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2009年 03月 23日

注目新刊:芸術書篇/本の本篇

◎注目新刊:芸術書篇

ユルギス・バルトルシャイティス『異形のロマネスク――石に刻まれた中世の奇想』馬杉宗夫訳、講談社、09年3月、1800円、ISBN978-4-06-215344-7
まさか講談社からバルトルシャイティスの翻訳が出るとは夢にも思いませんでした。訳者の馬杉さんの著書が講談社から刊行されていますから、そのご縁だろうと思うのですが、リブロポートや国書刊行会が出版してきたようなハードコアな研究書の企画を講談社で通せるとはとうてい考えられなかったことです。さすが講談社だからこその値段で、出版助成金があったとはいえ、力の差を見せ付けられた気がします。書名からは何の訳書なのか判然としませんでしたが、フランスにおいて主に1980年代以降にフラマリオン社から再刊されたことのある彼の著書の中で未訳のまま残っているのは"Formation, Deformation"のみだったので、もしやと思ったらやっぱりそうでした。もともとは1931年に出版された『ロマネスク彫刻における装飾様式』という本で、パリ大学に提出された博士論文です。「訳者あとがき」によれば、「1950年に、故吉川逸治先生が翻訳すべく、バルトルシャイティス本人から許可状をもらっておられたそうである。どうしたいきさつで、翻訳が実現されなかったのかは、お伺いする機会はなかった」とのことです。バルトルシャイティスの師匠であり舅であるアンリ・フォション(フォシヨンとも)のもとで吉川先生は学ばれたそうで、馬杉さんがパリ大学博士課程の折に指導教官だったルイ・グロデッキもフォションの高弟、というそういうつながりがあったわけです。今回の訳書の著者紹介では『幻想の中世』がリブロポートから刊行となっていますが、のちに平凡社ライブラリーから上下巻で刊行されており、現在は版元品切です。なお、平凡社ライブラリーでは、さいきんフォションの『形の生命』(杉本秀太郎訳、岩波書店)が40年ぶりにご本人により改訳されて刊行されました。同ライブラリーの、もうひとつのフォションの訳書『ラファエッロ』は品切。ちくま学芸文庫版の阿部成樹訳『かたちの生命』も品切で、アマゾン・マーケット・プレイスではなんと現在2万円近い値段で出品されています。悲しいというか、けしからんというか。最後に一言。バルトルシャイティスの主要著作で再刊されたもののうち、未訳のまま残っているのは"Formation, Deformation"のみだと先ほど書きました。正確に言えば、翻訳予定があることを見かけたことはあるけれど実際には未刊のままの書目が、もう一点あります。『覚醒と驚異――幻想のゴシック』です。これは、『バルトルシャイティス著作集(4)鏡』の月報に付された「バルトルシャイティス書誌」によれば、弥永信美さんの訳で平凡社刊行予定と書いてありました。94年当時のことです。気長に待つしかないと思います。

バーバラ・M・スタフォード『実体への旅――1760年‐1840年における美術、科学、自然と絵入り旅行記』高山宏:訳、産業図書、08年8月、8000円、ISBN978-4-7828-0164-2
もう半年以上前の本になりますが、今まで取り上げそびれていたので。この本が刊行されたことは発売時から知っていましたが、書店で現物を見たのはその数ヵ月後のことです。菊判より大きいの大型本などめったにない人文書の現代思想の棚で、燦然と輝き、存在感を放っていました。大型で厚い本に弱いのです。片手で持って立ち読みするのが辛いほど。これまでのスタフォードの本のようにA5判だろうと踏んで、探すのを後回しにしていた自分を恨みました。印象的なカバーと帯は戸田ツトムさんによるもの。イマジネーションを喚起させる素晴らしい装丁と帯文のハーモニーです。いっぽう本文は横組で、ごくシンプルなレイアウト。戸田さんに中身もやっていただいたほうがよかったのに。図版がすべて白黒なのもちょっと惜しいです。訳文は高山宏さんの愛情に満ちたノリのいい文章で、今回もスタフォードさんの博識にノックアウトです。この本は読者を未知なる過去への途方もない「旅」に連れて行ってくれます。

小島一郎写真集成』青森県立美術館:監修、インスクリプト、09年1月、3800円、ISBN978-4-900997-23-3
この写真集はあれこれ感想を述べるより、とにかく現物をみていただくのが一番だと思います。何度見直してみても飽きない逸品です。暗い空と明るい雪原のコントラスト。青森の空の見事な表情を捉える絶妙さといったらありません。ヒステリック・グラマーの写真集を扱っているオンラインストア「BUENOBOOKS」の、小島一郎写真集『hysteric eleven』(完売)のギャラリーでサンプル写真が見れます。

榎本敏雄写真集『かぎろひ 陽炎[櫻・京・太夫]』平凡社、09年2月、4200円、ISBN978-4-582-27771-5
桜の季節にぴったりの写真集です。特に、深い奥行きの桜の木立が地表を果てなく覆う水面に逆さに映っている作品などは、恐ろしく幻想的で、思わず我を忘れて見入ってしまいます。これはいったいどこの山奥の風景なのだろうと思ったら、春嵐一過の代々木公園なのでした。すごいなこれ。

◎注目新刊:本の本篇

西野嘉章『西洋美術書誌考』東京大学出版会、09年1月、8800円、ISBN978-4-13-080211-6
帯文に「美術書の宇宙――16世紀初頭からフランス革命前夜までの古文献書誌総覧」とあります。グーテンベルク聖書以後の古い美術書に興味のある人にとっては、ありがたい本です。カラー図版107点収録、となっていますが、掲載されている本はもともとほとんどモノトーンなので、カラーではなく白黒印刷でもよかったんじゃないかと思わせるのですが、そこがさすがに西野先生のこだわりです。造本も『装釘考』(玄風舎、2000年)同様、実に瀟洒に仕上がっています。気がかりでならないのは、『装釘考』と同様、文字のみの頁では藁半紙のように軽くて独特の風合いの本文紙を使用しておられることです。これは怖い。酸化が普通の上質紙に比べて早いはずだからです。『装釘考』は函入本ですが、函に入れたまま大切に保管しても酸化は免れません。頁の三方から徐々に内側に向かってヤケが進行していきます。いわんや今回の本はカバー装で本体が剥き出しになりますから、酸化はいやがおうでも早いでしょう。私はこの用紙は個人的には大好きなのですが、長期保存が難しいのが難点です。うつろうまでのほんのひとときを愛でる、という意味では昨今にない「はかなさ」を導入した造本の妙と言うべきではあるものの、せめて函入にしてくださればよかった。函入で一万円を超えたとしても、そのほうが良かったかもしれません。「あとがき」で示された西野先生のご構想によれば、本書は、「時代や地域や範疇のまったく異なった文献群を対象とする三つの研究をひとつに束ね、造本と書誌と伝播の三方向から古今東西の印刷物を吟味しなおす」三部作である、『装釘考』『文献考』『誌紙考』のうちの第二巻(『文献考』)に相当するそうです。ということは、いずれ『誌紙考』が刊行されるということになるのでしょう。鶴首して待ちます。

ジュゼップ・カンブラス『西洋製本図鑑』市川恵里:訳、岡本幸治:日本語版監修、雄松堂出版、08年12月、6600円、ISBN978-4-8419-0499-4
A4変型(305×235mm)の大判で、上製本、中身は写真多数のフルカラー160頁。これで6600円というのは版元の努力の賜物だと思います。古典籍を修復したり解体して製本しなおしたり、とにかく大切にする文化が今なお残っている西欧の製本技術の細かい工程を写真付きで見ることができます。著者はスペインの製本家。この本は、広く「著者」にまず読んでもらいたいです。現在のオフセット印刷と製本技術は、本書のようには細かい手作業ではありませんが、それでも、本が出来上がるまで、製本ひとつをとってもどれほどの作業が積み重ねられているのか、どれほどの愛情が込められているのかが、本書で十分に理解できると思います。書物は本当は使い捨てにされるような存在ではないのだということがよく分かると思います。使い捨てにしているのは出版社じゃないかって? 冗談はよしてください。たしかに使い捨てにする会社もあります。しかし、実際のところ、出版人が書物に注ぐ愛情について、いったいどれほどの人がどこまで知っているでしょうか。

内沼晋太郎『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』朝日新聞出版、09年3月、2200円、ISBN978-4-02-250546-0
弱冠28歳のブック・コーディネーターの記念すべき第一作です。私が編集同人をつとめている「[本]のメルマガ」25日号に掲載されている彼の連載も、加筆されてこの本に収められています。ブック・コーディネーターというのは平たく言えば、要するに「選書業」です。選書業を専門にしておられる人はまだ全国的には少ないです。有名どころでは、安岡洋一(1967年生まれ。メメックス/ハックネット)、江口宏志(1972年生まれ。ユトレヒト)、幅允孝(1976年生まれ。バッハ)、内沼晋太郎(1980年生まれ。numabooks)の各氏といったところ。彼らは業界の既成の土俵の上でゴチャゴチャやるよりは、業界の外に「本がある場所/風景」をどんどんつくっています。例えば「情熱大陸」で紹介されてますます有名人になった幅さんの今までの実績を見てください。業界内部の人間だとどうしてもしがらみが多すぎてできなかったことを、彼らは実践しています。学ぶことはたくさんありますし、私自身、彼らの自由な発想に大いに共感しています。そもそも選書の仕事というのは、書店さんの仕事の手伝いとして、版元営業もやります。ブックフェアなどは日常茶飯事ですし、私の場合、これまで人文書売場に、「人文文庫棚」(紀伊國屋書店新宿本店ほか)や、「人文洋書棚」(ジュンク堂書店池袋本店)や、「反戦平和棚」(ジュンク堂書店新宿店)などをつくるお手伝いをしました。今は、「エコ書店論」を構想して、オルタナティヴな書店像と出版流通の近未来をあれこれ考えています。内沼さんは彼一流の柔軟な発想で、次々と活躍の場を広げています。彼の足跡と、彼の仕事の「哲学」に触れていただくには、今回の新刊を読んでいただくのが一番です。ぜひ、たくさんの若い読者に読んでもらいたいです。
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by urag | 2009-03-23 03:53 | 本のコンシェルジュ | Trackback(1) | Comments(0)
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