2009年 03月 23日

注目新刊:人文書古典篇(単行本/文庫本)

多忙につきここしばらく「注目新刊」をブログにアップしていなかったので、昨年末からこれまでに刊行された書目の中から、特記しておきたいものについてかんたんにおさらいします。まずは人文書古典篇(単行本/文庫本)をアップします。続いて芸術書篇、本の本篇、現代思想篇と続く予定で、書目をピックアップ済みですが、いつアップできるかは正直わかりません。価格はすべて本体価格(税別)です。

◎人文書古典篇(単行本)

マハバーラト 第四巻』、池田運:訳、講談社出版サービスセンター、09年1月、5000円、ISBN978-4-87601-810-9
ヒンディー語版からの完訳です。自費出版とは言え、挿画も造本も立派ですし、なにより完訳というのが素晴らしいです。これまでに英訳からの重訳版(『マハーバーラタ』全9巻、山際素男編訳、三一書房、1991年-1998年)や、訳者の逝去により中断されたサンスクリット語原典からの翻訳(『原典訳マハーバーラタ』既刊8巻、上村勝彦訳、ちくま学芸文庫、2002年-2005年、未完)などがありました。池田運さん(1928-)はこれまで『バガヴァッド・ギーター』や『ラーマーヤナ』もヒンディー語から訳されており、同サービスセンターから出版していらっしゃいます。それぞれ重版されていて、2000年刊の『シュリマド・バガワットギータ』は3刷、2003年刊の『ラーマーヤン』は2刷です。自費出版本はほとんど書店店頭に置かれないだけに重版というのはすごいと思います。『マハバーラト』は2006年に第一巻が刊行され、一年に一巻ずつ自費出版されて、今回の第四巻で完結です。私は第四巻をジュンク堂書店池袋店の人文書新刊棚に一冊ささっているのを見つけて購入したのですが、こういう思いがけない出会いは嬉しいものです。なぜ「バーラタ」ではなく「バーラト」なのかは訳者あとがきを読めば分かります。

アルビノス他『プラトン哲学入門』中畑正志:編、鎌田雅年/木下昌巳/國方栄二/久保徹/村上正治/脇條靖弘:訳、京都大学学術出版会、08年12月、4100円、ISBN978-4-87698-180-9
西洋古典叢書第IV期第14回配本。帯文に曰く「紀元後2~5世紀の古代ギリシア・ローマ人による、入手しがたいプラトン哲学の案内書をここに一書にまとめる。この時代の哲学は一般に「中・後期プラトン主義」と呼ばれているが、わが国ではほとんどその実態が知られていないので、その内実を知る上でも重要」と。収録されているのは、アルビノス『プラトン対話篇入門』、アルキノオス『プラトン哲学講義』、アプレイウス『プラトンとその学説』、ディオゲネス・ラエルティオス『プラトン伝』、オリュンピオドロス『プラトン伝』、著者不明『プラトン哲学序説』。今となっては貴重な目録「西洋古典叢書がわかる――西洋古典ミニガイドブック」の巻末に記載された刊行予定には、カルキディウスの『ティマイオス注解』、オリュンピオドロスの『ゴルギアス注解』や『パイドン注解』、プロクロスの『プラトン神学』や『ティマイオス注解』や『パルメニデス注解』や『神学綱要』、プロティノスの『エンネアデス』、ダマスキオス『第一の原理について』などが挙がっています。こうした夢のようなラインアップがいったいいつこれらが読めるようになるのかは想像もつきませんが、長生きしたいなと思ったりします。

マックス・ウェーバー『職業としての政治/職業としての学問』中山元:訳、日経BP社、09年2月、1600円、ISBN978-4-8222-4722-5
いまなお感動的な二つの講演が新訳でしかも一冊で読めるというのはありがたいことです。これまでの岩波文庫などが読みにくかったわけではありませんが、今回の新訳ではいっそうこなれた文章になっています。「天職」(清水訳、脇訳)や「職業」(西島訳)とこれまで訳されてきたBerufは、今回「召命[天職]」と訳されています。

ホセ・オルテガ・イ・ガセット『形而上学講義』杉山武:訳、晃洋書房、09年1月、2300円、ISBN978-4-7710-2025-2
編者注によれば本書は、1932年~1933年にマドリッド大学の形而上学講座においてなされた講義の準備用ノート、であるとのことです。「訳者あとがき」で指摘されている通り、講義の冒頭は「意表をつく」ものです。曰く「われわれはこれから《形而上学》を勉強しようとしている。そしてわれわれがしようとしているそのことは、さしあたり虚偽である」。オルテガが虚偽だと言っているのは形而上学ではなくて、「ある学科目を勉強しようとすることの虚偽性」が問題なのだと言っています。ここからオルテガは読む者をぐいぐい引っ張っていくのですが、書名から想像できないくらいに語られていることはアクチュアルです。勉強とは何か」、「学問とは何か」を根本的に問おうとする本書を、私は大学一年生に薦めたいと思います。講義は全部で14回に分割されており、後半の第10回の出だしはこんな感じです。「これまでの講義のなかでわれわれは《形而上学》という名称すらあげてこなかった。その点では、われわれはただ時間を無駄にするだけであったかも知れない、しかしながらきょうわれわれは《形而上学》の考察にもどることにしよう」。いかにも破格な講義のように聞こえますが、この講義はオルテガ流の「生の哲学」への入門篇とでも受け取るべき内容で、当時の聴衆は大いに傾聴したのではないかと想像できます。

フェルディナン・ド・ソシュール『一般言語学 第三回講義』増補改訂版、小松英輔:編、相原奈津江・秋津伶:訳、エディット・パルク、09年3月、3500円、ISBN978-4-901188-07-4
コンスタンタンによる講義記録の旧訳を全面的に見直し、訳注と索引を充実させ、今回新たにソシュールの自筆講義メモを加えたもの。初版(03年2月)にあった西川長夫さんによる解題「甦るソシュール」は、今回の版では収録されていません。頁数の都合とのお話を版元さんより伺いました。エディット・パルクさんでは、これまで「ソシュール一般言語学講義」の『第一回講義』(リードランジェによる講義記録)や『第二回講義』(リードランジェ/パトワによる講義記録)の翻訳も刊行されています。

ペーター・ソンディ『ヘルダーリン研究――文献学的認識についての論考を付す』ヘルダーリン研究会:訳、法政大学出版局、09年1月、2800円、ISBN978-4-588-00901-3
『現代戯曲の理論』(ペーター・ションディ著、市村仁/丸山匠訳、法政大学出版局、79年7月)以来の、久々の訳書になります。収録されているのは、「文献学的認識について」「別の矢――讃歌の後期様式の成立史に寄せて」「かれその人、祝祭の王――讃歌『平和の祭り』」「擬古典主義の克服――1801年12月4日付ベーレンドルフ宛書簡」「ジャンル詩学と歴史哲学――シラー、シュレーゲル、ヘルダーリンについての補説を付す」「付録『悲劇の意味』(本文と注解)」です。巻末の年譜によれば、ソンディの著作は全二巻本が77年に刊行されており、それに先立つ73年から75年に講義録全五巻が刊行され、近年では書簡集が93年に、また『ツェラン-ソンディ往復書簡集』が05年に刊行されています。すべてSuhrkamp社からの出版。個人的には上記のツェランとの往復書簡集や72年刊の『ツェラン研究』などが早く翻訳されて欲しいところです。今のところ日本語で読めるのは、「『迫奏〔ストレッタ〕』を読む――パウル・ツェランの詩篇についてのエッセー」(飯吉光夫訳、『世界の文学(38)現代評論集』所収、集英社、1978年)くらいでしょうか。

マルティン・ハイデガー「建てる 住む 思考する」大宮勘一郎:訳、KAWADE道の手帖『ハイデガー――生誕120年、危機の時代の思索者』所収、河出書房新社、09年3月、1500円、ISBN978-4-309-74025-6
昨年、中央公論美術出版から刊行された中村貴志編訳『ハイデッガーの建築論――建てる・住まう・考える』に続く新訳です。参考までに、道の手帖『ハイデガー』の内容を以下に列記します。興味深い内容になっていると思います。

▼翻訳
マルティン・ハイデガー『建てる 住む 考える』訳=大宮勘一郎
▼インタビュー
高田珠樹「ハイデガー第二世紀の20年目に」聞き手=編集部
田崎英明「フランスにおけるハイデガー思想」聞き手=編集部
▼論文
磯崎新「なぜ、ハイデガーは建築〔アーキテクチュア〕を語らないのか。」
谷徹「現象学という方法:フッサールとハイデガー」
合田正人「城から城:レヴィナスとハイデガー」
杉本隆久「〈思考されざるもの〉:メルロ=ポンティとハイデガー」
大宮勘一郎「揺れる大地:ベンヤミンとハイデガー」
安藤礼二「ハイデガーからスフラワルディーへ:アンリ・コルバンとハイデガー」
長原豊「用象=集-立と元有――試論:マルクスとハイデガー」
池田喬+手塚博「表象・有限性・技術:フーコーとハイデガー」
上田和彦「「赦しえない沈黙」再考:ブランショとハイデガー」
西山雄二「父の反例:デリダとハイデガー」
和田伸一郎「現実界の現象学:ヴィリリオとハイデガー」
増田靖彦「根拠と発生をめぐって:ドゥルーズとハイデガー」
▼主要著作・論文解題
池田喬『アリストテレスの現象学的解釈』
齋藤元紀『ハイデッガー カッセル講演』
池田喬『存在と時間』
誉田大介『芸術作品の根源』
山本英輔『哲学への寄与』
串田純一『貧しさ』
江黒史彦『「ヒューマニズム」について』
吉田恵吾『言葉についての対話』
▼日本人とハイデガー(再録アンソロジー)
マルティン・ハイデッガー「原子力時代と「人間性喪失」(小島威彦氏へ)」
手塚富雄「ハイデガーとの一時間」
和辻哲郎「『風土』序言より」
三木清「ハイデッゲル教授との想い出」
田辺元「危機の哲学か哲学の危機か」
ハイデッガー×久松真一「芸術の本質」
木田元「ハイデガーとの付き合い方」
▼コラム
池田喬「YouTubeで見るハイデガー」
▼資料
ハイデガー略年譜

◎人文書古典篇(文庫本)

ピロストラトス『英雄が語るトロイア戦争』内田次信:訳、平凡社ライブラリー、08年10月、1300円、ISBN978-4-582-76652-2
「ホメロスが語らなかったトロイア戦争の実相を、参戦し戦死した英雄プロテシラオス自らが、彼を抱擁し言葉を交した者の口を通じて証す」(カバー説明文より)という体裁の対話編。

カエサル『ガリア戦記』石垣憲一訳、平凡社ライブラリー、09年3月、1500円、ISBN978-4-582-76664-6
訳者の石垣憲一さん(1971-)は翻訳家兼プログラマで、今回の翻訳のもととなったのはラテン語メーリングリストの『ガッリア戦記』読書会だそうで、老若男女20名が翻訳に参加した成果を、石垣さんがあらためて訳し直して世に問うものだそうです。同メーリングリストでは現在、『内乱記』を翻訳中だそうです。

セネカ『怒りについて 他二篇』兼利琢也:訳、岩波文庫、08年12月、860円、ISBN978-4-00-336072-9
岩波版『セネカ哲学全集』第一巻から、「怒りについて」「摂理について」「賢者の恒心について」を一冊にして文庫化したものです。旧版『怒りについて 他一篇』(茂手木元蔵訳、1980年)はこれで絶版になるのですね。もったいない。ギリシア語やラテン語の古典は、訳者によって解釈が異なることがままありますから、旧訳とて絶版にする必要はないのに、と私はいつも思います。旧版では「怒りについて」と「神慮について」が収録されていました。後者は兼利訳では「摂理について」となっています。セネカはご承知のように皇帝ネロの時代のローマ帝国に生き、ネロの教育係でしたが、謀反のかどでネロから自害を命じられます。危機と混沌の時代に生きたゆえか、セネカは現代人の不安な日常にも訴えかける筆力を持っています。古代ローマ期ではマルクス・アウレリウス、エピクテトスなどと並んで私の好きな哲学者です。

ルネ・デカルト『哲学原理』山田弘明/吉田健太郎/久保田進一/岩佐宣明:訳・注解、ちくま学芸文庫、09年3月、1200円、ISBN978-4-480-09208-3
第一部の新訳と注解です。訳者の山田さんは同文庫から刊行された『省察』も翻訳されています。『哲学の諸原理 Principia Philosophiae』の文庫化には、岩波文庫の桂寿一訳『哲学原理』、角川文庫の桝田啓三郎訳『哲学の原理』がありましたが、現在は前者が在庫僅少、後者は絶版です。なお、同書の全訳を読むためには、朝日出版社の『科学の名著 第II期第7巻 デカルト』に収録されている『哲学の原理』(井上庄七/水野和久/小林道夫/平松希伊子:訳)をひもとかねばなりません。『科学の名著』シリーズは本書だけでなく今なお「空前絶後」の成果と言えると思います。

ゲーテ形態学論集 植物篇』木村直司:編訳、ちくま学芸文庫、09年3月、1500円、ISBN978-4-480-09185-7
木村直司さん(1934-)は同文庫でゲーテ『色彩論』を刊行済みです。今回の『ゲーテ形態論集』は、今回の植物篇の目次によれば、動物篇も刊行される予定のようです。植物篇は、「形態学――有機体の形成と変形」と「植物学」の二部構成で、後者には長篇の「植物のメタモルフォーゼ試論」などが含まれています。動物篇は「観相学」と「動物学」の二部構成。

マルセル・モース『贈与論』吉田禎吾/江川純一訳、ちくま学芸文庫、09年2月、1200円、ISBN978-4-480-09199-4
吉田さんによる「訳者あとがき」によれば、「訳出にあたっては、有地享訳『社会学と人類学』(弘文堂、1973)を参照したが、注が途中で脱落しているところもあり、二つの英訳、カニソンのものとホールズのものを参考した」とのことです。有地訳『贈与論』は『社会学と人類学』二分冊のうち第一分冊に収録されており、それに先立って勁草書房から単行本として62年に刊行されていました。勁草書房版は08年6月に新装版が刊行されています。
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by urag | 2009-03-23 02:00 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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