2019年 03月 10日
『中世思想原典集成 精選3 ラテン中世の興隆1』上智大学中世思想研究所編訳/監修、平凡社ライブラリー、2019年3月、本体2,400円、B6変判並製632頁、ISBN978-4-582-76879-4 『天皇陛下にささぐる言葉』坂口安吾著、景文館書店、2019年3月、本体200円、四六判変形並製中綴じ32頁、ISBN978-4-907105-08-2 『たぐい vol.1』奥野克巳/シンジルト/近藤祉秋編、亜紀書房、2019年3月、本体1,400円、A5判並製164頁、ISBN978-4-7505-1579-3 『ドゥルーズとマルクス――近傍のコミュニズム』松本潤一郎著、みすず書房、2019年2月、本体2,700円、四六判上製288頁、ISBN978-4-622-08787-8 ★『中世思想原典集成 精選3』は親本の第6巻「カロリング・ルネサンス」、第7巻「前期スコラ学」、第10巻「修道院神学」から9篇を収録。巻頭の解説は佐藤直子さん、巻末エッセイ「「信」の領域に踏み込む」は柳澤田実さんによるもの。収録作は以下の通りです。 書簡集|カール大帝 ペリフュセオン(自然について)|ヨハネス・エリウゲナ 書簡117――聖なる純朴について|ペトルス・ダミアニ プロスロギオン|カンタベリーのアンセルムス シャルトルーズ修道院慣習律|グイゴ 愛の本性と尊厳について|サン=ティエリのギヨーム 恩恵と自由意志について|クレルヴォーのベルナルドゥス 書簡集|ペトルス・ウェネラビリス 魂のついての書簡|イサアク・デ・ステラ ★『天皇陛下にささぐる言葉』は坂口安吾のエッセイ4篇を収録。「天皇陛下にささぐる言葉」1948年、「堕落論[初出誌版]」1946年、「天皇小論」1946年、「もう軍備はいらない」1952年。文庫よりひとまわり大きなサイズにホチキス止めの32頁でたったの税別200円。巻末の「読了メモ」も楽しい工夫です。この小さな本は某書店さんの評判によればすでによく売れているそうです。それはなぜかなのか、この本を読んでみれば分かると思います。安吾の諷刺は天皇その人に向けられているというよりは天皇を利用する政治家や国民に向けられています。私たち自身の滑稽さと向き合うために本書ほど端的な効き目のある薬はないかもしれません。 ★『たぐい』は表紙表1に曰く「人間の「外から」人間を考えるポストヒューマニティーズ誌」。表2には「人間を超えて、多-種の領野へ。人間は人間だけで生きているのではない。複数種の絡まりあいとして、人間は、ある。種を横断して人間を描き出そうとする「マルチスピーシーズ人類学」の挑戦的試みを伝えるシリーズ、創刊」と印刷されています。また続く1頁目の創刊の辞「〈たぐい〉の沃野へ」には「『たぐい』が目指すのは、「人間以上」の世界に生きる人間を、他の〈たぐい〉との出逢いの中で考える、あらゆる知が絡まりあう場となることである」と記されています。創刊号の特集1は「喰うこと、喰われること」、特集2は「フィールドから マルチスピーシーズ人類学の現在」。目次詳細は例えばhontoの単品頁で紹介されています。編集後記によれば、以後4号まで年1回の刊行予定となっています。要注目の新雑誌です。 ★『ドゥルーズとマルクス』は松本潤一郎(まつもと・じゅんいちろう:1974-)さんが2003年から2017年にかけて各媒体に発表されてきた論考を加筆訂正し、1冊にまとめたもので、初の単独著です。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。「資本主義の裏面に随伴する資本主義の分身としてのコミュニズムというユートピアを垣間見るべく、私はドゥルーズとマルクスを通して時空の隔たりに制約されないひとつの〈近傍〉ゾーンをつくろうとしました。〔…〕本書は資本主義の〈近傍〉にコミュニズムを探る試みであり、ドゥルーズとマルクスをうまく縒りあわせると浮かびあがる〈近傍〉のユートピアを、資本主義の近傍に幻視するための端緒」である、と松本さんは「あとがき」で説明されています。 +++ ★続いて、ちくま学芸文庫の3月新刊6点です。 『反対尋問』フランシス・ウェルマン著、梅田昌志郎訳、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,900円、文庫判並製736頁、ISBN978-4-480-09912-9 『文語訳聖書を読む――名句と用例』鈴木範久著、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,100円、文庫判並製288頁、ISBN978-4-480-09911-2 『バクトリア王国の興亡――ヘレニズムと仏教の交流の原点』前田耕作著、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,200円、文庫判並製336頁、ISBN978-4-480-09902-0 『神話学入門』大林太良著、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,000円、文庫判並製240頁、ISBN978-4-480-09918-1 『詳講 漢詩入門』佐藤保著、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,400円、文庫判並製416頁、ISBN978-4-480-09917-4 『考える英文法』吉川美夫著、ちくま学芸文庫、2019年3月、本体1,500円、文庫判並製480頁、ISBN 978-4-480-09910-5 ★『反対尋問』は旺文社文庫(1979年)からのスイッチ。ちくま学芸文庫版の解説は弁護士の高野隆さんがお書きになっています。原著は1903年刊行され、再版と増補を重ね1932年には第4版が出ています。本書はその第4版の訳書。高野さんは「本書は、100年たったいまでもペーパーバックとして販売され、専門家とともに一般読者にも読み継がれている」と解説されています。前半が第Ⅰ部「反対尋問の原理」、後半が第Ⅱ部「著名な反対尋問の実例」です。古書では高額だったので、今回の再版は歓迎されるのではないかと想像します。 ★『文語訳聖書を読む』は文庫オリジナル。文語訳の新約聖書と旧約聖書は数年前に岩波文庫で再刊されており、文語訳聖書の言葉が日本文学やことわざなどに定着した歴史については著者が『聖書の日本語――翻訳の歴史』(岩波書店、2006年)で明らかにしていますが、今回の本では「いわば『聖書の日本語』の続篇のようなかたちで、特に日本で親しまれている文語訳聖書の聖句、名句について述べることにしたい」(はじめに)とのことです。主要目次は以下の通り。 はじめに 第一章 文語訳聖書の成り立ち 第二章 修正訳と改訳ほか 第三章 名著にみる文語訳聖書 第四章 文語訳聖書の名句と用例 結びに代えて 関連略年表 ★『バクトリア王国の興亡』は、1992年に第三文明者から刊行された単行本を一部加筆し図版を追加して文庫化したもの。『神話学入門』は1966年に中央公論社より刊行された単行本の文庫化。新たに山田仁史さんによる解説「探究にいざなう神話語り」が付されています。『詳講 漢詩入門』は1997年に放送大学振興会より『中国古典詩学』として刊行されたテキストを改題したもの。著者自身による新しい「まえがき」が付されています。『考える英文法』は1966年に文建書房より刊行された単行本の文庫化。斎藤兆史さんによる解説が新たに付されています。「古典的名著というにとどまらず、むしろ今の時代にこそ広く読まれるべき英文法学習書である」と斎藤さんは評価されています。親本は2004年時点で14刷に達していましたが、版元の倒産(2014年)に伴い絶版になっていたとのことです。 +++ ★最後に最近出会った新刊を列記します。 『作ること 使うこと――生活技術の歴史・民族学的研究』アンドレ-ジョルジュ・オードリクール著、山田慶兒訳、藤原書店、2019年2月、本体5,500円、A5判上製456頁、ISBN978-4-86578-212-7 『死とは何か――1300年から現代まで(下)』ミシェル・ヴォヴェル著、立川孝一訳、藤原書店、2019年2月、本体6,800円、A5判上製664頁、ISBN978-4-86578-211-0 『女とフィクション』山田登世子著、藤原書店、2019年3月、本体2,800円、四六変判上製320頁、ISBN978-4-86578-213-4 『複雑なタイトルをここに』ヴァージル・アブロー著、倉田佳子/ダニエル・ゴンザレス訳、アダチプレス、2019年3月、本体1,600円、A5変型判並製96頁、ISBN978-4-908251-10-8 『黒沢清、映画のアレゴリー』阿部嘉昭著、幻戯書房、2019年3月、本体3,600円、四六上製360頁、ISBN978-4-86488-165-4 『砺波の人びと』山田和著、平凡社、2019年3月、本体3,000円、A4変判上製260頁、ISBN978-4-582-27829-3 『ねむらない樹 vol.2』書肆侃侃房、2019年2月、本体1,400円、A5判並製192頁、ISBN978-4-86385-353-9 『実践アディクションアプローチ』信田さよ子編著、金剛出版、2019年3月、本体3,200円、A5判上製300頁、ISBN978-4-7724-1683-2 『あなたの飲酒をコントロールする――効果が実証された「100か0」ではないアプローチ』ウィリアム・R・ミラー/リカルド・F・ミューノス著、齋藤利和監訳、小松知己/大石雅之/大石裕代/長縄拓哉/長縄瑛子/斉藤里菜/根本健二訳、金剛出版、2019年3月、本体2,400円、B5判並製280頁、ISBN978-4-7724-1684-9 ★藤原書店さんの2月新刊より3点。『作ること 使うこと』は農学者オードリクール(André-Georges Haudricourt, 1911-1996;オドリクールとも)の単独著の初めての訳書。『La Technologie, science humaine : Recherches d'histoire et d'ethnologie des techniques』 (Édition de la Maison des sciences de l'Homme, 1987)の「ほぼ全訳」で、原書のフランソワ・シゴーの序文と、第Ⅲ部「道具と農業技術」の第18~21章、第Ⅳ部第23章の、小論文計5篇が「きわめて限定された地域」ないし「特殊な事物」を扱っているために割愛されているほか、表題作である第1章「人文学としての技術学」と、ドラマルとの対話「研究と方法」(訳書では第25章)で一部省略した箇所があるとのことです。訳書は全6部に27編の論考と1篇の対話から成ります。本書が言う技術学というのはマルセル・モースが提唱したもので、オードリクールの説明によると「全住民の物質的活動の、つまり狩る、漁る、耕す、着る、住む、食べるそのやり方の研究」(388頁)のこと。なお、オードリクールの既訳書にはルイ・エダンとの共著『文明を支えた植物』(原著1943年;改訂版1987年:小林真紀子訳、八坂書房、1993年)があります。 ★あと2点、ヴォヴェル『死とは何か(下)』は先月刊行された上巻に続く完結編。18世紀から現代を扱っています(第五部「啓蒙の世紀――問い直される死」、第六部「安心と不安――19世紀におけるブルジョワの死」、第七部「現代の死」を収録)。「将来への重い抵当としてのしかかってくるもうひとつの記憶がある。我々はすべてヒロシマの子供である」(1150頁)とヴォヴェルは指摘しています。山田登世子『女とフィクション』は『モードの誘惑』『都市のエクスタシー』に続く単行本未収録論考集の第3弾。「文学と女たち」「フランス美女伝説」「バルザックとその時代」「フィクションの力」の4部構成で40篇を収録しています。 ★アダチプレスさんの3月新刊より『複雑なタイトルをここに』は、『Insert Complicated Title Here』(Harvard University Graduate School of Design and Sternberg Press, 2018)の訳書。著者のヴァージル・アブロー(Virgil Abloh, 1980-)は米国のクリエイティブ・ディレクターでファッション・デザイナー。建築家やアーティストの肩書も持つ彼が2017年10月26日にハーヴァード大学デザイン大学院で行った特別講義の模様がまとめられています。心地よい軽やかさを感じる口調には、売れる予感しかしません。印象的だった発言のひとつを引用しておきます。質疑応答から。「もっとも重要なのは、自分の作品をエディットしてくれる存在を見つけること。いまの時代、もはやデザインに正解も間違いもないけれど、適切なエディットの方法はある。エディットを批判として受け取らないこと。アートの練習のためのコミュニケーションだと捉えてほしい。デザインに必要不可欠なのはそれ」(69頁)。 ★幻戯書房さんの3月新刊より『黒沢清、映画のアレゴリー』は、映画評論家であり詩人で北海道大学准教授の阿部嘉昭(あべ・かしょう:1958-)さんが昨年度勤務先に提出された博士論文を書籍化したもの。「黒沢清=カフカ+ベンヤミン?」という帯が興味をそそります。主要目次を以下に列記しておきます。 序章 アレゴリーについて 第一章 代理と交換――『神田川淫乱戦争』『ドレミファ娘の血は騒ぐ』 第二章 復讐の寓意化――『蛇の道』 第三章 罹患と留保――『CURE』 第四章 選択と世界――『カリスマ』 第五章 転写と反復の機械――『LOFT』 第六章 人間の擬人化、隣接と類似――『クリーピー・偽りの隣人』 第七章 二重の身体、メランコリカー――『散歩する侵略者』 終章 映画のアレゴリーについて あとがき ★平凡社さんの3月新刊より『砺波の人びと』は、富山県西部の砺波市の中高年の住民約200名を写真とプロフィール紹介で記録したもの。「超広角レンズを使って、1枚のスナップ写真にその人とその人を育んだ風景(風土)とを写し込み、また、自身の子ども時代の古い写真を手にしてもらって過去の記憶をも盛り込」(まえがきより)んでいます。飯沢耕太郎さんは解説で「砺波という限られた地域であるにもかかわらず、これだけ多様な生のかたちがあり、「エッケ・ホモ!(この人を見よ!)」と叫びたくなるような出会いがあるのは驚くべきことだ」と記されています。 ★書肆侃侃房さんの2月新刊より短歌ムック「ねむらない樹」vol.2は、特集1が「第1回 笹井宏之賞発表!」で第2特集が「ニューウェーブ再考」。巻頭言は俵万智さんで、3首を取り上げ「葛藤があるからこそ、短歌が生まれる」と評しておられるのが印象的。目次詳細は書名のリンク先でご覧ください。なお笹井宏之賞の第2回は今年9月30日が応募締切。 ★金剛出版さんの3月新刊より2点。主要目次は2点とも書名のリンク先でご確認いただけます。『実践アディクションアプローチ』は「アディクションの歴史から始まりその広がり、当事者と自助グループ、多様な立場からの取り組み、今後の潮流までを見据えた」(5頁)論文集。『あなたの飲酒をコントロールする』は『Controlling Your Drinking : Tools to Make Moderation Work for You』(Second Edition, Guilford Press, 2013)の訳書。帯文に曰く「お酒とのつきあい方・別れ方がわかる決定版」と。「物質的なごほうびと精神的なごほうびの両方が重要です」(91頁)というくだりには、依存の克服に留まらない普遍的な意味があるように感じます。 +++
by urag
| 2019-03-10 23:59
| 本のコンシェルジュ
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