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2007年 10月 25日

ブックフェア「中野幹隆という未来」の大成功を目の当たりにして

「[本]のメルマガ」07年10月25日号に寄せた拙文を転載します。末尾に、メルマガ掲載が間に合わなかった最新情報を添えます。

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 それは驚くべき結果だった。前年比200%。ジュンク堂書店新宿店で7月から8月いっぱいにかけて開催されたブックフェア「中野幹隆という未来――編集者が拓いた時代の切鋒(きっさき)」が予想を遥かに超える反響を呼び、人文書売場の月次売上が一気に跳ね上がったのだ。売場担当のSさんの声はいつになくトーンが高かった。「すごいことになりましたよ! 普通はこんなのはありえないです」と。

 私がお手伝いをさせてもらったフェアの中で、それはダントツの結果だった。過去を振り返ると、90年代前半のリブロ池袋店での「天使本」フェア、同じく90年代の後半には紀伊國屋書店チェーンでの「カルチュラル・スタディーズ」フェア、そして、01年から数年続いた三省堂書店本店の人文書和書フロアでの「人文社会系英米語洋書」フェア等々、本屋さんを盛り上げたいという自分なりの営業スタイルの中で、節目となったのはいずれもブックフェアだった。

 実を言えば、今回の中野さん追悼フェアは、一番結果が予想できないフェアだった。書店さんや同業他社諸姉兄の大きな協力のもとにこれまでに仕掛けることができた企画は、いずれも時代の風をある程度感じながら立てたものだったので、チャレンジに不安はなかった。けれど、今回のフェアは違う。中野さんの手がけた本はいずれも時代を超える強度を帯びている。それは中野さんの卓越した先見性によるものだ。初めて網羅的に「中野本」を集めるという意義は大きいけれど、未来へと開かれた中野さんの先駆的仕事が、読者に広く受け入れてもらえるかどうかは分からなかった。

 結果から見れば、市場が「広い」か「狭い」かを気にすることなど小ざかしいことだった。ジュンク堂書店新宿店のフェアで販売されたのは、哲学書房の出版物全点と、中野さんが朝日出版社時代に手がけられた雑誌や書籍、そしてそれらが他社で文庫化されたもの、等々である。実はちょうど同じ時期に、向かいの紀伊國屋書店新宿本店5F人文書売場では、朝日出版社の書籍の在庫僅少本フェアが展開されていた。思いがけないバッティングに、それぞれの売上が伸び悩むのではと心配したものの、それはまったくの杞憂だった。終わってみれば、紀伊國屋書店新宿本店でもジュンク堂とほとんど同じ冊数が売れたのだ。いくらレア本大放出だからとはいえ、これにはかなり驚かされた。

 ちなみにジュンク堂書店新宿店のフェアでよく売れたのは、哲学書房の本ではNHKアインシュタイン・プロジェクト編『私は神のパズルを解きたい』や、ドゥンス・スコトゥス『存在の一義性』で、朝日出版社の本では、斎藤忍随+後藤明生『「対話」はいつ、どこででも:プラトン講義』や、大内秀明+野坂昭如『マルクスを読む:資本論講義』、ビュトール『中心と不在のあいだ』などだった。紀伊國屋書店新宿店では廣松渉+吉田宏晢『仏教と事的世界観』や、サラ・コフマン『ニーチェとメタファー』だった。これらはあくまでも冊数ベースの話だ。完売か否かという角度から見る結果というのもある。

※新宿でのフェアの様子→ http://urag.exblog.jp/5812009

 中野フェアは幸運なことにジュンク堂書店池袋本店4Fの人文書売場でも展開されることになった。期間は9月上旬から10月上旬まで。さすがに新宿店の売上を超えるのは無理だったけれど、直後のフェアなのにまだこんなに売れるのか、と思わず唸ってしまう結果がでた。池袋本店で売れたのは、哲学書房がスコトゥス『存在の一義性』や、ベーメ『無底と根底』などで、朝日出版社は今西錦司+吉本隆明『ダーウィンを超えて:今西進化論講義』や『科学の名著(9)アルキメデス』などだった。客層の違いが表れていますね、とはSさんの分析である。

※池袋でのフェアの様子→ http://urag.exblog.jp/6226928/

 こうして振り返ると、「レクチュア・ブックス」シリーズがよく売れているのが分かる。このシリーズは文系理系にわたる様々なテーマをめぐって、専門研究者と門外漢の著名知識人が縦横無尽に対談するというもので、思想のケミストリー(化学反応)とでも言うべき魅力に満ち溢れていた。今なお稀有な成果ではないだろうか。稀有と言えば、新宿と池袋でともにドゥンス・スコトゥスの『存在の一義性』が売れたことには強い印象を持った。中世哲学の古典が一番売れたと中野さんご本人が知ったら、きっと喜ばれるに違いないと私は思う。

 10月12日付の「朝日新聞」夕刊に掲載されている「風雅月記」を見ると、哲学者の野家啓一さんが池袋でのフェアを見にいったと書かれていた。「中野さんは30年前に『エピステーメー』の編集長として、当時大学院生であった私の論文を初めて活字にしてくださった方である。(…)中野さんが編集・刊行された、領域を横断する刺激的な書籍の一群を前に、さまざまな思いが去来して目頭が熱くなる」とあった。つい数日前のこと、私は池袋店に夜の8時過ぎに立ち寄り、人文書売場でベテラン書店員のKさんにそのお話をした。

 Kさんは人文書業界では知らぬ者はいない熟練の仕事人で、京都の複数の書店で奉職された後、ジュンク堂書店池袋本店に移られた。生前の中野幹隆さんを古くから知る方の一人である。Kさんは中野さんとの鮮烈な出会いの思い出を明かしてくださりながら、今回のフェアをやって本当に良かったし、お客様にも喜んでいただけた、としみじみ語られた。Kさんのお話は胸に沁みた。それは振り返る姿に温かみがあるからという以上に、この成果を未来にどう繋げるかという熱い思いがKさんの全身から溢れていたからだった。

 思いがけず長びいてしまった立ち話の最後に、Kさんはいつものように私を温かく激励し、再び黙々と本の補充作業に戻られた。私は涙が出そうだった。一読者としても、一出版人としても、どんなにか自分は書店で色んなことを学んだろう。その書店を支える仕事の尊さは、とうてい自分には言葉にすることなどできないし、Kさんの代わりに自分がその役目を果たせるとも思えない。書店員という職能が背負っているものは実はとてつもなく大きい。目には見えないけれど、とても大きいのだ。

 ブックフェア「中野幹隆という未来」は来たる11月1日から、今度はジュンク堂書店京都BAL店に移動して継続される。関西の書店さんでは哲学書房の全点が一箇所に揃うのは恐らく初めてのことではないかと思う。むろん、朝日出版社時代の本も店頭に並ぶ。なぜこのフェアに「未来」という言葉が刻まれているのか。これを読んでいるあなたがフェア台を前にして、もしもその理由に気づいた時は、その理由をあなた自身の言葉で、どうか誰かに伝えてください。

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◎ブックフェア「中野幹隆という未来」@ジュンク堂書店京都BAL店

期間:07年11月1日~12月31日(営業時間11:00~20:00)
場所:ジュンク堂書店京都BAL店(中京区河原町三条下る二丁目山崎町 京都BALビル5~8F)、7F 人文書フェアコーナー(エスカレーター上がって右手)。
電話:075-253-6460

哲学書房社主の中野幹隆さんが手がけた書籍と雑誌を網羅的に揃えました。朝日出版社時代のレア本も多数出品!
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by urag | 2007-10-25 19:40 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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