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2017年 12月 03日

白水社『メルロ=ポンティ哲学者事典』および「異貌の人文学」第2シリーズ、ともに完結

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新版 アリストテレス全集 第4巻 自然学』内山勝利訳、岩波書店、2017年11月、本体6,000円、A5判上製函入496頁、ISBN978-4-00-092774-1
メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻 現代の哲学・年表・総索引』加賀野井秀一/伊藤泰雄/本郷均/加國尚志監修、白水社、2017年11月、本体6,400円、A5判上製564頁、ISBN978-4-560-093146
ボーリンゲン――過去を集める冒険』ウィリアム・マガイアー著、高山宏訳、白水社、2017年11月、本体6,800円、4-6判上製426頁、ISBN978-4-560-08310-9
安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説』藤巻一保著、戎光祥出版、2017年11月、本体2,700円、四六判並製411頁、ISBN978-4-86403-263-6

★『新版 アリストテレス全集 第4巻 自然学』は8か月ぶりとなる第16回配本。「自然学」は旧版全集では出隆/岩崎允胤訳で1968年刊の第3巻に収録。なお旧版全集は岩波オンデマンドブックスで、第13巻「ニコマコス倫理学」(加藤信朗訳、1973年)のみ現在も入手可能です。今回の新訳「自然学」の底本はウィリアム・デイヴィッド・ロス(Sir William David Ross, 1877-1971)による校訂版(Oxford Classical Texts, 1950)。訳者の内山さんは解説で次のように説明されています。「「自然」(ピュシス)なるものをはじめて学的対象として主題化し、それに明確な規定を与えて、「自然学」の学的領域とその内実とを確定したのは、まぎれもなくアリストテレスであった。その意味では、「自然学」はアリストテレスによってはじめて十全に確立されたものであり、またその後の長い歴史を通じてなされた自然学的考察や自然哲学は、およそ17世紀にガリレオらによる近代物理学への大転換が始まるまでは、すべて直接間接にそれを基盤とし、その大きな影響下に置かれていた、と言ってよかろう。アリストテレスにとって「自然学」が包括する領域には〔・・・大気圏内の諸事象に関わる〕気象論が加わるとともに、〔・・・動物学を中心とするきわめて浩瀚な〕生物学もそこに含まれ、また、『魂について』に纏められた考察も、その重要な一環をなしている。〔・・・〕近代的な「物理学」の領域を大きく越え出ていることが注意されよう」(448~449頁)。付属する「月報16」では、伊藤邦武さんによる「開かれた宇宙から閉じられた世界へ」と、リンゼイ・ジャドソン「アリストレテス『自然学』における素材-形相論、目的論、ゼノンのパラドクス」を収録。次回配本は2018年3月下旬刊行予定で第17巻「政治学 家政論」とのことです。新訳全集全20巻+別巻は残すところ、第17巻のほかは、第11巻「動物の発生について」と別巻「総索引」の刊行を残すのみとなりました。

★『メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻 現代の哲学・年表・総索引』は最終回となる第4回配本。帯文に曰く「ソシュールをはじめ20世紀現代思想の巨人たちから、サンデル、バトラー、メイヤスー、ピケティ、ガブリエルまで……290名超の「セレブな哲学者たち」を収録する別巻」と。事典全三巻を補完する、日本の書き手による大部な現代哲学者名鑑となっています。税込6912円とけっして安くはないですが、A5判で500頁を優に超える本書が版元さんの他の新刊と比してそれでもこの値段に収まっているのは、努力の賜物かと想像します。哲学を学ぶ大学生のみならず、書店員や編集者にとっても必携の一冊です。

★マガイアー『ボーリンゲン』は「高山宏セレクション〈異貌の人文学〉」の第2シリーズ完結となる一冊。『Bollingen: An Adventure in Collecting the Past』(Princeton University Press, 1982; 2nd edition, 1989)の全訳です。『メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻』を買う方は本書『ボーリンゲン』も購読せねばなりません。なぜならそういう本だからです。巻末の訳者解説「出会いのアルケミア」の冒頭で高山さんはこう書かれています。「次々と人名が登場してくるが、なにしろ当時にして国際的な有名人、21世紀劈頭の今みて確かに20世紀人文学をこの人が変えたと納得できる面子が、平凡な言い方だが綺羅星のごとくに登場してくるわけで、次には誰がという興味だけでどんどん読み進めてしまう、一種の、ひとつの文化自体を主人公にした集合的伝記、とでも言っておこう」(331頁)。「各分野にまたがる世界的名士の名をたどるだけで20世紀文化の消長が追えたことになる。新しい学知の創発は人と人の出会いがうむケミストリー(化学変化に擬される人間と人間の関係)だということを圧倒的に教えられる。世界は関係だということを人と人との関係を通して知るあり方がとても錬金術的だ。ユングは会議〔ダーグンク〕を必要としていた、出会いのアルケミアを。そのことを『ボーリンゲン』は、1ページ1ページ繰り続けていく作業の中で教える」(343頁)。

★また、こうも評しておられます。「読み方はいろいろあるが、まず単純にはフィランスロピー(philanthropy)の事例研究ということである。つまり産業界の大立者の中に篤志家がいて、学術・芸術・文化事業を財政的に援助する営みを指す。広くはパトロンの事前行為ということでパトロネージュ(女性パトロンによるマトロネージュ)の研究書と言ってもよいが、20世紀の巨大産業・金融資本による大型のパトロネージュはもはやパトロネージュというよりはフィランスロピーの名で呼ばれるのが一般的である」(337頁)。「1980年代、いわゆるバブル経済期そのものの只中では余りフィランスロピーと言わず、「メセナ」というフランス語を使って議論したようにも思う」(339頁)。書店や出版社、図書館の活動を一種のフィランスロピーだ考えるならば、本書から偉大なる先達の足跡を学ぶ意義は小さくないと思われます。また、巻末付録の「ボーリンゲン叢書」や「ボーリンゲン奨学金受給者」を参考にすれば、興味深いブックフェアができるでしょう。

★『安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説』は、学研から2000年に刊行された『安倍晴明占術大全――『簠簋内伝金烏玉兎集』現代語訳総解説』の新版です。巻頭の「新版の刊行にあたって」によれば「今回、新版を出すにあたっては、旧版では割愛していた宿曜道(密教占星術)の巻も訳出して全訳版に改めるとともに、訂正補筆を行った」とのことです。目次は書名のリンク先をご覧ください。『簠簋内伝(ほきないでん)』全五巻の全訳ということになりますが、今回新たに訳出された第五巻「文殊宿曜経」の解説で、藤巻さんはこう述べておられます。「本書は複数の編術者の手になった別個の著述が合冊され、伝安倍晴明として権威付けられたもので、もとより晴明の著作ではなく、また純然たる陰陽師による著作ともみえない。法師陰陽師や密教の宿曜師らによる雑占集というのが実情に近いのではないだろうか」(351頁)。「本訳書の初版出版後、熱心な読者から占いの内実にかかわるご質問や相談などが多々寄せられたが、編訳者としては、ここに述べられている吉凶等にこだたっていただきたくはない。〔・・・〕本書は一切の矛盾を考慮の外に置いて占術にまつわる諸説を雑多に網羅した、ひとつの時代資料、民俗資料なのである」(352頁)。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『文学問題(F+f)+』山本貴光著、幻戯書房、2017年11月、本体3,600円、四六上製539+50頁、ISBN978-4-86488-135-7
戦争と虚構』杉田俊介著、作品社、2017年11月、本体2,400円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-660-3
バンコクナイツ 潜行一千里』空族(富田克也/相澤虎之助)著、河出書房新社、2017年11月、本体1,600円、46判並製304頁、ISBN978-4-309-02631-2
資本主義と死の欲動――フロイトとケインズ』ジル・ドスタレール+ベルナール・マリス著、斉藤日出治訳、藤原書店、2017年11月、本体3,000円、四六判上製264頁、ISBN978-4-86578-150-2

★山本貴光『文学問題(F+f)+』は、全三部の本編と三篇の附録から成ります。第Ⅰ部「漱石の文学論を読む」は夏目漱石の『英文学形式論』と『文学論』の読解です。こんにちの読者にとっては読みにくい二著の骨子を現代語抜粋訳と簡潔な解説で示します。第Ⅱ部「『文学論』で読む世界文学」は応用編で「漱石の『文学論』を念頭に文学作品を読むと同時に、文学作品によって『文学論』の不足を観察してみる」(「はじめに」より)というもの。取り上げられている作品10点は『ギルガメシュ叙事詩』『イリアス』「客中作[李白]」『アラビアン・ナイト』『源氏物語』『溶ける魚』『フィネガンズ・ウェイク』。第Ⅲ部「来たるべき『文学論』へ向けて」は「『文学論』をアップデートしようという試み」で「『文学論』以後の漱石が文学について考えたこと、漱石以後の文学理論で考えられたことを材料として、『文学論』に足りない点を補い、知見を更新して、来たるべき『文学論』の姿を浮かび上がらせてみたい」(同)というもの。三つの附録は「『文学論』――110年の読解史」「『文学論』以降の一般文学論の動き」「文学を考え続けるためのブックガイド」。さらに本書の予約特典として30頁もの別冊非売品冊子「メイキング・オブ・『文学問題(F+f)+』」があります。機能性と美を兼ね備えた小沼宏之さんによる非常にシステマティックな造本設計もさることながら、知のエヴァンジェリストたる山本さんの親切な情報共有愛が爆発的に横溢している、素晴らしい一冊です。

★杉田俊介『戦争と虚構』は、鮮烈な『ジョジョ論』(作品社、2017年6月)に続く杉田さんの最新批評集。帯文が熱いです。「災厄の気配――鳴り響く早朝のJアラート。力なき笑いに覆われた〈戦前〉――に満ちる転換期としての2010年代。『シン・ゴジラ』『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』、押井守、宮崎駿、リティ・パン、伊藤計劃、湯川遥菜、安倍晋三、東浩紀、土本典昭……、それらを星座のようにつなぎ合わせたとき、見えてくる未来とは。新たなる時評=批評の形」。杉田さん自身の言葉も熱いです。「暗い時代である。暗すぎる、と言ってもまだ足りない。しかし、破局的な危機の時代においてこそ、人類の芸術や思想、批評はその力を発揮してきた。そうやって未来の人類を豊かに底上げしてきた。今後もしていくだろう。ファシズムや全体主義や独裁体制が永続した時代はなかった。極右化やポピュリズムだってそうだろう。近代化やデモクラシーや平和思想はこの地球上で少しずつ陣地を増やし、低い呟きによって勝利し続けてきた。それを忘れないことだ。政治的人間であらざるをえないときにこそ、芸術的人間でもあろうとし、生活をよりよきものたちで満たしていくことだ」(「はじめに」5頁)。「平和にとってフィクション作品とは何か。/虚構は戦争に抗することかできるのか。/そういうことを愚直に考えてみたかった」(4頁)。

★映像制作集団「空族(くぞく)」の二氏による『バンコクナイツ 潜行一千里』は「boid」誌2014年4月号から2016年12月号に連載された「潜行一千里」(全44回)を加筆修正し、書き下ろしを加えたもの。帯文に曰く「映画『バンコクナイツ』に至る十年間の潜入が生み出した驚愕のドキュメント」と。さらに「バンコクの日本人向け歓楽街・タニヤ通りを舞台にした映画を撮ろうと目論んだ空族は、そこで出会った娼婦や出稼ぎ労働者たちが熱狂する音楽“モーラム”や“プア・チーウィット(生きるための歌)”の存在を知る。その魅惑的な旋律に導かれ、男たちはイサーン(タイ東北地方)の森へ、そしてメコン川を越えラオスの山岳地帯へと迷い込むことに。次第に明らかになるベトナム戦争の陰惨なる傷跡と、資本主義の下劣なる欲望。しかし、世界経済の暴力に覆い尽くされたインドシナの大地で、抵抗の音楽とともに生きる人々の姿は、その最深部にこそ“楽園”があることを示していたのであった……」。著者たちはこう書いています。「映画製作を作戦と呼ぶ空族にとって、本書はその全行程の記録を基に校正された作戦報告書と呼ぶことができる。〔・・・〕この作戦報告書は空族がこの20年間、とりわけ映画『バンコクナイツ』を製作する過程の10年間(2007~2017)において起こった事件、出来事などが詳細に記されている」(6頁)。「本書は。もはや決して若くはない二人がしばし日本を離れ、実際に21世紀の東南アジアに入り込んでその土地の風花、ジャングル、山々、大メコン川の流れ、経済によって急速に近代化する都市、そして何よりそこで生きる人々との出会いによって何を感じ、考えたのかを綴った路上の記録にもなっている」(6~7頁)。



★ドスタレール/マリス『資本主義と死の欲動』は、『Capitalisme et pulsion de mort』(Albin Michel, 2009)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。訳者あとがきによれば本書は「21世紀資本主義が抱えている破局的な危機の実相を、フロイトの「死の欲動」という概念装置を通して読み解こうとする」もので、「資本主義が人類と地球に破滅をもたらすほどの危機を招いているという認識と、その破局的危機の根底に人間の無意識の欲動(死の欲動)が作動しているという独自の考察が語りだされている」とのことです。また「本書の魅力は、精神分析のフロイトと経済学のケインズをフランス独自の思想的土壌において節合し、現代世界の危機認識の理論として再創造しようとするところにある」とも紹介されています。「ジラールの模倣欲望論、バタイユの蕩尽論、コンヴァンシオン理論やレギュラシオン理論といった経済学説などが、フロイトとケインズの学説を節合するうえで重要な媒介装置として作用している」と。

★二人の経済学者、ドスタレール/マリスはこう書いています。「今日、われわれのコンドルセ、われわれのケインズ、われわれのフロイトはだれなのか。タイタニック号が氷山にぶつかったとき、すべての乗客は、船の部品よりも、自然よりも、船体が優位にあると信じ込んでいた。乗客が信じていたのは、技術が、不沈の船の素晴らしい技術が、乗客を救ってくれるであろう、ということであった。エリート――設計技師、船長、船主――は、壮大な船舶が沈み行くことを知って、愕然とする。船主は最初の救命ボートに飛び乗った。船主はわれわれの時代のブルジョアジーである。疑いもなく、ブルジョアジーはしゃにむにつき進んだあとに、卑劣な行為に走る。なぜ氷山で覆われた海に船舶という機械を押し出したのか。このエリートをそそのかしたのは、いかなる傲慢な無意識であり、そこにはいかなる破局の欲望が隠されていたのか。ケインズとフロイトは、この疑問を解き明かしてくれる」(30~31頁)。

★またこうも書いています。「本書で見るように、資本主義の壮大な企みとは、消滅への諸力を、つまり死の欲動を成長へと誘導し、転移させることである。その意味で、エロス〔生の欲動〕がタナトス〔死の欲動〕を支配し、利用し、従属させる。とりわけこのエロスによるタナトスの支配・利用・従属化は、自然を破壊することによっておこなわれる。だが、タナトスはエロスに住みつく。つまり、快楽は破壊のなかにある。そもそも快楽は消費のなかにあるが、消費は投資とは対立する破壊行為にほかならない。これに対して、投資は消費を拒絶する。現代の金融危機は、未曾有の危機に昇りつめた。北の諸国の住民は高齢化が進んでいるが、これらのひとびとはみずからの生活水準を譲り渡すことを拒んでいる。かれらの生活水準は無駄な消費という「呪われた部分」の発現であるというのに、である。他方で、中国およびその13億の人口のような超絶的な資本主義的エネルギーがたちあらわれている。そこから想像しうることは、おそらく中国にそのつもりはないであろうが、この超絶的なエネルギーが傲慢で好戦的なものになるという宿命であろう」(10~11頁)。本書は鏡のように現代社会の素顔を映し出します。それがいかにおぞましいものであれ、私たちはそれと向き合うべきです。

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★まもなく発売(12月6日)となる、ちくま学芸文庫の12月新刊から5点を紹介します。

『コミュニティ――安全と自由の戦場』ジグムント・バウマン著、奥井智之訳、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,100円、256頁、ISBN978-4-480-09825-2
『ロック入門講義――イギリス経験論の原点』冨田恭彦著、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,200円、352頁、ISBN978-4-480-09833-7
『ハーバート・スペンサー コレクション』ハーバード・スペンサー著、森村進編訳、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,400円、480頁、ISBN978-4-480-09834-4
『定本 葉隠〔全訳注〕下』山本常朝/田代陣基著、佐藤正英校訂、吉田真樹監訳注、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,700円、624頁、ISBN978-4-480-09823-8
『鉱物 人と文化をめぐる物語』堀秀道著、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09835-1

★バウマン『コミュニティ』の親本は筑摩書房より2008年刊行(原著は2001年刊)。「文庫版への訳者あとがき」によれば、「今回の文庫化にあたっては全篇を通じて、訳文の見直しを図った」とのことです。「本書で著者は、コミュニティをめぐる人間の様々なドラマを描き出している。そのドラマの舞台装置あるいは時代背景として著者が設定しているのは、日増しにグローバル化し個別化する世界である。〔・・・〕本書で描かれるドラマは、いまもってわたしたちの目の前で上演中である。いや私たちの一人一人がそのドラマの登場人物であると言うべきかもしれない。〔・・・〕本書の記述がわたしたちの胸に「グサグサ突き刺さってくる」ように感じられるのは、偶然の産物ではない。要するに本書には、いまもって十分な存在価値があるのである」(244~245頁)。

★冨田恭彦『ロック入門講義』は文庫オリジナルの書き下ろし。目次を列記しておくと、はじめに|第1章 ロック略伝――1632年~1704年|第2章 観念はヴェールではない――仮説の論理の無理解に抗して|第3章 経験論――「白紙」からの出発|第4章 感覚と概念的把握――ロックを心像論者とする誤解に抗して|第5章 抽象観念論はナンセンス?――もう一つの流言|第6章 単純観念を求めて――可感的単純観念と可想的単純観念|第7章 観察の理論負荷性への視点――モリニュー問題|第8章 現代指示理論の二重のさきがけ――記述主義と反記述主義のはざまで|第9章 創造的変化の思想――ローティの批判にもかかわらず彼の先駆者として|あとがき。

★森村進編訳『ハーバート・スペンサー コレクション』も文庫オリジナルの訳し下ろし。19世紀イギリスの思想家スペンサーは日本では19世紀末にもっとも盛んに訳されていましたが、20世紀後半以降はずいぶん減っていましたから、初めての文庫本としてだけでなく新訳自体が非常に貴重です。帯文に曰く「歴史上、最も不当に批判されてきた「適者生存」の思想家の全貌! リバタリアニズムの原点」。収録されているのは『政府の適正領域』(1843年)、『社会静学(抄)』(1851年)、『人間対国家』(1884年)で、訳者解説「なぜ今スペンサーを読むのか」が付されています。参考文献、スペンサー年譜、人名と事項の索引あり。

★『定本 葉隠〔全訳注〕下』は全3巻の完結編。「葉隠聞書」八~十一を収録。上野太祐さんが解説「武勇と情念――女たちの『葉隠』」を執筆されています。なお、講談社学術文庫版の『新校訂 全訳注 葉隠』全3巻は上巻が9月に刊行されたのち、残り2巻はまだ刊行されていません。

★堀秀道『鉱物 人と文化をめぐる物語』は、今はなき「どうぶつ社」から2006年に刊行された『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』に訂正を施し改題したもの、とのことです。文庫化にあたっての新たなあとがきは付されていません。もともとは雑誌や広報誌に長年にわたって寄稿されてきたものをまとめたのが本書です。堀さんの著書の文庫本は『「鉱物」と「宝石」を楽しむ本』(PHP文庫、2009年)以来久しぶりのもの。

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by urag | 2017-12-03 22:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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