ウラゲツ☆ブログ

urag.exblog.jp
ブログトップ

2014年 06月 15日 ( 1 )


2014年 06月 15日

注目新刊:『書物としての宇宙』『メディア,使者,伝達作用』ほか

a0018105_0484972.jpg

◎注目文庫新刊

プラグマティズムの帰結
リチャード・ローティ著 室井尚・吉岡洋・加藤哲弘・浜日出夫・庁茂訳
ちくま学芸文庫 2014年6月 本体1,700円 640頁 ISBN978-4-480-09613-5
帯文より:哲学『以後」の時代にいかにして哲学するか? 西洋哲学に底流する欲求から逃れ、知を未来へと引き渡す珠玉の論考集。

スピノザ『神学政治論』を読む
上野修著
ちくま学芸文庫 2014年6月 本体1,200円 320頁 ISBN978-4-480-09625-8
帯文より:この大いなる逆説によって――スピノザは、一つの謎になった。

★『プラグマティズムの帰結』は『哲学の脱構築』(御茶の水書房、1985年)の文庫化。原書は、Consequences of Pragmatism: Essays 1972-1980(University of Minnesota Press, 1982)です。親本はローティ(Richard Rorty, 1931-2007)が日本で初めて訳された単行本で、本書で議論が引き継がれている前著『哲学と自然の鏡』(原著1979年;野家啓一監訳、産業図書、1993年)よりずいぶん早く訳されています。本書の第10章「カヴェルと懐疑論」で批判の俎上にのせられているスタンリー・カヴェル(Stanley Cavell, 1926-)は、2005年以降ようやくこんにちまで3冊が訳されているのみで、批判された当の主著『理性の要求――ウィトゲンシュタイン、懐疑論、道徳性、悲劇』(1979年)に至ってはまだ未訳ですから、ローティのこの本が訳されたのがいかに先駆的な仕事だったかがよくわかります。文庫化にあたって、吉岡洋さんによる文庫版解説「ポスト〈哲学〉的文化は、到来したのだろうか?」と室井尚さんによる「文庫版への追記」が追加されています。室井さんはワープロもインターネットも普及していなかった当時を振り返り、大学院を修了して間もない50年代生まれの若手5人の訳者が「ずっしりと重い原書を手にとって分担部分を決め、全員でセミナーハウスに合宿をしてお互いの訳文を推敲した。ものすごい量の紙の原稿用紙を抱えて朝から晩まで議論をし、一緒に大浴場に入り、一緒に二段ベッドで寝た」と記しておられます。その後全員大学教授となられ、ご活躍されているのは周知の通りです。

★『スピノザ『神学政治論』を読む』は、『スピノザ――「無神論者」は宗教を肯定できるか』(NHK出版、2006年)を大幅に増補して改題文庫化したもの。あとがきによれば「がっちり分厚くなって、増補版というよりはほとんど別の著作になっている」とのことです。三部構成で、第I部「『神学政治論』のエッセンス」が親本、第II部「分析と論争的読解」全5章と第III部「『神学政治論』と現代思想」全2章は紀要や論集、学会誌、雑誌等を初出とするものです。無神論のかどで告発されユダヤ教団から破門されたスピノザが匿名で出版したにもかかわらず、著者だと特定された上に、「前代未聞の悪質かつ冒涜的な書物」としてキリスト教会から売買禁止が宣告され、オランダ法院からも禁書処分を食らった「危険」な書『神学政治論』。この本が孕む、宗教批判と信仰の肯定とが両立するという逆説的論理の内奥を本書第I部で丹念に読み解いていきます。第二部ではシュトラウス、トゼル、マトゥロンらの研究が、第三部ではアルチュセールやネグリによるスピノザ再評価が取り上げられます。ちょうど光文社古典新訳文庫から新訳が出たばかりですし、またとない副読本の登場は市場で歓迎されるのではないかと思います。

★ちくま学芸文庫の来月9日発売予定の新刊には、『ベンヤミン・コレクション(7)〈私〉記から超〈私〉記へ』(浅井健二郎監訳、656頁、本体1,700円、ISBN978-4-480-09598-5)や、シュレーディンガー『自然とギリシャ人・科学と人間性』(水谷淳訳、224頁、本体1,000円、ISBN978-4-480-09617-3)、曾先之『十八史略』(今西凱夫訳、三上英司編集、416頁、本体1,400円、ISBN978-4-480-09632-6)などが予定されています。さらに、今月25日発売予定の単行本ですが、蓮實重彦『『ボヴァリー夫人』論』(A5判850頁、本体6,400円、ISBN978-4-480-83813-1)がついに刊行されます。


神曲 地獄篇
ダンテ・アリギエリ著 原基晶訳
講談社学術文庫 2014年6月 634頁 ISBN978-4-06-292242-5
帯文より:原典に忠実かつ読みやすい新訳。最新の研究の成果に基づく丁寧な解説。これぞ決定版! 古代詩人ヴェルギリウスと巡る地獄とは?

荘子(下)全訳注
池田知久訳注
講談社学術文庫 2014年6月 本体2,200円 1106頁 ISBN978-4-06-292238-8
帯文より:森羅万象を重厚かつ軽妙に説く。一生楽しめます!【総説】【読み下し】【現代語訳】【原文】【注釈】【解説】を付した決定版!

道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」
大谷哲夫全訳注
講談社学術文庫 2014年6月 本体1,100円 344頁 ISBN978-4-06-292241-8
帯文より:詩(うた)はさとりへひらかれる。『永平広録』訳注シリーズ完結、巻十、全編収録。道元が漢詩に詠んださとりの深奥を平易に解説する。

★文庫オリジナルの新訳です。『神曲』には数々の既訳があり、現在入手できる文庫本だけでも、山川丙三郎訳(岩波文庫)、三浦逸雄訳(角川ソフィア文庫)、寿岳文章(集英社文庫ヘリテージシリーズ)、平川祐弘訳(河出文庫)と充分なほど恵まれています。そこへ参入しようと言うのですから普通は出版社も刊行をためらうと思うのですが、あえて新訳を上梓するからには、見るべきものがあってこそだろうと読者は期待してよいと思います。既訳への評価と今回の新訳の立ち位置については、巻末の「新訳刊行にあたって」に明快に書かれています。先達への敬意を表しつつ、より良いものを目指そうとする訳者の原さん(1967年生、東海大学専任講師)の姿勢は若い研究者や読者に少なからず刺激と共感をもたらすのではないかと思われます。続く「煉獄篇」は7月11日発売予定です。個人的にはダンテの『新生』『饗宴』『俗語論』『帝政論』『書簡集』等といった他の著作も原さんが手掛けられ、中山昌樹訳新生堂版以来の、日本ではおよそ百年ぶりとなるだろう個人訳「ダンテ全集」を目指されてほしいと妄想しています。

★『荘子 全訳注』上下巻は『中国の古典5・6 荘子』(上下巻、学習研究社、1983/1986年)を全面改稿し文庫化したもの。先月刊行の上巻に続き、下巻の刊行で完結です。下巻は外篇の「達生 第十九」から「知北遊 第二十二」、雑篇の「庚桑楚 第二十三」から「天下 第三十三」が収められています。親本刊行から約30年の間に発見された数々の出土資料を検証し、日本だけでなく中国においても教壇や学術出版において活躍されてきた著者の研鑽の成果が新たに盛り込まれた決定版と言えます。帯文に「一生楽しめます」と謳われているのはけっして大げさな表現ではなく、生涯の長きにわたって教訓となり戒めとなり知恵となる思想が満載されている「荘子」にこそふさわしい言葉です。「自己に対して忠実でないことを外に向かって働きかけるならば、働きかけるごとに当を得ず、また逆に新しい事物を外から取り入れても自己の血肉と化さなければ、取り入れる度ごとに過失を犯すことだろう」(「庚桑楚」より、389頁)というくだりなど、自分には痛切すぎて当ブログをただちに中断したくなるほどです。

★『道元「永平広録 真賛・自賛・偈頌」』は、帯文にある通り、大谷哲夫さんによる『永平広録』全十巻の訳注シリーズの完結篇です。既刊書には、巻一から巻七に収められた説法のエッセンスを扱う2005年『道元「永平広録・上堂」選』、巻八を扱う2006年『道元「小参・法語・普勧坐禅儀」全訳注』、巻九を扱う2007年『道元「永平広録・頌古」全訳注』があります。今回の新刊は巻十を扱っており、釈尊らの肖像画に寄せた「真賛」5首、自身の肖像画に寄せた「自賛」20首、在宋時代から越前時代に詠まれた「偈頌」125首の計150首の漢詩を、訓読、原文、現代語訳、語義の順で解説していきます。簡潔な漢詩の表現の中にも、仏法の深い教えが凝縮されており、ありのままに自在で解放された空(くう)の境地がうたわれています。ものごとに動じないしなやかなメンタルとはどういうものなのかを、道元は現代人に示唆している気がします。

★講談社学術文庫の今月新刊には倉嶋厚・原田稔編著『雨のことば辞典』や、中村桂子『生命誌とは何か』も刊行されています。また、講談社文庫の今月新刊で、ダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』(古屋美登里訳)がついに文庫化されたことにも注目したいと思います。来月11日発売予定の学術文庫7月新刊では、アイザック・アシモフ『生物学の歴史』太田次郎訳、ジョン・メイナード・ケインズ『お金の改革論』山形浩生訳、などが予告されています。


マルテの手記
リルケ著 松永美穂訳
光文社古典新訳文庫 2014年6月 本体1,180円 400頁 ISBN978-4-334-75262-0
帯文より:パリを放浪する若き詩人の姿が目に浮かんでくる、鮮烈な新訳。マルテは、きみだ! 解説:斎藤環(精神科医)

思考する機械 コンピュータ
ダニエル・ヒリス著 倉骨彰訳
草思社文庫 2014年6月 本体830円 272頁 ISBN978-4-7942-2058-5
帯文より:もっとも複雑な機械だが、その本質は驚くほど単純。コンピュータの「本質」をシンプルかつ見事に解説した定番・必読の入門書、待望の文庫化!


★『マルテの手記』は文庫では、 50年代から70年代前半にかけて、大山定一訳(新潮文庫)や望月市恵(岩波文庫)、芳賀檀訳(角川文庫)、星野慎一訳(旺文社文庫)、高安国世訳(講談社文庫)などが出版され、今でも新潮文庫版は入手可能ですが、たしかにそろそろ新訳が待たれていたかもしれません。原書自体は1910年に初版が刊行され、すでに100年以上たつわけですが、その内容はみずみずしく若く、あてどなく不安定で、今なお読者の心、とりわけ大都会に移り住んだ若者の心をざわつかせるに違いありません。巻末の解説「言葉の内側で成熟すること」において、斎藤環さんは精神医学(特に病跡学)から見たリルケ、という補助線を引かれています。ちなみに斎藤さんは数か月前に文庫化された岡崎乾二郎さんの『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、2014年2月)でも巻末解説「「交換可能性」のリアリティ」を寄せられたばかりです。

★光文社古典新訳文庫の近刊予定には、ブレヒト『三文オペラ』(谷川道子訳)などが予定されています。

★『思考する機械 コンピュータ』の親本は同社より2000年に刊行。原書は、The Pattern on the Stone: The Simple Ideas that Make Computers Work(Basic Books, 1998)です。アメリカのコンピュータ科学を牽引してきた一人、W・ダニエル・ヒリス(William Daniel Hillis, 1956-)の著作の訳書には、本作より前のものでは『コネクションマシン――65,536台のプロセッサから構成される超並列コンピュータ』(喜連川優訳、パーソナルメディア、1990年)があります。コンピュータの仕組み、根本原理と可能性を簡潔に説明してくれる本書では、ブール演算、ビット列、有限状態機械などの基礎知識を解説したうえで、アラン・チューリングの万能機械(ユニバーサルマシン)、アルゴリズムと発見的手法(ヒューリスティック)、並列コンピュータ、学習するコンピュータや思考機械といったトピックが文系の読者にも最大限に読みやすい形で紹介してくれます。もともと文才のある著者だと思うのですが、じつにありがたい本です。「コンピュータは、我々の思考プロセスを加速したり、拡大したりできるマシンなのである。それは、我々の想像力を高め、我々だけではとうてい到達できない世界にまで思考を広げてくれるマシンなのだ」(12頁)と説く本書は『改訂新版 コンピュータの名著・古典100冊』(インプレスジャパン、2006年)で高く評価されています。

★これから発売となる今月の注目文庫としては、17日発売の岩波文庫、尾崎翠『第七官界彷徨・瑠璃玉の耳輪 他四篇』や、同日発売の岩波現代文庫、テッサ・モーリス=スズキ『過去は死なない――メディア・記憶・歴史』などがあります。


◎注目単行本新刊

エウテュデモス/クレイトポン
プラトン著 朴一功訳
京都大学学術出版会 2014年6月 本体2,800円 四六変型判上製235頁 ISBN978-487698-485-5

帯文より:人はみな幸せであることを望む。その実現のために・・・。「哲学のすすめ」の伝統の源にして唯一完存する作品。

帯文裏より:徳の伝授を標榜する兄弟ソフィストと哲学者ソクラテスとの対決を描いた、著者プラトンの初期から中期への移行期に当たる対話篇『エウテュデモス』に加え、近代以降その真作性が疑われながらも、内容的価値は一貫して認められてきた小篇『クレイトポン』の2篇を収録。「哲学のすすめ(プロトレプティコス・ロゴス)」を共通テーマに持つ両作品を、正確で読みやすい新訳にて提供する。

★発売済。「西洋古典叢書」2014年第2回配本。岩波書店版プラトン全集では、「エウテュデモス」は山本光雄訳が第8巻に収録されており、藤沢令夫訳『プロタゴラス』が併録されていました。『プロタゴラス』は岩波文庫でも読めます。「クレイトポン」は全集では田中美知太郎訳が第11巻に収録されており、藤沢令夫訳『国家』が併録されていました。『国家』も岩波文庫で上下巻で出ています。今回の新訳を手掛けた朴一功(ぱく・いるごん:1953-さんは、これまでも西洋古典叢書でプラトンの『饗宴/パイドン』(2007年)、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』(2002年)の訳書を上梓されています。今回の二篇の新訳の解説で朴さんは「これら二篇をつなぐものは「哲学のすすめ(プロトレプティコス・ロゴス)」である。『エウテュデモス』は、プラトンの著作中、ソクラテスによる「哲学のすすめ」の原型を示している唯一の作品であり、『クレイトポン』はそのような「すすめ」に対する賞賛と困惑を表明した異色の小篇である」と説明されています。

★月報では三嶋輝夫さんが「田中美知太郎氏と『クレイトポン』」と題した文章を寄せておられます。ちなみに田中美知太郎さんが戦後まもなく岩波書店より上梓されたギリシア哲学研究の名著『ロゴスとイデア』が今月、文春学藝ライブラリーで再刊されました。現在新訳全集が刊行中のアリストテレスだけでなく、プラトンの再評価もますますこんにちの知的課題として重みを増している中、西洋古典叢書で今後もプラトンの新訳が進むことを多くの読者が待ち望んでいることと思います。


書物としての宇宙
明治大学人文科学研究所編
風間書房 2014年5月 本体880円 新書判並製198頁 ISBN978-4-7599-2042-0

帯文より:紙か電子か宇宙か本か――伝説的読書名人達に聞く「書の宇宙」観。

目次:
序(杉山光信)
講演1「ブックウエアの仮説」――コンテクストの中のテクスト(松岡正剛)
講演2「コレクション」――蒐められた本の宇宙(鹿島茂)
講演3「祝祭の書物・書物の祝祭」――平田篤胤、折口信夫とポーとマラルメ(安藤礼二)

★発売済。「明治大学公開文化講座」第32巻(XXXII)。2012年11月17日に明治大学リバティタワー1F大教室にて行われた公開文化講座の講演録です。司会は高山宏さんで、講演の前後で講師の紹介や講演への応答を行われています。まず松岡さんの講演は、松岡さんのこれまでのお仕事が要約的に総覧できる内容となっています。書籍編集者としての仕事としては、工作舎時代の雑誌「遊」や伝説的な単行本『人間人形時代』や『全宇宙誌』、講談社の日本美術全集『日本の美と文化: Art japanesque』、NTT出版『情報の歴史』、編集工学を体現した書き手としての仕事として『千夜千冊』、書架空間プロデューサーの仕事として「松丸本舗」「ギャラリー册」「図書街」「ブックパーティ」など、代表的な成果が紹介されています。もしも日本出版史辞典という本を作ってその中に「松岡正剛」という項目を立てるならばこんな風に列記されるのではないか、と想像できるほどコンパクトな良いまとめでした。

★鹿島さんの講演は、生命を駆動させる三つの原理の話に始まり、そのうちの二つが働く蒐集=コレクションとは何なのかについて、フロベール『ブヴァールとペキュシェ』『紋切型辞典』、ベンヤミン『パサージュ論』に学びながら考究し、最後にコレクターとしての御自身の経験を披露されます。「コレクションの原則はクズを集めること」であり、「無価値なものを集めて、すごいコレクションにするというのが、コレクションの王道です」と語る鹿島さんはこう断言します。「本こそは、これからますます無価値になっていきます。みんな捨ててしまいます。ですから、絶好のチャンスです。タダのものを集めて、自分の思想を投影し、すごいコレクションを築く千載一遇のチャンスです」(111頁)。「これからは、本は叩き売りの状態になってくるでしょう」という鹿島さんの予言はいずれ当たるでしょう。すでにブックオフが実現している通りです。一方でこの予言の「語られざる反面」として、ある種の本は恐ろしく高額になると思われます。これもすでにある種のコレクションに自信のある古書店が実現していることです。総体的には「叩き売り」や「無料化」が進行する一方で、コレクターにとってはますます生きづらい少数精鋭化の時代ともなってくることでしょう。ちなみに高山さんはコレクター気質はまったく「ない」そうで、てっきりコレクターだと思っていた私には意外な感じがしました。おそらく鹿島さんと高山さんでは蒐集の定義が少し異なるのだと思います。

★安藤さんの講演は「編集とは批評であり、批評とは編集である」という命題と、その根底に「読む」という作業を認めることから始まります。「世界という巨大な書物を読む。それが編集であり、批評です。世界を一冊の巨大な書物、あるいは無限の書物と考える。さらには、その書物を徹底的に読み解いていく。大げさなことを言えば、そこから「近代」という時代が始まっているのではないか」(122頁)。スウェーデンボルグ、フーリエ、ボードレール、ポー、マラルメ、本居宣長、等々様々な「近代人」が召喚され、世界という書物が成立する条件とその帰結について論究されています。この三つの講演が大学という場で行われたことに私は嫉妬を感じました。同時に、書物の宇宙をめぐるこうした豊かな議論の場をリアル書店は貪欲に志向していって欲しいと痛切に感じました。反省を込めて言うのですが、これはトークイベントをやってほしいと主張したいのではなく、自分たちの歴史と未来に対しもっと冷酷なまでの自己言及的な探究心を起こすべきではないか、と言いたいのです。私たち業界人は往々にして自分自身の姿から目をそらしがちなのではないかと疑問に感じるのです。


メディア,使者,伝達作用――メディア性の「形而上学」の試み
ジュビレ・クレーマー著 宇和川雄・勝山紘子・川島隆・永畑紗織訳
晃洋書房 2014年5月 本体3,900円 菊判上製328頁 ISBN978-4-7710-2532-5

版元紹介文より:本書は、その立場が、西洋文化における「使者」のイメージを手がかりに展開されている。

目次:
プロローグ
 1 伝達および/または意志疎通?――コミュニケーションの「郵便的」または「エロス的原理について
方法論
 2 メディア性の形而上学は可能か?
メディア思想案内
 3 ヴァルター・ベンヤミン
 4 ジャン=リュック・ナンシー
 5 ミシェル・セール
 6 レジス・ドブレ
 7 ジョン・ダーラム・ピーターズ
使者モデル
 8 私たちはどこにいる?――まとめ(その一)
 9 トポスとしての使者
さまざまな伝達作用
 10 天使――ハイブリッド化によるコミュニケーション
 11 ウィルス――書き変えによる伝染
 12 貨幣――脱実態化による財貨の伝達
 13 翻訳――補完としての言語伝達
 14 精神分析――情動共鳴による治癒
 15 証人――信憑性による証言
「伝達作用」の彼方へ
 16 知覚可能化――まとめ(その二)
 17 痕跡を読む
試してみよう
 18 地図、作図、作図法
エピローグ
 19 世界像、アンビヴァレンス、接続可能性
現代メディア思想の見取り図――あとがきに代えて
参考文献

★発売済。原書は、Medium, Bote, Übertragung: Kleine Metaphysik der Medialität(Suhrkamp, 2008)です。多方面にわたる学問と実践の諸領域をメディウム(媒体)=使者(天使)というテーマで貫通させる野心的な試みです。一足飛びに感想を言えば、本書はそのまま出版論、出版の原理とその応用についての理論として、または編集論として読むことができます。それぞれの局面で出版人や編集者が出会ってきた思想家や事象がこうやって総覧的にまとめられるのはたいへん有益なことです。著者のクレーマー(Sybille Krämer, 1951-)は長年ベルリン自由大学で教鞭を執った哲学教授で、彼女の著書が訳されるのは今回が初めてになります。彼女は「メディア論的転回」を提唱し、まだ歴史の浅い「メディア哲学」を牽引する、重要な思想家の一人と目されているようです。本書の参考文献には、アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』からデュットマン『エイズとの不和』、ハーマッハー『他自律』といった弊社の既刊未刊の書が見えるだけでなく、メディウム(媒体)=使者(天使)というテーマに常々親しみを感じて90年代に書店さんに「天使論」フェアを提案したことがある私のような読者にとっては「この本も組み込まれるのか」「あの本にも接続できそうだな」とワクワクさせてくれる素晴らしい研究成果です。東京堂書店神田神保町店でMさんが丹精込めて作っておられる素晴らしい哲学書棚で面陳されている本書に出会うまでまったく刊行に気づいていなかったのは実にうかつでした。こうした出会いはリアル書店の書物の林立の中を逍遥してこそ得られるもので、ネット書店ではほとんど期待できないものではないでしょうか。
[PR]

by urag | 2014-06-15 23:36 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)