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2017年 10月 18日

注目新刊:『〈ポスト68年〉と私たち――「現代思想と政治」の現在』平凡社

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★佐藤嘉幸さん(共訳:バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』
★廣瀬純さん((著書:『絶望論』、共著:コレクティボ・シトゥアシオネス『闘争のアサンブレア』、訳書:ヴィルノ『マルチチュードの文法』、共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
★立木康介さん(共訳:ネグリ『芸術とマルチチュード』)
まもなく発売となる『〈ポスト68年〉と私たち――「現代思想と政治」の現在』に佐藤さんと廣瀬さんの論考や、廣瀬さんや立木さんが王寺さんや信友建志さんとともにお訳しになったバリバールの論考が収録されています。この論集は、2011年3月から2016年3月まで京都大学人文科学研究所において行われた共同研究「ヨーロッパ現代思想と政治」の2冊目となる成果報告書です。1冊目は『現代思想と政治――資本主義・精神分析・哲学』(市田良彦/王寺賢太編、平凡社、2016年、品切)でした。

〈ポスト68年〉と私たち――「現代思想と政治」の現在
市田良彦/王寺賢太編
平凡社 2017年10月 本体5,200円 A5判上製412頁 ISBN978-4-582-70355-9

帯文より:反乱の〈68年〉、それ以後の現在、〈私たち〉とはだれか? 〈68年〉のあとのフーコーとアルチュセールの思考について、〈68年〉、現代思想、政治、主体について、それらを考え抜いてきたバリバールらとともに、根底的に討究。

目次:
〈ポスト68年〉と私たち(市田良彦)
第Ⅰ部(1)国際シンポジウム「《Pourvu que ça dure ...》:政治・主体・〈現代思想〉[2015年1月12日]
(ポスト)構造主義のヒーロー、政治の政治(市田良彦)
政治と主体性をめぐる20のテーゼ(ブリュノ・ボステイルス)
大革命の後、いくつもの革命の前(エティエンヌ・バリバール)
第Ⅰ部(2)国際ワークショップ「〈われわれ〉がエティエンヌ・バリバールの読解に負うもの――ルソーからブランショまでの個体性と共同性」[2015年1月17日]
孤独のアノマリー――事例オタネスとルソー政治思想(佐藤淳二)
ルソーにおける所有権と共同体(ガブリエル・ラディカ)
「市民-主体」の理念とそのパラドックス――バリバール、ルソー、政治的主体性(佐藤嘉幸)
バリバールとともにブランショの不服従を考える――侵犯と抵抗の方法としての非応答の権利(上田和彦)
第Ⅱ部(1)国際ワークショップ「〈権力-知〉か〈国家装置〉か――〈68年5月〉後のフーコーとアルチュセール」[2016年3月19日]
「権力-知」か「国家装置」か――〈68年5月〉後のフーコーとアルチュセール(市田良彦)
68年5月の翌朝は、抑圧の二日酔い――アルチュセールとフーコーを過ぎゆく批判のステージ(バーナード・E・ハーコート)
真理と帰結――フーコーとアルチュセールにおける政治的判断と歴史的知(ノックス・ピーデン)
〈68年〉後に、政治経済学においてマルクス主義者であること――あるいは「マルクス経済学にとって唯一の心理とは、じつは何であったか(長原豊)
フーコーの精神分析批判――『性の歴史Ⅰ』に即して(小泉義之)
第Ⅱ部(2)書き下ろし補論
真理戦――後期フーコーの戦争から統治への転回をめぐって(箱田徹)
規律権力論の射程――権力、知、イデオロギー(廣瀬純)
《non-lieu》一歩前――1960年~70年代日本のアルチュセール受容(王寺賢太)
勝敗の彼岸――戦後イギリス「新左翼」の位置断片を小さな鏡として(布施哲)
あとがき(王寺賢太)

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by urag | 2017-10-18 01:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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