2005年 07月 26日

上半期和書ベスト10

本日配信の「[本]のメルマガ」220号で、私の独断と偏見による「上半期和書ベスト10」を発表しました。以下、転載です。

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台風直撃のこの7月の終り頃には、毎年恒例の「上半期読書アンケート」が「週刊読書人」や「図書新聞」で発表される。ありがたいことに、東京堂書店神田本店の佐野店長が私の所属する月曜社から刊行した『ブランショ政治論集』を推してくださった。先日、所用でお店を訪れたところ、「いい本だよなあ」と賞賛の言葉を頂いた。業界人ならば知っているだろうが、佐野さんが本心から褒められるというのはめったにあることではない。通好みの本を作れた証左だ。もちろん通好みの本は他の書店ではバカ売れはしないけれど、目利きの本屋さんに大切に思ってもらえる本を作れたと感じることができるのは、しみじみと嬉しくなるものだ。

今年上半期、月曜社では以下の書籍を刊行した。

1月――『追悼の政治:忘れえぬ人々/総動員/平和』エルンスト・ユンガー=著、川合全弘=訳、四六判並製カバー装216頁、本体2,400円。

3月――『アーバン・トライバル・スタディーズ:パーティ、クラブ文化の社会学』上野俊哉=著、A5判並製カバー装296頁、本体2,500円。

3月――『地図〔新版〕』川田喜久治=写真、A5変型判上製函入190頁総観音開き+リーフレット、本体12,000円。

6月――『ブランショ政治論集:1958-1993』モーリス・ブランショ=著、安原伸一朗+西山雄二+郷原佳以=訳、46判並製カバー装390頁、本体3200円。

7月――『バートルビー:偶然性について[附:ハーマン・メルヴィル『バートルビー』]』ジョルジョ・アガンベン=著、高桑和巳=訳、46並製カバー装208頁、本体2400円(本書は今週店頭発売)。

どの本にも思い入れがあるので、これが一番というものはないが、強いて言えば、『地図〔新版〕』は全国で20店舗ほどの専門書店でのみ販売されており、皆さんの目に触れる機会が少ないかもしれないので、ひとこと説明しておきたい。本書は40年前に美術出版社から刊行されたもので、川田喜久治さんの第一写真集である。古書市場では異様にプレミアがついている本で、コンディションによっては、数百万円の値が付いたこともあるという怪物だ。広島の原爆ドームの壁のしみをはじめとする、戦争の記憶がこの写真集には沈殿している。

今回の新版は、収録作品や全頁観音開きという点は同じだが、装丁やリーフレットを一新した。初版本には初版本の良さや経年による変化があり、一方で印刷製本技術の変遷もあるので、厳密な意味での「復刻本」はあえて製作しなかった。経年の変化までを「再現」するわけにはいかないのだ。国内発売分の初版は1000部。幻の本で、好事家にしか手の届かない値段だっただけに、この新版はじっくり一冊ずつ販売していきたい。おそらく月曜社が新版を刊行したことをまだご存じない方がおられるだろうし、『地図』そのものを知らない方もいるだろう。そうした未来の読者のためにこの写真集はある。

他社版元からこの上半期に刊行された書籍のうち、私にとって「シャラポワならずとも思わずハーンと声の出る」書目ベスト10冊を以下に紹介したい。

◎05年1月

『探偵小説の哲学』
ジークフリート・クラカウアー=著、福本義憲=訳
法政大学出版局、本体2000円、46判172+2頁、ISBN4-588-00811-0
■帯文より:ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』とほぼ時を同じくして書かれ、アドルノに捧げられた探偵小説論。歴史的・現象学的な形象物をモザイクの素材として、合理的理性に支配された近代社会の哲学的・神学的アレゴリー画を描く。
●クラカウアー(1889-1966)が1925年に執筆したという古典的名著がついに翻訳。ベンヤミンに比べて、クラカウアーは不当に忘却されてしまっている観があるが、本書をきっかけに再読されていくといい。19世紀パリを描いた『天国と地獄――ジャック・オッフェンバックと同世代のパリ』(ちくま学芸文庫)が品切のままというのは寂しい。唯一の文庫版なのに。


◎05年2月

『風景と記憶』
サイモン・シャーマ=著、高山宏+栂正行=訳
河出書房新社、本体9500円、A5判738+32頁、ISBN4-309-25516-7
■帯文より:原初の森に分け入り、生と死の川をわたり、聖なる山々に登る――人間は風景をどのように見、創りあげてきたか。これまでの歴史学の手法をすべて捨て去り、大いなる小説を読む感動を与える風景論の名著、ついに刊行! 「内面を外界につなぎ、心の変化が風景の変容をもたらす。「歴史学のモーツァルト」サイモン・シャーマは、この学問をついに創造的瞑想の場につくりかえてしまった」(中沢新一)。
●内容も造本もとにかく圧倒的な書物。コロンビア大学教授のシャーマ(1945-)の既訳には『フランス革命の主役たち――臣民から市民へ』全三巻(栩木泰=訳、中央公論新社、1994年)がある。


◎05年3月

『形而上学と宗教についての対話』
ニコラ・マルブランシュ=著、井上竜介=訳
晃洋書房、本体4000円、菊判306+6頁、ISBN4-7710-1630-5
■版元紹介文より:スピノザ、ライプニッツに比肩する体系的思想家マルブランシュの透徹した思索の全体像が、生き生きした対話を通して示される。
●マルブランシュ(1638-1715)の日本語訳単行本は、竹内良知による『真理の探究』第一巻(創元社、1949年)以来、じつに半世紀ぶり! これは事件。


『ピエール・ベール伝』
ピエール・デ・メゾー著、野沢協=訳
法政大学出版局、本体6800円、菊判637+8頁、ISBN4-588-00816-1
■帯文より:フランス啓蒙思想に最大の武器庫を与えたピエール・ベールの古典的伝記。その研究の土台となり18世紀以来連綿として読み継がれてきた待望の書の完訳。詳細な訳註と懇切な解説を付し、謎の思想家の全体像が鮮明にされる。
●1978年から2004年にかけて刊行された野沢協訳『ピエール・ベール著作集』全8巻+補巻が完結したのも束の間、今度はデ・メゾー(1673-1745)による伝記も出版ということで、本当に野沢先生の持続力というのは「すごい」の一言。


『ユンガー=シュミット往復書簡:1930-1983』
エルンスト・ユンガー著、ヘルムート・キーゼル編、山本尤訳
法政大学出版局、本体6800円、A5判498+7頁、ISBN4-588-15039-1
■帯文より:作家として、法律家としてナチスの時代を先鋭に生きた二大知性の、飽くことなき知的好奇心に映し出された、時代を証言する、文学的・精神史的ドキュメント。
●高名な割には翻訳の少ないユンガー(1895-1998)、必読と目される割には品切絶版が少なくないシュミット(1888-1985)。戦火を別様に生きた、対照的なこの二人の思索の重要性は、今後も減じられることなく、ますます高まるに違いない。


◎05年4月

『グリーンバーグ批評選集』
クレメント・グリーンバーグ=著、藤枝晃雄=編訳
勁草書房、本体2800円、46判232+6頁、ISBN4-326-85185-6
■帯文より:マネによる自己批評性/ミディアムの刷新にはじまる、二次元性/色彩/空間の追求などを歴史的に位置づけ、マティス、ピカソ、そしてポロック等へ至る軌跡を示す。
●もう待望の待望の待望というくらい待望されつくしていた一冊だが、そもそもグリーンバーグ(1909-1994)の初訳となった『近代芸術と文化』(瀬木慎一=訳、紀伊國屋書店、1965年。評論集"Art and culture"の抄訳)は遥か昔に絶版、再評価の機運を醸した「批評空間」誌の臨時増刊号『モダニズムのハード・コア――現代美術批評の地平』(太田出版、1995年)も絶版、ということで、まあ何というか、こうした他社の前歴はともかく、勁草書房さんには頑張っていただきたいです。幸い売れ行き好調のようで。


『英国美術と地中海世界』
フリッツ・ザクスル+ルドルフ・ウィトカウアー著、鯨井秀伸訳
勉誠出版、本体15000円、B4判(タテ39cm×ヨコ27cm)214頁、ISBN4-585-00318-5
■版元紹介文より:平易に綴られたイメージの歴史地理学英国を舞台にしたヨーロッパの壮大なイメージの叙事詩。ザクスルとウィトカウアー共著になる名著の待望の初訳。
●ウォーバーグ(ヴァールブルグ)研究所発の偉大な成果のひとつ。大型本で高額だが、数年後には品切になるはず。古書にも流出しにくい書目だろうから、購入するなら今のうちだろう。


『インフォーマル』
セシル・バルモンド=著、金田充弘=日本語版監修、山形浩生=訳
TOTO出版、本体3600円、B6判393頁、ISBN:4-88706-249-4
■帯文より:インフォーマル、それは既成概念にとらわれない自由な発想から生まれる革新的な建築の生成手法。今最も注目を集める現代建築のコラボレーター、セシル・バルモンドの邦訳書がここに完成。「セシル・バルモンドという思想家=構造家の出現によって、初めて動的空間には生きた構成概念が与えられた。〈インフォーマル〉、それはル・コルビュジエの〈建築をめざして〉に取って代わり得る近代建築を超える建築のマニフェストである」(伊東豊雄)。
●コールハース(1944-)の「相棒」でもあるバルモンド(1943-)のこの本は、いわば小さな『S, M, X, XL』だ。様々な図版とテクストが入り乱れる、バルモンドの覚書のような「何か」。翻訳書は造本が美しいが、本文紙が厚いので、異様に読みにくく、めくりにくい。読者を拒絶しているかのような、そんな強情さも魅力のひとつかも。バルモンドの既訳書には『Number 9』(高橋啓=訳、飛鳥新社、1999年。名前の表記は「バーモンド」)があるものの、すでに絶版。数字をめぐる奇妙な本で、磯崎新さんが推薦文を書かれている。


◎05年6月

『ハイデッガー全集(65)哲学への寄与論稿(性起から〔性起について〕)』
大橋良介+秋富克哉+ハルトムート・ブフナー=訳
創文社、本体8500円、A5判604頁、ISBN4-423-19644-1
■版元紹介文より:ハイデッガーの思索のいわゆる「転回」(ケーレ)と呼ばれる事態が進行していた1936-38年の時期に、生前の公刊を意図することなく書き記された覚書であり、もう一つの主著と称されているものの、本邦初訳である。ハイデッガーの思索に訪れる閃きの跡をただ黙々と記し続けた、281の断片的考察の集積。訳語表(独和/和独)を付した。
●『存在と時間』と並ぶもうひとつの主著がついに日本語訳された。覚書という性格によるものか、非常に密度が濃い。断片とはいえ、それぞれは緊密な関係のうちにあって、読んでいるとハイデガー哲学の星座が見えてくるような気がしてくる。上半期のベストワンはこれ。


『ディドロ「百科全書」産業・技術図版集』
島尾永康=編・解説
朝倉書店、本体12000円、B5判386頁、ISBN4-254-10194-5
■版元紹介文より:啓蒙主義最大の記念碑『百科全書』の技術関係の図版約400を精選し、その意味と歴史を詳しく解説。
●眺めているだけでも楽しめる一冊。こういう本の出版はさすがに朝倉書店ならではの力技。


以上である。これら以外にも素晴らしい本は多数あるが、強いて我を通せば、上記のようになる。「週刊読書人」がウェブサイトで公開している「2005年上半期の収穫から」のエクセルファイルと重なるのは、『グリーンバーグ批評選集』くらいしかない。「図書新聞」のとはどう重なるかはまだ未確認だが、それでもやはり、あまり重複していない気がする。

こうした他社さんの重厚な本を励みに、後半戦も月曜社の出版活動に全力投球していきたい。[2005年7月25日]

***

以上です。(H)

追記。「図書新聞」では『探偵小説の哲学』が取り上げられていることを確認しました。
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by urag | 2005-07-26 10:54 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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