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2017年 03月 05日

白水社版『メルロ=ポンティ哲学者事典』(全3巻+別巻1)刊行開始、ほか

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メルロ=ポンティ哲学者事典 第三巻 歴史の発見・実存と弁証法・「外部」の哲学者たち
モーリス・メルロ=ポンティ編著 加賀野井秀一/伊藤泰雄/本郷均/加國尚志監訳
白水社 2017年2月 本体5,400円 A5判上製460頁 ISBN978-4-560-09313-9

帯文より:ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ベルクソン、ハイデガー、サルトル……おもに19~20世紀に活躍した300名超の「セレブな哲学者たち」を収録する第三巻。もれなく哲学がわかる、考える人の座右の「友」。第1回配本、全3巻+別巻1。

目次:
はじめに
本書の構成と執筆者
VI 歴史の発見(モーリス・メルロ=ポンティ)
 十八世紀
 十九世紀
 シェリング(ジュール・ヴュイユマン)
 ヘーゲル(エリック・ヴェイユ)
 コント(ポール・アルブース=バスティード)
 マルクス(ハロルド・ローゼンバーグ)
 ニーチェ(カール・レーヴィット)
VII 実存と弁証法(モーリス・メルロ=ポンティ)
 十九世紀末の形而上学
 一九〇〇年前後の科学批判
 ベルクソン(ジル・ドゥルーズ)
 ベルクソニスム
 ブロンデル(アンリ・デュメリ)
 行為の弁証法
 クローチェ(ノルベルト・ボッビオ)
 アラン(モーリス・サヴァン)
 ヘーゲル学派とマルクス主義の再興
 レアリスム
 ラッセル(アンソニー・クイントン)
 論理主義
 フッサール(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 シェーラー(アルフレッド・シュッツ)
 ハイデガー(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 サルトル(アルフォンス・ド・ヴァーレンス)
 現象学の方向
 学派に属さない人々
 哲学史家
VIII 「外部」の哲学者たち(モーリス・メルロ=ポンティ)
 アインシュタインと物理学
 ゴールドシュタインと生物学
 ソシュールと言語学
 モースと人類学
 フロイトと精神分析
 コフカと心理学
 哲学と文学
 カール・バルトと神学
索引
訳者略歴

★原書は『Les philosophes célèbres』(Editions d'art Lucien Mazenod, 1956)で、日本語訳ではこれを三分冊に分割し、さらに日本語版オリジナルの別巻(「現代の哲学」/年表/総索引)で補完するとのことです。上記に書き出した目次にはさらに細目があり、たとえば第VI部の「十八世紀」の賞ではヴィーコ、ルソー、コンドルセ、ヴォルネーが取り上げられています(もっともルソーについては第二巻を参照せよ、と記されています)。各細目はメルロ=ポンティのほか、17名が分担執筆しており、そのなかにはバシュラールやギュスドルフ、ダミッシュ、ポンタリスらが含まれています。無記名や上記の丸括弧内の「肖像」の寄稿者を含むと20名以上が第三巻に参加しています。半世紀以上前の古い本ではありますが、もはや古典であり、取り上げられた思想家たちと錚々たる執筆陣の登場に、壮大な星座を仰ぎ見る心地がします。

★次回配本は4月46日発売の第二巻「大いなる合理主義・主観性の発見」で、「デカルト、スピノザ、ライプニッツ、パスカル、ヒューム、ルソー、カント……主に17~18世紀に活躍した哲学者たち100名超を立項解説」し、「スタロバンスキーのモンテーニュ論を収録」とのことです。

★なおMazenod社の「セレブ」シリーズには『政治家列伝』(全6巻、1969~1977年)、『探検家列伝』(1965年)、『女傑列伝』(全2巻、1960~1961年)、『建築家列伝』(全2巻、1958~1959年)、『アルピニスト列伝』(1956年)、『彫刻家列伝』(1954年)、『画家列伝』(全3巻、1948年;1953~1964年)、『作家列伝』(全3巻補巻1、1951~1971年)、『発明家列伝』(1950年)、『児童列伝』(1949年)、『医師列伝』(1947年)、『音楽家列伝』(1946年)など、多数あるようです。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『頼山陽とその時代(上・下)』中村真一郎著、ちくま学芸文庫、2017年3月、本体1,500円/1,700円、文庫判496頁/656頁、ISBN978-4-480-09778-1
『カント入門講義――超越論的観念論のロジック』冨田恭彦著、ちくま学芸文庫、3017年3月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-480-09788-0
中国のマンガ〈連環画〉の世界』武田雅哉著、平凡社、2017年2月、本体3,500円、A5判上製372頁、ISBN978-4-582-48222-5
ラカン的思考』宇波彰著、作品社、2017年2月、本体2,400円、46判上製240頁、ISBN978-4-86182-621-4
追放と抵抗のポリティクス――戦後日本の境界と非正規移民』髙谷幸著、ナカニシヤ出版、2017年2月、本体3,500円、A5判上製272頁、ISBN978-4-7795-1155-4

★ちくま学芸文庫の3月新刊はまもなく発売(8日発売予定)。中村真一郎『頼山陽とその時代』はかつて単行本全一巻(中央公論社、1971年)で刊行され、文庫化(中公文庫、全三巻、1976~1977年)を経て今回再刊されるものです。大幅にルビを増やし、人名索引を一新したとのこと。中公文庫版では解説を篠田一士さんが書かれていましたが、今回の版では揖斐高さんが「『凍泉堂詩話』から『頼山陽とその時代』へ」と題した解説を寄せておられます。編集部の巻末特記によれば揖斐さんは再刊にあたって「誤りの訂正や表記の変更」に協力されています。 頼山陽(らい・さんよう:1780-1832)の主著『日本外史』は岩波文庫(全3巻、1976~1981年)で読むことができます。

★冨田恭彦『カント入門講義』はちくま学芸文庫のための書き下ろし。章立ては以下の通りです。はじめに/第1章 カント略伝/第2章 なぜ「物自体」vs「表象」なのか?/第3章 解かなければならない問題/第4章 コペルニクス的転回/第5章 「独断のまどろみ」から醒めて/第6章 主観的演繹と図式論/第7章 アプリオリな総合判断はいかにして可能か/第8章 魅力と謎/あとがき。『純粋理性批判』に見られるカントの観念論の論理を、可能な限りわかりやすく説き明かすこと(「はじめに」より)が目指されています。なお筑摩書房さんでは石川文康訳で『純粋理性批判』全2巻が単行本で3年前に刊行されていますが、いずれ文庫化される折にはぜひ全1巻本に挑戦していただきたいです。同書はどの文庫でも分冊形式なので、一冊で通読できる文庫の需要はそれなりにあると思うのです。

★筑摩書房さんの3月新刊ではこのほか、森元斎『アナキズム入門』ちくま新書、山室静『北欧の神話』ちくま学芸文庫、ケネス・J・アロー/村上泰亮訳『組織の限界』ちくま学芸文庫、などに注目。後日取り上げる予定です。

★武田雅哉『中国のマンガ〈連環画〉の世界』は発売済。本書は「20世紀の中国で生まれ、発達し、21世紀にさしかかるころにはすでにその隆盛期を終えた、「連環画」と呼ばれる特殊な様式の読み物」(「はじめに」より)を紹介する試みとのことです。「連環画」とは「文字通りには「連続する絵(で構成される本)」といった意味」だそうで、「「マンガ」「漫画」「劇画」「コミック」のたぐいである」ものの「かならすしも、それらとぴったり一致するわけではない」と。中華民国~中華人民共和国建国初期~文化大革命~文革終息後といった時代を経て今日に至る歴史をひもとく、非常に興味深い研究書です。カラー口絵24頁を含め、図版多数。

★宇波彰『ラカン的思考』は発売済。はしがきに曰く、入門書でもラカン思想の粗述でもアカデミックな研究でもない「「まともな」ラカン解釈とは異なった見方」を提示するもので、帯文には「著者畢生のライフワーク」と謳われています。「あなたは存在しない」「心と身体」「かたちが意味を作る」「他者の欲望」「解釈とは何か」「あとから作る」「反復は創造し、破壊する」「像と言語」「コレクション」「フィルター・バブル」の全10章立て。とりわけ異色の第10章「フィルター・バブル」は、「ネットワーク、ソーシャルメディアの急激な発達」(あとがきより)が社会にもたらす変化にラカン的主題を見出したものとのことで、1933年生まれの重鎮の、いまなお立ち止まることのない思考の歩みというものを感じることができるのではないかと思われます。

★なお、まもなくラカンのセミネール第10巻(1962~1963年)である『不安〔L'angoisse〕』の訳書が岩波書店から刊行されます。まずは上巻(小出浩之/鈴木國文/菅原誠一/古橋忠晃訳)が3月9日に発売。うかうかしているといつの間にか品切になってしまうのが通例なので、新刊時に購入するのが一番です。

★髙谷幸『追放と抵抗のポリティクス』はまもなく発売。著者の髙谷幸(たかや・さち:1979-)さんは現在、大阪大学大学院人間科学研究科准教授で、ご専門は社会学、移民研究。本書が単独著第一作となります。序章にはこう書かれています。「本書は、戦後日本における非正規移民の追放と抵抗の「現場」、すなわち移住者の越境、その越境者を線引き、追放しようとする主権権力、そうした権力への抵抗運動によるポリティクスを考察することを目的とする。またそれをとおして、日本の境界が、それぞれの時代においてどのような文脈や論理にもとづいて引かれ、いかなる効果をもたらしてきたのかを明らかにすることをもめざしている」(7~8頁)。「この場に暮らすすべての人びとの空間としての社会を肯定する」(214頁)ことの難しさと向き合うためのアクチュアルな新刊ではないでしょうか。

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by urag | 2017-03-05 23:49 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 03月 05日

メモ(14)

「山陽新聞」2017年3月5日付記事「高梁市教委への寄贈本10年放置 1.6万冊、遺族要請を受け返還」に曰く「高梁市教委に2006年に贈られた「万葉集」や備中松山藩の儒学者山田方谷に関する郷土資料などの書籍約1万6千冊が10年間にわたり放置され、寄贈者の要請を受けて市教委が昨年3月に返還していたことが、山陽新聞社による市への情報公開請求で分かった。寄贈したのは高野山大(和歌山県)名誉教授だった故藤森賢一さん=同市出身=の遺族で「利用されず残念」としている」。

「藤森さんの書籍は当時、〔・・・〕高梁中央図書館の蔵書として登録したが、スペース不足で西に約8キロ離れた旧成羽高体育館に保管。貸出時に取りに行く人員が割けないことなどから蔵書検索の対象から除外していたという。/新図書館開館(2月)に伴う蔵書整理で、夏目漱石や内田百けんの全集、所蔵していない備中松山藩、山田方谷の関連資料などを除き大半の廃棄を決定。〔・・・〕高梁市教委社会教育課は「職員数や書庫の制約で活用できず、遺族、利用者に申し訳ない。今後は寄贈本の取り扱い基準を明確化するなどして、きちんと対応したい」としている」。

新図書館(高梁市図書館)については以下を参照。

「T-SITE Lifestyle」2016年11月9日付記事「「高梁市図書館」が2017年2月オープン。コーヒーを飲みながら読書できる空間に」曰く「岡山県高梁市が、JR備中高梁駅隣接の複合施設内に建設中の「高梁市図書館」を、2017年2月4日(土)に開館する。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下「CCC」)が指定管理者として運営する。/同図書館には、「地域コミュニティ・憩いの空間・地域物産が知れる・高梁の良さを知れる」という市民価値を実現するため、図書館内への観光案内所を移設、CCCがスターバックス コーヒー ジャパン 株式会社とのライセンス契約に基づき展開するBook & Caféスタイルの店舗を出店する。/市民も観光客もコーヒーを飲みながら図書館の本にふれ合える“Library & Café” のスタイルのもと、くつろぎの時間を利用者に提案する」。

「産経新聞」2017年2月4日付記事「「TSUTAYA図書館」全国4館目 岡山・高梁市に開館 カフェや書店併設、地元は期待」に曰く「カフェや書店も併設。社交場的な雰囲気で、初日から大勢の来館者でにぎわった。/新図書館は4階建ての複合施設(延べ床面積約3900平方メートル)内の2~4階(同2250平方メートル)に開設し、旧図書館より2万冊増の12万冊をそろえた。テラス部分を含めて356席あり、カフェで購入した飲み物とともに読書が楽しめる。/館内は吹き抜け空間で開放感にあふれ、子供専用の紙芝居コーナーや遊具、郷土史コーナーも設置。年間の来館者数は20万人を見込んでいる」。

「山陽新聞」2017年2月4日付記事「高梁市新図書館、待望のオープン 民間指定管理、カフェや書店併設」に曰く「指定管理者は、レンタル大手TSUTAYAの運営会社カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC、本店大阪)。2階のカフェ・スターバックス、蔦屋書店、観光案内所も運営する。市は2022年3月末まで、年間約1億6千万円の指定管理料を支払う。/CCCは13年4月以降、佐賀県武雄市、神奈川県海老名市、宮城県多賀城市の計3公共図書館を運営。当初、資料価値の低い中古本購入や、ジャンルの違う本を一緒に並べるといったことが問題となった。高梁市は市教委の選書点検や、月1回程度のCCCとの意見交換の場を通し運営をチェックする方針」。

「山陽新聞」2017年2月16日付記事「高梁市図書館 もう旧館1年分来館 3万人超え、年間目標上回る勢い」に曰く「岡山県内の公共図書館として初めて民間企業が運営を担う高梁市図書館(同市旭町)の来館者数が、開館8日目で2万3399人となり、旧高梁中央図書館の年間来館者数(2015年度2万3182人)を超えた。開館11日目となる14日には3万人も突破し、目標の年間20万人を大きく上回る勢いを見せている。/藤井勇館長(66)は「従来午後5時だった閉館時間が午後9時まで延び、気軽に利用できる児童書フロアや学習室も人気。駅に直結しているため、市外からの来館も多いようだ」と話している」。

寄贈本の処分決定について高梁市教育委員会からのコメントは新聞に出ているものの、CCCのコメントはまだ出ていないようです。寄贈本の処分決定に至る過程で、図書館や市教委がどのような協議が行ったのか、だれがどのように、どういった理由で決定したのかを、山陽新聞さんにはさらに詳しく報じていただきたいところです。この一件の教訓として今後「蔵書家が図書館に寄贈するのはまったくの無駄骨だ」とならないことを祈るばかりです(すでにそれがずいぶん昔から「現実」だったとしても)。

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世の移り変わりに合わせて図書館の機能を拡張しようという議論には一種、根深い難問が含まれているように感じます。

図書館を地域の文化拠点とすることに大義はあっても、その場合「文化」をどう定義するか、図書館の「役割」をどう定義し直すかが問題となります。その議論が単なる「箱物行政」に収斂するものではないことは明らかですし、「文化の諸地層」を保存することと「何となく文化的な空気感」を醸成することは混同すべきではありません。上っ面の装いに終始することは堕落であり、反知性主義の特徴のひとつです。その装いを裏打ちするのは「心地よさ」を求める情念であって、知でも真実でもありません。情念を揺さぶるならばフェイクでも構わないわけです。それが「ポスト・トゥルース」の時代の内実です。文明崩落の光景。そうした危機感を本に携わるあらゆる職種の人々が持てないならば、出版界にもはや未来はないでしょう。

情念は素早いですが、知は遅いのです。この「知の遅効性」にこそ、図書館の存在意義を支えるひとつの鍵があるはずです。近年の図書館は即効性を求められているのでしょうか。確かに出版社にも書店にも「短期回収」が必要ですが、それはビジネスだからです。図書館や教育にビジネスを持ち込むと、必然的に長期的な視野や普遍的な価値観なるものは等閑視されます。すべてが相対化されてしまう。それは悲劇です。絶対性へと至りつくことが不可能だとしても、目指さなければならない。不可能性から目をそらした時に私たちは「落ちぶれた現実主義者」になるのでしょう。それは成熟ではなく、果てしない転落への道です。

果たして「知の遅効性」を出版界はいかにして収益事業化しうるでしょうか。世界のすべてが猛スピードで過去へと追いやられてしまうこんにち、文化的遺産はいかにして保管され、維持されうるでしょうか。激流の中で領土を削られていく中州は水没するしかないのでしょうか。それとも彼岸と地続きになりうるのでしょうか。

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by urag | 2017-03-05 12:56 | Trackback | Comments(0)