2009年 04月 20日
フランツ・ローゼンツヴァイク『救済の星』(村岡晋一+細見和之+小須田健訳、みすず書房、09年4月、本体9500円)。ついに、ついに、ついに刊行です。高価な本ですが迷わず買います。数日前のケプラーの『世界の調和』もそうでしたが、本が輝いて見えます。本を持つ手が、頁をめくる指が、震えます。なんという重々しさ。版元紹介文にはこうあります。「第一次世界大戦につづく10年の間に、ドイツを中心に、その後の時代に多大な影響をあたえることになる本が続々刊行された。シュペングラー『西欧の没落』、プロッホ『ユートピアの精神』、カール・バルト『ロ-マ書講解』、ルカーチ『歴史と階級意識』、ハイデガー『存在と時間』。力点の違いはあれ、そこに共通しているのは、西欧近代への絶望と徹底した批判精神、そして世界終末観である。ここにもう一冊加えるとすれば、それが、ローゼンツヴァイク『救済の星』(1921)である」。たしかに、『救済の星』の重みと魅力は、私の大好きなブロッホの『ユートピアの精神』の重みと魅力に、似ているような気もします。『救済の星』の刊行で楽しみだったのは、本書の最後におかれた「門 Tor」と題されたエピローグの、あの末尾の部分、すうっと収束するように根底へと、中心へと、「Ins Leben.」という名の広大な開かれへのコンタクトに集中していく、あの感動的な部分をどう日本語で表現するのか、ということでした。私のイメージしていた感じとは少し違いましたが、しかしやはり感動には変わりありませんでした。9500円は確かに高いです、ちょっとしたディナーが楽しめる金額です。しかし、もしあなたが人生の暗闇の中に、暗さの実感を噛み締めつつ、それにもかかわらず光をなおも求めるならば、本書にしばらく没入してみるのもいいかもしれません。 C・G・ユング/M-L・フォン・フランツ『アイオーン』(野田倬訳、人文書院、90年11月、本体6500円)は、新刊ではなく重版。初版第三刷が先週出来上がったばかりです。古書価格が高騰していたので、ぜひとも復刊してほしい一冊でした。『結合の神秘』第一巻に続く、「ユング・コレクション」の中からの重版です。オンライン書店では「復刊ドットコム」などが扱っています。ユング・コレクションの中で現在稼動しているのは、『結合の神秘』全二巻、『診断学的連想研究』のみのようで、残念です。人文書院ではこの他に、『心理学と錬金術』全二巻、『自我と無意識の関係』を在庫しているようです。「ユング・コレクション」の概要をここでおさらいしておきます。未刊に◆を附します。 第1巻「心理学的類型Ⅰ」 第2巻「心理学的類型Ⅱ」 第3巻「心理学と宗教」 第4巻「アイオーン」 第5巻「結合の神秘Ⅰ」 第6巻「結合の神秘Ⅱ」 第7巻「診断学的連想研究」 第8巻「子どもの夢Ⅰ」 第9巻「子どもの夢Ⅱ」 第10巻「ツァラトゥストラⅠ」◆ 第11巻「ツァラトゥストラⅡ」◆ 第12巻「ツァラトゥストラⅢ」◆ 第13巻「夢分析Ⅰ」 第14巻「夢分析Ⅱ」 第15巻「分析心理学」◆ どうやら未刊のものは未刊のままになる様子です。ユングおよびユング派の愛読者の自分としてはやや耐え難い顛末で、弊社で引き継げるものなら品切本の復刊も含めてまとめて引き継ぎたいほどです。ユングはフロイトに比べ、ここしばらく薄い評価しか受けていないようにも見えますが(それとは裏腹に古書価格は高い)、それはユングが過去の人となったからではないと私は思っています。それどころか、ユングは今なお未来に属しており、時代の移り行きとともに再評価されるに違いないと私は信じて疑いません。ある意味で、流行と無関係でもてはやされないからこそじっくり読むこともできるわけで、これはユンギアンにとっては必要不可欠な雌伏の時であるという気もします。 ハンナ・アーレント『完訳 カント政治哲学講義録』(ロベルト・ベイナー編、仲正昌樹訳、明月堂書店、09年3月、本体3300円)は、先行訳の法政大学出版局版『カント政治哲学の講義』(浜田義文監訳、87年1月、本体3500円)では版権の都合で訳出されていなかった「『思考』への補遺 Postscriptum to Thinking」も収録しているということで、「完訳」が謳われています。法政版は05年5月に第5刷が重版されていますが、この新訳の登場により、以後は重版しないのかもしれません。明月堂版はピンク色のカバーに大きな活字でARENDTと印刷してあって、とても目に付きやすいです。明月堂さんはこれまでに、仲正さんや宮台真司さん、西部邁さん、栗本慎一郎さんなどの本を出しておられます。アーレントの本の奥付を見ると、制作が風塵社となっています。たしかに、風塵社さんの非公認ブログ「風塵社的業務日誌」には本書のことがそこここに書かれてあります。 ◎注目新刊:人文書古典篇(文庫本) まとめて書いてしまうと、ニーチェ『善悪の彼岸』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、09年4月、本体952円)と、『ゲーテ形態学論集 動物篇』(木村直司編訳、ちくま学芸文庫、09年4月、本体1300円)です。前者はここしばらく驚異的な生産力で人文書の翻訳に取り組んでおられる中山元さんによるニーチェの新訳です。2月にもマックス・ウェーバーの『職業としての政治』と『職業としての学問』の新訳を合本で日経BP社から刊行されたばかりでしたよね。後者は先月刊行の「植物篇」と対になるもの。観相学、動物学の諸論文が収められています。ついさいきん、同文庫の木村さんによる『色彩論』の奥付を確認したのですが、01年3月に初版刊行以来、08年6月に8刷となっていて、すごいなと感心しました。ゲーテ『色彩論』は「教示篇」「論争篇」「歴史篇」の三部からなり、完訳は工作舎から刊行されています。ちくま学芸文庫版は「教示篇」の翻訳であり(論文「科学方法論」も併載)、岩波文庫版(菊池栄一訳、52年1月)は「歴史篇」の抄訳です。
by urag
| 2009-04-20 07:21
| 本のコンシェルジュ
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