2016年 03月 13日
神の聖なる天使たち――ジョン・ディーの精霊召喚一五八一~一六〇七 横山茂雄著 研究社 2016年2月 本体6,400円 A5判上製454頁 ISBN978-4-327-37740-3 帯文より:エリザベス朝における知の巨人ジョン・ディーと錬金術師エドワード・ケリーが水晶球の中に見出したのは、神の遣いか、魔界の使者か? 天使の言語「エノク語」は解読可能なのか? ディーの膨大な手稿を読み解き、余白の書き込みや抹消部分に至るまで丹念に目を通し、さらに同時代の資料を博捜することで明らかにする、驚愕の真相。 自序(iv頁)より:本書は、ジョン・ディーのもっぱら後半生に焦点を絞り、彼の密接な協力者であったエドワード・ケリー、そしてふたりの許を訪れた精霊たちとともに繰り広げられた奇怪な劇のあらましを描き出そうとする試みにすぎない。/それはおそらく神秘、崇高、悲惨、滑稽、不条理、不気味さがないまざったものとなるだろう。読者の心のなかに、ディー、ケリー、精霊たちの姿が、一篇の仄暗い幻燈劇のごとく浮かびあがってくれさえすれば、わたしのささやかな望みはかなえられよう。 推薦文(高山宏氏):ユークリッド幾何学を近代文明に紹介した「科学者」ジョン・ディー(1527-1609)は、天使との交信記録で魔術の世界にも燦然と輝く、過渡の16世紀そのものの謎の人物。栄光のルネサンスが我々の時代そっくりな「夜のルネサンス」に暗転していく「ローマ劫掠」の年に生まれたという事実が、この稀代のマニエリスム万能学者にはいきなり似つかわしくないか。この半世紀、「異貌のルネサンス」、マニエリスム知性史の大流行の台風の目であったディー博士の実像に、天使との交信録の息詰まる西独を通じて迫る、世界的にも瞠目の一著が、新千年紀劈頭の日本から現れたのは近時の痛快事だ。意外、暗号文学としても傑作!!」 ★発売済。主要目次は書名のリンク先をご覧ください。ピーター・J・フレンチ『ジョン・ディー――エリザベス朝の魔術師』(高橋誠訳、平凡社、1989年)の刊行から実に四半世紀以上、ディー博士のおぼろげな姿を追い続けてきた日本の読者にとって最高の贈り物がついに刊行されました。横山茂雄さんのお名前は、『聖別された肉体――オカルト人種論とナチズム』(白馬書房/書肆風の薔薇、1990年)や、稲生平太郎名義『定本 何かが空を飛んでいる』(国書刊行会、2013年)などの名著の数々を胸に刻んでいる読者にとって特別なものであることは言うまでもありません。その横山さんが20年来取り掛かっておられたのが本書です。50代半ばのディー博士がおよそ30歳年下の青年霊媒師ケリーを得て、8年に及ぶ天使との交信を積み重ね、その記録は死後半世紀経過した1659年にメリック・カソーボンによって『多年に亙ってジョン・ディー博士と精霊の間に起ったことの真正にして忠実な記録』(本書では『精霊日誌』と略称)としてまとめられました。爾来約360年間にわたって日本人にとっては不可視の帝国からの通信だったものがついにその相貌を露わにしたのだと言えます。 ★本書では『精霊日誌』のほかに『ジョン・ディーの精霊召喚作業記録』(『召喚記録』と略記)、『ジョン・ディーの私的日録』(『日録』と略記)、『略歴〔簡略な自伝〕』などが参照され、さらには『エノクの書』や『ロガー〔神の言葉〕』なども言及されています。精霊召喚の顛末は様々な人間模様の明暗を生んで読者を瞠目させます。天使からの指令に忠実であり続けようとするディーの姿を横山さんは「凄絶ともいえる決意であって、鬼気迫るものを感じざるをえない」(329頁)と評しつつ、本書の末尾付近でこう書かれています。「四半世紀に及ぶ召喚作業を介して天界から下されたおびただしい量の言葉にもかかわらず、ディーは己れの希求した絶対的な秘奥の叡智を獲得することは叶わなかった。〔・・・〕いわば厳重な錠のかかった宝物函であり、それを開く鍵をディーは見つけることができなかったし、現在にいたるまで見つけたものは誰もいない」(330頁)。途方もない徒労を跡付ける労苦――それを厭わなかった本書の試みには頭を垂れるばかりです。 吉本隆明全集(12)1971-1974 晶文社 2016年3月 本体6,600円 A5判変型並製708頁 ISBN978-4-7949-7112-8 版元紹介文より:第12巻には、和歌の作者であり中世期の特異な武家社会の頭領でもあった実朝の実像に迫る『源実朝』と、著者のロールシャハ・テストとそれをめぐる二つの対談、および同時期の評論やエッセイを収録する。第9回配本。月報:中村稔・ハルノ宵子。 ★まもなく発売。解題に曰く「全体を五部に分ち、I部には『源実朝』そそれに関する文章を、II部には、詩八篇を、III部には、この期間の主要な評論・講演・エッセイを、IV部には、著者のロールシャッハ・テストとそれをめぐっての二つの対話などを、V部には、推薦文やあとがきの類を収録した」とのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。第12巻の中核は言うまでもなく1971年の書き下ろし『源実朝』ですが、40代後半のこの時期に『試行』誌に発表され、74年に『詩的乾坤』に収められた一連の「情況への発言」には単独者として言論戦を生きた吉本さんの激越な言葉が記されており、胸を打ちます。 ★「映画やテレビをだしに〈革命〉などを論ずるバカは、花×××、武×××どまりかと思っていたら、まだ居やがった。××。お前たちは淀×××以下なのだ。淀×××には、映画やテレビが好きで好きでたまらないものの良さがある。お前たちには、映画やテレビが好きでたまらないものの良さもなければ、〈革命〉者の厚みもない。あるのは駄ぼらだけだ。お前たちの駄ぼらの構造は単純だ。主体性唯物論者が、じぶんの実感や現実体験を理論のなかに流入させるところから始めるのに、おまえたちは、世界図式から始めて、差別、被差別、窮民、非窮民、帝国主義、植民地で世界図式を二色に分けているだけだ。もちろん、お前たち自身は、はじめから〈亡霊〉だから、この図式のどこにも入らない。つまり、デザイナー気取りで製図版に向っているつもりになっている。〈亡霊〉のくせに、飯を喰って、おまけに、やくざ映画など、抜け目なく観てやはるのだ。もう一度云う。××」(「情況への発言――きれぎれの感想――[1972年11月]、407頁)。伏字は引用者である私の浅はかな〈配慮〉にすぎません。本書を手に取ってご確認いただけたら幸いです。 ★別人への批判の際にここで引き合いに出されている高名評論家との鋭い対立についてはつとに知られていますが、後段にはこんな言明もあります。「ことに花×××は、某商業新聞紙上で、わたしの名前を挙げずに、わたしをスパイと呼んだ。わたしが、この男を絶対に許さないと心に定めたのは、このときからである。それとともに、対立者をスパイ呼ばわりして葬ろうとするロシア・マルクス主義の習性を、わたしは絶対に信用しまいということも心に決めた。わたしは、それ以来、スパイ談義に花を咲かす文学者と政治運動家を心の底から軽蔑することにしている」(同、410頁)。 ★単騎で野を駆け続ける者の疲労はいかばかりであったでしょうか。「『詩的乾坤』あとがき」にはこう書かれています。「年齢とともに、心身ともゆとりを失って、きつくなるばかりであった〔・・・〕。わたしが弱年のころ想像していたのは、この逆であった。やがていつかはじっくりとゆとりをもって生きてゆけるときがやってくるにちがいないということであった。壮年になっても、やはりこの夢を捨てることができなかった。いまは、それがどんなに虚妄であったかを思い知らされている。そして、そんな夢は捨ててしまった。人間の生涯は、何ものかに向って、キリを揉み込むようなものではないのか。深みにはまりこんで困難さは増すばかりである。そして誰も生き方について、わたしにこのことを教えてくれなかった。遥かなる未知よ、わたしはそこへ到達できるだろうか」(673頁)。この言葉はあらゆる単独者の胸にあるものではないでしょうか。 ★「月報9」には、中村稔さんによる「吉本隆明さん随感」と、ハルノ宵子さんの「ヘールボップ彗星の日々」が掲載されています。次回配本は第1巻、今年6月の刊行予定とのことです。 ★このほか、最近では以下の新刊に注目しました。 『新版 アリストテレス全集(16)大道徳学/エウデモス倫理学』岩波書店、2016年2月、本体6,000円、A5判函入上製500頁、ISBN978-4-00-092786-4 『メッカ巡礼記――旅の出会いに関する情報の備忘録(2)』イブン・ジュバイル著、家島彦一訳注、東洋文庫、2016年3月、本体1,100円、B6変判函入上製384円、ISBN978-4582-80869-8 『カラヴァッジョ伝記集』石鍋真澄編訳、平凡社ライブラリー、2016年3月、本体1,300円、B6変判並製240頁、ISBN978-4-582-76838-1 『ポストモダンを超えて――21世紀の芸術と社会を考える』三浦雅士編、芳賀徹・高階秀爾・山崎正和・ほか著、平凡社、2016年3月、4-6判上製456頁、ISBN978-4-582-20644-9 ★『新版 アリストテレス全集(16)大道徳学/エウデモス倫理学』は発売済。第13回配本です。『大道徳学』(新島龍美訳)、『エウデモス倫理学』(荻野弘之訳)、『徳と悪徳について』(荻野弘之訳)を収録。「月報13」は廣川洋一さんによる「「プレポン」の響き」を掲載。プレポンは「適切さ・ふさわしさ」を表すギリシア語で、今回刊行された『大道徳学』『エウデモス倫理学』だけでなく『ニコマコス倫理学』(第15巻、発売済)に見られる「度量の広さ」という徳を説明する際に出てくる言葉です。次回配本は3月29日、第10巻「動物論三篇」とのことです。 ★『メッカ巡礼記2』は発売済。全3巻のうちの第2巻です。帯文に曰く「巡礼者の模範的な旅行案内、イスラーム巡礼紀行文学の祖型となった古典的書物。第2巻は、メッカに滞在して巡礼大祭に参加、メディナを経てバグダード、マウスィルを訪れる」と。579年ラジャブ月から、580年サファル月までの旅程を収めます。東洋文庫次回配本は4月、『エリュトラー海案内記1』(蔀勇造訳註)とのことです。同書には既訳として『エリュトゥラー海案内記』(村川堅太郎訳、中公文庫、1993年/2011年)がありましたが、現在は品切のようです。 ★『カラヴァッジョ伝記集』は発売済。ライブラリー版オリジナルのアンソロジーです。収録テクストは以下の通り。ジュリオ・マンチーニ「カラヴァッジョ伝」(1620年頃)、ジョヴァンニ・バリオーネ「カラヴァッジョ伝」(1642年)、ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリ「カラヴァッジョ伝」(1672年)、カレル・ファン・マンデル「現在ローマで活躍する他のイタリア画家伝」(1604年)、ヨアキム・フォン・ザンドラルト「カラヴァッジョ伝」(1675年)、フランチェスコ・スジンノ「画家ミケラニョロ・モリージ・ダ・カラヴァッジョ伝」(抜粋、1724年)、カラヴァッジョ犯科帳、バリオーネ裁判の記録(抜粋)、ヴィンチェンツォ・ジュスティニアーニの書簡(1620年代)、そして編訳者の石鍋さんによる「カラヴァッジョの真実」で、巻頭にはモノクロながら52点の作品図版があり、巻末には年譜があります。今月から始まり6月12日まで国立西洋美術館で行われる「カラヴァッジョ展」とともに楽しみたいです。 ★『ポストモダンを超えて』はまもなく発売。サントリー文化財団の調査研究事業として2011年から2013年に開催された連続シンポジウム「21世紀日本の芸術と社会を考える研究会」の記録です。芳賀・高階・山崎・三浦「はじめに:ポストモダンとアジア」、河本真理「曙光と黄昏――モダンのリミットとしての抽象表現主義」、岡田暁生「音楽論の現在――音楽学・音楽史・音楽批評」、片山杜秀「連続と非連続――日本現代音楽史の欠落が意味するもの」、斎藤希史「漢字圏とポストモダン――「表感文字」の時代へ」、加藤徹「京劇はポストモダン――二・五次元芸術という考え方」、三浦篤「芸術、アート、イメージ――アナログとデジタルの狭間」、芳賀・高階・山崎・三浦「まとめ:世界文明と日本文化――21世紀芸術の行方を探る」、三浦雅士「あとがき――インターネットとポストモダン」を収録。各章は報告者を交えた討論の記録となっており、自由闊達な発言の数々が目を惹きます。個人的には片山さんの回の末尾にある「人間の本質としての騙すこと」における岡田さん、片山さん、山崎さんのやりとりは特に興味深く感じました。「大丈夫です。騙せばいいのです」というご発言のインパクト。
by urag
| 2016-03-13 15:02
| 本のコンシェルジュ
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