2005年 08月 26日

「ニューアカ」系図におけるリブロ池袋店全盛期

その時代ごとに華麗なる変遷を見せてくれた季刊誌『文藝』(河出書房新社)の、1994年の年末に刊行された第33巻第5号は、「文藝賞特別号」と銘打たれておりまして、第31回文藝賞発表(*)、第1回蓮如賞発表(**)、そしてG・ドゥルーズ未発表草稿(***)、[ことば・しそう最前線]きみはニュー・アカを知っているか?、の四本が目玉でした。当時の編集人は長田洋一さん。

このニューアカ小特集がなかなか面白かったので、今も記憶に残っています。今日は私Hの書斎の雑誌棚からバックナンバーを引っ張り出し、この小特集を顕彰したいと思います。

小特集目次:

[インタヴュー]
岡崎京子(1963-) 「ニューで、アカで、しかもブームだったあの頃」

[エッセイ] 
宇野邦一(1948-) 「新しいパラドックス」
上野俊哉(1962-) 「紅の一撃」
開発チエ(1965-) 「ニューアカと日本と私」
香山リカ(1960-) 「第一回ニューアカ・オリエンテーリング大会に参加して」
椹木野衣(1962-) 「ニュー・アカデミズム」
篠原一(1977-) 「末っ子の気持ち」
中島花代(1970-) 「世紀末キッズ=情報Jungle原始人?」
丹生谷貴志(1954-) 「街を棄てずに本屋に行こう!」
保坂和志(1956-) 「現場担当者の所感」
湯山玲子(1960-) 「ニューアカの恋人」

三田格(1961-) 「ニュー・アカ観測チャート」
常盤貴史(1962-) 「ニュー・アカ観測ブック&マガジン・カタログ」
同上 「ニュー・アカ観測キーパーソン・カタログ」

いずれも興味深いのですが、今回は常盤貴史さん(当時の肩書きはエディター)の記事を取り上げます。常盤さんは上記の二つのコーナーを担当されていますが、このカタログの詳細目次を以下に記します。

「ニュー・アカ観測ブック&マガジン・カタログ」
浅田彰『構造と力』勁草書房/中沢新一『チベットのモーツァルト』せりか書房/栗本慎一郎『パンツをはいた猿』光文社/四方田犬彦『クリティック』冬樹社/伊藤俊治『生体廃墟論』リブロポート/丹生谷貴志『光の国』朝日出版社/中村雄二郎『術語集』岩波新書/『遊』工作舎/『エピステーメー』朝日出版社/『現代思想』青土社/『GS』冬樹社/『朝日ジャーナル』朝日新聞社/『週刊本』朝日出版社/その他の雑誌

「ニュー・アカ観測キーパーソン・カタログ」
浅田彰/中沢新一/伊藤俊治/武邑光裕/吉本隆明/蓮實重彦/山本哲士/三浦雅士/中野幹隆/萩原富雄/YMO(坂本龍一/細野晴臣)/新人類/小泉今日子/今泉正光(西武ブックセンター池袋店)

この中から、今泉さんの項目を引用します。

「東京ローカルな項目であいすいません。現在LOFT館のある池袋西武高層階にまだ書籍売場があった当時の同店の品揃えときたら、それは日本の書店史上に燦然と輝く画期的なものでした。後に店長にもなられた仕入れの今泉正光氏は、著者や大学教授の本棚、書庫を直接リサーチし、およそ国内で入手しうる、あらゆる啓蒙書、専門書、思想書、原書を網羅し取り寄せた。この独特の“今泉棚”をきっかけに道を踏み外した学生もいましたね。」

最後の一言に思わず吹き出します。私も踏み外した学生の一人だったので。私は常盤さんより6歳年下なので、高層階時代の「西武ブックセンター」よりも地下に降りてきた「リブロ」時代のほうが印象が強いです。特に80年代後半から90年代前半の池袋店。

高層階から降りてきた当初のリブロはちょっとパワーダウンしたかな、という印象がありましたが、ほどなく89年に再リニューアルしてパワーアップ。今は雑誌や実用書のコーナーになっているいわゆるAブロックは人文書と外国文学がひしめき合い、向かいの文芸書・文庫新書・児童書コーナーは当時は芸術書と、現代音楽の鳴り響く「アール・ヴィヴァン」でした。

このころのリブロは書籍の収集力がすさまじいほどにすばらしく、各版元の在庫僅少本をどっさり集めては、定期的に地下通路にはみ出てフェアをやっていました。もう毎回がお宝満載ですから、当然朝一番の開店時には、古本屋さんやせどりの皆さんが待ち構え、珍しいお宝の争奪戦をやっていました。私は大学卒業後は出版社の営業マンになっていたので、書店営業と称してこうした人々と張り合っていました。当時ゲットした僅少本は今でも大切にしています。

リブロの想い出を語りだすととまらないのですが、もうひとつ印象的なエピソードを挙げますと、現在のAブロックの新刊台で当時は定期的にブックフェアをやっていて、人文書系のフェアが多かったのですが、ほとんど毎回のフェアに、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』(河出書房新社)が並べられていました。どんなテーマのフェアであろうと、この本が欠かせなかったのです。毎回というのは大げさだとしても、それほど印象的でした。当時のブックフェアのリストのひとつ(店頭で配布されていたリーフレット)が手元にあるので、時間があるときに転載してみましょうか。

リブロ池袋店の変遷については、今泉店長の時代に副店長をおやりになっていた田口久美子さんの『書店風雲録』(本の雑誌社)を必ずご参照ください。あるいはセゾングループの出版・書店戦略の中核を担った小川道明さん(1929-1996)の『棚の思想』(影書房、1994年)も併読をお奨めします。また、松岡正剛さんの千夜千冊でこの『棚の思想』が取り上げられた回が参考になります。

とにかく私にとって、80年代後半から90年代前半にかけてのリブロ池袋店は、大学生時代も、新米営業マン時代も、日参が欠かせない書店さんでした。今泉正光さん(リブロ退社後は前橋煥乎堂を経て現在は長野平安堂)が作られ、木村斉さん(現在は広島フタバ図書TERA)や澤樹伸也さん(現在はジュンク堂新宿店)をはじめとする優秀な目利きに受け継がれていった人文書棚や、小山富士子さん(現在はフリーランスでいらっしゃるのでしょうか)の外国文学棚、田口久美子さん(現在はジュンク堂池袋店副店長)や関根明子さん(現在は御茶ノ水丸善)の芸術書棚は、私にとってはどれも「楽園」であり、何時間でも探検できる密林でした。

毎日のように通っていたので、どの本がどの棚にあるか、覚えてしまうほどでした。そうしたヘビー・ユーザーの心理を知られていたのでしょうか、たとえば外国文学の小山さんの棚では何度も罠にひっかかりました。すでに長文になってしまったので、二つだけ例を挙げさせてください。

ある日、ドイツ文学の棚に見慣れぬ本が入っていました。『ルドゥーからル・コルビュジエまで』(エミール・カウフマン著、中央公論美術出版、1992年12月刊)。どうやら新刊のようですが、一冊棚差しされているだけです。しかも文学書の棚なのに建築書。それにドイツ文学の棚なのにフランス関連の本。なんだろうと思って手にとって見る。ふむふむ、面白そうだ、買おう。お会計。……実際のところ、これは計算されつくた「手法」だったのです。

新刊だけれど、平積みせずに1冊だけ棚に差す。見たことのない本で目に留まりやすいし、1冊しか店頭にないので、希少な本に感じる。文学書棚に建築書が混じっており、なおかつドイツ棚にフランス関連の本が混じっているので、本の背の書名や版元名だけでも目立つ。カウフマン(1891-1953)はじつは高名な美術史家で、手に取ったが最後、「読んでおかなきゃならんのでは」という勉強心がくすぐられる。何よりルドゥー(1736-1806)の紙上建築は現実を超えていてかなり面白い。こんなところに差すなんて反則だよ、と思いつつも、買うべくして買うわけです。

さて次の例。また別のある日、フランス文学棚の前の平台に、もう市場からとっくに消えているはずのル・クレジオの『ロドリゲス島への旅』(朝日出版社、1988年)がドカンと積んである。この本はかの「ポストモダン叢書」第二期全十巻のうちの第10巻目で、人文書棚だけを徘徊していてはお目にかかれない本。あーどうしようかな、買おうかな、でも今日は懐が寂しいしな、などと未練たらたらでその日は家に帰る。やっぱり買おうと思って翌日にいそいそと棚の前に行くと、あれだけ積まれていた本がゴッソリない。どこにもない。なんと売り切れか! 後悔先に立たず。ショックが足腰にきて、しばらくその場に呆然とたたずむ。そしてその数日後でしたが、また店内を巡回していると、また平積みされているのを発見。速攻で買いました。

学生時代のそんな経験を営業マン時代に小山さんに話したら、あっさりこう言われました。「ああそれね、わざといったん引っ込めたの」。本と付き合ってきた自分の人生の中でこれほど綺麗に一本背負いを決められたことはありませんでした。すげえ、そんな「手」があるのか。営業マンになってなきゃ、そんなことは知る由もなかったですね。

複数冊在庫のある新刊をわざわざ1冊だけ棚に差すとか、間違いなく売れる僅少本の平積みをいったんバックヤードに下げるとか、ある側面から言えば効率が悪いように見えるやり方が、かえって読者をうまく惹きつけていたのです。私に限らず、そうやって「美しく騙された」常連は多かったのではないかと思います。

こうしてリブロの想い出を綴っていると実に楽しいです。人文書棚の前で私に滔々と哲学書や歴史書について語ってくださった今泉さんは、実は私にだけ話していたのではなく、周囲で耳をそばだてているお客様にも聞こえるようにわざと大きめな声で話していました。これも「手法」です。芸術書売場ではアールヴィヴァンのコーナーからフロアいっぱいに、聞いたこともないような奇妙な現代音楽や電子音楽がいつも鳴っていました。音楽ともに響いていたのは、店の「個性」でした。

それはまさに個性でした。国書刊行会から『バルトルシャイティス著作集』の刊行が開始されたとき、人文書売場にも文芸書売場にも、芸術書売場にも、とにかくあちこち置かれまくっていました。総力を挙げた、リブロにしかできないプロモーション。必死でやっているというより、とにかく自分たちが評価したのだから推すのだ、という。今あんなことができる本屋さんはおそらく皆無でしょう。私は昔話をしたいのではありません。ただただ、書店のポテンシャル(潜在的可能性)というのを今なお信じているのです。時代がどうのとかいう問題ではなく。

今はほとんどすべてが失われ、あるいは解体されて、夢の名残だけがそこここに漂っている気がします。嘆いても始まりません。ただ、あんなに冒険できた本屋さんは私にとってはもうどこにもないのです。どこも代わりにはなれやしない。それほどのプレゼンスとヴァイブレーションを放出していた書店でした。

全盛期のリブロ池袋店のような本屋さんが今も欲しいとは思っています。「時代が時代だったし、バブルの追い風があったし、もうあんなことはできないよ。現実的じゃあない」と多くの人が言います。でも、書店のポテンシャルというのは、そんなに切り詰めて考えても仕方ないんじゃないか、と私は思うのです。客を美しく騙して欲しい。書棚の森の中で冒険させて欲しい。迷わせて欲しい。善と悪、光と闇、崇高と卑俗の交錯する本の海で、誘惑し続け、問いかけ続けて欲しいのです。本が私を待っていてくれるなら、いつでも私はそこへ出かけるでしょう。(H)


(*)――文藝賞受賞作は、雨森零さんの「首飾り」。選評は江藤淳さん、大庭みな子さん、小島信夫さん、瀬戸内寂聴さんです。

(**)――蓮如賞受賞作は、渡辺千尋さんの「ざくろの空――頓珍漢人形伝」で、選評は五木寛之さん、梅原猛さん、中沢新一さん、藤原新也さん。

(***)――ドゥルーズの未発表草稿というのは「欲望と快楽」のこと。小沢秋広さんによる翻訳と解題。当時、河出書房新社ではついに『千のプラトー』が発売されて、反響を呼んでいたのでした。
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by urag | 2005-08-26 21:19 | 本のコンシェルジュ | Trackback(2) | Comments(2)
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Tracked from 千人印の歩行器(walk.. at 2005-08-27 11:58
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Commented by aquirax at 2005-09-06 19:54 x
おじゃまします。じつに懐かしく、拝読させていただきました。バブルの追い風と言うけれど、そんなチャチな話であの書店の方向性が成立していたようにも思えませんね。ともかく多くの青年の道を誤らせた功績は大きい(笑)。ところで小山さんは現在ネット古書店をやってらっしゃいますね。http://www.aisasystem.co.jp/~maldoror/
Commented by urag at 2005-09-06 23:47
aquiraxさんこんにちは。仰る通り、バブルの追い風という以上の仕掛けがあの店にはありました。小山さんがマルドロールを、と聞いてびっくりしています。そんなことを全然知らずに、今まで利用していたものですから。


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