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カテゴリ:本のコンシェルジュ( 921 )


2018年 01月 14日

注目新刊:『ゲンロン7:ロシア現代思想II』、ほか

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ゲンロン7 特集:ロシア現代思想Ⅱ』東浩紀編集、乗松亨平特集監修、ゲンロン、2017年12月、本体2,400円、A5判並製372頁、ISBN:978-4-907188-24-5
あたらしい狂気の歴史――精神病理の哲学』小泉義之著、青土社、2018年1月、本体2,600円、四六判並製288頁、ISBN978-4-7917-7036-6
こころは内臓である――スキゾフレニアを腑分けする』計見一雄著、講談社選書メチエ、2018年1月、本体1,650円、四六判並製256頁、ISBN978-4-06-258669-6
メタサイコロジー論』ジークムント・フロイト著、十川幸司訳、講談社学術文庫、2018年1月、本体880円、A6判並製232頁、ISBN978-4-06-292460-3
水滸伝(五)』井波律子訳、講談社学術文庫、2018年1月、本体1,860円、A6判並製664頁、ISBN978-4-06-292455-9
幸福について』ショーペンハウアー著、鈴木芳子訳、光文社古典新訳文庫、2018年1月、本体1,000円、文庫判並製428頁、ISBN978-4-334-75369-6
精神の政治学』ポール・ヴァレリー著、吉田健一訳、中公文庫、2017年12月、本体860円、文庫判並製256頁、ISBN978-4-12-206505-5

★『ゲンロン7 特集:ロシア現代思想Ⅱ』は書店での一般発売が開始となっています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。メイン特集は「ロシア現代思想」の第二弾で乗松亨平さんが監修されています。東さんの巻頭言「距離の回復」によれば、前号の第一弾が「思想編だとすれば」、今回の第二弾は「社会・文化編とでも呼べるかもしれない」と。「今号の目次はより具体的駆るジャーナリズムに近く、冷戦崩壊後のロシア社会の変化を細かく追う共同討議や年表、反プーチンデモの背景を分析する論文などを収録している。読者によっては、むしろこちらから読み始めたほうがよいかもしれない」と。特集への乗松さんによる導入文「並行的他者との出会いのために」ではこう書かれています。「ロシアと日本の並行関係については前号からくりかえし言及してきたが、ヨーロッパ内部を含めた世界各地における「近代の超克」の試みとその余波を、並行的に捉える視野を拓くことが本特集の大きな狙いである。〔・・・〕西欧近代が生み落とした鬼子はひとりではない。われわれは、父という大文字の他者とひとりきり向かいあうのではなく、隣にいるきょうだいと出会うべきなのだ」。

★小特集は「哲学の再起動」です。東さんの巻頭言によれば「ぼくはこちらの特集には、2017年の「人文書ブーム」の立役者となったふたりの哲学者、國分功一郎と千葉雅也両氏を招いた鼎談と、サイバーパンクを主題にした座談会、そして香港出身でベルリン在集の若い哲学者、許煜(ホイユク)の初邦訳を収めた」。この三本の意義について東さんは三つの意図を示されており、これはぜひ現物をお読みいただく方がいいと思います。また東さんはこうも書かれています。「本誌はポピュリズムに抗うため、「いまここ」から距離を取る。だから政治的な態度を明確にしない。支持政党も明らかにしないし、運動にも参加しない。本誌はむしろ、そのような距離のない反応だけが「政治」「現実」に向き合ったことになるという、その思い込みそのものを疑い、乗り越えることを目指している」。東さん、國分さん、千葉さんの鼎談「接続、切断、誤配」では政治の再定義をめぐる議論もあり、國分さんの近著(例えば山崎亮さんとの対談書『僕らの社会主義』)や、千葉さんが目下準備しておられるという哲学書とそれをめぐるツイッターでのご発言と繋がっていく論点が提出されており、非常に興味深いです。

★距離を取ることの重要性を再確認された東さんのスタンスに共感を覚えます。距離を取るとは言ってもそれはどこか象牙の塔に逃げ込み超然としていることではないのは明らかです。むしろ東さんには歴史への目線だけでなく同時代性へのコミットメントもあり、その絶妙なバランス感覚が「ゲンロン」誌に表れ、読者をひきつけていると感じます。同時代性や現在性というのは否応ない磁場であり、その磁場が系譜学的にどのように見えるか、各世代によって視角が異なるとはいえ、そこから完全に逃れることはできません。書き手も編集者もその嵐の中にいるわけです。

★小泉義之『あたらしい狂気の歴史』は小泉さんが2013年から2016年に「現代思想」誌をはじめとする各媒体に発表されてきた論文9本に、「若干の修正・補足を行」い、書き下ろしの二篇「はじめに」「第9章 精神病理をめぐる現代思想運動史」を加えた一冊です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「精神-心理の知=権力に対する批判」(11頁)の試みである本書において、小泉さんは狂気を次のように理解しておられます。「狂気は、不可避的に破断している人間の本質に根ざしている潜在性であり、この世で生きている限り誰もが大なり小なり逃れることのできない運命である。〔・・・〕いかに受動的で隷属的に見えようとも、狂っていくことは人間の根源的な自由の発露である。人間は自由にまともになるのと同じ訳合いでもって、自由に狂っていくのであり、それこそが自由の限界経験である。しかも、狂気は、人間の存在の可能性の限界を露わにする経験でもある。その先の存在可能性としては、人間性の消滅(廃疾化)、人間の死(自死)だけが控えているとしか考えられないような経験である。その意味で、狂気は、人間の可能性と不可能性の条件である。〔・・・〕人間を知りたければ、人間の限界と可能性を知りたければ、何よりも狂気に学ばなければならない」(215~216頁)。

★後段にはこんな言葉もあります。「いつか遠い未来に、狂気の解放とともに、人間の存在の真理がその限界まで解き放たれる日が来るであろう。その来たるべき日には、個人の精神の疎外=狂気(アリエナシオン)と、狂気を含め人間精神を歪める社会の疎外が同時に解消され、終に狂人の解放が例えば労働者の解放や被抑圧者の解放と連携して、類としての人間の解放が実現するであろう。そのとき人間の前史は終焉し、新たな人間の歴史が始まるであろう」(216頁)。

★計見一雄『こころは内臓である』は講談社選書メチエの667番です。目次は書名のリンク先をご確認ください。「はじめに」で計見さんはこう説明されています。「スキゾフレニアという病気の根底には、実は好意的な機能の低下、不自由さが関わっているようだというのが、本論の主題になるだろう。それの関連の深い減少として、「考えること」への禁止的メカニズムが働いているようだという示唆も述べてある。/さらに進んでは、自らの裡にある壮年の源である感情の禁止、喜怒哀楽特に「怒り」とその源泉にある衝動的なものへの否認、それが思考の自由を奪ってしまうという帰結についても記した。またこの否認というメカニズムは病人の専売ではないことにも注意を促した。衝動的なものの否認は、結局のところ生きるエネルギーの否認につながる」(5頁)。「疾患の解説書ではあるが、冒頭にも記した世界を覆っているかのような時代の転換期に陥りがちな、ヒトの心的傾向を理解する一助にもなれば望外である」(6頁)。

★本書の最終章末尾で計見さんは「この本でも前の本でも、この病気は治る、というのが私の言わんとするところである」(237頁)とお書きになり、三人の実例を挙げておられます。三人に共通していたのは仕事ぶりが「きわめて集中的で、きちんとしている」(239頁)こと、そして「三人とも、さぼるということが全く念頭にないのである。一心不乱に職務に専念する。そういう働き方しかできないのである」(240頁)。「もうすこし、さぼりさぼりやるのを身につけさせたいが、これは案外難しいかもしれない」(241頁)。本書ではほかにも生真面目な勉強家の少年たちの症例も出てきて、興味深いです。

★フロイト『メタサイコロジー論』は文庫オリジナルの新訳。凡例によれば「フロイトが1915年に執筆し、『メタサイコロジー序説』の表題で一冊の書物にまとめることを意図していた論考のうち、現存する五篇および草稿として残された一篇を収録し」たもの。収録作は「欲動と欲動の運命」「抑圧」「無意識」「夢理論へのメタサイコロジー的補足」「喪とメランコリー」「転移神経症概要[草稿]」で、底本はフィッシャー版全集です。フロイトの計画では全部で12篇のはずだったものの、7篇は未発表のままフロイト自身によって破棄されたようです。そのうち1篇だけ草稿が1980年代に見つかったと。訳者解説で十川さんは「この未完の書物は、建築物の素材が基礎の部分から順に組み上げられていくかのように、相互の論文は緊密な内的関係を持ち、全体が論理手駅で美しい構成をなしている」(191頁)と評され、さらに「現代の最も先鋭的な精神分析がたどりついた地点から見るなら、フロイトの可能性とは、初期フロイトでも後期フロイトでもなく、この『メタサイコロジー論』の時期のフロイトにある、と訳者は考えている」(226頁)ともお書きになっておられます。

★井波律子訳『水滸伝(五)』はこれで全巻完結。第83回から第101回までを収録。あとがきで井波さんはこう述懐しておられます。「訳しだすと、無類に面白く、たちまち夢中になった。〔・・・〕訳している間は、愛すべき梁山泊百八人の好漢とすっかり共生し、〔・・・〕高揚したり落胆したり、好漢たちと共生する訳者の揺れ動く思いや感情が、訳文のリズムとなってあらわれ、読んでくださる方々に伝われば、こえに勝る喜びはない」。

★ショーペンハウアー『幸福について』は2013年の『読書について』に続く鈴木芳子さんによるショーペンハウアー新訳第二弾。目次は以下の通り。はじめに/第一章 根本規定/第二章「その人は何者であるか」について/第三章「その人は何を持っているか」について/第四章「その人はいかなるイメージ、表象・印象を与えるか」について/第五章「訓話と金言」/第六章「年齢による違いについて」。解説によれば、ズーアカンプ版全集の『余録と補遺』から"Aphorismen zur Lebensweisheit"(処世術箴言集)を訳出したもので、「原注はすべてではなく本文の理解の助けになるものを選んで」訳したとのことです。ショーペンハウアーの「処世術箴言集」は新潮文庫から1958年に発売された橋本文夫訳『幸福について――人生論』がロングセラーとして著名で、現在も入手可能です。

★ヴァレリー『精神の政治学』(吉田健一訳)は、創元選書版単行本(1939年)に訳者の関連エッセイ二篇を併せて文庫化したものとのこと。すなわちヴァレリーの「精神の政治学」「知性に就て」「地中海の感興」「レオナルドと哲学者達」の全四篇のほか、巻末に吉田健一の単行本未収録エッセイ「ヴァレリー頌」「ヴァレリーのこと」を併録。解説「吉田健一とヴァレリー」は四方田犬彦さんがお書きになっています。ちなみに中公文庫の精選シリーズ「古典名訳再発見」として、アラン『わが思索のあと』(森有正訳)が近刊となるようです。また、同シリーズとは別かと思いますが、中公文庫では今月下旬、小林公さんの訳でダンテの『帝政論』が発売予定です。これはたいへん久しぶりの新訳で画期的です。

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by urag | 2018-01-14 17:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 11日

明日発売:ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』清水一浩訳、講談社メチエ

★清水一浩さん(共訳:ガルシア・デュットマン『友愛と敵対』)

人文業界の特殊翻訳家として知られる清水さんの初めての単独訳単行本、マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』がいよいよ明日、1月12日より店頭発売開始となります。ドイツの新進気鋭の哲学者で「新しい実在論」を牽引するガブリエル(Markus Gabriel, 1980-)の著書の翻訳は、ジジェクとの共著『神話・狂気・哄笑』(堀之内出版、2015年)に続いて2冊目で、ガブリエルの単独著としては初訳です。講談社メチエの「666」番。目次詳細や内容紹介は書名のリンク先をご覧ください。原著は『Warum es die Welt nicht gibt』(Ullstein, 2013)です。

なぜ世界は存在しないのか
マルクス・ガブリエル著 清水一浩訳
講談社メチエ 2018年1月 本体1,850円 四六判並製334頁 ISBN978-4-06-258670-2

千葉雅也さん推薦文:ポストモダンの思想は、現実を捉えることを不可能にしたのだろうか? 人それぞれに異なる現実しかないのでも、唯一の真なる現実しかないのでもなく――ポストモダンとその批判者の対立を超える「新しい実在論」へ!

本文(79頁)より:世界のなかにある対象を、世界のなかにあるほかの対象から区別しているのは、それぞれの対象に備わる性質です。ここからただちに、少なくとも二つの哲学的な問いが生じてきます。いずれの問いも、わたしの考察の中心をなすものです。/1 およそ存在するいっさいの性質を備えた対象は、存在しうるのか。/2 どの対象も、ほかのすべての対象から区別されるのか。/この二つの問いにたいする、わたしの答えは「否」です。ここから導き出されることになるのが、世界は存在しないという結論です。第一に、世界とは、いっさいの性質を備えた対象であるはずだからです。第二に、世界のなかでは、どの対象も、ほかのすべての対象から区別されるはずだからです。

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by urag | 2018-01-11 12:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 08日

注目文庫新刊:ドゥルーズ、バタイユ、フロムの名著、続々と新訳刊行

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ザッヘル=マゾッホ紹介――冷淡なものと残酷なもの』ジル・ドゥルーズ著、堀千晶訳、河出文庫、2018年1月、本体1,000円、文庫判並製280頁、ISBN978-4-309-46461-9
『呪われた部分――全般経済学試論・蕩尽』ジョルジュ・バタイユ著、酒井健訳、ちくま学芸文庫、2018年1月、本体1,300円、文庫判並製384頁、ISBN978-4-480-09840-5
『悪について』エーリッヒ・フロム著、渡会圭子訳、ちくま学芸文庫、2018年1月、本体1,000円、文庫判並製240頁、ISBN978-4-480-09841-2
『歓待について――パリ講義の記録』ジャック・デリダ著、アンヌ・デュフールマンテル著、廣瀬浩司訳、ちくま学芸文庫、2018年1月、本体1,000円、文庫判並製208頁、ISBN978-4-480-09836-8
『ニーチェ入門』清水真木著、ちくま学芸文庫、2018年1月、本体1,100円、文庫判並製272頁、ISBN978-4-480-09830-6
『花鳥・山水画を読み解く――中国絵画の意味』宮崎法子著、ちくま学芸文庫、2018年1月、本体1,200円、文庫判並製304頁、ISBN978-4-480-09838-2

★ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介』は発売済。原書は『Présentation de Sacher-Masoch: Le froid et le cruel』(Minuit, 1967)で、附録であるマゾッホ『毛皮を着たヴィーナス』のオード・ウィルムによる仏訳は訳出されていません。今回の新訳にあたり、改めて版権が取得されていますので、既訳である蓮實重彦訳『マゾッホとサド』(晶文社、1973年;新装版1998年)は再刊されないということになるかと思われます。蓮實訳がドゥルーズの著書の初訳であったことは周知の通りです。原著刊行から51年目、既訳の出版から数えて45年ぶりの新訳となる今回の文庫版の目次は以下の通りです。


サド、マゾッホ、ふたりの言語
描写の役割
サドとマゾッホの相補性はどこまで及ぶのか
マゾッホと三人の女性
父と母
マゾッホの小説的要素
法、ユーモア、アイロニー
契約から儀式へ
精神分析
死の本能とはなにか
サディズムの超自我とマゾヒズムの自我
補遺
 Ⅰ 幼年期の記憶と小説についての考察
 Ⅱ マゾッホの普通の契約書
 Ⅲ ルートヴィヒ二世との情事(ワンダの語るところによる)
原注
訳注
訳者あとがき

★ちくま学芸文庫の今月新刊5点はまもなく発売(10日頃)。バタイユ『呪われた部分』は同文庫では2003年の中山元訳『呪われた部分――有用性の限界』に続く新訳。より正確に言えば、中山訳の底本はガリマール版全集第7巻『有用性の限界――「呪われた部分」の破棄された版の断章』(1976年)であり、「バタイユがほぼ15年間にわたって書き残した『呪われた部分』の草稿、アフォリズム、ノート、構想をまとめたもの」(中山版訳者あとがきより)。今回の酒井訳は1949年にミニュイから刊行された初版本にもとづき、補遺として1933年1月に『社会批評』誌に発表された論考「消費の概念」を併載しています。つまり中山訳と酒井訳は草稿と刊本の関係にあり、酒井訳は生田耕作訳(二見書房版「ジョルジュ・バタイユ著作集」1973年)以来の45年ぶりの刊本版の新訳となります。(より詳しく言うと、生田訳では三種類のテクスト(初版本に加え、バタイユの死後に刊行された1967年の再販本と1971年のプワン叢書版)を「たえず照合して万全を期した。各版にわたって本文の字句の異同はないが、とくに引用文の組み方、行間空白のとりかた等に、かなり違いが見出される」と訳者あとがきで特記されています。)

★フロム『悪について』は文庫オリジナルの新訳。原著は1964年に刊行された『The Heart of Man: Its Genius for Good and Evil』です。既訳には鈴木重吉訳(紀伊國屋書店、1965年)があり、日本でも長く読み継がれてきた名著です。今回の53年ぶりの新訳にあたり、出口剛司さんによる「エーリッヒ・フロム『悪について』の新訳に寄せて」が巻末に付されており、本書を「『自由からの逃走』の続編であると同時に、『愛するということ』と一対をなす書物とフロム自身は位置付けている」と紹介され、「まもなく死語40年を経過しようとしているが、フロムの人気は依然として高く、そのアクチュアリティはいまだ汲み尽くされてはいない」と評価されています。

★デリダ『歓待について』は産業図書より1999年に刊行された単行本(原著は1997年刊)の文庫化。巻末特記によれば「訳文を前面に再検討し、副題を〔「パリのゼミナールの記録」から「パリ講義の記録」に〕改めた」とのことです。文庫版のためのあとがきによれば、訳者の廣瀬さんが文庫化の相談を受けたのは「たまたま『歓待の終焉』と題された書籍を手に取っていたときであった」と言います。『歓待の終焉』はギョーム・ル・ブラン(Guillaume Le Blanc, 1966-)とファビエンヌ・ブルジェール(Fabienne Brugère, 1964-)の共著としてフラマリオンから2017年に刊行された書籍で、ヨーロッパにおける難民問題を論じたもの。二人揃って2015年に来日講演を果たしているほか、それぞれ著書の訳書も出ています。ル・ブランは『働くってどんなこと? 人はなぜ仕事をするの? 』(岩崎書店、2017年)、ブルジェールは『ケアの倫理』(文庫クセジュ、2014年)や『ケアの社会――個人を支える政治』(風間書房、2016年)。廣瀬さんが「異邦人=外国人=よそ者」の問いを提起することさえ困難になっていることを実感している、と述懐されておられるのに共感を覚えます。

★清水真木『ニーチェ入門』は講談社選書メチエの一冊として2003年に刊行された『知の教科書 ニーチェ』の改題文庫化です。ちくま学芸文庫版のためのあとがきによれば「見出しと本文について若干の軸の修正が施され、読書案内が増補されたけれども」内容に相違はないとのことです。「最近のニーチェ研究者は、知的公衆に対する「贈与」への意欲に乏しいように見える。ヨーロッパとアメリカの最新の研究成果を追いかける「ジャーナリスティック」な態度が支配的になり、哲学界が全体として同時代の文化的生産の平面から退却して自己完結へと向かいつつあるからなのであろう。これは、日本文化の不幸であり、私は、この点についてひそかに懸念を抱いている」ともお書きになっており、出版人としては清水さんのご姿勢が励みになります。

★宮崎法子『花鳥・山水画を読み解く』は角川叢書の一冊として2003年に刊行されたものの文庫化。文庫版あとがきによれば「文庫化にあたっては、年月の差によって訂正する必要のある「近年」「最近」などの表記を改め、他にわずかな訂正や補足を行うにとどめた」とのことです。山水画と花鳥画の二部構成で、刊行当時、サントリー学芸賞を受賞された力作です。

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by urag | 2018-01-08 12:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 07日

人間社文庫での古部族研究会編『日本原初考』三部作の文庫化、ほか

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『諏訪信仰の発生と展開』古部族研究会編、人間社文庫、2017年12月、本体900円、文庫判並製496頁、ISBN978-4-908627-17-0
ロバート・キャパ写真集』ICP ロバート・キャパ・アーカイブ編、岩波文庫、2017年12月、本体1,400円、文庫判並製320頁、ISBN978-4-00-335801-6
リュシス 恋がたき』プラトン著、田中伸司/三嶋輝夫訳、講談社学術文庫、2017年12月、本体700円、A6判並製168頁、ISBN978-4-06-292459-7
水滸伝(四)』井波律子訳、講談社学術文庫、2017年12月、本体1,850円、A6判並製776頁、ISBN978-4-06-292454-2

★先月発売された文庫新刊からいくつか。名古屋の本屋さん「書物の森」のことは知っていましたが、人間社さんのことは詳しく知りませんでした。その人間社さんが人間社文庫という文庫レーベルを持っていて、その中に「日本の古層」という樹林舎さんが制作しているシリーズがあることをようやく先月、某書店の人文書売場の新刊台で知りました。『諏訪信仰の発生と展開』は「日本の古層」の第4弾。もともとは1978年に刊行された単行本の文庫化です。中沢新一さんが推薦文を寄せておられます。曰く「今日の諏訪信仰研究の隆盛は、すべてこの古部族研究会の活動によって礎が築かれたものである。古代・中世史の研究に前人未到の突破口を開いた名著がここに蘇る」と。本書の中核になっているのは9本の論考と『諏訪祭禮之次第記』の翻刻。守矢早苗さんによる「祖父真幸の日記に見る神長家の神事祭祀」が目を惹きます。本書は古部族研究会が70年代に刊行した『日本原初考』三部作の第3弾。人間社文庫では2017年9月に先行する『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』と『古諏訪の祭祀と氏族』が復刊されています。それぞれ山本ひろ子さんと山田宗睦さんの推薦文が帯に記されています。

★『ロバート・キャパ写真集』は帯文によれば「ロバート・キャパが撮影した約7万点のネガから、236点を精選して収録。岩波文庫初の写真集」と。文庫オリジナル編集の写真集のようです。巻頭にICP館長マーク・ルベル氏による序言、巻末に同学芸員シンシア・ヤング氏の解説とロバート・キャパ略年譜が付されています。次にはセバスチャン・サルガドの写真集を文庫化してくれたら嬉しいです。

★講談社学術文庫の『リュシス 恋がたき』は文庫オリジナルの新訳。書名の通り二篇の対話篇を収録しています。翻訳の底本はバーネット版プラトン全集。凡例に寄れば「バーネットとは異なる読みを採る場合には、訳註で説明を加えた」とのことです。訳文の上段にはステパノス版プラトン全集の頁数と段落が銘記されていて、親切です。「リュシス」は友愛を論じ、「恋がたき」は知を愛することすなわち哲学について問います。小さな本ですが、重要です。一方『水滸伝(四)』は全五巻の第四巻。第61回から第82回までを収録。まもなく(1月12日)に第五巻が発売となって新訳完結です。

★次に先月発売の単行本の中から何点か。

アーレントの二人の師』ハンナ・アーレント著、仲正昌樹訳、明月堂書店、2017年12月、本体1,600円、四六判上製158頁、ISBN978-4-903145-59-4
フロイト症例論集2――ラットマンとウルフマン』藤山直樹編訳、岩崎学術出版社、2017年11月、本体4,000円、A5判上製264頁、ISBN978-4-7533-1130-9
批評について――芸術批評の哲学』ノエル・キャロル著、森功次訳、勁草書房、2017年11月、本体3,500円、四六判上製296頁、ISBN978-4-326-85193-5

★『アーレントの二人の師』は巻頭の編集部注記によれば、『暗い時代の人間性について』(情況出版、2002年)と「80歳になったハイデッガー」(『ハンナ・アーレントを読む』情況出版、2001年)を一冊にまとめたもの。再録にあたり、誤字脱字の訂正と表記上の若干の変更(ハイデッガーをハイデガーに、など)を施したとのことです。巻末には仲正さんによる訳者解説「アーレントの二人の師」が収められています。

★『フロイト症例論集2』は2014年の『フロイト技法論集』と同じ監訳者によるフロイトの新訳論集。「強迫神経症の一症例についての覚書(1909)」と「ある幼児神経症の病歴より(1918[1914])を収録。前者がラットマン(鼠男)、後者がウルフマン(狼男)と呼び慣らわされている症例を扱っており、英語標準版を底本として新訳されています。刊行が前後していますが、いずれ『フロイト症例論集1――ドラとハンス』も刊行されるようです。監訳者あとがきによればさらに、「一、二冊、メタサイコロジー論集を刊行し、技法、症例、理論という、フロイト論文のなかで臨床に直接結びつくものについてカバーしたいと思っている」とのことです。ちなみに今月の講談社学術文庫ではフロイトの『メタサイコロジー論』が十川幸司さんの新訳でまもなく発売予定です。

★昨年は2月に注目の芸術論が一気に刊行されました。デイヴィッド・ホックニー/マーティン・ゲイフォード『絵画の歴史――洞窟壁画からiPadまで』青幻舎、アーサー・C・ダントー『芸術の終焉のあと――現代芸術と歴史の境界』三元社、ボリス・グロイス『アート・パワー』現代企画室、ネルソン・グッドマン『芸術の言語』慶應義塾大学出版会。後回しにしているうちに10月には、もう一冊ダントーの『ありふれたものの変容――芸術の哲学』慶應義塾大学出版会が出て、さらに11月には『美術手帖2017年12月号:これからの美術がわかるキーワード100』、そして12月冒頭にはキャロル『批評について――芸術批評の哲学』勁草書房。とてもすべてを追いかけきれるものではないのですが、ひとまずこの中からキャロルを真っ先に選びました。原著は『On Criticism』(Routledge, 2009)です。ノエル・キャロル(Noël Carroll, 1947-)はニューヨーク市立大学大学院センターの哲学プログラム卓越教授で、元アメリカ美学会会長。分析美学を牽引してきた哲学者でそのキャリアの割にはなんと本書が初訳本なのですね。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

★このほか最近では以下の書目との出会いがありました。

イブン・タイミーヤ政治論集』イブン・タイミーヤ著、中田考編訳解説、作品社、2017年12月、本体3,800円、四六判上製338頁、ISBN978-4-86182-674-0
ビガイルド――欲望のめざめ』トーマス・カリナン著、青柳伸子訳、作品社、2017年12月、本体2,800円、四六判並製432頁、ISBN978-4-86182-676-4
『来者の群像――大江満雄とハンセン病療養所の詩人たち』木村哲也著、編集室水平線、2017年8月、本体1,600円、四六判並製256頁、ISBN978-4-909291-01-1
『遠い声がする――渋谷直人評論集』渋谷直人著、編集室水平線、2017年9月、本体2,000円、四六判並製232頁、ISBN978-4-909291-02-8

★『イブン・タイミーヤ政治論集』は帯文に曰く「イスラーム国法学と政治の一般理論、現代原理主義反体制武装闘争派の革命論に理論的基礎を与えたファトワ―(教義回答)など、現代中東政治を読み解くための最良の古典」と。「シャリーアに基づく政治」「ファトワー:タタール(モンゴル)軍との戦いは義務か?」「イスラームにおける行政監督(ヒスバ)」の翻訳に、訳者解説「何故、今、イブン・タイミーヤなのか?」が付されています。後書によれば、「シャリーアに基づく政治」「ファトワー:タタール(モンゴル)軍との戦いは義務か?」は『イスラーム政治論――イブンタイミーヤ シャリーアによる統治』として1991年に日本サウディアラビア協会から非売品として刊行されていたもので、今回全面的な改訳を施し、「イスラームにおける行政監督」を新たに訳出して加えたもの、とのことです。イブン・タイミーヤ(1263-1328)はシリア生まれ。伝統主義的なハンバリー学派の法学者にして神学者です。本書は中田さんのライフワークともいうべき一書だそうです。

★『ビガイルド――欲望のめざめ』はアメリカの小説家であり脚本家のトーマス・カリナン(Thomas P. Cullinan, 1919-1995)が1966年に上梓した『The Beguiled(惑わされた者たち)』の全訳。南北戦争末期に傷ついた敵兵をかくまうことになった女学園が舞台の物語で、1971年に映画化されたのち、今年にはソフィア・コッポラ監督、ニコール・キッドマン主演、コリン・ファレルほか出演で再映画化され、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞しています。同映画は来月、2月23日より日本でも全国公開となるそうです。2段組で400頁を超える長篇。

★木村哲也『来者の群像』と、渋谷直人『遠い声がする』は新刊ではありませんが、昨年の晩夏に創業した「編集室水平線」の新刊2点です。同社は某人文書版元の編集者氏が長崎市で起こした出版社で、今のところ出版物は上記2点。実直な氏らしい、素晴らしい本です。詳細については同社のウェブサイトをご覧ください。現時点では書店での取り扱いはなく、ウェブサイトからの直接注文のみ受け付けているとのことです。

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by urag | 2018-01-07 23:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 06日

注目新刊とイベント情報:佐藤嘉幸/廣瀬純『三つの革命』、ほか

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★佐藤嘉幸さん(共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』)
★廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
ともに1971年生まれのお二人がドゥルーズ/ガタリの共著『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』の「核心に「革命」という揺るぎない主題があった」(序論、12頁)ことを示す意欲作『三つの革命』を先月上梓されました。本年末の紀伊國屋じんぶん大賞に間違いなくランクインするであろう書目であり、続篇も予感させる内容となっています。また、日本の社会状況に鋭く切り込んだ結論は豊かな議論の呼び水となるのではないかと思われます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお佐藤さんは清水知子さんとの共訳でジュディス・バトラーの『アセンブリ――行為遂行性・複数性・政治』を青土社さんから今月下旬に上梓されるようです。

三つの革命――ドゥルーズ=ガタリの政治哲学
佐藤嘉幸/廣瀬純著
講談社選書メチエ 2017年12月 本体2,000円 四六判並製352頁 ISBN978-4-06-258667-2

なお、上記のお二人に、
★江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
を加えたお三方で、『三つの革命』刊行記念のトークショーが今月中旬、以下の通り行われます。トークショー終了後、サイン会が行なわれるとのことです。『三つの革命』をお求めのお客様に、佐藤嘉幸さんと廣瀬純さんがサインされます。


出演:佐藤嘉幸、廣瀬純、江川隆男
日時:2018年1月16日 (火) 19時00分~(開場:18時30分)
会場:八重洲ブックセンター本店 8F ギャラリー
料金:500円(税込) 当日会場にてお支払いください。 
定員:80名(申し込み先着順) ※定員になり次第、締め切らせていただきます。
申込:1階カウンターにて参加整理券をお渡しいたします。また、お電話によるご予約も承ります。(電話番号:03-3281-8201)※参加整理券1枚につき、お1人のご入場とさせていただきます。
主催:八重洲ブックセンター/協賛:講談社

内容:三つの革命20世紀を代表する哲学者ジル・ドゥルーズ(1925-95年)は、『差異と反復』(1968年)と『意味の論理学』(1969年)を公刊したあと、精神科医であるフェリックス・ガタリ(1930-92年)との協同作業に挑んだ。その成果は『アンチ・オイディプス』(1972年)と『千のプラトー』(1980年)という世間を驚愕させる著作を生み出し、さらに晩年に至って『哲学とは何か』(1991年)を世に問うことになる。これら3冊を貫くただ一つの課題とは何だったのか? そして、それは今日の情勢、とりわけ2011年以降の日本の情勢の下でも有効性をもちうるのか? 誰もなしえなかった大胆にして精緻な読解を新著『三つの革命──ドゥルーズ゠ガタリの政治哲学』で行った佐藤嘉幸と廣瀬純が、独自のドゥルーズ゠ガタリ読解で知られる江川隆男に対峙する。初顔合わせとなる未曾有の討論が、ここに始まる!

★本橋哲也さん(訳書:ジェームズ『境界を越えて』、共訳:スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
イラン出身の中東研究家にして比較文学者で、アメリカ・コロンビア大学教授のハミッド・ダバシ(Hamid Dabashi, 1951-;より原音に近い表記では、ハミード・ダッバーシー)の著書『ポスト・オリエンタリズム』(原著『Post-Orientalism: Knowledge and Power in Time of Terror』Transaction Publishers, 2009)の共訳書を昨年末上梓されました。ダバシの単独著が訳されるのは『イラン、背反する民の歴史』(青柳伸子/田村美佐子訳、作品社、2008年)以来です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。

ポスト・オリエンタリズム――テロに時代における知と権力
ハミッド・ダバシ著 早尾貴紀/本橋哲也/洪貴義/本山謙二訳
作品社 2017年12月 本体3,400円 46判上製380頁 ISBN978-4-86182-675-7

★星野太さん(著書:『崇高の修辞学』)
★近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
昨年末に発売された青土社さんの月刊誌『現代思想2018年1月号 特集=現代思想の総展望2018』に寄稿されています。
星野さんの論考「暗き生――メイヤスー、ブラシエ、サッカー」(164~175頁)の節題を列記しておくと、1:21世紀の「生の哲学」、2:群れ――生と内在、3:極限環境微生物――生と例外、4:無-相関――祖先以前性と事後性、5:おわりに。
近藤さんは黒木萬代さんとともにルーベン・ハーシュによる書評「アラン・バディウ『数と数たち』」をお訳しになり(228~233頁)、さらに図解「現代思想の古層と表層のダイアグラム――狭義の現代思想とそれと肯定的/批判的に関連する哲学・思想・科学諸分野の関係図」(234~235頁)と、ダイアグラムのための「端書き――制作意図の説明あるいは釈明」(236頁)をお寄せになっておられます。このダイアグラムは19世紀から現在に至る思潮年表ともなっており、書店さんにおかれましては拡大コピーしてご活用いただけるのではないかと思われます。

★鈴木一誌さん(共著:『絶対平面都市』)
東京大学出版会が発行する月刊PR誌「UP」2018年1月号に、「ノイズへの恩義――長谷正人『ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化』を読んで」が掲載されています(7~12頁)。なお現物未確認ですが、『中央公論』2018年1月号の巻頭グラビア「わたしの仕事場」が「鈴木一誌――本に囲まれた地下空間」とのことです。

★上村忠男さん(訳書:アガンベン『到来する共同体』、編訳:パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
未來社が発行する季刊PR誌「未来」の2018年冬号(590号)で新連載「独学の思想」が始まっています。第1回は「フッサール『危機』書からの再出発」です(10~21頁)。なお上村さんは未來社より2月に近年の論考をまとめた『言説の異他なる反場所から』(四六判上製250頁、本体予価3,200円、ISBN978-4-624-93282-4)を上梓されるご予定だそうです。シリーズ「ポイエーシス叢書」の第72弾。

★川田喜久治さん(写真集:『地図』)
東麻布2丁目のPGIにて、「ロス・カプリチョス」全シリーズのプリントを展示する個展が今月中旬より行われます。入場無料。開館は月~金が11~19時、土が11~18時。日祝は休館。イベント名のリンク先で川田さんご自身によるメッセージを読むことができます。


日時:2018年1月12日(金)~3月3日(土)
場所:PGI(港区東麻布2-3-4 TKBビル 3F)
内容:「ロス・カプリチョス」は、1972年に『カメラ毎日』で連載したのを皮切りに写真雑誌で散発的に発表され、1986年にはフォト・ギャラリー・インターナショナル(現PGI)で個展を開催しましたが、その後1998年に「ラスト・コスモロジー」、「カー・マニアック」と共に、カタストロフ三部作の一つとして写真集『世界劇場』にまとめられただけで、「ロス・カプリチョス」として一つの形にまとめられたことはありませんでした。本展「ロス・カプリチョス –インスタグラフィ– 2017」は、1960年代から1980年代初めまでに撮影された中から、未発表作品を含め新たにNew Editionとして再構成し、更に近年2016–2017年に撮影した作品を『続編』として編んだものです。幻想的銅版画集、ゴヤの『ロス・カプリチョス』に惑わされた川田が、そのイメージの視覚化に没頭し、街を彷徨い、その幻影を追ったこの作品は、スナップ的な手法で、時に多重露光などの技法を用い、身近な日常風景、都市風景に不穏な影を落とし、現代に蔓延する社会不安から終末思想を体現してきました。その写真は見るものに違和感を与え、不安を煽り、私たちの心を揺さぶります。本展では、当時のネガより新たに制作されたアーカイバル・ピグメント・プリントを展示致します。

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by urag | 2018-01-06 13:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 24日

注目新刊:クリッチリー『ボウイ』新曜社、ほか

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ボウイ──その生と死に』サイモン・クリッチリー著、田中純訳、新曜社、2017年12月、本体2,000円、四六変形並製256頁、ISBN978-4-7885-1554-3
猫はこうして地球を征服した――人の脳からインターネット、生態系まで』アビゲイル・タッカー著、インターシフト発行、合同出版発売、2018年1月、本体2,200円、46判並製272頁、ISBN978-4-7726-9558-9
貧しい出版者――政治と文学と紙の屑』荒木優太著、フィルムアート社、2017年12月、本体2,800円、四六版上製312頁、ISBN978-4-8459-1705-1
詩人調査 松本圭二セレクション第7巻(小説1)』松本圭二著、航思社、2017年12月、本体2,600円、四六判上製仮フランス装264頁、ISBN978-4-906738-31-1
「砂漠の狐」回想録――アフリカ戦線1941~43』エルヴィン・ロンメル著、大木毅訳、作品社、2017年12月、本体3,400円、ISBN978-4-86182-673-3
宗教改革から明日へ――近代・民族の誕生とプロテスタンティズム』ヨゼフ・ルクル・フロマートカ編著、平野清美訳、佐藤優監訳、2017年12月、本体4,800円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-582-71718-1
神の国とキリスト者の生――キリスト教入門』A・B・リッチュル著、深井智朗/加藤喜之訳、春秋社、2017年11月、本体4,000円、四六判上製344頁、ISBN978-4-393-32375-5
人文死生学宣言――私の死の謎』渡辺恒夫/三浦俊彦/新山喜嗣編著、重久俊夫/蛭川立著、春秋社、2017年11月、本体2,500円、四六判上製256頁、ISBN978-4-393-33362-4

★『ボウイ』は『On Bowie』(Serpent's Tail, 2016)の全訳。著者はイギリスの哲学者であり現在はニューヨークのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチでハンス・ヨナス記念教授を務めるサイモン・クリッチリー(Simon Critchley, 1960-)です。彼の単独著が翻訳されるのは、『ヨーロッパ大陸の哲学』(佐藤透訳、岩波書店、2004年;原著『Continental Philosophy』2001年)、『哲学者たちの死に方』(杉本隆久/国領佳樹訳、河出書房新社、2009年;原著『The Book of Dead Philosophers』2008年)に続いて3冊目。訳者あとがきによれば『ボウイ』の原書はまずOR Booksから2014年に『Bowie』として刊行され、2016年に増補改訂版が発売。今回の訳書では「著者からの指示にもとづき、最新の内容である前者〔すなわちSerpent's Tail版〕を底本とした」とのことです。ちなみにOR Booksの増補改訂版とSerpent's Tail版とは「若干の異同がある」そうです。坂本龍一さんによる帯文の一部や訳者あとがきの一部、そして目次は書名のリンク先でご確認いただけます。

★本書の冒頭でクリッチリーは「いささかまごつかせるような告白から始めさせてほしい。わたしの人生を通して、デヴィッド・ボウイ以上に大きな喜びを与えてくれた人物はいない」(8頁)と書いています。そして田中純さんによる訳者あとがきの書き出しは次の通りです。「「ボウイのアルバムのような書物を書きたい」と、ひそかに思い続けてきた。/著者クリッチリー氏はこの本で、わたしのそんなあこがれを達成している――しかもデヴィッド・ボウイそのひとを論じることによって」(237頁)。さらにクリッチリーは「日本語版へのメッセージ」でこうも書いています。「日本にはボウイのファンがとても大勢いることをわたしは知っている。わたしが心から願うのは、この書物の言葉がそのうち何人かと共鳴しうるものであること、そして、わたしにとって過去五十年間でもっとも重要なアーティストだった人物を正当に評価しうるものであることだ」(235頁)。クリッチリーの単独著の訳書の中でもっとも広範な読者を獲得するのではないかと想像できる本書は、哲学者の生がボウイの音楽と思想と幾度も絡み合うさまを語った、それ自体が「出会いの書」です。その美質は祖父江慎さんによる洒脱な造本にも表れていると思います。また個人的には、ツェランとボウイが「詩」において交錯するという96頁の記述に強い印象を抱きました。

★『猫はこうして地球を征服した』は『The Lion in the Living Room: How House Cats Tamed Us and Took Over the World』(Simon & Schuster, 2016)の全訳です。目次や「はじめに」は書名のリンク先でご覧になれます。また、ここでは記しませんが、本書の巻末には本書の注をダウンロードできるURLが記載されています。同書は2016年に『フォーブス』誌、『ライブラリー・ジャーナル』誌、『スミソニアン』誌などで年間ベスト・サイエンス・ブックスに選ばれており、すでに12か国で出版されているとのこと。「はじめに」にはこうあります。「イエネコの物語は生命をめぐる不思議の物語、驚くべき自然の継続力の物語でもある。それをよく知れば、私たちは自分中心の考えを改めるだけでなく、ついつい赤ちゃん扱いして守ろうとしてしまう生きものを、もっと冷静な目で見るチャンスを得られる。〔・・・〕本物の愛情には理解が必要だ」(19頁)。どの章もたいへん興味深いですが、特に第5章「ネコから人間の脳へ感染する」の諸節(ライオンに食べられたい/トキソプラズマの世界的権威/なぜ感染力が強いのか/人間の心を操る/統合失調症とのかかわり/古代エジプトのミイラにも)や、第8章「なぜインターネットで大人気なのか」は、ネコを飼って「いない」読者や、イヌ派の読者にとっても興味深く読めるものなのではないかと想像します。

★『貧しい出版者』は帯文に曰く「新進気鋭の在野研究者、荒木優太の処女作が大幅増補で堂々の復活!!」と。荒木さんのデビュー作『小林多喜二と埴谷雄高』(ブイツーソリューション、2013年)を第一部とし、新たな序文と論考群を加えたものです。第二部「貧しいテクスト論四篇」はデビュー作の補論となる関連論文を収め、第三部「自費出版録」では「自費出版が、どのような意図のもとで計画され、どれくらい売れたのかといったレポートを再録することで、実践した流通の試みを再現できるように」(「あとがきふたたび――改題由来」)したとのことです。目次詳細やためし読みは書名のリンク先をご覧ください。「テクストの運動が本来出会うはずもないような者たち、出会いたかったけれども出会えなかった人たちを当人も気づかないまま出会わせることがある。本書で考察してきた小林多喜二と埴谷雄高という耳慣れないこの対は、その奇跡的な場所に関する冒険的な読解の試みであった」(193頁)、とは第一部の結びの言葉です。前著『これからのエリック・ホッファーのために──在野研究者と生の心得』(東京書籍、2016年2月)から約一年、「元々もっていたコンセプトを体現する完成版にやっと到達した」というデビュー作の再刊は、文学研究や政治評論、出版論や作家論の枠にとらわれずに横断していく著者自身の戦い方をも示しています。

★「複数の副業に就きつつも、それでアートの部分を完全に無償にするのではなく、少額でも不定期でもいいから、文章を書き、それをカネで買ってもらう、そんな回路がもっと一般化すればいいと思っている」(261頁)。「もちろん、それはカネを得ることで飯を食うためではない。カネを得て、無償行為がはらみやすい倒錯的な論理とは別の筋道を通って文章を書くことだってできるのだと示したいからだ。そして、アートの内側には一般社会が地続きにあることを示すことで、不必要な神聖視や両者の遊離を和らげていきたいからだ。それはきっとアマチュア・クリエーターたちの(どんな方向であれ)成長に資する環境を整えるだろう。文学者も芸術家もサラリーマンの隣りにいる。駅前の本屋にだってプラトンがいるのだ」(262頁)。この視線、この熱こそ荒木さんの魅力ではないかと感じます。

★『詩人調査』は、航思社版「松本圭二セレクション」第7巻(小説1)です。「あるゴダール伝」(「すばる」2008年4月号)と「詩人調査」(「新潮」2010年3月号)を収録。「詩人調査」における宇宙公務員の質問(曰く「デジタルノイズのような声」172頁)がすべて、細かいバーコードのように印刷されているのがユニーク。バーコードの模様は様々でこれが全部「指定」だったらと仮定すると戦慄を覚えます。主人公の詩人、39歳男性の園部は質問にこう答えます。「だからわたしたちが、期せずして「地下活動」を志向してしまうのは、反社会ということではなく、おそらくは自然の摂理に近いのだと思います。考えるまでもなく、可能性はアンダーグラウンドにしかないわけです」(169~170頁)。「ただ、一つ言えることは、アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドの栄光があるということです。その栄光は、しかし金にはなりません。ある種の実験的精神、革命的もしくは無政府主義的なラディカリズムが金になったのは、わたしが知るかぎり「クレヨンしんちゃん」だけです」(170~171頁)。主人公の語りに著者自身が姿が重なるような印象があります。内容紹介と付属する「栞」に収められた著者解題「ラブ&」での重要部分は書名のリンク先で読むことができます。著者解題にはかの「重力」誌についても証言あり。栞には金井美恵子さんによる「「奴隷の書き物」の書き方について」も収められています。

★『「砂漠の狐」回想録』は1950年に刊行された『Krieg ohne Hass(憎悪なき戦争)』の全訳。底本は同年刊の第二版とのことです。帯文に曰く「DAK(ドイツ・アフリカ軍団)の奮戦を、指揮官自ら描いた第一級の証言。ロンメルの遺稿ついに刊行!【ロンメル自らが撮影した戦場写真/原書オリジナル図版、全収録】」と。作品社さんでのロンメル(Erwin Johannes Eugen Rommel, 1891-1944)の訳書は一昨年夏の『歩兵は攻撃する』 (浜野喬士訳、作品社、2015年7月)に続く2点目です。ロンメル夫人(ルチー=マリア)による序文に始まり、第一章「最初のラウンド」、第二章「戦車の決闘」、第三章「一度きりのチャンス」、第四章「主導権の転換」、第五章「希望なき戦い」、第六章「一大退却行」、第七章「戦線崩壊」、第八章「闇来たりぬ(ある回顧)」、の全八章。大木毅さんによる訳者解説「狐の思考をたどる」が付されています。ロンメルは第三章でこう述懐しています。「大胆な解決こそ、最大の成功を約束してくれる。私は、そういう経験をした。作戦・戦術上の果敢さは、軍事的賭博と区別されねばならぬ。望む通りの成功が得られる可能性があるものこそ、大胆不敵な作戦というものだ。ただし、その際、失敗した場合に備えて、いかなる状況であろうとしのげるよう、多くのカードを手中に残しておくのである」(144頁)。

★『宗教改革から明日へ』は佐藤優さんによる「監訳者まえがき」の文言を借りると「チェコの傑出したプロテスタント神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカ(Josef Lukl Hromádka, 1889-1969)が中心となって、1956年に社会主義体制のチェコスロヴァキアで刊行された論文集だ。フロマートカの他に、アメデオ・モルナール(歴史神学者)、ヨゼフ・B・ソウチェク(新約聖書神学者)、ルジェック・ブロッシュ(組織神学者)、ボフスラフ・プロピーシル(実践神学者)というチェコを代表するプロテスタント神学者の優れた論攷が収録されている」。「絶望的な状況においてこそ、神の愛がリアリティをもって迫ってくるというチェコ宗教改革の思想は、21世紀の危機的状況でわれわれが生き残るための指針を示してくれる」ともお書きになっています。古くは日本では「ロマドカ」と表記されていたフロマートカを近年積極的に再評価されてきたのが他ならぬ佐藤優さんであることは周知の通りです。今回翻訳された論文集『Od reformace k zítřku』は、「ボヘミア宗教改革とその後のチェコ・プロテスタンティズムの歴史」(佐藤優「解題」より)を扱っており、フロマートカの「序文」と「宗教改革から明日へ」、モルナール「ボヘミア宗教改革の終末論的希望」、ソウチェク「より新しい聖書研究に照らした兄弟団の神学の主たる動機」、ブロッシュ「寛容令から今日へ」、プロピーシル「自由への奉仕」が収められ、巻末には聖書箇所索引が付されています。

★『神の国とキリスト者の生』は『Unterricht in der christlichen Religion』(Bonn: Marcus, 1875; 2.Aufl., 1881; 3. Aufl., 1886)の訳書。19世紀ドイツの神学者アルブレヒト・リッチュル(Albrecht Benjamin Ritschl, 1822-1889)の翻訳は、白水社の「現代キリスト教思想叢書」第1巻(1974年)所収の講演「キリスト者の完全性」および主著の抄訳「義認と和解」(どちらも森田雄三郎訳) 以来で、単独著としては初めてではないでしょうか。帯文はこうです。「神学をロマン主義から解き放ち、啓示の場所を人間の道徳性に求めて、神学を実証主義に耐えうる学問たらしめんとした近代神学の巨人」と。初版、第二版、第三版それぞれの序言に始まり、序論、第1部「神の国についての教え」(A:宗教的理念としての神の国、B:倫理の根本思想としての神の国)、第2部「キリストによる和解についての教え」、第3部「キリスト教徒の生活についての教え」、第4部「公的な礼拝についての教え」の4部構成で、読者の便宜のために、聖書参照箇所一覧、各版の異同を示した訳注、訳者の深井智朗さんによる解説「同時代への責任意識――アルブレヒト・リッチュルとその神学がめざしたもの」が付されています。カール・バルトが『十九世紀のプロテスタント神学』(上中下巻、『カール・バルト著作集』第11~13巻、新教出版社、1971-2007年)でリッチュルに言及した箇所において論じていたのは本書『神の国とキリスト者の生』だそうです。ちなみに、『説教の神学』(関田寛雄訳、日本基督教団出版局、1986年)や『現代神学の論理の転換――その場・理論・確証』(畑祐喜訳、新教出版社、1998年)などの訳書があるディートリヒ・リッチュル(Dietrich Ritschl, 1929-)は、アルブレヒトの孫です。

★『人文死生学宣言』は「人文死生学研究会」の活動成果であり、同会の世話人5名が執筆した論文集です。編者代表の渡辺恒夫さんによる「まえがき――人文死生学宣言」にはこう書かれています。「本書の著者たちは、〔・・・〕死を定められた当事者として自己の死を徹底的に思索しぬく場として、人文死生学研究会という会を設けるにいたった。人文死生学とは、元々、臨床死生学に対比させた名称であるが、自己の死を思索するために、現象学、分析哲学、論理学、宗教学など、人文学もしくは人文科学と称されている諸学の成果を、徹底的に活用しようという意図が込められている。本書はその最初の成果である」(iii頁)。入門篇「人文死生学への招待」と各論篇「死と他者の形而上学」の二部構成で、7本の論考と2本のコラム、そして付論、まえがき、あとがき、で構成されています。目次詳細はhonto掲載のものが一番親切ですが、「三浦による批判への応答」と記載されているのが付論で、三浦論文「一人称の死――渡辺、重久、新山への批判」に対する応答なのですが、これは渡辺さんだけでなく、重久さんや新山さんも書いておられます。

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by urag | 2017-12-24 14:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 18日

ブックツリー「哲学読書室」に相澤真一さんと磯直樹さんによる選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、ベネットほか『文化・階級・卓越化』(青弓社、2017年10月)の共訳者でいらっしゃる相澤真一さんと磯直樹さんによるコメント付き選書リスト「現代イギリスの文化と不平等を明視する」が追加されました。リンク先にてご覧いただけます。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む
河野真太郎(こうの・しんたろう:1974-)さん選書「労働のいまと〈戦闘美少女〉の現在
岡嶋隆佑(おかじま・りゅうすけ:1987-)さん選書「「実在」とは何か:21世紀哲学の諸潮流
吉田奈緒子(よしだ・なおこ:1968-)さん選書「お金に人生を明け渡したくない人へ
明石健五(あかし・けんご:1965-)さん選書「今を生きのびるための読書
相澤真一(あいざわ・しんいち:1979-)さん/磯直樹(いそ・なおき:1979-)さん選書「現代イギリスの文化と不平等を明視する

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by urag | 2017-12-18 19:46 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 17日

注目新刊:ボストロム『スーパーインテリジェンス』日本経済新聞出版社、ほか

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★ここ最近の注目書には分厚い本が多いです。

スーパーインテリジェンス――超絶AIと人類の命運』ニック・ボストロム著、倉骨彰訳、日本経済新聞出版社、2017年11月、本体2,800円、四六判上製720頁、ISBN978-4-532-35707-8
現代革命の新たな考察』エルネスト・ラクラウ著、山本圭訳、法政大学出版局、2014年12月、本体4,200円、四六判上製406頁、ISBN978-4-588-01020-0
思想 2017年12月号 E・ヴィヴェイロス・デ・カストロ』岩波書店、2017年11月、A5判並製150頁、ISSN0386-2755
吉本隆明全集14[1974-1977]』吉本隆明著、晶文社、2017年12月、本体6,500円、A5判変型上製584頁、ISBN978-4-7949-7114-2
金鱗の鰓を取り置く術』笠井叡著、現代思潮新社、2017年12月、本体20,000円、A5判上製貼函入832頁、ISBN978-4329100078
近世読者とそのゆくえ――読書と書籍流通の近世・近代』鈴木俊幸著、平凡社、2017年12月、本体7,400円、A5判上製592頁、ISBN978-4-582-40298-8

★『スーパーインテリジェンス』は『Superintelligence: Paths, Dangers, Strategies』(Oxford University Press, 2014)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「人類がいつの日か、汎用知能(一般知能)において人間の頭脳を超越する人工知能を構築することができたなら、それは非常にパワフルなスーパーインテリジェンス(超絶知能)となりうる。そのとき、われわれ人類の運命は、機械〔マシン〕のスーパーインテリジェンスに依存することになるだろう。〔・・・〕スーパーインテリジェンスの出現によってもたらされる課題とは何か。本書は、この問いの本質を理解し、それにどのように答えるべきかを考察する試みである。この問いの答えを見つける作業は、われわれ人類にとっておそらく、歴史上いまだかつてない重要な作業となり、かつ、困難な作業となりうる。そして、その結果が成功しようが失敗しようが、いずれにしても、それはわれわれ人類にとっておそらく最初で最後の挑戦となろう」(「原著まえがき」5~6頁)。

★「本書の大方は、スーパーインテリジェンスが出現したら、その後、世界はどうなるのか、という問題の考察にさかれている。たとえば、スーパーインテリジェンスの形態とパワー、知能爆発の速度、そして超絶知能エージェントが獲得しうる戦略的優位性といったトピックについて考察している。その後、中盤の数章では、これらの考察の結果を踏まえ、コントロール問題の取り扱いに議論の軸足を移し、人類が、スーパーインテリジェンスの初期条件をどう設定すれば、人類の継続的な生存が約束され、かつ、人類の利益のためになる結果が実現されるかについて考察している。さらに、最終版の数章においては、何をなせば、人類消滅のカタストロフィ回避のチャンスを高められるかについていつくか提言を行っている」(6頁)。

★ボストロム(Nick Bostrom, 1973-)はスウェーデン生まれの哲学者。オックスフォード大学教授、人類の未来研究所および戦略的人工知能研究センターの所長であり、世界トランスヒューマニスト協会の共同創立者です。本書が初訳となります。訳者あとがきによれば本書は「瞬く間にニューヨーク・タイムズ紙ベストレラーとなり、イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、スティーヴン・ホーキング、および、その他の多数の学者や研究者に影響を与え、彼らをして、AIの開発研究は安全性の確保が至上命題、と言わしめるきっかけになった」と紹介されています。参考になる動画として「TED TALK」における2005年7月の「人類三つの課題」と、2015年3月の「人工知能が人間より高い知性を持つようになったとき何が起きるか?」、そして、巻頭の「スズメの村の、終わりが見えない物語」をアニメ化した作品をご紹介しておきます。なお、世界トランスヒューマニスト協会(現在は「ヒューマニティ・プラス」)に加盟する国内の団体に「日本トランスヒューマニスト協会」があるそうです。



★『スーパーインテリジェンス』のようにある意味エクストリームな哲学書および関連書としては近年では、『現代思想 2015年9月号 特集=絶滅――人間不在の世界』(青土社)や、ドゥルーズを憎しみと破壊の哲学として読みとくカルプ『ダーク・ドゥルーズ』(大山載吉訳、河出書房新社、2016年11月)、反出生主義を標榜するデイヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった――存在してしまうことの害悪』(小島和男/田村宜義訳、すずさわ書店、2017年10月)などがありました。今後も増えるかもしれませんが、どう分類すべきか、興味は尽きません。これらをあえて一緒(!)にして「ダークな哲学(仮)」コーナーを店頭でお作りになる場合はぜひ、埴谷雄高『死霊』(全三巻、講談社学術文庫)も置いて下さると面白いと思います。またこそに、江川隆男『アンチ・モラリア』(河出書房新社、2014年6月)や、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ カストロ『食人の形而上学』(檜垣立哉/山崎吾郎訳、洛北出版、2015年10月) 、マラブー『新たなる傷つきし者』(平野徹訳、河出書房新社、2016年7月) 、ヘグルンド『ラディカル無神論』(吉松覚/島田貴史/松田智裕訳、法政大学出版局、2017年6月)、そして来月ついに発売となるマルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(清水一浩訳、講談社選書メチエ、2018年1月)や、小泉義之『新しい狂気の歴史』(青土社、2018年1月)などを並べるとさらに議論の枠組が広がるかと思われます。

★『現代革命の新たな考察』は『New Reflection on the Revolution of Our Time』(Verso, 1990)の全訳。目次は書名のリンク先をご確認下さい。第4章「釈明なきポスト・マルクス主義」はシャンタル・ムフとの共著で、付録の「言説-分析を超えて」はスラヴォイ・ジジェクによるものです。序文にはこうあります。「伝統的な左派が寄りかかってきた様々な想定はいまや修正を必要としているが、その修正の度合いを最小限に抑えようとしても無駄なことである。ただ批判と見直しだけがみずみずしく健全な新しい出発点を提供できる。そしてとりわけ、仮想的なマルクス、つまりその言説が後の「マルクス主義」の改変を被っていないマルクスというような希望的観測など存在しない。〔・・・〕本書がその一部を成すポスト・マルクス主義の観点は、短なる理論的な選択以上のものである。すなわちそれは、ここ十年で広がり始めた歴史的状況において左派の政治的プログラムの再定式化を目論むものにとって不可避の決断なのである」(4~5頁)。【12月20日追記:刊行年月を2017年12月と誤記しておりました。ただしくは2014年12月でした。お詫びして訂正します。3年前の書籍ですが、素晴らしい本なのでこのまま掲載させていただきます。ちなみに何をきっかけに勘違いしたのかは思い出せませんでした。疲れているのかもしれません。】

★『思想 2017年12月号 E・ヴィヴェイロス・デ・カストロ』は売行良好のためになかなかオンライン書店では在庫が復活しませんが、書店さんの店頭で見つけ次第買っておくべき特集号です。目次は誌名のリンク先をご覧ください。ヴィヴェイロス・デ・カストロの2012年の論考「人類学における「変形」、「人類学」の変形」を始め、檜垣立哉、パトリス・マニグリエ、近藤宏、モハーチ・ゲルゲイ、山崎吾郎、エリー・デューリング、の各氏の論文が収録されています。

★『吉本隆明全集14[1974-1977]』は、第15回配本。「神話の物語や歌謡には、語ることと謳うことが、じっさいの行為と区別できなかった時代がうもれている」という一文で始まる『初期歌謡論』(1977年)と、その同時期に発表された関連する評論・講演・エッセイを収録。「〈初期〉ということ〈歌謡〉ということ」と題されたエッセイではこう自身の仕事を振り返っておられます。「なぜわたしたちは、俳句、短歌、現代詩をひとしく、〈詩〉としてつかむ視点をもちえないのか。〔・・・〕誰からもどこからも手段を借りずに、統一的な〈詩とはなにか〉という課題に、応えを与えようと試みた。うまくいったかどうはべつとして、それを試みたのである」(441頁)。付属の「月報15」は、藤井貞和さんの「『初期歌謡論』」、水無田気流さんの「吉本隆明の詩・神話・等価」、ハルノ宵子さんの「ギフト」が掲載されています。次回配本は来年3月刊行、第15巻とのことです。

★『金鱗の鰓を取り置く術』は、舞踏家にしてオイリュトミストの笠井叡さんによる最新最大の著書。笠井さんの公式サイトによれば、「構想に十年、執筆に五年余の歳月をかけた大作が遂に刊行。饒舌の跋扈、退廃の蔓延。人類の危機が迫っている。この時代を超える思想はあるのか。笠井は、古事記を言語創世神話として読み解く。古事記に記された日本語の古文法、カラダの中のコトバの骨格にコトバを与え続ける。二十一世紀のこれからの世界を創るために」と。2013年1月、フランス滞在中の深夜に啓示を得た著者が、国学者・大石凝真素美(おおいしごり・ますみ:1832-1913)の『真訓古事記』を読みつつ「カラダの中から出てきた言葉を「備忘録」として書き綴った」のをまとめたのが本書です。「序」で笠井さんはこう述べておられます。「大石凝真素美。彼だけが古事記を説話、神話、民族創世神話としては読まなかった。日本語の言語創成神話として読み切った、日本でたった一人の人物である」(6頁)。「大石凝真素美は、孤立無援である。むしろ狂人扱いされ、これからも市民権を持つことはないだろう。〔・・・〕いまに、地上の民族主義者とグローバリストが凄惨な戦争を始める。そして、この戦争によって国と地球が崩壊しようと、この「真訓古事記」を担い続けるカラダが、新しい国を生み出すだろう」(7頁)。また第一章ではこうもお書きになっています。「人類はまだ唯一、克服されえない「奴隷制」の中にある。労働における「賃金契約」とは人類最後の奴隷制である。聖霊の時代の労働は、神話から歴史への道を歩み始めた人間に、神から与えられた呪い、「人は苦しみを持て、労働せよ」からの、完全解放でなければならない」(第一章、30頁)。なお『大石凝霊学全集』(全三巻、解題・解説=大宮司朗、八幡書店、2005年)は税別36,000円で八幡書店ウェブサイトから今も購入できるようです。

★『近世読者とそのゆくえ』は帯文に曰く「近世から近代へ読者と読書の変容! 近世後期に大量に出現した読者たち、自学し、漢詩づくりにまで手を染める読者たちは、〈読書の近代〉をどのように迎えたのか? 刊行された書物現物はもとより、葉書など多様な史料を駆使して、読者のニーズや版元の戦略、書籍流通の具体を明らかにする画期的論考」と。主要目次を列記しておくと、「序章――近世読者のゆくえ」「第一章 民間の学芸と書籍文化」「第二章 拡大する書籍市場と幕末の書籍流通」「第三章 近代教育のはじまりと明治初年代の書籍流通」「第四章 書籍業界における江戸時代の終わり方」。序章には「本書は、書籍と人々との関わりの歴史を諸事例をもってたどりながら、江戸時代の継続と終焉の様相を見定めようとしたものである」(18頁)とあります。またあとがきでは次のように説明されています。「旧著『江戸の読書熱――自学する読者と書籍流通』(平凡社選書、2007年)は、書物、学問に対する民間の熱意の高まりと、その動きに応じて初学者向けの書物類が盛行していく様子に時代の変化、江戸という時代のひとつの達成を見ようとしたものであった。この「江戸」的状況が、慶応四年で終着を迎えるのではなく、当然「江戸」は、その先、明治にまで及び、そして現代のわれわれにもその痕跡が濃厚であったりもするはずである。その後の展開、どこに江戸時代の終わりを見定められるか、単線的な理解を許さない多様な事態の推移について、手探りであちこち手を伸ばして史料を漁りつつ愚考を重ねてきた。その集積が本書である」と。

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by urag | 2017-12-17 22:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 10日

注目新刊:まもなく発売、グレーバー『官僚制のユートピア』以文社、ほか

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官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史訳、以文社、2017年12月、本体3,500円、四六判上製388頁、ISBN978-4-7531-0343-0
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(上)/クレイトポーン』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書20、2017年10月、本体3,200円、四六判並製417頁、ISBN978-4-434-23889-5
『プラトーン著作集 第八巻第二分冊 国家(中)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書21、2017年10月、本体3,000円、四六判並製386頁、ISBN978-4-434-23890-1
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(下)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書22、2017年10月、本体3,500円、四六判並製449頁、ISBN978-4-434-23891-8

★グレーバー『官僚制のユートピア』はまもなく発売。『The Utopia of Rules: On Technology, Stupidity, and the Secret Joys of Bureaucracy』(Melville House, 2015)の全訳。直訳すると「規則のユートピア――テクノロジー、愚かさ、官僚制の秘かな愉しみについて」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)は、アメリカ生まれの、イギリスで活躍する人類学者であり、社会運動家。著書の既訳書は今回の新刊で5点目になります。酒井さんは訳者あとがきで次のように紹介しておられます。

★「著者を一躍「国際的ブレイク」にみちびき、また、本人いわくイングランド銀行の貨幣史認識も一変させた――かもしれない――ほど、アカデミズムを超えて話題を呼んだ『負債論』から一転、本作は主要に原題を対象に、ラフで、手がかりにとりあげる素材も多種多様、だが、わたしたちの日常のなかの、だれも相手にしようとしない「つまらない」、しかしそこにこそわたしたちの世界の核心がひそんでいる「灰色」で覆われた領域を、劇的におもしろく、かつ、おそらく、同時代のほとんどだれよりも深くえぐりだしてみせた」(375~376頁)。

★グレーバーは「序」でこう書いています。「市場は政府と対立したり政府から独立しているという発想が、少なくとも19世紀以来、政府の役割の縮小をもくろんだレッセフェール〔自由放任主義〕の経済政策の正当化のために用いられたとしても、その政策が実際にそんな効果をもたらすことはなかった〔・・・〕。たとえば、イングランドのリベラリズムがみちびいたのは、国家官僚制の縮小などではなく、その正反対、すなわち法曹家、役所の記録係、検査官、公証人、警察官たちの際限のない膨張であった。自律した個人のあいだの自由な契約の世界というリベラルな夢をみることができるのも、かれらあってこそなのだ。自由は市場経済を維持するためには、ルイ14世風の絶対君主政の数千倍のお役所仕事が必要だったわけである。/この明白な逆説、すなわち、政府による経済への介入の縮減を意図する政策が、実際には、よく多くの規制、官僚、警察官を生みだす結果にいたるという逆説は、実はひんぱんに観察できるので、それを社会学的一般法則とみなすことも正当であるようにおもう。そこで、これを「リベラリズムの鉄則」と名づけたい」(12頁)。

★「リベラリズムの鉄則」は次のような内容です。「いかなる市場改革も、規制を緩和し市場原理を促進しようとする政府のイニシアチヴも、最終的に帰着するのは、規制の総数、お役所仕事の総数、政府の雇用する官僚の総数の上昇である」(13頁)。後段でグレーバーはこうも書いています。「申請用紙はますます長大かつ複雑なものと化している。請求書、切符、スポーツクラブや読書クラブの会員証のような日常的書類も、数頁にわたる細目の規定でパンパンになっている。〔・・・〕わたしは、このような様相を呈している原題を、「全面的官僚制化(total bureaucratization)」の時代と呼んでみたい〔・・・〕。その最初の兆候は、まさに官僚制についての公共の議論が消えはじめた1970年代の終わりにあらわれはじめ、1980年代に取り返しがたく浸透をはじめた。だが本当の離陸は1990年代である」(25頁)。

★続けてグレーバーはこう喝破します。「1970年にあらわれはじめ、今日にいたるまでまっすぐつなかっている事態には、アメリカ企業官僚制の上層による一種の戦略上の転換が文脈として作動している。すなわち、労働者から離脱して、株主に接近すること、そして最終的には金融機構総体へと接近することである。〔・・・〕かたや、企業経営がますます金融課していった。かたや、それと同時に、個人投資家にとってかわった投資銀行やヘッジファンドなどなどによって、金融セクターも企業化していった。その結果、投資家階級と企業の上級幹部職階級とは、見分けることもほとんどむずかしくなったのである」(27頁)。「万人が投資家の眼をもって世界をみるべし。これが、この時代のあたらしい信条である」(28頁)。

★序の末尾はこうです。「だれもがひとつの問題に直面している。官僚の実践、習慣、完成がわたしたちを包囲している。わたしたちの生活は、書類作成のまわりに組織されるようになった。〔・・・官僚制的なものに〕魅力があるとすればどこか、なにがそれを維持しているのか、真に自由な社会でも救済に値する潜在力を有しているとすればそれはどの要素か、複雑な社会であれば不可避に支払わざるをえない対価と考えるべきはどれか、あるいは完全に根絶できるし根絶さねばならないものはどれか、こうしたことを、理解しなければならない」(61頁)。序の途中に出てくる匿名エコノミストと著者の会話はドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ――世界不況の知られざる真実」(2011年)を思い出させました。このあとグレーバーの本論は、「想像力の死角? 構造的愚かさについての一考察」「空飛ぶ自動車と利潤率の傾向的低下」「規則(ルール)のユートピア、あるいは、つまるところ、なぜわたしたちは心から官僚制を愛しているのか」の三章へと続きます。訳者の酒井さんがお書きになった通り、本書は灰色の領域を明るみに出します。読者を冷めた覚醒へと導く重要書です。

◎デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)既訳書
2006年10月『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社)
2009年03月『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社)
2015年04月『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(木下ちがや/江上賢一郎/原民樹訳、航思社)
2016年11月『負債論――貨幣と暴力の5000年』酒井隆史/高祖岩三郎/佐々木夏子訳、以文社)
2017年12月『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(酒井隆史訳、以文社)

★一方、水崎訳「プラトーン著作集」(実質的に全集)でついに『国家』の新訳全三分冊が刊行されました。なかなか書店さんで見かけないのでネット書店で取り寄せ購入。徳と正義について問うた短編「クレイトポーン」も併載されています。 第八巻は「人間存在の在るところ」という総題が付されており、その理由については第三分冊巻末所収のあとがきに記されています。2011年より刊行開始となった水崎訳著作集では残すところ、第九巻三分冊となる『法律』(付:「ミーノース」)の刊行を待つばかりとなりました。驚嘆すべき個人全訳全集です。

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by urag | 2017-12-10 17:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 04日

まもなく発売、半世紀ぶりの新訳:バタイユ『有罪者』江澤健一郎訳、河出文庫

★江澤健一郎さん(訳書:バタイユ『マネ』)
河出文庫の今月新刊で、バタイユ「無神学大全」第二部の『有罪者』の新訳を上梓されます。河出文庫での江澤さんによるバタイユ新訳は2014年の『ドキュマン』に続く2冊目。まもなく発売です(明日12月5日以降)。

有罪者――無神学大全
ジョルジュ・バタイユ著、江澤健一郎訳
河出文庫、2017年11月、本体1,400円、文庫判512頁、ISBN978-4-309-46457-2

帯文より:「夜の思想家」バタイユの代表作、戦慄の新訳。「神なき神秘」の熱狂。世界を震撼させるおそるべき断章群。
カバー裏紹介文より:「生きることは、狂ったように、だが永遠に、サイコロを投げることだ」――いまなお世界を震撼させ続ける「夜の思想家」バタイユの代表作を50年ぶりに新訳。破格の書物が鋭利な文体と最新研究をふまえた膨大な訳注によって新たによみがえる。「神なき神秘」に捧げられた恍惚、好運、笑いをめぐる極限の思考がきらめくおそるべき断章群。

目次:

有罪者
 友愛
  Ⅰ 夜
  Ⅱ 「満たされた欲望」
  Ⅲ 天使
  Ⅳ 恍惚の点
  Ⅴ 共犯
  Ⅵ 完了しえぬもの
 現在の不幸
  Ⅰ 集団逃避
  Ⅱ 孤独
 好運
  Ⅰ 罪
  Ⅱ 賭けの魅惑
 笑いの神性
  Ⅰ 偶発性
  Ⅱ 笑う欲望
  Ⅲ 笑いと震え
  Ⅳ 意志
  Ⅴ 森の王
 補遺
  (ヘーゲルに関する講義の講師Xへの書簡・・・)
  (認識、行動への投入、問いへの投入についての断章)
  (人間と自然の対立についての二つの断章)
  (キリスト教についての断章)
  (有罪性についての断章)
  (笑いについての二つの断章)
ハレルヤ――ディアヌスの教理問答
訳註
訳者解題 誘惑する書物『有罪者』
訳者あとがき

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by urag | 2017-12-04 15:40 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)