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2006年 06月 02日

『ゼーガペイン』第9話「ウエットダメージ」より【ネタバレ注意】

自分はもうすぐ死ぬと言う傭兵アークに、主人公キョウは「俺たちは幻体だろ、何で死ぬんだよ」と問います。つまりすでに死んでいる自分たちが――絶滅した人類の記憶に過ぎない自分たちが――さらに「死ぬ」ことなどあるのかと聞いているわけです。その疑問に対してアークのパートナーであるクリスは次のように説明します。

「我々は量子コンピュータにまるごと保存された、人間のデジタル・データだ。
……我々はデータの塊だが、そのデータ量はあまりにも膨大なんだ。
その巨大さゆえに、どうしてもエラーの入り込む余地が生まれる。」

「100%完全な量子テレポートを行うことは不可能なんだよ。
エンタングルのたびに、わずかだか、データが欠損していく。
量子コンピュータの特性上、量子テレポートを行うと、転送元にはデータは残らない。
コピーもバックアップも不可能。まさにオリジナルが移動する転送システムだ。
それゆえに、欠落したデータを再生する術はない。」

「もっとも、人間の肉体はパターン化できるから、固有の差分から類推することで、
ある程度なら、欠損部分を再構成できる。
しかし個体ごとの固有の部分は欠損したら最後、修復することはできない。
……(固有の部分とは)記憶だよ。人生の編纂である記憶を消失すると、
次第に人格そのものも変化してしまう。自分が自分でなくなってしまう。」

「かつてアークは大きな転送トラブルで、肉体だけでなく記憶にも多くの損傷を受けた。
そして今も、量子テレポートのたびに受けるダメージが、彼女の肉体を蝕んでいく。
幸い、俺のことだけはまだ覚えていてくれるがね。」

「……いいか、キョウ。確かに俺たちはデータだ。だからと言って、不死身ではない。」

ホロニックローダーと呼ばれる人型兵器であり、幻体(データ人格記憶体)にとっての生命維持装置でもある「ゼーガペイン」に搭乗して、量子コンピュータ・サーバから現実世界へとテレポートすることの危険がどのようなものなのかが明かされました。主人公にとってと同様に、視聴者にとってもこうして一つずつパズルのかけらが手元に揃っていきます。しかしそれらはまだ断片にすぎません。全体図は今なお謎に包まれています。

***

思い出や記憶がかげがえのないものであるという考え方については、例えば映画『ブレードランナー』におけるレプリカント(人造人間)たちのことを思い出します。レプリカントたちは短い寿命のなかで、自分たちの生きた証しや生の実感を重視し、たとえば写真に執着します。

中学生時代の自分の記憶が一部失われていることに対してキョウが自身に抱いている割り切れなさと、レプリカントたちが自分たちのもともと存在しない幼年期や両親の記憶を、他人の写真などを通じて嘘でもいいから獲得しようとする努力――彼らは生まれたとき(製造されたとき)から、大人だったのです――には、何か類比的な連環を感じます。

思い出や記憶が抹殺されることがまさに「第二の死」であると教えたのは、ピエール・ヴィダル=ナケの『記憶の暗殺者たち』(人文書院)でした。彼はナチスによるユダヤ人大虐殺をなかったことにしようとする歴史修正主義者たちを弾劾します。ナチスはガス室や死体の痕跡を徹底的に隠滅していきました。まるでそこには最初から何もなかったかもように。

しかしごく少数ですが、証人が残っていたのです。生き残りたちです。生き残りたちの証言の重さについてはクロード・ランズマンの映画『ショアー』(書籍は作品社から刊行されています)や、卓抜な『ショアー』論であるショシャナ・フェルマンの『声の回帰』(太田出版)をご覧ください。また、生還者たちの肉声をめぐっては、プリモ・レーヴィ、エリ・ヴィーゼル、ブルーノ・ベッテルハイム、ジャン・アメリーらの著書をご参照ください。

ゼーガペイン」において、謎の敵集団ガルズオルムが世界各地にデフテラ領域を置いて、量子サーバに保存された人類の記憶すらも抹消しようと試みるのは、人類に「第二の死」を与えるものであると言えるかもしれません。絶滅に抗するために、幻体たちは戦います。幻体の本質は記憶であり、「生き残り」なのです。

一方で、心理学においては、生身の人間は無意識に記憶を塗り替えて生きていくことが知られています。例えば、ジョン・コートル『記憶は嘘をつく』(講談社)など。「ゼーガペイン」においてこれまで語られてきた設定がすべて本当なのかどうか、それらがいつからか(あるいは最初から?)現実を巧みに修正したものであったりしないのかどうか、物語の醍醐味としてはこの先に大小のどんでん返しがあってもおかしくありません。

***

以前のエントリー
第6話「幻体」より【ネタバレ注意】
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by urag | 2006-06-02 23:39 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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