストロースの再刊2点、ほか

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★今回は以下の3点の再刊書に注目したいと思います。

火あぶりにされたサンタクロース』クロード・レヴィ=ストロース著、中沢新一訳・解説、角川書店、2016年11月、本体1,800円、四六判上製124頁、ISBN978-4-04-400220-6
神話と意味』クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳、みすず書房、2016年11月、本体2,400円、四六判上製112頁、ISBN978-4-622-08591-1
心と身体/物質と記憶力――精神と身体の関係について』ベルクソン著、岡部聡夫訳、駿河台出版社、2016年11月、本体3,600円、B6判並製488頁、ISBN978-4-411-02241-7

★まずはレヴィ=ストロースの2点。『火あぶりにされたサンタクロース』は1995年にせりか書房から刊行されたものの新版で、巻頭に新たに置かれた「新版のための序文」によれば、「図版や写真や若干の表記を改めただけで、ほぼそのままのかたちで新しく出版し直す」とのことです。サルトルの依頼により「レ・タン・モデルヌ」誌77号(1952年3月)に寄稿された論考「Le Père Noël supplicié」の翻訳で、巻末にはせりか書房版と同様に、中沢さんの解説「クリスマスの贈与」が付されています。先述した新しい序文で中沢さんはこの論考について次のように紹介されています。「興味ふかい論文の中で、太陽の力が弱まる冬至をはさんでおこなわれた異教世界の死者儀礼が、どのようにしてキリスト教の祭りに組み入れられ、変形されていったかを、それまでにない斬新な着想にもとづいて明らかにしてみせている。とりわけ近代の資本主義化したヨーロッパが、いかにしてたくみにクリスマスを資本主義精神の表現者につくりかえていったかを、みごとに描き出してみせた。/資本主義という経済システムの深層には、「贈与」や「増殖」をめぐる人類のとてつもなく古い思考が埋め込まれている。クリスマスが図らずもそのことを露呈させる。つまりクリスマスとは、キリスト教的なヨーロッパが意識下に押し隠そうとした文明の「無意識」を、夢のようなしつらえをつうじて社会の表面に露呈させる、いささか不穏なおもむきをはらんだ祭りなのである。/レヴィ=ストロースはクリスマスのはらむその不穏なうごめきのようなものを、ヨーロッパ文明の本質をなす矛盾の表現と考えたのである」(2~3頁)。

★『神話と意味』は、1996年にみすずライブラリーの一冊として刊行されたものの新装版。再刊にあたって改訂があったのかどうかは特記されていませんが、訳者は1998年にお亡くなりになっています。原書は『Myth and Meaning』(University of Toronto Press, 1978; 2nd edition, Schocken Books, 1995)です。1977年12月にカナダのCBCラジオで放送された、神話をめぐる全5回の講話。帯文に曰く「ラジオでの講話を編集。『野生の思考』『神話論理』に対する質問に答える。率直かつ明快な、彼自身による入門書」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ウェンディ・ドニジャー(Wendy Doniger, 1940-)による「序」に付されたささやかな注でほのめかされている、レヴィ=ストロースとジーンズメーカーのリーヴァイ・ストラウス(レープ・シュトラウス)の「関係」については、どう理解するべきなのかよく分かりませんが、興味をそそられます。

★続いてベルクソンです。『心と身体/物質と記憶力』は、『物質と記憶――精神と身体の関係について』(駿河台出版社、1995年)の新版。巻末の「後記」によれば、旧版の「段落で見落としたところを補い、気づいた間違いは訂正し、また訳文もいくらか修正した」とのことです。また続けて「日本語として意味不明の訳文が、すべて誤訳であることはいうまでもない」ときっぱりとお書きになっておられ、その厳しいご姿勢に胸を打たれます。新版では新たに『精神的エネルギー』の第二論文「心と身体」の翻訳が掲載され、さらに巻末解説も一新されています。旧版では「脳と記憶――ベルクソンの失語論」(旧版345~362頁)と題されていましたが、新版では「自由な行為における記憶力と身体の関係について」(409~471頁)となっています。御参考までに新旧の訳者解説の詳細目次を以下に列記しておきます。旧版:Ⅰ「『物質と記憶』概観」、Ⅱ「局在論とその問題点」、Ⅲ「ベルクソンによる説明」、Ⅳ「形而上学の伝統的テーマについて」、後記。新版:第一部「記憶は脳のなかにある?」、第二部「心身関係――ベルクソンの場合」〔Ⅰ「記憶力の二つの形態について」、Ⅱ「再認の二つの形態について」、Ⅲ「イマージュの記憶から運動への移行について」〕、第三部「心脳関係――ペンフィルドの場合」、第四部「自由な行為と記憶力」、後記。なお、新版の刊行にあたって『物質と記憶』を『物質と記憶力』と改めたことについては、後記に「精神力の異名であるmémoireを「記憶力」あるいは「記憶力のはたらき」とし、souvenirを「記憶」あるいは「思い出」としたことによる」とお書きになっておられます。

★なお『物質と記憶』をめぐっては今月、注目すべき論文集が刊行されました。『ベルクソン『物質と記憶』を解剖する――現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続』(平井靖史/藤田尚志/安孫子信編、書肆心水、2016年11月)。書名のリンク先で目次の閲覧と立ち読みができます。

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★このほか、最近では以下の書籍との出会いがありました。

ジャック・デリダと精神分析――耳・秘密・灰そして主権』守中高明著、岩波書店、2016年11月、本体2,900円、四六判上製256頁、ISBN978-4-00-061157-2
タイム・スリップの断崖で』絓秀実著、書肆子午線、2016年11月、本体2,300円、四六判並製312頁、ISBN978-4-908568-08-4
マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち』ロブ・デサール/スーザン・L・パーキンズ著、パトリシア・J・ウィン本文イラスト、斉藤隆央訳、紀伊國屋書店、2016年12月、本体2,000円、46判上製298頁、ISBN978-4-314-01144-0

★守中高明『ジャック・デリダと精神分析――耳・秘密・灰そして主権』は発売済。本書の企図について巻頭の序「「科学」の時代における精神分析」にはこう説明されています。「ジャック・デリダの思考とフロイトに始まる精神分析の思考をあらためて出会わせ、そのことを通して人間という謎に満ちた存在の全的理解が試されるいくつかの限界的場面にその知を向き合わせること、そして同時に、制度化され学としての体系性を手に入れる代償として精神分析が失ったものが何であるかを、デリダの思考を一種の触媒として明らかにすること、つまりは脱構築的読解の介入によって精神分析を変容させ、この知に新たな別種の射程をもたらすこと」(1頁)。序に続く本書の構成は以下の通りです。第Ⅰ部「耳について」〔第一章「脱構築と(しての)精神分析――不気味なもの」、第二章「ラカンを超えて――ファロス・翻訳・固有名」〕、第Ⅱ部「秘密について」〔第一章「告白という経験――フーコーからデリダへ」、第二章「埋葬された「罪=恥」の系譜学――クリプトをめぐって」〕、第Ⅲ部「灰について」〔第一章「終わりなき喪、不可能なる喪――アウシュヴィッツ以後の精神」、第二章「ヘーゲルによるアンティゴネー――『弔鐘』を読む」〕、第Ⅳ部「主権について」〔第一章「絶対的歓待の今日そして明日――精神分析の政治-倫理学」、第二章「来たるべき民主主義――主権・自己免疫・デモス」〕、註、あとがき。

★絓秀実『タイム・スリップの断崖で』は発売済。扶桑社の文芸誌「en-taxi」(2003年~2015年)の第5号(2004年春号)から休刊号となる第46号(2015年冬号)にかけて連載された時評「タイム・スリップの断崖で」に加筆訂正を加えたもの。帯文は以下の通りです、「小泉政権下でのイラク邦人人質事件から安保関連法案をめぐる国会前デモまで、そこに顕在化したリベラル・デモクラシーのリミット=断崖を照射する!」。奥付前の特記によれば、連載第一回目の「さらに、踏み越えられたエロティシズムの倫理――大西巨人の場合」は「文芸評論として書かれており、本書の時評集という性格から外れるため、これを収録しなかった」とのことです。また、絓さんが「本書最大の読みどころ」と絶賛されている、本書の10万字以上に及ぶという脚注は、長濱一眞さんによるものだそうです。

★デサール&パーキンズ『マイクロバイオームの世界』はまもなく発売。原書は『Welcome to the Microbiome: Getting to Know the Trillions of Bacteria and Other Microbes In, On, and Around You』(Yale University Press, 2015)です。訳者あとがきの文言を借りると、本書は「アメリカ自然史博物館で2015年11月から2016年8月まで開催されていた、マイクロバイオームをテーマとして展示会に合わせて制作されたものらしい。展示会はその後、アメリカ国内のみならず国外へもツアーをおこなう予定とのことなので、いずれ日本で開催されることもあるかもしれない」。同じく訳者あとがきによれば、マイクロバイオームとは「私たちの体の内部や表面のほか、家庭や学校などの生活の場のそれぞれに存在する微生物の集まり」であり、そうした微生物のもつ遺伝子の総体を指すこともあるとのことです。目次詳細や本書の概要については書名のリンク先をご覧ください。

★今夏に刊行されたアランナ・コリンによる『あなたの体は9割が細菌――微生物の生態系が崩れはじめた』(矢野真千子訳、河出書房新社、2016年8月)が話題を呼びましたが、この本が踏まえている議論こそが「ヒトマイクロバイオーム・プロジェクト」であり、その詳細を『マイクロバイオームの世界』が教えてくれます。マイクロバイオーム関連の新刊は今後もますます増えていくものと思われます。近年では理系や医学系の雑誌で幾度となく取り上げられてきましたし、マーティン・J・ブレイザー『失われてゆく、我々の内なる細菌』(山本太郎訳、みすず書房、2015年7月)や、今月刊行されたデイビッド・モントゴメリー/アン・ビクレー『土と内臓――微生物がつくる世界』(片岡夏実訳、築地書館、2016年11月)など、単行本も増えています。『現代思想』2016年6月臨時増刊号「総特集=微生物の世界――発酵食・エコロジー・腸内細菌」などもその引力圏にあると言えるかと思われます。文理の別を問わない越境的な問題群に切り込む重要な鍵として書店さんの店頭をにぎわせていくことでしょう。
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by urag | 2016-11-27 16:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 25日

注目新刊:『終わりなきデリダ』法政大学出版局

弊社出版物でお世話になっている著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

◆ジャック・デリダさん(著書『条件なき大学』)
◆西山雄二さん(訳書:デリダ『条件なき大学』、共訳:『ブランショ政治論集』)
◆宮崎裕助さん(共訳:ド・マン『盲目と洞察』)
◆渡名喜庸哲さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
◆馬場智一さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)

脱構築研究会とハイデガー研究会、レヴィナス研究会の共催によるワークショップ「デリダ×ハイデガー×レヴィナス」(2014年10月11日、早稲田大学)、さらに脱構築研究会と日本サルトル学会との共催によるワークショップ「サルトル/デリダ」(2014年12月6日、立教大学)の成果が一冊にまとめられ、論文集『終わりなきデリダ』として法政大学出版局より刊行されました。第一部「デリダ×ハイデガー」、第二部「デリダ×サルトル」、第三部「デリダ×レヴィナス」の三部構成。詳しい書誌情報と目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

西山さんと渡名喜さんは編者を務められています。西山さんは総序である巻頭の「はじめに」を執筆されているほか、第二部にご発表「ポスト実存主義者としてのジャック・デリダ」が収められています。渡名喜さんは第三部に「序」をお寄せになっているほか、第三部にご発表「デリダはレヴィナス化したのか──「暴力と形而上学」から『最後のユダヤ人』まで」が収められています。デリダさんの講演録「出来事を語ることのある種の不可能な可能性」(9~41頁)は1997年4月1日にモントリオールのカナダ建築センターで発表されたもの。訳者は西山さんと亀井大輔さんです。宮崎さんの発表は「人間/動物のリミトロフィー──ジャック・デリダによるハイデガーの動物論講義」として第一部に収録されています。馬場さんは第三部に収録されたオリエッタ・オンブロージさんのご論考「犬だけでなく──レヴィナスとデリダの動物誌」(「レ・タン・モデルヌ」誌2012年3-4月号「特集=デリダ――脱構築という出来事」)の翻訳を担当されています。

終わりなきデリダーーハイデガー、サルトル、レヴィナスとの対話
齋藤元紀/澤田直/渡名喜庸哲/西山雄二編
法政大学出版局 2016年11月 本体3,500円 A5判上製406頁 ISBN978-4-588-15081-4

帯文より:動物、現前性、暴力、他者、実存主義、文学、弁証法、ユダヤ性、贈与・・・現代哲学をつらぬく主題をめぐり強靱な思考を展開した四者の思想的布置を気鋭の研究者たちが論じる。

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by urag | 2016-11-25 14:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 20日

注目新刊:カルプ『ダーク・ドゥルーズ』、グレーバー『負債論』、ほか

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ダーク・ドゥルーズ
アンドリュー・カルプ著 大山戴吉訳
河出書房新社 2016年11月 本体2,400円 46判上製232頁 ISBN978-4-309-24782-3

帯文より:ドゥルーズは喜びと肯定の哲学ではなく憎しみと破壊の哲学だ。暗黒のドゥルーズを召喚して世界の破壊を共謀する最も記念な哲学の誕生。ドゥルージアン4人による応答を併載。

目次:
イントロダクション
存在の絶滅
無に向って前進すること
崩壊、破壊、壊滅
〈外〉の呼びかけ
結論

解説(大山戴吉)
応答1 憎しみはリゾームを超えるか(宇野邦一)
応答2 反戦運動の破綻の後に――ダーク・ドゥルーズに寄せて(小泉義之)
応答3 破壊目的あるいは減算中継――能動的ニヒリズム宣言について(江川隆男)
応答4 OUT TO LUNCH(堀千晶)

★まもなく発売(11月28日予定)。原書は『Dark Deleuze』(University of Minnesota Press, 2016)です。アマゾン・ジャパンをご利用になっておられる読者の中には、この原書をドゥルーズ関連の和書へのレコメンド(この商品を買った人はこんな商品も買っています)としてご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。英語圏の非常に幅広く多様で自由なドゥルーズ読解の前線を形成する本の中でも、書名の通り暗いオーラを放っています。「何よりもアンドリュー・カルプという名を一躍有名にしたのは、本書『ダーク・ドゥルーズ』であろう。その企図は、光と喜びに満ちた肯定の哲学者ジル・ドゥルーズを、破壊と崩壊をもたらす否定のダーク・ヒーローとして(再-)創造すること、あるいは、ドゥルーズ自身と「苗字を共有するダーク・ドゥルーズという子供を生みつけること」(本書8頁)である。この挑発的な試みは大きな反響を呼び、今や多くの読者のあいだで賛否や好悪の感情を巻き起こしている」(162頁)、と訳者の大山さんは解説で説明されています。

★カルプは彼のデビュー作である本書を「ドゥルーズ自身が絶対に書くことはなかった書物」(123頁)だと表現します。「というのも、彼が生きた時代は、現在のようにポジティブさが強制され、管理が浸透し、息苦しいほどにすべてがオープンである時代ではなかったからだ。私の基本的な議論はこうである。もはやドゥルーズの時代〔カルプはこのフーコーの言葉を嫌味だと解釈しています〕ではない現在にあって、新たな反時代性は、彼の仕事によって導入されたものの、結局は維持できなかった否定というプロジェクト、つまり「この世界の死」を要請することで示される。/この世界の終わりは、一連の死のうちで三番目のものである。すなわち、「神の死」、「人間の死」。そして「この世界の死」である。もちろん、これは物理的な世界破壊を求めることではない」(同)。「「この世界の死」は、世界を救おうというかつての試みの不十分さを認め、その代わりに革命に賭ける。〔・・・〕この世界の死ということで私が主張したいのは、繋がりとポジティブさの強制とに対する批判であり〔・・・〕コミュニズムという共謀である」(124~125頁)であるとカルプは述べ、「モノたちによる毛細状連結の拡大に乗じて、全てを統合して唯一の世界を築き上げようとする」、「繋がり至上主義」(125頁)を批判します。そして「要点は現在に固執することではなく、永遠に続く息苦しい現在を終わらせる新しい方法を見つけること」(129頁)なのだと書きます。

★本書の冒頭近くでカルプは本書の三つの機能(論争・回復・創造)を次のようにまとめています。「第一に、私は、繋がりを素朴に肯定する思想家としてのドゥルーズを言祝ぐ「喜びの規範」に反駁する。第二に、私は「この世界に対する憎悪を滾らせることで、否定性がもつ破壊的な力を回復する。第三に、私は創造と言う喜びに満ちた任務の反意語である共謀を提案する」(8頁)。ドゥルーズ哲学の無害化に抗い、あえて野蛮な読解を実践する本書は、現代人がうんざりしているすべての現実と徹底的に訣別するための否定性を駆動させることを積極的に称揚することによって、見事に時代の空気を捕まえているように感じます。その意味で言えば、本書はドゥルーズ研究に一石を投じるものである以上に、カルプ自身が言及しているエリック・シュミットとジャレッド・コーエンによる『第五の権力――Googleには見えている未来』(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社、2014年2月)への彼なりの応答でもあるのでしょう。コーエンは1981年生まれですが、カルプも学歴から推察しておそらく80年代半ば頃に生まれた若い世代です。 千葉雅也さんによる推薦文にある通り、本書は「革命のマニフェスト」だと言えます。前世代との断絶を高らかに宣言する鮮やかな本で、次回作に期待したいです。メイヤスー『有限性の後で――偶然性の必然性についての試論』(千葉雅也/大橋完太郎/星野太訳、人文書院、2016年1月)に刺激を受けた読者がカルプをどう受け取るか、書店さんにとっても興味深い新刊だと思います。


負債論――貨幣と暴力の5000年
デヴィッド・グレーバー著 酒井隆史監訳 高祖岩三郎/佐々木夏子訳
以文社 2016年10月 本体6,000円 A5判上製848頁 ISBN978-4-7531-0334-8

帯文より:『資本論』から『負債論』へ。現代人の首をしめあげる負債(=ローン)の秘密を、古今東西にわたる人文知の総結集をとおして貨幣と暴力の5000年史の壮大な展望のもとに解き明かす。資本主義と文明総体の危機に警鐘を鳴らしつつ、21世紀の幕開けを示す革命的な書物。刊行とともに重厚な人文書としては異例の旋風を巻き起こした世界的ベストセラーがついに登場。

★発売済。原著は『Debt: The First 5,000 Years』(Melville House Publishing, 2011; Updated & expanded edition, 2014)です。もともと原書でも大著ですが、訳書では束幅55ミリの大冊となりました。このヴォリュームで本体6,000円というのは版元さんの努力以外の何物でもありません。巻末には監訳者の酒井さんと訳者の高祖さんによる長編論考「世界を共に想像し直すために――訳者あとがきにかえて」が収められています。目次詳細やピケティ、ソルニット、米国有名紙での評判は書名のリンク先でご覧いただけます。ピケティと言えば彼の代表作のひとつ『Les hauts revenus en France au XXe siècle』(Grasset、2001)の日本語訳『格差と再分配――20世紀フランスの資本』(山本知子/山田美明/岩澤雅利/相川千尋訳、早川書房、2016年9月)が先々月発売されましたが、本体価格17,000円という高額本で、多くの読者を悶絶させたかと想像します(私自身購読できておらず、地元の図書館にも所蔵されていません)。ピケティの『21世紀の資本』を読んで次に読むべき本を探しておられた読者にはグレーバーの本書『負債論』を強くお勧めします(ちなみにグレーバーによるピケティ批判については巻末の酒井/高祖論考で言及されています)。

★第一章冒頭の、IMFをめぐる女性弁護士との対話は本書の導入部として非常に興味深く、最初の10頁でグレーバーの考察の率直さに惹かれた読者は本書の続きも堪能できるだろうと思います。「本書が取り扱うのは負債の歴史であう。だが本書は同時にその歴史を利用して、人間とはなにか、人間社会とはなにか、またはどのようなものでありうるのか――わたしたちは実際のところたがいになにを負っているのか、あるいは、このように問うことはいったいなにを意味するのか――について根本的に問いを投げかける」(30頁)。本書は経済史をめぐる文化人類学者の挑戦であり、その姿勢は次の言葉に端的に表れていると思います。「真の経済史とはまたモラリティの歴史でもなければならない」(582頁)。「負債は〔・・・〕複数のモラル言説のもつれ合い」(同)であり、「約束の倒錯にすぎない。それは数学と暴力によって腐敗してしまった約束なのである」(578頁)。「金銭は神聖なものではないこと、じぶんの負債を返済することがモラリティの本質ではないこと、それらのことはすべて人間による取り決めであること、そしてもし民主主義が意味をもつとするならば、それは合意によってすべてを違ったやり方で編成し直すことを可能にする力にあること」(577頁)。グレーバーによる道徳批判は、別様にもありえた世界への道筋を閉ざしてきた幻想の歴史的所在を解明しようとする、非常に強力な検証として私たちに多くのことを教えてくれます。

★酒井/高祖論考の末尾には本書の関連書についての構想が明かされていますが、ネタバレはやめておきます。なおグレーバーの既訳書には、『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社、2006年)や『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社、2009年)があります。

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★このほかに最近では以下の新刊との出会いがありました。

古地図で見る京都――『延喜式』から近代地図まで』金田章裕著、作品社、2016年11月、本体3,200円、4-6判上製362頁、ISBN978-4-582-46819-9

★まもなく発売(11月28日予定)。著者の金田章裕(きんだ・あきひろ:1946-)さんは京都大学名誉教授で、人文地理学や歴史地理学がご専門です。近年の著書に『文化的景観――生活となりわいの物語』(日本経済新聞出版社、2012年4月)や、『タウンシップ――土地計画の伝播と変容』(ナカニシヤ出版、2015年2月)があります。今回の新著の帯文は次の通りです。「日本最古の地図から明治の近代測量図まで、京都市街地1200年の様相。平安京から現在の観光都市へとその姿を大きく変えていった、京都の深く長い歴史を古地図によって通覧する」。目次は以下の通り。

目次:
はじめに
第一章 宮廷人と貴族の平安京
 1 碁盤目状の街路と邸第――左京図と右京図】
 2 宮殿と諸院――宮城図と内裏図
第二章 平安京の変遷
 1 認識と実態/京の道、京からの道
 2 洛中の町と洛外の町
 3 御土居と間之町――外形と街路の変化
第三章 名所と京都
 1 洛外の名所
 2 コスモロジカルな京都――山と川に囲まれた小宇宙
第四章 観光都市図と京都
 多色刷りの京都図
 観光都市図の内裏と公家町
 多彩な観光地図――両面印刷と街道図の手法
 多彩な観光地図――鳥瞰図と新構成への試行
第五章 近代の京都図
 1 銅板刷りの京都図――京都と学区
 2 地筆と地番――地籍図
 3 近代測量の地図
 4 京都の近代化と地図
 5 大縮尺図と鳥瞰図
おわりに
あとがき

主要文献


ハンナ・アーレント「革命について」入門講義』仲正昌樹著、作品社、2016年11月、本体1,800円、46判上製384頁、ISBN978-4-86182-601-6

★発売済。2015年6月から12月にかけて早稲田大学YMCA信愛学舎で行われた是6回の連続講義に加筆したもので、2014年5月に上梓された『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』の姉妹編です。帯文は次の通り。「権力の暴走を抑制し、政治の劣化を阻止する〈永続する政治体〉とは? ポピュリズム、排外主義の蔓延、世の中を「いますぐ変えたい」願望の台頭。そして民主主義が機能停止しつつある、今。『人間の条件』と双璧をなす主著を徹底読解。その思想の核心を丁寧に掴み取る」。目次を下段に掲出しておきます。なおアーレント『革命について』はちくま学芸文庫で志水速雄訳を読むことができます。原典は『On Revolution』(Viking, 1963)です。

目次:
[前書き]アーレントの拘り
[講義第一回]「革命」が意味してきたもの
  ――「序章 戦争と革命」と「第一章 革命の意味」を読む
[講義第二回]フランス革命はなぜ失敗なのか?
  ――「第二章 社会問題」を読む
[講義第三回]アメリカ革命はフランス革命と何が違うのか?
  ――「第三章 幸福の追求」を読む
[講義第四回]「自由の構成」への挑戦
  ――「第四章 創設(1)」を読む
[講義第五回]アメリカとローマ、法の権威
  ――「第五章 創設(2)」を読む
[講義第六回]革命の本来の目的とは何か?
  ――「第六章 革命的伝統とその失われた宝」を読む
『革命について』をディープに理解するためのブックガイド
『革命について』関連年表
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by urag | 2016-11-20 23:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 18日

注目新刊:本邦初のガタリ入門書、上野俊哉『四つのエコロジー』

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★上野俊哉さん(著書『アーバン・トライバル・スタディーズ』)
本邦初となる、書き下ろしのガタリ入門書がまもなく発売されます(11月24日頃予定)。「ガタリは「活動家」であり、運動屋の文章をそんなに真面目にこねくりまわして読む必要はない、単に使えるところを使えばいいというアクティヴィスト系の読者や、ガタリの悪文の抽象性は度をこしており、まともに相手にするにはアカデミックでないどころか、論理的な厳密さに欠け、ドゥルーズの精密な哲学的苦闘を安直な政治的概念化に走らせたのではないかといぶかる「正しい」左翼やまともな学究のどちらとも違う視角からガタリを読むことはできるのか? 本書はこの無謀に、真面目にとりくんでみた試みである」(あとがきより、370-371頁)。

四つのエコロジー――フェリックス・ガタリの思考
上野俊哉著
河出書房新社 2016年11月 本体3,500円 46判上製376頁 ISBN978-4-309-24783-0

帯文より:自然、主体感、機械状アニミズム、カオスモーズ、地図作成、リトルネロ・・・難解なガタリの思想を解きほぐしながら、宇宙へと開かれたその思考の核心と可能性をさぐり、来たるべき分子革命としてのエコソフィー〔生成哲学〕を展望する〈全=世界〉リゾームの哲学。思考の前線とストリートを往還してきた〈思想の不良〉による未来へのマスターピース。

目次:
はじめに 『みどりの仮面』とエコロジー
序章 なぜエコロジーか? ガタリとは誰だったか?
第一章 自然を再考する
 第一節 仕組みとしての自然
 第二節 アンビエンスとしての主体感
 第三節 機械状アニミズムと反自然の融即
第二章 エコソフィーとカオソフィー
 第一節 分子革命からエコソフィーへ
 第二節 カオスとカオスモーズ
 第三節 潜在性と記号
第三章 分裂生成の宇宙
 第一節 美的なものと地図作製法
 第二節 DSM-V、あるいは発達原理の彼方に
 第三節 リトルネロと音楽のエコロジー
終章 ブラジルと日本を横切って・・・〈全=世界〉リゾームへ
あとがき

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★中平卓馬さん(写真集『都市 風景 図鑑』)
★森山大道さん(写真集『新宿』『新宿+』『ニュー新宿』『大阪+』『Osaka』『パリ+』『ハワイ』『NOVEMBRE』『にっぽん劇場』『何かへの旅』『オン・ザ・ロード』『カラー』『モノクローム』『犬と網タイツ』、著書『通過者の視線』、鈴木一誌さんとの共著『絶対平面都市』)
中平さんらが創刊し、森山さんが2号より参加した伝説的写真誌「Provoke〔プロヴォーク〕」(1~3号、1968~1969年)の縮小復刻を含む巨大なカタログ『PROVOKE』が、フランスのアートギャラリー「LE BAL」とドイツの出版社「Steidel」との共同で出版されました。これは、9月14日から12月11日までLE BALで催されている展覧会「Provoke : Entre contestation et performance - La photographie au Japon 1960-1975」の図録でもあります。同展はオーストリア、スイスなどを巡回済で、フランスの後は米国でも催されるのだとか。今回の図録はSteidlが2001年に刊行した『The Japanese Box』(『Provoke』1~3号、森山大道『写真よさようなら』、中平卓馬『来たるべき言葉のために』、荒木経惟『センチメンタルな旅』の復刻セット)に比べるとやや趣きを異にしていますが、それでも近年の資料としては購入しておいて損はないと思われます。LE BALから直接購入できますが(書籍代は60ユーロ)、送料が高く、ABEBOOKS経由で買った方が若干お得なようです。ちなみに私自身はLE BALから直接購入しましたが似姿は簡素で、配送トラブルや角のダメージ(書影にある通り背の地部分)などに見舞われ、面倒臭かったです。同書はナディッフでも販売していましたが、現在は扱いなしのご様子。

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ちなみに日本のリアル書店や古書店、ネット書店では購入できないものの実はまだ発売元から直接買える、という貴重なアート系書籍と言えば、『ハンス・ウルリッヒ・オブリスト|インタヴュー Volume 1[上]』(前田岳究/山本陽子訳、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ発行、2010年1月)が思い浮かびます。同書は日本語版ではあるのですが、アーティストブックとして海外で発売されたため、日本での入手がたいへん困難でした。私は何年か前に発売元のBuchhandlung Walther Königから直接購入しました。書籍代は98ユーロ。まだ購入できるのかどうか、同社のサイトで検索してみたところ、まだ買い物カゴが残っているようです。同書は6年前の本なのですでに私が購入した時点でも一部本文紙の酸化や帯の経年劣化などが生じていましたが、今でも中身を読む分には問題ないはずです。オブリストのほかのインタヴュー集は日本でも既刊があり、ある程度認知されていますから、同書はあらためて日本の版元が再刊しても良いのではないかと思います。上巻だけが既刊なので、下巻も刊行されてほしいところです。

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by urag | 2016-11-18 12:00 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 13日

注目新刊:晢書房版『フィヒテ全集』完結、ほか

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フィヒテ全集 第14巻 一八〇五―〇七年の知識学
鈴木伸国/浜田郷史/伊勢俊介/長町裕司/高木駿/辻麻衣子/大橋容一郎訳
晢書房 2016年10月 本体8,500円 A5判上製570頁 ISBN4-915922-43-X

目次
一八〇五年の知識学――エルランゲン夏学期講義〔鈴木伸国訳〕
エルランゲン論理学講義(一八〇五年)〔浜田郷史/伊勢俊介訳〕
エルランゲン形而上学講義(一八〇五年)〔長町裕司訳〕
知識学の概念とその運命(一八〇六年)〔鈴木伸国/辻麻衣子訳〕
ケーニヒスベルク知識学(一八〇七年)〔高木駿訳〕

★発売済。本14巻の発売をもって、晢書房版『フィヒテ全集』全23巻、別巻1は完結したものと思われます。帯がなく、本巻には解説やあとがきも付されていませんので、奥付裏の全巻構成と、実際の書店店頭での現物を見る限り、本巻で完結したことは間違いなさそうです。カバーにはバーコードもなく、ISBNは10桁表記。表紙は黒のクロス装で背には橙色の地に金文字の箔が輝きます。その佇まいはどこまでもシンプルなクラシック・スタイルに貫かれ、新刊の中では異彩を放っています。晢書房さんはウェブサイトを開設されておらず、図書目録を出されたことがあったかどうかも、私自身思い出せません。本『フィヒテ全集』は1995年1月に第6巻「自然法論」と第19巻「ベルリン大学哲学講義1」の刊行でスタート。爾来20余年をかけてついに完結したことになります。その歩みは出版不況の20年間の最中にあっただけに、たいへんな挑戦であったことは確かです。編集委員を務められている5名のうち、 ラインハルト・ラウト(Reinhard Lauth, 1919-2007)さんと坂部恵(さかべ・めぐみ:1936-2009)さん、藤澤賢一郎(ふじさわ・けんいちろう:1948-1998)さんはすでに逝去されています。あとのお二方は、加藤尚武(かとう・ひさたけ:1937-)さん、隈元忠敬(くまもと・ただたか:1925-)さんです。そもそも『フィヒテ全集』全巻を陳列している書店さんの数はさほど多くはないものと思われますが、完結記念で何かしらの工夫をされている書店さんがおられましたらぜひお知らせください。宣伝させていただきます。【追記:地方・小出版流通センターさんがツイッターで11月1日に「【フィヒテ全集】が今回の〈第14巻 1805-07年の知識学〉で完結いたしました」と呟いておられることを確認しました。やはり完結で間違いないようです。】


身体諸部分の用途について1
ガレノス著 坂井建雄/池田黎太郎/澤井直訳
京都大学学術出版会 2016年11月 本体2,800円 四六変上製211頁 ISBN 978-4-8140-0033-3

★発売済。全4巻の第1回配本となる第1巻です。ローマ帝国期の医師ガレノス(後129-216)の主著『De usu partium corpolis humani』全17巻の訳書で、帯文に曰く「前身の解剖所見に基づき、あらゆる器官に無駄なものは何もないことを論じた医学書。本邦初訳」。凡例によれば、底本はヘルムライヒ版(ed. G. Helmreich, 2 vol., Lipsiae, 1907-09)で「底本は二分冊からなるが、本書邦訳は1-4の四分冊とし、第一~三巻を1、第四~七巻を2、第八~十一巻を3、第十二~十七巻を4とする」とのことです。今回発売となった第1巻では「理性的動物に特徴的な器官(上肢)と、直立二足歩行に適した器官(下肢)が取り扱われる」(帯文表4より)。巻末の「第一分冊解題」にはこんな言葉があります。「人体と疾患を分析する西洋医学の特徴は、ガレノスの解剖学と生理学説を乗り越える努力を通して、形作られていった。古代において完成度のきわめて高い解剖学と生理学説を作り上げたガレノスこそ、現代の医学をもたらした最大の功労者ではないだろうか」(201頁)。投げ込みの「月報124」には、土屋睦廣さんによる「ガレノスとアクスレピオス」や、連載「西洋古典名言集」第40回「ノモスとピュシス」(國方栄二=文)などが掲載されています。西洋古典叢書におけるガレノスの訳書は、種山恭子訳『自然の機能について』1998年、内山 勝利/木原志乃訳『ヒッポクラテスとプラトンの学説1』2005年、坂井建雄/池田黎太郎/澤井直訳『解剖学論集』2012年、に続く4点目。西洋古典叢書の次回配本はクインティリアヌス『弁論家の教育4』とのことです。全5分冊の第4回配本。


有閑階級の理論[新版]
ソースタイン・ヴェブレン著 村井章子訳
ちくま学芸文庫 2016年11月 本体1,200円 文庫判並製416頁 ISBN978-4-480-09750-7

★発売済。旧版『有閑階級の理論』(ソースティン・ヴェブレン著、高哲男訳、ちくま学芸文庫、1998年)は、2015年7月に増補新訂版が講談社学術文庫から刊行されています。今回の新訳の訳者でいらっしゃる村井章子さんは先月ハイエクの『隷従への道』の新訳を日経BPクラシックスの1冊として上梓されたばかりです。ヴェブレンのデビュー作にして代表作である『有閑階級の理論』(1899年)は、かつて小原敬士訳が岩波文庫より1961年に刊行されていましたが、現在は品切。高哲男訳の旧版と増補新訂版を併せて、文庫で読める同書の2番目の翻訳と考えると、3番目の訳が今回の新訳本ということになります。巻頭にはガルブレイスの序文「ソースタイン・ヴェブレンと『有閑階級の理論』」が1973年版より訳出されています(5-39頁)。ガルブレイスはこの序文で「『有閑階級の理論』を一度も読んだことのないという人は、読書家とは言えない。最低限の教育しか受けていない人でも、出典は知らないままに「衒示的消費」「衒示的浪費」「金銭的競争」といった言葉を耳にしたことが一度ならずあるだろう」(8頁)と書いています。あれから40年(綾小路きみまろ)、ヴェブレンを読んだことがなくても読書家ではないと経済学者から責められることはありませんけれども、格差社会を形成するメンタリティの本質的側面を今なおヴェブレンに学ぶことができるのは事実ではないかと思われます。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

過酷なるニーチェ』中島義道著、河出文庫、2016年11月、本体720円、文庫判並製224頁、ISBN978-4-309-41490-4
曲がりくねった一本道――戦後七十年を生きて』徳永徹著、作品社、2016年11月、本体1,600円、46判並製238頁、ISBN978-4-86182-603-0
ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』アンドリュー・ロウラー著、熊井ひろ美訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年11月、本体2,400円、四六判上製368頁、ISBN978-4-7726-9553-4
世界植物記 アジア・オセアニア編』木原浩著、平凡社、2016年11月、本体6,800円、A4変判上製288頁、ISBN978-4-582-54254-7

★中島義道『過酷なるニーチェ』は発売済。2013年に河出ブックスの一冊として刊行された『ニーチェ ニヒリズムを生きる』の改訂版で、目次等に変更はありませんが、巻末に香山リカさんによる解説が付されています。「ニーチェがもともと持っていた心理学的、生物学的な発狂の要素がその哲学を生んだのではなく、哲学の結果が発狂なのだ」(215頁)という刺激的なご指摘があります。中島さんは巻頭の「はじめに」でこう述べておられます。「不思議なことに、現代日本でニーチェはブームであり、まさにニーチェから「人生の教訓を学ぶ」ためのニーチェ入門書、解説書、研究書が氾濫している。彼らはニーチェが口を酸っぱくして罵倒していること、吐き気がするほど嫌悪し軽蔑していることを真っ向から受け止めようとしない。/そして、皮肉なことに、とくにわが国においてこれからもニーチェは、まさにこのようにしてのみ読まれ続けるであろう」(11頁)。「こうした実情において、一冊くらいは、「過酷なニーチェ」すなわち、誰の役にも立たず、ほとんどの人を絶望させ、苛立たせ、途方に暮れさせ、そればかりか、平等・基本的人権・平和主義・最大多数の最大幸福など、なかんずく弱者や苦しんでいる者への「同情」を峻拒する……というように、近・現代のあらゆる「価値あるもの」をなぎ倒し、近・現代人とまさに正反対の価値観を高らかに歌い上げるニーチェを語り出す善があってもいいのではないかと思う」(12頁)。

★徳永徹『曲がりくねった一本道』はまもなく発売(16日水曜日取次搬入予定)。帯文はこうです、「長崎の原爆体験から福島の原発事故まで。一人の基礎医学徒が体験した激動の同時代史」。著者の徳永徹(とくなが・とおる:1927-)さんは国立予防衛生研究所に長く奉職された医学者で、現在は福岡女学院名誉院長でいらっしゃいます。著書に『マクロファージ』(講談社、1986年)のほか、近年では『凛として花一輪――福岡女学院ものがたり』(梓書院、2012年)、『逆境の恩寵――祈りに生きた家族の物語』(新教出版社、2015年1月)、『少年たちの戦争』(岩波書店、2015年2月)など、味わい深い回想録を中心に執筆されておられます。実弟はアドルノ研究で高名な徳永恂(とくなが・まこと:1929-)さんです。徹さんは本書の序章でこうお書きになっておられます。「戦後七十年、日本は世界でも珍しい平和な国だった。戦争で死ぬ者は一人もいなかったし、また銃で他国の人を撃つ者もいなかった。そう言い切れる国がいったい今の世界にどれだけあるだろう。被爆国日本は、「戦後百年」「戦後二百年」と言い続けることができるように、と切に願った。/そして書き出したのが本書である。前著『少年たちの戦争』は、原爆と終戦という時点で稿を閉じているので、次は戦後七十年という時代の体験について書きたいと思った」(10~11頁)。最後に主要目次を列記しておきます。序章、第一章「戦後のはじまり(1945年8月~46年)」、第二章「冷戦の狭間で(1946年~1955年)、第三章「さまざまな国と時代の点描(1959年~1993年)、第四章「女子教育の現場で(1994年~2012年)」、第五章「いま、思うこと」、あとがき。

★ロウラー『ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』はまもなく発売(17日頃)。原書は『 Why Did the Chicken Cross the World?: The Epic Saga of the Bird that Powers Civilization』(Atria Books, 2014)です。帯文は以下の通り。「ニワトリ無くして、人類無し! 神の使い・健康と医療・癒し・娯楽・食料・都市生活・・・恐竜の小さな末裔たちが物語る、大いなる文明論」。書名のリンク先で、目次、はじめに、解説の立ち読みができます。著者のアンドリュー・ロウラー(Andrew Lawler, 1961-)はライター/通信員/作家で、『サイエンス』『ナショナル・ジオグラフィック』『ニューヨーク・タイムズ』などの雑誌や新聞で活躍しておられ、本書は彼の第一作になります。巻頭の「はじめに ニワトリを見れば、世界が見える」にはこうあります。「ニワトリは昔もいまも、いわば羽の生えたスイス・アーミー・ナイフで、与えられた時間と場所に応じて必要なものを提供してくれる万能動物なのだ。この可塑性のおかげでニワトリは最も有益な家畜となったわけだが、その点は私たち自身の歴史をたどる上でも役に立っている。ニワトリは鳥の「カメレオンマン」のようなもので、私たちの変わりゆく欲望や目標や意図――立派な品物、真実の語り手、奇跡を起こす万能薬、悪魔の道具、悪魔祓いの祈祷師、途方もない富を生む財源――を映し出す無気味な鏡であり、人類の探検、発展、娯楽、信仰を示す標識なのだ」(11頁)。

★木原浩『世界植物記 アジア・オセアニア編』はまもなく発売(18日頃)。昨春刊行された『世界植物記 アフリカ・南アメリカ編』の姉妹編です。帯文は以下の通り。「まったく、とんでもない植物たちだった! ここ20年あまり、世界中に散らばる、不思議、巨大、世界一な植物を探して辺境を歩き回った。実際目にすると、その巨大さや異形ぶり、生活形態は、想像をはるかに超えていた。この本はその全記録の一端である」。取材地を列記しておくと、西表島/日本、四姑娘/中国四川省、ブータン王国、ヒマラヤ/ネパール、キナバル山/マレーシア、スマトラ島/インドネシア、西オーストラリア、ミルフォード・トラック/ニュージーランド、イスラエル。いずれも素晴らしい場所ばかりですが、特にミルフォード・トラックにはただならぬ気配を感じます。

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by urag | 2016-11-13 18:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 11日

注目新刊:ジュネ『薔薇の奇跡』新訳、光文社古典新訳文庫

弊社出版物でお世話になっている著者の最新の刊行物をご紹介します。

★ジャン・ジュネさん(著書『公然たる敵』)
自伝的小説『Miracle de la rose』(1946年)の待望の新訳が刊行されました。裏表紙側の帯文にこうあります。「同性愛者で泥棒であった作家ジュネ。「サルトルのジュネ論(中略)によって、ジュネはあたかも〈実存主義的な聖人〉であるかのように聖化されてしまった」(解説)。だが、精密な読みに基づくこの新訳により、まったく新しいジュネ像が見えてくる!」と。底本はガリマールの1951年版。ということは、全集第2巻ということで、既訳である堀口大學訳『薔薇の奇蹟』(新潮文庫、1970年)と同じ底本です。巻末には宇野さんによる詳細な解説があり、日本におけるジュネ受容史についても懇切に教えて下さいます。

新潮文庫版は村上芳正さんによる美しい挿画がカバーを飾っていましたが(下段に掲出した書影をご参照ください)、残念ながら品切。新潮文庫ではこのほかに『泥棒日記』(朝吹三吉訳、1968年)、『花のノートルダム』(堀口大學訳、1969年)、『黒んぼたち・女中たち』(白井浩司/一羽昌子訳、1972年)がありますが、現在も在庫があるのは『泥棒日記』のみです。ちなみに先の引用文中でのサルトルのジュネ論というのは『聖ジュネ』のこと。新潮文庫や人文書院からかつて上下巻で訳書が出ていましたが、現在は品切。

薔薇の奇跡
ジュネ著 宇野邦一訳
光文社古典新訳文庫 2016年11月 本体1,280円 文庫判並製584頁 ISBN:978-4-334-75344-3
帯文より:文学史上もっともスキャンダラスな作家の自伝的作品。60年ぶりの新訳、新しいジュネ像の誕生!

以下では本書冒頭の数行について、宇野さんによる新訳と、堀口さんによる既訳を並べてみたいと思います。

宇野訳(7頁):
フランスにあるすべての刑務所の中で、フォンロヴロー中央刑務所ほど僕の心をかき乱すところはない。ここは僕の心に強い悲惨と荒廃の印象を残した場所なのだ。そして僕は、この刑務所にいた他の囚人たちの中にも、その名を耳にするだけで、僕と同じような感動と戦慄を味わう者がいたことを知っている。/この名前が僕たちに及ぼした影響力の正体を、いちいち解明しようとは思わない。

堀口訳(5頁):
フランス全国にいくつもある中央刑務所のうち、わけて哀れの深いのがフォントブローのそれです。ほかのどこより深いわびしさをわたしが感じたのが、この刑務所内でした。わたしはまた知っています、ほかの刑務所のこともよく知っている囚徒でさえが、たんにこの刑務所の名を聞くだけで、わたし同様のやるせない深い思いをしたはずですと。わたしたち囚徒にとって、この刑務所が持つ、特異性をなす要素の分析を試みる気持ちは、いまのわたしにはありません、〔以下略〕。

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by urag | 2016-11-11 11:48 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 08日

注目新刊:デリダ『信と知』未來社

弊社出版物でお世話になっている著者の最近の訳書をご紹介します。

★ジャック・デリダさん(著書『条件なき大学』)

信と知――たんなる理性の限界における「宗教」の二源泉
ジャック・デリダ著 湯浅博雄/大西雅一郎訳
未來社 2016年11月 本体1,800円 四六判上製186頁 ISBN978-4-624-93268-8

「ポイエーシス叢書」第68弾です。原書は1994年にデリダとヴァッティモのディレクションでカプリ島にて開催された討論会の記録論集『La religion』(Seuil, 1996)所収の論考『Foi et savoir: Les deux sources de la ' religion ' aux limites de la simple raison』です。同じくSeuilから2000年に単行本として刊行されたものとの間に異同はないとのことです。未来社さんでは近刊としてデリダの『嘘の歴史 序説』(西山雄二訳)が予告されています。

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by urag | 2016-11-08 15:09 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2016年 11月 06日

注目新刊:「コメニウス・セレクション」第3弾、第2期「ライプニッツ著作集」第2巻、ほか

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覚醒から光へ――学問、宗教、政治の改善』J・A・コメニウス著、太田光一訳、東信堂、2016年10月、本体4,600円、A5判上製366頁、ISBN978-4-7989-1388-9
ライプニッツ著作集 第Ⅱ期[2]法学・神学・歴史学――共通善を求めて』G・W・ライプニッツ著、酒井潔+長綱啓典+町田一+川添美央子+津崎良典+佐々木能章+清水洋貴+福島清紀+枝村祥平+今野諒子訳、工作舎、2016年10月、本体8,000円、A5判上製452頁、ISBN978-4-87502-477-4
隷従への道』フリードリヒ・ハイエク著、村井章子訳、日経BPクラシックス、2016年10月、本体2,800円、4-6変型判536頁、ISBN978-4-8222-5173-4

★上記3点はすべて発売済。コメニウス『覚醒から光へ』は『地上の迷宮と心の楽園』(藤田輝夫訳、東信堂、2006年)、『パンパイデイア』(太田光一訳、東信堂、2015年)に続く「コメ二ウス・セレクション」の第3弾。遺稿『人間に関わる事柄の改善についての総合的熟議〔De rerum humanarum emendatione consulatio cacholica〕』全7部のうち、総序「ヨーロッパの光である人々へのあいさつ」(『パンパイデイア』掲載の訳文を再掲)、第1部「パンエゲルシア 普遍的覚醒」、第2部「パンアウギア 普遍的光」を全訳したもの(昨年配本の『パンパイデイア』は第4部「普遍的教育」の全訳)。底本はコメニウスの死後300年を経て初めて公刊された1966年のチェコスロバキア科学アカデミー版。訳者の太田さんは巻頭のはしがきでコメニウスについて「世界が戦争をやめて平和になり、すべての人が賢くなるという願望は、教育を普及させるという希望は、誰よりも強かった。彼はパネゲルシアの第五章でこう断言する、哲学、政治、宗教の目的は、平和である」〔57頁〕と」(ii頁)。帯文はこうです、「従来のイメージを一新する先駆的社会改革者像」。

★『ライプニッツ著作集 第Ⅱ期[2]法学・神学・歴史学』は書名の通り工作舎版ライプニッツ著作集第Ⅱ期の第2回配本となる第2巻です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。カバーソデ紹介文にはこうあります。「数学・論理学の「理性の心理(必然的心理)」とともに、自然史・生命史をふくむ歴史などの「事実の心理(偶然的心理)」を重視したライプニッツの法学・神学・歴史学をめぐる多彩な探究プロセスが、300年の時空を超えて本邦初公開される」。より良い世界の建設をめぐるコメニウス(1592-1670)とライプニッツ(1646-1716)の新刊が立て続けに刊行されたことは非常に印象的です。なおライプニッツ著作集第Ⅱ期の最終巻である第3巻の書名は「技術・医学・社会システム――豊饒な社会の実現に向けて」と予告されています。

★村井章子訳『隷従への道』は、一谷藤一郎訳『隷従への道――全体主義と自由』(東京創元社、1954年;第二版、1979年;改訳新装版、一谷藤一郎+一谷映理子訳、東京創元社、1992年)、西山千明訳『隷属への道』(春秋社、1992年;新装版、ハイエク全集新版第Ⅰ期別巻、2008年)に次ぐ新訳です。巻頭にはブルース・コールドウェルによる序文が置かれているほか(ちなみに春秋社新装版ではミルトン・フリードマンによる「1994年版への序文」を読むことができます)、「初版序文」「1956年アメリカ・ペーパーバック版序文」「1976年版序文」の三つも訳出されています。ハイエクの主著であるだけでなく、20世紀における社会主義批判の古典としても名高い『The Road to Serfdom』(1944年)ですが、アメリカでは三社の版元から断られたそうです。結果的に同国ではベストセラーとなっています。コールドウェルの序文はその経緯を明かしていて、興味深いです。出版社がボツにしたからと言って駄作とは限らないのは、近年のより一般的な例では『ハリー・ポッター』シリーズが示しているのは周知の通りです。

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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。

まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』花田菜々子+北田博充+綾女欣伸編、朝日出版社、2016年11月、本体1,600円、四六変型判並製280頁、ISBN978-4-255-00963-6
竹山道雄セレクション(I)昭和の精神史』竹山道雄著、平川祐弘編、藤原書店、本体4,800円、四六判上製576頁、ISBN978-4-86578-094-9

★『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』は、1年前に花田さんと北田さんが制作された同名の無料ZINEの続編ともいうべき1冊。「まだどこにも紹介されたことのない日本全国のおもしろい本屋22店を現役の書店員22名が文章で案内」と帯にあります。聞いたことのないユニークな本屋の数々に驚いていると本書の最後に一言、「本書に掲載されている本屋はすべて架空のものです」と。本屋ガイドは数あれど、取り上げているすべての書店が実在しないガイドブックというのはもはや新しいジャンルと言っていいかもしれません。22の書店とその紹介者はこちらの一覧をご覧ください。このほか版元2名、取次1名、印刷所1名の寄稿もあります。朝日出版社の綾女欣伸さんによる「夢の編集 インペリアルプレス」、ミシマ社の渡辺佑一さんによる「夢の営業 アツアツ・バーニング」、日本出版販売の有地和毅さんによる「夢の取次 ギタイ化する本」、藤原印刷の藤原章次さんによる「夢の印刷 印刷物責任法」。たしか有地さんは日販傘下のあゆみBOOKSご出身でしたっけ。

★平川祐弘編『竹山道雄セレクション』は全4巻予定で今月第I巻「昭和の精神史」が発売。「昭和の精神史」「一高と戦争」「ナチス・ドイツを凝視する」「戦後日本の言論空間」の四部構成。収録作については書名のリンク先をご覧ください。巻末には秦郁彦さんによる解説「「竹山史観」の先駆性」と牛村圭さんによる読解(「竹山道雄を読む」と銘打たれています)「竹山道雄にめぐり会えて」が併載されています。竹山さんはニーチェの翻訳家として、また小説『ビルマの竪琴』の作家として著名。1983年に福武書店より『竹山道雄著作集』全8巻が刊行されていますが絶版となっており、『竹山道雄セレクション』は新しいスタンダードになるのではないかと思われます。同セレクションは以後、第Ⅱ巻「西洋一神教の世界」、第Ⅲ巻「美の旅人」、第Ⅳ巻「主役としての近代」と続く予定。編者の平川さんには竹山道雄さんの女婿(長女の夫)にあたり、2013年に藤原書店より評伝『竹山道雄と昭和の時代』を上梓されています。今月から勉誠出版より『平川祐弘決定版著作集』全34巻の刊行が開始される予定で、第5巻「西欧の衝撃と日本」と第6巻「平和の海と戦いの海――二・二六事件から「人間宣言」まで」が近日発売と聞きます。

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★最後にまもなく発売となる近刊書の中からご紹介します。

nyx 第3号:マルクス主義からマルクスへ/なぜベートーヴェンか』堀之内出版、2016年11月、本体1,800円、A5判並製284頁、ISBN978-4-906708-70-3
『論理哲学入門』エルンスト・トゥーゲントハット+ウルズラ・ヴォルフ著、鈴木崇夫+石川求訳、ちくま学芸文庫、2016年11月、本体1,300円、文庫判並製368頁、ISBN978-4-480-09762-0
乾浄筆譚――朝鮮燕行使の北京筆談録 1』洪大容著、夫馬進訳注、東洋文庫、2016年11月、B6変判上製函入286頁、ISBN978-4-582-80860-5
徂徠集 序類 1』荻生徂徠著、澤井啓一+岡本光生+相原耕作+高山大毅訳注、東洋文庫、2016年11月、本体2,800円、B6変判上製函入362頁、ISBN978-4-582-80877-3

★『nyx 第3号』は明日、11月7日発売予定。第一特集「マルクス主義からマルクスへ」(主幹=マルクス研究会)、第二特集「なぜベートーヴェンか――音と思想が交叉する音楽家」(主幹=岡田安樹浩)の二本立て。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。各特集の口上にはこう書かれています。第一特集は「マルクス研究会のメンバーが中心となり、MEGAにもとづいた最新の文献情報を元にして、マルクスの思想をもう一度吟味し、国内と海外の研究を一般の読者に紹介することを目的としている。晩期マルクスのエコロジーやジェンダー論のような、これまであまりなじみのないテーマを扱うだけでなく、初期マルクスや恐慌論など先行研究の多いテーマにも新たな光を当てていきたい。そこから浮かび上がるのは、生涯にわたって多岐にわたる学問的探究を行った、専門への細分化の時代が始まる直前の、いわば「最後の」知識人として、『資本論』の完成を目指したカール・マルクスの姿である」(7頁)。第二特集は「ベートーヴェンのさまざまな側面に触れていただけるよう、音楽家、音楽学者、哲学・ドイツ思想の専門家による多岐にわたる内容を配した。〔・・・〕この作曲家が西洋音楽の枠組みを超えて議論されてきた歴史的経緯や音楽学からのベートーヴェンとその作品へのアプローチ、そして現代の音楽家の思想に触れていただくことで、音楽と思想が交叉する瞬間の目撃者となっていただければと思う」(177頁)。次号は第一特集が「開かれたスコラ学(仮)」、第二特集が「政治哲学のフロンティア――分析系政治哲学と大陸系政治哲学をめぐって(仮)」と予告されています。

★トゥーゲントハット+ヴォルフ『論理哲学入門』は9日発売予定。原書は『Logisch-semantische Propädeutik〔論理学・意味論への序説〕』(Reclam, 1983)で、親本は晢書房より1993年刊行。訳者の鈴木さんによる「ちくま学芸文庫版への訳者あとがき」によれば、「今回の再版にあたっては、誤記や誤植のたぐいの訂正と、ごく一部の訳語の変更を除いて、旧版をそのまま踏襲した。〔・・・〕巻末の「参考文献一覧」については、一部補充してある」とのことです。目次は下段で列記しておきます。鈴木さんは本書の独創性について「まったく色褪せていない」として、以下の3点を挙げておられます。1)問題の核心が何か、そしてその問題についてどのような思考が紡がれてきたのかを説明する際の目配りの確かさ。2)主題の啓明における思索の徹底性。3)論述の平明さ。

序言
第1章 「論理学」とは何か
第2章 文、言明文、言明、判断
第3章 論理的含意と論理的真理――分析性とア・プリオリ性
第4章 矛盾律
第5章 伝統的論理学の基本性格――判断論と三段論法
第6章 単称文と一般文の構造に関する現代の考え方――論理的・意味論的形式と文法的形式
第7章 複合文
第8章 一般的名辞、概念、クラス
第9章 単称名辞
第10章 同一性
第11章 存在
第12章 存在〔ある〕、否定、肯定
第13章 真理
第14章 必然性と可能性
参考文献一覧
訳者あとがき
ちくま学芸文庫版への訳者あとがき

★洪大容『乾浄筆譚 1』は14日発売予定。東洋文庫の第860巻です。全2巻予定の第1巻で、帯文は以下の通り。「18世紀朝鮮時代の実学派儒者・洪大容が北京に赴き、中国の若き儒者たちと縦横無尽に語り合った筆談の記録。数奇な個性との出会いと、国境を越えた知識人の奔放な交友の記録」。第1巻では1766年正月30日までのごく短い前段と、2月1日~16日までの記録が収められています。地図、注、解説つき。2月16日に以下のような興味深いやりとりがあります(169~170頁参照、発言以外の部分は刈り込んであります)。注によれば金在行は当時49歳だったとのことで、会話に年輪がにじみ出ている気がします。

厳誠「貧乏し苦労する中で著述することも、まあまあ悪くはありません。それもだめなら、新でから名を残すより、いま一杯の酒をやった方がましです」
金在行「死んだあとは貴賤がありません。官位を獲得できなくても、本当のものが身についておれば不朽です。ただ(私は)本当のものが身についておりません」
潘庭筠「努力して著述すれば、自然と不朽になりますよ」
厳誠「きっと伝わります、きっと伝わりますよ」
金在行「不朽だからといって、何のいいところがありますか。死んでしまえば、一つの“虚”となるだけです。ですから私は養虚を自分の号としているのです。〔・・・〕文章は作るかもしれませんが、これも後世に伝えようとは思いません。とりあえず生前一杯の酒を楽しむことこそ、養虚の極意です」

★『徂徠集 序類 1』も14日発売予定。東洋文庫第877巻です。全2巻予定の第1巻。の帯文はこうです、「「序」とは書籍に対するもののほか、ある人物を祝ったり、その旅立ちに送る文章を指す。『徂徠集』収録の40点の成立順に配列、丹念に訳注を施し、古文辞学の生成過程をたどり直す」。第1巻には「秦君の五十を賀するの序」から「子和の三河に之きて書記を掌るに贈るの序」までの21篇を収録。第2巻には19篇が収められる予定です。1篇ごとに現代語訳、訳注、原文、書き下し、という順番の構成。以下では第14篇「雨顕允を送るの序」から少し引きます。

「不朽の事業として世の中の人々に重んじられるためには、詩にまさるものはありません。/孔子は「詩を学ばなければ、なにも言えない」と述べています。そもそも六経はすべて言葉であるのに、どうして孔子は詩だけを選んだのでしょうか。詩の教えは「温厚和平」にあって、その言葉は人情に従っていて、事の宜しきにかなっており、これを教化に用い、人々の習俗に施すことができ、比興、喩えや仮託といった表現は、こまやかであやをなしており、なごやかである〔・・・〕。「温厚和平」によって詩は作られているのですよ。そのため、詩は、上は宗廟・朝廷から下は庶民の住む村や街、内は閨房、外は諸侯の外交儀礼で用いられるのですが、[詩の表現は婉曲なので]これを口にしても罪に問われることはなく、これを聞いた人も怒ることがないのです。ひしひしと心に感じ、のびのびと楽しみ、すっきりと理解し、まるで大河の流れのような、止めることはできないのです。詩は、すぐれた言葉の第一だと言えるでしょう」(230~231頁)。

★東洋文庫次回配本は12月、『渡辺崋山書簡集』別所興一訳注、とのことです。
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by urag | 2016-11-06 22:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)