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2005年 08月 28日

ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り』が平凡社より刊行

アメリカの美術史家ジョナサン・クレーリーの主著である『知覚の宙吊り――注意、スペクタクル、近代文化』が平凡社さんから発売されました。原著は"Suspention of Perception: Attention, Spectacle, and Modern Culture", 1999, The MIT Pressです。

クレーリーの著書の日本語訳は、1997年に十月社から刊行された『観察者の系譜』につづいてこれでようやく2点目。もともとクレーリーの単独著は上記二冊しかありませんから、単行本未収録の論文を除けばこれですべて訳されていることになります。
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知覚の宙吊り――注意、スペクタクル、近代文化
ジョナサン・クレーリー著 岡田温司監訳 石谷治寛・大木美智子・橋本梓訳
平凡社 2005年8月刊 本体価格7200円 A5判上製カバー装554頁 ISBN4-582-70257-0

■帯文より:アテンション・プリーズ! 主体の制度的・言説的な核心である注意――その考察から近代的主体の変容を描く。注意する知覚がはらむパラドクシカルな様態を、近代の転換期を画す三画家の作品――マネ《温室にて》、スーラ《サーカスのパレード》、セザンヌ《松と岩》――のなかに鋭く読み取る。美術史、思想史、科学・技術史、文化史……さまざまな学問分野を越境する、批評精神と歴史研究とが結びついた稀有な成果。図版多数。

■訳者あとがきより:本書でクレーリーが鮮やかに描き出す「注意」のパラドクスは、二〇世紀に登場した必須のキーターム、たとえばフロイトの「リビドー経済」、ベンヤミンの「散漫」、アドルノ=ホルクハイマーの「文化産業」、ドゥボールの「スペクタクル社会」、ボードリヤールの「シミュラクル」、フーコーの「規律社会」などと並んで、近代の主体と社会、芸術と文化を読み解くうえで、今後、避けて通ることのできない重要な試金石となることだろう。

■目次(数字は頁数):
序 ・・・9
第一章 近代性と注意の問題 ・・・21
第二章 一八七九年――拘束なき視覚 ・・・81
第三章 一八八八年――脱魔術化のイルミネーション ・・・147
第四章 一九〇〇年――綜合(ジンテーゼ)の再創出 ・・・263
エピローグ 一九〇七年――ローマの魔法 ・・・339
原注
訳者あとがき
文献一覧表
事項索引
人名索引

■本書「序」より:前著『観察者の技法』[日本語訳『観察者の系譜』のこと――引用者注]における私の目的のひとつは、視覚をめぐる諸理念の歴史的な変容がいかに主体性の再形成という、より広範なテーマと切り離せないものであるか、そしてこの主体性の再形成は目の経験にではなくて、近代化と合理化のプロセスにどのようにかかわっているかということを示すことであった。他方、ひじょうに異なる出来事の領域を扱っているこの本[『知覚の宙吊り』のこと――引用者注]において、私の目標のひとつは、近代の視覚が、外部の一連の技術によってとらえられ、形づくられ、制御される身体のただひとつの層をなすにすぎないということを証明することにある。

●クレーリーはこんにちのいわゆるヴィジュアル・スタディーズを代表する論客の一人です。かのMITプレスのインプリントであり、美術批評書と現代思想書の先鋭的な牙城である版元ゾーン・ブックスの共同設立者であり、現在もなお編集委員として携わっています。ゾーンの本は、洋書を扱われる書店さんや洋書を好まれる読者の方々にはお奨めです。内容が選び抜かれていますし、造本はどれも洒落ていて、重厚感があります。

●「視覚」をめぐる史的考察のための関連研究者として、訳者あとがきでは、マーティン・ジェイ、スヴェトラーナ・アルパース、ノーマン・ブライソンの名が挙げられており、ハル・フォスター編『視覚論』(平凡社)も挙げられています。私の独断と偏見で言いますと、本書と併読しておいて損はないと思える隣接書には、以下のものがあります。ウィリアム・J・ミッチェル著『リコンフィギュアード・アイ――デジタル画像による視覚文化の変容』伊藤俊治監修・解説、福岡洋一訳、アスキー出版部、1994年10月刊、本体価格5631円、ISBN4-7561-0480-0◆クリスティーヌ・ビュシ=グリュックスマン著『見ることの狂気――バロック美学と眼差しのアルケオロジー』谷川渥訳、ありな書房、1995年9月刊、本体価格3600円、ISBN4-7566-9539-6◆グリゼルダ・ポロック著『視線と差異――フェミニズムで読む美術史』荻原弘子訳、新水社、1998年2月刊、本体価格4300円、ISBN4-915165-80-9

●『知覚の宙吊り』は美術書売場に置けばいいのでしょうか。それは「視覚文化論」の本がその書店のどこに置かれているかによります。帯文にある通り、「美術史、思想史、科学・技術史、文化史……さまざまな学問分野を越境する、批評精神と歴史研究とが結びついた稀有な成果」なのですから、哲学思想書売場にあっても、歴史書売場にあっても、はたまた理工書売場にあってもいいのです。訳者は、知覚と身体とテクノロジーの関係を考察する観点からすれば、クレーリーの成果はキットラーやヴィリリオ、シュティグレールらの仕事とも共鳴する部分があるかもしれないと示唆しています。その通りでしょう。哲学思想書のキットラーやヴィリリオの本の近くに置いてもいいと思います。色々試してみると面白いんじゃないでしょうか。

●例によって、ズルい活用法ですが、時間のない書店員さんは本書の文献一覧には最低限眼を通しておいたほうがいいと思います。掲げられている本のジャンルの多様さに注目しておきたいところです。それと、アメリカの学者さんの本にはたいてい序文で本の目的や概要が言及されていて、本書も例外ではありませんから、序文を読めば本書の骨子はだいたい見えてくるはずです。もちろん、具体例を挙げて分析する本論のほうが当然面白いですから、パラパラとめくって、気になる図版やキーワード、キーパーソンのところで止まるなりして拾い読みするといいでしょう。

●あとは、本書に興味を持ったら、担当編集者にどんどん電話して、いろいろ情報を聞いてみるといいと思います。きっと併売書や棚構成、フェアに関するヒントなどを得られます。本書の場合は、松井純さんです。博学な方なので、きっと良い刺激を受けると思います。本書に限らず、この本はぜひ売りたいなあと思ったら、遠慮なく担当編集者に問い合わせてみてください。耳学問の有効性と重要性は常々ヴェテラン書店員さんが力説するところのものだと思います。

●書店員(あるいは出版人)は学者じゃあない。だから知らなくていいんだ、と言う人がいますが、それは大間違いです。学者じゃないからこそ、それでは誰に聞けばいいのか、何を調べれば分かるのか、を押さえておかねばなりません。学者ではないというところまでは真実ですが、そこから先が分かれ道です。知らなくていいというのは、スキルアップの機会を切り捨てすぎです。相談や質問ができるどういう人脈を押さえているか、どんな調査手段を知っているか、そこが問題です。これは私が言うんじゃありません。ジュンク堂書店の福嶋聡さんが常々仰っていることです。


観察者の系譜――視覚空間の変容とモダニティ
ジョナサン・クレーリー著 遠藤智巳訳
十月社 1997年11月刊 本体価格3200円 46判上製カバー装304頁 ISBN4-915665-56-9 [出版社廃業のため現在は絶版]

■原著:"Techniques of the Observer: On Vision and Modernity in the Nineteenth Century" by Jonathan Crary, 1990, The MIT Press.

■帯文より:19世紀前半の西欧における、視覚文化の根本的変容。「観察者」の誕生として特徴づけられるその転換の諸相を、様々な視覚器具、絵画、人間諸科学の大胆カツ繊細な分析を通じて明らかにする。視覚文化論の記念碑的名著、待望の邦訳刊行。

■目次(数字は頁数):
謝辞 ・・・7
第一章 近代と観察者の問題 ・・・11
第二章 カメラ・オブスキュラとその主体 ・・・49
第三章 主観的視覚と五感の分離 ・・・105
第四章 観察者の技法 ・・・147
第五章 視覚的=幻視的(ヴィジョナリー)抽象化 ・・・201
原註
訳註
訳者あとがき
索引

●本書は石川県金沢市を拠点とする出版社だった株式会社十月社(発行者:中田徹)さんから、叢書「近代を測量する」の第1弾として刊行されました。担当編集者は高他毅さん。当時私は作品社営業部に在籍していましたが、高他さんとは何度かやりとりをさせていただいたことがありました。その後すっかりご無沙汰してしまいましたが、お元気でしょうか…。クレーリーのこの本は、本邦初訳ながら当時よく売れていて、書店の人文書担当者が驚いていたことを記憶しています。46判で、さほど厚くない本ですが、三千円を超える本でしたので、当時としては割高感が強かったのです。ただ、同業者の見方で言えば、この値段は不当に高く設定したものではまったくありません。むしろ採算度外視だったでしょう。

●叢書「近代を測量する」は高他さんが企画された、19世紀思想史研究のシリーズで、『観察者の系譜』とともに、ローレンス・バーキンの『性科学の誕生――欲望・消費・個人主義 1871-1914』(太田省一訳)も同時刊行され、話題を呼んでいました。以下続刊と予告されていましたが、残念ながらその数年後だったかに、十月社さんは廃業されました。地方都市でも先端的な専門書出版は可能なのだと私は非常に感銘を受けていました。書店員さんの中にもそう感じて注目されていた方がいたことでしょう。廃業の知らせを聞いて、私はショックを受けました。私はこの業界に入る前から、将来は独立して出版社をやりたいと思っていましたが、やはり簡単なことではないと現実を見せ付けられた気がしました。

●『観察者の系譜』はこの際、平凡社ライブラリーなどで再刊されるといいと思います。松井さん、お願いします。

以上です。いままでの「今週の注目新刊」にかわって、こんなふうに気になる本を少しずつでも取り上げていくつもりです。取り上げる際にはちょっとした業界話などの脱線もしようと思っています。(H)
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by urag | 2005-08-28 23:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback(1) | Comments(0)
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タイトル : [book]知覚の宙吊り
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