ウラゲツ☆ブログ

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2015年 08月 22日

雑談(17)

「雑談(16)」の字数制限に引っ掛かったので新エントリーです。引き続き紀伊國屋書店さんの春樹本買取戦略について。

◆8月22日16時現在。

漏れ聞くところによると、今回の件で取次から書店への卸正味は通常とほぼ変わりないようですね。違うのは買切という条件だけだと。紀伊國屋書店の川上戦略に付き合わねばならない理由は他書店には必ずしもないわけですが、それ以外に仕入れる方法はありません。ネット上ですでに分析されていることですけれども、今回の件は、従来は版元が負っている在庫リスクを紀伊國屋書店が背負うことによってマージン増加を獲得した、と。ただしマージンが増えるのは紀伊國屋書店だけなのですから、「全国の書店が一丸となって」というスローガンには、他書店にとってはどこかむなしく響く部分もあるものと考えた方がよさそうです。

ごく一般論として書きますが、書店さんが買い取るというのならば、リスクを背負う分、店頭での販売価格設定権を書店さんに譲るべきではないか、と私個人は感じています。つまり自由価格にしたり時限再販にしたりするということです。しかし、今回は紀伊國屋書店の独占販売ではなく、取次や他書店にも卸すわけですから、自由価格や時限再販だと「一丸となって」という大義はやはり薄れかねない。紀伊國屋書店は取り分が大きいだけ安売りも可能ですが、その他の書店にとっては通常正味の買切本なのですから。

ネットで買いにくくなるかもしれない可能性については相当な反発や反感があるようですし、リアル書店で買ってアマゾンマーケットプレイスやオークションサイトで転売する人々が増えるだけでは、という見方もあって、それはあながちありえないことでもないと思われます。当然多数の出品があることでしょう。しかし、今回の試みを一概に無意味だとも愚策だとも思っていない人々もいます。最善ではないにせよ、色んな試行錯誤があっていい、というわけです。「もう二度と紀伊國屋では買わない」と怒っている人々の中で、いったいどれくらいの人数が今まで本当に紀伊國屋を利用していたのか、そしてどれくらいの人が春樹本を買っていたのか、業界人は興味を持っています。どんな商品にせよ、アマゾンだけから買うことを目的としている人はともかく、購入ルートが複数ある現実の中で、執拗に紀伊國屋叩きをすることにはどうしても特定の意図が透けて見えてしまいます。そうだとしたらそれはあまり建設的な議論にはなりえません。

9月10日の発売以後、市場がどう推移するのかを注視したいと思います。実際アマゾンにとっても、今回は紀伊國屋書店のお手並み拝見、といったところではないか、と想像しています。

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◆8月23日正午現在。

朝日新聞出版の記事配信サイト「dot.」で、リブロ池袋本店の閉店に関する二つの記事が公開されています。8月22日11時30分更新の「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」と「リブロ池袋本店は金食い虫? 元店長が閉店理由を分析」で、いずれも「週刊朝日」2015年8月28日号に掲載されている、木村俊介さんによるインタヴューです。

前者「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」は、リブロ池袋本店マネジャーの辻山良雄さんへのインタヴューです。「私の入社は1997年です。まだネット検索などは一般的ではなく、先輩からは昔ながらのリブロ的な選書のやり方を学びました。扱う本の目録をしっかり見て本を覚えることがかなり重要視されていましたね。本の内容や広がりを覚えた後に、予想外の売れ行きがあれば理由を考え抜く」。「他店に出かけて見てきたものの分量が、書店員としての展示の引き出しの多さにつながる、と教えられもしました。先輩方はそうして本を集めてきたのでしょう」。「私は神戸出身。地元のジュンク堂のような書店しか知らなかった私が進学で上京したのは92年でしたが、この池袋リブロを訪れて驚きました。美術館とつながっている世界観。本が整然と並んでいるのではなく、空間や本どうしのつながりで見せる展開。今ではどの書店でも当たり前のそんな工夫が、若い自分には刺激的でした。本って格好良いんだと教えてくれた。商業空間の中に文化をという堤清二の強い思いを感じさせられました」と語っておられます。同記事はYahoo!ニュースでも配信されており、コメント欄で読者の反響を見ることができます。

後者「リブロ池袋本店 突然の閉店に現役店員が胸中明かす」と「リブロ池袋本店は金食い虫? 元店長が閉店理由を分析」は池袋本店の元店長(1993~1997年)でその後はジュンク堂書店池袋本店副店長を長らくおつとめの田口久美子さんへの長編インタヴューです。いずれも重要な証言ばかりです。

「西武百貨店にリブロが設立された75年当初から、百貨店の中でリブロはすでに「金食い虫」と言われ、利益の出にくい存在でした。今回の閉店に至るまでの流れにも、他業種に比べての利益率の低さも関係しているかと思います」。「書店の利益率は小売業でも最低の水準のまま今日まで来ています」。「書店は低い利益率による経営を大型店化で何とか補い続け、小さな店舗は潰れていきました。でも、それが今では本が売れないのとネット書店の繁栄とで、もはや大規模店も潰れそうになっているんですね」。

「創業が70年代半ばと、書店としては後発だったのもあって、池袋リブロには、業界内での、いわゆる「はぐれ者」ばかりが書店員として集まってきていました。置ける本の量では大手にはかなわない。そこで、当時どこでもやってなかった、「自分たちがこの社会を表現する棚を作るんだ」「イベントもやるんだ」という個性を出したのは、その後の書店業界に通じる一つの潮流を生んだとは思います」。「私を始めリブロ出身者が何人か移って97年に開店したジュンク堂池袋本店にしてもそう。今の若いスタッフも「本の力を生かしたい」という気持ちは持っていて、昔とのつながりを感じますから」。

「今は、本というのは検索機でお客さん自身が探すものになりました。店の主役は、それこそかつての池袋リブロのようにムダなく作られた「棚」ではなくて、ムダも含めて多めに集めた本から探す「お客さん」になりました。「棚」が書店の主役たりえていた時代が、リブロ的な文化を代表とする流れの最盛期だったとも言えるのかもしれません」。

このほか、女性の活躍について特記されていることに注目したいです。この記事は辻山さんへのインタヴューと同様にYahoo!ニュースでも配信されており、コメント欄で読者の反響を見ることができます。また、田口さんは「本の雑誌」2015年8月号(386号)と9月号(387号)に「書店にとって美とはなにか──リブロ池袋本店の40年」を寄稿されており、こちらも必読です(ウェブでは読めません)。8月号がリブロ池袋本店で田口さん自身の直筆POP付で販売されていた時の写真が、リブロさんのツイッターの公式アカウントで見ることができます。「無念の撤退にあたって、その40年を(2回に分けて)まとめました。どうぞ、この店でお買上げ下さい」との言葉が今なお胸に沁みます。

田口さんのインタヴュー記事や池袋リブロ閉店に関する記事はほかにもたくさんありますが、特に次のものを参照すべきかと思います。

「職業安定広報」2004年12/21号「しごとインタビュー」欄「「本」を届ける場で働く喜び
「Cool homme」2014年10月11日付「【インタビュー】ジュンク堂書店池袋本店副店長 田口久美子氏に聞く『書店の価値と編集』
「CINRA.NET」2015年3月13日付、武田砂鉄氏記名記事「閉店するリブロ池袋本店は、いかにして「書店文化」を作り続けたのか

2004年のインタヴュー記事から抜き出してみます。「やはり自分で棚に並べた本が売れるというのは嬉しいものです。本をお客様に手渡すことができる喜びは、書店員の仕事の原点だと思います。また、毎日新しい本が入荷してきます。それだけでもワクワクしますが、今どんな本が出版されているのか、またどんな本が売れているかを見ていると、世の中の動きがわかるという面白さがあります」。「自分が作った棚にお客様が敏感に反応してくださる…工夫すれば本は売れるものだとわかるようになり、とてもやりがいがありました。自分なりの棚を作っても、それがお客様の支持を受けなければ、自己満足にすぎません」。「世の中にはたくさんの本があります。そこから自分なりに面白い本を見つけ、それをできるだけ多くのお客様に届けたいという気持ちは、おそらく書店員なら誰でも持っていると思います。自分でしか売れない本を売るということですね。〔・・・〕でも1冊の面白い本を見つけるためには、少なくとも10冊は読まなくてはならない。これは、結構大変ですよ」。「本は人間にとって必要なもので、それを届ける場所があるのは大切なことだと思います。入社面接などで志望理由を尋ねると志望者たちは「本が好きだから」と一様に答えますが、問題は「本当に好きか」ということです。本に入れ込み、いつも本のことを考え、本の役割について自覚し、さらに自分が読んだ本のことを仲間と語り合おうとする人なら、この仕事に向いています。そのような人が厳しい状況を認識しつつも、なお書店員になりたいと本気で考えるなら、私はとても嬉しい」。このほかにも「今泉棚」の衝撃や、著者と読者の出会いの場としてのトークイベントについても語っておられますので、ぜひ全文をお読みください。

続いて、十年後の2014年のインタヴュー記事からです。「書店はお客様に対して、こちらから本のラインナップ、陳列、接客など提案出来ることが多いんです。/インターネットの場合はディスプレイ幅によって見えるのが5-10本くらいだと思うのですが、書店の場合は本棚の幅や、見る人の視野によって広くなり、『装丁や手触り感』でついつい買ってしまったり、という”現実感”というものがある。それがインターネットでは得られない価値になっているのではないしょうか」。「本というのは、製造、流通、書店が異なる力を作っているものなんです。そう成った時の書店の価値こそ考えるべきで、私たちはそれが接客、手触り感、本の並び方、全て含めて”臨場感”だと思っています」。「私たちが出来る事は『毎日、棚を創る事』と『お客様に情報を届けること』なんですよね」。「ある意味では、わたしはお客さんがここに来たら、『日本の全てがわかるという状態』を創っている。科学や最近のビジネス、経済、など幅広く取り揃えているのがジュンク堂なんです」。「私たちの主力は『棚を創る事』。時代に流されず、かつ取り残されずにバランスを取りながらより良い書店作りに精進したいですね」。「何かのトピックス、総合的に判断しながらイベント・特集を創っています。/それを本で構成すること、どんなジャンルを入れるか、そしてそれがどれだけお客さんに見てもらえるかが楽しみ。それこそが、書店の私たちができる“編集”だと思いますね」。このほか、世界的に見て日本の出版・流通・書店業界がいかに優れているか、また、アマゾンの台頭への分析などが語られており、必読です。

武田さんの記事は今泉さんや田口さんの著書や、ジュンク堂の福嶋聡さんの論考を参照しつつ、「独自な思索が誕生するプロセスをダイレクトに展開する」場としての書店、「無駄と無理の果てにあるものとしての文化」を体現する場としての書店、「書物が喚起した議論が実り豊かな結果を産み出す、活気に満ちた『闘技場』」としての書店、について確認するとともに、昨今の時代的要請による業界の変遷を追っておられます。「無駄や無理を最適や効率で消していく企業スタイルは、闘技場に起きる活気を非効率であると断じて、利便性を追い求める。リブロ池袋本店は、その手の利便性に逆らった、用もなしにふらりと立ち寄ると意識が必ず覚醒するような、そんな書店だった」というご意見に共感を覚えます。

田口さんが寄稿やインタヴューを通じて何度も何度も繰り返し私たちに教えて下さる中にも、そこには一貫したポイントがある、と感じます。時代の風を読みつつ棚と売場を日々育て続け、お客様とのつながりを大切にする、ということです。当たり前と言えば当たり前ですが、常にそこに忠実であるようたゆまぬ努力を続けるというのは、いつも当たり前のようにできることではありません。本と本、本と人、人と人を繋げる出会いのリアルな場としての書店の面白さというものを「ずっと楽しめる」力、というものの重要性を感じます。これは嫌味を言っているのではありません。面白がれる力、楽しめる力、そうした主体的な力は、生きる上でとても重要なものです。

私たちが生きているこの世界というのは、自分のものであれ他人のものであれ苦しみや不幸に敏感な人間にとっては、本来的に言って、一秒たりとも生きながらえることが苦痛にしか思われない場所なのかもしれません。しかし、そうしたどこまでも暗い場所でも喜びや楽しみが生まれうる。苦痛の累積は人間から言葉を奪います。不幸は人と人との絆を断ち切り、互いに隔ててしまうものです。私にとって出版の使命は、言葉を簒奪するものとの内的な戦いであり、革命であり、絶望から立ち上がることであり、憎しみを乗り越えて手をつなぎあうことであり、様々な矛盾や分断や混乱を引き受けつつも、生きることや働くことと喜びとを何度でも強い仕方で結び直すことだと思っています。書物はそのための武器であり、覚醒装置です。書物はたとえ焼き払われようとも、灰燼の中から言葉と記憶の力によって甦らなければならない。聖なる不死鳥のアイコンがそこには輝いています。

私はそうした力を常に書物や友人たち、そして作家や出版人や書店人から受け取ってきたと思っています。これは単なる感傷やロマンティシズムでは終われない熱であり理想なのです。この熱と理想をこれからも果敢に探求できたら、という思いが私にとって希望の源泉のひとつになっています。

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◆8月24日正午現在。

春樹新刊の扱いについて、版元のスイッチ・パブリッシングさんが新井敏記社長のお名前で「『職業としての小説家』の流通に関して」というコメントを8月23日付で公開されています。曰く「連載時から『職業としての小説家』は、全国の書店から注目され、単行本が待ち望まれていました。その関心の高さを示すものとして、発売の9月10日を前に、全国の書店販売に関して紀伊國屋書店さまが幹事となって、取次各社、並び他社の書店の配本部数をとりまとめていただけることになりました。/『職業としての小説家』は、紀伊國屋チェーンに限らず、全国チェーンの大きな書店から個人経営の小さな書店まで、十分に配本されることになります。/ネット書店でも、『職業としての小説家』は今年下半期のもっとも力を入れる書物のひとつとして大きな展開が期待されています。/弊社は国内の書店はもとより、ネット書店とも流通の協力を得て、今後も雑誌、単行本の発行発売を続けていく所存です。どうかよろしくお願いします」。

各方面への配慮が窺えるコメントで、紀伊國屋書店だけでなく、いわゆる「マチナカ書店」やネット書店との関係性にも言及されています。日程的に言って紀伊國屋書店のリリース前に、スイッチさんは初回配本の受注を締め切っておられるでしょうけれども、おそらく週明けの今日は書店さんから版元に今回の「スキーム」について問い合わせが入っているでしょうし、買切条件とはいえ「新文化」記事によれば「紀伊國屋書店と取次会社間では多少の返品枠がある」とのことですから、これについて確認する書店さんもおられることでしょう。

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by urag | 2015-08-22 17:16 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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