2015年 11月 01日
食人の形而上学―― ポスト構造主義的人類学への道 エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ著、檜垣立哉+山崎吾郎訳、 洛北出版、2015年10月、本体2,800円、四六判並製380頁、ISBN978-4-903127-23-1 帯文より:ブラジルから出現した、マイナー科学としての人類学。レヴィ=ストロース × ドゥルーズ+ガタリ × ヴィヴェイロス・デ・カストロ。アマゾンの視点からみれば、動物もまた視点であり、死者もまた視点である。それゆえ、アンチ・ナルシスは、拒絶する――人間と自己の視点を固定し、他者の中に別の自己の姿をみるナルシス的な試みを。なされるべきは、小さな差異のナルシシズムではなく、多様体を増殖させるアンチ・ナルシシズムである。動物が、死者が、人間をみているとき、動物が、死者が、人間であるのだ。 ★発売済。原書は、Métaphysiques cannibales (PUF, 2009)です。山崎さんによる「訳者あとがき」によれば「原書には、ポルトガル語からの翻訳との表記があるが、交換されたものとしては同版が最初であり、著者によれば、フランス語版には詳細に目を通しており「オリジナル」と考えて差し支えない」そうです。ポルトガル語版というのは先月刊行された、Metafísicas Canibais (Cosac & Naify, 2015)のことかと思われます。今回の訳書の目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。4部13章構成で巻末に「文献一覧」、山崎吾郎さんによる「訳者あとがき」、檜垣立哉さんによる解説「『アンチ・オイディプス』から『アンチ・ナルシス』へ 」、そして索引が付されています。第1章「事象への驚くべき回帰」と第3章「多自然主義」の一部が版元さんのサイトで立ち読みできます。 ★エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ(Eduardo Batalha Viveiros de Castro, 1951-) はブラジルの文化人類学者で、リオデジャネイロ連邦大学ブラジル国立博物館(Museu Nacional da Universidade Federal do Rio de Janeiro)の教授です。論文単位では日本語訳がありましたが、単行本の全訳は本書が初めてになります。待望の初訳であり、フランス語版の副題からそのまま採られている訳書副題「ポスト構造主義的人類学への道」は本書のポジショニングをよく表しています。レヴィ=ストロース以後の人類学の潮流は現代思想においてもっとも興味深いもののひとつで、本書の出版によって書店さんの「現代思想棚」は人類学を再度適切に位置づけることを要請されるでしょう。レヴィ=ストロースが「現代思想」の棚から「文化人類学」の棚へ帰還するようになってから随分経ちますが、ヴィヴェイロス・デ・カストロの登場は二つの棚を再び緊密に近づけます。本書の第二部はドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』に対する人類学からの再評価です。著者はこう述べます、「人類学にとって、ドゥルーズとガタリの仕事の影響範囲は、すくなくともミシェル・フーコーやジャック・デリダといった思想家のそれと同じくらい巨大なものである。〔・・・〕人類学と哲学のあいだの関係はこの30年のあいだに眼にみえて強くなっている」(199頁)。 ★実にタイミングが良いことには、水声社さんからまもなく刊行開始となる新シリーズ《叢書 人類学の転回》では、第一回配本としてヴィヴェイロス・デ・カストロの『インディオの気まぐれな魂』(近藤宏・里見龍樹訳)と、マリリン・ストラザーン『部分的つながり』(大杉高司ほか訳)が同時発売になります。版元さんによるシリーズの紹介文は以下の通りです。「かつて、世界各地のエキゾチックな事物を記録し、比較・分析する学問としてあった文化・社会人類学は、1980年代以降、ポストモダニズム/ポストコロニアリズムの流れにもまれるなかで、著しい変貌を遂げてきました。けれども、そこから立ち現れてきた人類学の現代的相貌は、これまで一部の専門家以外にはほとんど知られてきませんでした。本叢書は、そうした変化を主導してきた人類学者たちを紹介することで、これまでの国内の知的空白を埋め、思想哲学の世界にも新たなビジョンを指し示そうとする野心的な企画です」。今後、アルフォンソ・リンギス『変形する身体』小林徹訳、マイケル・タウシグ『模倣と他者性』井村義俊訳、さらにもう一冊タウシグ『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』金子遊ほか訳、アンマリー・モル『多としての身体』浜田明範・田口陽子訳、アルフレッド・ジェル『アートとエージェンシー』内山田康ほか訳、フィリップ・デスコラ『自然と文化を超えて』中沢新一・檜垣立哉ほか訳、と配本が続き、さらに続刊としてロイ・ワグナー、パトリス・マニグリエ、フレデリック・ケック、ミシェル・セールらの著作が予定されているとのことです。実に楽しみです。 +++ ★このほか最近では以下の書目との出会いがありました。 『タルムード四講話 新装版』エマニュエル・レヴィナス著、内田樹訳、人文書院、2015年10月、本体2,500円、4-6判上製230頁、ISBN978-4-409-03087-5 『タルムード新五講話――神聖から聖潔へ 新装版』エマニュエル・レヴィナス著、内田樹訳、人文書院、2015年10月、本体2,800円、4-6判上製280頁、ISBN978-4-409-03088-2 『どんぐり』オノ・ヨーコ著、越膳こずえ訳、人文書院、2015年10月、本体1,600円、46変形判上製216頁、ISBN978-4-309-27632-8 『嵐』ル・クレジオ著、中地義和訳、作品社、2015年10月、本体2,400円、46判上製272頁、ISBN978-4-86182-557-6 『保守的自由主義の可能性――知性史からのアプローチ』佐藤光・中澤信彦編、ナカニシヤ出版、2015年11月、本体3,000円、A5判上製288頁、ISBN978-4-7795-0990-2 ★レヴィナス『タルムード四講話 新装版』『タルムード新五講話――神聖から聖潔へ 新装版』は10月29日取次搬入発売済。国文社本の待望の復刊です。レヴィナスは今年2015年が没後20年、来年2016年は生誕110年を迎えます。「新装版のための訳者あとがき」によればどちらも「訂正はあきらかな誤訳誤記とわかるもののみ」行ったとのことです。詳細目次はそれぞれの書名のリンク先をご覧ください。今月はちょうど、法政大学出版局の叢書ウニベルシタスよりディディエ・フランクの『他者のための一者――レヴィナスと意義』(米虫正巳・服部敬弘訳)も刊行されたところです。 ★オノ・ヨーコ『どんぐり』は発売済。原書は、Acorn (OR Books, 2013)です。版元紹介文に曰く「世界的アーティストが1964年の処女詩集『グレープフルーツ』に次いでいま、刊行する詩集。詩と点描から成る、100の美しい奇跡」と。著者自身は日本語版序文で「今の社会に生きていくために、と思って書いた、82年生きた経験からうまれたインストラクションの本です」と紹介しています。インストラクションの文章はたとえばこうです。「空に浮かぶ星を見る/手の届かない存在ではなく/いつか訪れる星と思って。」点描画はミクロの世界もしくは心の中を覗いたような不思議な曲線や球体が描かれています。原書ではレディ・ガガやコートニー・ラヴが讃辞を寄せていますが、日本語版では吉本ばななさんの推薦文が帯に掲載されています。著者の言葉も絵も実に自由。感覚に訴えるこうした本を手掛けうる編集者といったら彼だろうな、と思ったらやっぱり吉住唯さんでした。さすがです。『グレープフルーツ』は今夏、ニューヨーク近代美術館が初版本を復刻したそうですが、すでに品切の模様。再編集版の『グレープフルーツ・ジュース』(南風椎訳、講談社文庫、1998年)は現在も入手可能です。 ★ル・クレジオ『嵐』は発売済。原書は、Tempête: deux novellas (Gallimard, 2014)です。表題作「嵐 Tempête」と「わたしは誰? Une femme sans identité」の二篇が収められています。帯文に曰く「韓国南部の小島、過去の幻影に縛られる初老の男と少女の交流。ガーナからパリへ、アイデンティティーを剥奪された娘の流転。ル・クレジオ文学の本源に直結した、ふたつの精妙な中篇小説。ノーベル文学賞作家の最新刊!」と。中地さんは「訳者あとがき」でこう解説されています。「本書に収録された二篇はともに、アイデンティティーの剥奪と回復の者が経ちであるが、また、アイデンティティーとは何か、それを回復、ないし獲得するとは何を意味するのかを問う物語でもある。「ヌヴェル」というフランス語ではなく、イタリア語起源の英語「ノヴェラ」(中篇小説)が副題として表題に添えられているのは、このジャンルの具体例として作者が念頭に置いているのがコンラッド、ケルアックらの英米文学であるためらしい」(252-253頁)。また、表題作についてこうも書かれています。「いまから20年以上前、『隔離の島』を執筆していたころ、ル・クレジオは日本の雑誌に寄せた文章のなかで、小説を一個の孤島に見立てていた。あるいは、孤島を一篇の小説に譬えていた。心ならずも上陸した人間に、出会いをもたらし、彼らをつなぎ止め、世界の神秘の鍵を授ける島としての小説、小説のような島。「嵐」とその舞台の牛島は、まさにその好個の実例と言える」(248頁)。 ★アンソロジー『保守的自由主義の可能性』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。エドマンド・バーク、ジョサイア・タッカー、T・R・マルサス、マイケル・ポランニー、マイケル・オークショット、新渡戸稲造、柳田国男、ジョン・グレイらがそれぞれ一章ずつを割いて論じられています。佐藤光さんによる序章「現代世界と保守的自由主義」にはこう書かれています。「本書は、保守的自由主義者やそれに関連の深い内外の八人の思想家を、日本や世界の現実的課題を大なり小なり意識しながら論じたものである。〔・・・〕知性史や思想誌の研究が「訓詁学」に終わることを防ぎ〔・・・〕、八人の偉大な思想家を「いまに蘇らせる」ことを目指したつもりである」(25頁)。佐藤さんは「保守的自由主義」についてはこう説明されています、「「保守主義」とは、産業主義や民主主義などからなる進歩主義を、というより、その行き過ぎを警戒し懐疑する思想ということになる〔・・・〕。保守主義とは、とりあえずは、なんらかの思想の行き過ぎを避ける現実的で臆病な生活態度にすぎない。/本書では、さたに「保守的自由主義」という言葉を使うが、これはほとんど従来「保守主義」と呼ばれてきたものに等しいと考えてもらってよい。ここでの「自由主義」とは、異質な思想、信仰、文化、他者などへの寛容と忍耐に基づいて、社会のあらゆる成員の自由(消極的自由)を最大限守ろうとする思想と一応定義しておく〔・・・〕/「あの人は保守的だ」という場合、ある人物が、変化を嫌い、これまでやってきたことに拘泥するという意味に使われる場合が多いが、結論からいうと、これは、保守主義と進歩主義の時間意識の根本的な相違をわきまえない謬見である」(9頁)。また、編者お二人によるあとがきにはこんな言葉があります。「保守主義者は、危機意識や絶望感を漂わせて現実の多くを否定し「抜本的改革」の必要を叫びながら、現実には何も実現できない左右の思想に食傷している〔・・・〕。彼らは、困難な状況のなかでも、というより困難な状況のなかでこそ、自他を励まし勇気づける言動を心がけ、事態をわずかでもよりよい方向に導くことを自らの使命とするのである」(273頁)。極端に走りやすい変動期であるからこそ、保守主義の再評価は現代において大きな意味を持ちます。ブックフェアを企画する上で中軸とするのに最適な新刊です。
by urag
| 2015-11-01 22:21
| 本のコンシェルジュ
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