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2016年 07月 10日

注目新刊:『考える人』第57号、ほか

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考える人 57号(2016年夏号)
新潮社 2016年7月 本体907円 B5判並製184頁 雑誌12305-08

★発売済。リニューアル第2弾となる57号のメイン特集は「谷川俊太郎」。夏季の二か月を過ごされるという北軽井沢の緑に囲まれた別荘はただただ美しく、うっとりさせます。養老孟司さんによる全国の森巡りを写真とエッセイで綴る新連載「森の残響を聴く」も素敵です。誌面からマイナスイオンが放出されているかのような山野のカラー写真の数々に郷愁をそそられます。これは仕事中に見ちゃいけないやつだ(『考える人』を鞄に入れて今すぐ旅に出たくなります)。

★前号に掲載された、山本貴光さんと吉川浩満さんによる対談「生き延びるための人文① 「知のサヴァイヴァル・キット」を更新せよ!」に続いて、今号では第2回となる「人文の「理想」と「現実」」が掲載されています(46~53頁)。見出し*と抜き書き#のみを拾っていくと次のようになります。

*「人文の危機」は、今に始まったことではない:科学偏重、実利重視――実は百年前からずっとピンチ
*社会で人文は求められているのか:「理想」の人材の中身はからっぽという、恐るべき「現実」
#姿勢は求めるけど、そのために必要なものは要らない――そもそも歴史と哲学を抜きに異文化を理解できるのか。
#事態は思ったよりねじれている。人文的なものは横領され、それがお守りとしてかえって有り難がられている。これが真の危機。
*「人文軽視」問題と取り組むために――国の違いを超えて通用する人材を育てる鍵は「知識」
*ままならない現実から出発する:汎用人工知能vs.身体――未知の状況のなかで役立つ知識を装備するために
#組織で個々人がどう生きるか、これ自体が人文的な課題。他者の立場を想像するにも、手がかりとなる経験や知識なしにはできない。

★国策や教育にとってだけでなく、出版社と書店の双方にとって重要な論点が提起されており、業界人必読かと思います。お二人の対談は今後も続いていくようで、これからもますます楽しみです。


呉越春秋――呉越興亡の歴史物語
趙曄著 佐藤武敏訳注
東洋文庫 2016年7月 本体2,900円 B6変判上製函入344頁 ISBN978-4-582-80873-5

★発売済。東洋文庫第873弾。帯文に曰く「本邦初の全訳注。中国古代、南方の呉と越の地に伝わる民間伝承を取り入れ、二国の興亡を語る著名な書物が、今ようやく日本語で読める! 呉の賢臣伍子胥(ごししょ)と、越王勾践の圧倒的な復讐譚」。中国春秋時代末の二つの国、呉と越の抗争と興亡を、後漢の趙曄が記した書で、今回の訳注書では原典上下巻を一冊にまとめています。上巻の内容は順番に、呉の太伯の伝記、呉王寿夢の伝記、王僚の伝記と公子光・伍子胥が王僚を殺した顛末、闔閭の伝記、夫差の伝記。下巻は、越王無余の伝記、勾践が呉の臣(どれい)となった伝え、勾践帰国後の決意。勾践の陰謀、勾践が呉を伐った次第と後日譚。

★有名な故事「臥薪嘗胆」の「嘗胆」についてのエピソードが、下巻第七「勾践入臣外伝」に記されています。曰く「越王が呉に復讐しようと思ったのは一朝一夕のことでなかった。身を苦しめ、心をいためることが日夜つづいた。ねむくなると、蓼〔たで〕をなめて目をさまし、足が寒いと、むしろ足を水に浸けた。冬はつねに氷をいだき、夏はまた火を握った。心に愁いをもち、志に苦しみをもった。また胆〔きも〕を戸に懸け、出入の折はこれを嘗め、口に絶やさなかった。深夜さめざめと泣き、泣いてはまた大声で叫んだ」(226頁)。嘗胆を記した前例には前漢の司馬遷『史記』巻四一があります。

★東洋文庫次回配本は8月、『エリュトラー海案内記2』とのことです。

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★このほか、ここしばらく取り上げることのできていなかった注目既刊書には以下のものがありました。

盗まれた廃墟――ポール・ド・マンのアメリカ』巽孝之著、彩流社、2016年5月、本体1,800円、四六判並製222頁、ISBN978-4-7791-7061-4
妄想と強迫――フランス世紀末短編集』エドゥアール・デュジャルダン著、萩原茂久訳、彩流社、2016年4月、本体2,000円、四六判上製184頁、ISBN978-4-7791-2227-9
エマソン詩選』ラルフ・ウォルドー・エマソン著、小田敦子・武田雅子・野田明・藤田佳子訳、未來社、2016年5月、本体2,400円、四六判並製246頁、ISBN978-4-624-93446-0
怪談おくのほそ道――現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』伊藤龍平訳・解説、国書刊行会、2016年5月、本体1,800円、四六判並製292頁、ISBN978-4-336-06011-2
カラダと生命――超時代ダンス論』笠井叡著、書肆山田、2016年2月、本体3200円、四六変判上製460頁、ISBN978-4-87995-933-1
透明迷宮』細江英公写真、笠井叡舞踏・文、平凡社、2016年2月、本体6,800円、A4変判上製筒函入80頁、ISBN978-4-582-27821-7

★巽孝之さんの『盗まれた廃墟』はシリーズ「フィギュール彩」の第58弾。日本人研究者によるド・マン論は、土田知則さんによる『ポール・ド・マン――言語の不可能性、倫理の可能性』(岩波書店、2012年)に続くもので、ド・マンの孫弟子にあたる巽さんならではの待望の一書です。「盗まれた廃墟 ――アウエルバッハ、ド・マン、パリッシュ」「水門直下の脱構築――ポー、ド・マン、ホフスタッター」「鬱蒼たる学府――アーレント、ド・マン、マッカーシー」「注釈としての三章――ワイルド、水村、ジョンソン」の四部構成。詳細目次は書名のリンク先をご覧ください。なお、法政大学出版局さんではド・マンの高弟バーバラ・ジョンソンの主著『批評的差異――読むことの現代的修辞に関する試論集』が、土田知則さんによる訳で今月(2016年7月)刊行予定だそうで、慶賀に堪えません。

★デュジャルダン(Édouard Dujardin, 1861-1949)の『妄想と強迫』は、短編集『Les Hantises』(初版1886年、第二版1897年)の翻訳。帯文に曰く「マラルメに賞賛され、ジェイムズ・ジョイスに影響を与えた、知られざる「内的独白」の原点。19世紀末フランス――妄想と強迫観念に追い詰められる精神を、怪才デュジャルダンが描く」と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。宗利淳一さんによる不気味な装丁が目を惹く一冊です。デュジャルダンの訳書は、『内的独白について――その出現、起源、ジェイムズ・ジョイスの作品における位置』(鈴木幸夫・柳瀬尚紀訳、思潮社、1970年)や 『もう森へなんか行かない』(鈴木幸夫・柳瀬尚紀訳、都市出版社、1971年;原題『月桂樹は切られた』)以来絶えていたそうで、驚くばかりです。巻頭に掲げられた初版の序言が印象的です。「ただひとつ、想念だけが存在する。私たちが生きる世界は、私たちのありふれた作りものなのだ、がときおり、私たちは別の想念によって、別の世界に生きる」(3頁)。

★『エマソン詩選』はシリーズ「転換期を読む」の第26弾。エマソンほどの偉人であればその詩集もどこかの文庫でとっくの昔に当然刊行されて版を重ねているに違いない、と思いきやそうでなかったというのは意外でした。小田敦子さんによる巻末解説「エマソンの詩」によれば、「日本では大正時代にエマソンの詩の選集が出版されて以来、「吹雪」、「バッカス」など代表作が先週に収められることはあったが、今回はじめて翻訳された詩が多い」とのことです。国会図書館で調べると、『自然論――附・エマソン詩集』(中村詳一訳、越山堂、1920年)、『エマスン詩集』(中村詳一訳、聚英閣、1923年)などが目に付きますが、戦後は平凡社版『世界名詩集大成(11)アメリカ』(1959年)で『五月祭その他』の抄訳がエマソン以外の作家たちの作品とともに収録された程度です。ということはほとんど百年ぶりの訳詩選集の出版と言うべきなのかもしれません。

★なお未來社さんでは先月、「ポイエーシス叢書」第67弾として、佐々木力さんの『反原子力の自然哲学』が刊行されています。近年、一ノ瀬正樹さんの『放射能問題に立ち向かう哲学』(筑摩選書、2013年1月)や、佐藤嘉幸さんと田口卓臣さんの共著『脱原発の哲学』(人文書院、2016年2月)が出版されているのは周知の通りです。

★『怪談おくのほそ道』は、江戸後期に成立したという『芭蕉翁行脚怪談袋』の現代語訳に、鑑賞の手引きとなる各話解説を加えた一書です。底本は鶴岡市郷土資料館所蔵本とのことです。同作は芭蕉とその門人を主人公にした奇譚集で、作者は不詳。巻末解題によれば、同系統の作品である『芭蕉翁頭陀物語』や『俳諧水滸伝』などに比べても虚構性が強いとのことで、「従来の俳諧研究では取り上げられてこなかった」し「取り上げようがなかった」ろうとのこと。「史実の芭蕉は須磨明石(現・兵庫県)よりも西に足を運んでいない」けれども、本書での芭蕉は「西国諸国も訪れている」と。全二四話はいずれも興味深いですが、なかでも目に留まったのは、蕉門十哲の一人である各務支考が本を枕にして寝たところ悪夢にうなされたという第十七話「支考、門人杜支が方へいたること」です。夢からやっと解放された支考は枕にした本を見て「誰が書いたのかは知らないが、さだめし心が入っていたのだろう」(186頁)と呟きます。言霊ゆえに書霊も存在する、と言うべきでしょうか。

★笠井叡さんのエッセイ集『カラダと生命――超時代ダンス論』と笠井さんを撮った細江英公さんの写真集『透明迷宮』はいずれも二月刊行。前者は『カラダという書物』(書肆山田、2011年)に続く、シリーズ「りぶるどるしおる」からの一冊。帯文に曰く「混迷と変容の真只中に在る21世紀の人間──植物生命動物生命を摂取することで鉱物を体内に獲得する人間生命は、今や、悠久の鉱物生命の一環としてのみ在り得るのではないか」と。圧倒的な思考の奔流が、ダンス、アート、ポエトリー、ミソロジー、フィロソフィの諸領域を貫通してカラダから発出し、カラダへと還流していきます。『透明迷宮』で笠井さんは「人のカラダは音楽の結晶体だ」と書いておられます。また、「カラダの筋肉の内部は、コトバによって織られている。〔・・・〕内臓はコトバの織り物である。〔・・・〕コトバとカラダは一度も分離したことがない」とも。『カラダと生命』の最終章「単性生殖の時代」では「コトバの死滅」について論じられています。笠井さんがシュタイナー思想を掘り下げ続けておられる独自の営為というのは、日本現代史において特記すべきことです。
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by urag | 2016-07-10 17:07 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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