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2016年 12月 25日

注目文庫本と新刊単行本、さらに関連イベント情報

★ここ3ヶ月(10月~12月)の間に刊行された文庫新刊のうち、今まで取り上げていなかった書目を版元別に列記したいと思います。

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★まずはハヤカワ文庫。リチャード・ドーキンス『進化とは何か――ドーキンス博士の特別講義』(吉成真由美編訳、12月)は2014年12月に刊行された同名単行本の文庫かで、巻末には吉川浩満さんによる解説「危険で魅惑的な知的探求の旅」が加わっています。ドーキンスは単行本は多いものの、文庫本は『遺伝子の川』(垂水雄二訳、草思社文庫、2014年)に続いてやっと2冊目。なお来年2月にはドーキンスの自伝第2巻にして完結編『ささやかな知のロウソク(仮)』(垂水雄二訳)が単行本として早川書房より刊行予定とのことです。

★次に中公文庫。三島由紀夫『古典文学読本』(11月)は、『文章読本』『小説読本』に続く、同文庫の三島文学読本三部作の完結編。巻末の編集付記によれば本書は三島の「古典文学に関するエッセイを独自に編集し、雑誌「文藝文化」掲載の全評論、短篇小説「中世に於ける一殺人常習者の残せる哲学的日記の抜粋」を合わせて収録したもの」と。刊舞うtには富岡幸一郎さんによる解説「詩学の神風」が収められています。

★続いて岩波文庫。カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』(竹山博英訳、10月)は同作の既訳『キリストはエボリに止りぬ』(清水三郎治訳、岩波書店、1953年)以来の新訳。上村忠男さんによる詳細な読解本『カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まってしまった』を読む――ファシズム期イタリア南部農村の生活』(平凡社ライブラリー、2010年)も刊行されています。マルトゥレイ/ダ・ガルパ『ティラン・ロ・ブラン』(全4冊、田澤耕訳、既刊1~3、10~12月)はセルバンテスが愛読したという騎士道小説の古典で、第1巻にはバルガス=リョサによる日本語版への序文「「ティラン・ロ・ブラン」――境界のない小説」が置かれています。2007年の単行本の文庫化です。ルドルフ・シュタイナー『ニーチェ 自らの時代と闘う者』(高橋巌訳、12月)は、樋口純明訳『ルドルフ・シュタイナー著作全集(5)ニーチェ――同時代との闘争者』(人智学出版社、1981年)、西川隆範訳『ニーチェ――同時代への闘争者』(アルテ、2008年)に続く新訳。シュタイナーは文庫ではもっぱらちくま学芸文庫で読めるだけでしたが、岩波文庫の仲間入りをついに果たしたことに感慨を覚えます。

★講談社学芸文庫。ダーウィン『人間の由来(下)』(長谷川眞理子訳、10月)と『杜甫全詩訳注(四)』(下定雅弘・松原朗編、10月)はそれぞれ完結編。後者は全詩題索引や杜甫年譜を含め1100頁を超える大冊とはいえ、本体2,900円というお値段で、税込ではついに3,000円を越えました。ジャック・ラカン『テレヴィジオン』(藤田博史・片山文保訳、12月)は同名単行本(青土社、1992年)の文庫化。のっけからルビがとても多いあの訳書がどうなるのかと注目していましたが、基本そのままでした。某動画サイトでは本書の元となった実際の番組映像を見ることができますので、ルビが残っているのはこれはこれで良いのかもしれません。ヴェルナー・ゾンバルト『ブルジョワ――近代経済人の精神史』(金森誠也訳、12月)は同名単行本(中央公論社、1990年)の文庫化。本書より前のゾンバルトの文庫本はすべて金森さん訳で、講談社学術文庫より発売されています。『恋愛と贅沢と資本主義』2000年、『戦争と資本主義』2010年、『ユダヤ人と経済生活』2015年。

★ちくま学芸文庫。エトムント・フッサール『内的時間意識の現象学』(谷徹訳、12月)は、立松弘孝訳(みすず書房、1967年)以来の新訳。ちくま学芸文庫がフッサールの新訳に取り組んでおられるのは実に頭が下がることで、今後も継続して下さることを願うばかりです。アマルティア・セン『経済学と倫理学』(徳永澄憲・青山治城・松本保美訳、12月)は、『経済学の再生――道徳哲学への回帰』(麗澤大学出版会、2002年)の文庫化。センの著書は新書はあったものの文庫本は今回が初めて。今後増えることを期待したいです。エドモンズ/エーディナウ『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』(二木麻里訳、12月)は同名単行本(筑摩書房、2003年)の文庫化。ざっくり言って、議論にイライラしたウィトゲンシュタインをポパーが意地悪く煽る、という風にかつて私には見えていたエピソード(ドミニク・ルクール『ポパーとウィトゲンシュタイン』野崎次郎訳、国文社、1992年参照) の真相について追いかけた実に興味深い一冊。ポパーがウィトゲンシュタインに挑んだのは確かだとしても、彼が「火かき棒で脅さないこと」と言及したのはラッセルにたしなめられたウィトゲンシュタインが退室してからのことだったと知ることができたのは、どこかほっとさせるものがありました。

★最後に河出文庫。ヘーゲル『哲学史講義』(長谷川宏訳)は同講義第一部「ギリシャの哲学」第二篇「独断主義と懐疑主義」から第二部「中世の哲学」第三篇「学問の復興」までを収録した第Ⅲ巻が11月に、第三部「近代の哲学」を収録した第Ⅳ巻が12月に発売で、全4巻完結です。新刊ではありませんがセリーヌ『なしくずしの死』(上下巻、高坂和彦訳、2002年)が、丸善およびジュンク堂書店の限定復刊として、ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』中川五郎訳、長野まゆみ『野ばら』、松浦理恵子『親指Pの修業時代』上下巻、田中小実昌『ポロポロ』、金井美恵子『小春日和』などと一緒に10月末にリクエスト重版されたことは特筆しておきたいと思います。復刊されたと聞くと以前の版を持っていてもつい買ってしまいますが、今回セリーヌを買ったのは理由が二つありました。一つは、自分が傑作だと評価している作品を丸善やジュンク堂の書店員さんが高く評価しておられ、熱いコメントが帯文に掲載されていることです。丸善丸広百貨店飯能店の細川翼さんによる「これほどまでにおぞましい小説は、他に類をみない」というコメントはまさに『なしくずしの死』にふさわしい最上の誉め言葉です。この小説に描かれた社会のおぞましさは読者の肺腑を今なお鋭くえぐり、ますますアクチュアリティを増しているかのように思われます。物語の順番は前後しますが、本作の前に書かれた『夜の果てへの旅』(上下巻、生田耕作訳、中公文庫、1978年;改版2003年)で描かれた戦争の風景や退役軍人の苦悩もまた、フラッシュバックのように現代人の胸の内に繰り返し蘇ります。人間の愚かさがなくならない限り、セリーヌの作品もまた生き続けます。

★セリーヌ『なしくずしの死』を再度購入することになった二つ目の理由は、特に下巻の束幅の違いによります。分かりやすいように写真を撮っておきますが、下巻の2刷(2011年9月)と今回の3刷(2016年10月)では束幅が違うのです。2刷の方が厚い。頁数に変更はありません。おそらくたまたま何らかの事情で初刷より厚い本文紙を使ったために、2刷だけ束幅が広くなったのだろうと思われます。3刷では修正されています。こういうアクシデント(?)も時には愛おしいものです。なお上巻にはこうしたブレはありません。

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★また最近では以下の新刊との出会いがありました。

現代思想2017年1月号 特集=トランプ以後の世界』青土社、2016年12月、本体1,400円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1335-6
戦車に注目せよ――グデーリアン著作集』ハインツ・グデーリアン著、大木毅編訳・解説、田村尚也解説、作品社、2016年12月、本体5,500円、46判上製720頁、ISBN978-4-86182-610-8
テロルとゴジラ』笠井潔著、作品社、2016年12月、本体2,200円、46判並製320頁、ISBN978-4-86182-606-1
タブッキをめぐる九つの断章』和田忠彦著、共和国、2016年12月、本体2,400円、A4変型判上製216頁、ISBN978-4-907986-22-3  
重版未定――弱小出版社で本の編集をしていますの巻』川崎昌平著、河出書房新社、2016年11月、A5判並製232頁、ISBN978-4-309-27788-2

★『現代思想2017年1月号』は27日発売予定。収録されている討議や論考については誌名のリンク先をご覧ください。年始の特集号に相応しく読み応えのある寄稿陣となっています。翻訳ものではチョムスキーのインタヴューに始まり、バーニー・サンダースとスパイク・リーの対談、コーネル・ウェスト、マイク・デイヴィス、マイケル・ハート+サンドロ・メッザードラ、ヴィジャイ・プラシャドらのテクストを読むことができます。なお、青土社さんの『現代思想』1973年1月創刊号「特集*現代思想の総展望」と『ユリイカ』1969年7月創刊号が、プリント・オン・デマンド(POD)としてアマゾン・ジャパンより購入可能となっています。これはアマゾン・ジャパンで行われている「プリント・オン・デマンド(POD) 創刊号・復刻版特集」への出品だそうです。古書で所有していてもつい買いたくなりますね。

★なお、今月発売の「情況」誌2016年第3号でも「トランプ・ショック」という特集が組まれています。第二特集は「16年テーゼ」。寄稿者は、高野孟、白井聡、丸川哲史、山の手緑、渋谷要、森元斎、栗原康、矢部史郎、ほか。

★グデーリアン『戦車に注目せよ』と、笠井潔『テロルとゴジラ』はともに22日取次搬入済。『戦車に注目せよ』は田村尚也さんによる解説「各国軍の戦車と機械化部隊について」によれば、本書は「第二次世界大戦前からドイツ軍の装甲部隊の発展に力を注ぎ、「ドイツ装甲部隊の父」とも言われるハインツ・グデーリアン将軍〔Heinz Wilhelm Guderian, 1888-1954〕が。第二次大戦前の1937年に出版した著書『戦車に注目せよ〔Achtung Panzer〕!』と、戦後に書かれたものを含むいくつかの短文を訳出し、一冊にまとめたものである。このうち、『戦車に注目せよ!』は、第一次世界大戦中の戦闘の様相の変化、その中でもとくに戦車部隊の先述の分析を踏まえて、ドイツ軍の装甲部隊が採用すべき戦術や装備、編制などについて論じたものだ」(681頁)とのこと。グデーリアンはこれまで回想録については訳書が刊行されたことがありますが(『電撃戦――グデーリアン回想録』本郷健訳、フジ出版社、1974年;上下巻、中央公論新社、1999年)、主著をはじめとする理論書がまとまって訳されるのは本書が初めてです。帯文に曰く「戦争を変えた伝説の書
電撃戦の立役者が自ら記した組織革新(イノヴェーション)の要諦。名のみ知られていた幻の書ついに完訳。ほかに旧陸軍訳の諸論文と戦後の論考、刊行当時のオリジナル全図版収録」。主要目次は以下の通り。

戦車に注目せよ!(1937年)
 序文
 著者序
 1914年 いかにして陣地戦に陥ったか
 1915年 不十分な手段を以って
 戦車の発生
 新兵科の誕生
 ヴェルサイユの強制
 大戦後の外国における発展
 ドイツの自動車戦闘部隊
 装甲部隊の生活
 装甲部隊の戦法と他兵科との協同
 現代戦争論
 結論
 参考文献一覧
戦車部隊と他兵科の協同(1937年)
 第三版への序文
 一般的観察
 世界大戦における発展
 大戦後の発展
 装甲捜索団隊
 戦闘に任じる装甲部隊
 他兵科との協同
 最近の戦争による教訓
 結論
「機械化」 機械化概観(1935年)
快速部隊の今昔(1939年)
近代戦に於けるモーターと馬(1940年)
西欧は防衛し得るか?(1950年)
 序文
 一、前史
 二、西欧列強の過てる決定
 三、火元はいたるところに在る
 四、ヨーロッパの軍事力
 五、同盟の意義
 六、合衆国の影響
 七、権利と自由をめぐって
 八、認識と行動?
 九、アフリカ、
 一〇、結論
そうはいかない! 西ドイツの姿勢に関する論考(1951年)
 序文
 一、近代の戦争遂行における空間と時間
 二、今日の戦争の本質
 三、ヨーロッパ国防地理学について
 四、若干の戦時ポテンシャル
 五、軍事同盟国か、外人部隊か?
 六、そして、われわれは?
 七、アイゼンハワー
 結語
解説1 各国軍の戦車と機械化部隊について(田村尚也)
解説2 彼自身の言葉で知るグデーリアン(大木毅)

★笠井潔『テロルとゴジラ』は帯文に曰く「半世紀を経て、ゴジラは、なぜ、東京を破壊しに戻ってきたのか? 世界戦争、大量死、例外社会、群集の救世主、行動的ニヒリズム、トランプ……「シン・ゴジラ」を問う表題作をはじめ、小説、映画、アニメなどの21世紀的文化表層の思想と政治を論じる著者最新論集」。あとがきにはこうあります、「小説や映画やアニメなどの文化表象関連と政治論を含む社会思想関連の文章を集めた評論集だ。こうした種類の著作を、私は『黙示録的情熱と死』〔作品社、1994年〕のあと20年以上も出していない」(315頁)。2010年代に発表された論考を中心に、表題作の書き下ろし評論を含め、全4部構成となっています。目次構成は以下の通り。巻末の初出一覧に従い、各論考の初出年も示しておきます。

第Ⅰ部
テロルとゴジラ――〈本土決戦〉の想像的回帰としての(書き下ろし)
3・11とゴジラ/大和/原子力(2011年)
セカイ系と例外状態(2009年)
群衆の救世主〔セレソン〕――『東のエデン』とロストジェネレーション(2010年)
第Ⅱ部
デモ/蜂起の新たな時代(2012年)
「終戦国家」日本と新排外主義(2013年)
シャルリ・エブド事件と世界内戦(2015年)
第Ⅲ部
「歴史」化される60年代ラディカリズム(2009年)
大審問官とキリスト(2012年)
永田洋子の死(2011年)
吉本隆明の死(2012年)
第Ⅳ部
ラディカルな自由主義の哲学的前提(1996年)
あとがき

★なお、作品社さんでは27日取次搬入で、藤田直哉『シン・ゴジラ論』という新刊をリリースされることになっています。笠井さんの『テロルとゴジラ』と、藤田さんの『シン・ゴジラ論』の刊行を記念して、以下の通りトークイベントが行われるとのことです。お二人は対談集『文化亡国論』(響文社、2015年)を昨年上梓されています。

◎笠井潔×藤田直哉「ゴジラの戦後、シン・ゴジラの震災後

日時:2017年1月17日 (火) 19時00分~(開場:18時30分)
会場:八重洲ブックセンター本店 8F ギャラリー
定員:80名(申し込み先着順) 
申込方法:1階カウンターにて参加対象書籍『テロルとゴジラ』もしくは『シン・ゴジラ論』のいずれかをお買い上げの方に、参加整理券を差し上げます。お電話でのご予約の場合、当日ご来店いただいて書籍をご購入いただきます(電話03-3281-8201)。なお整理券1枚につき、お1人のご入場とさせていただきます。

内容:庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』は、東日本大震災に対するひとつの回答であった。日本が蒙った巨大な災禍を理解する象徴として「怪獣」を用いた初代『ゴジラ』の精神を受け継いだ傑作であるとの世評が高い。核兵器、第二次世界大戦、その死者たち、戦後に生まれ変わらなければならなかった日本社会の心理的屈折を引き受けたゴジラ。ゴジラは、東日本大震災という、津波と原発事故を巻き起こした巨大な災禍を引き受けて、どう変わったのか。ゴジラを通して戦後日本社会の連続と断層を語る。2016年という、震災から5年経った年に『シン・ゴジラ』や『君の名は。』のように、震災をエンターテイメントとして昇華する作品が成功したということの意義を踏まえたうえで、トランプ以降のアメリカと世界、サブカルと政治、そして2017年、この国の未来を語る。※トークショー終了後、笠井潔さん、藤田直哉さんのサイン会を実施いたします。

★和田忠彦『タブッキをめぐる九つの断章』は発売済。くぼたのぞみ『鏡のなかのボードレール』、ラクーザ『ラングザマー』に続くシリーズ「境界の文学」の第3弾です。タブッキ(Antonio Tabucchi, 1943-2012)の訳書に解説やあとがきとして書いたものを中心に、追悼文や書き下ろしを加えて一冊にまとめたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。タブッキの短篇「元気で」(『絵のある物語』より)や、タブッキへのインタヴュー「物語の水平線」(1997年)も併載されています。投込栞の「共和国急使」第13号によれば、今年共和国さんは新装版1点を含む新刊12点を出版されたとのこと。ひとり出版社としてはなかなかたいへんなペースです。今後も年間10点を維持できればいい、とも。共和国さんのご苦労については、下段でご紹介するトークイベントでも語られることでしょう。

★川崎昌平『重版未定』は発売済ですでに重版したとのこと。「DOTPLACE」でのウェブ連載が一冊となったもので(その後も継続連載中)、小規模出版社の現実を淡々と、分かりやすく描いておられるマンガです。大手版元よりも個性的な出版社での仕事を目指したい学生さんにとって必読なだけでなく、同業者にとっても自分を振り返る上で良いきっかけになると思います。同業者一人ひとりにとっては本書で描かれているエピソードとはまた別の体験を持っているわけですが、それらがすべて一冊の本に結実するわけではありません。大半は語られず知られないまま埋もれていきます。そんななか本書が生まれたのは、著者が編集者であると同時に著述家、大学非常勤講師、同人誌作家でもあるという複合的な視点と立場が可能にした賜物ではないかと思います。先日もご紹介しましたが、著者のお話を直接聞ける機会が以下の通りありますので、お時間のある方はどうぞお越し下さい。

◎川崎昌平×下平尾直×小林浩「小さな出版社と編集者の大きな夢」――『重版未定』重版出来記念

内容:川崎昌平さんによる『重版未定』が、河出書房新社から発売され、このたび重版出来が決定しました! 編集者とは何か? 出版社とは何のためにあるのか? 弱小出版社に勤務する編集者を主人公に描いた、出版文化を深く考えるためのブラック・コメディ『重版未定』。このたびB&Bでは、『重版未定』の重版出来を記念してイベントを開催します。お相手にお迎えするのは、共和国の下平尾直さんと、月曜社の小林浩さん。現実に存在する「小さな出版社」で働く編集者たちは、今、どんな問題点や可能性を考えているのか? 出版の未来に何を見るのか? 2016年の総括と、2017年への期待も含め、大いに語り合っていただきます。どうぞお楽しみに!

出演:川崎昌平(作家、編集者)、下平尾直(共和国)、小林浩(月曜社)
時間:20:00~22:00 (19:30開場)
場所:本屋B&B 世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F
入場料:1500yen + 1 drink order

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by urag | 2016-12-25 23:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 18日

注目新刊:『アントニー・ブラント伝』中央公論新社、ほか

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★風邪をひいて頭がぼんやりしています。今回は簡略なご紹介にて失礼します。まずは発売済の注目新刊から。

『ゲンロン4 現代日本の批評Ⅲ』東浩紀編、ゲンロン、2016年12月、本体2,400円、A5版並製350頁+E19頁、ISBN978-4-907188-19-1
弁論家の教育4』クインティリアヌス著、森谷宇一・戸高和弘・伊達立晶・吉田俊一郎訳、京都大学学術出版会:西洋古典叢書、2016年12月、本体3,400円、四六変判上製328頁、ISBN978-4-8140-0034-0
トマス・アクィナス『ヨブ記註解』』保井亮人訳、知泉書館、2016年11月、本体6,400円、新書判上製706頁、ISBN978-4-86285-243-4
『コモン・フェイス――宗教的なるもの』ジョン・デューイ著、髙徳忍訳、柘植書房新社、2016年12月、本体2,500円、46判並製272頁、ISBN978-4-8068-0683-7

★『ゲンロン4』では特集「現代日本の批評」が完結。完結記念に収録された、浅田彰さんの長編インタヴュー「マルクスから(ゴルバチョフを経て)カントへ――戦後啓蒙の果てに」(聞き手=東浩紀)が目を惹きます。東さんの率直な問いかけの数々に浅田さんが率直に応答されており、浅田さんの半生が垣間見えるものともなっています。東さんの巻頭言「批評という病」によれば『ゲンロン0 観光客の哲学』の刊行がいよいよ近づいているようです。次号となる5号は3月刊行予定、特集名は「幽霊的身体(仮)」となっています。

★『弁論家の教育4』は本邦初完訳となる「Institutionis Oratoriae」全12巻を5巻の訳書に分割して収録する、その第4巻。原著第9巻および第10巻を収録しています。「よく書き、よく話すには、多く読み、多く聞くべし。弁論術を養うための読書指南」(帯文より)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★『トマス・アクィナス『ヨブ記註解』』は「Expositio Super Iob Ad Litteram」の翻訳。新書サイズに横組という珍しい造本で、ほぼ同時期に刊行された同館の『哲学中辞典』と同じ体裁です。半年前には対照的な大判本(B5判)の『ヘーゲルハンドブック――生涯・作品・学派』を刊行されており、内容に応じて様々な器を用意される柔軟性を感じます。

★『コモン・フェイス』は「A Common Faith」(Yale University Press, 1934)の訳書。既訳には、岸本英夫訳『誰れでもの信仰――デュウイー『宗教論』』(春秋社、1956年)、河村望訳『共同の信仰』(『デューイ=ミード著作集(11)自由と文化/共同の信仰』所収、人間の科学新社、2002年)、栗田修訳『人類共通の信仰』(晃洋書房、2011年)があります。「宗教対宗教的なるもの」「信仰とその対象」「宗教的効用の人間的居場所」の全3章。巻末に訳者による長編解説が付されています。

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★このほか最近では以下の書籍との出会いがありました。いずれも発売済です。

アントニー・ブラント伝』ミランダ・カーター著、桑子利男訳、中央公論新社、2016年12月、本体5,000円、A5判上製598頁、ISBN978-4-12-004771-8
シベリア抑留――スターリン独裁下、「収容所群島」の実像』富田武著、中央公論新社、2016年12月、本体860円、新書判並製288頁、ISBN978-4-12-102411-4
死を想え――『九相詩』と『一休骸骨』』今西祐一郎著、平凡社:ブックレット〈書物をひらく〉、2016年12月、本体1,000円、A5判並製90頁、ISBN978-4-582-36441-5
漢字・カタカナ・ひらがな――表記の思想』入口敦志著、平凡社:ブックレット〈書物をひらく〉、2016年12月、A5判並製90頁、ISBN978-4-582-36442-2
漱石の読みかた――『明暗』と漢籍』野網摩利子著、平凡社:ブックレット〈書物をひらく〉、2016年12月、A5判並製84頁、ISBN978-4-582-36443-9

★カーター『アントニー・ブラント伝』は「Anthony Blunt: His Lives」(Macmillan, 2001)の訳書。ソ連のスパイ「ケンブリッジ・ファイヴ」の一人だったイギリスの美術史家に光を当て、複数の文学賞を受賞した評伝大作です。イギリスの歴史家であり作家のミランダ・カーター(Miranda Carter, 1965-)のデビュー作で、いくつもの顔を持っていたアントニー・ブラント(アンソニーとも。Anthony Blunt, 1907-1983)の素顔に迫っています。ブラントの美術評論には『イタリアの美術』(中森義宗訳、SD選書:鹿島出版会、1968年)や、『ピカソ〈ゲルニカ〉の誕生』(荒井信一訳、みすず書房、1981年)、『ウィリアム・ブレイクの芸術』(岡崎康一訳、晶文社、1982年)などがあります。『イタリアの美術』のみ、今なお新刊で購入可能です。

★富田武『シベリア抑留』はカバーソデ紹介文に曰く「第2次世界大戦の結果、ドイツや日本など400万人以上の将兵、数十万人の民間人が、ソ連領内や北朝鮮などのソ連管理地域に抑留され、「賠償」を名目に労働を強制された。いわゆるシベリア抑留である。これはスターリン独裁下、主に政治犯を扱った矯正労働収容所がモデルの非人道的システムであり、多くの悲劇を生む。本書はその起源から、ドイツ軍捕虜、そして日本人が被った10年に及ぶ抑留の実態を詳述、その全貌を描く」と。主要目次は以下の通りです。序章「矯正労働収容所という起源」、第1章「二〇〇万余のドイツ軍捕虜――新客の「人的賠償」、第2章「満州から移送された日本軍捕虜――ソ連・モンゴル抑留」、第3章「現地抑留」された日本人――忘却の南樺太・北朝鮮」、終章「歴史としての「シベリア抑留」の全体像へ」。著者は3年前に人文書院より『シベリア抑留者たちの戦後――冷戦下の世論と運動 1945-56』を刊行されています。

★『死を想え』『漢字・カタカナ・ひらがな』『漱石の読みかた』の3点は平凡社さんの新シリーズ「ブックレット〈書物をひらく〉」の初回配本。巻末の「発刊の辞」によれば、同シリーズは国文学研究資料館の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(歴史的典籍NW事業)の研究成果を発信するものだそうです。いずれも興味深いテーマばかりで、図版も多数の、楽しいシリーズとなりそうです。
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by urag | 2016-12-18 15:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 11日

まもなく発売:篠原雅武『複数性のエコロジー』、稲葉振一郎『宇宙倫理学入門』、など

★まもなく発売となる、注目の近刊書を列記します。年の瀬だけあって、注目作が目白押しです。毎年恒例の「紀伊國屋じんぶん大賞2017」は、2015年12月~2016年11月末までに刊行された人文書が対象ですでに12月6日(火)で投票を締め切っていますので(発表は2月上旬予定)、以下の書籍は2018年の選考対象となるのですね。12月刊行分が次年度の選考対象になるのは「新書大賞」と同じで仕方ないことですが、率直な感想を言うと、編集者も書き手も年内刊行を目指して頑張るわけなので、年末にはそれなりに力作が揃うようになります。賞をあげるなら、12月で締めて、翌年1~2月でじっくり投票・選考して3月下旬に発表、新年度である4月からフェア展開、という方が望ましいような気もします。まあ新年度は何かと書店さんは忙しいので去年のことなんざもう構っているヒマはない、となるのが現実でしょうけれど、以下にご紹介する篠原さんや稲葉さんの新刊は大賞候補になっても不思議ではない本なので、翌々年に発表される頃には「けっこう前に発売した本」という印象を抱かれがちではあります。どの時期で区切ろうと同じような問題は起きうるとはいえ、年末の注目作を見逃すな、という作り手の側の思いは残るところです。

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複数性のエコロジー――人間ならざるものの環境哲学』篠原雅武著、以文社、2016年12月、本体2,600円、四六判上製320頁、ISBN978-4-7531-0335-5
宇宙倫理学入門――人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?』稲葉振一郎著、ナカニシヤ出版、2016年12月、本体2,500円、4-6判上製272頁、ISBN978-4-7795-1122-6
『破壊 ― HAPAX6』夜光社、2016年12月、本体1,300円、四六判変形並製204頁、ISBN978-4-906944-11-8
吉本隆明と『共同幻想論』』山本哲士著、晶文社、2016年12月、本体4,500円、A5判上製546頁、ISBN978-4-7949-6947-7

★篠原雅武『複数性のエコロジー』は12日頃発売。篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さんは大阪大学大学院特任准教授(2017年3月まで)。本書はイギリスの哲学者ティモシー・モートン(Timothy Bloxam Morton, 1968-)のエコロジー思考と環境哲学を紹介する入門書でもありつつ、篠原さんの日常生活から生まれた問題意識の来歴および現在がそこにどう交差しているかが窺えて、お勉強臭くない、思わず惹きこまれるアクチュアルな五冊となっています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻末には2016年8月18日から20日にかけてライス大学のモートン研究室で行われたインタヴューの記録が「ティモシー・モートン・インタビュー2016」(277~304頁)が併載されています。今後翻訳も増えていくであろうモートンさんについては、ブログ「Ecology without nature」やYouTubeでの彼の公式チャンネルをご参照ください。

★なお、篠原さんがモートンさんをはじめ、中村隆之さん、小泉義之さん、藤原辰史さん、千葉雅也さんらと対談した新著『現代思想の転換2017――知のエッジをめぐる五つの対話』が人文書院から来月下旬に刊行される予定だそうです。『複数性のエコロジー』とともに、要チェックではないかと思います。

★稲葉振一郎『宇宙倫理学入門』は23日頃発売。稲葉振一郎(いなば・しんいちろう:1963-)さんは明治学院大学教授。帯文を借りると本書は「宇宙開発は公的に行われるべきか、倫理的に許容されるスペース・コロニーとはどのようなものか、自律型宇宙探査ロボットは正当化できるか――宇宙開発のもたらす哲学的倫理的インパクトについて考察する、初の宇宙倫理学入門!」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。宇宙植民を考えることは、それを支える技術(生命医療技術、ヒューマン・エンハンスメント、ロボット、人工知能)の考察とも切り離せないことを本書は教えてくれます。テレビ番組「やりすぎ都市伝説」での関暁夫さんの予告的紹介により思いがけず今後読者層を広げる可能性があるかもしれないスウェーデン出身の哲学者ニック・ボストロム(Nick Bostrom, 1973-)についても幾度となく言及されており、哲学や倫理学とは縁がなかった読者層でもこの分野(ポストヒューマン/トランスヒューマン)への関心が高まってほしいと期待するばかりです。

★『破壊 ― HAPAX6』は15日頃発売。収録テクスト10篇については誌名のリンク先をご覧ください。今回もエッジの効いた粒揃いの内容で、鈴木創士さんの詩篇「帝国は滅ぶ」に始まり、フランスにおける労働法改悪反対運動をめぐる『ランディマタン』誌の二つのテクスト、さらに、ティクーン、ライナー・シュールマン、ジョン・クレッグらの翻訳や、『大学生詩を撒く』鎧ヶ淵支部、森元斎、友常勉、鼠研究会の各氏の寄稿が読めます。特にライナー・シュールマン(Reiner Schürmann, 1941-1993)の「アナーキーな主体として自己を自律的に形成する(抄)」(HAPAX訳、93-107頁)は思いがけない年末の贈り物でした。底本はおそらく、『PRAXIS International』誌第3号(1986年、294~310頁)かと思われます。

★シュールマンと言えば、卓抜なエックハルト論『マイスター・エックハルトと彷徨の喜悦』(1972年)やハイデガー論『アナーキーの原理――ハイデガーと行為の問い』(1982年)、ジェラール・グラネル編の遺作『破壊されたヘゲモニー』などの著書で知られ、アムステルダムに生まれフランスや米国で活躍し、惜しくもエイズで早世した神父であり、ドイツ系哲学者です。翻訳を久しぶりに読めることは驚きですらあります。既訳テクストには以下のものがあったかと記憶しています。「道の大家、マイスター・エックハルト」(「神学ダイジェスト」23号、上智大学神学部神学ダイジェスト研究会、1971年9月、4~12頁)、「ハイデッガーをいかに読むか」(「創文」256号、創文社、1985年6月、18~20頁)、「自然法則と裸の自然――マイスター・エックハルトにおける思惟の経験について」(『明日への提言――京都禅シンポ論集』天竜寺国際総合研修所、1999年3月、369~408頁)。

★山本哲士『吉本隆明と『共同幻想論』』は17日頃発売。山本さんは先月、600頁を超える大著『フーコー国家論――統治性と権力/真理』(文化科学高等研究院出版局、2016年11月)を上梓されたばかり。山本さんが編集長を務めておられると聞く文化科学高等研究院出版局ではご承知の通り、吉本さんの『心的現象論』(愛蔵版:序説+本論、文化科学高等研究院出版局、2008年;普及版:本論、文化科学高等研究院出版局、2008年)、『思想の機軸とわが軌跡』(文化科学高等研究院出版局、2015年)などを刊行されており、吉本さんと山本さんの対談集『思想を読む 世界を読む』(文化科学高等研究院出版局、2015年)もあります。

★『吉本隆明と『共同幻想論』』の帯文はこうです、「なぜ今、吉本隆明の思想が必要なのか? 主著のひとつである『共同幻想論』を手がかりに、高度資本主義の変貌をつかみとり、「吉本思想」のエッセンスと現在性を伝える渾身の一冊。共同幻想国家論の構築へ――」。あとがきの最後で山本さんはこう述べておられます。「吉本思想の深みは、あらためて直面してみるとやはり並大抵ではないということです。同時に、『フーコー国家論』、『ブルデュー国家論』を共同幻想概念をもちこんで、明証化しました。この三部作で、マルクス主義的国家論を脱出する閾と通道が明示しえたとおもいます」(543頁)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『ブルデュー国家論』は続刊書かと思われます。なお、晶文社版『吉本隆明全集』は来月刊行予定の第3巻(1951-1953:日時計篇(下)/「日時計篇」以後/ほか)でもって第Ⅰ期全12巻完結とのことです。山本さんが詳細に論じられた『共同幻想論』は第10巻に収められています。

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★次に発売済の注目新刊をご紹介します。

十年後のこと』東浩紀ほか著、河出書房新社、2016年11月、本体1,600円、46判上製224頁、ISBN978-4-309-02519-3
現代思想2017年1月臨時増刊号 総特集=九鬼周造 -偶然・いき・時間-』青土社、2016年12月、本体1,800円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1334-9
渡辺崋山書簡集』渡辺崋山著、別所興一訳注、東洋文庫、2016年12月、本体3,300円、B6変判上製函入496頁、ISBN978-4-582-80878-0 
地獄大図鑑 復刻版』木谷恭介著、復刊ドットコム、2016年12月、本体4,250円、B6判上製176頁、ISBN978-4-8354-5437-5

★『十年後のこと』は「文藝」誌2014年秋号と2016年秋号からまとめられた掌篇小説アンソロジー。帯文に曰く「明日を想像する人へ、35人の作家が想像する35の物語」と。収録作品については書名のリンク先をご覧ください。漫画家の方の作品も収められていますが、漫画ではなく活字ものです。人文系の書き手では東浩紀さんの「時よ止まれ」(初出「文藝」2014年秋号)を収録。封筒の中身、確かに読むのは辛いですけれど、読まずにはいられない気もします。

★『現代思想2017年1月臨時増刊号 総特集=九鬼周造』では、松岡正剛「面影と偶然性」、山内志朗「九鬼周造とスコラ哲学」、千葉雅也「此性をもつ無――メイヤスーから九鬼周造へ」、檜垣立哉「偶然性と永遠の今――現在性をめぐる九鬼と西田」、合田正人「九鬼周造の戦争――民族(フォルク)幻想とリズム」、ほか9篇の論考と討議1本を収録し、巻末には主要著作ガイドを配しています。九鬼の文庫新刊は今年、岩波文庫から2月に『時間論 他二篇』、8月に『人間と実存』が出ました。

★『渡辺崋山書簡集』は東洋文庫の第878番。年代順に、1831年9月~1837年12月「田原藩政復興と画作の抱負」、1836年12月~1839年3月「西洋事情への開眼と藩政改革の構想」、1839年5月~9月「蛮社の獄中期の苦悩」、1840年1月~12月「田原蟄居と新生の決意」、1841年1月~10月および遺書「再起の断念と自死への道」の全五部で、各書簡の現代語訳のあと部末に訳注と解説、原文は巻末にまとめるという構成。凡例によれば、底本は日本図書センター版『渡辺崋山集』の第3巻と4巻(1999年)。底本にない田原市博物館所蔵の書簡一通が新たに加えられています。訳注者の別所さんは巻頭の「はじめに」で「一国の利害を超えた“人の道”の尊重を訴えた崋山の言説は、今日も見直す価値がある」(8頁)としたためておられます。東洋文庫次回配本は1月、『乾浄筆譚2』と『徂徠集 序類2』とのことです。

★木谷恭介『地獄大図鑑 復刻版』は、復刊ドットコムによるジャガーバックスシリーズ復刻の第5弾です。1975年当時の値段に比べれば恐ろしく高いですが、それでも古書を買うよりかはお得です。主要目次は以下の通り。「日本八大地獄――地獄のきわめつけ」「地獄への道――死者のたどる道は?」「死者の国――昔の人はこう考えた」「東洋の地獄――日本の地獄のみなもと」「キリスト教の地獄――ダンテによる集大成」「世界の地獄――各国の地獄をめぐる」「大ゆかいまんが 地獄に落ちた三人」「巻末特別ふろく 最新版地獄案内」。ページサンプルは書名のリンク先でご覧になれます。予約特典はオリジナル「2017地獄カレンダー」(A3サイズ・四つ折)で、おどろおどろしい赤黒い絵に「まさに地獄。」という文字が躍るシュールなものとなっています。

★なお、復刊ドットコムによるジャガーバックスシリーズ復刻の次弾は2月中旬刊、中西立太著/小林源文イラスト『壮烈! ドイツ機甲軍団 復刻版』だそうです。本体3,700円、予約特典はオリジナルポストカード。今までのラインナップとジャンルが違いますから売れ方も異なるのだろうと思われます。
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by urag | 2016-12-11 21:38 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 12月 04日

注目新刊:コスロカヴァール『世界はなぜ過激化するのか?』、など

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世界はなぜ過激化(ラディカリザシオン)するのか?――歴史・現在・未来』ファラッド・コスロカヴァール著、藤原書店、2016年12月、本体2,800円、四六上製272頁、ISBN978-4-86578-101-4

★発売済。原書は『Radicalisation』(Les Éditions de la Maison des sciences de l'homme, 2014)です。著者のファラッド・コスロカヴァール(Farhad Khosrokhavar, 1948-)はテヘラン生まれの社会学者で、フランスとイランの国籍を有しており、現在はフランスの社会科学高等研究所(EHESS)の教授でいらっしゃいます。既訳書に『なぜ自爆攻撃なのか――イスラムの新しい殉教者たち』(早良哲夫訳、青灯社、2010年6月;著者名表記は「ファルハド・ホスロハヴァル」)があり、今回の新刊は日本語訳第二弾です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には〈日本語版 特別インタビュー〉として「過激ジハード主義テロの本質にあるもの」が置かれています。ここでコスロカヴァールは日本に「先進国として日本が新しい移民政策モデルをつくり上げてほしい」(31頁)として「選択的な移民政策」をごく簡潔に提言されています。本論で著者は「西欧でジハード主義者の人集めが行われていない国はない」(231頁)とさる情報筋の話を特記しています。実際のところ日本ももはや例外ではなく、ラディカリザシオン=過激化現象について深く学ぶべき時が到来していると言えます。

Farhad Khosrokhavar - Radicalisation et mal démocratique (2016, France Culture)

Farhad Khosrokhavar - Hors-champs (France Culture)

Farhad Khosrokhavar - " Les deux types de jihadismes européen "


★なお、藤原書店さんでは今月下旬、ドイツにおけるエジプト学の大御所ヤン・アスマン(Jan Assmann, 1938-)の代表作のひとつ、『エジプト人モーセ――ある記憶痕跡の解読』(安川晴基訳;原著1998年)を刊行する予定とのことです。『エジプト――初期高度文明の神学と信仰心』(吹田浩訳、関西大学出版部、1998年2月、品切)以来の訳書であり、要チェックかと思います。


私たちの“感情”と“欲望”は、いかに資本主義に偽造されているのか?――新自由主義社会における〈感情の構造〉』フレデリック・ロルドン著、杉村昌昭訳、作品社、2016年10月、本体2,400円、四六判上製284頁、ISBN978-4-86182-602-3

★発売済。原書は『La Société des affects : Pour un structuralisme des passions』(Seuil, 2013)です。著者のフレデリック・ロルドン(Frederic Lordon, 1962-)はフランスの経済学者・思想家。フランス国立科学研究センター(CNRS)および、ヨーロッパ社会学センター(CSE)の研究ディレクターで、最近ではパリの大衆抗議運動「Nuit debout(ニュイ・ドゥブ:夜、立ち上がれ)」における活躍が注目されています。既訳書『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか?──新自由主義社会における欲望と隷属』(杉村昌昭訳、作品社、2012年11月)があり、今回の新刊は日本語訳第二弾になります。巻頭には日本語版への序文として「「欲望」と「感情」を棚上げにしてきた人文・社会科学――“欲望”が制度的秩序を転覆する“力”ともなる」ではスピノザの東洋性(!)というイメージから語り起こし、スピノザ主義社会科学としての「感情の構造主義」(13頁)が示唆されています。ロルドンはネグリやバリバール以後、スピノザをもっとも先鋭的に政治哲学へと活用している一人として目が離せない存在になっています。巻末には訳者の杉村さんによる解説「ロルドンの活動と本書の思想的戦略について」に続き、付録としてロルドンによる痛烈なピケティ批判である「ピケティでもって“21世紀の資本”は安泰だ」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語電子版2015年4月号からの抜粋)が併載されています。

Lordon lance un appel à la révolte # Nuit Debout


Débat entre Frédéric Lordon et David Graeber : les Nuits debout doivent-elles rester sauvages ?


Lordon Piketty CSOJ 04/2015

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

用兵思想史入門』田村尚也著、作品社、2016年11月、本体2,800円、四六判上製352頁、ISBN978-4-86182-605-4
汚れた戦争』タルディ/ヴェルネ著、共和国、2016年12月、本体3,500円、A4変型判上製176頁、ISBN978-4-907986-13-1
沈黙の海へ』髙﨑紗弥香写真、アダチプレス、2016年11月、本体5,000円、B4変型判上製32頁、ISBN978-4-908251-05-4
引揚げ文学論序説――新たなポストコロニアルへ』朴裕河著、人文書院、2016年11月、本体2,400円、4-6han・上製210頁、ISBN978-4-409-16099-2
『加藤秀俊社会学選集()』加藤秀俊著、人文書院、2016年11月、本体各3,400円、4-6判上製314頁/330頁、ISBN978-4-409-24111-0/24112-7
うたごえの戦後史』河西秀哉著、人文書院、2016年10月、本体2,200円、4-6判上製204頁、ISBN978-4-409-52064-2

★田村尚也『用兵思想史入門』は発売済。本書の言う「用兵思想」とは「兵の用い方に関する思想」(1頁)であり、「戦争のやり方や軍隊の使い方に関するさまざまな概念の総称」と定義されています。「用兵思想の夜明け」「ローマの遺産」「封建制と絶対王政が生み出したもの」「ナポレオンと国民軍の衝撃」「産業革命とドイツ参謀本部」「海洋用兵思想の発展」「国家総力戦の現出」「諸兵科協同戦術の発展」「航空用兵思想の発展」「機甲用兵思想の発展」「ロシア・赤軍の用兵思想の発展」「アメリカ軍の原題用兵思想の発展」の全12章で、古代メソポタミアから現代アメリカの「エアランド・バトル」までを概観できます。田村さんは在野の軍事研究家で、近年ではアニメ『ガールズ&パンツァー』の軍事監修のほか、今春から陸上自衛隊幹部学校の技術高級過程の講師をお勤めだそうです。

★タルディ/ヴェルネ『汚れた戦争』はまもなく発売。先月刊行された『塹壕の戦争 1914-1918』に続く、共和国さんのタルディ第二作です。原書は『Putain de Guerre !』(Casterman, 2014)。訳者あとがきによれば、同作はまず2008年から2009年にかけて、タブロイド判6分冊で発行されたあとに2分冊のアルバムとして刊行され、その後本書の底本となる1巻本新装版が2014年に刊行された、とのことです。前半(第1部)は、ジャック・タルディが第一次大戦を描いた「汚れた戦争」で、後半(第2部)はジャン=ピエール・ヴェルネによる大戦をめぐる資料編「汚れた戦争全史 1914-1918」となっています。世界情勢があたかも大戦前夜のようにきな臭くなっているこんにち、100年前に起こった最悪の事態について何度でも学び直す必要があると思えます。共和国さんは今年、タルディの二作をはじめ、池田浩士『戦争に負けないための二〇章』や、藤原辰史編『第一次世界大戦を考える』などの新刊を刊行されており、その出版活動そのものが反戦のアクションとなっています。「この編集者を見よ」と言わずにはいられません。

★髙﨑紗弥香写真集『沈黙の海へ』は発売済。「初夏から晩秋にかけて御嶽山の山小屋で働きながら、撮影を続けている写真家」(版元紹介文より)だという髙﨑紗弥香(たかさき・さやか:1982-)さんの写真集第一作です。当ブログでの写真では小さく見えるかもしれませんが実際はB4変型判(279mm×406mm)というかなり大判な本で迫力があります。収録されているのは「2014年に行なった、日本海から太平洋を縦断する単独行において〔・・・〕新潟・親不知の海抜ゼロメートルを起点に、北アルプス→乗鞍岳→御嶽山→中央アルプス→南アルプス→最終地点の静岡・駿河湾へ至る43日間」の中で撮影されたもので、厳しい自然の表情は「日本の自然でありながら、まったく未知の場所に降り立ったかのような新鮮な印象を与えるもの」となっていると謳われています。サンプル写真は書名のリンク先をご覧ください。静けさの中に生と死が剥き出しのまま隣り合わせているような、美しさと厳しさを併せ持つ凄絶な写真群に圧倒されます。今月17日(土)まで、静岡県三島市のGALLERYエクリュの森にて写真集出版記念展「沈黙の海へ」が開催されています。

★朴裕河『引揚げ文学論序説』はまもなく発売。2008年から2016年に各誌や論集で発表されてきた「引揚げ文学」をめぐる論文を一冊にまとめたもの。「引揚げ文学」とは、前世紀における満州、朝鮮、中国から日本への帰国者の中で作家として活躍した人々のことを指しており、彼らは「帝国時代の記憶にこだわり続け〔・・・〕」多くは、引揚げ後も自らを「在日日本人」と認識し、自らの異邦人性を強く自覚していた。〔・・・〕青少年期までの時期をかの地で過ごした結果として、植民地や占領地以外には「故郷」がないと感じていたひとたち」(14頁)と著者は指摘しています。目次詳細や取り上げられている作家については書名のリンク先をご覧ください。

★「「引揚げ」関連手記や文学作品をひもといてまず気づくのは、これらの物語が、「日本」という主体の統合化に微細ながら決定的な亀裂を入れていることである。つまり、そこでは植民地の日常の記憶や、戦後日本への違和感とともに、植民地からもち帰った言葉や文化の「混交」の現場も語られていて、植民地・占領地返還後の「日本」がけっして単一の言葉・文化・血統を共有する「単一民族国家」ではありえなかったことが、そこからは見えてくる」(29頁)。「「引揚げ文学」は、「引揚げ」そのものの悲惨な記憶を忘却せんとする欲望に加えて、「帝国」政策の結果としての混血性を露わにし、新しいはずの「戦後日本」がほかならぬ「帝国後日本」でしかなかったことをつきつける存在でもあった」(30頁)というのが著者の分析です。

★また、あとがきでは次のように振り返っておられます。「『和解のために』『ナショナル・アイデンティティとジェンダー――漱石・文学・近代』『帝国の慰安婦』と、引揚げとは関係ない本をだしてきたが、『ナショナル・アイデンティティとジェンダー』にさえ、他者と出会う体験をさせる「移動」への関心が底辺にあった。ここ十余年の歳月は、まさに移動への関心とともにあったのである。特に『帝国の慰安婦』は、住み慣れた場所を離れることを余儀なくされ、「移動」させられる女性たちのことを書いたつもりである」(201~202頁)。「歴史は、ともすると観念化する」(204頁)という言葉は朴さんの研究における批判的姿勢をよく表しているように思えます。

★『加藤秀俊社会学選集(上/下)』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。版元さんの説明によれば、『加藤秀俊著作集』全12巻(中央公論社、1980~1981年)に含まれていない、「1995年以降の主要な論考を、若い世代の社会学者の意見も参考にしながらまとめた」もので、「各論考に、現在の考え、当時の思い出やこぼれ話といった「あとがき」を付」したもの、とのことです。白い紙に書家の石川九楊さんによる題字が印刷され、カバーには内容紹介文は一切記載されておらず、帯も付属しないという極めてシンプルな装丁です。人文書院さんのウェブサイトでは、竹内洋さんによる「加藤秀俊論」(『大衆の幻像』中央公論新社、2014年より転載)が掲出されており、加藤さんの立場を「非」論壇的で「非」左翼であるとする興味深い分析を読むことができます。

★河西秀哉『うたごえの戦後史』は発売済。著者の河西秀哉(かわにし・ひでや:1977-)さんは神戸女学院大学文学部准教授。これまで主にに戦後の天皇制をめぐる複数の著書を上梓しておられます。本書について「合唱は一緒に歌うことを通じて、参加者どうしの結びつきを強め、一体となる効用があると考えられた。そして、ともに歌うことで、一人ひとりが抱えていた問題が解消し、またそれぞれの生活に戻っていく。うたごえの戦後史は、それをどう思想的に位置づけ実践するのか、という模索であった」(196頁)と著者は終章で述べています。目次詳細や序章の立ち読みは書名のリンク先をご覧ください。

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by urag | 2016-12-04 21:42 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
2016年 12月 02日

注目新刊:ブランショ『終わりなき対話』

弊社出版物でお世話になっている著訳者の最近の出版物をご紹介します。

◆モーリス・ブランショさん(著書:『ブランショ政治論集』『書物の不在』『謎の男トマ』)
◆郷原佳以さん(共訳:『ブランショ政治論集』)

後期の代表作評論集のひとつ『終わりなき対話』(L'entretien infini, Gallimard, 1969)の訳書が三分冊で刊行開始となりました。三部構成がそのまま一冊ずつ出版されていくかたちで、今回発売された第Ⅰ巻が「複数性の言葉(エクリチュールの言葉)」、第Ⅱ巻が「限界-経験」で2017年3月刊行予定、第Ⅲ巻が「書物の不在(中性的なもの、断片的なもの)」で2017年7月刊行予定、と告知されています。第Ⅰ巻の翻訳の分担は巻頭の対話篇「終わりなき対話」が郷原さんによるもので、そのほかは湯浅さんと上田さんの共訳です。このお二人が訳者あとがきもお書きになっておられます。

終わりなき対話 Ⅰ 複数性の言葉(エクリチュールの言葉)
モーリス・ブランショ著 湯浅博雄/上田和彦/郷原佳以訳
筑摩書房 2016年11月 本体4,500円 A5判上製248頁 ISBN978-4-480-77551-1

カヴァー表1紹介文より:不可能と対峙せよ。20世紀文学史に屹立する孤高の名著、刊行開始。

目次:
はしがき
終わりなき対話
1 思考と不連続性の要請
2 このうえなく深い問い
 1
 2
 3
3 言葉を語ることは見ることではない
4 大いなる拒否
 1
 2 暗くてわからないものをいかにしてあらわにするか
5 未知なるものを知ること
6 言葉を保ち続ける
7 第三類の関係――地平のない人間
8 中断――リーマン面のうえにいるように
9 複数性の言葉
訳注
訳者あとがき

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by urag | 2016-12-02 12:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 27日

注目新刊:レヴィ=ストロースの再刊2点、ほか

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★今回は以下の3点の再刊書に注目したいと思います。

火あぶりにされたサンタクロース』クロード・レヴィ=ストロース著、中沢新一訳・解説、角川書店、2016年11月、本体1,800円、四六判上製124頁、ISBN978-4-04-400220-6
神話と意味』クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳、みすず書房、2016年11月、本体2,400円、四六判上製112頁、ISBN978-4-622-08591-1
心と身体/物質と記憶力――精神と身体の関係について』ベルクソン著、岡部聡夫訳、駿河台出版社、2016年11月、本体3,600円、B6判並製488頁、ISBN978-4-411-02241-7

★まずはレヴィ=ストロースの2点。『火あぶりにされたサンタクロース』は1995年にせりか書房から刊行されたものの新版で、巻頭に新たに置かれた「新版のための序文」によれば、「図版や写真や若干の表記を改めただけで、ほぼそのままのかたちで新しく出版し直す」とのことです。サルトルの依頼により「レ・タン・モデルヌ」誌77号(1952年3月)に寄稿された論考「Le Père Noël supplicié」の翻訳で、巻末にはせりか書房版と同様に、中沢さんの解説「クリスマスの贈与」が付されています。先述した新しい序文で中沢さんはこの論考について次のように紹介されています。「興味ふかい論文の中で、太陽の力が弱まる冬至をはさんでおこなわれた異教世界の死者儀礼が、どのようにしてキリスト教の祭りに組み入れられ、変形されていったかを、それまでにない斬新な着想にもとづいて明らかにしてみせている。とりわけ近代の資本主義化したヨーロッパが、いかにしてたくみにクリスマスを資本主義精神の表現者につくりかえていったかを、みごとに描き出してみせた。/資本主義という経済システムの深層には、「贈与」や「増殖」をめぐる人類のとてつもなく古い思考が埋め込まれている。クリスマスが図らずもそのことを露呈させる。つまりクリスマスとは、キリスト教的なヨーロッパが意識下に押し隠そうとした文明の「無意識」を、夢のようなしつらえをつうじて社会の表面に露呈させる、いささか不穏なおもむきをはらんだ祭りなのである。/レヴィ=ストロースはクリスマスのはらむその不穏なうごめきのようなものを、ヨーロッパ文明の本質をなす矛盾の表現と考えたのである」(2~3頁)。

★『神話と意味』は、1996年にみすずライブラリーの一冊として刊行されたものの新装版。再刊にあたって改訂があったのかどうかは特記されていませんが、訳者は1998年にお亡くなりになっています。原書は『Myth and Meaning』(University of Toronto Press, 1978; 2nd edition, Schocken Books, 1995)です。1977年12月にカナダのCBCラジオで放送された、神話をめぐる全5回の講話。帯文に曰く「ラジオでの講話を編集。『野生の思考』『神話論理』に対する質問に答える。率直かつ明快な、彼自身による入門書」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ウェンディ・ドニジャー(Wendy Doniger, 1940-)による「序」に付されたささやかな注でほのめかされている、レヴィ=ストロースとジーンズメーカーのリーヴァイ・ストラウス(レープ・シュトラウス)の「関係」については、どう理解するべきなのかよく分かりませんが、興味をそそられます。

★続いてベルクソンです。『心と身体/物質と記憶力』は、『物質と記憶――精神と身体の関係について』(駿河台出版社、1995年)の新版。巻末の「後記」によれば、旧版の「段落で見落としたところを補い、気づいた間違いは訂正し、また訳文もいくらか修正した」とのことです。また続けて「日本語として意味不明の訳文が、すべて誤訳であることはいうまでもない」ときっぱりとお書きになっておられ、その厳しいご姿勢に胸を打たれます。新版では新たに『精神的エネルギー』の第二論文「心と身体」の翻訳が掲載され、さらに巻末解説も一新されています。旧版では「脳と記憶――ベルクソンの失語論」(旧版345~362頁)と題されていましたが、新版では「自由な行為における記憶力と身体の関係について」(409~471頁)となっています。御参考までに新旧の訳者解説の詳細目次を以下に列記しておきます。旧版:Ⅰ「『物質と記憶』概観」、Ⅱ「局在論とその問題点」、Ⅲ「ベルクソンによる説明」、Ⅳ「形而上学の伝統的テーマについて」、後記。新版:第一部「記憶は脳のなかにある?」、第二部「心身関係――ベルクソンの場合」〔Ⅰ「記憶力の二つの形態について」、Ⅱ「再認の二つの形態について」、Ⅲ「イマージュの記憶から運動への移行について」〕、第三部「心脳関係――ペンフィルドの場合」、第四部「自由な行為と記憶力」、後記。なお、新版の刊行にあたって『物質と記憶』を『物質と記憶力』と改めたことについては、後記に「精神力の異名であるmémoireを「記憶力」あるいは「記憶力のはたらき」とし、souvenirを「記憶」あるいは「思い出」としたことによる」とお書きになっておられます。

★なお『物質と記憶』をめぐっては今月、注目すべき論文集が刊行されました。『ベルクソン『物質と記憶』を解剖する――現代知覚理論・時間論・心の哲学との接続』(平井靖史/藤田尚志/安孫子信編、書肆心水、2016年11月)。書名のリンク先で目次の閲覧と立ち読みができます。

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★このほか、最近では以下の書籍との出会いがありました。

ジャック・デリダと精神分析――耳・秘密・灰そして主権』守中高明著、岩波書店、2016年11月、本体2,900円、四六判上製256頁、ISBN978-4-00-061157-2
タイム・スリップの断崖で』絓秀実著、書肆子午線、2016年11月、本体2,300円、四六判並製312頁、ISBN978-4-908568-08-4
マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち』ロブ・デサール/スーザン・L・パーキンズ著、パトリシア・J・ウィン本文イラスト、斉藤隆央訳、紀伊國屋書店、2016年12月、本体2,000円、46判上製298頁、ISBN978-4-314-01144-0

★守中高明『ジャック・デリダと精神分析――耳・秘密・灰そして主権』は発売済。本書の企図について巻頭の序「「科学」の時代における精神分析」にはこう説明されています。「ジャック・デリダの思考とフロイトに始まる精神分析の思考をあらためて出会わせ、そのことを通して人間という謎に満ちた存在の全的理解が試されるいくつかの限界的場面にその知を向き合わせること、そして同時に、制度化され学としての体系性を手に入れる代償として精神分析が失ったものが何であるかを、デリダの思考を一種の触媒として明らかにすること、つまりは脱構築的読解の介入によって精神分析を変容させ、この知に新たな別種の射程をもたらすこと」(1頁)。序に続く本書の構成は以下の通りです。第Ⅰ部「耳について」〔第一章「脱構築と(しての)精神分析――不気味なもの」、第二章「ラカンを超えて――ファロス・翻訳・固有名」〕、第Ⅱ部「秘密について」〔第一章「告白という経験――フーコーからデリダへ」、第二章「埋葬された「罪=恥」の系譜学――クリプトをめぐって」〕、第Ⅲ部「灰について」〔第一章「終わりなき喪、不可能なる喪――アウシュヴィッツ以後の精神」、第二章「ヘーゲルによるアンティゴネー――『弔鐘』を読む」〕、第Ⅳ部「主権について」〔第一章「絶対的歓待の今日そして明日――精神分析の政治-倫理学」、第二章「来たるべき民主主義――主権・自己免疫・デモス」〕、註、あとがき。

★絓秀実『タイム・スリップの断崖で』は発売済。扶桑社の文芸誌「en-taxi」(2003年~2015年)の第5号(2004年春号)から休刊号となる第46号(2015年冬号)にかけて連載された時評「タイム・スリップの断崖で」に加筆訂正を加えたもの。帯文は以下の通りです、「小泉政権下でのイラク邦人人質事件から安保関連法案をめぐる国会前デモまで、そこに顕在化したリベラル・デモクラシーのリミット=断崖を照射する!」。奥付前の特記によれば、連載第一回目の「さらに、踏み越えられたエロティシズムの倫理――大西巨人の場合」は「文芸評論として書かれており、本書の時評集という性格から外れるため、これを収録しなかった」とのことです。また、絓さんが「本書最大の読みどころ」と絶賛されている、本書の10万字以上に及ぶという脚注は、長濱一眞さんによるものだそうです。

★デサール&パーキンズ『マイクロバイオームの世界』はまもなく発売。原書は『Welcome to the Microbiome: Getting to Know the Trillions of Bacteria and Other Microbes In, On, and Around You』(Yale University Press, 2015)です。訳者あとがきの文言を借りると、本書は「アメリカ自然史博物館で2015年11月から2016年8月まで開催されていた、マイクロバイオームをテーマとして展示会に合わせて制作されたものらしい。展示会はその後、アメリカ国内のみならず国外へもツアーをおこなう予定とのことなので、いずれ日本で開催されることもあるかもしれない」。同じく訳者あとがきによれば、マイクロバイオームとは「私たちの体の内部や表面のほか、家庭や学校などの生活の場のそれぞれに存在する微生物の集まり」であり、そうした微生物のもつ遺伝子の総体を指すこともあるとのことです。目次詳細や本書の概要については書名のリンク先をご覧ください。

★今夏に刊行されたアランナ・コリンによる『あなたの体は9割が細菌――微生物の生態系が崩れはじめた』(矢野真千子訳、河出書房新社、2016年8月)が話題を呼びましたが、この本が踏まえている議論こそが「ヒトマイクロバイオーム・プロジェクト」であり、その詳細を『マイクロバイオームの世界』が教えてくれます。マイクロバイオーム関連の新刊は今後もますます増えていくものと思われます。近年では理系や医学系の雑誌で幾度となく取り上げられてきましたし、マーティン・J・ブレイザー『失われてゆく、我々の内なる細菌』(山本太郎訳、みすず書房、2015年7月)や、今月刊行されたデイビッド・モントゴメリー/アン・ビクレー『土と内臓――微生物がつくる世界』(片岡夏実訳、築地書館、2016年11月)など、単行本も増えています。『現代思想』2016年6月臨時増刊号「総特集=微生物の世界――発酵食・エコロジー・腸内細菌」などもその引力圏にあると言えるかと思われます。文理の別を問わない越境的な問題群に切り込む重要な鍵として書店さんの店頭をにぎわせていくことでしょう。
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by urag | 2016-11-27 16:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 25日

注目新刊:『終わりなきデリダ』法政大学出版局

弊社出版物でお世話になっている著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

◆ジャック・デリダさん(著書『条件なき大学』)
◆西山雄二さん(訳書:デリダ『条件なき大学』、共訳:『ブランショ政治論集』)
◆宮崎裕助さん(共訳:ド・マン『盲目と洞察』)
◆渡名喜庸哲さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)
◆馬場智一さん(共訳:サラ-モランス『ソドム』)

脱構築研究会とハイデガー研究会、レヴィナス研究会の共催によるワークショップ「デリダ×ハイデガー×レヴィナス」(2014年10月11日、早稲田大学)、さらに脱構築研究会と日本サルトル学会との共催によるワークショップ「サルトル/デリダ」(2014年12月6日、立教大学)の成果が一冊にまとめられ、論文集『終わりなきデリダ』として法政大学出版局より刊行されました。第一部「デリダ×ハイデガー」、第二部「デリダ×サルトル」、第三部「デリダ×レヴィナス」の三部構成。詳しい書誌情報と目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

西山さんと渡名喜さんは編者を務められています。西山さんは総序である巻頭の「はじめに」を執筆されているほか、第二部にご発表「ポスト実存主義者としてのジャック・デリダ」が収められています。渡名喜さんは第三部に「序」をお寄せになっているほか、第三部にご発表「デリダはレヴィナス化したのか──「暴力と形而上学」から『最後のユダヤ人』まで」が収められています。デリダさんの講演録「出来事を語ることのある種の不可能な可能性」(9~41頁)は1997年4月1日にモントリオールのカナダ建築センターで発表されたもの。訳者は西山さんと亀井大輔さんです。宮崎さんの発表は「人間/動物のリミトロフィー──ジャック・デリダによるハイデガーの動物論講義」として第一部に収録されています。馬場さんは第三部に収録されたオリエッタ・オンブロージさんのご論考「犬だけでなく──レヴィナスとデリダの動物誌」(「レ・タン・モデルヌ」誌2012年3-4月号「特集=デリダ――脱構築という出来事」)の翻訳を担当されています。

終わりなきデリダーーハイデガー、サルトル、レヴィナスとの対話
齋藤元紀/澤田直/渡名喜庸哲/西山雄二編
法政大学出版局 2016年11月 本体3,500円 A5判上製406頁 ISBN978-4-588-15081-4

帯文より:動物、現前性、暴力、他者、実存主義、文学、弁証法、ユダヤ性、贈与・・・現代哲学をつらぬく主題をめぐり強靱な思考を展開した四者の思想的布置を気鋭の研究者たちが論じる。

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by urag | 2016-11-25 14:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 20日

注目新刊:カルプ『ダーク・ドゥルーズ』、グレーバー『負債論』、ほか

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ダーク・ドゥルーズ
アンドリュー・カルプ著 大山戴吉訳
河出書房新社 2016年11月 本体2,400円 46判上製232頁 ISBN978-4-309-24782-3

帯文より:ドゥルーズは喜びと肯定の哲学ではなく憎しみと破壊の哲学だ。暗黒のドゥルーズを召喚して世界の破壊を共謀する最も記念な哲学の誕生。ドゥルージアン4人による応答を併載。

目次:
イントロダクション
存在の絶滅
無に向って前進すること
崩壊、破壊、壊滅
〈外〉の呼びかけ
結論

解説(大山戴吉)
応答1 憎しみはリゾームを超えるか(宇野邦一)
応答2 反戦運動の破綻の後に――ダーク・ドゥルーズに寄せて(小泉義之)
応答3 破壊目的あるいは減算中継――能動的ニヒリズム宣言について(江川隆男)
応答4 OUT TO LUNCH(堀千晶)

★まもなく発売(11月28日予定)。原書は『Dark Deleuze』(University of Minnesota Press, 2016)です。アマゾン・ジャパンをご利用になっておられる読者の中には、この原書をドゥルーズ関連の和書へのレコメンド(この商品を買った人はこんな商品も買っています)としてご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。英語圏の非常に幅広く多様で自由なドゥルーズ読解の前線を形成する本の中でも、書名の通り暗いオーラを放っています。「何よりもアンドリュー・カルプという名を一躍有名にしたのは、本書『ダーク・ドゥルーズ』であろう。その企図は、光と喜びに満ちた肯定の哲学者ジル・ドゥルーズを、破壊と崩壊をもたらす否定のダーク・ヒーローとして(再-)創造すること、あるいは、ドゥルーズ自身と「苗字を共有するダーク・ドゥルーズという子供を生みつけること」(本書8頁)である。この挑発的な試みは大きな反響を呼び、今や多くの読者のあいだで賛否や好悪の感情を巻き起こしている」(162頁)、と訳者の大山さんは解説で説明されています。

★カルプは彼のデビュー作である本書を「ドゥルーズ自身が絶対に書くことはなかった書物」(123頁)だと表現します。「というのも、彼が生きた時代は、現在のようにポジティブさが強制され、管理が浸透し、息苦しいほどにすべてがオープンである時代ではなかったからだ。私の基本的な議論はこうである。もはやドゥルーズの時代〔カルプはこのフーコーの言葉を嫌味だと解釈しています〕ではない現在にあって、新たな反時代性は、彼の仕事によって導入されたものの、結局は維持できなかった否定というプロジェクト、つまり「この世界の死」を要請することで示される。/この世界の終わりは、一連の死のうちで三番目のものである。すなわち、「神の死」、「人間の死」。そして「この世界の死」である。もちろん、これは物理的な世界破壊を求めることではない」(同)。「「この世界の死」は、世界を救おうというかつての試みの不十分さを認め、その代わりに革命に賭ける。〔・・・〕この世界の死ということで私が主張したいのは、繋がりとポジティブさの強制とに対する批判であり〔・・・〕コミュニズムという共謀である」(124~125頁)であるとカルプは述べ、「モノたちによる毛細状連結の拡大に乗じて、全てを統合して唯一の世界を築き上げようとする」、「繋がり至上主義」(125頁)を批判します。そして「要点は現在に固執することではなく、永遠に続く息苦しい現在を終わらせる新しい方法を見つけること」(129頁)なのだと書きます。

★本書の冒頭近くでカルプは本書の三つの機能(論争・回復・創造)を次のようにまとめています。「第一に、私は、繋がりを素朴に肯定する思想家としてのドゥルーズを言祝ぐ「喜びの規範」に反駁する。第二に、私は「この世界に対する憎悪を滾らせることで、否定性がもつ破壊的な力を回復する。第三に、私は創造と言う喜びに満ちた任務の反意語である共謀を提案する」(8頁)。ドゥルーズ哲学の無害化に抗い、あえて野蛮な読解を実践する本書は、現代人がうんざりしているすべての現実と徹底的に訣別するための否定性を駆動させることを積極的に称揚することによって、見事に時代の空気を捕まえているように感じます。その意味で言えば、本書はドゥルーズ研究に一石を投じるものである以上に、カルプ自身が言及しているエリック・シュミットとジャレッド・コーエンによる『第五の権力――Googleには見えている未来』(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社、2014年2月)への彼なりの応答でもあるのでしょう。コーエンは1981年生まれですが、カルプも学歴から推察しておそらく80年代半ば頃に生まれた若い世代です。 千葉雅也さんによる推薦文にある通り、本書は「革命のマニフェスト」だと言えます。前世代との断絶を高らかに宣言する鮮やかな本で、次回作に期待したいです。メイヤスー『有限性の後で――偶然性の必然性についての試論』(千葉雅也/大橋完太郎/星野太訳、人文書院、2016年1月)に刺激を受けた読者がカルプをどう受け取るか、書店さんにとっても興味深い新刊だと思います。


負債論――貨幣と暴力の5000年
デヴィッド・グレーバー著 酒井隆史監訳 高祖岩三郎/佐々木夏子訳
以文社 2016年10月 本体6,000円 A5判上製848頁 ISBN978-4-7531-0334-8

帯文より:『資本論』から『負債論』へ。現代人の首をしめあげる負債(=ローン)の秘密を、古今東西にわたる人文知の総結集をとおして貨幣と暴力の5000年史の壮大な展望のもとに解き明かす。資本主義と文明総体の危機に警鐘を鳴らしつつ、21世紀の幕開けを示す革命的な書物。刊行とともに重厚な人文書としては異例の旋風を巻き起こした世界的ベストセラーがついに登場。

★発売済。原著は『Debt: The First 5,000 Years』(Melville House Publishing, 2011; Updated & expanded edition, 2014)です。もともと原書でも大著ですが、訳書では束幅55ミリの大冊となりました。このヴォリュームで本体6,000円というのは版元さんの努力以外の何物でもありません。巻末には監訳者の酒井さんと訳者の高祖さんによる長編論考「世界を共に想像し直すために――訳者あとがきにかえて」が収められています。目次詳細やピケティ、ソルニット、米国有名紙での評判は書名のリンク先でご覧いただけます。ピケティと言えば彼の代表作のひとつ『Les hauts revenus en France au XXe siècle』(Grasset、2001)の日本語訳『格差と再分配――20世紀フランスの資本』(山本知子/山田美明/岩澤雅利/相川千尋訳、早川書房、2016年9月)が先々月発売されましたが、本体価格17,000円という高額本で、多くの読者を悶絶させたかと想像します(私自身購読できておらず、地元の図書館にも所蔵されていません)。ピケティの『21世紀の資本』を読んで次に読むべき本を探しておられた読者にはグレーバーの本書『負債論』を強くお勧めします(ちなみにグレーバーによるピケティ批判については巻末の酒井/高祖論考で言及されています)。

★第一章冒頭の、IMFをめぐる女性弁護士との対話は本書の導入部として非常に興味深く、最初の10頁でグレーバーの考察の率直さに惹かれた読者は本書の続きも堪能できるだろうと思います。「本書が取り扱うのは負債の歴史であう。だが本書は同時にその歴史を利用して、人間とはなにか、人間社会とはなにか、またはどのようなものでありうるのか――わたしたちは実際のところたがいになにを負っているのか、あるいは、このように問うことはいったいなにを意味するのか――について根本的に問いを投げかける」(30頁)。本書は経済史をめぐる文化人類学者の挑戦であり、その姿勢は次の言葉に端的に表れていると思います。「真の経済史とはまたモラリティの歴史でもなければならない」(582頁)。「負債は〔・・・〕複数のモラル言説のもつれ合い」(同)であり、「約束の倒錯にすぎない。それは数学と暴力によって腐敗してしまった約束なのである」(578頁)。「金銭は神聖なものではないこと、じぶんの負債を返済することがモラリティの本質ではないこと、それらのことはすべて人間による取り決めであること、そしてもし民主主義が意味をもつとするならば、それは合意によってすべてを違ったやり方で編成し直すことを可能にする力にあること」(577頁)。グレーバーによる道徳批判は、別様にもありえた世界への道筋を閉ざしてきた幻想の歴史的所在を解明しようとする、非常に強力な検証として私たちに多くのことを教えてくれます。

★酒井/高祖論考の末尾には本書の関連書についての構想が明かされていますが、ネタバレはやめておきます。なおグレーバーの既訳書には、『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社、2006年)や『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社、2009年)があります。

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★このほかに最近では以下の新刊との出会いがありました。

古地図で見る京都――『延喜式』から近代地図まで』金田章裕著、作品社、2016年11月、本体3,200円、4-6判上製362頁、ISBN978-4-582-46819-9

★まもなく発売(11月28日予定)。著者の金田章裕(きんだ・あきひろ:1946-)さんは京都大学名誉教授で、人文地理学や歴史地理学がご専門です。近年の著書に『文化的景観――生活となりわいの物語』(日本経済新聞出版社、2012年4月)や、『タウンシップ――土地計画の伝播と変容』(ナカニシヤ出版、2015年2月)があります。今回の新著の帯文は次の通りです。「日本最古の地図から明治の近代測量図まで、京都市街地1200年の様相。平安京から現在の観光都市へとその姿を大きく変えていった、京都の深く長い歴史を古地図によって通覧する」。目次は以下の通り。

目次:
はじめに
第一章 宮廷人と貴族の平安京
 1 碁盤目状の街路と邸第――左京図と右京図】
 2 宮殿と諸院――宮城図と内裏図
第二章 平安京の変遷
 1 認識と実態/京の道、京からの道
 2 洛中の町と洛外の町
 3 御土居と間之町――外形と街路の変化
第三章 名所と京都
 1 洛外の名所
 2 コスモロジカルな京都――山と川に囲まれた小宇宙
第四章 観光都市図と京都
 多色刷りの京都図
 観光都市図の内裏と公家町
 多彩な観光地図――両面印刷と街道図の手法
 多彩な観光地図――鳥瞰図と新構成への試行
第五章 近代の京都図
 1 銅板刷りの京都図――京都と学区
 2 地筆と地番――地籍図
 3 近代測量の地図
 4 京都の近代化と地図
 5 大縮尺図と鳥瞰図
おわりに
あとがき

主要文献


ハンナ・アーレント「革命について」入門講義』仲正昌樹著、作品社、2016年11月、本体1,800円、46判上製384頁、ISBN978-4-86182-601-6

★発売済。2015年6月から12月にかけて早稲田大学YMCA信愛学舎で行われた是6回の連続講義に加筆したもので、2014年5月に上梓された『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』の姉妹編です。帯文は次の通り。「権力の暴走を抑制し、政治の劣化を阻止する〈永続する政治体〉とは? ポピュリズム、排外主義の蔓延、世の中を「いますぐ変えたい」願望の台頭。そして民主主義が機能停止しつつある、今。『人間の条件』と双璧をなす主著を徹底読解。その思想の核心を丁寧に掴み取る」。目次を下段に掲出しておきます。なおアーレント『革命について』はちくま学芸文庫で志水速雄訳を読むことができます。原典は『On Revolution』(Viking, 1963)です。

目次:
[前書き]アーレントの拘り
[講義第一回]「革命」が意味してきたもの
  ――「序章 戦争と革命」と「第一章 革命の意味」を読む
[講義第二回]フランス革命はなぜ失敗なのか?
  ――「第二章 社会問題」を読む
[講義第三回]アメリカ革命はフランス革命と何が違うのか?
  ――「第三章 幸福の追求」を読む
[講義第四回]「自由の構成」への挑戦
  ――「第四章 創設(1)」を読む
[講義第五回]アメリカとローマ、法の権威
  ――「第五章 創設(2)」を読む
[講義第六回]革命の本来の目的とは何か?
  ――「第六章 革命的伝統とその失われた宝」を読む
『革命について』をディープに理解するためのブックガイド
『革命について』関連年表
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by urag | 2016-11-20 23:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 18日

注目新刊:本邦初のガタリ入門書、上野俊哉『四つのエコロジー』

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★上野俊哉さん(著書『アーバン・トライバル・スタディーズ』)
本邦初となる、書き下ろしのガタリ入門書がまもなく発売されます(11月24日頃予定)。「ガタリは「活動家」であり、運動屋の文章をそんなに真面目にこねくりまわして読む必要はない、単に使えるところを使えばいいというアクティヴィスト系の読者や、ガタリの悪文の抽象性は度をこしており、まともに相手にするにはアカデミックでないどころか、論理的な厳密さに欠け、ドゥルーズの精密な哲学的苦闘を安直な政治的概念化に走らせたのではないかといぶかる「正しい」左翼やまともな学究のどちらとも違う視角からガタリを読むことはできるのか? 本書はこの無謀に、真面目にとりくんでみた試みである」(あとがきより、370-371頁)。

四つのエコロジー――フェリックス・ガタリの思考
上野俊哉著
河出書房新社 2016年11月 本体3,500円 46判上製376頁 ISBN978-4-309-24783-0

帯文より:自然、主体感、機械状アニミズム、カオスモーズ、地図作成、リトルネロ・・・難解なガタリの思想を解きほぐしながら、宇宙へと開かれたその思考の核心と可能性をさぐり、来たるべき分子革命としてのエコソフィー〔生成哲学〕を展望する〈全=世界〉リゾームの哲学。思考の前線とストリートを往還してきた〈思想の不良〉による未来へのマスターピース。

目次:
はじめに 『みどりの仮面』とエコロジー
序章 なぜエコロジーか? ガタリとは誰だったか?
第一章 自然を再考する
 第一節 仕組みとしての自然
 第二節 アンビエンスとしての主体感
 第三節 機械状アニミズムと反自然の融即
第二章 エコソフィーとカオソフィー
 第一節 分子革命からエコソフィーへ
 第二節 カオスとカオスモーズ
 第三節 潜在性と記号
第三章 分裂生成の宇宙
 第一節 美的なものと地図作製法
 第二節 DSM-V、あるいは発達原理の彼方に
 第三節 リトルネロと音楽のエコロジー
終章 ブラジルと日本を横切って・・・〈全=世界〉リゾームへ
あとがき

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★中平卓馬さん(写真集『都市 風景 図鑑』)
★森山大道さん(写真集『新宿』『新宿+』『ニュー新宿』『大阪+』『Osaka』『パリ+』『ハワイ』『NOVEMBRE』『にっぽん劇場』『何かへの旅』『オン・ザ・ロード』『カラー』『モノクローム』『犬と網タイツ』、著書『通過者の視線』、鈴木一誌さんとの共著『絶対平面都市』)
中平さんらが創刊し、森山さんが2号より参加した伝説的写真誌「Provoke〔プロヴォーク〕」(1~3号、1968~1969年)の縮小復刻を含む巨大なカタログ『PROVOKE』が、フランスのアートギャラリー「LE BAL」とドイツの出版社「Steidel」との共同で出版されました。これは、9月14日から12月11日までLE BALで催されている展覧会「Provoke : Entre contestation et performance - La photographie au Japon 1960-1975」の図録でもあります。同展はオーストリア、スイスなどを巡回済で、フランスの後は米国でも催されるのだとか。今回の図録はSteidlが2001年に刊行した『The Japanese Box』(『Provoke』1~3号、森山大道『写真よさようなら』、中平卓馬『来たるべき言葉のために』、荒木経惟『センチメンタルな旅』の復刻セット)に比べるとやや趣きを異にしていますが、それでも近年の資料としては購入しておいて損はないと思われます。LE BALから直接購入できますが(書籍代は60ユーロ)、送料が高く、ABEBOOKS経由で買った方が若干お得なようです。ちなみに私自身はLE BALから直接購入しましたが似姿は簡素で、配送トラブルや角のダメージ(書影にある通り背の地部分)などに見舞われ、面倒臭かったです。同書はナディッフでも販売していましたが、現在は扱いなしのご様子。

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ちなみに日本のリアル書店や古書店、ネット書店では購入できないものの実はまだ発売元から直接買える、という貴重なアート系書籍と言えば、『ハンス・ウルリッヒ・オブリスト|インタヴュー Volume 1[上]』(前田岳究/山本陽子訳、ジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ発行、2010年1月)が思い浮かびます。同書は日本語版ではあるのですが、アーティストブックとして海外で発売されたため、日本での入手がたいへん困難でした。私は何年か前に発売元のBuchhandlung Walther Königから直接購入しました。書籍代は98ユーロ。まだ購入できるのかどうか、同社のサイトで検索してみたところ、まだ買い物カゴが残っているようです。同書は6年前の本なのですでに私が購入した時点でも一部本文紙の酸化や帯の経年劣化などが生じていましたが、今でも中身を読む分には問題ないはずです。オブリストのほかのインタヴュー集は日本でも既刊があり、ある程度認知されていますから、同書はあらためて日本の版元が再刊しても良いのではないかと思います。上巻だけが既刊なので、下巻も刊行されてほしいところです。

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by urag | 2016-11-18 12:00 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 13日

注目新刊:晢書房版『フィヒテ全集』完結、ほか

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フィヒテ全集 第14巻 一八〇五―〇七年の知識学
鈴木伸国/浜田郷史/伊勢俊介/長町裕司/高木駿/辻麻衣子/大橋容一郎訳
晢書房 2016年10月 本体8,500円 A5判上製570頁 ISBN4-915922-43-X

目次
一八〇五年の知識学――エルランゲン夏学期講義〔鈴木伸国訳〕
エルランゲン論理学講義(一八〇五年)〔浜田郷史/伊勢俊介訳〕
エルランゲン形而上学講義(一八〇五年)〔長町裕司訳〕
知識学の概念とその運命(一八〇六年)〔鈴木伸国/辻麻衣子訳〕
ケーニヒスベルク知識学(一八〇七年)〔高木駿訳〕

★発売済。本14巻の発売をもって、晢書房版『フィヒテ全集』全23巻、別巻1は完結したものと思われます。帯がなく、本巻には解説やあとがきも付されていませんので、奥付裏の全巻構成と、実際の書店店頭での現物を見る限り、本巻で完結したことは間違いなさそうです。カバーにはバーコードもなく、ISBNは10桁表記。表紙は黒のクロス装で背には橙色の地に金文字の箔が輝きます。その佇まいはどこまでもシンプルなクラシック・スタイルに貫かれ、新刊の中では異彩を放っています。晢書房さんはウェブサイトを開設されておらず、図書目録を出されたことがあったかどうかも、私自身思い出せません。本『フィヒテ全集』は1995年1月に第6巻「自然法論」と第19巻「ベルリン大学哲学講義1」の刊行でスタート。爾来20余年をかけてついに完結したことになります。その歩みは出版不況の20年間の最中にあっただけに、たいへんな挑戦であったことは確かです。編集委員を務められている5名のうち、 ラインハルト・ラウト(Reinhard Lauth, 1919-2007)さんと坂部恵(さかべ・めぐみ:1936-2009)さん、藤澤賢一郎(ふじさわ・けんいちろう:1948-1998)さんはすでに逝去されています。あとのお二方は、加藤尚武(かとう・ひさたけ:1937-)さん、隈元忠敬(くまもと・ただたか:1925-)さんです。そもそも『フィヒテ全集』全巻を陳列している書店さんの数はさほど多くはないものと思われますが、完結記念で何かしらの工夫をされている書店さんがおられましたらぜひお知らせください。宣伝させていただきます。【追記:地方・小出版流通センターさんがツイッターで11月1日に「【フィヒテ全集】が今回の〈第14巻 1805-07年の知識学〉で完結いたしました」と呟いておられることを確認しました。やはり完結で間違いないようです。】


身体諸部分の用途について1
ガレノス著 坂井建雄/池田黎太郎/澤井直訳
京都大学学術出版会 2016年11月 本体2,800円 四六変上製211頁 ISBN 978-4-8140-0033-3

★発売済。全4巻の第1回配本となる第1巻です。ローマ帝国期の医師ガレノス(後129-216)の主著『De usu partium corpolis humani』全17巻の訳書で、帯文に曰く「前身の解剖所見に基づき、あらゆる器官に無駄なものは何もないことを論じた医学書。本邦初訳」。凡例によれば、底本はヘルムライヒ版(ed. G. Helmreich, 2 vol., Lipsiae, 1907-09)で「底本は二分冊からなるが、本書邦訳は1-4の四分冊とし、第一~三巻を1、第四~七巻を2、第八~十一巻を3、第十二~十七巻を4とする」とのことです。今回発売となった第1巻では「理性的動物に特徴的な器官(上肢)と、直立二足歩行に適した器官(下肢)が取り扱われる」(帯文表4より)。巻末の「第一分冊解題」にはこんな言葉があります。「人体と疾患を分析する西洋医学の特徴は、ガレノスの解剖学と生理学説を乗り越える努力を通して、形作られていった。古代において完成度のきわめて高い解剖学と生理学説を作り上げたガレノスこそ、現代の医学をもたらした最大の功労者ではないだろうか」(201頁)。投げ込みの「月報124」には、土屋睦廣さんによる「ガレノスとアクスレピオス」や、連載「西洋古典名言集」第40回「ノモスとピュシス」(國方栄二=文)などが掲載されています。西洋古典叢書におけるガレノスの訳書は、種山恭子訳『自然の機能について』1998年、内山 勝利/木原志乃訳『ヒッポクラテスとプラトンの学説1』2005年、坂井建雄/池田黎太郎/澤井直訳『解剖学論集』2012年、に続く4点目。西洋古典叢書の次回配本はクインティリアヌス『弁論家の教育4』とのことです。全5分冊の第4回配本。


有閑階級の理論[新版]
ソースタイン・ヴェブレン著 村井章子訳
ちくま学芸文庫 2016年11月 本体1,200円 文庫判並製416頁 ISBN978-4-480-09750-7

★発売済。旧版『有閑階級の理論』(ソースティン・ヴェブレン著、高哲男訳、ちくま学芸文庫、1998年)は、2015年7月に増補新訂版が講談社学術文庫から刊行されています。今回の新訳の訳者でいらっしゃる村井章子さんは先月ハイエクの『隷従への道』の新訳を日経BPクラシックスの1冊として上梓されたばかりです。ヴェブレンのデビュー作にして代表作である『有閑階級の理論』(1899年)は、かつて小原敬士訳が岩波文庫より1961年に刊行されていましたが、現在は品切。高哲男訳の旧版と増補新訂版を併せて、文庫で読める同書の2番目の翻訳と考えると、3番目の訳が今回の新訳本ということになります。巻頭にはガルブレイスの序文「ソースタイン・ヴェブレンと『有閑階級の理論』」が1973年版より訳出されています(5-39頁)。ガルブレイスはこの序文で「『有閑階級の理論』を一度も読んだことのないという人は、読書家とは言えない。最低限の教育しか受けていない人でも、出典は知らないままに「衒示的消費」「衒示的浪費」「金銭的競争」といった言葉を耳にしたことが一度ならずあるだろう」(8頁)と書いています。あれから40年(綾小路きみまろ)、ヴェブレンを読んだことがなくても読書家ではないと経済学者から責められることはありませんけれども、格差社会を形成するメンタリティの本質的側面を今なおヴェブレンに学ぶことができるのは事実ではないかと思われます。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

過酷なるニーチェ』中島義道著、河出文庫、2016年11月、本体720円、文庫判並製224頁、ISBN978-4-309-41490-4
曲がりくねった一本道――戦後七十年を生きて』徳永徹著、作品社、2016年11月、本体1,600円、46判並製238頁、ISBN978-4-86182-603-0
ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』アンドリュー・ロウラー著、熊井ひろ美訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年11月、本体2,400円、四六判上製368頁、ISBN978-4-7726-9553-4
世界植物記 アジア・オセアニア編』木原浩著、平凡社、2016年11月、本体6,800円、A4変判上製288頁、ISBN978-4-582-54254-7

★中島義道『過酷なるニーチェ』は発売済。2013年に河出ブックスの一冊として刊行された『ニーチェ ニヒリズムを生きる』の改訂版で、目次等に変更はありませんが、巻末に香山リカさんによる解説が付されています。「ニーチェがもともと持っていた心理学的、生物学的な発狂の要素がその哲学を生んだのではなく、哲学の結果が発狂なのだ」(215頁)という刺激的なご指摘があります。中島さんは巻頭の「はじめに」でこう述べておられます。「不思議なことに、現代日本でニーチェはブームであり、まさにニーチェから「人生の教訓を学ぶ」ためのニーチェ入門書、解説書、研究書が氾濫している。彼らはニーチェが口を酸っぱくして罵倒していること、吐き気がするほど嫌悪し軽蔑していることを真っ向から受け止めようとしない。/そして、皮肉なことに、とくにわが国においてこれからもニーチェは、まさにこのようにしてのみ読まれ続けるであろう」(11頁)。「こうした実情において、一冊くらいは、「過酷なニーチェ」すなわち、誰の役にも立たず、ほとんどの人を絶望させ、苛立たせ、途方に暮れさせ、そればかりか、平等・基本的人権・平和主義・最大多数の最大幸福など、なかんずく弱者や苦しんでいる者への「同情」を峻拒する……というように、近・現代のあらゆる「価値あるもの」をなぎ倒し、近・現代人とまさに正反対の価値観を高らかに歌い上げるニーチェを語り出す善があってもいいのではないかと思う」(12頁)。

★徳永徹『曲がりくねった一本道』はまもなく発売(16日水曜日取次搬入予定)。帯文はこうです、「長崎の原爆体験から福島の原発事故まで。一人の基礎医学徒が体験した激動の同時代史」。著者の徳永徹(とくなが・とおる:1927-)さんは国立予防衛生研究所に長く奉職された医学者で、現在は福岡女学院名誉院長でいらっしゃいます。著書に『マクロファージ』(講談社、1986年)のほか、近年では『凛として花一輪――福岡女学院ものがたり』(梓書院、2012年)、『逆境の恩寵――祈りに生きた家族の物語』(新教出版社、2015年1月)、『少年たちの戦争』(岩波書店、2015年2月)など、味わい深い回想録を中心に執筆されておられます。実弟はアドルノ研究で高名な徳永恂(とくなが・まこと:1929-)さんです。徹さんは本書の序章でこうお書きになっておられます。「戦後七十年、日本は世界でも珍しい平和な国だった。戦争で死ぬ者は一人もいなかったし、また銃で他国の人を撃つ者もいなかった。そう言い切れる国がいったい今の世界にどれだけあるだろう。被爆国日本は、「戦後百年」「戦後二百年」と言い続けることができるように、と切に願った。/そして書き出したのが本書である。前著『少年たちの戦争』は、原爆と終戦という時点で稿を閉じているので、次は戦後七十年という時代の体験について書きたいと思った」(10~11頁)。最後に主要目次を列記しておきます。序章、第一章「戦後のはじまり(1945年8月~46年)」、第二章「冷戦の狭間で(1946年~1955年)、第三章「さまざまな国と時代の点描(1959年~1993年)、第四章「女子教育の現場で(1994年~2012年)」、第五章「いま、思うこと」、あとがき。

★ロウラー『ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』はまもなく発売(17日頃)。原書は『 Why Did the Chicken Cross the World?: The Epic Saga of the Bird that Powers Civilization』(Atria Books, 2014)です。帯文は以下の通り。「ニワトリ無くして、人類無し! 神の使い・健康と医療・癒し・娯楽・食料・都市生活・・・恐竜の小さな末裔たちが物語る、大いなる文明論」。書名のリンク先で、目次、はじめに、解説の立ち読みができます。著者のアンドリュー・ロウラー(Andrew Lawler, 1961-)はライター/通信員/作家で、『サイエンス』『ナショナル・ジオグラフィック』『ニューヨーク・タイムズ』などの雑誌や新聞で活躍しておられ、本書は彼の第一作になります。巻頭の「はじめに ニワトリを見れば、世界が見える」にはこうあります。「ニワトリは昔もいまも、いわば羽の生えたスイス・アーミー・ナイフで、与えられた時間と場所に応じて必要なものを提供してくれる万能動物なのだ。この可塑性のおかげでニワトリは最も有益な家畜となったわけだが、その点は私たち自身の歴史をたどる上でも役に立っている。ニワトリは鳥の「カメレオンマン」のようなもので、私たちの変わりゆく欲望や目標や意図――立派な品物、真実の語り手、奇跡を起こす万能薬、悪魔の道具、悪魔祓いの祈祷師、途方もない富を生む財源――を映し出す無気味な鏡であり、人類の探検、発展、娯楽、信仰を示す標識なのだ」(11頁)。

★木原浩『世界植物記 アジア・オセアニア編』はまもなく発売(18日頃)。昨春刊行された『世界植物記 アフリカ・南アメリカ編』の姉妹編です。帯文は以下の通り。「まったく、とんでもない植物たちだった! ここ20年あまり、世界中に散らばる、不思議、巨大、世界一な植物を探して辺境を歩き回った。実際目にすると、その巨大さや異形ぶり、生活形態は、想像をはるかに超えていた。この本はその全記録の一端である」。取材地を列記しておくと、西表島/日本、四姑娘/中国四川省、ブータン王国、ヒマラヤ/ネパール、キナバル山/マレーシア、スマトラ島/インドネシア、西オーストラリア、ミルフォード・トラック/ニュージーランド、イスラエル。いずれも素晴らしい場所ばかりですが、特にミルフォード・トラックにはただならぬ気配を感じます。

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by urag | 2016-11-13 18:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)