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2005年 12月 25日

2005年を振り返りつつ、下半期のベスト新刊10点を挙げる(上)

「[本]のメルマガ」12月25日付235号に寄稿したエッセイを転載します。
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■「ユートピアの探求」/五月
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【2005年を振り返りつつ、下半期のベスト新刊10点を挙げる(上)】

2005年は暗かった。身近なところで起こりうる事故や災害が黒雲のように、着実に日本社会を覆い始めた気がする。

いつ大地震などの自然災害に襲われるかわからないし、凶悪犯罪や詐欺や汚職はそこここで当たり前のように起きている。日本経済はお世辞にも好調とは言えず(私は株式市場の活況で現状を判断する気にはなれない)、政界だけでなく各種業界も再編の真っ只中で、いつ自分の仕事の足元が掬われてもおかしくない。

個人レベルの問題では、自己責任の名の元に国民の生活は様々な危険や恐怖に曝されるばかりだし、国家レベルの問題では、近隣諸国とりわけ中国や韓国、北朝鮮に対する日本の政治的関係は悪化する一方だ。要するに内向きにも外向きにもどうにも居心地が悪いことが増えてきている。小さく譬えるならば、家庭状況が滅茶苦茶で、ご近所との関係も憂鬱なことが多いといったような具合だ。

そもそも自分の仕事は何なのだろうと考える。書籍の出版。文化的社会貢献? 国民への娯楽の提供? 知的好奇心を向上させ、脳みそを世界へ「開かれた」状態にするためのヒントをもたらそうとすること。開かれた状態を目指しつつも、「閉じた」状態へ強烈に引っ張ろうとする何か暗いものの引力がじわじわと地表に広がっていくような感覚が、私を時として囚えている。

私には、出版業界に新しく入ったり、入ろうとしている何人かの知人がいるが、彼らを前にして私はこの暗い時代に彼らがいったい何をしようとして出版業にたずさわることになったのか、不思議に思うことがある。彼らの志望動機を詳しく聞きたいというのではない。ただ、彼らに何かしらの「希望」があるのなら、それを聞いてみたい。

希望を棄ててはいけない。絶望は底なし沼のように人生を蝕むから。暗い時代においては希望の内的質が問われる。その質を問い直すための作業として、私は因果なことに出版業を選んでしまった。出版業の本質は文化戦争を暴き、それに対抗することにある。しかしこの戦争は目には見えない。

それは驚くべき血みどろの闘争で、いやおうなくこの現実社会で日々繰り広げられ、誰もが巻き込まれているのだけれど、あたかもそんな残酷などないように「見える」。誰もが自分の意志で生きているように見えるけれど、この戦争の犠牲者として、日々生殺しにされつつあることに「気づかない」。それは私たちを飼いならし、より大きなものに奉仕させようとする。

「より大きなものたち」は私たちの血を吸って生き延びるけれど、その異常な成長ぶりはこの地球をいよいよ窒息させてしまいそうだ。これはひとつの寓話的破滅である。破滅は多様であり、互いに連鎖する。これら多様な物語をそれぞれ明るみに出し、手術するようにして連鎖を食い止める必要がある。希望を語る時、私たちは破滅を背負わなければならない。

今年刊行された新刊の中で、そうした多様な物語のうちでもっとも大きな部類に入るひとつを暴いて見せた本が、リンダ・マクウェイグの『ピーク・オイル――石油争乱と21世紀経済の行方』(作品社)ではなかったかと思う。

ピーク・オイル――石油争乱と21世紀経済の行方
リンダ・マクウェイグ著、益岡賢訳
作品社、05年9月刊、本体2400円、46判上製386頁、ISBN4-86182-050-2

ピーク・オイルというのは石油産出量のピークを迎える事態を指す。専門家によればそれは2005年で、つまり来年からは徐々に石油資源の調達をめぐって、人類が様々な争いに陥るだろうことを示唆している。心底ぞっとする話のオンパレードで、アメリカがイラク戦争をなぜ起したのかが「見えて」しまう本でもある。石油資源の利権を狙っただけではなく、中東に重要な軍事拠点を構えるために戦争が行われたのだとしたら。

翻って、国内に目を転じた時、ブッシュと「仲良し」な小泉政権への不満にくすぶる人々の輪に、次の一書が投げ込まれたのは印象的な出来事だったかもしれない。

ミッキーマウスのプロレタリア宣言
平井玄(1952-)著
太田出版、05年11月、本体1200円、46判180頁、ISBN4-87233-993-2

「日本階級社会には、支配する人間と、忠実な犬と、路上を徘徊するネズミとがいる」と本書は教える。巷では三浦展氏の『下流社会――新たな階層集団の出現』(光文社新書、05年9月)が話題だったけれど、平井氏のまなざしはもともと「下流」を見据えている。「下流」かどうかを気にするよりも、「より大きなものたち」にどう抵抗するのかが問題なのだ。書店店頭では『下流社会』の隣には、必ず本書を陳列してほしいものだ。しかもそれらはビジネス書売場の自己啓発書コーナーのど真ん中に置かれるべきである。

次に、「ネズミ」同士がどう連帯していけるのかが問われなければならないが、その際にはネグリ+ハートの『マルチチュード――〈帝国〉時代の戦争と民主主義』が、探究の手がかりを与えてくれるだろう。

マルチチュード――〈帝国〉時代の戦争と民主主義 (上・下)
アントニオ・ネグリ(1933-)+マイケル・ハート(1960-)著、幾島幸子訳、水嶋一憲+市田良彦監修
NHK出版、05年10月、本体各1,260円、B6判・上335頁・下309頁、ISBN上4-14-091041-0 下4-14-091042-9

「より大きなものたち」を延命させるこんにちの「グローバル権力」に抵抗しゆく人々の、連帯可能性としてのマルチチュード。本書の第一章は次の言葉から始まっている、「世界はふたたび戦争状態にある」。先述した「文化戦争」の日常は、本書が明るみに出す当のものでもあるだろう。

ところで、本誌の読者ならご存知だろうが、私の勤務する出版社では昨年に、ネグリの歳若い友人であるパオロ・ヴィルノの『マルチチュードの文法――現代的な生活形式を分析するために』(月曜社、04年1月)を刊行した。本書はネグリ+ハートの『〈帝国〉――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社、03年1月)やその続編である上記の『マルチチュード』、またネグリ自身による『〈帝国〉をめぐる五つの講義』(青土社、04年7月)と並んで、紛れもない重要書なのだが、大書店以外ではお目にかからない本なのが申し訳ないところだ。

なお、ネグリ+ハートの議論をより的確に理解するために、以下の二冊を推奨しておきたい。

非対称化する世界――『〈帝国〉』の射程
西谷修+酒井直樹+遠藤乾+市田良彦+酒井隆史+宇野邦一+尾崎一郎+トニ
・ネグリ+マイケル・ハート著
以文社 05年03月 本体価格2,400円 46判256頁 ISBN4-7531-0239-4

新世界秩序批判――帝国とマルチチュードをめぐる対話
トマス・アトゥツェルト+ヨスト・ミュラー編 島村賢一訳
以文社 05年10月 本体2200円 46判200頁 ISBN4-7531-0244-0

とにかく、「これであなたもお金持ち」式な本や、「世界のトップ経営者に学べ」式な本が無駄に大量に置かれてある売場のど真ん中には上記三点(『ピーク・オイル』『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』『マルチチュード』のような、パンチの効いたキツい本を一緒に置いたほうがいい。でなければ一部の店頭はいずれ、詐欺すれすれのうまい儲け話やバブル再来と見まごう夢物語を売るばかりの「たまり場」となり果て、現代人の歪んだ欲望の似姿にますます近づくだけだろう。と、あえて挑発(誰を?)しておこう。

次回の本稿では、今回掲げたような「現代」を撃つ書物とは別種の、歴史の堆積層に分け入る重要書を紹介しようと思う。

◎五月(ごがつ):本誌25日号編集同人。http://urag.exblog.jp
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by urag | 2005-12-25 23:31 | 本のコンシェルジュ | Trackback(3) | Comments(0)
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