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2008年 06月 08日

【公開版】今週の注目新刊(第150回:08年6月8日)

07年11月25日付の第125回以降、長らく非公開にしていた毎週日曜日の「今週の注目新刊」が08年6月8日で150回目を迎えました。非公開にしたのは、書誌情報のコピーペーストを見やすいように整理し、さらにそれに備忘録(コメント)をつけるというのが、結構手間と時間の掛かる作業だったからで、その後はあくまでも個人的な雑多な情報収集として、非公開で毎週続けていました。それでも「この本は」と思える新刊についてはその都度取り上げてきましたが、言及したかったけれど書かずじまいだった本も色々あり、内心忸怩たるものがありました。

業界ではここ十数年来ずっと「さいきん面白い新刊ないよね」といったネガティブな会話があちこちで交わされている気がしています。でもそういう風に悟り澄ました業界人が本当に本を探しているかと言うとそうでもない。むしろ探していないし、新刊の洪水的物量を前にただただ辟易してしまって、好奇心を持ったり感動したりすることを忘れて(あるいは面倒くさがって)しまっているだけに見えます。本を作ったり売ったりする人間が本に対する情熱を失って、本を単なる紙の束のように扱い、好奇心や感動を人に伝えることをおっくうがるならば、この業界に未来はないんじゃないか。そんな風に思って、私は出版社を転々とするサラリーマン時代から、自社本他社本に関わりなく、いい本だな、注目書だな、と思える本について同業者や書店員さんと情報交換をし、数々の他社本を勝手に販促してきました。

そうした私のスタンスは、ある種の人々からは嫌われてきました。自社本の平積み注文をとってくるのが営業の仕事だ、他社本にかかずらっている暇はない、というストロングスタイルの営業マンや経営者から、幾度も嫌味を言われました。全然めげなかったけどね。だって、本屋さんという空間は、新刊旧刊関係なく、一冊ずつ差されている書棚が活き活きしてこそ面白い場になるのだから、平積み受注ばかりが営業の仕事じゃないと思う。ま、そんなことわざわざ言わなくても当たり前と言えば当たり前か。でも当たり前じゃない会社もある。書物は他の書物との関係性の中でこそ生きたり死んだりするのだから、書棚構成に手間ひまかけること(=編集)が販売においては重要だと思うのだけれど、そんなこと余計なお世話だ、と言う人は実際にいるようですし。

まあいいんです。私は出版人である前に、この本が面白かった、等々と屈託なく言える、一素人、一読書人としての自分のままでいたい(何なんだこの青臭い信仰告白は)。ともあれ、収集した新刊情報をすべて整理しようとすると大変なので、せめて毎週のベスト3冊を挙げてみようと思い立ちました。始める以上は、できる限り続けようと思います(非公開版も別途続けます)。

◎今週の注目新刊ベスト3

美学綱要
ベネデット・クローチェ:著 細井雄介:訳
中央公論美術出版 08年5月刊 4,200円 A5判カバー装190頁 ISBN:978-4-8055-0575-5
版元紹介文より:実在は精神によって想像と知性を動機づけられる「精神の哲学」を説いて、20世紀に多大な影響をもたらしたイタリアの美学者クローチェ(1866-1952)の主要論考である「美学綱要」「純粋直覚」「美学」を収録。その方法論を駆使して美術史のみならず文芸研究にも独創的な見解を残し、純粋直覚を精髄とする芸術の解読を究極的に言語化した欧米美学界の巨人の労作。
★三年前に、『エステティカ――イタリアの美学 クローチェ&パレイゾン』(山田忠彰編訳、ナカニシヤ出版、05年5月)という素晴らしい本が刊行された折に拙ブログで色々書きましたが、古典の新訳・初訳というのはいつの日も嬉しいものです。光文社古典新訳文庫の人文社会系の書目が今ひとつ物足りない気がする一読者としての自分としては、「こういうものにチャレンジしないのかねえ」と思わず嘆息しますが、いっぽうで一出版人としては「それはどたい無理だろうけどね、採算が読めないから」と諦めたりします。それでも心の底では「チャレンジしてくれよ」と叫んでいます。弊社のような零細版元では文庫創刊は無理なだけに。毎月何点も出すというハードルが編集的に越えられないし、書店さんの棚に割り込むのが営業的に難しいし、取次に卸す正味が書籍よりさらに安くなるのが経営的に厳しいから(たいそうネガティブ)。

禁断の市場――フラクタルでみるリスクとリターン
ベノワ・B・マンデルブロ+リチャード・L・ハドソン:著 高安秀樹:監訳 雨宮絵理ほか:訳
東洋経済新報社 08年6月 2,520円 46判上製440頁 ISBN:978-4-492-65417-0
版元紹介文より:市場は効率的ではなく、金融工学の前提である正規分布ではなく、ベキ分布で動いていることを明らかにした「フラクタル金融理論」の提唱者が示す、社会・金融への新しい視点。
★名著『フラクタル幾何学』(日経サイエンス社、85年1月、絶版)のマンデルブロ先生の本当に久しぶりの邦訳新刊。経済分野でのご帰還は象徴的「事件」のような気がします。『フラクタル幾何学』はちくま学芸文庫Math&Scienceシリーズで復刊されてもいいくらいの古典だと思いますがどうでしょうか。

歴史学事典 (15) コミュニケーション
樺山紘一:責任編集
弘文堂 08年6月 16,800円 A5判720頁 ISBN:978-4-335-21045-7
版元紹介文より:歴史学事典【全15巻】、完結! コミュニケーションという、かたちのないものを歴史学はどのように定義するのか。人間と表現、情報とメディア、交通と移動など、コミュニケーションは、現代世界を左右する重要テーマです。古代の絵文字から21世紀最先端のコンピュータ世界まで、人間の営みに深く関わるコミュニケーション。その概念を、新しい歴史学が、大項目主義の広い視野でとらえる。【本事典の構成】【1】人間:(1)音声 (2)記号 (3)移動 (4)社交 [項目例]音楽・数字・絵文字・旅・離散・教育/学校・祈り…など。【2】表現:(1)動作 (2)言語 (3)文字 (4)図像 [項目例]舞踊/舞踏・英語・漢字・書・絵画・楽譜・地図・漫画…など。【3】情報:(1)知識 (2)記述 (3)複製 (4)広知 [項目例]コンピュータ・翻訳・公文書・印刷・写本・広告・宣伝…など。【4】媒体:(1)交通 (2)交換 (3)通信 (4)出版 [項目例]馬・道路・市場・映画・電信/電話・郵便・新聞・読書…など。
★ちょうど発売されたばかりの「インターコミュニケーション」終刊号で、山本貴光さんが「コミュニケーションの思想――バベルの塔からバベルの図書館へ」という年表付の論考を寄せていらっしゃって、興味深く拝読していたところでした。山本さん、すげえの出たよ。高額でも目をつぶって買っておかねばならない本というのがありますが、まさにこれもその一つでしょうね。
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by urag | 2008-06-08 02:42 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(2)
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Commented by 山本貴光 at 2008-06-09 07:05 x
うわわ、これはすごい!

と申しますか、3冊とも入手・拝読しようと思います!
Commented by urag at 2008-06-09 15:23
山本さんこんにちは。さすが樺山先生ですよね。6,800円だったらなお良かったのに、と書くと版元さんの失笑を買いそうですが。


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