2009年 04月 26日

近刊チェック《知の近未来》:09年4月25日

グーグル・アースでこの星のあらゆる地表を鳥瞰し、グーグル・マップで私たちの家々の屋根まで迫り、ストリートビューでは他人の玄関や庭先まで暴露した「偉大なる」グーグル帝国は、今度は世界中の書籍をスキャンしてデータベース化するつもりだ。その名もグーグル・ブック検索。著作権ビジネスについては一番保守的なアメリカが今度はその真逆の「革新的」なことをやろうとしている。ただし両者に共通点がある。著作権を守ろうが、あるいは侵害しようが(グーグルが買収したユーチューブは著作権を侵害する膨大な動画が投稿され続けてこそ成長した)、どっちにしろ「ビジネス」つまり商売というわけである。企業の収益事業にせよ、国の軍事行動にせよ、経済政策にせよ、アメリカの利己主義的横暴ぶりは今に始まったことではないが、本当にふざけた話だ。

グーグルは「収益の63%を著作権者に支払う条件で、データベース化した書籍の商業利用を認めよ」という和解案への回答を5月5日まで明らかにするよう、日本の出版社や著者、著作権継承者に迫っている。いったい何が「和解」だというのか。詩人の谷川俊太郎、脚本家の倉本聰、作家のねじめ正一、絵本作家の五味太郎、小説家の三木卓、といった面々を含む、日本ビジュアル著作権協会所属の174人は、「和解離脱手続きを取り、グーグルと独自に交渉する」ことを決め、「和解を拒否し、現段階で作品をデータベースに載せないよう求める趣旨の通知を同社に送った」とのことだ。(読売新聞4月25日配信記事「グーグルの書籍DB化、谷川俊太郎氏・倉本聰氏ら和解拒否」、時事通信4月25日配信記事「グーグル書籍検索の和解案拒否=谷川俊太郎さんら174人」等を参照)

時事通信09年3月2日配信記事「日本文芸家協会が手続き代行へ=米グーグル書籍検索システム参加で」を参照しつつ、ブック検索(ブックサーチ)についておさらいしておこう。「米検索エンジン最大手グーグルの蔵書デジタル化システム「ブックサーチ」〔…中略…〕は2004年にスタート。世界の出版社約2万社や米有力大学の図書館と提携して書籍データを蓄積。現時点で700万冊以上の本文を閲覧できる。05年に米出版社協会などが提訴したが、昨年10月に(1)今年1月5日までに許諾なくデジタル化した書籍について補償金を払う(2)ネットで書籍を公開することで得る利益の約6割を著作権者に払う-などで和解に達した。/著作権に関する国際条約などで、和解は他国の書籍にも適用される。図書館には研究用に購入された日本人作家の作品も所蔵されており、このデジタル化が著作権を侵害する恐れがあるという。このためグーグルは補償金の支払いなどについて著作者らに意思表示を求めていた」。

また、09年4月15日時事通信配信記事「グーグルの書籍検索に抗議=日本文芸家協会」にはこうある。「日本文芸家協会は15日、米グーグル社が進める書籍の全文検索サービスへの抗議声明を発表した。各国の著作権者に無断でデジタル複製をしてきた上に、異議申し立ての手続きを一方的に定めたことなどを不当だと非難している。〔…中略…米国での和解裁判は〕日本の著作権者にも適用され、和解に応じない場合は5月5日までに米国で裁判を起こすなどの対応が必要。協会では会員に「和解案を受け入れた上でのデータベースからの削除申請」を勧めているが、「同社の著作権侵害を容認するものではない」としている」。

日本国内の図書館では慶応義塾大学図書館がブック検索に07年7月から参加している。同大学メディアセンターの機関誌『MediaNet』第14号(07年10月)に掲載された、メディアセンター所長(図書館長)である杉山伸也氏(経済学部教授)によるレポート「慶應義塾とグーグル社のライブラリ・プロジェクトでの提携について」にはこう書かれている。

「グーグル社による書籍のデジタル化は、「世界中の書籍に含まれた人類の英知を検索可能にしようという取り組み」(グーグル社プレスリリース、07年7月6日)で、書籍のデジタル化は、2つの方法でおこなわれている。ひとつは出版社を対象とするパートナー・プログラム、もうひとつは大学図書館の蔵書をデジタル化するライブラリ・プロジェクトで、ともにGoogleブック検索で検索できる。/世界の主要な図書館の蔵書をデジタル化するグーグル社のライブラリ・プロジェクトは、2004年12月に開始され、現在では、スタンフォード大学、ミシガン大学、ハーバード大学、カリフォルニア大学、ニューヨーク公共図書館、オックスフォード大学など欧米の大学図書館を中心にアメリカ、イギリス、スペイン、ドイツ、スイス、ベルギー6ヵ国の25機関が参加する国際的プロジェクトになっている。今回の提携により、慶應義塾大学は、欧米地域以外では、このプロジェクトに参加する最初の図書館となる。(なお本年8月にあらたにコーネル大学が参加し、慶應をふくめて27機関となった。)/今回の提携プロジェクトでデジタル化の対象となるのは、慶應義塾図書館(三田メディアセンター)の蔵書のうち、著作権保護期間が満了した約12万冊である。内訳は、江戸中期から明治初期までに国内で発行された和装本約9万冊と、明治・大正期・昭和前期の日本語図書約3万冊である。契約期間は6年(以降1年ごとに自動更新)であるが、デジタル化作業は可能なかぎりはやい機会に終了する予定である。著作権処理は、現行の著作権法にしたがって慶應側でおこない、デジタル化する書籍を最終的に決定することになる」(29頁)。

提携図書館については、グーグルの下記URLでも紹介されている。
http://books.google.co.jp/intl/ja/googlebooks/partners.html

上記を整理して言えば、グーグルが現在勝手にスキャンをし続けている日本語書籍は、上記の「提携図書館」に記載されているような、アメリカの図書館が購入したものである(グーグル・ブック検索のパートナー・プログラムに参加している日本の出版社の書籍の場合は、版元側がグーグルに見本を提供し、グーグルがスキャンしている)。アメリカの図書館にウチの本が買われているなんてことはないだろう、とタカをくくっている出版人がいるとしたら危険だ。実際、私の所属する出版社の本も、ブック検索の詳細で版元名を入力し、「閲覧可能な書籍は見つかりませんでした」と出た検索結果画面で、赤い字で書かれている「すべての書籍を検索してみてください」という表示に続くリンク「inpublisher:版元名」をクリックすると、あらあら、続々と検索結果が出てくるのである。むろん、現時点では、書誌情報と書影(本当は書影だって厳密に言えば転載の際、版元了解が必要なのだが)が掲載されているのみだが、検索にヒットするということは、すでにスキャンされていると見ていい。困ったことに写真集まで登録されている。写真集のスキャンは活字本よりもっとタチが悪い。これをネットで無断で公開すれば間違いなく、国内法的には「犯罪」である。

私はグーグル・ブック検索は、国家レヴェルの大問題だと思っている。しかし、官僚も政治家もまるで無関心のようにしか見えない。もとより国は、出版社や文化産業に十分な注意を払ってはいない。昨年末の中小企業向け緊急保証制度において、出版業を指定対象に入れていなかったのは、そのあらわれの一端である(なお、小売業=書店、倉庫業、印刷業、紙・紙製品卸業、広告代理業などは指定を受けている)。

本音を言えば、私はアメリカのディズニーに代表されるような著作権保護期間延長論者は好きになれない。著作権でがんじがらめになった作品の悲哀より、日本のコミック・マーケットにおけるような創造的な二次使用を評価したい人間であるし、コピーレフト(著作権放棄)やクリエイティヴ・コモンズ、パブリックドメインやオープンソースを称賛している。もっと言えば、すべての著作権がフリーになり、誰もが読みたい本を無料で購読できるようになり、なおかつ、同時に作家や研究者や出版社の生活が保証されればいいと思う。私はそれを「書物のコミュニズム」と勝手に呼んでいるけれど、それはいまだにユートピアでしかない。

そのユートピアを実現しようとしているのがグーグル・ブック検索ではないか、と意地悪を言う向きもあるかもしれないが、断じて違う。世界資本主義の下での不均衡かつ不公正なカネの流れの中で「人類益に資する素晴らしいことができる」と信じることほど、おめでたいことはない。著作権を保護することが絶対的な善だとは言わない。しかし、グーグルのやりかたは根本的にどこかおかしい。彼らは目下のところただ傲慢なだけであり、やろうとしていることはその見かけの新しさに反して、悲しいほど前時代的である。

……さて、来月の新刊で気になったのは以下の書目である。

09年5月
02日『澁澤龍彦映画論集成』河出文庫 1,050円
07日『経済学の名著30』松原隆一郎 ちくま新書 903円
08日『未来世療法』ブライアン・ワイス PHP文庫 820円
08日『単純な脳、複雑な「私」』池谷裕二 朝日出版社 1,785円
10日『種の起源 原書第6版』ダーウィン/堀伸夫ほか訳 朝倉書店 5,040円
11日『ジョン・ケージ著作選』小沼純一編 ちくま学芸文庫 1,155円
11日『ゲームの理論と経済行動1』ノイマンほか ちくま学芸文庫 1,680円
11日『反オブジェクト』隈研吾 ちくま学芸文庫 1,155円
11日『歎異抄』阿満利麿訳・注釈・解説 ちくま学芸文庫 1,050円
11日『藤原道長「御堂関白記」(上)全現代語訳』講談社学術文庫 1,418円
11日『西洋中世奇譚集成 東方の驚異』逸名作家 講談社学術文庫 693円
15日『久生十蘭短編選』川崎賢子 岩波文庫 903円  
15日『家父長制と資本制』上野千鶴子 岩波現代文庫 1,260円  
15日『セクシィ・ギャルの大研究』上野千鶴子 岩波現代文庫 840円
15日『終末と革命のロシア・ルネサンス』亀山郁夫 岩波現代文庫 1,365円 
20日『出口王仁三郎』ナンシー・ストーカー 原書房 2,940円
20日『オデュッセウスの冒険』吉田敦彦著/安彦良和画 青土社 2,520円
21日『市の音 一九三〇年代・東京』濱谷浩写真 河出書房新社 2,940円
22日『手を差しのべる経済学』セイラー+サンスティーン 日経BP出版センター 2,310円
25日『ミラーニューロンの発見』M・イアコボーニ ハヤカワ新書juice 1,365円
26日『今日の宗教の諸相』チャールズ・テイラー 岩波書店 1,995円
26日『ヒューマニティーズ 哲学』中島隆博 岩波書店 1,365円
27日『ムナーリの機械』ブルーノ・ムナーリ 河出書房新社 3,045円

朝倉書店の『種の起源 原書第6版』は、ダーウィン生誕200年、『種の起源』出版150年の佳節である2009年にふさわしい出版事業だろう。同書のもっとも入手しやすい翻訳は岩波文庫の『種の起原』(全二巻、八杉龍一訳)ということになると思うが、この岩波文庫版は、1859年の初版本を底本に用い、最終第六版までの各版の異同を詳しく記したものだ。一方、朝倉書店版は第六版の翻訳を謳っている。「1859年の初版刊行以来、ダーウィンに寄せられた様々な批判や反論に答え、何度かの改訂作業を経て最後に著した本書によって、読者は彼の最終的な考え方や思考方法を知ることができよう」と版元のオンライン目録に記されている。

ダーウィンについては、青土社の『現代思想』が4月臨時増刊号で総特集していることを特記しておきたい。また、春秋社の新刊、エリオット・ソーバー『進化論の射程――生物学の哲学入門』(松本俊吉ほか訳)では、ダーウィンを「哲学」しており、重要である。

ちくま学芸文庫のノイマン+モルゲンシュテルン『ゲームの理論と経済行動』は全三巻。先月書いた通り、東京図書版では全五巻だった。整理しておくと、東京図書の単行本版は、

第一巻『経済行動の数学的定式化』阿部修一訳
第二巻『2人ゲームの理論』橋本和美訳
第三巻『n人ゲームの理論』下島英忠訳
第四巻『ゲームの合成分解』銀林浩訳
第五巻『非零和ゲームの理論』宮本敏雄訳

となっていた。一方、今回の文庫版は、トーハン系のデータベースを利用しているオンライン書店での内容紹介を参照すると、

第一巻「ゲームの形式的記述とゼロ和2人ゲームについて」阿部修一+橋本和美訳
第二巻「プレイヤーが3人以上の場合のゼロ和ゲーム、およびゲームの合成分解について」下島英忠+銀林浩訳

となっている(第二巻は6月10日発売予定)。さらに、単行本版はおおよそ、一巻あたり200頁ほどだが、文庫本は約500頁ある。これらの情報を併せ考えると、文庫版は単行本版の最初の四巻分を二冊にまとめ、最終巻で単行本の第五巻と、本書全体の新しい解説を加える、といった感じになるのだろう。なお、本書は学芸文庫の「Math & Science」シリーズから刊行されるが、同シリーズでは、同じく5月から、ロゲルギスト『新 物理の散歩道』全五巻を発売する。

先月、10500円と記載した筑摩書房の『歎異抄』(阿満利麿訳・注釈・解説)は、どうやらトーハン系書店のデータ登録の誤りらしい。版元が誤入力したのか、取次がしたのかは不明だが、正しくはちくま学芸文庫で1050円である。

セイラー+サンスティーン『手を差しのべる経済学』はこれまたオンライン書店のデータベースに著者名の誤記があるが、当方で勝手に修正しておこう。著者について書くと、リチャード・セイラー(Richard H. Thaler, 1945-)はアメリカの経済学者で、著書の邦訳に『セイラー教授の行動経済学入門』(篠原勝訳、ダイヤモンド社、2007年)がある。同書は1998年に同社から刊行されていた、『市場と感情の経済学―――「勝者の呪い」はなぜはなぜ起こるのか』の改題新版。いっぽう、キャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein, 1954-)はアメリカの法学者。サンスティンともサンスタインとも表記されることがある。著書の邦訳には以下がある。『インターネットは民主主義の敵か』(石川幸憲訳、毎日新聞社、2003年)、『自由市場と社会正義』(有松晃ほか訳、食料・農業政策研究センター、2002年)。二名ともアメリカでは著名な学者だが、特にサンスティーンはオバマ政権の法律顧問として今後、日本でもさらに――『インターネットは民主主義の敵か』の著者としてよりもっと――知名度があがるかもしれない。

『ミラーニューロンの発見』は、5月に創刊される「ハヤカワ新書juice」の第一回配本で、ジェフ・ハウ『クラウドソーシング』とともに発売される。平均千円以上する新書というのは高額な印象があるが、そのわけは早川書房のノンフィクション作品の宣伝・広報、編集部の「部ログ」だという「ハヤカワ・ノンフィクちゃん部ログ v('ε')v 2.0β」の09年3月29日エントリー「この一週間、なにかがあったような、なかったような」に書いてある。曰く、
「5月から新書出します! その名もハヤカワ新書juice! 当初は基本、翻訳もののエッジの利いた作品をメインとして(なのでビジネスものっぽいのが多くなりますが)、創刊時に2点、あとは月1点ずつ出していきます」とのことである。派手な広告宣伝は予定していない、という趣旨のことも書いてある。
http://blog.hayakawa-online.co.jp/nonfiction/2009/03/post-eb71.html

岩波書店の新刊『ヒューマニティーズ 哲学』は、若手の登竜門的書下ろしシリーズ「思考のフロンティア」の後継とおぼしい「ヒューマニティーズ」全11巻の初回配本。佐藤卓己『歴史学』と同時発売だ。期せずして、ハヤカワ新書juiceの創刊2点と同じ、税込1365円。岩波書店のシリーズ紹介文は以下の通り。

「現在の人文学的知は、グローバル化のもとでの制度的な変動とも結びつきながら、新たな局面をむかえつつある。学問の断片化、細分化、実用主義へのシフトなど、人文学をとりまく危機的状況のなかで、新たなグランド・セオリーをどのように立ち上げるのか。その学問のエッセンスと可能性を、気鋭の著者陣が平易に語る」。http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/028321+/top.html

全11巻の構成を抜き出しておくと、

『哲学』中島隆博、『歴史学』佐藤卓己、『法学』中山竜一、『文学』西成彦、『教育学』広田照幸、『政治学』苅部直、『経済学』諸富徹、『社会学』市野川容孝、『外国語学』守中高明、『女性学/男性学』千田有紀、『古典を読む』小野紀明。

となっている。今回は若手というより中堅の起用に見える。市野川さんは「思考のフロンティア」では『社会』の巻を担当していたけれど、今回は『社会学』。どう書き分けるのかが気になる。

発売日未詳だが、5月の新刊には以下の書目もある。

『プルードン・セレクション』河野健二編 平凡社ライブラリー 1,575円
『近代政治思想の基礎』クエンティン・スキナー 春風社 7,980円
『競争の倫理』フランク・ナイト/高哲男ほか訳 ミネルヴァ書房 3,675円
『カルチュラル・スタディーズを学ぶ人のために』クリス・ロジェク 世界思想社 2,415円
『なぜ賢い人も流行にはまるのか』ジョエル・ベスト 白揚社 2,730円
『作家は何を嗅いできたか』三橋修 現代書館 1,900円
『アンティキテラ:古代ギリシアのコンピュータ』マーチャント 文藝春秋 1,950円
『宮本常一が撮った昭和の情景』上下巻 毎日新聞社 各2,940円
『東北古墳探訪』相原精次+三橋浩 彩流社 2,940円

スキナー『近代政治思想の基礎』は、版元の内容紹介文によれば、「膨大な文献の読解によって近代に至る西洋政治思想の形成と展開をつむぎ出す、壮大な思想史のドラマ。長らく待たれていた名著の翻訳」とのこと。副題は「ルネッサンス、宗教改革の時代」、同社ブログによれば「800頁に迫る大部」だ。訳者は門間都喜郎、刊行は5月上旬予定。 

クェンティン・スキナー(Quentin Robert Duthie Skinner, 1940-)はイギリスの政治学者。邦訳に以下がある。『グランドセオリーの復権――現代の人間科学』(スキナー編、加藤尚武ほか訳、産業図書、1988年)、『思想史とはなにか――意味とコンテクスト』(半沢孝麿ほか編訳、岩波書店、1990年初版/1999年再刊)、『マキアヴェッリ――自由の哲学者』(塚田富治訳、未來社、1991年)、『自由主義に先立つ自由』(梅津順一訳、聖学院大学出版会、2001年)。

『競争の倫理――フランク・ナイト論文選』はシリーズ「現代思想と自由主義」の一冊。オンライン書店bk1に登録されている内容紹介にはこうある、「人間の自由と尊厳をベースに資本主義を考察したシカゴ学派総帥の真髄を示す論集。市場のモラルを論じるアメイリカ経済学界の「大いなる暗闇」」。

著者のフランク・ナイト(Frank Hyneman Knight, 1885-1972)は、アメリカの経済学者にして道徳哲学者であり、アメリカの自由主義や市場原理主義に影響を及ぼした、いわゆる「シカゴ学派」の設立者。ミルトン・フリードマン(『資本主義と自由』日経BP社)やジョージ・スティグラー(『価格の理論』有斐閣)は彼の弟子だった。ナイトの単独著の翻訳は、古い書目が一点あるのみ(『危険・不確実性および利潤』奥隅栄喜訳、文雅堂書店、1959年)だったから、今回の新刊は壮挙と言うべきかもしれない。

三橋修『作家は何を嗅いできたか――におい、あるいは感性の歴史』は5月中旬発売予定。版元による内容紹介は以下の通り。「かつて世界はどんなにおいで満ちていたか? その手がかりを探り、江戸時代から平成までの文学作品・マンガ・アニメにわたって、ひたすら「におい」にまつわる記述を追い続けた。時代によって変化する感性が、においによって明かされる」。担当編集者氏のコメントはこうだ、「十返舎一九、漱石、川端、太宰、三島、村上春樹……、果ては北斗の拳、エヴァンゲリオンまで。江戸から平成までの文学・マンガ・アニメの「におい」を嗅ぎまくる。社会の構図を表し、男女の機微を表し、生と死を表現する「におい」に迫る」。本書の題名は、感性の歴史家アラン・コルバンの『においの歴史――嗅覚と社会的想像力』(新評論、1988年/藤原書店、1990年)を思い起こさせるが、かなり面白そうではないか。

毎日新聞社編『宮本常一が撮った昭和の情景』は、bk1に登録されている内容紹介によれば、「10万カットから選び抜いた850カットで編む宮本常一の決定版写真集」とのこと。上巻は昭和30年~39年を収録し、下巻は昭和40年~55年を収録している。毎日新聞社は4年前に『宮本常一 写真・日記集成』(全2巻・別巻1)という6万円のセットを刊行していた。この本巻2巻には約3000カットの写真が収録されていたが、今回の新刊は待望の縮約廉価版といったところだろう。なお、宮本常一が撮った写真の中から、作家の佐野真一が、主に昭和30年代の約200点を選んで解説を加えた本が、『宮本常一の写真に読む失われた昭和』(平凡社、2004年)である。

『東北古墳探訪――東北六県+新潟県 古代日本の文化伝播を再考する』は、bk1に登録されている内容紹介によれば、「東北の古墳(含新潟県)を網羅した画期的古墳本。今まで紹介されてこなかった膨大な数の古墳・古墳群をすべてカラー写真入りで詳説」とのこと。同著者による『関東古墳散歩』の改訂増補版もこの機会に出版されるようだ。

最後に、今月刊行される予定だがまだ発売されていないらしい注目書と再来月の気になる新刊を列記しておく。前者は、ベンジャミン・バーバー『ストロング・デモクラシー』(竹井隆人訳、日本経済評論社)と、尾関章『両面の鬼神――飛騨の宿儺伝承を追う』(勉誠出版)。後者は、大石学『江戸の外交戦略』(角川学芸出版)と、ル・コルビュジエ+ポール・オトレ『ムンダネウム』(山名善之+桑田光平訳、筑摩書房)。やれやれ、毎月のことだけれど、今回取り上げた新刊をすべて購入するとしたら、サイフがたいへんなことになる。つまり、全部はとうてい買えない! さっき言下に否定したグーグルは、そうした読者のサイフ事情に寄り添ったサービスをあるいは打ち出せるだろうか? ただし、著者や出版社を犠牲にすることなしに、だ。もしそれができるなら、私はグーグルへの評価を再度検討してもいいと思う。
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by urag | 2009-04-26 08:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback(1) | Comments(5)
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Tracked from なまねこ at 2009-04-26 11:29
タイトル : 出版社
近刊チェック《知の近未来》:09年4月25日 どーも出版社ってのはピントがずれてるというか経営、経済というものを考えないんだよな。書店員をやってると、本当に出版社の経営概念の無さにはあきれる。出版不況なんて言われるが、不況でも何でもなく、当たり前のことが起きてるだけなのだ。そもそも出版というノウハウの塊とも言えるものを行う会社が数千あるだけでもクレイジーだということに気がつくのはいつの日になるんだろう。 Google Booksにしても、月曜社も流対協も訴えを出した谷川俊太郎たちもまったく...... more
Commented by urag at 2009-04-26 22:02
なまねこさんこんにちは。わざわざブログを開設してまでTBしてくださってありがとうございます。書店経営にたずさわっているわけでもなさそうだし、出版社の経営についてもご存じない様子。軽いなあ。あなたの言う「業界の構造的問題」についてお書きになるほうが有益では?
Commented by けん at 2009-04-29 05:07 x
『海猿』や『ブラックジャックでよろしく』で有名になった佐藤秀峰さんがはじめたホームページの漫画家貧乏日記は、ジャンルは違えど著作権者と出版社の希望ある未来を考える上で示唆に富んでいますね。プロフィールのマンガも面
Commented by urag at 2009-04-30 09:15
けんさんこんにちは。佐藤さんのウェブサイトには、報道などで話題になりはじめた頃アクセスしたことがあります。クリック即強制再起動。PCがもたないので、実見していません。
Commented by ttt at 2009-05-14 03:45 x
>『プルードン・セレクション』河野健二編 平凡社ライブラリー 1,575円

こんなものが! グラムシセレクションといい、『ブリュメール18日』ライブラリー入りといい、がんばってますね、平凡社ライブラリー!
ちょうど、ベネディクト・アンダーソンの2005年来日講演の本で、1880-1900年代におけるマルキズムとアナキズムの混交的連動、アナキストたちはおよそ翻訳者として活動をおこなっていた云々の指摘を見たところで、不思議と近年の柄谷のアナキズムへの関心と並行的な現象のように感じられ、入手しやすいプルードンの本とか無いのかな…と気になっていたところでした。
小林さんの新刊書誌記録活動とでもいうべき紹介作業には本当に助かっています。身近にいい書店がないと、どうしてもネットでの目的買い先行になっちゃうんですよね・・
Commented by urag at 2009-05-18 04:13
tttさんこんにちは。プルードン・セレクション、良いですよね。時宜を得ているというか。平凡社ライブラリーの「セレクション」系は特に早めに買っておいたほうがいいですよね(品切になるとめんどくさい)。新刊紹介、まだまだ至らないところばかりですが、これからも続けるつもりです。励ましのお言葉、ありがとうございます。


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