カテゴリ:広告・書評( 77 )


2017年 03月 15日

「図書新聞」にカッチャーリ『抑止する力』の書評

弊社12月刊、マッシモ・カッチャーリ『抑止する力』(上村忠男訳)について、「図書新聞」2017年3月18日号に書評「オレンジとバカにされている偉そうなジジイのアポカリプスとともに、アメリカのいたるところは主の到来を待ち望む人たちによって埋め尽くされようとしている」が掲載されました。評者は篠原雅武さんです。本書の難解な部分を丁寧に解きほぐし、「カッチャーリの本は反時代的に見えて、未来を予見する本として読むことができる」と評していただきました。本書とアメリカの情勢を合わせて読み解くという非常にアクチュアルな書評を寄せて下さった篠原さんに深く御礼申し上げます。

ちなみにオレンジというのは、米国の現大統領の一風変わった日焼け顔を揶揄して言う表現として知られているようです。興味深いですね。
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by urag | 2017-03-15 17:49 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 16日

書評、注目新刊、新書大賞

弊社11月刊行の、森山大道・鈴木一誌『絶対平面都市』の書評が二本掲載されています。「週刊読書人」2017年2月10日号に、IZU PHOTOMUSEUM研究員の小原真史さんによる「奇妙なダイアローグ――優れた森山大道論であり写真論」が掲載されました。「本書では鈴木の言葉に誘われるようにして制作時における衝動や焦燥感が惜しげもなく語られ、そこに過去の森山の言葉がジグソーパズルのようにバラバラと組み上げられていく。そして、そのピースの中には東松照明、中平卓馬、荒木といった森山と長い付き合いのある写真家の名前も含まれており、彼らとの差異によってこの写真家の体質が浮かび上がってもくる」と評していただきました。

また「北海道新聞」2月12日付書評欄には、札幌の出版社「有限会社寿郎社(じゅろうしゃ)」の代表取締役編集長、土肥寿郎さんが「写真の本質 対話重ね迫る」という書評を寄せて下さっています。「反復される本質的問いに訥々と答える森山の言葉にはブレもボケもないことに驚く。言語化できない〈撮影の衝動〉とプリンティング・メディアとしての〈写真の本質〉に1ミリでも近づくための言葉を求めて〔・・・〕対話を重ねた写真家と想定かによる労作である」と評していただきました。

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★上村忠男さん(訳書:カッチャーリ『抑止する力』、アガンベン『到来する共同体』、パーチ『関係主義的現象学への道』、スパヴェンタほか『ヘーゲル弁証法とイタリア哲学』、共訳書:アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』『涜神』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』)
講談社学術文庫より新訳で、グラムシのオリジナル論集を今月上梓されています。帯文に曰く「ムッソリーニに挑んだ男の壮絶な軌跡。社会党参加直後の1914年10月から逮捕・収監される直前の1926年10月まで――本邦初訳を数多く含む待望の論集! グラムシ没後80年」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。


革命論集
アントニオ・グラムシ著 上村忠男編訳
講談社学術文庫 2017年2月 本体1,680円 A6判並製624頁 ISBN978-4-06-292407-8

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2月10日発売の月刊誌「中央公論」2017年3月号の「祝10周年! 新書大賞2017」に今年も参加いたしました。私が選んだベスト5は以下の通りです。

〔1〕小熊英二ほか編『在日二世の記憶』集英社新書
〔2〕セキュリティ集団スプラウト『闇〔ダーク〕ウェブ』文春新書
〔3〕今野晴貴『ブラックバイト――学生が危ない』岩波新書
〔4〕吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』集英社新書
〔5〕エドワード・ルトワック『中国4.0』文春新書

今年も(?)見事に他の皆さんが選んだベスト20位にはかぶりませんでした。拙評は本誌をご高覧いただけたら幸いです。また、「新書大賞10周年記念 10年間の新書ベスト3」にも投票しました。10年分のブックガイドを中公さんがお作りになられても良いような気がします。

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by urag | 2017-02-16 14:45 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 06日

保管:2015年7月~11月刊行図書書評

◎2015年11月30日発売:B・シュティーグラー『写真の映像』本体3,400円、芸術論叢書第3回配本。
書評1⇒増田玲氏書評「周到な仕掛けを施す――55の断章からなる切れ味鋭い写真論」(「週刊読書人」2016年2月26日号)

◎2015年10月9日発売:森山大道『犬と網タイツ』本体3,500円

◎2015年7月22日発売:W・シュスラー『ヤスパース入門』本体3,200円、シリーズ古典転生第12回配本、本巻11。
書評1⇒池田喬氏書評「改めてヤスパースから学ぼう――基本思想を心地よいテンポで解説」(「週刊読書人」2015年9月18日号)
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by urag | 2017-01-06 17:11 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2016年 11月 22日

京大生協「綴葉」誌にウォルターズ『統治性』の書評

京都大学生協の書評誌「綴葉」352号(2016年11月)に、弊社7月刊、ウォルターズ『統治性』の書評「フーコーを使う、理論を使う」が掲載されました。評者はぷよまるさんです。「フーコーの理論を「知る」ことと、それを「使う」こととの間にあるギャップ。これを埋める手助けをしてくれるのが本書『統治性』である。統治性という主題はフーコーの議論においてきわめて断片的に現れたに過ぎないが、英語圏では統治性研究という一領域として確立するほどの研究蓄積がある。本書はその名の通り統治性に的を絞った内容だが、理論の「適用主義」に警鐘を鳴らす議論は汎用性が高い。経験的研究に理論を活かそうとする、すべての人に読んでほしい一冊である」と評していただきました。同誌は誌名のリンク先でPDFがダウンロードできます。充実した投稿誌で活気を感じます。
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by urag | 2016-11-22 23:14 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2016年 10月 18日

「美術手帖」にバタイユ『マネ』の書評

「美術手帖」2016年11月号のBOOK欄に弊社7月刊、バタイユ『マネ』江澤健一郎訳、の書評「マネ作品の可能性を汲み尽した比類なき芸術論」が掲載されました。評者は美術批評家の中島水緒さんです。「異端のマネ論だ。論旨は難解だが、訳者の江澤健一郎による解説やカラー写真も多数収録しており、バタイユ特有の「至高性」などの概念に不慣れな読者にもアプローチしやすい体裁である」と評していただきました。

一方、「ユリイカ」2016年10月号(特集=永六輔――上を向いて歩こう)では裏表紙に弊社広告を打たせていただきました。弊社は特段、永六輔さんとのご縁はないのですが、編集人の明石陽介さんとは「ディヴァガシオン」誌でその昔ご縁を作っていただいたことがあります。
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by urag | 2016-10-18 14:30 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 14日

書評『倫理学研究』、寄稿『出版ニュース』

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関西倫理学会編『倫理学研究』第46号(晃洋書房、2016年)に、弊社2015年刊の阿部将伸『存在とロゴス』の書評「初期ハイデガーによるアリストテレス解釈の可能性と限界」が掲載されました(213~216頁)。評者は山本與志隆さんです。「本書の主張によって、少なくとも1924年/25年までの時期の、アリストテレスに取り組むハイデガー像は一新されたと言っても過言ではない。こうした研究が、阿部氏のような若手研究者の手によって生み出されたことは日本のハイデガー研究、ひいて哲学研究にとって極めて喜ばしいことである」と評していただきました。

一方、手前味噌で恐縮ですが、月3回発行の出版総合誌「出版ニュース」の2016年7月中旬号に、小田光雄さんの『出版状況クロニクルIV』(論創社、2016年)についての拙評を寄稿いたしました(24~25頁)。出版ニュース社の清田さんのご依頼により執筆したものです。小田さんが2013年に記した「カニバリズム的出店」について言及しています。複合書店チェーン最大手の戦略もしくは事情にとどまらず、そうした傾向は全国各地での大型書店の新規出店において、互いに商圏を食い合う熾烈な競争として立ち現われています。ほどなく閉店が伝えられる、紀伊國屋書店新宿南店(8月7日和書売場閉店)や、オリオンパピルス(7月31日)などから、まとまった返品や返品依頼が次々と舞い込み始めている今日この頃です。パルコブックセンター渋谷店(8月7日)からもいずれ依頼が入るものと予想しています。この三軒はいずれも日販帳合。まとまった返品が立て込むと売上が当然減るので、キツいです。
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by urag | 2016-07-14 14:18 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 02日

「週刊読書人」に『写真の映像』の書評

弊社12月刊、ベルント・シュティーグラー『写真の映像――写真をめぐる隠喩のアルバム』(竹峰義和・柳橋大輔訳)の書評「周到な仕掛けを施す――55の断章からなる切れ味鋭い写真論」が、『週刊読書人』2016年2月26日号に掲載されました。評者は東京国立近代美術館主任研究員の増田玲さんです。「55の断章はいずれも切れ味鋭い考察」とのご評価を賜りました。同書は弊社「芸術論叢書」の最新刊です。シリーズ既刊書は以下の通り。

2011年01月『アンフォルム――無形なものの事典』イヴ=アラン・ボワ+ロザリンド・E・クラウス=著、加治屋健司+近藤學+高桑和巳=訳、3刷
2013年06月『原子の光(影の光学)』リピット水田堯=著、門林岳史+明知隼二=訳
2015年12月『写真の映像――写真をめぐる隠喩のアルバム』ベルント・シュティーグラー=著、竹峰義和+柳橋大輔=訳
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by urag | 2016-03-02 14:59 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 18日

「週刊読書人」に『ヤスパース入門』の書評

「週刊読書人」2015年9月18日号に弊社7月刊、ヴェルナー・シュスラー『ヤスパース入門』(岡田聡訳)の書評「改めてヤスパースから学ぼう――基本思想を心地よいテンポで解説」が掲載されました。評者は明治大学専任講師の池田喬さんです。「実存のキーワードに新たな息を吹き込むことができるのは、きっと、長らく忘却されてきたヤスパースだ」と評していただきました。池田さんありがとうございます。
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by urag | 2015-09-18 15:32 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 19日

本日取次搬入:『年報カルチュラル・スタディーズ vol.3』(航思社)に書評掲載

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カルチュラル・スタディーズ学会の年刊学会誌『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号(特集〈戦争〉)に、弊社3月刊行のジェームズ著『境界を越えて』の書評「世界史と芸術論を架橋する革命的クリケット文化批評」が掲載されました(228~234頁)。評者は大阪大学文学研究家助教の赤尾光春さんです。「競技やスポーツがもつ社会史的意義やその政治性についてこれほど革命的に論じた本にはお目にかかった試しがない」と評していただきました。

『年報カルチュラル・スタディーズ』第3号は本日取次搬入とのことなので、来週から書店店頭に並び始めるのではないかと思われます。同誌は今号から航思社さんより発行発売されます。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。主な取り扱い書店さんもリンク先でご確認いただけます。安保法案が拙速に押し通されようとされている昨今、今回の「戦争」特集号は様々な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。第4号は来年6月に発売予定だそうです。

一方、「週刊読書人」(2015年6月12日付)に、弊社3月刊行の阿部将伸著『存在とロゴス――初期ハイデガーにおけるアリストテレス解釈』の書評「読み手へを思索へと誘う――アリストテレス解釈について詳細な見取り図を提示」が掲載されました(4面)。評者は兵庫教育大学教授の森秀樹さんです。「本書は、豊饒さの故に見通しがきかなかったアリストテレス解釈について詳細な見取り図を提示することに見事に成功している」と評していただきました。
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by urag | 2015-06-19 17:09 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 08日

「朝日新聞」にジェームズ『境界を越えて』の書評

「朝日新聞」2015年6月7日(日)読書欄に、弊社3月刊行のジェームズ『境界を越えて』の書評「クリケットで語る植民地の精神」が掲載されました。評者は明治大学教授の中村和恵さんです。「1963年の刊行以来読みつがれてきた本書は、著者の半生、植民地社会の精神構造、教育、人種階級、経済、芸術を、クリケット論として語る。選手らの人物の細かな描写は、英文学の引用を多用しながらも、ユーモアと反骨心に貫かれ、まさにカリブ海文学」と評していただきました。同書は先月、「北海道新聞」や「日本経済新聞」でも取り上げられご高評をいただいております。

続いて、弊社出版物でお世話になっている著訳者の皆様の最近のご活躍をご紹介します。

◎江川隆男さん(訳書:ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』)
◎清水知子さん(著書:『文化と暴力』、共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』)
◎近藤和敬さん(著書:『カヴァイエス研究』、訳書:カヴァイエス『論理学と学知の理論について』)
◎廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著:コレクティボ・シトゥアシオネス『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)

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『現代思想』2015年6月号「特集=新しい唯物論」に江川さんの論文や、清水さん、近藤さんの翻訳が掲載されています。江川さんによる論考は「脱-様相と無-様相――様相中心主義批判」(214-223頁)で、江川さんの既刊書が参照されているほか、最新論考「〈脱-様相〉のアナーキズムについて」(『HAPAX』第4号所収、夜光社、近刊予定)も参照されています。清水さんはエリザベス・グロスによる「フェミニズム・唯物論・自由」(76-90頁)、近藤さんはマヌエル・デランダによる「新唯物論をめぐる応答――特異な個体だけからなる存在論とはいかなるものでありうるか」をお訳しになっています。

廣瀬純さんは最新著『暴力階級とは何か』を航思社さんから先月末に刊行されました。また、廣瀬さんと江川さんは、それぞれお訳しになったドゥルーズの論考が『ドゥルーズ・コレクション II 権力/芸術』に再録され、本日(6月8日)発売されました。以下に合わせてご紹介します。

暴力階級とは何か――情勢下の政治哲学2011-2015
廣瀬純著
航思社 2015年5月 本体2,300円 四六判並製312頁 ISBN978-4-906738-11-3

帯文より:暴力が支配するところ、暴力だけが助けとなる。日本における反原発デモ、明仁のリベラル発言、ヘイトスピーチ、アベノミクス、ヨーロッパやラテンアメリカでの左翼運動・左派政党の躍進、イスラム国の台頭、シャルリ・エブド襲撃事件、ドイツ旅客機自殺……世界の出来事のなかで/をめぐって思考し感受する、蜂起の轟きと「真理への意志」。

★発売済(5月27日取次配本済)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。かつて『蜂起とともに愛がはじまる――思想/政治のための32章』にまとめられた「週刊金曜日」の連載の、それ以後(2011年9月からの40回分)の寄稿分の再録を主軸に、「図書新聞」「現代思想」への寄稿や、「ピープルズ・プラン」第67号での中山智香子さんや平井玄さんとの鼎談、そして書き下ろしとして、「情勢下の政治哲学――ディエゴ・ストゥルバルクとの対話」が収録されています。ストゥルバルクさんは廣瀬さんとの共著『闘争のアサンブレア』がある「コレクティボ・シトゥアシオネス」のメンバーで、廣瀬さんによるヴィルノの訳書『マルチチュードの文法』の巻末に特別収録したヴィルノへのインタビューを行った一人でもあります。廣瀬さんと同い年(1971年生まれ)のアルゼンチンのアクティヴィストです。ミゲル・ベナサジャグとの共著書『反権力――潜勢力から創造的抵抗へ』(松本潤一郎訳、ぱる出版、2005年、現在品切)が訳されています。以下の動画「コレクティボ・シトゥアシオネスとは何か」で右端に座って話しているのがストゥルバルクさんです。真ん中に座っているのは、ヴィルノさんへのインタビューをストゥルバルクさんと共同で行ったベロニカ・ガゴさんです。


ドゥルーズ・コレクション II 権力/芸術
ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一監修
河出文庫 2015年6月 本体1,300円 344頁 ISBN978-4-309-46410-7

カバー裏紹介文より:ドゥルーズのテーマ別アンソロジー。IIは「欲望と快楽」はじめフーコーをめぐる重要テクスト、シャトレに捧げた名作『ペリクレスとヴェルディ』、そして情況/権力論、芸術・文学・映画などをめぐるテクストを集成。来たるべき政治/芸術にむけた永遠に新しいドゥルーズ哲学のエッセンス。

目次:
【フーコー】
知識人と権力 (フーコーとの対話、笹田恭史訳)8-24
欲望と快楽 (小沢秋広訳)25-41
ミシェル・フーコーの基本的概念について (宇野邦一訳)42-68
 1 地層あるいは歴史的形成物、可視的なものと言表可能なもの(知)
 2 戦略あるいは地層化されないもの(権力)、外の思考
装置とは何か (財津理訳)69-86
【シャトレ】
ペリクレスとヴェルディ――フランソワ・シャトレの哲学 (丹生谷貴志訳)88-110
【情況論・権力論】
集団の三つの問題 (杉村昌昭訳)112-134
『牧神たちの五月後』への序文 (笹田恭史訳)135-144
社会的なものの上昇 (ドンズロ『家族に介入する社会』へのあとがき、菅谷憲興訳)145-157
ヌーボー・フィロゾフ及びより一般的問題について (鈴木秀亘訳)158-170
哲学は数学者や音楽家にとって何の役に立ちうるのか (江川隆男訳)171-174
六八年五月[革命]は起こらなかった (ガタリ共著、杉村昌昭訳)175-180
ヤーセル・アラファトの偉大さ (笹田恭史訳)181-187
ディオニス・マスコロとの往復書簡 (マスコロ共著、宇野邦一訳)188-196
【作品論・映画論】
エレーヌ・シクスーあるいはストロボスコープのエクリチュール (稲村真実訳)197-203
冷たいものと熱いもの (松葉祥一訳)204-214
植樹者の技芸 (鈴木創士訳)215-219
プルーストを語る (バルトらとの討論、宮林寛訳)220-268
『女嫌い』について (宇野邦一訳)269-278
金持ちのユダヤ人 (宇野邦一訳)279-283
計算せずに占有する――ブーレーズ、プルーストと時間 (笠羽映子訳)284-298
リヴェットの三つの環 (守中高明訳)299-305
創造行為とは何か (廣瀬純訳)306-329
監修者あとがき (宇野邦一)330-339

★本日6月8日発売。先月刊行の『ドゥルーズ・コレクション I 哲学』に続く、ドゥルーズ没後二十年記の念オリジナル・アンソロジー第2弾です。『無人島』『狂人の二つの体制』(各2巻合計4冊)からテーマ別に再編集したもので、今回の第II巻ではフーコー論、シャトレ論、情況論・権力論、作品論・映画論などをまとめています。「集団の三つの問題」はガタリの著書『精神分析と横断性』への序文。『牧神たちの五月後』というのはギィ・オッカンガムの著作で、未訳です。「社会的なものの上昇」はドンズロ『家族に介入する社会』(宇波彰訳、新曜社、1991年、現在品切)へのあとがきとして書かれたもの。「プルーストを語る」は討議の記録で、司会がセルジュ・ドゥブロフスキー、登壇者はドゥルーズのほかにロラン・バルト、ジェラール・ジュネット、ジャン・リカルドゥ、ジャン=ピエール・リシャールで、聴衆からの質問も収めています。

★作品論の対象を記しておくと、まず文学作品では「エレーヌ・シクスーあるいはストロボスコープのエクリチュール」がシクスーによる未訳の3作――『中性』1972年、『内部』1969年、『ジェイムズ・ジョイスの亡命あるいは代替の技法』1968年――を扱い、「『女嫌い』について」はドゥルーズの弟子筋にあたるアラン・ロジェ(Alain Roger, 1936-)の小説『女嫌い』(1976年、未訳)への序文として書かれたもの(実際には序文としては収録されなかった)。映画作品では「植樹者の技芸」はウーゴ・サンチャゴ(ユーゴ・サンチャゴとも)監督作品『はみだした男』1974年(原題は「他者たち」で脚本はサンチャゴとボルヘスとビオイ・カサーレスの共作)、「金持ちのユダヤ人」はダニエル・シュミット監督作品『天使の影』1976年、「リヴェットの三つの環」はジャック・リヴェット監督作品『彼女たちの舞台』1988年、「創造行為とは何か」は個々の映画について述べたものではありませんが、末尾の方でスロトーブ=ユイレが言及されています。芸術作品では「冷たいものと熱いもの」はジェラール・フロマンジェによる70年代初頭の造形作品群、音楽作品では「計算せずに占有する――ブーレーズ、プルーストと時間」は副題の通りピエール・ブーレーズとマルセル・プルーストの手法を時間論として分析したもので、この論考は『エクラ/ブーレーズ――響き合う言葉と音楽』(笠羽映子訳、青土社、2006年)にも収録されています。

★コレクションは当初全2巻予定でしたから続刊予定は特に予告されていませんが、監訳者あとがきには完結するともはっきりとは書かれていません。深読みすれば、売行好調なら続編がありうるのかもしれませんし、それは読者や書店員さんの要求次第かなと思います。河出さんから刊行されているドゥルーズ単行本でまだ文庫化されていないものは、ヒューム論『経験論と主体性』とライプニッツ論『襞』を残すのみとなりました。ライプニッツは来年(2016年)が没後300年に当たりますし、工作舎さんから先月『ライプニッツ著作集』第II期が刊行開始になりましたから、文庫化のタイミングとしては機が熟していると言えるのではないかと思います。
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by urag | 2015-06-08 22:51 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)