2008年 07月 26日

近刊チェック《知の近未来》:08年7月25日

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■「近刊チェック《知の近未来》」/ 五月
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さいきんパソコンの調子が悪いのか、セキュリティソフトとその他の更新済みソフトが競合しているのか、動作が遅い。癪に障って強制終了を連発しようものならますます事態が悪くなるので、パソコンの傍らに雑誌を置いて、処理待ちの際にぱらぱらめくる。以前からカミングアウトしていることだけれども、私は誠文堂新光社の隔月デザイン誌『アイデア』の愛読者なので、最新号をめくっては近刊の造本に思いを馳せたりする。

傍らに置いているのは『アイデア』だけではなくて、最近思わず食い入るように読んだのは、月刊から隔月刊へとリニューアルされたアジア太平洋資料センター(PARC)の雑誌『オルタ』である。リニューアル創刊号となる08年7-8月号は「徹底特集=世界食糧危機」となっていて、粒揃いの記事が並ぶ。

http://www.parc-jp.org/alter/index.html

『オルタ』は編集担当の細野秀太郎さんが営業・宣伝・広告営業・発送・販売管理をたった一人で兼ねているそうで、苦労が偲ばれるが、一人で作られたものだからこそ誌面の流れに一貫した配慮の個性が感じられる。一部800円。基本的に直接購読が中心のようで、販売店を現在募集中とのことだ。人文社会系のしかるべき売場に欠かせないコンテンツであると保証できる。次号の特集は「1995年」だそうだ。

ちなみにリニューアル創刊号の裏表紙は、松本哉『貧乏人の逆襲』(筑摩書房)の全面広告で、思わず吹き出してしまう。「格差社会に反乱を起こし、貧乏人が勝手に生きるための前代未聞の生活術」と謳われた同書は、最近私が読んだ本の中で、とりわけ大笑いさせてもらった痛快な本だ。大笑いと言っても、馬鹿にしているのではなくて、その逆である。

生き辛い世の中で、人生の選択がますます難しくなっている昨今、この本は通常の常識人だったら思いもしないようなブレイクスルーを超低速で(しかし時折は電光石火の如く速く)次々と繰り出す。土俵にしがみつかなくてもいい、私たちはもっと自由に生きることができる。松本のように生きるかどうかは別として、世間のしがらみを笑い飛ばし、心と魂を解放する準備運動へと、この本は読者を導いてくれるだろう。

以下にピックアップした来月刊行予定の本の中には、松本の次の新刊も含まれている。

08年08月
06日 アントニオ・グラムシ『新編 現代の君主』ちくま学芸文庫 1575円
06日 辻惟雄:監修『幽霊名画集』ちくま学芸文庫 1575円
06日 大川周明『回教概論』ちくま学芸文庫 1050円
06日 富士正晴:訳『現代語訳 江戸怪異草子』河出文庫 693円
06日 ジル・ドゥルーズ『ニーチェと哲学』河出文庫 1575円
07日 松本哉+二木信:編『素人の乱』河出書房新社 1575円
07日 ダライ・ラマ『平和のために今できること』ダイヤモンド社 1260円
08日 ペマ・ギャルポ+石平『ならずもの国家中国の本性』ワック 980円
12日 M・オンフレ『哲学者、怒りに炎上す。』河出書房新社 1575円
20日 信原幸弘+原塑:編『脳神経倫理学の展望』勁草書房 3308円
20日 加藤尚武『「かたち」の哲学』岩波現代文庫 1155円
20日 高杉一郎『わたしのスターリン体験』岩波現代文庫 1155円
20日 宇沢弘文『ケインズ「一般理論」を読む』岩波現代文庫 1260円
20日 オウィディウス『恋愛指南 アルス・アマトリア』岩波文庫 903円
20日 『立原道造・堀辰雄翻訳集 林檎みのる頃・窓』岩波文庫 693円
20日 千葉俊二:編『江戸川乱歩短篇集』岩波文庫 840円
22日 福沢諭吉『新版 福翁自伝』角川文庫ソフィア 860円
25日 河合隼雄『とりかへばや、男と女』新潮選書 1260円
下旬 瀬名秀明:編著『サイエンス・イマジネーション』NTT出版 3150円

河出書房新社の案内文によれば、『素人の乱』は、「前史からとんでもない1号店オープン、俺のチャリ返せデモ、PSE法反対デモなどを経て、杉並区議選=高円寺一揆とその後まで、総勢30名以上の証言と文章によって、噂の「素人の乱」の全軌跡をはじめてたどった注目の一冊」となっている。『貧乏人の逆襲』では語り手は松本哉一人だったけれども、今度の新刊は彼周辺の人々が証言を寄せているわけで、松本への熾烈なツッコミと賛辞が期待できて、面白そうである。

ドゥルーズの『ニーチェと哲学』は江川隆男による新訳。初訳は足立和浩訳で国文社から刊行されている。河出書房新社ではさらに、江川による新訳で、クレール・パルネとドゥルーズの対談本『対話』を8月以降に単行本で刊行するそうだ。同書はかつて田村毅訳『ドゥルーズの思想』として、大修館書店から刊行されていた。今回28年ぶりの新訳となるが、同原書の96年版にはドゥルーズの最後の論文「内在:一つの生……」の未発表の続編である断章「現働的なものと潜在的なもの」が収録されており、今回の新訳本ではむろんこの断章も訳出されることだろう。

チベット騒乱や北京オリンピックが影響しているのだろうが、ここ数ヶ月で、ペマ・ギャルポの新刊が矢継ぎ早に刊行されている。6月には『中国が隠し続けるチベットの真実――仏教文化とチベット民族が消滅する日』(扶桑社新書)、今月には『北京五輪後のバブル崩壊――鍵を握る三つの顔』(あ・うん)が刊行されている。さらに来月には上記『ならずもの国家中国の本性』だけでなく、『日本人が知らなかったチベットの真実(仮)』(海竜社)という本も発売予定のようだ。つい最近、雲南省昆明で連続バス爆破テロが起きていることもあり、日本のマスコミは北京オリンピックへの政治的な関心をますます深めつつあるように見える。書店のオリンピック・コーナーにも政治系の本を置いておくとたぶん売れるだろう。

発売日不詳だが、8月の新刊予定には以下の書目もある。

ロレンス:著/ウィルソン:編『完全版 知恵の七柱 1』東洋文庫 3150円
丹生谷哲一『増補 検非違使』平凡社ライブラリー 1785円
ポール・ラファルグ『怠ける権利』平凡社ライブラリー 1260円
石元泰博『めぐりあう色とかたち』平凡社 4410円
ヴィクトル・ストイキッツァ『影の歴史』平凡社 4830円
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ニンファ・モデルナ』平凡社 2,625円
ルイ・アルチュセール『精神分析講義』作品社 2310円
アントニオ・ネグリ『野生のアノマリー』作品社 3150円
エドワード・サイード『収奪のポリティックス』NTT出版 5250円
ジェンキンズ+トライマン『マルコムX事典』雄松堂出版 10500円
立岩真也『良い死』筑摩書房 2940円
赤塚若樹『シュヴァンクマイエルとチェコ・アート』未知谷 2940円
乾淑子:編『戦争のある暮らし』水声社 3150円
多田克己:編『妖怪画本・狂歌百物語』国書刊行会 3990円
松本昌次『わたしの戦後出版史』トランスビュー 2940円

ロレンス『知恵の七柱』は東洋文庫に全三巻の訳書があるけれども、版元(平凡社)の説明によればこれは「著者自身が原稿を25%ほど削った簡約版」だったそうで、このたび完全版を全五巻の新訳本として刊行するとのこと。一方、同社のライブラリーで再刊されるラファルグ『怠ける権利』(親本は人文書院より72年刊で、長らく絶版だった)はまさに時宜を得たもので、版元の紹介文にも気合が入っている。

曰く「「労働」の神格化をあざけり倒し、「1日最長3時間労働」を提唱。120年以上も前にマルクスの娘婿が発した批判の矢が、〈今〉を深々と射抜く。「売られた食欲」等収録。プレカリアートも必読!」と。もし10年前に再刊されていたら、「プレカリアート必読」という謳い文句はなかっただろう。松本哉の『貧乏人の逆襲』や近刊書『素人の乱』と一緒に購読されることをお奨めしたい。小林多喜二『蟹工船』がもし本当に売れているならば、文芸書売場でも、松本やラファルグを置けばいい。さらに、毛利嘉孝『はじめてのDiY』(ブルースインターアクションズ)があればもっと盛り上がるだろうし、太田出版から刊行されている名著二点、マルクス『共産主義者宣言』や平井玄『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』もあったらいい。青土社から発売されたばかりのジグムント・バウマン『新しい貧困』も啓発的だ。バウマンはこんなことを書いている。

「「食客」や「詐欺師」、「失業手当中毒」に対する度重なるキャンペーンや、「失業の危険をおかして」よりよい賃金を求めている人々への再三の警告……生きるための労働という普遍的な規範を破ることが、今日もかつてと同じく貧困の重要な原因であり、貧困の解消策を失業者を労働市場に連れ戻すことに求めなければならないという、頑強な主張……公共政策のフォークロアの中で、労働者は、商品としてのみ、同様に商品化された生存手段へのアクセスの権利を主張しうる」(伊藤茂訳、210頁)。

バウマンが分析する情況は、もちろん日本にも存在する。文芸書、社会書、人文書を横断する「プレカリアート」棚が全国の書店において生成される機は熟しつつあると言えるだろう。新しい「政治の季節」が訪れつつある。

腐敗した官僚国家日本への限りない失望が、一部マスコミによってますます煽られる近隣諸国への憎悪としての排外主義やプチナショナリズムとあいまって、かつての右翼/左翼の二項分類では説明できない複合的なメンタリティが、この「季節」のなかで人々のあいだに出現しつつあるように見える。右も左もなく、絶望と怨嗟、そして僅かな希望と連帯への希求がせめぎあい、誰もが他人を信じきれず、社会に安心できず、恐怖を抱かずにはおれないような日々をなんとかしのいでいる。誰もが誰かにとってモンスターでありうる世界。一部マスコミはいっそう深刻に書き立てる。その不安の戦略は、いったい誰がいつ頼んだものなのか。電通の戦略十訓※は死んでいないのか? まったくうんざりだ。

サイードの『収奪のポリティックス』は副題が「アラブ・パレスチナ論集成1969-1994」となっている。みすず書房より刊行されている『オスロからイラクへ――戦争とプロパガンダ2000-2003』のいわば前史を確認できることになろう。なお、『収奪のポリティックス』を刊行するNTT出版では9月に、ウルリッヒ・ベック『ナショナリズムの超克――グローバル時代の世界政治経済学』を刊行する予定と聞く。

最後に、7月予定と聞いていたが、まだ未刊らしい書目の中から気になる本をピックアップする。
[7月27日追記:★印の書籍は記事配信後に発売を確認できた。]

ジェイムズ・ガードナー『バイオコスム(仮)』白揚社 3675円
ブルーメンベルク『コペルニクス的宇宙の生成 2』法政大学出版局 5,250円
上田昌文+渡部麻衣子:編『エンハンスメント論争』社会評論社 2835円
伊藤哲夫+水田一征『哲学者の語る建築』中央公論美術出版 2940円
マイケル・イグナティエフ『ライツ・レヴォリューション』風行社 2310円★
ルイーズ・エンゲルス『反核シスター』緑風出版 1890円
本の学校:編『書店の未来をデザインする』唯学書房 2310円★

『エンハンスメント論争』の副題は「身体・精神の増強と先端技術」。版元の案内文は以下の通り。「人間はどこまで人間を改造できるのか。ヒトゲノムの解析、人工授精、人工知能、遺伝子治療、美容整形、向精神薬、スマート・ドラック、成長ホルモン剤。生命科学、先端技術の発展は、人間の身体や精神に対する技術介入の可能性を急速に拡大させた。それはどこまで許されるのか? 最新の現状をめぐる多様な議論を集大成」。

先行する関連書には、生命環境倫理ドイツ情報センター編『エンハンスメント――バイオテクノロジーによる人間改造と倫理』(知泉書館、07年11月)や、町田宗鳳+島薗進編『人間改造論――生命操作は幸福をもたらすのか?』(新曜社、07年9月)などがある。私が勤務する月曜社が発売元となっている年刊誌『表象』の第二号「特集=ポストヒューマン」にも関連する議論が掲載されているので、ぜひご参照いただきたい。

たまには自社本の宣伝もさせてもらおう。8月8日発売予定で、ジュディス・バトラーの『自分自身を説明すること――倫理的暴力の批判』がそれである。シリーズ「暴力論叢書」の第三弾だ。詳しい案内は拙ブログに書いてある。ではまた来月。

※電通十訓 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%c5%c4%cc%bd%bd%b7%b1


◎五月(ごがつ):某出版社取締役。近刊情報をご提供は ggt0711【アットマーク】gmail.com までお願いします。
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by urag | 2008-07-26 03:56 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(5)
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Commented by ttt at 2008-07-27 09:55 x
アントニオ・ネグリ『野生のアノマリー』!!! ついに刊行ですか。序文の初訳から20年近くを経て、やっと読むことができそうですね。
しかし、ルイ・アルチュセール『精神分析講義』。これって原著は何なのでしょう…。『フロイトとラカン』の新訳というわけでもないでしょうし(あれは第一論集だったはずだし)。ちょっとタイトルに驚いてしまいました。
Commented by urag at 2008-07-27 17:15
tttさんこんにちは。『野性のアノマリー』は、作品社ウェブサイトの近刊案内によれば、8月ではなく9月刊行予定となっていました。杉村昌昭他訳で値段も予価3990円にアップしています。なお、作品社ではネグリが来日用に準備していたテクストを集めた『ネグリ〈日本〉を語る』の同時期発売を目指しているようです。また、8月にはジャック・アタリ『21世紀の歴史』、9月にはスーザン・ジョージ『ハイジャックされたアメリカ』の予告も出ています。楽しみですね。アルチュセールの『精神分析講義』は副題が「精神分析に関する二つの講義録」となっていて、訳題から推察するに現在フランスでは文庫化(Livre de poche)されている、"Psychanalyse et sciences humaines: Deux conferences"の翻訳ではないかと思います。訳者は宇波彰ほか、となっています。手元に原書があるので見てみると、これはアルチュセールの遺稿で、もともとは1963年から64年にかけてエコール・ノルマル(高等師範学校)で「ラカンと精神分析」というテーマで行われた講義ということになっています。編者はオリヴィエ・コルペとフランソワ・マトゥロン。122頁のごく薄い本です。
Commented by urag at 2008-07-27 17:18
tttさん、さっきの続きですが、作品社の近刊案内からアルチュセールの書誌情報がいつのまにかなくなってしまっていますが、おそらく更新時に誤って削除されてしまったものと思います。
Commented by ttt at 2008-07-28 01:05 x
>8月ではなく9月刊行
 いやいや、年内に出るってだけで十分嬉しいですよ。

>来日用に準備していたテクストを集めた『ネグリ〈日本〉を語る』の同時期発売
 どうせならこう、外国人の(留学・労働など)ビザ取得に関する国内の情勢の本なんかもまとめて、この機にうまく売ったらいいかもしれないですね。この問題自体は、ネグリのみならず以前から悲惨なことになっていたんですが、ネグリ来日失敗を、広範に存在するこの問題を提示するチャンスに使ってもいいはずですから。そこまで動く編著者がいるといいんでしょうけど…難しいんですかね。

>Psychanalyse et sciences humaines: Deux conferences"の翻訳ではないかと
 おかげさまで疑問が氷解しました。63-4年といえばちょうど、パリ・フロイト学派設立、ラカンのエコール・ノルマルへの招聘、「フロイトとラカン」執筆の頃ですね。これは面白そう。
Commented by urag at 2008-07-28 04:14
tttさんこんにちは。「外国人の(留学・労働など)ビザ取得に関する国内の情勢の本なんかもまとめて、この機にうまく売ったらいいかも。そこまで動く編著者がいるといいんでしょうけど」とのこと、同感です。作品社本では、ネグリ来日妨害の背景や前史、周辺史についておそらく何かしらの解説があるような気がします、というか、そう期待したいです。


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