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2006年 05月 12日

『ゼーガペイン』第6話「幻体」より【ネタバレ注意】

「そうよ、舞浜市は量子コンピュータ・サーバに保存された仮想空間。そして私たち幻体は肉体を失って量子サーバの中で生きるデータ人格記憶体。人類はガルズオルムに滅ぼされた。もはや地球上には生物としての人間は一人もいない。私たちは機械の中の幻の街で暮らす、滅亡した人類の記憶なのよ。……私たちはいまとここを受け入れるしかないの」。――『ゼーガペイン』第6話「幻体(ゲンタイ)」より、ミサキ・シズノが主人公ソゴル・キョウに語った言葉。

現実だと思っていた世界が実は偽物だったという設定は、アニメ『メガゾーン23』や映画『マトリックス』などで、ある程度のヴァリエーションがあることを私たちは知っていたわけですが、今回は現実ではないどころか「皆死んでいる」状態なのです。死んでしまっているのだけれど、記憶までは消されやしない、消されないために戦う、という。「消されるなわが想い、忘れるなこの痛み」というキャッチコピーの意味する地平が第6話で見え始めてきました。

意図的かどうかは別として、『ゼーガペイン』は現代人の閉塞感を寓意的に表現できている気がします。自分にとって必要な(あるいは都合のいい)世界しか見えず、その狭い世界の中でのみ生きている、という閉塞感。終わりのない(とはすなわち裏を返せば「永遠に終りつつある」)、間延びしていて弛緩した世界。かりそめの「自由」。そして、自分の生きる世界のすぐ外では何か恐ろしい出来事が起こっていたり起ころうとしたりしているようだ、という密かな恐怖感。

第6話ではデカルトやバークリがほんのわずかながら参照されました。ちょうど先月には次のような興味深い新刊が出ています。

存在と知覚――バークリ復権と量子力学の実在論
瀬戸明著
法政大学出版局 06年4月刊 税込3,675円 46判272頁 ISBN:4588100068
●帯文より:哲学的存在論の真の舞台として〈客観的実在〉のバークリ次元を究明し、主客二元論的思考の克服、量子的実在世界の新たな哲学的基礎づけを試みる。

本書は注目の「思想・多島海シリーズ」からの一冊。なお、バークリの経験論哲学の核心である「存在するとは知覚すること」という主張は、大槻春彦による原典訳『人知原理論』(岩波文庫)をご参照ください。このほか、1990年にようやく訳された『視覚新論』 (勁草書房)なども見ておきたいところです。デカルトの有名な言葉「我思う、ゆえに我あり Cogito ergo sum」については、ご存知の通り『方法序説』(岩波文庫ほか)の第四部で読めます。
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by urag | 2006-05-12 16:20 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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