「ほっ」と。キャンペーン
2008年 10月 26日

近刊チェック《知の近未来》:08年10月25日

「[本]のメルマガ」08年10月25日号に寄稿した拙稿です。
----------------------------------------------------------------------
■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月
----------------------------------------------------------------------
今週金曜日、人文会40周年記念の合同研修会に招かれて参加することができた。その席上で、百名近い書店員さんを前に、いわゆる「ゼロ世代」(70年代以降に生まれて、00年代にデビューした若い書き手たち)について紹介した折に、個人的に一番の注目株は「素人の乱」の松本哉さんであると話した。松本さんはこれまでに『貧乏人の逆襲!』(筑摩書房、08年6月)と『素人の乱』(河出書房新社、08年8月)の二冊を刊行していて、どちらも抱腹絶倒の面白さである。

彼が「いまここ」に幾度となく召還してきた「革命後の世界」は底抜けに明るく、柔軟で、いいかげんで、重々しい「現在」の息苦しさを笑い飛ばす力を持っている。社会的弱者は無力なのではない。いや、たとえそれが無力と世間からは名指されようと、そこには常に、かつてないほどの潜在的可能性が充溢している。小さい頃から足首に巻かれていたせいで、大人になっても引きちぎれないと勘違いしている本当はか細い鎖を、自らの意思と集団性で断ち切るのだ。「素人の恐ろしさを見せつけてやる!」(小笠原瓊太)とは真実である。「素人の乱」は「もうひとつの世界は可能だ」というオルタナティヴなメッセージを体現している。それは様々な新世界と接続しうる現代の重要な結節点であり、新世界という「場」を起動させる特異点でありうる。

まもなく松本さんならびに「素人の乱」の著書第三弾が刊行されることを私は人文会の席上で熱く喧伝した。しかし肝心なことに、書名は思い出せないし、版元名を思い切り間違えるという失態を犯した。正しくは下記の11月近刊一覧にある通り、アスペクトから来月17日に発売される『貧乏人大逆襲』である。強力に推薦している割には思い出せないというのは全くいいかげんだ。研修会ではこのほかにも、別の話題で13世紀と言うべきところを12世紀と間違ったりして、大人数を前に調子を掴みきれずにいた。

確かに当日は時間の余裕がないタイトな進行だったから、とか、祖母が死去して発表の準備が十分に出来なかったから、等々、言い訳を並べればきりがない。ただただそういうプレッシャーを胸裏から追い出せなかっただけの話だ。人前で中途半端な遠慮をすると必ず後悔する。とはいえ一方で、同席した参加者から様々な刺激を受け、大いに啓発された喜びも確かにあった会だった。ちくさ正文館の古田さんや、あゆみブックスの鈴木さん、ジュンク堂書店の福嶋さんといったベテラン書店員の言葉は一つ一つが端的で、風雪に折れることのない、柔軟かつ強固な信念というものを改めて学んだ思いだった。

さて、「ニートのカリスマ」と呼ばれることもあるらしい松本さん(しかし彼自身はニートではない)の本は、もし六月時点での「朝日新聞」の記事で報道されている通りならば、年内にあと三冊出るはずだ。その内の一冊となる来月の近刊を含め、来月以降に刊行される版元各社の新刊で気になったタイトルを、以下の通り今回も掲げてみる。書名や価格(税込)、発売日は変更になる場合があるのでご注意のほどを。

11月
05日『日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で』水村美苗 筑摩書房 1,890円
06日『官能小説「絶頂」表現用語用例辞典』永田守弘編 河出i文庫 735円
06日『神曲 地獄篇』ダンテ 平川祐弘訳 河出文庫 998円
06日『かくも不吉な欲望』クロソウスキー 河出文庫 1,575円
06日『「日本」とは何か:日本の歴史(00)』網野善彦 講談社学術文庫 ?円 
07日『年齢事典:人生に起こり得る2815の出来事』タダノ・キンシュウ アスペクト 1,890円
07日『老いる準備:介護すること されること』上野千鶴子 朝日文庫 604円
07日『雪の結晶:小さな神秘の世界』K・リブレクト 河出書房新社 1,575円
10日『まなざしの地獄:尽きなく生きることの社会学』見田宗介 河出書房新社 1,200円
10日『禅語遊心』玄侑宗久 ちくま文庫 714円
10日『源氏物語(1)桐壺~賢木』大塚ひかり訳 ちくま文庫 1,260円
10日『つげ義春コレクション(2)大場電気鍍金工業所/やもり』ちくま文庫 798円
10日『カフカ・セレクション(3)異形/愚意』浅井健二郎訳 ちくま文庫 998円
10日『作者の図像学』J-L・ナンシー+F・フェリーニ ちくま学芸文庫 1,050円
10日『命題コレクション 哲学』坂部恵+加藤尚武編 ちくま学芸文庫 1,575円
10日『「芸術言語論」への覚書』吉本隆明 フォレスト出版 1,680円
10日『空海の企て:密教儀礼と国のかたち』山折哲雄 角川選書 1,600円
13日『CIA秘録:その誕生から今日まで』上下巻 ティム・ワイナー 文藝春秋 各1,200円
14日『機密指定解除:歴史を変えた極秘文書』トーマス・アレン 日経BP出版センター 1,995円
14日『自我の起源:愛とエゴイズムの動物社会学』真木悠介 岩波現代文庫 1050円
14日『アメリカの黒人演説集』荒このみ編訳 岩波文庫 945円
14日『蛇儀礼』ヴァールブルク 三島憲一訳 岩波文庫 588円
15日『アフォーダンスの視点から:乳幼児の育ちの考察【DVD付】』佐々木正人 小学館 4,410円
15日『「幻」の日本爆撃計画』アラン・アームストロング 日本経済新聞出版 2,100円
17日『ゴダール・マネ・フーコー』蓮實重彦 NTT出版 2,310円
17日『貧乏人大反乱』松本哉 アスペクト 1,365円
19日『闇の摩多羅神:変幻する異神の謎を追う』川村湊 河出書房新社 2,100円
19日『[新訳]大学・中庸』守屋洋編訳 PHP研究所 945円
20日『[新訳]西行物語(仮)』宮下隆二編訳 PHP研究所 840円
20日『夢と精神病』アンリ・エー みすず書房 4,200円
20日『サンパウロへのサウダージ』レヴィ=ストロース みすず書房 4,200円
20日『神話論理(IV-1)裸の人(1)』レヴィ=ストロース みすず書房 8,925円
21日『中国貧困工場潜入記』アレクサンドラ・ハーネイ 日経BP出版センター 2,310円
22日『西国巡礼の寺』五来重 角川ソフィア文庫 820円
25日『服従の心理』スタンレー・ミルグラム 河出書房新社 3,675円
26日『チベット侵略鉄道:中国の野望とチベットの悲劇』アブラム・ラストガーテン 集英社 2,520円
26日『文学の読み方』J・ヒリス・ミラー 岩波書店 2,520円 
27日『霊魂離脱とグノーシス』ヨアン・クリアーノ 岩波書店 4,725円
27日『群島-世界論』今福龍太 岩波書店 5,460円
28日『鳥の仏教』中沢新一 新潮社 1,470円
28日『江戸時代語辞典』潁原退蔵著 尾形仂編 角川学芸出版 23,100円
28日『アップルを創った怪物:もうひとりの創業者 ウォズニアック自伝』ダイヤモンド社 2,100円

12月
01日『よく生きる智慧:完全新訳版『預言者』』柳澤桂子 小学館 1,680円
05日『現代世界で起こったこと:ノーム・チョムスキーとの対話1989-1999』ノーム・チョムスキー 日経BP出版センター 3,570円
10日『ロラン・バルトの遺産』マルティ+コンパニョン+ロジェ みすず書房 3,990円
19日『ブラック・ノイズ』トリーシャ・ローズ みすず書房 3,780円
19日『マーク・ロスコ 芸術家の真実』マーク・ロスコ みすず書房 5,880円
19日『糸と痕跡』カルロ・ギンズブルグ 上村忠男訳 みすず書房 3,675円

ダンテ『神曲』の文庫は現在、山川丙三郎訳岩波文庫版全三巻、寿岳文章訳集英社全三巻のみであり、平川訳の文庫化は嬉しい。かつて、古いものでは生田長江訳新潮文庫版全二巻、七十年代には三浦逸雄訳角川文庫版全三巻、八十年代以降には西沢邦輔訳トレビ文庫(近代文芸社)版があり、変り種では永井豪によるコミック版上下巻(講談社漫画文庫)や、山川訳を転用した「お風呂で読む文庫」版(フロンティアニセン)というのもあった。

河出書房新社ではクロソウスキーやミルグラムの新訳も出る。訳者は、前者(文庫)が大森晋輔と松本潤一郎、後者(単行本)は山形浩生だ。岸田秀によるミルグラムの旧訳書は河出から出ていたけれどしばらく品切が続いており、古書価も高騰していた。新訳が名手山形によるものとなればいっそう待ち遠しい。クロソウスキーの旧訳は小島俊明訳(現代思潮新社)である。河出ではさらに見田宗介『まなざしの地獄』を大澤真幸の解説を付して復刊する。

見田本では、一方で岩波が真木名義の『自我の起源』を文庫化。上野千鶴子の文庫新刊は、05年2月に刊行された同名の学陽書房の単行本が親本。

岩波文庫の『アメリカ~』は副題を「私には夢がある 他」という。言うまでもなく、私には夢がある、とは、かのマーティン・ルーサー・キング・ジュニアがワシントン大行進の際に行ったスピーチのことだろう。キングのほかにどんな演説が収録されるのか、楽しみである。大行進の前日に逝去したデュボイスや、キングと鋭く対立したことがあるマルコムXらの演説も含まれるのだろうか。

岩波文庫の来月新刊でびっくりしたのは三島訳のヴァールブルクである。既訳は、五年前に加藤哲弘訳がありな書房から刊行されている。同書房の『ヴァールブルク著作集』全七巻と重複する内容の文庫本には、今回の岩波文庫に先行して、ちくま学芸文庫の『異教的ルネサンス』(進藤英樹訳、04年8月)があるが、そもそも訳書が出現するまでたいへん長らく「名のみ高く」といった情況が続いたアビ・ヴァールブルク(1866-1929)の著作が、数年のうちに二冊も文庫で出るというのは、ほとんど奇跡のようだ、というか、改めて、いままでなぜ出なかったのか、不思議なほどだ。

アスペクトの『年齢事典』は、世界の歴史的偉人たちの「人生に起こった出来事を年齢別に列記」(版元紹介文)したものだそうだ。年齢ごとに自分史の書き込み欄が付いているそうで、偉人と自分の人生を比べるという欲求(もしくは自虐心)を満たしてくれるだろう。男のツボを心得た好企画。

大塚ひかり(1961-)個人全訳『源氏物語』の刊行開始は気合が入ったプロジェクトだ。しかも最初から文庫で出すというのが嬉しい。第一巻「桐壺~賢木」が11月10日発売、第二巻「花散里~少女」は12月12日発売だそうで、三巻以降は隔月刊で全六巻が告知されている。すべての巻の巻末に付録として資料的な図解や解説がつくが、「光源氏のセックス年表」「薫のセックスレス年表」といったものもあり、ユーモラスだ。

上記一覧には載せていないが、4日発売で、日本経済新聞社出版から上野榮子訳『源氏物語―口語訳』(全八巻、28,000円)が刊行される。一主婦が20年という長い年月をかけて完成したもので、今春同社日刊紙に完訳の記事が載った際には大反響があったと聞く。

クリアーノの書名にある「霊魂離脱」には、エクスタシス、と読み仮名が振ってある。訳者は桂芳樹で、桂さんは同著者の『ルネサンスのエロスと魔術』(工作舎、91年11月) も翻訳している。エリアーデに並ぶ20世紀ルーマニアの碩学の著書は、二度にわたって桂さんの訳業により、日本の読者に供されることになる。中沢新一の新刊は「日本では未訳の貴重な仏典を紹介」というのだが、詳細はよくわからない。

柳澤桂子の新刊は、「20世紀最大の名著の魂を、柳澤桂子が心血を注いで甦らせ」たと取次のデータベースでは情報が登録されている。柳澤さんは四年前に刊行した『生きて死ぬ智慧』(小学館、04年10月)で般若心経の新訳ならぬ心訳を試み、同書はベストセラーとなった。今度の元ネタが何なのか思い浮かばなかったので、親しい書店員さんに聞いたところ、それはレバノン生まれの詩人カリール・ジブラン (ハリール・ジブラーンとも。1883-1931)の『預言者』のことでは、との答えが返ってきた。なるほど!

私は手の平サイズの小さい版(おそらくは至光社版か)でしか見たことはなかったが、改めて調べてみると、幾度となく訳されてきたことを不覚にも初めて知った。かの神谷美恵子さんも訳している(『ハリール・ジブラーンの詩』(角川文庫)。先の書店員氏は「ジブランの本のことじゃないかもよ」と言っていたが、ほぼ間違いない気がする。

発売日未確認だが、11月の新刊予定には以下の書目もある。

『エピステモロジーの現在』金森修編著 慶應義塾大学出版会 5,880円
『学者と反逆者:19世紀アイルランド』イーグルトン 松柏社 3,675円
『幸福論』アラン 白水Uブックス 1,365円
『精神分析とスピリチュアリティ』N・シミントン 創元社 4,200円
『フェティシュ諸神の崇拝』シャルル・ド・ブロス 法政大学出版局 2,730円
『パスポートの発明:監視・シティズンシップ・国家』ジョン・トーピー 法政大学出版局 3,360円
『連帯経済の可能性:ラテンアメリカにおける草の根の経験』アルバート・O・ハーシュマン 法政大学出版局 2,310円
『ビジュアル版 天文学の歴史』クーパー+ヘンベスト 東洋書林 12,600円
『現場警察官のための死体の取扱い』捜査実務研究会 立花書房 1,701円
『五〇〇億ドルでできること』ビョルン・ロンボルグ編 バジリコ 1,680円
『〈ひきこもり〉への社会学的アプローチ:メディア・当事者・支援活動』荻野達史ほか編著 ミネルヴァ書房 2,730円
『ある家族の秘密:マンガで知るナチスの時代とホロコースト』エリック・ホイベル 汐文社 2,625円
『蝦夷と東北戦争』鈴木拓也 吉川弘文館 2,625円
『表象の戦後人物誌』御厨貴 千倉書房 2,940円
『中国の性愛術』土屋英明 新潮選書 1,155円
『賄賂とアテナイ民主政:美徳から犯罪へ』橋場弦 山川出版社 1,575円

イーグルトンはちょうど青土社から書評集『反逆の群像』が出たばかり。訳者にはどちらも大橋洋一さんが名を連ねている。ド・ブロスの本は原著が1760年に刊行された古典である。フェティシズム(偶像崇拝よりも古い宗教形態、古代信仰における呪物崇拝)という用語は彼の創見とされている。

トーピーとハーシュマンの新刊は、来月一挙五点の刊行が予告されている法政大学出版局の新シリーズ(と思しき)「サピエンティア」からのもの。人文系の新シリーズでは、今月より刊行開始になった京都大学学術出版会の「近代社会思想コレクション」(第一回配本はホッブズ『市民論』だった)と並び、要注目である。


◎五月(ごがつ):某出版社取締役。近刊情報をご提供は ggt0711【アットマーク】gmail.com までお願いします。
[PR]

by urag | 2008-10-26 16:56 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://urag.exblog.jp/tb/7605239
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 注目新刊:クロソウスキー『かく...      「天然生活」08年12月号に『... >>