ウラゲツ☆ブログ

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2018年 12月 31日

月曜社最新情報まとめ(ブログの最新エントリーは当記事の次からです)

◆公式ウェブサイト・オリジナルコンテンツ
◎2011年6月28日~:ルソー「化学教程」翻訳プロジェクト。

◆最新刊と近刊
◎2017年8月4日発売:ポール・ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』本体3,800円

◎2017年7月4発売:ジャコブ・ロゴザンスキー『我と肉』本体4,800円、シリーズ・古典転生第16回配本。

◎2017年6月2日発売:荒木経惟『私情写真論』本体1,500円

◎2017年5月30日発売:ソシュール『伝説・神話研究』本体3,400円、シリーズ・古典転生第15回配本。

◎2017年5月15日発売:金澤忠信『ソシュールの政治的言説』本体3,000円、シリーズ・古典転生第14回配本。

◎2017年5月12日発売:『鉄砲百合の射程距離』内田美紗[句]、森山大道[写真]、大竹昭子[編]、本体2,500円

◎2017年4月17日発売:『表象11:ポスト精神分析的主体の表象』本体2,000円。

◎2017年3月30日発売:上野俊哉『[増補新版]アーバン・トライバル・スタディーズ』本体3,000円。

◎2017年2月16日発売:松江泰治『Hashima』本体3,600円。
書評1⇒無記名氏(『CANON PHOTO CIRCLE』2017年4月号「今月の新刊」欄)
書評2⇒無記名氏(「信濃毎日新聞」2017年3月26日(日)付「読書欄」)

◎2017年2月10日発売:佐野方美『SLASH』本体4,000円。
書評1⇒『アサヒカメラ』2017年4月号「TOPICS/BOOK」欄「写真に封じ込められた一瞬の集積――時代の空気を写しとめた新作写真集を読む」(解説=山内宏泰、聞き手=池谷修一)

◎2017年2月8日発売:星野太『崇高の修辞学』本体3,600円、シリーズ古典転生12。
書評1⇒n11booknews_staff氏「「崇高」に惑わされないための丁寧な考察」(「Book News|ブックニュース」2017年3月4日エントリー)
書評2⇒中島水緒氏(「美術手帖」2017年5月号「BOOK」欄)

◎2016年12月26日発売:マッシモ・カッチャーリ『抑止する力』本体2,700円。
書評1⇒篠原雅武氏「オレンジとバカにされている偉そうなジジイのアポカリプスとともに、アメリカのいたるところは主の到来を待ち望む人たちによって埋め尽くされようとしている」(「図書新聞」2017年3月18日号)
書評2⇒中村勝己氏「「カテコーン」の概念の解釈を主題に――〈世界の再宗教化〉をどう捉えどう向き合うべきか」(「週刊読書人」2017年3月31日号)

◎2016年12月7日発売:荒木経惟×荒木陽子『東京は、秋』本体3,500円
書評1⇒山本アマネ氏(『FUDGE』2017年2月号「PICK UP NEW BOOKS 今月の新刊&注目作」欄)
書評2⇒山本アマネ氏(『men's FUDGE』2017年3月号「BOOKS」欄)
書評3⇒無記名氏(『母の友』2017年5月号「polyphony/Books」欄)

◎2016年11月11日発売:森山大道×鈴木一誌『絶対平面都市』 本体2,750円
紹介記事1⇒「東奥日報」2016年12月16日付など
短評⇒「週刊読書人」2016年12月16日号「2016年の収穫 41人へのアンケート」神藏美子氏
紹介記事2⇒『アイデア』No.360(2017.1)「book」欄
書評1⇒上野昂志氏書評「急かされ。考えさせられる」(『キネマ旬報』2017年2月上旬号「映画・書評」欄)
書評2⇒大竹昭子氏書評(『朝日新聞』2017年1月22日付「読書」欄)
書評3⇒小原真史氏書評「奇妙なダイアローグ 優れた森山大道論であり写真論」(「週刊読書人」2017年2月10日号)
書評4⇒土肥寿郎氏書評「写真の本質 対話重ね迫る」(『北海道新聞』2017年2月12日付「本の森」欄)

◎2016年9月2日発売:森山大道『Osaka』本体3,500円

◆販売情報(重版・品切・サイン本、等々)
◎品切重版準備中:『ミクロコスモス第1集』2刷、ユンガー『パリ日記』2刷、ギルロイ『ブラック・アトランティック』4刷。
◎品切重版未定:『舞台芸術05』『舞台芸術08』『表象01』『表象04』『表象05』『表象08』、毛利嘉孝『文化=政治』、上野俊哉『アーバン・トライバル・スタディーズ』、クリフォード『ルーツ』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』、片山廣子『燈火節:随筆小説集成』、ブランショ『書物の不在 初版朱色本』、ブランショ『書物の不在 第二版鉄色本』、高柳昌行『汎音楽論集』、大里俊晴『マイナー音楽のために』、大竹伸朗『ネオンと絵具箱』、森山大道『新宿』、森山大道写真集『新宿+』、森山大道写真集『大阪+』、森山大道写真集『オン・ザ・ロード』、森山大道フォトボックス『NOVEMBRE』、やなぎみわ作品集『WHITE CASKET』、川田喜久治写真集『地図』、遠藤水城編『曽根裕|Perfect Moment』、熊木裕高写真集『吠えない犬』、瀬戸正人写真集『picnic』、菱田雄介写真集『ある日、』。※書店からの返品で在庫がまれに生じる場合があります。直接、弊社までお電話かメールなどでお尋ね下さい。

◆出版=書店業界情報:リンクまとめ
日々この業界ではたくさんの出来事が起こっていて、それぞれにコメントしたい気もするし、実際言うべきこともままあるのですが、出来事に振り回されるのは嫌だし、こみいった背景をうまく説明できなかったり、しがらみのせいではっきり言えなかったりするのが現実なので、出来事情報は下記のリンクを随時ご参照下さいませ。

◎業界紙系:倒産や出店などの時事情報がやっぱり早い→ 新文化 ニュースフラッシュ
◎一般紙系:全国紙や地方紙、専門紙誌に掲載されたニュースをまとめてチェック→ Yahoo!ニュース「マスコミ、出版」
◎話題系:昨今の様々な注目トピックを整理整頓→ フレッシュアイニュース「出版不況」「電子書籍」「書店経営」 / Yahoo!ニュース「出版不況」「電子書籍」「アマゾン
◎新刊書店系:書店業界のひきこもごもの内情→ 日書連 全国書店新聞
◎古書店系:古本屋さんの奥深い世界を垣間見れます→ 東京古書組合 日本の古本屋メールマガジン
◎雑談&裏話:業界の「非常時」には頼りになる一面もあるかも→ 2ちゃんねる 一般書籍

※このブログの最新記事は当エントリーより下段をご覧ください! 
※このブログについてネット上でつぶやかれていることをご覧になりたい方はYahoo!のリアルタイム検索をご覧ください。
※このブログがWWWにおいてどのような地位にあるのかについてはこちらをご覧ください。
※月曜社について一般的につぶやかれている様子はYahoo!リアルタイム検索からもご覧になれます。弊社が発信しているものではありませんので、未確定・未確認情報が含まれていることにご注意下さい。ちなみに弊社にはtwitterのアカウントを取得する予定はまったくありません。

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# by urag | 2018-12-31 23:59 | ご挨拶 | Trackback(1) | Comments(21)
2017年 08月 23日

ブックツリー「哲学読書室」に杉田俊介さんの選書リストが追加されました

オンライン書店「honto」のブックツリー「哲学読書室」に、『ジョジョ論』(作品社、2017年6月)の著者・杉田俊介さんによる選書リスト「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む」が追加されました。下記リンク先一覧よりご覧ください。


◎哲学読書室

星野太(ほしの・ふとし:1983-)さん選書「崇高が分かれば西洋が分かる
國分功一郎(こくぶん・こういちろう:1974-)さん選書「意志について考える。そこから中動態の哲学へ!
近藤和敬(こんどう・かずのり:1979-)さん選書「20世紀フランスの哲学地図を書き換える
上尾真道(うえお・まさみち:1979-)さん選書「心のケアを問う哲学。精神医療とフランス現代思想
篠原雅武(しのはら・まさたけ:1975-)さん選書「じつは私たちは、様々な人と会話しながら考えている
渡辺洋平(わたなべ・ようへい:1985-)さん選書「今、哲学を(再)開始するために
西兼志(にし・けんじ:1972-)さん選書「〈アイドル〉を通してメディア文化を考える
岡本健(おかもと・たけし:1983-)さん選書「ゾンビを/で哲学してみる!?
金澤忠信(かなざわ・ただのぶ:1970-)さん選書「19世紀末の歴史的文脈のなかでソシュールを読み直す
藤井俊之(ふじい・としゆき:1979-)さん選書「ナルシシズムの時代に自らを省みることの困難について
吉松覚(よしまつ・さとる:1987-)さん選書「ラディカル無神論をめぐる思想的布置
高桑和巳(たかくわ・かずみ:1972-)さん選書「死刑を考えなおす、何度でも
杉田俊介(すぎた・しゅんすけ:1975-)さん選書「運命論から『ジョジョの奇妙な冒険』を読む

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# by urag | 2017-08-23 11:25 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 22日

「週刊読書人」にソシュール関連書2点の書評

「週刊読書人」2017年8月18日号に、弊社6月刊2点、金澤忠信『ソシュールの政治的言説』と、ソシュール『伝説・神話研究』金澤忠信訳、の書評「ソシュールとは何者だったのか?:私たち自身に突きつけられた問題――「歴史と伝説」」が掲載されました。評者は『フェルディナン・ド・ソシュールーー〈言語学〉の孤独、「一般言語学」の夢』(作品社、2009年)で、渋沢・クローデル賞(第27回)と和辻哲郎文化賞(第22回)をダブル受賞され、その後も『エスの系譜─―沈黙の西洋思想史』(講談社、2010年)でサントリー学芸賞(2014年)を受賞するなど、著述家・編集者として多面的にご活躍されている、互盛央(たがい・もりお:1972-)さんです。「金澤氏は「第一のソシュール」から「第五のソシュール」まで五人のソシュールを区別している。その分類に従って言えば、スタロバンスキーの訳書と今回の二冊によって、日本の読者は「第三のソシュール」から「第五のソシュール」をようやく本格的に知ることができるようになった。この功績は幾度も強調したい」と評していただきました。互さん、まことにありがとうございました!

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# by urag | 2017-08-22 14:26 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 20日

注目新刊:ボイル『無銭経済宣言』紀伊國屋書店、ほか

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★まもなく発売となる注目新刊を列記します。

nyx 第4号』山本芳久/乙部延剛ほか著、堀之内出版、2017年8月、本体2,000円、A5判並製275頁、ISBN978-4-906708-71-0
五つの証言』トーマス・マン/渡辺一夫著、中公文庫プレミアム、2017年8月、本体800円、文庫判224頁、ISBN978-4-12-206445-4
無銭経済宣言――お金を使わずに生きる方法』マーク・ボイル著、吉田奈緒子訳、紀伊國屋書店、2017年8月、本体2,000円、46判並製496頁、ISBN978-4-314-01150-1
動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』フランス・ドゥ・ヴァール著、柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2017年8月、本体2,200円、46判上製416頁、ISBN978-4-314-01149-5

★『nyx 第4号』は第一特集が「開かれたスコラ哲学」(主幹=山本芳久)、第二特集は「分析系政治哲学とその対抗者たち」(主幹=乙部延剛)。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。大学の紀要や「中世哲学研究」のような学会誌ではない、一般発売されている思想誌でスコラ哲学が主題になるのは哲学書房の『季刊哲学』以来ではないでしょうか。第一特集では、アラスデア・マッキンタイア(Alasdair MacIntyre, 1929-)の論文集『The Tasks of Philosophy』(Cambridge University Press, 2006)の第九章「自らの課題に呼び戻される哲学――『信仰と理性』のトマス的読解」(野邊晴陽訳;Philosophy recalled to its tasks: Thomistic reading of Fides et Ratio)が訳出されています。

★『五つの証言』は、巻末の編集付記によれば、トーマス・マンの『五つの証言』(渡辺一夫訳、高志書房、1946年)と第一部とし、渡辺一夫のエッセイおよび「中野重治・渡辺一夫往復書簡」(『展望』誌1949年3月号)を第二部として独自に編集したもの、とのことです。帯文に曰く「古典名訳再発見。不寛容な時代に抗い、戦闘的ユマニスムのほうへ。ナチスと対峙した精神のリレー」と。目次を以下に掲出しておきます。

目次:
トーマス・マン『五つの証言』に寄せて(渡辺一夫)
五つの証言(トーマス・マン著、渡辺一夫訳)
 一 トーマス・マンの最近の文章を読んで(アンドレ・ジード)
 二 ボン大学への公開状
 三 ヨーロッパに告ぐ
 四 イスパニヤ
 五 キリスト教と社会主義
寛容について(渡辺一夫)
 文法学者も戦争を呪詛し得ることについて
 人間が機械になることは避けられないものであろうか?
 中野重治・渡辺一夫往復書簡
 寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか
解説 第六の証言(山城むつみ)

★中公文庫プレミアムの既刊書については同レーベルのブログ「編集部だより」をご覧ください。続刊は10月予定で、ヴェーバー/シュミット『政治の本質』清水幾太郎訳、とのことです。

★マーク・ボイル『無銭経済宣言』は『The Moneyless Manifesto: Live Well. Live Rich. Live Free』(Permanent Publications, 2012)の翻訳で、『ぼくはお金を使わずに生きることにした』(吉田奈緒子訳、紀伊國屋書店、2011年;The Moneyless Man: A Year of Freeconomic Living)に続く、ボイル(Mark Boyle, 1979-)による待望の第二作です。「「お金がないと生きられない」というのは、ぼくらの文化が創りだした物語にすぎない。自然界や地域社会とのつながり、生の実感、持続可能な地球を取りもどすための新しい経済モデルを提起した、フリーエコノミー運動創始者による「カネなしマニフェスト」。貨幣経済によらない生活のノウハウも多数紹介」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。序文は、『聖なる経済学』(Sacred Economics: Money, Gift, and Society in the Age of Transition, North Atlantic Books, 2011;非営利の日本語訳)の著者であるチャールズ・アイゼンスタイン(Charles Eisenstein, 1967-;アイゼンシュタインとも)が寄せています。曰く「実際に会って話してみたら、〔ボイルは〕聖人ぶったところがまったくなく、傲慢さとも無縁の人物だった。だからこそ、マークのメッセージは多くの人の共感を呼ぶのだろう。〔・・・〕彼いわく、金銭の放棄は、つながり、親密なつきあい、冒険、真の人生経験にいたる道である。善人と認められんがために身を犠牲にする道どころか、喜びの道であり、豊かさの道とすらいってもいい。/本書のひとつの意義は、その道をほかの人にも開いた点にある」(13頁)。「マークの著作は、つながりと喜びにあふれた生き方の単なる解説にとどまらない重要性を持つ。新しい体制の精神的いしずえを築いた点でも意義がある。来るべき革命も、マークの論じた深みに到達するものでなければ加わるに値しない。生命の流れに身をまかせ、寛大さこそが人間性の本質であると認識し、与える者は与えられると信じる次元まで踏みこんだ変革でなければ」(16頁)。

★ボイルはアイゼンスタインの序文に続く「はじめに」でこう書き綴っています。「本書の存在意義はもちろん、人間とカネの関係の再検討が必要だと信じる論拠を説明するのみにとどまらない。究極の目的は、読者が金銭ぬきで生活のニーズを満たせる(または少なくとも金銭への依存を小さくできる)方法を幅広く紹介することにある。自分自身の生きかたをもっと自分で決められるような、豊かな創造性を発揮できるような方法。自然界と地域社会に与えるマイナスの影響をおさえて、プラスの影響をふやす方法。喜びを感じなくなった仕事から自分を解放してやる方法。あるいはただ、自分のなかに存在することすら気づいていなかった未知の領域への道すじを」(27頁)。

★ボイルはこうも書いています。「いずれにしろ100%ローカルな生きかたを、ぼく自身は強く望んでいる。〔・・・〕全面的なローカル化が極端な経済モデルだと感じられるのは、極端にグローバル化した今日の経済と比較するからであり、ローカル化できない最新の電子機器に身も心も奪われた人の視点で見るからである。/ブラジルのアマゾンに住むアワ族のように、人どうしのきずなも大地との結びつきも強い民族から見たら、極端なのは、今日の工業化社会における暮らしぶりのほうだ。極端なのは、地球上の栄えある生命を、採鉱、皆伐、トロール漁にとって効率的に現金化できる資源の一覧表としか見ない世界観のほうだ。極端なのは、気がねなく隣人に助けを求めるどころか、近所にどんな人が住んでいるかすら知らない現実だ。極端なのは、空き部屋のある家があふれている地域で、路上に寝起きする人がいることだ。極端なのは、銀行にカネを返済するために、やりたくもない仕事をして人生をすごすことだ。そもそも銀行が無から作りだしたカネなのに。極端なのは、タダで与えられたものの代金を、同じ自然界に属する他者に請求することだ。自分の受けた贈り物を分けてやるのは引きかえに何かをくれる相手にかぎると言って。極端なのは、善人気どりで食品の紙パックをリサイクルしながら、がけっぷちにむかって歩いていくことだ。極端なのは、自分の力では止めようがないとばかりに、事態の進展に手をこまねいていることだ」(92頁;原書では42~43頁)。

★「子どもに価値ある未来を残してやるやめには、ただちに、皆の力で新しい物語を創造しはじめなくてはいけない。持続可能で、いまの時代にふさわしい物語を。〔・・・〕ユダヤの賢者ヒレルはこう言った。「きみがやらねば、誰がやる。いまやらねば、いつやる」。次世代に必要なのは、自己認識を拡張し、立ちあがっていまの文化を変えていく勇者だ。/そのひとりになろうではないか」(150頁)。本書は理論編と実践編の二部構成で、フリーエコノミーの思想と方法を読者に教えます。これはおそらく人類にとって、本気のサバイバルのためのバイブルです。

★ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』は『Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?』(Norton, 2016)の翻訳。帯文に曰く「ラットが自分の決断を悔やむ。カラスが道具を作る。タコが人間の顔を見分ける。霊長類の社会的知能研究における第一人者が提唱する《進化認知学》とはなにか。驚くべき動物の認知の世界を鮮やかに描き出す待望の最新作」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください(リンク先では試し読みもできます)。「私の主要な目的は、進化認知学への熱意の高まりを伝え、この分野が厳密な観察と実験に基づく立派な科学へと成長する過程を描き出すことだ」(362頁)と著者は書きます。訳者解説によればドゥ・ヴァールの提唱する進化認知学とは「人間とそれ以外の動物の心の働きを科学によって解明するきわめて新しい研究分野」であり、本書は「その格好の入門書」だと評されています。

★ドゥ・ヴァールはこう書きます。「それぞれに神経が通っていて独立した動きをする八本の腕の一本一本に行き渡ったタコの認知機能や、自分の発する甲高い鳴き声の反響を感じ取り、動き回る獲物を捕まえることを可能にするコウモリの認知能力と比べると、私たち人間の認知だけが特別だなどとははたして言えるだろうか」(12頁)。「私たちは自らの研究に生態学的な妥当性を求め、他の種を理解する手段として人間の共感能力を奨励したユクスキュル、ローレンツ、今西の助言に従っている。真の共感は、自己の焦点を合わせたものではなく他者志向だ。私たちは人間をあらゆるものの尺度とするのではなく、他の種をありのままのかたちで評価しなければならない」(359~360頁)。人間中心主義を乗り越える新たな地平が読者に提示されます。

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★続いて、既刊と新刊の中から注目書を列記してみます。

月刊ドライブイン vol.04』橋本倫史取材/撮影/文、2017年7月、本体463円、A5判並製40頁、ISBNなし
魔法をかける編集』藤本智士著、インプレス、2017年7月、本体1,600円、四六判並製240頁、ISBN978-4-295-00198-0
フリーメイソン――秘密結社の社会学』橋爪大三郎著、小学館新書、2017年8月、本体840円、新書判304頁、ISBN978-4-09-825315-9
映画とキリスト』岡田温司著、みすず書房、2017年8月、本体4,000円、四六判上製376頁、ISBN978-4-622-08624-6
HUMAN LAND 人間の土地』奈良原一高写真、復刊ドットコム、2017年8月、本体8,000円、A4変判上製176頁、ISBN978-4-8354-5504-4

★『月刊ドライブイン vol.04』はリトルマガジン『HB』の編集発行人である橋本倫史(はしもと・ともふみ:1982-)さんが取材、写真、文章、構成をすべてお一人でやられている、その名の通りドライブイン専門のユニークな月刊誌の第4号です。この号では沖縄の「A&W」と「ドライブインレストランハワイ」を取り上げています。取扱書店は約30店で、私は松本市の「本・中川」さんで購入しました。表紙も本文紙も共に灰色で文字はスミで刷られていますが明るく落ち着いた印象があります。味わい深い文章と写真で、旅の気分が味わえます。「いくら沖縄を訪れたところで、何かが分かるわけではない。それは沖縄という土地に限らず、誰のことだって「わかる」と言える日が来るとはとうてい思えない。わかりきることなんてできないのに、それでも足を運んだり、視線を注いだりしてしまう。この時間はいったい何なのだろう」(編集後記より)。このしなやかな感性に好感を持ちます。いずれ一冊の書籍にまとまりそうな予感がします。

★『魔法をかける編集』は、ミシマ社さんが編集し、インプレスさんが発行するレーベル「しごとのわ」の最新刊。著者の藤本智士 (ふじもと・さとし:1974-)さんはは編集者で、有限会社りす代表。帯文はこうです。「一過性で終わるイベント、伝わらない商品、ビジョンのないまちづくり・・・足りないのは、編集です。マイナスをプラスに、忘れられていたものを人気商品に、ローカルから全国へ発信する・・・etc. 誰もが使えるその技術を、「Re:S」「のんびり」編集長がすべて公開!」。松本市のブックカフェ「栞日」で見つけて購入しました。藤本さんは「はじめに」でこう書いています。「僕は、編集とは魔法であり、編集者は魔法使いだと本気で思っているのですが、それが魔法であるがゆえに、これまでは一部の人だけが持つ特権的能力として扱われてきたように思います。/しかし編集力というのは、何もホグワーツに通わなくても、すべての人がすでに備えている能力であり、意識することで鍛えられるのです。〔・・・〕僕が思う編集力とはズバリ、「メディアを活用して状況を変化させるチカラ」です」(3頁)。こうした職能は業界人なら経験的に理解しているものであり、松岡正剛さんや後藤繁雄さんをはじめとする先人によっても言及されてきたものですが、その力を意識的に統御し活用できているかどうかは人によるかもしれません。藤本さんは「ローカルメディア」にこだわり、その戦略と戦術を本書で惜しみなく明かしています。同時代人のエールとして、業界人の必読書だと言っていいのではないかと思います。

★『フリーメイソン』はメイソンをめぐる23の疑問をそのまま章立てにして、橋爪大三郎さんが簡潔に答える体裁の入門書。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「テンプル騎士団は、フリーメイソンなのですか」「イルミナティは、フリーメイソンなのですか」「マッカーサーは、フリーメイソンなのですか」「フリーメイソンは、陰謀集団なのですか」などの問いがあります。橋爪さんの考えがもっとも表れているのは「日本人はなぜ、フリーメイソンをよく理解できないのですか」という最初の問いと、「フリーメイソンを理解すると、なぜ世界がよく見えてくるのですか」という最後の問いではないかと思います。「フリーメイソンは、日本人が西欧キリスト教文明をみる場合の、盲点である」(まえがき、5頁)、また「フリーメイソンについて理解を深めること。それは、日本人が、21世紀の国際社会を生きていくための基礎教養だと思う」(294~295頁)と橋爪さんは指摘されています。日本グランドロッジも見学し、取材されたことがあとがきで明かされています。特にメイソンの幹部である片桐三郎さんの『入門フリーメイスン全史――偏見と真実』(アムアソシエイツ、2007年)には「とても助けられた」とお書きになっていますが、この本は残念ながら絶版の様子。本書が参考にしている新書には、吉村正和さんの『フリーメイソン』(講談社現代新書、1989年)や、荒俣宏さんの『フリーメイソン――「秘密」を抱えた謎の結社』(角川oneテーマ21、2010年)があります。

★『映画とキリスト』は「欧米における映画の発展は、キリスト教のテーマ系と切り離すことができないし、二千年にわたる美術の伝統も多かれ少なかれそこに影を落としている。その意味でこの本は、前著『映画は絵画のように――静止・運動・時間』〔岩波書店、2015年〕の延長線上にくるものでもある」(おわりに)とのこと。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「まず第Ⅰ章では、両者〔映画とキリスト〕の関係性を理論的な観点から概観しておきたい。つづく第Ⅱ章から第Ⅳ章は、サイレントの時代より現代にいたるまで、いわゆるイエスのビオピック(伝記映画)の代表的な作品を取り上げ、それぞれ異なる視点から分析と記述を試みる。具体的には章の順に、サイレント映画、パゾリーニの『奇跡の丘』、1970年代以降の多様化するイエス像、マリアの出産シーン、そして名脇役としての「裏切り者」ユダと「娼婦」マグダラのマリア、である。映画におけるイエスの表象が、たんなる歴史(物語)の挿絵ではなくて、いろんな意味で、いかにアクチュアルにしてかつ解決困難な問題系を引きずってきたかが明らかになるだろう。/さらに第Ⅶ章から第Ⅸ章までの三つの章では、固有名詞としてのイエスその人というよりも、「油を塗られた人」すなわち「メシア」としてのキリストのイメージが投影されている作品が対象となる。〔・・・〕数ある作品に篩をかけながら、「キリスト」との同一化――その可能性と限界」がいかに映像化され、そこにいかなる意味が託されているかが問われるだろう。最後の章は、神学上のみならず、社会的で政治的でもあるキリスト教内部の問題をパロディやアイロニーも交えつつ鋭くえぐりだす作品に捧げられている」(はじめに)。

★また岡田さんはこう書いてもいらっしゃいます。「現代は、近代における宗教の「世俗化」にたいして、「ポスト世俗化」の時代と呼ばれることもある。もちろん映画もこの状況と無関係ではありえない。/さらにこうした現況下、哲学者たちも近年、開かれたキリスト教の可能性(とその限界)を新たに模索しはじめている。代表的な名前だけを挙げるなら、ジャン=リュック・ナンシー、ジョルジョ・アガンベン、ジャンニ・ヴァッティモ、ジョン・カプートらがいるが、本論でわたしは、必要とあれば彼らの議論にも応答しようと試みた」(おわりに)。

★『HUMAN LAND 人間の土地』はリブロポートより1987年に刊行された、奈良原一高さんのデビュー作となる写真集の復刊。被写体はまだ人が住んでいる時代の「緑なき島」軍艦島と、鹿児島県の桜島東部に位置する「火の山の麓」黒神村(現在は黒神町)。いずれも1950年代に写されたものです。復刊ドットコムのウェブサイトより購入すると、非売品のポストカード1枚が付いてきます。作家性の強い写真集は絶版になると古書価が高くなりなかなか手が届きにくいので、ぜひ今後も復刊ドットコムさんには写真集復刊の分野でぜひ頑張っていただきたいです。

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# by urag | 2017-08-20 23:56 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 16日

今週末開催:講演「出版人・中野幹隆と哲学書房の魅力」@塩尻市市民交流センター

いよいよ催事が今週末に迫りました。中野幹隆さんと哲学書房さんの業績について公的な場で発表するのは今回が初めてです。月曜社で哲学書房さんの「羅独独羅学術語彙辞典」「季刊哲学」「季刊ビオス」の在庫の直販をお引き受けしたご縁もあり、このような機会を頂戴することになりました。会場の席にまだ残りがあるようなので、ご関心のある方々とお目に掛かれたらたいへん幸いです。お申込み方法はイベント名のリンク先に明記されております。参加無料です。どうぞよろしくお願いいたします。

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◎講演「出版人・中野幹隆と哲学書房の魅力」(信州しおじり本の寺子屋地域文化サロン)

日時:2017年8月19日(土曜日)13:30~15:30
場所:塩尻市市民交流センター(えんぱーく)3階多目的ホール
参加費:無料

内容:東京で出版社「哲学書房」を創業した、塩尻市宗賀地区出身の出版人・中野幹隆さんをご存じですか。塩尻市立図書館では、このたび、中野さんの功績を振り返る講演会を開催します。講師は、有限会社月曜社取締役の小林浩さんです。お気軽にご参加ください。

講師からのメッセージ:20世紀後半の現代思想ブームにおいて先端的な役割を果たした編集者・中野幹隆(塩尻市大字宗賀出身)の業績を振り返り、中野が興した哲学書房の出版物の魅力について紹介します。出版界の変化についてもお話しします。

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# by urag | 2017-08-16 13:36 | イベント告知 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 15日

注目新刊:ギャロウェイ『プロトコル』人文書院、ほか

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エウテュプロン/ソクラテスの弁明/クリトン』プラトン著、朴一功/西尾浩二訳、
京都大学学術出版会、2017年8月、本体3,000円、四六変判上製278頁、ISBN 978-4-8140-0095-1
不当な債務――いかに金融権力が、負債によって世界を支配しているか?』フランソワ・シェネ著、長原豊/松本潤一郎訳、芳賀健一解説、作品社、2017年8月、本体2,200円、46判上製244頁、ISBN978-4-86182-620-7

★『エウテュプロン/ソクラテスの弁明/クリトン』は「西洋古典叢書」2017年第3回配本(G101)。『エウテュプロン』西尾浩二訳、『ソクラテスの弁明』朴一功訳、『クリトン』朴一功訳、の三篇を収録。目次詳細および正誤表は書名のリンク先をご覧ください。同シリーズでのプラトン新訳は、『ピレボス』山田道夫訳(G044、2005年6月)、『饗宴/パイドン』朴一功訳(G054、2007年12月)、『エウテュデモス/クレイトポン』朴一功訳(G084、2014年6月)に続く4点目です。帯文(表4)に曰く「敬虔とは何かをめぐり、その道の知者を自負する人物と交わされる対話『エウテュプロン』。不敬神と若者を堕落させる罪で告発された老哲学者の裁判記録『ソクラテスの弁明』。有罪と死刑の判決を受けて拘禁中の彼が、脱獄を勧める竹馬の友を相手にその行為の是非について意見を戦わす『クリトン』。ソクラテス裁判を中心に、その前後の師の姿を描いたプラトンの3作品が鮮明な新訳で登場」と。付属の「月報129」は須藤訓任さんによる「ソクラテスを廻る切れ切れの思い」と、連載「西洋古典雑録集(3)」として國方栄二さんによる「エウタナシアー」の解説を収載。「エウタナシアー」とは古代ギリシア語で「よき死」の意。次回配本はアンミアヌス・マルケリヌス『ローマ帝政の歴史1』山沢孝至訳。

★ソクラテスに対する告訴状にはこう書かれていました。「ソクラテスは国家の認める神々を認めず、別の新奇なダイモーン(神霊)のたぐいを導入する罪を犯している。また若者たちを堕落させる罪も犯している。究明は死刑」。告発者である無名の青年の後ろ盾には政治家や弁論家がいました。裁判員(30歳以上)は500名で、票決は「有罪」とするものが280票、「無罪」が220票。さらに量刑については「死刑」とするものが360票、「罰金」が140票。

★ソクラテスはこう述べます。「私が真実を語るのに憤慨しないでください。実際、あなたがたに対してであれ、他のどんな多数者に対してであれ、本気になって反対して、国家のうちに多くの不正や違法が生じるのをどこまでも阻止しようとすれば、世の人々のなかで生きのびられるような人はだれもいないのです。むしろ、正しいことのために本当に戦おうとする者は、たとえわずかの時間でも生きのびようとするなら、私人として行動すべきであって、公人として行動すべきではないのです」(「ソクラテスの弁明」103頁)。「実際、もしあなたがたが人を殺すことによって、あなたがたに生き方が正しくないとだれかが非難するのをやめさせようと思っているなら、その考え方は適切ではないのです。〔・・・〕他人を押さえつけるのではなく、自分自身ができるかぎりすぐれた者になるよう心がけることこそ、最も美しく、最も容易なのです」(127~128頁)。

★『不当な債務』は発売済。原書は『Les dettes illégitimes : Quand les banques font main basse sur les politiques publiques』(Raisons d'Agir, 2011)です。シェネ(François Chesnais;『別のダボス――新自由主義グローバル化との闘い』〔柘植書房新社、2014年〕では「シェスネ」)はフランスの経済学者でパリ第13大学の名誉教授。ATTACの学術顧問も務めておられます。かつてカストリアディスやルフォールらが創設し、一時期リオタールらが参加していたグループ「社会主義か野蛮か」のメンバーだったとも言います。多くの著書がありますが、日本語訳は本書が初めてです。主要目次を列記しておきます。はじめに|第Ⅰ章 金融権力、その現実における組織的な土台と形態|第Ⅱ章 ヨーロッパの債務危機と世界的危機|第Ⅲ章 正当性なき公的債務|おわりに 借金棒引き――最終的には、欧州規模の社会運動へ?|用語解説|「訳者後書き」に扮して――ユビュ王とギゾー首相の「金持ち」(長原豊)|日本語版解説 国家の債券市場への隷従――財政赤字、国債、中央銀行(芳賀健一)。解説者の芳賀さんは本書について「先進国とくにフランスの政治債務が「汚れた債務」である所以を分析し、その解決策とそれを実現する政治・社会運動の結集を説得的に訴えている」と評しています。増え続ける日本の公的債務と今こそ向き合うための必読書かと思われます。

★「多くの国が債務というきわめて重大な課題に直面している。そうした事態にまだ直面していない国々も、遅かれ早かれ、直面することになるだろう」(171頁)とシェネは警告します。「本書の狙いは、今日、新自由主義を標榜する西欧諸国への従属を強いられている人びとが、自分たちの生産手段と交換手段(したがってまた、ユーロ)を民主的に共有するといったスタイルで管理するという目標に向かって社会的・経済的闘争をおこなうための結集軸を創り上げることに寄与すること、これである」(32頁)。「欧州連合とは「異なる(私たちの)ヨーロッパ」の構築という展望のもとで、例えば債務を返済しないこと、欧州中央銀行を含めた銀行を組み伏せること、そして銀行を効果的に統御するために社会化すること、これらを共通目標として掲げることができるのではないだろうか」(同)。

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★このほか、まもなく発売となる注目新刊には以下のものがあります。

プロトコル――脱中心化以後のコントロールはいかに作動するのか』アレクサンダー・R・ギャロウェイ著、北野圭介訳、人文書院、2017年8月、本体3,800円、4-6判並製420頁、ISBN978-4-409-03095-0
フランスを問う――国民、市民、移民』宮島喬著、人文書院、2017年8月、本体2,800円、4-6判上製258頁、ISBN978-4-409-23058-9
日本のテロ――爆弾の時代60s-70s』栗原康監修、河出書房新社、2017年8月、本体1,000円、A5判並製128頁、ISBN978-4-309-24820-2
パルチザン伝説』桐山襲著、河出書房新社、2017年8月、本体1,800円、46判上製178頁、ISBN978-4-309-02600-8
狼煙を見よ――東アジア反日武装戦線“狼”部隊』松下竜一著、河出書房新社、2017年8月、本体2,200円、46変形判並製272頁、ISBN978-4-309-02601-5
サンシャワー――東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで』国立新美術館/森美術館/国際交流基金アジアセンター編、平凡社、2017年8月、本体3,600円、A4変判上製320頁、ISBN978-4-582-20711-8

★まずは人文書院さんの2点。『プロトコル』は『Protocol: How Control Exists after Decentralization』(MIT Press, 2004)の翻訳。ミシェル・フーコー以後の管理社会論の地平を拓く野心的な試みです。ギャロウェイ(Alexander R. Galloway, 1974-)はニューヨーク大学准教授で、哲学者、プログラマー、アーティストなどの肩書を持っています。『プロトコル』はギャロウェイの処女作にして初の訳書です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。巻頭の序言「プロトコルは、その実行のただなかでこそ存在する」はギャロウェイとの共著があるユージン・サッカー(Eugene Thacker; タッカーとも)によるもの。サッカーはこう書いています。「すべてのネットワークがそもそもひとつのネットワークであるのは、それがプロトコルによって構成されているからである。〔・・・ネットワークには〕諸々の属性が出現することを可能にする下部構造がある〔・・・〕。ネットワークではない。プロトコルなのだ。/このことを踏まえると、『プロトコル』を政治経済についての書物として読むことができるだろう」(13~14頁)。このあとサッカーはフーコーに言及しつつ「プロトコルにかかわる生政治の次元は、今後取り組むべき課題として開かれている」(17頁)と書いています。「生物学と生命科学がますますコンピュータやネットワーク化したテクノロジーに統合されていくにつれて、身体とテクノロジーのあいだに引かれた馴染みのある境界線、すなわち生物体と貴会のあいだに引かれた馴染みのある境界線は、一群となった諸変容を被り始めている」(同)。

★序章でギャロウェイは本書の目的についてこう書いています。「君主=主権による中心的な管理にも、監獄や工場における脱中心的な管理にももとづいていない〔・・近代以後の〕この第三の歴史の波がもつ固有性を、そこで生じたコンピュータ技術の管理=制御に焦点をあわせることによって具体化して論じることである」(35~36頁)。ギャロウェイは近代から現代への歴史的推移を、中心化(君主=主権型社会)から脱中心化(規律=訓練型社会)へ、さらに分散化(管理=制御型社会)へ、と捉えており、「プロトコルとは歴史的には脱中心化の後に生じるマネジメントのシステムである」(60頁)と指摘しつつ、「プロトコル/帝国の論理にもとづくネットワークの制御をきわめて容易にしているもの」こそが「分散型のアーキテクチャ」なのだと言います(66頁)。本書はここから七章に渡って本論を展開していき、「中心化され秩序付けられた権力と分散化された水平的なネットワークとのあいだ」にある「現行の世界規模での危機」(334頁)と向き合おうとしているように見えます。訳者あとがきで北野さんは「プロトコルをめぐる考察が及ぶ範囲はかなり広い」と指摘し、本書について次のように評しておられます。「単に抽象度が高い話をするという素朴なレヴェルでの哲学的思惟ではなく、個別具体的なものへの思考を活性化させてくれる仕事、しかも優れて今日的なテーマ――インターネットのみならず、人工知能から、生命操作にいたるまで――をめぐる思考を弾力化させる仕事であるだろう」(414頁)。

★ギャロウェイの活躍については、千葉雅也さんによるギャロウェイ本人へのインタヴュー「権威〔オーソリティ〕の問題――思弁的実在論から出発して」(小倉拓也/千葉雅也訳)を「現代思想」2016年1月号(特集=ポスト現代思想)でもご確認いただけます。

★宮島喬『フランスを問う』は、現代フランス社会の「現状を批判的に捉え返し、移民の統合と多文化(多民族)共生への道を見出すことができるのか」(「はじめに」iv頁)を問うもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。収録された8つの論考のうち、「同時的に起こっているヨーロッパの危機と変動」「ナショナルポピュリズムとそれへの対抗力――フランス大統領選の社会学から」「オリジンを問わないということ――フランス的平等のディレンマ」「フランスの移民政策の転換――“選別的”政策へ?」「デラシネとしての移民?――バレース、デュルケム再考、ノワリエルを通して」の5本が書き下ろしで、3本は各誌に近年発表済の論考に加筆したもの。「共存、共生してきて、これからもそれを続けていくほかない人々を、不確かな根拠の下に「彼ら」化、「他者」化し、排除、または交わらぬ並行関係に追いやろうとする(日本でも、それに近いことは最近の小政治グループの誕生によって起こりそうである)」(「あとがき」241頁)。ナショナル・ポピュリズムの台頭が懸念される日本社会を考える上で示唆となる一冊です。

★次に河出書房新社さんの3点。『日本のテロ――爆弾の時代60s-70s』はまさに書名通りの歴史と人物、参考文献について簡潔に教えてくれる手頃な一冊です。歴史解説は「ですます調」で書かれ、人物紹介はイラスト付きで柔らかく、巻末のブックガイドは丁寧で、何より廉価なので、若い読者にも親しみやすいのではないかと思います。同時期に河出さんでは桐山襲『パルチザン伝説』と、松下竜一『狼煙を見よ――東アジア反日武装戦線“狼”部隊』の2点を復刊。前者『パルチザン伝説』は「文藝」誌に掲載後に単行本化が中断され、他社から刊行されたいわくつきの作品(詳細は省略します)で、30数年ぶりの初出版元への回帰となります。友常勉さんが解説を担当されています。後者『狼煙を見よ』は1974年に起きた「東アジア反日武装戦線」による連続企業爆破事件前後の軌跡を追ったもの。解説は斎藤貴男さんがお書きになっておられます。この3点はいわば新刊セットなので店頭でバラバラに扱うのはあまり意味がありません。戦後を考える視座として、避けて通れないものがあります。

★最後に平凡社さんの『サンシャワー――東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで』は、ASEAN(東南アジア諸国連合)の設立50周年を記念して国立新美術館と森美術館で開催中の東南アジア現代美術展の展覧会図録です。「時代の潮流と変動を背景に発展した東南アジアにおける1980年代以降の現代アートを、9つの異なる視点から紹介する、史上最大規模の展覧会」とのこと。展覧会について以下に概要を特記しておきます。リンク先では9つのセクションや出展作家、見どころなどについて確認できます。


会期:2017年7月5日(水)~10月23日(月)
会場(2館同時開催):
国立新美術館 企画展示室 2E(東京都港区六本木7-22-2)
 開館時間:10:00~18:00(毎週金曜日・土曜日は21:00まで)※入場は閉館の30分前まで
 休館日:毎週火曜日
森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53階)
 開館時間:10:00~22:00(毎週火曜日は17:00まで)※入場は閉館の30分前まで
 会期中無休
主催:国立新美術館、森美術館、国際交流基金アジアセンター
巡回:2017年11月3日(金・祝)~12月25日(月)/福岡アジア美術館

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# by urag | 2017-08-15 02:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 13日

注目新刊:ノイラート『アイソタイプ』BNN新社、ほか

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★人文書売場だけを見ているだけでは見つけにくいここ二か月ほどの間の新刊をまとめてみます。

ISOTYPE[アイソタイプ]
オットー・ノイラート著、永原康史監訳、牧尾晴喜訳
BNN新社、2017年6月、本体3,200円、四六判上製320頁、ISBN978-4-8025-1065-3

帯文より:インターナショナルな世界を支える〈言語〉の統一に、〈デザイン〉の力で挑んだ哲学者の知られざる思想。事象と意味をつなぐ視覚化(=絵文字化)のシステムの結実、アイソタイプ。大戦の狭間に埋もれたノイラートの言葉が、いま蘇る。本邦初となる完訳訳『International Picture Language』(1936)、『Basic by Isotype』(1937)に『Modern Man in the Making』(1939)のすべての図版を収録した、合本版。

目次:
アイソタイプの科学――ふたたび世界をみる窓として(永原康史)
International Picture Language 国際図説言語
Basic by Isotype アイソタイプによるベーシック英語
Modern Man in the Making 近代人の形成(図のみ収録)

★ノイラート『ISOTYPE[アイソタイプ]』は某新規店の店内をふらついている際に、芸術・デザイン書の棚で偶然目に留まって釘付けになった一冊。「世界の表象:オットー・ノイラートとその時代」展(2007年9月25日~10月21日、武蔵野美術大学美術資料図書館1階展示室)以来、いつか翻訳されるかもしれない、されてほしいと期待してきたことがついに現実となり、舞い上がってしまいました。

★オットー・ノイラート(Otto Neurath, 1882-1945)は、オーストリア出身でのちにイギリスに亡命した哲学者。論理実証主義や統一科学運動で知られる「ウィーン学団」の一人です。アイソタイプとは「International System Of TYpographic Picture Education」の略で、視覚的な図記号による図説言語のこと。トイレで使われる、男女の姿を抽象化した標識を思い浮かべていただければよいかと思います。「誰から見てもわかりやすい絵は、言語の限界から自由だ〔・・・〕。それは国境を越えているのだ。言葉はへだたりをつくり、絵はつながりをつくる」(27頁)とノイラートは主張します。背景には「脱バベル化」(オグデン)を目指した国際言語創造の試みからの触発があるようです。グローバリゼーションが様々なひずみを引き起こしている時代だからこそひもとき、振り返り、原点を確認しておきたい、貴重な一冊。

★ノイラートの試みはグラフィック・デザイン史の一頁とも言えるでしょうけれども、同時に普遍言語や人工言語の末裔とも言えます。ライプニッツの普遍記号学や結合術、コメニウスの汎知学に通じる回路もあると思います。「ノイラートの船」で高名な論文「プロトコル言明」(Protokollsaetze; 竹尾治一郎訳、坂本百大編『現代哲学基本論文集Ⅰ』勁草書房、1986年、165-184頁)を収めた論文集は、大型書店なら哲学思想棚に基本書として置いてあると思いますが、本書『ISOTYPE』も哲学思想棚に置いてあるお店は、相当分かっていらっしゃる書店員さんがいるはず、と見ていいでしょう。

★なお『Modern Man in the Making 近代人の形成』は図版のみ収録ですが、論説部分を読みたい方は既訳書『現代社会生態図説』(高山洋吉訳、慶應書房、1942年)をご参照ください。古書市場ではかなり見つけにくい部類の本なので、図書館での閲覧が手っ取り早いです。ご参考までに同書の目次を掲出しておきます。

◎ノイラート『現代社会生態図説』(高山洋吉訳、慶應書房、1942年)目次
訳者序(1-2頁)
原著者序(1-4頁)※新たにノンブルが振り直されています
Ⅰ 叙述(1-108頁)※新たにノンブルが振り直されています
 過去と現在
 人類の統一化
 現代を生む諸潮流
 世界の現状
 社会環境
 人の日常生活
Ⅱ 図示(109-188頁)
Ⅲ 付録 文献及び註釈(189-228頁)
感謝の言葉(229頁)

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★このほか、理学書、建築書、ビジネス書などの新刊で、人文書売場にもスイッチできる新刊をいくつか挙げておきます。

ノースフェーラ――惑星現象としての科学的思考』ヴラジーミル・ヴェルナツキイ著、梶雅範訳、水声社、2017年7月、本体4,500円、四六判上製442頁、ISBN978-4-8010-0274-6
ユートピア都市の書法――クロード=ニコラ・ルドゥの建築思想』小澤京子著、法政だ学出版局、2017年7月、本体4,000円、A5判上製286頁、ISBN978-4-588-78609-9
2030年 ジャック・アタリの未来予測――不確実な世の中をサバイブせよ』ジャック・アタリ著、林昌宏訳、プレジデント社、2017年8月、本体1,800円、四六判上製224頁、ISBN978-4-8334-2240-6
続・哲学用語図鑑』田中正人著、斎藤哲也監修、プレジデント社、2017年6月、本体1,800円、A5判変型並製400頁、ISBN978-4-8334-2234-5
反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』(上巻、ナシーム・ニコラス・タレブ著、望月衛監訳、千葉敏生訳、2017年6月、本体各2,000円、46判上製412頁/424頁、ISBN978-4-478-02321-1/978-4-478-02321-1)

★『ノースフェーラ』は《叢書・二十世紀ロシア文化史再考》(桑野隆責任編集)の最新刊。前回の配本がヴィゴツキイ『記号としての文化――発達心理学と芸術心理学』(柳町裕子/高柳聡子訳、水声社、2006年)ですから約10年ぶりの配本(第6回)となります。このシリーズをちゃんと全点扱っている書店さんは信頼して良いと思います。ヴラジーミル・ヴェルナツキイ(1863-1945)はソビエト連邦時代の地球化学者でウクライナ科学アカデミー初代総裁。帯文は以下の通りです、「《科学的思考と人間の労働の影響の下に、生物圏は、叡知圏(ノースフェーラ)という新たな状態に移行しようとしている。》人類の科学的知識の増大を惑星地球の「進化」と位置づけ、人間思考の発展の歴史を辿りながら、生命と非生命のダイナミックな交流に着目した、新たな学問領域「生物地球化学」をうち立てる。人間理性への信頼が揺らぐ第二次世界大戦前夜、人類の未来への希望を科学研究の絶え間ない営為の中に見いだした、ヴェルナツキイの思想的到達点を示す草稿集」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。なお同シリーズの次回配本は、フレイデンベルグ『プロットとジャンルの詩学』杉谷倫枝訳、となるようです。

★『ユートピア都市の書法』は『都市の解剖学――建築/身体の剝離・斬首・腐爛』(ありな書房、2011年)に続く、小澤京子(おざわ・きょうこ:1976-)さんによる著書第二弾。東大大学院総合文化研究科に2014年に提出された同名の博士論文から、前著『都市の解剖学』と重複する部分を除外し、大幅に加筆修正したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。美麗な装丁は奥定泰之さんによるもの。本書を見かけたのは私は理工書売場の建築書棚においてでしたが、人文書売場の哲学思想棚においてはユートピア思想ないし啓蒙思想の研究書の近くに置くことで棚を豊かにしてくれると思います。ルドゥ(Claude Nicolas Ledoux, 1736-1806)と言えばその特異な紙上建築によって有名ですが、紙上建築を扱った近年の研究書と言えば、本田晃子さんの『天体建築論――レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』(東京大学出版会、2014年)を思い出します。数年のうちに、奥行きのある卓抜な建築思想研究に再び出会えた喜びを感じます。

★『2030年 ジャック・アタリの未来予測』の原書は『Vivement après-demain !』(Fayard, 2016)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。アタリは第一章「憤懣が世界を覆い尽くす」の冒頭でこう書いています。「自分の人生に意義をもたせるつもりなら、そして余生を楽しむだけの暮らしに甘んじるつもりがないのなら、世界を理解すべきだ」(18頁)。「現在、世界は悪の勢力によって支配されているといえる」(19頁)と厳しく指摘するアタリは本書の目的を次のように明言しています。「誰もが世界の明るい展望と脅威を知る術をマスターし、それらの機会とリスクを推し測ることができるようにすることだ」(11頁)。第四章「明るい未来」では、本書が予見する世界の大惨事を回避するために個人が達成すべき精神的な10段階や、その先にある社会制度改革のための10の提案、さらに国家(本書の場合はフランス)が実行すべき10の提案を簡潔に列記しています。「とにかく、私はすべてを語った」(205頁)、これが本書の結びの言葉です。猛烈に濃い絶望的な闇の中でアタリが掲げる剣の輝きを信じることができるのかどうか、困難に立ち向かう勇気が私たち一人ひとりに問われています。

★なおプレジデント社さんではベストセラー『哲学用語図鑑』(2015年)の続編として『続・哲学用語図鑑』を6月に刊行されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「中国・日本・英米分析哲学編」と銘打たれていますが、『哲学用語図鑑』でも扱われていた重要な哲学者の何人かは再説されており、前作の周到な補完となっています。優れた人文系入門書を長らく手掛けられてきたフリーエディターの斎藤哲也さんのご活躍に深い敬意を覚えます。田中正人さんという才能豊かな適任者によって専門家では成し得ない図鑑が作成されたことは、出版史における画期的な業績として記憶され、刻まれるべきことでしょう。田中さんの図鑑にはまさにノイラート的な図説の感性が溢れているように思います。

★アタリの著書『2030年 ジャック・アタリの未来予測』と合わせて読んでおくのが良いかもしれない本には、訳者の林さんがまもなく上梓される近刊書、ダニエル・コーエンの『経済成長という呪い――欲望と進歩の人類史』(東洋経済新報社)を挙げてよいでしょう。また、既刊書ではタレブの最新作『反脆弱性』上下巻を挙げておきたいと思います。原書は『Antifragile: Things that Gain from Disorder』(Random House, 2012)です。アタリ(Jacques Attali, 1943-)は人文書からビジネス書に進出した思想家であり経済学者、政治家ですが、タレブ(Nassim Nicholas Taleb, 1960-)はトレーダー出身の金融工学の専門家で、ランダムネス、確率、不確実性をめぐる思想家でもあり、ビジネス書から人文書に越境してくるキー・パーソンです。主著であるベストセラー『ブラック・スワン――不確実性とリスクの本質』(上下巻、望月衛訳、ダイヤモンド社、2009年)のほか、すでに何冊も訳されています。

★明日をも知れぬ世界の混迷について鋭く警告し、そこからの脱出を示唆する点において、アタリとタレブはそれぞれに分析と処方を提示し、不確実性と変化がもたらすものを教えます。『ブラック・スワン』を『反脆弱性』の補助的な作品であり付録である(『反脆弱性』上巻39頁)と位置づけているタレブが教えるのは、「変動制や不確実性によって損をする」(同下巻294頁)脆さについてです。「何より不思議なのは、脆いものはすべて変動性〔ボラティリティ〕を嫌うという当たり前の性質が、科学や哲学の議論からすっぽりと抜け落ちてしまっていることだ。〔・・・〕この点を自然に会得しているのは、たいてい実践家(物事を実行する人)だけなのだ」(上巻36頁)とタレブは書きます。「衝撃を利益に変えるものがある。そういうものは、変動性、ランダム性、無秩序、ストレスにさらされると成長・反映する。〔・・・〕本書ではそれを「反脆弱」と形容しよう」(22頁)。「すば抜けて頭はよいけれど脆い人間と、バカだけれど反漸弱な〔訳書通りに転記すると「反脆い」〕人間、どちらになりたいかと訊かれたら、私はいつだって後者を選ぶ」(22~23頁)。平たく言えば、変化による危機をチャンスに変えることができる能力を反脆弱性として理解していいでしょうか。

★タレブの本書では「観光客化 touristification」という造語が出てくるのですが、ここで言う「観光客 tourist」は東浩紀さんが『観光客の哲学』(ゲンロン、2017年3月)で使用したキーワードとは大きく意義が異なっているように感じます。それを踏まえた上で、タレブと東さんの本を隣合わせで置いている本屋さんがいらっしゃるとすれば、その方は旬の新刊を横断的に見ることができる方でしょう。タレブの「観光客化」は下巻巻末の用語集によれば「人生からランダム性を吸い取ろうとすること。教育ママ、ワシントンの公務員、戦略プランナー、社会工学者、ナッジ使いなどのお得意技。反義語は「分別ある遊び人」」(下巻416頁)。本文では次のように記述されています。「この単語〔観光客化〕は私の造語であり、人間を機械的で単純な反応を返す、詳しいマニュアルつきの洗濯機のようなものとして扱う、現代生活のひとつの側面を指している。観光客化は、物事から不確実性やランダム性を体系的に奪い、ほんの些細な点まで予測可能にしようとする。すべては快適性、利便性、効率性のためだ。/観光客が冒険家や遊び人の対極にあるとすれば、観光客化は人生の対極にある。観光客化は、旅行だけでなく、あるとあらゆる活動を、俳優の舞台のようなものへと変えてしまう。システムや有機体からランダム性を最後の一滴まで吸い出し、不確実性を好むシステムや有機体を骨抜きにしておきながら、それがよいことなのだという錯覚まで与える。その犯人は、教育制度、目的論的な科学研究の助成計画、フランスのバカロレア資格、ジムのマシンなどだ。〔・・・〕現代人は、休暇中でも囚われの生活を送らざるをえなくなっている。金曜の夜のオペラ、スケジュールされたパーティー。お約束の笑い。これも金の牢獄だ。/この”目的志向”の考え方は、私の実存的な自我を深く傷つけるのだ」(上巻122~113頁)。

★一方、東さんは「連帯の理想を掲げ、デモの場所を求め、ネットで情報を集めて世界中を旅し、本国の政治とまったく無関係な場所にも出没する21世紀の「プロ」の市民運動家たちの行動様式がいかに観光客のそれに近いか、気がついていないのだ。〔・・・〕観光客は、連帯はしないが、そのかわりたまたま出会ったひとと言葉を交わす。デモには敵がいるが、観光には敵がいない。デモ(根源的民主主義)は友敵理論の内側にあるが、観光はその外部にあるのだ」(160頁)とお書きになっておられます。「観光客は大衆である。労働者であり、消費者である。観光客は私的な存在であり、公共的な役割を担わない。観光客は匿名であり、訪問先の住民と議論しない。訪問先の歴史にも関わらない。政治にも関わらない。観光客はただお金を使う。そして国境を無視して惑星場を飛び回る。友もつくらなければ敵もつくらない」(111頁)。「観光客はまさに、20世紀の人文思想全体の敵なのだ。だからそれについて考え抜けば、必然的に、20世紀の思想の限界は乗り越えられる」(112頁)。「観光客の哲学を考えること、それはオルタナティブな政治思想を考えることである」(116頁)。

★タレブが観光客を、主体性を奪われたただのお客=部外者として見ているのとは対照的に、東さんはその部外者にも主体性があり、自由に動けるのだと評価しておられるように思われます。東さんの言う「観光客」はむしろ、タレブがそれ(観光客)と対置している「分別ある遊び人 the rational flaneur」に近いように思われます。「「自分は行き先を完璧にわかっている」「過去に自分の行き先を完璧にわかっていた」「過去に成功した人はみんな行き先をわかっていた」という錯覚を、本書では「目的論的誤り」と呼ぼう。/また、「分別ある遊び人」とは、観光客とは違って、立ち寄った先々で旅程を見直し、新しい情報に基づいて行動を決められる人だ。ネロは自分の嗅覚を頼りに、旅でこの方法を実践していた。遊び人は計画の囚人ではない。観光は、文字どおりの意味であれ比喩的な意味であれ、目的論的誤りに満ちている。計画は完璧であるという家庭のもとで成り立っていて、人間を、修正の難しい計画の囚人にしてしまう。一方、遊び人は、情報を獲得するたびに絶えず理性的に目標を修正していく」(上巻281頁)。

★タレブの言う「目的論的誤り the teleological fallacy」を東さんは積極的に評価しておられるように思います。「誤配こそが社会をつくり連帯をつくる。だからぼくたちは積極的に誤配に身を曝さねばならない」(9頁)。「21世紀の新たな抵抗は、帝国と国民国家の隙間から生まれる。それは、帝国を外部から批判するのでもなく、また内部から脱構築するのでもなく、いわば誤配を演じなおすことを企てる。出会うはずのないひとに出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の体制にふたたび偶然を導き入れ、集中した枝をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる。そして、そのような実践の集積によって、特定の頂点への富と権力の集中にはいかなる数学的な根拠もなく、それはいつでも解体し転覆し再起動可能なものであること、すなわちこの現実は最善の世界ではないことを人々につねに思い起こさせることを企てる。ぼくには、そのような再誤配の戦略こそが、この国民国家=帝国の二層化の時代において、現実的で持続可能なあらゆる抵抗の基礎に置かれるべき、必要不可欠な条件のように思われる。21世紀の秩序においては、誤配なきリゾーム状の動員は、結局は帝国の生権力の似姿にしかならない。/ぼくたちは、あらゆる抵抗を、誤配の再上演から始めなければならない。ぼくはここでそれを観光客の原理と名づけよう。21世紀の新たな連帯はそこから始まる」(192頁)。

★タレブは先述の通り「遊び人〔フラヌール〕」を評価しますが、一方でこう警告もしています。「ひとつ注意がある。遊び人の日和見主義は、人生やビジネスではうまくいく。でも私生活や人間関係ではうまくいかない。人間関係では、日和見主義の反対は忠誠だ。忠誠を尽くすことは立派な心がけだが、人間関係や道徳のようなふさわしい場面で発揮してこそ意味がある」(上巻281~282頁)。これについては東さんの『観光客の哲学』では、第2部「家族の哲学(序論)」を参照すべきかと思われます。「観光客が拠りどころにすべき新しいアイデンティティとは、結局のところなんなのだろうか。/実はぼくがいまその候補として考えているのは家族である」(207頁)。これ以降の比較はネタバレを含まざるをえないのでやめておきますが、タレブさんと東さんの思考を往還することで得るものは色々とあるような気がします。

★ちなみにタレブの議論とメイヤスー『有限性の後で』(人文書院、2016年)をリンクさせている思想家にエリ・アヤシュ(Elie Ayache、1966-)がいます。著書に『The Blank Swan: The End of Probability』(Wiley, 2010)や『The Medium of Contingency: An Inverse View of the Market』(Palgrave, 2015)などがあり、邦訳論文に「出来事のただなかで」(安崎玲子/杉山雄規訳、『ザ・メディウム・オブ・コンティンジェンシー』Kaikai Kiki、2014年、25~40頁;アヤシュの未訳著書とは別物)や、「現実の未来」(神保夏子訳、『Speculative Solution』東京都現代美術館、2012年、62~75頁)があります。アヤシュもまた実業家なのですが、哲学者としての横顔も持っています。タレブと同じくレバノン出身で、アタリと同様にエコール・ポリテクニークで学び、さらにソルボンヌ大学でも学位を取り、デクシア・アセット・マネジメントを経て1999年にテクノロジー・カンパニー「ITO 33」を創業しています。『Collapse』誌第8号(Urbanomic, 2014)では彼のインタヴュー「The Writing of the Market」を読むことができます。私が今もっとも注目している思想家の一人ですが、もし関心を共有する方がいらっしゃいましたらぜひご連絡下さい。

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# by urag | 2017-08-13 17:49 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 06日

注目新刊:『原典 ルネサンス自然学』上下巻、ほか

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原典 ルネサンス自然学(上)』池上俊一監修、名古屋大学出版会、2017年8月、本体9,200円、菊判上製650頁、ISBN978-4-8158-0880-8
原典 ルネサンス自然学(下)』池上俊一監修、名古屋大学出版会、2017年8月、本体9,200円、菊判上製656頁、ISBN978-4-8158-0881-5
メルロ=ポンティ哲学者事典 第一巻 東洋と哲学・哲学の創始者たち・キリスト教と哲学』モーリス・メルロ=ポンティ編著、加賀野井秀一/伊藤泰雄/本郷均/加國尚志監訳、白水社、2017年7月、本体5,400円、A5判上製436頁、ISBN978-4-560-09311-5

★『原典 ルネサンス自然学』上下巻は発売済。『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』を2009年に同版元から上梓された池上俊一さんの監修による、原典で読むルネサンス思想のアンソロジー大冊の第二弾です(ちなみに『原典 イタリア・ルネサンス人文主義』はアマゾンではカート落ちでマケプレの高額出品しか表示されませんが、版元品切ではないので要注意です)。『原典 ルネサンス自然学』は凡例に曰く「15世紀から17世紀の代表的自然学者30人の作品を翻訳し、それぞれに訳者による解題と注を付したもの」。高額本ではありますが、その分中身は充実しており、買い逃す手はありません。収録作品は書名のリンク先でご確認いただければと思いますが、せっかくなので人名だけでも列記しておくと以下の通りになります。

★フランシス・ベイコン、コンラート・ゲスナー、プロスペロ・アルピーニ、オリヴィエ・ド・セール、プラーティナ、ウゴリーノ・ダ・モンテカティーニ、ジャン・フェルネル、ジローラモ・フラカストロ、アンドレアス・ヴェサリウス、マルチェッロ・マルピーギ、ウィリアム・ハーヴィ、アンブロワーズ・パレ、ヘンリクス・コルネリウス・アグリッパ、パラケルスス、トンマーゾ・カンパネッラ、ジョン・ディー、ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ、ゼバスティアン・ミュンスター、マルシリオ・フィチーノ、ニコラウス・コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ヨハネス・ケプラー、ウィリアム・オートリッド、シモン・ステヴィン、マリアーノ・ディ・ヤコポ (タッコラ)、ヴァンノッチョ・ビリングッチョ 、伝トマス・ノートン、ロバート・ボイル、アイザック・ニュートン、ウォルター・チャールトン。まさに壮観としか言いようがありません。

★前代未聞の一大コーパスとなる本書の上巻巻頭に置かれた池上さんによる解説にはこうあります。「環境破壊問題や自然災害の多発に直面した現代文明の行き詰まり感の中で、自然と人間の関係の見直しが喫緊の課題となっている。それに伴って西洋近代科学の意義も見直されようとしており、とりわけ近代科学を準備したルネサンス期の「自然学」には、従来行われてきたような遡及的――近代主義的――な見方だけではとらえきれない豊かな側面があることが、近年ではしきりに強調されている。/そうした情勢の中、本書はルネサンス期の多面的な「自然学」の広がりを、現代に受け継がれたもの、否定されたもの、潜行して無意識のうちに影響を拡げていったものなどを含め、原典の翻訳紹介によって示すことを企図している」(1頁)。「誰しもが、いわば総合的な宇宙論・人間学を追究していた」(2頁)時代の豊かな発想力の数々は、科学技術の進展を少数の研究者に頼るほかない現代人の狭量な世界観に、大きな刺激をもたらすに違いありません。

★近年では白水社さんから『フランス・ルネサンス文学集』(1~3巻、2015~2017年)も刊行されており、「ルネサンス」を学び直す読書環境が整いつつあるように思われます。なお、くだんの白水社さんにおかれましては『メルロ=ポンティ哲学者事典』の第3回配本となる第一巻が発売となりました。詳細目次が版元サイトにまだ掲出されていないので、すべてを転記しておきたいところですが、なにぶん量が多いため、主要部分のみ以下に掲げておきます。

Ⅰ 東洋と哲学(モーリス・メルロ=ポンティ)
インドの二人の哲学者
ブッダ(ジャン・フィリオザ)
ナンマールヴァール(ジャン・フィリオザ)
インドの哲学
ヴェーダ哲学(紀元前1500~1000年)
ブラフマーナ哲学(紀元前1000年~600年)
ヴェーダとブラフマンから独立した思想家(紀元前6~5世紀)
ジャイナ教(紀元前6~5世紀)
正統派仏教
非正統派仏教
インドの古典哲学
ダルシャナ
タントラ哲学
インド・イスラーム時代(13~14世紀)
インド・西欧時代(19~20世紀)
インド哲学を論じたインド人歴史家
中国の二人の哲学者
荀子(マックス・カルタンマルク)
荘子(マックス・カルタンマルク)
中国の古代哲学(紀元前二世紀まで)
儒教、道教、仏教(紀元前2世紀~紀元後10世紀)
新儒教の開花とその支配的広がり(6~16世紀)
新儒教に対する反動(17~20世紀初頭)
Ⅱ 哲学の創始者たち(モーリス・メルロ=ポンティ)
ソクラテス以前の哲学者たち
ヘラクレイトス(ジャン・ボーフレ)
パルメニデス(ジャン・ボーフレ)
ゼノン(ジャン・ボーフレ)
ソクラテス(ヴィクトール・ゴルトシュミット)
プラトン(ヴィクトール・ゴルトシュミット)
プラトンと後継者たち
ソクラテス学派
アリストテレス(ミシェル・グリナ)
アリストテレスと後継者たち
エピクロス(ヴィクトール・ゴルトシュミット)
エピクロスと後継者たち
クリュシッポス(ヴィクトール・ゴルトシュミット)
古ストア主義
懐疑主義と実証的な知
プラトンの伝統
中期・新ストア主義
エピクテトス(ヴィクトール・ゴルトシュミット)
新プラトン主義
プロティノス(ミシェル・グリナ)
Ⅲ キリスト教と哲学(モーリス・メルロ=ポンティ)
キリスト教哲学のはじまり
アウグスティヌス(ポール・ヴィニョー)
中世初期
イスラーム哲学、ユダヤ哲学とビザンティン哲学
中世
トマス・アクィナス(オリヴィエ・ラコンブ)
ドゥンス・スコトゥス(ポール・ヴィニョー)
ルネサンス
ニコラウス・クザーヌス(モーリス・ド・ガンディヤック)

★『原典 ルネサンス自然学』で訳出されている人名の中で当事典第一巻にて立項されているのは、フィチーノとパラケルススです。次回配本は最終となる別巻「現代の哲学/年表・総索引」です。

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★また、以下の新刊にも注目しています。

あたらしい無職』丹野未雪著、タバブックス、2017年7月、本体1,400円、B6判変型並製172頁、ISBN978-4-907053-21-5

★「シリーズ3/4」の初回配本2点の内の1冊。もう1冊は山下陽光『バイトやめる学校』です。同シリーズは「3/4くらいの文量、サイズ、重さの本。それぞれのやり方で、余白のある生き方をさがすすべての方へ送る新シリーズです」とのこと。非正規雇用、正社員、アルバイト、無職と渡り歩いてこられた編集者でライターの丹野未雪(たんの・みゆき:1975-)さんの、39歳から41歳までの記録です。多彩なフリーランス層に支えられている出版界に棲息する者にとってはまさに他人事ではない現実の一側面を垣間見ることができます。初出はタバブックスさんの雑誌「仕事文脈」第5号(2014年11月)と第6号(2015年5月号)。

★「39歳無職日記」(第1章)と「41歳無職日記」(第3章)の間に挟まっている「社員はつらいよ」(第2章)の、こんな言葉が胸に残ります。「これは傷なのだろうか。傷だとしたら、癒えていないのだろうか。思い出しても痛みすらない。傷というより、もはや文様のようだ。刺青」(106頁)。本書の書名になぜ「あたらしい」という形容詞が入っているのか途中までよく分かりませんでしたが、読み終えてみて「無職」はいつだってその都度新しい冒険になるほかはなく、日常は単純な繰り返しのようでいて実はそうでもないのだ、と自分なりにじんわり得心した次第でした。本書の刊行を記念して以下のトークイベントが予定されています。また発行元のタバブックスの宮川さんが登壇されるイベントについても特記しておきます。

日時:2017年8月11日(金・祝)19時~21時(開場18時30分)
会場:Readin' Writin' (台東区寿2-4-7)
定員:20名
料金:1,500円+1ドリンク
予約:リンク先をご覧下さい。

登壇:里山社・清田麻衣子/瀬谷出版・瀬谷直子/センジュ出版・吉満明子/タバブックス:宮川真紀
司会:よはく舎・小林えみ
日時:2017年8月23日19時~
会場:Readin'Writin'(リーディンライティン:田原町駅徒歩3分、台東区寿2-4-7)
料金:1000円(当日現金精算)+1ドリンク
定員:20名→30名に拡大しました(8/3修正)
申込:リンク先をご覧下さい。

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★さらに、最近では以下の新刊との出会いがありました。

EU崩壊――秩序ある脱=世界化への道』ジャック・サピール著、坂口明義訳、藤原書店、2017年7月、本体2,800円、四六判上製304頁、ISBN978-4-86578-133-5
ダダイストの睡眠』高橋新吉著、松田正貴編、共和国、2017年8月、本体2,600円、四六変型判上製264頁、ISBN978-4-907986-23-0

★『EU崩壊』は発売済。原書は『La Démondialisation』(Seuil, 2011)で、サピール(Jacques Sapir, 1954-:EHESS〔社会科学高等研究院〕主任研究員)の著書が訳されるのは今回が初めてです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭の「日本語版への序」でサピールはこう述べています。「今日時点で確認しておくべきは、〔・・・〕今作動しているEUが厄介な障害物になっていることはすでに明白だということである。というのも、EUが進めた対外開放の政策は、1990年代以降、われわれの産業の構造的危機を加速してきたからである。長い間わが国の強みであったエネルギーや輸送の分野においてインフラ体系が次第に劣化してきたのは、一貫してEUのせいであった。こうした政策を変えることは可能である。しかし抵抗があまりにも強いようであれば、断固としてわが国の経済政策を再国民化しなければならないだろう。ヨーロッパ・レベルの行動がわれわれに最大の可能性を開く行動であることは確かだが、貿易相手諸国との合意が一時的に不可能であることが判明したときには、各国レベルでの行動も決して排除すべきではない」(16頁)。帯文にはこうあります。「グローバリズムと「自由貿易」礼讃で焼け野原と化したEUの現状に対し、フランスが主導するユーロ離脱と新たな「欧州通貨圏」構想により、各国の経済政策のコントロール奪回を訴える」。

★『ダダイストの睡眠』はまもなく発売。詩人の高橋新吉(たかはし。しんきち:1901-1987)の作品14編(短篇小説12篇と詩作品2篇)と、編者による3つの解説、さらに略年譜が加えられたオリジナル編集凡です。シリーズ「境界の文学」の最新刊。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。電子書籍やオンデマンド本、再刊を除くとずいぶんと久しぶりの新刊です。編者あとがきによれば、松田さんにとって高橋新吉の読解の鍵となったのはフェリックス・ガタリだったと言います。「彼の物語の背後には、「何もいうことはない」という言葉の発生源のようなものが見え隠れしており、そこから何度も「狂気」を語り起こそうとする姿勢が浮かび上がってくるのだ。〔・・・〕狂気を何度も語り直すこの果てしなき言い換えのプロセスが、個々の言葉を下支えする通奏低音のようなものとして絶えず機能している」(258頁)。「発狂も一つの芸術である。熟練を要する」(「桔梗」50頁)と新吉は書いています。本書に接する時、「不気味な運動」と題された作品にある次の言葉が胸に迫ります。「地下室のような薄暗い建物であったが、内部は馬鹿に広かった。此んな大きい建物が何時の時代に建てられたものか、それは不思議な建物であった」(145頁)。極薄の直方体の集積によって構成される書物というこの建築物の内部では「人類の絶滅を美しい芸術として空想する」(「悲しき習性」181頁)新吉の影が、現代の読者に読まれることによって転生を果たすべく様子を伺っている濃密な気配がします。

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# by urag | 2017-08-06 17:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 02日

取次搬入日確定:ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』

ポール・ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(田中東子/山本敦久/井上弘貴訳)の取次搬入日が決まりました。日販、トーハン、大阪屋栗田、いずれも8月4日(金)です。書店さんの店頭に並び始めるのは都心の超大型店では5日以降で、全国の書店さんでは8日(火)以降になるものと見込まれます。どの書店に入荷予定かは、地域を指定してお問い合わせいただければお答えします。

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# by urag | 2017-08-02 14:55 | 販売情報 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 01日

注目新刊:廣瀬純映画論集『シネマの大義』フィルムアート社

★廣瀬純さん(著書:『絶望論』、共著『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
単行本未収録論考、国内未発表テクスト、講演、討議、座談会、等々を収めた、廣瀬純さんの映画論集がフィルムアート社さんから今月刊行されました。550頁強の大冊です。本書の刊行を記念し、青山ブックセンター六本木店では廣瀬純さんの選書によるブックフェアが開催中とのことです。また、同本店でのトークイベント情報も下段に掲出しておきます。

シネマの大義――廣瀬純映画論集
廣瀬純著
フィルムアート社 2017年7月 本体3,000円 四六判並製560頁 ISBN978-4-8459-1639-9

帯文より:シネマの大義の下で撮られたフィルムだけが、全人類に関わる。個人的な思いつき、突飛なアイディア、逞しい想像力といったものが原因(cause)となって創造されたフィルム〔・・・〕、個人の大義(cause)の下で撮られたフィルムはその個人にしか関わりがない。「シネマの魂」が原因となって創造されたフィルムだけがすべての者に関わるのだ。「ただちょっと面白いだけで、あとはさっぱり役立たずだった映画というものが、廣瀬純の言葉によって今ようやく何かの役に立とうとしている!」(黒沢清・映画監督)。
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日時:2017年8月10日 (木) 19:15~20:45 開場18:45~
場所:青山ブックセンター本店 大教室
料金:1,350円(税込)
定員:110名様
問合:青山ブックセンター本店 電話03-5485-5511(受付時間10:00~22:00)

内容:現時点までのキャリアを総括した初の映画論集『シネマの大義』を上梓した、批評家の廣瀬純さん。日本では蓮實重彦から安井豊作を通じて問われ続けてきた「シネマ」なるもの、その「大義」とはいかなるものなのかを問う本書は、廣瀬純のここ10年にわたる果敢な批評的実践の記録となっています。今回は、期せずして同時期に映画評論集『菊地成孔の欧米休憩タイム』を上梓する、菊地成孔さんをお招きし、「シネマ」とその大義はいまどこにあるのかについてお話しいただきます。映画を見ること、映画をつくること、そして映画を思考することは、いったいどのように人類に関わるのか──。どうぞご期待ください。

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# by urag | 2017-08-01 17:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)