2006年 04月 02日
文学作品と伝説における近親相姦モチーフ――文学的創作活動の心理学の基本的特徴 オットー・ランク(1884-1939)著 前野光弘訳 中央大学出版部 06年3月刊 ¥8,400 A5判992+9頁 ISBN:4-8057-5163-0 ■目次より: 初版のまえがき 第二版のまえがき 序章 第一章 近親相姦空想の根源 第二章 近親相姦劇のタイプ――オイディプス、ハムレット、ドン・カルロス 劇作品のメカニズム 同一化 第三章 シラーにおける近親相姦空想――草案と断片の心理学のために 体験と文学の関係 体験典型のモチーフ形成 第四章 継母のテーマ――素材選択の心理学のために A カルロス型 一 カルロス・ドラマの数々 二 バイロンの『パリジーナ』 三 許嫁横奪と許嫁譲渡のモチーフ B フェードラ型――原典改作の心理学のために 第五章 父親と息子の戦い 血縁者殺人の心理学のために 第六章 シェイクスピアの父親コンプレックス――演劇行為の心理学のために 第七章 世界文学におけるオイディプス劇 青年期に書かれた文学作品の心理学のために(レッシング、ヘッベル) 第八章 オイディプス伝説の解釈のために 第九章 神話的伝承 一 世界創造親の神話 二 去勢のモチーフ 三 切り刻みとよみがえり 四 タンタロス一族の伝説とこれを主題としたドラマ作品 五 聖書の伝承 第一〇章 中世の寓話とキリスト教聖徒伝 第一一章 神話、童話、伝説、文学作品、人生そして神経症に見られる父親と娘の関係 第一二章 諸民族の風俗、習慣、法における近親相姦 第一三章 きょうだいコンプレックスの意味 第一四章 姉に対するシラーの愛――感情転移のメカニズム 第一五章 兄弟憎悪のモチーフ――ソポクレスからシラーまで A ギリシャの悲劇作家とその模倣者たち B シラーの先駆者たち――シュトゥルム・ウント・ドラングの作家 第一六章 ゲーテのきょうだいコンプレックス 第一七章 きょうだい近親相姦の防衛と成就 1 きょうだい発見のモチーフ 2 血縁関係廃棄のモチーフ 3 エリザベス朝時代の劇作家たち 4 シェリー 第一八章 バイロン――その生涯とドラマ創作 第一九章 ドラマにおける聖書の近親相姦素材 A カインの弟殺し B アムノンとタマルの近親相姦 第二〇章 グリルパルツァーの兄弟コンプレックス――文学と神経症の関係の問題への一寄与 『祖国の女』型(美的作用の心理学のために) 第二一章 運命悲劇の作家たち 1 ツァハリアス・ヴェルナー 2 アードルフ・ミュルナー 第二二章 ロマン派の作家たち 1 ルートヴィッヒ・ティーク 2 アヒム・フォン・アルニム 3 クレーメンス・ブレンターノ 4 テオドール・ケルナー 5 リヒャルト・ワーグナー 第二三章 近代文学における近親相姦モチーフ 回顧と展望 イプセン 現代文学における近親相姦モチーフ 訳者あとがき 人名索引 ※「きょうだい」だったり「兄弟」だったりするのは、出典通りです。 ●"Das Inzest-Motiv in Dichtung und Sage: Grundzüge einer Psychologie des dichterischen Schaffens"(1912/1926)の全訳。目次をご覧の通り浩瀚な大著で、とても分厚いです。訳者先生のたいへんなご苦労が偲ばれます。 ●「近親相姦(インセスト)」という言葉はこんにちでは「近親姦」というふうに、「相」の字を入れないのが妥当と見られつつあるので、ややこの題名にはびっくりしました。ただし、そうした訳語が選択されているからと言って、本書を等閑視するのは間違いでしょう。 ●ランクは第二版の「まえがき」で次のように述べています。「近親相姦空想の根源は男女いずれの場合にも母性愛のなかにある。一般にこの母性愛は、これまた両性にとって等しくすべての愛の源泉、すべての愛の幸福への憧れを形成するものである。私が初めて『誕生の外傷(トラウマ)』(一九二四年)で論述した母親関係の生物学的優位というこの観点は、人間社会の性的な組織形態に関して言えば、母権制の上に成り立つ原初的な兄弟姉妹集団婚という民族学者たちの学説を裏付けるにも有用なものでもある」と。これは「オイディプス・コンプレックス」をめぐるフロイトの学説を乗り越えようとするランクの基本姿勢が明示されている箇所かと思います。 ●ランクの議論を肯定するか否定するかはともかく、「近親姦」のテーマは現代においても大いに再生産され続けていますから、例えばコミック専門店の同人誌の売場でこれを平積みしてみるのも面白いかもしれません。 ●ランクの著書の翻訳はこれまで、『英雄誕生の神話』(野田倬訳、人文書院、1986年〔原書1909年〕)と、『分身 ドッペルゲンガー』(有内嘉宏訳、人文書院、1988年〔原書1914年〕)があります。 ●高名な割には訳書が刊行されたのが死後約半世紀を経てからで、上記2点が間をおかず刊行されたもののその後が続きませんでした。フロイトと袂を分かつことになった大きな要因である彼の有名な主著『誕生外傷』(1924年)がまだ翻訳されていないのはとても意外です。弊社で挑戦できるならば最高なんですけれども・・・。なお私の手元にある『誕生外傷』の初版本の画像をアップしようかと思いましたが、やめました。地味な装丁なので、特に写すほどのものではないのです。 ●ランクはむしろ、『アナイス・ニンの日記』(ちくま文庫)の一登場人物としてのほうが、一般的には知られているのかもしれない。アナイスに溺れる晩年の彼のなんともいえない姿。 無意識の形成物 (下) ジャック・ラカン(1901-1981)著 ジャック=アラン・ミレール編 佐々木孝次+原和之+川崎惣一訳 岩波書店 06年3月刊 ¥5,670 A5判398頁 ISBN : 4-00-023411-0 ●セミネール第五巻。上巻(ISBN:4-00-023410-2)は05年5月刊。 ライプニッツの国語論――ドイツ語改良への提言 ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)著 高田博行+渡辺学編訳 法政大学出版局 06年3月刊 ¥2,100 46判148頁 ISBN:4-588-00843-9 ■版元紹介文より:1700年頃に学術言語として圧倒的な通用範囲を誇っていたラテン語の独占状態に抗して、ライプニッツは民衆の言語であるドイツ語を、日常言語のレベルを越えて学術文化を担いうる言語にまで成長させるシナリオを具体的に描いて見せた。今よみがえる思想家ライプニッツが提出した文化言語化計画であり、国語改良の処方箋。本邦初訳。 経験論と心の哲学 ウィルフリド・セラーズ(1912-1989)著 浜野研三訳 岩波書店 06年3月刊 ¥3,045 46判262頁 ISBN:4-00-022752-1 ■版元紹介文より:「所与の神話」を批判して知識のもつ規範性を強調し、総合的な人間像の構築を志向したアメリカの哲学者セラーズの主著。哲学史の深い理解に裏打ちされた彼の議論は、現代哲学の〈源泉〉として近年評価が高まっている。リチャード・ローティによる見通しのきいた序文と、R・ブランダムによる「読解のための手引き」を併録。 ●先日も言及しましたが、勁草書房より二ヶ月前(06年1月)に神野慧一郎・土屋純一・中才敏郎の三氏の共訳で同書が先に刊行されています。岩波版では、ローティやブランダムのテクストも読むことができます。 暴力 上野成利(1963-)著 岩波書店 06年3月刊 ¥1,365 B6判139頁 ISBN:4-00-027009-5 ■帯文より:統御不可能な暴力が席巻する世界で、暴力の世紀以後を生きるわれわれに暴力批判は果たして可能か。 ■目次より: はじめに――ヤヌスとしての暴力 I 暴力の政治学――戦争と政治をめぐる思考 第1章 生の政治と死の政治――近代国民国家と暴力 1 ホロコーストと死の政治 2 全体主義と近代国民国家 3 近代国民国家と生の政治 第2章 限定戦争と絶対戦争――主権国家体系と暴力 1 主権国家体系と限定戦争 2 帝国主義と領域性の変容 3 限定戦争から絶対戦争へ 第3章 脱領域化と再領域化――グローバル化と暴力 1 植民地主義と異種混交化 2 グローバル化と脱領域化 3 再領域化と暴力の偏在化 II 暴力の弁証法――暴力の臨界をめぐる思考 第1章 法の支配と法の暴力――秩序と暴力の弁証法 1 政治と暴力の絡みあい 2 秩序の起源としての暴力 3 回帰する暴力のアポリア 第2章 自己保存と自己融解――理性と暴力の弁証法 1 理性と暴力の絡みあい 2 ミメーシスと暴力の根源 3 ミメーシスと排除の暴力 第3章 敵対関係と闘技関係――友愛と敵対の弁証法 1 自己と他者の絡みあい 2 敵対関係に内在した政治 3 課題としての暴力批判論 III 基本文献案内 あとがき ●シリーズ「思考のフロンティア」第II期の最新刊です。「暴力論叢書」を手がけている私にとってはもっとも待望していた一巻で、大いに共感し、また啓発されています。文献案内では弊社より刊行しているユンガー『追悼の政治』やデュットマン『友愛と敵対』に言及してくださいました。 ●文献案内で紹介されているシュミットの『大地のノモス』が木鐸社刊になっていますが、実際は福村出版が版元です。古書市場になかなか出てこない本で、かれこれ20年以上品切になっているのではないでしょうか。30代以下の読者は図書館以外ではご覧になったことがないことでしょう。私が購入した時には上下巻で一万円が相場でした。再刊してほしい、再刊したい本のひとつです。 ジハード――イスラム主義の発展と衰退 ジル・ケペル(1955-)著 丸岡高弘訳 産業図書 06年4月刊 ¥5,460 A5判651頁 ISBN:4-7828-0158-0 ●ケペルの訳書はこれで三つ目。昨年末(05年12月)には、『ジハードとフィトナ――イスラム精神の戦い』(ISBN:4-7571-4120-3)が早良哲夫訳でNTT出版より刊行されています。 情報と戦争 江畑謙介(1949-)著 NTT出版 06年4月刊 ¥2,520 46判239+17頁 ISBN:4-7571-0179-1 ■帯文より:ITの急激な発達により、戦争の形はこれまでとは全く異なるものに変貌した。イラク戦争やテロリズムなどの分析を通じ、情報の持つ意味を改めて問う。 ■目次より: はじめに 第1章 情報と「軍事における革命」 第2章 情報の秘匿と活用による戦略の変化 第3章 サイバースペースの戦い 第4章 テロとの戦い 第5章 総合安全保障の時代へ おわりに ●「叢書コムニス」の第二弾。ヴィリリオが切り開いてきた議論への参照項として読んでおきたい本です。 マゾヒスティック・ランドスケープ――獲得される場所をめざして LANDSCAPE EXPLORER著 学芸出版社 06年3月刊 ¥2,625 A5判248頁 ISBN:4-7615-2382-4 ■版元紹介文より:パブリックスペースは、作り手が与えるものから、使い手に獲得さ れるものへと変化することが求められている。それを可能にするの は、一方的に意味を与えるデザインではなく、一歩控えて場所の多義的な可能性を示すマゾヒスティックなデザインだ。都市の探査と デザインアプローチの提案から、変容するパブリックの核心に迫る。 ●目次はこちらです。LANDSCAPE EXPLORERは、60年代および70年代生まれの若手研究者や建築家で構成されるチーム。本書巻頭の「はじめに」の立ち読みができます。「パブリック」なものの絶えざる変動、揺れ動きを探索するという姿勢に共感します。
by urag
| 2006-04-02 21:07
| 本のコンシェルジュ
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Comments(4)
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okada
at 2006-04-03 01:01
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近親姦と相の字をいれないのが妥当とのことですが、どういう事情によるものかご教示いただけないでしょうか。
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urag at 2006-04-03 10:38
okada様、こんにちは。相の字を入れなくなってきているのは、すべての近親間の性行為が相互的な合意に基づくものではないと判断されているからだと思われます。この場合の「相」は、相思相愛などと言う場合の意味合いと同じに考えられています。相姦ではなく強姦のケースがあることへの、近年における配慮がそこにはあります。
「相姦」を辞書で引きますと、「社会通念に反した間柄の男女の肉体関係」というふうにたいてい説明されています。こうした説明からは「相」の字がなぜ用いられているのかは分かりにくいですね。漢和辞典などを調べますと、「相」の字には、「一方的な行為でも相手がある時に用いる」ともあります。一子相伝などの場合の相でしょうか。「相姦」という言葉の歴史を調べねばなりませんね。
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okada
at 2006-04-03 11:48
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ありがとうございます。インセストとカナ書きにする例も増えているようですね。「相姦」は、和姦であれ強姦であれ、複数の当事者の(肉体)関係を指すものと了解しておりました。
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urag at 2006-04-03 13:47
okada様、仰せの通り、「相」の字は単純に「複数の当事者の関係」を指すものだったのではないかとも推測できますね。相姦が和姦を暗示するだろうということが、当初は意識されなかったのかどうか・・・。社会的背景が意味の変遷と揺らぎに作用することはどんな時代にもあることだと思われます。世間にはそれを「言葉狩り」と言って難じる向きもあるようですが、私個人はそんなに簡単に割り切って言えるものでもないと感じています。
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