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2016年 10月 23日

注目新刊:『ヴォルテール回想録』『反マキアヴェッリ論』、ほか

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ヴォルテール回想録』福鎌忠恕訳、中公クラシックス、2016年10月、本体1,800円、新書判308頁、ISBN978-4-12-160169-8
反マキアヴェッリ論』フリードリヒ二世著、大津真作監訳、京都大学学術出版会、2016年8月、本体4,200円、四六上製600頁、ISBN978-4-8140-0041-8

★福鎌忠恕訳『ヴォルテール回想録』の親本は1989年に大修館書店より刊行された同名の単行本で、大修館書店本は『ヴォルテール自叙伝』(元々社、1954年)の増補改訳版です。大修館書店版からは回想録の全18章と追記Ⅰ~Ⅲ、参考文献としてコジモ・コッリーニ『フランクフルト事件の詳細』とフリードリッヒ大王『ヴォルテール頌辞』の訳が解説と訳注を付して併載されています。親本の訳者解説とあとがきも収録。再刊にあたり、巻頭に中条省平さんよる解説「波乱の人生が鍛えあげた実践的哲学」が置かれています。

★本書の帯文はこうです。「フリードリッヒ大王との愛憎半ばする交友関係を軸にリシュリュー、ポンパドゥール夫人、マリーア・テレージア等、当代代表的人物を活写」と。なお、本書に収められたフリードリッヒ大王『ヴォルテール頌辞』は、8月に刊行されたフリードリヒ二世『反マキアヴェッリ論』でも「フリードリヒによるヴォルテール讃」として訳出されています。このところヴォルテールは『寛容論』(斉藤悦則訳、光文社古典新訳文庫、2016年5月)や、『カンディード』(堀茂樹訳、晶文社、2016年6月)などの新訳が続いており、再読の機運が高まっているように感じます。

★「近代社会思想コレクション」の第17弾『反マキアヴェッリ論』は、18世紀におけるプロイセンの啓蒙専制君主として名高いフリードリヒ二世が王太子時代にフランス語で著し、監修者ヴォルテールの序文を添えてオランダで1740年に出版された『Anti-Machiavel ou Examen du Prince de Machiavel』の全訳です。凡例によれば底本には「ヴォルテールによる削除、補足、訂正を盛り込んだガルニエ版と1834年のハンブルク版を用い、その他、1741年版、1750年版、さらには直筆訂正版である1789年版などを参照した」とのことです。出版に至るいささかこみいった経緯については巻末の解説に詳しいです。

★「国家のために奉仕する国家理性の体現者としての君主像」(解説より)を、王としての即位以前に率直に綴った本書は、マキャヴェリズムへの解毒剤として読むことができ、当時の欧州でベストセラーとなったと言います。「人びとの善意につけ込み、悪意を隠し、下劣な術策を用い、裏切り、誓いを破り、暗殺すること――これが、この悪辣な博士が怜悧と呼ぶものである。〔・・・〕あなたがたには、犯罪のなかで抜きん出る利点しか残されていないし、あなたがたと同じくらい人でなしの怪物に対して、その犯罪のなかで抜きん出る道を教えたという栄誉しか残されていないことを恐れよ」(84~86頁)とフリードリヒ二世は書きます。大王自身はその後、理想と現実の板挟みの中で生き、ヴォルテールとの交流には紆余曲折が多々生まれます。それらについては前出の『ヴォルテール回想録』にヴォルテール側から見た王の横顔として記されています。大王はヴォルテールと決裂する場面もかつてあったものの、彼の死に際して最大の賛辞を送りました。ただし、かつて敬愛してやまなかったはずの相手であるヴォルテールを後年は利用しようとした節も見受けられるだけに、権力者の素顔の複雑さを感じます。

★フリードリヒ二世の著書は20世紀前半に何度か翻訳されています。そのいくつかが石原莞爾の監修によって公刊されているというのは興味深いことです。第二次世界大戦中には国民社より『フリードリッヒ大王全集』が刊行開始となったようですが、国会図書館で調べる限り、第3巻『七年戦争史 第1部』(外山卯三郎訳、国民社、1944年)しか確認できません。

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★このほか、最近では以下の新刊との出会いがありました。

多としての身体――医療実践における存在論』アネマリー・モル著、浜田明範/田口陽子訳、水声社、2016年9月、本体3,500円、四六判上製286頁、ISBN978-4-8010-0196-1
『作家、学者、哲学者は世界を旅する』ミシェル・セール著、清水高志訳、水声社、2016年10月、本体2,500円、四六判上製227頁、ISBN978-4-8010-0198-5
小説読本』三島由紀夫著、中公文庫、2016年10月、本体700円、文庫判248頁、ISBN978-4-12-206302-0
『現代思想』2016年11月臨時増刊号「総特集=木村敏――臨床哲学のゆくえ」青土社、2016年10月、本体2,200円、A5判並製278頁、ISBN978-4-7917-1331-8
ナムジュン・パイク――2020年 笑っているのは誰 ?+?=??』ワタリウム美術館編著、平凡社、2016年10月、A4変判並製176頁、ISBN978-4-582-20689-0

★モル『多としての身体』は9月刊行、叢書「人類学の転回」第4回配本。原書は、The Body Multiple: Ontology in Medical Practice (Duke University Press, 2002)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。アネマリー・モル(Annemarie Mol, 1958-)は、オランダ・アムステルダム大学教授。訳者あとがきで、モルは「アクター・ネットワーク・セオリーの騎手の一人として知られ、ブルーノ・ラトゥール〔Bruno Latour, 1947-〕や、ジョン・ロー〔John Law, 1946-〕とともに、科学技術論と人類学を架橋する仕事を行ってきた」と紹介されています。

★さらに本書については訳者は次のように説明します。「オランダの大学病院における調査をもとに、実践としての生物医療における存在論がどのようなものであるのかを探究したものである。〔・・・〕実践やプロセスに注目することによって、通常一つだと考えられている疾病に複数のヴァージョンがあることを暴き出し、さらに、それらが断片化するのではなく、どのような関係を伴いながら共在しているのかを民族誌的手法を用いながら記述するという構成をとっている。科学技術論や実験室の民族誌における実践や翻訳への注目という手法を用いながらアクターとそのネットワークに注目するのみならず、逸材そのものが「実行」されるという主張を打ち出すことで、実在の複数のヴァージョンが共在していることを明確にしたことが、本書の最大の貢献であろう」。

★セール『作家、学者、哲学者は世界を旅する』は今月刊行、叢書「人類学の転回」第5回配本。原書は、 Écrivains, savants et philosophes font le tour du monde (Le Pommier, 2009)です。目次を列記すると、序章「三つの世界旅行」、第一章「われらがトーテミストの系譜」、第二章「魂は皆のために、衣服はおのおののために」、第三章「私、モナド、アナロジスト」、第四章「自然と文化の婚姻」終章「幹」です。巻末の訳者解説で本書は次のように紹介されています。「数あるミシェル・セールの書物のうちでも、記念碑的な作品の一つであるといえるだろう。さして大著ではないが、これは今日振り返って見ると、21世紀になってあらたに勃興してきた、モノやノン・ヒューマンを巡るさまざまな施策や、近年の人類学のいわゆる存在論的転回〔オントロジカル・ターン〕とも深く絡み合う側面を持ち、また諸学問の歴史にまつわる知見の膨大な蓄積を背景にして、彼自身の思想の画期的な新展開が語られたという意味でも、まさに驚くべき仕事なのだ」。

★また、現代フランス思想界の長老であるセール(Michel Serres, 1930-)については次のように説明しておられます。「驚くべきことに、80歳をとうに超えた現在でもまったく現役であり、毎年のように様々な主題の書物を発表し続けている。そればかりか、とりわけ彼の思想的な系譜を継いだブリュノ・ラトゥールが、人類学や、グレアム・ハーマンらのオブジェクト指向哲学、新しい唯物論ろいった最新の思想潮流に決定的な影響を及ぼしていることから、その現代性があらためて認識されるにいたっている。2016年7月になって、クリストファー・ワトキン〔オーストラリア・モナシュ大学上級講師〕が『今日のフランス哲学』と題した本を出版し、バディウ、メイヤスー、マラブー、ラトゥールとともに、セールを現代フランス思想の《新世代》として紹介する、といった事件すら、今なお進行しているのである」。

★叢書「人類学の転回」の続刊予定には以下の書目が挙がっています。トリン・T・ミンハ『フレイマー・フレイムド』、マイケル・タウシグ『模倣と他者性』、アルフレッド・ジェル『アートとエージェンシー』、フィリップ・デスコラ『自然と文化を超えて』。

★三島由紀夫『小説読本』は発売済。親本は2010年に中央公論新社より刊行されたオリジナル・アンソロジー。文庫化にあたって、平野啓一郎さんによる解説「混沌を秩序化する技術」と、索引(人名・作品名)が加わっています。収録されているテクストを列記すると、「作家を志す人々の為に」「小説とは何か」「私の小説の方法」「わが創作方法」「小説の技巧について」「極く短い小説の効用」「法律と文学」「私の小説作法」「法学士と小説」「法律と餅焼き」「私の文学」「自己改造の試み」「「われら」からの遁走」。カバー裏紹介文はこうです。「小説家はなりたくてなれるものではない――。小説の原理を追究した長篇評論「小説とは何か」を中心に、「私の小説の作法」「わが創作方法」など、自ら実践する作法を大胆に披歴した諸篇を収める。作家を志す人々に贈る、三島由紀夫による小説指南の書。待望の文庫化」。中公文庫ではこれまでに三島の「文学読本」三部作として『文章読本』を刊行、今回が第二弾で、来月には『古典文学読本』が発売予定とのことです。

★『現代思想』臨時増刊号「総特集=木村敏」は発売済。収録されている討議、論考、エッセイは書名のリンク先をご覧ください木村先生ご自身は森田亜紀さん(著書『芸術の中動態――受容/制作の基層』萌書房、2013年)との討議「臨床哲学/芸術の中動態」(8~25頁)に参加されています。木村さんとの対談本『生命と現実』(河出書房新社、2006年)を上梓されている檜垣立哉さんは、内海健さんとの討議「存在・時間・生命――木村敏との対話」 のほか、「木村敏と中井久夫――臨床とイントラ・フェストゥム」という論考を寄せておられます。なお、木村先生の近年の出版物には『臨床哲学の知――臨床としての精神病理学のために』(今野哲男=聞き手、洋泉社、2008年、品切)、『精神医学から臨床哲学へ』(ミネルヴァ書房、2010年)、『あいだと生命――臨床哲学論文集』(創元社、2014年)などがあり、著作集全8巻は弘文堂から刊行されています(現在は品切)。

★『ナムジュン・パイク』は、現在神宮前のワタリウム美術館で後半が開催中の展覧会「没後10年 ナムジュン・パイク展 2020年 笑っているのは誰 ?+?=??」の図録を兼ねた出版でまもなく発売。ナムジュン・パイク(Nam June Paik, 白南準, 1932-2006)は言わずと知れた韓国系アメリカ人の現代美術家。フルクサスの一員で、ビデオアートの先駆者です。今回の展覧会の展示室の内容にそのまま対応している主要目次は以下の通り。「フルクサスとの出会いからビデオアートの誕生まで 1956-78」「VIDEAいろいろ 1980-83」「サテライトTV ビデオアートの世界同時配信へ 1984-88」「パイク地球論 1990-」「ユーラシアのみちと永平寺 1993-」「ヨーゼフ・ボイスとナムジュン・パイク 1961-2006」「2020年 笑っているのは誰 ?+?=??」。巻末に年譜あり。近年では、パイクの伴侶だった久保田成子(くぼた・しげこ:1937-2015)さんへのインタヴュー本『私の愛、ナムジュン・パイク』(平凡社、2013年)も刊行されています。
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by urag | 2016-10-23 21:03 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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