2006年 02月 17日

特集「ちくま文庫復刊フェアをめぐって」に寄稿しました

本日配信された「[書評]のメルマガ」の251号(特集=この版元がエライ!特別企画・ちくま文庫復刊フェアをめぐって)に寄稿いたしました。エラそうなことを書いています。ご高覧いただける機会がございましたら幸いですが、本来のテーマからははずれるので、原稿で書かなかったことがあります。

それは、自分の欲しい本が地元の小書店にはないため月々の書籍代がこれらの地域書店に流れていくことはほとんどない、と書いたことの「続き」です。

もしも私がちくま文庫やちくま学芸文庫、講談社学術文庫や講談社文芸文庫、岩波文庫、平凡社ライブラリー、河出文庫などの新刊をどんな書目であれ地元の書店から必ず各1冊ずつ購入するとすれば、これらの版元はその書店に新刊配本をしてくれるのでしょうか。

あるいは1冊ぐらいではやはり客注対応にしかならないのかもしれません。じっさいのところ、私自身の趣味から言えば、すべての新刊を購入することはまずありませんから、新刊配本の支援になるほどの「上客」にはなれそうもありません。

さらに言えば、私が折々に購入している高額な新刊単行本や専門既刊書をすべて地元の書店に発注するかというと、やはりそういうことはしません。オンライン書店ならばたいてい送料無料で自宅まで届けてくれますし、リアル書店で中味を直接確認しておきたいので、大書店に出向きます。

リアル書店に出向く楽しみは棚構成が自分にとって刺激的であるか否かにかかっています。本当は大書店の棚構成にすら完全には満足していない自分がいます。地元の小書店と疎遠であることは寂しいですが、仕方ないと諦めている部分もあります。

一読者としては「仕方ない」で済んでしまうのかもしれませんが、一出版人としては「それでいいのか」と思います。自分の会社が零細企業ですから、小さい規模で頑張っておられる書店さんにはある種の共感を持っています。自分が支援できることはないのかと考えます。

10坪ていどの小さな書店でも魅力的なお店はあります。たとえば有名店では京都の三月書房さんとか。弊社の新刊もたいていは一冊くらいは置いていただいています。

街の小さな本屋さんがみな三月書房のようになれるか、あるいはなりたいかと言えばそうではないと思います。一読者としては小さくてもこうあってほしいという書店の理想像がありますが、所詮は当事者ではない人間の考えること。小書店に感じている距離感が自分にあるならば、一方では小書店さんが弊社に抱いている距離感というのもあると思います。

こうした溝は埋まらないのでしょうか。簡単に埋まるはずがないだろうことは確かです。(H)
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by urag | 2006-02-17 22:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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