2015年 06月 28日
【週末定例の注目新刊をご紹介します。栗田さんの民事再生についての「通知内容」のまとめは近日中に投稿いたします。現在その筋から「正しい読み方」の確認を取っているところです。】 絵本 ウラオモテヤマネコ 井上奈奈作・絵 堀之内出版 2015年6月 本体1,700円 B5判変型上製32頁 ISBN978-4-906708-59-8 帯文より:ウラオモテヤマネコは言う。「まぁ裏の世界からみれば 裏が表で表は裏なのだけれど」 推薦文1:胸に広がる宇宙。満天の星に見つめられ、かたく瞼を閉じる。旅をし、傷つき、埃にまみれて薄汚れてしまっても、その奥には、無垢の光が輝き続けている。さあ目をあけて、もう一度よく見てみるとしようか。その素晴らしき世界を。――前川貴行(動物写真家) 推薦文2:何千年とも月日を超えてもなお、その美しい姿をほとんど変えずに生き続けているネコ。そこに神秘的な力を見て、ネコを通して宇宙を感じている人間の一人です。物語りを読み終えると少し優しい視点で世界が見えてきました。もしかしたらウラオモテヤマネコは、すぐ側にいるのかもしれませんね。――川上麻衣子(女優・ガラスデザイナー) ★まもなく発売(7月7日予定)。『さいごのぞう』(キーステージ21、2014年1月)に続く、井上奈奈さんによる素敵な絵本作品第2弾です。堀之内出版さんと言えば『POSSE』や『Nyx』を刊行している瑞々しい左派系新進出版元として認識していたものですから、絵本を出されるということにまず新鮮な驚きを感じました。担当編集者のKさんは進取の気性に富んだ「旬な」逸材として人文業界では有名ですから、どんなジャンルに挑戦されても不思議ではありません。思いがけない「どこかへ」と連れて行ってくれる編集者として、近年ファン層が増えているのではないかと思われます。 ★『ウラオモテヤマネコ』は温かみのある絵とシンプルな筋運びで読者を物語世界へと連れ出してくれる素敵な絵本です。表紙に書かれたウラオモテヤマネコは自らのお腹を開いて見せるのですが、表紙がくりぬかれていて、中の1頁目に煌めく星たちが見えます。吸い込まれるようにして読者は頁をめくるわけですが、どう読むかは人によってずいぶん異なるかもしれません。つまり、読者によって姿を変える絵本なのです。私は理想郷がそうでない平凡なものに反転することのメタファーを読みとりましたが、それはあるいは自分の鏡像なのかもしれません。 ★絵本の随所に使われている金色が美しいです。サイトヲヒデユキさんによる装幀は素晴らしく、プレゼントにも向いていると思います。本作は「2015年、イリオモテヤマネコ発見50周年を記念して刊行され」、「売上の一部は、イリオモテヤマネコ保護基金に寄付」されるのだとか。長らく絶滅の危機にひんしているイリオモテヤマネコに思いを寄せる時、『ウラオモテヤマネコ』は人間が地上を踏破して住処に変えていくことの必然的な影響というものについて、読み手の想像力を豊かにしてくれる気がします。 +++ このほかにここ最近では次の本との出会いがありました。 『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』ピーター・メンデルサンド著、細谷由依子訳、山本貴光解説、フィルムアート社、2015年6月、本体2,600円、A5判並製448頁、ISBN978-4-8459-1452-4 『その〈脳科学〉にご用心――脳画像で心はわかるのか』サリー・サテル&スコット・O・リリエンフェルド著、柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2015年6月、本体2,000円、46判上製332頁、ISBN978-4-314-01129-7 『歴史の仕事場(アトリエ)』フランソワ・フュレ著、浜田道夫・木下誠訳、藤原書店、2015年6月、本体3,800円、四六判上製384頁、ISBN978-4-86578-025-3 『南方熊楠の謎――鶴見和子との対話』松居竜五編、藤原書店、2015年6月、本体2,800円、四六判上製288頁、ISBN978-4-86578-031-4 ★『本を読むときに何が起きているのか』は発売済。アメリカの名門出版社クノッフ(Knopf)のアート・ディレクターを務めるブックデザイナーが数々のヴィジュアルを饒舌に散りばめつつも実にストイックに哲学的考察を積み重ねた、ユニークな造本の読書論です。高山宏さんの推薦文や目次は書名のリンク先でご覧になれます。原書は、What We See When We Read (Vintage, 2014)です。「見ることは理解することとは違う」と著者は強調します。見るということの《直接性の幻想》と向きあうために、この区別は当たり前のようでいてその実とても重要な認識です。出版人必読の書。日本語版解説「本と体の交わるところ〔インターフェイス〕――本書の遊び方」は山本貴光さんによるもの。ブッキッシュな香りが濃密に漂うところに山本さんあり。『アイデア』350号「特集=思想とデザイン」(2015年7月)にも山本さんの名前がありますが、この特集号についてはまた後日ご紹介します。 ★『その〈脳科学〉にご用心』はまもなく発売(7月1日予定)。原書は、Brainwashed: The Seductive Appeal of Mindless Neuroscience (Basic Books, 2013)です。研究者たちのテレビ露出によって日本でもすっかりお茶の間におなじみとなりつつあるかもしれない「脳科学」ですが、世間的には「恋愛脳」「ゲーム脳」などというように一種の心理分析や性格診断の最新版程度のものという理解かもしれません。「脳科学の濫用」と「神経中心主義」への警鐘、と帯文に大書されている通り、本書は、マーケティング理論や裁判にもこんにち利用されている脳科学の氾濫のリスクをくっきりと示して、私たちを啓蒙してくれるありがたい本です。脳科学の発達は著しいものの、まだまだ脳は分からないことだらけなのだということを教えてくれます。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。 ★『歴史の仕事場(アトリエ)』と『南方熊楠の謎――鶴見和子との対話』は藤原書店さんの発売済新刊。前者はフランスにおける歴史学の大家フュレ(François Furet, 1927-1997)の論文集、L'atelier de l'histoire (Flammarion, 1982)の抄訳です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。82年の本を今頃、と思う方もおられるかもしれませんが、日本でのニューアカ・ブームのさなかで翻訳された80年代のフランスの人文書は限られたものであって、歴史認識上の盲点を消していく上で本書のような翻訳が有効であることは言うまでもありません。ル=ゴフやル=ロワ=ラデュリら「アナール学派第三世代」の中では異色だったフュレの立場が浮かび上がります。 ★一方後者の『南方熊楠の謎』は「鶴見和子が切り拓いた熊楠研究の到達点」と銘打ち、比較文化研究者の松居竜五さんによる長篇書き下ろし論考「鶴見和子とその南方熊楠研究」を第I部とし、鶴見さんと研究者4名の座談会「南方熊楠の謎」を第II部とした魅力的なアンソロジーです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。座談会は鶴見さんの死去の1年前(2005年)に行ったもので、巻末収録の鶴見さんの「熊野行ノート」(1990年)とともにどちらも初公刊となるそうで、貴重です。座談会の鶴見さんは活き活きとして飾り気がなく、対話を楽しんでおられる様子がとても素敵です。ちょうど河出文庫版『南方熊楠コレクション』全5巻の新装版が今春発売されたばかりですから、併読すれば熊楠と鶴見さんの交差する知の世界をいっそう深く味わえるのではないかと思います。
by urag
| 2015-06-28 23:51
| 本のコンシェルジュ
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