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2006年 09月 13日

今週の注目新刊(第66回:06年9月10日【後編】)

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紀伊國屋書店総務部が97年から発行していた季刊広報誌「i feel」が06年春号をもって休刊し、今月から今度は同出版部が編集し発行する季刊フリーマガジン「scripta スクリプタ」が誕生しました。「i feel」と同様、広報誌として位置づけられています。誌名はラテン語の格言「Verba volant, scripta manent: 言葉は去りゆくが、書かれたものは残る」から採ったそうです。

その第一号の「from author/translator」のコーナーに、中田力(なかだ・つとむ:カリフォルニア大学脳神経学教授/新潟大学統合脳機能研究センター長)さんが「三丁目で見た夕日」という一文を寄せておられ、一読して強く惹かれた私は、中田さんの最新著『脳のなかの水分子』を早速購入してみました。中田さんの文章が魅力的だったから、また、この先生の創見になる「脳の渦理論」に、一介のモルフォロジー好きとしてピンときたからです。

で、この『脳のなかの水分子』。とてつもなく面白いです。これまで紀伊國屋書店から『脳の方程式』と題された連作が刊行されていますが、これを読んでいなかった自分が実に恥ずかしい。無知にもほどがあります。「意識」と「こころ」の成り立ちの解明に挑み続けている中田さんの「感動」と「苦労」がじんわりと伝わってくる素晴らしい本です。

脳のなかの水分子--意識が創られるとき
中田力(1950-)著
紀伊国屋書店 06年8月刊 1,680円 46判174頁 ISBN:4-314-01011-8
■帯文より:意識は脳のなかの水から生まれる! 現象論に徹する現代脳科学を乗り越え、「複雑系の脳科学」から意識をも説明する「脳の渦理論」誕生へ! 脳科学のコペルニクス革命。

音楽から沈黙へ フォーレ--言葉では言い表し得ないもの
ウラディミール・ジャンケレヴィッチ:著 大谷千正+小林緑+遠山菜穂美+宮川文子+稲垣孝子:訳
新評論 06年8月刊 4,725円 A5判451頁 ISBN:4-7948-0705-8
■帯文より:魂の安らぎ、流れゆく生命、無限の優美さ。フォーレ作品の美の世界を独創的論法で解き明かすフランス音楽書の至宝、待望の完訳。

徳について(I) 意向の真剣さ
ヴラジミール・ジャンケレヴィッチ:著 仲沢紀雄:訳
国文社 06年9月刊 3,360円 46判302頁 ISBN:4-7720-0513-7
■帯文より:悪とは何か、善とは何か。暴力を制するために暴力に頼り、殺戮を止めるために殺戮に訴えることができるか、真実を救うために虚偽によることができるか。犠牲とは、勇気とはなにかという種々の問いに、倫理の根源的問題を見いだす。
●ジャンケレヴィッチ畢生の大著"Traité des vertus"の初訳。全4分冊の第1巻。

精神分析すること--無意識の秩序と文字の実践についての試論
セルジュ・ルクレール(1924-1994):著 向井雅明:訳
誠信書房 06年8月刊 2,730円 46判218頁 ISBN:4-414-40418-5
●『子どもが殺される--一次ナルシシズムと死の欲動』(小林康夫+竹内孝宏:訳、誠信書房、98年刊、ISBN:4-414-40411-8)に続く、ラカンの高弟の邦訳第二弾。原書は"Psychanalyser"。
●誠信書房では今月末にジョン・R・サールの邦訳新刊『表現と意味--言語行為論研究』(山田友幸監訳、46判320頁)を刊行する模様。

アトランティスの暗号--10万年前の失われた叡智を求めて
コリン・ウィルソン(1931-):著 松田和也:訳
学研 06年9月刊 2,730円  46判487頁 ISBN:4-05-403095-5
●『アトランティスの遺産』(角川春樹事務所、1997年)、『アトランティス・ブループリント--神々の壮大なる設計図』(学研、2002年)に続く、コリン・ウィルソンによるアトランティス本の邦訳第三弾。

***
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◎注目の文庫、新書

何と言っても注目は、光文社から創刊された「光文社古典新訳文庫」です。今月の第一回配本では、8点が発売されています。どれも目を惹くものばかりですが、亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』(全4巻、既刊は第1巻のみ)の続刊予定の問い合わせが多かったようです。第2巻は11月発売予定だとか。

「いま、息をしている言葉で」というのが、この古典新訳シリーズのキャッチフレーズです。まあ新訳と呼ばれるものは他社の場合でも「読みやすさ」を目指すものなので、改めて声高に宣言しているその戦略性に注目したいと思います。書店店頭に置いてある無料の小冊子には次のようなことが書いてありました。

「哲学や思想など、人文・社会科学の著作もラインナップされます。じつは翻訳の質の向上がいちばん望まれているのは、このジャンルなのです」。言ったな。言ってくれたな。言った以上は本当にチャレンジしてくださいよ。そして数年でこのシリーズが終息しないように、頑張ってくださいよ。何十年と続けないと、意味がないですよ。

さすがに創刊時だけあって、地元の駅構内の小さな本屋さんでも、カントさえもが平積みされるというとても感動的な光景を見ることができました。10月には、シュペルヴィエル『海に住む少女』(永田千奈訳)やレーニン『帝国主義論』(角田安正訳)など、全4点が出るそうです。今後も「どんな小さな本屋さんでも置いてある」という営業姿勢を貫いていただきたいです。

海外文学を中心に新訳を進められるそうですが、もしも私が担当編集者だったらそういう方針は立てなかったろうと思います。かつての中央公論社の「日本の名著」シリーズを参考に、日本の古典の現代語訳を中心に進めて(岩波書店の「日本思想体系」や「日本古典文学大系」の全巻を現代語訳するくらいの勢いが望ましい)、中国古典や仏典、アジアの諸経典、そしてアジア文学の新訳をやるほうが遥かに興味があります。言うは易し、に過ぎませんが。

マダム・エドワルダ/目玉の話
バタイユ:著 中条省平:訳
光文社古典新訳文庫:光文社 06年9月刊 440円 文庫判165頁 ISBN:4-334-75104-0
■帯文より:いまも暗い輝きを放つバタイユの小説世界。新訳では、この作家が本来持っていた、愚直なまでの論理性を回復し、日常語と哲学的な表現が溶けあう世界が見事に再現される。
●「目玉の話」というのはこれまで「眼球譚」として日本では知られていた小説です。生田耕作訳の「マダム・エドワルダ」および「眼球譚」は角川文庫の『マダム・エドワルダ』で読めます。角川文庫版では、バタイユのエッセイ「エロティシズムに関する逆説」と、バタイユの講演および討論会の記録「エロティシズムと死の魅惑」が併録されています。また、生田さんによる「眼球譚」は、単独で河出文庫からも『〈初稿〉眼球譚』として刊行されています。生田訳の底本は1928年版の初稿。今回、中条さんによって新訳された「目玉の話」の底本は1947年の新稿です。

永遠の平和のために/啓蒙とは何か 他3編
カント:著 中山元:訳
光文社古典新訳文庫:光文社 06年9月刊 680円 文庫判387頁 ISBN:4-334-75108-3
■帯文より:難解な哲学用語を使わずに、初めて翻訳されたカントの論文集。現在でも、なお輝きを失わない、カントの現実的な問題意識に貫かれた言葉の数々が、静かに語りかけてくる。
●収録論文:「啓蒙とは何か」「世界市民という視点からみた普遍史の理念」「人類の歴史の憶測的な起源」「万物の終焉」「永遠平和のために」。岩波文庫では以下の2点に分割されています。篠田英雄訳『啓蒙とは何か 他四篇』(1974年改訳)、宇都宮芳明訳『永遠平和のために』(1985年)。前者には「理論と実践」という論考が併録されていますが、今回の新訳版には収録されていません。 今回の新訳版では巻末に訳者の中山さんによる長文解説「カントの思考のアクチュアリティ」が収録されています。

善の研究
西田幾多郎(1870-1945):著 小坂国継(1943-):全注釈
講談社学術文庫:講談社 06年9月刊 1,155円 文庫判518頁 ISBN:4-06-159781-7
●「最初は気が進まなかった」と正直に告白されている小坂さんですが、何十年もかけて読み続けてきた成果がこの一冊になったわけで、若い読者には詳細な注釈と解説が読解の手引きになることでしょう。
●『善の研究』を論じた研究書は色々とありますが、原文と注釈を併載したものには、香山リカの『善の研究--実在と自己』(哲学書房、2000/2005年)があります。

般若心経 現代語訳
玄侑宗久(1956-)著
ちくま新書:筑摩書房 735円 新書判221頁 ISBN:4-480-06319-6
●現代語訳とありますが、中味は砕けた文章で読ませるかなり自由な注釈編が大半を占め、後ろの方に現代語訳と書き下し文、白文、お経として音読するための仮名文、文字が読めない人のために元禄時代に開発された絵心経が収録されています。

甦るヴェイユ
吉本隆明(1924-):著
MC新書:洋泉社 06年9月刊 1,470円 新書判213頁 ISBN:4-86248-069-1
●親本は、JICC出版局(現・宝島社)から1992年に刊行。

坂口安吾と中上健次
柄谷行人:著
講談社文芸文庫:講談社 1,470円 文庫判412頁 ISBN:4-06-198452-7
●親本は、太田出版の「批評空間叢書」から1996年に刊行。

十二世紀ルネサンス
伊東俊太郎:著
講談社学術文庫:講談社 1,050円 文庫判307頁 ISBN:4-06-159780-9
●親本は、岩波セミナーブックス『十二世紀ルネサンス--西欧世界へのアラビア文明の影響』(1993年)。

フーコー・コレクション (5) 性・真理
ミシェル・フーコー:著 小林康夫+石田英敬+松浦寿輝:編
ちくま学芸文庫:筑摩書房 1,470円 文庫判457頁 ISBN:4-480-08995-0
●収録論文:「性現象と真理」「身体をつらぬく権力」「性の王権に抗して」「世界認識の方法-- 吉本隆明との対談」「性現象と孤独」「性の選択、性の行為」「倫理の系譜学について」「快楽の用法と自己の技法」「『性の歴史』への序文」「自由の実践としての自己への配慮」「生存の美学」「自己の技法」「個人の政治テクノロジー」。
●この機会にフーコー晩年のセミナー記録『自己のテクノロジー』(岩波現代文庫)も一緒に購入することをお奨めします。

ペンローズの〈量子脳〉理論--心と意識の科学的基礎をもとめて
ロジャー・ペンローズ:著 竹内薫+茂木健一郎:訳&解説
ちくま学芸文庫:筑摩書房 06年8月刊 1,470円 文庫判461頁 ISBN:4-480-09006-1
●親本は徳間書店から1997年に刊行された『ペンローズの量子脳理論--21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス』。
●ペンローズの著書の初の文庫化。新書化されたものには以下があります。『心は量子で語れるか--21世紀物理の進むべき道をさぐる』(中村和幸訳、ブルーバックス:講談社、1999年、ISBN:4-06-257251-6)。

すべての女は美しい
荒木経惟:著
だいわ文庫:大和書房 06年9月刊 580円 文庫判192頁 ISBN:4-479-30047-3
●同じく今月に刊行された朝日文庫の一冊、佐内正史の写真集『ロマンチック』が扱っているのもまた「女性」なのですが、荒木さんのそれと好対照をなしています。
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by urag | 2006-09-13 23:15 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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