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2016年 11月 17日

メモ(7)

「Yahoo!ニュース」2016年11月16日配信の三橋正邦さん(1961生:ライター/Yahoo!ニュース編集部)による記事「リアル書店は消えるのか、模索する現場の本音」では、工藤恭孝さん(丸善ジュンク堂代表取締役)、友田雄介さん(アマゾンジャパン合同会社Kindle事業本部コンテンツ事業部事業本部長)、内沢信介さん(TSUTAYA BOOK部部長)、田島直行さん(蔦屋書店事業本部本部長)、上林裕也さん(ヴィレッジヴァンガード書籍・コミック統括バイヤー)の四氏のインタヴューを読むことができます。多忙を極める各氏に取材された手間は相当なものだったろうと推察されます。業界人必読かと。

読んでみて思うのは、どなたの意見もそれぞれ納得できるものでそれぞれの会社の理念というものが如実に現れていると感じるものの、それぞれの発言の背景にある経験を推測すると、実際のところかなりお互いに「通じ合わない」別の言語で話しているのかもしれない、ということです。世代的に見て、工藤さんが一番上の世代で、その次が友田さん、さらにその下の世代が内沢さん、田島さん、上林さんになるかと想像します。一番下の世代の三氏が30代だとすれば、彼らが業界に入った時にはすでに出版不況が進行していたでしょう。

友田さんは三氏より上の世代でしょうけれども、別のインタヴュー記事(「ダ・ヴィンチニュース」2012年11月21日付「まつもとあつしのそれゆけ!電子書籍【第22回】Kindleとうとう国内サービス開始! アマゾン ジャパンの中の人に素朴な疑問を聞いてみた」)では「1994年、早稲田大学大学院理工学研究科卒業。住友商事(株)、ヤフー(株)を経て、2005年アマゾン ジャパン(株)入社。コンテンツ開発統括部長として書籍の立ち読みサービス「なか見! 検索」立ち上げ後、書籍事業本部長を歴任。2011年9月より現職」となっていますから、三氏と経験則はあまり変わらないかもしれません。つまり、出版不況がじわじわと始まっていく90年代前半の過渡期を業界人としては体験されていないはずです。

工藤さんについてはウィキペディアで立項されていて「工藤 恭孝(くどう やすたか、1950年3月20日 - )は、兵庫県生まれの経営者・実業家。ジュンク堂書店の創業者で、株式会社丸善ジュンク堂書店の代表取締役社長。父はキクヤ図書販売の経営者だった工藤淳。/兵庫県立兵庫高等学校を経て、1972年に立命館大学法学部を卒業後[1]、実父の工藤淳が経営していたキクヤ図書販売に入社。その後1976年に独立し、株式会社ジュンク堂書店の立ち上げと同時に代表取締役社長に就任、神戸市三宮にジュンク堂書店1号店をオープンした」とある通り、業界が絶好調だった時もどんどん下降していったここ20年のこともご存知です。

業界の歴史を知っているか知っていないか、というのはプラスに働くこともマイナスに働くこともあるわけで、一概にどちらがいいとは言えませんが、経験はしていなくても知っておいた方がいいことは確かな気がします。なぜかと言えば人間は忘れっぽい動物であり、何度でも失敗を繰り返すからです。失敗すること自体が悪いというよりは、歴史に学ばないことは賢明ではない、と。とはいえ、絶対に正しい史観というものがあるのではなく、唯一の歴史があるのでもなく、誰もが何かしらのかたちで自らの立場の相対性を甘受しなければならないわけで、歴史を学んだり共有しようとすることには困難さが常に付きまといます。また、特定の歴史やしがらみから自由な場所でこそ暴力的な刷新や破壊的な創造が可能なのだ、とも言いうるでしょう。

そんなわけで、(様々な)歴史を知らない者はどんなにか洗練を装っても野蛮であり、(それぞれの)歴史を知る者はその相対性のうちに囚われる危険がある、と。一方で、野蛮な新参者や異なる世界観を持つ者にできることがあれば、他方では臆病な知恵者にしかできないこともある。私が言いたいのは、業界人は案外、壮大なディスコミュニケーションの中でそれぞれの仕事をしているのではないか、ということです。ディスコミュニケーションが存在するのを認めないことこそが本当の野蛮であり、同質化の暴力ではないかと思うのです。ではそれぞれが勝手にやるしかないのか、というと、そうではない気がします。同質化の暴力を常に警戒しつつも、業界人が会社組織やそれぞれの立場などの垣根を越えてともに意見を交わし、互いの経験に敬意を払い、業界外ともつながり合って(ここが一番それぞれの会社にとって大事ではあるのですが)、出版という世界の社会性を耕していくことが重要だろうと思います。社会性は他者や外部の存在なしには成立しません。私たちはおそらく、どんなにか混乱に見舞われて苦しんでいても、純粋かつ完全な単体よりは不純で不完全な群体であるほかはないのですが、群体のまま争っていたところで本当の意味での共生は果たせないのではないでしょうか。個の不可能なる止揚。綺麗事ではあっても(あるいは危険と隣り合わせでも)、それが真実ではないかと思います。

ちなみに内沢さんは三年前、カルチュア・コンビニエンス・クラブTSUTAYAカンパニー商品本部商品・調達部BOOKユニット運営支援チームチームリーダーでいらっしゃった時に、同社広報担当の高橋祐太さんと一緒にインタヴューに応じておられます。「CNET JAPAN」2013年3月27日付、編集部加納恵氏記名記事「リアル書店で売上1位--TSUTAYAがこだわる書店のあり方とこれから」。上記記事と合わせて読んでおきたいと思います。
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by urag | 2016-11-17 13:48 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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